2019/08/25

CD (-R)がなければ自分でつくればいい

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ぼくはそうしているんですけどね。他人製じゃなくてもいいじゃないですか。音源をダウンロードすれば CD-R に焼くのはカンタンだし、ジャケットだってその画像を落とせば印刷できるでしょ。ぼくは現在プリンターを自宅に持っていないので職場でやるか、仕事用のプリンターではためらわれるなという気分のときは写真館にデータを持っていきます。後者だと実にきれいに仕上がって、CD ショップで売っている商品ジャケットとなんら違いはありません。音源だって FLAC 形式で落としてそのまま焼けば、CD 音質との違いはなし。

 

いまや(ネットのでも)お店で音楽の CD を買うというのは、絶滅しつつある習慣ですよ。生物の絶滅危惧種も危機が叫ばれながらなかなか絶えないように、CD の販売・購入という習慣も簡単には消えてしまったりしないとは思います。がしかし物体 CD が「入れもの」としての意味を失ったいま、レコードで聴くかデータ配信かという二者択一になりつつあるのは、間違いないですね。

 

CD がないっていう音楽作品は、レコードやネット配信があります。あるからこそ CD つくらないわけですからね。レコードもないというばあいでもネットでのストリーミングやダウンロードは間違いなくありますよね。それで落としたデータを自分で CD-R に焼けば、それでいいのではないでしょうか。CD がないないと言って聴かなかったりとりあげたりもしないよりかは、音楽好きとしてずっと健康な態度だとぼくは思います。

 

上の写真はアバセのアルバム『インヴォケイション』ですが、これも CD がないので、自分でつくりました。そうやって音源もジャケットも自分で焼いて、CD(-R だけど)として持って楽しんでいる作品は結構あるんですよね。エジプト人歌手アンガームの2018年作も2019年作も、結局はエル・スール原田さんの御尽力で商品が入手できましたが、当初ぼくはあきらめていたので、ダウンロード・リンクが見つかった2018年作については自分で CD-R を作成していました。

 

2019年作のほうはストリーミングだけでダウンロードができなかったのでそれも不可能でしたが、いざ入手できた商品を見てみたら、なんとそれは CD-R でしたからね。レコード会社が作成する公式商品が CD-R であるっていうことは、実はロターナのアンガームだけでなく世界的に増えていると思うんですけど、このあたりもみなさんどうお考えなんでしょうか。CD-R なんて、自分のパソコンでポンと焼けば同じものができあがりますからね。

 

ぼくのばあいは、同じ作品でもパソコンやスマートフォンで聴くだけでなく、どうしても CD プレイヤーを使って聴きたいという時間が一日のあいだにちょっとは必ずあるんで、だからいつでもどんどん聴きたい音楽データは CD-R に焼くんですけど。あとはきれいなジャケットを(ディスプレイ上だけでなく)眺めたいという目的もあってですね、それでジャケットの印刷もするんです。

 

そんなわけで CD が存在しないとか、存在しても入手がかなり困難であるとか、買う気がないとか、そういった公式音楽アルバムは、そうですね、いまのところ計10枚程度かな、自分で CD-R できれいにつくって持っています。他者、他社に頼りすぎず、自分の享楽のことは自分でちゃんとするようにしたらいいんじゃないかなあって、いつも思っているんですよね。自分のことでしょう、なぜ自らすすんでやらないのでしょうか。

 

(written 2019.7.30)

2019/08/24

大好き、イリーン・ジュウェル! 〜『ジプシー』

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https://open.spotify.com/album/3XjRVqf066pbYdBUgHEMdH?si=V_mYeUjSRFqPmKKHKu9Phg

 

萩原健太さんに教わりました。
https://kenta45rpm.com/2019/08/21/gypsy-eilen-jewell-signature-sounds/

 

出だしイントロのドラムスに続きエレキ・ギターが弾きだすのはいかにもロックンロールというブギ・ウギのパターン。それを聴いただけで、あっ好きっ!って思っちゃうイリーン・ジュウェルの最新作『ジプシー』(2019.8.16)。イリーンは声がこれなんで(つまりキュートでアンニュイ)、みんなあんまり真剣に相手しないかもですけど、なかなかいいシンガー・ソングライターじゃないですか。

 

書きましたように1曲目「クロール」はシンプルなロックンロールなんですけど、色っぽいフィドルがするりとからんでいるのがイリーンの音楽らしいところですね。フィドルとかスティール・ギターとかマンドリンとか、全体的にアメリカーナっぽいフォークロア系の楽器がたくさん使われているのもこの新作の大きな特色です。カントリー・ポップみたいな趣が強いんですけど、それはロックンロールな「クロール」でもはっきり表れていますよね。黒いリズム&ブルーズ色がまったくないわけですから。

 

本当にアルバム1曲目の「クロール」だけで聴き手をトリコにするチャームをふりまいていると思うイリーン・ジュウェルの『ジプシー』。カントリー・ポップ側からロックに寄せてきているものや、ホンキー・トンクなスウィンガーなどがマジ魅力的ですよねえ。やっぱり1曲目「クロール」がその代表で、ほかには3曲目「ユー・ケアード・イナフ・トゥ・ライ」(はあまりロックじゃないけど)、5「ビート・ザ・ドラム」(ラテン調のニュアンスあり)、7「ジーズ・ブルーズ」、8「ワーキング・ハード・フォー・ヨー・ラヴ」あたりがそうですかね。

 

これら以外も魅力満載なイリーンで、ちょっぴりシビアで社会派ふうな歌詞もあったり(女性やマイノリティの差別を告発した4「79 センツ」、5「ビート・ザ・ドラム」)しますけど、音楽の衣はあくまで聴きやすいアメリカーナふうのポップ/ロックですね。ちょうどボブ・ディランに似ているなとぼくは感じます。ディランをそのまま21世紀の若い女性にしたらイリーンみたいなシンガー・ソングライターになるんじゃないですかね。

 

アルバム・タイトルになっている7曲目「ジプシー」は(曲題どおりややエキゾティックで)ドリーミーなバラードで、またちょっとルイジアナっぽい三連のスワンピーなロッカバラード10「ウィットネス」もチャーミング。イリーンのアルバム『ジプシー』は、歌詞でけっこうグサリと刺しながらもサウンドやリズムはキャッチーだし明快。しかもカントリー・ポップであるっていう、そっち側からブルーズやロックに接近しているっていう、いかにも2010年代後半的なコンテンポラリー・アメリカン・ミュージックです。

 

(written 2019.8.23)

2019/08/23

古いソウル・レコードのように 〜 フォイ・ヴァンス

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https://open.spotify.com/album/7Llh51MCW3JF6e7A56E5qq?si=3djDn8xkTkmoPl2a4uyvCw

 

萩原健太さんの紹介で知りました。
https://kenta45rpm.com/2019/07/31/from-muscle-shoals-foy-vance/

 

北アイルランド出身の歌手フォイ・ヴァンス(1974年生まれ)。ぼくは今回はじめて知ったひとなんですけど、これはいったいどうしたことでしょう、アルバム『フロム・マスル・ショールズ』(2019.6.28)は、このアルバム題が気恥ずかしくすらなるほど、全編が一直線の60sサザン・ソウルですよ。まるで年配音楽ファンが古いレコード棚からホコリにまみれた一枚のソウル・レコードを取り出してそのままかけたような、そんなサウンドが響きわたっています。モロそのまんますぎて、笑いそうになるほど。

 

しかし、ぼくがこの、アラバマはマスル・ショールズのフェイム・スタジオで録音されたアルバムを聴いて感じる最大の印象は、なんだかつらい苦しみと哀しみに満たされているなということです。収録の10曲はぜんぶフォイの自作なんですけど(シンガー・ソングライターらしい)、こんな作風だっていかにもなサザン・ソウル・スタイル。アレンジやバック・バンドは現地のフェイムのひとたちを本格起用しているようです。

 

あ、いや、しっかり聴くと楽しそうなものも混じってはいますね。アルバム中、たとえば6曲目「ビー・ウィズ・ミー」、7「グッド・タイム・サザン・ソウル」などは愉快なソウル・ジャンパーです。そのほかにもちょっとはあって、そういった軽快な曲のつくりも完璧な1960年代後半サザン・ソウルの趣。どこからどう聴いてもタイム・スリップしたとしか思えません。

 

書いた「つらい苦しみと哀しみに満たされているな」というのがやっぱり大きな印象なんですけど、たとえば1曲目「ユー・ゲット・トゥ・ミー」、3「ムーヴィング・オン」、5「ペイン・ネヴァー・ハート・ミー・ライク・ラヴ」、10「メイク・イット・レイン」などは、本当に心に沁みるペインフルなバラードですよねえ。いやあ、いいなあ、こういう歌を聴きたかった…、って時代をさかのぼればたくさんありますけれども、2019年に北アイルランド人が聴かせてくれるとは思いませんでした。

 

これらのつらく苦く哀しそうな曲では、フォイのソングライティングもいいし、それにこの声質とか歌いかたがよく似合っているなと思うんです。こういったオールド・ソウル・ナンバーを歌うために生まれてきたひとなんじゃないかとすら思いますが、どうやらそれは違うみたい。でもこのアルバム『フロム・マスル・ショールズ』ではあたかもそう信じ込ませてしまうほどの説得力に満ちた声の響きをしているのが、成功作である証です。

 

アレンジやサウンド・メイクはアラバマはマスル・ショールズのフェイム・スタジオでかなりやったみたいですけど、この曲づくり、そしてなによりもごまかしようのない自身のこの声が、フォイ・ヴァンスという音楽家を第一級の白人ソウル・シンガー・ソングライターに仕立て上げていますね。鈍く光る、かなりの聴きものです。

 

(written 2019.8.4)

2019/08/22

岩佐美咲ベスト・セレクション、2019夏

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1 無人駅
2 もしも私が空に住んでいたら
3 鞆の浦慕情
4 初酒
5 ごめんね東京
6 鯖街道
7 佐渡の鬼太鼓
8 恋の終わり三軒茶屋
9 越冬つばめ
10 北の螢
11 なみだの桟橋
12 石狩挽歌
13 風の盆恋歌
14 旅愁
15 遣らずの雨
16 空港
17 別れの予感
18 手紙
19 恋の奴隷
20 お久しぶりね
21 飛んでイスタンブール
22 20歳のめぐり逢い
23 涙そうそう(アコースティック・バージョン)
24 なごり雪(アコースティック・バージョン)
25 糸 [Live]

 

毎年これを書いていますが、今年も。これがぼく的わさみん(岩佐美咲ちゃん)2019年夏ベストです。今年の新曲「恋の終わり三軒茶屋」と、それのカップリングで七曲のカヴァー・ソングが発売されましたので、使える曲が増えました。わさみんベスト・セレクションも毎年アップデートしないといけませんよね。

 

オリジナル曲八つはもちろんぜんぶ冒頭に並べました。初期の曲は、たとえば「無人駅」でも「もし空」でも「初酒」でも、歌唱イベント現場でどんどん聴いているのと比較すれば、最近のわさみんの成長ぶりがとてもよくわかりますが、裏返して正直に言えば、CD で聴けるこのへんの曲の最初期ヴァージョンはまだ歌が幼くて、いま聴くと物足りない感じがします。現場でなくとも DVD などで、グンと成長した近年のヴァージョンは確認できます。

 

6「鯖街道」あたりからはそんなことも消えて、いま聴いても不足ない充実ぶりをわさみんも聴かせてくれていると思うんですね。オリジナル・ソングのパートでぼくがいちばん実感しているのは、「佐渡の鬼太鼓」だけがやっぱりやや異質だなということです。これほどまでの激烈ハード演歌は、わさみんの歌うなかにほかにはありません。そのせいか、この2018年楽曲は、ソロ・コンサートを除き2019年になってからのイベント現場ではたぶん一度も歌っていませんよね。

 

9曲目以後のカヴァー・ソング・パートでは、やはりここ二、三年に発売されたものが中心になっていますが、当然のことでしょう。わさみんがグンと大きく成長して、カヴァー・ソングでも大人の艶や色を出せるようになっていますからね。「風の盆恋歌」「旅愁」「遣らずの雨」あたりはなんど聴いてもグッと胸に迫ってくるし、こういった曲をここまで歌える歌手は、いまの日本に数えるほどしかいないだろうと思います、本当に。

 

テレサ・テンさんの二曲をフックにして、ちょっとしたライト・タッチ歌謡曲に移行したような曲の並びになっていますが、それはもちろん意識してそうしました。わさみんが最もチャーミングに聴こえる本来の資質は、演歌と歌謡曲の中間あたりにあるだろうなと思うからなんですね。実際、そういった曲をわさみんはたくさんカヴァーしていますし、なにより今年の新曲「恋の終わり三軒茶屋」がそんな路線じゃないですか。

 

そこらへんではリズムの軽快なハネというのもひとつのテーマになっていて、「手紙」「恋の奴隷」「お久しぶりね」「飛んでイスタンブール」はそんなビート感も大きな特色です。わさみんのヴォーカルのノリも見事ですよね。聴いていて気分ウキウキ、心がはずみます。どれもこれも古い歌謡曲ですが、日本のポップ・ソングがいちばん魅力的だった時期がそのへんなんですから。

 

名歌唱「20歳のめぐり逢い」をきっかけに、わさみん自身のアクースティック・ギター弾き語りコーナー三曲でこのセレクションを終えているのは、毎回通例です。いやあ、どう聴いてもこのへんはマジすんばらしいですね。特にラストの「糸」は超絶品すぎるんじゃないでしょうか。なんど聴いても泣けるんですというわさ民(岩佐美咲ファン)さんがいらっしゃるのも当然かと思いますね。

 

(written 2019.8.14)

2019/08/21

聴き込んで納得してからレヴュー読み(川柳)

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レコード、CD ショップのツイートやウェブ・サイト、または bunboni さんや萩原健太さんのブログなどなどほかにもたくさんあるいわば紹介者のかたがたの文章は出会いのきっかけになるものだから、最初からどんどん読むんですけど、くわしくレヴューしてある論評サイトなどは、最近なるべく読みに行かないようにしています、聴き込む前にはですね。しっかり聴いて自分なりの意見ができてからは積極的に読みますが、それ以前に分析や批評などを読んじゃうと、あまりよくない効果がもたらされてしまうように思うんですね。

 

上に Twitter アイコンの画像を掲げたピッチフォークと NPR ミュージックは、ぼくがふだんお世話になっている二大音楽評論サイトで、主にアメリカでの新リリース作品についてけっこうくわしくしっかりレヴューしてくれますよね。だから助かりますが、肝心の音楽作品をしっかり聴き込む前にそれを読むと、なんだかその色で染まってしまって、音楽の聴こえかたに影響を受けてしまいそうなんですよね。

 

やっぱりですね、自分の耳で聴きたいわけですよ。パーソネルや録音データなど、各種基本情報以外はなるべく入れないで音楽を聴きたいんです。それにですね、聴く前にレヴューを読むと、その文章もなんだかあんまりおもしろく読めないですからね。そのレヴューそのものの読みかたがわからない感じがします。自分でしっかり聴き込んでから読めば、ばあいによってはレヴュワーの気持ちの隅々まで文章の機微に読みとることもできて、かなり楽しめます。

 

自分に自信がないとき、この音楽をどう理解したらいいかよくわからないとき、レヴューは大いに助けになるものですけど、足元がぐらつくような気分におそわれるときもあって、そうか、この音楽はこう聴けばいいのかと自分の気持ちを自分で裏切ってしまうような、そんな体験もあるので、もう最近は、聴く前には読まないです。よくないですから。

 

自分自身で音楽をしっかり聴き込んで、これは(ぼくにとって)こういう音楽だなというのがしっかり固まってからであれば、くわしいレヴューを読んでも、読みながら一を足したり二を引いたりできるし、レヴューに左右されず自分の耳で聴いた感想で文章が書けるんですね。そういったことが、最近のぼくにはとっても大切なことになってきています。

 

こういったことは、くわしいライナー・ノーツなんかにも言えることなんですね。ぼくはライナーを事前に、あるいは(第一回目に)聴きながら、読まなくなりました。まずはなんどもしっかり音を聴く、そして自分なりの意見を持つ、それがいちばん大事なことのように思うんです。他人の言うことに左右されたくないんですよね。

 

端的に言って、自分の耳で聴くということ。自分にとってどういう音楽であるかを判断する、自分なりにしっかりした感想や意見を持つ、と、ここまでの段階でくわしいレヴューやライナーはいらないです。あったらむしろジャマですから。目に触れないようにしておいて、地歩が固まってから読むんですね。聴いてから、読む。そうすれば、いろんなくわしいレヴューの有用性もいっそう高まるんです。うまく活かせるんです、だから。

 

(written 2019.7.29)

2019/08/20

ブラス・バンドなツェッペリン 〜 ボネラーマ

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https://open.spotify.com/album/0Lw4VdAQBPVcZKNDRFXmLI?si=B2N_y3Q9Tk-MU2omAqI2tA

 

ボネラーマはニュー・オーリンズのブラス・バンド(1998年結成)。ドラマー、ギターリストもいますけど、管楽器ではトランペッターがおらず、スーザフォンのほかは三本のトロンボーンだけでアンサンブルを創っていくという、ちょっぴりユニークな集団です。そのボネラーマが今2019年4月26日にリリースした最新作が『ボネラーマ・プレイズ・ツェッペリン』(鍵盤でアイヴァン・ネヴィルが少しゲスト参加)。そうです、英国のロック・バンド、レッド・ツェッペリンの曲をカヴァーしているんですね。大のツェッペリン好き&ブラス・アンサンブル好きのぼくがこれを見逃すことなどありましょうか。

 

ツェッペリンのどんな曲をやっているかは、上のトラックリストをごらんになればわかりますので省略。有名曲に混じって6曲目で「ヘイ・ヘイ・ワット・キャン・アイ・ドゥ」(「移民の歌」シングル B 面)をやっているので、マニアとしてはちょっぴりニンマリ。アレンジはわりかしジミー・ペイジのやったオリジナルに忠実で、ブラス・バンドだから…って、どんなふうになるのか?と思っていた身としては、ちょっぴり意外というか拍子抜けというか。

 

ロバート・プラントがやった歌も複数メンバーがそつなくこなしていて、違和感はないですね。アルバム中三曲、「イン・マイ・タイム・オヴ・ダイイング」「フォー・スティックス」「ザ・クランジ」はヴォーカルなしのインストルメンタル・ナンバーになっています。これらの曲は、ゼップのオリジナルからしてやや特異なものでしたから、楽器演奏だけとしたのは理解しやすいですね。

 

だいたいどの曲でもボネラーマはジミー・ペイジ・アレンジをほぼそのまま踏襲して、ギター・パートなどをそのままホーン・アンサンブルに置き換えたものだということが、聴けばわかります。インストルメンタル曲ではヴォーカル・パートも管楽器が演奏していますよね。どのばあいも、トロンボーンやスーザフォンが演奏しはするものの、そのラインはオリジナルどおりですから、かんがみるに、このアルバム『ボネラーマ・プレイズ・ツェッペリン』は、大のゼップ好きだけどブラス・バンドにはいままであまり縁がなかったというみなさん向けのホーン・アンサンブル入門みたいなものとして好適だと思うんですね。

 

出だし1曲目の「グッド・タイムズ・バッド・タイムズ」。ツェッペリンのデビュー・アルバム幕開けでもありました。つまりこの曲はこのブルーズ・ロック・バンド登場のファンファーレみたいなものでしたし、まさしくそういうふうに聴こえるギター・コードかきならしが冒頭から入っているのが印象的でしたよね。ボネラーマはそのギター・パートを重厚なブラス・アンサンブルにチェンジしているんですね。で、バッ!バッ!と。

 

エレベ・パートもギター・パートも、もちろん管楽器が演奏していますが、そのラインはツェッペリンのオリジナルにわりと忠実です。だから、ロック・ギターリストやベーシストがそのままトロンボーンやスーザフォンをやったらどうなるか、の実例みたいなものとして『ボネラーマ・プレイズ・ツェッペリン』は聴けるなと思うんですね。

 

ツェッペリンというバンド最大の特色は(まあロバート・プラントとジョン・ボーナムかもしれないけど、ぼく的には)ジミー・ペイジの演奏する多重ギター・アンサンブルの妙にありましたから、「ブラック・ドッグ」なんかでもほかの曲でも、それをそのままホーン・アレンジに転用してあるボネラーマの手法は、ロック・ファンのみなさんでもなじみやすいものじゃないでしょうか。

 

ちょっと興味深いのは「ハートブレイカー」ですね。この曲だけはリズムのファンクな感じがボネラーマならではのもので、ツェッペリンのオリジナルには聴けないビート感を出しているのが印象に残ります。中庸テンポでひょこひょことややユーモラスに跳ねるこのリズムの感じは、まさにニュー・オーリンズ・ファンクならではと言えましょう。さすがは当地のブラス・バンドです。

 

ツェッペリン・オリジナルで中間部のリズムが止まった部分でジミー・ペイジが弾いていたカデンツァふうのソロを、ボネラーマではスーザフォンがやっていますが、その後半部でリズムが入ってきてからも、そのビート・フィーリングといいホーンズのフリーなからみあい具合といい、かなりの聴きものです。この「ハートブレイカー」はボネラーマにしかできないユニークな内容で、アルバムの白眉と言えましょう。ゼップでこんなアレンジは聴けませんでした。

 

ニュー・オーリンズ現地にはいっぱいあるブラス・バンド。そんなホーン・アンサンブル・ミュージックのファンというより、レッド・ツッェペリン好き、ブルーズ・ロック聴きのみなさんにオススメしたい一枚です。また、ツェッペリンってあんまり聴いたことないなあっていう吹奏楽ファンのみなさんにもグッドかも。

 

(written 2019.7.26)

2019/08/19

マイルズの『ビッチズ・ブルー』、真夏生まれ

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https://open.spotify.com/album/3Q0zkOZEOC855ErOOJ1AdO?si=ySHFp1haQXijmLgQwA_diw

 

人間でも「わたし夏生まれだから…(こういう人間だ)」みたいなことを言うじゃないですか。音楽作品でもそういったことがあるんですかね。夏に録音されたものはどうだこうだみたいなことが。あるかないかわかりませんけれども、1969年8月ど真ん中(8/19〜21)に録音されたマイルズ・デイヴィスの『ビッチズ・ブルー』は、夏向けの音楽ですよ。真夏に聴くとこれ以上ないピッタリ感です。

 

なずなんたってこのジャケット・デザインが完璧な夏仕様じゃありませんか。黒人男女がほぼ全裸で夏の海に向かっているという。しかもその左には熱帯植物。その上に汗をかいた黒人の顔。正面に海と波と青空。これが夏でなくていつだというのでしょう。ジャケットのデザインを担当したのはマティ・クラワインですが、録音済みだった音楽を聴かせてもらっての判断だったに違いないですね。ダブル・ジャケットを開くと、こんなマイルズの写真もありますし↓

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そんな『ビッチズ・ブルー』の音楽のこの、なんというかアトモスフィアが、これまた真夏の空気感満載ですよね。うまく言えないんですけど、こう、夏っぽい解放感のある突き抜けた、はじけるような音楽ですよねえ。特に曲「ビッチズ・ブルー」「スパニッシュ・キー」「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」で、そんなフィーリングをぼくは強く感じます。

 

真夏ど真ん中にレコーディング・セッションが企画されたために夏向けの曲というかモチーフをマイルズやジョー・ザヴィヌルやウェイン・ショーターが用意した、ということはないでしょう。スタジオでのレコーディングの前からレギュラー・クインテットのライヴではくりかえし演奏されていたものも多いし、そもそも一年以上前に録音済みだったものの再演だったりしますのでね。

 

だから仕上がりがこんなにも真夏向けのオーラをまとうことになったのは、やっぱりひとえに演奏そのものが八月の暑いさなかに行われたからだということに原因のすべてがあるに違いありません。マイルズが自叙伝でふりかえって言うには、『ビッチズ・ブルー』になった三日間の音楽は、要はすべてが即興である、その場で組み立てたものであるとのこと。

 

真夏のスタジオ・セッション現場でのインスタント・コンポジションにかなりの部分を負っている音楽だから、ここまでのサマー・ミュージックになったのだということなんでしょうね。スタジオがあったニュー・ヨークの真夏は東京のそれよりは過ごしやすいと思うんですけど、それでも1969年8月19〜21日は猛暑だったそうです。スタジオに空調が効いていたとしても、真夏の季節感をミュージシャンたちも持って入って参加したはずです。

 

夏の文化的特徴は、上でも書きましたが解放感、すなわち感情の自然な発露を抑制しないこと。突き抜けた青い躍動感。激しさ。フィーリングの爆発、すなわちフェスティヴァル(お祭り)感覚の荒々しさ。といったところでしょうか。こんなこと、すべてアルバム『ビッチズ・ブルー』の音楽をかたちづくり彩っている要素じゃないですか。

 

『ビッチズ・ブルー』で聴けるこんな音楽は、やっぱり真夏の演奏だからこそ生まれたと言えると思うんですね。そしてぼくたちが聴く際も、真夏の陽天のもとで汗をかきながら聴くようにすれば、いっそうこのアルバムの音楽の躍動的なフィーリングを身近に実感できるというのが、約40年間聴き続けてきてのぼくの感想です。

 

真夏生まれの『ビッチズ・ブルー』、まさに夏に聴いたらピッタリ来る音楽じゃないでしょうか。ちょっと暑苦しいけど、汗をかいて結果さわやかになるというようなフィーリングを、音楽で味わうことができますよ。

 

(written 2019.8.13)

2019/08/18

ダヴィーナ&ザ・ヴァガボンズはアメリカ音楽の健全さ

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https://open.spotify.com/album/1mkCrsYupAhf4Ko1nkoyFq?si=nqDkivmsSpWSYlJO-A9GZA

 

お気に入りダヴィーナ&ザ・ヴァガボンズの新作が出ました。『シュガー・ドロップス』(2019.8.2)。前作がライヴ・アルバムでしたけど、スタジオ・オリジナル作品としては三作目となりますね。五年ぶりとちょっと久々。でもダヴィーナの音楽性はなんら変化していませんので、安心して身をひたすことができますね。2/4拍子を基調とするレトロなオールド・ジャズ/ポップスをベースにした、グッド・オールド・タイム・アメリカン・ミュージック(+ちょっぴりの三連サザン・ソウル・バラード)。

 

37分間という短さも好印象ですけど、でも今回の新作『シュガー・ドロップス』ではちょっとの新味もあります。2曲目「アイ・キャント・ビリーヴ・アイ・レット・ユー・ゴー」はファンキー風味ですね。コントラバスがガガッと突っかかるようにハネるパターンをはじき続けているのがこの曲のキモで、ちょっぴりカリビアンなロック・ミュージックっぽいのがダヴィーナにしては珍しいところ。

 

カリビアンといえば続く3曲目「デヴル・ホーンズ」は完璧なカリビアン・ミュージック・テイスト。ちょっぴりカリプソっぽいニュアンスもいままでのダヴィーナにはなかったものじゃないでしょうか。最初打楽器群だけに乗ってダヴィーナが歌いはじめるのでオオッと思っていると、途中から入るホーン・アンサンブルも完璧カリビアンなんですね。6曲目「アナザー・ロンリー・デイ」のリズムのハネもちょっぴりロック・ソングっぽいかな。

 

こういったシンコペイションと陽光の効いた音楽はダヴィーナとしては新味じゃないですか。また、自身の弾くピアノ・サウンドを中心に据えたオールド・タイミーなジャジー・ポップスという従来路線な曲のなかででも、エレキ・ギターがソロを弾いたりペダル・スティール・ギターが使われていたりして(7曲目「ノー・マター・ウェア・ウィ・アー」)、なかなか聴かせる工夫がなされています。8曲目「ミスター・ビッグ・トーカー」でも室内楽的なストリングスが入って、そういったのはいままでのダヴィーナの音楽にはなかったものですよね。

 

でもそのストリングスにしても優雅でエレガントで、まるで19世紀末ごろのアメリカのシティ・サロンでかくありきと思わせるクラシカルなムードをかもしだしているのが、いかにもダヴィーナっぽい古き良き時代へのレトロスペクティヴ。決して雰囲気をこわさず、いままでの四作品で聴かせてくれていた世界を踏襲しているなとわかるのが好印象です。カリビアン風味もハワイアン・スティール・ギターも、ルーツとしてアメリカン・ミュージックの発祥時から根底にありますからね。

 

10曲目の「マジック・キシズ」もほんのりカリブ香を漂わせながらオールド・タイミーなジャズ・ソングを展開していますが、いままで書いた曲以外はどれもやっぱりダヴィーナの従来路線。2/4拍子のディキシーランド・ジャズふうなポップ・ソングで、19世紀末〜20世紀初頭ごろの古いジャズやブルーズをそのまま再現したようなレトロ・ミュージックなんですね。趣味がよくて、聴いていてなごめて、実にいい気分です。

 

アルバム・ラスト11曲目「ディープ・エンド」は、アルバム・タイトルになっている5曲目「シュガー・ドロップス」同様、ダヴィーナのピアノ弾き語り(が中心)でシンミリと。二曲とも孤独な哀感がにじみ出ていて、かといってさびしくわびしいフィーリングというよりアット・ホームなあったかさがあるんですよね。ダヴィーナの音楽って、そんな親近感がいつもありますよね。今回の新作でもそこらへんはそのまま変わりません。

 

こういったレトロなグッド・タイム・ミュージックがいまでも絶えずときおり登場し、決して恥ずかしいような顔もせず堂々として、とりあえず一定の支持を得つづけているあたりには、アメリカン・ミュージック・シーンの健全さ、大きさ、懐の深さを感じますね。

 

ダヴィーナ&ザ・ヴァガボンズの『シュガー・ドロップス』、日本盤も出るそうです。

 

(written 2019.8.14)

2019/08/17

デモでもマジなプリンス 〜『オリジナルズ』

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https://open.spotify.com/album/1X1So5oX4TCFGdK6BN9UXs?si=ijR9v4rKS1GFeZx_X-I8iQ

 

1「セックス・シューター」(アポロニア 6)
2「ジャングル・ラヴ」(ザ・タイム)
3「マニック・マンデイ」(バングルズ)
4「ヌーン・ランデヴー」(シーラ E)
5「メイク・アップ」(ヴァニティ 6)
6「100 MPH」(マザラティ)
7「ユア・マイ・ラヴ」(ケニー・ロジャーズ)
8「ホーリー・ロック」(シーラ E)
9「ベイビー、ユア・マイ・トリップ」(ジル・ジョーンズ)
10「ザ・グラマラス・ライフ」(シーラ E)
11「ジゴロズ・ゲット・ロンリー・トゥー」(ザ・タイム)
12「ラヴ…ザイ・ウィル・ビー・ダン」(マルティカ)
13「ディア・ミケランジェロ」(シーラ E)
14「ウドゥント・ユー・ラヴ・トゥ・ラヴ・ミー?」(タージャ・セヴィル)
15「ナシング・コンペアズ・2 U」(ザ・ファミリー、シネイド・オコナー)

 

今2019年の6月下旬ごろリリースされたプリンスの未発表集『オリジナルズ』。収録曲はどれもほかの歌手たちが歌うためのものとしてプリンスが書き提供したもの。それらのプリンス本人ヴァージョン集ですね。これらはガイド・テープというか、デモというか、こんな感じですよ〜と教えるためのものとして録音したものだっていうことなんでしょうね。それともたんなる録音癖?デューク・エリントンとかフランク・ザッパみたいな。そういえば、これら三者の音楽家たちは、似てますねぇ。

 

そんな大きなテーマは今日はおいといて、プリンスの『オリジナルズ』。12曲目の「ラヴ…ザイ・ウィル・ビー・ダン」だけが1991年の録音となっていますけど、それだけを例外とし、ほかはすべて1981〜85年に録音したものです。たしかにそれらの曲の提供先歌手たちによる初演ヴァージョンもそのころでした。プリンス自身の作品でいうと、ちょうど『1999』『パープル・レイン』『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』のあたりですよね。昇竜のごとき勢いで音楽界を猛烈に駆け上がっていた時期であります。

 

そのころのプリンスは、初期の密室独りスタジオ作業癖から一歩抜け出て、リアルなバンド編成サウンドをも試みていましたよね。でもアルバム『オリジナルズ』収録のものは、どれもほかの歌手に提供するためのデモなためなのか、ぜんぶプリンスひとりで音をつくっています。すべての楽器演奏と歌がプリンスだけによるスタジオ作業で完成しているんですね。

 

CD 付属リーフレット掲載のクレジットにありますように、サックスとかチェロとかはプリンスじゃない演奏者が参加しているんですけれども、全15曲、これはほぼすべてプリンスひとりのパフォーマンスで完成させたとして過言ではありません。そのほかギターやバック・ヴォーカルで若干名の参加があるばあいも見られますけれども、本質的にこの『オリジナルズ』はオール殿下です。

 

そう、完成させたと言いましたが、このガイド・デモみたいなテイク集は、実質、完成品と呼んでさしつかえないレヴェルだと思うんですね。このことは、なにより当時発売されていたほかの歌手によるオリジナル・ヴァージョンと『オリジナルズ』収録のプリンス・デモを聴き比べればハッキリします。だいたいどの歌手のオリジナル・ヴァージョンもプリンス・デモと大差ないといいますか、それに沿って歌を入れ直しただけというに近いものだったと判明したからです。

 

ここが今年六月の『オリジナルズ』発売最大の意義でしょう。ソングライターによるガイド・デモがすでに完成品としてもいいできばえであった、それがプリンスという音楽家のすごさ、すばらしさだったとわかったということです。というかですね、このアルバムを聴いていての実感なんですけど、プリンスはガイド・デモをちょこっととかいうんじゃなく、これは本気ですね、マジで演奏し歌っています。このひとが本気でやるとどうなるかを彼自身のアルバムで知っていると、これは間違いないと思えます。

 

最初は他人に歌ってもらうために書いて、そのデモを…という気持ちもあったかもしれませんが、スタジオで作業していくうちどんどん気持ちが入っていってマジになってしまう、っていうのはよくあることだと思うんですね、音楽家のばあいだけでなく、みなさんも仕事や趣味でそういった憶えがあるでしょう。ましてやプリンスの、この天才の、1980年代前半といえば最も勢いがあった時期だったんですから、当然です。

 

こんなガイド・デモのテープを渡されたどの歌手も、本当はちょっと戸惑ったかもしれないです。わたしたちはいったいなにをしろというのかと。曲もすばらしいけれど、演奏と歌の完成度がここまで高いデモをもらってしまったら、これをどうすればいいのかと、ただこのまま忠実に演奏と歌を(自分たちが)再現するしかないじゃないかと、そう感じたんじゃないかと推測します。

 

で、上で書きましたように、みんなのヴァージョンもだいたいプリンス・デモをそのままなぞったような内容になったというわけです。プリンス本人ヴァージョンは今回はじめて聴けたものですから、この事実が証明されたわけですね。ああ、プリンスって、なんという天才だったのでしょうか。しかも『パープル・レイン』前後あたりの時期ですからね。多産豊穣だった本人のアルバムに収録されていても不思議じゃないものが多いです。

 

なかでも、バングルズに提供した「マニック・マンデイ」とケニー・ロジャーズのための「ユア・マイ・ラヴ」が、特別ぼくの耳を惹きました。なんてポップでなんて軽みがあって、なんていい曲なのでしょうか。正直に言いますが、バングルズのやケニー・ロジャーズのやったオリジナルをしっかり聴いたことがなかったのですが、ここで聴けるプリンス・ヴァージョンがあれば充分だという気がします。いやあ、好きですね、こういったライトでポップなプリンス。ぼくがプリンスで最も好きな部分のひとつです。

 

アルバム『オリジナルズ』ではほぼ唯一と言っていいんですけど、末尾に収録されている「ナシング・コンペアーズ・2 U」のシネイド・オコナー(のは初演じゃないって今回はじめて知りました)・ヴァージョンだけが、プリンス・デモとは大きく異なっています。シネイドのヴァージョン(1990)がヒットしてこの曲もシネイドも認知されましたが、それをいちおうご紹介しておきましょう。
https://www.youtube.com/watch?v=0-EF60neguk

 

この「ナシング・コンペアズ・2 U」という曲のことがぼくは本当に大好きで、なんて切なく哀しい歌なのかと、聴くたびに泣いちゃいそうになるんです。この曲のプリンス・デモだけは、昨2018年春に配信リリースされていたもので、今回のはその再録です。これで公式発売されているこの曲の本人ヴァージョンは、計三つとなりました。

 

この大好きな切哀歌のことは、また別の機会にじっくり書いてみることとして、今日のところはこれにて筆をおくこととします。

(written 2019.7.25)

2019/08/16

アメリカン・ポップ・ヴォーカルなトリオ・レスタリ

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https://open.spotify.com/album/3ttimZXZQMkxufn0YWUeet?si=7VBphVlZQ62gjqK5x0szCA
(ジャケットが違いますが、Spotify にあるこれがたぶんオリジナル・アルバム分で、ぼくの持つ CD はこれに三曲のシングル盤音源を加えています)

 

インドネシアの男声ヴォーカル三人組、トリオ・レスタリの『ワンギ』(2014)。エル・スールから届いたこれ、しかし、届いたってことは自分でお願いしてあったということですよねえ。記憶にないんですけど、最近は自分でもオーダー・メモを残すことにしてあるので、間違いありません。エル・スールのホーム・ページで見たときに、なにかひっかかってピンと来ていたということなんでしょう。しかしどうして憶えていないんでしょうか。

 

それはいいとして。聴いてみたらまさしくビンゴ、これは完璧にぼく好みのヴォーカル・ミュージックです。しかも都会派で、洗練されていて、さらにアメリカン・ジャズ/ポップ/ソウル・ミュージックのエッセンスが詰まっているんですね。どんな三人組だかちっとも知らなかったのに、う〜ん、われながら勘が冴えています、いやマジで(ドヤ顔)。

 

その意味では、以前書いた同じインドネシアのサンディ・ソンドロに相通ずるところがありますが、トリオ・レスタリのうち一人はサンディなんですね。へえ〜、そういうことですか。ほか二名はトンピ、グレン・フレドリ。サンディふくめ、ぼくはなにも知らないので(サンディだって一枚聴いただけ)、アルバムで次々ソロをとりマイク・リレーを聴かせるのがだれなのか、ちっともわかりません。

 

トリオ・レスタリのこの『ワンギ』の音楽は、基本、1980年代ふうの米ブラック・コンテンポラリーですね。だから(ジャズ・)フュージョンとも関係が深いと思います。エル・スール HP 掲載の原田さん解説ではラテン風味ということがくりかえされていますが、ぼくはほとんど感じません。5曲目の「Nurlela」(イラーマ・ジャズのあれのカヴァー)だけじゃないでしょうか、インドネシア・ラテンは。全体的にはもっとド直球のストレートなアメリカン・ミュージックじゃないかと思います。

 

クインシー・ジョーンズとかがやった、あのへんの音楽を強烈に、というかもろストレートに意識させる、というかそのまんまなトリオ・レスタリの『ワンギ』。エル・スールで買った CD は全12曲ですが、いちばん上で書きましたように、原田さんの解説文によっても、オリジナル・アルバムは九曲で、それにシングル盤音源三つを加えたものが2014年にリリースされたということみたいですね。

 

それらシングル・ナンバーは、アルバム『ワンギ』のリリースよりも前の発売だったのか後なのかわかりませんが、アルバムに加えてなんの違和感もなく、スムースに違和感なくすっとつながります。言われなかったらこういうアルバムなんだと思う一体感がありますから、トリオ・レスタリとはこんなアメリカン・ヴォーカル・ミュージックの三人組なんだと思うんですね。

 

シングル盤音源三つは Spotify では聴けませんのですこし書いておくと、「Sabda Rindu」「How Could We Not Love」「Menghujam Jantungku」の三曲。「Sabda Rindu」はかなりジャズ・フュージョンっぽいですね。アメリカのフュージョン・バンドもよくヴォーカリストを迎えてやっていたでしょう、それと同系の音楽です。さわやかなシティ・サウンドですよね。アクースティック・ピアノを中心とするサウンド・メイクも、まるでスタッフみたい。ギター・ソロがエリック・ゲイルっぽいし、ソロのあとのヴォーカル・パートでパッと転調するのだって、いかにもですね。
https://www.youtube.com/watch?v=H76SpHWx8Tg

 

「How Could We Not Love」(Superstar)はもっと黒っぽくて、1980年代的ブラック・コンテンポラリーのサウンドとヴォーカル・スタイルです。これ、だれが歌っているんだろうなあ。知りたいです。サンディかなあ。歌詞も英語だし、まるでアメリカの黒人ソウル〜R&B シンガーそのまんまですよねえ。また、アレンジを、というかサウンド・メイクを、だれがやっているのかもすごく知りたいですよねえ。オルガン(ふうの音を出すシンセサイザーだと思う)を基本に据えたファンキーかつブルージーな音が気持ちいいです。YouTube でさがしましたがありません。が、こんな曲です。
https://www.youtube.com/watch?v=Ood7tJ0Jn1A

 

アルバム『ワンギ』本編の収録曲もまったく同傾向で、アメリカの黒人ソウル系ジャズ歌手、そうですね、ナンシー・ウィルスンあたりを男性にして三人揃えてコーラスでやって、その伴奏をスタッフあたりがやれば、まさしくトリオ・レスタリのこの音楽とぴったり同じになるという、そういったものですね。ぼくもそういった音楽が大好きなんで、トリオ・レスタリも完璧に好物になりました。聴いていて、楽しいですもんね。

2019/08/15

いつでも音楽がある

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https://open.spotify.com/album/07tbMxw9qeVsNIq0l7xBBX?si=6eTi7CgoQVCA0IxrwMEmaQ

 

この話は何度目になるでしょうか。また書いておきたい気分になりました。とにかくぼくはなにをしているときでも必ず音楽を聴いています。聴いていないのは就寝中だけ。それ以外は本当に文字どおりずっと音楽かけっぱなしなんですね。トイレやお風呂で聴くのはもちろん、セックスするときも電話がかかってきても訪問者があっても、音楽はとめません。だって、ぼくには音楽が必要なんですから、まるで空気や水みたいに。だから音楽が聴こえていなかったら死んでしまうと思います。

 

つらいことがあっても、それを知る瞬間にだって音楽が流れていますので、ショックがちょっとやわらぎます。うれしく楽しいことでもあれば、そのとき聴いている音楽が幸せを二倍、三倍にしてくれます。そうやってぼくは音楽とともに生き、音楽になぐさめられ、ともに喜びながら、いっしょに人生を歩んでいるんです。音楽こそぼくの人生パートナーです。

 

このブログをはじめて以後は、書くために聴くということも増えました。しばらくのあいだはテキスト・ファイルの貯金がたっぷりありましたので、特別これを書くためにあれを聴こうなんてことがありませんでした。ごく自然に聴きたいものを聴き、自然に頭に浮かんだことを書き記していただけです。それが、そうですね、一年半ほどは続きましたでしょうか。

 

そのあいだに、音楽と文章とぼくとの関係がすっかり深くなりました。音楽を聴いてなにか書くということが、イコール、生きるという意味になったのです。そのまま2019年夏現在まで来ていますので、音楽を聴かないとか、聴かないで今後の人生を歩むなんてことは到底考えられません。なにがあっても音楽だけは手放しません。人間関係はもうなにもかも一切合切うまくいかず、ダメになることばかりの人生でしたから、せめて音楽とだけはずっといっしょにいたいです。

 

最近は旅に出ることも増えているんですが(主に岩佐美咲ちゃん関係で)、自宅にいるときはほぼずっとスピーカーで鳴らしていますね。ヘッドフォンやイヤフォンは、ウォーキングと、たまに電車に乗るときだけでしょうか。どこにいても五分と途切れず、ず〜っと聴いて、というかかけっぱなしにしているんですね。部屋のなかでなにをしているときでも、五分以上、いや、三分程度かな、音楽がとまったままだと、にわかに不安がつのり、心の安定がそこなわれます。なんかイライラして、いやドキドキかな、緊張しはじめ焦りのようなものが生まれ、そのときやっていることがうまくできなくなります。これは間違いなく実感していることなんですね。

 

だからなにをやるにも常に音楽に囲まれていることがぼくには必要です。ふだんのものごとを正常に進めるためにも音楽は聴いていなくちゃなりません。なにもしておらず、ただ楽しみのためにだけ音楽に耳を傾けている時間は、それこそ至福ですしね。よく知っているお気に入りの音楽ならリラックスできるし、未知の新開拓分野であればワクワクするスリルがあって、やはり楽しいですもん。

 

岩佐美咲ちゃんの生歌を聴くために旅に出ているときも、道中で、(開演前後の)現場で、ホテルで、カフェで、レストランで、つまりず〜っと音楽を聴いています。そのために持ち歩くポータブル・デジタル機器(MacBook、iPad、iPhone)のストレージに音楽をたくさん入れているのはもちろんですけど、入れてないものでも Spotify で無数に聴けるというのはありがたいですね。Spotify がなかったら、音楽を道連れとするぼくの旅、人生は成り立たないですもん。ところで、旅に出て交通機関のなかで聴く音楽って、また格別にいいですよねえ。窓の外をぼ〜っと眺めながら聴く音楽って、どうしてふだんと違って聴こえるのでしょう。特に電車と船。

 

そんなわけで、一年365日24時間ずっと絶え間なく音楽を耳に入れているぼく。部屋にテレビ受像機はありませんし、ホテルの部屋でもその電源は入れないので、音の出るものといえばソースは音楽だけです。音楽だけがわが友、音楽だけがわが仲間、わが伴侶です。いままでも、いまも、これからも、ずっとそうやってぼくは生きてきたし、生きているし、生きていくでしょう。ぼくにはいつも、どんなときでも、音楽があるんです。

2019/08/14

「遣らずの雨」は全岩佐美咲史上 No.1!

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いやあ、なんなんですかこのわさみん(岩佐美咲ちゃん)の「遣らずの雨」は。超絶品じゃないですか。すばらしいすばらしいと前から言っているわさみんですけど、ここまで美しい歌はいままで聴いたことがないですよ。たぶん、岩佐美咲史上最高の一曲になったと思います。いやあすごいすごい。もうすごいとしかことばが出てこないっていう語彙の貧弱さですけど、そうなってしまうくらいわさみんの「遣らずの雨」は見事です。

 

わさみんの「遣らずの雨」は、このあいだ8月6日に発売になったばかり。「恋の終わり三軒茶屋」特別盤のカップリング・ナンバーで、初演は川中美幸さん。そのほか「飛んでイスタンブール」(庄野真代さん)、「冬のリヴィエラ」(森進一さん)といったカヴァー曲も収録されています。それらもいいんですけど、今回は「遣らずの雨」がすばらしすぎて、これ一曲ばかり延々と反復再生してしまうんですね。

 

「遣らずの雨」わさみんヴァージョンのアレンジは、基本、川中美幸さんの初演のそれに沿っています。わさみんヴァージョンのアレンジャーがだれなのか明記されていませんが、おそらくは野中”まさ”雄一さんじゃないでしょうか。わさみんヴァージョンでの最大の特徴は、川中ヴァージョンでのギターをカーヌーン(の音を出すシンセサイザーだと思う)に置き換えたこと、それからこのリズムです。

 

川中美幸さんの「遣らずの雨」はみなさんご存知だと思います。あのナイロン弦ギターでのイントロやオブリガートを、頭のなかでカーヌーンのサウンドにしてみてください。頭のなかでというかぼくたちわさ民はみんなそれを実際に耳で聴いていますけれど、なんともいえずしっとり切なくて、最高の音色じゃないですか。アラブ〜トルコ〜ギリシア歌謡ではごくふつうに使われる楽器なんですけど、あのへんの歌謡の特色である悲哀感を最もよく表現している楽器ですよね。

 

だから川中ヴァージョンでのギターを(代用シンセサイザーであるとはいえ)カーヌーンに置き換えてみようと考えた野中さんは、やっぱり天才。わさみん楽曲をアレンジするときの野中さんの冴えはマジ天才になるときがあるとぼくは前から言ってますけど、今回も本領発揮とあいなりました。このカーヌーン(ふうシンセだけど)の音での伴奏を聴いたり、それがわさみんのヴォーカルにからんだりしているのを聴いているだけで、この「遣らずの雨」という歌の切なさ、哀しみがグッと胸に迫ってきます。

 

この点でさらに大きなポイントがリズム・アレンジですね。川中ヴァージョンでは特にこれといった特徴がリズムにはなかったんですけど、わさみんヴァージョンではこのスーッと流れ進むような、でありながら同時にハネをともなってややシンコペイトするようなこのリズム・スタイルが、切々とした情緒表現にこれ以上なくピッタリ来ているなと思うんですね。ドラミングにおいてイントロ部ではリム・ショットで、歌が出たらスネアの打面に移行して、それがうまく表現できています。

 

(リズムのハネは今回の特別盤二枚の隠れテーマで、「恋の終わり三軒茶屋」「飛んでイスタンブール」「冬のリヴィエラ」「遣らずの雨」の四曲に共通するものです)

 

そんなリズムとそれに乗って歌うわさみんの声が、この曲「遣らずの雨」の哀切感をこれ以上なく強調していますよね。ヴォイス・トーンも安定しているし、丸みと艶があって、しかもことさらどこかを強調するというのではなく、あえて淡々と(一見)平板にというかフラット&スムースに、表情の濃淡をつけないで素直に歌うのが、いつもながらわさみんの特長なんですけど、今回の「遣らずの雨」では、最大限に有効さを発揮できています。

 

もともと「遣らずの雨」というのはこんな曲なので、つまり聴いていて泣きそうになる歌詞とメロディを持つ歌なんで、歌手がそんな(泣くような)濃い表情をつけてしまうと、聴き手のほうはかえって逆に冷めてしまうんですよね。萎えちゃって泣けません。表現者は歌の世界をすっと伝え、聴き手はそのまますんなりと感情移入できて、この物悲しい内容がそのまま胸に沁みてくるようになるというようなことを、わさみんは今回最高度の次元で実現できているのではないでしょうか。

 

いやあ、こんな「遣らずの雨」みたいな世界を、ここまですばらしく表現できるなんて、わさみんこと岩佐美咲ちゃんの成長と充実ぶりはものすごいじゃないですか。「遣らずの雨」は、もともと今年一月末のソロ・コンサートで歌われてたいへんに評判がよかったものですが(だからスタジオで再録して収録したんだと思います)、こんなに淡々とこんな大人の情緒を、ナイーヴさすら漂わせながら、表出できるなんて。もう降参です。岩佐美咲、すごい歌手です。もともとすごかったけど、最近とんでもない歌手になってしまいました!

 

いままでわさみんは「20歳のめぐり逢い」「糸」「風の盆恋歌」といったような超絶品を世に送り出してきましたが、今回の「遣らずの雨」はそれらをも凌駕しています。疑いなく違いなく、わさみん史上 No.1歌唱になっていると思います。いやあ、すごい、すごすぎるぞ、わさみん!

 

(written 2019.8.12)

2019/08/13

来夏のわさみんイベントはどうなる?

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夏っぽい写真を選んでみました。

 

2019年8月6日から9日まで、わさみん(岩佐美咲ちゃん)の「恋の終わり三軒茶屋」特別盤発売記念キャンペーンに参加してきました。いずれも首都圏というか関東エリアで開催されたものです。いやあ、それにしてもとんでもない暑さでしたね。特に笠間とか深谷での猛烈な暑さはハンパじゃなかったです。ぼくは浴衣一枚で行ったんですけど、同じく浴衣姿のわさみんいわく「女のほうがたいへんよ」と。そりゃそうですよねえ。

 

そんな暑いさなかにどうして関東まで行くのかというと、毎夏はわさみんのその年の新曲の特別盤 CD が発売されるのが通例なんですよね。今年はそれが8月6日だったんです。新しい CD が発売されればその記念というか販促キャンペーンをどんどんやるのはふつうのことです。ちょうど夏休みの時期になりますので、全国のわさ民(わさみんファン)のみなさんも参加しやすいと思うんですけど、毎夏恒例なのに、来2020年はちょっと心配です。

 

ちょっとどころか大いに心配、わさみんイベントが開催されるかどうかすら危ういと思うんですけど、それは来夏には東京オリンピック&パラリンピックが開催されるからですね。五輪のために東京というか首都圏は、いや、日本全体もかな、それ一色に染まってしまうのは間違いありません。こういったスポーツの祭典が開催されることは、諸議論ありますが、まあいいんじゃないでしょうか(しょうがないんじゃないかと思います)。

 

問題は、2020夏の東京五輪のために、それ以外のいっさいの娯楽が首都圏エリアで開催できにくくなってしまうだろうということです。それでもそちらにお住いのみなさんにとってはそうでもないのかもしれないですけど、ぼくのように遠隔地在住で、東京のホテルに滞在してエンタメを楽しみたいという人間にとって、来夏のホテル宿泊価格は、もはやすでに可能な値段ではなくなっているんですね。

 

ぼくのばあい定宿にしているホテルが新宿にあって、そこは閑散期のウィークデイのシングル・ルームで一泊だいたい一万円程度です。都内のビジネス・ホテルだとそれくらいのところが多いんじゃないでしょうか。ところが、いまから予約できる2020年夏の同じホテルの同じ部屋は、なんと一泊五、六万円にもなっているんですね。カプセル・ホテルみたいなところですら、来夏は一泊一万五千円程度にまで、すでにはねあがっていますよ。ラヴ・ホテルだって似たようなものかと思います。

 

どないするんですかこれ?予約できないじゃないですか。たぶんオリンピック&パラリンピック期間中の来夏は、首都圏でのホテル宿泊は絶対に不可能と思います。地方人が東京や周辺エリアに滞在できないだけではありません。五輪期間中はキャンプ地になるので、地方都市でも同様の事態が発生しているかもしれませんから。これはあれですよ、五輪期間中の来夏は一切の移動が禁止されるというに近いものがありますね。公共交通機関だって激混みで事実上機能停止するかも。

 

移動・宿泊が不可能なばかりではありません。五輪期間中はいろんな人的・物的パワーもリソースもサポートも、もろもろいっさい、それに向けて割かれるようですから、だからスポーツ競技やそれにかかわるひとたち以外は、ふだんの仕事すら満足にできないかもしれないです。特にわさみんみたいにどんどん現場でイベントをやったりする歌手みたいな職業だと、あまり活動できないかもしれないですね。

 

う〜ん、こりゃあちょっと…、困りました。事態を見越して、山下達郎はじめ来年のジャパン・ツアーとりやめを発表している音楽家もいます。実際、満足に活動できないでしょうからそれも当然です。達郎ほどの大物でもそうなんですから、わさみんなんてじゅうぶんな活動ができないのは目に見えていると思います。来年夏のわさみんイベントを首都圏で開催するのはむずかしいかも。開催したとて、行ける人間がいませんから。すくなくとも、書いたように地方民はひとりも行けません。

 

そこで提案なんですけど、新しい CD が発売されるとその記念キャンペーン・イベントを主に東京エリアでどんどんやるというのがいままでのわさみんサイドの通例なんですが、例年どおりだとやはり新作が発売されるであろう来年夏は、思い切って一ヶ月ほどのあいだ、わさみんもスタッフさんはじめ周囲のみなさんも、地方都市に疎開して活動してみたらどうでしょうか〜。

 

五輪期間中は地方都市もベース・キャンプ地になって…と書きましたが、コミコミ具合は首都圏ほどじゃないはず。不足なく活動しようと思ったらそれしか手はないと思うんですけどね。五輪のためになにもかも犠牲になってしまう東京や首都圏を脱出して、まだちょっとは余裕のある地方都市で一時的に暮らせば、そして新作発売記念キャンペーン・イベントも地方都市ばかりどんどんまわるようにすれば、人と物の不足もさほどではないと思うんですけどね。地方わさ民のみなさんやぼくからすれば喜びしかありませんし。なんだったら四国は愛媛県に疎開してきてもええのですよ〜。面倒見まっせ〜〜。

 

(written 2019.8.11)

2019/08/12

フレディ・ハバード『ストレート・ライフ』

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(ずっと使ってきたデザイン・テーマが終了するので、これにしました)

 

https://open.spotify.com/album/1r66S2fnO8T8QWaVGWp2jo?si=jZtP_LKkQHacWnsY3zX8KA

 

ねえ、この Spotify にあるフレディ・ハバードのアルバム『ストレート・ライフ』(1970年録音71年発表)は1曲目のタイトル・ナンバーがグレイ・アウトしていて聴けないですが、どうしてぇ〜?こんなの意味ないじゃ〜ん。そのほかいくつかあたってみると、どう〜も CTI レーベルの作品はネット聴きに問題があるみたいで、なんとも時代錯誤はなはだしく、残念なかぎり。というわけで、フレディ・ハバードの曲「ストレート・ライフ」は、これでお聴きください↓
https://www.youtube.com/watch?v=a4xwNHUyz1Q

 

あっ、というかそもそもアルバム丸ごとぜんぶ YouTube にあるやないですか。これでええやないですか。
https://www.youtube.com/watch?v=gUiL-xG_Aos

 

それはともかく。フレディ・ハバードの『ストレート・ライフ』は、このジャズ・トランペッターがフュージョン路線をとって CTI に残したアルバムのなかでぼくのいちばんのお気に入りなんですよね。この音楽の、特に1曲目のタイトル・ナンバーの、鍵を握っているのは、フレディ本人というよりエレクトリック・ピアノ(フェンダー・ローズじゃないかも)を弾くハービー・ハンコックですね。ハービーがこの曲の影の主役なんです。

 

いきなり無伴奏でフレディがプレリュードを吹きはじめますけど、リズムが入ってテーマ吹奏となったら、すでに主役はホーン二管じゃなく、ハービーとドラムスのジャック・ディジョネットだってわかりますよね。この二名がガチャガチャと演奏するファンキー・ビートこそ、曲「ストレート・ライフ」のキーなんですね。

