2017/10/21

カーボ・ヴェルデのサウダージ 〜 祭 1

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僕が聴くとアフリカ音楽というよりブラジル音楽に近いように思うカーボ・ヴェルデ。っていうかあの国はそもそもいわゆる「アフリカ」の一部に含めてもいいんだろうか?でも少なくとも音楽的には、例えば荻原和也さんの『ポップ・アフリカ 800』にも登場し、p. 13 で解説文があったあと、pp. 28〜34にわたりアルバム・ガイドは26枚も掲載されている。大陸部ではないが、やはりアフリカにおける旧ポルトガル領の一部ってことだよね。

僕はカーボ・ヴェルデ音楽をほとんど知らない。聴いているのは、アンソロジー『ラフ・ガイド・トゥ・カーボ・ヴェルデの音楽』と、あとはセザリア・エヴォーラとナンシー・ヴィエイラ二名の女性歌手だけだ。あともう一つ、CD 四枚組ボックス『メモリアス・ジ・アフリカ』の二枚目がカーボ・ヴェルデ篇だ。『メモリアス・ジ・アフリカ』を買ったのは、今年になってアンゴラ音楽にハマってしまったからなんだけどね。

それで気が向いて、ちょっとこれだけでもどうかと思って、ナンシー・ヴィエイラの2007年作『ルース』だけ聴きなおしてみたら、あまりの素晴らしさにのけぞって卒倒しそうになってしまった。ほぼ失神。こんなにも美しく楽しい音楽だったなんてなあ…(恥)。いつもながらひとやものの真価に気づくのが遅すぎる僕…。こりゃイケマセン。ナンシーの『ルース』についてだけでも、時間があるときに書かなくちゃね。でも上述の荻原ガイドには、ナンシーの2011年作が掲載されていて、それがなんでも傑作なんだそうだ。持っていない。早速アマゾンでポチりました。

どうして今日カーボ・ヴェルデのことを書いているのかというと、これまた例によっての『ア・ヴィアージム・ドス・ソンス(ザ・ジャーニー・オヴ・サウンズ)』のカーボ・ヴェルデ篇がこのあいだ自宅に届き、このトラジソンのシリーズはぜんぶ買うと決めているので、新リリースのカーボ・ヴェルデ篇も買ったわけだけど、聴いてみたら面白くって、う〜ん、ホント、ナンシー・ヴィエイラといい、いままでこの国の音楽に熱心じゃなかった僕って…。なんたる鈍感さ。不明を恥じるしかない。

それでナンシー・ヴィエイラその他、すでに持っているものの話はまた別の機会にして、今日は『ア・ヴィアージム・ドス・ソンス』(カーボ・ヴェルデ篇)のことを少しだけ書いておきたい。いや本当に面白いんだよね。やっぱりブラジル音楽っぽい部分もあるが、ナンシー・ヴィエイラみたいにそれは濃厚ではなく、もっとプリミティヴで、しかも大陸部アフリカの音楽、特に西アフリカ音楽の痕跡が強いものがあったりする。

それでも『ア・ヴィアージム・ドス・ソンス』(カーボ・ヴェルデ篇)の一曲目「コルノロジア」はやっぱりショーロふうなんだよね。これ、絶対ショーロが入っているよなあ。なんたってカーボ・ヴェルデ音楽は、この島嶼国を支配したヨーロッパからの入植者が持ち込んだものと、彼らが大陸部西アフリカから強制連行した奴隷の子孫たちが伝えたアフリカ音楽と、さらにブラジルから流入したモジーニャが三大ルーツらしい。モジーニャはそのままモルナに姿を変え、カーボ・ヴェルデの国民音楽となった。ってことはモルナのなかにショーロがあっても不思議じゃないよなあ。

しかしながら『ア・ヴィアージム・ドス・ソンス』(カーボ・ヴェルデ篇)一曲目の「コルノジア」はモルナというよりコラデイラ。でも歌っているのはモルナの歌手ニルサ・シルヴァで、伴奏もギターその他同種の弦楽器複数本とやはりモルナ・スタイル。典型的モルナであるアルバム二曲目「ミリ」、四曲目「エスクータ・メ」(はニルサではなくチカ・セーラ)などよりテンポが速めなだけで、音楽の本質としては同じものであるように僕には聴こえる。

特に複数弦楽器のアンサンブル・サウンドで表現するリズムのノリ、グルーヴ感が、アルバム一曲目の「コルノジア」ではブラジルのショーロっぽいような気がする。歌のメロディに強い哀感が漂っていることも共通しているが、これはブラジル由来のサウダージというだけでなく、もっとそのルーツであるポルトガルから持ち込まれたフィーリングなんだろう。

ショーロによく似たコラデイラはアルバムにもう一曲あって、三曲目グルーポ・ルカールの「シターダ・ジ・ロメ」。こっちはインストルメンタル・ナンバー。二曲目や四曲目のモルナと比較すれば、よりダンサブルで、ノリもいいし、あれかなあ、モルナは座って聴くべき歌謡音楽で、コラデイラはあわせて踊るようなダンス・ミュージックだってことなんだろうね。ラテン・アメリカ圏でいえば、かつて日本でも絶大なる人気を誇ったトリオ・ロス・パンチョスとペレス・プラード両名の違いみたいなもんか?おかしい?

トラジソンのアルバム『ア・ヴィアージム・ドス・ソンス』(カーボ・ヴェルデ篇)では、コラデイラとモルナに続き、七曲目以後のフナナーとバトゥーケに行く前に、五曲目、六曲目と個人的にはけっこう興味深いスタイルの音楽が収録されている。五曲目「一月の歌」では、まずハーモニカが出て、それの伴奏がギター(だと思うが、同種の別弦楽器かも)。すぐに歌が入ってくるが、その背後で男声コーラスが聴こえ、また合唱になったりし、やはりハーモニカも入っている。ギター(族)も直接的はポルトガル人が持ち込んだんだろうが、大元のルーツはアフリカにある。ハーモニカはヨーロッパで誕生した楽器だよなあ。

六曲目「レコルダソーン」ではいきなりヴァイオリンが鳴りはじめ、それの伴奏がやはり複数本のギター族弦楽器。これは  CD 裏ジャケットに「マズルカ」と記載があるのが音楽ジャンル名、いやスタイル名なんだろう。確かに3/4拍子で、しかもアップ・テンポでビートが効いていて、かなりダンサブルだ。これもインストルメンタル演奏で歌はなし。ヨーロッパ由来の音楽だが、カーボ・ヴェルデではどう考えてもストリートのダンス伴奏音楽だったとしか思えない。

七曲目「深い谷」でフナナーが来る。これはまったく完璧に典型的なフナナーだ。2ビートのアップ・テンポで陽気で快活で、疾走するように強くダンサブル。これも正真正銘ダンス・ミュージックだ。カリビアン・ミュージック、ドミニカのメレンゲによく似ているよね。伴奏サウンドはアコーディオンと打楽器(これ、ドラム・セットも使ってあるよね)がメインな「深い谷」を演奏するのは、人気バンド、グルーポ・フェーロ・ガイタ。

同じくフナナーである10曲目「私は牛の売人」は、アコーディオン(ボタン式で、これがガイタというらしい)と、フェローだけの伴奏。フェローは鉄製のヘラをこすって音を出しているもので、このフェロー(aka フェリーニョ)のサウンドは、正直言って僕は苦手だ。みなさんご記憶でしょう、小学校の教室の黒板を指の爪かなんかでこすって不快な音を出していたヤな男子生徒たちがいたことを。あの音がする、「私は牛の売人」では。

フナナーもアフロ・ルーツ・ミュージック(でもないような部分があって、諸説あり、よく分っていないらしい)だろうが、フナナーよりもずっとアフリカ要素が強いバトゥーケが、アルバム『ア・ヴィアージム・ドス・ソンス』(カーボ・ヴェルデ篇)の11曲目と14曲目。打楽器と(足踏みなど)激しく踊る音、それにヴォーカル・コーラスのコール・アンド・レスポンスだけ。それらの三位一体で、リズムは6/8拍子という、まごうかたなき西アフリカ音楽由来だ。

そんなバトゥーケは、おそらくカーボ・ヴェルデでもなにかの儀式の際などで演奏され歌われて、歌いながら踊っている(いた?)んだろう。アルバム11曲目「ポルトガル語話者のコミュニティ」で聴けるヴォーカルは女声だけで、実際女性だけで構成されたグループらしい。伴奏サウンド(と呼んでもいいのか?)も、こりゃたぶんいわゆるふつうの楽器としてのパーカッションもなく、足踏みの音しか入っていないように思う。

14曲目「ボラーマ」も、やはり6/8拍子のバトゥーケだが、こっちはギターかなにか、いや、もっと小型の弦楽器、例えばブラジルでいえばカヴァキーニョみたいなサウンドの弦楽器も伴奏に混じっている。やはりいわゆる通常の意味での楽器のパーカッションはあまりなく、足踏みと手拍子の音が中心になっている。メインで歌うのは男声で、そのコールに対しレスポンスするコーラスは混声かもしれない。激しく踊っている様子が、はっきりと音源からも聴きとれる。

なお、アフロ・ルーツとかブラジリアン・ミュージックではなく、ヨーロッパ音楽から来たものだろうけれど、トラジソン盤のジャケット裏記載ではヴァルサ(ワルツ)となっている八曲目「三角形の状況」。これはクラシック・ギター独奏で、これ、僕、大好きだぁ。ひょっとしたらアルバム『ア・ヴィアージム・ドス・ソンス』(カーボ・ヴェルデ篇)全曲のなかでいちばん好きなのがこのギター独奏かもなあ。だってこれは、ブラジル人ギタリスト、例えばトッキーニョあたりがギター独奏をやるときに瓜二つだもんね。サウダージが横溢している。

2017/10/20

マイルズ『イン・ア・サイレント・ウェイ』のノイズ



このアルバムが好きでたまらないという熱心な愛好家以外のみなさんにはどうでもいいような話。マイルズ・デイヴィスの1969年作『イン・ア・サイレント・ウェイ』では、アルバム全編にわたり、シャーッっていう、あるいはサーッでもいいが、アナログ・テープのヒス・ノイズみたいなものが入っている。ように聴こえるが、これは僕の耳がオカシイわけではなさそうだ。

これを指摘する人はむかしからいて、30年以上前から僕も紙媒体で読んでいたし、最近なら数年前にも Twitter でこのことを発言して「あれはいったいなんなんでしょう?」と問うている方がいらっしゃった。僕は少し話をしたのだが、結局、僕の考えは理解していただけなかったように思う。というかあのノイズにかんする僕の考えは、あのとき(いまも)固まっていなかったので、仕方がないことだった。

むかしは『イン・ア・サイレント・ウェイ』のあのノイズは、アルバム用に編集する際、オリジナル・テープからダビングしまくった挙げ句のやはりテープ・ヒスだという見解の持主がほとんどだった。あまりにも編集しまくっているのはむかしからかなり有名だったし、アナログ・テープのそんな特性も分っていた。

テープ・ダビングと編集しまくりのせいのヒス・ノイズだとする意見はいまでもかなり多い。違う考えも最近はある。それは、あのテープ・ヒスみたいなものはノイズそのものではなく、音楽の演出効果としてわざと入れている音なんだというもの。これはほかならぬ日本の SME 盤『イン・ア・サイレント・ウェイ』の日本語解説文が載っている紙に、ピーター・バラカンさんがお書きの文章のなかでにはなく、会社側の正式な文言として印刷されているものだ。僕がいま見ているのは2000年リリースの SME 盤附属の紙だが、もっと前からあったような気がするし、2000年以後のリイシュー日本盤にだって載っているかもしれない。

いわく 〜

本アルバムの1曲目と2曲目の冒頭にノイズが認められますが、いずれもマスターテープ上に存在する演出効果です。

〜 だってさ。でもこれは不正確だ。ノイズは両曲の冒頭部だけでなく、全体にわたって入っている。冒頭部以外で聴こえなくなるのは、マイルズ・バンドの演奏じたいの音量が上がるので、相対的にノイズ(みたいなもの)は分らなくなっているだけなんだよね。と僕は判断しているのだが、間違っているでしょうか?ソニーさん?

だから例えば2トラック目「イン・ア・サイレント・ウェイ〜イッツ・アバウト・ザット・タイム」では、中間部のグルーヴ・ナンバーが賑やかだからノイズは聴きとれないが、それをサンドウィッチしている最初と最後の「イン・ア・サイレント・ウェイ」部では、それぞれ約四分間にわたり、ノイズが聴こえっぱなしだ。冒頭部だけでなく、「イッツ・アバウト・ザット・タイム」が 15:38 で終ると、やっぱりシャーッって入りはじめるもんね。

そこから僕はひろげて推測して、あのノイズ・サウンドはアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』ぜんぶに入っていて、静かなピアニッシモ(って重複表現だが)な部分でだけ目立っているということなんじゃないかと考えているんだよね。そういうものって、音楽的な演出効果なんだろうか?演出だとすれば、どういう演出意図を持ち効果を狙ってのことだったんだろう?

実を言うと、あれがノイズではなく演出効果だとする文言は、SME リリースの日本盤『イン・ア・サイレント・ウェイ』附属の紙でしか僕は見たことがなく、しかも CD でも最初のころは印刷されていなかったような記憶がある。ある時期以後、突如付記されはじめたんだよね。さらにアナログ LP ではまったく見たことがない。

日本語ではぜんぜん出てこないが英語でネット検索すると、アルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』のあのノイズに言及してある文章が見つかる。それらはすべて、あれはテープ・ヒスだとしている。冒頭部でだけ聴こえるかのようだけどさにあらず、全編にわたり入っていて、バンド演奏の音量が下がっている部分で目立って聴こえるだけだという、上で僕は書いたのと同じ見解の持主もいるようだ。

だから端的に言えば、あれがテープ・ヒスではなく音楽的演出だとするのは、ある時期以後の SME しか言っていないセリフなだよね。つまり、こういうことだ。CD になって、しかも高音質化もどんどん進み、さらに過去のアナログ音源の CD リイシューの際には、コンピューターでノイズ除去するのも当たり前という時代になっている、そんな21世紀に、あんなシャーッっていう音が入っているのを、ソニーとしてはなんとか正当化したかっただけなんじゃないかな。

あるいはひょっとしたら、この『イン・ア・サイレント・ウェイ』っていうアルバム、なんかノイズが聴こえるんですけど?不良品でしょう?交換してください!なんていうたぐいのクレームみたいななにかが会社に届いていたかもしれないよね。だから、あれは「最初からは入っているもので、音楽的演出なんです、雑音じゃありません」と書いておいて、そんなクレームの拡散を防ぎたかった、つまり会社としての売り上げに響くので、商業的マイナス効果を抑えたかった、そんな SME 側の意図だったんじゃないかと僕は思う。

最近、いや前からかな、古い録音の CD リイシューものだと「録音が古いため音質に難があります」とか「ノイズが入ります」といったようなたぐいの言葉が附属のブックレットやリーフレットに掲載されるようになっている。日本盤でしか見たことのない文言で、日本盤でも LP では見たことがない。あのころは古いSP 音源なら言うに及ばず新録音でも、ちょっとしたスクラッチ・ノイズは当たり前についてくるものだったから。

結論としては、マイルズの『イン・ア・サイレント・ウェイ』にあるあのノイズは、音楽的演出効果を狙ってわざと入れたものなんかじゃなく、やはりテープ・ヒスだ。それに間違いないと僕は断言するが、SME さん、どうですか?やっぱり商売としてはああやって付言して警戒しておかないといけないんですか?高音質でノイズ・ゼロ時代なもんだから?

しかしこれでは、たったこれだけのことを言うために、今日ここまで書いてきたのかと思われそうだ。僕はあの SME の言う「演出効果」とやらの文言を見て、最初のころ(いつかなあ?1998年ごろじゃなかったかなあ?)はしばらく笑っていただけだった。ところがこの演出効果というのは、あんがい面白い意見かもしれないぞと思いはじめたんだよね。わりと最近。

特に2トラック目の最初と最後の「イン・ア・サイレント・ウェイ」部でそうだと思うんだけど、あのシャーッっていうノイズが独特の雰囲気を呼んでいる。いままでも繰返してきたように、ジョー・ザヴィヌルの書いたこの曲は、彼の故郷ウィーンの思い出とか、同地への郷愁がテーマになっている。それを完成品ではあんなアンビエントふうなサウンドに、ボスのマイルズも仕立て上げている。約四分間ほぼテンポがなく、だら〜っとしたドローンみたいな音楽だ。

そんな「イン・ア・サイレント・ウェイ」部で特にあのヒス・ノイズが目立っているわけで、すると、この曲が持っている、故郷を懐かしむあの情緒が強調されるんだよね。フワ〜ッと空気みたいに漂っているあのサウンドに、ただのテープ・ヒスだとはいえ、あのノイズはもはや文字どおりのただの<騒音>ではありえない。立派な音楽の一部として機能しているんだよね。別名「リコレクションズ」である「イン・ア・サイレント・ウェイ」における、あんな雰囲気を盛り立てる、まさに<演出効果>じゃないかと聴こえるけれど、どうだろう?

そう考えると、そもそもあのマイルズのアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ』は、全体的にサウンドの雰囲気が、あの前後の時期の同じ音楽家の作品と比較しても、ちょっと変わっているよね。エコーが妙な感じでかかっていて、ビートの効いたグルーヴ・チューンでも雰囲気一発勝負みたいなところがあって、フワフワしている。なんだか薄衣でもまとわりついているかのような、一枚の神秘的なヴェールに包まれているようなサウンドに、僕には聴こえる。

近ごろの日本の音楽で言えば、伊藤ゴローがプロデュースした原田知世みたいな、そんな感じに似ているよね、マイルズの『イン・ア・サイレント・ウェイ』って。1トラック目の4:26 と16:23 で聴こえる(それは演奏時には一度しかやらなかった同じものを、テープ編集で反復しているだけだが)、なんだか謎の金属かガラスを鳴らすか落とすかしたような意味不明の音の正体はなんなのか?とかも含め、この1969年のアルバムはまだまだミステリーが多いのかも。

2017/10/19

みんな大好きフレディ・キングはヴェンチャーズ?

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アルバートはどうなのかイマイチ分らないが、B.B.とフレディのキング二名は日本でもメチャメチャ人気があってみんな聴いているので、僕なんかがちょっと一つ書いておく必要なんかぜんぜんないのかもしれない。アルバートも含め、ブルーズ界のこの三大キングをそこまでの存在にしたのは、ひとえにエリック・クラプトンの知名度、影響力ゆえだ。だからそんな悪口ばっかり言うなよ>僕。ローリング・ストーンズとかについてもね>そこのあなた。いやまあたんなる個人的好みだけの話だと分っていますけれど、彼らやその他1960年代にデビューした UK (ブルーズ・)ロッカーたちがああもやってくれなかったら、なかなか大変だったんじゃないでしょうか。

今日は別に UK ロックやクラプトンの話をしたいわけじゃないのだが、フレディ・キングというアメリカ黒人ブルーズ・マンがここまで知名度があるのは、間違いなくクラプトンのおかげなんだよね。ヴォーカルはともかくギターの弾き方において、クラプトン最大の先生がフレディ・キングだった。ジョン・メイオールのブルーズブレイカーズ時代から現在までずっとそう。あのいろんな意味で有名なブルーズ・アルバム1994年の『フロム・ザ・クレイドル』なんか、一枚丸ごと録音時のスタジオで、フレディ・キングをずっと意識しながらやったような感じじゃないか。できあがりがどうなのかはともかくとして、敬意はたっぷり伝わってくる。音楽家のはらった敬意は音化されなきゃ意味ないだろうとか、まあそんな厳しいこと言わないで。

そのクラプトン『フロム・ザ・クレイドル』がリリースされた1994年の直前、93年に英 Ace が発売したフレディ・キングの一枚『ブルーズ・ギター・ヒーロー』こそが、このブルーズ・マンを知るのにもっともふさわしい格好のベスト盤なんだよね。これは1960〜64年のフェデラル・レーベル(キングの傍系)録音からのアンソロジーで、全24曲。フレディ・キングの有名代表曲はぜんぶあるし、これはしかもその後 Pヴァインが日本盤をリリースしたらしい。そっちを買えばよかったかもなあ。エイス盤を見つけるやいなや速攻で手にとってレジへ持って行ってしまったからなあ。P ヴァイン盤は、ひょっとして小出斉さんあたりが解説文をお書きなんじゃないだろうか?お持ちの方、教えてください。

フレディ・キングのフェデラル録音集『ブルーズ・ギター・ヒーロー』には多くのインストルメンタル・ブルーズがある。数えてみたらぜんぶで7曲。24個のうちの7個だから、特にギター演奏に特化しているというわけではないブルーズ・マンとしてはかなり多いほうだと言えるはず。実際、1960年代フェデラル(は、この人のばあい68年まで)時代のフレディ・キングは、インストルメンタル・ブルーズが一つの売り物、トレード・マークでもあったんだよね。

エイス盤『ブルーズ・ギター・ヒーロー』だって、録音順、発売順を無視して1961年のビッグ・ヒット「ハイダウェイ」(”Hide Away”だけど「ハイド・アウェイ」と書く気になれないんだ)を一曲目に持ってきているくらいで、このインストルメンタル・ブルーズはフレディ・キングの名刺代わりみたいなシグネチャー・ソングとなった。
しかしこれ、それにしても呑気でかる〜い感じだよねえ。むかしはこんなもん、黒人ブルーズ愛好家としては好きになっていてはイカンのじゃなかろうか?なとど悩んだり…、はウソだが、ちょっとそれに近い感情があったのは確かなことだった。まったくどこもシリアスじゃないし、ブルージーでもなく、かたちは12小節3コードの定型だけど、これはいわゆる<ブルーズ>っぽいフィーリングが感じられないよなあとか、要するに僕の音楽脳が幼稚なだけだったのであります。

もっとヒットしたのがエイス盤3曲目の、これも1961年「サン・ホセ」なんかもそうだし、あるいは12曲目のやはり61年「セン・サ・シュン」(ハウンド・ドッグ・テイラーもやったこれは、マディ・ウォーターズ「ガット・マイ・モージョー・ワーキング」のインストルメンタル・ヴァージョン)なんかもそうだけど、すご〜くかる〜い感じで、ノリはいいがブルージーさはなく、呑気だ。軽薄だとすら感じるほど。
ほかにもあるフェデラル録音でフレディ・キングがやるインストルメンタル・ブルーズ。これらは、むかしの僕は分っていなかったが、どう聴いてもダンス・チューンだよね。しかも1960年代だし、できあがりを聴いても、間違いなくあの時代のあんな空気を吸って、つまりサーフィン・ミュージックとかホットロッド・インストとか、まさしくああいったものと同調している。だからここではっきり言っちゃうが、こういったインストをやるフレディ・キングとは、すなわちヴェンチャーズなんだよね。黒人ブルーズを聴かない日本人でも、ある世代なら全員ヴェンチャーズを知っている。僕はその世代ではなく、少し下なんだけど。

フレディ・キング=ヴェンチャーズみたいなことを言うと、熱心な黒人ブルーズ愛好家のみなさんには絶対に怒られるんだけど、間違いないように僕は思う。がまあしかしやっぱりヴェンチャーズではないフレディ・キングのことも書いておこうっと。ヴォーカルもとっているフェデラル録音だど、有名なやつはことごとくクラプトンさんがやってくれちゃっているので、あまり書くことないのだが、エイス盤だと例えば四曲目の「アイム・トア・ダウン」、八曲目の「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」あたりはあまりにも有名すぎて、やっぱり書くことないや。
しかし、例えば後者「愛の経験」をクラプトン・ヴァージョンでお馴染のみなさんは、フレディ・キングのヴォーカル表現をお聴きになって、ギターは確かにこの二名、似ているというかソックリだけど、歌のほうはだいぶ違うじゃないかと感じるはずだ。そう、UK ブルーズ・ロッカーにしろほかのどこの国のだれにしろ、声と歌い方だけは真似できないもんね。ひょっとしてクラプトンもほかのみんなも、声で歌ったら絶対に敵わないと諦めて、ギター演奏のコピーに精を出したってことなんだろうか?

エイス盤五曲目「シー・シー・ベイビー」は、曲題で察しがつくように、古くからあるブルーズ・スタンダード「シー・シー・ライダー」の改作だ。しかしこれもアップ・テンポで呑気で愉快にジャンプして、これ、パートナーに浮気されて悶々としながら問い詰めては悩み苦しむ曲だったはずなのがあまりの変貌ぶりで、音楽って解釈次第でどうにでも化けうるっていう好例だよなあ。
ギター・インストルメンタルではないフレディ・キングのフェデラル録音は、だいたい2パターンに分別できる。やはりダンス用であるアップ・テンポで軽快な調子のいい輪郭のはっきりしたジャンパーか、そうじゃなければ6/8拍子のスロー・テンポで、三連パターンに乗って、歌もギターも思いのたけを吐き出すかのようなもの。後者はややドロドロかというと、この人のばあいあんがいそれほどでもない一種の軽みが持ち味なんだよね。

ただ三連バラード(やその他苦悩するスローもの含む)・ブルーズでも、ヴォーカルは軽いフィーリングがあって、このあたり、本当に B.B. キングの影響下にある人なのかと疑いたくなってくるほどで、うんまあ確かにそれは間違いなく BB の影響下にはあって、例えば歌のワン・フレーズのあいまあいまに「イェ〜〜ッス!」と絞り出すようにシャウトするあたりとか、そのほか諸々ソックリそのままだ(でも、B.B. にあるゴージャスな重みがないけれど)。

でもギター・プレイのほうは、三連バラード(ふうなテンポのもの)でもかなりの迫力があって、ためてためてためこんだ情念を、瞬時に思い切りぶつけるかのような情熱的なスタイルで弾く。熱い。本当に熱い。ヴォーカルのほうはやっぱり B.B. キングとは比較できないと思う僕だけど、ギター演奏なら匹敵しうる極上品だ。

という具合に僕は考えているので、小出斉さんはどこでだったかどこかで、エイス盤の『ブルーズ・ギター・ヒーロー』というアルバム・タイトルは1993年のリリースとしてはちょっとどうか?とおっしゃっていたはずなのだが、僕にはこれこそフェデラル・レーベル時代のフレディ・キングにぴったり似合っている題名じゃないかと思えるのだ。

2017/10/18

「人生の悩みごともそのうちなんとかなるさのブルーズ」 〜 ビッグ・メイシオの哀感と諦観



録音時期は戦前がメインだが、音楽のスタイルとしては戦後ブルーズに分類したほうがいいかもしれないピアニスト、ビッグ・メイシオ。シカゴに拠点を置き、もっぱら1940年代に録音した。40年代ばかりなのはレコード・デビューが36歳のときと遅く、しかも早死してしまったからだ。主要作は1941〜45年にかたまっている。46年に脳卒中で倒れてしまい、その後復帰はしたものの、聴くべきはやはり45年の録音までだろう。

ビッグ・メイシオのブルーズ・ピアノは、先輩であるリロイ・カーとルーズベルト・サイクス、さらにブギ・ウギ・ピアノストたちの流れを汲み、戦後の、例えばオーティス・スパンとかジョニー・ジョーンズ、さらにちょっと人名を混同しやすいジョニー・ジョンスンらへの橋渡し役として最大の存在だった。最後のジョンスンはロック・ミュージック、特にエリック・クラプトンばかり聴いているファンだってご存知のはずだ。

その黒人ブルーズ・ピアニスト、ジョニー・ジョンスンを迎え、クラプトンがライヴ・アルバム『24 ナイツ』でやっている一つが「ウォーリド・ライフ・ブルーズ」。これ、ほかならぬビッグ・メイシオの曲だもんね。もちろん以前詳述したように、スリーピー・ジョン・エスティスの「サムデイ・ベイビー」の焼き直しで、その上スリーピーの自作でもないものだろうが、しかしここまでスタンダード化しているのがビッグ・メイシオ・ヴァージョンのおかげであるのに誰も疑う余地はないはず。
「ウォーリド・ライフ・ブルーズ」
クラプトン『24 ナイツ』https://www.youtube.com/watch?v=7zFZ-RpUM6o
ビッグ・メイシオ(1941)https://www.youtube.com/watch?v=8UQfavAQZQI

クラプトンのギターとヴォーカルはそんな重視しなくていいので、ジョニー・ジョンスンのピアノ・スタイルに注目していただきたい。あ、いや、ヴォーカルだけは聴いてほしい。ビッグ・メイシオ・ヴァージョンでの歌い方をクラプトンもそのままコピーしていると分るはずだ。しかしそれよりもピアノだよなあ。

かなり大きな違いもある。ジョニー・ジョンスンはソロを弾いているが、ビッグ・メイシオ・ヴァージョンに、ピアノ・ソロらしきものはない。中間部でタンパ・レッドのエレクトリック・ギターがちょろっとソロを弾き、そのあいだそれにピアノで絡んではいるのだが、ソロとは呼べないだろう。ビッグ・メイシオの録音したブルーズは、だいたいどれもそうなんだよね。

モダン・ブルーズや、現代的音楽であるロック・ミュージックや、あるいは古いものでもジャズなどのファンからしたらちょっと食い足りないと最初感じてしまう可能性もあるが(なにを隠そう、最初は僕もそうだった)、「歌」を聴かせることが主眼の音楽では、楽器ソロなんてちょっとした気分転換とか添え物でしかないし、そもそも楽器ソロなど入らないばあいだって多い。むかしもいまも。どんな音楽でも。

それはいいとして、ビッグ・メイシオの1941年ブルーバード原盤の「ウォーリド・ライフ・ブルーズ」。これこそがこのブルーズ・マンのシグネチャー・ソングだから、これが収録されていないビッグ・メイシオのアルバムなど存在しない(はずだと断言するが、確かめたわけではない)。僕がふだん最もよく聴くのが、以前からお話しているブルーバード・ブルーズを本家 RCA が選集でリイシューしたシリーズで、ビッグ・メイシオのは1997年の『ザ・ブルーバード・レコーディングズ 1941-1942』。

しかしこの1997年の RCA 盤、本家なのにたったの16曲しか収録がない。ビッグ・メイシオのブルーバード録音がたったの16曲なわけがないと世界のみんなが知っているのに、これだけはかなり解せないよなあ。続編でもう一枚、45〜47年録音盤が出たのだが、41〜45年録音で25曲を収録したアーフリー盤とか、同時期の21曲を収録のドキュメント盤とかありますけれども、どうなんですか?RCA さん?まあこのブルーバード・シリーズぜんぶについて言えることですが。

じゃあどうしてビッグ・メイシオもたった16曲の1997年 RCA 盤を聴くのかというと、ここだけはさすが本家だけあって音質が段違いにいいんだよね。アーフリー盤、ドキュメント盤と比較すれば、目を見張るほど音質が向上している。ビッグ・メイシオ&タンパ・レッド二名がどこでどう絡み合っているか、手に取るようによく分っちゃうんだよね。ですから!この音質で!25曲程度の一枚ものを出してほしい!RCA さん!

こんな話をしたいんじゃなかった。ビッグ・メイシオの1941年「ウォーリド・ライフ・ブルーズ」。音源は上でご紹介したので、もしまだご存知ない方はぜひ耳を傾けていただきたい。歌詞内容は苦しみ、悩みを歌ったものだけど、ピアノの弾き方と歌い方に、なんというかこう、諦観半ば、楽観半ばみたいなフィーリング、心配ごとを突き放して、自らを励まし勇気つけているような部分が感じられると思うんだよね。音の表情そのものにね。

そういった「まあそのうちね、なんとかなるさ」と投げ出して、ちょっと笑っているようなフィーリングが、ブルーズ表現の本質に流れているものだと僕は思う。ただたんに悩んで苦しんで落ち込む憂鬱の吐露なんかじゃないんだよね、ブルーズって。そんなふうだと、ある種の客観的、普遍的な魅力を獲得できないから、商業音楽としては売れないんじゃないかなあ。このあたりも、すでに周知の事実であるはず。

スリーピー・ジョン・エスティスの1935年「サムデイ・ベイビー」だって、まずテンポが速めで、しかもハミー・ニクスンのハーモニカがブルージーであると同時にやや滑稽味もあって、スリーピーの歌い方にも捨て鉢に強がっているようなフィーリングがあるんだよね。憂鬱感はさほど強すぎたりもしなかった。
ビッグ・メイシオの1941年「ウォーリド・ライフ・ブルーズ」だと、もっとグッとテンポを落とし重心を低くして、演奏スタイルにも歌い方にも哀感がこもっている。さらにこれはピアノが主体のブルーズだから都会的洗練も聴かれ、相棒のタンパ・レッドもシティ・ブルーズ・マンだし電気ギターを使っているし、その他の要素とあいまって、モダンな感覚が強く出ている。そんな感じだから、このまま電化バンド形式のシカゴ・ブルーズの直接の源流の一つになりえたんだよね。上でご紹介したクラプトン・ヴァージョンなんかがまさにそう。

ありゃ、まだ一曲のことしか話してないんだが…。ビッグ・メイシオのピアノの重厚さ、その反面の流麗さ、この二つがあわさってワン・アンド・オンリーなブルーズ・ピアノのリズムを創り出しているところとか、それはリロイ・カーのどの部分、ルーズヴェルト・サイクスのどの部分から流れてきていて、戦後シカゴ・シーンのブルーズ・ピアニストのだれのどこにどう影響を与えているか、あるいはタンパ・レッドがメイン・ヴォーカルをとる曲の面白さなど、いろんなことを書く余裕がなくなった。

なお、ビッグ・メイシオをザ・キング・オヴ・ブルーズ・ピアニスツと呼ぶ人もいるみたいだけど、それは僕に言わせればリロイ・カーで間違いないと思う。影響力の規模と深さがぜんぜん違う。毎度毎度の繰返しで申し訳ないが、リロイこそ最大の存在だ。

2017/10/17

テキサス(実はルイジアナ州シュリーヴポート)のナイフ・スライド・ブルーズ

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1990年代は戦前ブルーズ復刻ブームみたいなものがあって、きっかけは1989年のロバート・ジョンスンの CD 二枚組完全集が売れまくったこと。それでその後続々と文字どおりたくさんリリースされた。アメリカでもヨーロッパでも、そして日本でも。僕も買いまくったが、90年代というと、ちょうどファット・ポッサム・レーベルの新作ブルーズ・アルバムが人気があったころだ。

当時の僕はこれら二つの関係がぜんぜん分ってなくて、戦前ブルーズの復刻ものはそれ、ファット・ポッサムの新作はそれとして分けて聴いていたのだが、まあホント全然ダメだったよねえ。いま考えたらこの二つは1990年代という同じ時代の空気を吸ってシンクロしていたんだった。ブルーズ・ミュージックとしての関連性なんか言うに及ばず。

ファット・ポッサムの話はおいておいて、戦前ブルーズの CD 復刻ブームは1990年代にはマジで賑やかだった。だからよくこんなものが発売できたもんだなというマイナーなブルーズ・マンの復刻ものだってある。その一つが1996年のP ヴァイン盤『テキサス・ナイフ・スライド・ギター・ブルーズ』だ。こんなもん、21世紀なら絶対に出せるわけないもんね。僕はあの時代にピッタリ間に合わせるように CD プレイヤーを買って、ほんとラッキーだった。

P ヴァイン盤『テキサス・ナイフ・スライド・ギター・ブルーズ』に収録されているのは二名。ランブリン・トーマスとオスカー・バディ・ウッズ。二名ともアルバム題どおりテキサスで活動して、ギターでのナイフ・スライドを得意技としたのかというと、厳密には少しだけ違うんだよね。

ランブリン・トーマスもオスカー・ウッズも、実はテキサスではなくルイジアナ州シュリーヴポートのブルーズ・マン。ランブリン・トーマスは、弟のジェシー・トーマス(こっちのほうが少し有名?)と一緒に、生まれ故郷の同州コンガスポートを出てシュリーヴポートに向かい、同地で音楽活動を開始。その後テキサス、それも主にダラスにも通うようになり、かのダラス・ブルーズ・マスター、ブラインド・レモン・ジェファスンとも出会い大きな影響を受けたようだ。P ヴァイン盤『テキサス・ナイフ・スライド・ギター・ブルーズ』のトーマス分のメインは1928年録音。

オスカー・ウッズのほうは終生一貫してルイジアナ州シュリーヴポートを拠点にして活動していた。だいたいウッズが「発見」されたのは、シュリーヴポートを訪れたジョン・ローマックス(アランの父)の手によってであって、そのまま議会図書館用の録音を行ったのがウッズの初録音に違いない。商業用には1930年が初録音だが、P ヴァイン盤『テキサス・ナイフ・スライド・ギター・ブルーズ』は32年以後のものを収録してある。

ギター・ナイフ・スライドということにかんしても、確かに一般的にはテキサス・ブルーズ・メンの得意とするところという面があって、だから地理的にもテキサスと隣接するルイジアナ州シュリーヴポートの存在で、実際、テキサスにもよく通い影響も受け、さらにテキサス・スタイルと言える(?)ナイフ・スライドを両名とも得意とするということで、ランブリン・トーマスとオスカー・ウッズがテキサス・ブルーズ・メンとしてくくられて、『テキサス・ナイフ・スライド・ギター・ブルーズ』に同時収録されているんだろう。でもこの二名に、それら以外の接点はゼロだけどね。

さらにかのレッドベリー。この人もナイフ・スライドが得意技の一つ(彼の場合はたくさんあるもののほんの一つというだけだが)だが、このレッドベリーもルイジアナ州シュリーヴポートで活動した。ってことは、ブルーズ・ギター・スタイルにおけるナイフ・スライドは、テキサスではなくシュリーヴポートで発展を遂げていたと言える面もあるんじゃないかなあ。

そう考えると P ヴァイン盤『テキサス・ナイフ・スライド・ギター・ブルーズ』というこのアルバム題に根源的な疑問が湧いてくるのだが、今日のところはここまでにしておこう。こういうアルバム題で、ジャケット・デザインにはナイフの絵があしらわれているものの、収録されている二名の全26曲のなかには、ふつうに指で押弦しているものだってたくさんある。音がぜんぜん違うので、古い録音だけどすぐに分るはず。

前半に16曲収録されているランブリン・トーマスのブルーズ・スタイルはかなり素朴。はっきり言うと大した腕前じゃないよね。ギター(の主に中低音弦)でリズムを刻むパターンと、高音弦で(主にスライドで)メロディ・ラインを弾くラインと、ヴォーカルと、この三つを組み合わせるという、多くの人がやるスタイルはぜんぜん聴かれない。基本的にトーマスのギター弾き語りはヴォーカルとギターとのコール&リスポンスで、一節歌っては、その末尾でちょろと弾き、また歌うっていうスタイル。

ナイフではなく指で押弦しているもの(3〜6、9、10、13曲目)では、ギターもヴォーカルもやはりブラインド・レモン・ジェファスンの影響がかなり強く出ているが、しかし実力差がありすぎるように聴こえるので、う〜ん、こりゃちょっとどうもなあ。それでも例えば四曲目の「ソーミル・モーン」や、六曲目の「ランブリン・マインド・ブルーズ」なんかはいいよね。テキサスの香りがプンプン漂っているし、ブルーズ・メンってそもそも放浪するものなのかとかって。
ナイフ・スライドをやっている曲だと、これらよりもっとずっといい。例えば七曲目の「ノー・ジョブ・ブルーズ」(歌詞は深刻)とか八曲目の「バック・ノーイング・ブルーズ」とかが典型的なランブリング・トーマス節のブルーズなんだろう。ギターでイントロを弾き歌い出し、しかしヴォーカルのあいだはほとんどギターは弾かずだったりして、やはりワン・フレーズ歌い終わってからちょろっと弾くようなものだけど。ナイフは高音弦ではなく低音弦の上を滑っているばあいもある。「バック・ノーイング・ブルーズ」がかなりいい。
P ヴァイン盤『テキサス・ナイフ・スライド・ギター・ブルーズ』だと11曲目以後のランブリン・トーマスは、ナイフで高音弦スライドをやって、それが震えるような感じの繊細で情感豊かに聴こえるものもあるのだが、収録されているもう一人、オスカー・バディ・ウッズのことを書いておかなくちゃ。ウッズの収録は10曲で、録音は1932、36、37、38年。しかもウッズ一人でのギター弾き語りはあまりなく、ばあいによってはジャズ・バンドふうなものだってある。そういうものは(ブルーズとかジャズとかっていうより)ラグライムの色が濃かったりして、戦前のブラック・ミュージックのありようがとてもよく分るものだ。そのまま戦後のロック・ミュージックにだってつながっているよねえ。

ヴォーカルのジミー・デイヴィスのレコードである17曲目「レッド・ナイトガウン・ブルーズ」、18曲目「デイヴィス・ソルティ・ドッグ」の二つでは、もう一名のギタリストの伴奏に乗ってウッズがナイフ・スライドで疾走するスピード感がすごい。(アルバム前半のトーマスのもっさり感と違い)かなり上手いんだ。後者が YouTube で見つからないのは残念だ。その曲調はあの「ユー、ラスカル・ユー」にも似て聴こえるが、実はパパ・チャーリー・ジャクスンのヒット・チューン「ソルティ・ドッグ・ブルーズ」の改作。
CD『テキサス・ナイフ・スライド・ギター・ブルーズ』では、その後19〜21曲目だけがオスカー・ウッズ一人でのギター弾き語りブルーズで、実にいい味を出している。スウィートなフィーリングのなかに独特の憂いとやるせなさがあって深みのあるヴォーカルといい、繊細極まりないギター(は三曲ともナイフ・スライドを使い高音弦で微妙にすすり泣く)の弾きかたといい、絶品だ。20曲目の「ローン・ウルフ・ブルーズ」がいちばん素晴らしいと僕は思う。
個人的にいちばん興味深いのがアルバムの22〜26曲目で、これらはすべてバンド編成でラグタイム(・ブルーズ)をやっている。しかもかなりジャジーで、というかばあいによっては完璧なジャズ演奏に聴こえたり、インストルメンタルもあったりで、1920〜30年代のブルーズとジャズがいかに近接していたか、ここでもまた思い知る。例えば22曲目の「バトン・ルージュ・ラグ」。これはテキサス州サン・アントニオでの録音。
23〜26曲目ではジャズ・トランペッターも参加し、こりゃジャズと区別不能だよなあ。ヴォーカルもオスカー・ウッズだが、ギターも都会的な洗練を思わせ、そうでなくともウッズのギターはもとからそんなカントリーふうに泥臭くもないのだが、ちょっぴりロニー・ジョンスンふう。それにしても24曲目「ロー・ライフ・ブルーズ」でのトランペット・フレーズがいいなあ、だれだろう?と思って見ると “unknown” って、そんな殺生な…。
26曲目「カム・オン・オーヴァー・トゥ・マイ・ハウス、ベイビー」なんかシティもシティ、シティ・ブルーズの極致というか、完璧なるジャズ・ナンバーだ。しかもウッズのヴォーカルもギターもかなり上手い。これもなぜだか YouTube で見つけられないが、素晴らしい演唱なんだよね。こんな人がどうしてここまで知名度がないのか…、ってそれはたぶんルイジアナ州シュリーヴポートから出なかったせいだ。

2017/10/16

ザッパの74年バンドは凄すぎる 〜 ヘルシンキ・ライヴ






ところでフランク・ザッパの音楽って楽器演奏部分がかなり長いよね。ヴォーカル三割にインストルメンタル七割くらいの比率かなあ?そういうものって、ふつうのロック・リスナー、ポップ・リスナーって敬遠しちゃうような部分があるんじゃないだろうか?ジャズ・ファンやクラシック・ファン向け、あるいはロック・ファンでも、一時期ライヴで長尺だったものとかプログレとかが好きなお方とかじゃないと、ちょっとしんどいかもしれない。

そして、これらジャズ、クラシック、プログレ(など)の三つは密接な関係がある。がしかしなぜだか僕のばあい、プログレだけがどうもちょっと苦手で、どういう音楽なのかを考えたら間違いなく好みであるはずなのに、どうしてだかアルバム一枚を退屈せずに楽しめるというものが少ないっていう、これ、自分で自分のことがサッパリ分らないのだが、感覚的にはそうなんだよなあ。大好きなレッド・ツェッペリンだってプログレっぽい部分はかなりあるが、ゼップのばあい、それ以上にブルーズ比率が圧倒的に高い。

ザッパの音楽は、それら全部がごた混ぜで溶け込んでいるというのがすごいというか、この人の音楽家としての幅の広さ、多様性、スケールの大きさは、いちおうはロック界から出現しそこに位置付けられるミュージシャンとしては異常だとも思えるほど。そんなザッパにたくさんあるライヴ・アルバムで、ひょっとしたらこれが最高傑作なんじゃないかと思うのが『ユー・キャント・ドゥー・ザット・オン・ステージ・エニイモア、Vol. 2』だ。アルバム題が長すぎるので、これ以下は副題になっていて、ファンもみんなそう呼ぶ『ザ・ヘルシンキ・コンサート』と書く。

『ザ・ヘルシンキ・コンサート』は1974年9月22日、文字どおりフィンランドはヘルシンキで行われたザッパ・バンドのライヴ・コンサートを収録した CD 二枚組。発売は1988年だった。この一連の『あんなこと二度とステージでできまい』シリーズは第六巻まであるが、間違いなく第二巻である『ザ・ヘルシンキ・コンサート』がいちばん内容がいいと僕は思う。

『ザ・ヘルシンキ・コンサート』がいちばんいいと思う最大の理由は、この CD 二枚組は1974/9/22のヘルシンキ・ライヴをそのままそっくり収録したもので、一切のオーヴァー・ダビングもなく、一部編集作業は行われている模様だが、当夜のザッパ・バンドの演奏をそのままパッケージングしたと言って差し支えない内容だからだ。この日のヘルシンキ・ライヴがオープニングからエンディングまで(ほぼ)ぜんぶ聴けて、バンドの当日の演奏そのまま(!)で、ほかのライヴ音源は一切入っていない。

ザッパは完璧主義者も完璧主義者、こだわりようがひどすぎると思うほどの音楽家(じゃない人も少ないだろうが)だったから、ライヴ収録後のスタジオでの音追加や加工もせず、ワン・ステージをそのまま発売するなんて相当珍しいことだ。っていうかそういうものはこの『ザ・ヘルシンキ・コンサート』しかないんじゃないの?ザッパ自身、スタジオのコンソール・ルームで、あるいは完成品の CD を自宅などで聴きながら楽しんでいたと想像する。ひょっとして自分で聴きたかっただけ?

しかしですね、聴いているみなさんには100%説明不要だが『ザ・ヘルシンキ・コンサート』、そんなありようの音楽だっていう事実はにわかに信じがたいようなレヴェルの高さなんだよね。ザッパのほか、ナポレオン・マーフィー・ブロック(サックスほか)、ジョージ・デューク(鍵盤)、ルース・アンダーウッド(マリンバ、その他打楽器)、トム・ファウラー(ベース)、チェスター・トンプスン(ドラムス)という、たったの六人編成バンドでの演奏なんだけど、とてもそうとは思えないほどサウンドの厚み、広がり、濃密さなど、ハイ・レヴェルすぎる。そんでもってこのセクステットの演奏技巧がこれまたハイ・レヴェルなんてもんじゃない。

演奏技巧が凄すぎるといっても、『ザ・ヘルシンキ・コンサート』でもそうだがザッパ・ミュージックのばあい、即興部分よりも記譜部分の比率がかなり高い。ザッパがメッチャ難しい譜面を書いて演奏するようメンバーに強要し(間違いなく)ハードな反復練習を積んで、それでもしかし最高の演奏テクニックを持つバンド・メンでも100%完璧には実現不能なものを徹底的に突き詰めた上でライヴ・コンサートで披露し、スタジオ録音などもやっている。そんな話を読んだことはないのだが、できあがった音楽を聴けばだれだってそうだと分るはず。

しかも『ザ・ヘルシンキ・コンサート』は一回性のステージ・パフォーマンスに手を加えていないものなんだからなあ。ブックレットに書いてあるその旨の記述を読んだ上で聴くと、こんな難しい演奏、よくできるもんだなあって、素人の僕はそのあまりのものすごさに呆れかえって口あんぐり。信じられないよ。しかも御大がそのまま発売したほど完成度が高いんだ。繰返すが、これ、一回性のライヴ演奏ですからね。この1974年ザッパ・バンドって、とんでもないバケモノ集団じゃないか。

『ザ・ヘルシンキ・コンサート』は、ロック・コンサートでは珍しくワン・ステージがずるずるつながって、あたかも全体で一つの大きな<一曲>であるかのようになっている。これは編集でそうなっているのだとは僕は考えない。ヘルシンキでの当夜、こんな組曲みたいな連続演奏を繰り広げたに違いないと僕は判断する。1974年だと、ブラック・ミュージック界などではそういうライヴ・ステージ構成はふつうだったのだが。『ザ・ヘルシンキ・コンサート』そのものの音を聴くと、連続演奏だとしか思えないつながりかたで、まあちょっとだけハサミを入れているのかもしれないが。

そんなつながっているこのアルバムにある全20曲のうち、ファンのみなさんが最重視するのは間違いなく三曲目の「インカ・ローズ」。僕も大好き。完成品の『ワン・サイズ・フィッツ・オール』ヴァージョンよりも好きなくらいだ。いや、言い直そう、「インカ・ローズ」は『ザ・ヘルシンキ・コンサート』時点ですでに楽曲として完成している。がしかし以前予告したように、僕が大好きすぎるこの曲のことは、それだけとりあげた別個の単独記事にしたいので、今日もやはり省略。

すると、四曲目の「RDNZL」とか(中間部のザッパのギター・ソロは、いつもながらあまりにも華麗)、六曲目「エキドナズ・アーフ(・オヴ・ユー)」の、マリンバやエレベがあの細かい音符のリピートを完璧に演奏し、しかも合奏でそれをピッタリ合わせていたりする部分にため息が出たりする。

それに続く七曲目「ドント・ユー・エヴァー・ワッシュ・ザット・シング」が、やはり同様の難曲で、細かい音符の反復合奏を、しかも同様に細かいストップ・タイムとブレイクが入りながら、メンバーがそれを楽々とこなしているあたりとか(特にルースが凄いよなあ)も、当たり前みたいにやってはいるが、これ、とんでもないことなんだよ。

八曲目「ピグミー・トワイライト」(Twylyte)でのザッパのギター、特に曲後半部でのソロはブルージーな旨味があっていいし、しかもこの曲はザッパのお得意パターンの一つ、っていうかだいたいザッパはどれもそうだけどオフザケ・ソングで滑稽味満点で楽しい。そのおかしさ、楽しさは、御大を含むバンド・メンバーの超絶技巧が支えているわけだけど。しかもモーツァルトのピアノ・ソナタ第16番(ハ長調 K.545)が引用してあったりするじゃないか。

『ザ・ヘルシンキ・コンサート』二枚目に行って、一曲目「アプロキシメイト」、二曲目「ドゥプリーズ・パラダイス」と、御大とバンド・メンバーとのしゃべりのやりとりが長い。ファンにとってはそんな部分は飛ばして聴く人もいるんだそうだ。しかし「アプロキシメイト」後半部の演奏内容はやはり楽しく素晴らしい。ザッパのギターがやはり光っているが、ドラムスのチェスター・トンプスンも化け物だ。特にベース・ドラムのペダルの踏み方がアホみたいに凄い。

「ドゥプリーズ・パラダイス」の約24分間はやはり長すぎると感じるファンも多いみたいで、しかもこれ、歌はほぼまったくなしのインストルメンタル・ナンバーだ。プログレ的と呼ぶ人がいるかもしれないが、僕はジャズ・ロック・フュージョンの長尺ナンバーとしていつも聴いている。途中でスティーリー・ダンを歌う(「リキ、ドント・ルーズ・ザット・ナンバ〜〜 ♫」)のはザッパかなあ?

「ドゥプリーズ・パラダイス」ではしゃべりのやりとり部分もかなりあるので、人によってはふつうやっぱり退屈でスキップしちゃうかもしれない。フュージョン界の存在でもあった鍵盤奏者のジョージ・デュークが大活躍しているし、やはりルースのマリンバとトム・ファウラーのエレベが異様に上手いし、合奏部分のキメがやはり難しいことを楽々とこなすしで、聴きどころはかなりあるんだけどね。後半はチェスター・トンプスン&ルース・アンダーウッド二名の打楽器奏者の独壇場となる。

そこから切れ目なく三曲目でタンゴがはじまる(ここはテープ編集の痕跡をはっきりと感じる)のでオォ!と思っていると、曲題「サトューマ」(Satumaa はフィンランド語らしい)の副題で「フィンランドのタンゴ」とあるじゃないか。タンゴの伴奏とは思えないチェスター・トンプスンのベース・ドラムの踏み方!こいつ、アタマおかしいぞ(褒め言葉)。それにしてもカーラ・ブレイがやるときもそうだけど、タンゴ好きの僕は、こういったふだん関係なさそうな音楽家からタンゴ(やアバネーラ)が聴こえてくると、嬉しくていい気分なんだよね。

『ザ・ヘルシンキ・コンサート』二枚目では、その後、お馴染の『アンクル・ミート』からのメドレーなども経て、例の「モンタナ」が終幕というに近いクライマックス。というかこれはアンコールなのか?冒頭部でオーディエンスとザッパとのやりとりがあって、ザッパが客のリクエストを聞いているかのようなやりとりがある。

そこで客は「”ウィピング・ポスト”を!」と叫ぶのだが、ザッパは「オーケー、”ウィピング・ポスト”だな、オーケーちょっと待って、でもそれは知らないなあ、どんな感じかちょっと歌って教えてくれないか?」。そこで客がちょろっと歌うのだが、ザッパは「あ〜、分ったぞ、それはジョン・ケージの曲に違いないよね?オーケー、じゃあやるよ、”モンタナ”だ!ワン、トゥー、スリー、フォー!」で、『オーヴァー・ナイト・センセイション』ではティナ・ターナーとアイケッツも使ったポップ・ソング「モンタナ」の演奏がはじまってしまうんだ。わっはっは。ザッパのギター・ソロが鬼凄いのはいつものことだから省略。

2017/10/15

アンゴラがすごいことになっている 〜 ヨラ・セメードが素晴らしすぎて(2)

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アンゴラの女性歌手ヨラ・セメード。昨日は2010年作『ミーニャ・アルマ』のほうが好みだと書いたものの、作品の出来栄えとしては、どう聴いても2014年作『フィーリョ・メウ』に軍配が上がるはず。素晴らしいアルバムだよね。そして昨日の文章を書き上げてから、二枚をなんども聴きかえすと、どうも『フィーリョ・メウ』のほうが好きになってきたかもしれないって…、これ、たんに僕が移り気な浮気性人間なだけってこと?いやいや、実際いい作品ですから〜。

『フィーリョ・メウ』の一曲目は、アルバム名と同じタイトル。アクースティック・ピアノ一台だけの伴奏ではじまりヨラが歌いはじめるのは、前作のオープニングと同じだ。曲「フィーリョ・メウ」だって歌詞も曲もヨラが書いているが、ピアノを弾いているのはヨラじゃないから、ジャケット・デザインはかなりミス・リーディングだ。なんとなくの雰囲気、ムーディーな感じを表現しただけなんだろうね。

でもアルバム一曲目「フィーリョ・メウ」がかなりの美メロで感動的。いい歌手だなあ、ヨラ・セメードって。しかもこれ、自分で書いた曲だもんなあ。昨日も書いたが声や歌い方が素直でストレート。悪い意味でのアクや妙な癖がなく、美メロをこねくらずそのままスッと歌っているのは好感度大だ。前作の一曲目との違いは、あっちで途中から入ってくるのがチェロ一台だったのに比べ、曲「フィーリョ・メウ」のほうはストリングス・アンサンブルだってこと。その響きがまた美しく効果的。

アクースティック・ギターのイントロではじまり、リズム・セクションが入り、やはりまたストリングス・アンサンブルが出る二曲目はビートの効いた曲。荻原和也さんは「コンパのリズム」とお書きだが、その「コンパ」ってのはなんでっしゃろか〜?コンパと言われると、大学生のときの飲み会のことしか浮かびませんし、しかも僕は下戸なのでつらく苦しい思い出しかありません。当時はノンアルコール・ビールとかもありませんでしたし〜。コンパのリズムとだけしか書いてなくて説明がないと、なんだか複雑な気分です。萩原さん、お願いします、教えてください。コンパってなんですか?それにしてもこれだってストリングスは全員人力演奏の八人が参加。ホーン楽器奏者も複数参加していて、最近のアンゴラってどうなってんの?景気いいのかなあ?

ビートの効いた曲が続く『フィーリョ・メウ』。四曲目が英語題の「ライト・ミー・アップ」で歌詞も英語。この快活なリズムはキゾンバちゅ〜やつでっしゃろか〜?どなたか、マジで教えて!本当に分りませんから〜。問題は続く五曲目「ヴォルタ・アモール」だ。これ、マジですごいんだよね。このアルバム『フィーリョ・メウ』におけるクライマックスの一つだ。しかもちょっぴりサルサふう。

アルバムの一曲ごと、附属の紙に演奏者がぜんぶ書いてあるにもかかわらず、五曲目「ヴォルタ・アモール」は、 なぜかこれは記載がない電子鍵盤楽器のイントロではじまり、ドラムス、エレベと入り、ヨラのヴォーカルが出る前に、さあ!来ました、分厚いホーン・セクションのリフ反復が。こ〜れが!キモチエエ〜!リズム・フィールも四曲目とは少し違う。これがセンバちゅ〜ことでっしゃろか?キゾンバでもセンバでも(分んないんだから)いいが、とにかく超グルーヴィでカッコイイ〜!!こんなの、あんまり聴いたことないよ。
このアルバムにある同傾向のラテン・ミュージックふうなセンバ(でいいの?)は、ほかに例えば8曲目「ドント」(これも英語)とか、やはりリズム・フィールも同じで、やはり分厚いホーン・リフが入る。10曲目「メスマ・ペソーア」もそうだし、12曲目「ノサ・カンソン」(ピアノが入る珍しいパターン) とか、ラスト14曲目「ヴォセ・ミ・アバーナ」もそうだ。最後の「ヴォセ・ミ・アバーナ」がこりゃまたカッコよすぎるグルーヴ・ナンバーで、こりゃセンバっちゅ〜やつでしゃろ〜?!ちゃうのん?どっちでもいいが、すんばらしくノレる。しかもやはりサルサっぽい。どうしてこんなに楽しいんダァ〜!ヨラ〜!好きだ〜!
ちょっとした別系統は、七曲目「フリーク」(これも英語)。確かに強く激しいビートが効いているが、これはヒップ・ホップ R&B みたいなもので、まったくセンバでもキゾンバでもなく(ってどっちも知らんけれども)、中盤でラップ・ヴォーカルも入る。前作『ミーニャ・アルマ』にも一個あったよなあ、ラップを聴かせるヒップ・ホップふうなのが。実際、この曲「フリーク」の演奏者はギタリスト以外にはプログラマーしかいないし、確かにそんな感触のデジタル・ビートが聴こえる。

ストリングスも入るロッカバラードな9曲目「ソ・エスペーロ」とか、11曲目「デゼージョ」はこれまた美メロ・バラードで、しかしビートは効いているなあと思うと、それもまたプログラマーの仕事らしい。エレキ・ギターとヴォーカル・コーラス(はたいていの曲でヨラ自身も重ねている)も入る。またしても英語の13曲目「ファー・アウェイ」は面白いサウンドだよ。曲そのものはふつうのビート・ナンバーだけど、かなり鮮明にタブラの音が聴こえるもんね。しかしクレジットを見るとタブラ奏者はおらず、っていうかそもそもプログラマーしかいないので、サンプリングしたものなんだろうね。

昨日、今日と二日連続で書いたアンゴラのヨラ・セメード。この人の(現在日本で入手可能な)二枚のアルバムにローカル色は薄い。というかほとんどない。アンゴラだ、アフリカ音楽だと言わなくなって、そういう世界を知らないふつうのポップ・ミュージック・リスナー向けに、問答無用でオススメできる。ヨラはワールド・ワイドに受け入れられる音楽家だ。

ヨラの二枚のアルバムは、手を加えずともそのまま世界市場に持ち込んで売れる見込みのあるユニヴァーサルな音楽で、しかもクオリティがかなり高く、しかしどうして日本でも知名度がないままなんだろうなあ?まだふつうに CD 買えないしなあ。はぁ〜。ついこないだまで知らなかった僕はなにも言えませんけれども〜。

2017/10/14

アンゴラがすごいことになっている 〜 周回遅れの僕がヨラ・セメードを聴く(1)

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ヨラ・セメードというアンゴラの女性歌手。僕は2010年作『ミーニャ・アルマ』と2014年作『フィーリョ・メウ』の二枚しか持っていないのだが、その前にデビュー・アルバムがあるらしい。それから今年新作が出そうだとのエル・スール原田さん情報があるのだが、それを得てネット検索すると、英語でも確かにそんなことが書いてあるページが出る。がそれは四月付けの記事で、今年もすでに十月。本当に今年出るのでしょうか?むろん今年じゃなくてもいいわけですから、デビュー作とあわせ、それも原田さん、よろしくお願いします。

さて “Yola Semedo” で検索してもあまりこれというパッとした内容の文章が出てこないんだから、「ヨラ・セメード」なんかでネット検索したってダメだろう?と思われるかもしれないよね。でも逆みたいだ。日本語のネット記事がこのアンゴラの女性歌手についてはいちばん充実しているような気がする。といってもヒットするのはエル・スールさんと荻原和也さんだけなんだけど(笑)。このお二方が、僕の、いや、みんなの、強い味方だ。助かります。いつも本当に感謝しています。

ヨラのアルバムが日本で買えるようになったのは、今2017年に2014年作の『フーリョ・メウ』がエル・スールに入荷したときが初らしい。その後、2010年作の『ミーニャ・アルマ』もやはり今年入荷。僕はこの二枚を同時に買った。自宅に届いたときに、グランド・ピアノの前で座って鍵盤に手を置いているジャケット・デザインの『フーリョ・メウ』は買ったのを憶えていたが(どうしてかというと、こっちだけを荻原和也さんがブログでとりあげていらしたからだ)、『ミーニャ・アルマ』のほうは、これだれのなんだろう?こんなのオーダーしたっけ?って、ジャケットにちゃんと Yola Semedo とあるのに…、最近物忘れが激しい僕です。30年前のことは克明に憶えているのに3秒前のことはどんどん忘れるのは、どうもそういうもんだそうで…。華麗なる加齢現象ですよね。

しょーもないダジャレを飛ばしたところで、今日はヨラの2010年作『ミーニャ・アルマ』のほうについてだけ書きたい。明日は2014年作『フーリョ・メウ』についてと、二日連続のヨラ・セメードとアンゴラン・ポップ祭。この順序にする理由は三つ。一つは発売順。一つは2014年作は bunboni さんのブログ記事があるので僕が書くことはあまりない。一つはそれにもかかわらず僕はあんがい2010年作が好みだ。内容的に2014年作のほうが上だというのは聴いて分るけれど、趣味嗜好だけはしょうがないよなあ。

ヨラ・セメードの2010年作『ミーニャ・アルマ』。ホントかなりポップだし、ヨラのヴォーカルには妙な癖がなく、しかもかなり上手いので、幅広い層にアピールできる歌手だよなあ。さらに曲の歌詞もかなりたくさん書いていて、ばあいによってはメロディも彼女自身が書いているものがある。ピアノを弾いているのはどうもヨラではない模様。アルバム一曲目の「エス・オ・ポデール」がヨラ自身の作詞作曲で、(まるで弾き語りみたいな)アクースティック・ピアノ一台だけの伴奏ではじまる泣きの美メロ・バラード。こ〜りゃ美しい、素晴らしいと聴き惚れていると、中盤でチェロが入ってきて、それで涙腺崩壊(はホントはしなかったが)にいたってしまうような展開で、僕はこの一曲目だけでノック・アウトされてしまった。
そういえば2014年作『フーリョ・メウ』の一曲目も似たような感じだけど、アルバムをこういう感じで幕開けにするのは、ヨラのアルバムではお決まりだってことなんだろうか?どっちにしても二枚とも、どっちから聴いても、オープニングだけで心を鷲掴みされることは間違いない。完璧に計算されたつかみだよなあ。

計算されたといえば、『フーリョ・メウ』でも二曲目がテンポのいいビートの効いた曲なんだけど、『ミーニャ・アルマ』でもすでにそれは同じだ。後者の二曲目「マリード・インフィエル」はセンバっぽいよなあと僕は思うのだがセンバではなく、キゾンバらしい。しかし『フーリョ・メウ』のほうにはセンバもあるし、キゾンバ → センバみたいな流れがあるってこと?しかし例えばこのヨラの二枚で聴き比べても、アンゴラ音痴の僕には明確な違いが分らない。どなたか、どこがどう違うのか、一度じっくり教えてください!これはマジ本心です!本当にどなたか、お願いします!
この「マリード・インフィエル」でエレキ・ギターを弾いているのはパウロ・フローレスだとクレジットがある。いいよねえ、このギター・カッティング。センバっぽいんじゃないの?パウロのギター・カッティングがこの(キゾンバだかセンバだか僕には分んない)グルーヴ・チューンの肝になっているよね。リズム・フィールのグルーヴィさとタイトさや、バック・コーラスの女性陣や、これにホーン・セクションとストリングス・セクションのリフさえ入れば完璧なものに仕上がるはず。だがこの曲のこの時点ですでに十分チャーミングで、しなやかで、しかもノリよくカッコイイ。

ノリのいいグルーヴ・チューン主体のヨラ『ミーニャ・アルマ』で、3曲目「ペルドア」とか、6曲目「マール・アズール」とか、7曲目「ア・ウニカ」とか、英語で歌う8曲目「セイ・オー!」とか、同じものの別ヴァージョンである13曲目「セイ・オー!(バウンス)」とか、ぜんぶノリの感じは2曲目と、そしてパウロ・フローレスのあのアルバムの多くの曲と、完璧に同であるように僕には聴こえるのだが。キゾンバでもセンバでもいいから、とにかく楽しい〜っ!そんでもって聴きやすくポップでノリがいい。

ヨラのアルバム『ミーニャ・アルマ』のなかにはサルサっぽいキューバン・ミュージックみたいなものもある。11曲目の「キエロ・ヴィヴィール」がそれ。アルバム全体で僕はこの11曲目がいちばんのお気に入りなんだけど、まずハード・ロックふうにファズの効いたエレキ・ギターではじまるなと思うとそれは一瞬だけで、すぐにサルサっぽいノリになる。ピアノの叩き方とか、ティンバレスのカンカラカンっていう入り方とか、まさにキューバン・ミュージック・スタイル。特に中盤でブレイク部があって、ダンダンダン!とブレイク・リフを反復するあいだ、そこでティンバレスが入れるパターンはサルサ・マナーだ。
どうだこれ?最高じゃないか。しかも後半部ではラップ・ヴォーカルも出るもんね。サルサにヒップ・ホップ R&B が合体したみたいなこの路線は、そのまま次作2014年の『フーリョ・メウ』で大きく開花している。しかもアルバム全体をとおし、ただ快活に激しくグルーヴィであるだけでなく、ポップでメロウなフィーリング、つまりアンゴラを植民地にしていたポルトガル由来なのかどうか分らないが、ブラジル音楽で特に言うサウダージが横溢している。

アルバム『ミーニャ・アルマ』では、上記二つの「セイ・オー!」のほかに、4曲目「アイ・ワナ・ビー」と、ラスト14曲目「イッツ・オーヴァー」も英語で歌われている。最後の「もうおしまいになったのよ」という別れの歌は、しかし曲調はトーチ・ソングふうではなく、完璧なるハード・ロックだ。ファズの効いたエレキ・ギターが大活躍するばかりか、ドラマー(は打ち込みか?)の叩くパターンも1970年代英米ハード・ロック・マナー(特にハーフ・オープン・ハイハットの使いかた)。派手派手に盛り上がり、ハード・ロック好き人間の僕には楽しいが、アルバム中この曲だけはアンゴラン・ポップ好きのみなさんにはイマイチかも?

2017/10/13

マイルズ・コンボ1960年春の欧州公演

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おそらく来年二月ごろになるらしいんだけど、マイルズ・デイヴィス・クインテット1960年春の欧州ツアー(のたぶん一部)を記録したボックス・セットがレガシーから公式リリースされるようだ。例の(ボブ・ディランの真似をした)<ブートレグ・シリーズ>の最新巻として。ただしまだ公式なアナウンスがないし、アナウンスされても、いままでは大きく遅れたり内容が変更になるなどしたばあいもあったので、まだちょっと迂闊なことは言えない。

無事なんとかリリースされてほしいその1960年春のマイルズ・バンド欧州ツアー音源集。いままで公式リリースがまったくないかというとそんなことはなく、たった一つだけ DIW 盤、すなわちディスク・ユニオンがリリースした CD 二枚組がある。タイトルは『ライヴ・イン・ストックホルム 1960』。パッケージのどこにもリリース年の記載がないが、5,800円(!)と値段が記してあるので、まあだいたいの時期は想像がつくよね(笑)。あったよなあ、CD 二枚組で5000円を越えていた時代が。しかも、これ、ちょっとブートレグ臭いようなものでもある。スウェーデンの Dragon っていうレーベルが出したものを借用しているか、あるいは Dragon が DIW 盤をパクったか、どっちなんだろう?やっぱり DIW 盤もブート?

まあいちおう公式盤として扱って、来年二月のレガシー盤公式ボックス・リリースの予告編となる文章を今日は書きたい。DIW 盤の『ライヴ・イン・ストックホルム 1960』は、文字どおり1960年のストックホルム公演を収録したもので、日付は3月22日。メンバーはマイルズ以下、ジョン・コルトレーン、ウィントン・ケリー、ポール・チェンバーズ、ジミー・コブのレギュラー・クインテット。このメンツで60年の4月頭まで欧州ツアーをやっていて、ブートもなんまいかある。

このメンツのレギュラー・クインテットでマイルズが1960年にやった欧州公演は、記録が残っていて辿れる範囲でいうと(ギル・エヴァンスとのコラボレイションでアルバム『スケッチズ・オヴ・スペイン』を録音した最終セッションである60年3月11日の直後の)3月21日、パリ公演が最初。その後各地を廻り、4月9日のアムステルダム公演が記録としては最後となっている。9月になって27日の英マンチェスター公演から、リズム・セクションはそのままでサックスがソニー・スティットに交代。60年いっぱいはスティットでやって、翌61年3月7日の『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』になった一部を録音するときからハンク・モブリーになっている。

そんなわけで1960年3、4月の欧州公演は、マイルズ・バンドのレギュラー・メンバーとしては最後のジョン・コルトレーンをとらえたライヴ・ツアーなので、その点でも非常に大きな意味がある。レガシーが(まだ公式アナウンスはないが)このときのライヴ音源集ボックスを発売する判断をしたのも、ここに力点が置かれているのだろう。

DIW 盤『ライヴ・イン・ストックホルム 1960』は、CD 二枚で計7トラック。7トラック目はいわゆる音楽ではなく、マイルズも関係なく、この欧州公演時のジョン・コルトレーン単独のインタヴューが収録されている。それ以前の六曲を見ると、一枚目も二枚目も「ソー・ワット」ではじまっている。この日のストックホルム公演は2セットやったからだ。上の段落でも書いたし、コルトーン単独のインタビューがオマケみたいに収録されているのでも分るように、世のほとんどのジャズ・ファン、あるいはマイルズ狂にとってすらも、この60年春の欧州公演はコルトレーンのマイルズ・コンボ卒業の姿にこそ聴きどころがあるとされている。

だが僕にとってはちょっとだけ違う部分もあるんだよね。確かにコルトレーンのソロは素晴らしいが、個人的にはウィントン・ケリーのピアノ・ソロもかなり楽しいんだよね。これはほぼだれも言わないことで、みんなコルトレーンコルトレーンの大合唱だけど、そればっかりでもないんじゃないかなあ。それがよく分るのが、やはりコルトレーンを聴くべきとされる二つの「ソー・ワット」だ。もちろんコルトレーンのソロ内容が壮絶で素晴らしいのは、僕も完全同意の文句なしなので、そこは強調しておきたい。

この1960年3月22日の2セット公演では、最大の聴きものが二つの「ソー・ワット」で、というかほぼそれだけで充分であって、その他お馴染のブルーズ・ナンバー「ウォーキン」や、また1958年録音作品から「フラン・ダンス」や「オン・グリーン・ドルフィー・ストリート」、また『カインド・オヴ・ブルー』からこれまたブルーズの「オール・ブルーズ」もやっているが、「ソー・ワット」のグルーヴィさと比較したらイマイチなんだよね。「ウォーキン」なんかグルーヴィになるはずのもので 、同一リズム・セクションによる同曲1961年ライヴだと素晴らしいのに、この60年ストックホルム公演ヴァージョンだと食い足りなく感じるのは、どうしてだろう?テンポがなんというか、もったりとしていて面白くない。ノリもよくない。

だから二つの「ソー・ワット」しかご紹介しないことにする。

ファースト・セット  https://www.youtube.com/watch?v=oj8njYmb440
この二つの「ソー・ワット」。DIW 盤だと、なぜだかファースト・セットのが CD2に、セカンド・セットのが CD1に収録されているのは不思議だ。 だから解説文の悠雅彦も間違えているが、文末に「1986 - 6」と記載があるので、執筆したその時点だと情報がかなり少なかったから仕方ないよね。いまは同一公演を収録した DIW 盤じゃないほかのブートでは訂正されているし、各種ディスコグラフィでもそれを確かめられる。

1960年3月22日の二つの「ソー・ワット」だが、ファースト・セットのもののほうが演奏時間が約五分長い。そうなっている最大の理由はやはりジョン・コルトレーンのソロの長さだ。セカンド・セットでは6コーラスのソロを吹くが、ファースト・セットでは倍の12コーラスもやっているもんね。これはあれかなぁ、ファースト・セットであまりに長くやりすぎて、幕間でボスに「トレーン、お前、長すぎるぞ、半分にしろ」と文句言われたんだろうか(笑)?だいたいこのころのマイルズ・コンボのライヴではトレーンのソロが長すぎると、常日頃からマイルズは思っていたらしいね。

マイルズのトランペット・ソロの内容は、ファースト・セット(7コーラス)、セカンド・セット(6コーラス)ともに均整がとれていて、普段から僕もくどいほど繰返しているが、この音楽家は全体の構築美を重視する人なんだよね。自分のソロでも(ある時期の例外を除き)この態度をほぼ崩さなかった。だから1960年の欧州公演でも、バンド全体でそんなやりかたをしたかったかもしれないが、ジョン・コルトレーンがすべてを(いい意味で)ぶち壊しにしてしまう。

でも、マイルズはこんなジョン・コルトレーンのことが大好きだったんだよね。確かにもう少しだけ簡潔にまとめてくれないか?という願望があったかもしれないが、心の底から本気でそう頭に来たりなどするならば、衆人環視のステージ上でも遠慮なく実力行使する人だったもんね。ずっとあとの1980年代末の日本公演では、サックスのケニー・ギャレットがあまりにも延々とソロをとるので、ボスが蹴りを入れて強制終了させたのを僕は生で目撃した。肉体的暴力でなくとも、サウンド的ヴァイオレンスで割って入りやめさせている証拠ならいくつもある。

だからあんなことをインタヴューなどで言いながらも、実はマイルズだって、あの延々と吹いて演奏全体のバランスを悪くするジョン・コルトレーンの長尺ソロをそれなりに楽しんでいたはずと僕は思うのだ。そしてそれは確かに本当に素晴らしい内容なのを、上の二つの「ソー・ワット」でも聴きとっていただけるはず。この壮絶さはこのままのありようで、帰米後独立して自らのバンドを率いるようになって以後のトレーン・コンボで表現されているので、これ以上の説明は不要だろう。

必要な説明は、三番手でピアノ・ソロを弾くウィントン・ケリーの極上グルーヴだ。この1960年ライヴではみんなコルトレーンのことしか言わず、ケリーにかんしては褒める文章を見かけたことがない。だが、ジョン・トレーンのソロ内容がややシリアスで重すぎると感じるばあいもある僕は、いつも三番手でケリーが出てくると、本当に楽しくノリやすくていい気分なんだよね。ケリーのピアノ・ソロに入ると、ジミー・コブが僕の大好きなリム・ショットを入れはじめるのもイイよ。

しかも二つの「ソー・ワット」で聴けるウィントン・ケリーのソロ内容は、マジで素晴らしいもんね。終盤まで右手のシングル・トーン弾き中心で行って、その部分もノリ良く軽快で気持いいが、最後にブロック・コードでガンガンガンと、ジミー・コブとの合奏で三連符の変形を複数回演奏するあたりのスリルと興奮は、僕にとって1960(〜61)年のマイルズ・ライヴを聴く際の最大のポイントだ。

あの変形三連符合奏は、「ソー・ワット」最初のテーマ演奏部におけるベースの弾くラインとホーン合奏とのコール&リスポンスにあるゴスペルふうなフィーリングを、離れた場所で出現させ拡大したものだと僕は思っている。そしてそのままエンディング・テーマになだれこむから、効果絶大なんだよ。

ピアノ・ソロ最終盤であんなブロック・コードの連打をウィントン・ケリーとジミー・コブの合奏でやろうっていうのは、いったいだれのアイデアだたんだろうか?それを知りたいとむかしから思っているのだが、なにしろ「ソー・ワット」をライヴ演奏した最初のマイルズ・バンドが今日書いたこの五人だから、ちゃんとしたことが分らないんだよね。マイルズかケリーかのどっちかじゃないかと思うんだけどね。

「ソー・ワット」三番手のピアノ・ソロの最終盤でこうなるのは、63年6月以後のハービー・ハンコック&トニー・ウィリアムズも継承している。レコードはなかったはずだから、テープを聴かせてもらっていたに違いない。

2017/10/12

岩佐美咲って「本当に」素晴らしいんだから!

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岩佐美咲は本当に歌が上手く、(ネガティヴな意味での)アクもエグ味もヘンな癖もなく、キンキンしたギャル声でもなく、チャーミングな声質でいい歌をそのままストレートに歌いこねまわさず、グルーヴィな曲ではノリも歯切れもよく、落ち着いたバラード(調のもの含む)ではしっとりとした表現ができて、それでいて最近は大人の女性としてのセクシーさも出てきているっていう存在。だから万人にアピールできて受け入れてもらいやすいような資質のポップ歌手なんだよね。こんな類い稀で素晴らしい歌手がここまで聴かれておらず、一部の熱心な愛好家以外には知名度も低いなんてのは、僕の見るところ、二つの理由しかない。

小さいほうから書くと、岩佐美咲はいちおうは演歌界で活動している歌手だという位置付けになっているからだ。岩佐自身もここにこだわりがあるのなら、僕たちもそれに寄り添っていきたいが、発売されている CD や DVD や、またいろいろと 報告されているライヴ・コンサートや各種の歌唱イヴェントで歌っているレパートリーを見ると、もはや岩佐は「いわゆる」演歌歌手ではない。コテコテの演歌のほうが割合は低いもんね。

だがそのあたりの岩佐美咲の事情をご存知ない一般のみなさんのばあい、彼女が演歌歌手だと宣伝されて売り出されていることを見て、いやあ、演歌はちょっと聴かないなあとか、遠慮しておきますとか、そんな気分を持つ音楽リスナーもいるんじゃないだろうか?特にジャズやブルーズやロック系のシリアスなものを熱心に愛好しているみなさんに、そういう傾向が見受けられるように、僕は思う。

そういえばいま思い出した。以前、どなただったか熱心なジャズ・ファンの方二名のこと。そのお二方の発言に関連性はないのだが、お一方は「なんなんだこのジャズ・アルバムは?!まるで演歌みたいじゃないか!こんなもの!」と言い放ち、もうお一方は「大晦日の『紅白歌合戦』なんて観る価値ゼロだ、まったくどこも面白くない」と言っていたんだよね。つまり、「演歌だ」(あるいは「歌謡曲だ」)というのが悪口になりうるような、そんな世界があるみたいなんだよ。

『紅白歌合戦』が面白いのかどうかはまたぜんぜん別の話なので今日はよしておく。僕はいま言いたいのは、演歌(あるいは歌謡曲)にジャンル分けされているという事実だけで、ハナから守備範囲外に置いて見向きもしないみなさんが確かに一定数存在するんだってこと。これはまあ、もちろん偏見だ。一流演歌歌手の実力のものすごさをご存知ないのだとしか思えないよね。この部分にかんしては、とにかく一度心を白紙にして虚心坦懐に、あの方々の歌に耳を傾けていただきたい、それを一流ジャズ(or ロックなど)歌手のヴォーカル表現と、比較してどっちが優れているのかという話ではなく、どっちも凄いじゃないかと分っていただきたいと、心から切望する。

岩佐美咲も演歌界で活動している(とは思えないほど演歌じゃないレパートリーのほうが多いが)存在だと自他ともに認めているので、この点では少し損をしているかもしれないよね。かといって熱心な演歌ファンなら岩佐を聴くのかというと、これまたあまり重視されていないっていう、いってみればダブル・バインド状態なんだよね、いまのところは。演歌歌手だという位置付け(もそろそろやめたらどうかと僕は考えているのだが)なのに、どうして演歌ファンがあまり聴かないのかは、典型的な演歌歌唱法をまったくやらないからだ。このことは以前詳述したので、そちらをご覧いただきたい。
さて、この典型的な演歌ふう歌唱法をやっていないことと実は密接な関係があるのだが、岩佐美咲みたいに類い稀で素晴らしい歌手がここまで聴かれておらず、一部の熱心な愛好家以外には知名度も低い、その二つ目の理由。それは岩佐が AKB48のメンバーだったことだ。こっちのほうがはるかに大きな理由で、世の多くの音楽ファン、特に熱心なマニアと呼ばれるシリアスな愛好傾向をお持ちのみなさんが、岩佐に見向きもしない最大の原因に違いないと僕はにらんでいる。

つい先日、深夜に一通のメールが届いた。いま確認すると、昨日10月5日の0時09分付け。内容は僕の日々のブログ記事内容へのコメントだった。ブログのコメント欄に書かず私信にしたのにはそれなりの理由がおありなんだろうなら、お名前は明かせないし、ぜんぶを正確に引用することも控えたいが、内容をかいつまんでご紹介すると、次のようなことだった。

ふだんずっとお堅いブログだと思っていましたけれども、岩佐美咲ですか…。岩佐美咲って、AKB48のメンバーの娘(ママ)ですよね?そんな娘っこ歌手が本当にそんなに良いんですか?

ただしこのメールをくださった方は、戸嶋さんがそんなに素晴らしいって言うんなら、今度 TSUTAYA に行ったときにレンタルして聴いてみようかと思います、とも書いていらしたので、僕の日々の文章もほんの少しは意味があるってことだと自惚れておく。岩佐美咲が TUTAYA にあるのかどうかは知らないが。

まあしかしこんな具合で、ひょっとしたら岩佐美咲はいまでも AKB48の一員であると思っているのかもしれないし、思っていないとしても、あんなキャピキャピしたギャル・グループ関係のガキの女の子の歌なんか、そんなもん、聴く価値ないぞ、少なくとも「お堅い」傾向の音楽愛好趣味からしたら、まったく別の世界だ、子供の遊びだ、縁はない、だから、聴かないよ、聴く気なんてこれっぽっちもないよっていう 〜 こんなフィーリングが、やっぱりあるんじゃないのかなあ。

AKB48など、その他関連のガール・グループの活動が本当に「子供の遊び」なのか、あるいはひるがえって子供の遊びだとしても、子供の遊びは大人にとって面白くないもの、価値のないものなのかどうか?っていう根源的な疑問が湧いてくるが、まあこれもまたぜんぜん違う話になるので今日はしない。問題は、岩佐美咲みたいな「本当に」ものすごく素晴らしい歌手が、ただたんに AKB48に関係する存在であるという一点のみで愛好対象から除外されてしまう、そもそも眼中にないということになってしまうっていう、この事実だよなあ。

これも偏見なんだよね。一度どなただったか熱心な音楽愛好家、特にいわゆるワールド・ミュージックに精通している方が、AKB48関連などのああいった若い女性歌手たちは、そもそもあの声が受け入れられないんだとおっしゃっていた。ってことはその方のばあいは、ちゃんと聴いているんだってことだよね。しっかり聴いた上で自分向きではないと判断なさっている。

じゃあそうお書きだった方には、あるいはその方は大きな影響力をお持ちの方だから、その方の文章を参考になさっているみなさんには、ぜひ岩佐美咲の歌を聴いてほしいと僕は思う。AKB48うんちゃらかんちゃらはちょっとなあ…、っていう先入見や、あるいは先入ではなく聴いた上でそう判断なさっているお気持は、成層圏外に吹っ飛んでいってしまうはず。

一聴してそうなってしまうほどの実力を、声質にも歌い方にも、岩佐美咲は持っている。だってさ、書いたようなみなさんは鄧麗君(テレサ・テン)については激賞しているじゃないか。パティ・ペイジだって中村とうようさんや田中勝則さんがべた褒めしているから、やはりみなさん聴いていてお好きなはず。岩佐は鄧麗君、パティ・ペイジとまったく同資質の歌手なんですよ。

そこでそんな、これからじゃあちょっと岩佐美咲を聴いてもいいぞと心変わりしておっしゃる方でも出現するとして、そのためのオススメ品を少し書いておく。いちばんいいのは現時点で二枚ある DVD だと思う。三枚目が今月もうすぐリリースされる。これは正式にアナウンスされ、アマゾンでもすでに予約購入できる。ぜんぶ Blu-ray があるが、価格の安いDVD のほうをご紹介しておく。どれか一つだけとおっしゃるならば、来たる三枚目がいいんじゃないかなあ。

CD で聴きたいというみなさん向け、それもアルバム志向だという方々向けには、いままでに二枚ある岩佐美咲の CD アルバムから新しいほうの『美咲めぐり ~第1章~ 』(初回生産限定盤)をオススメしておく。みなさんお馴染の曲はファースト・アルバムである『リクエスト・カバーズ』のほうにたくさん入っている。っていうか有名曲ばかりのカヴァー・ソング集だしね。都はるみもテレサ・テンもあるよ。

ただし、岩佐美咲のいちばんものすごいもの二つは、これらの CD アルバムには収録されていない。どっちもカヴァー曲の「20歳のめぐり逢い」と「糸」だ。どっちかだけにしてくれとおっしゃるだろうから、躊躇なく僕は「糸」が収録されている CD シングル「鯖街道」特別記念盤(通常盤)を、強く強く推薦する。

くどいようだが、最後にもう一度大切なことを反復しておく。「演歌」「AKB48」〜 この二つのレッテルに惑わされずに、みなさんぜひ岩佐美咲の歌を聴いてみてください!本当に素晴らしいんですから!

2017/10/11

さぁ、徳間ジャパンさんもはやく!

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僕がネット(といってもパソコン通信だが)をはじめたのは1995年の夏なんだけど、これは遅いほうだとあのころ思っていた。すでにパソコン通信なんかはブームみたいなものになっていて、すでに大勢がやっているような気がしていた。とにかく音楽のことでみんなと楽しくワイワイ話がしたかったっていう、本当にただそれだけの理由でパソコンを買った。僕のばあい Mac の Performa 5210。いまではノート型にあらずんばパソコンにあらずとまで言いだしかねないほどのノートブック信者の僕も、まず最初はデスクトップ型 Mac を買った。

とにかく文書作成とか表計算とか、そんなことをやろうなんて気持は僕にぜんぜんなく、ハナからネットをやりたいがためだけに Mac を買った。すなわち僕にとって Mac は最初に買った1995年の夏から完璧にネット端末でしかなかった。パソコン通信こそ僕がやりたかったことだもんね。でもあの当時はネットに接続するのがやや面倒くさかったんだ。

まず回線は通常の(音声通話用の)電話回線を使う。僕が Mac を買った1995年夏よりもずっと早くはじめた方々のばあい、音響カプラ(どうです?なんのことだか分らないでしょう?)を使ってネット接続することも多かったらしいのだが、僕は使ったことがない。新宿(が京王線のターミナルかつ最大の繁華街だったから)のソフマップで Performa 5210を買う際に、最初からモデムも一緒に買ったのだった。ネットやりたかったんだから当たり前だ。当時のモデムは外付の据え置き型が一般的。その後、カード型とかパソコン内蔵型とか出てくる。

それでダイアルアップ接続(死語?)するわけだけど、通常の音声会話用の電話機のケーブルを差し込んである壁のモジュラー・ジャックから電話機のケーブルを抜き、データ通信用のモデムのケーブルを差し込んで、モデムが Mac にやはり有線でつながっているという具合。これで通信用のソフトウェアを使って接続する。僕のばあい AT コマンドが必須だった。接続時にガ〜ガ〜ピ〜ピ〜っていうやかましい音がモデムから出るのだが、サイレント状態にする AT コマンドも僕は打ち込んでいた。

サイレント状態にするのは、ネットに接続するのがたいてい深夜だったからだった。妻は寝ている時間だったもんね。テレホーダイという、これもまた死語になっているものがあったことをご存知だろうか?深夜11時〜翌朝までは NTT の電話回線をいくらたくさん使っても定額になるっていうもの。音声電話用のプランだったかもしれないが、ネット民はみんなデータ通信用のプランとして活用していた。

いまみたいに(いつごろからだっけ?)これもまたまた死語だろうがブロードバンドの常時接続なんて、夢のまた夢であって、っていうかそもそもそんな世界が、時代が、到来するという予測すら僕はしていなかった。つまりネット接続は一回一回つないでは切断する、そういうものだった。それでもたいていみんなすぐにネット中毒患者になるので、どんどんつなぎたい、できうればつなぎっぱなし状態にしたいわけだ。そんな願望は深夜にだけ叶えられていた。テレホーダイのおかげで。

テレホーダイの時間帯は NTT 回線をいくら使っても定額だったので遠慮なしだったが、日中だと遠慮がちに、いま何分間使ったからどれくらいお金かかったんだろう?ちょっとつなぎすぎたかもしれないぞ?次回の NTT の請求は高額になってしまうかも?とか、そんなふうに怯えながら電話回線を使ってのダイアルアップ接続でネット活動をしていた。まるで束の間の背徳的情事をたのしむかのようじゃないか。

ここまで書いてきたことをお読みになって、ワケが分らない人はサッパリ分らないだろうが、むかしのネット活動(というかパソコン通信)はダウンロード型だったんだよね。現在、一日24時間ずっとネットにつながっているのが当たり前、っていうかそもそもつながっているだとかいないだとか意識すらしないようになっているけれど、そしてそんな空気みたいな存在になっていることも、それは幸せなことだと僕は思うけれど、そんないまはアクセス型だよね。パソコンでもタブレットでもスマホでも、すべてデータはローカルのディヴァイス内にはなく、<あっち側>にあって、それにアクセスして読み書きしている。

むかしはネットに接続できることじたいが限られていたから、必要なものはその場でローカルのディスク内にダウンロードして、接続を切ってからゆっくり読んで(だってつないだままじゃあお金が心配で心配で平常心ではいられないし、実際高額になる)吟味して、反応したい場合にはゆっくり書いて、複数個のファイルを書き終えたら、そののちもう一回接続してぜんぶまとめてアップロードする(アップって当時言ってたっけ?)。

ダウンロードといっても、僕が最初1995年に買ったモデムは、確か9600bps という速度だったら、ダウンロードしながら同時に Macの画面でログが読めたんだよね(笑)。そんなノロノロ速度だった。ダウンロードしながら同時にそのまま通信ログが読めた、そんなスクロール速度だったなんて、しばらくあとになってからはだれに言っても信じてもらえなくなった。おおげさな作り話扱いしかされなくなったが、本当のことなんだよね。

そのころ、つまり(僕は横目で睨んでチェッ!とか思っていただけだったが)Windows 95の発売で世の中が一気にパソコン・ブームみたいになって、それと同時にブームになったインターネットと、それに接続してなにかをするという行為は、すでに普及したということだったと、当時僕は考えていた。だから1995年の夏に Mac を買ってようやくネットをはじめた僕なんかは遅いほうだと思い込んでいた。もちろんある意味そのとおりだといまでも思っているが。

だがしかし、その後のネット(ブロードバンド)常時接続時代の到来と、各種 SNS の誕生、一般化と、さらに、これこそが最大の契機だったに違いないスマートフォンの爆発的普及で、まあやっぱりここからだよね、インターネットが本当に「みんなのもの」になったのは。スマホなんてネットにつながっているのが大前提、なんて発想すらおそらくみんな持っていない。つながっていればふだんはその状態を意識すらしてもいない。本当に僕たちみんなのものになったという証拠だ。Wi-Fi 環境はいたるところにあり、そうでない場所でだってキャリアの3G、4G 回線で問題なくネット接続できる(こっちのほうは、いま再び使用量を気にしてヒヤヒヤする時代が戻ってきているが)。

ネット常時接続、それと不可分一体なスマホの爆発的普及、Twitter や Facebook や Instagram など SNS の存在(はかつてのパソコン通信にかなり似ている) 〜 この三つでもって、いまや本当にインターネットは世の中のみんなのものになったと言えるはず。難しいことを考えたりしたりなどできなくたって、AT コマンドを打ち込むなんていうメンドクサイことなんかしなくたって、スマホ買えば、即その日から、そのままだれでもはじめられる。それがいまのネット活動だ。

だれでもちょっとは意見を言える、ネットで(おそらく多くのばあいは Facebook で)気軽にものが言えるっていう、 そんな時代になっているから、例のあのサイレント・マジョリティっていうやつ、あれはもはや消滅したのだ、とはぜんぜん言えないと思うけれど、でも僕はだれでも意見が言えるようになってよかったんだと信じているんだよね。

かりにそうでないとしても、音楽の聴きかただけは、やっぱりかなり変化したんだと言えるはずだ。スマホで YouTube みたいな共有サイトに無料でだれでもすぐにアクセスできて、そこには無数の音楽(を含むいろんなもの)があるから、CD 買わなくたってちょっと聴くことはすぐできる。ちょっとどころじゃなくて、アルバム一枚丸ごと聴けたりもする。僕だって簡単にアップロードできているし、それに世界のいろんな人たちからアクセスがあって、コメントもあって、音楽の楽しみをシェアできている。

無料ではないけれど、iTunes ストアみたいなダウンロード音楽サーヴィスもあるし、ダウンロードではなくストリーミングだけど、Apple Music や Spotify みたいなものだってある。いまや音楽の新作はフィジカル CD でリリースする前にネットで配信したり、そもそも iTunes や Spotify でしか売らないっていうようになっていたり、YouTube で無料で流す際の広告代が音楽家や製作者サイドの主な収入源になっていたりもしているじゃないか。

今年、僕はやっぱり CD で買ったレバノンの歌手ヒバ・タワジの新作『ヒバ・タワジ 30』。これに附属するブックレットをひっくり返すと、そこには (Listen on)Apple Music、iTunes、YouTube、Spotify、anghami、DEEZER の六つの文字がアイコンとともに並んでいた(anghami はアラビア語のポップ・ミュージック用のもの)だけ。ヒバの写真以外は本当にただそれだけ。それしか記載がなく、僕が持っているその CD のレーベル名など、フィジカル・リリースにかんする情報はどこにも一言もなかったもんね。

もうそういう時代だよね。僕はたぶん今後も CD 買い続けると思うけれど、必ずしもそうじゃない人たち(はどんどん増えている)向けにはどうしたらいいか、売り手側にはちょっと考えてみてほしい。いろんな人に届きやすい方法を。より多くのファンを得るにはどうしたらいいのかを。例えば、八代亜紀は(ちょっとだけ)Spotify で配信されていますよ。 頼みますよ、みなさん。

2017/10/10

木綿のハンカチーフ三枚

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日本のポップ・ソング史上最高の名曲だと思うことがある「木綿のハンカチーフ」。松本隆が詞を、筒美京平が曲を、萩田光雄がアレンジを書いて、1975年に太田裕美が歌い大ヒットした。オリジナルであるアルバム『心が風邪をひいた日』(12月5日発売)ヴァージョンと、45回転のシングル盤(12月21日発売)とは、アレンジその他少し内容が違っていて、シングルのほうは再録音したものらしいが、録音し直したことはこのあいだ初めて知った。以下の YouTube 音源はシングル・ヴァージョン。その後のライヴでの披露なども、僕の知る限りほぼぜんぶ、ストリングスで入ってくるこのシングル・ヴァージョンのアレンジに沿っている。
ところで太田裕美と「木綿のハンカチーフ」というと、僕にとっては中学時代の親友クリタセイジのことが忘れられない。僕がこの曲をリアルタイムで憶えているのはクリタ(と呼んでいたから、「さん」「くん」を付ける気になれない)のおかげなんだよね。クリタは熱烈な太田裕美ファンで、だから「木綿のハンカチーフ」もドーナツ盤を買って愛聴していた。クリタんちに遊びに行くと(実に頻繁に行っていた)、必ずそのレコードをかけて「どやっ?!戸嶋?ええやろ〜!なっ!!」と強調していたもんね。

まあそんなことはいい。1975年以後、もちろん太田裕美自身も現在まで繰返し歌っているが(しかしこの女性はどうしていまだに歌声も容姿も変わっていないんだろうなあ、魔女だとしか思えない)、その他文字どおり無数のカヴァー・ヴァージョンがある「木綿のハンカチーフ」。僕が現在手許に CD で持っているのは三種類だけ。太田のアルバム『心が風邪をひいた日』、原田知世の2016年のアルバム『恋愛小説 2 - 若葉のころ』、岩佐美咲の2017年8月のシングル盤「鯖街道」特別記念盤(初回生産限定盤)の三つ。

みなさんご存知のとおり「木綿のハンカチーフ」は、都会に出た男の心が、田舎に残る女から離れるようになり、次第に女のことを忘れていき、とうとう「帰れない」と告げて、女のほうは「涙拭く木綿のハンカチーフくさだい」と言う、完璧なる失恋歌だ。上記三つのヴァージョンのなかで、このフラれた女の心情を哀切感漂う感じで直接的にいちばんよく表現できているのは、原田知世ヴァージョンじゃないかなあ。フラれる前までの、この女性の心のありようもよく出ているように感じる(かもしれない?)。

太田裕美のオリジナル・シングル・ヴァージョンはご紹介したが、原田知世のと岩佐美咲のはご紹介できないだろう。僕がアップロードしたとて、上がったと同時に再生不可になるに決まっている(いままでそういうことがなんどかあった)。だから残念なんだけど、原田知世の「木綿のハンカチーフ」は、伴奏楽器がぜんぶアクースティックなもので、ドラムスはほんの軽く小さな音。プロデュースとアレンジもやっている伊藤ゴローがクラシック・ギターを弾き、その他ピアノ、ウッド・ベースと、あと、ソプラノ・サックスが非常に効果的に使われている。この原田ヴァージョンでの伴奏の肝は、ある意味、ソプラノ・サックスのサウンドじゃないかあ。都会的でジャジー。

それから原田知世の「木綿のハンカチーフ」では、これは伊藤ゴローの指示に違いないが、テンポがかなり緩い、というかほぼ止まっているかのような進み方。ビートはまったく効いておらず、フワ〜ッとアンビエントふうに漂うかのようなサウンドなんだよね。伊藤ゴローが原田をプロデュースするとそうなっているばあいがしばしばあるよね。好きか嫌いかは人それぞれだが、アンビエント・サウンドは原田の声質にとてもよく似合っていると、伊藤&原田の相乗効果で魅力倍増になっていると、僕は感じている(このコンビはそういうものばかりではないので、念のため)。

そんなテンポがほぼないような浮遊感のあるサウンドで原田知世が歌う「木綿のハンカチーフ」は、だから原田のヴォーカル表現もかなりリリカルだ。正直に書いてしまうが、情緒的な方向へ流れすぎているかもしれないと感じることも、七回聴いて一回くらいある。ちょっとなんというか、歌詞の中身と歌い方の距離が、やや近すぎるんじゃないかという気がたまにするんだよね。思い切り泣きたい気分のときはぴったりフィットする原田の「木綿のハンカチーフ」だが、これはちょっと…、と思う気分のときもあるんだよね。

松本隆が書いた「木綿のハンカチーフ」の歌詞は、音を聴かずにそれだけ文字で読むとかなどすれば、かなり湿っているフィーリングの重たい内容だ。ご存知のように、それまでの日本のポップ・ソングでは前例のない、男女の会話形式で進む歌詞だが、しかし田舎に残る女が歌う部分は、なんだか田舎でただひたすら耐え忍んで待つような女という、1975年でもややアナクロニズムを感じる人がいたかもしれないようなもので、これはひょっとして松本の女性観みたいなものが反映されていたんだろうか?

それが太田裕美ヴァージョンの「木綿のハンカチーフ」でアナクロニズムに堕していないのは、ひとえにあの爽やかなメロディとアレンジ、特にリズムの快活なフィーリングと、わりとアッサリ男を見放しているかのような太田のあのサッパリした歌い方ゆえなんだよね。伊藤ゴローがプロデュースした原田知世ヴァージョンがアナクロだと言っているのではぜんぜんない。そもそも原田ヴァージョンで歌われる女の姿と表情は、田舎で耐えて待っているようなものではなく、かなり都会的に洗練された女性像(sophisticated lady)になっている。サウンドと歌手の声質のおかげだろう。だが、ややしっとりしすぎ…かも?

いちばん上でご紹介した太田裕美オリジナルの「木綿のハンカチーフ」を、ひょっとしてご存知ない方はぜひ聴いていただきたい。ノリのいい快活なリズムにはラテン・テイストすら感じられ、まあそれは以前から僕もリピートしているように日本の歌謡曲ではラテン・アクセントを効かせるのが常套手段だからどうってことないものだけど、シンコペイトして軽快に跳ねているような感じのこれ、大きなロスト・ラヴの歌なんだもんね。ちょっとそんな内容にそぐわないかのようなリズムとサウンドで、爽やかでもあって、陽気さすら感じる。特に太田の歌い方に、なんというか、客観性がある。

「木綿のハンカチーフ」を歌う太田裕美の客観性とは、歌詞内容と適度な距離感があるってことなんだよね。ベタッと失恋内容にひっつきすぎていない。それがいいんだ。まるでそんな男なんか私もう知らないわよ、バイバ〜イって笑って突き放しているかのようなフィーリングでのヴォーカル表現で、ぜんぜん「涙拭く木綿のハンカチーフ」なんか必要なさそうだよね。ノリよくグルーヴィに太田は歌っている。

そんなサウンド(含むリズム)と歌い方だからこそ、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」は、日本のみんなに共感してもらえたんだと僕は思うんだ。それだからこそ大ヒットして、太田の歌手人生を代表する名曲たりえたんじゃないかなあ。松本隆の書いたあの歌詞内容を、そのまま未練ったらしいフィーリングでベタッと歌ったら、ここまでみんなが知っているスタンダード・チューンにはなっていないはず。僕はそう思うんだけどね。

だから、男になったり女になったりするあの歌詞を書いた松本隆の名人芸には心の底から感服するけれど、曲とアレンジを書いた筒美京平と萩田光雄の手際も見事だった。そしてなによりもそんなサウンド志向をしっかり汲みとって、あのアッサリした歌い方でヴォーカル・ラインに客観性を持たせることに大成功した歌手、太田裕美はやっぱりすごかった。僕はいま、アルバム・ヴァージョンしか持っていないが、それを何回でも反復再生したい。

さて、僕の持つもう一個の「木綿のハンカチーフ」は岩佐美咲の歌うもの。シングル盤「鯖街道」特別記念盤(初回生産限定盤)収録のこれはライヴ・ヴァージョンで、岩佐自身のアクースティク・ギター弾き語り(に、もう一名のギタリストとヴァイオリン奏者が参加の三名だけ)で、どこにも記載がないが、今年五月のギター弾き語りソロ・ライヴで収録したものらしい。これもご紹介できないのが残念だ。

その岩佐美咲の「木綿のハンカチーフ」は、快活陽気でノリのいいグルーヴ・チューンになっているんだよね。ギターのリズムに合わせて叩く観客の手拍子がかなりはっきり聴こえる。岩佐自身の弾くギター・カッティングもノリノリだが、なんたってヴォーカル表現がハキハキしていて歯切れよく、しかもキュートでチャーミングな発声だ。念のために言っておくが、岩佐はすでに曲と表現に合わせ三種類くらいの声を使い分けられるようになっているんだよね。そっちがふさわしいと判断した曲では、ドスとタメの効いた歌い方だってしている。もはやキャピピャピ、キンキン声のアイドル歌手じゃない。そう聴こえるときは、あえてその選択をした上でそうなっている。一曲のなかで声質を部分的に変えるなども頻繁にやる。

「木綿のハンカチーフ」での岩佐美咲は、アイドル的なキュートで可愛らしい表現をチョイスしている。これが故意の戦略的選択だったことは、同じ日のギター弾き語りライヴで収録された「糸」(中島みゆき)と聴き比べれば、だれだって瞭然とするはずだ。じっくり歌いこんでいる「糸」では落ち着いた大人のフィーリングで、楽しく跳ねているような感じはまったく聴かれない。
岩佐美咲ヴァージョンの「木綿のハンカチーフ」は、太田裕美のオリジナル同様に、失恋のつらさ、痛み、苦しみを<表面的には>まったく感じないような、ジャンプしながら踊っているような、そんなフィーリングでのギター・リズムと歌い方なんだよね。ダンサブルなフィーリングは、オリジナルの太田ヴァージョンにも強くあったじゃないか。太田のも岩佐のもそんな仕上がりになっているからこそ、歌詞で表現される田舎のあんな健気な女性像が、より一層聴き手の気持に染み込んでくる。僕はそう思っているんだけどね。岩佐のあのときのライヴでは「糸」があまりにもすごすぎるから、ほかのものがかすんでしまっていると思うんだけど、ぜんぶ録音したはずのなかから「糸」と「木綿のハンカチーフ」だけ発売したのには、確固たる理由があると思うよ。

2017/10/09

ドゥー・ワップでクラシックをサンドイッチ 〜 ザッパ

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フランク・ザッパの『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』は、トップとラストにドゥー・ワップ・ナンバーがあるからというのが僕にとっては最大の楽しみで、意味も強いものなんだけど、ふつうはそうじゃないらしい。ってことはわりと最近知った事実。だいたいみなさん、その最初と最後のニ曲を外し、そのあいだにある器楽曲、特に長尺の「ザ・リトル・ハウス・アイ・ユースト・トゥ・リヴ・イン」 のことを熱心に書いているもんね。

確かにアルバム八曲目の「僕がかつて住んでいた小さな家」は素晴らしい。あっ、そうだ、ところで八曲目と書いたけれど、『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』は CD で聴くほうが分りやすいよね、全体の構成とか流れとかが。LP だと「僕がかつて住んでいた小さな家」は B 面一曲目だったらしいが、僕がもし LP 時代からザッパを聴いていたら、『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』はなかなか分りにくかったかもしれない。

ザッパのアルバムは、御大自身が CD 用の公認マスターを作成する際にいろいろと考えて、音源に手を加えたりもして、CD メディアならではの特性を活かした創りに部分的に変更してあったりするらしいのだが(でも僕はほとんど知らない)、なんでも洩れ聞く話では『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』のばあい、LP と内容はほぼ変わらないそうじゃないか。そのまま CD にしたってこと?もしそれが本当なら、1970年2月のリリース時から完成度が高かった、両面続けての、すなわち CD で聴くのに向いているような、一連の流れと構成があったってことだよなあ。70年に未来のメディアを予見?

しかもですよ、『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』は、これも自分で確かめたわけじゃなく伝え聞いた話だが、マザーズ・オヴ・インヴェンション音源の未発表集なんだそうじゃないか。1970年2月というとマザーズは解散していた時期だし、前作がソロ名義の『ホット・ラッツ』だし、続く4月にも(すでに解散していた)マザーズの名前で『いたち野郎』(Weasels Ripped My Flesh)をリリースしているが、それもマザーズの未発表音源集みたいだ。

『いたち野郎』のことは別の機会にして(いや、書かない可能性が高い)『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』は、1967〜69年のマザーズによる、主にスタジオ録音の未発表集で、だから寄せ集めなのかというとぜんぜんそんな趣がなく、かなり完成度が高く緊密な構成を持つ傑作だよね。そしてその中心軸を「僕がかつて住んでいた小さな家」に据えるというのが、ふつう一般のザッパ・リスナーの考えかたになるはずだ。最初に書いたように、僕のばあいは少しだけ違うのだが。

じゃあ中身をサンドイッチしている最初と最後のドゥー・ワップ・ソングのことは後廻しにして、その「僕がかつて住んでいた小さな家」のことから先に書いておこうかな。この18分以上ある大曲は七部構成。七つはそれぞれ別個に録音された音源なんだと思う。思うというか、僕にはそう聴こえるという、いつもながらのいい加減耳判断でしかないが、たぶんそうだよね。それを信用すると構成は以下のとおり。

パート1(0:00〜)イアン・アンダーウッドのピアノ・ソロ
パート2(1:43〜)バンド演奏
パート3(4:18〜)ギター(FZ)&ドラムスのデュオ
パート4(5:13〜)シュガー・ケイン・ハリスのヴァイオリンが活躍するカルテット
パート5(13:35〜)バンド演奏
パート6(14:55〜)ドラムス・ソロに続きトリオでのバンド演奏、「アイベ海」を含む、ザッパのオルガン・ソロ
パート7(17:12〜)1969/6/6のロンドン・ライヴで収録した FZ のしゃべりとオーディエンス

これら七つのパートの切れ目はまあまあ分りやすい。サウンドが瞬時かつ劇的に変化するので、次のパートにつないだなというテープ編集の痕跡がはっきり聴きとれるからだ。しかも、この「僕がかつて住んでいた小さな家」のことだけじゃなくアルバム全体がそうなのだが、かなりクラシカルだ。「僕がかつて住んでいた小さな家」のばあい、シュガー・ケイン・ハリスが活躍するパート4でだけリズム&ブルーズふうな演奏になっているが、それ以外は西洋白人クラシック音楽だよねえ。

いやまあクラシック音楽にドラム・セットは入らないけれどさぁ。あんなふうなザッパのギターもない。リズム・フィールも違う。だから言い直さないといけない。一見、表面的には西洋のクラシック音楽に聴こえるが、アメリカのブラック・ミュージック要素と合体して区別できないまでに溶け合っていて、っていうかロック・バンド形式でやるクラシック音楽というか、ザッパ・ミュージックって、まあでもだいたいどれもそうだから、またいつもの繰返しになっちゃうけれどね。

それでも『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』は、管弦楽作品、すなわちザッパの言うシリアス・ミュージックには分類されないもののなかでは最も西洋クラシック音楽的なもので、しかもそれもロック・バンド形式で実現しているもののなかではかなり素晴らしい部類に入るんじゃないかと僕は思う。ってことで、音源をまだご紹介していなかったので、「僕がかつて住んでいた小さな家」をどうぞ。
どうですこれ?イントロ部でイアンが弾くピアノ・ソロなんか完璧なクラシカル・ピースじゃないか。即興演奏ではなく、ザッパの書いた譜面どおりに弾いているはずだ。その後のバンド演奏なんかも基本的には譜面どおりなんじゃないかなあ。楽器ソロにおけるインプロヴィゼイションは、パート3でザッパ自身の弾くギター・ソロと、パート4のシュガー・ケイン・ハリスのヴァイオリン・ソロと、その二つだけのような気がする。

ところでそれはそうと、この「僕がかつて住んでいた小さな家」パート4でも聴けるシュガー・ケイン・ハリスのソロはかなりいい内容だ。ザッパはこのヴァイオリン奏者を相当気に入っていたらしく、いろんなアルバムでフィーチャーしている。僕もいままで『ザ・ロスト・エピソーズ』と『ホット・ラッツ』と、二つの記事でシュガー・ケインに言及した。個人的にはやはり『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンの「シャーリーナ」の人ということになるんだが。

しかも「僕がかつて住んでいた小さな家」では、上述のとおりシュガー・ケイン・ハリスがソロを弾くパート4でだけ、リズムがブラック・ミュージックふうに躍動的になって、かなりグルーヴィなのもいい。その部分ではザッパ本人は演奏じたいに参加していないが、このヴァイオリニストは西海岸 R&B シーンのドンだったジョニー・オーティス人脈であるのを活用して、いや、そうでなくたってザッパの音楽にはもとからそんな要素が強いので、こんなグルーヴになっているんだよね。

あ、イカンイカン、一曲のことだけでここまで来てしまった。トップとラストのドゥー・ワップ・ソングのことを書かなくちゃ。それ以外のクラシカル・ピースのこと、例えば二つある「イゴールのブギ」(イゴールとはストラヴィンスキーのこと)や、序奏と本演奏の二つがある「ベルリンの休日」や、ザッパのギター演奏がかなり凄い「バーント・ウィーニー・サンドイッチからのテーマ」(という曲題であるってことは、もともと映画用の音楽だったのだろうか?)とかについては、もはやぜんぶ省略するしかない。みんな〜、ゴメ〜ン。『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』もまた、アルバム・フルで YouTube に上がっているので、まだお聴きでなくて気になる方はぜひちょっと聴いてみて。
さあ、本題を書こう。僕にとってはこれらがあるからこそアルバム『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』が楽しくてたまらないという、トップとラストのドゥー・ワップ・ソング「WPLJ」と「ヴァラリー」。どっちも言うまでもなくカヴァー・ソング。「WPLJ」はフォー・デューシズの、「ヴァラリー」のほうはジャッキー・アンド・ザ・スターライツの曲で、このアルバムのザッパ・ヴァージョンも、も〜う!楽しいなったら楽しいな!!
「WPLJ」で歌っているのはザッパ、ロイ・エストラーダ、ジャネット・ファーガスン、ローウェル・ジョージみたいだが、この四人だけのコーラス・サウンドにも聴こえないので、多重録音してあるんだろう。後半部のスペイン語ラップはだれ?ロイ?とにかくリズムが楽しいし、歌詞内容はただ White Port & Lemon Juice が美味しいというだけのものだけど、いいのは歌いかただよなあ。楽器伴奏はアート・トリップのドラムスの音が目立っているが、ベース(ロイではなくジョン・バルキン)も聴こえる。鍵盤楽器とホーン・アンサンブルのリフなんかは音量が小さい。あくまでヴォーカル・ミュージックだ。ドゥー・ワップですから〜。

あれだけのドゥー・ワップ狂だったザッパで、自身のアルバムでもたくさんドゥー・ワップをやっているし、『クルージング・ウィズ・ルーベン&ザ・ジェッツ』なんか一枚丸ごとそうだし、編集盤だけど二枚のドゥー・ワップ集『チープ・スリルズ』もあったりするザッパだが、そんななかで僕の最愛好ザッパ・ドゥー・ワップが、『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』トップの「WPLJ」なんだよね。だぁ〜ってね、こんなにも楽しい音楽、なかなかないよ。

いちおうラストの「ヴァラリー」のことにも触れておこう。ウキウキ愉快な「WPLJ」と違って、こっちは失恋の歌。リズムの感じも曲調も哀しげに泣いているような(「ヴァラリー、もう僕のことはどうでもいいのか?僕はもう必要ないのか?」)ものだけど、やっぱりヴォーカル・コーラスがいい。しかも「ヴァラリー」のばあいはザッパとローウェル・ジョージとロイ・エストラーダの三名だけが歌っているらしい。でもそれ、本当かなあ?この切々たるフィーリングでトーチを歌うリード・ヴォーカルはだれだろう?ザッパかなあ?素晴らしいじゃないか。

こういったドゥー・ワップ・ソング二つで西洋クラシック音楽(ふうなもの)をサンドイッチしてあるからこそ、アルバム『バーント・ウィーニー・サンドウィッチ』はいいんですよ。僕みたいな人間にとってはね。

蛇足。ドゥー・ワップはある種のシンギング・スタイル名であって、音楽ジャンル名などではさらさらない。ゴスペルからジャズ、リズム&ブルーズ、ソウル、ロックなどのアメリカ音楽はもちろん、日本のムード歌謡界でもその合唱様式は聴ける。詳しいことはドゥー・ワップ関連の文章でまとよう(でも大変そうだ…)。

2017/10/08

とろけるような美声、装飾技巧、豊麗なる表現 〜 ジョニー・ホッジズ

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今日もまた<エピック・イン・ジャズ>シリーズのなかから一枚とりあげて話をしよう。ジョニー・ホッジズ名義の『ホッジ・ポッジ』。このアルバム・ジャケット表にも堂々とジョニー・ホッジズ・アンド・ヒズ・オーケストラと書かれてあるし、実際、収録曲の SP レコード発売時の名義もそうだったのだが、これは実質、デューク・エリントンのコンボなんだよね。

そういった実質エリントンがボスだけど、レコード名義だけいろんなエリントニアンのサイド・マン名で発売されたものって、けっこうたくさんあるんだよね。どれもこれもピアノで御大デュークが参加しているし、演奏のリーダーシップもとっているに違いないし、クレジットはないがアレンジだってどう聴いてもエリントンの筆になるものだとしか思えないってことは、サウンドを聴けば、まず間違いなく全員分る。

エピック盤『ホッジ・ポッジ』は、言うまでもなくすべてコロンビア系レーベル(このばあいすべてヴォキャリオン原盤)の音源で、録音が1938年3月28日から39年10月14日までの計10回のセッションでのもの。アルバムには16曲しか収録されていないが、(エリントンが実質的ボスの)ジョニー・ホッジズ・アンド・ヒズ・オーケストラ名義の録音はこんなもんじゃないんだよね。37年5月20日から40年11月2日までのものがあって、ぜんぶで何曲になるんだろう?ちょっとさらってみたら軽く50曲以上はあるなあ。しかも別テイクがあるものだって多いから、それも含めたらかなりの数になる。ぜんぶコロンビア系なんだよね…。

だから『ホッジ・ポッジ』は、そんなたくさんあるホッジズ楽団名義 ー といっても編成は少人数コンボだけど、それでオーケストラと名乗ることはむかしはよくあった ー の録音のなかからたった16曲だけっていう、これは LP フォーマットの収録時間の限界を考慮して厳選したものなんだろう。ぜんぶで約45分間だからそういうことだよね。未収録のなかにも面白いものがあるが、そんな話は今日はできない。

『ホッジ・ポッジ』はエリントニアンであるジョニー・ホッジズのアルト・サックスに焦点を当ててフィーチャーしたものに違いないので、やはり彼のあのアルトの艶っぽい表現に絞って書いていきたい。といっても、もうすでにこのブログでもいままでそれを散々繰り返してきてはいるのだが。ホッジズのエロ・アルトだとか、あのグリッサンド(というかポルタメント)をセックスを連想せずに聴けるか!なんて書きかたをしたこともある。

もはやそんな過去記事で十分だとは思うのだが、アルバム『ホッジ・ポッジ』で特に目立つものだけ、やはり同じことをもう一度繰返しておこう。なお、このアルバムの日本語解説文をお書きの大和明さんは、この曲ではソプラノ・サックスだと指摘してあるものが複数あるのだが、大和さん、どうなさったのでしょうか?ホッジズは確かにソプラノを吹くこともあった人ですが、このアルバムではアルトしか吹いていませんよ。う〜ん、魔が差したとしか思えない。

アルバム『ホッジ・ポッジ』では、一曲目の「ジープズ・ブルーズ」から、すでにアンサンブルのなかですらホッジズのアルトの音色がクッキリ聴きとれる。コンボ編成で、ホッジズ以外のホーン奏者はトランペットのクーティ・ウィリアムズ、トロンボーンのローレンス・ブラウン、バリトン・サックスのハリー・カーニーだけだから、判別が容易だというのはもちろんあるが、それにしても目立つセクシーなアルト・サウンドじゃないか。ポルタメントで音程をグイッと舐め上げるあたりなんか、もうタマらん。 “ジープ” とは、当時の人気漫画にあやかってエリントンがホッジズにつけたニック・ネーム。
エロいという意味で、アルバム『ホッジ・ポッジ』収録曲のなかで最高なのが、五曲目「アイム・イン・アナザー・ワールド」(くどいようですが、この曲もアルトですから、大和さん)。この比類なき美しさ。悠揚たる雰囲気でありながら、なおかつ激しく情熱的で、華麗流麗な表現力。一流最高の女性歌手の極上にセクシーなヴォーカルを聴いているのと同じ気分になるよなあ。
8曲目「ワンダーラスト」、9曲目「ドゥージ・ウージ」、12曲目「グッド・ギャル・ブルーズ」、13曲目「フィネス」、15曲目「ドリーム・ブルーズ」あたりはほぼ同趣向。ゆったりしたテンポで、ホッジズがアルトの、その蕩けるような美声で装飾的に豊麗な表現を聴かせるといったものだ。どうしてだか「グッド・ギャル・ブルーズ」だけ YouTube で見つからない。
なかでも特にジャンゴ・ラインハルトも(渡仏時のレックス・スチュワート&バーニー・ビガード二名のエリントニアンズと一緒に)やった「フィネス」。これはコンポーザー・クレジットももエリントンとホッジズの共作名義になっているし、演奏もベーシストが入ってはいるが、ほぼピアノとアルトのデュオと言って差し支えない内容で、この曲以外はすべてほかの管楽器奏者とドラマーが参加しているのに、これだけトリオ編成でやっている。エリントンとホッジズのあいだでやりとりされる細やかな感情交流がサウンドとなって表れていて、ハート・ウォーミングだ。この「フィネス」でだけはホッジズもさほどの強い色気を強調せず、どっちかというと端正さをストレートに出しているのもいいよね。

さてさて、ビートの効いたテンポのいい曲の話も少しはしておかなくちゃ。まずアルバム題にもなっている六曲目の「ホッジ・ポッジ」。また典型的エリントン・カラーとも言うべきジャングル・サウンドの四曲目「クラム・エルボウ・ブルーズ」。七曲目の「ダンシング・オン・ザ・スターズ」、十曲目の「サヴォイ・ストラット」などで聴ける、ホッジズのアルトをジャンプさせる躍動的な表現力にも注目してほしい。
お聴きになって分るように、ソロをとるのはホッジズだけではない。これらすべて、実質的にはエリントン・コンボなんだから、部下たちが入れ替わり立ち替わり吹いている。なかでもお気づきのようにトランペットのクーティ・ウィリアムズが、ホッジズとならびかなり目立っているよね。

エリントン楽団では、まず最初、ババー・マイリーのトランペットが表現するグロウル・スタイルがジャングル・サウンドを代表していたが、1929年にマイリーと交代して入団したクーティも、完璧にこの路線を継承。マイリーこそオリジネイターではあるものの、ある意味、マイリー以上によくプランジャー・ミュートを使いこなし、エリントンの意図するサウンドを素晴らしく表現したのがクーティ・ウィリアムズだった。

そんなクーティのミュート・プレイも目立つアルバム『ホッジ・ポッジ』は、主役のアルトの美声や技巧のセクシーさを聴くのと同時に、トランペッターの表現も味わえるもので、だからエリントニアンズのコンボ・セッションものとしては、同じ<エピック・イン・ジャズ>シリーズの一枚『ザ・デュークス・メン』とほぼ同じ。どっちもオススメ品なんだよね。

それはそうと、ところでコロンビア/レガシーさんは、いったいぜんたいいつになったらこういったエリントン関係のコンボ・セッション音源を、ちゃんとしたコンプリート集 CD ボックスにしてくれるのだろうか?いつまで待てばいいのでしょう?僕の寿命が先に尽きてしまいますよ。

2017/10/07

失われたショーロを求めて(2) 〜 イリニウ曲集ふたたび

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(最初にまずご報告。7月16日朝におかしくなり聴こえが悪くなった僕の右耳は全快いたしました。本日夕方、通っていた耳鼻科での診察でそのお言葉をいただきました。僕自身もこの実感があります。急性中耳炎にしては治りかたがかなり遅いと言われ続け、一度は愛媛大学附属病院で精密な検査も受けましたが、そのあいだも不十分で妙な聴こえかたながらずっと音楽に触れ続け、それについて書き続けました。今後ともよろしくお願いします。今日のこれ以下を含め来週水曜日までは、聴こえがイマイチな時期に書いた文章です。ー 10月6日付記)

先週土曜日の記事、ショーロにかんするそれを書いてこのアルバムに言及したら、やっぱり我慢できなくなって(苦笑)、またしても繰返し聴きまくってしまった。エヴェルソン・モラエス、レオナルド・ミランダ、アキレス・モラエスらによる『イニリウ・ジ・アルメイダ・エ・オ・オフィクレイド・100・アノス・ジポイス』。なんども繰返し再生して流しっぱなしにしたいアルバム(だからそれが容易な iTunes で僕は聴く)。 だぁ〜ってね、こんなにも素晴らしいショーロ・アルバムなんて、そうそうこの世にあるもんじゃない。荻原和也さんは昨年、20年に1枚というレベルだと書いていらしたけれど、もっと稀な大傑作なんじゃないかなあ。

百数十年に及ぶショーロ史に燦然と輝くエヴェルソンらのイリニウ曲集(アルバム題が長く、だれのアルバムとの記載もないので、以下はこう書く)。昨年、僕も一度ブログ記事にしたけれど、あんなものではちょっとなあ。音についてちゃんと書いていなかった。昨日からまたなんども聴きまくっているので、っていうかそもそも昨年このイリニウ曲集が自宅に届いて以来一年以上が経過する現在でも、これを聴かない日なんて三日もないんだ。届いた当初から年末あたりまでは「文字どおり」毎日、それもなんども繰返し、聴いていた。少し気分が落ち着いているいまですら、やっぱりけっこう頻繁に聴くんだよね。三日と開けず聴く。

だからもはやすっかり僕んちの定番ヘヴィ・ローテイション・アルバムになったままのエヴェルソンらのイリニウ曲集。今日は少しだけ詳し目に書いてみよう。それはそうと、これ、日本盤が出てほしいんだよね。そうすれば少しは知られるようになるし、一般の音楽ジャーナリズムもとりあげてくれるかもしれないし、みんなが買いやすくなるというのが一つ。もう一つは附属ブックレットの邦訳がぜひほしいんだ。せめて英訳でもいい。僕のポルトガル語読解能力なんてゼロだからね。

ブックレット解説文は5パート構成になっている。(1)トロンボーン&ボンバルディーノ奏者エヴェソンが中古楽器店で、偶然、失われた楽器オフィクレイドを見つけて買ったところから、イリニウ曲集アルバムの企画に結びついたあたりのいきさつ。(2)イリニウ・ジ・アルメイダがどんな音楽家だったのか、略歴も含めての軽い紹介文。(3)アルバムのプロデューサー、マウリシオ・カリーリョのコメント。(4)失われていた低音管楽器オフィクレイドの紹介。(5)アルバム収録曲一覧と、その一曲ごとに、どんな曲なのかの短い紹介、パーソネル、担当楽器の記載がある。

これら、やっぱり僕にはなにが書いてあるのかほぼ分らない。ぜひ!このイリニウ曲集の日本盤を、それもブックレットの邦訳を付けて、どこか発売してくれ!切に切にこれを願う。アルバムが日本中で買いやすくなって、しかも日本語文でイリニウ・ジ・アルメイダのことや楽器オフィクレイドのことなんかがちゃんと読めたら、そりゃ申し分ないんじゃないだろうか?本当にどこか日本のレコード会社さん、お願いしますよ。

さて、エヴェルソンらのイリニウ曲集。一曲一曲はやはり YouTube で見つからないので残念ながらご紹介できないものの、以下のようなアルバム紹介のティーザーがあった。これはちょっと面白い。まずエヴェルソンがオフィクレイドを吹いているシーンからはじまるので、どんな外見とサウンドの管楽器なのか、とても分りやすい。アルバムをお聴きの方も、ちょっと見てほしい。
しゃべっているときの BGM は、アルバム13曲目の「アイ!モルセーゴ」が使われているので、未聴の方もだいたいこんなような音楽なんだなって思っていただいて間違いない。確かにその13曲目がこのイリニウ曲集全体のなかではいちばん快活だし楽しいしダンサブルだしで、屈指の出来栄えなんじゃないかなあ。この曲、ブックレット記載の曲名のあとには「タンゴ・ブラジレイロ」と添えられている。

そもそもこのアルバムの全14曲、ブックレットではすべて曲名のあとに、「ショーロ」だけでなく「タンゴ・ブラジレイロ」とか「ポルカ」とか「ヴァルサ」とか「マルシャ」とか「ショーティシ」とかって書かれてあるんだよね。これは音楽ジャンル名というより、どう踊るか、ダンスの指示なんじゃないかなあ。むかしのジャズ・レコードなんかも SP レーベル面にその記載があったんだけけどね。2016年のショーロ・アルバムでこれをやっているのは、たぶん制作側がいにしえのショーロ曲レコード発売の伝統に則ったってこと?

主役のエヴェルソンが吹く、アルバムの主役楽器オフィクレイドは、先ほどご紹介したような楽器で、そんなサウンドがアルバム全編で鳴り響いている。柔らかい丸みのあるサウンドで、バンドのボトムスをしっかり支えているんだよね。ご存知ない方向けに付記しておくと、だいたいの古典ショーロ・バンドにベーシストはいない。ドラマーもいないのでベース・ドラムもなし。

打楽器はなにを?というと、パンデイロみたいな小型のものが一個か二個入るだけなのだ。リズムを表現するということもあるが、それよりもスパイスみたいな味付けで、バンドのリズムの肝は打楽器ではなく弦楽器。すなわちショーロのばあいギターとカヴァキーニョの刻みなんだよね。サンバだって似たようなもんじゃないか。

ただしエヴェルソンらのイリニウ曲集では、13曲目の「アイ、モルセーゴ!」と14曲目「アルトゥール・アゼヴェード」にだけ太鼓奏者が参加している。北米合衆国のドラム・セットでいえばスネアを、それも打面とリムの両方を叩いているような音が聴こえるのだが、それはたぶん Bombo とクレジットされれいるものじゃないかなあ。Pratos もクレジットされているが、シンバルみたいな音って聴こえないような気がするが…。14曲目では太鼓の低音もある。それはベース・ドラムっぽいサウンドだ。

このイリニウ曲集の楽器編成は一曲ごとにほんのちょっとだけ違っているが、すべてに共通するのはオフィクレイド、コルネット、フルートの三管と、ギター、カヴァキーニョの二本の弦楽器、打楽器パンデイロだ。これに七弦や八弦のギターが参加したり、パンデイロ以外の小さな打楽器が入ったりするだけだから、サウンドに統一感がある。上の段落で書いたように最後の13、14曲目でだけ、打楽器だけでなく管楽器もチューバやクラリネットなども加え、もう少し大きな編成になっているので、やはりクライマックスということなんだろう。

アルバム13、14曲目の盛り上がり方は確かに素晴らしい。僕も聴くたびにいまだにワクワクして上気する。しかしながらこのイリニウ曲集では、それ以前の1〜13曲目の淡々と進む流れも実にいいと思うんだよね。イリニウの書いた快活で陽気な楽曲と、しっとり落ち着いたスロー〜ミディアム・テンポの(バラード調)楽曲がバランスよく配置されていて、曲順の並びも考え抜かれている。ラストのクライマックス二曲のような強い興奮はない代わりに、優しい平常心で本当に気分良く聴けるもんね。

特にオフィクレイド、フルート、コルネット三管の絡み合いのホーン・アンサンブルが見事だ。ギターとカヴァキーニョのスムースに進むリズムに支えられ、三本で縦横・複雑に交差しながらも、サラサラした川のごとく流麗で、どれか一本だけがソロ(みたいなものは北米合衆国音楽の考えかただが)で目立つことはなく、だいたい常に三管アンサンブルで演奏し、クラシカルでありりつグッとモダンなフィーリングもある。

エヴェルソンらのこのイリニウ曲集。1〜3曲目ではわりと陽気な感じのものが続くのだが、4曲目「レンブランサス」がやはりしっとり系の落ち着いたバラードふう。パンデイロではじまる続く5曲目「マリアーナ・エン・サリーリョ」はリズムがややサンバふうに快活で、っていうかそもそもサンバのあのリズム・フィールだってもとを正せばショーロ由来なんだもんね。この5曲目の中盤でエヴェルソンが吹くオフィクレイドの旋律は面白い。続くフルート、コルネットもユニーク、っていうか可愛くてチャーミングだ。

と思うと続く6曲目「イレーニ」は、かなりゆっくりしたテンポで演奏される切な系のワルツ・バラード。これは好きになる方が多いはずだ。続く7曲目「アルベルティーナ」、8曲目「コルケール・コイザ」で再びテンポを上げて快活に。9曲目「ジャシ」がまたしてもゆったりテンポ。二拍子のショーティシで、これは切ない感じはさほど強くないなあ、と思っていると、中盤以後やはりサウダージが来る。

11曲目は8曲目と同じ曲「コルケール・コイザ」で、これは同じものの二種類の解釈があるってこと。8曲目ではポルカ記載だったのが、11曲目ではショーロ記載になっている。テンポは8曲目ヴァージョンのほうが速く、フィーリングもよりダンサブルだ。主旋律も8曲目ヴァージョンではオフィクレイドが吹くが、11曲目ヴァージョンではフルートが同じものを吹く。11曲目ではテンポが少しだけ落ちているせいもあってか、落ち着いてしっとりした情緒が出ているのも面白い。ただしバックでずっと刻んでいるカヴァキーニョのリズムは細かく躍動的だ。

このあと12曲目「ジスピジーダ」は「別離」という曲題どおりのかなり物悲しく切ないフィーリングのワルツ・バラード、っていうかこれは一種のトーチ・ソングみたいなものなのか?フルートとクラリネット二管アンサンブルの背後で、チューバとオフィクレイド二管の低音が入れるリフもやはり哀しく、だからそれが効果的に響いて曲想を表現している。

しかしそんな12曲目「ジスピジーダ」は、言ってみれば続く13、14曲目で迎えることになるこのアルバムのクライマックスへの露払い的な役目なんだよね。切な系ワルツで泣く(ショラール)のもいいが、僕としては楽しく愉快に、人の掛け声も入ったりするラスト二曲で、いつもはじけている。

2017/10/06

あんなにも待ち焦がれたマイルズの復帰盤

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マイルズ・デイヴィスのすべてのアルバムで最もたくさん繰返し聴いたのは、僕のばあいなにを隠そう1981年の『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』だ。これはかなり分りやすいはず。だって僕がマイルズ・デイヴィスという音楽家がこの世にいるのだということを知ったのが1979年で、そのころ彼は一時隠遁中。新作のリリースはまったくなかった。

復帰するという噂がいつごろから飛びはじめたのかはもう憶えていない。でも新作をレコーディング中なんだという話は、各種メディアをとおしポツポツ入ってきていた。明快なかたちでいちばん最初に僕がそれを実感できたのは、ジャズ好きになってすぐに聴きはじめた深夜ラジオ番組『タモリのオールナイトニッポン』でだった。あるときの放送回で「これがそろそろリリースされるというマイルスの新作からの一曲で〜す」とタモリさんが言って、なにか一つだけ流したのだった。

どの曲を流したのかも憶えていない。だってレコードはまだ出ていなかったんだから、確認しようもなかったしな。ラジオで一回こっきり耳にしただけで、しかも大変面白くなかったような記憶がほんのかすかに残っている。でもまあかなり小さなトランジスター・ラジオで、しかも深夜だからイヤフォンで聴くしかなかったし、あの当時の AM ラジオを小さな受信機とイヤフォン(もちろん片耳)で聴くのでは、ちょっとあれだよねえ。

でも、あのときタモリさんの紹介で聴いたので、あぁもうレコードはできあがっているんだ、どんな音楽だかはやっぱり分らなかったけれど、すでに日本に入ってきているんだなとはっきりしたのだった。さぁ、それからの僕の日々のメンタル状態が大変だったんだよね。一日も平静を保てなかった。あのときほど「一つのなにかに恋い焦がれ待ちわびる」という思いが強かったことも、僕のいままでの55年間の人生でほとんどないことだ。

マイルズの新作レコードがいつ出るかいつ出るか、「本当に!」一日千秋の思いで過ごしていたんだよね。これは僕だけじゃない。もちろん僕はすでにあのころマイルズ狂になっていたのでやはり特別だったのかもしれないが、そうでない人たちだってみんな待っていたんだ、マイルズの新作レコードをね。そして出たぞ!と知ったらもう我慢できず、即日レコード・ショップに足を運んで買ったはず。

このあたり一例を引くと、今年八月末に出版されたばかりの村井康司さんの新著『あなたの聴き方を変えるジャズ史』にも書かれてあるので引用しよう ー

『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の輸入盤を入荷した日に買い、レコードに針を落とした時のことはよく覚えています。
(p. 242)

(みなさんにはどうでもいいことだが、論文書きで引用するときの癖がまだ抜けきらない僕は、こういった別個の段落にする引用は段下げをしたいのだが、ブログではそれができない。自分の Mac で見てできているようであっても iPhone ではぜんぜんそうは見えないから、ましてや自分以外の人のパソコンやタブレットやスマホでどう見えているのかぜんぜん分らない。画像ファイル化して貼り付けるかなにかしない限り、段下げなんか意味ないのだ。残念ながら。)

さて、引用したたったこれだけで、村井さんもやっぱり待っていたんだな、興奮したんだなとよく分っちゃうじゃないか。村井さんは激烈なマイルズ狂ともお見受けしないので、そんな方でもこんな具合だったんだから、僕がどんな状態になったのか、みなさん容易に察しがつくと思う。僕のばあい松山に住んでいて輸入盤レコードはなかなか買えなかったので、マイルズの復帰盤『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』も CBS ソニーの日本盤を買った。だから少しだけ遅れたはず。

そ〜れ〜で、もう繰返し聴いた、なんてもんじゃないくらいなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども、聴いたんだよ、あの『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』を。だってね、本当に待ちに待ったものだったから。あれほどまでに待ち焦がれた最愛の恋人がいま自分の目の前にあるわけだからさ。愛でまくったなんてもんじゃなかったんだぜ。

そんなわけで僕がいままでの55年の人生で最も回数多く聴いたマイルズは、復帰盤『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』になるわけなんだよね。当時はただ「ようやく会えた」という思いだけで胸がいっぱいで、音楽的なことなんかたぶんぜんぜん分っていなかった。はっきり言えばマイルズの新しい作品が聴けさえすればよかった。もうそれだけで充分すぎるほど充分だった。人生で自分の愛する異性にとうとう巡り会えて、いままさに自分の眼前にその人がいるのだとなれば、もうそれだけで、一緒の空間にいるというだけで、充分満足じゃないか。

いま2017年に冷静で落ち着いた気持でマイルズの『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』を聴きかえすと、これはこれであんがい悪くないぞって思う。というかけっこういいぞ。それも、村井康司さんの上記新著で触れられている「さすがに困りました」(p. 242)という、村井さんの言葉を借用すると、二曲の「どフュージョン」「ディスコ」がいいんだよね。村井さん(はさすがに曲名は書いていないが)の言っているのは、もちろん A 面ラストだった「シャウト」と B 面二曲目「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」のこと。
この二曲がどうしてあんがい悪くないかというと、これらこそ<1981年のサウンド>なんだよね。村井さんの言うディスコ、そしてこの当時かもうちょっとあとだったか流行していた新用語ブラック・コンテンポラリー とか、まさにそのへんど真ん中じゃないか。ジャズ・サイドからそっちへ行った人でいえば、クインシー・ジョーンズの、やはり1981年のアルバム『愛のコリーダ』(The Dude)。似ているなんてもんじゃない、ソックリなサウンドだよね。

マイルズの「シャウト」「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」の二曲は、ほかの四曲とは録音パーソネルが、ボスとサックスのビル・エヴァンスだけを除き、ほかは全員違っている。アルバムの本体(だと当時僕は考えていた)は、アル・フォスターやマーカス・ミラーらを中心とするメンバーだけど、上記二曲だけはシカゴのほぼ新人たちで構成されている。

その新顔のシカゴ人脈というのが、ほかならぬロバート・アーヴィング III(鍵盤)やフェルトン・クルーズ(ベース)やヴィンセント・ウィルバーン(ドラムス)などなんだよね。これ、1984年にマイルズが自分のレギュラー・バンドにと雇った連中じゃないか。ライヴ・ツアーをやったのはもちろん公式スタジオ録音作品もあって、当時から発表されている。ベースのフェルトン・クルーズだけは雇うのが86年になったけれど、まあほぼ同時期というに近い。

そんな1984〜85年あたりからマイルズがどんな音楽をやりはじめたのか、ちょっと思い出してみてほしい。まさに1980/81年録音のアルバム『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の「シャウト」「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」の路線じゃないか。つまりこれら二曲は81年のリリース当時こそボロカス言われていたが、数年後のマイルズ・ミュージックを先取りしていたんだよね。鍵盤シンセサイザーの分厚いサウンド、ポップでメロウでダンサブルな曲調など、当時のブラック・ミュージック・シーンと同調したような傾向のジャズってことだよね。

とはいうものの、アルバム『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』のリリースに続いて行われたライヴ・ツアーで起用したカム・バック・バンドが、やはりああいったメンツだったし、だからシンセサイザー奏者もいないし、そもそもできないからなのかやりたくなかったのか、ライヴでは『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』からだと「バック・シート・ベティ」「ファット・タイム」「アイーダ」しか演奏しなかった。たまに「アーシュラ」(ウルスラ)をやることもあったが、ほかは「ジャン・ピエール」「キックス」という二つの新曲と、ガーシュウィンの「マイ・マンズ・ゴーン・ナウ」の再解釈 〜 これでカム・バック・バンドのレパートリーは文字どおりぜんぶになる。

少し違う話になってしまう『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』の(本体である?)ほかの四曲のことは、また改めて書くしかない。一曲目のスパニッシュ・スケール・ナンバー「ファット・タイム」はクール・サウンドだとか、二曲目「バック・シート・ベティ」にある中南米アクセントだとか、なぜだか4/4拍子のラスト「アーシュラ」は電化された新主流派ジャズだとか、こういった話は別の機会に改めましょうね。な〜んだ、あんがい面白いアルバムなんじゃん、『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』って。

2017/10/05

いま再び聴かれるべきセネガル人音楽家のユニヴァーサルなボディ・ミュージック

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あまりにもセンス抜群すぎるこのジャケット・デザインを見ただけで、まだご存知ない方もちょっと聴いてみたくなるんじゃないだろうか?セネガル人ファーダ・フレディのソロ・デビュー作『ゴスペル・ジャーニー』。少なくとも僕はジャケをネットで見ただけで一目惚れだったよぉ〜。そういう人、けっこう多いんじゃないかなぁ。

ローカル色が薄く全世界で通用する普遍性を持った音楽作品。いろいろとあるけれど、リシャール・ボナ(カメルーン)の諸作、ヒバ・タワジ(レバノン)の二作とか、レー・クエン(ヴェトナム)の2014年作『Vùng Tóc Nhớ』とかもそうだよねえ。セネガル人ヴォーカリストファーダ・フレディの2015年作『ゴスペル・ジャーニー』もそんなアルバムだ。

いまごろこのアルバムについて書こうと思い立ったのは、このアルバムからラストの「Borom Bi」があまりにも美しいと思って、ご存知ない方もいらっしゃると思い、2015年にこの曲だけ僕が自分で YouTube にアップしちゃったのだ。それがまあまあ好評で、再生回数も多く、主にフランス語と英語で絶賛のコメントも付く。つい二、三日前に「メキシコにいるんだが、この音楽はまったく未知のものだ、こちらではだれも知らないよ」とおっしゃる方がいて、それで自分で上げたこの曲のことを思い出し、じゃあちょっと書いておこうかなって思ったんだ、日本語でね(笑)。

セネガルのヒップ・ホップ・グループ、ダーラ・J(ウォロフ語で「人生の学校」くらいの意味らしい) のシンガー、ファーダ・フレディ、ってことは、僕のばあい、彼の『ゴスペル・ジャーニー』を聴いたあとに知ったことなので、まったく分っていなかった。ダーラ・J ではウォロフ語で歌っていたんだそうだが、『ゴスペル・ジャーニー』ではごく一部を除き全編英語ヴォーカルだ。アルバム・タイトルも英語だし、ワールド・マーケットを意識したんじゃないかなあ。

実際、中身の音楽のありようも『ゴスペル・ジャーニー』はユニヴァーサルなサウンドで、いくら聴いてもそこにセネガル色を感じることは、僕には不可能。2015年にジャケットだけで一目惚れして買って、聴いたらますます惚れて聴き続けること二年以上が経過するけれど、やはりこれはいわゆるアフリカ音楽じゃないよね。言葉本来の意味での世界音楽だ。でもアフリカからこんな才能と作品が出現したという事実には着目しないといけないんだろう。

ファーダ・フレディの『ゴスペル・ジャーニー』の根幹にあるのは、アフリカではなくアメリカ黒人音楽だ。リズム&ブルーズ、ドゥー・ワップ、ソウル、ゴスペルが中心。そこにレゲエとラテン風味をちょっとだけ足したようなものがベースになっている。そしてなんといっても19世紀末のバーバーショップ・コーラス以来のヴォーカル・ハーモニー・グループの伝統に連なっている。ファーダ・フレディ自身、アメリカのポップな黒人コーラス・ミュージックを、以前から相当聴いてきているなというのを実感できる。それをそのまま反映したような内容のアルバムで、そこにセネガル色や、あるいはなんらかのアフリカ色は聴きとれない。

2015年リリース作品だという時代を反映してのことかどうか、とびきりフレッシュなポップ・ミュージックであることは間違いないが、ややダウナーな感じの曲が多いように僕は感じる『ゴスペル・ジャーニー』。だけど決して暗い音楽というわけでもない。陰と陽の二面性をまるで双子のように兼ね備えたものだということは、ジャケット・デザインでも表現されている。

ファーダ・フレディの『ゴスペル・ジャーニー』は根本的にヴォイス&ボディ・ミュージックだ。うんまあヴォイスもボディの一部だから、全面的にボディ・サウンド・ミュージックだと言って差し支えない。CD 附属ブックレットでは二ヶ所に「声と身体だけ、楽器なし」(ONLY VOICES AND BODIES  NO  INSTRUMENTS)と明記されている。このことこそがこの音楽家がこのアルバムで異様にこだわった部分で、その結果、音楽としても異彩を放つものになっている最大の要因だ。

『ゴスペル・ジャーニー』は声と、身体の各所を叩いたりはじいたりなどする音、口笛などだけでアルバムのすべての音が組み立てられている(らしいが?)。ファーダ・フレディのヴォーカルをリードとするものの、彼以外にも声を出して重ねているメンバーは多い。特にコーラスがいくえにも折り重なって聴こえるが、これは多重録音しているのかどうかまでは僕には分らない。

ときどき、これはいわゆる楽器の音じゃないのか?と思う瞬間もありはする『ゴスペル・ジャーニー』。ビート・ボックスみたいなものはひょっとして使ってあるんじゃないかなあ?そう考えないと理解しにくいサウンドがそこかしこにあるんだけど、どうなんだろう?またズンズン床が振動するような低音も部分的に入っているが、それはなんだろうなあ?それも “vocal bass” なのかなあ?ベース・ドラムの低音であるかのように聴こえるものだけど、これもなんらかのボディ・サウンドなのかなあ?

『ゴスペル・ジャーニー』では、僕の感触だと四曲目の「ジェネレイション・ロスト」あたりからグングン盛り上がる。個人的クライマックスは、5曲目の「ウィ・シング・イン・タイム」、7曲目の「レット・イット・ゴー」、そして上のほうでも触れたように、あまりにも美しいラスト11曲目の「Borom Bi」。5曲目と7曲目は強く激しいビートに乗って歌うものだが、11曲目は、まず静謐で敬虔ななキリスト教会賛美歌ふうにはじまる。
終盤でも同じように教会内でエコーが効いているかのようなコーラスになるんだけど、それらにサンドイッチされて、ミディアム・テンポのヘヴィな感じだとはいえ、やはりビートの効いた中間部がある。その中間部では英語が主に使われているみたいだけど、イントロ、エンディング含め、英語だけでもないみたいだよね。その重たいミディアム・テンポの中間部が、これまたあまりにも美しすぎると僕は思うんだよね。いろんな意味で。

2017年のいま、日本を含め世界がこんなふうになっているけれど、そうだからこそファーダ・フレディの2015年作『ゴスペル・ジャーニー』は、またもう一度じっくりと耳を傾けてみる意味と輝きを、再び強く持つようになりはじめているような気が、僕はする。

2017/10/04

クラプトンのブルーズ・アルバムならこれ

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ジャケットを眺めながらアルバム・タイトルを見るだけなら、どう考えてもポルノだとしか思えない(ブラインド・フェイスのジャケとかもちょっと危ない)エリック・クラプトンの1975年リリースのライヴ・アルバム『E.C. ワズ・ヒア』。しかし中身はかなりいいよ。なにを隠そう、僕がふだん最もよく聴くクラプトンがこれで、一番好きだ。EC のブルーズ作品としてはこれがいちばん優れているように思う。特に A 面の三曲は本当に素晴らしい。

『E.C. ワズ・ヒア』の中身は、1974年7月19、20日に米カリフォルニアのロング・ビーチ・アリーナでやったライヴと、同12月4日に英ロンドンのハマースミス・オディオンでのライヴ、さらに1975年6月25日に米ロード・アイランドのプロヴィデンス・シヴィック・センターでやったライヴを収録して、抜粋・編集したもの。

『E.C. ワズ・ヒア』LP は全六曲だった。過去形で言うのはなぜかというと、現行 CD でもやはり6トラックだが、そのなかには複数曲のメドレーになっているものが一つある。さらに『E.C. ワズ・ヒア』の元音源になったライヴではメドレーだった1トラックを部分的にカット・編集し、現行 CD でもあたかも一曲しか演奏しなかったかのように仕立てているものが一つある。

複数曲のメドレーとは LP では A 面ラストだった「ドリフティン・ブルーズ」。LP では確かにこれしか入っていなかったが、ジョージ・テリーのギター・ソロになったかと思うとあっという間にスッとフェイド・アウトして終ってしまうので、こりゃちょっとオカシイぞ、ライヴ演奏だろ〜、って大学生のころから思っていたんだよね。みなさん同じだったはず。

現行 CD でもやはり「ドリフティン・ブルーズ」しか曲目記載がないものの、これはクラプトンの十八番「ランブリング・オン・マイ・マインド」がそのあとに続くんだよね。「ドリフティン・ブルーズ」だって、LP ヴァージョンではクラプトンのアクースティック・ギター・ソロに続きジョージ・テリーがエレキで1コーラス弾き、2コーラス目に入ったところでいきなりフェイド・アウトしていたが、もっと長くソロを弾いているのが分る。さらにそのあとエレキに持ち替えたクラプトンがスライド・プレイでソロを弾き、そのあとで「ランブリング・オン・マイ・マインド」になるんだよね。

この「ドリフティン・ブルーズ」〜「ランブリング・オン・マイ・マインド」だけなら、『E.C. ワズ・ヒア』の現行 CD でもフルで聴ける。聴けないものがあるんだよね。LP では B 面二曲目だった、これまた「ランブリング・オン・マイ・マインド」。現場では、これまたクラプトンの十八番「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」が中間部にはさまっていた。『E.C. ワズ・ヒア』一曲目がこれまた「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」なので、これは現行 CD でもカットしてある。

じゃあなにで聴いて僕はこれを知っているかというと、この『E.C. ワズ・ヒア』をリリースしているポリドールが1996年に発売した CD 四枚組ボックス『クロスローズ 2:ライヴ・イン・ザ・セヴンティーズ』に、演奏時の元の姿のまま収録されているんだよね。『クロスローズ 2』で聴くと曲順もかなり違っているし、同日演奏なのに『E.C. ワズ・ヒア』には未収録のかなり面白いものだってあるので、このボックスのことは、改めて<1970年代のクラプトン・ライヴを聴く>という話として、別個にまとめたい。

『E.C. ワズ・ヒア』一曲目が「ハヴ・ユー・エヴァー・ラヴド・ア・ウーマン」だと書いたのだが、私見では(ってか、 陶守正寛さんも同意見だが)これこそがクラプトンの全生涯で(ってまだ生きてますけれども)いちばん素晴らしいブルーズ・パフォーマンスだと信じて疑っていない。1974年7月19日のロング・ビーチ・アリーナ。も〜う、ほとばしる激情があふれ出てとまらないといったふうで、エモーショナルという形容詞はこの演奏にこそふさわしい。
中間部でジョージ・テリーのソロが出る前までのクラプトンの演唱を聴いてほしい。もちろん歌いながら弾くのだが、いや、歌のフレーズを食ってギターで弾いてしまう。歌のフレーズをちゃんと歌い終わらず、っていうか一言だけ歌ったかと思ったらやめて、その刹那に食って入ってギターを弾きまくる。ヴォーカルとギターの表現が一体化しているからなんだよね。つまり歌で演奏しギターで歌っている。いやあ、この激情的な激情(こうとしか言えない)の表現には恐れ入る。こんなにエモーショナルにブルーズをやるクラプトンは、僕はほかに知らない。

ジョージ・テリーのソロにクラプトンが絡んだり、背後のエレベ(カール・レイドル)、ハモンド B-3 オルガン(ディック・シムズ)らも好演で支えていて、この1974年バンドは本当に素晴らしい。クラプトンが率いたレギュラー・バンドではいちばんよかったんじゃないかなあ。まあデレク&ザ・ドミノスがもっと長続きしていれば…、という部分はあったかもしれないけれども。

『E.C. ワズ・ヒア』三曲目の「ドリフティン・ブルーズ」。ジョニー・ムーアの曲だが、このアルバムのクラプトン・ヴァージョンは、現行 CD みたいに「ランブリング・オン・マイ・マインド」とのメドレーをフル収録しないほうが、短かったむかしの LP ヴァージョンそのままのほうがよかったように思う。なぜならば二人のギター・ソロが長くて単調だからダレてしまうんだよね。「ドリフティング・ブルーズ」部分のジョージ・テリーのソロ後半からもうすでにダメじゃないかな。

証拠音源を聴き比べてみてほしい。

「ドリフティン・ブルーズ」(クラプトン『E.C. ワズ・ヒア』)
どうです?どう聴いても LP ヴァージョンのほうがいいでしょ?僕はそう思うんだけどね。それでも当時の現場でのライヴそのままのありようを知るという意義が CD ヴァージョンのほうにはあるようには思う。がしかし、そのありようとは、すなわち「つまらなかった」となってしまうような気がして、かえってクラプトンに気の毒だよ。アクースティック・ギター部分は本当にブルージーだし素晴らしいんだからさぁ。

『E.C. ワズ・ヒア』にあるブルーズというと、ほかは B 面に行って二曲目のこれまた「ランブリング・オン・マイ・マインド」と三曲目のボビー・ブルー・ブランド・ナンバー「ファーザー・オン・アップ・ザ・ロード」。ってことはアルバム『E.C. ワズ・ヒア』は全六曲のうち四曲が12小節の定型ブルーズなんだよね。しかも B 面のそれら二曲だって悪くないしなあ。そりゃあ A 面二曲のブルーズ・パフォーマンスの素晴らしい出来栄えと比較したら分が悪いけれどさ。

『E.C. ワズ・ヒア』にあるブルーズ形式じゃないもの二つは、どっちもブラインド・フェイス時代の「プレゼンス・オヴ・ザ・ロード」と「キャント・ファインド・マイ・ウェイ・ホーム」。後者はブラインド・フェイスでのオリジナルのほうが面白いと思う。(クレジットはないが)マンドリンなんかも入って、ちょっぴり英トラッド風味もあったから。それがライヴの『E.C. ワズ・ヒア』ヴァージョンでは消えていて、ふつうのスロー・アクースティック・ナンバーになっている。でもイヴォンヌ・エリマンの声が入ると新鮮には聴こえるね。好きなんだよね、僕は、イヴォンヌのヴォーカルが。セクシーだし。
そんなセクシー・ヴォイスで歌うイヴォンヌの魅力がフルに発揮されていて、さらに大胆にアレンジを変更し再解釈した A 面二曲目の「プレゼンス・オヴ・ザ・ロード」。これはさすがにだれがどう聴いてもブラインド・フェイスのオリジナル・ヴァージョンのはるか上空を飛翔していると思うはずだ。特にイヴォンヌの歌とともに、リズム・アレンジが抜群。ブラインド・フェイスのオリジナルでは淡々と進んでいたのが、かなりドラマティックなものに変化している。
僕の言うドラマティックなリズム・アレンジとは、歌の部分とクラプトンが弾きまくる中間のギター・ソロ部分との静/動のことだけではない。前後の歌の部分でもかなり大胆にストップ・タイムなども使い、リズム・セクション全体が動いたり止まったりを繰返しながら、ヴォーカルもクラプトンとイヴォンヌで分け合ってやっている背後でドラマを展開しているように思うんだよね。イヴォンヌの声の艶も一層際立って聴こえて、文句なしだなあ。クラプトン一人で歌ったのでは、この曲のばあい面白味半減だったはず。

しかしそれでも、中間部の弾きまくりギター・ソロのあとのヴォーカル・パート後半では、前半でイヴォンヌが歌った箇所をクラプトンが歌ったりもする。”I know that I don't have much to give / But I can open any door” 部分がいい。特に I がね。 そこに、なんというかすがすがしさ、いさぎよさ、きっぱりとしたフィーリングを僕は感じて、決して上手くはないけれど、かなりいい感じに聴こえるんだよね。僕はこれからはこうやって生きていくんだという、歌詞の意味をとてもよく表現できている歌い方、声の張り方だ。大学生のころからそう感じていた。

2017/10/03

爽やかさのなかに深い悲しみをたたえたボレーロ・アルバム 〜 ロサリー・エレーナ・ロドリゲス

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ロサリー・エレーナ・ロドリゲスは北米合衆国で活動するチカーナ(メキシコ系女性)のマリアッチ歌手。カリフォルニアに拠点を置く、女性ばかりのマリアッチ・バンド、マリアッチ・ディーヴァズで、歌だけでなくヴァイオリンも弾いて大活躍中。そんなロサリーが今2017年にリリースした(んじゃないかなあ、リリース年の記載がどこにもないが)ソロ・デビュー・アルバム『フレンテ・ア・フレンテ』がかなりいい。

マリアッチの歌手兼ヴァイオリニストのアルバムだけど、新作『フレンテ・ア・フレンテ』ではまったくマリアッチはやっていない。でもこれ、マリアッチではないけれど、なんだろうなあ?と思いながらまず最初一回目に聴き進み、四曲目あたりでようやく、あっ、これはボレーロ・アルバムじゃないか!と気がついたっていう、なんたる僕の鈍感さ。

鈍感さついでに恥をさらしておこう。このロサリーの『フレンテ・ア・フレンテ』、表ジャケットに写る彼女がずいぶんと爽やかな印象だよなあと思って CD をプレイヤーのトレイに入れて鳴らしはじめ、全体を二回、三回聴いた程度時点までの僕は、うんうん、これはジャケ写そのままの中身だ、爽やかで軽快なボレーロ・アルバムだ、ボレーロの解釈としてはあまり聴かないものだけど、これは新鮮でいいよねえと、本当にそうとしか感じていなかった。

気に入ったのでその後も繰返して聴くうちに、ところがロサリーの『フレンテ・ア・フレンテ』はずいぶんと深い悲しみをたたえているじゃないか、心のひだの奥にそれが深く刻まれて闇のようになっていて、表面的には爽やかさが目立つものの、その実、本質的にかなり悲しい歌をやっているんだと分るようになったなんていう、そこまでにかなり時間がかかったっていう、これは僕の音楽耳がダメなのか、それともそれも含めそもそも人間として僕が鈍感で薄っぺらいせいなのか、どうなんだろう?まあそれらぜんぶなんだろうな。なんて鈍感でダメな僕…。

表面的な爽やかさのなかに隠すようにしてあるが、実はその歌声のなかにかなりはっきりと表現されている深い悲しみ、苦しみに気がついてから、デジパック・ジャケット内側に書かれてある英語によるロサリー自身の言葉を読んでみたら、このアルバム制作の動機が、そもそも2015年に彼女の弟ホセ・ホアン・ロドリゲスが亡くなってしまったことにあるんだそうだ。 ふだんはマリアッチをやっているロサリーがボレーロばかりやろうと思ったのは、そこにも一因があるのかもしれない。

もちろんボレーロはそんな個人的事情とは無関係に、中南米スペイン語圏の歌手はみんなよく歌う大人気のものだ。だからロサリーも、たんにちょっとやってみよう、ロマンティックな恋愛歌集を創ってみようと思っただけの動機ではあったんだろう。ロマンティックでセンティメンタルで、しかもソウルフルになったりもするボレーロ。しかしそれはときどき、失ってしまいもう想いが届かない苦しみ、悲しみも表現できるものだ。

そんなことに気がついて考えながら、ロサリーの『フレンテ・ア・フレンテ』をもう一回聴くと、たった八曲でたった35分しかないこのアルバムのなかには、本当に泣いているようなものもあると分ってくるようになった。直接的には、例えばホアン・アロンド(キューバ)の書いた四曲目「フィエブレ・デ・ティ」。これはアクースティック・ギター(ペルーのマヌエル・モリーナ)一台だけの伴奏で歌った、マイナー・キーの悲しみのボレーロ。ロサリーの解釈、歌い方は本当に美しい。しかも最初のころは気づかなかった彼女の心のうちがいやというほど沁みてくる。

またアルバム七曲目の「オルビダルテ」。これはニカラグァのエルナンド・ズニーガが1980年に書いて歌った「プロクーロ・オルビダルテ」だ。どうしてロサリーがちょっとだけ曲題を変更しているのかは分らないが、”Procuro Olvidarte” とは “I try to forget you” の意味なので、この曲だけは間違いなく亡くなった弟のメモリーを抱いてロサリーが選曲したに違いない。これもアクースティック・ギター一台だけが伴奏で、深い悲しみを、この曲でだけはまったく隠さずに、表現している。

これら「フィエブレ・デ・ティ」と「オルビダルテ」以外の八曲は、そんな悲しそうでもつらそうでもなく、サラリあっさりとしているようでいながらも、けっこう情感たっぷりの表現。そんなふうに恋愛歌としてのボレーロを歌っているロサリーだが、アルバム『フレンテ・ア・フレンテ』が、亡き弟のメモリーに捧げられているのを知ってから聴くと、また味わいが違って聴こえるから、僕ってヘッポコだよなあ。音を聴いているんだか、事実関係を反芻しているだけなんだか…?

例えばアルバム中おそらく最も有名な二曲目「ノ・テ・インポルテ・サベール」。これはレネ・トゥーゼの曲で、このアルバムでもやはりリズムはちょっとだけチャチャチャふうだけど、ロサリーの解釈ではゆったりとしたバラードになっている。穏やかな表情を見せながら、そのなかに深い心情が微妙に刻まれ隠されているみたいだ。

それでも三曲目のアルマンド・マンサネーラ「ジェバテラ」はかなり快活なスタイルにアレンジしてある。この曲がアルバム中最も陽気そうで、ストップ・タイムを繰返し効果的に使う伴奏リズムも賑やか。ロサリーの歌も元気に跳ねているし、声に伸びがあって、まあそもそも曲じたいがそういうものだからなあ。オーヴァー・ダブしてあるパーカッション群もかなり活躍している。後半ハンド・クラップが入る部分ではかなり快活に盛り上がる。

なお、ロサリーの『フレンテ・ア・フレンテ』はボレーロ集といっても、素材は二曲のキューバン・ソング、三曲のメキシカン・ソング、エクアドルのものが一曲、ニカラグァが一曲、さらにスペインの曲も一つある。伴奏は(たぶん)全員ペルーはリマで活動する演奏家たちで、ギターのほかピアノ、ベース、小物パーカッションだけという少人数編成で、しっとりとしたサウンドの伴奏だ。アレンジと音楽監督はギターのマヌエル・モリーナがやっている模様。

2017/10/02

ザッパの人気作はブルーズ感覚横溢、しかも颯爽

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『ワン・サイズ・フィッツ・オール』っていうこのタイトルは、アメリカで T シャツでもなんでも衣料を買うと付いているタグによく書いてある言葉で、日本でいえばフリー・サイズってやつになるのかな?この一着の1サイズでどんな体格の人でも着られますよっていう意味なんだよね。つまりいわば万能薬みたいなもんで、だからフランク・ザッパがこのアルバム題にしたのは、一家に一枚、必須の常備品ですよってことだったのだろうか?

そこは分らないからいいや。『ホット・ラッツ』とならび、フランク・ザッパの全アルバム中僕のモスト・フェイヴァリットである1975年の『ワン・サイズ・フィッツ・オール』。なんたって一曲目の「インカ・ローズ」がとんでもなくカッコイイもんねえ。あのダンダダン、ダダダダダンダダン、っていうイントロ部だけ気持よすぎてでイってしまいそうになっちゃうぞ…、と思いながら聴いていると、いつもどおり途中でおかしなことをやりはじめるので、やっぱりイキきれないというもどかしさが、また愛おしい。

「インカ・ローズ」のどこがそんなにカッコよくて気持イイのか、どこがヘンなのか、その他いろんなことは別途この一曲だけをとりあげたかたちで単独記事にしたいと思って準備中なので、今日は遠慮しておこう。「インカ・ローズ」のことを書かない『ワン・サイズ・フィッツ・オール』関連なんて面白くないかもしれないが、この曲以外もかなり楽しいよ。そしてそのほうが、実はこのアルバムの本質をとらえやすいかもしれないとも思うのだ。

『ワン・サイズ・フィッツ・オール』で「インカ・ローズ」を外すと、僕にとってのこのアルバムはブルージーの一言に尽きる、ばあいが多い。順番に聴き進んでまず最初にそれを感じるのは、四曲目の「ポ・ジャマ・ピープル」だ。まずジョージ・デュークがちょろっと弾くアクースティック・ピアノ・イントロが、かなり都会的でジャジー。しかも夜の雰囲気だよね。すぐにザッパがギターで華麗に弾きはじめるのだが、それがめちゃめちゃブルージーだ。ってかこれはブルーズ・ナンバーみたいなもんだろう。ささやくようなヴォーカルもザッパらしい。ジョージ・デュークがずっとピアノで背後を支えている。ザッパは歌い終わると再び上手すぎるギター・ソロを弾く。そこなんか、どう聴いたってブルーズ・ギターだもんね。そのソロが相当いいよなあ。
ありゃ〜、『ワン・サイズ・フィッツ・オール』もこれまたフル・アルバムで YouTube に上がっているぞ。そんなことしちゃっていいのか(笑)。まあせっかくだから、LP や CD などをお持ちでない方は、ぜひちょっと聴いてみてほしい。おっ、こりゃなかなかいいぞと思ったら、ぜひ CD を買ってくださいませんか?僕がどんどん YouTube にアップロードするのも、最終目標はそこにある。CD 買ってほしいから、どんなものか試聴できるようにするんだよね。
『ワン・サイズ・フィツ・オール』CD だと七曲目の「サン・バーディノ」もかなりブルージーだよね。これも12小節定型ブルーズのヴァリエイションの一つみたいに僕には聴こえる。やはりザッパのギター・プレイにそんなフィーリングがかなり強い(部分的にスライドも聴かせる)けれど、この曲ではそれ以上に強烈にブルージーなハーモニカ(変名参加のキャプテン・ビーフハート)が入っている。後半に出てくるヴォーカルがジョニー・ギター・ワトスンなんだろう。フランベ・ヴォーカルとか(どういう意味?)クレジットされているやつ。その部分では、あ、いや、ほぼ一曲全体かな?、ブギ・ウギのパターンに近いものをリズム・セクションが演奏する。
続く八曲目「アンディ」にもジョニー・ギター・ワトスンがフランベ・ヴォーカルとかいうもので参加。中間部のサビ以後で明らかにギター・ワトスンだという声がする。ギター・ワトスンはザッパのアイドルの一人だったブルーズ・マンだけど、参加させておいてギターは弾かせないっていうのは、ザッパさん、どういうことなんでしょうか?曲の真ん中あたりでパッと雰囲気とパターンが変化して、ブルージーさよりも颯爽感が強くなったなあと思って聴いていると、最後のほうでまたブルージーになったり、やっぱり颯爽としたりする。ジョージ・デュークのピアノとトム・ファウラーのベースがカッコイイ。最終盤でやはりザッパが難しいギター・ソロを簡単そうに弾く。
『ワン・サイズ・フィッツ・オール』には「ソファ」という曲題のものが、三曲目の「No. 1」とラスト九曲目の「No. 2」と二つある。「No. 1」はヴォーカルなしのインストルメンタル・ナンバーで、「No. 2」のほうはヴォーカル入りだけど、関連があるんだろうか?どっちもかなりカッコよくて、しかも現代音楽風だよなと思うと、ジャズっぽい部分や黒人ゴスペルふうな部分も僕は感じる面白い二曲。曲想と調子がほぼ同じなので、やはり同一曲の2ヴァリエイションってことなんだろうか?
また、アルバム二曲目の「キャント・アフォード・ノー・シューズ」はかなりポップなロックンロール・チューンで聴きやすいものだけど、ザッパが弾くギターはやはりかなりブルージーだ。というかほぼブルーズ・スケールを使って弾いているよね。聴いた感触としても黒人ブルーズ臭がある。しかもここでもまたスライド・バーを使ってあるようなサウンドがするが、使ってあるんだよな、これ?
さてこれで、『ワン・サイズ・フィッツ・オール』にあるもので触れていないものは、(「インカ・ローズ」を除くと)五曲目の「フロレンティン・ポーゲン」と六曲目の「イヴリン、ア・モディファイド・ドッグ」だけになった。この二曲に直接的なブルーズ感覚は薄いように僕は感じる。颯爽感は前者では強い。そもそもザッパ・ミュージックって、だいたいどれも颯爽としていてカッコイイよね。キリッとしてるっていうかさ。そこも僕は大好きなんだよね。後者はちょっとヴォードヴィル・ショウ・ミュージックっぽいようなホンキー・トンクを僕は感じとるんだけど、僕だけ?あっ、ってことはやっぱりブルーズと関係あるのかなあ?どうなの?

2017/10/01

デクスター・ゴードンをちょっと一枚

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ジャズ・テナー・サックス奏者デクスター・ゴードンのアルバムでは、1965年録音66年リリースの『ゲティン・アラウンド』が僕は一番好き。まずジャケットが美しいもんねえ。なかではやはり一曲目の「カーニヴァルの朝」が、大学生のころに聴いて好きになったものなんだけど、その「カーニヴァルの朝」は、あんまりなんども聴くと聴き飽きちゃうっていう意見もあるみたい。でもそんなことないよなあ。いまでも聴くとチャーミングだと思う。いいよね、これ。
僕がこのルイス・ボンファの曲を最初に知ったのが、なにを隠そう大学生のころのデックスのこの『ゲティン・アラウンド』LP でだったんだけど、これ、日本盤レコード記載の邦題が「黒いオルフェ」なんだ。でもレコード・ジャケット記載の原題は「Manhã de Carnaval」だから、これ、どうして「黒いオルフェ」になっているんだろう?って、しばらく分んなかった。そしてこの同じ曲がレコードによって原題も「Manhã  De Carnaval」だったり「Black Orpheus」だったりもした。それでも本当にいろんな人がやっているからかなり有名な曲なんだって、その程度の認識が続いてた。

ヴィニシウス・ジ・モライスが原作脚本を書いた1956年の『オルフェウ・ダ・コンセイソン』を59年に映画化した際の映画タイトルが『黒いオルフェ』(Orfeu Negro)で、その主題歌として「カーニヴァルの朝」が書かれて使われたんだって知ったのはずっとあとのこと。だからそれまで僕のなかでは、印象的なボサ・ノーヴァ・リズムと一度聴いたら忘れられないあのメロディは同じだけど、これ、いったいなんていう曲なのかなあ?って、ちょっと不思議な気分が続いてたよ。

映画題が、そのまま主題歌題になっていることもあるんだろうね。曲そのものにちゃんとしたタイトルがあるのにどうして?ってのは、いまでもやはりよく知らない。まあでもありそうなことではあるよね。映画『黒いオルフェ』には批判もあるらしく、ヴィニシウス原作にあったブラジルやファヴェーラの本質を描いてない、したがってブラジル人はまったく評価してないだとか。実は僕、映画のほうはいまだに観たことないだ。曲「カーニヴァルの朝」がいいなあって思ってるだけなんだ。

さてデクスター・ゴードンの『ゲティン・アラウンド』は、デックスのパリ時代の作品で、1965年にどうやらアメリカに一時帰国した際の録音セッションだったんだってさ。それでプロデューサーがアルフレッド・ライオンで、スタジオがニュー・ジャジーのルディ・ヴァン・ゲルダーのところなんだろうね。同じデックスの同じブルー・ノート盤でも、有名な『アワ・マン・イン・パリ』は、タイトルどおり現地パリ録音で、パリ在住のバド・パウエルとケニー・クラーク(とベーシストはフランス人)を起用。プロデューサーは渡仏したフランシス・ウルフだったよね。

『ゲティン・アラウンド』のほうの編成は、バリー・ハリス(ピアノ)、ボブ・クランショウ(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラムス)って、これ、リー・モーガンの1963年盤『ザ・サイドワインダー』とまったく同じリズム・セクション。だから…、ってわけじゃないかもだけど、僕のなかでこれら二枚の音楽がちょっと似てるように聴こえる部分があるよ。

さらに『ゲティン・アラウンド』のほうにはもう一名、ヴァイビストのボビー・ハッチャーソンが参加してるのがやや異色かなあ。例えばテーマ・メロディの演奏をテナー・サックスとヴァイブラフォンとのユニゾン・デュオでやったりしてるばあいがあって、ブワッっていうサックスと、コンコンっていうヴァイブの音色の違いを考えると、アンサンブルで解け合わないんじゃないかって思っちゃうけれど、『ゲティン・アラウンド』では、そのユニゾン・サウンドがなかなか面白かったりするじゃないか。

アルバム『ゲティン・アラウンド』では、確かに一曲目の「カーニヴァルの朝」が有名だけど、二曲目以後もかなりいい内容なんだ。二曲目はスタンダード・バラード「フー・キャン・アイ・ターン・トゥ(ウェン・ノーバディ・ニーズ・ミー)」。この曲題だけでも哀しそうな感じだよね。スタンダードと書いたけど、それは現在ではという意味なんだ。そもそもこの曲が使われたミュージカルは1964年のもの。レコードとしても同年にシャーリー・バッシー(僕には忘れられない歌手)が歌ったシングル盤がリリースされたのが最初(それはヒットせず、トニー・ベネット・ヴァージョンで知られるようになったんだって)。だから『ゲティン・アラウンド』でデックスがとりあげたときは、時代のホットな流行歌だったはずだよ。

「フー・キャン・アイ・ターン・トゥ」を吹くデックスは、この哀しい歌を、そのまま実に切々たるフィーリングで表現して、しかもこの曲のメロディは陰影に富むというか、ただ暗く哀しく落ち込んでるようなものでじゃなくって、メジャーとマイナーのあいだを行ったり来たりして、細やかな表現ができる旋律なんだよね。それをデックスが実にうまく吹いてるよね。二番手ボビー・ハッチャースンのソロは、デックスと絡みながらのもの、ってかこれはヴァイブ・ソロでもないなあ。ピアノ・ソロもなく、終始デックスが美しく吹くってもの。あぁ、綺麗だね。
アルバム三曲目「ハートエイクス」。1931年発表のこの古めかしいスタンダードも、曲題といい歌詞といいつらそうな歌に思えるんだけど、『ゲティン・アラウンド』ヴァージョンにそんな雰囲気はあんまりないよね。テンポといい、ちょっぴりだけラテン・アクセントのあるリズム・アレンジといい、陽気で快活なフィーリング。リズム・セクションの演奏も躍動的。ソロを取るデックスもボビーもバリーもノリノリでいいね。デックスは曲終盤で、スタンダード曲「アイ・ゲット・ア・キック・アウト・オヴ・ユー」のメロディを引用しながら吹いてるよ。
ここまでが LPでは A 面だった。CD では四曲目「シャイニー・ストッキングズ」はフランク・フォスターが、当時在籍していたカウント・ベイシー楽団のために書いた超有名曲だから、知らない人はいないミディアム・スウィンガー。でも『ゲティン・アラウンド』ヴァージョンはどうってことないような気がするね。

五曲目「エヴリバディーズ・サムバディーズ・フール」はコニー・フランシスの1960年のレコードで有名だが、もともと1949年(リリースは50年)にリトル・ジミー・スコットがライオネル・ハンプトンとやったのが初演のブルージーなバラード。ダイナ・ワシントンも歌ったよね。デックスの『ゲティン・アラウンド』ヴァージョンでは、途中までピアノのバリー・ハリスのソロが目立っている。デックスのソロは後半からだ。
CD アルバム六曲目の「ル・コワフュール」(Le Coiffeur)って、美容師っていう意味だけど、フランス語題なのは当時のデックスがフランスに住んでいたからなんだろうね。どうして美容師なのかは分らないが、これもちょっとラテン風な曲想とリズム・アレンジ。リム・ショットの使いかたといい、やっぱりビリー・ヒギンズってこういうドラミングが上手いよね。デックスのオリジナル曲なんだけど、旋律がひょこひょことユーモラスだ。まるでホレス・シルヴァーのペンみたい。
LP ではこれでお終いだった。『ゲティン・アラウンド』現行 CD には、このあとに二曲のボーナス・トラックがある。(アルバム全体の)七曲目「ヴェリー・サクシリー・ユアーズ」はどうってことない気がするが、次の八曲目「フリック・オヴ・ア・トラック」はなかなかいいよ。ふつう LP アルバムの CD リイシューに追加されるボーナス・トラックは、完全に不要であるばあいが多いよね。でもこの『ゲティン・アラウンド』の「フリック・オヴ・ア・トラック」はあってよかったと思える内容じゃないかな。

どうしてかって、これはレイジーにくつろいでいるようなフィーリングの12小節定型ブルーズだからなんだよね。ベン・タッカーのオリジナル曲らしいけど、僕はデックス『ゲティン・アラウンド』ヴァージョンしか聴いたことないんだ。デックスも泥臭く攻めるし、二番手バリー・ハリスがブルーズを弾く上手さは説明不要。ふだんは乾いて硬い感じのプレイが多いボビー・ハッチャースンですら、湿った感じでブルージーに叩いていて、これはほぼミルト・ジャクスンになってる。アルバムで唯一、ボブ・クランショウのベース・ソロもある。野太い音でイイネ。

2017/09/30

ピシンギーニャ以前の、失われたショーロを求めて

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というと昨2016年に(一部界隈で)話題をさらった、エヴェルソン・モラエスらによるイリニウ・ジ・アルメイダ曲集があるが、そのイリニウですらまだ新しい部類に入っているような古典ショーロを、それも最新録音で蘇らせてくれたショーロ・アルバムがある。それが2000年のビクター盤『ショーロ 1900』。録音は1999年のようで、プロデュースがこれまた田中勝則さん。したがって当然、というべきか演奏のリーダーはエンリッキ・カゼスだ。

バンド名としてエンリッキ・カゼス&グルーポ・ド・ショーロ 1900という名前が記載されているが、もちろんレギュラー・バンドではなく、『ショーロ 1900』のために整えられたメンバーで、パーソネルも曲によってかなり異なっている。エンリッキが演奏しないものだってあるもんね。

イリニウ・ジ・アルメイダが新しい部類に入っているようなと書いたが、だからイリニウの曲はアルバム『ショーロ 1900』に当然ある。それが全13曲中の12曲目「モルセーゴ」で、この曲は上述のエヴェルソン・モラエスらによるイリニウ曲集にも入っている。そっちでの曲名は「アイ、モルセーゴ!」。もちろんエヴェルソンがオフィクレイドでコントラ・ポント(対旋律)を演奏している。そもそもそのアルバムは<失われた管楽器を求めて>みたいなもんで、すなわちイリニウが吹いた低音管楽器オフィクレイドを復活させるみたいな意味合いも強かった。

いっぽうエンリッキらの『ショーロ 1900』にある「モルセーゴ」には、エヴェルソンらのヴァージョンで主旋律を吹いているコルネット奏者がおらず、それを吹くのはフルートのマイオネージ・ダ・フラウタ。コントラ・ポントは、当然オフィクレイドは失われたままの時代だったので(といってもイリニウ自身はこの曲をボンバルディーノで吹いたらしいのだが)、その代わりにバス・クラリネットが使ってあって、同じラインを演奏している。それはルイ・アルヴィンの演奏。この二管をエンリッキ(カヴァキーニョ)&ベト(パーカッション)のカゼス兄弟と、マルセロ・ゴンサルヴィスの七弦ギターが支えている。

そんなイリニウの曲「モルセーゴ」の現代再演。活き活きとした躍動感ではエヴェルソンらのヴァージョンのほうが上だろうが、エンリッキら『ショーロ 1900』ヴァージョンはしっとりと落ち着いたフィーリングもあって、賑やかな調子のこの曲をクラシカルで典雅なものに仕立て上げている。曲中で入る掛け声も、エヴェルソンらのものに比べかなりおとなしい。どっちがいいかは聴き手の好み次第だ。僕はどっちも大好き。

アルバム『ショーロ 1900』では、このイリニウの「モルセーゴ」に続くアルバム・ラスト13曲目がピシンギーニャの書いた曲で、名曲「バラ」と一緒に1917年に彼が生まれて初めて録音した曲「苦しみは自らが引き起こすもの」(Sofres Porque Queres)。これはピシンギーニャのオリジナルどおりブラス・バンド編成で演奏していて、エンリッキは演奏面ではおやすみ。ピシンギーニャが師匠イリニウから引き継いだコントラ・ポントを、ここでもバス・クラリネットが入れている。

『ショーロ 1900』のぜんぶで13曲のうち、ブラス・バンドによる演奏はこれ一曲のみで、ほかはすべて少人数コンボ編成でやっているのだが、12曲目のイリニウ、13曲目のピシンギーニャは、いわばモダン・ショーロの幕開けをアルバム・ラストに置いて、現代録音での再演によるいにしえのショーロ史アルバムを完結させているかのような趣だ。

僕にとっては、アルバムのそれ以前にある11曲のクラシカル・ショーロのほうが面白く聴こえる部分もあるんだよね。イリニウの「モルセーガ」なんか本当にグッとモダンでいいのだが、もっとこう、違う魅力がいにしえのショーロにはあったのかもしれないなあ、ショーロ成立前の古いブラジル音楽から引き継いでいたような部分がけっこう楽しいんじゃないかなあと聴こえるんだよね。

といってもアルバム附属の解説文で田中勝則さんがお書きのように、アルバム題どおり西暦1900年前後のショーロ楽曲ばかりで、録音なんか残っていない時代だし、そもそもどんなかたちで演奏されていたのか「誰も知らない時代の音楽」(p. 4)をイマジネイションで再構築した「でっち上げ」(同)みたいなものなので、100年後の感覚で<失われたショーロを求めて>旅して、なんとか結果を作品にしたようなものなのかもしれない。

がしかし、そのできあがった結果の音楽は大変に魅力的で素晴らしいものなんだよね。イマジネイションが発揮された失われたものの再構築という意味で僕がいちばん面白く感じたのが、アルバム五曲目の「クバニータ」(Cubanita)。シキーニャ・ゴンザーガ(1847-1935)という女性ピアニスト兼作曲家の作品。「クバニータ」はシキーニャのエキゾティックな要素が出た作品のようで、曲名がキューバ娘というスペイン語であるのにも表れているが、カリビアンなアバネーラを取り入れたもの。

といってもシキーニャのばあい、キューバから直接輸入したわけではなく、アバネーラがヨーロッパで流行していたのを耳にして使ったようだ。ヨーロッパでのアバネーラ大流行の直接の第一原因はジョルジュ・ビゼーのオペラ『カルメン』だが、それだって元を辿るとスペイン人コンポーザー、セバスティアン・イラディエールの「ラ・パローマ」に行き着く。

それで、たぶんプロデューサーだった田中勝則さんにのアイデアだと思うんだけど(あるいはエンリッキの着想かもしれないが)、アルバム『ショーロ 1900』でのシキーニャ・ナンバー「クバニータ」では、後半部から「ラ・パローマ」に移行するんだよね。この二曲のメドレー形式になっている。こ〜りゃ最高に面白いね。エキゾティックなアフロ・カリビアン・ショーロみたいなものは、もっとずっとあとになってピシンギーニャがやったりもしたが、現代的解釈による大胆な再演とはいえ、シキーニャのショーロがこんなふうになるなんて。

そんな「クバニータ」でもパーカッションが実にいい感じでピリリと効くスパイスになっているのだが、ベト・カゼスがアルバム『ショーロ 1900』で果たしている役割は、音楽監督エンリッキよりも、実際の演奏面では上回っているような気がする。控えめだがかなりチャーミングで、しかもたまにオッ!と耳をそばだてるようなものもあったりして、しかもユーモラスというかコケティッシュでもある。

例えばアルバム一曲目のジョアキン・アントニオ・ダ・シルヴァ・カラードの「愛しの花」(Flor Amorosa)。前半はカラード時代のスタイルそのままでやって、楽器編成もフルート+ギター+カヴァキーニョのトリオでクラシカルだが、後半やおらリズムが活発になって、ちょっぴりサンバふうなスタイルに変化する。そうなって以後ベトが入ってくるのだが、クラベスでカン、カンと高くて硬い音を叩いているんだよね。クラーベのパターンではないが、やはりこれもちょっぴりカリブ風味があると僕は思う。

また、アルバム二曲目の「漁師」(O Pescador)。これを書いたシスト・バイーアはカラードよりも前の時代の人で、ショーロではなくモジーニャの音楽家。しかし「漁師」はモジーニャではなくルンドゥーだ。むかしのショーロ演奏家はモジニェイロの伴奏もやることがあったということで、アルバムでとりあげることにしたのかもしれない。フルートが主役の演奏で、伴奏は主に七弦ギターとカヴァキーニョだが、ここでもベト・カゼスがユニークだ。トライアングルを主にやっているみたいだけど、その他のパーカッションも含め田舎っぽい、というと怒られるかもしれないから言い直すと、バイーアっぽいフィーリングをうまく出している。マルセロ・ゴンサルヴィスが弾くギターのリズム感もそうだ。

アルバム四曲目「永遠の想い」(Saudade Eterna)は、ショーロ時代初期のヴァルサ(ワルツ)で、サントス・コエーリョの曲。ここではバンドリン独奏という近い演奏で、いちおうマルセロ・ゴンサルヴィスの七弦ギターが軽く、しかし効果的な伴奏をつけているが、ほぼマルシリオ・ロペスのバンドリン一台がサウダージで泣く(ショラール chorar)。サウダージもサウダージ、本当に哀しく切ないヴァルサ楽曲だ。ヴァルサにして、これもまたショーロ(choro)。

アルバム七曲目「そんな目で見ないで」(Não Me Olhes Assim)と八曲目「リシア」(Ligia)というアナクレット・ジ・メディロスの曲もいい。アナクレットも、イリニウやピシンギーニャ以前のいにしえのショーロ界では最重要人物の一人だ。ここでは二曲とも、かなりユニークな編成とアレンジの管楽器アンサンブルで聴かせてくれている。これはどうやらエンリッキのアイデアだったんそうだ。エンリッキはブラス・バンドの世界にも通じていて、そんなアルバムも一枚あるんだもんね。

2017/09/29

マイルズ+ギルの「バラクーダ」

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マイルズ・デイヴィスとギル・エヴァンスとのコラボレイション作品。1962年録音63年リリースの『クワイエット・ナイツ』についてだけ、まだまったく一言も書いていないが、別に嫌いだとかいうわけではない。確かに高く評価することは難しそうな気がするが、あんがい悪いもんじゃないように思う。マイルズもギルも自身では、「あれはリリースされるべきではなかったもの」だと発言しているし、そう発言する根拠となる経緯も知られているが、リスナー側としてはね、また違う気分もあるんだ。

だから折を見て『クワイエット・ナイツ』についても書こうと思っているのだが、このアルバムの現行 CD の末尾にボーナス・トラックが一個入っている。曲題は「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。もちろん『クワイエット・ナイツ』の録音セッションにそんなアウトテイクはない。「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」は1963年10月9、10日録音で、これはそもそも当時リリースされる予定はなかったもの。なぜならばこれは脚本家ピーター・バーンズの書いた同名劇の生ステージで使われるものとして録音されただけのものだからだ。中山康樹さんは「ミュージカル」だと書いているが(『マイルスを聴け!』)、それはちょっとどうなんだろう?

ピーター・バーンズの『ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ』は、サン・フランシスコのカラン・シアターで1963年10月21日に開幕し、同11月23日にロス・アンジェルスのハンティントン・ハートフォードで閉幕した。のちに名を成すピーター・バーンズだが、この63年『ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ』のときはまだまだ、っていうかそもそもこれはバーンズの処女作なんじゃないのかなあ?

それで、音楽を依頼されたマイルズとギルは、舞台開幕の約10日ほど前にハリウッドで、トラック「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」(と現在呼ばれているもの)を録音したってわけ。ただ問題はこの現在聴けるものが、そもそもピーター・バーンズの生舞台演劇で使用されたかどうかが分らないってことなんだよね。いくら調べても使われたような痕跡が、というか証拠が出てこない。録画録音されたわけでもなさそうだから文字で書かれた伝聞みたいなものしかないんだけど、どうも使われなかった可能性があるかもしれないような気がする。

そのあたりのちゃんとしたことは分らない。曲、というか複数のピースが連続した1トラックである、マイルズ&ギルの「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」のほうはコロンビアがちゃんと録音したので(そりゃ演劇生舞台で使おうとしたんだから、生演奏しない限りは録音しなくちゃね)、現在僕たちも聴けるってわけ。『クワイエット・ナイツ』の現行 CD 末尾に追加されているのは、録音時期が近いという理由だけだったんだろう。

「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」の初リリースは、ある時期の『クワイエット・ナイツ』CD リイシューではない。1996年発売のマイルズ+ギルのボックス『ザ・コンプリート・コロンビア・スタジオ・レコーディングズ』六枚組の四枚目に収録されたのが初出。マイルズとギルのコラボで「バラクーダなんちゃら」とか、なんかそんなもんがあるらしいぞという噂だけは僕も前から読んでいたものの、音源を聴いたのはこのときが初めて。

マイルズ&ギル関連で噂だけ読んでいたといえば、噂ではなく本人の明白な発言なんだけど、1975年来日時のインタヴューで(インタヴューワーは児山紀芳さん)マイルズは、「ギルとは1968年にやったのが最後だけど」「あの時は…(中略)従来の形にとらわれないでね…(中略)ハープやマンドリンまで使った」と明言していた。児山さんが「マンドリンですって!」と驚いたような反応を見せるとマイルズは、「キミはストラヴィンスキーの『春の祭典』を聴いたことがないのかい」と言っていた。

だから『アガルタ』日本盤 LP のライナーノーツに掲載されたそのインタヴューを読んだ僕たち日本のマイルズ・ファンは、そのときから1968年録音でなにかがあるんだよなと知ってはいたのだが、こっちも実際の音源がなかなか聴けるようにならず。そしてその68年録音のマイルズ+ギルは、やはりこれも1996年の『ザ・コンプリート・コロンビア・スタジオ・レコーディングズ』の四枚目に収録された。その68年2月16日録音の「フォーリング・ウォーター」4テイクが、ギルのアレンジするオーケストラとマイルズとのラスト共演録音だ。

1968年録音「フォーリング・ウォーター」の話をする余裕は今日はないと思う。ここでも『マイルスを聴け!』の中山さんと意見が違うのだが、僕の耳には(中山さんが完成品に近いと言う)「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」よりも、(中山さんが実験品にすぎないと言う)「フォーリング・ウォーター」のほうが面白く響くんだよね。

ちょっとだけ書いておくと、「フォーリング・ウォーター」を録音した68年2月のマイルズは、ちょうど未発表だった「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」といったカリビアン路線作品も録音し終え、(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』を経て)、68年5月からの『キリマンジャロの娘』収録曲に手をつけはじめていた時期なんだよね。『キリマンジャロの娘』にギルが(まったくノー・クレジットとはいえ)かなり貢献している、和声面その他で大きなアドヴァイスをしているのだという事実は、今2017年8月末に出版されたばかりの村井康司さんの新著『あなたの聴き方を変えるジャズ史』でもはっきりと指摘されている(p. 214)。僕はアルバム丸ごとマイルズとギルのタッグ作品と言いたいくらいだ。

アフロ・カリビアンなリズム・セクションの上に、ヨーロッパ白人クラシック音楽のサウンドが乗っかり合体したみたいな「フォーリング・ウォーター」 の話は今日はよしておこう。録音時期も楽器編成もかなり違う「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」のことだけだ。この1963年10月録音作品、まず音源をご紹介しておく。

お聴きになれば分るように、約13分間のこのトラックは、10個の短いフラグメンツを並べたもので、構成は以下。

パート1 (0:00〜
パート2 (1:38〜
パート3 (2:01〜
パート4 (5:22〜
パート5 (5:43〜
パート6 (6:12〜
パート7 (6:57〜
パート8 (10:03〜
パート9 (11:02〜
パート10 (12:13〜

各パートはスッと音が小さくなっていったん終了するので、終りと次のパートの切れ目は分りやすい。もちろんこんなふうに連続演奏してそのまま録音したんじゃなく、おそらくハリウッドのスタジオ現場では一個一個バラバラに演奏したんだろう。しかも個々がもう少し長めだったのかもしれない。録音後の編集でこうなっているんじゃないかなあ。いや、あるいは連続演奏して、それをそのまま録音しただけという可能性は捨てきれないように、音を聴くと思う部分もある。

しかもギル・エヴァンス作品のファンの方であれば、アッとすぐに気がつくはず。そう、この「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」は、ギルのアルバムではお馴染の「ジェネラル・アセンブリー」と「ホテル・ミー」(aka「ジェリー・ロールズ」)が本体になっているだけのものだ。

僕の書いた上記パーツ記述だと、パート3とパート4が「ジェネラル・アセンブリー」。パート7が「ホテル・ミー」(っていうか、僕は「ジェリー・ロールズ」題記載のアルバムで知ったものだから、そっちの曲題のほうに思い入れがあるけれど)。それ以外は時間も短いし、約13分間の全体で見れば前奏、間奏、終奏みたいなもんだよね。

この「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。1963年10月録音ということで、5月にすでに発足済のニュー・クインテットから、テナー・サックスのジョージ・コールマンだけ外し、リズム・セクションの三人、すなわちハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズが参加して演奏している。ロンとトニーはさほど大きく目立たないが、例えばパート1部でのハービーのピアノなんかは、クラシカルかつリリカルでいいんじゃないだろうか。

「ジェネラル・アセンブリー」部と「ホテル・ミー」部では、しかしトニーのドラミングもなかなかいいね。リズムが活発な曲想だしさ。とはいえ、翌64年以後のライヴでのトニーの鬼神と化したような超絶ぶりを知っているだけに、まだまだこれくらいのものでトニーらしいとは僕には言えない。「ホテル・ミー」部は、別名「ジェリー・ロールズ」であるのでも分るように、かなり泥臭くブルージーな曲想。ギル自身のバンドでの演奏はもっとそれが強調されているんだよね。マイルズはまだおとなしいんだ。

またギル自身のビッグ・バンド演奏での「ホテル・ミー」(ジェリー・ロールズ)と比較すると、「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」パート7でマイルズがトランペットで吹くラインは、まったくインプロヴィゼイションではない。あらかじめギルが譜面化してあったものだ。あ、いや、待てよ、この1963年10月録音がギルにとっても初演のはずなので、そこでマイルズがアド・リブで吹いたそれを採譜して、その後ギル自身のバンドでそれをそのまま転用したんだろうか?

「ザ・タイム・オヴ・ザ・バラクーダズ」。「ジェネラル・アセンブリー」部と「ホテル・ミー」部以外は、4ビートのストレート・ジャズなパート9を除き、だいたいはかなりクラシカルな西洋音楽ふうのものに近いように聴こえる。前々から僕も繰返しているが、マイルズにはそんな音楽志向がかなりある。そんな志向をビッグ・アンサンブル化できる人物であるギルのアレンジを使って、なかなか美しくチャーミングに聴こえる部分もあるよね。マイルズのトランペットもそうだが、なによりギル・アレンジの柔らかい複数木管アンサンブルが美しく響く。

2017/09/28

カァ〜ッコイイ〜!〜 ザッパのインストルメンタル・ロック

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1969年夏録音のアメリカ音楽としては、マイルズ・デイヴィスの『ビッチズ・ブルー』と並ぶ傑作であろうフランク・ザッパの『ホット・ラッツ』。いや、見方によっては『ホット・ラッツ』のほうが上になるかもなあ。少なくともここ最近の僕の気分で選ぶと、マイルズのそれよりザッパのこれがいい。熱心なマイルズ狂である僕にしてこう言いたいほど、ザッパの『ホット・ラッツ』は素晴らしい。

さほどザッパにご執心だとも言えない僕なので、やはりこれにかんしても事実関係の詳しいことは知らないんだけど、レギュラー・バンドであるマザーズ・オヴ・インヴェンションからいったん離れて、ということなのかどうなのか?、フランク・ザッパ単独名義のソロ・アルバムとしては初の?一枚である『ホット・ラッツ』。確かにそれ以前のマザーズ名義作品で聴けた音楽とはかなり違う。

『ホット・ラッツ』全六曲のうち五曲までがインストルメンタル演奏オンリーでヴォーカルなし。だからマザーズ作品で実に頻繁に聴けるサティリカルなヴォーカルのやりとりも当然ない。ムジーク・コンクレートみたいな部分や、その他実験的前衛音楽なものもなく、大胆に編集しまくっているような部分だって少ない。

言ってみればふつうに楽器演奏をやっている『ホット・ラッツ』。だからとても分りやすい一枚なんだよね。フランク・ザッパをまだ聴いたことがぜんぜんないという方々、なかでも特にジャズっぽいような楽器即興演奏ものがお好きなみなさんには、『ホット・ラッツ』こそ格好のオススメ盤になると思うんだよね。ヴォーカル・ミュージックこそが好きだというファンのみなさんにとってはイマイチかもしれない。

じゃあそのヴォーカル入りの一曲から先に話をしておこう。『ホット・ラッツ』二曲目の「ウィリー・ザ・ピンプ」。アルバム中この曲でだけ、ザッパの親友キャプテン・ビーフハートが歌っている。1969年の夏録音だから、ビーフハートもすでにお馴染のあの塩辛いダミ声ヴォーカルが完成しているのだが、しかしこの曲でのヴォーカルはそんなどうってことないように思う。
お聴きになれば分るように、まずヴァイオリンが出るが、それがシュガー・ケイン・ハリス。しかしヴァイオリンもヴォーカルもどこかへすっ飛んでいってしまうもの 〜 それがザッパ本人の弾くエレキ・ギター・ソロだ。圧巻の一言。永遠に終わらないかと思うようなめくるめくギター・ソロで、しかも凄く上手い。通常のコンヴェンショナルな弾き方がなく、この人のギター演奏はいつもそうなんだけど、どこでどうしてこんなフレイジングになるのか分らないようなものなんだよね。ギターって手癖が出やすい楽器なんだけど、それがこの「ウィリー・ザ・ピンプ」でもぜんぜんないもんね。こんなギター、ふつう弾けないんだ。

そう、この曲だけでなくアルバム『ホット・ラッツ』は、ある意味、ザッパのギター・ヴァーチュオーゾぶりを楽しむための一枚でもある。ただ長い時間ジャムっているだけのように聴く方がいらっしゃるかもしれないが、とんでもない!緊張感がまったく途切れないし、アッと言わせるプレイの連続で聴き飽きない。



アルバム中いちばん長尺(16:57)の、CD だと五曲目の「ザ・ガンボ・ヴァリエイションズ」。曲の半分はイアン・アンダーウッドのホンクなテナー・サックス・ブロウを大々的にフィーチャーしたものだが、後半は(シュガー・ケイン・ハリスのヴァイオリン・ソロに続き)やはりザッパのギター・ソロがある。う〜ん、やっぱりちょっとジャムっぽい?しかしこれ、どうしてウッド・ベースを使っているんだろう?
マザーズ時代からのメンバーであるイアン・アンダーウッドは、『ホット・ラッツ』でも八面六臂の活躍ぶりで、このアルバムは、事実上、ザッパとイアンとのコラボレイション作品と呼んでもいいほどなんだよね。複数の木管楽器と複数の鍵盤楽器を担当し多重録音したり、ときに同時演奏!したり。またイアンは音楽大学出身で譜面読解能力が高いので、その意味でもザッパの音楽を表現するのには向いている。「ザ・ガンボ・ヴァリエイションズ」でのザッパのギター・ソロは、しかしたったの四分程度しかないなあ。ギターでやっていると思って聴くと、内容的にはやはり異常で変態的。

三曲目の「サン・オヴ・ミスター・グリーン・ ジーンズ」は、前作『アンクル・ミート』にあった曲の再解釈でインストルメンタル・ヴァージョン。これはかなりジャジーだ。ジャズ・ロックと呼んで差し支えないかも。ここでもソロ一番手はザッパのギター…、かと思いきやイアン・アンダーウッドの複数鍵盤と複数木管がかぶさる。しかしやはりあいまあいまを縫ってザッパがギターを弾く部分はアンコンヴェショナルだ。う〜ん、でもこれはいわゆるソロっぽくはない。全体がかなり緻密にアレンジされていて(特に管楽器群の入り方が)、相当入り組んでいる。それでも後半はギター弾きまくりソロに近い。凄いなあ、これも。だれか、こんなギターの弾き方ができた人物、ほかに知っていたら教えてほしい。
CD なら四曲目の「リトル・アンブレラズ」は、これまたイアン・アンダーウッドのショウケース。彼の弾くアクースティック・ピアノをフィーチャーし、さらにその背後でやはりイアンが弾くほかの鍵盤と木管多重録音でアンサンブルを形成。木管アンサンブルで奏でるメロディは美しい。もちろんそれはイアンではなくザッパの譜面だ。綺麗だなあと思っていると、あっという間に終ってしまう。アルバム一曲目「ピーチズ・エン・レガリア」と同趣向のものだと言える。ギター・ソロはなし。
CD アルバム六曲目「イット・マスト・ビー・ア・キャメル」でだけ、ヴァイオリンがジャン・リュック・ポンティ。テーマ・メロディの上下飛躍ぶりがまるでラクダの背中みたいだいうことなんだろうか?曲の演奏全体も、やや現代音楽風に近いというか、クラシカルな管弦楽作品を書くときのザッパの筆に似ている。イアン・アンダーウッドの弾く鍵盤はシンセサイザーだろうか?そんなサウンドに聴こえるけれど、違うかもしれない。終盤残り約二分程度となったところで、ようやく御大ザッパのギター登場、と思うと、ちょろっと鳴っただけですぐにドラムスとアンサブルになる。これも小品だよなあ。
小品といえば、でようやく『ホット・ラッツ』オープニングの「ピーチズ・エン・レガリア」の話。こ〜れが!カッコイイのなんのって!僕個人の趣味嗜好だけで言わせてもらえるならば、ザッパの全楽曲中、これ(か、あるいは「インカ・ローズ」かのどっちか)が一番の大好物。そしてどうやらそれは僕だけじゃないみたいだ。そ〜りゃそうだよね、だ〜ってカッコよくて可愛くてチャーミングで、メロディも素晴らしいしね。ザッパはギターではなくオクターヴ・ベースというものを弾いているらしいが、それはなんだろう?ギターのそのままオクターヴ下の六弦ベースってこと?しかしそんなような音も聴こえない気がする。やはりイアン・アンダーウッドが、木管に鍵盤にと大活躍。
ドラムスのスネア連打ではじまるのもカッコイイこの「ピーチズ・エン・レガリア」。しかしこれたったの3分39秒しかないんだぜ。スッとフェイド・アウトして終ってしまう。こんなに楽しくて美しい音楽なら永遠に聴いていたいのに。だから僕はよく iTunes で一曲のみのリピート再生設定にして、繰返しこの「ピーチズ・エン・レガリア」ばかり聴くこともある。それくらいの大好物なんだよね。

2017/09/27

サッチモのディズニー・ソングズ

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ルイ・アームストロングのことが好きな人たちでも熱心に愛好を表現することが滅多にない1960年代後半以後のサッチモ。だからお堅いマジメなジャズ・リスナーは、だれ一人としてあのあたりの作品のことなんか、意識の片隅にすらもないはずだ。けれども僕はかなり好きなんだよね。以前は最晩年の一枚『ルイ・アームストング・アンド・ヒズ・フレンズ』(1970)のことについて書いた。
これ以外にも楽しくて美しい音楽を、1960年代後半以後だってサッチモはやっていた。もちろん音楽はゲージツであるというお考えのみなさんには絶対に好かれることのないものばかりだけど、音楽はポップ・エンターテイメントであるというお考えの方々であれば、きっと気に入っていただけるはず。サッチモって生まれてから死ぬまでやっている音楽の本質は変わらなかった人だから、なにも1920年代のものばかり聴くことはないじゃないか。あ、20〜30年代録音については、以前四日連続で詳述した。
まだまだ書いていないことが多い時代なんだけど、これら四つでいったんは僕の気持も落ち着いているので、今日はまた1960年代後半のアルバムから一つ、『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の話をしたい。タイトルどおりディズニー映画で使われた曲をサッチモがやったもので、レコード・リリースは1968年。そしてこのアルバムの録音が、トランぺッターとしてのサッチモは生涯ラストになった。

ウォルト・ディズニーは、エンターテイナー音楽家としてのサッチモを非常に高く買っていて、もちろんそれは、僕を含むディズニー世界のファンのみなさんであれば、誰だって納得できるはずだ。ほんの一例をあげれば、日本にだってあるディズニーランド内で生バンドが演奏している音楽を現場でお聴きになったことがあるだろうか?ディズニーなんて…子供のお遊びだろ…、と<音楽=ゲージツ>派のみなさんはおっしゃるけれど、バカにしたもんじゃないんだよね。1937年の映画『白雪姫』が第一号だったディズニー関連作品こそアメリカン・エンターテイメントそのもので、それはすなわちサッチモが生きた世界だ。

だからウォルト・ディズニーがサッチモに、ディズニー・ソングをやってくれないか、アルバムでも創ってくれないかと依頼するのは至極当然の成り行きだ。まず最初は1966年にプライヴェイトで声をかけてプロジェクトが開始しようとしたらしいが、このときは実現せず。そのまま同年12月にウォルトが亡くなってしまい、<サッチモ、ディズニーを歌う>の発案者にしてディズニー世界の総帥に作品を届けることは叶わなかった。

『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』収録曲は、約二年後の1968年2月にニュー・ヨークで録音を開始。ハリウッドで、というのは5月録音のことなので、Wikipedia その他各種情報は少しだけ不正確だ。2月27日のニュー・ヨークで三曲録音したのち、5月16、17日のハリウッドで八曲を録音し、『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』収録の全10曲が完成した。

『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の収録全10曲と、それらのディズニー映画での初出を以下に書いておく。すべて日本語題で。だってディズニー世界は映画も歌も、日本を含む世界中でローカライズされて楽しまれているからだ。以前も触れたように、今2017年リリースのヒバ・タワジ(レバノン)の新作二枚組のラストにだって一曲あるしね。ただし括弧内の数字はアメリカでの作品公開年。

1「ジッパ・ディー・ドゥー・ダー」(『南部の唄』1946)
2「地面より10フィート」(『ファミリー・バンド』1968)
3「ハイ・ホー」(『白雪姫』1937)
4「口笛ふいて働こう」(『白雪姫』)
5「チム・チム・チェリー」(『メリー・ポピンズ』1964)
6「ビビディ・バビディ・ブー」(『シンデレラ』1950)
7「バウト・タイム」(『ファミリー・バンド』)
8「デビー・クロケットの唄」(『ディズニーランド』1954)
9「ザ・ベアー・ネセシティ」(『ジャングル・ブック』1967)
10「星に願いを」(『ピノキオ』1940)

これでたった計32分間のアルバム。短いよねえ。ディズニー・ソングってほかにもいいものがいっぱいあるんだけど、1968年リリースの LP レコードだからこんな尺なんだろうなあ。二月のニュー・ヨーク録音三曲「バウト・タイム」「ザ・ベア・ネセシティ」「地面より10フィート」と、それら以外のハリウッド録音七曲とでは、サウンドがかなり違う。二月録音はクラーク・テリーらを含むジャズ・バンドの演奏。全員の演奏パーソネルも判明している。

それに対し二日で七曲を録音した五月のハリウッド録音では、サッチモのヴォーカルとトランペットだということ以外は、管弦楽オーケストラと、ジャズふうのリズム・セクションと、男女入り混じってのバック・コーラス(はけっこうな大編成に聴こえる)が参加しているということしか分っておらず、それだって音を聴いて僕が判断しているだけで、どこにもまったく記載はない。当然パーソネルなんか分りようもない。

がしかしそれで十分なんじゃないかなあ。だいたいジャズ・バンド演奏である二月のニュー・ヨーク録音三曲でだって、ヴォーカルでも楽器でもサッチモしかソロは取らない。五月のハリウッド録音七曲だと、伴奏の全員がサッチモのサポートに徹していて、目立つサウンドはこれぽっちもない。バンド編成がかなり違う二月のものと五月のものをアルバムでは混ぜて並べてあるのに、どこにも違和感がない。

違和感がないのはサッチモの存在感というものがなせる技だろうなあ。ディズニーで使われた曲そのもののが持つポップさ、分りやすさ、楽しさ、美しさを、サッチモはただひたすらストレートに歌い演奏しているだけなんだけど、だから曲そのものの良さが立ち上がってくると同時に、それをそのまま伝えてくれる演唱家サッチモの持つ真の技巧や、ジャズ・マン、いや、ポップ・マンとしてのレヴェルの高さも際立っている。

『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』の全10曲。いちばん素晴らしいなと聴くたびに感動するのは、5曲目の「チム・チム・チェリー」、6曲目「ビビディ・バビディ・ブー」、そしてラスト10曲目の「星に願いを」。「ビビディ・バビディ・ブー」は、ご存知のように楽しく愉快な曲なので、サッチモも賑やかでワイワイやっていると感じて、僕の気分もウキウキ。
「チム・チム・チェリー」と「星に願いを」は本当に美しい。前者はアルバム中いちばん長い六分以上あるもの。マイナー・キーの悲哀感の漂うメロディと曲調だが、歌詞内容は前向きなもの。サッチモのあの声でこれを歌われると美しさが沁みて、泣きそうになっちゃうんだよね。ずっと伴奏が入れている短いフレーズの反復も効果大。
アルバム・ラストの「星に願いを」。キューバ人音楽家エルネスト・レクオーナの「シボネイ」を知るまでずっと長年、この曲こそ僕の最愛好ポップ・ソングだったことは繰り返さなくてもいいんだろう。そしてサッチモが歌いトランペットを吹く、この『ディズニー・ソングズ・ザ・サッチモ・ウェイ』ヴァージョンの「星に願いを」こそ、僕にとっては最高、至高の「星に願いを」だった。だったと過去形で言わなくたって、いまでもこの曲のいちばん美しい解釈だと、僕は心の底から信じている。

2017/09/26

スキップ・ジェイムズの明るいピアノ・ブルーズ

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ミシシッピ・ブルーズ・マン、スキップ・ジェイムズ。楽器はギターのイメージしかないかもしれないが、ピアノで弾き語るものだってある。といっても、ギターでやったものとぜんぶあわせても、例によっての1960年代フォーク・ブルーズ・ブームの最中に熱心なブルーズ愛好家の手で64年に再発見されて以後のものを除く戦前録音だと、たったの18曲、すなわち SP レコード九枚しかないんだけどね。

それら九枚はすべて1931年のパラマウント盤。たった18曲だし、版権も切れているしで、いろんなレーベルが出していそうだけど、僕が持っているのは1994年の米 Yazoo 盤だけ。しかし表ジャケットにどうしてだか「1930」の文字が見える。18曲すべて1931年のレコードのはずだけど、ひょっとして録音は30年に行われたものだったりするのだろうか?どなたかご存知の方、教えてください。ヤズー盤にはなにも書いてないです。

さて、1931年の18曲のなかには、書いたようにギター・ブルーズだけでなくピアノを弾いて歌う録音もあるスキップ・ジェイムズ。ギターのほうは特に教わらなくても素人なりになんとか弾けるようになる楽器だけど、ピアノはおそらくそうでもない面があるんだろうから、スキップ・ジェイムズもそれなりに教育は受けた人物だったんじゃないんだろうか?なんだかアメリカ南部の黒人カントリー・ブルーズ・マンは、みんな貧困で無教養だみたいなイメージを、僕だってふだん持ってしまっているが、そんなこともないんだろうね。

スキップ・ジェイムズのばあい、主にギターで弾き語るブルーズには、本当に暗くて不幸せで悲しみに満ちていてつらそうなものが多いので、やはり貧困と無知と苦悩にあえいでいたのかという印象が、ただ録音物を聴いているだけだとしてしまうんだけど、あんがいそうでもなかったんじゃないかなあ。実際、1931年の18曲のなかには、やや明るくて跳ねているようなものだってある。特にピアノで弾き語るものに暗いものは一曲もない。

だいたいさぁ、スキップ・ジェイムズのやったもののなかでいちばん有名なのは「アイム・ソー・グラッド」じゃないか。英ロック・バンド、クリームがとりあげてスタジオでもライヴでも演奏し、どっちも公式発売されている。そのおかげでこの「アイム・ソー・グラッド」がかなり知られることとなった。これはピアノではなくギター弾き語りだけど、これは曲題でも分るようにまったく暗くない。ギターのパターンも、かなり細かく弾きこなしながら喜ぶようにジャンプしている。これはブルーズというよりラグライム・ナンバーだね。
スキップ・ジェイムズ = ギター&暗いというイメージは、たぶん「デヴル・ガット・マイ・ウーマン」だけでできあがっているものなんじゃないかと思う。1931年の18曲ぜんぶをじっくり聴きかえすと、この曲がいちばん悲しそうで暗く、ピッチの高い声で泣いているかのように歌い、ギターもフィンガー・ピッキング(はこの人のばあい、いつもけっこう入り組んでいる)で後ろ後ろへと引きずるようなフレーズを弾き、まるで消えた女のことを振り返ってばかりいるみたいだ。
それにしてもこの YouTube 音源のタイトルも「デルタ・ブルーズ・ギター・レジェンド」 の文字が見えるが、だいたいスキップ・ジェイムズは(同じミシシッピ州とはいえ)デルタ地帯とは、地理的にも音楽スタイル的にも、あまり関係なさそうだ。もちろんデルタ地帯を旅して歌うことくらいはあっただろうけれど、同州ベントニア生まれで、1931年の18曲だと、デルタ・スタイルのブルーズはどこにも聴けないもんねえ。

同州の後輩で、スキップ・ジェイムズからの影響もはっきりしている新世代ブルーズ・マンのロバート・ジョンスンなんかも、やはり典型的なデルタ・ブルーズ・マンではなく、彼のばあいは、リロイ・カー的シティ・ブルーズのスタイルと、さらにブギ・ウギ・パターンの影響が濃いのだが、それでもまだ典型的デルタ・スタイルのブルーズも少しは録音している。これがスキップ・ジェイムズとなると、ただの一曲もない。

リロイ・カーの名前を出したついでに書いておくと、カーの影響はスキップ・ジェイムズにも聴ける。スキップ・ジェイムズの1931年の18曲のうち、ピアノでやっているのが5曲あるので列挙すると、「リトル・カウ・アンド・カーフ・イズ・ゴナ・ダイ・ブルーズ」「ハウ・ロング・”バック”」「22-20・ブルーズ」「イフ・ユー・ハヴント・エニイ・ヘイ・ゲット・オン・ダウン・ザ・ロード」「ワット・アム・アイ・ドゥー」。

これら五つのうち、「22-20・ブルーズ」はロバート・ジョンスンへの直接のつながりが一番見えやすいだとか、「ワット・アム・アイ・ドゥー」は、そもそもピアノなのかギターなのかの判別すら一瞬迷うかもと思うほど(本当です、疑う方は聴いてみて)録音状態が悪く、これの A 面だった「ドランクン・スプリー」はそんなことないのに不思議だなあ、本当に1931年なのかと思っちゃうくらいなんだけど、そんなことはこの際、あまり関係がない。

大事なのはピアノでブルーズを弾き語るときのスキップ・ジェイムズは、間違いなくリロイ・カー・フォロワーだということだ。例えば「22-20・ブルーズ」に例をとると、出だしや中間部(っていうか、ギターでもそうだけど、歌のワン・フレーズが終わりかけるたびに楽器で弾く) において三連でダダダ、ダダダとやるのは、リロイ・カー・スタイルだ。これじゃないほかのピアノ弾き語りでも、一曲のほぼ全体にわたり、カー・スタイルを模倣したピアノをスキップ・ジェイムズは弾いている。
スキップ・ジェイムズにおいてリロイ・カーからの影響が最も鮮明なのは「ハウ・ロング・”バック”」。曲題だけで察しがつくように、これはリロイ・カーのデビュー録音にしてメガ・ヒット・ チューンになり、アメリカ音楽界に多大なる影響を与えた1928年の「ハウ・ロング・ハウ・ロング・ブルーズ」の焼き直しなんだよね。ピアノの弾き方なんかは、それでもスキップ・ジェイムズふうに工夫してあるけれど、やはりかなり似ている。
この「ハウ・ロング・”バック”」はかなり面白いよね。ピアノでスタッカートを弾きながら、ちょっと進んでは立ち止まりを繰返している。だからまるでリズムが突っかかっているみたいに聴こえる。リロイ・カーの「ハウ・ロング」にあったなめらかな流麗さがない。あれはブルーズに多いトレイン・ピース(鉄道ソング)でもあったので、カーのあんなリズムは列車の動きを表現したような部分があったかもしれない。スキップ・ジェイムズの「ハウ・ロング」ではそれが完全に消え失せている。まるでヨボヨボ歩くか、あるいはオンボロ馬車に揺られているかなにかの動きみたいに聴こえる。

スキップ・ジェイムズについて書いて、ギター&ヴォーカルのスタイルと、悲しげに泣いているような暗さについては、ほぼなにも触れていない文章ができあがってしまった。だがしかしそういった部分はみなさんがどんどんお書きになっていて、ネットで少し検索してみただけでもどんどん見つかる。スキップ・ジェイムズのピアノ・スタイルについて言及してある文章は見つけられなかったからさぁ。

2017/09/25

僕のシャーリーナ!

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1996年と死後のリリースになったが、フランク・ザッパの生前に完成していたプロジェクトらしい『ザ・ロスト・エピソーズ』。僕はそんな大したザッパ愛好家じゃないので、詳しいことはぜんぜん知らないし、事実関係については実を言うとあまり興味も湧かない。作品化された「音」にだけ関心がある。ただ CD アルバムになったものを聴いて、これは楽しい、美しい、面白いんじゃないかということだけ、今日も少し書いておこう。『ザ・ロスト・エピソーズ』、スタジオ・アウトテイク集らしいが、しかし、かなりの録音癖だな、ザッパ。

『ザ・ロスト・エピソーズ』で最初に僕がオッとなるのは2トラック目の「ロスト・イン・ア・ワープール」だ。これは1958年か59年の録音らしく、曲はザッパが歌詞はドン・ヴァン・ヴリート(キャプテン・ビーフハート)が書いて、それぞれギターとヴォーカルを担当。フランクが弾く背後で、やはりギターでリズムを刻む音が聴こえるのがボビー・ザッパらしい。なんでもないふつうの12小節定型ブルーズで、ふつうのみなさんには音楽的にはさほど面白いものじゃないかもしれないが。
あ、待てよ、『ザ・ロスト・エピソーズ』フル・アルバムで YouTube に上がっているじゃないか(笑)。このアルバムは、ある意味、ザッパとキャプテン・ビーフハートとのフレンドシップ・メモリアルみたいな側面もあるような気がして、実際、ビーフハートがヴォーカルを取っているトラックも多いし、その点にも注目したら面白いのかもしれない。
次に僕の耳を惹くのが7トラック目のインストルメンタル「テイク・ユア・クローズ・オフ・ウェン・ユー・ダンス」っていう、この曲題はなにかのメタファーなんだろうか?そこはちょっと分らないが、なにが面白いかって、これはボサ・ノーヴァなのだ。1961年録音。違う録音が1968年リリースの『ランピー・グレイヴィ』ラストにも収録されているが、そのアルバムは CD でも(それぞれ A 面 B 面だったものが)1トラックになっている。つまり連続しているので、一曲単位で抜き出せないので、聴きかえすのがやや面倒。確か1950年代米〜60年代前半英ふうにポップなビート・ナンバーで、しかもサーフ・ロックみたいだったような?記憶違いかもしれないので、指摘してください。

『ザ・ロスト・エピソーズ』の「テイク・ユア・クローズ・オフ・ウェン・ユー・ダンス」はちょっと違っていて、間違いなくこれはボサ・ノーヴァだ。ドラマー、チャック・グローヴがスネアのリム・ショットで、それを典型的に刻んでいる。あ、この曲、『ウィア・オンリー・イン・イット・フォー・ザ・マニー』 にも入っているなあ。これはトラックが切れているから楽に聴きかえせたが、やはりビート・バンドふうだ。僕はこの『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンがいちばん好き。
次の8トラック目「タイガー・ローチ」なんか、これもドン・ヴァン・ヴリートがヴォーカルだけど、1962年か63年録音というのが笑えるほど納得できてしまうビート・ナンバー。ガレージ・ロックふうでもある。でもアメリカにまだビートルズの影響はあまりなかったはずの時期だから、ザッパのこういうもののばあいは、1950年代の米ロックンロールから直接来ているものなのかなあ?
10トラック目の「ファウンテン・オヴ・ラヴ」(1963)、12トラック目の「エニイ・ウェイ・ザ・ウィンド・ブロウ」(63)、14トラック目の「チャーヴァ」(63)あたりまでは、本当に時代を感じるサーフ・ロックふうにポップなビート・ナンバーで、いかにもこの時代をザッパも生きたんだなと、マジで笑えるほど分りやすい。

マザーズ名義になる16トラック目の「ウェディング・ドレス・ソング」からの3トラック一続き(1967)は、録音年からしても演奏メンツからしても、もはやお馴染のザッパ・ミュージックだ。したがって特になにも言う必要はないだろう。それよりも、22トラック目の「ザ・グランド・ワズー」で、やはりキャプテン・ビーフハートが朗読していたりする(1969)のは面白い。楽器演奏も聴こえるが、それはシンクラヴィアをザッパが1992年にかぶせたものなので、オリジナルはビーフハートの無伴奏朗読だったんだろう。

25トラック目の「Rdnzl」(1972)は本当に素晴らしい。1978年の『スタジオ・タン』で発表されていたものだが、約八分間のそれよりも、約三分間の『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンのほうがいいなあ。完璧なるジャズ・ロック・フュージョンだ。後半は4/4拍子になって、エレベのトム・ファウラーがラニング・ベースを弾き、その部分でジョージ・デュークがジャジーなエレピ・ソロ。
27トラック目の「インカ・ローズ」は大好きな一曲なんだが割愛して、28〜30トラック目の、アルバム・ラストを盛り上げるクライマックス、「リル・クラントン・シャッフル」(1970)「アイ・ドント・ワナ・ゲット・ドラフティッド」(79)「シャーリーナ」(70)のことに書いておかなくちゃ。だってね、ホント〜ッに楽しい三連発なんだもんね。

「リル・クラントン・シャッフル」はふつうの12小節定型ブルーズ・シャッフルだけど、あまりにも素晴らしいドン・シュガー・ケイン・ハリスのヴァイオリンが大活躍。曲全体の約五分間、もっぱらシュガーケイン・ハリスがヴァイオリンでソロを弾きまくるだけのインンストルメンタル・ナンバー。大好きだぁ〜、こういうの。これは1996年の『ザ・ロスト・エピソーズ』まで完全未発表の曲だったらしい。
「アイ・ドント・ワナ・ゲット・ドラフティッド」はテリー・ボジオがドラムスを叩く、軽快でポップなディスコ調ナンバー。だけどこれは徴兵されるのは嫌だという曲だよね。1981年のアルバム『ユー・アー・ワット・ユー・イズ』のラストに「ドラフティッド・アゲイン」という曲題で収録されて発表されていたもののオリジナル・ヴァージョンだ。
さてさて、いままで書いてきたことぜ〜んぶ含め、アルバム『ザ・ロスト・エピソーズ』でいちばん楽しく美しく、いちばん素晴らしいのが、ラスト30トラック目の「シャーリーナ」だ。名前を唱えながら女性に愛を捧げる内容っていう、例によってよくあるパターン。これは1970年のアルバム『チャンガズ・リヴェンジ』に収録されて発表されていたものだが、こりゃもう絶対にだれがどう聴いたって『ザ・ロスト・エピソーズ』ヴァージョンのほうに軍配をあげるはずだ。ドン・シュガー・ケイン・ハリスがやはりヴァイオリンを弾き、ザッパとのコーラスで歌の可愛くてチャーミングな旋律を歌っている。まずヴォーカル、次いでヴァイオリン・ソロ、そしてザッパのギター・ソロ、最後にまたヴォーカルが出る。あぁ、シャーリーナ、大好きだぁ〜っ!

2017/09/24

女性への敬愛を表現するソロ・モンクの適切さ

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僕の Twitter フレンドさんのなかに男性アマチュア・ジャズ・トランぺッターが一人いらっしゃるんだけど、けっこうなセロニアス・モンク好きみたいだ。彼がふだんよくツイートするのがモンクがソロ・ピアノでやる「アイ・サレンダー、ディア」で、本当にこれをよく言うもんだから、僕もなにかちょっと書いてみようという気になった。もちろん書いて公開する以上は、彼だけに宛てたプライヴェイト・メッセージなどではありえない、っていうか、そもそも最近、読んでんのか、このブログ?

モンクがソロで弾く「アイ・サレンダー、ディア」と言うと、僕がいますぐパッと思い浮かべるのは二種類。間違いなくこっちが有名であろう1956年録音のリヴァーサイド盤『ブリリアント・コーナーズ』収録のものと、こっちは地味な存在かもしれない1964年録音のコロンビア盤『ソロ・モンク』収録のもの。しかし知名度とは逆に演奏の出来は、64年コロンビア・ヴァージョンのほうがいいと僕は思う。

そのあたり、みなさんで聴いて判断していただきたいので、まず音源をご紹介しておく。

「アイ・サレンダー、ディア」
1956年リヴァーサイド版  https://www.youtube.com/watch?v=7CkSGUxVw3Q
同じようなものに聴こえるかもしれないが、1931年にビング・クロスビーが歌ったのが初演であるこの古いラヴ・ソング、女性に対し「君なしではにっちもさっちもいかなくなっちゃったよ、もはや君に降参だ」という愛の告白ソングの、その古くさくて湿った情緒は、64年のコロンビア・ヴァージョンのほうがうまく表現できているように僕は思うんだけどね。

ちなみにこの「アイ・サレンダー、ディア」という曲は、ビング・クロスビーによる初演と同じ1931年にルイ・アームストログもやり、そのオーケー盤レコードを聴いたに違いないライオネル・ハンプトンもやって、またチャーリー・クリスチャンを擁していた時代のベニー・グッドマン・セクステットや、戦後ローマ録音のジャンゴ・ラインハルト(のものは盟友ステファン・グラッペリとのラスト共演になった『ジャンゴロジー』完全盤に収録)もやった。

ちょっとモダン・ジャズ界には存在しにくいフィーリングの曲である「アイ・サレンダー、ディア」なので、1940年代半ばのビ・バップ勃興以後はとりあげる人がかなり少なくなってしまった。例外が、以前ご紹介したアート・ペッパーとセロニアス・モンクなんだよね。そしてこの両者とも、いや、モンクのほうは特に、モダン・ジャズふうではない資質を持つというか、最初に書いた男性友人が大のビ・バップ好きなのを承知ではっきりと言っちゃうが、ビ・バップ・ミュージックの乾いた硬質感とは水と油である音楽家なのかもしれないと、僕は少し考えている。

ここでまたほんみちジャズからそれてよりみちするけれども、「アイ・サレンダー、ディア」は、レイ・チャールズとアリーサ・フランクリンもとりあげているんだよね。レイのヴァージョンはヴォーカルなしのインストルメンタル・ジャズ演奏(レイがたくさんジャズ演奏を録音していて、ジャズ・ピアニストとしての腕前も一流だとは、僕も以前記事にした)。しかしこれ、レイはどうして歌ってくれなかったんだろうなあ?まあジャズ演奏をやるんだというプロデュースだったからだろうが、いい歌なんだから、少しもったいなかったよなあ。
アリーサ・フランクリンの「アイ・サレンダー、ディア」は、コロンビア時代のアルバム『ジ・エレクトリファイイング・アリーサ・フランクリン』収録。 6/8拍子のリズム伴奏とストリングスに乗せてアリーサが愛を告白してくれているのだが、これはイマイチ面白くないような気がする。ジャズ歌手がよくやるスタンダード・ソングやブルーズをたくさんやったコロンビア時代のアリーサが好きな僕が聴いても、どうもちょっとなあと思う。だいたいアリーサは、気高く近寄りがたいように振舞ってくれているときのほうが素晴らしく聴こえる歌手なんだから、こういった曲はう〜ん…。
よりみち終り。ジャズ界のセロニアス・モンクに話を戻す。上で触れたような、モンクのある種の(いい意味での)古くささが、1964年のコロンビア盤『ソロ・モンク』にはよく表現されていると僕は思うんだ。だいたいねえ、このアルバム、オリジナル LP 収録の12曲がぜんぶラヴ・ソング、それもだいたいすべて女性に愛を告白したり称えたりなど、そんな曲ばかりで、しかもオリジナル・コンポジションがすごく多い音楽家であるにもかかわらず、カヴァー・ソングのほうをたくさんやっていて、それもですね、「アイ・サレンダー、ディア」みたいな、モダン・ジャズ・メンがほぼやらないオールド・スタンダードがかなり多いんだよね。

『ソロ・モンク』現行 CD には九つのボーナス・トラックが附属するのだが、LP 収録曲の別テイクとかはどうでもいいからそれを外すと、「ダーン・ザット・ドリーム」だけというに近い状態になる。このマイルズ・デイヴィスも『クールの誕生』になった録音セッションでとりあげた曲は、ちょっとひどい失恋歌なんだよね。これは『ソロ・モンク』のなかでは、やや例外的。レコード収録曲のなかにも「エヴリシング・ハプンズ・トゥ・ミー」みたいなトーチ・ソングがありはするけれど。「ジーズ・フーリッシュ・シングズ」もあるが、これは失った古い恋を想い出してシンミリしている内容だから、ちょっとフィーリングが違うよね。

これら以外は、文字どおりすべてが女性を賛美したり、愛を告白したりする曲ばかりで、しかも古い曲が多い。「ダイナ」(あぁ、日本ではディック・ミネが得意にしたこの曲を、モダン・ジャズ・ピアニストの演奏で聴けるなんて!)、「アイム・コンフェシン」「アイ・ハドゥント・エニイワン・ティル・ユー」「アイ・シュッド・ケア」など。モンク自身のオリジナル・ピースでも「ルビー、マイ・ディア」などは典型的な女性賛美曲。

しかもそれらの曲をピアノ一台だけでやるモンクの弾き方が、これまたモダン・ジャズふうではない。ハーモニー感覚だけは現代的だったモンクで、実際ビ・バッパーが使うようなコードをよく使うが、デューク・エリントンなんかはそれをもっとずっと前から使っていたわけだしなあ。和音の使いかた以外のピアノ・スタイルは、まったくどこもモダンではなく、1920年代あたりのジャズ・ピアニストと同質であるモンクの、そんなありようが、1964年コロンビア盤『ソロ・モンク』ではよく分る。

最初のほうで「アイ・サレンダー、ディア」だけ音源をご紹介したけれど、ほかにも例えば「アイム・コンフェシン」。これもサッチモとかライオネル・ハンプトンとかがやっているが、曲じたいが古いからというんじゃなく、この弾き方、演奏感覚は完璧にオールド・クラシック・ジャズのものじゃないか。可愛くて、ユーモラス、ちょっと滑稽で、「君のことを愛しているって、いま、僕は告白しているんだよ」という台詞を、かなり下手くそにしか言えない男がやっているみたいなピアノの弾き方だ。
「アイ・サレンダー、ディア」でも「アイム・コンフェシン」でも、左手で低音部を弾くベース・ノートの入れかたに注目してほしい。こういうふうに左手でベース・ノートを弾く、というか置くようなスタイルは、1920年代のストライド・ピアノと、そこから出発して独自スタイルを確立した<父>アール・ハインズや、ハインズの影響下にあった、例えばテディ・ウィルスンあたりまでは残っていた。典型的ビ・バップ・ピアニスト、バド・パウエルでこれが消えちゃったんだよね。

「ダイナ」とか、あるいはこっちはモンクのオリジナルである「ノース・オヴ・ザ・サンセット」あたりだと、ジャズ・ピアニストとしてのモンクの、そんなクラシカル・スタイルが非常にクッキリと分る。あまりにクッキリしすぎているくらいなので、モダン・ジャズ愛好家にはイマイチな評判になってしまうかも。
モンクのオリジナル・コンポジションのなかでも代表的な一つ「ルビー、マイ・ディア」は、モンク自身、ホーン奏者(たいていいつもテナー・サックス)を加えてなんども繰返し演奏し、公式に録音もされ、いくつか聴ける。リヴァーサイド盤『モンクス・ミュージック』収録のヴァージョンでは、コールマン・ホーキンスの美しいバラード吹奏が聴けた。それも大変に素晴らしい。
『ソロ・モンク』ヴァージョンの「ルビー、マイ・ディア」でも曲の流れと和音構成はまったく変わっていないが、上で書いたようなコン、コンっていう左手のベース・ノート置きを、それもあたかも素人ピアニストがやっているかのように、わざとやや不細工に弾き、それでもって曲の持つスウィートなフィーリングを適度に和らげて、甘さ、ロマンティシズムに流れすぎず過剰にならない程度の、ちょうどいい感情表現がうまくできていると思うんだよね。

2017/09/23

ナイルの詩とナイルの調べ

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JVC(ビクター)のシリーズと並び、世界の音楽をシリーズでたくさん出しているキング・レコード。キングのばあい、あれだけどんどんリリースし続け、そのカタログを維持し続けることができるのは、AKB48が売れまくって稼いでくれているおかげでもあるんだよね。正確には系統の You, Be Cool! レーベルだけど、キングのワールド・ミュージック・シリーズの恩恵に浴している音楽リスナーは、AKB48のことも頭の片隅に置いてくれてもいいんじゃないかなあ。

いきなり余談から入ってしまったが、キングのシリーズのなかから今日は『エジプトの古典音楽と近代歌謡』CD 二枚組の話をしたい。二枚の構成は、一枚目がエジプト近代歌謡篇で、オープニング曲を除きすべてