2018/12/18

シカゴ・ブルーズの25年(2)

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P ヴァイン盤『シカゴ・ブルースの25年』ディスク2を一言にすれば、ダウン・ホームでもないがモダンでもない、ということになるだろうか。中間的ってことかなあ。そして軽くなく、ひきずるように重く暗い。この最後の点だけとれば、初期シカゴ・ブルーズのダウン・ホーム感に相通ずるものがあるけれど、もはやフィーリングが異なっていて、どっちかというとソウル・ブルーズ、というか R&B スタイルのブルーズになっている。

それでも、シカゴ・ブルーズのイメージを決定づけているのは、以前リトル・ウォルターの記事でも書いたようにアンプリファイド・ハーモニカのサウンドに違いなく、これはマディ・ウォーターズのチェス録音からずっと同じ。というかだいたいあんな世界はマディのレコードこそがつくりあげたものだ。独立活動のむずかしいハーピストにとってはブルーズ・ギタリストのお抱えとなるのが通例で、そのボスとはだれあろうマディだった。

そんなわけで『シカゴ・ブルースの25年』二枚目前半を占めるハーピストの大半もマディと関係がある。関係ないひとも収録されているが、ルイス・マイヤーズ(ギターのあのひと)、ビッグ・ウォルター・ホーントン、リトル・ウィリー・フォスター、スヌーキー・プライアー、ジュニア・ウェルズなどを並べ、シカゴ・ブルーズのサウンドとはどんなものだったか、端的にわかりやすく示したってことかなあ。

こういったハーピストの録音でも、ブギ・ウギ・シャッフルを土台とするジャンプ・ブルーズ/リズム&ブルーズ調になっているばあいも多く、シカゴ・ブルーズの特色が変化しつつあったということがよくわかる構成となっているのも興味深い。粘りつくように泥臭くブルージーとはいっても、南部感覚に根ざしたダウン・ホームなフィーリングとはかなり違ってきている。都会的なブルーズ・サウンドになってきつつあると指摘してもいいだろうか。

そんな、新時代に行きつつあるシカゴ・ブルーズの持つブギ・ウギ・ベースの洗練された大都会ブルーズといった側面は、『シカゴ・ブルースの25年』二枚目だと13、14曲目のロバート・Jr・ロックウッドで一気に開花。解説文の鈴木啓志さんも(一枚目のジョニー・シャインズの項で)強調なさっているように、ロックッドはロバート・ジョンスンの都会派な部分を継承している。ブギ・ウギでありかつ T・ボーン・ウォーカー的に洗練されたジャジーさもあるんだよね。デルタ・カントリー・スタイルなシャインズとは好対照。ロックウッドのそんなところは、ぼく自身、以前一、二度くわしい記事にしたので省略。

『シカゴ・ブルースの25年』二枚目では、19曲目のエルモア・ジェイムズ「イット・ハーツ・ミー・トゥー」(曲はタンパ・レッド作)やホームシック・ジェイムズ「クロスローズ」で、一気にグンとモダンになっているように聴こえるし、耳馴染みのありすぎるロックウッドに比し、新鮮だ。いや、エルモアなんかはやはりふだんから聴きすぎているが、それでもなんだかちょっと違うよね、典型的シカゴ・ブルーズとは。

エルモア「イット・ハーツ・ミー・トゥー」(チーフ)https://www.youtube.com/watch?v=958Gw-tCbmg

ホームシック・ジェイムズ「クロスローズ」https://www.youtube.com/watch?v=GKLJH23j5HM

どっちもスライド・ギター・プレイで聴かせる、というかそもそもホームシック・ジェイムズのロバート・ジョンスン解釈はエルモアのに沿ったもので、だから二曲ともエルモア・スタイルのモダン・ブルーズというべきか。しかしホームシック・ジェイムズなんかは初期シカゴ・ブルーズ・メンのひとり。それが1960年代にはこんな演唱を残しているというのが、シカゴ新時代を感じさせるもので、おもしろいサンプルだ。

その後、『シカゴ・ブルースの25年』二枚目は、モーリス・ピジョーを経て、かのオーティス・ラッシュ、マジック・サム・バディ・ガイといった完全新世代へと突入。しかし、これはディスク3に収録したいモダン・シカゴ・ブルーズが収録時間の関係でこっちにはみ出しているだけのことだから、明日話題にしようと思う。CD2の22曲目、オーティス・ラッシュの「アイ・キャント・クイット・ユー・ベイビー」が流れてくると、刷新された新世代の登場を痛感する。

2018/12/17

シカゴ・ブルーズの25年(1)

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1981年の LP 四枚組が初版だった P ヴァイン盤アンソロジー『シカゴ・ブルースの25年』。現在持っていて聴いているのは二度目の CD リイシュー(最新版)で2008年のリリース。これ以前に一度内容を拡充して CD で再発されていたらしいが、なぜだか見逃していた。大学生のころ、ブルーズ、シカゴ・ブルーズのことなどなんにも知らないのにこんな四枚組を買ったのはどうしてか、それは忘れてしまった。

日本人ブルーズ・リスナーにはまったく説明不要の CD では三枚組の『シカゴ・ブルースの25年』だから、これがなんなのかの説明はぜんぶ省略し、一日一枚づつとりあげて三日間にわたりメモしておきたい。現在聴きかえして感じる個人的雑感をちょちょっとね。ちゃんとしたことは CD 附属の分厚い日本語ブックレットをご覧いただきたい。

『シカゴ・ブルースの25年』三枚にはそれぞれテーマが掲げられている。順にダウン・ホーム・シカゴ・ブルース、ストレート・シカゴ・ブルース、モダン・シカゴ・ブルース。たしかに聴いてみると、この区分は理解できる音楽性の違いや変化がある。しかしそんな截然と分かたれるというものでもない。連続していて、行ったり来たりしているのは当然だ。

ディスク1のダウン・ホーム・シカゴ・ブルーズとは、第二次世界大戦後のシカゴ・ブルーズがどんなものだったかのひとつの典型だから、ほぼ万人にわかりやすい。簡単に言えば南部ミシシッピ・デルタ・ブルーズの感覚をそのまま保持しつつ、楽器だけ電化してモダン・バンド化したようなもののこと。この P ヴァイン盤には未収録だが、シカゴ・ブルーズのシグネチャーたるマディ・ウォーターズもハウリン・ウルフもそうだった。

第二次世界大戦前からもちろん北部の大都会シカゴにはブルーズ・メンがたくさんいて録音していた。シティ・ブルーズやブギ・ウギなど、レコード作品も多い。『シカゴ・ブルースの25年』の一枚目では、南部ミシシッピ出身で、戦後シカゴに北上して移住し、ダウン・ホーム感のある(弾き語りやそれに近い)ブルーズをやっているものと、戦前からの流れを汲む都会派の洗練シティ・ブルーズ系のものが併行している。

都会的なジャズ(都会的でないジャズはなし)が好きというぼくの傾向からすれば、ディスク1の10〜17曲目にあるシティ・ブルーズ系のものにやはり惹かれる。ここはたぶん日本の多くのブルーズ・ミュージック愛好家とは違っているところだね。エディ・ボイド、J.T. ブラウン、メンフィス・スリムなど、ブギ・ウギ系でありつつ、当時のリアルタイムなリズム&ブルーズの影響下にあるような都会派ブルーズのことが、本当に大好き。

ところで、ディスク1で23曲目にある J.B. ルノアーの「レット・イット・ロール」。18曲目以後のこのポジションは、一枚目のなかでも、電化デルタ・ブルーズから一歩踏み出たシンプルな初期バンド・シカゴ・ブルーズという意味の位置なんだけど、ルノアーの「レット・イット・ロール」は都会派のバンド・ブギ・ウギだなあ。だから、一枚目中盤部に入っていてもおかしくない。

それで、疑問なんだけど、ラッキー・ミリンダー楽団がやったのに、同名の「レット・イット・ロール」という曲がある。ジャンプ・ミュージックだけど、だからつまりジャズで、ミリンダーのそれは女性歌手アニスティーン・アレンが歌う1947年録音。J.B. ルノアーの「レット・イット・ロール」(レッツ・ロール)は1951年録音だ。聴き比べてみてほしい。かなり近いものじゃないだろうか?

「レット・イット・ロール」
ラッキー・ミリンダー楽団 https://www.youtube.com/watch?v=dHVtTHJCQE4
「一晩中レッツ・ロール」って、まぁありふれたそういう意味の常套句だから、それだけで同じとか似ているとか近いとかっていうのはおかしい。だけどこのふたつのばあい、音楽的に近接しているものがあると思うんだよね。ブギ・ウギが土台になっていて、ブンチャブンチャとリフを刻んで、歌詞はセックスのことで、楽曲形式は定型ブルーズ。それでもってジャンプするというかロールするようなフィーリングの曲調。

ロック・ミュージックにもつながっていくことだと思うけど、こういった近似現象が、1940〜50年代のアメリカン・ブラック・ミュージックの世界で、同時多発的に、起こっていたんだとぼくは考えている。そこにジャズだブルーズだリズム&ブルーズだロックだなどとの区分は意味をなさない。芋づる式にぜんぶがつながり一体化していたというか<おんなじ>ものだった。

『シカゴ・ブルースの25年』収録の J.B. ルノアーの「レット・イット・ロール」もまたそんな一例っていうことなんだろうね。だから、1950年代前半の初期モダン・シカゴ・バンド・ブルーズでも、リロイ・カー&スクラッパー・ブラックウェル「(イン・ジ・イヴニング)ウェン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン」の焼き直しがあったり(16、リトル・ブラザー・モンゴメリー「キープ・オン・ドリンキン」)、ブギ・ウギがあったり、洗練された R&B 調のものがあったりなどしながら、ミシシッピ由来の泥臭いダウン・ホーム感覚と徐々に溶け合っていったのだろう。

北部の洗練された(ある種ジャジーな)クールな音楽感覚と、南部ミシシッピ由来の泥臭い感覚とが、このシカゴという大都会で出会ったという(地理的な意味でもそんな)ところに、このウィンディ・シティを全米有数のブルーズ・メッカにした理由があったのかも。融合前のカオス状態が『シカゴ・ブルースの25年』ディスク1で聴けるんだと思う。

2018/12/16

シカゴ、ストーンズをやる

この2018年作『シカゴ・プレイズ・ザ・ストーンズ』は、ローリング・ストーンズ2016年の『ブルー・アンド・ロンサム』に対するシカゴ・ブルーズ側からのオマージュだ。

以下、いちおう曲名・演者名を書いとこうっと。

01. Let It Bleed (John Primer)
02. Play With Fire (Billy Boy Arnold)
03. Doo Doo Doo Doo Doo [Heartbreaker] (Buddy Guy with Mick Jagger)
04. Satisfaction (Ronnie Baker Brooks)
05. Sympathy For The Devil (Billy Branch)
06. Angie (John Primer)
07. Gimme Shelter (Leanne Faine)
08. Beast of Burden (Jimmy Burns with Keith Richards)
09. Miss You (Mike Avery)
10. I Go Wild (Omar Coleman)
11. Out of Control (Carlos Johnson)
12. Dead Flowers (Jimmy Burns)

on all tracks, The Living History Band : Bob Margolin (g), Johnny Iguana (p), Vincent Butcher (h), Felton Crews (b), Kenny 'Beedy-Eyes' Smith (d).

毎度毎度の同じ話で恐縮ですが、ローリンズ・ストーンズがアメリカ黒人ブルーズの普及啓蒙活動に果たした役割・功績は大きい。これは史実だから、どなたにも認めていただかないといけない。好き嫌いは別として、ロック界で、ブルーズ、とりわけシカゴ・ブルーズに最も真摯・真剣に取り組んできたのがストーンズだとして間違いないはず。

ストーンズは絶大な人気を誇るメガ・バンドだから、ストーンズがやるおかげでそれだけで、アメリカ黒人ブルーズにもある程度は光が当たったという部分があるかも。光が当たらないほうがいいというのは、たんなる根性曲がりのヒネクレもの。いい音楽、音楽家は、知名度が上がって売れたほうがいい。アメリカ黒人ブルーズ、特にいわゆるシカゴ・ブルーズのばあい、だから、そんな貢献をちょっとはストーンズがしたんじゃないだろうか。

だから、シカゴ・ブルーズ・シーンでもストーンズへの感謝の気持ちを持つ黒人音楽家が多いかもしれないと思うんだよね。そこへ2016年にストーンズがシカゴ・ブルーズばかりをカヴァーした最新作『ブルー・アンド・ロンサム』が発売されそこそこ評判になったので、ちょうどいいタイミングだったんだろう、きっと、シカゴ側からこの英国白人の子どもたちへ感謝を表するのにね。その結果、今2018年の『シカゴ・プレイズ・ザ・ストーンズ』につながったんだと思う。

そんなわけで、ストーンズのオリジナル・ソングを、シカゴの黒人ブルーズ・メンがみずからのスタイルに解釈しなおしたものをやってみよう、新旧シカゴ人脈を使って、ばあいによってはミック・ジャガーやキース・リチャーズをゲストに招いたりしながら、というプロジェクトが立ち上がったんだと思う。くわしい経緯は CD 附属の紙に書いてある(と思うけど、いくえにも折りたたまれた巨大な一枚紙を広げねばならない仕様にイラっときて、読んでない)。

まず1曲目の「レット・イット・ブリード」がはじまった途端に笑っちゃうよね。これがあの曲かと。あまりにもコテコテ。基本、ブギ・ウギをベースとする1950年代以後のモダン・シカゴ・ブルーズのやりかたになおしてあるが、この曲、こんなふうになりうる可能性があったんだなあ。すばらしい、これがブルーズだ&ストーンズ・ナンバーだと思い知る。

しかしこんな「レット・イット・ブリード」なんか序の口だ。ビックリするのは、たぶん6曲目「アンジー」、8「ビースト・オヴ・バーデン」、12「デッド・フラワーズ」あたりかな。あんな曲たちがこんなふうに変貌しちゃって、思い切りワラケてくるよ。いや、悪い意味じゃない、楽しくおもしろい。そして最高だ。それでもしかし「アンジー」はなんだよこれ〜(笑)。原曲のあの情緒のかけらもないじゃないかヾ(๑╹◡╹)ノ。

「ビースト・オヴ・バーデン」はまだそれでもカーティス・メイフィールドふうのニュー・ソウル・ナンバーに仕上がっているのがオリジナルだったので、180度様変わりしているとまでは言えないのか。ここでもブギ・ウギを土台とするジャンプ・ブルーズになっているんだけどね〜。ブロック・タンギングを多用するブルージーなハーモニカはここでも入る。ほぼ全曲で入っている。

ラスト12曲目の「デッド・フラワーズ」なんかカントリー・ロックな曲だったのに、こんなブルーズ・ソングになっちゃって。でも、ほんのちょっとのグラム・パースンズ色が残っているように聴こえるのがおもしろい。さらにさらに、ここではラテン・リズムなニュアンスがあるのが楽しい。ピアノはニュー・オーリンズ・スタイルだし。最高にイイね。コテコテのラテン・ブルーズ化した「デッド・フラワーズ」が聴けるなんてねえ〜。言うことなしだ。

「デッド・フラワーズ」でもそうだし、アルバム中ほかでも随所で聴けるけれど、エレキ・スライド・ギター。これはだれが弾いてんの?ボブ・マーゴリン?気になるのはどうしてかというと、ドゥエイン・オールマンに似て聴こえる部分があるからなんだよね。つまり、英国ブルーズ・ロック・バンドを媒介にして、シカゴとマスル・ショールズがとなりあわせになっている。ストーンズの経歴を考えたら自然なことだね。

2018/12/15

ジャコーを中心に、バンドリンを囲むベテランと新進と

(個人的には)ブラジル・イヤーだった2018年。ジャコー・ド・バンドリンの生誕100周年でもあった。言っときますがショーロ史上最重要人物のひとり。そこで2018年に同じ楽器バンドリンのベテラン、ジョエール・ナシメントと新進、ファビオ・ペロンを組ませてジャコー曲集をやらせてみようというのは、だれの発案だったんだろうなあ。プロデューサーがカルロス・アルベルト・シオンとエンリッキ・カゼスだから、そのどっちかってことかな。

二名のバンドリン奏者ジョエール・ナシメント(8弦、ベテラン80歳)とファビオ・ペロン(10弦、新進28歳)にくわえ、エンリッキ&ベトのカゼス兄弟、7弦ギターのジョアン・カマレーロ(これはエンリッキ・カゼス・トリオ?)と、この五人が演奏の中心になっている。曲によってはフリューゲルホーンやアコーディオンその他が参加する。やっているのはもちろんすべてジャコーの曲で、アレンジはエンリッキ。

できあがったアルバムが『ジャコー・ド・バンドリン 100 アノス センティメント&バランソ』(Jacob Do Bandolim 100 Anos Sentimento & Balanço)。収録の12曲ぜんぶがジョエールとファビオの共演ではない。ふたりのタッグが聴けるのはアルバム冒頭の1、2曲目と終盤の11、12曲目の四曲。そのあいだはそれぞれ単独での演奏。7「De Coração A Coração」だけはデュオ演奏で、ジョエールのバンドリンとジョアンの7弦ギターのみ。

そのバンドリン+7弦ギターのデュオ「De Coração A Coração」にもはっきり表れているこの湿った泣きの情緒、これがショーロのショーロたるゆえんで、歌心を全開にし、しっとりと雨がそぼ降るかごときフィーリングをこれでもかと表現しているのが実にいいね。むろんジャコーの曲がもとからいいってことだけど、ジョエール&ジョアンのデュオ演奏が美をきわだたせているなあ。

そうそう、以前ピシンギーニャ関連で言ったような気がするけれど言っていないかもしれないんだが、ジャコーはそこまで古いひとじゃないにせよ、ショーロの古典名曲って、だいたいだれがやってもふつうに演奏すればいい感じに聴けるように仕上がるって思わない?ぼくはそう感じている。つまりこれは、クラシック音楽の名曲なんかと同じで、ある種の普遍性・永続性を持っているという証拠なんだよ。ショーロって、ポピュラー音楽でそんな曲が最も多い世界かも。

アルバム『ジャコー・ド・バンドリン 100 アノス』収録のジャコーの曲は、上で書いたような、ゆったりしたテンポでのサウダージ全開の泣きのショーロ心情と、快活なリズムを持つ楽しく愉快なショーロ(それってショーロがもとから持つストリート感覚の発露?)に大別できるようだ。くわえて、ややエキゾティックなリズムやニュアンスを持つものだってある。

しっとりした泣きのショーロが1、3、7曲目。快活ダンス・ショーロが2、4、5、9、12あたりかな。どっちとも言えない中間的なのが8と10。エキゾティック・ショーロというか、要するにスパニッシュ(系ラテン含む)音楽要素を色濃く反映しているのが6と11だ。(ベトのソロがある)9はこっちかも。6「Assanhado」、11「Santa Morena」は、どっちもジャコーのオリジナルからしてこんな感じになっていたもの。後者はフラメンコ。こういったエキゾティック・リズムのショーロでは、ベトのパーカッションも大活躍している。

ベトを除き(基本)ストリング・アンサンブルで構成されている音楽なので、複数のバンドリンやカヴァキーニョや各種ギターなどがからみあいぶつかりあって、音のキラメキが生まれ輝いているのがとってもいいね。同系楽器が複数からむときには、たとえば金管アンサンブルなんかでも同様の効果が生まれると思うんだけど、ギター型弦楽器中心のショーロだと、これまたえもいわれぬ独特のキラキラさがあるなあ。

そんな世界の先駆者にして世界を確立したジャコー・ド・バンドリンの生誕100周年に、同じ楽器の古参と新進二名を共演させ、偉大なる先達の名曲の数々をとりあげて21世紀に再現し、不朽の音楽美、音楽享楽を味あわせてくれる 〜 こんなことはブラジルのショーロ界のほかではなかなかむずかしいことじゃないかなと思う。

『ジャコー・ド・バンドリン 100 アノス』もまた2018年を代表する傑作とかじゃない。落ち着いた佳作といった程度。だけど2018年にしか生まれえなかった作品には違いないし、バンドリンを通じての世代を超えた心と技術の交流、人間的あたたかみを感じられるアルバムで、好感度は高い。

とってもハート・ウォーミングな音楽だしね。まあショーロってそういうものだけどさ。

2018/12/14

down & blue 〜 マライアとマイルズ、時代の音

Astral さんのこの記事がなかったら、今日の文章は書けなかったはず。感謝します。そもそも21世紀に入ってからは完全にスルーしていたマライア・キャリーの、2018年新作を聴いてみようと思ったのは Astral さんのおかげです。
どっちも Spotify でしか聴いていない、っていうかマライアの新作『コーション』のほうは CD あるけれど、マイルズ・デイヴィスの『ラバーバンド EP』は、ついこないだ11月にようやく配信リリースされたばかりで CD はなし。以前書いた今年四月のレコード・ストア・デイ限定で12インチ・アナログが売られたものだ。マイルズほどの音楽家だ、待っていればそのうち CD もリリースされそうだけど、動きがやや遅い。『ラバーランド EP』がなんなのかは、以下をご一読あれ。
CD かサブスクリプションかはさておいて、マライアの『コーション』とマイルズの『ラバーバンド EP』は、完璧に同種の音楽だと思うんだよね。暗くダウナーなテンポ設定、深く沈み込むようなリズムの感じ、それらと同様なサウンドの垂れ幕、ビート感、ボトムスの創りかたが最大の共通項かな。それでグルーヴが同系のものとなっているように思う。

Astral さんもお書きのように、こういったダウナーな感じ、ノリ、グルーヴが、今様 R&B なんだけど、マライアのほうは新録の新作なので、時代に合わせてきているのは当然。ぼくもかつては夢中だった1990年代前半ごろのマライアのあの楽しく跳ねまわるポップでキュートな感触は消えているが、ないのがあたりまえだ。しかしあれだ、ちょっと歳食ったとはいえマライアはやっぱりクイーンなんだなあ、時代の求める先端サウンドを持ってきて、しかもそこに、これだけは余人に真似できない歌唱力でもって音楽に力を与え、聴き手を説得する。『コーション』、すばらしい新作だ。

ところが、マイルズの『ラバーバンド EP』は今年四月リリースとはいえ、録音は1985年。知っているひとは知っている、かのラバーバンド・セッションから誕生した一曲で、そのオリジナル・ヴァージョンは配信 EP でも四つ目に入っているので確認できる。それは、2010年代のサウンドでは、まったく、ない。いかにもあのころ1980年代半ばという、マイルズがワーナーに移籍直後の『ツツ』に入っていてもおかしくないサウンドだよね。

それを、今年四月のレコード・ストア・デイで限定発売するにあたり、リリース関係者はリミックスし創りなおした。まずテンポをグッと落とし、重心を低くして身をかがめ、暗めのダウナーなグルーヴを与え、マライアの新作アルバム同様、ボトムスを強調し、中低音メインの音楽に仕立てている。高い音は主役の吹くトランペットと、今回新たに重ねた女声ヴォーカルだけと言ってもいいほど。
 
1985年のマイルズやセッション時のプロデューサーだったランディ・ホールら関係者が、2010年代後半の音楽を予見していたとは思えない。たんに発掘素材(といっても曲「ラバーバンド」は前から編纂盤 CD でリリースされていた)をいじって、今2018年のリミックスとリイシューに際してもプロデュースしたランディ・ホールなど複数名が、時代の音になるように手をくわえただけだ。

しかしマイルズのトランペット演奏そのものは変更できない。そのまま、テンポは落としてあるがだいたいそのまま、活かして使ってある。それが実にいまの2018年の時代の空気を呼吸しているように聴こえるから不思議だ。1985年録音のオリジナルと同じ演奏なのに。そのイシュード・トラックで聴いても2018年の音だとは感じないのに。

ミックス次第で音楽はかなり変貌するということなんだろうけど、それで同じマテリアルでも響きかた、というか音楽じたいが大きく違ってくるということだろうけれど、でも、いやあ、マイルズってさすがすごいなあ、っていうのが、たんなるいちマイルズ狂の妄言なんだよね。2018年のマライアや、2010年代先端 R&B のサウンドに聴こえるもんね。1991年に死んだ男の出す音がね。

2018/12/13

ライヴ・エルヴィス 1954〜1955

昨日の続き。2017年の三枚組『ア・ボーイ・フロム・テュペロ:ザ・コンプリート 1953-1955 レコーディングズ』の CD3、つまりライヴ&ラジオ・マテリアル。録音時期は1954/10/16〜55/10/29で、全32トラック。なかには紹介やインタヴューやコマーシャル・メッセージ(ラジオ放送用)だけのトラックもあるので、歌はぜんぶで30トラック。ソング・トラックの冒頭にも紹介の声など、どんどん入る。

演目はわりとだぶっていて、いちばんたくさんやっているのは「ザッツ・オール・ライト」の六回。そのほかサンでスタジオ録音している曲が中心だけど、そうじゃないのは「シェイク、ラトル・アンド・ロール」「フール、フール、フール」「ハーツ・オヴ・ストーン」「トウィードリー・ディー」「マニー・ハニー」「リトル・ママ」「アイ・ガット・ア・ウーマン」「メイベリーン」。

『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』三枚目のライヴ&ラジオ音源集を聴くと、サン時代のスタジオ録音ではエルヴィスもまだかなり抑制を効かせていたんだなとわかる。生演唱だとエネルギーが解放され気味なのだ。といっても後年の爆発的なハード・ロックなバンド連中のそれとは比較できないが、1950年代半ばというロック台頭間もないころの、それもデビューしたての白人歌手としては、かなり激しいと言える。

なんども収録されている「ザッツ・オール・ライト」でもそれはわかる。あんな中庸でおとなしいフィーリングだったスタジオ・ヴァージョンだけど、それはサン録音のだいたいのトラックについて言えたことで、腰が動くようにハードで猥褻なイメージはまだないよね。ところが同時期のライヴ・マテリアルではそんなような激しい雰囲気に近づいているのだ。

昨日の記事では、エルヴィスはロッカーというよりどっちかというとバラディアーだと書いたんだけど、『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』三枚目収録のライヴ&ラジオ・マテリアルではこの印象が逆転している。テンポはやはり中庸な「ザッツ・オール・ライト」や「グッド・ロッキン・トゥナイト」なんかでも、伴奏陣二名はほぼ同じだけど、主役歌手は発声そのものからして違っているんだ。今日上で使った写真に見えるエルヴィスの姿、これがピッタリ来るような躍動感を聴かせている。

発声も違えば、フレジング、節まわし、フレーズ末尾の微妙な震え&持ち上げ具合などもグンと生々しくなっていて、まさに live & raw なロック・ヴォーカリスト、エルヴィス・プレスリーがここに誕生している。サンのシングル・レコードもメンフィス・エリアを中心に売れラジオ放送もされたろうけれど、『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』三枚目で聴けるライヴ&ラジオ・エルヴィスこそ、次世代を担うポップ・シンガーとして、つまりまだこのジャンル名は確立されていない<ロック>歌手として、メイジャーの RCA が白羽の矢を立てたものだったかも。

シンプルに言えは、1954/55年のライヴ・エルヴィスは、ハメを外しはじめている。エネルギー、エモーションを解放・放出しはじめているんだ。彼自身の、そして1955年という時代のそれを。それでもってしか、新しい音楽は生まれえなかった。いつでもそうだけど、このロック台頭の契機も、やはり個人=社会の脱皮・飛躍にあったと言えるはず。

そんなことは、『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』三枚目のライヴ・マテリアルで聴けるオーディエンスの反応のよさからもうかがえる。嬌声が飛んでいるが、「ザッツ・オール・ライト」なんかでも、ある時期以後のものは、エルヴィスが「ザッツ・オール・ライト!」と強く叫ぶように歌い繰り返すと、客席から「ザッツ・オール・ライト!」とおうむ返しでレスポンスの合いの手が飛んでいる。熱気がかなりなことになっているんだよね。

こういった雰囲気は、新しい音楽が生み出されようとしているそのときその現場ではいつでも聴けるものなんじゃないか。エルヴィスがロックを生んだとか、ロック歌手第一号だったと言えるかどうかは微妙だ。同じような内容の歌やヴォーカル表現が、もっと前から徐々に出現し、かたちを整えはじめていたと思う。がしかし、ここまで満ちたエネルギーが辛抱ならず爆発しそうになっている瞬間は、ロックのばあい、これまでほかの音楽家では聴けなかったはずだ。

個人的にはサン・レーベルでのスタジオ録音レコードで聴けるのんびりのどかで中庸なムードが大好きで、ポップで聴きやすいしって思うんだけど、そして(同時期のエルヴィスの)音楽や歌のクォリティとしてはやっぱりそっちのほうが高かったんだと言わざるをえないけれど、この時期のエルヴィスは、間違いなく<なにか>を産もうとしている。そんなエネルギーが充満し爆発しかけているんだよね。新時代がすぐそこまで来ている。

2018/12/12

ブルー・エルヴィス 〜 サン・マスターズ

2017年の RCA 盤三枚組『ア・ボーイ・フロム・テュペロ:ザ・コンプリート 1953-1955 レコーディングズ』は、エルヴィス・プレスリー最初期の姿のほぼ全貌を収録したものとして間違いない、人類の宝だ。超充実の附属ブックレットは英文119ページで、写真満載。このボックスはも〜う!楽しいったら楽しいな。

『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』CD1は主にサン・レーベルへの録音。CD2はその別テイク集。CD3はライヴ&ラジオ・マテリアルで、三枚ともやっている曲はだいたいぜんぶ CD1にあるのがエルヴィスによる初演だ。別テイク集は研究家・好事家のためのものだから、CD1のスタジオ録音オリジナルとCD3のライヴ&ラジオ集に話を絞って問題ないはず。今日は一枚目の話だけ。三枚目は明日書く。

『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』附属ブックレット末尾には曲目一覧があって、この時代のエルヴィスがやったのはすべて他作曲だからその作者名と、それからていねいなことに全曲エルヴィスのカヴァーの影響源・参照元が付記されてある。知っていることだとはいえ、これはありがたい。あらためて思い出す必要がない。眺めてそうだそうだとうなづいていればいいから、こんなラクチンなことはないんだ。RCA もやるときはやる。その他、このボックスはマジすごいよ。1953〜55年12月まで時系列に進む解説は、同時代の社会文化事情も併行記載され、も〜う!文句なし。

『ア・ボーイ・フロム・テュペロ』一枚目の全27曲。1〜4曲目は<メンフィス・レコーディング・サーヴィス・アセテート>とあるが、これはエルヴィス自身がお金を払ってレコードにしてもらったものだ。5〜23曲目が<サン・マスターズ>、24〜27はサン時代の録音だけど、移籍の際にサンのエルヴィスのすべてを買いとった RCA が手を加え自社シングルとしてあらためてリリースしたもの。

だから今日のとりあえずの興味は5〜23曲目のサン・シングルズなんだけど、その前の自前レコードから含めても、この時期のエルヴィス最大の特色は、憂鬱そうに歌うバラディアーだという点にある。決して激しいロックンローラーではない。ご存知ないかたも、上のリンクをちょっとクリックしてみてほしい。快活なロック・ナンバーと呼べるものはかなり少ないよね。

有名な「ザッツ・オール・ライト」「グッド・ロッキン・トゥナイト」「ベイビー、レッツ・プレイ・ハウス」もハードなロックンロールじゃない。ミディアム・テンポでゆったり大きく進むもので、ポップなんだ。エルヴィスの歌にも伴奏にも、余裕が感じられる。

激しいビートの効いたロック・ナンバーと呼んでいいと思えるのは、たぶん、8「ブルー・ムーン・オヴ・ケンタッキー」、12「アイ・ドント・ケア・イフ・ザ・サン・ドント・シャイン」、13「ジャスト・ビコーズ」、15「ミルクカウ・ブルーズ・ブギ」、21「ミステリー・トレイン」と、これだけじゃないかな。

ところでそんなロックンロール・ソングになっているもののなかでは、「ミステリー・トレイン」がいちばん出来がいいんじゃないかと思う。たぶん、この時期のエルヴィスにフィットした題材っていうことだろうなあ。スコッティ・ムーアの弾くエレキ・ギター・リフも実にいいし、エルヴィスの声のトーンがいい。決して焦っておらず冷静にとりくんでいて、余裕を持ちながらも快活でハードに乗るフィーリングがある。ま、ぼくのばあいは、このトレイン・ピースという(ブルーズ界には多い)題材そのものが好きですが。それだけのこと?

エルヴィスの声が…、と書いたけれど、この歌手最大のチャームがそこだと思うんだよね。声そのものに(ややメランコリックな)色気を宿している。なにも工夫せずとも似合う題材をスッと素直に歌うだけでそれだけで、セクシーなんだ。これこそ、エルヴィス・プレスリーを爆発的メガ・スターにした最大の理由だったと思う。そんな部分、サン・レーベルへの録音でもしっかり確認できる。

そんなヴォイス・メランコリー・セクシーなエルヴィスは、このサン時代、私見ではゆったりしたテンポの曲でのほうが魅力が増しているように聴こえるんだよね。それらはしばしばロスト・ラヴ・ソングで、それをこんな(ブルージーな)声でエルヴィスが漂うように揺れるように震えるように歌うもんだから、う〜ん、もうたまらない強い引力が発生しているなあ。

このサン時代のエルヴィス(実はメイジャー移籍後も?)は本質的にバラディアーだったというぼくの意見は、こんな事実に支えられているんだよね。「アイ・ラヴ・ユー・ビコーズ」「ブルー・ムーン」(が、サン・エルヴィスの最高傑作かも)「アイル・ネヴァー・レット・ユー・ゴー(リトル・ダーリン)」「ユア・ア・ハートブレイカー」「アイム・レフト、ユア・ライト、シーズ・ゴーン」(2ヴァージョンとも)「ウェン・イット・レインズ、イット・プアーズ」など。

これらの曲では、ブルーでメランコリックに漂っている、フラフラして安定しない、どこへ行くのか心配だ、支えてあげないと到底見ていられない、といった気持ちにリスナーをさせるような、そんなヴォーカル表現ができているなあと思うし、そんな部分こそエルヴィス最大の魅力だったかも。後年までもずっと。

端的に言えば、泣き嘆き懇願し揺れるブルー・エルヴィス。それがこの歌手だ。

2018/12/11

2018年ジャズ最高傑作かも 〜 イチベレ・ズヴァルギ

このアルバム、これも、またしても、bunboni さんに教えていただきました(こんなことばっかでいいのか?ごめんなさい)。ありがとうございます。ぼくもたぶん2018年のジャズ最高傑作かなと思っています。
ブラジルのジャズ・ベーシスト、イチベレ・ズヴァルギ(Itiberê Zwarg)。といってもぼくは今回のこの2018年新作ではじめて出会った人だけど、その2018年新作『intuitivo』がすばらしすぎる。なにがいいって、まずアンサンブル主導で進むところ。これ、譜面は、たぶんイチベレがぜんぶ書いているんだろうなあ。それが複雑高度で難度が高いんだけど、グルーポのメンバーは全員平気な顔をしてサラリとこなしているのが、またすごい。ばんばんキメまくるのが超快感だ。

楽器ソロも当然あるけれど、ソロまわしを音楽展開の軸には据えていない。ソロはあくまでチェンジ・オヴ・ペースっていうか、ほんの彩り程度に添えられるだけで、そのへんも従来型のジャズ・マナーとは大きく異なっている。ソロに充てられている時間だってかなり短い。アンサンブルのあいだを縫うようにしてすこし走る程度なのが、音楽全体の構築美とテンションを高く維持する結果となっていて、とってもいいね。

この点では、このバンドの名前を出すと抵抗を受ける可能性もあるけれどウェザー・リポート。特にジョー・ザヴィヌル体制が固まった時期以後のウェザーに相通ずるものがあると、ぼくは聴く。事前に完成品となっていた作編曲譜面があって、それをバンド・リハーサルで練りこんでいって、あくまで音楽のメインはアンサンブル、ソロは脇役程度でちょっぴり、全体の緊張感あふれる構築美重視で、難度の高い演奏をバンド全員がキメまくってこなす 〜 どう?イチベレとウェザーにはかなり共通項が多いよ。メロディ・ラインに湿り気のある情緒性が薄く、だから歌心もなく、メカニカルに上下することがほとんどだっていうのも同じ。

あっ、こう書くと、フランク・ザッパの音楽にも似ているよなあ、イチベレ・ズヴァルギ。イチベレのこの新作で、ウェザー・リポートやザッパを連想する音楽ファンがどれだけいるのかわからないが、愛好家であるぼくの感触では間違いないように思える。っていうか、イチベレのこの新作についての文章ををたくさんはちゃんと読んでいないから、みなさんどうお感じなんだろうかわからない。ちょっぴりビ・バップ・ミュージック的でもあるよね。あ、そういえばザッパとビ・バップは…、いや、今日はやめときます。

中身の音楽がどんなものなのか、具体的なことはいちばん上でリンクした bunboni さんの文章に書いてある。ぼくは同感で、付け加えることがないように思うから、そちらをお読みください。『イントゥイチーヴォ』でのイチベレは、ベースだけでなく、ピアノ、クラヴィネットなど複数楽器を担当。声も出している。演奏メンツは曲によって大きく変わるが、ホーン・アンサンブルはリード楽器で構成されているみたいで、金管の参加はない模様。

色彩感がアルバム全体のなかではやや異なっているかなと思うのが5曲目「ノイビーラ」。これはイチベレ(ピアノ)とマリアーナ(フルート)両ズヴァルギの完全デュオ演奏。アルバムのなかではこの曲にだけ湿ったぬくもりのある歌心が感じられ、ちょうどピシンギーニャが自分の曲を吹いているのにやや似た印象を持った。そう、この5曲目だけ、ややショーロっぽい。大好きだ。

でもこんな感じは、アルバム『イントゥイチーヴォ』のなかでは例外。ほかは乾いて硬質な難度の高いジャズ・アンサンブルを、そのあいだにほんの短いソロがはさまりながら、メンバーがビシバシとキメまくり、聴いているこっちまで快感のめまいを起こしそうなほどスリル満点の音楽に仕上がっている。イチベレやメンバーのヴォイスの使いかたも効果的。いやあ、気持ちいいったらありゃしない。

2018/12/10

アメリカ、君に夢中さ 〜 カエターノ『粋な男ライヴ』

昨日書いたオリジナリウスのカルメン・ミランダ集には、そこはかとなくカエターノ・ヴェローゾ香があるというのがぼくの感覚なんだけど、そんなわけで聴きかえしたカエターノの CD『粋な男ライヴ』(Fina Estampa Ao Vivo、1995)。「サンバとタンゴ」つながりってだけ?う〜ん、それだけじゃない気がする。このなんとなく漂う共通性については、しかし掘り下げず、カエターノのこのライヴ盤について、せっかく思い出したんだから、ちょっとメモしておこう。汎ラテン・アメリカン・ソング・ブックとでもいった意匠や規模のことは、よくわからないのだが。

カルメン・ミランダの「サンバとタンゴ」で幕開けするのは、このライヴが、スタジオ作『粋な男』で示したスペイン語歌曲集でのラテン・アメリカ性よりもずっと先をカエターノが見据えているという証拠だ。カルメンのオリジナル・ヴァージョンのようにサビでタンゴになってはいないが、ラテン諸国の蜜月時代を歌い込んだものと言えるはず。すくなくともぼくはそう聴く。つまり、『粋な男ライヴ』ではスペイン語アメリカだけでもポルトガル語アメリカだけでもない、汎(ラテン・)アメリカ音楽のひろがりと同一性を示そうとしている。

それはここでの「サンバとタンゴ」のリズムにも顕著に示されている。サビでタンゴ・リズムにならずサンバのままではあるけれど、ほぼカエターノとパンデイロだけというに近い前半部に続き中盤のチェロ・ピチカート・ソロ(ジャキス・モレレンバウム)をはさんでの後半部では、スルドが大きく入って、ゆったりと低音を置いている。しかし同時にパンデイロとカエターノのギターは細かく刻んでいるから、大細二種の混交ポリリズムでグルーヴが生まれているんだ。

こういった種類のグルーヴ・タイプは、前々から書くようにアフロ・クレオール音楽にある典型なんだよね。ラテン・アメリカだけでなく、アメリカ合衆国の黒人音楽でも聴けるもの。カエターノの『粋な男ライヴ』では、2曲目以後、スペイン語曲とポルトガル語曲の双方を縦横に行き来しながら、こんな汎アメリカン・ミュージック・グルーヴを描き出してくれている。

2「ラメント・ボリンカーノ」、3「粋な男」、4「ククルクク・パロマ」は、スタジオ作『粋な男』のライヴお披露目といったところか。しかし次の5曲目にジルベルト・ジルと組んでやった「ハイチ」(『トロピカリア 2』)が来る意味は大きい。尖ったリリックも意味が強いが、現代アフロ・ブラジル音楽的なノリ、リズムの創りに注目したい。全体が鋭利なナイフのように輝いている。

ギター弾き語り(を中心とする)セクションはカエターノのライヴ・コンサートでは定番なので、6〜8曲目はちょっとのチェンジ・オヴ・ペースといったところか。しかしとりあげられているのはブラジル古典曲ばかりなのがふだんと異なっている。やはりブラジル〜ラテン・アメリカ〜南中北アメリカ(〜アフリカ)を俯瞰したいという主役の気持ちを感じるものだ。

9曲目、ジョアン・ジルベルトの「ヴォセ・エステヴィ・コン・メウ・ベン?」で陽光が差す。ジャキス・モレレンバウム編曲指揮の管楽がやわらかくイントロを奏でたあと、カエターノひとりの弾き語りが出た瞬間の快感と和みはなにものにも代えがたいチャームだ。弾き語りそのものはジョアン直系のボサ・ノーヴァ。伴奏の管弦アレンジはアントニオ・カルロス・ジョビンを想起させるもの。

その後、タンゴやボレーロやキューバン・ソングなどを経て、やはりキューバ人、セサール・ポルティージョ・デ・ラ・ルス作の14曲目「コンティーゴ・エン・ラ・ディスタンシア」でオーケストラ・サウンドの幕がおりた刹那に涙腺が刺激され、それを背後にするカエターノのヴォーカルで目から水がホロっと一滴こぼれ、コード・チェンジでまた泣く。

バイーアのことをカエターノが綴った美しい15「イタプアン」を経ての16曲目「ソイ・ロコ・ポル・ティ、アメリカ」。これはジルとカピナンの手になるサルサ・ナンバーで、それをカエターノがここでこうやって歌うというのは、南中北総体としてのアメリカ(音楽)全体を視野に入れつつ、直接的にはラテン・アメリカ世界の同胞意識を歌い込んだものと言っていいはず。しかも、ここでのリズムを聴いてほしい。サルサといいながら、アフロ・バイーア的、さらに言えばタメの深いこのグルーヴはアフリカ音楽的ではないだろうか。

2018/12/09

どう聴いても、マンハッタン・トランスファー・シングズ・カルメン・ミランダで、最高だ

このアルバムを教えてくださったのは、またしても bunboni さんです。感謝します。年齢やキャリアでものごとを判断することをぼくはしませんが。ありがとうございます。
通算二作目らしいオルジナリウス(Ordinarius)の『Notável』(2017)。これが楽しいことこの上ない。楽しいことしかない、そればかりっていう作品で、いいなあこりゃ〜。オルジナリウスというブラジルのヴォーカル・コーラス・グループのことは今回はじめて知ったけれど、CD 附属のリーフレットには男女七人が写っている。ハーモニーの組み立てはきわめてオーソドックス。それでとりあげているのが、新作ではカルメン・ミランダのレパートリーなんだなあ。聴くしかないっしょ、こりゃ〜。そして、降参しました、あまりの楽しさに。

このオルジナリウスというヴォーカル・グループは、ぼくの聴くところ、現代ブラジルのマンハッタン・トランスファー(アメリカ合衆国)だね。男女混成で、ハーモニーの組み立てにちょっとでも前衛的なところはなく、きわめてオーソドックス。その国のポップ・ソングの伝統にのっとって、古い曲もストレートかつきれいにカヴァーして、あくまで楽しく、わいわいがやがやとにぎやかに、ときどき切なくしんみりと、ポップにわかりやすく楽しく聴かせる 〜 なにからなにまで同じじゃないか:マンハッタン・トランスファーとオリジナリウス。

CD パッケージにはパーカッショニストだけ楽器奏者がクレジットされている。実際音を聴いても伴奏はそれだけだね。でも生演奏の打楽器だけでなく、コンピューター・サウンドも混ぜてあるみたい。間違いないと思うんだけど、でも100%伴奏はそれだけ。あとはぜんぶがヴォーカル・コーラス。それも(bunboni さんの言葉をお借りすると)シャバダバっていう例のあたりまえなふつうのやつ。ポップでわかりやすく、聴きやすく、そして(たぶん)世界のいたるところにある。

ああいったヴォーカル・ハーモニーの重ねかたが全世界で聴けるのは、たぶんキリスト教会音楽のおかげってことかなあ。クラシック音楽界のものだってそうだしね。以前、インドはゴアのヴォーカル・コーラスのことを書いたけれど(葡トラジソン社の例のシリーズ)、やはり同じようなものだった。あれは植民地支配したポルトガルの教会コーラスが持ち込まれたんだと思うけれど、ブラジルでこうやってオルジナリウスみたいなのが聴けるのもポルトガル由来?あるいはアメリカン・ポップ・コーラスも入り込んでいる?

そのへんの理屈は、でも今日はいらないね。ただたんに聴けば楽しい、気分ウキウキで上々に陽気でいられるオルジナリウスのカルメン・ミランダ曲集。たったの35分程度しかないけれど、この短さもこじんまりした宝石の輝きを思わせて、とてもいい。でもこれ、商品のどこにも Carmen Miranda の文字は一個もない。だから気づかないひとがいるかもだけど、それでもオッケーだと思う。楽しんでもらえさえすれば、それでいいと思うんだよね、こういう音楽は。

でも随所にピリっとした工夫は施してある。たとえば大好きな7曲目「サンバとタンゴ」は、メイン・メロディが出る前にヴァースみたいなのがくっついているし、その後も(たぶんタンゴつながりということで)カルロス・ガルデルの「Por Una Cabeza」が出てくる。9曲目「Touradas Em Madrid」の最終盤では、ベートーヴェンの「歓喜の歌」(交響曲第九番)が歌われる。

これまた大好きな8曲目「Adeus, Batucada」では女性がおやすみで、男声コーラスのみ。10曲目「O Que É Que A Bahiana Tem」では、やはりリズムの感じがサンバというよりアフロ・バイーアな雰囲気なのも楽しい。曲じたいはアルバム中いちばん古い、有名な11「Tico Tico No Fubá」では、ちょっぴりエキゾティックに、でもカルメン・ミランダが持っていた愉快な軽みさをうまく再現できている。

パッとすぐぜんぶ聴けるし、聴きやすくわかりやすく楽しいし、オススメのポップ・アルバム!

2018/12/08

カルメン 37

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ブラジルが誇る全世界的イコン、ペレとカルメン・ミランダ。カルメンの全盛期1935〜40年のオデオン録音完全集五枚組 CD セットは、このサイズなのにぜんぶ聴き終えるのがあっという間という驚異のすばらしさ。そんなブラジル EMI リリースの完全集ボックスから1937年のものだけそのままの順で抜き出すと、以下の26曲。この年がカルメンのピークだったと思う。カッコ内は録音月日。並びはレコード発売順だろう。五枚組だと、三枚目〜四枚目頭となる。

01. O Samba E O Tango (2/24)
02. Reminiscência Triste (2/24)
03. Saudade De Você (3/20)
04. Gente Bamba (3/20)
05. Cachorro Vira-Lata (5/4)
06. Imperador Do Samba (5/4)
07. Dance Rumba (3/25)
08. Em Tudo, Menos Em Ti (3/25)
09. Canjiquinha Quente (5/4)
10. Me Dá, Me Dá (5/4)
11. Quem É? (7/20)
12. Cabaret No Morro (7/20)
13. Primavera Da Vida (8/29)
14. Bahiana Do Taboleiro (8/29)
15. Fon Fon (9/17)
16. Camisa Listada (9/20)
17. Quando Eu Penso Na Bahia (9/17)
18. Eu Dei... (9/21)
19. Dona Geisha (10/13)
20. No Frêvo Do Amôr (12/3)
21. Vira P'ra Cá (10/13)
22. Quantas Lagrimas (12/3)
23. Você Está Ahi P'ra Isso? (12/14)
24. Pois Sim, Pois Não! (12/14)
25. Onde Vai Você Maria? (12/22)
26. Onde É Que Você Anda? (12/29)

1937年のカルメンは、すでにショーロっぽいサンバに舵を切っている。伴奏も、数曲オーケストラ伴奏のものがあるが例外で、すべてがオデオンのバンドかベネジート・ラセルダのコンジュントがやっている。カルメンのヴォーカル同様、軽やかにヒラヒラと舞い、スウィングしている。しかも高度な技巧がそれとはわからないほどの自然な有機性を持っている。

カルメンのヴォーカルそのものはもっと前から完成されていたが、歌った題材、伴奏楽団などとあいまって、最高の高みに到達していたのが1937年のオデオン録音だろう。まず、カエターノ・ヴェローゾが復活させた「サンバとタンゴ」で幕開けだが、カルメンのものはサビ=<タンゴ>部でリズムもタンゴになり、歌詞もスペイン語、伴奏にもバンドネオンが入っているという凝りよう。

しかしこんなのは序の口に過ぎない。4「Gente Bamba」、5「Cachorro Vira-Lata」、6「Imperador Do Samba」あたりになると、あまりのすばらしさに形容することばが見つからない。聴感上のイメージはサラリとしていて、きわめてスムースでナチュラルだけど、歌いこなしの見事さには舌を巻くしかない。しかもキメた表情なんかぜんぜんしておらず、あくまでキュートで可愛らしい。発声もことばの使いかたもフレイジングもリズム感もパーフェクト。すべてが極上だ。な〜んてチャーミングなんだ!カルメン!好きだ〜っ!

続く二曲、7「Dance Rumba」、8「Em Tudo, Menos Em Ti」はキューバ音楽が題材。ルンバなんだけど、キューバ音楽とブラジル音楽が同じくらい好きなぼくには楽しいことこの上ない。1930年代後半のブラジル歌謡におけるこういったものは、ややエキゾティックな雰囲気だったのだろうか?あんがいそうじゃなかったかも?という気がしないでもない。それほど革命前のキューバ音楽は全世界に多大な影響を与え浸透していた。

バイーア音楽要素(14「Bahiana Do Taboleiro」、17「Quando Eu Penso Na Bahia」)やフレーヴォ(20「No Frêvo Do Amôr」)といった、リオ・デジャネイロの(カーニヴァル・)サンバの世界からしたらややエキゾティックに響くかもというものだってすでにしっかり用意されている。しかもカルメンの歌唱は余裕たっぷりで、いささかのほころびも聴かれないのが驚異だ。カエターノはこのへんも意識して継承したと思う。

大編成オーケストラを伴奏につけたストレートなカーニヴァル・サンバだって文句なしだし、なんなんだろう、この1937年のカルメンは?ここまで完成されていてここまでの高みにあり、しかもそうでいながら近寄りがたさなどちっともまとわず、庶民的で親しみやすい可愛らしさをふりまいて、大人の、ちょっぴりきわどいセクシーさをも漂わせているっていう、こんな歌手が、古今東西性別問わず、ほかにいるとは思えない。

※ 参考プレイリスト

2018/12/07

マイルズのジミヘン時代

マイルズ・デイヴィスのブラック・ロックといえるのは、リアルタイム・リリース作品でいうと『ア・トリビュート・トゥ・ジャック・ジョンスン』(1971)と、あとは『パンゲア』(1976)一枚目かな。でも『ジャック・ジョンスン』周辺には同じようにカッコいいギター・ロック・ピースがいくつも未発表のままになっていたのが現在ではリリースされているので、今日のプレイリストに入れておいた。

アルバム『ジャック・ジョンスン』にしたって、1971年リリースの完成品はいろんな素材をコラージュしてあって、トータル・ワークとしてはレベルが高くおもしろいが、ロック色がやや薄まっているかもしれない。そんなわけで今日は『ジャック・ジョンスン』ボックス収録の生素材のほうを選んで入れておいた。こっちのほうがストレートでわかりやすいロックだ。

『ジャック・ジョンスン』とその周辺になった1970年春ごろのマイルズは、どうしてだか鍵盤楽器奏者を使わず、ジョン・マクラフリンひとりのコード・ワーク伴奏でロックっぽい音楽を展開していた。その前後はやはりいつもどおりのマイルズだから、なにかあったかもしれないなあ。ほんの数カ月だけ短期的に、ジミ・ヘンドリクス的なギター・ロックをやりたかった理由が。

あっ、と思って、いまジミヘンの没年月を確認してみたが、1970年9月だから、う〜ん、関係ないんだなあ。今日のプレイリストに入れておいた1〜9曲目のマテリアルをマイルズが録音したのは、70年の2〜4月。5月にはキース・ジャレットが参加して、ふたたび鍵盤楽器メインのサウンド創りに戻っている。ってことはじゃあこのたった三ヶ月間のロック・マイルズとはなんだったのか?チック・コリアがバンド・レギュラーだったのに、起用すらしていないしね。ジャレットが入るとチックも戻っている。やや不思議だ。

まあでもやっぱりあの時代のものではあったんだよねえ。1970年の春ならば、ロック・ミュージックが時代の寵児となっていたちょうどそのころ。ジョン・マクラフリンはなんだかんだ言ってやっぱりジャズ・ギタリストだな、と思うけれど、それでも今日のセレクションをお聴きいただければ、かなりがんばってジミヘン寄りになっていると思う。ボスの指示だったのかなあ。

それプラス、ぶっといエレベ(はデイヴ・ホランドかマイクル・ヘンダスン)と(主に)ビリー・コバムの8ビート・ドラミングという、このトリオ編成でマイルズが歌っているんだから、ちょうどジミヘンのトリオと似た感じになるじゃないか。スティーヴ・グロスマンのソプラノ・サックスさえ聴こえなければ完璧だった。やはりジャジーな要素をちょっとは残しておかないとダメだったのか。

ともあれ、シンプルでカッコイイ。サウンドもリズムも整理されていて、とてもわかりやすくノリやすい。この1970年2〜4月のマイルズ・マテリアルは、あまりジャズ・ファン向けのものじゃない。むしろロック・ミュージックやリズム&ブルーズの愛好家のほうがよりよく楽しめるはず。実際、ぼくのいままでの数十年間にわたる推薦経験でもそうだった。

なかにはボスがトランペットをまったく吹いていないギター・トリオ・ピースだってあるもんね。8曲目の「アーチー・ムーア」がそう。いやあ、こんなふうにセッションできたら気持ちいいだろうなあ。これはコンポジションじゃない。ただの即興演奏だ。いや、これだけじゃない、この時期のマイルズ・ミュージックはどれもギターを中心に据えたインプロヴァイズド・ミュージック。

『パンゲア』一枚目「ジンバブエ」のことにも触れておこう。1曲目がおなじみ「ターナラウンドフレイズ」だけど、このノリの軽さといったらない。1973〜75年とずっと演奏されたモチーフだけど、ここではまったく異なる容貌と化している。ファンクっぽさが消え、ロック調になっているよね。特に頭から出るアル・フォスターのドラミングが軽い。ファンク・ミュージックには欠かせない "間" もないから、レジー・ルーカスの刻みもそれにあわせている。

『パンゲア』のこの「ジンバブエ」は、むかしからイマイチな評判で、濃厚なセクシーさを放つファンクな二枚目「ゴンドワナ」ほど人気がない、というかみんなだいたい聴かないんだ。たしかにジャズ/ファンク方面から見ればそうなっちゃうけれど、ブラック・ロックとして聴けばなかなかいいんじゃないかなと思うよ。後半、右チャンネルで出るレジー(ピート・コージーじゃないんだよね)のギター・ソロだって、ハード・ロック・スタイルだもんね。

2018/12/06

どうしてロニー・バロンに惹かれたか

ロニー・バロンの最高傑作『ブルー・デリカシーズ Vol. 1』(1979)については、以前一度詳述した。今日はまた違うことを思い出したので、メモしておきたい。
昨日(といっても11月頭ですよ)、ぼくの YouTube アップローズのひとつに、あるコメントがついた。ロニー・バロンのソロ・アルバム『ブルー・デリカシーズ Vol. 1』から「シンギング・イン・マイ・ソウル」を上げてあるものに、「このすごいアルバムのほかの曲もどうかアップしてくれないか?」とね。それで、あっ…、と思って Spotify でさがしてみたけど、ないんだよね、このアルバム。そもそもロニー・バロンは一枚もない。これが代表作なんだから、これがなければほかもない。

だから、ぼくは権利なんかいっさい持っていない赤の他人ですけれど、こういったことは公共奉仕みたいなもんなんだからファイルをつくって上げたんだよ、YouTube に、ロニー・バロンの『ブルー・デリカシーズ Vol. 1』一枚丸ごとをさ。上げてくれないかとコメントしてくださったかたも、そうでないかたも、関係ないかたも、みなさんの音楽の楽しみの一助ともなれば幸せです。

そんなわけで、2018年11月初旬に聴きかえしたロニー・バロンの『ブルー・デリカシーズ Vol. 1』。そうしたら再発見というか、いままで忘れていたことを思い出した。大学生のころ、ロニー・バロンがだれなのかちっとも知りもせず100%完璧なジャケだけ買いだった『ブルー・デリカシーズ Vol. 1』のどこが、あの当時、あんなに気に入ってヘヴィ・ローテイション盤になったのかということだ。

一言にすれば、このちょっと気どった、キザな声の出しかた、歌いかたが好きだった。これが初ロニー・バロンだったんだから、こんな歌いかたの歌手なのかどうか、わかるわけもない。ドクター・ジョンの『ガンボ』的なニュー・オーリンズ・クラシックス集であることもわかっていなかったはず。ただ、なんだか、この声の出しかたがカッコイイなあ〜って思ったのだった。このことをふと思い出した。ケレン味好き?

なんだか都会的な感じがして、そんでもってソウルフル、だとあのころ思っていたんだよね。そこが当時のぼくのお気に入りになったはず。忘れていた。『ブルー・デリカシーズ Vol. 1』で、ロニーはいろんな声を出している。よく変えているよね。たぶん一曲づつぜんぶ違う声を使っているから、10曲のアルバム全体で10通りの声を使い分けている。

大学生のころは、こういう歌手なんだと思っていて、それから歌手業がメインでピアノもついでに弾くひと、という認識だった。それくらい『ブルー・デリカシーズ Vol. 1』でのヴォーカル表現の多彩さは、いま聴きかえしても鮮明だ。あのころぼくは、なんて上手く旨い歌手だろうと感じていたはずだ。当時、ピアノ演奏のほうは添えもの的に聴いていただけ。

1曲目「トリック・バッグ」からそれはすでに目立っている。つまりカッコつけたキザさ。そこがいいとぼくは思っていたんだよね。気取ってスマしたようなクールな声の出しかたがね。曲後半部はリピート・パターンに乗ってのヴォーカル・インプロヴィゼイション披露となっているのもうまい演出じゃないか。その後半部では、また違う声の色を使ったりしている。メイン部でも 'They came running down' 部のおしりのほうなんかの音程の取りかたとその声、好きだなあ。

しかも「トリック・バッグ」には男主人公と義理の父の会話パートがあって、そこでロニーは二種類の声を使い分けているよね。会話に設定された歌詞内容は笑えるものだけど、おもしろい試みだなあ〜って、大学生のころ感じていたはず。ロニー・バロンっていうこのひとは、いろんな声を出せる歌手なんだ、うまいなあ〜という印象だった。

2曲目の「ウォーリード・ライフ・ブルーズ」ではまた別の声。しかしこれ、かのスリーピー・ジョン・エスティス以来の伝承ブルーズ・スタンダードだけど、ロニーはだれのヴァージョンを下敷きにしたんだろう?同じピアニストだからビッグ・メイシオの?違うよなあ。どなたかおわかりのかた、教えてください。あるいはロニーのオリジナル・アイデアかなあ。声は、終盤部でファルセットに移行するが、最後の最後でまたチェンジ、かなり気取ったヴォーカルになる。

こんな具合が3曲目以後もどんどん続き、とにかく『ブルー・デリカシーズ Vol. 1』でのロニー・バロンは一曲ごと、また同じ曲のなかでも、声をどんどん変えているんだよね。あの大学生当時、おもしろ〜い!とボンヤリ感じていただけだったが、いま2018年11月初旬に聴きなおすと、あきらかなプロデュース意図を感じる。理由があってかなり故意にやっていることだなあ、これは。

どういうわけでそんなヴォーカル・プロデュースをしたのかはわからないので、そこは放っておこう。やはり主役の声の使いかたがアルバム中最も際立っている4曲目のコーラス・ナンバー「シンギング・イン・マイ・ソウル」、ガムでもくちゃくちゃ噛みながらしゃべるようなフィーリングで歌う5「ドゥーイン・サムシング・ロング」、クラーベ・パターンに乗ってわりとシャウト気味な6「ライツ・アウト」、メロウ・ソウルな8「ハッピー・ティアーズ」。

そして、アルバム終盤の二曲。7「ピンク・シャンペイン」では、女声とコーラスでずっと進む。このフィーメイル・ヴォーカルはだれなんだろう?ゲスト参加?あるいはひょっとしてロニーが声色を使ってオーヴァー・ダブで重ねた?もしかりに後者だったなら降参だ。どっちにしてもけっこうユーモラスな曲調で楽しい。

ラストのパーシー・メイフィールド「リヴァーズ・インヴィテイション」。この曲では、また大胆に違う声でロニーは歌っている。アルバム中、ここでのこの声がぼくはいちばん好きだった。これはいまでもそう。いかにもニュー・オーリンズの音楽家らしいラテン調のリズム・アレンジに乗って、ロニーはやや翳のあるくぐもった声質を使っている。ちょっぴりこわい歌詞内容をわざと聴きとりにくくしてあるかのようだ。しかもこの曲、ちょっと歌ったら、あとは残り時間の約八分間、ほとんどがサックス・ソロなので、歌の印象が後口に残らない。

2018/12/05

ネット聴きで思い出はつくれない?

という発言が、10月末ごろか?11月頭ごろか?Twitter 上であふれかえっていて、それに対する反応も大半が「そうだよね、便利にはなったけど、結局レコードや CD 聴いて自分の心のなかにできたものと同じものはダウンロードやストリーミングではできないよね」という趣旨のものだった。内心,ムムッ、そんなことないぞ! となっていたところに、ぼくが感じていることと同意の連続ツイートをしてくださったのが高橋健太郎さんだ。ここからのスレッド。
簡単に言えば、フィジカル商品に接するのと同じような接しかたは、ネット聴きではできないのかもしれないし、できるのかもしれないし、ぼくはよくわかっていないのだが、個人的実感としては、さほどの違いはないという気がする。リスナーに時間があって、たっぷり手間と気持ちをかければ、ネット聴き音楽でも、同じような思い出はできる。間違いない実感。

みんながそれはできないぞと言っているのは、結局、しょせんネット聴きはネット聴きとして(フィジカル体験とは)分けて考え、わりとイージーに接しているからじゃないかと思うんだよね。レコードや CD に注ぎ込んだのと同じだけの愛情を注がない。それなもんで、思い出(ってなんのことか、実はよくわからないが)ができあがらないんだよ。

健太郎さんじゃないけれど、ぼくも暇人なんで、ネットの音楽ストリーミング・サーヴィスを一日中ぶらついてはなにかを発見し、こりゃおもしろいサウンドだ!と思ってもなにもわからないばあい、データを求めてさらに一日ネットで調べまくったりして日が暮れるというようなことが、ときどきある。愛情をもって手間暇かければ、レコードや CD にわく愛情と同じものが自分のなかにわいてくるよ。

だから、つまり、いまはまだネット聴きはフィジカル聴きの substitution、それもほんのいっときの、臨時の、かなりイージーな、代用物でしかないという認識なんでしょ、みんながさ。そんな接しかただったなら、レコードだって CD だって、愛情も思い出もできやしないよ。もとをたどれば、録音複製商品は、ライヴ体験の substitution だったはずだ。

あ、いま思いついた。21世紀になって、いや、この数年ほどかな、現場へ出かけていき生のステージを体験することに大きな意味を見いだすかたが増えているように見える。かつては室内でフィジカル音楽作品ばかりどんどん聴いていたひとが、外へ出かけはじめている。音楽ライヴだけじゃなく、演劇や映画などみたいな総合エンターテイメントを含めてのライヴ体験重視に傾きつつあるかも。

そうなると同時に、ライヴではない録音音楽享受はネットのストリーミング・サーヴィスに比重を置くと、そんなアティテュードを取りはじめているかたが増えているように見えているんだよね。この二点は関係のあることなんだろうか?このへんはまだじっくり考えていないのでわからないが、ライヴなリアリティに接することとインターネット体験との関係性が、2010年代において変化しつつあるかもしれないよね。次の新段階に進んだというかさ。

まあともあれ、レコードや CD で聴くからいいんであって、だからこそ心に響くし思い出もできるんであって、ダウンロードやストリーミングで聴く音楽では、そんなものはできないんだ(だからオレはブツを買う?)といったたぐいの言説は、まったくの勘違い、間違い、あるいは思い込みだ。

有り体に言えば、いまはまだ移行期だから、抵抗感を持っているかたがかなり多いというだけだと思う。ちょうど LP から CD への移行期にも同じ現象があったじゃないか。しっかり憶えているよ。レコードだからいいんだ、CD の音なんかつまらないと、あのころみんな言っていた。そんでもってなかなか移行したがらなかったじゃん、みんな。アナログしか聴かないひとは、いまでも一定数いる。

フィジカルでもネット聴きでも、同じようにたっぷりじっくりと親密に接すれば、心に同じものができあがる。同じようにイージーに接すれば同じようになにも残らない。それだけの話だと思うよ。

2018/12/04

いま高知市内のホテルの部屋で、オーガニック・ビートルズを聴きながら、踊っています

ビートルズの『イーシャー・デモ』で具体的にチョ〜踊れるのは、「バック・イン・ジ USSR」「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」「レヴォルーション」「ハニー・パイ」など数曲。「ハニー・パイ」は意外かもだけど、マジな話。

ディスク3『イーシャー・デモ』は全編アンプラグドなんだけど、それだけじゃない、人間的なあたたかみを感じるサウンドだよね。(ばあいによっては三人だったり?)四人のビートルの息遣いや生々しい肉体性がしっかりある。2010年代的と言ってもさしつかえないかも。それが『ザ・ビートルズ』(ザ・ワイト・アルバム)50周年記念盤の三枚目『イーシャー・デモ』だ。

ところでこの文章は、いま2018年11月10日に高知市内のホテルの一室で書いているのだが、最初、昨日11/9に今治市内のホテルの部屋で『ザ・ビートルズ』記念盤六枚分を Spotify でしっかり聴いた。その日がリリース・デイトだったからだけど、ちょうど岩佐美咲の生歌を聴くため旅に出ていた。美咲を予習で聴く必要なんてない。それくらいふだんから繰り返し繰り返し美咲を聴いている。だから、話題沸騰中の『ザ・ビートルズ』記念盤はどんなんかな〜?と、オリジナル・アルバム分はまず飛ばし、次の『イーシャー・デモ』から流し、こ〜りゃいいね!ってなったのだ。

それなもんで、データ面の詳しいことがわからない。CD がまだ手もとにない。音だけ。それでじゅうぶん納得させられるものが『イーシャー・デモ』にはある。もう書かずにいられないというほど、11月12日に帰宅したら届くであろう物体を待ってなんかいられないというほど、それほど上質な音楽だ。だから、『イーシャー・デモ』がいったいなんなのか(現時点では)よく知らない。

ネット上にいくつか発言があるので読んでいるけれど、どうやらジョージの自宅でのホーム・レコーディングってこと?じゃあいまで言う宅録みたいなもん?だから機材がなくて、『イーシャー・デモ』は全編アクースティックなの?『ザ・ビートルズ』録音前の予行演習?例の『アンソロジー』にも入っていたのと同じものがあるようだけど?

そのあたりのちゃんとしたことは、たぶん CD セット附属の文章か、あるいは音楽メディアに載る記事が書いてくれるはずだから、それが確認できるようになるまで待たず、第一印象が極上のコットン100%な肌ざわりである『イーシャー・デモ』がどう楽しいのか、いま、音だけ聴いてメモしている。特にオリジナルの『ザ・ビートルズ』二枚分ではエレクトリック・サウンドだったものでアクースティックなダンス・ナンバーになっているものを中心に。

オリジナル・アルバム『ザ・ビートルズ』だって最初からアクースティックなオーガニック・サウンドが中心だったけれど、なかでも『イーシャー・デモ』にもある、たとえば「ディア・プルーデンス」「ブラックバード」「ジュリア」「マザー・ネイチャーズ・サン」といった曲群はさほどの違いがないので、驚かない。とりたてて言うことはないんじゃないかな。

それよりも、ローリング・ストーンズだけでなくビートルズも(『イーシャー・デモ』を聴けば)ここが立脚点だったとわかるチャック・ベリー的なパターンを持つ(オーガニック・)ロックンロール・ナンバーがものすごく楽しい。「バック・イン・ジ USSR」「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」「レヴォルーション」などだね。だれが弾いているのか、アクースティック・ギターのブギ・ウギ・パターンにもとづいたリフ・パターンで心ウキウキいい気分。これら三曲はほぼ同一のスタイルを持っているとしていい。

しかも宅録らしいアット・ホームな親近感、親密な空気がしっかり漂っているのも好感度大。メンバーも仲よく楽しそうにやっているのがいい。うれしい。楽器は基本アクースティック・ギターと、手拍子と、若干の打楽器系(?)しか聴こえない。すくなくともドラムスやベースはぜんぜんなしだ。コーラス・ワークがしっかりしているが、アレンジ済みだからというより、キャリア初期から三声ハーモニーをこなしてきたキャリアが自然となせるわざだろう。

オリジナル・アルバムではジャジーなオールド・ポップを模して手の込んでいた「ハニー・パイ」。ジャズ・バンドを起用していたよね。あれ大好きなんだけど、ところが『イーシャー・デモ』にある「ハニー・パイ」は、やはりアクースティック・ギターひとつが楽しくジャンピングに刻み、その上でポールが愉快に綴っているロックンロール。ここではレトロ・ジャズ・ポップな趣は消え、愉快なロック・ソングっぽくなっているのがとってもいい。

ジョージ好きのレコスケくんこと本秀康さんは「まだサイケデリックがほのかに残るインド産アシッドフォーク。まさに『サージェント〜』と『ホワイト〜』の中間地点。美しすぎます」(11月10日のツイート)とおっしゃる『イーシャー・デモ』。ぼく的には1968年のものというより、まるで2010年代のオーガニック・サウンドを予告したかのようなテクスチャーがいいなと感じるし、また踊れる曲は、本当に自宅で仲間内でワイワイ楽しくやっているという雰囲気横溢で、マジ楽しいし、聴いているぼくもマジ楽しくダンスできちゃうよ、マジで。

2018/12/03

my ideal

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こんなひとになりたいなあ〜って、むかしボンヤリ夢想していた人間に、いまぼくはなれているのではないだろうか。浴びるように音楽に囲まれ、音楽だけを聴き、それしかせず、いつどんな音楽をどれだけの音量で聴きまくってもうるさいと言ってくる同居人もおらず、だから聴きたいものを聴きたいように聴き放題。エレキ・ギターだって思い切りファズをかけて音量を上げギュイ〜〜ンと鳴らしてだれもクレームしないからどんどん弾ける。デジタル・ピアノをどんな音色・音量で弾いてもいい。

音楽さえあれば、それでいい。音楽を存分に心ゆくまで楽しめれば、満足だ。生コンサートも、岩佐美咲のをはじめいくつか足を運べる。そりゃあ首都圏に住んでいればもっとどんどん行けるだろうけれど、いまのぼくにはこれでちょうどいい。たまに現場に足を運べればゆっくりできる余裕もあって、現地グルメを味わったり、まあまあ悪くないホテルの部屋でくつろげる。

んでもって、旅行に出ても、結局ぼくはいつも音楽を聴いている。移動の交通機関のなかではヘッドフォンで聴き、ホテルの部屋ではスピーカーで鳴らし、ライヴ・イヴェントが行われる現場に到着しても開演時間までヘッドフォンで、また移動時やお買いものしたりお食事したりするお店のなかでも、だいたいずっと音楽といっしょ。それも自分好みのやつ。

そう、現場体験も好きなんだけど、自室そのほかのなかで録音作品を楽しむことのほうにもっと充足感があるというタイプなんだよね。だいたいはマンションの自室内でだけど、部屋のなかには CD がたくさんあって、ギターもウクレレもデジタル・ピアノもある。特に CD だなあ。それがそこそこ整理されてあって、聴きたい CD を(多くのばあいは)思いついたらすぐ手に取ることができる。それで、どんどん聴きまくる。

音楽を聴き、感じたこと、頭に浮かんだことを文章にし、こうやって公開することだってできている。ただの趣味でやっているプライヴェイト・ブログだから、ここに金銭はいっさい発生しないから、いっさいなんの拘束もない。自分の感じたまま、書きたいことをそのまま書きたいだけ、書ける。自由だ。

そう、音楽だけに囲まれ、それを聴いて文章を書きまくり、それで生きる 〜 そんな生活を送れたらなあ、そんな人間になれたらなあって、そんなふうに若いころ、これがぼくの理想だとボンヤリ考えていたんだよね。いま、ぼくは現実にそうなっているじゃないか。

音楽を呼吸し、音楽を食べ、それで生きている人間なのかもしれない。満足ゆくまで音楽が聴ければ、それがぼくの人生のすべてで、それが楽しみで、そこにこそ幸福を感じるという、そんなタイプかもしれないから、つまり、いまのぼくは理想的に幸せな人生を送っていると言える。糖尿病以外、深刻な病気もないし、糖尿にしたってお薬をちゃんと飲んでいれば正常数値内にあって問題なし。

それに、体と心のバランスが、いまちょうどいい具合に取れている。若いころのほうが肉体的には健康だったけれど、気持ちが慌ただしくざらついていた。さらにいまよりもっと年齢を重ねれば精神的にもっと成熟し、もっと静かでもっと落ち着いた心境になっていくかもしれないが、そのときは身体的衰えが深刻になっているだろう。

だから、いま50代半ばにあるいまのぼくは、あと数年か十年程度かな、それくらいが人生のピークなんだろうと思う。いまはちょうど絶頂期。ぼくを癒し、満足感を与えてくれて、幸せな気分にし、思い残すことはないという、そんな心持ちにさせてくれるのは、音楽だ。拡大すれば、フィクション作品。

人の孤独や悲しみは、フィクションによって癒やされる。

2018/12/02

ゲテモノ地下芸人?スクリーミン・ジェイ・ホーキンス

最大のヒット曲「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」を、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルを含むいろんなロック歌手が歌ったり、ジム・ジャームッシュが自分の映画で使ったりしたので、たぶんそれで多くのファンに憶えてもらっているのかもしれないスクリーミン・ジェイ・ホーキンス。彼は、基本、ジャンプ〜リズム&ブルーズ歌手だよね。それも外伝中のひと。

ということになっているものの、スクリーミン・ジェイの本質は、決してゲテモノではないはず。「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」がウケたので、レコードだけじゃなく、というよりもどっちかというとおもしろいのはライヴ・ステージでのあの大げさでシアトリカルな演出で、キワモノ的小道具や演出をともなっておどろおどろしくやる(ヴードゥー儀式っぽい?)一連の曲が代名詞になった。

がしかし CD 復刻されているもので聴きかえして確認しても、スクリーミン・ジェイは保守本道のジャズ〜ジャンプ〜リズム&ブルーズのひとで、売りは売りとして(「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」的なものを)やっているが、あんなふうに強調しなければ、わりとふつうの黒人音楽歌手だ。

日本のタモリと重なる面が、その意味では、あるような気がする。スクリーミン・ジェイにも「ホン・コン」その他、インチキ外国語でまくしたてる怪しげで毒々しい芸風があるのだが、またイグアナをやるような部分はこれも似たようなものがスクリーミン・ジェイにもあるが、ある時期以後のタモリが日本人みんなのお昼のお茶の間の顔となったように、実は穏当な部分が両者にはある。

九州のタモリを見出したのは、山下洋輔ほかジャズ・メンとその関連界隈だったが、スクリーミン・ジェイのばあいはアンラッキーが重なった。だから最初はあんなにトゲトゲしかったタモリがある時期までそれを維持するものの、日テレ『今夜は最高』あたりからきれいに整ってとっつきやすくなっていったのと、最初はふつうにやりたかったスクリーミン・ジェイがうまくいかず結果ああなったのとは、真逆な方向性だったと言うべきかもしれない。

つまり、ぼくの言いたいのは、本流/ハミ出しとか正統/ゲテモノとかいう二分では音楽芸能の世界は決して理解できないほど、この両面はピッタリくっついて、あるとき機会さえあればひっくり返ったり両者ないまぜで表出されたりするものなんじゃないかということだ。ただでさえサブ・カルチャーである大衆音楽の世界で、しかもスクリーミン・ジェイのばあいは黒人歌手だし、さらに一段マイノリティに分類されるんだから、そこであえてゲテ、キワなどと言いたてる必要がどこにあるのか。

録音集を(CD や配信で)聴いても、たしかに一連の魔術儀式路線が目立つものの、「ユー・メイド・ミー・ラヴ・ユー」「パースン・トゥ・パースン」といった典型的スワンプ・ポップ路線、有り体に言えばファッツ・ドミノ流三連ダダダもある。「ダーリン、プリーズ・フォーギヴ・ミー」はシャンソンふう、「テンプテイション」「フレンジー」は、ちょっとモンドなラテン R&B で、王道のものだ。コール・ポーター作のスタンダード「アイ・ラヴ・パリ」もある。途中ことば遊びが入るけどね。

「リトル・ディーモン」「ユー・エイント・フーリン・ミー」なんかは、ふつうのジャンプ・ナンバーだよなあ。まあジャンプ・ミュージックがハミ出しものだということにしたい愛好家のみなさんは勝手にしたらいいんだけど、ぼくに言わせりゃ、本道のスウィング・ジャズといっしょのものだからね。ジャンプもジャイヴもジャズなのだ。

人間だれだってアンラッキー続きでうっかりしたら、スクリーミン・ジェイ・ホーキンスのようなマイナーでエグいハミ出しかたをしなくちゃなんないことだってあるはずだ。それはメインストリームと表裏一体のもので、いったんは地下芸人であってもお茶の間の代名詞になっていくことだってあるわけで。そこの差、溝なんて、本当はありゃしない。

2018/12/01

おだやかによく歌うショーロ・トリオがあたたかい

このブラジル盤も、またまた bunboni さんに教えていただきました。ぼく好みの音楽です。
ブラジルの三人、ドラムスのエドゥ・リベイロ、バンドリン(&ギターもたくさん弾いている)のファビオ・ペロン、アコーディオンのトニーニョ・フェラグッチが組んだトリオ・アルバム『Folia de Treis』(2018)が実にいいよ。こういうの大好きだ。個人的にはショーロ・アルバムだと位置付けたい。そんな歌心がアルバム全編にあふれている。そして、ぼくはトニーニョのアコーディオンがいちばん好き。

このアルバムのなかで、特にこれが!という大好物が三曲。1「A Física」、5「Choro Suspirado」、10「Choro Materno」。ひとことにすればサウダージだけど、むかしからショーロのなかにも流れていて、サンバ〜ボサ・ノーヴァと受け継がれてきている<泣き>の感覚、切なさ、哀感の情緒がたっぷりあるよね、この三曲。

なかにはスピーディにかっ飛ばす技巧披露曲もあったりするアルバムだけど、そういった傾向のものは、実はいまの気分だとイマイチだったりする。このアルバムの CD を手にし、はじめて聴いたときからそうだった。いちばんグッと来たのが上記三曲で、なんど聴いてもそれが変わらないので、ぼくには、このアルバムのなかのそういった傾向のものが似合っているんだと思うんだ。

このトリオ・アルバム、表ジャケットを見ると、やっぱりいちおうエドゥがリーダー格なのかな?と思えるフシもあるし、ドラムス・オンリーのソロ・ナンバーだけでなく全編にわたりよく歌うエドゥのドラミングが大活躍している。がしかしぼくの耳にはトニーニョのアコーディオンこそが沁みわたるのだった。たんに音量・音色で目立ちやすいからというんじゃない。いちばんサウダージを表出しているからだ。

アコーディオンの音色というのが、やっぱりショーロの泣きにぴったり来るものなのかもしれないよなあ。このアルバムでのトニーニョを聴いているとそう感じる。あ、そういえば、この感覚はハーモニカなんかでも出せるものかもしれないよね。うん、たぶん間違いない。特にクロマティック・ハーモニカ。全編ハーモニカ奏者がフィーチャーされたショーロ・アルバムとか、ないんでしょうか?

ところで、トニーニョの演奏をぼくはこのアルバムではじめて聴いたわけだけど、気がついた範囲では1曲目と3曲目と10曲目(とあとすこし)におき、弾きながらハミングでユニゾンしているように思う。北米合衆国のジャズ・メン、特にジャイヴ系の演奏家のなかにはときどきいるけれど、トニーニョのばあいは愉快さじゃなく、このショローン感覚をきわだたせる役目になっているのがいいね。3曲目のそれはそうでもないか。

10曲目の「Choro Materno」でもファビオはギターだけど、それがまず出て、小音量のアコとからみ、エドゥのブラシが入り、トニーニョが本格的に弾きはじめたら、もうそれだけで泣きそうだ。う〜ん、これ、この曲(ファビオ作)、大好きだ。その上、途中からトニーニョがハミングでひとりユニゾン・デュオをやりだすので、もうそれで感極まって涙腺が崩壊しかけてしまう。いいなあ、これ。

決して2018年を代表する大傑作とかじゃないけれど、個人的にはいつもこういった音楽をそばに置いておきたい。そう思える親密な手ごたえと人間的なあたたかみを感じるもの。すばらしい。マジで大好き。

2018/11/30

マイルズのファンク・ギタリストたち(1)〜 レジー・ルーカス篇

マイルズ・デイヴィスが自分のバンドの一員として(一定期間以上)雇ったギタリストは、以下で全員のはず。一、二回のセッションだけのゲスト参加とか短期間非常勤は省略した。

ジョン・マクラフリン(非常勤、1969〜72)
レジー・ルーカス(1972〜75)
ピート・コージー(1973〜75)
ドミニク・ゴーモン(1974〜75)
マイク・スターン(1981〜83)
ジョン・スコフィールド(1983〜85)
ロベン・フォード(1986)
フォーリー(リード・ベース名義、1987〜1991)

このうち、ファンク・ギタリストと呼べるのは、私見ではレジー・ルーカス、ピート・コージー、フォーリーの三名かなあ。ドミニク・ゴーモンも入れるべきか。ジョン・マクラフリンはジャズ/ロック系だし、マイク・スターンは(マイルズ・バンドでは)ハード・ロック・スタイル。スコフィールドもジャジーだしね。ロベン・フォードは白人ブルーズ・ギタリストかな。

それで1981年復帰後のベスト・ギタリスト(と呼んでおく)だったフォーリーのことはまた稿を改めるとして、今日は1973〜75年に大活躍したレジー・ルーカスとピート・コージーのコンビについて、いや、ほぼレジーのことについて、ファンク・ギタリストという側面に絞って、ちょちょっとメモしておきたい。そんでもって、結局のところ、鍵盤楽器重用主義だったマイルズのギター・ミュージック時代では、この二名同時在籍の1973〜75年こそがいちばんよかった。

このレジー・ルーカス、ピート・コージーの役割分担は明確だ。レジー・ルーカスは、言ってみればバンドを「支配」している。これで終わりにしてもいいがそうもいかないので付言すると、サウンド、リズム両面をかたちづくる役目を、主にコード・ワークのカッティングで果たしていて、このことは1975年来日時のインタヴューでマイルズも明言している。レジーこそが肝だと。

ピート・コージーは主にソロイストで、たぶんだけどぼくの聴くところ、たとえば『アガルタ』『パンゲア』の全ソロイストでいちばん美味しい内容を聴かせているのがピートだ。間違いないと個人的には思う。御大のソロより聴けるよね。そんなピートは、いわばファンカデリックにおけるエディ・ヘイゼルとかマイクル・ハンプトンのような存在だとみなしていいだろう。

実際、ピート・コージーのソロを聴いている時間はとても楽しく幸せな気分だけど、しかしバンド・サウンドの根幹を形成しているわけじゃない。それはレジー・ルーカス+マイクル・ヘンダスン+アル・フォスターのトリオがやっていることなのだ。そしてほかのバンドだとふつうはベーシストがハーモニー的にもリズム面でもバンドの推進力となっていることが多いけれど、この時期のマイルズ・バンドではレジーが中心人物なのだ。

喩えて言えば、ジェイムズ・ブラウンのバンドのジミー・ノーランみたいなことをやったのが、1973〜75年のマイルズ・バンドにおけるレジー・ルーカスじゃないだろうか。そのカッティングのノリ一発で、そのサウンドで、コードのカラーで、バンドを引っ張っている。空間を切り刻み、スペースを生んでいる。その能力は異常ともいえるほど、高い。

ヘンな言いかたかもしれないが、包丁使いのうまい料理人がキャベツかなにかをシャカシャカと歯切れよくリズミカルに刻んでいるかのように、レジー・ルーカスはギターで空間を刻む。その刻みに合わせたり外したりしてマイクル・ヘンダスンがベース・リフを入れ、アル・フォスターが叩く。レジーを中心にバンドが回っているんだよね。ソロイスト三名も、レジーが刻んでつくる空間に飛び込んでいるじゃないか。

さらに、大きくスペースが空いているときのレジー・ルーカスは、ゆったりと刻みを入れ、暗闇に光を差し込むかのごとく、しかもその光の色も工夫して多彩で、空間を埋める役目をすることもある。和音的にもハッ!とさせる驚きがある。そんなときのレジーは、いま進んでいる和音の根音から外れ、意外なコードをカッティングすることで、聴き手をもハッとさせるが、バンド・メンをも刺激している。しかしこのへんもボスは織り込み済みのやりかただ。

レジー・ルーカスが刻まないあいだは、バンドは止まってゆっくり休んでいる時間なんだよね。カッティングをはじめるとバンドが進みだし、リズムを形成し、音楽がかたちづくられる推進力となっているし、サウンドのカラーリングもしている。また折々に思わぬコードを入れてハーモナイズし、オーケストレイションまでもやっている。

だから言ってみれば、1973〜75年のマイルズ・バンドでのインスタント・プロデューサーみたいな、あるいはサウンド・コーディネイターみたいな、そんな役回りを、期してか期せずかレジー・ルーカスは見事に実行している。ボスのマイルズは、もちろんそうなるべくレジーを教育し、成熟してのちは安心してその上に乗っかっていたんだよね。

2018/11/29

ホレス・シルヴァーのロンサム・ピアノ、真夜中の

01. Shirl (Six Pieces of Silver)
02. For Heaven's Sake (Six Pieces of Silver)
03. Melancholy Mood (Further Explorations)
04. Sweet Stuff (Finger Poppin')
05. The St. Vitus Dance (Blowin' The Blues Away)
06. Melancholy Mood (Blowin' The Blues Away)
07. Cherry Blossom (The Tokyo Blues)
08. Lonely Woman (Song For My Father)
09. Que Pasa (Song For My Father)
10. Next Time I Fall In Love (Serenade to a Soul Sister)

ホレス・シルヴァーのリーダー作品はぜんぶ(基本)クインテット編成だと思うんだけど、多くのアルバムに、管楽器奏者を抜いて自身のピアノだけをフィーチャーしたトリオ演奏ピースがちょこっとある。たいていのばあい一枚に一曲だけど、複数収録のことだってある。これはいったいなんだろう?ちょっとしたチェンジ・オヴ・ペースみたいなもん?

むろんこんなことはホレスだけじゃなく多くのジャズ・メンがやっていることだ。コンボ編成での作品にちょこっとだけピアノ・ソロとかトリオとかの演奏を混ぜ込むってことはね。でもマイルズ・デイヴィス含めほとんどのケースで、それはまれな例外なのだ。ホレスのばあい、ほぼどのアルバムにも必ず一曲あるっていうくらいの定常的な具合だから、やはりちょっと異彩を放っていると思うんだよね。

ホレスのアルバムを Spotify でざっと眺めてそんなのをささっと拾ってプレイリストにしておいた。オリジナル・レコードにもとからあったものと、ある時期のリマスター CD で追加されたものとが混じっているが、詳記するのは面倒だからしない。ご興味をお持ちのかたはネットで調べてみてほしい。ぜんぶわかるはず。9「ケ・パサ」はクインテット演奏ヴァージョンがオリジナル。

上記10曲のうち3と6は同じ曲だけど、ヴァージョン違いだからいちおう入れといた。まあでもだいたいおんなじだな。さて、これらのうち、5「聖ヴィトゥスの踊り」と9「ケ・パサ」だけやや傾向が異なっている。エキゾティックなラテン・リズムを使ってミドル・テンポでグルーヴする感じだよね。これら以外は、知らないひとに黙って聴かせたら、「あれっ、ぜんぶ同じなんじゃない?」って言われそうなほど、中身は似ている。

なんというか、真夜中にどこかの暗い室内でひとりたたずんでいるような、そんな曲想のものばかりだよね。収録されているアルバムのなかで聴くからいいのであって、ちょうどいいムード転換になるんであって、アンタみたいにそればっかり抜き出して一堂に並べてみたっておもしろくないよ、ぜんぶおんなじようなもんだし、って言われそうだ。たしかにおっしゃるとおり。

ずっと前の大学生のころから、でもこれはちょっと妙な感じだなあ、ほかのハード・バップの音楽家のリーダー作品では聴かれない傾向だとずっと感じていて、なんだかロンリー・ウーマン、じゃなくてロンリー・マン・イン・ザ・ミッドナイトか、そんな雰囲気だ、なかなかいいぞと、むかしからそうだったが、特に最近とみにそう感じるようになっている。

今日のプレイリストみたいに、ホレスのこんな傾向のピアノ・トリオ・ピースだけ集めてどんどん聴くのは、夜、お風呂も終えて、そろそろベッドに向かおうかという入眠準備で、部屋の照明も落とし暗くして、流れている音楽のヴォリュームもやや下げて、平穏で安閑な気分でジッとすわっているという、そんなときにまさにピッタリふさわしいムードをつくりあげてくれる BGM だからでもあるんだよね。

音楽の効用は各種ある。聴く時間帯、自分の肉体的精神的コンディション、いまなにを聴きたいか、どんな必要性でもあったりするのかなどなど、それぞれに応じて、なにを聴くかどう聴くかは変わる。同じ音楽でも姿を変える。暗闇でただジッとひとり孤独にたたずんでいるみたいなホレスのこういったピアノ・トリオ作品集だって、ときどきはそれにふさわしい状況っていうのがあるんだよね。

2018/11/28

これが自分だというレコード・ジャケット

プロ写真家の著作物を無断で Twitter アイコンに使用することは法律違反であるとの判断がくだった。あたりまえのことではある。レコードや CD のジャケットは、写真が使ってあるばあいもそうでなくとも、撮影したりデザインした人間に著作権がある。人物が写っているときはその人物の権利だってあるだろう。だから、無断で借用してはイカンのだとは、マジふつうのことなんだけど。

ぼくだって、あらゆるネット活動のアイコンやプロフィール画像を2017年の秋ごろまでは英 BBC 制作の幼児向け番組『テレタビーズ』に登場するポーにしていたんだから、えらそうなことはなにも言えない。音楽好きなら、自分の好きなレコード・ジャケットをアイコンにしたいと思うことも多いはずだし、実際、いまでもかなりいるんじゃないかな。

録音音楽が好きな人間にとって、最も身近な写真やイラストがレコード・ジャケットであり、それをジッと眺めながら中身の音楽に聴き入るというのは、日常の光景だ。ジャケットはまずもって「顔」なんだしね。いまでもそうか知らないが、ジャズ喫茶ではいまかけているレコードとして、店内で見えるようにジャケットを掲げていた。客もみんなそれを見ていたよね。

それの延長か関係ないのか、う〜ん、ジャズ狂になる前の思春期に買った数々のドーナツ盤の記憶からすれば無関係かもだけど、自宅でもだいたいみなさん同じようなことをなさるはず。すくなくともぼくはする。つまり、一瞥して目が届く場所にいま聴いている CD のジャケットを置き、それを見つめながら聴いていることが多い。

人間恋愛だと、好きな相手のポートレイトを小さな(大きくてもいいが)写真に印刷して、部屋に飾ったり財布やスマホ・ケースのポケットに入れて持ち歩いたり、こんなことはふつうのことだよね。それと同じように、音楽愛好者は、アルバムやシングルのジャケットをいつも眺めている。あぁ〜、この音楽ってきれいなんだよなぁ〜って思うとき、くわえてジャケットまでも美しく楽しければ言うことなしだ。

だから、SNS 活動をやるにあたり、自分の好きな写真やデザインのレコードや CD のジャケットをそのまま転用してしまいたい心理は、とってもよくわかる。著作権云々が頭から飛んでいるんだよね。そこに法を犯しているかも?という自覚は、たぶん、ない。好きだから、ただ好きだから、それだけの理由で、使いたい。「これが自分だ」と。

今回の裁判の判決は、そこいらへんのことを、たんに好きだから云々だけじゃなく、ちゃんとプロの写真家やデザイナーが手がけた著作物で、したがって権利を持つものなのだから無断使用はいけませんよという、ひとつ冷静になって考えてみてくださいねという、そんなきっかけにはなった。みなさん、今後は使いにくくなるのかもしれないね。

だから、もう、好きな、好きで好きでたまらないレコード・ジャケットをなにかのシンボリックな自己であるとして公共に提示する使用法はやめて、これからは原点に立ち返り、部屋のなかで、お店のなかで、外出先で、CD 現物を眺めたり、あるいは同じジャケが表示される音楽アプリなどでこじんまりと表示されてあるのを見つめたりして、これがぼくなのですなどという顕示もせず、ただ内心でだけニンマリしていよう。

2018/11/27

1998年のグナーワ・ディフュジオン再来?〜 エル・デイ(スペインとアラブ、其の三)

これはよく知っている世界だ。エル・デイ(でいいのかな、カナ表記は、El Dey)というアルジェリアのバンドの2014年盤『エル・デイ』。これは新傾向とかいうようなものじゃないねえ。約20年ほど前によく親しんでいた音楽だ。はっきり言えばあのころのグナーワ・ディフュジオンの再来。再来というもおろか、そっくりそのままで、それに ONB っぽい感じをちょい足し。

しかし ONB(オルケルトル・ナシオナル・ドゥ・バルベス)にもグナーワ・ディフュジオンにもないものがエル・デイにはある。濃厚なフラメンコ風味だ。ナイロン弦のスパニッシュ・ギターの響きがアルバム『エル・デイ』全編を支配している。ギターにかんしてはほぼそれしか聴こえないというに近いサウンド構成。弾きかたもフラメンコ・スタイルのめくるめくような幻惑的なものだ。

変わっているのは、そんなフラメンコ調スパニッシュ・ギターでレゲエ・カッティングをやったり、シャアビふうの華麗な旋律を奏でていたりすることだ。シャアビ、カビール系音楽、ライ(ふうなコブシまわし)、ほんのかすかなグナーワ風味、レゲエ、ラガマフィン、サルサ、そしてフラメンコ 〜 だいたいこれくらいが、アルバム『エル・デイ』の構成要素かな。

メイン・ヴォーカリストの声質や歌いかたが、かなりアマジーグ・カテブに似ていて、もとからの資質がそうなのか、あえて意識して似せているのか、他人の空似か、それらのミックスか、わからないが、まるで20世紀末ごろのグナーワ・ディフュジオンが2014年にフラメンコをともなって帰ってきたような、そんなフィーリングだよなあ、エル・デイ。

ONB とかグナーワ・ディフュジオンとか、こういったマグレブ・ミクスチャー音楽はやや勢いに陰りが見えるというのが最近のぼくの見方だったんだけど、アルジェ直輸入のこういった『エル・デイ』みたいなのを聴くと、そんなこともないんだなあという気がしてきた。落ちているかのように見えるのは、パリはバルベス発の情報に頼っているからで、現地ではドメスティックに盛り上がっているのかもしれない。

ともかく『エル・デイ』は、20世紀末の、あの時代の、ONB やグナーワ・ディフュジオンなどに熱狂し身を焦がした憶えのある音楽ファンなら、聴いていて思わず笑みが浮かぶ、ばあいによっては快哉を叫ぶかのような音楽アルバムに違いない。そういった向きにはオススメです。といっても、日本じゃたぶんエル・スールでしか買えないんでしょ〜?

2018/11/26

月光で輝く水玉ドレスのメグ・ライアン

「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ」。ジミー・ヴァン・ヒューゼンとジョニー・バークが書いたこのポップ・スタンダードのヴァージョンで、ウェス・モンゴメリーのもの以上に美しいものはきっとこの世に存在しない。ウェスのそれは1960年のリヴァーサイド盤『ジ・インクレディブル・ジャズ・ギター』3曲目。あぁ〜、なんて美しいんだ。この世のものとは思えないほどじゃないか。こういうとき、音楽とは天上にある永遠のものなんじゃないかと思える。

「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ」はもちろん歌詞のある曲だから、フランク・シナトラやエラ・フィッツジェラルドなど、歌手もたくさん歌っている。近年ならステイシー・ケントのもよかったなあ。でも、歌入りも楽器演奏のものもすべてひっくるめて、このポップ・スタンダードを最もよく、最も美しく、最も歌本来の持ち味を(歌詞の意味含め)活かしてやっているのが、ウェス・モンゴメリー・ヴァージョンに違いない。そう確信している。

この「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ」という曲の歌詞は、ネットで検索すればすぐに出るし、和訳が載っているサイトもあるので、ご存知ないかたもご覧いただきたい。そうすれば、歌に出てくる水玉ドレスを着て月光に輝く女性主人公がメグ・ライアン・タイプだとご理解いただけるはず。まあたんにぼくがメグのファンなだけかもしれませんがね〜。

甘くとろけるようなロマンティック・ムード横溢のこの「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ」をやるにあたり、『信じられないジャズ・ギター』のウェスは、一曲まるごとぜんぶオクターヴ奏法で通している。オクターヴ弾きでない瞬間はなし。このアルバムはウェスの作品のなかでもとりわけオクターヴ奏法がたくさん聴けるという特色があるのだが、一曲すべてオクターヴ奏法しかやっていない演奏って、このギタリストの音楽生涯でほかにあるのかなあ?

そんなオクターヴ奏法が、この「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ」では、ひときわ繊細美を放つ効果を持っているよね。元来この演奏法は1オクターヴ離れた二音をユニゾン合奏することで、音に丸みとふくらみ、ひろがりを持たせるのが目的なんじゃないかと思うんだけど、この曲でのウェスは、夜のパーティで出会ったメグ・ライアンのチャーミングさと甘い空気感をきれいに表現しているのに用いている。

この曲のもとから美しい旋律の動きをちっとも殺さず最大限に表現できるよう、カルテットの全員も細心の注意を払っているなというのが、聴けばよくわかるよね。イントロのトミー・フラナガンからして、あまりに没頭しすぎかも?と思っちゃうほどスウィートでロマンティックにシングル・トーンを綴る。エコーが効いていて、雰囲気満点だ。

そこにウェスが入ってきた瞬間にぼくは溶けてしまうんだ。メグ・ライアンの可愛さに、じゃあない。ウェスの、カルテットの、演奏の熟達した甘み表現法に、とろけてしまうってことなんだ。つまり、このウェスの「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ」を聴くぼくは、女性に一目惚れした男性の恋心に共感しているかのようでいてさにあらず。その実、音楽のチャームのとりこになっている。

音楽でも文学でも絵画でも映画でも、フィクション作品への共感、のめりこみは、いつでも常に、こういったメタ特性というか、表現じたいやスタイルに惚れるという部分があって、表現対象や表現内容への愛や共感だけじゃないばあいもあるかも。すくなくともぼくはそうだ。恋愛ソングを聴いて、実体験か仮想の人間恋愛に思いを馳せているかというと、それだけじゃない。音楽愛を感じ、悦に入っているというのが本当のところなのだ。

ウェスの「ポルカ・ドッツ・アンド・ムーンビームズ」は、そんなメタ音楽(自己)恋愛を最高度にまでたかめてくれる至高の美しさを放つサウンドを持っているんじゃないだろうか。きれいだ。きれいの一言に尽きる。ここにあるのは、ぼくのばあい、女性愛だとしてもその女性とはミューズ、すなわち、女性へと姿を変え水玉ドレスをまとい月光に輝く《音楽》への愛ということなんだ。

2018/11/25

名作『中南米音楽アルバム』リイシュー!

日本におけるラテン音楽紹介の第一人者といえば、ぼくらにとっては中村とうようさん。そのお弟子さんとも言うべき存在が田中勝則さん。そんなとうようさんの先輩格にあたる、というだけでなく、そもそも日本にはじめて本格的にラテン音楽を紹介し評論活動を行った偉大な人物が高橋忠雄さん(1911〜81)だ。高橋さんが1941年(昭和16年)に編んだ『中南米音楽アルバム』が、孫弟子、田中勝則さんによってブラッシュアップされ、今2018年夏に蘇った。これほどの慶事があるだろうか。

日本におけるラテン音楽評論の系譜をたどると、まず第1ページ目におかれるのが高橋忠雄さんということになる。タンゴやルンバのレコードが日本で本格発売されるようになったのが昭和10年前後らしいが、高橋さんはそのころから活躍されていた草分けで、戦後も NHK ラジオのラテン音楽番組でディスクジョッキーを、1948年から20年以上も務められていた。

1960年代から、そんな高橋忠雄さんのお仕事を引き継がれたのが永田文夫さんと中村とうようさんだったんだね。最も重要なことは、そもそも日本におけるラテン音楽評論は、かつて主にタンゴにかたよっていたのだが、高橋さんは特定のものにこだわらず、スペイン語、ポルトガル語の別すらなく、ひろくラテン音楽(中南米音楽)全般を総体としてとらえ聴き紹介し評論していこうという姿勢をお持ちだったという点。とうようさんのあんな主義は、つまりはそういう部分も継承したのだった。

そんな高橋忠雄さんの残された最も偉大で最も印象深い仕事こそ『中南米音楽アルバム』ということになる。1941年時点で可能な範囲の、中南米の幅広い音楽を網羅し、上で述べたような高橋イズムが鮮明に打ち出された作品。でありかつ、日本におけるラテン音楽紹介・評論の本格的スタート地点だったのだと言えるはず。いや、日本における、と断り書きすることもない、1941年時点で世界を見渡しても、類似する作品はまったく存在しなかったはず。タンゴならタンゴと特定のジャンルだけの編纂盤ならあったろうけれども、ラテン・アメリカ音楽全体をひろく視野に入れたセレクションなんて、ヨーロッパでもアメリカ合衆国でもつくられていなかった。

『中南米音楽アルバム』のオリジナルは12曲。1941年なので SP 盤六枚セットで販売されたということだろうか?さらにレコード発売元がどこだったのか?この二点については、田中勝則さんの解説文に明記がないのだが、たぶんひょっとして1940年発足の中南米音楽研究会が発売?したということかなあ?中南米音楽研究会は、その後『中南米音楽』誌となり、それは現在の『ラティーナ』誌の前身だ。

今2018年発売のディスコロヒア盤『中南米音楽アルバム(改訂版)』は、オリジナルの12曲に、田中勝則さんが8曲をくわえている。サイズ的な理由だけだろう。田中さんも高橋忠雄さんのオリジナル選曲意図を殺さないように細心の注意を払っているし、また追加分はどの曲なのか、ブックレット冒頭の曲目表で一瞥して容易に判別できるよう工夫を凝らしてある。同様に、以下で k で示す。

1)ホァン・ダリエンソ楽団「デレーチョ・ビエホ」:タンゴ(アルゼンチン)
2)エドガルド・ドナート楽団「ラ・ミマーダ」:ミロンガ(アルゼンチン)
3)メルセデス・シモーネ「ミロンガ・センティメンタル」k:ミロンガ(アルゼンチン)
4)イスマイル・モレーノとクージョ民俗楽団「君の悲しみ」:ガート(アルゼンチン)
5)ロス・クァトロ・ウァソス「六月と七月の間」:クェッカ(チリ)
6)マルタ・デ・ロス・リオス「トゥクマン州の空の下」:サンバ(アルゼンチン)
7)マルタ・デ・ロス・リオス「火花散る私」k:バイレシート(アルゼンチン〜ボリビア)
8)ドゥオ・ラス・カントゥータス「ボリビアへ」k:クェッカ(ボリビア)
9)ロス・トロバドーレス・デル・ペルー「エル・ウァケーロ」k:マリネーラ(ペルー)
10)フェリクス・ペレス・カルドーソのトリオ・ティピコ・パラグァージョ「アベニーナ」:ポルカ・ティピカ・パラグァージャ(パラグァーイ)
11)フェリクス・ペレス・カルドーソのパラグァーイ民俗楽団「忘れ得ぬ君」:ガローパ(パラグァーイ)
12)ティト・ギサール「大きな田舎家」:メヒカント(メキシコ)
13)ティト・ギサール「陽は沈みゆく」k:ウァパンゴ(メキシコ)
14)リタ・モンタネール「あなたを憎む」k:クリオージャ(キューバ)
15)レクォーナ・キューバン・ボーイズ「ルンバ・タンバ」k:ルンバ(キューバ)
16)エンリケ・ブリヨーン楽団「トリゲニータ」:ルンバ(キューバ)
17)コンフント・マタモロス「陽気なコンガ」:コンガ(キューバ)
18)バンド・ダ・ルア「我が家の思い出」:サンバ・カンソーン(ブラジル)
19)カルメン・ミランダとマリオ・レイス「アロー・アロー」k:サンバ(ブラジル)
20)シロ・モンテイロ「ただ一人」:マルシャ(ブラジル)

田中勝則さんの追加分も、どうしてここにこれを入れたのか、理由や経緯がちゃんと説明されてあり、高橋忠雄さんのオリジナル・セレクションと有機的な関連付けがあるとわかるようになっているのも文句なしにすばらしい。高橋忠雄+田中勝則の、時空を超えたタッグによる新アンソロジー『中南米音楽アルバム(改訂版)』とも呼ぶべきで、以下、区別せずいっしょに扱って、ちょっとだけ不要な言を重ねておきたい。

タンゴ(ミロンガ含む)がまず最初に三曲あるのは、1941年初版当時の日本におけるラテン音楽愛好傾向を勘案してのことだろう。高橋忠雄さんは1930年代末にアルゼンチンに旅行されていて、現地でさまざまな音楽に触れられたとのこと。タンゴだけでなく、のちにフォルクローレと呼ばれるようになる<田舎の音楽>も実体験されたようだ。初版『中南米音楽アルバム』は、そんな現地体験にもとづく研究成果発表という側面もあった。

田中勝則さんの解説文にくわしいが、ブエノス・アイレスの1930年代末には、タンゴもあるがそのほかの<田舎の音楽>もさかんにやっていて、それは文字どおりアルゼンチンの地方都市の民俗歌謡(しばしばダンスをともなう)だけど、周辺隣国から人や音楽の形式が流入してやっていたものもあったらしい。上の曲目一覧の右に音楽の型式と発祥国を書いておいたが、11曲目までのレコードはたぶんどれもブエノス・アイレスで録音されたものだろう。

言い換えれば当時のブエノス・アイレスはたんにタンゴの街だったというだけでなく、人的・文化的に多種多彩な国際都市で、だから音楽も雑多なものがあふれていたということなんだろうね。実際、『中南米音楽アルバム(改訂版)』収録のブエノス・アイレス録音のレコードには、多民族構成での演唱がいくつもある。アルゼンチン人の伴奏でボリビア、ペルー、パラグァーイの歌手が歌ったりしている。

高橋忠雄さんの音楽的コスモポリタニズムとは、1930年代におけるブエノス・アイレスのそんなカラフルさを総体としてそのまま受け止め受け入れよう、日本に紹介して本格評論していこうという、そんな素直でストレートな、しかしなかなかむずかしい面もある意識にもとづく純な営為だったのではないかという気がする。汎ラテン・アメリカン・ミュージックというような高橋さんの視点は、そうやって養われたものだったかも。

そんな、中南米音楽全般を区別せず<全体的に>とらえようという高い意識と姿勢は、『中南米音楽アルバム(改訂版)』なら、12曲目以後の中米〜カリブ〜ブラジル・セクションで、よりくっきりと表れていると言えるはず。1941年に、ルンバやタンゴやだけでなく、(のちで言う)フォルクローレや、さらにメキシコ、キューバ、ブラジルの同時代の最新音楽まで一堂に紹介したような人物って、世界でほかにだれがいただろうか?高橋忠雄さんだけだったのでは?まさにラテン音楽紹介における世界のトップ・ランナーだった。

ぼく個人の嗜好だけからすれば、このアルバムで15曲目のキューバ・セクションに入ると、いきなり気分が浮き立つ。胸がワクワクして軽くなり、俄然楽しくなってくるもんね。心からそう感じる。レクォーナ・キューバン・ボーイズのルンバやコンフント・マタモロスのコンガで心沸き立たない音楽好きって、はたしているのだろうか?と思ってしまうほど楽しさ満点。リズムがすんごくいいね。

19、20曲目のブラジル・セクションに来れば、実はもっとうれしい。いきなりカルメン・ミランダとマリオ・レイスの「アロー・アロー」だもんね。これは田中勝則さんの追加セレクションだけど、前後とまったく違和感がない。ってことは前後の高橋忠雄さんの選曲も図抜けてすばらしかったという証拠だ。カルメンとマリオの「もしもし」は異様に輝いているよねえ!すばらしすぎてことばがない。

アルバム『中南米音楽(改訂版)』は、その後、シロ・モンテイロのマルシャで幕を閉じる。1930年代にサンバよりも盛んだったカーニヴァル音楽マルシャは、いわばキューバのコンガと兄弟分。やはりウキウキするようなダンサブルなフィーリングが楽しいったら楽しいな。でも、これ、シロはもっと時代が下っての都会的なサンバ歌謡で才能を確立した歌手だ。それ以前のこんなみずみずしいダンス歌謡にシロの才能を、しかもリアルタイムで、見出して(汎ラテン・アメリカン・ミュージック選集に)チョイスしていた高橋忠雄さんは、やっぱりすごかった。

2018/11/24

アレヒス・ズンバスのナマナマしさ

このアルバム、三年前に bunboni さんのブログで紹介されていたので知りました。CD 買って一聴で感激しコメントも残しましたが、みずからの文章にするのは遅くなってしまいました。
ギリシア人ヴァイオリニスト、アレヒス・ズンバスの『ア・ラメント・フォー・イピロス』。2014年の Angry Mom 盤で、プロデューサーも解説文も SP からのデジタル・リマスターも、クリストファー・キングがやっている。彼の個人コレクションにもとづくアルバムだ。ジャケ裏に録音データが書いてあって、それによれば1926~28年のニュー・ヨーク録音。

しかしこの録音年だけ見て音を聴かずにこのくらいかなと想像するかたは、かりにちょっとでも耳を傾けていただければ、そのヴァイオリン・サウンドのあまりのナマナマしさにビックリするはず。いったいこれが1920年代後半の音なのか!?とね。ぼくも最初に聴いたときはタマゲちゃった。同じ1920年代末ごろの米ジャズやブルーズの録音に比すれば、とうてい考えらえないリアルさだ。

1926〜28年に、いったいぜんたいどういうわけでここまでリアルで生々しい録音が可能だったのか?などとの問いを立ててみることは、実はおろかしいことなのかもしれない。SP 盤の音質は、なにもしらないぼくがボンヤリ夢想するほど悪いものじゃない、ばかりか相当ふくよかで表現力に富んでいる。SP そのものを直接聴いたことは一度しかないが、ちゃんとデジタル・トランスファーすれば、このアレヒス・ズンバスの CD(やネット配信)みたいなものができあがるんだろうね。

さて、アメリカにはギリシア系住人がかなりいて一定のコミュニティを形成しているが、アレヒスもそんななかのひとりだったということなんだろうか。英語で書かれた附属解説文によれば、生まれはギリシアの北西部イピロス地方だとのこと。JSP レーベルからの復刻リリース・ボックス『レンベーティカ』シリーズにも、いくつかアレヒスの演奏が収録されていた。あのボックスは、在アメリカのギリシア人音楽家はそれとしてわかるようになっていたよね。

アレヒスの単独アルバム『ア・ラメント・フォー・イピロス』、Spotify にあるものは(アルファベット表記だけど)ギリシア語でしか曲名が書かれていないので、CD ジャケ裏を見ながら、併記されてある英題も以下に記しておこう。ギリシア語を解するかたは飛ばしてください。

01) Epirotiko Mirologi (Lament From Epirus)
02) Gaitanaki (Maypole Dance)
03) Tsamiko Makedonias (Macedonian Dance)
04) Samantakas (Osman Taka)
05) Frasia
06) Shizo Rizo Mor Panagia (Pulling Apart The Lemon)
07) Kleftes (Tsamikos) (Bandit's Dance)
08) Mpil Mpil (Bil Bil: The Nightingale's Cry)
09) Alimbeis (Chief Ali)
10) Papadopoula (Priest's Daughter)
11) Syrtos Sta Dyo (Syrtos Two Step Dance)
12) Tzamara Arvanitiko (Albanian Shepherd's Tune)

この英題だけでもわかることだけど、哀歌や嘆きのような演奏とダンス・チューンとに二分できるみたいだ。ヴァイオリン、というかフィドル一台の演奏でダンス伴奏をやるのはアイリッシュ・ミュージックにもあるし、というかそもそも欧州全域でそんな珍しいことでもない。いっぽうラメントをやるのはわかりやすい。

アレヒスのばあい、しかしダンス・チューンでも快活陽気なフィーリングではない。踊れるようにリズミカルではあるけれど、旋律が哀しげだ。であるとはいえこれも、たとえば各国のフォーク・ダンスや民謡なんかでふつうに聴けるやりかただよね。アレヒスはギリシア人だし、だから(トルコ音楽にもある)オスマン要素だってあるということなのかもしれない。

哀歌や嘆きを歌うヴァイオリン演奏(に、必ずコントラバス弓弾きかチェンバロか両方が伴奏で付く)だと、しかしメイジャー・キーになっていたりもして、聴感上は必ずしも悲嘆調にも聴こえず、あれっ?とかって感じちゃうけれど、ヴァイオリンでの表情の豊かさ、かなり細かい部分まで神経の行き届いた繊細な配慮、指遣い、フレイジング、ボウイングの多彩さ、雄弁さに感動する。絶妙な演奏とはこのことだ。

両国仲が悪いらしいギリシアもトルコも、ヨーロッパ的なものとアラブ的というか西アジア的イスラム文化圏的なものの両方をあわせ持っていると思うんだけどね、音楽だけでなく文化全般に。あるいは北アフリカ的、地中海的なものもあるかな。そんな部分は、最後のふたつを除き、アレヒスのヴァイオリン演奏にもはっきり出ていると思う。

この手の音楽にぼくが強く惹かれるのも、たぶんだけど、そういったところにも理由があるのかもしれない。とにかく、録音年だけ見て「古い」とか敬遠せず、ぜひともちょっと聴いてみていただきたい。1920年代後半の SP でここまでの生々しいヴァイオリン・サウンドが聴けるというだけでも、時間を割く値打ちはあると思うなあ。黙って聴かせたら現代録音だと思うかも。

2018/11/23

サム・アミドンのおすすめマイルズ 〜『ディーコイ』

サム・アミドンの10月26日のこのツイートに勇気を得て、ちょっと書いてみよう、マイルズ・デイヴィスの『ディーコイ』(1984)について。ぼく自身もなかなかおもしろいなと前から思ってはいるものの、特に書けることがないかもと引っ込み思案だった。サム、ありがとう。でもちょっと褒めすぎじゃないかなとは思うんだけどね。「ヘンな感じ」のほうはわかりやすい。
サム・アミドンの言うウィアードとは、たぶんアルバム2曲目「ロボット 415」と4曲目「フリーキー・ディーキー」(ここまでが A 面)のことなんじゃないかなという気がする。このフィーリング、サムがそう表現するのはとてもよくわかるものだよね。でもぼくはそんなにこの二曲がおもしろいようには感じない。不気味でゾッとする感じがあって、たしかにこういうのは公開されているマイルズの全録音でほかにないんだけど。

え〜っとね、そいでとにかくね、間違いない記憶だけど、マイルズの1981年復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』からワーナー移籍第一作の1986年『ツツ』までは、ホント必死で聴いた。繰り返し繰り返しなんどもなんどもなんども、聴いたんだ。本当に。『ツツ』まではアナログ・レコードで買って、擦り切れるまで聴いたさ、そりゃあ。

そんな記憶のなかで、やはり『ディーコイ』でオオッ!となったのもたしかだ。なにがかというと、このアルバムはマイルズ久々の鍵盤楽器本格重用体制復活だったのだ。個人的リアルタイム聴取では初の事態。だからつまり、ぼくが接していたマイルズはギター・バンドのひとで、鍵盤はみずからが弾くオルガンとかエレピとかシンセサイザーだけっていう、そんな音楽家としての姿が刻み込まれていた。

しかしこれは、以前も詳述したがどっちかというとギターよりもピアノなどの鍵盤を重視する傾向のあるマイルズにとっては異様な時期だったんだよね。スタジオ録音作でいうと1972年の『オン・ザ・コーナー』を最後にマイルズはギター・バンド時代に突入し、そのまま1983年の『スター・ピープル』までそれが続いた。あいだ六年間近くのブランクもあった。

ところが1884年の新作『ディーコイ』では大々的に鍵盤シンセサイザーの分厚いサウンドが支配している。弾いているのがロバート・アーヴィング III。このひとは、実は1981年復帰作『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の二曲「シャウト」「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」で演奏していたシカゴ人脈のひとり。マイルズもこのころから目を付けていたようだけど、まだまだツアーもこなすバンド・レギュラーということにはならなかった。

このへんはちょっと事情もあったみたいだけど、『ディーコイ』の音楽内容に関係ないと思うから省略。気になるかたはネットで調べてみてください。とにかく、鍵盤楽器でガチガチの分厚い和音を鳴らし、その上にみずからのトランペットや、サックスやギターを乗せていくという、マイルズ本来の志向・嗜好の本格復活が『ディーコイ』だった。

ロバート・アーヴィング III は、お聴きのとおりサウンド・メイクにとても重要な役割をはたしている、どころかこれはもはやほぼバンド・サウンドを支配しているとしても過言ではないほどシンセサイザーが鳴りわたっているじゃないか。それだけではなくボビーはアルバム中、最も多くの曲でコンポーザーとしてクレジットもされている。

アルバム『ディーコイ』では B 面(5曲目以後)はあまりおもしろく聴こえない。それでもリリース時は全サウンドを脳内再生できるほど聴いたんだけど、いまやどうも、う〜ん、ちょっとこれはなあ…。6曲目の定型ストレート・ブルーズ「ザッツ・ライト」はそれでもまだ聴けるものかも。B 面のそれ以外の二曲は1983年のライヴ・マテリアルから抜粋編集し、新しい曲名を冠しただけの既存曲にすぎない。

そのまあまあ聴けるかと思う「ザッツ・ライト」にだけ、アレンジャーとしてギル・エヴァンズの名がクレジットされているのは、マイルズのアルバムではなかなか珍しいことだ。ノー・クレジットでギルは随所に参加しているからだ。具体的にペンをふるわなくても、レコーディング・スタジオに同席していたというセッションなら、枚挙にいとまがない。ってことは助言くらいしたんじゃないかな。

実際、アルバム『ディーコイ』を聴くと、1〜4曲目の A 面収録分にだって、間違いなくギルは手を貸しているとわかる。それもあきらかにアレンジ譜面を書いているよね。たぶんだけど四曲とも。あっ、そういえばサム・アミドン推奨の二曲(で合っているかどうか知らないよ)「ロボット 415」「フリーキー・ディーキー」は、マイルズにしては珍しい曲想だけどギルが…、と考えればわかりやすいね。う〜ん。そうだったのかなあ…。

ともかく『ディーコイ』はアルバム全体にわたり、譜面を書くアレンジャーがいないと実現不可能な音楽のように思える。ふりかえれば、前作『スター・ピープル』はテオ・マセロが手がけた最終作となり、別れたマイルズは次作以後セルフ・プロデュースすることとなったので、サウンド・アドヴァイザー役みたいな人物が必要だと考えたかも。それをギルに頼んだのかも。まったく根拠レスな憶測ですが。

『ディーコイ』A 面では、四曲の流れもいい。1「ディーコイ」、3「コード M.D.」がフックの効いたノリのいいファンク・チューンで、しかもバンドの正式メンバーとして迎えたいということで(でもそうならなかった)ブランフォード・マルサリスがソプラノ・サックスを吹いている(B 面の「ザッツ・ライト」もそう)。とにかくグルーヴィな二曲で、本当にカッコイイよなあ。トランペット、サックス、ギター(ジョン・スコフィールド)と、三名のソロとも内容がいいが、それ以上にリズムがすばらしい。

そんなファンク・チューンふたつと交互に流れてくる奇怪なウィアード・チューン二曲「ロボット 415」「フリーキー・ディーキー」。しかし、前者にはちょっとカリブ音楽っぽいニュアンスも感じとれるし(ミノ・シネルのおかげ?)、後者も一時期のウェザー・リポートみたいに聴こえたりするのはシンセサイザー・サウンドのためか、あるいはやはりどっちにも参加したミノの貢献か。

2018/11/22

ちょっとのボレーロ「ペルフィディア」〜 自分用メモ

メキシコのアルベルト・ドミンゲスが書いたボレーロ「ペルフィディア」。いい曲だよねえ。アメリカ合衆国ではザビア・クガートやヴェンチャーズなどが有名にした曲らしいけれど、知らないのだった。ぼくがはじめてこの曲に出会ったのはナット・キング・コールがスペイン語のまま歌ったものだ。それで参っちゃった。なんていい曲なんだと。ナットのスペイン語歌曲集は三作あって、二作目の『ア・ミス・アミーゴス』に「ペルフィディア」はある。

といっても最初からナット・キング・コールのスペイン語歌曲集で聴いていたわけじゃない。きっかけがあったんだ。それはエル・スールさん謹製のフィーリン・コンピレイション『フィーリンを感じて』のこと。そのなかにナットの「ペルフィディア」があった。あのコンピを聴いていて、ふと流れきたナットの「ペルフィディア」に惚れちゃった。それまでナットにスペイン語歌集があるということすら知らなかったんだ。エル・スール原田さんに多大なる感謝を捧げたい。

それで好きになってしまった。ナットのスペイン語歌曲も、ドミンゲスの「ペルフィディア」のことも、それからこういった甘いボレーロ(〜フィーリン)のこともさ。でもその後たいしてこの曲のことを追いかけまわしているわけでもない。ただ流れくる偶然の出会い、すれちがい、たとえばだれかボレーロ歌手の作品、ラテン・ソング集などで「ペルフィディア」があればうれしいといった程度。そう、男女が街中での偶然の出逢いを大切にするかのごとく、特に待ち合わせもせず、ぶらりとすれちがいざまに目を交わせれば、それで満足。

だから、今日は特別に自分の iTunes 内を 'Perfidia' で検索して出てきたものだけちゃちゃっと並べて、それらを Spotify で検索すればぜんぶ見つかったのでプレイリストを作成したっていう、これはこの曲にかんするときのぼくとしては、ちょっと珍しいことなのだ。そんなわけでザビア・クガートもヴェンチャーズもない。メインはボレーロ歌手だ。きっかけだったナット・キング・コールをトップに置いた。

その後はボレーロ歌手が続く。4つめのラピータ・パロメーラは、上記エル・スール製アンソロジーのおまけ的なミニ・ディスク『フィーリング・フィーリン:エクストラ・トラックス』に収録されているもの。その前のエルビラ・リオスとエルビラ・キンターナは、いずれもスペインの会社 Vintage Music が CD 復刻した1950年代ボレーロ10インチ盤から。

エルビラ・リオスにしろエルビラ・キンターナにしろラピータ・パロメーラにしろ、このドミンゲスのボレーロ「ペルフィディア」を歌っているのを聴くと、なんというか、どこか暗い影、決して、なににも期待しまいという生きかたのなかから、それでも訪れようとしては消えていくかもしれない幸運やロマンスを、静かに見つめながら歌う感じとでもいうか(©︎ エル・スール原田さん)、そんな仄暗さとロマンティシズムが感じられる。そういったところが大好きなんだよね、ぼくは。

だから、プレイリスト5、6曲目で展開する「ペルフィディア」はかなりフィーリングが異なっているように聴こえる。ロック・ステディ歌手フィリス・ディロンのヴァージョンには仄暗さがなく、裏切られただとか別れだとかいったかなしみがあまり感じられない。フリオ・グティエレスのデスカルガ・ヴァージョンも、同様に明るい。ほぼ底抜けに陽気だと言っていい。

でもそういった解釈もまたいいんじゃないかな。重く哀しく苦しい歌詞内容を持つ歌であっても、いや、それだからこそかえって、こういった明るい曲調にリアレンジしてとらえなおすのに大きな意味がありそうだ。フィリスのヴァージョンなんか、ちょっと歌い終えたら「サック・イット・トゥ・ミー、ベイビー」なんて言うし、そこがかわいくチャーミングだ。楽器演奏だけのジャム・セッションとなっているフリオ・グティエレスのも、ぼくは好きだ。

要は、この曲「ペルフィディア」にふと不意に出会えれば、それだけでいいんだね、たぶん。

2018/11/21

かわいいかわいいフィリス・ディロン

このアルバムは bunboni さんに教えていただきました。ありがとうございます。
初レコードが1966年のシングル「ドント・ステイ・アウェイ」であるフィリス・ディロン。レコードはぜんぶデューク・リードのトレジャー・アイル・レーベルから発売されている歌手みたい。生涯唯一のオリジナル・アルバムである『ワン・ライフ・トゥ・リヴ』が1972年のリリース。今2018年に大幅に拡充されてドクター・バードから出しなおされたものが今日の話題。といってもぼくはそのエクスパンディド・エディションが初体験で、こ〜れが!かわいいんだよ〜。

『ワン・ライフ・トゥ・リヴ:エクスパンディッド・エディション』のオリジナル・レコード分は12曲目までで、それ以後15曲16トラックのボーナス・トラックは、基本、それ以前のシングル・ナンバーから持ってきているようだ。上記「ドント・ステイ・アウェイ」も17曲目にある。カヴァー・ソングの多いフィリスには珍しいオリジナル・ナンバーで、これもチャーミングな名曲だ。

ボーナス分では、22曲目「チューリップス(アンド・ヘザー)」もいいよね。爽やか系なキュートさで。しかしなんといってもボレーロ好きのぼくにとって最大の興味は15曲目の「ペルフィディア」。メキシコの作曲家アルベルト・ドミンゲスが書いた名曲、名ボレーロだもんね。「ペルフィディア」については、こじんまりとしたものを書いてみようと思っているので、たぶん明日、だから今日は簡単にまとめると、フィリスのヴァージョンはやっぱりロック・ステディになって、なんだか明るく楽しそうにさようならを言っている。

甘いボレーロだとはいえ、「ペルフィディア」は恋人に裏切られ別れを告げるという内容の歌。それがこんなにカラリとした…、あ、いや、フィリスの歌にもちょっとの官能性は残っているかも。彼女はスペイン語ではなく英訳詞で歌っている。リズムのこんな感じとあいまって、つらい恋をひきずらない適度なドライさ、ちょうどいい程度の(重い?軽い?)情緒を表現できていて、なかなかおもしろいんじゃないだろうか。

まあでもアルバム13曲目以後のボーナス・パートでは、やっぱりオリジナル・ソングである17曲目「ドント・ステイ・アウェイ」に注目が集まるところだよね。レゲエほどの重たいシリアスさを持たず、スカよりはダンス要素を落ち着かせ、聴くための音楽となっているその1966年の「ドント・ステイ・アウェイ」には、北米合衆国のリズム&ブルーズが持っていたものもしっかり感じられる。

さらに、「ペルフィディア」でも「ドント・ステイ・アウェイ」でも、アルバムのぜんぶの曲がそうなんだが、フィリスの声がキュートでかわいいんだ。まるでティーン・アイドル歌手みたいな声と歌いかたで、そのチャーミングな声のトーンに、たぶんアイドル・シンガー好きのかたがただったらすんなり受け入れていただけそうな、そんな歌謡フィーリングがあるよ。逆も言える。ガツンと来るハードなものがお好きな向きにだったら、フィリスは推薦できないかも。

アルバム1〜12曲目のオリジナル・レコード『ワン・ライフ・トゥ・リヴ』パートでは、カヴァー・ソングの秀逸な歌いこなしが聴きどころ。有名どころだと、スティーヴン・スティルスの2「ラヴ・ザ・ワン・ヨー・ウィズ」、ビートルズの4「サムシング」、カーペンターズが歌ったバート・バカラックの8「クロース・トゥ・ユー」などがあげられる。フィリスのだってどれも見事なできばえだ。

なかでもバカラック・ナンバーではロック・ステディふうな料理を施さず、そのままカーペンターズ・ヴァージョンに沿ってのアレンジと歌いかたでフィリスはやっている。この曲だけでなく、今日話題にしている CD アルバムではほかにもある。あのジャマイカン・リズムじゃないものが。それでフィリスはフィリスらしさをちょうどよくキュートに出せているし、とってもかわいらしいし、これはロック・ステディがそういう音楽だったのか、フィリス・ディロンが(活動期間は短かったとはいえ)それだけ立派な歌手だったのか。

とりあげられている曲も、1972年のレコード・アルバムである『愛に生きる』というそのテーマに沿ったものが選ばれていて、スティーヴン・スティルスのもジョージ・ハリスンのものそうだし、それら以外もぜんぶそう。ぜんぶの曲を濃すぎない適切なソウルフルさを込めながらていねいに歌い、そこに幼さすら感じるキュートな(アイドルっぽい)かわいらしさの衣をまとわせて、聴き手を微笑ませることのできる、そんな歌手だったんじゃないかな、フィリス・ディロンって。いやあ、ホ〜ント、いいです可愛いです。

2018/11/20

爽快な無垢さから変態露悪趣味へ 〜 初期プリンス

1984年の『パープル・レイン』で大爆発する前のプリンスだと、前作の『1999』(82)は相当いいよね。あの世界ができあがっている。デビュー作の『フォー・ユー』(78)もあんがい?いいぞ、きれいにまとまっていて好きだ。これら二作についてはすでに書いたので、それ以外の『プリンス』(79)『ダーティ・マインド』(80)『コントロヴァーシー』(81)について簡単にまとめておきたい。

二作目の『プリンス』が発売された1979年には、エピックに移籍しクインシー・ジョーンズと組んだマイケル・ジャクスンの『オフ・ザ・ウォール』もリリースされている。もちろんバカ売れしたのはマイケルのほうで、シングル・レコードも売れ、一躍時代の寵児となった。しかし同年の『プリンス』の内容が、わりと似たようなものなんだよね。

西海岸的で爽快な明快さ、キャッチーでわかりやすいソウル〜ディスコ調の曲つくり、歌詞内容は無垢な青春謳歌のようなもので、しかもシンセサイザーも多用されているし、歌とギターはもちろん自前だが、くわえてマシンを中心とするサウンド・メイクがある。『オフ・ザ・ウォール』と『プリンス』は、やっぱりあの時代の産物だったね。圧倒的にマイケルが売れたのは、キャリアと知名度ゆえだ。

すぐ次の『ダーティ・マインド』で顔を見せるようになるねちっこい淫靡さは、『プリンス』にはない。一曲「バンビ」を除いてはね。それから『プリンス』では、歌なしのインストルメンタル・パートがけっこう長かったりもする。1曲目「アイ・ワナ・ビー・ユア・ラヴァー」のアルバム・ヴァージョン後半もそうだ。延々と三分以上ジャムっている。これはダンス・フロア用ってこと?ディスコかなんかの?

「セクシー・ダンサー」も基本ディスコだけど、ここで聴ける乾いたシャカシャカっていうギター・カッティングはのちのちにつながっていくものだと思う。この1979年当時だとナイル・ロジャーズとかロジャーみたいなひとたちに通ずるファンク・ギターと言えるけれど、もっとあとになればプリンスがぶっち切りの No. 1として君臨することになるものだ。『フォー・ユー』でこういうギター、聴けましたっけ?ファンク・ギター奏者のプリンス誕生?21世紀になってからの『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!:アフターショウ』とかを知っていると、なかなか感慨深いものがある「セクシー・ダンサー」だ。歌詞はやっぱり屈託ない。

そんな屈託なさが聴けたのに、『ダーティ・マインド』『コントロヴァーシー』では早くもそれが消えかけて R-18 的な世界が展開されはじめている。サウンドも、ソウル/ディスコというより、この1980年前後のいわゆるニュー・ウェイヴっぽくて、『1999』の予告にもなっている。さらにノリが直線的で、踊ることを拒否しているかのようなビート創りも聴ける。ぼく的にはそんな部分はイマイチだけど。

そいで、ちょっと近い時期のシンディ・ローパーにも似ているよね。シンディをニュー・ウェイヴって呼んでいいんだっけ?曲としてシンディが歌った「ウェン・ユー・ワー・マイン」があったり(前作にもシャカ・カーンがやった「アイ・フィール・フォー・ユー」があり)するのは、キャッチーなポップス志向というだけのことだろうけど。

ノリもサウンドも歌詞もねちっこく粘り気があってめまいがするようにハードな幻惑ファンク路線をプリンスがとりはじめるのは『パレード』からかな、と思うんだけど、それまでは明快でキャッチーなロック/ポップスっぽい音創りが、セクシー・バラードや、ソウル/ディスコ調の曲と並んでいたかも。『ダーティ・マインド』『コントロヴァーシー』らへんは、そんなプリンスの幕開け二枚だったかもなあ。

この『ダーティ・マインド』『コントロヴァーシー』には鮮明にあるけれど、それ以後はプリンスの音楽の表層からは消え伏流水となり、ほんのときおり垣間見えたり、有機的になにかのなかに養分として溶け込んだりだけするようになったのが、懐古調のオールディーズ/ロカビリーふうなポップ・チューンだ。「ウェン・ユー・ワー・マイン」もそうだけどそれ以上に、「ゴナ・ブロークン・ハート・アゲン」「ジャック U オフ」など。

もっとも、「ジャック U オフ」のほうは直截的なセックス・ソングなので油断ならないんだけれども。そんな露骨な部分は、やはり『ダーティ・マインド』よりも『コントロヴァーシー』のほうが増えていて、エロ度が強くなっている。っていうか、これは露悪ナルシズムだから、もはやエロとかセクシーでもないのか。だから、このころからプリンスは気持ち悪いっていう音楽ファンが増えたのかなあ。

2018/11/19

モダン・ブルーズ・ハープ入門の教科書はこれ

『ベスト・オヴ・リトル・ウォルター』(チェッカー LP 1428、1958年発売)。これぞ、モダン・シカゴ・ブルーズにおけるテン・ホールズ・ハーモニカ(ブルーズ・ハープ)の教科書だ。電気アンプリファイド・ハープは決してリトル・ウォルターの発明ではないけれど、普及一般化させたのがウォルターであったことを疑う者などいないはず。そしてアンプリファイド・ハープのサウンドは、モダン・シカゴ・ブルーズのイメージを決定づける象徴にして最大要因だ。マディ・ウォーターズのレコードなどでも聴けばわかる。

いま持っている『ベスト・オヴ・リトル・ウォルター』は1994年の MCA 盤で、三曲のボーナス・トラック入り。それはオリジナル・レコード収録曲の別テイクなどで、聴いてみても、まあだから12曲目まででオッケーなんじゃないかという気がする。ところで、このころのチェス(系)原盤ブルーズの日本盤リイシュー CD 解説文は、(たぶん)ぜんぶ小出斉さんがお書きになっていて、『ベスト・オヴ・リトル・ウォルター(+3)』もそうなのだが、これのばあいは奏法解説役ゲストとして、ブルーズ・ハーピストの石川二三夫さんが迎えられている。

それでオリジナル・レコード分の12曲について、すべての曲のキーと使用しているハープのキー、2nd ポジション云々がぜんぶ記されているのだ。こ〜れは!マジでずいぶん助かったものです、1990年代後半にですね。本当にありがとうございます。みなさんご存知と思いますが、テン・ホールズは一個一個キーが決まっているダイアトニックなので、曲のキーにあわせて持ち替えなくてはならない。ブルーズ・ハーピストは腰に巻いたベルトのようなケースに何個も入れて持ち、ステージに上がる。そしていま、ハープじゃないけれど、ふたたび助けられている日々です。サンキュー、石川さん!

『ベスト・オヴ・リトル・ウォルター』収録曲で、しかも歌なしのインストルメンタルでウォルター不朽の名演となるのは、たぶん7曲目「ジューク」(1952)や 9曲目「オフ・ザ・ウォール」(1953)とかだよね。しかもこれらのシングル・レコードは当時大ヒットした。マディのレコードより売れたんだよね。そのほか、ビルボードの R&B チャートのトップ10入りしたトラックがいくつもある。ある意味、当時のポップ・ヒットだったとすら言える。

「ジューク」「オフ・ザ・ウォール」以外にも、2曲目「サッド・アワーズ」、11「ブルー・ライト」がインストルメンタル・ブルーズで、しかし前者二曲が跳ねるような楽しさ、簡単に言えばブギ・ウギのダンシング・パターンをそのままモダン・バンド化したようなものであるのに対し、後者二曲はスローでブルージー。でも泣いているかのようだとか哀しげだとかいう感じには聴こえない。ぼくにはね。

苦しみ、かなしみ、つらみ、そういったものよりも、ゆっくり落ち着いて通りを歩いているような、しかも南部感覚もあって、ある意味イナタいフィーリングをぼくは感じている。ジミー・リードでみなさんおなじみの、あの雰囲気だ。だから、内面に深い闇を抱えていたかどうか知らないがそうだとしても、聴いた感じ、さほどのことにはなっていないんだ、表面的には。涙がポロポロこぼれ落ちたりしているようなハープ演奏だとは思わない。

それよりも、どんな曲でもリトル・ウォルターはハープの音を細かく震わせる、すなわちトレモロ奏法を頻用しているのがイイ。一個のピッチでずっと吹きながら音を揺らして、それが聴くひとによっては泣いているかのようだとなるんだろうけれどそれよりも、アンプのヴォリュームを上げているばあい音にしばしばファズがかかって歪んでいるのとあわせ、独特の快感になるんだよね、ぼくには。たとえば「ラスト・ナイト」のハープ・ソロ出だしのブワ〜〜ッ。あれはいい。

ブルーズとは、ただたんなる bad feelings の表出なんかではない。それが根底にあったとしても、音楽商品となるからには、なんというかある意味<突き抜けて>客観性を獲得していないといけない。リトル・ウォルターにしろ、あんなにもレコードが売れて、いまだにバイブル・ハーピスト視されているのは、万人にアピールできる種類の魅力 = 客観性があるからであって、決して個人的感情のただの吐露なんかじゃないはずだ。

こういったことは、音楽に限らずあらゆる表現にあてはまること。ことさら気持ち悪い種類の私小説みたいなものを例外として、ほかは表現者個人のフィーリングが、いったんこう、なんというか、濾過されているというか裏ごしされているというか、それだからこそかえって内面にあるものが聴く者にしっかり伝わりやすいというかさ。聴きやすいからこそね。

そんなことをふだんから考えているので、リトル・ウォルターのアンプリファイド・ハープを聴いて、楽しく愉快でブルージーで心地はいいが、かなしみに共感していっしょに泣くなんてことはありえない。こんなブルーズ・ハープ名人の芸は、そんなチンケな域にはない。客観的表現として、一定領域を突き抜けているのだ。

2018/11/18

あらさがしをするな 〜 晩年トゥーサン篇

今日の文章は、本秀康さんの2018年10月22日のこのツイートにはげまされ、もともと持っていた考えをふくらませることができた結果です。
どっちもジョー・ヘンリーがプロデュースしたアラン・トゥーサンさいごの二枚『ブライト・ミシシッピ』(2009)と『アメリカン・チューンズ』(2016)。どっちも基本ジャズ・インストルメンタル・アルバムだよね。音楽にハイ・レヴェルな緊張感やスリル、グルーヴをこそ求めるというリスナーのみなさんには決して推薦できないが、人生が、このころのアラン同様エンディングに近づいていたり、なにか大切なものを失って落ち込んでいる心をみずからなぐさめたいというような、そんな聴衆にはもってこいかもしれない。

ぼくはべつに最近そんな心境だとかいうわけでもないんだけど、ちょっとしたくつろぎ、安らぎ、落ち着きも音楽に見出しはじめている。ジョニ・ミッチェルの多くとか伊藤ゴローがてがけた原田知世とか、そんなような傾向の音楽じゃないかな。グルーヴィではない。がしかし、心が静まって落ち着いていられる。そんな音楽も、また、いいんじゃないだろうか。ハード・グルーヴァーもいまだに大好きだけどさ。どっちかに決めなくていい。

レコスケくんと違って、ぼくは「音楽聴き疲れてもう聴きたくない」という状態になったことはいまだない。ハードなやつをどんだけ聴き続けても疲れないし、いやにはならない。だけど、たまのチェンジ・オヴ・ペースっていうか、あるいは人生いつも前向きにばかりもいられず、たまの後歩とか、そんなときだってあるよなあ。ひとのことはわかりませんが、自分自身をふりかえると、アラン・トゥーサンのこの二枚が沁みてくるときが、たまにある、というか、最近、出てきつつある。

しかも、以前一度褒めた『ブライト・ミシシッピ』よりも、ここのところ『アメリカン・チューンズ』のほうがもっといいぞと思えはじめている。あのときの記事では「あまり面白くなかった」と書いてあるが2016年のことだ。生活も人生も考えかたもフィーリングも変わったし、音楽のことだってなにもわかっていなかった。
それに、古いニュー・オーリンズ(・スタイルの)ジャズをやっていた『ブライト・ミシシッピ』に比し、『アメリカン・チューンズ』では、もっとこう、汎ニュー・オーリンズ音楽的というか、当地の音楽家なんだぞっていう気概も感じられるような気がする。老いて衰えても、しっかりと失くさず持っているものをちゃんと表現している部分があるんだよね。さすがはアランだなあ。こんなことに、二年前は気づいてもいなかった。

それは簡単に言えば、毎度毎度のことだけど、カリブ〜ラテン音楽的ということ。ニュー・オーリンズという音楽首都は、アフロ・クレオール・ミュージックのアメリカ合衆国内における牙城でもあるっていう、そんな事実を、しかもやわらかくやさしく、激しくない静かなソフト・タッチで示してくれているんだよね。いいなあ、これ、『アメリカン・チューンズ』。さすがはアランだ。でもこんなおだやかな境地は晩年ならではだ。

まずなんたって『アメリカン・チューンズ』にはアバネーラがあるもんね。クラシック界のひとだけどニュー・オーリンズの作曲家、ルイス・モロー・ゴットシャルクの「ダンサ、OP. 33」。いちおう弓弾きのアップライト・ベースとパーカッションが伴奏につくものの、ほぼアランのソロ・ピアノ演奏と言っていい内容だ。このアバネーラはクラシカルで上品で優雅で、実にいいよ。

それからなんとビル・エヴァンズの「ワルツ・フォー・デビー」をラテンにアレンジして弾くというおもしろさ。こんな妙味がこの曲にあったんだねえ。意外な発見で、ちょっとビックリさせられちゃった。これもアランがニュー・オーリンズの音楽家だからできたことで、エヴァンズやそのシンプルなフォロワーだと、こんな解釈は不可能だったろう。

ゴットシャルク以外にも、ニュー・オーリンズのソングライターが書いたものをいくつもやっている。自作は当然そうなるが他作でも、プロフェッサー・ロングヘア「マルディ・グラ・イン・ニュー・オーリンズ」「ヘイ・リトル・ガール」、アール・キング「ビッグ・チーフ」など。デューク・エリントンを二曲やっていたり、ビリー・ストレイホーンもあるのが興味深い。アール・ハインズだって弾いているが、その「ロゼッタ」がこれまたラテン・リズムにアレンジしてあるっていう楽しさ。

しかも、それらすべて、ラテン/カリビアン・テイストだ。しかしアランは強く激しく快活な感じにはしていない。ゆっくり典雅に室内でゆるやかに動き舞うかのようなフィーリングでピアノを弾いているんだよね。その静かで落ち着いたムードは、おそらくは終末に近づいているという諦観もあったろうけれど、結果、実現した音楽は、弱っている人間の心のひだにも入り込みそっと慰撫するかのごとく、なめらかでやわらかく、しかもふんわりあたたかい。さらに近づきすぎないクールな感触もある。

こんな遺作『アメリカン・チューンズ』からふりかえって聴きなおすと、一個前の『ブライト・ミシシッピ』では、ラスト二曲「ロング、ロング・ジャーニー」「ソリチュード」が、ものすごく沁みてくるんだ。このフィーリングは、なんなんだ?ずっとひとりで長旅を続けてきたと、己が人生の回顧記みたいな前者でその歌詞を歌うのはアラン自身だ。そのあとアルバムの締めくくりにデュークの「ひとりぼっちで」が置かれているんだよね。なんともいえない感情がぼくのなかに込み上げる。なんだろうね、これは。

アラン、ありがとう。

2018/11/17

ネットでつながる脱走兵たち 〜 HK、フランスと日本

在仏のアルジェリア系音楽家 HK。彼の2013年作『プレザント・レ・デゼルトゥール』がかなりよかったよねえ。いまはこうやって Spotify にあるものをリンクしておけばだれでも簡単にシェアできるので、ホ〜ントいい時代になったと、心の底から思う。でもそれはわりと最近になって実現したことだ。

HK の『脱走兵たち』を買ったころはまだみんな CD で聴いていて、ぼくだってほかに手段を持っていなかった。みんなそれで満足で、この音楽いいぞ、フランスのシャンソンをアルジェリア系の HK がシャアビにアレンジしてやっているこれはマジですばらしい!と、聴いたひとはみんな宣伝し、ある時期以後はアマゾンでも買えるけれど、当初はエル・スールで手にしていた。

ブログをはじめる前の話だった。開始後約一年が経って、記事にしたのがこれ。
これを書く際に、ネットに音源がないかなと、まだ Spotify はやっていなかったので YouTube で探したけれど見つけられないので、この曲だけは!とアルバム10曲目の 'En groupe, en ligue, en procession' を自分で YouTube にアップしたのがこれ。

だぁ〜ってね、グルーヴィでしょ。こんなふうになっていればシャンソンだっておもしろい。リズムとサウンドがね、いいよ。歌詞の意味内容に寄りかかりすぎな音楽ジャンルだったのが、一転、グルーヴで聴かせるワン・トラックに仕上がっていると思うんだ。アルバム『脱走兵たち』のなかではこれが個人的にいちばん楽しい。

フランスのど真ん中で、シャンソンを、それもマグレブ移民音楽に解釈したのには、やはり HK なりのスタンスというかアティテュードというか、前言をひるがえすわけじゃなく、やはりそれでも歌詞内容をちゃんと踏まえた上での、ある種のレベルみたいなものを感じとっているぼく。それはこんなふうなサウンドとリズムが与えられなかったら意味を持たなかったものだ。すくなくとも鋭さと深みはなかった。

そんな HK の音楽には、共感できるひとが多いと思う。その証拠に、ついこないだ、まったく見知らぬ、共通点もなさそうな、アルファベット文字表記人名のかたから、Facebookのお友達申請が来た。どなただろう?フランス在住となっているけれど、ホントだれ?どうしてぼくに?と思っていたら、すかさずご挨拶メッセージが来た。それには:

HK がジャン・フェラの詞を歌うあなたのヴィデオを YouTube で見た。それであなたを発見し、ここでこうやってリクエストを送っている

とあったのだ。どうやらフランス語を母語とするフランス人男性らしい。

こういうときは、ありとあらゆるネット活動を同じ本名と同じアイコンに揃えてやっているメリットを感じるね。同種のことは、実は Twitter でも Instagram でも増殖中で、ことばと国籍を超え、一個の音楽が、それがいいねと、楽しいと、それはあなたがアップしたんだろうと、それでつながることができはじめている。

音楽は壁を越える共通言語だと言うつもりはない。それはたぶんウソだ。だけど、遠く隔たった一面識もない赤の他人同士をつなげる細い糸のような働きをするばあいも、たぶん、あるかも。フレンドさん関係になったそのフランス人男性とは、その後一個のイイネも交流もなにもなく、ただたんに HK の音楽がいいよねという認識を最初に確認し共有しただけなんだけどさ。

それでいいと思うんだよね。HK の『脱走兵たち』で大胆に変貌したシャンソンがいいぞという、このことだけは確実に言えることで、しかもそれが母国フランスとここ日本とでシェアされているのだから。

それでじゅうぶんじゃないか。

2018/11/16

マイルズとマルチ鍵盤奏者の時代

過去を実によくふりかえっていたマイルズ・デイヴィスが、特にこの時代はすごかったんだぞとインタヴューなどでよく語っていたのが二つ。一つは1958〜59年のツイン・サックス時代。もう一つは1969年前後の複数鍵盤奏者時代だ。今日は後者についてちょこっと書く。

該当する時代にある曲の初出アルバムなど書くとややこしいので省略する。とにかくすべては三つのボックス・セット『ザ・コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッションズ』『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』で聴ける。それに、オリジナル・アルバムなら『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチズ・ブルー』の二作にほぼ話題は限定されるかも。

マイルズがチック・コリアにくわえハービー・ハンコックをゲスト的に呼び戻し、この二名のフェンダー・ローズ奏者に同時演奏させたのは、1968年11月11日の二曲「トゥー・フェイスト」「デュアル・ミスター・アンソニー・ティルマン・ウィリアムズ・プロセス」が初。その後、ジョー・ザヴィヌルもくわえ三名体制にした初セッション、同68年11月25日からが、マルチ鍵盤時代の本格到来だ。それは1970年2月6日に「ダブル・イメージ」などを録音したセッションで、いったんは幕を閉じる。その後しばらくはジョン・マクラフリンを中心とするシンプルなギター・ロック時代となっているから。

その間、コード楽器はギターいっこしかないセッションだってかなりあるけれど、しかしキース・ジャレット初参加の1970年5月19日(「ホンキー・トンク」その他)から複数鍵盤体制が復活。同70年6月4日まで続く。ジョー・ザヴィヌルはすでに退場しているが、ジャレットをくわえての二名か三名の同時演奏セッションが多い。

そのあとはライヴ時代になってスタジオ録音が1972年までない。がしかしライヴ・バンドだってちょっとのあいだチック・コリア&キース・ジャレットのツイン鍵盤編成だったじゃないか。六月にはじまって、すぐ晩夏に終わるけどね。72年にスタジオ・セッションを再開したら『オン・ザ・コーナー』向けのものとなって、それにも複数鍵盤奏者が参加しているけれど、もはや意味合いやサウンド創りの方向性がガラリと変化している。なにがいい悪いではない。ボスの嗜好が変わった。

ってことは今日ぼくの言うマイルズのマルチ鍵盤時代とは、1968年11月〜70年6月に限定して OK ということになるけれど、それでも量が多いのと、もう一つ、マクラフリンをメインに据えたギター・ロック時代を経て後のものは、やはり色合いも違ってきているように聴こえる。マイルズにとっての複数鍵盤編成でのサウンド実験は、70年2月までのザヴィヌル中心時代でこそ花咲いたと言えるはず。だからプレイリストにはその時期だけから選んでおいた。

それで、まず確認しておきたいのは、マイルズという音楽家は、かなり分厚い多層サウンドが大好きだったという事実だ。簡単に言えばオーケストラル・サウンド志向家。クラシック音楽の管弦楽作品も好きで。だからかつてはビッグ・バンド、とまではいかないまでも九重奏団をリードしたりしたし、ジョン・コルトレイン&キャノンボール・アダリー同時在籍時代にしたって似たような志向の反映だったのかもしれない。

1975年に『アガルタの凱歌』のオリジナル日本盤レコードが発売された際に、児山紀芳さんがマイルズにインタヴューした内容が掲載され、それはその後の日本盤リイシュー CD にも(ぼくの知る限りすべてに)転載されている。そのなかでのマイルズの発言に、チック・コリア、ハービー・ハンコック、ジョー・ザヴィヌル、キース・ジャレットの四人を集めてキーボード四台でやったものも残っている(がお蔵入りしている)とある。

だがしかしこれは発見できないのだ。いままでにコロンビア(レガシー)から公式発売された商品のなかには一つとして存在しない。三台同時が最大だ(そんな演奏は多い)。パーソネル欄に記載がないだけで、三人となってはいるが実は四人だ、という演奏があるかもしれない。そうであったところで、同じ種類の楽器を三人で弾いているか四人なのかの判別を音だけ聴いてするのはぼくにはムリ。可能性は否定しない。マイルズの記憶力がかなりいいんだということは知っているつもり。う〜ん、どうしよう…。

謎は謎としてそのままおいといて、1968〜70年のスタジオ・セッションにおけるマイルズの複数鍵盤楽器起用はどういうことだったのか、ちょっと考えてみたい。キー・パースンは、たぶんここでもギル・エヴァンズだ。1968年の春(3〜5月)に二人は最後の正式共演を果たしている。もちろんオーケストラ作品で、スタジオ録音もいまでは公式リリースされているし、また、発売はないが西海岸でライヴも行なっている。あのころ、ちょうどジミ・ヘンドリクス やジェイムズ・ブラウンなどから吸収して自分の音楽を刷新しようとマイルズは考えはじめていて、触媒役をギルがやっていた。

そんなマイルズのニュー・ディレクションへの踏み出しが、まずはギルの編曲指揮するオーケストラ作品だったことの意味は大きいはず。ギルとの正式共演がなくなっても(といってもずっと付かず離れずだったが)、ああいった感じのサウンドを自分のコンボで実現したいと考えたかもしれない。もともとが西洋音楽式のオーケストラル・サウンド志向を持つマイルズなんだし、レギュラー・クインテットの五人だけで実現できるサウンドでは満足できなくなっていたかもしれない。

シンプルに言っちゃえばそんな理由で、当時のバンド・レギュラーだったチックだけでなくハービーもくわえて同時演奏させ、しかも同じフェンダー・ローズを弾かせて音を重ね、一方にキーとなるリフを弾かせつつ他方には装飾をつけさせたりなど、さまざまな使いかたをして、バンド・サウンドを分厚くふくらませ多層的にしていったんだと思う。ほんの数ヶ月でザヴィヌルを追加、同時参加させ、三名いっしょに起用するようになった。

リズム面では複雑さ、というかポリリズミックで横にひろがる方向性からみずからを解放し、もっと縦にタイトでグルーヴィで明快なグルーヴ・オリエンティッド・ミュージックを目指すようになっていたし、またそれまで従来的には使われていたテーマ・メロディやコード進行も排し、簡単でシンプルなキー・フィギュアとなるリフやショート・パッセージだけを拠りどころとするようになっていた。

つまりいわゆるふつうのジャズから離れ、グルーヴィなポップネスへ傾いていたということで、ポップ・ミュージックの世界でふつうの(西洋式)管弦楽がよく伴奏するようにマイルズも、実際のオーケストラは使わないものの、似たようなポリフォニーを、それも自分のレギュラー・バンドをコアとするふくらみのある編成で、実現したいという考えがあったのだろう。

しかしながらマイルズのばあい、複数鍵盤楽器奏者の同時起用で実現したものは、結果的にはどっちかというとちょっとわかりにくい、カオス・サウンドに近いものとなってしまった。それを象徴するのが1969年8月録音の『ビッチズ・ブルー』で、聴いていてどれがだれだかもわからないし、濁ったドロドロのエグ味を出すようなことになっているよね。

ブルーズ・ミュージック愛好家だったら、ああいった整理されていないゴチャゴチャの泥だまりのようなポリ・サウンドは、実はわりと好きなものなんじゃないかという気がするんだけど(すくなくともぼくはそう)、本来はここを目指したかもしれないポップ(or ロック/ファンク)・ミュージック志向からはやや遠くなった。ポップスはもっと明快でシンプルじゃないと。

しかしそれでも、たとえば曲「イン・ア・サイレント・ウェイ」で、三人が次々とアド・リブなしでテーマ・メロディを淡々と反復する背後で、ザヴィヌル、チック、ハービーの三人がすこしづつ表情を変えながら音を重ね、サウンド・テクスチャーを多彩にいろどっていくさまは見事だ。郷愁がテーマになっているこの曲のアイデアも具現化できている。

その曲にサンドウィッチされているグルーヴァー「イッツ・アバウト・ザット・タイム」でも、ベース・ヴァンプに重なるように複数鍵盤がリフを弾くとき、あのファンキーさが強調されるし、またソロのバッキングでコードを重ねたりシングル・トーン・フレーズで細かく動いてオブリガートしたりして、それもグルーヴィさを増強しているじゃないか。

アルバム『ビッチズ・ブルー』でも、たとえば「ファラオズ・ダンス」後半の、マイルズが同じラインをすこしづつフェイクしながらノリをディープに変えながら反復演奏する(まるでテーマ部みたいな)パートの伴奏で、ザヴィヌル、チック、ラリー・ヤングの三人が完璧なオーケストラル・サウンドを形成している。ここは、マイルズのフレーズも含め、しっかり事前に譜面でアレンジされていた可能性があると思う。構築度が高いから。そうであったなら、書いたのはザヴィヌルだろう。

『ビッチズ・ブルー』での鍵盤楽器は、「サンクチュアリ」だけがチックひとりでの伴奏で、ほかは全曲複数のフェンダー・ローズ同時演奏。それで「ファラオズ・ダンス」でそうであるように、ポリ・リズミックかつポリ・トーナル&ポリ・テクスチュアルな複層サウンドを実現している。簡単に言えば、やっぱりいつでもどんなときでもマイルズはオーケストラル・サウンドがほしい音楽家だったんだなで終わってしまう話だけど。

こんなマイルズの音楽志向は、1973年以後のギター・バンド時代でも続いていたし、1981年復帰後も、実はあまり変化しなかった。かなりシンプルな、ちょっとジミ・ヘンドリクスのトリオ・バンドっぽいギター・ロック時代(『ジャック・ジョンスン』とその周辺)もすんごくカッコイイが、<あの時代>のものだったんだよなあ。

2018/11/15

今この時代だから、ネヴィルズの『イエロー・ムーン』を

岩下啓亮さん(@iwashi_dokuhaku)の以下のツイートに刺激されて書きました。

ニュー・オーリンズの黒人バンド、ネヴィル・ブラザーズの1989年作『イエロー・ムーン』のテーマは、ずばり<人権>だ。媒介はボブ・ディラン。直截的にはアメリカでのアフリカ系住民の置かれた状況を歌ったものだけど、置き換えれば、どこの社会でも生きづらさを感じ苦しんでいるマイノリティの問題に当てはまる普遍的内容を持ったアルバムと言える。日本でも種々の問題が表面化している今だからこそ、ネヴィルズのこの一枚のことを書く意味はあるかも。

アルバム『イエロー・ムーン』で最も直截的に人権問題が表現されているのは、もちろん4、5、6曲目の流れだ。ここがアルバムのおヘソ、肝みたいなもんで、しかも、メドレーではないにせよ一種のトリロジー的なものとしてど真ん中に置かれている。4はサム・クックの「ア・チェインジ・イズ・ゴナ・カム」、5はネヴィルズ自作の新曲「シスター・ローザ」(詞はシリル作)、6がボブ・ディランの「ウィズ・ガッド・オン・アワ・サイド」。

アルバム中、ボブ・ディランの曲がもうひとつあって、9「ザ・バラッド・オヴ・ホリス・ブラウン」。サム・クックの「チェインジ」創作にだってボブ・ディランがインスピレイション源となって働いていたのはご存知のとおり。自作の「シスター・ローズ」も公民権運動のさなかにあったローザ・パークスのことを扱ったラップ・ナンバーだ。ラップにしたのには、シリルなりの(同時代的)啓蒙意図があった模様。

これらを踏まえると、アルバム『イエロー・ムーン』全体で、ひとつの大きな輪を描いているのだとわかる。アフリカ系の血脈を持つというその誇りを胸に高らかに宣言するかのような調子ではじまって、おヘソを通過のあと、ハイチその他カリブ海に行ったり、あきらかな(スピリチュアルな意味での)アフリカ大陸再上陸を見せたりもしながら、アメリカ合衆国南部の大都会にして同国のアフロ・クリオール文化首都たるニュー・オーリンズの人間の音楽なんだという意味を、くっきりと表現している。

ネヴィルズが1989年に、こういった『イエロー・ムーン』を創ったのには、シリルによれば、自分たちの子どもたちの世代の黒人が過去の歴史を忘れつつある、公民権運動なんか知らない黒人も増えている、アメリカ合衆国でアフリカ系として生きるとはどういうことか 〜〜 すなわち一言にすれば black lives matter をしっかり伝えていく必要を感じたからということらしい。

しかし『イエロー・ムーン』は、21世紀に入って10年以上が経過した、むしろいま2018年にこそ、強い意味を放ち意義を持つようになりはじめているかもしれないんだよね。日本でもさまざまなマイノリティ差別排撃が問題視されているが、アメリカでだって 9.11、ハリケーン・カトリーナ、そして同国史上初の黒人大統領を経ての現在の政権の、社会の、国民たちのありようを見れば、そして実は全世界が同種のものになりつつあるのかもしれないと危惧を抱くばあいには、ネヴィルズが『イエロー・ムーン』に込めた音楽的意味を、もう一回考えて、とらえなおしてみるのも、いいことかもしれない。

それになんたって、『イエロー・ムーン』は音楽的に楽しい。書いたようにニュー・オーリンズ音楽のアフロ・クリオール性を、これでもかとサウンドやリズムに投げ込んだのがこのアルバムだから、社会的意味を読み取らなくたって、聴けばそれだけでじゅうぶん愉快な時間を過ごせるものだ。カリブ/アフリカ音楽要素が濃いしね。

でも、だからこそ、そんな衣の下にある中身の、硬派でシリアスな投げかけに耳を傾ける価値があると、ぼくだったら思う。

2018/11/14

岩佐美咲 in 四国 2 days, 2018

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これです、この写真です、ネット友人に「美人ですね、奥さんですか?」と言われ、舞い上がってしまったのは。

2018年11月10日と11日の二日間にわたり、岩佐美咲の歌唱イヴェントが四国(愛媛県今治市と高知県高知市)でありましたので、馳せ参じました。開催されることが告知されたときは、本当にうれしかった。わさみん(が美咲の愛称なので、今日はこう呼びます)は各地で歌唱イヴェントをやっていて、だいたい一回四曲の30分程度。その後は特典会と称する握手&2ショット写真撮影会が、やはり30分程度あります。それが一ヶ所で二回という具合。

しかし、いままで四国でこれが開催されたことはありませんでした。東京で開催される大きなフル・コンサートには行くと決めているぼくですが、ちょこちょこやっている歌唱イヴェントにはなかなか足を運べません。じっくりたっぷり歌を聴きこむならコンサートですが、わさみんに近づきやすいのは小規模な歌唱イヴェントのほうです。自分のスマホで2ショット写真を撮ってもらい、握手し、おしゃべりできますからね。

愛媛県在住のぼくだけでなく、首都圏、関東エリア以外の地方都市にお住いのわさ民(岩佐美咲ファンのこと)さんは、同じような悔しい思いをしていたはずです。むろん、千葉県出身で東京在住のわさみんにとっては、そんなどんどん全国津々浦々まででかけていくのはたいへんなことです。マーケットがどこにあるのかも頭に置いておかないとなりませんし。

ともあれ、諸事情がクリアされたのでしょう、今治と高知で11/10と11/11にわさみん歌唱イヴェントが開催されたのです。告知があるやいなや、連続参加を決めたぼく。11.10は今治ワールドプラザの屋外広場みたいなところ。翌11.11はイオンモール高知。ぼく個人は三泊四日の楽しい旅になりました。わさみん関係以外のことも Instagram に上げておきました。ご当地グルメとか、そのほか。

わさみん in 四国 2 days の様子については、やはり頼りにするといえばこの人、わいるどさんのブログにくわしくレポートされていますので、そちらをお読みください。

いちおうセット・リストだけ、ぼくも書いておきましょう。

11/10 今治

一回め

1 鯖街道
2 瀬戸の花嫁
3 大阪ラプソディー
4 佐渡の鬼太鼓

二回め

1 無人駅
2 リンゴの唄
3 手紙
4 佐渡の鬼太鼓

11/11 高知

一回め

1 初酒
2 東京のバスガール
3 旅愁
4 佐渡の鬼太鼓

二回め

1 鯖街道
2 銀座カンカン娘
3 手紙
4 佐渡の鬼太鼓

「佐渡の鬼太鼓」が四回とも歌われているのは当然です。いまのわさみんの最新楽曲ですからね。これをこそ売らねばなりません。それは毎回セットのラストに置かれていますが、セットのオープニングも毎回オリジナル・ナンバーで、それ以外はすべてカヴァー・ソングです。

愛媛県人のぼくにとって、地理的な意味でも親近感を抱いたのは今治での歌唱イヴェントでしたが、歌の内容は高知でのイヴェントでのほうがレベルが高かったという印象です。やはり屋外はやや歌いにくいという面があるかもしれませんね。時期的にやや肌寒さがありましたし。その点、高知イオンモール内での二回は、特に二回めなんか、四曲とも完璧な歌を聴かせてくれましたよ。

この印象は、たぶんぼくだけのものではありません。上でリンクを貼ったわいるどさんの文章にも書かれていますが、会場にいらっしゃった地元のお客さん、それはおそらくわさみん目当てというのではなく、今治ワールドプラザやイオンモール高知にお買いものに来て、歌が聞こえるからだれだ?と思って不意に足を止めてみただけという、そんなお客さんのなかからも、感嘆の褒め言葉やためいきが漏れ聞こえました。わいるどさんもぼくも全回最前列でしたけど。

CD でふだん聴いているわさみんの歌と、歌唱イヴェントでの生歌とでの違いもありました。CD でのわさみんは、なるべく淡々と、あえて表情をつけすぎず、ナチュラルにスッと歌うナイーヴさが売りなんですが、歌唱イヴェントでの生歌では、濃いめのニュアンスをつけて抑揚を強調する場面もありました。

これはよく理解できることです。CD(や映像作品)は繰り返し楽しむものですから、濃い味付けにしないほうがいいんです。現場での歌唱イヴェントは一回性のもの。足を止めてくださったお客さんに、その場でインスタントにちょっとでもアピールし、憶えてもらわなくてはなりませんから。

みなさん(遠方からいらっしゃったかたもたくさんいます)やぼくのような熱心なわさ民は、わさみんのいろんな歌い分けを楽しんでいますが、地方都市のちょっとした小さめの会場でやる歌唱イヴェントでは、まぁある意味一発勝負をかけないといけませんからね。そんなこともあって、わさみんも歌に気持ちを込めていたと思いますね。それでヴォーカル表現が表情豊かになり、強く張ったり出たりする部分があったのでしょう。

特に高知での二回が歌は素晴らしかったですが、今治でも内容は極上でしたし、こういういい歌唱を地方都市でもふだんから披露していれば、地元でのファンも増えていくはずです。そうやって地道に地道に活動を続け、その場しのぎの目先の収益だけに走らず、まだ23歳なんですから長期的視野に立って堅実に歩んで、将来的にバカデカいものをつかめるように努力していってほしいです。

あ、そうそう、歌のことだけ書きましたが、それがこのブログでのぼくの役目だと自覚しているからであって、わさみんがいかに可愛かったかなんていう話は、言うまでもないあたりまえなことなんで、今日は書きませんでした。ホ〜ントきれいだったよ〜、わさみん!ぼくはまるで夢心地だった。

あと、わさみんと、四回(のそれぞれのなかで複数回リピート)のイヴェントで、どんな会話を交わしたのかは、内緒ですヾ(๑╹◡╹)ノ。

2018/11/13

ホレス・シルヴァーのカーボ・ヴェルデ・ブーガルー

なんだ〜こりゃ〜あ!すごいじゃないかホレス・シルヴァーの「ナットヴィル」(『ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ』)!!恥ずかしながらさっきはじめて聴いたのだけど、ビックリしてしまった。タマゲちゃって、部屋のなかで瞬時に3メーターくらい飛んだよ。いやあ、すごいすごい!これを56年間も知らずの人生をやってきたなんて〜〜っ!!

そんでもって、ホレス・シルヴァーの父がカーボ・ヴェルデ生まれだということも、ついでにはじめて知った。シルヴァという姓らしいので、息子ホレスのシルヴァーはそれを英語ふうに曲げただけのものかもしれない。う〜ん、この出自のおかげで、かの傑作「セニョール・ブルーズ」(『6・ピーシズ・オヴ・シルヴァー』)とかが誕生したのかなあ。そのほかホレスにいくつもあるよね。

「セニョール・ブルーズ」その他はどうでもいい、今日はね。「ナットヴィル」と『ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ』(ブルー・ノート、1965年10月録音、66年1月発売) のことだ。これは、かのレーベル公式プレイリスト『ブルー・ノート・ブーガルー』 #BlueNoteBoogaloo に入っていておかしくないワン・トラックだ。それには次作『ザ・ジョディ・グラインド』からタイトル曲が入っている。それもいいけれどもさ。

アルバム『ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ』では、四曲、1「ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ」、2「ジ・アフリカン・クイーン」、4「ナットヴィル」、5「ボニータ」が異様にカッコイイ。カッコよすぎるぞ、なんなんだこれは?!五人全員すごいけれど、いちばんはドラマーのロジャー・ハンフリーズだ。なんじゃこれ!?頭オカシイだろ〜、このものすごいドラミング、正気の沙汰じゃないよ。基本、ラテン調のものをやるときのアート・ブレイキーのパターンかなと思うんだけど、さらに大きく一歩、リズム&ブルーズ/ファンク方面へ踏み出しているよね。実際、その界隈の録音でも活躍した。

ボス、ホレス・シルヴァーのペンも冴えている。「ジ・アフリカン・クイーン」「ボニータ」はミドル〜スロー・テンポでのゆったり大きくうねるディープなグルーヴこそが命の曲かな。テーマ・メロディ演奏部のアンサンブルやテンポ設定&リズム・アレンジなどもいいけれど、ノリに身を任せ、各人のソロ、特にジョー・ヘンダスンとウディ・ショウの充実ぶりを聴いていればいいかなと。いや、でもこのノリはなかなか創れるもんじゃない。内側に折り込まれたスロー・ファンクだね。すごい。

もっとすごいぞと個人的に感じるのがアップ・テンポ・グルーヴァーのブルーズ二曲「ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ」「ナットヴィル」だ。このアルバムでは後半三曲に J. J. ジョンスンがゲスト参加しているのだが、「ナットヴィル」のソロ一番手が JJ だ。しかしそれが出るまでのテーマ合奏部におけるロジャー・ハンフリーズのトチ狂ったようなドラミングで、はや興奮がピークに達してしまう。

JJ のトロンボーンも8ビート・ブーガルーなノリに見事ぴったり乗せてきている。背後でホレスが例によって跳ねるコードを弾くピアノ伴奏。ロジャー・ハンフリーズは狂ったまま爆進する。それらふたつは、二番手ウディ・ショウ、三番手ジョー・ヘンダスンの吹くあいだも同様にもりあげている。ちょっとだけ申し訳程度に4/4拍子のストレート・ジャズ・パートがあるが、無視してかまわない。ドラムス・ソロもあり。

アルバム・オープナーの「ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ」は、同じく8ビート・ブーガルーなグルーヴ・オリエンティッド・ブルーズなんだけど、「ナットヴィル」よりもテンポを落とし身をかがめて、曲調にも哀愁感、言ってみれば(カーボ・ヴェルデふうな?)サウダージが漂っているじゃないか。ジャズ・オリジナル・ナンバーでこんなサウダージあふれるもの、ほかにあるのか?

ちょっぴりブラジル音楽っぽい部分も、曲「ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ」にはあるので、テナー・サックスのジョー・ヘンダスンの旨味がとてもよく似合っているよね。ここでのウディ・ショウはアンサンブルにだけ参加、ソロはホレスとジョーだけ。しかし聴きどころはその内容というよりも、やっぱり曲調とグルーヴだよね。

いやあ、こんな「ナットヴィル」「ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルーズ」みたいなジャズ・トラック、聴いたことなかったよ。もんのすごいなんてもんじゃないね。音楽内容としてカーボ・ヴェルデ(ふう)なところがあるのかどうかちょっとわからないが、異様に鈍黒く光り輝いている大傑作に違いないと、一、二回聴いただけで確信できた。はっきり言ってショックだった。こんなすごいものがあったなんて。タマゲちゃったなあ。

2018/11/12

ロイ・ブラウンの影響力とは

(Spotify に今日話題にするアルバムはまだありませんが、まあ似たようなものでしょう)

ロイ・ブラウン。今2018年にリリースされたばかりの Jasmine 盤新アンソロジー『グッド・ロッキン・トゥナイト:オール・ヒズ・グレイテスト・ヒッツ+セレクティッド・シングルズ 〜 As & Bs 1947-1958』こそ、このリズム&ブルーズ歌手のいちばんいいアンソロジーとなった。中身は選集というより完全集に近いものですらあるしね。

このジャスミン盤コレクション CD『グッド・ロッキン・トゥナイト』には、デラックス録音34曲(1947〜52)、キング録音12曲(1953〜55)、インペリアル録音13曲(1956〜58)をこの順で収録。ロイ・ブラウンの歌で代表作と言えるものはすべてあるとして間違いない。それがレコード発売順に並んでいるので、この歌手の持ち味や変遷もよくわかる。

ロイ・ブラウンは一般的にリズム&ブルーズ歌手とされているけれど、実態はどっちかというとジャズ・シンガーだよね。それくらいこの二者には差がないわけだけど、どうしても納得いかないというかたがたは、あいだにジャンプ・ミュージックを置いて考えてみてほしい。ロイはちょうどそれら三つの真ん中くらいの場所で曲を書き歌った。それがロックンロール・スタンダードともなったんだから、毎度毎度の繰り返しで恐縮ですが、ジャズとロックは「おんなじ」音楽です。

ただ、そこいらへんはなかなか実際の歌やサウンドで実証しにくいというか、実感できるんだけどそのためにはたくさんの黒人ジャズ〜ジャンプ〜リズム&ブルーズ〜ロック・ミュージックを聴いていなくちゃならず、だからやはりふだんはなかなか理解してしていただきにくい面がある。そんなときにこの音楽家をぜひ!と推薦したいのが、やはりほかならぬロイ・ブラウンなのだ。

ロイ自身はビング・クロスビーからの影響が最も大きいと語っていて、ジャスミン盤附属ブックレットの解説者さんは、どこがだよ?!ぜんぜん違うぞ!と言わんばかりの口調でこれを否定し、実際のロイの歌を聴けばわかるはずだとお書きだけど、ジャスミン盤『グッド・ロッキン・トゥナイト』をていねいに聴けば、ぼくなんかにはロイのいうビング・クロスビーからの影響とはわかりやすい発言だと思ってしまう。

つまり、ロイはジャンプ・シャウターと呼ぶにはかなりやわらかくやさしい歌手に聴こえる。ぼくのこの発言も否定されそうだけど、ほかのジャンプ〜リズム&ブルーズ歌手と比較してみてほしい。たとえばロイと同時代に活躍し、ロイの書いた「グッド・ロッキン・トゥナイト」をヒットさせたワイノニー・ハリス、またジャスミン盤の解説者さんがレイ・チャールズの名前をあげてロイはその先取りだったというそのレイとか、彼ら二名とロイのヴォーカルを聴き比べてみてほしい。

同じ「グッド・ロッキン・トゥナイト」一曲だけとってみても、先にヒットしたワイノニー・ヴァージョンに比べ、ロイのはまだかなりジャジーじゃないか。ワイノニーのは曲題どおり今晩やったるぜ!みたいな意気込みに満ちているが、ロイのはリビング・ルームでおとなしく座っているかのようなフィーリングですらあるもんね。後年のエルヴィス・プレスリーのものは、どっちかというとロイのヴァージョンに近い。たぶん、エルヴィスはロイのレコードを参照して下敷きにしたんだね。

このへん、1950年代半ばの白人歌手は、いかにワイルドで猥褻だといっても、やはりまだまだ穏当な表現を心がけたということかも。いまの基準や、あるいは当時の黒人音楽の表現枠からしたら物足りないとすら感じるようなものをエルヴィスは守り、あるいは当時のエルヴィスはまだその程度のやさしいはみ出しかただった。

だから、まあビング・クロスビー的とまでは言えないかもしれないがそんなようなジャジーなポップネスも持ったロイ・ブラウンこそお手本になりやすかったんだと思うなあ、白人歌手にはね。ジャスミン盤『グッド・ロッキン・トゥナイト』で聴けるロイは、かなりな部分、ジャズ・シンガーだってこと。百歩譲ってジャズ・シンガー的。あるいは(ジャズの一部としての)ジャンプ歌手っぽい。でもって、シャウターとは言いがたい。

それでも、黒人ジャズやブルーズから1950〜60年代のリズム&ブルーズ/ソウル・ミュージックが誕生する際に重要な役割を果たしたゴスペル・ミュージック要素をロイは持っていたと、ここだけは確実に言える。この点ではジャスミン盤解説者さんと同意見で、レイ・チャールズが一番手だったとするところに割り込んでロイの名前をぼくもあげておきたい。野卑さというか迫力、パワーではロイはやや劣るものの、先駆者には違いない。

そんな幅広さ(ある意味、アンビヴァレンス)を持っていたからこそロイは、後年の、たとえばクライド・マクファター、リトル・リチャード、ボビー・ブランド、リトル・ミルトン、B.B. キング、ジャッキー・ウィルスン、そしてエルヴィス・プレスリーやロバート・プラント(レッド・ツェッペリン)にまで影響をおよぼすことになったんだとぼくは思っている。決してパンチの効いたシャウターだったからではなくてね。ロイ以上の強すぎる影響力を誇る1940年代のルイ・ジョーダン同様に。

ジャスミン盤『グッド・ロッキン・トゥナイト』を聴けば、デラックス原盤、キング原盤と、ブギ・ウギ・ベースのジャンプ・ナンバーか、またはスローならディープでちょっとメロウなバラードになるか、の二本立てでやっていたとわかるロイ・ブラウンだけど、インペリアル原盤ではラテン調リズム&ブルーズみたいなもの、はっきり言えばニュー・オーリンズ音楽にあるリズム・シンコペイションを表現しているものがあるのも楽しい事実だ。ファッツ・ドミノ・スタイルの、ダダダ・ダダダの三連反復ピアノだってある。そりゃあインペリアルだもんなあ。ロイのそれらもすべてニュー・オーリンズで録音され、プロデューサーはデイヴ・バーソロミューだったようだ。

2018/11/11

自動コード解析アプリ Chord Tracker

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そういう無料の iPhone & iPad アプリをヤマハが作成、配布している。これを知ったのは、ついこないだ、愛媛県大洲市内にただ一軒だけある楽器専門店を訪れて電子鍵盤楽器をちょろちょろ触って遊んでいたら、お店のご主人が、ひょっとして色気のある客と思ったのかカタログだけでもどうぞとヤマハのそれを手渡してくださったのを自宅に持ち帰り、音楽を聴きながら(じゃない時間はないのだが)コーヒーを淹れて、パラパラめくっていたときのこと。その日は10月にしては暑かったので、アイス・コーヒーにした。

そのカタログの、とあるヤマハ製電子キーボードのページに「Chord Tracker」のアイコンが載っていたのだ。iPhoneや iPadにある音楽のコードをそのまま自動分析して表示してくれるとのこと。えっ、これはひょっとして自分の聴いている曲のコードがどうなっているか、どういうコードを使っていてどう進行するのかなどなど、自動解析して表示してくれるアプリなのか?!だったらチョ〜ほしいぞ!と思ったわけなのだ。

心配だったのは、カタログに六個か七個か載っている電子キーボードのうち、Chord Tracker のマークは一個のキーボードのページにしか記載がなかったこと。この鍵盤が必須なアプリなんだろうか?ぼくはこのキーボードほしくないんだけど、っていうかそもそもちっとも弾けないし、どれも買う予定はないけれど Chord Tracker だけほしいなあと思って、最後のページに記載があったヤマハのお問い合わせ窓口に電話してみたのだ。

回答はこうだった:Chord Tracker はアプリ単独でフル作動するもので、自社の電子鍵盤と連動させたいばあいには、そのおっしゃるひとつの種類のキーボードでしかできませんが、そんなことは関係なく Chord Tracker を App Store からダウンロードしていただければ iPhone や iPad 内にある曲のコードを解析してお持ちのディヴァイスで表示しますよ 〜 とのこと。

これには快哉を叫んだね。いままでこんなことはできなかった56年の人生だった。音楽を聴きながら、この曲のここの部分のコードを知りたいという気持ちに駆られることはよくある。どなたもそうだろう。だけど、ぼくには自分の耳でそれを分析する能力がなく、聴いただけではもちろんわからず、ただ部屋にある手持ちのギターで音楽にあわせちょろっと音を拾ってみて、それで、あぁこんなコードかな?とさぐっていただけなのだ。

あるいは(タブ譜本含む)楽譜が売られているものにはコードが掲載されているのでそれを見たり、またネット情報が充実するようになって以後は、曲のトーナリティやコード進行のことも、この曲のここはどうなっているんだみたいなことが載っているサイト、ページもあったりする。また CD 附属の解説文にも書いてあったりが、ときおり。 そんなこんなを手がかかりにしていた。

それでも、コードを知りたい曲や部分のすべてがそれで判明するわけじゃない。しか〜し!ヤマハの Chord Tracker を使えば、iPhone(か iPad)のストレージ内にある曲なら、なんでもぜんぶ!、コードがわかっちゃうのだ!そう思うが早いか、ぼくは App Store でポチっていた。無料ですからね。Chord Tracker が、ぼくの iPhone と iPad で使えるようになって、ちょっと思いついた曲でちょろちょろっとやってみた参考画像が以下の四つ。

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いやあ、こんな楽しいことがあるだろうか。残念ながらというべきか当然か、Chord Tracker は Spotify などストリーミング・サーヴィスで聴けるのでローカル・ストレージには入れていないという音楽のコードは分析しない。分析してほしいと思ったら曲はいったんインポートしなくちゃならんのだけど、それもイージーだ。コードがわかってメモしておけば、削除してもいい。

楽器を弾く、歌うなどの下敷きにしたいということではない、というかそれらどっちもいまのぼくにはムリだ。ただ曲の和音構成がどうなっているのか、知りたいだけなんだ。それだけで聴く際の楽しみが増すからね。聴いてなにか書くときも格段に楽になっていくはずだ。でも、現実にぼくのブログ文章がおもしろくなるかはわからないんだけどね。まあそれでも、ぼく個人は Chord Tracker ですでにかなり楽しんでいるので、それでいいじゃないの〜。

ちなみにだけど、どうでもいい話、ヤマハの電話サポート窓口のかたとお電話でお話していくなかで、やっぱりほしくなっちゃったので、弾けもしないけど買っちゃいましたデジタル・ピアノ。楽器店でもらったカタログには記載がなかった P-125 という88鍵モデル。ギターやウクレレも買い増した。インテリアとして飾ってあるだけでとてもいい。眺めてニンマリ。弾くにしたって、まず楽器がないとできるようにはなんないんだからなあヾ(๑╹◡╹)ノ。

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2018/11/10

あなたはいない 〜 岩佐美咲の別れ歌

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という歌ばかりだ、もはや間違いないという確信になった、岩佐美咲のロスト・ラヴ・ソングズ。ここまでこういった傾向の歌ばかりだと、こりゃあなにかあるんじゃないかと勘ぐってしまうのが人間心理というもの。でもきっとなにもないのかもしれないよね。たんに切なく苦しく哀しい別れ歌ばかり選んでいるということでしかないのだろう。美咲本人がどういう人間なのか、ぼくはなにも知らないし。

美咲のために書かれたオリジナル楽曲もカヴァー・ソングも、男との別れ、離れている、届かない、想いは叶わない、いまはもう失って戻ってこない、とかそんな題材を扱ったものばかりだけど、いや、もちろんそうじゃないうれしみ、出会いと愛の喜び、ハッピーな気持ちを歌ったものだってあるけれども全体数からすれば、例外的な一部として問題ない。

ちょっと具体例として、以前ぼくが作成した岩佐美咲ベスト・セレクションの2018年新ヴァージョンで検証してみようじゃないか。ではまずセット・リストから。

1. 無人駅
2. もしも私が空に住んでいたら
3. 鞆の浦慕情
4. 初酒
5. ごめんね東京
6. 鯖街道
7. 佐渡の鬼太鼓
8. 北の螢
9. なみだの桟橋
10. 石狩挽歌
11. 風の盆恋歌
12. 旅愁
13. つぐない
14. 空港
15. 手紙
16. ブルーライト・ヨコハマ
17. 20歳のめぐり逢い
18. 涙そうそう(アコースティック・バージョン)
19. なごり雪(アコースティック・バージョン)
20. 糸(ライヴ)

7曲目までが美咲オリジナル。このうち、失恋歌じゃないものは、4「初酒」、7「佐渡の鬼太鼓」だけだ。この二曲だって、受け取りようによっては一筋縄ではいかないよ。すくなくともたんにハッピーなラヴ・ソングとかではない。「初酒」はズンドコ調のマーチふうな曲なので、歌詞内容も含め、それでもまだ肯定的に前へ進んでいこうというものだけど、「佐渡の鬼太鼓」のほうは強く濃くドロドロした情念を歌い込んだもの。そこには身を焦がすような苦悶も感じられるじゃないか。

これら二つ以外は、文字どおりの失意歌だけ。それしかない。プレイリスト8曲目以後のカヴァー・ソング・コーナーともなれば、たぶん中島みゆきの「糸」だけかもしれないな、出会いと愛と想いが成就した喜びをストレートに扱ったものは。この曲は結婚式などでもよく歌われるものなんだそうだ。まさにピッタリ。

その前の8〜19曲目のなかで、この曲が最も別れ歌っぽい孤独感、さびしみが色濃く表現されている楽曲かなと感じるのが、12「旅愁」だ。愁いという文字はこの歌の歌詞と曲調にまさにドンピシャ。美咲ヴァージョンでの冒頭から流れるストリングス(はシンセサイザー・サウンド?)が、まるで荒野を吹き抜ける風のごときわびしさを印象派ふうに表している。

美咲はこの「旅愁」でしっとりして落ち着いた表現を心がけ、決して孤独感きわまったように強い調子で声を張ったりせず、逆にアイドルふうの可愛いキュートな発声でチャーミングさをふりまきもせず、ただこの歌詞をひたすら淡々と、あたかも無表情を装ったかのように声に陰影を付けもせず、スッとナチュラルに、まるでヴォーカロイドのように、歌っている。

そんな美咲のヴォーカル表現は、かえって「旅愁」という孤独哀歌の主人公のさびしみを強く訴えかけ聴き手に伝えることに成功している。「いまどこに」「遠い夢のなか」「あなたはいない」「私の夜空に星は見えない」云々という、これでだいじょうぶか?と心配してしまうほどの主人公の内心を色濃く打ち出すことができているんだよね。

岩佐美咲という歌手がなにものなのか、彼女のことや、また関係する長良事務所、徳間ジャパンのことなど、ぼくはなにひとつとして知りませんが、なにかのひとつの強い気持ち、満たされることのない孤独な人間だけが持つ闇の奥のような部分、そのようなものを表現し伝えるべくしてこの世に存在し歌っている、とは言えるのだろうか。

2018/11/09

マイルズ・バンドでのジミー・コブおそるべし

マイルズ・デイヴィス・バンド史で1975年一時隠遁前のドラマー歴は、フィリー・ジョー・ジョーンズ、トニー・ウィリアムズ、ジャック・ディジョネット、アル・フォスターでぜんぶだということになっていて、たとえばジミー・コブは地味めな資質もあって度外視されているかもしれない。という書きかたはよくないな、ぼくだけがそう思っていたかもしれない。

ここ数ヶ月の記事内容ですでにおわかりのとおり、マイルズの(黄金の)セカンド・クインテット(1964〜67)で聴ける8ビートのラテン・リズムなジャズ・ブルーズっぽいもの、すなわちいわゆるブルー・ノート・ブーガルー #BlueNoteBoogaloo のマイルズ的展開に強い興味が出てきている。マイルズ・ミュージック史でその起源をさぐると、どうも1961年の『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』にある「テオ」かもしれないということになるんだなあ。

あの「テオ」は8ビートではなくて3/4拍子のジャズ・ワルツなんだけど、でもジミー・コブのドラミングを聴いてほしいのだ。シンバル+スネアのリム・ショット&打面打ち+タムを組み合わせながら、かなり込み入った複雑なビートを叩き出しているじゃないか。三拍子とはいえ、ポリリズミックな6/8ビート、すなわちハチロクのノリを予言・内包しているかのよう。

マイルズの全音楽キャリアをじっくりたどっても、こんなドラミングはそれまでちっとも聴けないんだなあ。1961年の「テオ」でいきなりどうしてこんなことになっているんだろう?しかもこの曲はスパニッシュ・スケールを使ったアンダルシアふうな旋律展開を持っていて、マイルズも(ゲスト参加の)ジョン・コルトレインも、そんなソロ内容を聴かせている。

ってことはこの1961年3月21日録音の「テオ」は、メロディにおいてもリズムにおいても、1960年代後半のブーガルー・マイルズを先取りしたものだっていうことになるよ。どうこれ?たとえばのほんの三例として今日のプレイリストには「プリンス・オヴ・ダークネス」「マスクァレロ」(『ソーサラー』)、「ライオット」(『ネフェルティティ』)を選んでおいたので、それらで聴けるトニー・ウィリアムズのドラミングと、「テオ」でのジミー・コブを比較してみてほしい。

つまり、ああいったものは突然変異的にトニーがやりはじめたってことではなくって、先鞭がつけられていたということだよね。マイルズ自身の音楽のなかにおいてでもさ。「プリンス・オヴ・ダークネス」「ライオット」では、リム・ショットを中心に複雑怪奇な変形ラテン・ビートを生んでいるあたりも酷似していると思うんだ。むろんトニーのはロック・ミュージック由来の8ビート系で、ジミー・コブのは3/4ビートなんだけど、なんだかちょっとこれは…。

ところでところで、ジミー・コブのドラミングにはあんがい(?)黒いフィーリングがあるよね。地味めの堅実な叩きかたのジャズ・ドラマーにしては、ノリがブラック・ミュージックっぽい。ふつうのメインストリーム・ジャズよりも、ややブルーズとかゴスペル方面に寄ったかのようなスタイルを持っているんじゃないかなあ。そう聴こえるんだけど。

この点、同じモダン・ジャズ・ドラマーで言えば MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)のコニー・ケイに似た資質を持っていたかもしれないよね。ジミー・コブのばあいは、ウィントン・ケリーとの親交も含め、ダイナ・ワシントンの専属伴奏ドラマーだったことにも、黒い音楽性を持つ一因があったかもしれない。ふつうのバラードではなんでもなくリリカルにやるが、ブルーズ・スウィンガーなどで真価を発揮していると思うよ、マイルズ・バンドでも。

そんなところ、スタジオ録音でもわかるけれど、1961年のブラックホーク・ライヴやカーネギー・ホール・ライヴでの、たとえば「ウォーキン」や「ソー・ワット」を聴いてほしい。ボスもウィントン・ケリーもすばらしいが、背後で支えるジミー・コブのドラミングがツボをおさえた見事なドライヴァー役を果たしている。カッコイイなあ。

ジミー・コブ、おそるべしだ。

2018/11/08

プリンスのデスカルガ

今2018年晩夏、『レコード・コレクターズ』誌にディスク・レヴューが載ったので知ったプリンスのライヴ・アルバム『グラム・スラム、マイアミ '94』。 Vol. 1と2で計四枚。しかしこれはなんだろう?オフィシャルじゃなくて密造酒を半分飲みかけみたいなものか、あるいは100%海賊かもしれないが、かなりちゃんとした日本語解説文がそれぞれ封入されている。そんなブートレグは見たことないなあ。まあいい。当日は全米で衛星放送されたそうだから、それがソースなんだろう。アマゾンでふつうに買えるんだから話題にしたい。

『グラム・スラム、マイアミ '94』は、1994年6月7日(音楽家の誕生日)から三日間、マイアミにあるグラム・スラム・クラブ(自身で経営)出演のプリンス・バンドによる演唱から構成されているようだ。Vol. 2 のほうにあるスティーヴィ・ワンダー「メイビー・ユア・ベイビー」と、歌なしでギター弾きまくりのサンタナ・メドレーが最大の聴きものかな。そして、ラテン・ナンバー複数が即興ジャムと化しているんだからあたりまえの話だが、サンタナ・メドレーでこそ、いちばんデスカルガになっている。いやあ、楽しい〜。カッコイイですねえ〜。

バンドの編成は、プリンス、トミー・バーバレラ(key)、モーリス・ヘイズ(org)、ソニー・T(bass)、マイケル・ブランド(dms)、マイテ・ガルシア(vo)。サイド・ヴォーカルはマイテだけじゃなく他のメンバーも担当している模様。さらに司会者らしき人物の声も聴こえる。このメンツで『グラム・スラム、マイアミ '94』の Vol. 1 は1994/6/7のフル・ステージを、Vol. 2 は一枚目が6/8、二枚目が6/9から抜粋収録してあるということかな。

この計四枚に収録のカヴァー・ソングは Vol. 2 に集中していて、上記スティーヴィとサンタナ以外にも、ソルト・ン・ペパ(「イッツ・オーライト」)、グレアム・セントラル・ステイション(「アイ・ビリーヴ・イン・ユー」)をやっている。がまあしかしスティーヴィとサンタナこそが白眉だと聴こえるね。さらにいえば、Vol. 1のほうにある生演奏アシッド・ジャズ「スペース」(『カム』)、12小節定型ブルーズの「ザ・ライド」(『クリスタル・ボール』)も最高だし、1st ナイトの締めくくり「シー」のソロなどもかなりいい。

なかでも「ザ・ライド」では、長尺(11分以上)のギター・ソロのなかで、みずから「ハッピー・バースデイ」を弾いているのが微笑ましい。いいねこれ。全体的にはダウン・ホームなアーシー感の強いエグ味のあるブルーズ演奏にしあがっていて、下世話にグイグイもりあげるのが、ブルーズ好きにはたまらない快感だ。いやあ、すばらしい。

Vol. 1&2と両方にある当時の自作コンテンポラリー・ナンバー「ザ・モスト・ビューティフル・ガール・イン・ザ・ワールド」は、Vol. 2 収録ヴァージョンのほうがいいね。しかしこれ、マイテのことを歌った曲のはずだけど、その当人がバンドの一員として参加しているわけだよ。ちょうどワーナーと揉めていた時期だけど、私生活は、あるいは音楽的にも、かなり充実していたってことなんだろうなあ。

さて、目玉であるスティーヴィの「メイビー・ユア・ベイビー」と、「サンタナ・メドレー」。前者では、ちょうど『トーキング・ブック』でレイ・パーカー Jr がそうしていたように、プリンスもギター・ソロで歌を、というか一曲全体をラッピングしている。しかしスティーヴィと違うのは、ギターも歌も本人が同時にやっているということだ。こりゃ〜、目を(耳を?)剥いちゃうよ。すごいなあ、っていまさらですけどね、こんな史上空前の天才に向かって。

三夜目のオープニングだったのかもしれない「サンタナ・メドレー」ではまずドラム・ソロからはじまっているが、それはプリンスが叩いているのだろう。そうだからわざわざ曲名に入っているんだと思う。その後、怒涛のギター弾きまくりパートに突入し、まさにこれぞプリンスのデスカルガと呼ぶべき即興ジャム・セッションを展開。もちろんソンのモントゥーノ、マンボ、サルサの伝統に則ったものではちっともないけれども、サンタナ・ナンバーの連続なんだし、あながち外しすぎではないのかもよ〜。

「サンタナ・メドレー」では一つづつの曲名が記されていない。文字どおりトロトロのジャムになっているから判別困難という面もある。ぼくの聴くかぎり「トゥーサン・ローヴェルチュール(『サンタナ III』)、「ジプシー・クイーン」(『天の守護神』)、「ソウル・サクリファイス」(『サンタナ』)の三曲、とほかすこしが渾然一体となって溶けているように聴こえる。それをインプロヴァイズしてやっているのかなと。

プリンスのライヴではこのマイアミ1994だけじゃなく、そのほかの公式盤二種などでもそうなんだけど、煮込みに煮込んで具材が原型をとどめない濃厚スープとなっているばあいが多く、それを、バンド・メンの演奏あわせ全員で即興ジャム・セッションみたいにやっているという具合だと思うんだ。サンタナ好きだったプリンスらしく、そういうのがしばしばラテン・ミュージック・ジャム化しているから、だからデスカルガだって言うわけ。

もちろん(昨日の記事で書いた)キューバ音楽でのいわゆるデスカルガじゃないんだけどね、ぜんぜん。でもまあいいじゃないか、たまにはことばの意味をひろげて応用しても。JATP みたいなただのライヴ・ジャム・セッションじゃない、プリンス・バンドのばあいは緊密な統合性のもとビシッとタイトに統率され、きっちり展開している。リズムだってハードでグルーヴィでダンサブルなことこの上ない。それにしばしば中南米音楽に寄っているしさぁ。プリンスのライヴ盤を聴くキューバ音楽ファンなら、デスカルガだっていうのにちょっとはうなずいていただけるかもよ〜。

2018/11/07

音楽の楽しみ 〜 デスカルガ

デスカルガ(Descargas)とはジャム・セッションのこと。ラテン・ミュージック、特にキューバのミュージシャンたちのあいだで使われることばだ。それはどんなものなのか、どれほど楽しいのか踊れるか、を端的に示したアンソロジーが、今2018年発売の仏フレモー&アソシエ盤『キューバ・ジャズ:ジャム・セッション - デスカルガ 1956-1961』三枚組。

こ〜れが!だいたい似たような、というかほぼ同じような音楽がどんどん続けて全55曲計四時間弱流れくるけれど、ま〜ったく聴き飽きるということがない、ばかりか楽しさが増すばかり。ここまでメッチャ楽しい音楽アルバムがかつてあっただろうかというくらい、超絶楽しいのだ。いやあ、デスカルガって、ほ〜んとイイですよね!

アンソロジー『キューバ・ジャズ:ジャム・セッション - デスカルガ 1956-1961』は、オリジナルのレコードをそのまま連続収録して並べたもので、ブルーノ・ブルム編纂のフレモー&アソシエ盤としては珍しいと思うのだが、これはたぶん、そうしたほうがデスカルガの享楽をたっぷり味わえるという意図のもと、やっていることなんだと、聴けばわかる。もとのレコード形態ではぼくは一曲も聴いたことがないけれど、間違いないと感じる。

デスカルガなどと呼んでみても、それはしょせんソンのモントゥーノ部の延長だ。だから、マンボにもサルサにも近い。というかこのフレモー&アソシエ盤には、ほぼ100%マンボ or サルサと呼んでさしつかえないものだって収録されている。マンボもサルサもだいたいモントゥーノの発展形なんだから当然だ。ってことはすべてはソンのアフロ形態のなかにあって、それがジャム・セッションに展開したのがデスカルガってことかなあ。

でも北米合衆国のジャズ・ミュージックで聴けるジャム・セッションのたぐいとは大きな違いも聴かれる。それはまず第一にリズムの快活陽気な躍動感がデスカルガでは強い。さらにアド・リブ・ソロ内容の展開も、デスカルガではジャズほど複雑高度ではない。もっとこう、グッとシンプルでわかりやすい親しみやすさで演奏されている。そこがいいんだ。

またこの三枚組でもそうだが、ヴォーカルが入るばあいも短い同一パッセージの単純メカニカルな反復で、モントゥーノの持つそんなアフロ特性を如実に反映したものとなっているのも、ジャズとの大きな違いだ。ヨーロッパふうに上下する<ふつうの>メロディ展開が歌のラインにすら、ない。楽器演奏にも当然あるわけない。ただ、メカニカルな反復あるのみ。

な〜んだ、じゃあアホみたいな音楽じゃないか、と考えるのは、西洋音楽の枠内でしかものをとらえていない証拠だ。(純)ジャズ・リスナーのなかには多いのだろうか?一定の短い同一パターンを延々と反復する、一種のピストン行為でたかまっていく、エモーショナルにもりあがり、演奏者も聴衆も快感を得る、というのは、ジャズのなかにでも、たとえば1940年代のジャンプ・ミュージックにはあった表現様式だ。

しかしそれだってまだまだ遠慮がちに、つまりヨーロッパ方面のみなさまがたに気を遣いながらやっていたことだったと、今日話題にしている三枚組『キューバ・ジャズ:ジャム・セッション - デスカルガ 1956-1961』を聴くと、わかってしまう。キューバ音楽のこんなハッピーなアフロ特性、すばらしいものじゃないですか。

どっちが音楽的に高度だとか、どっちがより洗練されているだとか、よりむずかしいだとか、そんなふうなものごとの思考基準が消えてなくなるような、つまり音楽エンターテイメントにおいてはなにがどう楽しく騒げて盛り上がれるかだけを判断要素にして演奏し聴き踊ればいいじゃないかという、そんな見事な境地が、デスカルガにはあるね。

ブルーノ・ブルム編纂のフレモー&アソシエ盤アンソロジー『キューバ・ジャズ:ジャム・セッション - デスカルガ 1956-1961』、ただたんにひたすら楽しくハッピーだ。ただそれだけ。それでじゅうぶんじゃないの〜。

2018/11/06

あらさがしをするな 〜 キース・ジャレット篇(1)

ゲイリー・ピーコックもジャック・ディジョネットも名手なのにどうしてこんな…、あ、いや、やめときます。キース・ジャレットのスタンダーズ・トリオ。なかなかいいものだってあるよね。個人的には1983年の(えっ、そんな遅かったっけ?)ファースト・アルバム『スタンダーズ、Vol. 1』がいちばん好き。これはマジでいい一枚だと思う。

もちろん当時はアナログ・レコードで聴いていたが、主に A 面を、というかたぶん A 面しか聴いていなかった。というのはそのころ、キース・ジャレットの表現するゴスペルちっくにアーシーな感覚がよくわかっておらず、じゃなくて1983年だとまだ黒人ゴスペルの世界をほぼ知らなかった。だから、B 面1曲目の「ザ・マスカレード・イズ・オーヴァー」はともかく、いまではこの『スタンダーズ、Vol. 1』で最も魅力的だと確信する「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」にピンと来ていなかった。

A 面はストレートにやるメインストリーム・ジャズのピアノ・トリオ演奏だもんね。あのころはまだこういうほうがよかったんだよね。しかしごくごくあたりまえの演奏というだけにはとどまっていない。かなり激しく三者がからみあっているが、キー・パースンは間違いなくジャック・ディジョネットだ。いやあ、すごいよね。ある意味、このアルバムの主役だ。

A 面の三曲ともそうなんだけど、特にむかしからいまでもこれが A 面では白眉と信じる2曲目の「オール・ザ・シングズ・ユー・アー」。左右両手同時で複雑に使いながらジャレットが弾きはじめ、しばらくのあいだはピアノとベースのデュオ演奏に近いというフィーリングで進む。そのあいだ、ディジョネットはブラシでプレイ。この時間は、イントロ部以外、どうってことないと思う。ピアノ・フレイジングはきれいでいいけれども。

ちょっとジャレットがうるさくうなりすぎだと思いながら聴いていって、問題は、じゃなくてすごいことになっているなと思うのは、三分過ぎあたりでディジョネットがスティックに持ち替えてからだ。そこからのビートの激しさは特筆すべき。手数だってかなり多く複雑。これ、手足四本での一発録りとは思えない怪物ドラミングじゃないだろうか。ゲイリー・ピーコックのソロに交代するまでそれが続くが、そこまでが至福の時間。あおられてジャレットもハードに弾きまくっているのがイイ。ふだんの、甘い感傷に流れがちな過度の情緒性がなく、鋭く厳しく硬いピアノ演奏だ。

ベース・ソロも終わってエンディングへ向けて進むパートも好きだ。最終テーマ演奏の前のワン・コーラスでジャレットは、ブロック・コード弾きでテーマの香りのするヴァリエイションを弾く。そこが大好き。気高く爽やかなフィーリングすら漂っているしね。最高じゃないか。こういった演奏も、表面的にはあくまでストレート・ジャズだけど、芯の部分にゴスペル感覚があるってことだろう。

A 面のほかの二曲「ミーニング・オヴ・ザ・ブルーズ」「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」は、当時現役活動中だったかつてのボス、マイルズ・デイヴィスへのトリビュートだったのかもしれない。後者は説明不要。前者はギル・エヴァンズとのコラボでやった1957年のコロンビア盤『マイルズ・アヘッド』にあり。ジャレットの演奏だって二つともリリカルでいいね。まるでまたもう一回共演したいのですという、ひょっとしてラヴ・コールだった??

あるいはビリー・ホリデイがテーマのようになっていたと見ることも可能だ。B 面の「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」はもちろんビリーの自作曲だが、「ミーニング・オヴ・ザ・ブルーズ」は1958年のコロンビア盤『レイディ・イン・サテン』に、あるわけではないのだが、聴いているとまるで教え諭されているような気分になる3曲目の「ユー・ドント・ノウ・ワット・ラヴ・イズ」に「ブルーズの意味を知るようになるまでは、恋とはなにかをわかったとはいえませんよ」と出てくるじゃないか。

まあこれは穿ちすぎかもしれないので、正真正銘ビリー・ホリデイの「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」。いやあ、沁みる、沁みすぎる、このゴスペル化されている一曲がさぁ〜。どうしてこんなにいいんだろう?三人ともアクースティック楽器を使っているが、これはロック・フィールのある8ビート演奏で、さながらゴスペル・ジャズ・ロック。かっこいいなあ〜。

ジャレットの弾くイントロ部からすでにただならぬ気配の漂うこの「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」。ディジョネットが叩きはじめた瞬間に別な高次元に達してしまう。常にピアノ・フレーズと対位的に弾くピーコックがからみ、ボトムスにロックな8ビートを置きながら、ピアニストが感傷的でありかつ崇高なフレーズを連発する様子に、聴き手のこちらまで感極まってしまう。

2018/11/05

somebody, scream! make some noise!

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ライヴ・コンサートの際、観客に極度の静寂を求める音楽家がある。どんどん歓声をあげろ!踊れ!と積極的にうながす歌手もいる。どっちが音楽ライヴのありようとして健全なのか?みたいなことはない。どっちもそれぞれ正常だ。音楽の種類、ありようが異なっているだけだ。だから、まあどっちでもいい話ではある。

東京時代に二度、クラシック音楽のコンサートに出かけたことがある。一度はカザルス・ホールで弦楽四重奏を、一度はサントリー・ホールでシンフォニーを、聴いた。自分が行きたかったからというよりも、当時は結婚していたので、妻の熱心な誘いに OK したというのが実情。二度とも、演奏中の客席は実に静かだったなあ。

キース・ジャレットらのああいった態度は、そういうクラシック・コンサートと同様の鑑賞芸術にジャズを持ち上げたいという、だから聴衆にも高度な静寂を求めるという、そういうことなのかもしれないね。なんでもジャレットのばあい、開演前に場内アナウンスみたいなのがあって、演奏中は決して咳払いひとつしてはいけません、だったかなんだかそんな注意事項が客に告げられるらしい。そして物音がすると、チッ!という態度で演奏を中断するそうだ。

現場で体験したわけじゃなくマスコミを通し伝え聞くだけだから軽はずみなことは言えないが、かりにこの情報が正しいものだったとするならば、ジャレットは頭オカシイのではないだろうか。みずからどんな心境でピアノに向かっていらっしゃるか、あんな超一流演奏家の内面をうかがい知るなど不可能でございますけれども、アホや。だってお金払って聴きにきてくれているオーディエンスに無用の緊張を強いて、それで自分の音楽を楽しんで帰ってもらえると思っているのだろうか?

こんなことがあった。大学生のころの現場での実体験だ。愛媛県松山市の小さなライヴ・ハウス、そう、満席でも50人は入らないだろうという程度の場所で、ある日本人ジャズ・ピアニストとベーシストのデュオ・ライヴがあって、聴きに出かけていったのだ。正確なことは憶えていないが、1980年前後だ。そのジャズ・メンがどなただっかのかは忘れてしまった。

しかし絶対に忘れられない事件が発生した。そのピアニストは、後年のキース・ジャレット同様の指示を、司会者を通し客席に出していた。演奏中は気が散るといけないから決して席を立たないでください、どんなことがあっても、と。それを聞いた瞬間、アホかいなと思いつつ、しかし我が身に関係ないことだからと、まあ右から左へと流しておいたのだ。

ところが演奏中に、隣席の知らない若い女性の様子が尋常ではないことになってしまった。着席したままオシッコをもらしてしまったのだ。あまりの恥ずかしさでとてもその場にいられないという感じだったけれど席を立ってはいけないとの指示だからそうまでなってもジッと座ったまま顔は真っ赤だった。さすがに慌てた会場関係者がその場をとりなしたけれど、強い尿意を感じても「演奏中は決して席を立たないように」との指示を守ろうとした、つまり音楽家の言うとおりにしようとした結果だ。

キース・ジャレットのオーディエンスには女性も多いと聞く。ジャレットはこんなおもらし行為を客に強いているのと同じなんじゃないだろうか。演奏の邪魔だと無用の超静寂を客に強い、しかし人間たるもの生理的反応や発音は避けられないのだがそれも我慢しようとし、結果、たいへんなことになってしまう(かどうか、ジャレットのコンサートでなにかがあったかどうかは知らない)。そうなれば、演奏家本人にとっても本末転倒のはず。

ひるがえってブラック&ラテン・ミュージックやアイドル歌手のライヴ・コンサートでは、事情が正反対だ。ステージ上の歌手たちも声をあげ手を振り、客席に反応を求める(ばあいによっては強いる、笑)。客席で体を動かし揺するばかりか激しくダンスすることも日常茶飯で、演唱中だろうが前だろうが終了後だろうが、客席から大きな歓声と拍手と怒号と…、つまりなんでもかんでもにぎやかに音を出し声をあげ、ステージへレスポンスする。

そう、コール&レスポンスだよね、こういったブラック&ラテン・ミュージックやアイドル歌手のコンサートはね。相互通行の作用で両者ともに一体化し、高まっていく。興奮し、快感を得、楽しんで、カタルシスに至り、満足して帰っていく。クラシック音楽やジャレットさんのコンサートが一方的におしいただくものであるのとは真逆だ。

ステージ上も客席も、わいわいにぎやかでやかましい、相互両方向の呼びかけがさかんである、おたがいが叫び合って手を振りあってにこやかにやる、激しくダンスする、ステージ上の音楽家たちはそれをうながすべく積極的に発言し動く 〜〜 そんなライヴ・コンサートこそが<タダシイ>音楽生現場のありようだ、などとはつゆほども思っていない。だけど、ぼくはすくなくともそういうのが好きだ。

2018/11/04

サッチモ化しているポール・マッカートニーがとてもいい

ちょうどいま来日中なので、機を逸さずメモしておきたい。

昨夜 2018.10.31 に松山市内で OKI さんのソロ・ライヴを体験しにいった同じとき、ポール・マッカートニーの東京ドーム公演が行われた。Twitter や Instagram のぼくのタイムラインにも、いろんな投稿があふれている。いまのポールとは、21世紀のサッチモ(ルイ・アームストロング)なのだということを、ここで声を大にして言っておきたいのだ。

音楽エンターテイメントとはなにか、音楽家とはどういうものか、の理想型がここにあるということなんだ。褒めすぎかもしれないが、1960年代のサッチモに間に合わなかったぼくたちにとっては、いまやポールこそかけがえのない存在なのだ。歌手とは、音楽家とは、芸の人間とは、オーディエンスに楽しんでもらうことがナンバー・ワンの目的で、というかそれがすべてで、そのために100%全力を尽くす、これが理想だとぼくだったら思う。

そんなポピュラー・ミュージックの音楽家の理想を、ただの空想ではなく地で行っていたのが、すなわちフル実現していた、している、のがサッチモであり、現在なら、そうだなあ、1990年代ごろからかな、そのあたりからのポールなんじゃないかと思っているんだよね。いやあ、ポールはここまで来たんだ、あのサッチモの境地にまで到達し、みんなを喜ばせ、楽しませ、幸せな気分にしている。笑顔をふりまき、ギターやベースやピアノを弾き、歌い、ファン・サーヴィスを欠かさず、なにもかもぼくたちリスナーのために、と思ってその思い一筋で、ステージをこなし録音作品を届けてくれる。楽器をトランペットに置き換えれば、そのままサッチモのありようと同じじゃないか。

クラシック音楽の世界には疎いのでなにも言えない。ポピュラー音楽とは、世界のどんなものでも、現場でのライヴや録音物でもって、聴くひとみんなに楽しんでもらいたい喜んでもらいたいとか、ビックリしたり、ときどき切なくかなしい気分にひたって、ちょっぴり泣いたりもし、でも最終的にはきれいに昇華され心が晴れて、それでもって生活を、人生を、元気にやっていこうという 〜〜 そんなことの一助となるというのが、最大最高の効用だとぼくは信じている。

一助どころか、ひとによっては、というかぼくのばあいは間違いなく、人生最大のヘルパーが、というか人生とは、音楽だ。音楽を聴くことに実用的な意味がもしかりにあるとするならば、まさにこの一点にかかわっている。ぼくにとっては生きるよすが、それが音楽だ。聴くひとを、最終的には幸せにしたい、このことだけをひたすら念頭に置いて、音楽を届けてくれたのがサッチモで、20世紀の終わりごろからその役目を自覚し実行しているのがポール・マッカートニーなんじゃないのかな。

だから、サッチモがそうであったようにポールもライヴ・ステージでは歯を見せて満面の笑みを浮かべ手を振り、日本では日の丸の旗を振るようにどこへ行ってもそこの旗を振りまくり、そこのことばでしゃべりかけ、そしてなにより歌と演奏で楽しませれてくれて、会場を去るときのオーディエンスが心ゆくまで満足できた、思い残すことはない、という状態になるまで全力を尽くし音楽をやってくれる。

音楽は、結局、エンターテイメント。このことがすべてだ。エンターテイメントとは、つまるところ、なんなのか?このことを常に忘れず自問自答し、出た答えを不断に実行できる歌手、音楽家こそ、ぼくたちにとっては至高の存在じゃないだろうか。サッチモのばあい、ある時期以後ステージ芸人と化したような姿を批判された、こともある。いまのポールにも、ひょっとしたら否定的な声がある、かもしれない。

でも、そんなネガティヴ発言に耳を貸すことはない。サッチモもポールも、音楽家とはなにか、なにをすべきか、わかっている。わかって、それを実行し、成功している。尊敬しかないじゃないか。

2018/11/03

OKI ソロ at 松山ナイト 2018.10.31

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アイヌの OKI さんのソロ・ライヴが、なんと松山市内で行われるというので、ハロウィンの夜に出かけてきた。場所はかなり小さなカフェ?スウィーツ・バー?そんな手狭なところで、19:30の開演時に客はぜんぶで12人。本当にこじんまりとした雰囲気だったけれど、OKI さんの音楽はとんでもない、大きなスケールを感じさせるひろがりを持っていた。






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当夜は『サハリン島のトンコリと物語』と題されていて、といってもぼくはなにも知らない世界なのだけど、OKI さんは一曲一曲それがどんなものか、どんな文化的・人間的バックグラウンドを持ったものなのかなどなど、ていねいに解説しながら、トンコリを弾き歌っていた。その演唱に(プリミティヴで?)広大なスペイシーさを感じたのだった。第一部のラスト・ナンバーはムックリ演奏だった。




二部構成のライヴは19:30開演予定どおりにはじまって、二部とも約一時間程度との予告。お店のかたの事前のお話では、遅くとも21:30には終わると思いますとのことだったけれど、約15分間の休憩をはさんでの第二部が熱を帯び、特に、みんなで輪唱をやるワークショップ・パート(三曲やった、あなたひとり声デカイですよ、と面と向かって言われちゃった)が盛り上がり、その前にやった第二部1曲目の「サハリン・ロック」からノリノリで、ワークショップが終わっての当夜のラスト・ナンバーも激アツで、ぜんぶ終わって店内が明るくなって腕時計を見たら、22:30が近づいていた。三時間やった計算じゃん。

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トンコリは二本用意されていた。チューニングを違えてあるのだろう。また一本のトンコリでも、次の曲に入る前にチューニングを(ペグ?と呼んでいい?ものをまわし)変えたりもしていた。トンコリは全弦解放で弾く楽器なので、そこだけ取ると表現の幅が狭いかのように思えるのを補う目的もあって OKI さんもそうしているのだろう。ライヴのあいだずっと OKI さんの手もとを見ていたんだけど、解放弦を細やかでしなやかな指さばきではじいていた。


しかし、OKI さんのトンコリ演奏は、その出てくるサウンドを耳にすれば、とても表現の幅が狭い楽器だとは思えない多彩なカラフルさ。特にご自身でも言っていたけれど、メロディを自在に弾ける楽器じゃなくてリズム表現に重きを置くものなので、ということなのか、なにも知らない素人のぼくが聴いても、一曲ごとにチェンジするリズム・パターンの豊かさには目(耳?)を見張る。グルーヴが自在。「この曲のリズムは…」との説明のことばを全曲の前後で強調していた。

一曲のあいだ、基本、OKI さんは同じパッセージをずっと反復している。それにすこしづつニュアンスの変化をくわえながらリピートし、聴き手をトランス状態にもっていくという、つまりミニマル・ミュージックの創りかただった。音色のせいもあってか、ぼくはジンバブエはショナ族のムビラ演奏を連想した。連想っていうか、これ、音楽の種類としては同じものだよね?アフリカとアイヌの親和性。

第一部では OKI さんも客もまだちょっと緊張して硬かったかもな?とぼくは感じていたんだけど、第二部オープニングの野趣あふれる「サハリン・ロック」のグルーヴでもってそれは消え、客も大きく手拍子であわせ、OKI さんがシャウトするたびにぼくは大きな掛け声を入れた。終わってワークショップ・コーナーに入ってしばらくしてから、「あなた、さっきからノッテますね、音楽やってるんですか?この機材の写真撮ってたし」などといじられて、うれしかった。


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開演前に写した機材写真二枚。スタンド・マイク中段に取り付けてある操作パネル(OKI さんいわく「これはヒミツだから、写真は5000円もらいます」)のつまみは、よく触ってまわしていた。主に電気アンプリファイド・トンコリの音量調節かなあ?足元のフット・ペダル操作によるエフェクター類も、かなり頻繁かつ細やかにやっていて、リヴァーブやエコーやゴーッっていう風?嵐?のような音みたいな効果をトンコリ・サウンドに付与していて、本当におもしろかった。

第二部に入ってからは、OKI さんがひとり弾くトンコリや、弾かずに手拍子だけで、歌ったり客と合同で輪唱したりして大いに盛り上がり、現場がかなりの熱量を帯び、OKI さん独演唱でも客席との一体感が強く感じられ、客の熱や好レスポンスは至近距離の OKI さんにフィードバックされ、いっしょになって高い場所にのぼりつめていったと、ぼくは感じたんだけど。

いや、ぼくだけじゃない、ときおりぼくがチラ見していた11人の客も、手拍子や輪唱をしないときでも、同様のうれしそうで楽しそうな表情を浮かべては、からだをゆすったり手でリズムをとったりしていたよ。

しかしそんな客の興奮と、このまま帰ったんでは寝つきにくいかもという心理を見透かしたかのように、アンコールで出てきた OKI さんは子守唄(と言っていた)をやり、ヒプノティックになだめすかすような落ち着いた静かな演奏と歌で、見事にクール・ダウンまでもしてくれたのだった。

すばらしい一夜だった。音楽のグルーヴとはなにか?それを身をもって生体験できた。最高に楽しかった。

2018/11/02

マイルズとブルーズの真実 〜「ビッチズ・ブルー」はヴードゥーのチャイル

チック・コリアの在籍時代、マイルズ・デイヴィスはブルーズを抽象化して表現していた。パッと瞬時に気がつく主だったところだけをあげておくと以下。最後のはギター・ロック・ピースだからチックはいないけれどね。録音順に。

「マドモワゼル・メイブリー」(『キリマンジャロの娘』)rec. 1968.9.24
「フルロン・ブラン」
「イッツ・アバウト・ザット・タイム」(『イン・ア・サイレント・ウェイ』)rec. 1969.2.18
「ビッチズ・ブルー」(『ビッチズ・ブルー』)rec. 1969.8.19
「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」rec. 8.20
「ライト・オフ」(『ア・トリビュート・トゥ・ジャック・ジョンスン』)rec. 1970.4.7

これらの前にある「スタッフ」(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』)も同様のブルーズ・グルーヴァーかもなと思うんだけど、ゆえあって今日は外すことにした。「マドモワゼル・メイブリー」がプレイリストのトップに来る意味を重視したかった。ベティ・メイブリーへのオマージュあると同時にジミ・ヘンドリクス・トリビュートでもあるからだ(「ウィンド・クライズ・メアリー」)。

これら六曲、たしかに12小節の3コードとかそのヴァリエイションといったブルーズ楽曲の定型パターンではない。だから<ブルーズ>を認識するのに型を見ないとわからないというばあいには、これらがブルーズだと言われてもピンと来ないかも。でもたぶんそんなかたは少数派だろうと思う。

六曲ともなによりブルーズ・フィールがあるし、型の面だけ聴いたって、そこかしこにブルーズの、特に和声進行が抽象化されて活かされている。ものによっては明確な残骸があるじゃないか。たとえば「マドモワゼル・メイブリー」はブルーズ・ケイデンス(終止形)を持っている。「イッツ・アバウト・ザット・タイム」で聴けるベース・ヴァンプ(はしばしば複数楽器が合奏する)の下降型もブルーズ進行的だ。「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン」「ライト・オフ」のリフもそうかな。

いちばんわかりにくいのが曲「ビッチズ・ブルー」かもしれない。しかしたとえば13分過ぎから右チャンネルで弾くチック・コリアのソロにあるブルーズ的まがまがしさを聴いてほしい。まるでジョン・リー・フッカーがフェンダー・ローズを弾いているかのようじゃないか。マイルズはこれを録音するずっと前から言っていた:「どうにかしてマディ・ウォーターズやジョン・リー・フッカーのヴォイシングを自分の音楽に活かせないか」と。

右チャンネルのチックは、実は曲「ビッチズ・ブルー」を通しずっとブルーズを弾いているようなフィーリングで(左がジョー・ザヴィヌルの二名鍵盤体制)、その原因は曲の構造と、もとからのフィーリングがブルーズだからにほかならない。ハーヴィー・ブルックスのエレベとベニー・モウピンのバス・クラリネットが土台になって典型的に表現するヒュ〜ドロドロ感は、1968年10月に発売済みのジミヘン「ヴードゥー・チャイル」(『エレクトリック・レイディランド』)からそのまま借用している。「ヴードゥー・チャイル」がブルーズ・ソングなのは説明不要だ。

しかしマイルズ自身、「ビッチズ・ブルー」にたどりつく前の1968年9月に「フルロン・ブラン」を録音しているんだよね。聴こえにくいがよく耳をすませてほしい。F のブーガルー・ブルーズである「フルロン・ブラン」(はジェイムズ・ブラウン「コールド・スウェット」のマイルズ版)で用いられているベース・パターンは、曲「ビッチズ・ブルー」で使われるそれの祖型、というかほぼ同じ。

1968〜70年にかけてこんなにもブルーズだらけなマイルズ・ミュージックだったのに、いまだにこれを指摘するひとがかなり少ないのは、たんに抽象化されているからに違いないと思う。でもブルーズ・フィールは間違いなくある。それもグルーヴィなかたちとなって表現されているから、ダンサブルでもある。すなわちダンス・ブルーズなマイルズが、この時期たしかに存在した。

この1969年前後といえば、マイルズは主にジャズ・ミュージックにおけるリズム面での革新に積極的に取り組んでいて、好成果も出したと言えるはず。一つ前へ進めるときは、別な要素は保持したまま、あるいは悪く言えば因習的なものをそのまま残して土台とするのがマイルズのやりかただった。いつもずっと。

ジャズのリズムとサウンドのロック/ファンク化を推し進めるにあたり、マイルズは(1965〜67年のかのクインテット時代には)まれな例外を除き直截はいったん遠ざけていたブルーズ・エクスプレッションにふたたび寄りかかったのだろう。そこをキープしておけば、あるいはむしろそのほうが、ほかの部分の革新を進めやすかった。

たぶんそんなことで、1968〜70年のマイルズ・ミュージックに(アブストラクトなかたちをしているが)ブルーズがこんなにたくさんあるのだと思う。ブルーズとは、あるいはブルーズ進行や終止形とは、つまり主に和声面でのブルーズ表現とは、これすなわち(演奏者にも聴き手にも)明快さ、わかりやすさ、シンプルさをもたらすものだ。

一面は保守的に置いておいて、他面で革新行為を行う 〜 マイルズというだけでなく、だれでもどんなことでも、わりとふつうのことなんじゃないかな。

こういうふうに見てくれば、アルバムでいうと『キリマンジャロの娘』『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチズ・ブルー』『ジャック・ジョンスン』あたりだって、とっつきやすく聴きやすくわかりやすいのかもしれない。それに、なんたってグルーヴィだから、聴いて楽しいよ。

2018/11/01

ラーガ・ロックな『リヴォルヴァー』

ビートルズの『リヴォルヴァー』(1966)。4曲目にジョージの「ラヴ・ユー・トゥー」が収録されているが、これがっていうだけでなくほかにも随所に、それもジョージじゃないメンバーだって、インド音楽要素を表現しているよね。さらにこのアルバムはエレキ・ギター、それもファズのかかったそれをフィーチャーしたようなギター・ロックなのがぼく好み。

「ラヴ・ユー・トゥー」のことはおいておいて、まずアルバム・オープナーの「タックスマン」。ジョージの曲だけど、それじたいがインド音階を使っているようには聴こえない。ふつうのギター・ロック・ピースだよね。ところがポールの弾くソロ部は完璧なインドふう。これ以前も、これ以後2018年までも、ポールがここまではっきりとインドっぽいことをやったものってあるかなあ?

しかもかなりカッコイイよね、そのポールのギター・ソロ。あ、それを踏まえ、ヴォーカルへのオブリガートでも入る右チャンネルのポールのギターとあわせて聴くと、ヴォーカルの主旋律もなんだかインドふうに聴こえてくるから不思議だ、ってことはないのか、そういう曲なのか。歌詞は当時の政治風刺でちょっと硬派かもしれないが、そんなことはどうだっていい。インドふうの、なんちゅ〜かラーガ・ロック?は、もっと数年あとになってから流行りはじめるものだけど、ビートルズが先取りしていたかも。

アルバム・オープナーがこんな感じなのに呼応するかのように、クローザー「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」もなかなかのラーガ・ロックだ。1966年だからサイケデリックと呼ぶべきものだけど、ラーガ・ロックはサイケの延長線上のものっていうか、一亜種じゃないか。いやあ、それにしてもこの「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」はすごい、すごすぎる。1966年でこんな音楽、なかったよなあ。たぶん、ジョンのヴォーカルとリンゴのドラムスは生演唱かと思うんだけど、それも加工してあるし、それら以外は録音済みテープのループとコラージュで構成されているんじゃないかと思う。

さらに「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」では、そんな音楽構築の手法にだけ注目が集まっているのかもしれないが、あんがいここがいちばんの肝だと思うのがリンゴのドラミングだ。テープ・ループで構成…、と書いたけれど、リンゴは(たぶん)生演奏で同様のビート感を表現できているんだもんなあ。反復するヒプノティックなビートを、主にスネア・ワークで叩きだしている。これはかなりすごいことじゃないのかなあ。1966年にこんなヒップ・ホップ・ビートを生で叩けるドラマーって、ほかにいたんだっけ?ぼくは知らない。

直截的にインド音楽ふうなジョージの「ラヴ・ユー・トゥー」よりも、これらアルバム・オープナーとクローザーの、粉砕されて消化されインドふうな音楽要素がギター・メインなラーガ・ロック(という言いかただと抵抗されそうだけど)となって溶け込んでいる、しかも2010年代的現代性までをも感じさせるようなものに仕上がっているという、それら二曲「タックスマン」「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」に降参するしかない。

『リヴォルヴァー』にある、ほかの同時代的、あるいはちょっぴり先取りしたようなサイケデリック・ロックな曲は、ふつうにサイケなだけのような気がするので、あらためて特記する必要はない。また、個人的な好みだけだと、ポールによる二曲のリリカル・ソング(一個はロマンティックなラヴ・バラード、一個はハート・ブレイキング)「ヒア、ゼア・アンド・エヴィリウェア」「フォー・ノー・ワン」もかなり好き。どっちも最高に美しい。

2018/10/31

ちょっと気分だから、連続(ソウル)トレイン、といってもジャズ

なにを隠そう、アトランティック盤やインパルス盤など、とにかくぜんぶを考慮に入れてもいちばん好きなジョン・コルトレインのアルバムが、プレスティジ盤『ソウルトレイン』(1958)。録音は1958年2月7日のワン・デイト・セッションだけど、同年同月4日には、再起動したマイルス・デイヴィス・バンドで録音済み(コロンビア盤『マイルストーンズ』の一部)。

つまりセロニアス・モンク・コンボでの修行を終え、ふたたびこのボス・トランペッターのところへ戻って、しかし以前とは見違える活躍を聴かせるようになりはじめた時期だよね。ボスのコロンビア録音でもその目覚ましい吹奏ぶりはよくわかるし、かつてはオミットされていたリリカル・バラード演奏などでもしっかりソロ・パートを任されるようになっている。

プレスティジ盤『ソウルトレイン』はそんな時期の録音だけに、中身は文句なしに充実している。なんたってぼくはこの一枚のことが、大学生のころから好きで好きでたまらない。アトランティックやインパルスのものに比してもどうしてこんなに好きなのか、自分でも理由がわからないのだが、むかしは A 面のほうをよく聴いていた。いま聴きかえすと B 面分だって同じすばらしさだからなあ。

たぶん、むかしのぼくは「グッド・ベイト」「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」というふたつの曲そのものが好きだったということなんだろうか。緊迫感だって漂うばあいがある B 面(特にラストの「ラッシャン・ララバイ」)と違い、この A 面二曲はたいへんにくつろいだリラクシング・ムード横溢なのが好きだったのかも。

その後、「グッド・ベイト」のことが嫌いになってしまい、なんだ、このほんわかひょこひょこ路線でのどかなメロディは〜っ?!とか思いはじめてしばらくのあいだは、たとえばホレス・シルヴァーやソニー・ロリンズが書く同傾向の曲もやはり嫌いだったから、要はその時期、ユーモラスなファンキー・ナンバーを受け付けなかったってことなんだろう。あれはどうしてだったのか、いまやわからず憶えてもいない。

<ファンキー>とは、決して「モーニン」(ボビー・ティモンズ)みたいなゴスペル調アーシー・ジャズのことだけを指すのではなく、同じく黒人教会にルーツを持ちながらもユーモア感覚を活かしたスカしてクールな感覚でもあるんだと、これに気付きはじめたのはスライ&ザ・ファミリー・ストーンを知ったころだ。そして、中村とうようさんがそんなことを明言してある文章にも、すこしあとに出会った。

それで、たとえばボビー・ティモンズ他はスライと(そのままだと)つながりにくい気がするけれど、ホレス・シルヴァーのファンキー・チューンなんかはあんがい簡単につながっているなあと、するとファンキーと呼ばれるこのクールなユーモア感覚は、たとえばいわゆるジャイヴ・ミュージック(系ジャズ)からの流れかもしれないし、アフリカ音楽のなかにもあるなあとか、こんな理解ができるようになったのは、本当にごくごく最近の話だ。

ふりかえって、トレインが『ソウルトレイン』でやる「グッド・ベイト」のことも評価しなおすようになって、むかしみたいにもう一回好きになっているけれど、愛好の中身が今度は違っている。あるいは、大学生のころに、こんなくつろぎユーモア・タイムがいいなあと聴きながらぼんやり感じていたのは、なにかを察知していた?いやいや、それはないだろうね。

「グッド・ベイト」でもそのほかの曲でも、トレインの例のシーツ・オヴ・サウンド手法が完成に近づいているのを容易に聴きとれるけれど、この点はみなさんが、というかそもそもレコード初版時からアイラ・ギトラーが指摘していることだから、いまさらぼくが言うことなんてなにもない。ただこれ、息継ぎ(ブレス)しんどいだろうなぁとも思う。

アルバム2曲目のきれいなリリカル・バラード「アイ・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・ユー」。A 面のなかではどっちかというとこっちのほうが好きだった。これはいまでも変わらない。そしてこのプレスティジ録音以後トレインの定番レパートリーになって、インパルス時代にもライヴではしばしばやっていた。あの長すぎるカデンツァ付きでさ。あまりにも長いんだ。その吹奏内容も時代によって変化している。

それらひっくるめて、この1958年初演が、いまではいちばんしっくり来る気がしている。それだって10分以上もあるけれど、必ずしもトレインの独擅場じゃなく、ブロック・コード・ワークが美しいレッド・ガーランドのピアノ・ソロ、かなり内容がいいポール・チェインバーズのベース・ソロも聴かせるものだ。トレインの吹奏も、わりとシンプルでストレートなのが、このラヴ・ソングのチャーミングさをきわだたせている。そう、近年、ぼくはこういった嗜好に変化していて、凝った複雑なソロ展開は遠ざけはじめているんだよね。

B 面に入って「ユー・セイ・ユー・ケア」はまあまあテンポが速いけれど、それでも急速なフィーリングじゃなくリラクシングなのがいい。トレインのフレーズ創りもぴったりいい感じだし、ドラムスのアート・テイラーってうまいんだなあってわかる。次の「シーム・フォー・アーニー」ってあまり知らない曲だけど、これもポップ・スタンダードなんだっけ?トレインがここでとりあげなかったら埋もれちゃっていたものかも。

ラスト「ラッシャン・ララバイ」はアーヴィング・バーリンの書いた正真正銘スタンダードで、ジャズ・メンもよくやる。ヴィク・ディキンスン(トロンボーン奏者)の中間派ジャズのヴァンガード盤のものも有名だよね。あのヴァージョン、大好きなんだよね、ぼくは。

そんなバーリンの曲をトレインが激速調にアレンジして吹きまくる。鬼気迫るというか、アトランティック〜インパルス時代を予告したような勢いだよなあ。すごいの一言。マイルズ・コンボでも1960年の欧州ツアーではアホみたいに吹きまくってボスをあきれさせた、あの超多弁ぶりがすでにここにある。そんな饒舌トレインに、ぼくは心から共感する。トレインの心中になにがあったのか、わかるわけもないけれど、ぼくなりに…、ね、まあなんだかちょっとさ…、わかるとは言わないんだけど。

2018/10/30

コルトレイン唯一のブルー・ノート作品

ジョン・コルトレインがリーダーのブルー・ノート作品は『ブルー・トレイン』(1957)だけ。プレスティジのだって、契約期間中にリアルタイム・リリースされたものは、実は三枚しかなかった。かの有名な『ラッシュ・ライフ』だって発売は1961年だったんだよ。あれっ?なんか、マイルズ・デイヴィス関係の事情とちょっと似ているなあ。

ともかく今日はプレスティジ録音作の話はしない。トレイン唯一のブルー・ノート作品『ブルー・トレイン』のことだけ。オリジナル・レコード分は5曲目までだ。1曲目のアルバム・タイトル・チューンと3曲目「ロコモーション」が(ほぼ)定型ブルーズで、それ以外も、スタンダード・バラードの4曲目「オイラは不器用」(I'm Old Fashioned)を除き、すべてトレイン・オリジナル。

などと言ってはみたものの、このサックス奏者もかつてのボス・トランペッター同様、ユニークで印象に残るオリジナル・チューンを書く能力はなかったと思う。簡単なリフとかブルーズとかそのヴァリエイションとかモードを並べただけとか、そんなのばっかりだよね。『ブルー・トレイン』でもそれがよくわかる。デューク・エリントンとかセロニアス・モンクとかホレス・シルヴァーなどを基準にしているぼくがいかんのだけども。

マイルズのばあいは、そんな能力の欠如を、トランペット・ソロ内容ではなく整合性の取れたグループ一体のトータル表現と、巧妙なアレンジ(しばしばアレンジャーを起用)と、躍動的なリズム・セクションのフル活用とで十二分に補っていた。トレインはといえば、死の一歩手前みたいなギリギリのアド・リブ勝負で補ったような、そんなジャズ・マンだったのかもなあ。そんな気がする。

だから1960年代のトレインがああいった方向へ進むのは、音楽家としての資質上、必然だったと言える。ふりかえれば、50年代録音は、内容がグンと向上する58年より前のものだとやはりイマイチに聴こえたりもし、だからリーダー作品でもテナー・サックスだけ聴いていると物足りない…、と思いませんか、みなさん?ぼくはそうなんだけど。

『ブルー・トレイン』のばあい、トランペッター(リー・モーガン)とトロンボーン(カーティス・フラー)が参加した三管編成で、テーマ演奏部その他で分厚い響きになるのはぼく好みだ。しかし、モダン・ジャズばかり聴いているみなさんのあいだでは、三管編成とかって、たとえばアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズなんかでも、ウケが悪いそうだ、と、むかしうかがった。

どうしてだろう?ってことはないなあ、ハード・バップ・コンボはたいていクインテット以下の人数だし、なんたってぼくの好みじゃないピアノ・トリオが大人気だったりする世界で、戦前ジャズ(とそのスタイル)においてはあくまで<本番>はビッグ・バンドだっていう、そんな世界とは180度違っているよねえ。アート・アンサンブル・オヴ・シカゴみたいな存在や、類するバンドやアルバムもあったりはしますが。

三管編成って、だからいちばん中途半端で分が悪いのかも。くどいようですが、ぼくは好きです、三管ホーン・アンサンブル。『ブルー・トレイン』で一番好きなのがそんな3ホーンズの重なり合いだから。さて、書いたように曲そのものにおもしろみが薄いもんだからアド・リブ・ソロ内容を、あるいはリズム・セクションの演奏を、聴くということになるけれど、いちばんいいなと感じるのが、個人的にはピアノのケニー・ドルーだ。管楽器ならカーティス・フラーがいい。

トレインもマイルズのファースト・クインテット時代よりはぜんぜんいいけれど、まだセロニアス・モンク・コンボでファイヴ・スポットに定期出演していた最中の修行中の身で、1958年にマイルズ・バンドに復帰以後の活躍を知っているからこの程度ではう〜ん…、まあ悪くはないんですけど。

リー・モーガンも1957年時点ではまだまだだったと判断せざるをえないトランペット吹奏内容だと思う。そこいくとカーティス・フラーはもうすでに立派だ。さらに、好みの問題でしかないが、ぼくはこのトローンボニストのちょっとくぐもって野暮ったいような音色とフレイジングがど真ん中ストレートの好物なんだよね。ただそれだけのことかもしれないが。

どの曲のソロもいいんだが、特にスタンダード・バラード「わし、不器用ですけん」でのソロが絶品だ。テーマとソロ部をあわせ、テナー・サックス、トロンボーン、ピアノ、トランペットの順で登場するけれど、カーティス・フラーの吹くパートだけ鈍く黒光りし、このスタンダード・バラードの持つ(歌詞を含む)曲想にピッタリ似合っているじゃないか。

それから「ぼかあ不器用なもんで」でもそうだけど、ケニー・ドルーのソロにはブルージーな部分が聴き受けられるのも好き。ふつうのバラードでもそうなんだから、曲「ブルー・トレイン」「ロコモーション」の二曲のブルーズ・ソングならなおさらだ。それらふたつでのいちばんの聴きもの、というか個人的好物がケニー・ドルーのブルージー・ピアノだ。

しかし、曲「ブルー・トレイン」では、曲とアレンジ構成もすこし興味深い。メイジャー・ブルーズなんだけどそうだとはっきりしてくるのは一番手トレインのソロに入っての1st コーラスでのことであって、テーマ演奏部はちょっぴりマイナー・キーをまとっているかのごとく惑わせる偽の衣装を着ている。これ、ホント、どういう和音構成になっているんだろう、このテーマ演奏部は?各人のソロ・パートではリズムの変化があるのも楽しいね。

もう一個のブルーズ形式楽曲「ロコモーション」。これはワン・コーラスが長い(数えていないが、とにかく最定型の12小節よりずっと多い)ので、コード・ワークがブルーズ・チェンジだと気づかれにくいかも。やはりカーティス・フラーとケニー・ドルーがいいね。このピアニストの弾きかたはなんでもないもののようだけど、このフィーリングをそうやすやすと出せるもんじゃないよね。

2曲目「モーメンツ・ノーティス」とラスト5曲目「レイジー・バード」は、ハード・バップ愛好家にはいいものだろうと思う。

«ぼくにとっての初ティナは『プライヴェイト・ダンサー』、わりとジャジー

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