 

だから、まずテナー・サックスのジョー・ヘンダスン、次いでフレディとソロをとりますけれど、輝かしい音色でソロ内容も抜群であるとはいえ、ぼくはいつも背後のリズムを聴いているんですね。三番手でそのハービーのソロ、次にギターのジョージ・ベンスンのソロと続きますが、なかでもギター・ソロ部背後でのハービーの動きは特筆すべきものです。ハービーのエレピこそがリズムをつくっていると思うからなんですね。

 

そしてギター・ソロ部後半からハービーは一定の同じリフ・パターンを弾きはじめ、そのままずっと、ラスト・テーマ吹奏に入るまでずっと、その同じフレーズを弾き続けています。ギター・ソロが終わってから二管テーマまで、しばらくだれのソロでもない時間が流れていますが、そこはハービーのそのエレピ・パターンを、というかリズムを、聴く時間だと思うんです。実際、ファンキーで気持ちいいですし。

 

2曲目(から旧 B 面)もファンク・ジャズ路線ですが、ここからの主役はハービーじゃなくジョージ・ベンスンですね。「ミスター・クリーン」では「ストレート・ライフ」よりもタイトで、グッと重心を落とした、ややヘヴィなソウル/ファンク寄りのリズムとサウンドになっているのが注目点でしょう。ここでもぼくはソロ内容もさることながら(ギター・ソロは相当いいけど)、やはりリズムを聴いているんです。

 

意外な良品がラストの「ヒアズ・ザット・レイニー・デイ」。ベースのロン・カーターの音も聴こえるものの、伴奏者はジョージ・ベンスンひとりといっていいデュオ内容で淡々とフレディが綴っているジャズ・ナンバーです。なんといっても感心するのはジョージのギター・サウンドですね。箱物エレキじゃないと絶対に出しえない、この丸く暖かみのあるふんわりした和音の響き。なんてやわらかいんでしょう。たまりませんねえ。それにこんなふうに歌伴できるなんて、いや、フレディは実質歌っているようなもんだと思いますから、ジョージって本当にうまいギターリストなんだなあって、舌を巻きますね。

 

蛇足ですけれど、「ヒアズ・ザット・レイニー・デイ」というのは天候のことを言っているんじゃありませんよ。失恋の歌なんです。rainy day とはそういう意味ですから。歌入りヴァージョンでこのポップ・ソングの歌詞内容を確認してくださいね。
https://www.youtube.com/watch?v=vCB9A6Eji8o

2019/08/11

サッチモの古い録音を聴いてほしい

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https://open.spotify.com/playlist/38Dtc4gJ9auQJwUA7driUi?si=K7D1y3hXQ0-f_Q8sOABGMA

 

本当にサッチモことルイ・アームストロングの全盛期1920年代後半〜30年代前半のオーケー時代のことは、その偉大さと楽しさと重要性をどれだけ強調してもしたりないほどなんですけど、それに反比例するようにどんどん忘れられつつありますよね。いまやだれもふりかえらないようになっています。ジャズ史上最も輝いていて、最も重要だった録音集なのに、そんなことでいいんでしょうか。

 

1925〜33年のオーケー(コロンビア系)・レーベル時代こそサッチモの全盛期で、このへんの音源はだいぶ前にレガシーが全集 CD ボックスを発売しました。10枚組。これこそ、至高の録音集なんですね。ジャズ・ファンや大衆音楽に興味のあるかたがたには必携のボックスと言えましょう。いまや中古しかないようですが、入手は可能みたいです。
https://www.amazon.co.jp//dp/B008S80PPG/

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しかし、10枚組という規模ですし、サッチモのことをあまり知らないひとにいきなりこれを買ってほしいとはなかなか言えない面があります。本来であれば、音源の発売権利を持つレガシーが、もうちょっと年代別に小分けにして、ベスト盤のようなものを発売すべきだとぼくは考えていますし、人類史でも類い稀なこの偉大な音楽遺産を管理しているレガシーには(啓蒙、教育という意味もふくめ)その責務があるんじゃないでしょうか。

 

ぼくとしてはいちファンにすぎないわけですから、その立場からできるかぎりのことを今後もくりかえしやっていきたいと思います。まずやるべきことは、書いたように年代別ベスト盤みたいにした音源集がだれでも簡単に聴けるような状態にしておくことです。それを Spotify のプレイリストとして作成しておきました。1925〜27年、28年、29〜33年という三種類です。28年分はセレクションではなく全集です。

 

・(1925〜27)https://open.spotify.com/playlist/1tjvR2nS8x09B5AfiYNPlg?si=eNuJdkg1TcGMVV9L8UbF0Q


・(1928)https://open.spotify.com/playlist/70iGg4fNSeTCrnpStbqm7X?si=yxj26FgDSHG9pBDdBcydow


・(1929〜33)https://open.spotify.com/playlist/0UUw0rmMZaLs6W2bNXio0k?si=Einf26tFQfaUojH6Bf-o8g

 

これらのセレクションの曲選出基準は、以前自分で書いた以下の三記事に書いてあるとおりです。これらの過去記事はそれぞれ解説文でもありますので、1920年代のサッチモと言われても五里霧中だなぁ〜というかたは、参考にしてみてください。

 

・「サッチモ 1925〜27」http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/192527-bfc3.html


・「サッチモ 1928」http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/1928-f5ad.html


・「サッチモ 1929 - 33」http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/1929---33-d736.html

 

これらの文章にぼくの言いたいことはだいたい書いてありますので、今日は同じことをくりかえしません。このころのサッチモの音楽はエンターテイメントとして最高度に洗練され、ステージ芸人のようでありながら同時に究極のアーティストでもあるという、おそろしい高みにありました。

 

音楽とはリスナーを楽しませることこそ最大の目的であって、音楽家はそれに全力で邁進すべきであるという理想を、サッチモはデビュー期から貫いていました。1925年といえば、サッチモがフレッチャー・ヘンダスン楽団での修行時代を終え、自己のバンドを率いるようになった時期です。そこから数年間のサッチモの飛翔は、まさに敵なしの最上空を行っていたのであります。2019年現在のジャズ史全体でも、いまだにだれも敵わない頂点にあったのです。

 

トランペット(コルネット)演奏もヴォーカルも、まったく同じ次元でくりひろげていたサッチモのエンタメ=アート。聴いていれば、気分がウキウキし、楽しくて、なにかいやなこと、つらいことがあっても、それを忘れさせてくれる最高のリラックス剤となり、またうれしい気分ならそれを二倍、三倍にしてくれるよき友でもあるんですね。

 

「芸能ってのはお客さんに喜んでもらえなきゃしょうがない。でも、たどり着く頂点はアートと同じですよ」というのは相倉久人さんのことば(『相倉久人にきく昭和歌謡史』アルテスパブリッシング、2016)。これこそサッチモの真の偉大さを的確に言い表したものじゃないでしょうか。相倉さんはサッチモのことを語ったのではありませんが、サッチモにこそ、あるいは全大衆音楽の理想について、的を射た表現だと思います。

 

エンターテイメントを追求し、どこまでも徹底的に追求した結果、サッチモは本物のアートだけが持つピュアさ、高みにたどりついていました。そんな、真に偉大な音楽家がいちばん輝いていたピーク時期の録音集こそ、1925〜33年のオーケー・レーベルのものなんです。録音が古いからといって遠ざけていては、人生の大損ですよ。

 

ぜひ、ちょっとでも耳を傾けていただけたらうれしいなと思っています。

2019/08/10

ライ・クーダーの、これはテックス・メックス・ライヴかな

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https://open.spotify.com/album/7fygV5lqrItwH3YU0T50nK?si=nR1DgrfbSXKGzMGSdKsSgg

 

2013年にノンサッチから CD がリリースされたときに買ったライ・クーダー&コーリドス・ファモーソスの2011年ライヴ。Spotify にあるのだと『ライヴ・イン・サン・フランシスコ』となっていますけど、現物には Live としか書いてないですね。でもたしかにサン・フランシスコのザ・グレイト・アメリカン・ミュージック・ホールでの2011年8月31日と9月1日の実況録音。

 

ライのこの2011年サン・フランシスコ・ライヴは、テックス・メックス作品と呼んでいいんじゃないかと思います。最初、幕開け数曲はルーツ・ロック色が濃いですけど、5曲目、ウディ・ガスリーの「ド・レ・ミ」あたりから完璧なるラテン、というかメキシカン・ミュージック・ワールドが展開され、その中心にフラーコ・ヒメネスのアコーディオン・サウンドがあるんですね。

 

だいたいこのアルバム・ジャケットが完全にメキシカンじゃないですか。バンド名が Corridos Famosos で、バックのブラス・バンド名も La Banda Juvenil なんだから、プロデュースもやっているライ自身、テックス・メックス/ラテン音楽のライヴ・アルバムを企画したというのは間違いないと思いますよ。

 

テックス・メックス路線をとる5曲目「ド・レ・ミ」以前にも伏線は引かれています。最大のものは、たぶん3曲目「ブーマーズ・ストーリー」ですね。そう、ライ最大の代表曲のひとつである過去曲ですよね。流れ者、ホーボーの物語をテーマにしたこの曲を前半部に置いているのは、テックス・メックス・バンド、コーリドス・ファモーソス(有名な無法者たち?)の登場を告げるものになっているんですね。

 

それにしても、フラーコがこんなふうにアコーディオンを弾く「ド・レ・ミ」を聴いていると、ウディ・ガスリーのオリジナルがどんなのだったか思い出せないほど。この曲以後フラーコはアルバムの最後までほぼすべての曲で大きくフィーチャーされていて、このコーリドス・ファモーソスの中心となって活躍し、アルバムの音楽を大きく特徴付けています。CD パッケージ内側に集合写真が載っていますけど、真ん中がフラーコで、向かってその右となりにライが座っているのも、このバンドと音楽をよく物語るっているでしょうね。

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6曲目の「スクール・イズ・アウト」が終わると、ライの紹介で次の曲ではテリー・エヴァンズとアーノルド・マッカラーの二名の歌をフィーチャーするとなっていて、次いでテリーがその曲紹介をやって、かのチップ・モーマン&ダン・ペンの「ダーク・エンド・オヴ・ザ・ストリート」がはじまります。ここでもフラーコのアコーディオンが目立っていて、まるでメキシカン・サザン・ソウル。あ、アメリカ合衆国南部はメキシコと隣り合わせなんでした。『ブーマーズ・ストーリー』にあるライによるこの曲の初カヴァー(1972)は歌なしのギター・インストルメンタルでしたが、ここでは艶のあるヴォーカル入りで、大きく様変わりしています。

 

続く8曲目がこのライヴ・アルバムの目玉でしょうね。ライいわく新曲だそうで、その名も「エル・コーリド・デ・ジェシー・ジェイムズ」(ならず者ジェシー・ジェイムズ)。銀行強盗などをはたらいた実在のアウトロー、ジェシー・ジェイムズに題材をとった曲ですね。このライヴのときのバンド名をコーリドス・ファモーソスとしているのと関連しますし、3曲目の「ブーマーズ・ストーリー」からの流れはここへ来ています。

 

曲「エル・コーリド・デ・ジェシー・ジェイムズ」ではふたたびライがリード・ヴォーカルをとっていますが、バンドのビートはいかにもな典型的メキシカン・ビートの三拍子。曲想、曲調、和声、サウンドなどとともに、どこをどうとってもメキシカン・ナンバーです。フラーコのアコーディオンは当然のように大活躍。後半、ラ・バンダ・フーベニールが派手に乱入し、ブラス・バンドのビッグ・サウンドで曲を飾るさまは壮観ですね。

 

一曲はさんで10曲目の「ボルベール、ボルベール」は全編スペイン語で歌われますが(そういうのはアルバム中これだけ)、そのヴォーカルを女性歌手ジュリエット・コマジェールがとっています(このライのアルバムでベースを弾いているのがジュリエットの弟ロバート・フランシス)。ロス・アンジェルスに拠点を置くシンガー・ソングライターですね。曲はビンセンテ・フェルナンデスや、それからなんといってもわれらがロス・ロボスも歌った、メキシカン・ランチェーラです。6/8拍子のリズムで、当然のようにフラーコのアコーディオンもラ・バンダ・フーベニールも大活躍。いやあ、楽しい。

 

その後のラスト二曲はアンコール的な位置付けかなと思いますが、最後の「グッドナイト・アイリーン」は、ライの超絶大名盤『チキン・スキン・ミュージック』の末尾を飾っていた有名曲ですよね。やはりフラーコがアコーディオンを弾いていました。ライとフラーコの音楽親交はあれ以来ずっと続いているわけです。あのアルバムもテックス・メックス音楽を大きくとりいれた作品でした。

2019/08/09

真夏にはこれ、音の冷房 〜 クロンチョン・トゥグー

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https://open.spotify.com/album/4xJbpEWKe7RoJrOz9AUKdk?si=zgSj_w2WQLe1ngGOVZWMjg

 

bunboni さんに教えていただきました。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-07-26

 

クロンチョン・トゥグー(Krontjong Toegoe)とはなにか?どういった楽団なのか?そのアルバム『De Mardijkers』、については、上にリンクした bonboni さんの文章をお読みください。ぼくはぼくで、ちょっと聴いてみたら、こりゃ〜いい!って感じたので、ちょっとしたメモを残しておくことにします。いまこちら愛媛県でもたいへんな暑さが続く真夏ですけど、こんなクロンチョン(インドネシア音楽)こそ涼感があって、まさにピッタリだと思うんですね。音の冷房ですよ。

 

聴いていると体感気温が三度は下がるこのアルバム『De Mardijkers』とクロンチョン・トゥグーの魅力は、素直で自然体だっていうことですね。さわやかさ、ユーモア感覚がありながら、それはつくりものなんかじゃなく、この楽団の演唱するなかにあるのがそのまま出ているなあって思うんです。だからわざとらしさ、フェイクなんてものとは無縁の世界です。楽団の面々のからだのなかにこういった音楽がもとから育まれているんでしょうね。

 

どの曲も歌入りですけど、そのヴォーカル(一曲ごとに歌手は交代します)にもリキみがぜんぜんなく、なさすぎてふわっとサラリ涼感ですけど、決して声を張らずスッと自然にふだんの姿のまま歌っているのがいいですよね。アマチュアらしさというか、決してうまい歌手たちじゃないんですけど、っていうかたぶん演奏者もふくめ、なかばアマチュアで、趣味としてクロンチョンをやっているんじゃないでしょうか。

 

そんなアマチュア精神というか趣味人のふだんの姿、飾らない人間性の良さ、自然な素直さ、ケレン味などは微塵もないナチュラルなストレートさ 〜〜 そんな彼らの人柄が反映された音楽傾向がこのアルバムを支配しているなと思うんですね。ぼくは音楽のスタイルとそれをやっている音楽家の人間性は関係ないという思想の持ち主ですけど、クロンチョン・トゥグーとこのアルバム『De Mardijkers』を聴くと、このあまりの心地よさに、たぶんみんないいひとなんだよねえ〜って思っちゃいました。

 

ホ〜ント、聴いたら体感気温がスーッと下がってヒンヤリ気分になれますから、まあインドネシアのクロンチョンってだいたいどれもそんな冷感音楽ですけど、今日話題にしているこのクロンチョン・トゥグーはまたいっそう格別の爽やかさがあるんですよ。間違いないです、保証しますから、ぜひちょっと耳を傾けてみてください。きっとお気に入りになると思いますよ。クロンチョンってな〜に?インドネシアの音楽って知らないなぁ〜っていうかたがたにも、格好の入門盤です。強く推薦します。ぜひにぜひに。

 

(written 2019.8.1)

2019/08/08

このブログの人気記事ランキング

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ぼくのこのブログにスマートフォンでアクセスしたときにだけ、記事一覧の下に「このブログの人気記事ランキング」というのが表示されます。ベスト5まで出ます。いまちょうど2019年7月17日の19;45すぎですけど、どうなっているか、スクリーン・ショットを撮ってみたのが上の写真です。これはいわゆるアクセス解析じゃないので、オーナーのぼくだけでなく、どなたでもご覧になれるものですよ。

 

アクセス解析を見る習慣をやめたいまのぼくには、どんな記事にみなさんのアクセスがあるのか、ある程度ちょっとだけでもわかるきっかけが、この「このブログの人気記事ランキング」なんですね。このランキングは、毎日数度見ているとわかるんですけど、もちろんリアルタイムでのアクセス増減に応じて動く可変式表示です。どういう仕組みでこのランキングが作成・表示されているか、なにも知りませんが、だいたい24時間で一回程度、変動があるみたいなんですね。

 

こないだジョアン・ジルベルトが亡くなったばかりなので、それ関連の記事がトップに来ていますよね。だいたいそんな感じで、そのときどきの時事性のある記事や、あるいは新規更新の記事がトップ5に入ってくることが多いようです。それでもときどき、これはどうして?と疑問に思うようなランク・インもあるんですね。

 

その最たるものが、いま4位にある「失われた世界〜ジャズ・クラリネット」です。この文章は2017年2月にアップロードしたものですが、この人気記事ランキングのベスト5の外に落ちたことが、いまに至るまでありません。一度たりとも落ちていないんですよ。ずっとベスト5のなかにいつづけているんです。ランキングのほかの四つは変動するのに、このオールド・ジャズ・クラリネットの記事だけずっと五位内にとどまっているんです。

 

これはどういうわけでしょう?いったいこの「失われた世界〜ジャズ・クラリネット」にそんなにアクセスがあり続けている理由はなんでしょうか?特別なことはなにも書いていません。目新しい知見もないし、ぼくしか知りえない情報もなければ独自分析もまったくなし。だからこの記事にそんなに価値があるとは思えないです。ただたんにぼくの好きな戦前古典ジャズのクラリネット奏者を数名あげ、代表的名演の音源を貼ってあるだけです。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-cf99.html

 

それがただの一度もランク外に落ちたことすらないというのは、う〜ん、ぼくのこのブログは戦前古典ジャズのリスナーや、それに興味があるけれどそんな世界のたとえばクラリネットってどんなもんなのかちょっと覗いてみたいなと思うかたがたなど、そういった向きに人気のブログだっていうことなんでしょうかねえ。最近はオールド・ジャズ、アーリー・ジャズのことを書く頻度が下がりましたが、そっち関係のブロガーだと思われているのかも?

 

また、ついこないだまで、2017年11月更新の「太田裕美「木綿のハンカチーフ」〜 アルバム・ヴァージョンとシングル・ヴァージョン」が上位にランク・インしていましたが、これなんか、いままでランク内に姿も影もなかったものなのに、ある日突然入ってきて、ずっと滞在していましたからねえ。これも理由がわからないです。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-68fa.html

 

これのばあいは、その後つい先日「ウッドストック幻想の崩壊と、太田裕美『心が風邪をひいた日』」というのをアップしましたから、それに取って代わられたという様子ですね。現在、それがランク二位に入っています。つまり、この2019年7月12日更新の記事が上がるまで、上掲「木綿のハンカチーフ」記事がランク内にいたんですね。

 

また、どんなに力を込めて書いたものでも、まったくランク・インしない、ぜんぜん影も形もない、というものだって多いです。たとえばエジプト人歌手アンガームの記事を、以前、四日連続でアップロードしましたよね。どれもランク・インしなかったです。だから、このへんはやっぱりとりあげている音楽そのものが人気かどうかということも関係あるんでしょうね。アンガームなどは、エル・スールや関連界隈ではもてはやされても、世間一般ではちっとも知られていないということかもしれないです。だから、どんなに熱を込めて書いて上げても、だれか知らない名前のひとの記事だな〜、くらいにしか思われていないんでしょうねえ。う〜ん、アンガーム、すばらしい歌手なんだけどなあ。しかもいま絶頂期。歌手人生のピークにあるんですよね。その音楽もリンク先で聴けますよ。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-edfda1.html
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-d491ab.html

 

あと一点。マイルズ・デイヴィス関係の記事は、ほぼどれも毎回必ずランク・インします。このへんも、たぶんこの戸嶋 久というブロガーはマイルズ狂なんだろう、熱心だし、なんだかえらいくわしいぞ、って思われているでしょうねえ。なんだか、みなさんの抱くそんな実感がひしひしと伝わってきますよ。でもそんなことと関係なく、ぼくはぼくで無責任にというか気軽に、マイルズのことを今後も書いていこうと思っています。

 

そんなわけで、ある程度わかる部分とよくわからない部分とが混在している、この Black Beauty の「このブログの人気記事ランキング」。やっぱり気持ちを入れて書いて上げた記事がランク上位に来るととうれしいですし、逆にこんなチンケでいい加減な文章でいいのか…と申し訳なさ半分でおそるおそる上げたものが一位にずっととどまっていたりすると恐縮至極であります。

 

書いて上げるときは、そんなこと諸々いっさい関係なくやっていますけど、結果ランキングに反映されたりされなかったりして、まあそんなこともあまり意識しないで今後もやっていきたいと思っています。意識すると失敗しますからね、ぼくのばあいは。なにも考えず、黙々と毎日続けていくのがいいんです。音楽を聴き、書く、それはぼくにとって、呼吸したり水を飲んだりするのと同じですから。

2019/08/07

多幸感あふれるジョニの『シャドウズ・アンド・ライト』

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https://open.spotify.com/album/0sk9dYm1TZbsxJ5hIEBuby?si=Usw-h4H0R9if83SFe7kKMA

 

そういうわけでまたじっくり聴いたジョニ・ミッチェルのライヴ盤『シャドウズ・アンド・ライト』(1980)。本当に好きだぁ〜。なにが好きといって、まず1曲目の「フランスではみんな表通りでキスをする」の、この多幸感あふれるサウンドですよねえ。いやあ、楽しいったらありゃしません。だいたいジャコ・パストーリアスのベース・サウンドって幸せに満ちているし、ここではジョニのギターもソロを弾くパット・マシーニーも、そのほかみ〜んなニコニコしていますよねえ。そんなサウンドです。

 

そう、楽しく幸せ、これがジョニのアルバム『シャドウズ・アンド・ライト』を貫く基調なんです。だから好きなんでしょうねえ。約40年前の出会いからいままでなんど聴いても、聴いたあとは気分いいですもん。でもってさわやかな聴後感が残りますよね。なっかなかここまでの音楽って、ありそうでないと思うんです。

 

だから、昨日も言いましたが、ジョニのアルバム『シャドウズ・アンド・ライト』はシックスティーズ的だなと思うことがあります。にぎやかに騒いでいる、楽しく跳ねまわっている、自由と平和と愛の祭典のような、つまりはウッドストック・フェスティヴァル1969がそうであったような、そんな世界をライヴ・ミュージックでジョニは1979年に実現したのかもしれません。

 

その意味では、一枚目では1曲目「イン・フランス・ゼイ・キス・オン・メイン・ストリート」、4「コヨーテ」、6「ザ・ドライ・クリーナー・フロム・デ・モイン」あたりがクライマックスということになるでしょうか。特に幕開けの(イントロダクションは飛ばし)1曲目が、も〜う、ここまで幸せに満ち満ちた音楽もないんじゃないかと思うほど楽しくて、ジョニもバンド・メンバーも全員が楽しそうで、実際楽しいし、いやあ、これ一発でアルバム全体の色調が決まっていますよね。

 

基本この路線でアルバム『シャドウズ・アンド・ライト』は続くんですが、あいだに入る、たとえば「イーディス・アンド・ザ・キングピン」も見事だし(このたたずむようなサウンドとリズム)、また「アミーリア」みたいな、ほぼジョニのひとり弾き語りみたいなしっとり系ナンバーも極上です。そのままセンティメンタリズムという自身の持ち味をフルに発揮したパット・マシーニーのソロをはさみ、やはりすばらしい「ヘジャイラ」(マイケル・ブレッカーのソプラノ・サックス・ソロもいい)で一枚目は終わります。

 

CD2になれば、この多幸感はさらに拡大し、いきなりのハード・グルーヴァー「ブラック・クロウ」でかっ飛ばし、ドン・アライアスのコンガ・ソロをはさんで、全員が打楽器を手にしてジョニが歌うアフロ・ブラジリアンな「ドリームランド」になだれ込みます。もうこのへんの展開でぼくなんかは降参ですね。な〜んて楽しいのでしょうか。こんなにも幸せな気分になれる音楽アルバムが、この世にほかにあるでしょうか。

 

しかもそのまま「フリー・マン・イン・パリス」が続き来て、こっちの絶頂感は持続したまま、さらにもっとあがります。いやあ、すごいなあジョニの音楽って。マイケル・ブレッカーもいい。その後、ドゥー・ワップ・グループのパースエイジョンズが出てきて、ロックンロールというかドゥー・ワップな「ワイ・ドゥー・フールズ・フォール・イン・ラヴ」をやりますが、もう楽しさ、幸せ爆発であります。このヴォーカル・コーラスのサウンドと、バンドのリズム、マイケル・ブレッカーのロックンロール・サックスのカッコよさ、いやあ、たまりませんね。

 

このドゥー・ワップ楽曲以後は、後戯みたいなもんです。

2019/08/06

ジョニの「ウッドストック」は、楽園へのレクイエム

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https://open.spotify.com/playlist/1CtlPVkdbvkL7UkvwKeurw?si=ND5-pY8YSI-jeP6p17Zj1A

 

ジョニ・ミッチェルの二枚組ライヴ・アルバム『シャドウズ・アンド・ライト』(1980)の最後の最後で、まるでコーダのようにして、ギター弾き語りでひっそりと静かに歌われる曲「ウッドストック」が好き。それはまるでにぎやかだった乱痴気騒ぎのあとひとりでしんみりとたたずみながらポツポツとふりかえり語っているかのようです。

 

しかし、「ウッドストック」というこのジョニの曲は、決してウッドストック・フェスティヴァル1969を斜めに見たり、その楽園幻想が崩壊したあとの幻滅や失望を扱ったりしたものではないんですね。わりとストレートな楽園賛美、ユートピアニズムを歌った内容です。ヴェトナム戦争だって蝶のイメジャリーに変換されていますから。ジョニ自身は別の仕事のため、1969年8月のあのヤズガーズ・ファームには行かなかったそうで、ちょっと不思議な感じがしますね。

 

ジョニの曲「ウッドストック」は、英語を解さないかたが、あるいは歌詞をいっさい無視して、聴けば、その哀愁感とわびしさが強烈に漂うスケールとメロディ・ライン、サウンドのせいで、ウッドストックという楽園が崩壊したあとの虚無感をつづった曲なのだとしか思えないですよね。でも、歌詞をよく聴けば逆です。いったい、ジョニのこの「ウッドストック」とはなんでしょうか。

 

ジョニ自身のヴァージョンは1970年のアルバム『レイディーズ・オヴ・ザ・キャニオン』収録のものが初演であるこの曲「ウッドストック」が生まれた背景、いきさつ、ジョニはウッドストックで歌いそうな歌手だったのにどうして行かなかったのか、じゃあどうやって、だれからどこから情報を得てこの曲を書いたのか 〜〜 など諸々についてはいままでイヤというほど語られていますから、今日は省略します。

 

歌詞はユートピアニズムに満たされているのに、曲はペシミスティックで憂鬱そうというジョニの曲「ウッドストック」。ジョニは当時からこういった曲想のものをよく書くソングライターなんで、ことさらとりたてて言うこともないのかもしれないです。いまの、いや、むかしから、大好きなライヴ・アルバム『シャドウズ・アンド・ライト』のラストで、まるでクール・ダウンのように歌われる「ウッドストック」を聴いて、感じてきた、感じていることを素直に記しています。

 

端的に言って、ジョニの「ウッドストック」とは、あの1969年のフェスティヴァルのアンセムでありながら、同時にレクイエムにもなっているなと思うんですね。この印象は、まず第一にはやはり、全体がにぎやかなお祭り騒ぎみたいな二枚組ライヴ・アルバム『シャドウズ・アンド・ライト』のクロージングに置かれている、それが実にしんみりとした感じであるというところに最大の原因があります。ジャコ・パストーリアスというハレの権化みたいなベーシストが大活躍していますし、このライヴ盤二枚組全体が、あたかもウッドストック・フェスティヴァル1969みたいじゃないかと思うんですよ。

 

『レイディーズ・オヴ・ザ・キャニオン』収録の初演をふくめジョニ自身によるヴァージョンをいくつか聴いていますと、曲「ウッドストック」は、やはりもとからやや暗いというか陰鬱気なサウンド・イメージを持った曲なのは間違いありません。リフレイン部では毎回エデンの園に言及するほどのユートピア主義に満たされた歌詞なのに、曲がそれを裏切って、まるで果実を食べてしまったあとのアダムとイヴや末裔の姿を、それもメロディ・ラインやサウンドで表現しているかのようです。

 

ジョニはあくまでウッドストック・フェスティヴァル1969をすばらしかったものだとして扱っているようですよね。1969年12月にライヴでこの曲を披露する前に語ったことばなども残っていますけど、その後ずっとのちのちまでも、ジョニはこのウッドストックについては楽観的な見方を捨てていないみたいです。そんなジョニのことばがいくつもあります。

 

しかしそんなジョニの考えやそれが反映された歌詞を、曲が裏切っているんですね。曲「ウッドストック」のメロディに漂う強烈な終末感、わびしさは、まるでウッドストック幻想が崩壊してのちのひとびとの持った失望、失意、幻滅、喪失感を、曲づくりしながら、歌いながら、そうとは意図せずに気付きすらせず、ジョニが込めてしまったかのようです。すくなくともぼくはそう感じています。

 

ここが音楽のおそろしいところだと思うんですね。曲を書き歌う本人も、曲じたいがどこまでのひろがりを持つものなのか、コントロールしきれないんです。音楽だけでなく、とてもすぐれた芸能・芸術作品はいつもそうなんですが、作者や演者の意図をはるかに超えてしまう部分があります。ばあいによっては正反対を向きますよね。そうやって、受け手からすれば実に多様な解釈を可能とするところに、傑作の傑作たるゆえんがあるんです。

 

ジョニ自身は楽園思想を持ち続けていて、曲「ウッドストック」にかんしても決して幻滅の気持ちを込めたなどと自覚していないということはわかっています。1979年のライヴ収録である『シャドウズ・アンド・ライト』のヴァージョンはじめ、後年までくりかえし歌い、録音作品化までしているわけですから、とうぜんそうですよね。でもしかし、曲とは生きものです。どこまでその曲のイメージが拡大するかは作者にもわからないことなんです。

 

こわいことに、ジョニは曲「ウッドストック」でユートピアを歌いながら、しかも同時にその楽園崩壊と幻滅をも歌い込んでしまっているんですね。いまの、2019年の、というよりもアルバム『シャドウズ・アンド・ライト』をはじめて聴いた40年ほど前の大学生のころから、ぼくが曲「ウッドストック」に共感するのは、むしろ失意、失望のメランコリー・ソングとしてのフィーリングにあります。

 

ジョニ自身がこの曲「ウッドストック」に幻滅と憂鬱のフィールがあるということに気づいてもいないというところは、本当に音楽のすごさ、おそろしさを表しているものだと、ぼくは震えさえします。気づいていたらライヴなどでくりかえし歌えませんからね。ただただ、聴き手であるぼくがそれを、特に『シャドウズ・アンド・ライト』のヴァージョンに、感じとってしんみりし、部屋のなかでたたずんでしまうというだけのことです。

 

<あの夏>からピッタリ半世紀。ウッドストック・フェスティヴァル1969とはいったいなんだったのでしょうか。アンセムとまで言われる(のは CSNY のヴァージョンかもしれませんが)曲「ウッドストック」を書いたジョニは、あそこへ行きませんでした。ジョニ自身は行けなかったという強い喪失感を抱いたそうです。それがあったからこそ理想化され、曲「ウッドストック」はこんな歌詞を持ったのでしょう。

 

ただ、もうひとつ、行けなかったというジョニの強い喪失感は、ある種のメランコリーとなって曲「ウッドストック」のこの哀切感の濃いメロディ・ラインとサウンド・フィールに反映されたかもしれないなと思うんです。もしそうだったなら、そのメランコリーは、結果的に、楽園へと足を運ぶことのないまま幻滅と失意に満たされてしまうぼくのフィーリングにちょうどよくフィットして、それがウッドストック1969の幻想が崩壊してのちのひとびとの持った失望感や憂鬱さ、暗さに、ぼくのなかで転化したように思うんです。

2019/08/05

マイルズと、サマー・オヴ・1969

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https://open.spotify.com/playlist/5FcaLYAH5uZ7bhD30HdnjR?si=YJsu4-riSryah1A2fKbpDg

 

なんか、中山康樹さんの著書に似たようなタイトルがあったようななかったような、まあ気にしないでいきましょう。ともあれ、<あの夏>から今年でちょうど半世紀ですから。

 

1969年7月5日、アメリカはロード・アイランドでのニューポート・ジャズ・フェスティヴァルにマイルズ・デイヴィス・クインテットが出演しています。といってもウェイン・ショーターがおらず(たしか乗ったクルマが渋滞に巻き込まれたかでステージに間に合わず)四人ですけどね。しかも CD などで聴けるのは、たったの三曲+クロージング・テーマで、計24分間だけ。マイルズ・バンドはもっと演奏したはずです。それでも大勢が次々と出演するフェスティヴァルですから、しょせんあまり長くは演奏できません。

 

1969.7.5 という日付が、このばあいとても重要になってくると思うんです。2月録音のアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』が7月30日に発売されるという予定で、しかも、次作になる二枚組『ビッチズ・ブルー』の録音を六週後に控えていたという、そんなタイミングでした。その『ビッチズ・ブルー』は、かのウッドストック・フェスティヴァルが終わった翌日からの三日間(1969.8.19〜21)で録ったんですもんね。

 

ウッドストックほどの規模じゃありませんが、1969年7月のニューポート・ジャズ・フェスに主催者ジョージ・ウェインは、(ジャズ・フェスを謳いながらも)いわゆるロック・バンドほかをたくさん出演させています。レッド・ツェッペリン、マザー・オヴ・インヴェンション(フランク・ザッパ)、ジェフ・ベック、ジェスロ・タル、テン・イヤーズ・アフター、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、などなど。

 

ジョージ・ウェインはどっちかというと保守的なジャズ関係者だったかもしれませんが、1969年という時代の潮目の変わりを確実に感じとっていたということでしょうね。マイルズ・クインテットには、そんな<ニュー・ミュージック>の旗頭のひとつしてガツンとやってもらいたい、チック・コリア、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネットの新リズム・セクションを擁するニュー・クインテットがニュー・サウンドを奏でていたのはわかっていたから、とジョージ・ウェインは後年ふりかえっています。

 

1969年7月5日、ニューポートでのマイルズ・バンド。現在聴ける24分間は、当日の演奏のたぶん後半三曲(+テーマ)ということだと思います。それを聴き考えるのは、これが約一ヶ月半後に録音される『ビッチズ・ブルー』の予兆になっているということなんですね。端的に言えば、荒々しく、怒り狂ったように猛々しい音楽の世界、それが『ビッチズ・ブルー』ですけれど、六週前のニューポートで、すでにそんな音楽を、しかもライヴで、展開していたんですね。

 

そんな1969年7月のニューポート・ジャズ・フェスですけれど、ジョージ・ウェインの回想によればマイルズは初日から最終日まですべてのバンドを観聴きしたみたいです。もちろん袖からでしょうけど、音楽を聴き、しかもマイルズらしいことに聴衆の反応も見ていたそうですよ。どのバンドがどんな音を出したときにオーディエンスが最も沸くかといったことも観察したとのことで、翌月録音の『ビッチズ・ブルー』やそれ以後のマイルズの道程を考えれば、そうやって吸収したものから大きなインスピレイションをもらっていたかもしれません。

 

あの時代、あの夏、1969年。7月のニューポートや8月のウッドストックだけでなく、近い時期に同様の音楽フェスティヴァルがいくつかありました。それらは新しい時代の音楽の新傾向をはっきりと刻んでいたなと思うんです。折しもマイルズは1967、68年ごろからバンド・サウンドとリズムの刷新を試みていた時期で、ロックやファンクの手法を大胆にとりいれはじめていた時期でしたよね。

 

新しい時代の到来を、そうでなくたって敏感なマイルズですから感じていたでしょうけど、一つには自分も出演した音楽フェスティヴァルなどでよりいっそう身に沁みるように実感したということがあったと思います。時代が、いまの、1969年の若者オーディエンスが、どんな音楽を求めているのか、それをさぐり、さらに理解・把握もしたんじゃないでしょうか。それが二枚組作品『ビッチズ・ブルー』というランドマークに結実したと言えるのではないかと、ぼくは考えています。

 

2月に録音され7月末に発売された『イン・ア・サイレント・ウェイ』が、落ち着いた静かな大人の音楽だったとすれば、8月録音(翌70年春発売)の『ビッチズ・ブルー』は、若者の音楽です。ヤング・エイジらしい感情の爆発や怒り、猛々しさ、踊り狂う狂熱など、一言にして英単語の ferocious なフィーリングに満ちていますよね。そうであれば、『イン・ア・サイレント・ウェイ』がまだまだ保守的な聴衆向けのジャズ志向作品だったのに対し、『ビッチズ・ブルー』はシックスティーズ終焉という時代の若者向けのニュー・ミュージックを志向したものだったと言えるのかもしれません。

 

こういった1969年のマイルズの変化を、7月5日のニューポート・フェスでいま聴ける三曲のなかにさがすと、最も興味深いのは「イッツ・アバウト・ザット・タイム」になるでしょう。ご存知のとおり、スタジオ・オリジナルはアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』に収録されています。それはグルーヴ・チューンではあるものの、クールで落ち着いたひんやりスタティックな質感もあるファンク・ナンバーでした。

 

その同月末の発売を考慮に入れてか入れずか、7月5日ニューポートでのマイルズは、もはや同じ曲とは思えないほどに猛々しく激しいロック・ナンバーに変貌させています。特にチック・コリアの弾くフェンダー・ローズとジャック・ディジョネットの叩く荒々しいドラミングに注目してください。このサウンド、この手法は、完璧にロック・ミュージック of 1969じゃないでしょうか。しかもその先頭を、サウンドでマイルズが牽引しています。同じ素材をやってもここまで変わる、それが生きた音楽の証であり、マイルズという音楽家が時代を呼吸していたという証でもあります。おもしろいですね。

 

1969年のマイルズ。夏。2月録音の『イン・ア・サイレント・ウェイ』と8月録音の『ビッチズ・ブルー』がこうまで違った音楽になっているのはなぜなのか?その変貌のきっかけというか、さなかにいったいなにがあったのか?マイルズはなにを考えなにがきっかけで、1970年以後のニュー・ミュージックに向かっていくことになったのか?その際、世間でいう<サマー・オヴ・1969>はどう作用したのか? 〜〜 こんなようなことを、ピッタリ50年が経過した今2019年の夏に、考えてみました。

2019/08/04

わさみんイベントでどんどん買う CD を

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2019年2月13日以来、わさみん(岩佐美咲ちゃん)の「恋の終わり三軒茶屋」CD を何枚買ったかわからないとしまです。今後もどんどん買うので、最終的にはいったいどうなるのか、計100枚くらいは買ってしまう計算になるんでしょうか。つまり、いまでもすでに写真のとおりお店みたいに売るほど持っているわけなんですよね。どんどん買うのはもちろん特典券目当てということです。おたくはみんなそうなんです。わさみんの歌唱イベントでは四曲披露のあと特典会があります。

 

ほかの AKB 系タレントさんもそうなのかどうかぼくは知りませんがともかくわさみんの特典会のばあい、特典券一枚で握手(とおしゃべり)、特典券二枚で自分の機器で2ショット写真撮影(と握手とおしゃべり)ということになっています。そんな特典券は、歌唱イベント現場で CD でも DVD でも Blu-ray でも一枚買うごとに一枚もらえるという仕組みになっています。

 

ってことはですよ、ぼくもすでにそうなっているんですが、CD のばあいアルバムでもシングルでも特典券は同じ一枚ですから、値段の安いシングル盤のほうをどんどん買うということになるのが当然の心理というものでしょう。DVD と Blu-ray は(特典券付きで)一度づつ買えば OK という気持ちになってしまいます。こんなぼくはダメわさ民ですか?

 

こういったことは、わさみんとどんどんおしゃべりしたい、なんども握手したい、写真もくりかえし撮りたいと思うけど、おたく現場用語でいう「はがし」があって、つまりわさみんとおしゃべりしてすこし時間が経つと、係のひとが背中をポンと叩いて横に押すわけなんですね。はい、お客さん、そろそろこのへんで終わりにしてくださいということです。それを「はがし」といいます。はがしは担当さんがどなたであるかによって強かったり緩かったりします。

 

だから一回のわさみんタイムは限られていますので、ぼくらは特典券を何枚も買って= CD を現場でたくさん買って、ループするわけですよ。二度、三度と列に並び、もう一回、二回とわさみんタイムを味わうわけです。ぼくは気が弱いのか、わさみんも仕事でやっていることだからと思うものの、なんどもループしすぎて特典会の終了が遅くなると疲れてきてしまうんじゃないかと心配になって、だからループは多くても二回までと決めています。

 

一日の歌唱イベントは通常二回(13:00の回と15:30の回みたいな感じで)やりますから、一回につき二度ループで、そのうちそれぞれ一つは写真撮影ということにしているので、結局のところ、一日でわさみん CD を計六枚買っている計算なんですね。多いのか少ないのかわかりませんが、少ないとしてもわさみん CD は同じものが自宅にどんどんたまっていくということになるわけですね。

 

それで、わさ民さんだけでなく AKB 系のおたくのみなさんがどうなさっているのか知りたいんですけど、たまりにたまった同じ CD をどうなさっているでしょうか?わさみんのばあい本業が歌手ですから、CD は歌を聴くためのものとして必須ですが、でもそのためだけだったらワン・セットでじゅうぶんです。30枚、50枚と自宅に置いておく意味はありません。特典券目当てで現場で買っているだけですから、ホンマどないしたらええんや?

 

興味を持ちそうなかたがたにさしあげるという手もあります。以前、大阪岸和田の現場でわいるどさんがなさっていたのでぼくも見習ってやってみたんですけど、わさみんの歌唱イベントにぶらりといらしている一般のお客さんに無料で配るという手もありますね。タダでさしあげて、それでひょっとして自宅でそのかたがお聴きになって、あ、これはいい歌手だ、いい歌だなあ、じゃあ今後は自分でもちょっと買ってみよう、またイベントがあったら出かけてみよう、となれば、本望ですからね。

 

そんなことも各地のイベントでぼくはやるようになりましたが、それでも限度があります。やはり自宅にわさみん CD がたまっていく一方なわけですね。これはもうたぶん中古市場にまわすしか手がないんじゃないかと考えています。といってもこちら愛媛県大洲市というド田舎にはブックオフくらいしかありませんが、ともかくそんなお店に持っていって売って、いくらになるかはどうでもいいので、ともかく中古でもお店の棚にわさみん CD を並べてもらえば、またなんらかのわずかな可能性が生じるかもしれんと思うんですね。

 

ブックオフをぶらりと訪れなんの気なしに CD 棚をながめているお客さんが、おっ、この岩佐美咲っていうのはだれだろう、どんな歌手かな、ちょっと聴いてみようかな、とでも思って、もしひょっとして些少な金額でもお財布から出して自宅に連れ帰っていただければ、これほどの幸せはありません。そこからちょっとでもわさみんファンが拡大する可能性があるかもしれませんからね。

 

このブログでわさみんのことをどんどん褒めちぎっているのは本心ですが、それをお読みになったかたのなかで、でも岩佐美咲ってネットで聴けないなあ、CD しかないのかあ〜、でもお金出すのはちょっとなあ、う〜ん、聴いてみたいけど、とお考えのかたでもいらっしゃるとすれば、ぼくがさしあげます。もちろん無料で。送料もぼくが負担します。「わさみん CD 希望」と記事にコメントください。あるいはブログ Black Beauty にパソコンでアクセスすれば右サイド・バーにメール送信のリンクが出ますので、そこからどうぞ。

 

それで、どうか、みなさん、わさみんこと岩佐美咲の歌にちょっとでも耳を傾けていただきたいと思います。演歌歌手という看板で活動しているわさみんですが、歌謡曲、J-POP のカヴァーもかなり聴けますうまいです。本気で聴きごたえのある実力派歌手だと思うんで、どうかよろしくお願いします。

2019/08/03

こんなすごい歌手がいた 〜 1985年のヌスラット

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https://open.spotify.com/album/3LoBvidLM9LzvT4GpJfMV7?si=kBuqU8tqTz-lPc7bIvSfkQ

 

https://realworldrecords.com/releases/live-at-womad-1985/

 

英国はエセックスのマーシー島で行われた WOMAD 1985。その出演者のなかにヌスラット・ファテ・アリ・ハーンのパーティーがありました。このときのヌスラットのパフォーマンスはアジア圏外では初のもので、その後のヌスラットの快進撃と世界的名声を考えますと、このウォマド85こそヌスラットのものすごさを全世界に知らしめた最初だったわけですね。いまだワールド・ミュージックということばも定着していなかった時期だと思います。

 

そのウォマド1985のときのヌスラットのパフォーマンスを録音したものが、今2019年7月26日にリアルワールドからアルバムとして発売されました。このリリースは衝撃の事件だと言えましょう。一聴、いやあ、ものすごいヴォーカル・パフォーマンスです。ワールド・ミュージック・ブームなどとっくに霧散無消し、1997年に亡くなったヌスラットのことも忘れられつつあるかもしれませんが、いま一度こんなものすごい歌手がいたんだと思い知る名発掘の一枚です。

 

ヌスラットの『ライヴ・アット・ウォマド 1985』、おなじみの有名ヒット曲が並んでいますが、特にすごいなと思うのが最初の二曲「アッラー・フー・アッラー・フー」「ハク・アリ・アリ」です。この二曲で聴き手は興奮のあまり絶頂に達し失神してしまいますから、残りの二曲をまともに聴くことなどできません。それくらいそれら最初の二曲は壮絶です。こんなすごいヴォーカリスト、いま、世界のどこにいるというのでしょうか。

 

この1985年7月20日深夜のヌスラットのライヴ・パフォーマンスがどんな様子だったのか、上でリンクを貼ったリアルワールドのサイトにくわしく掲載されていますので、ご一読ください。とにかくこの1985年ウォマドでのヌスラット・ライヴの意義と重要性は、どんなに強調してもしすぎることはないんです。いわゆるワールド・ミュージック界、といわず大衆音楽の世界における頂点に、85年時点で到達してしまったパフォーマンスです。

 

「アッラー・フー・アッラー・フー」「ハク・アリ・アリ」をお聴きなればおわかりのように、パーティの演奏は最初ゆっくりとはじまります。そこから徐々に熱が入り、ヌスラットが咆哮し、バック・ヴォーカリストたちがレスポンスして、楽器(ハーモニウムとタブラと手拍子だけ)演奏も盛り上がり、ヴォーカル陣、特にリードであるヌスラットの声は突き刺すような鋭さを増していきます。

 

約20分以上にわたる、カワーリーのアイコニックな一曲「アッラー・フー・アッラー・フー」でも、有名ヒット・ソングの「ハク・アリ・アリ」にしても、中盤あたりからの熱の高さは尋常ではありません。ここまでの沸点の高さを記録した音楽ライヴ・パフォーマンスは、分野を問わず、そうそうあるものじゃないですね。ヌスラット自身、世界デビューとなったこの1985年時点ですでに絶頂にあったとしても過言ではありません。

 

ほんと、「アッラー・フー・アッラー・フー」も「ハク・アリ・アリ」も中盤から後半の異様な盛り上がりかた、どこまで昇りつめるのかという熱の高さは驚異ですが、同時に驚くことはこれら全体がそれぞれ緻密に構成されていることです。20分以上もあるワン・ナンバーが細部にわたるまでよく計算されていますよね。しかもその構成は、かなりの部分、即興なんですよ。現場でのインスタント・コンポジションに多くを負っています。

 

そして主役のヌスラットのこの声!鋼のような力強く鋭く、そして美しい声で、聴き手に直接突き刺さってきます。しかも、そうでありながら同時に丸くてコクがあってまろやかですよね。高い声で一閃するときの張りと鋭さや、アァ〜〜と伸ばすときでも細かいフレーズを高速で即興的に繰り出すときでも、ヌスラットのヴォーカルは常に威厳と気高さ、誇りに満ち満ちています。強さがそのまま優しさになっているような、そんな歌でぼくらを溶かしてしまいます。聴きながら、興奮の絶頂でそのままとろけてしまうんですね。恍惚とはまさにヌスラットのカワーリーを聴く体験です。

 

こんな絶頂期のヌスラットは、録音されているなかではひょっとして人類史上最高最強の歌手だったのかもしれないとぼくはかねてより考えています。ヌスラットを超えるほどの豊穣でソウルフルなヴォーカリストが、果たして地球上に存在するのでしょうか。今回発売された1985年ウォマドでのパフォーマンスにしろ、あまりのなまなましさと迫力に、まったく KO されるしかないでしょう。

 

カワーリーという音楽は、パキスタンのイスラム教神秘主義スーフィズムの宗教歌なんですが、ことばや国・地域、音楽や文化の種類といった枠を超えて、ヌスラットの声とパーティの音楽は普遍的な美を放っているに違いなく、世界のだれでも日本人でも、聴けば心動かされてしてしまうだけの強い魅力を放っています。

 

ウォマド 1985でのヌスラット・ファテ・アリ・ハーンとそのパーティの音楽ライヴはまさにマジカルなイヴェントで、音楽の世界を永遠に変えたモーメントだったと思います。天才歌手とは、天才のなす音楽とは、こういったものなんです。ちょっと聴いてみようではありませんか。ヌスラットの声とパーティの演奏のひとつひとつでアドレナリンが大量に放出され、心臓の鼓動がより強く速く大きくなるのを確実に感じられます。

 

(written 2019.8.2)

2019/08/02

ブルーズ新作二題(2)〜 涼感メロウなザック・ハーモン

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https://open.spotify.com/album/5Ne209gx3KXmu99F2CylQ7?si=5h9pKbf_SrChP_gdizUayw

 

萩原健太さんに教わりました。
https://kenta45rpm.com/2019/07/25/mississippi-barbq-zac-harmon/

 

スティーヴィ・レイ・ヴォーンに似ているなと思うミシシッピ出身の黒人ブルーズ・マン、ザック・ハーモン。今年の新作『ミシシッピ・バーベキュー』(2019.7.19)も快作ですね。ひとことにしてファンキー&メロウ。メロウなのは4曲目のタイトル・ナンバーだけかと思いきや、そんな味付けが随所に施されておりまして、メロウさってわりと涼感があると思いますから、いまのこの真夏にもってこいですね。

 

じゃあその4曲目「ミシシッピ・バーベキュー」ですけど、いきなりやわらか爽やかなエレクトリック・ピアノがぽろ〜んと入ってきた瞬間に、う〜んメロウ、でもって実に西海岸的な、つまりちょっとフュージョン・ミュージックっぽいなと感じますよね。コテコテの濃ゆいブルーズ好きからは敬遠されそうなこんな味付けも、ときにはいいんじゃないでしょうか。ザックのギター・ソロも軽妙で聴きやすいですし、ヴォーカルもつとめてソフトにしあげようとしているのがわかります。

 

このエレピ&オルガン&女声コーラスがブルーズの伴奏だなんてねえと思う4「ミシシッピ・バーベキュー」ですけど、ジャケット写真で実際にバーベキューのお肉を持っているザックのその雰囲気とはまるで真逆ですよねえ。音楽的にはコッテリさから遠ざかっているソフト&メロウ路線で攻めているザックの「ミシシッピ・バーケベキュー」で、コーラス終わりでのストップ・タイムも効いているし、ブルーズではなかなか得がたい味ですから(フュージョンなんかにはいっぱいあるけど)新鮮で、イケルなと思うんですよ。

 

でも全体的にはファンキー・テイストのほうが目立っているだろうと思うこのアルバム。なかでも特に気に入っているのが7曲目の「メイキング・ア・ダラー・アウト・オヴ・フィフティーン・センツ」です。クラヴィットが粘りついてファンキーで、いいサウンドです。自身のハミングとギターのユニゾンで出るザックも練れていて、バンドのサウンドやリズムもタイト。オルガンも効いています。この曲では、なんたってパターン反復ですね。それがファンクネスを獲得し、聴いていて快感です。

 

9曲目「ロード・セイヴ・ミー・フロム LA」は、ほんのりラテン風香のある、これもファンク・ブルーズ。リズムがふつうのブルーズのそれではなく、しかもいわゆるラテン・ブルーズ(「オール・ユア・ラヴ」とか「ブラック・マジック・ウーマン」みたいな)のそれでもなく、微妙にシンコペイトして跳ねていますよね。あ、コンガも効果的な隠し味になっていますね。ヴォーカルのあいまあいまを縫って出るギター・オブリガートの組み合わせもいい感じです。この曲も大のお気に入り。

 

そのほか、ほとんどがモダン・シカゴ・ブルーズというか1970年代以後のシカゴ・ファンキー・ブルーズの流儀にならっているなと思うアルバム『ミシシッピ・バーベキュー』ですけど、キーもメイジャーだったりマイナーだったりして、特に後者でモダン・シカゴっぽい感じがします。ザックのヴォーカルはもとからそんなに濃ゆい持ち味ではない現代風のひとで、最初ギターリストとして使われるようになった経歴の持ち主だけある楽器のほうは相変わらず鋭い斬れ味のプレイを聴かせます。音色もシャープですよね。

 

いっぽう、6曲目「ベイビー・プリーズ」はむかしながらのおなじみブギ・ウギで完璧なオールド・ファッションド・ブルーズ。ブルーズ・ハーモニカまで入っているという、全方位的なシカゴ・ブルーズぶりです。これはこれで決して過去にしばられているわけではない王道路線でいいんですよね。8曲目「サンデイ・モーニング・アフター・サタデイ・ナイト」も同傾向のブギ・ウギ・シャッフルなジャンプ系ブルーズ。しかしこのふたつ以外の収録曲は、もっとぐっとモダンに、ファンキー&メロウに寄せてきています。

 

おもしろいのはアルバム・ラストのボブ・ディラン・カヴァー「ナキング・オン・ヘヴンズ・ドア」。幽玄な雰囲気すらただよっていたこの曲を、ザックはやはりファンキーにしあげているんですね。ファンキーといってもコッテリさはなくサッパリしていて涼感があり、オルガンの入りかたなんかにもやっぱりメロウネスがありますし、このアルバム『ミシシッピ・バーベキュー』の締めくくりにふさわしいブルーズ・ナンバーへと変貌させているんですね。ギター・ソロ部でストップ・タイムが折り重なって盛り上がるあたりはグッと来る聴かせどころですし、かなりおもしろい「天国への扉」になりました。

 

(written 2019.7.31)

2019/08/01

ブルーズ新作二題(1)〜 社会派なメイヴィス・ステイプルズ

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https://open.spotify.com/album/162ZDwMcg8NGzp6BPKy58G?si=ybJuPbkDSpmB2rAmwmcfag

 

ベン・ハーパーがプロデュースしたメイヴィス・ステイプルズの新作『ウィ・ゲット・バイ』(2019.5.24)は、聴けばわかるようにブルーズ・アルバムです。それもかなりヘヴィでシリアスな社会派メッセージを歌詞で投げかけていますよね。収録曲はすべてベンが書き、伴奏陣は近年のメイヴィスのツアー・バンドをそのまま起用して、ギター+ベース+ドラムスにバック・コーラス隊というシンプルさ。

 

メイヴィスの『ウィ・ゲット・バイ』がブルーズ・アルバムだっていうのは、主に楽曲形式のことをいま念頭においているんですけど、つまり AAB12小節3コードやその変形が実に多いなと思うんですね。でもそれだけじゃありません。もともとはパーソナルというかプライヴェイトな日常のフィールを表現する音楽であるブルーズがときに持ちうる射程の広大さ、すなわち社会性を、このメイヴィスの新作は最大限にまで発揮しているなと思うんです。

 

ですから、このアルバムで聴けるブルーズに、憂鬱そうに沈んでいるブルーなフィーリングのものはありません。強く気高く投げかけるポジティヴィティさこそが前面に出ていますよね。なかにはもちろんダークというかヘヴィなシリアスさを表現した曲もあります。5「ヘヴィ・オン・マイ・マインド」(ギター伴奏のみ)、7「ネヴァー・ニーディッド・エニイワン」がそうです。がしかしそれらも落ち込んでいるように聴こえても、決して捨て鉢になっているわけではありません。

 

これら以外の曲では、ブルーズ・ミュージックの持つぐいぐい歩む推進力を利用して、メイヴィスの(&ベン・ハーパーの)伝えたいことばを強く拡散しようという前向きの姿勢と、威厳と、誇りに満ちているように聴こえるんですね。メイヴィスらが言いたいことは、いまのアメリカ社会が持っている問題を解決すべく、もう一回 change が必要だ、ぜひチェインジを!という、つまり要はサム・クック的メッセージなのだと思えます。

 

実際、change というワードは、このアルバム中1曲目「Change」、ラスト11曲目「One More Change」という曲題になっているばかりか、はさまれているほかの曲の歌詞のなかにも頻出しているんですね。つまり、簡単でシンプルなメッセージなんですけど、そのシンプルな真摯さはブルーズを演奏するサウンドの(スカスカな)シンプルさと、年齢でも衰えないメイヴィスの声の張りと強さで担保されていますよね。

 

かなりヘヴィでシリアスなメッセージをシンプルなサウンドに乗せて届けたい、というのは近年のメイヴィスがずっとやってきていることですが、"We can't trust that man"(4「ブラザーズ・アンド・シスターズ」) と歌われるドナルド・トランプ政権が誕生して以後、それがいっそう加速しているように思えます。この曲のなかでは "we belong to each other" とも歌われているんですね。

 

ブルーズとは共感の音楽。分断があおられるいまのアメリカだからこそ、あえて信頼と連帯を強調するメイヴィスの音楽は重要性を増しています。決して人間的協調をあきらめないこの歌手のこういった音楽的姿勢こそ、いまの日本に住むぼくたち向けにも届けられる意味があるなあと実感するんです。

 

(written 2019.7.31)

2019/07/31

Spotify でボックス・セットを聴くのは不便な面もある

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それはスマートフォンで聴くばあいに限って不便ということなんですけど、フィジカルでしたら CD 三枚とか四枚とかそれ以上でも何枚組でも、とにかく大部なボックス・セット様のものを Spotify のスマホ・アプリでは聴きにくいと思うんですね。特に聴き慣れていない、知らない作品のばあいはそうです。

 

どうしてかって、いまどこを聴いているか、何枚目の何曲目らへんかがわかりにくいんです。これ、同じ Spotify でもパソコン・アプリで聴く際はそんなことないんですよ。ディスク1、2とか、まあ「ディスク」とは書いてないんですけど「1」「2」とかって表示されてちゃんと分かれてて、それごとに曲数も1からカウントされ直していますからね。だからパソコン・アプリを眺めながらであれば、いま聴いているのが何枚目の何曲目か、把握は容易です。

 

ところがスマホ用の Spotify アプリではそれがないんですね。ボックス全体が「一個」のものとしてズルズルぜんぶつながっていて、フィジカルでいうディスクの境目が表示されないんです。ぜんぶ一個。これは、ディスクという物理概念など時代遅れだから…、とかいうたぐいの話じゃないと思いますよ。トータルで100曲も150曲もが一続きで、しかもあまり知らないアルバムだったら、ちょっと聴きにくいんじゃないですかね。

 

たとえばですよ、写真左 or 上の横長のは、アルバム『ロンギング・フォー・ザ・パスト』を Mac の Spotify アプリで表示して撮影したものです。「2」とかっていう数字が見えますよね。それがフィジカルだと二枚目ってことです。ところが iPhone の Spotify アプリでこれと同じ箇所を写すと、写真右 or 下の縦長のみたいになるんです。どこにも境目がありませんよねえ。

 

いいですか、大きなサイズのアルバムで、一個に100曲ほども収録されているものを、こうやってただズルズルとひと続きで表示されたのでは、スマホで聴くばあい、いまどこいらへんなのか、把握がとても困難です。だから、聴いていて、オッ、この曲はいいな、どこの国のだれがやっているなんという曲で、いったいどんなものなのか?と、たとえばブックレットなどで相当箇所をさがそうとしても、すぐには見つからず右往左往することになってしまうんですね。

 

このへん、Spotify アプリをスマホでお使いのみなさんはどうなさっているのでしょう?一度お話をうかがってみたいと思っているんですけどね。もちろんスマホだとディスプレイ・サイズが小さいですから一度に表示できる情報量もかなり制限されることになり、だから相対的に重要性が低いと判断されたものはカットされているんでしょうね。パソコン・アプリだとちゃんと出ているわけですから、Spotify 側だってそれらの情報は持っています。

 

しかしですよ、大きなサイズのアルバムで全体が100曲とかそれ以上とかにもなるものを、区切りなしでズルズル一個の表示でやりますと、どこを聴いているのやらサッパリわからないことになって、結果的にリスナーの不便、不利益を生じさせていると思うんですよ。フランク・ザッパの『ロキシー・パフォーマンシズ』なんかも、CD だと八枚組なんですけどズルズルひと繋がりの表示で、なにがなんやら、把握できません。

 

Spotify さんもパソコン・アプリ同様に(フィジカルだとディスクに相当する)「1」「2」などの表示を、スマホ・アプリでも出すことはそんなにむずかしいことなのかと、素人としては疑問に思うわけなんですね。ただたんに流し聴きできればそれでいい、音楽は BGM にすぎないというだけならそのままでいいでしょうけど、聴き手のなかにはいろんな人間がいます。ときにはスマホの Spotify アプリで聴いて、一曲づつしっかり把握しつつ、なにか書きたいというばあいだってあるんですからね。

 

一枚のディスクごとにテーマみたいなものが設定されていて、それに従って収録曲も分別されているというケースも多いわけですが、Spotify のスマホ・アプリのばあい、これを無視してぜんぶダラ〜ッとつなげて並べてしまいますので、困っちゃうんですよねえ。『オピカ・ペンデ』でも『ロンギング・フォー・ザ・パスト』でも、全四枚の一枚ごとに収録の音楽の国・地域・種類が分類されているんですから、Spotify でもそれに即した表示にしてくれなくっちゃ、聴きにくいちゅ〜ねん。

 

ホント、今日書いたことは日々 Spotify を使うなかで切実に痛感していて、悩んでもいることなんで、もし改善の可能性がちょっとでもあるならば、ご検討いただきたいと思います。

 

@Spotify @SpotifyCaresJP

2019/07/30

東アジア人にとっての過去への思慕 〜『ロンギング・フォー・ザ・パスト』

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https://open.spotify.com/album/7E19WO7xmhFrjsWi9rRNm7?si=cWxcNqfBTYyLX3qqQ8Hsvg

 

2013年のダスト・トゥ・デジタル盤 CD 四枚組&豪華ブックの『ロンギング・フォー・ザ・パスト:ザ・78 rpm・エラ・イン・サウスイースト・エイジア』。この前年のアフリカ音楽 SP 音源集『オピカ・ペンデ』といい、ちょうどこのころダスト・トゥ・デジタルというインディペンデント・レーベルを知って、なんというすばらしい会社か!と感嘆しきりでしたよねえ。たぶんみなさんもそうだったのではないでしょうか。

 

でも『オピカ・ペンデ』ではあまり感じなかったことを、東南アジアの1905〜66年の SP 音源集『ロンギング・フォー・ザ・パスト』でははっきり感じます。ひとことにして、郷愁。むかしをなつかしむフィーリングが、ぼくみたいなありきたりの日本人にもあるんですね、このボックスを聴くと。それでなんとも言えない気持ちになってしまいます。失われてもうそこにはないけれど、いま音で聴けて実感できる過去の自分の姿を見ているような、そんな感じですかねえ。

 

これはやはりアフリカと東南アジアという地域性の違いから来るものでしょうか。きっとそうですよね。洋楽好きのぼくみたいな人間にとっては、ふだんから聴きなじんでいるのはどっちかというと『オピカ・ペンデ』に収録されているような音楽なんですけど(ラテン音楽要素も濃いですし)、『ロンギング・フォー・ザ・パスト』を聴くと、そんな次元を超えて DNA に訴えかけてかきまわしてくれるような、なごませてくれるような、そんな気分がします。

 

でもって、『ロンギング・フォー・ザ・パスト』を聴いていると、ほっこりなごんだやわらかくあったかい時間が流れていくのもはっきり感じます。これも(東)アジア性といったことかもしれないですね。収録されている90曲のなかにとんがったシビアなものはまったくなし。親近感とか身近な卑近性を感じさせるものばかりですよねえ。だから東アジア人としての DNA とあわさって、聴いているとなんだかアット・ホームな感覚でくつろげるんだと思います。

 

『ロンギング・フォー・ザ・パスト』四枚組に収録されている音楽は、それぞれ以下のように国によって分かれているようです。聴いてそうだとわかる部分とぼくには不鮮明な部分とがあります。

 

CD1 ヴェトナム、ラオス、カンボジア
CD2 タイ、カンボジア、ラオス、ヴェトナム
CD3 ビルマ、タイ
CD4 マレイシア、シンガポール、インドネシア

 

個人的にいちばんピンと来るのは、CD2終盤からCD3にかけて収録されているタイのルークトゥン、CD3のビルマ(とその仏教歌謡)、CD4のインドネシアのガムラン・ミュージックでしょうか。ルークトゥンはあまり聴き慣れている音楽じゃなかったんですけど、このボックスで聴くと実に魅力的でした。インドネシアのガムランや、ビルマの仏教歌謡(というか伴奏のサイン・ワイン楽団ですけど、ぼくが好きなのは)やビルマ・ピアノなどは、ちょっとだけ聴き知っていたところです。あ、四枚目にはウピット・サリマナなんかも収録されているんですねえ。

 

全体的に中国音楽の、というか中国音階のということか、影響を強く感じるばあいも多いのは、たぶんあたりまえのことなんですよねえ。東アジア圏では歴史的に中国の文化的なパワーが大きいですし、また中国系のひとびとが各地にたくさん住んでもいます。

 

いやあ、それにしても本当にのんびりのどかで、おだかかで、いいですねえ、東南アジアの古い SP 音源集。癒されるとはまさにこのことです。CD 四枚の収録順や CD ごとの分別方針は必ずしも鮮明じゃないというかタイトじゃないみたいですけど、だからビルマが出てくると思ったらタイになってまたビルマになったりしますけど、そんなところも東アジア的おおらかさでしょうかねえ。

2019/07/29

ブダペスト発のアフロビート・ジャズ 〜 アバセがカッコいい!

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https://open.spotify.com/album/2ePA1dCL1PlQTpdDmwWEUw?si=sY8NVhCgSN-aKpFaYlCr5Q

 

https://abasemusic.bandcamp.com/album/invocation

https://www.facebook.com/abasemusic/

 

どうしてこんなにカッコいいんだぁ〜!

 

Àbáse っていうのはバンド(ユニット)名じゃなくて個人のステージ・ネームなのかなと思ったら、どうやら鍵盤楽器奏者にしてプロデューサーの Bognár Szabolcs(ブダペスト生まれベルリン在住)というひとのジャズ・プロジェクト名がアバせらしいです。このハンガリー人名はどう読めばいいのでしょう?ボグナール・サボルチュ?

 

ともかくですね、そんなアバせのデビュー・アルバム『インヴォケイション』(2019.5.23)が、も〜う、カッコイイのなんのって!ここまでカッコいいジャズ・ファンクは近年まれですね。抜群にすんばらしいですよ。ジャズ系のアルバムでは今年2019年ベスト・ワンと言い切ってしまいたいほど、それほど、クールでチリングでドープですよねえ。いやあ、シビレます。カッコイイ!

 

1990年代的なアシッド・ジャズ〜レア・グルーヴ風味もたっぷり感じられる『インヴォケイション』だから、実はそんなに新しくない音楽なのかもですけど、関係ないですね、カァ〜ッコイイことこの上ないですもん。完璧なぼく好み。でもってこのアルバムはアフロ・ジャズ・ファンクっていうかアフロ・ジャズ・フュージョンっていうか、まあそんなもんですよね。実際、フェラ・クティのアフロビートの痕跡はそこかしこに鮮明に聴きとれます。

 

4曲目のタイトルが「Lagos」なのも示唆的ですけど、それよりも音楽的には5曲目「Sambo」、6曲目「Gbé Ra Nlè (Get Off Di Floor)」こそがアルバムの目玉、白眉ですね。特に6曲目がすんばらしすぎます。これは完璧なアフロビート・ジャズ・ナンバーなんですね。アルバム中この曲でだけ大編成ホーン陣が活躍しているのも強く印象に残ります。いやあ、カッコいい。シビレれますね〜。アバセって、いったいなにものなんでしょうか?

 

6曲目「Gbé Ra Nlè (Get Off Di Floor)」は10分以上もあって、しかもダルくゆるむところがまったくなく、最初から最後までしっかりタイトにグルーヴします。アルバム中ほかの曲が数分程度なのを見ると、この6曲目にアバセ自身インパクトを置きたかったんだなと思うんですね。ドラムス、エレベ、エレキ・ギターの三者でリフを合奏しグルーヴの土台をつくり、そこにアバセの鍵盤サウンドが乗り、ホーンズが咆哮、バリトン・サックス・ソロになだれこんでいく瞬間なんか、なんど聴いても背筋がゾクゾクしますよ。ギター・ソロもカッコいい。後半のヴォーカルもいいし。それよりなにより、このビートですよねえ。どうしてこんなにカッコいいんだぁ〜!

 

アバセは天性のサウンド&ビート・メイカーだと思うんですけど、そのビート感覚には、たしかにヒップ・ホップ世代ならではというか、一度ヒップ・ホップを通過していないと獲得しえないものがあるなあと思います。ジャズ・ミーツ・ヒップ・ホップなアフロビート・ジャズ・ファンクっていうか、そんなものじゃないですかねえ、『インヴォケイション』って。

 

5曲目「Sambo」も西アフリカ系のジャズだし、1〜4曲目は洗練された都会のヒップ・ホップ・ジャズ。アルバムより先にシングルとしてリリースされていた3曲目「Skeme Goes All City」のこの斬新なビート感覚といったらクールじゃないですか。まさに2010年代後半的な感性と言えましょう。沈み込むようなダウナーなフィーリングもありますしね。6曲目とならぶアルバムのハイライトである2曲目「Align」もそうです。ドラミング(とシンセ・ベース)を聴いてください。超カッコイイでしょ。

 

DJ 感覚にもあふれるアバセの『インヴォケイション』、締めのラスト7曲目「Ashek Ellil」は、アフロ系というより中東アラブ音楽ふう。後半のヴォーカルは間違いなく中近東の歌手だと思います。

 

アメリカ、西アフリカ、ブラジル、中東と、種々の音楽要素が渾然一体化している『インヴォケイション』。ハンガリーはブダペスト生まれでベルリンに拠点を置くアバセは、このアルバムを世界各地で録音したみたいなんですけど、(音楽の)旅人、放浪性みたいな側面も感じられますね。文化的ハイブリッド性とあわせ、強く共感するところです。

 

(written 2019.7.28)

2019/07/28

インドネシア産スワンプ・ロック 〜 サンディ・ソンドロ

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https://open.spotify.com/album/31F02ahSHVa7Fk6mODePOb?si=XpeuzszsSfS1WatYZktqCw

 

インドネシアのサンディ・ソンドロ。名前のあるひとらしいですけど、知りませんでした。エル・スールのホーム・ページにこのアルバムが載るまでは。その2018年作『ビューティフル・ソウル』が出会いだったんです。ジャケット写真だけ見て、なにかこう、感じるものがあったんですよね。それで、買う前に Spotify で試聴してみて大正解。これはまったくぼく好みのアメリカ南部ふうのスワンプ・ロックなんですよね。だから当然ブラック・ミュージック・テイストがあります。

 

インドネシア音楽っぽいローカル・カラーはどこにもないこの『ビューティフル・ソウル』。収録の10曲11トラックすべてサンディ・ソンドロの自作か共作で、だからこういった持ち味の音楽家なんでしょうね。エル・スール原田さんの紹介文によれば欧米で長らく活動していたとのことなので、なかでも特にアメリカ音楽かな、ロックとかソウル、そしてなによりかつてのブラック・コンテンポラリーを彷彿させるソングライティングをするひとですね。サンディのことをなにも知りませんが、たぶんそんな世代なのではないでしょうか。

 

こういった音楽を聴くのであれば、インドネシアのサンディ・ソンドロじゃなくてもアメリカにいくらでもあるじゃないかって言われたらたしかにそのとおり。サンディならではの味はいったいどこにあるのでしょう?サウンド・メイクもヴォーカルも、完全にアメリカン・ポップスのそれですしね。歌っている歌詞が、たしかにインドネシア現地のことばなのかもしれないですけど(そこがインドネシア色?)、ぼくは聴いてもわかりませんし、また、英語で歌う曲も多いです。

 

まあでも音楽って出会いだと思うんですよね。サンディ・ソンドロの『ビューティフル・ソウル』を聴いていて心地いいというのは間違いないですし、ここまでサッパリといさぎよい、他国人によるアメリカン・ロック/ソウルもなかなかないかも。あ、いや、いっぱいあるのか。それほど1970〜1980年代ふうなああいったアメリカンな曲づくりとサウンド・メイク、歌いかたは全世界に普及しているのかもしれません。

 

サンディ・ソンドロの『ビューティフル・ソウル』にはちょっとレトロな味もあって、スワンプ・ロックと書きましたが、たしかに1960年代末〜70年代前半ごろのあのフィーリングを感じるものです。ロックのなかに、カントリー、ブルーズ、ゴスペル、ソウルなど、ルーツ志向な音楽がないまぜとなって渾然一体化した、まろやかでコクのあるあの味わいが、間違いなくサンディの『ビューティフル・ソウル』にはあります。だいたいこのジャケットがスワンピーじゃないですか。

 

そんなところも美点ですし、全体的にどこのだれでも楽しめるユニヴァーサルなポップ・ミュージックに仕上がっているところもいいです。これを聴くならアメリカ人を聴けばいい、みたいな言いかたをちょっとしましたが、ぼくは決してサンディ・ソンドロの『ビューティフル・ソウル』をありふれた作品だというつもりはないです。かなりの良作だと思いますねえ。

2019/07/27

井上陽水奥田民生『ショッピング』は傑作

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1997年作のこれ、ホ〜ント痛快な傑作だと思いますねえ。こういった作品こそ、ポピュラー・ミュージックの、いや、「音楽」の、お手本、理想に違いありません。その最大の理由は、陽水も民生も大まじめに、真剣に、遊んでいる、ふざけているからなんですね。なかなかここまでおふざけに徹している音楽アルバムってないんですよね。痛恨事はこのアルバムが、一曲たりとも、ネットで聴けないことだけです。

 

陽水民生の『ショッピング』が超楽しいっていうのは、いままでにも数回書いていることなんですけど、ホントいつまで経ってもヘヴィ・ローテイション盤の位置から降りないので、ずっと聴き続けているので、傑作だと信じているので、しかしそれにしてはあまり話題にあがらないアルバムですので、だからまたいま一度書いておくことにします。やっぱり大切なことはくりかえし言わないとね。

 

こんな大傑作がそうとは言われないのは、やっぱりこのアルバムでの陽水も民生もおふざけに徹しているからでしょうねえ。大まじめに、懸命に、ふざけているんですけど、シリアス主義の強いリスナーのみなさんのあいだではこんな音楽はなかなか受け入れがたいということなんでしょうかねえ。残念です。でも聴けば文句なしに楽しいんです。間違いないです。

 

どこがふざけているって、大きく言って二点ですね。まず歌詞。そしてかなりの曲が米英ポップ/ロックの有名曲をそのまま拝借していること。この二つなんですね。歌詞の点では、このアルバムのどこにもシリアスな面はないです。たとえば8曲目「A と B」。この曲題で察せられるとおり、カセット・テープのことを歌っただけの内容なんですね。それをロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」に乗せて大まじめに陽水が綴っているっていう。

 

民生リードの7曲目「2500」はレッド・ツェッペリンのパターンが下敷きに、っていうかそのまんまですけど、これも歌詞を真剣に受け止めようとなんかしたらバカを見ますよ。意味なんかないわけですからね。たんなる言葉遊びなだけだと、聴けばわかります。陽水リードの10曲目「手引きのようなもの」だって同じ。釣りと恋愛をひっかけているだけです。

 

歌詞に意味なんかない、たんなるお遊びだ、というこの二名の大まじめなおふざけポリシーは、もとは PUFFY に提供した楽曲であるアルバム・ラストの「アジアの純真」でいちばん鮮明に表出されています。みなさんもお聴きになればおわかりでしょう。「北京、ベルリン、ダブリン、リベリア、束になって輪になって/イラン、アフガン、聴かせてバラライカ」なんて歌詞のいったいどこに意味なんかあるんでしょうか。しかしものすごく語呂がいいから、音楽の歌詞としては最高ですね。

 

1950〜70年代の洋楽好きにはたまらない仕掛けが随所に施してあるのもポイント高いです。いままで書いたもの以外だと、4曲目「ショッピング」はベニー・グッドマン楽団の1938年のヒット「シング・シング・シング」ですけれど、5曲目「意外な言葉」は、ビートルズの「ドント・レット・ミー・ダウン」、6「カラフル」は1950年代ふうのラテン・テイストを持った米英ポップ/ロック、9「月ひとしずく」はジョージ・ハリスンの「マイ・スウィート・ロード」、などなど。特にアルバム5〜9曲目あたりの流れは文句なしですね。

 

ま、簡単に言って、この陽水民生のアルバム『ショッピング』とぼくはウマが合う、相性バッチリ100%、ぼくにとってはこの世で巡り合った運命のパートナーみたいなものなので、も〜う、ホント、いつなんど聴いても心地いいんですね。適度な興奮とくつろぎがここにあります。たまらなく大好き。本当に愛しています。ただ、それだけ。極私的には、だから、大傑作というか、これ以上の音楽がこの世にあるのか、というほどの最高の一作なんですね。

2019/07/26

ウォークマンが登場した1979年以後、ぼくらの音楽ライフは二度と同じじゃなくなった

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今日の文章は、ピッチフォークのこのツイートとリンク先の記事にインスパイアされて書きました。
https://twitter.com/pitchfork/status/1148849358059843584

 

いまではあたりまえな音楽の携帯、持ち運び。いつでもどこででも、電車やバスのなかでもホテルの部屋でも、カフェでもレストランでも、ウォーキングやジョギングしながら、自分のお気に入りの音楽を聴けますよね。たぶんいま30歳代以下の世代のみなさんであれば、えっ?!そうじゃないことなんてあるの?音楽は持ち運んでどこででも聴けるものですよね!と1ミリも疑っていないんじゃないかと思うんです。でも、それらなにもかも、1979年までは不可能なことだったんですよねえ。

 

そう、音楽リスナーにとっては「すべて」を1979年発売開始のウォークマンが変えたのです。ぼくはこのソニー製商品の登場を克明に憶えています。その年、ちょうどジャズにどまはりして、夢中で音楽レコードを、大半はジャズですけど、どんどん買って自宅に持ち帰ってはカセットテープにダビングする(のは自室のラジカセで聴きたいがため)日々を送っている真っ最中でしたから。毎日通っている大学の生協の購買部に、ある日、ウォークマンが並んだんですよ。一年生(西日本では一回生という)のときです。

 

もちろん当時のウォークマンはカセットテープを聴くものでした。書きましたように音楽のカセットテープなら数多く持っていた身としては、これを自室だけでなくカバンに入れて大学まで持って行って、教室のなかや食堂や図書館でででも、とにかくどこででも聴けるんだと思えば、買うのに躊躇はなかったですね。そんなに高価なものじゃなかったように思いますし。

 

そのころ、つまり1970年代末〜80年代(前半ごろまで?)はちょっとしたウォークマン・ブームみたいなものがあって、とにかくソニーのこれは売れたんです。日本であまりにも売れたがためなのか海外進出も果たし、Walkman は携帯音楽プレイヤーの代名詞になりましたよね。あのころ、Walkman なんていう英語はおかしいぞなどという専門家のことばも飛び交っていたとかすかに記憶していますが、アホなことです。なんだって売れまくれば定着します。

 

ぼくの大学生活四年間は、ジャズとそのほかの音楽と、英語で読む海外小説、主にミステリと、映画と、まさにこの三つでできていたんですけれども(つまり実に植草甚一さん的)、一回生のときに買ったウォークマンを本当にどこにでも持ち歩いていました。スキマ時間スキマ時間で音楽カセットを聴いていたんですね。な〜んだ、約40年が経過したいまでもちっとも生活が変わっていないじゃないですか(苦笑)。いまは iPhone なだけで。

 

1979年発売型のウォークマンは乾電池駆動でした。当時はまだモバイル・バッテリーなども一般的実用品ではありませんでしたから、当然そうなるでしょうね。それにケーブルでヘッドフォンをつなげて聴くんですね。いまはヘッドフォン、イヤフォンも Bluetooth の無線接続が普及していますので(といっても電車内や街中ではまだまだ有線接続のかたも多い様子、というのも iPhone を買うとデフォルトで付属しますので)、そこは時代が変化しました。

 

とにかく、音楽を携帯できる、いつでもどこででも聴ける。このことが実現したのは革命的だったんです。片時たりとも音楽から離れたくない音楽キチガイにとっては、喉から手が出るほど渇望していたことでしたが、現実的には叶わぬ夢だったんです。その果たせぬ夢を、1979年発売開始のソニーのウォークマンが実現してくれたんです。ぼくらにとってウォークマンは神の道具のようでしたよ。

 

ジャズ喫茶や自宅リビングではレコードで聴きまくり、それをカセットテープにダビングし自室のラジカセで聴き、そのテープ数本をカバンに入れて外出し、大学やその他、いや、だいたい大学構内でかな、ウォークマンを使ってヘッドフォンで聴くという、そういった音楽生活を送っていたわけなんですね。特に大学内で数時間の空き時間や勉強時間ができるときは、そりゃもうウォークマンが欠かせませんでした。ほ〜んとウォークマン様さまでした。

 

そうやって大学四年間をウォークマンとともに過ごしたぼくも、進学のため上京したらしばらくして CD メディアの登場を目の当たりにすることとなり、そしてポータブル CD プレイヤーが発売されるようになりました。CD は LP と違ってメディアそのものが携帯しやすいので、(カセットなどに移さなくても)そのまま持ち運びながら聴けるということですよね。

 

個人的には、しかし CD も外出先で聴きたいときはカセットにダビングしてウォークマンをちょっとのあいだ使っていましたが、すぐにポータブル MD プレイヤーを使うようになりました。音質的には同じようなものだったでしょうが、テープと違って巻かない MD(ミュージック・ディスク)は扱いが簡便で、曲の頭出しなんかも容易でした。ぼくの周囲では MD をダビングや交換用のメディアとしていたひとが多かったんですけど、MDって日本でしか流行らなかったんでしょうか?音楽新作商品としても一時期 MD が音楽ショップにありましたけどねえ。

 

というのも、上でリンクしたピッチフォークの記事ではウォークマン → 携帯 CD プレイヤー → iPod → スマートフォンの順で記載されているからです。ぼくや周囲が iPodを使うようになったのは21世紀に入って数年経ってからで、そのためにパソコン用の iTunes アプリも出ましたね。同時期だったでしょうか、そもそも iTunes は iPod に音楽を入れるためのものとして Apple が開発したんだったように記憶しています。

 

iPod の登場は、1979年のウォークマンの登場と同じくらい革命的というか衝撃的で、CD の音楽をデジタル・ファイルにして、それを入れた携帯機器で聴くという生活は、いまに至るモバイル・ミュージック・ライフの礎を築いたものでしたよね。iPod の出現と普及が、いまのぼくたちのデジタル音楽携帯生活の土台を形成したんだと思います。iPod は、コンピューター・ハード&ソフト・メーカーだった Apple が、コンピューター製品じゃないものを作り売った最初でしたからねえ。

 

iPod はもはやほぼ廃れてしまったように見えていますけど、現在みんながやっている、スマートフォンで音楽を聴く生活スタイルは、その起源をず〜っとたどって考えてみますと、ピッチフォークの記事がそう位置付けたように、1979年にソニーからウォークマンが発売されたことに大元があるのは間違いないように思います。

 

つまり、2019年に至っても続くこのぼくらの音楽リスナー生活は、なにもかもすべて、1979年のウォークマンがつくってくれたのだと、ソニーのウォークマンこそが大革命だったのだと、そう言えるでしょう。個人的にはちょうどピッタリ同じ年に熱狂的音楽愛好者に転じたわけですから、ソフト&ハード両面で、なんだかとっても感慨深いというか、これはたんなる奇遇とは思えないシンクロナイズですよ。

 

ソニーのウォークマンは、このブランド名をそのままに、現在でも携帯型デジタル音楽プレイヤーとして活躍しているみたいです。

2019/07/25

ぼくにとってのティナリウェン『アマサクル』

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https://open.spotify.com/album/5FPDGVaIIfWVH79NJoslSe?si=kZqojpACR86TSn6VGTlXMA

 

最近ひさびさにじっくり聴きかえしたティナリウェンの『アマサクル』(2003)。このアルバムがこのバンドとの出会いだったんですけど、どうして知ったかというとその年(翌年?)の『ミュージック・マガジン』の年間ベストテン、ワールド部門で上位に来ていたからなんです(一位だっけ?)。誌面に写るジャケットも魅力的で、当時まだリアルな路面店でしか CD 買っていなかったので、どこかのお店でさがしてゲットしたわけなんです。それで帰って聴いてみて、一発でファンになりました。こんなにぼく向きの音楽があるのかと。

 

当時好きだったのがアルバム1曲目の「Amassakoul 'N' Ténéré」で、もうこの一曲だけでこのバンドのイメージが決まっていたとして過言ではないです。これ一曲がティナリウェンのすべてでした。それくらい大好きだったし、いまでもそうなんですけど、次のアルバム以後はこういったタイプの曲が少なくなっていると思うんですね。だからこそワン・アンド・オンリーで、ときどきこれを聴くためにだけ『アマサクル』を聴きかえしていたくらいです。

 

正直言って、『アマサクル』でその一曲しか聴いていなかったんじゃないかという気すらするんですね。ほかになんにも憶えていませんもん。それくらいトップのあの一曲は強烈っていうか印象に非常に強く焼きつく力を持ったものでした、ぼく的にはですね。実を言うと、いま2019年でもティナリウェンの代表的ワン・トラックをあげろと言われたら、瞬時にこれですね。も〜う、好きなんです。

 

でもいまじっくりアルバム全体を聴きかえしますと、いろんな曲が入っていますよねえ。ワン・アンド・オンリーと言ったように1曲目みたいなのはほかにありませんが、たとえば2曲目「Ouakahila Ar Tesniman」と5曲目「Chet Boghassa」はよく似ています。アップ・ビートが効いて激しくグルーヴするような感じが、同じですよね。こういった急速調の音楽が大好きですから、ティナリウェンのこういったものも好物です。

 

ぼくにとってティナリウェンとは、どこか醒めたクールな感じ、熱があるものの一歩引いて、表現する世界のなかにひたりきらないところ、冷静さも魅力なので、必ずしも激しさばかり感じているわけではありません。上で書いたようなアップ・テンポのトラックだって、いきり立っているというわけではなさそうですよね。

 

そういった、表現世界との適度な距離感とほどよいクールネスをちょうどよく感じるのが、『アマサクル』だとまあ1曲目んですけど、ほかにもたとえば3曲目の「Chatma」なんか、すんごくいいですよねえ。書いているように1曲目でぼくのなかでのティナリウェンが決まってしまっていましたが、そうでなかったらこの「Chatma」がこのアルバム『アマサクル』での白眉となったかもしれません。いや、実際みなさんにはそうなんでしょう。

 

曲「Chatma」みたいに、中庸テンポでジワジワじっくりと熱を入れていくというか、低温調理といいますか、あるいはあまり火を通しすぎないミディアム・レア加減といいましょうか、このジンワリさ加減はなかなか絶妙なものじゃないでしょうかね。サウンド構成は、ヴォーカル、ベース、パーカッション、二台のギターと、それだけ。

 

6曲目「Amidinin」のリズムはちょっとヨレていて、なんだかハリージ(ペルシャ湾岸ポップス)みたいだなと聴こえたり、8曲目「Aldhechen Manin」はレゲエで、まるでボブ・マーリーそっくりだと思ったりとか、笛が入る終盤9、11曲目での呪術的な感じの音楽展開も、いまとなっては実にティナリウェンらしいなと感じるというか、そのあたりふくめ諸々、最近ようやくわかるようになったことです。むかしは嫌いでしたからねえ、このへんの曲たちのことは。

2019/07/24

坂本冬美「君こそわが命」

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https://open.spotify.com/album/4N1LO6cSf23N1eiYRWcBOY?si=e95HvCh_SEKMS4TaJ8AQcw

 

スチャラカさんじゃないけれど、まさに「坂本冬美ばっかり聴いとります」状態のぼく。昨2018年12月リリースの最新アルバム『ENKA III 〜 偲歌』があまりにもすばらしいからですけど、なんどもなんどもくりかえし聴くうち、最後のほうにある二曲「望郷」「君こそわが命」がどんどん沁みてくるようになっています。いやあ、なんなんですかこの二曲は。すごいじゃないですか、冬美。

 

みなさんにはたぶん「望郷」こそいちばん沁みる一曲ということになるだろうと思います。たしかにすばらしい。ファドと演歌の合体で、しかも重たかったり暗かったりとはならず、ENKA シリーズのなかにある、らしい軽みというか、ソフト・タッチを失っていないですよねえ。冬美の声の出しかた、歌いまわしも「望郷」では実に見事で、この哀切感の極致みたいな歌詞内容をとてもていねいに表現しています。

 

がしかし、ぼく個人にとってはアルバム・ラストの「君こそわが命」こそがすばらしく沁みる最高、至高のものなんです。歌詞川内康範、曲猪俣公章、初演歌手水原弘というこのワン・ナンバー(1967)を、冬美は極めすぎずやわらかさを保って、やさしくやさしくデリケートにデリケートに綴っていますよね。なんたってこの歌詞ですよ。川内康範って、こんなにもすごい歌詞を書くひとだったんですねえ。いやあ、すごいとはわかっていましたが、ここまでとは。

 

しかも、この歌詞はぼくのことじゃないですか。ぼくのことを歌ってくれているじゃないですか。あんまりにも沁みすぎるので、ちょっとご紹介しておきます。『ENKA III 〜偲歌』の冬美は3コーラス全部を歌っています。YouTube でさがすといくつも出てくる、テレビの歌番組での水原弘は1、3番とツー・コーラスを歌っているものばかりですね。

 

あなたをほんとはさがしてた
汚れ汚れて傷ついて
死ぬまで逢えぬと思っていたが
けれどもようやく虹を見た
あなたの瞳に虹を見た
君こそ命、君こそ命、わが命

あなたをほんとはさがしてた
この世にいないと思ってた
信じる心をなくしていたが
けれどもあなたに愛を見て
生まれてはじめて気がついた
君こそ命、君こそ命、わが命

あなたをほんとはさがしてた
そのときすでに遅かった
どんなに、どんなに愛していても
あなたをきっと傷つける
だから離れて行くけれど
君こそ命、君こそ命、わが命

 

ピアノも弾いている坂本昌之のアレンジだって絶品ですが、なんといってもこの曲では冬美の声の出しかたですね、すごいのは。初演の水原弘は男性ですが、女性である冬美が歌っても違和感のない歌詞内容ですから、冬美は長い長い人生の終幕でようやく見つけた運命の相手を、大切に大切に、ていねいにていねいに、扱うように、そっとやさしくフェザー・タッチの手ざわりで、綴っています。しかも表情がきわめてデリケートで、しかも豊かです。

 

三番の「そのときすでに遅かった」の「遅かった」部分なんかでの声質変化なんか、絶妙のひとことじゃないでしょうか。冬美(や水原弘もそうですが)の歌う「すでに遅かった」は、絶望や諦観ではありません。遅かったけどやっと君を見つけたという喜びなんですからね。冬美の声にポジティヴなトーンがあるでしょう。

 

ですからこそ、近づかず「離れて行く」、距離をとっていくんだけど、君をこそ愛している、君こそがぼくの命なのですから、やっと見つけたこの愛をなくさないように、そのために離れていく、たぶん相手には、ぼくがあなたを見つけたということを気づきすらされていない、が、それでいい、伝わらなくていい、ぼくは君こそが命なんだから、遠く離れて、ずっと愛し続けていくという。

 

そんな歌ですよね。冬美のヴァージョンをなんども聴いて感極まってしまいまして、水原弘のヴァージョンは Spotify でさがすと1967年2月発売のオリジナル・シングルがありましたので、聴きました。YouTube で歌番組出演の際のものだって聴きあさりましたが、水原弘のどれにも、この冬美の歌以上の「君こそわが命」はありませんでした。初演(は実は他の歌手との競作ですけど)の水原弘でもここまでの深い表現はできていないと思うんですね。いちおう、彼の初演ヴァージョンをご紹介しておきます。
https://open.spotify.com/track/1sv35TVF69HUSAX5m2O3Ig?si=E0vpQ_TOSzCLOj5fsFr26w

 

ぼくも57歳にしてようやくこんな歌に出逢えました。これからも、つらいことがあったとき、しんどい思いをするときには、この坂本冬美の「君こそわが命」を聴いて生きていきたいと思います。それほどの、人生の支えになる歌ですよ、これは。

2019/07/23

マイルズ『イン・ア・サイレント・ウェイ』は先駆だったのか

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https://open.spotify.com/album/0Hs3BomCdwIWRhgT57x22T?si=O7vcOSNFTU6TveXIYyeTPw

 

日本時間の2019年6月30日(日曜)の23時過ぎに、ソニー・レガシー(コロンビア)がこういうツイートをしました。岩佐美咲を聴きに広島まで来ていたぼくは、それを広島駅近くのホテルの一室でお風呂上がりに読んだのです。
https://twitter.com/SonyLegacyRecs/status/1145334982052917250

 

いわく:

〜〜
『イン・ア・サイレント・ウェイ』は、いまから50年前にリリースされたときジャズを永遠に変えたと言ってさしつかえない。このレコードはマイルズ・デイヴィスのエレクトリック期のはじまりで、それすなわち現代ジャズ・フュージョンの先駆だったということだ。
〜〜

 

レガシーの言う50年前、すなわち1969年6月30日とは、マイルズの『イン・ア・サイレント・ウェイ』レコードがアメリカで発売されたまさにその当日なんですね。録音が2月のことでした。そんなわけで、アメリカ時間(といってもタイム・ゾーンが数個ありますけど)で6月30日になったのを機に、レガシーがこういったツイートをしたわけですね。

 

そんなレガシーの気持ちはよくわかります。がしかし、このレコードがレガシーの言うような意味合いでのはじまり、先駆的音楽だったのでしょうか。そのへんはちょっと考えてみないと軽々しくは言えません。いや、次作の『ビッチズ・ブルー』のほうが…云々といった伝統的言説をくりかえしたいのではありません。むしろ逆です。『イン・ア・サイレント・ウェイ』より前のマイルズ・ミュージックのなかに、マイルズ電化時代の端緒とかジャズ・フュージョンの先駆みたいなものがあったのではないでしょうか。

 

マイルズのエレクトリック期のはじまりは、言うまでもなく『イン・ア・サイレント・ウェイ』の一年ほど前です。リアルタイム発売されていたものに限定しても、『マイルズ・イン・ザ・スカイ』(1968年7月22日発売)の「スタッフ」(同年5月録音)があります。フェンダー・ローズ・ピアノとフェンダー・ベースが使われていて、電化マイルズではこれがいちばん早い一例ということになるんで、これこそがはじまりです。

 

もちろんそれは言いましたようにリアルタイムで発売されていたもののなかでは、ということですが、今日の話ではそう限定していいと思います。なぜなら当時世界が聴けなかったものは当時の世界に影響を与えていないからです。ですので、初電化&フュージョン・マイルズは1968年の「スタッフ」だと言ってさしつかえないはずなんです。いみじくもかの有名フュージョン・バンド名と同じなのは、関係ないことなんでしょうか。

 

アルバム『マイルズ・イン・ザ・スカイ』では、ほぼ「スタッフ」一曲だけだったんですけど、次作1969年2月5日発売の『キリマンジャロの娘』ではエレクトリック化+リズム&サウンドのファンキー化、多ジャンルとの融合(フュージョン)化がいっそう進み、アルバムのほぼ全編がその新路線で占められていると言えます。アルバム・オープナーの「フルロン・ブラン」はジェイムズ・ブラウンのファンク・アンセム「コールド・スウェット」のマイルズ流焼き直しですし、以前からアルバム『キリマンジャロの娘』を高く評価し重要性を強調しているぼくですが、ここでいま一度それをくりかえしておきたいと思うんです。

 

カリブ〜ラテン〜アフリカへの視線という面で聴いても、『イン・ア・サイレント・ウェイ』よりもむしろ前作『キリマンジャロの娘』のほうがより進んでいます。前者1969年6月30日発売のアルバムを特徴づけ、それまでのマイルズ・ミュージックとは一線を画すものとしているのは、なんといってもジョー・ザヴィヌルの参加ですね。演奏面でもそうですがそれよりも、キーとなる曲を提供しているというソングライターとしての参加が大きなことです。

 

すなわち曲「イン・ア・サイレント・ウェイ」。だから、これをふくむこのアルバムが、レガシーのツイートしたような先駆的役割をはたしたとするならば、この一点にかかわっているはずです。偉大なコンポーザーとしてのジョー・ザヴィヌルの参加と、静謐なユートピア志向のアンビエンス路線の音楽構築。つまり、ウェザー・リポートやリターン・トゥ・フォーエヴァーなどへの先鞭をつけたと。

 

しかしそれでも強調しておきますが、マイルズのアルバムでは曲「イン・ア・サイレント・ウェイ」が、動の「イッツ・アバウト・ザット・タイム」をはさみこんでいます。その中間部は完全なるファンク・グルーヴを持っていて、メロディでもサウンドでもリズムでもない、まさにグルーヴ一発勝負のグルーヴ・オリエンティッドな音楽になっていることを聴き逃してはならないのです。

 

結局のところ、マイルズが先駆的な役割をはたしたかもしれない1970年代ジャズ(・フュージョン)は、その後の足どりもたどりながら考えてみますと、やはり躍動感を重視する方向に進んだと思うんですね。ロックやファンク・ミュージックが端的に持っていたようなグルーヴ感をジャズも持つようになった、それも(ジャズ・)フュージョンという音楽の最大の特色のひとつです。

 

そういったものの先駆がマイルズのアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』だったとするならば、上で書きましたが、そういったグルーヴ志向はもっと前からマイルズのなかにもあったと。「スタッフ」や「フルロン・ブラン」があったじゃないかと。そう考えてみますと、たしかにアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』はパーフェクトな完成品として見事な構築美を放っていますけれども、そのさらに先駆がマイルズ自身のなかにもすこし前からあったなと、こう思うんですね。

 

以下のプレイリストも参考にしてみてください。
https://open.spotify.com/playlist/6lqRYW2bedj7VPWHw8hb2Y?si=ZXEeWx3sTveocH4aft5vFQ

2019/07/22

モニターを聴く、わさみんやマイルズや

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わさみん(岩佐美咲ちゃん)の歌唱イヴェントに行くと、握手しておしゃべりできる特典会で、その日のモニター・スピーカーの話をよくします。歌手でも楽器奏者でも、ライヴのときの音楽家はモニターがないと伴奏が聴こえない、ってことはないけれど聴こえにくいので、やりにくいはずですよね。大晦日の NHK『紅白歌合戦』なんかをじっくり観ていても、最近は無線型イヤフォン・モニターも増えてきているんだなとわかりますが、やっぱりまだまだケーブル付きスピーカーがほとんどでしょうし。CD 収録などスタジオではヘッドフォン着用が一般的だと思います。

 

音楽にとても興味があるとか、歌手、演奏家、その関係者であるとか、そういったことじゃないと、ライヴ・ステージ上にあるモニターの存在になかなか目を向けることがないかもですが、いままでお気づきでなかったみなさんも、次回の現場で注目してみてください。上の写真は2018年2月の恵比寿での岩佐美咲ソロ・コンサートで撮った一枚です。わさみんの前に大きな黒いスピーカー様のものが見えるでしょう、それが跳ね返りモニターです。ステージにいる歌手や演奏家は、それで伴奏を聴いて歌ったり演奏するんです。

 

わさみん現場ではモニターが必ずしも跳ね返り型でないこともあり、こないだ6/30広島祇園の現場では、左右にある観客向けスピーカーの隣にもうワン・セット、ステージ内側を向いたスピーカーがあって、それがわさみん用のモニターでした。その日も特典会でモニターの話をしましたが、その日もそれ以前もわさみん本人いわく、まったくモニターがないこともあるそうで、そんなときはメチャメチャ歌いにくいはずと素人なりに思います。

 

二月の浅草ヨーロー堂さんだったか小岩音曲堂さんでは、いちおうステージ前方に跳ね返り型モニターがあったものの、通常の左右二個セットではなく一個だけ、しかもなんだかはしっこのほうに置かれていたんですね。わさみんはちょっとだけオケを聴きにくかったかもしれないですけど、あの二日間とも歌は完璧でしたので、もはや問題にしない域にまで達しているのかもしれません。

 

まったくどこにも、どんなものでも、モニターがないばあい、6/30のわさみんいわく、お客さん向けに音を出しているそのスピーカーから流れる同じ音を自分も聴きながら、あわせて歌うんだとのこと。わさみんはステージ上にいて、観客用のスピーカーはもちろん客席のほうを向いていますから、歌手本人はオケを聴きとりづらいんじゃないかと想像しますが、わさみんも聴きにくいと言っていましたねえ。モニターがなにもないときは、やはりちょっと困ると。

 

しかし考えてみたら、わさみんのコンサートでは客席をまわりながら(握手したり写メにおさまったりしながら)歌うコーナーがあることも多いですよね。客席にはもちろんモニターなんかありません。無線型イヤフォン・モニターも装着していません。ってことは、ああいったラウンド・コーナーでのわさみんは、ぼくたち観客が聴いているのと同じ音を聴きながら歌っているということです。客席をまわっている時間ですから、モニターがないばあいのステージ上とは違って、歌手もそんなに音が聴こえづらいってことはないのかもしれないですね。今度チャンスがあったら本人に話を聞いてみましょう。すくなくともラウンド・コーナーでのわさみんの歌も見事です。

 

ともあれ、ステージ上で歌ったり演奏するばあいはモニターがないとやりにくいものなんです。伴奏がちゃんとしたバランスで聴けなかったら演唱できないですから。

 

この件でぼくがよく思い出すのは1981年復帰後のマイルズ・デイヴィスのことです。くわしいことは省略しますが諸事情あって、復帰に際しマイルズは、トランペットのベルの前にマイクを取り付け音を拾い、それをトランペット本体に付けた小さな装置から電波で飛ばすということになりました。とにかくステージ上を自由に歩きまわりながら吹けるようにしたかったのです。

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あの当時、ぼくは意識していなかったんですけど、ステージ上手から下手までくまなく歩きながら吹いていたマイルズは、いったいどうやってバンドの音を聴いていたのでしょう?バンド連中が音を聴くためのモニターはそれぞれの前にありました。でもボスは自由に歩きまわりながらトランペットを吹くわけですので(だいたい袖から吹きながら登場しますから、ある時期以後は)、マイルズ用の据え置き型モニターなぞ無意味です。本人の弾く鍵盤の前か横にはあったかと思いますがね。

 

たぶんですけど、ステージの左右脇に設置されていた観客用の PA スピーカーから出る音を、マイルズはステージ上でキャッチしていたはずだと思うんです。ステージで演奏される生音を聴いて、なわけありません。ギターやベースはエレクトリックですから。それらの音は、しかしステージ上にあるギター・アンプやベース・アンプが出す音をボスも聴いて、それであわせていたという可能性もありますよね。う〜ん、どうだったんでしょうか。

 

このあたり、マイルズのインタヴューはかなり読んだと自負しているぼくですけど、だれも触れたことがないんです。すくなくとも読んだことがありません。ぼくの興味の持ちかたが異常なんでしょうか?いや、ぼくもマイルズの存命中はほとんど意識したことのないテーマでした。ホント、どうだったんでしょう?1981年復帰後のマイルズはライヴでステージ上を歩きまわりながらどうやってバンドの出す音を聴いていたのでしょう?

 

関連で思い出すのは、1983年のマイルズ・バンド大阪公演。この年はギル・エヴァンズ・オーケストラとのジョイント・コンサートでしたが、二部のギルのバンドにはギターのハイラム・ブロックがいました。大阪はハイラム生誕の地。中之島フェスティバル・ホールの客もそれをよく承知していました。気分が上がったのか、ハイラムはぐるぐると観客席を歩きまわりながら(客をいじりつつ)長尺のソロを弾きまくったんですね。あのときのハイラムもやはり観客用の PA スピーカーの音を聴いていたのでしょうか。それしか考えられないですねえ。

 

音楽ライヴは人類史と同じ歴史があるわけですけど、電気技術などたかだか近年の発明なわけで、ですから長らく人類はモニターだとかスピーカーだとか、イヤフォンやヘッドフォンなども、そんなものがないまま何千年もライヴ・コンサートをやってきたわけですよ。その姿は、いまでも伝統的クラシック音楽(妙な言いかたですが)のコンサートで垣間見ることができます。モーツァルトとかベートーヴェンとかの演奏会では、演奏者も聴衆も、いまでも生音だけを扱っているんですよ、大きなコンサートでも。

 

クラシックじゃない音楽でも電気発明前の長いあいだ、人類は仲間の演奏するアクースティック・サウンドだけをじかに耳にしながら歌ったり演奏したりしてきたわけです。19世紀の大規模一般市民階級の台頭までは音楽ライヴの規模も小さかったので、小規模な生音演唱だけでじゅうぶんでした。ステージ(というかなんというか)の歌手や演奏家たちも、互いの音を互いに聴きながら、つまりモニタリングしながら、自分の歌や演奏をあわせて(あわせなかったり)乗せていくのは、そんなにむずかしいことではなかったのかもしれないですね。

 

話をわさみんというか演歌歌手に戻しますと、ベテランの超実力派ともなりますと、ライヴ・ステージ上にいてオーケストラを背後に置き、それが演奏しつつ、跳ね返りのモニター・スピーカーもなしで、完璧な歌を聴かせるひともいるみたいです。八代亜紀さんがそうらしいですよ。そんなにまでなれば、もはやなにがなんやら、凡人には理解できないですよねえ。

2019/07/21

パット・マシーニーの挑戦作『イマジナリー・デイ』

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https://open.spotify.com/album/0h3GpqEpPx8d0kd0ZfRRCf?si=_2LH6W_bQ-6yfTuqEyn4_Q

 

パット・マシーニー・グループ1997年の意欲作『イマジナリー・デイ』(ワーナー)。といっても CD ジャケットもブックレットをふくむパッケージングのどこも、ぜんぶこの象形文字しか記されておりませんので、だから現物では確認がむずかしいですのでネットで、あるいは Spotify で、それもネットか、ともかくそんなことでアルバム題や曲題など確認しております。いちおうブックレットの内側に一曲ごとにメンバーがなんの楽器を担当しているかはアルファベットで記載があって、なんとか助かりました。

 

で、『イマジナリー・デイ』。意欲作というか大作というか、まずオープニングの1曲目「イマジナリー・デイ」が流れてきただけでオオォ〜ってなりますよね。それまでパットの音楽とはかすりもしなかったイラン(ペルシャ)音楽なんですもんね。パットはどうして突然イラン音楽に接近したのでしょうか。そのへんわかりませんが、アメリカのジャズ・ミュージック方面からイラン音楽との合体を試みた作品もなかなかないなと思います。

 

曲「イマジナリー・デイ」こそがこのアルバムの目玉だとしていいはずです。この約10分間の壮大な音絵巻は何部かに分かれています。パットの使用楽器もそのたびに替わり、最初フレットレスなクラシカル・ギターですが、その後ギター・シンセサイザーに持ち替えたりなどしています。また、この曲にはおなじみのヒューマン・ヴォイスが入りません。これもグループ名義の主要曲としては珍しいことです。

 

ヒューマン・ヴォイスといえば、続く2曲目「フォロー・ミー」では活用されていますね。アルバム『イマジナリー・デイ』ではこの曲とあとちょっとだけなんです。「フォロー・ミー」はパット・マシーニー・グループの従来路線っぽいワン・ナンバーで、おなじみの曲想とサウンドですが、アルバムで少ないっていうことは、なにかの終焉を感じないでもないですね。パットの弾くテーマがハーモニクス音で構成されているのが、なんとも切なさ満点です。

 

その次の3曲目「イントゥ・ザ・ドリーム」もワールド・ミュージック路線。やはりイラン音楽にインスパイアされたものみたいですね。これはパットのギター独奏で、42弦のピカソ・ギターを活用しています。これはたぶんオーヴァー・ダブなしの一発演奏じゃないでしょうか。めくるめくような響きがして、しかも静謐で美しいですよねえ。いやあ、すばらしい。

 

一曲飛ばして5曲目の「ザ・ヒート・オヴ・ザ・デイ」。これはまずちょっとフラメンコっぽい感じがします。イラン(ペルシャ)音楽とはちょっと違うと思うんですけど、どうしてここでフラメンコが出てくるのでしょう。ハンド・クラップの使いかたももろフラメンコ調で、リズムのぐるぐるまわる感じとか、完璧にアンダルシアの音楽です。これも複数部構成になっていて、途中でやや静かなパートもあります。ギター・シンセサイザーのパート以後は、グッと来る高まりと感動がありますね。胸に迫るというか、そこではヒューマン・ヴォイスが効果的に使われています。

 

6曲目以後には、ここまでのようなおもしろさが薄いように思います。でもいわゆるジャズ・フュージョンとか、はたまたギター・ロックだとか、そういった方面から聴けばなかなか完成度の高い良質な音楽ですね。アルバム『イマジナリー・デイ』全体では意欲的な挑戦作といった趣ですからイマイチですけど。でもラストの「ジ・アウェイクニング」とか、相当いい内容に違いありません。アルバム全体がこうですから、ファンが離れたかもしれない一枚かもですね。

2019/07/20

ぼくにとってのサリフ『ソロ』

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https://open.spotify.com/album/62DPGNE8CtgV8OKT8BUzZG?si=kWrBgX1VS620pMdgHDrpgg

 

サリフ・ケイタについても代表作『ソロ』(1987)についてもたくさんのことばが重ねられていますので、ぼくはぼくで自分の好きな部分についてだけ個人的なメモを記しておいたのでいいでしょう。まずは2曲目「ソロ(アフリキ)」。これ、も〜う本当に大好きな曲なんですね。たぶんアルバム『ソロ』のなかでのぼく的 No.1がこれですよ。

 

曲「ソロ(アフリキ)」は三部構成。出だしのパート1も好きです。このミディアム・スローなグルーヴがなんともいえず心地いいです。女声コーラスはいかにも西アフリカ的といえるもので、だいたいがマス・クワイア好き人間であるぼくには、最初からなじめた部分です。サリフのヴォーカルについてはぼくが書くことなどないはずです。バックでキーボードが細かく刻んでいるのが印象に残りますね。

 

もっと好きなのが、3:15 〜 3:18 のブレイク以後のパート2です。ホーンズがいきなり咆哮し、リズムが強くビートを打ちはじめます。そこからがマジで大好きなんですね。この強いビート感、グルーヴにぞっこん参っているわけなんです。終盤でもう一回曲想がチェンジして落ち着いた感じになりますので、その前までのこのパート2が、ぼくの大好物です。女声コーラスもサリフもいいですが、ぼくが好きなのは(キーボードをふくむ)リズム・セクションです。

 

リズム隊といえば、いまブックレットを見返していてはじめて気がついたんですけど、このアルバム『ソロ』でもエレベはミシェル・アリボーなんですね。ぜんぜん知りませんでした。当時見ていたはずですけど、だれだかピンと来るはずもなくそのままになっていたんでしょう。サリフの作品では後年の『ムベンバ』でもミシェルでしたし、関係が深いのかもしれないですね。

 

一曲飛ばして4曲目の「シナ(スンブヤ)」。この曲のリズムは、2曲目「ソロ(アフリキ)」のパート2のそれによく似ています。ほぼ同じといってさしつかえないでしょう。こういったビート・タイプは当時のサリフやマリ音楽、あるいは西アフリカのなかによくあったものなのでしょうか。もうホント快感で、聴いていて気持ちが昂まるのに落ち着いてリラックスするっていう、なんだかそんな不思議なフィーリングです。

 

そんなこのリズムは西アフリカ、マリといった部分だけでなく、かなりヨーロッパ的、西欧大衆音楽的であるとも言える気がするんですね。すくなくとも楽器編成やアンサンブル手法や、できあがりのサウンドを聴いての印象など、米欧ポップ・ミュージックのそれだと言えます。アレンジャーがヨーロッパ人なんですけど、しかし欧州的とも断定できないし100%アフリカ的でもないっていう、その中間的というか半々のせめぎあいのなかでできあがったものかもしれません。

 

また一曲飛ばしてアルバム・ラストの6「サンニ・ケニバ」。これはスローでゆったりしたグルーヴ・タイプを持つ曲ですけど、このリズムやサウンドも大の好みなんですね。サリフのヴォーカルも落ち着いた感じで、鋭く突き刺し威嚇するといった部分は小さいですけど、それでも彼ならではの威厳をまとった近づきがたさを聴かせていますよね。

 

こういった威厳、高貴な近づきがたさ、サリフだけでなく、たとえばアメリカのアリーサ・フランクリンなどにも感じるものなんですけど、だからこそかえっていっそう親近感が増すと言いますか、妙なことかもしれませんが、ぼくのなかでは尊敬が親愛に重なっていく部分が間違いなくあるんです。

2019/07/19

『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』は名盤だ(何回目)

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https://open.spotify.com/album/6QV1iyREyud3AGQZxf8Yt7?si=VQ2wZ4cfR1S14j4VCuXYDg

 

いままでもくりかえし言っているんですけど、いっさい無視されたままですし、日本でもアメリカでも世界でもそうなんで、だからこれからもくりかえし言わなくちゃいけません、認知されるその日まで。マイルズ・デイヴィスのプレスティジ盤『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン(クインテット/セクステット)』は、隠れた名盤ですよ。隠れも隠れ、いままでどなたも一度も言ったことがありませんし、ジャズ・ファンの話題にのぼったことすらないですからね。でも内容は極上なんです。

 

極上なのに名盤と言われたことがないのは、たぶんジャズ史的な意味合いが1ミリもないからでしょうねえ。たしかに歴史を変えたとかなんとか、そんな音楽ではぜんぜんありません。そんな世界とはかすりもしません。ですけどねえ、あなた、そんなことばかりに価値を置いて音楽(いや、ジャズのばあいだけ?)の良し悪しを判断するなんて、なんたる貧乏な考えかたでしょうか。くつろげるリラクシングな上質ジャズだって、その上質さに折り紙がつけば、名盤と呼んでいいはずですよ。

 

『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』のメンバーは、いわゆるオール・スター編成で、弱小インディペンデントのプレスティジとしてはかなり張り切った企画だったんじゃないかと思います。録音日の1955年8月5日というと、マイルズはすでにファースト・レギュラー・クインテットを結成していて(この日付だとサックスがソニー・ロリンズ)ライヴ活動もやっていたんですが、そのワーキング・バンドを起用せずにオール・スター編成にしたというわけですね。

 

最大のスターはなんといってもやはりミルト・ジャクスン(ヴァイブラフォン)でしょう。アルト・サックスのジャッキー・マクリーンも1955年なら若手実力派として人気が出ていたころです。マイルズはミルト、ジャッキーともに、もっと前から自分のレコーディング・セッションで起用していますよね。その成果もグッドなので引き続きということだったのでしょう。

 

リズム・セクションも特筆すべき編成です。レイ・ブライアント(ピアノ)、パーシー・ヒース(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)。アートはこのころプレスティジ・レーベルのハウス・ドラマーのような位置にいました。パーシーはミルト同様 MJQ から(プレスティジのセッションでは多いケース)。しかしピアノのレイこそ、このセッションのキー・マンなんですね。

 

ブルーズに土台を置くしっかりとした素養を持ちながら、ドライヴするビ・バッパーであり、かつ(やや女性的に)繊細に、デリケートに、リリカルに演奏できるレイ・ブライアントは、ちょうどこの当時マイルズが進もうとしていた音楽の方向性とピッタリ一致する資質のピアニストです。実際、このアルバム『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』でも、決してソロ時間は長くありませんし目立ちませんが、各人の背後での堅実なサポートぶりには目を(耳を?)見張り(聴張り?)ます。ソロもいいです。

 

そんなような資質のモダン・ジャズ・ピアニストといいますと、トミー・フラナガンもいますよね。トミーもマイルズといっしょにやればちょうどいい旨味に仕上がるというのは、やはりプレスティジ盤である『コレクターズ・アイテムズ』B 面で証明されていること。それなのにトミー・フラナガンといいレイ・ブライアントといい、どっちもマイルズのレコーディングには一日しか呼ばれなかったのが不思議なような気もしますが、すでにレッド・ガーランドがレギュラーの座におさまっていたからでありましょう。

 

さて、『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』。「クインテット/セクステット」のことばがアルバム題の一部になることもあるのは、計四曲のうち、アルトのジャッキー・マクリーンが二曲にしか参加していないため、六人編成と五人編成の曲がふたつづつでアルバムが構成されているからです。1955年8月5日にはその四曲しか録音されていませんが、A-1、B-1の二曲がセッションの前半部で、ジャッキーが参加したもの。ここでなんらかの理由があって帰ってしまったみたいですよ。だからほかの二曲を残された五人で仕上げたわけです。

 

アルバム最大の聴きものは二曲あるブルーズ・ナンバーです。A-1「ドクター・ジャックル」(ジャッキー・マクリーン作)、B-2「チェインジズ」(レイ・ブライアント作)。特に「ドクター・ジャックル」が絶品ですよね。かなり見事なジャズ・ブルーズ演奏だと言えます。聴き手をトリコにするマジックがここには働いていますよね。

 

「ドクター・ジャックル」のテーマ・メロディの動きを聴きますと、書き手のジャッキー・マクリーンが完全なるチャーリー・パーカー派、ビ・バッパーであると、いまさらながらによくわかります。録音された1955年8月というとバード本人はもはや死んでいましたが、バード直系の弟子格ジャッキーがこうしてその息を継いでいたと言えましょう。しかもブルーズですからね、これは。バードに結合しつつブルーズをやるっていう、つまりセッション・リーダーのマイルズの指向性とも一致する一曲です。

 

しかも「ドクター・ジャックル」で一番手のソロを取るのは、テーマを二管で演奏する二人のどちらでもなく、ヴァイブのミルト・ジャクスンです。ミルトはブルーズが大得意なジャズ・マンでありますし、1955年8月当時、このメンツのなかでは最も成熟していた旨味を持つ演奏家でした。ですから、まずミルトに一番手で弾かせ、その後各人のソロまわしが終わってテーマ合奏に戻る前にももう一回、4コーラスのソロを割り当てているわけですね。

 

しかも「ドクター・ジャックル」におけるそのミルト・ジャクスンのソロがすばらしいのなんのって、こりゃあ超絶品じゃあないでしょうか。こんなに旨味なジャズ・ブルーズ・ソロって、なっかなかありませんよ〜。しかもミルトは、この曲でソロを取るほかのだれよりも強烈にアフター・ビートを効かせています。4/4拍子で四つカウントするなかの2と4に強い強勢を置いていますよね。

 

そのおかげでジャンピーな、というかミルトのソロ部では跳ねる感覚が出ていると思うんです。レイ・ブライアントのピアノ・ソロ部でもそうですが、こういったブルーズ・ダンサーが(ジャズにあっても)いちばん好きなぼくなんか、ホッント〜ッにたまらない快感なんです。おかげでジャズ・ブルーズでもよくある8ビート・シャッフルの感覚に近づいていますしね。その点では、アート・テイラーのドラミングにも着目してほしいです。

 

アルバム・ラストの「チェインジズ」にもすこし触れておかなくちゃ。作者のレイ・ブライアント自身は「ブルーズ・チェインジズ」というどストレートな曲題で再演することも多かった一曲ですが、ちょっと奇妙に1コーラス AAB 形式12小節ブルーズの途中5小節目からはじまりますので、やや面食らいますよね。そのせいか、ストレートなブルーズくささのないナンバーです。

 

ブルージーさ、ファンキーさがないということでいえば、ミルト・ジャクスンが弾きはじめる本編開幕前に、作者自身による非常にリリカルなピアノ・プレリュードが付いていることもそれに拍車をかけています。その部分だけを聴けば、あっ、バラード演奏がはじまるんだなと、そう思いますよね。これに関連してもう一個、アルバム中この曲でだけ、ボスはトランペットにハーマン・ミュートを付けて吹いています。リリカル・マイルズの代名詞的道具ですからねえ。

 

作者本人のピアノ・ソロが三番手で出ますけど、レイ・ブライアントって、ブルーズをやるときはかなりくっさ〜いファンキーさを発揮するというのが一般的なイメージでしょう。でもそれはもっと時代が下っての、たとえばかの1972年『アローン・アット・モントルー』とかで確立されたものです。1950年代の録音を聴くと、リーダー作品なんかでも(たとえばプレスティジ盤1957年『レイ・ブライアント・トリオ』)当時のマイルズに近い、女性的でやわらかいリリカルさが前面に出ています。

2019/07/18

原田知世 / マイ・ベスト(二回目だけど)

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https://open.spotify.com/playlist/2iv3ZMahUZH4VSwKtbjDyj?si=bsWVAW2VQ3aC6up61_e1Xw

 

2019年1月28日、渋谷はNHKホールで体験した原田知世ちゃんのコンサート。昨年末にリリースされた最新作『L'Heure Bleue (ルール・ブルー)』発売記念のものでしたので、そこからのレパートリーが中心でした。ステージ上にいたした伊藤ゴローさんがお話しされていましたが、 久々のオリジナル・アルバムですが、どうもみなさんカヴァー・ソングのほうがお好きなようでと苦笑なさっていたのです。でも、ゴメンニャサイぼくもやっぱりそんなひとりで、知世ちゃん+ゴローさんのコンビで往年の歌謡曲や知世ちゃん自身の過去曲など、(セルフ・)カヴァーしたものが大好きなんですね。

 

これは理由のひとつとして知世ちゃんに出会ったタイミングというのもあるんです。ぼくが縁あって知世ちゃんをしっかり聴くようになったのは2017年のこと。ちょうど二枚のカヴァー・ソング集『恋愛小説』の1と2が直前にあって、セルフ・カヴァー集の『音楽と私』とベスト盤の『私の音楽』がその年にリリースされました。そんなときにぼくは知世ちゃんに出会ったんですね。

 

だから、そういった世界から知世ちゃんになじんでいったのは間違いないわけでして。ですから、以前自分でつくっていまでもずっとふだん楽しんでいる知世ちゃんのマイ・ベストも、ほぼそんな選曲になっていますよね。でも鈴木慶一さんプロデュース作品からも特にカッコイイと思うものを数曲入れました。ロックっぽいというか元気のいいエスノ・ポップみたいな良曲がいくつもありますから。沖縄音階を使いつつダブふうのサウンド・メイクを施してある「さよならを言いに」なんか、絶品ですよ。ムーンライダーズっぽいロック・ナンバー「月が横切る十三夜」もいいノリよくカッコイイです。

 

伊藤ゴローさんプロデュースのもののなかにも、たとえば「September」みたいなグルーヴ・チューンがあるのですが、全体的にはしっとり落ち着いた大人の静かな世界を表現しているかなと思います。好きかどうかはひとによって意見が分かれそうな気もしますよね。ジャズやある種のブラジル音楽などに親しみを持つかたがたならば、わりとすっと入っていけそうに思うのですが。

 

その際、たぶんハードルとなるのは知世ちゃんのヴォーカル資質ですよね。声量も小さいし張らないし(これはNHKホールで痛感しました)ふわっとしていて、悪く言えば「ガッツがない」。演歌歌手などにあるような強い声を張って伸ばしたりなどはまったくやりませんできません。芯の細い声質ですからね。そういった、いわば in a silent way なサウンド志向もぼくなんかはあんがい好きなんですね。どういった音楽構築を目指すかの方向性が一致すればこの上なくハマるのが知世ちゃんの声です。

 

伊藤ゴローさんと知世ちゃんとのコンビでこれだけ成功しているのは、やはりそういったことが吉と出たということじゃないでしょうか。結果としてとても魅力的なサウンドとヴォーカルに聴こえますからね。まず最初はゴローさんが知世ちゃんをチョイスしたらしいんですが、自己の音楽にどんな声がいちばんピッタリ来るかを見抜いたゴローさんはさすがです。

 

そんなゴローさん&知世ちゃんコンビでやった音楽のうち、マイ・ベストの選曲の歌謡曲カヴァーのなかでは、たとえば松田聖子さんの「SWEET MEMORIES」なんか、最高じゃないでしょうか。ハープとコントラバスとソプラノ・サックスだけというゴローさんのアレンジがなんといっても切なくて見事ですが、その上に乗る知世ちゃんの声と歌いかたがぼくは大好きなんですよ。曲よしアレンジよし歌よしで、この切哀感満点な失恋ソングの最高のヴァージョンになったと思います。

 

知世ちゃん自身の過去曲のセルフ・カヴァーでは、なんといっても「時をかける少女」(2017年版)と「天国にいちばん近い島」がすばらしすぎます。前者は完璧なボサ・ノーヴァ・スタイル。失いそうで壊れそうな愛をガラスのように大切に扱うデリケートがよく表現されています。後者は坪口昌恭さんの弾くピアノ伴奏がおそろしいまでに美しくて、それで泣きそうになっちゃいます。ややハスキーに、愛する対象を美として称える知世ちゃんの声にかかるちょうどいいエコー成分が、ぼくたちのため息なんですね。

2019/07/17

1930年代のニュー・ヨーク・ルンバ(2)〜 アフロ・キューバン

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http://elsurrecords.com/2017/11/25/v-a-invitacion-la-rumba-en-nueva-york/

 

『ルンバの神話(改訂版、ニューヨーク篇)』CD2は、アントバルズとザビア・クガート楽団の音源を収録してあります。この二者でだいたいぜんぶですから、簡単にメモしておきましょう。Orquesta Antobal’s Cubans は、アントバル〜サンシャイン夫妻が、活躍した弟アスピアスの突然の引退で、新たなバンドを創立したものです。ザビア・クガート楽団は説明不要ですね。

 

このアルバム収録のアントバルズのばあい、わりとスムースなサウンドをしているなという印象があります。それでもディスク1の音源の大半よりは快活で激しいルンバなのでしょうか。カーニヴァル用の、いわゆるコンガ(音楽ジャンル名としての)も数曲あります。なぜだかぼくはコンガ好きなもんで、そういったものは本当に楽しいですね。

 

コンガじゃなくてルンバかもしれませんがディスク2の3曲目「マリアンナ」とか、いいですねえ。そのものずばりな曲題の7曲目「ラ・コンガ」も大好物です。そのほか、10「パンチョにはみんな同じ」、11「キューバの思い出」、12「ノ・セ・プエデ」あたりが個人的好物ですね。やっぱりルンバかなとは思うんですが、やや激しめのダンス・ビートが効いています。同じダンス・ミュージックでもゆったりゆるいものより断然好きです。

 

ところでアントバルズのリズムはしばしばティンバレスが表現していますよね。1930年代にここまでティンバレスを大胆活用したラテン・バンドは、アントバルズだけだったのでしょうか。もっと時代が下ってのマンボや、もっといえばサルサ・ミュージック感覚の先取りと言えるかもしれません。アントバルズでもパッとブレイクが入ってその空間にティンバレスが飛び込んだりもしますしね。

 

CD2の15曲目以後はほぼすべてザビア・クガート楽団の音源ですが、このバンドは(アスピアス楽団〜)アントバルズに象徴されるニュー・ヨーク・ラテンの粋をそのまま受け継いで、アントバルズ崩壊後のラテン音楽界を背負って立ったのだと言えましょう。ザビア・クガート楽団は知名度も高いので、多言は無用です。このアルバム収録曲は、すべてマチートかミゲリート・バルデスがヴォーカルを担当したものですね。

 

特にマチートの参加は、1930年代終盤になってザビア・クガート楽団の音楽が急充実してくる最大要因だったかもしれません。16曲目「黒人の祈り」などを聴いてもそれがわかります。17曲目は「自動車コンガ」。コンガですから大のぼく好みです。いやあ、楽しいったら楽しいな。しかもクガート楽団のコンガはポップでカラフルです。とにかく楽しい。

 

18曲目「カリエンティート」は、ザビア・クガート楽団でマチートが最も実力を発揮したナンバーかもしれません。この曲はソンなんですが、さすがはキューバでソンのバンドを渡り歩いたマチートだけあるという安定した歌いっぷりで、バンドの伴奏も躍動的でイキイキしていて、いいですねえ。また、上でも言いましたが、クガート楽団の音楽は親しみやすいポップな魅力がありますよね。そんなところも好感度大です。

 

歌手ミゲリートがザビア・クガート楽団と共演したものは、このアルバムで全五曲。もっともっと聴きたかったと思わせる充実度で、こちらも文句なしです。ミゲリートのヴォーカルはマチートよりも技巧的、でありながらよりなめらかですね。楽団の演奏もそれにあわせるがごとくの流麗さで、いやあ、聴きごたえありますね。

 

ところで、ここに収録されているザビア・クガート楽団&ミゲリートの曲は、多くをアルセニオ・ロドリゲスが書いているんですね。ここはかなり興味深いところなので強調しておきたいです。アルセニオがまだ自身のコンフントを率いるようになる前ですけど、いわゆる<アフロ>・キューバン・ソングの創出に本物の黒人キューバ人のアルセニオがかかわったという事実は、アフロの意味を逆転させるものかもしれないですからね。

 

まああんまりそんな深いことを考えなくたって、アルセニオ+クガート楽団+ミゲリートの三者合体によるアフロ・キューバン・ソングの数々は、文句なしに楽しいですけどね。このアルバムだと22曲目「ルンバに惚れた」、24「泣けよ、ティンバレス」、25「アディオス、アフリカ」がそうですよ。

2019/07/16

1930年代のニュー・ヨーク・ルンバ(1)

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http://elsurrecords.com/2017/11/25/v-a-invitacion-la-rumba-en-nueva-york/

 

以前1930年代ルンバのパリ編のことを書きました。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/1-2518.html
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/2-d92a.html

 

これらのなかで「ルンバ」という音楽用語の定義などは書きましたので、ご興味がおありならご一読ください。このときはディスコロヒア盤 CD 二枚組『ルンバの神話(パリ篇)』の話題だったんですが、もちろんニュー・ヨーク篇があります。のばしのばしにしていたそれのことを、また二回にわけて書いてみようと思うんですね。パリ篇の音源がすべてパリ録音だったのに対し、ニュー・ヨーク篇ではもちろん全編ニュー・ヨーク録音。なんたってキューバ革命前のラテン音楽のメッカはニュー・ヨークでしたからね。

 

ディスコロヒア盤『ルンバの神話(改訂版、ニューヨーク篇』(Invitacion A La Rumba En Nueva York)の CD1は、大きく言ってドン・アスピアス楽団とクァルテート・マチーンの録音が多数を占めています。簡単にメモしておきましょう。

 

ドン・アスピアス楽団によるこのアルバム1曲目が「南京豆売り」なのはわかりやすいですよね。この楽団によるこの曲の大ヒットこそ、1930年代ルンバ最大の象徴ですからね。ニュー・ヨーク録音のこれが売れたことで、アメリカ合衆国の音楽家であるルイ・アームストロングやデューク・エリントンといった大物も即座にカヴァーしたのはご存知のとおり。そのほかこの「南京豆売り」をやったひとは数知れず。とにかく多いです。

 

アルバムを聴いていきますと、ぜんぶで九つ収録されているドン・アスピアス楽団の曲に激しく快活なものは少なくて、やや落ち着いた中庸なものが多いというのが最大の印象です。そのあたりはいかにもカリブ、キューバの音楽だなと思うんですけど、ソンのギア部に相通ずるものだって感じるんですね、おだやかなメロディ重視の方向性には。

 

それでも4曲目の「ヴードゥー」はかなり躍動的。コンガ(音楽の種類としての)っぽい感じもします。聴いているとウキウキ気分が沸き立って、こりゃ楽しい。こういった音楽のことが本当に大好きなんです。ぼくのなかではこの曲が、このアルバムにおけるアスピアス楽団の収録曲 No.1。

 

ところで、ニュー・ヨーク・ルンバは1930年にレコード録音がはじまりますが、ご存知のとおり29年以来の大不況のさなか。だから、実はバンド編成も少人数のばあいが多かったみたいで、それでもなお歌とダンスという二大要素を不足なく満たせるようにいうことで、カルテット(四人編成)程度のバンドがかなりあった模様。その代表格がアルバム12〜16曲目にあるクァルテート・マチーンです。

 

クァルテート・マチーンは、というかそのほかのルンバ・カルテットもたぶん、ギター二台、パーカッション(多くはクラベス)、トランペットという編成でした。たった四人でもやっぱりトランペットが欠かせないのがいかにもキューバ音楽的です。クァルテート・マチーンも哀愁のあるラテン・メロディ、つまりソンのギア部みたいなものを歌っていることが多いみたいです。

 

アルバム一枚目終盤には、キューバではなくプエルト・リコやコロンビアのバンドも収録されています。このへんはいかにもニュー・ヨークっぽいところ。パリ篇にはちっともありませんでした。ニュー・ヨークのイースト・ハーレムにはプエルト・リコ人たちなどが多く住み、通称スパニッシュ・ハーレムと呼ばれたのです。

 

ラテン的デリカシーから遠いかもしれないですけど、ぼくの好みからしたら、二曲収録のコロンビアのバンド、ナノ・ロドリーゴ楽団の音楽が楽しいです。荒っぽいというか雑なんですけど、ロック・ミュージックっぽいし、かなりのエネルギーを感じる躍動感で、こういった熱はその後のマンボやサルサなどのニュー・ヨーク・ラテンへつながっていったものだったかもしれないとも思います。そのほか、プエルト・リコの大作曲家ラファエル・エルナンデスの楽団自身による「カチータ」も一枚目ラストにあります。

2019/07/15

チュー・ベリーの魅力

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https://www.amazon.co.jp//dp/B00GXEXYZU/

 

ご覧のように猫ジャケであるエピック・イン・ジャズのシリーズの、一枚『チュー』。テナー・サックス奏者チュー・ベリーに焦点を当てた編集盤です。いままでも書いていますがくりかえしますと、エピック・イン・ジャズのシリーズはどれも録音は第二次世界大戦前の SP 時代のもの。それを戦後、LP 盤にまとめて再録しているものなのです。LP はエピック盤ですから、もちろん音源はすべてコロンビア系のレーベル原盤。

 

さて、スウィング・ジャズ黄金期の No.1 テナー・サックス奏者とされ多忙だったチュー・ベリー。しかしどうしてコールマン・ホーキンスじゃないのかといいますと、肝心な時期にホークはアメリカを離れヨーロッパで活動していたからなんですね。1934年末から39年までの話です。ちょうどスウィング・ジャズ勃興〜黄金期じゃないですか。しかもですよ、ジャズ・ミュージックにおいてテナー・サックスが大きな注目を浴びるようになったのとも時期的に一致するんですよ。あぁ、なんということでしょう。

 

いや、ホークはすでに影響力絶大でありましたし、帰国後に名声を再確立しました。ともあれ彼の不在期にアメリカでテナー・サックスがジャズの主要楽器として注目されるようになって以後、この楽器で大活躍したのが、ベン・ウェブスター、レスター・ヤング、そしてレオン・チュー・ベリーの三人だったんですね。

 

チュー・ベリーの生涯最高名演は、たぶんライオネル・ハンプトンのヴィクター・セッションで吹いた「スウィートハーツ・オン・パレード」(1939)でありましょう。ヴィクターへの吹き込みですから、コロンビア系であるエピック盤『チュー』には収録できません。ですけれど、せっかくチューの話題なんですから、会社のしがらみなどないこの個人ブログ、その演奏をご紹介しておきましょう。
https://www.youtube.com/watch?v=tG4udzyZpeY

 

どうです、このテナー・サックス・ブロウの豪快さといったら。これを聴けば、チューがスウィング期のテナー No.1と言われたのも当然だとわかりますよね。ヴォーカルはボスのハンプです。チューのテナーはソロ部だけじゃなく演奏開始から終了までずっと吹き続けていて、いわば一曲全体をテナー・ソロでラッピングしていますよね。ハンプの指示だったと思いますが、ここまでできる流暢さは驚異です。いやあ、なんてすばらしいテナーでしょうか。

 

この演奏をお聴きになってもおわかりのように、チューのテナー・サウンドは丸いです。影響源のホークのような硬さはないですよね。ホークのあの音はきれいに抜けているからなんですけど、チューはチューでこの独特の丸みを帯びたやわらかい音色でみんなを魅了したんです。またフレイジングはなめらかで、ここもときどき飛躍するホーク(やレスター)とは大きく違います。さらさらと流れるようなスムースさがありますよね。だから聴きやすいんですよね。歌心も満点ですし。

 

そんなチュー・ベリーのエピック盤『チュー』は、1〜7曲目までがチュー名義のコンボ・セッションから。8曲目「ウォーミング・アップ」はテディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションからのもの。9曲目以後は(チューが所属していた)キャブ・キャロウェイ楽団の録音です。同楽団でのラスト五曲は、若き日のディジー・ガレスピーがロイ・エルドリッジの影響を聴かせたりするのも興味深いところ。

 

アルバム終盤のそれら五曲のうちでも、最後の三曲(1940、41年録音)は、とりわけキャブ楽団がチューのテナーにフォーカスした演奏内容で、彼の持ち味もよくわかる名演です。「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」「ロンサム・ナイツ」「テイク・ジ・"A"・トレイン」。ご紹介しておきましょう。

 

「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」https://www.youtube.com/watch?v=GzHCpklaEdM
「ロンサム・ナイツ」https://www.youtube.com/watch?v=a6-7JBwMKdw
「テイク・ジ・"A"・トレイン」https://www.youtube.com/watch?v=geeChTEC3hE

 

特に最初のバラードふたつが絶品ですよね。チューのテナー吹奏の魅力がよくわかるものだと思います。まずはテーマ・メロディをうまくフェイクしながらなめらかに演奏し、その後徐々にそのヴァリエイションを歌うがごとく朗々と吹き続ける暖かみのあるサウンドに感心します。バラードと言いましがが、正確には二曲ともやや違って、孤独やさびしさを扱った内容です。それをここまで真に迫って演奏できるチューの才能のすばらしさ。決して絶望や諦観ではなく、ハート・ウォーミングな心情を感じさせるのがこのテナー・マンの魅力ですね。

 

これら三曲では、上でも書きましたがブレイク前のディジー・ガレスピーがトランペットを吹いています。「ロンサム・ナイツ」「テイク・ジ・"A"・トレイン」で聴けるミューティッド・ソロがディジーなので、短いですが耳を傾けてみてください。まだビ・バッパーといえるだけのスタイルを確立していませんが、ちょっとおもしろいんじゃないでしょうか。

 

チュー・ベリーは、これら三曲より前に収録されているもの(1937、38年録音)でも、ソロ時間は短いながら立派に自己の表現をはたしているなとわかる立派な演奏です。もっとも、チューは自己名義のバンドを率いたことがなく、自身名義のレコードだってそのときだけの臨時編成で名義だけチューになっているというもの。しかも総数がかなり少ないのです。音楽生涯のほぼすべてをほかの偉大なリーダーのバンドの一員として過ごしました。といってもキャブ・キャロウェイ楽団在籍中の1941年にわずか31歳で亡くなってしまったんですけどね。

2019/07/14

これまたグラント・グリーンのファンク・ライヴ

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https://open.spotify.com/album/4NL6PN6GkMqI7Ztz4iGPU6?si=skjpcCOXS966RYu-lJANfw

 

どうしてこんなにカッコイイんだぁ〜、グラント・グリーン1970年のライヴ盤『アライヴ!』。完璧なるジャズ・ファンクですよね。もともとが真っ黒けな資質のギターリストであるとはいっても、70年代のグラントはなにかに取り憑かれたかのようにリズム&ブルーズ/ファンク/ソウル・ジャズ路線を突っ走っていました。ライヴでもそうでした。『アライヴ!』もまたそんな一枚。

 

『アライヴ!』は1970年8月15日、ニュー・ジャージーでのパフォーマンスで、編成はボスのギター、クロード・バーティーのテナー・サックス、ウィリアム・ビヴンズのヴァイブラフォン、ニール・クリークかロニー・フォスターのオルガン、イドリス・ムハンマドのドラムス、ジョゼフ・アームストロングのコンガ。

 

やっている演目も、数曲のグルーヴ一直線などファンク一路線からハービー・ハンコックの新主流派「処女航海」までと幅広いんですけど、でもやっぱりアルバム・オープナーがクール&ザ・ギャングの「レット・ザ・ミュージック・テイク・ユア・マインド」であることに、このアルバムの音楽性が典型的に象徴されていますね。いやあ、ションベンちびりそうなほどグルーヴィでコテコテです。

 

その「レット・ザ・ミュージック・テイク・ユア・マインド」もカッコイイし、続く2曲目「タイム・トゥ・リメンバー」(ニール・クリークのオリジナル)もメロウ R&B みたいなバラード調。ヴァイヴラフォンがいい感じで効いているのも甘美なムードをもりあげたり、それとグラントのギターがユニゾンで進むところにテナー・サックスがからんだり、もうタマランですよ。メロウでソフトでデリケートで、夜の音楽ですね。

 

3トラック目のバンド・イントロダクションに続き、4曲目の「スーキー、スーキー」(ドン・コヴェイ)が、たぶんこのアルバム『アライヴ!』最大の目玉にして白眉、聴きものでしょう。このグルーヴのキメかたったらないですね。イドリス・ムハンマドのファンク・ドラミングは全曲で見事ですが、特にこの「スーキー、スーキー」では抜きに出ています。グラントのギター・ソロもファンキーでかっちょええ〜。ワン・リフ反復で演奏の土台ができていることに最注目しないとですね。

 

この『アライヴ!』でも、演目やリズムやグルーヴはソウル/ファンク・ミュージックのそれで、ビシバシきめているけれど、なんだかんだ言って楽器ソロの時間が長く、それがギター、テナー・サックス、ヴァイブ、オルガンと続きまわすというのが中心ですから、そこはジャズ・マナーだといえばそうです。でもこんなねえ、クール・アンド・ザ・ギャングだとかドン・コヴェイだとかギャンブル&ハフだとかロナルド・アイズリーだとかの曲を、しかもこんなにファンキーにコテコテにやってみせたジャズ・マンが、1970年時点でほかにいましたか?!グラント・グリーンだって、どうして1970年代はここまでのことになっていたのか、60年代も黒っぽかったとはいえああだったのに?と思うと、まあ快哉を叫ぶしかないわけですよ。

2019/07/13

ミジコペイのスムースなシンコペイション

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https://open.spotify.com/album/0cBvFiydjZLqHO5dZL454n?si=aj75pNPmQxipUgXHvkLiBg

 

トニー・シャスールのライヴ盤二枚組はしっかり聴いていたものの、ミジコペイのアルバムは今回はじめて耳にしてみたぼくです(DVDは不便ですから)。2019年の『クレオール・ビッグ・バンド』。アルバム題どおり、ビッグ・バンド・ジャズのサウンドですね。それも旧来的な伝統のビッグ・バンドのそれで、目新しいところはありません。でもそういったことがこのアルバムにちょうどいいくつろぎをもたらしているので、ポイントは高いと言えましょう。

 

伝統的ビッグ・バンド・ジャズだと言いましても、それでもやはりミジコペイならでは、という部分はしっかりあります。ぼくにとっては二点。ひとつがトニー・シャスールをはじめみんながどんどん歌うこと。もう一点はこのリズムです。ストレートなメインストリーム・ジャズのビートの格好をしているものも多いんですけど、それだけじゃなく、いかにもカリブのバンドというだけあるシンコペイションを効かせているものがありますね。それでニンマリするんです。

 

たとえば、この新作のなかでの最有名曲は3曲目の「スターダスト」ですけれど、ストレートな4/4拍子系じゃないでしょ。ガチャガチャと跳ねていますよ。そこが実にいいと思うんです。ヴァースをふたりが歌い終えてリフレイン部に入ったら、ドラマーが強いシンコペイションを叩いていますでしょ。旧来的なビッグ・バンド・ジャズで「スターダスト」みたいな曲を、というと古くさ〜くなってしまいそうですけど、このリズムのおかげでそうはなっていないわけですね。

 

こんなカリビアン・リズムの活用法はこのアルバムの至るところで聴けて、ぼく的にはミジコペイ最大のポイント、長所となっているように思うんです。「スターダスト」では歌が終わってピアノ・ソロになっても、やはりリズムは強く跳ね、背後のホーン・リフもスタッカート気味に入っていますしね。なめらかさも際立っていますけど、突っかかって跳ねるような要素がありますよね。そこがいい。

 

こういったことが、しかしアルバム『クレオール・ビッグ・バンド』ではひとつながりのスムースさで表現されていますので、スーッと聴きやすく、聴き手は意識しないで流してしまうだろうと思います。そのおかげで、これはただのふつうのジャズ・ミュージックじゃないか、という感想を抱くばあいも多いんじゃないでしょうか。それでいいと思うんですけど、このアルバムの音楽の心地よさの源泉は、特にクレオール系音楽に親しんでいる身からしたら、そんなリズム・シンコペイションにもあるなと考えていますよ。

 

リズムのちゃかちゃかっていう跳ねかたは、このアルバムの多くの曲でどんどん聴けますので、みなさんもさがしてみてください。上で書いた、ヴォーカル・ナンバーが多いのでぼくなんかは好きという点は、しかし旧来的なジャズ・ファンのみなさんには共感していただきにくいのかもしれませんけどね。また、『クレオール・ビッグ・バンド』はスタジオ録音作ですが、全編とおしてライヴ一発録りみたいな雰囲気があるというか、そんな音響なのも特長といえます。

2019/07/12

ウッドストック幻想の崩壊と、太田裕美『心が風邪をひいた日』

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https://open.spotify.com/album/3Mb2LRrANO8jZhSOoctdkx?si=050okitiQhqmwywF_W8w1w

 

大好きな太田裕美の『心が風邪をひいた日』(1975)。このアルバムのテーマは、ウッドストック幻想崩壊後の失意、失望ということでしょう。それが顕著に表現されているのが、11曲目「青春のしおり」。歌詞は松本隆が書いていて(このアルバムは一曲だけ太田自身の作詞ですけど、ほかはすべて松本)、それにちょっと耳を傾けるだけでもぼくの言いたいことがおわかりのはず。

 

たとえば一番には「キスがまったく甘くないこと気づいてからの味気ない日々」。二番には露骨に松本の世代が出ていて、まずいきなり「CSNY 聴きだしてからあなたはひとがかわったようね」「みんな自分のウッドストック、緑の楽園を探していたの、夢ひとつづつ消えていくたび、大人になった味気ない日々」とあるんですね。CSNY はシーエスエヌワイと歌われています。

 

”味気ない日々”は、この曲「青春のしおり」の毎コーラス末尾で出てくるリフレイン・フレーズになっているわけですが、どう聴いても1969年8月のウッドストック・フェスティヴァルに象徴される楽園と夢、楽しさ、にぎわい 〜 こういったバブルがはじけて以後の、そう、バブルでしかなかったと気づいて以後の、あの世代のひとびとの気分の沈みを表現していると思えます。

 

曲「青春のしおり」は歌詞内容がというだけでなく、曲調もしっとり暗く哀しげなもので(作曲は佐藤健、このアルバムでは筒美京平の曲が多く、その次が荒井由実)、考えてみればアルバム『心が風邪をひいた日』というこのアルバム題だって、曲「青春のしおり」三番の歌詞の一節からとられたものなんですね。心の風邪って、鬱・落ち込みっていうことですからね。「季節の変わり目」だから、と歌われています。季節とは時代ということです。

 

アルバム全体でも、しっとり系の哀しげな曲と歌詞が多いんですよね。最大のシグネチャー・ソングが多幸感に満ち満ちたメロディ・ライン、サウンド、リズムを持つ「木綿のハンカチーフ」なもんですから意外な気もしますが、だいたいこの大ヒット曲だってつらい失恋を扱った内容です。歌詞以外はまったく裏腹で楽しげですけれどもね。

 

1曲目の「木綿のハンカチーフ」が終わったら、もう太田の歌うのは哀しみ、(心象の)夕暮れ風景ばかり。明るく楽しい歌といえば、7曲目「ひぐらし」と9「銀河急行に乗って」だけです。いや、後者はやや陰かもです。だからアルバム全体のなかではこれらが流れくるとホッと救われたような気分になります。暗闇に一筋の光が差し込んだかのような気分になるんですね。

 

歌詞は失恋を扱った哀しいものなのに曲はすごく楽しげという「木綿のハンカチーフ」と正反対なのが、6曲目「七つの願いごと」。歌詞内容を聴くと愛のはじまりと成長を扱ったもので、しかし曲はどこからどう聴いてもかなり寂しげ。悲哀に満ちたといってもいいほどの暗さ、影が落ちています。8曲目「水曜日の約束」も同様です。

 

太田の歌うこういった情緒は、あの時代のいわゆるフォーク&ニュー・ミュージック世代がよく歌っていたあのような特有のものだったかもしれません。リアルタイムではぼくはそういう世代じゃないんですけど、中学生のころテレビジョンでよく耳にしていたようなかすかな記憶がこびりついています。青春とか、青春が終わって大人になって以後は、現実は…云々とか、そんな歌、多かったですよねえ。テレビ・ドラマだって、たとえば中村雅俊あたりが主演してそういったテーマとフィーリングを表現していたような、そんな記憶があります。

 

いまふりかえってよく考えてみますと、それらはだいたい1970年代前半あたりのものでした。そのことと、音楽アルバム『心が風邪をひいた日』全体を貫くこのしっとり系の色調と、太田裕美や作詞作曲製作陣の世代を考えるとき、やはりどうしても<ウッドストック=楽園>への礼賛が消え崩壊して以後の、アメリカでもそうでしたがたぶん日本の音楽家たちのあいだにもあった失望感、暗く落ちんだ気分、ふわふわ浮ついた気分はもう終わりだ、これからは大人になってつらい日常を歩んでいかなくちゃいけないんだという、諦観というか現実感 〜〜 こういったことがはっきり下敷きになっていたと思うんです。ぼくはその一個下の世代ですので、的外れな意見かもしれませんが。

 

太田裕美自身の性格にはそんな部分はあまりないそうで、あっさりさっぱりした人物だそうです。太田の Twitter アカウントをフォローしてふだんから読んでいるんですけど、たしかに太田のツイートする日常は実にあっけらかんとした気持ちのいいものです。女々しくひきずったり、暗く落ち込んだりするのは、すくなくともツイートにはまったく出たことがなく、その正反対の印象です。

 

そんな太田は、歌手としても同様の持ち味だと言えましょう。書いてきたような暗く哀しい内容のアルバム『心が風邪をひいた日』ですが、落ち込みすぎない救い・光となっているのは、太田のさわやかでさっぱりした歌い口なんですよね。「青春のしおり」「袋小路」「夕焼け」「かなしみ葉書」「水車」など、そういったしっとり系ナンバーの数々でも、太田は歯切れよく発音しさっぱりと歌いこなしています。だから結局アルバム『心が風邪をひいた日』はいい後味を残してくれます。そして、失恋を歌った哀しげボサ・ノーヴァ風味な「わかれ道」で幕を閉じるんですね。

 

曲「木綿のハンカチーフ」については、以前くわしく書きました。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/post-68fa.html

2019/07/11

どこか不気味なクレア・ヘイスティングズが好き

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https://open.spotify.com/album/53uaFPysAodYgJwu0OHWdn?si=FLdrAVeWR1eRuAwpUBBh3w

 

これまたスコットランドの若手歌手クレア・ヘイスティングズの新作『ゾーズ・フー・ローム』(2019)。これもかなりいい内容ですよねえ。アイオナ・ファイフやハンナ・ラリティほどのことはないなあと思っていましたら、いつの間にか数知れずくりかえし聴いているから不思議です。クレアのどこにそんなチャームがあるのか、ちょっと考えてもよくわからないのですけど、惹きつけられる声の持ち主と言えましょう。

 

クレアの『ゾーズ・フー・ローム』は、アルバム題からも察せられるとおり「旅」がテーマになっている作品。それにもとづいて選曲された伝承曲や、あるいは自作や他作曲もすこし織り交ぜながら、ギター、フィドル、ピアノ、アコーディオンのシンプルな編成の伴奏で、地味だけど落ち着いた透明感のある発声と歌いかたをしているんですね。

 

CD パッケージのどこにもクレジットはないものの、シンセサイザーに違いないサウンドもところどころで聴かれ、とてもいいエフェクトになっているのも印象に残ります。特に幕開けの「ザ・ロージアン・ヘアスト」と幕締めの「テン・サウザンド・マイルズ」でそれがよくわかります。後者はボブ・ディランらも歌ったので知名度があるはずです。

 

しかも「テン・サウザンド・マイルズ」では楽器伴奏がかすかに漂うシンセサイザーだけで、あとはクレアのヴォーカルの(オーヴァー・ダビングによる)多重唱だけというもの。だからまあほぼ声だけなんですよね。トラッド歌手の世界では無伴奏で歌うのが日常的であるとはいえ、ここでのクレアのヴォーカルはかなり聴かせる説得力を持っています。

 

また、出だし1曲目や、また4曲目「セイリンズ・ア・ウィーリー・ライフ」などでは、クレアの背後の楽器伴奏で緊張が走ります。やや不気味なサウンドを出しているのがわかりますよね。音をあえて外し不協和な響きにして、音色もゆがめて、わざとギギッ〜っていう不気味な伴奏を楽器がやっているんです。UK トラッドの世界でぼくはあまり聴いたことのないサウンドです。

 

こういった微妙な緊張感は、実はクレアのこのアルバム全体を貫いておりまして、この音楽にリラックス・ムードよりもテンションをもたらし、その結果音楽のキリリとした美しさを際立たせる役目を果たしていると思うんですね。おもしろい演出です。

 

旅、というか sail、sailing ということばがよく聴こえるアルバムですので船旅がテーマなのでしょうか、旅立ちにつきものの(人との)別れも歌われたりして、そんなテーマ設定もお気に入りですし、声も伴奏もよくて、くりかえし聴くのにちょうどいい40分というアルバムの長さですし、最初はピンとこなかったんですが、聴き込むうちに離れられなくなる魅力をもった不思議な音楽です。

2019/07/10

マイク・スターンの「スター・ピープル」妙技

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https://www.youtube.com/watch?v=PsXqBdkaZbU&lc=z23zwr0wuruicdp34acdp434o4uhy2qud5a3yqjzz3dw03c010c

 

マイルズ・デイヴィスの曲「スター・ピープル」(1982年録音83年発売)について書くのは何回目になるでしょうか。ぼくとしてはさほど重視していなかったんですけど、とにかく YouTube に上げたのにみんなが賞賛のコメントをどんどん寄せてくれるんです。こんなにすごい音楽はないと。今日も一個ついて、いま2019年5月9日時点でもう39個のコメント。これはぼくが YouTube に上げた音楽ファイルのうち最大のコメント数なんですね。その大多数がこの音楽を賞賛しています。

 

しかし、どこがそんなにいいんだろう?というのがぼくの偽らざる気持ちでした。前にも言いましたが、この YouTube ファイルは、ブログでの論考の際この音源を例証として使いたいと思いましたがその時点でネットにありませんでしたので自分で作成してアップしただけですから、この音楽がいいぞ、みんな聴いて!ということじゃなかったのです。なのに、これだけ熱烈な賞賛のコメントがつくとなると、こりゃきっとこの音楽にはなにかがあるんだと、考えてみないといけないなと、そう思うようになりました。

 

曲「スター・ピープル」はもちろん定型12小節のブルーズですけど、完成品となったものには前奏と間奏でまったく無関係のシンセサイザー・サウンドが挿入されています。弾いているのはもちろんマイルズ。それにギターのマイク・スターンがからんでいますよね。その挿入パートはブルーズ本編とは別個に録音されていたものなんですね。発売に際してのテオ・マセロの編集ということです。

 

しかしそのシンセ挿入パートはなかなかいいですよね。これに限らずこの曲「スター・ピープル」の編集結果をマイルズ本人は気に入らなかったんですけど、だけどいま聴きかえすとなかなか効果的じゃないですか。スター・ピープルという(だれがつけたのかわからない)曲題にも似合った夜のムードをよく演出できていますし、ブルーズ演奏本編とのコントラストも効いています。

 

そう、夜のムード、星のひとたちっていうこの曲はそんなムードこそが最重要です。そしてブルーズ演奏パートでそれを最もよく表現できているのが、マイク・スターンのギター・ソロじゃないかと思うんですね。というか、この約18分間でいちばん際立った聴きものがマイクのソロじゃないでしょうか。実に見事のひとこと。そこにこそ、曲「スター・ピープル」の真価があると言いたいです。

 

マイクのギター・ソロは二回出ます。一回目はインタールード前の前半部で、マイルズのソロに続く二番手。自分のソロに続けて(サックスではなく)ギターリストをもってくるというあたりにも、マイルズのマイク重用が見て取れますよね。しかもそのギター・ソロの内容だって、とてもいい。はっきり言ってボスのトランペット・ソロよりもずっといいぞと思うくらいです。

 

実際問題、この「スター・ピープル」では、ボスのソロはまだまだ不安定で頼りないかもしれません。音色だってか弱いですしね。ビル・エヴァンズのテナー・サックス・ソロは大幅にカットされて、たったの1コーラスだけですからどうにも言いようがないといった程度。つまり、曲「スター・ピープル」はマイクをフィーチャーしたギター・ショウケースなんだと言えますね。いい内容で弾きまくっていますしね。

 

そんな側面をもっと拡大したのがシンセ・インタールード後の後半部。その後半部では、おしまいにボスが出てきてトランペットで演奏を幕締めにするものの、それまでずっとマイクひとりだけをフィーチャーしていて、ほかにだれも、ボスをふくめだれも、ソロをとらないんですもんねえ。マイクの独壇場になっているんです。しかも内容がかなりいいです。

 

まず、シンセ・インタールードがやんでも、その雰囲気をそのまま受け継いだような星屑ギターみたいに弾きはじめるマイク。最初はバックのドラムスとパーカッションも止まっていて、ベース伴奏だけです。そのマーカス・ミラーの弾くやわらかいエレベ・サウンドに乗って、デュオで、マイクはこれ以上ない、こたえられない深夜のブルーズ・ムードを弾きます。アル・フォスターのドラムスが入ってくるまでのあいだ数分間は至福ですね。

 

その後も、ヴァイオリン奏法などさまざまなテクニックを駆使してブルージーかつムード満点に弾きこなすマイク・スターン。マイルズが最後の約二分間だけ出ますけど、それまでずっとマイクがステージ最前方にいてフィーチャーされていますよね。ここまでマイク・スターンをフィーチャーしたのはボスなのか、あるいはテオの編集作業なのか(ビルのサックス・ソロを大幅に縮小したのはテオです)わからないですけど、この星のブルーズを見事に雰囲気満点に弾きこなすマイクに降参するしかないんですよね。

2019/07/09

ライヴ 9

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https://open.spotify.com/user/21qp3vk3o45zy3ulmo4rgpd3a/playlist/0DBjcBfM3DhrmBDP7B9KKW?si=Er1c8s33SB-sHwBk1_qd-A

 

個人的に大好きで愛聴しているライヴ・アルバム九選を並べてみました。選出基準はたんに好きだからというだけのことで、そのライヴ盤の、あるいは中身のライヴ・パフォーマンスの、意味とか意義とか重要性みたいなものは考慮していません。結果的にそういったものが入り込んだばあいもあるかもですけど。

 

以下、その九選。並び順にポリシーはなく、なんとなく思いついたまま。ライヴ音楽は、いつどこで行われたものかというのが大切になってきますから、書ける範囲で括弧内に記しておきました。

 

1) Benny Goodman / Live At Carnegie Hall 1938 (1938.1.16, NYC)
2) Caetano Veloso / Fina Estampa Ao Vivo (1995.9, Rio de Janeiro)
3) James Brown / Live At the Apollo, Volume II (1967.6.24-25, NYC)
4) Fania All Stars / Live At The Cheetah (1971.8.26, NYC)
5) The Rolling Stones / Love You Live (1975-77)
6) B. B. King / Live at The Regal (1964.11.21, Chicago)
7) Sly and the Family Stone / The Woodstock Experience (1969.8.17)
8) Zaire 74: The African Artists (1974.9.22-24, Kinshasa)
9) Duke Ellington / At Fargo 1940 (1940.11.7, North Dakota)

 

結果的に第二次世界大戦前のスウィング・ジャズ・オーケストラがふたつになったのはあれですけど、でもどっちも本当に好きなんですよ。エリントン楽団のファーゴでのライヴは評価も人気も高いものですね。ベニー・グッドマン楽団のカーネギー・ホール・コンサートのことは忘れられつつあるように思いますので、語り継いでいかねばなりません。クラシック音楽の殿堂だったカーネギー・ホールではじめてライヴ公演をやった大衆音楽の記録なんですから、超重要です。

 

カエターノの『粋な男ライヴ』は汎中南米音楽的な意匠もあっておもしろいところ。でもそんなこと考えなくたって純粋に楽しいです。ところでこのライヴ盤は CD と DVD で曲目が微妙に異なっていますね。このコンサートはフル収録されたはずですから、いつかフル・ヴァージョンが日の目を見ることを願っている次第であります。

 

JB と BB とストーンズのライヴに多言は無用でしょう。いやあ、好きですねえ。ファニア・オール・スターズのチーター・ライヴも名盤中の名盤だからなにも言わなくていいはずです。1970年代ニュー・ヨーク・ラテンの沸点の高さがよくわかる熱狂ぶりですね。

 

熱狂といえばスライのウッドストックとかキンシャサの奇跡前夜とかの狂熱ぶりもすごいものがあります。ある種類の音楽の熱がどんどん高まっていって、まさに爆発せんとする瞬間の、そのピークのマグマの噴出を記録したものだと言っていいはずです。『ザイール 74』のほうでは、特にエレキ・ギターのコクのあるまろやかな味わいも特筆すべきものですね。も〜う、大好き!

2019/07/08

ジョアンのギターと声こそがボサ・ノーヴァだった

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ジョアン・ジルベルトが亡くなったというニュースが今朝起きたら Twitter のタイムラインをかけめぐっておりました。88歳という年齢と、近年は活動していないような感じでしたので、そろそろ危ないのかなとは思っていましたが、いざ訃報に接するとやはりガックリきてしまいます。それで何枚かジョアンのアルバムを聴きかえしていましたが、個人的にいちばんのお気に入りで、かつ嗜好を超えて最高傑作なんじゃないかと思うものについて、簡単にメモしておきます。

 

それは1973年の『ジョアン・ジルベルト』(『三月の水』という邦題で日本盤もあるようです)。これ、いいアルバムなんですよねえ。どこがいいって、簡単に言えば、思わず息が止まりそうになる静けさと緊張(© 松山晋也さん)ですね。と同時に、けっこう激しいスウィング感を内包しているところもぼく好み。後者のスウィング感が内在しているというのは、主にジョアンのギター演奏に感じることです。それとヴォーカルとのクロス・リズムかな。

 

アルバム『ジョアン・ジルベルト』は、ほぼジョアンの声とギターですけど、ハイ・ハットを演奏する音も入っています。だれかドラマー(じゃないかもですが)が参加しているんでしょうね。最後の曲で聴こえる女声といい、いったいだれなんでしょう?ぼくの持つのはブラジル PolyGram 盤できわめて愛想がなく、そのへんのことはいっさいどこにも記載がありません。

 

まあでもだいたい九割程度はジョアンひとりでの弾き語りとしていい内容でしょうね。一曲目の「Águas De Março」(アントニオ・カルロス・ジョビン)からして軽快ですが、このギター演奏が特筆すべきものだと思うんです。この曲では声というか歌のほうはあまり重視していません。ギターで細かい譜割をコード・ワークで刻んでいくジョアンの凄腕にうなります。
https://www.youtube.com/watch?v=keZulqPcPag

 

特にいいな、すばらしいなと感じているのが、インストルメンタルな3曲目「Na Baixa Do Sapateiro」(アリ・バローゾ)を経ての、5〜7曲目の三連発。いやあ、実にすんごいスウィング感、いや、ドライヴ感です。ここらではヴォーカルも見事な絶品です。5「Falsa Baiana」(ジェラルド・ペレイラ)、6「Eu Quero Um Samba」(アロルド・バルボーザ)、7「Eu Vim Da Bahia」(ジルベルト・ジル)。
https://www.youtube.com/watch?v=MIwV1aMtmbs
https://www.youtube.com/watch?v=VN_72vMS1ys
https://www.youtube.com/watch?v=VmFINS_u2rs

 

どうです?もう痛快とすら言えますね。これら三曲はすべてサンバ楽曲なんですけど、ジョアンの手にかかるとものの見事にボサ・ノーヴァ・ナンバーに変身しているから驚きます。その際のキー・ポイントとなっているのがやはり彼のギター演奏だと思うんですね。ジョアンのギターが奏でるコード・ワークでつくるこのリズム。これこそがボサ・ノーヴァだったと思うんです。

 

ジョアン以後はみんなが真似するようになったギターの弾きかたなので、ぼくらはなんとも思わないっていうか、まぁあたりまえのものじゃないかくらいに聴いているかもって思うんですけど、新旧サンバ楽曲をとりあげてこんなふうに、こんなリズムで、弾いてみせるというのは、ジョアンが史上はじめてやったことです。ボサ・ノーヴァのアイデンティティを創出しました。

 

声の存在感や歌のうまさ(特に発声とリズム感覚)もあわせ、ジョアンのギターとヴォーカルこそがボサ・ノーヴァでした。なにをとりあげ演奏し歌ってもジャズになるというのがサッチモことルイ・アームストロングの偉大さでしたが、つい今朝方まで生きていたジョアン・ジルベルトは、ぼくの世代でもそんな大きな音楽家の存在をリアルタイムで実感できていた、稀有な天才でした。

2019/07/07

<故郷>へ連れ帰ってくれ 〜 ウィリー・ネルスンの新作に聴くカリブ海

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https://open.spotify.com/album/4eIsAOEVirxfsiQpwbhBpP?si=CdInUocPQpiOr7Ih23DwfA

 

こないだ息子ルーカス・ネルスンのバンドの新作をとりあげたでしょ。快作でした。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-eded22.html

 

これがまだまだヘヴィ・ローテイション盤の座から降りないうちに、父ウィリー・ネルスンの新作も届いちゃいました。題して『ライド・ミー・バック・ホーム』(2019)。これがなかなかおもしろいんです。ビリー・ジョエルの「素顔のままで」なんかもやっていますが、それよりなによりウィリー86歳という年齢を考えたら、これ、異常な充実度ですよ。ふだん年齢で音楽の若/熟を判断しないぼくですけど、この新作でのウィリーは声が若い!でも今日はそれを言いたいわけじゃありません。

 

単刀直入に。このウィリーの新作『ライド・ミー・バック・ホーム』には、鮮明なアバネーラ楽曲が三つあるんです。3曲目「マイ・フェイヴァリット・ピクチャー・オヴ・ユー」、8「ワン・モア・ソング・トゥ・ライト」、9「ノーバディーズ・リスニング」。アルバム全体はやはりカントリー・ミュージック作品に違いありませんから、そのなかにキューバ音楽要素がこれだけ混じり込んでいるというのは、驚くべきことなのか、あるいは当然のことなのか、どちらなのでしょうね。

 

8「ワン・モア・ソング・トゥ・ライト」、9「ノーバディーズ・リスニング」は今回の新作のための書き下ろしで、ウィリーとプロデューサーのバディ・キャノンの共作名義。「マイ・フェイヴァリット・ピクチャー・オヴ・ユー」は、2016年に亡くなったガイ・クラークのカヴァーですよね。そのオリジナルからしてカリビアン・テイストを持った曲でした。
https://www.youtube.com/watch?v=ZV-i1dwWq1I

 

没地がナッシュヴィルだったガイ・クラークもやはりカントリー界の音楽家でしょうけど、よく知っている種類の音楽じゃないので、カリビアン、キューバン・ミュージックとか、あるいはアバネーラ(がスペイン経由だったりもするかも?)とどんな関係があるのか、あまりよくわかりません。ですけれど、南部ニュー・オーリンズを経由してアメリカ合衆国とカリブ海とは隣り合わせなんですから。

 

これまたガイ・クラークがオリジナルの5曲目「イミグラント・アイズ」も、曲そのものはふつうの三拍子でアバネーラ舞曲じゃないですけど、間奏のギター・ソロ部にカリビアン/ハワイアン・テイストがわりと鮮明にありますよね。もっと正確にはテックス・メックス風味といったほうが近いのかもしれません。そういえば今回のこのウィリーの新作アルバム、全体的にどこか隣国メキシコの空気が香っているような気がして(特に和声面)、ウィリー自身の過去曲の再演である6「ステイ・アウェイ・フロム・ロンリー・プレイシズ」はジャズ・ナンバーになっているし、ホント、ごくふつうのカントリー・アルバムだとかたづけられないおもしろさです。

 

ジャズだって南部のクリオール首都ニュー・オーリンズで誕生した、ラテン(/カリブ)音楽の一種ですし、そういえばアバネーラ・ナンバーである9曲目「ノーバディーズ・リスニング」には "メキシコ湾" とか "ニュー・オーリンズ" といったことばがちりばめられています。ちゃんと歌詞を聴いていないので、どん内容を歌ったものか気にしていませんが、興味深いところじゃないでしょうか。キューバ音楽であるアバネーラ・ソング、ふうにつくったウィリー自作ナンバーでカリブに面する地名が複数出てくるというのはですね。

 

アバネーラはもちろんキューバ音楽なんですけど、アメリカ合衆国へそのまま直接流入したというより、19世紀にアバネーラが大流行したスペイン(キューバの宗主国)から入ってきたという面もあるでしょう。そもそもアメリカ大陸で大活躍のギターだってスペイン人やポルトガル人が持ち込んだものですから。楽器と音楽との両方が流れ込んだと思います。とにかく19世紀のスペインでは、それはもうアバネーラは大人気だったんですよ。メキシコ湾に面した南部の街を経由して直接流入したものと、二方向あったんじゃないでしょうか。

 

アバネーラを特徴付けているのは、かの独特な跳ねる二拍子のダンス・リズム・シンコペイションです。アフリカとヨーロッパと現地と、この三者が出会ったカリブ海は、中村とうようさんも強調したように世界の大衆音楽の揺籃の地であった可能性が高いです。三拍子はヨーロッパ由来かもしれませんが、それと二拍子がクロスして、独特の跳ねるリズムが生まれました。キューバをはじめとするカリブ海地域の音楽は、アフリカにもわたり近代アフロ・ポップのいしずえともなり、ラテン・ミュージックを生み、北に行って北米大陸でも文化混交による音楽の多様をもたらし、また植民地にしていた白人たちの手によってヨーロッパにもわたりました。アジア各国でもラテン音楽の影響は濃いですよね。

 

ウィリー・ネルスンらが活躍するアメリカのいわゆるカントリー・ミュージック界に、そもそもの最初からアバネーラのようなシンコペイティッド・リズムがあったと言えるかどうか、ぼくにはわかりません。しかし、縁なしと言いがたいのはたしかでしょうね。(ジャズだけでなく)アメリカ音楽とはラテン・アメリカ音楽であるがぼくの持論ですし、事実、ジャズでもブルーズでもロックでもファンクでも、とにかくアメリカ産大衆音楽のなかからラテン要素を抜くことなどできません。そもそもそれらのジャンル誕生の瞬間からラテン音楽は母胎となっていたでしょう。

 

そうであれば、やはりカントリー・ミュージックのなかには、いみじくも今回の新作でウィリー・ネルスンが鮮明に示してくれたように、最初からカリブ〜ラテン音楽が混じり込んでいると考えるのが妥当でしょうね。だって、三曲「マイ・フェイヴァリット・ピクチャー・オヴ・ユー」「ワン・モア・ソング・トゥ・ライト」「ノーバディーズ・リスニング」を聴けば、だれの耳にも明らかじゃないでしょうか。アイルランド〜ヨーロッパ系のずんずん進むフラットなビート感じゃなくて、ひっかかりながらヒョコヒョコ跳ねる二拍子系のクロス・ビートがここにはあります。

 

カントリー・ミュージックを主な題材に、北アメリカ大陸でどんな音楽文化混交が育まれたのか、想像をたくましくするに十分なウィリー・ネルスンの新作『ライド・ミー・バック・ホーム』なんですね。

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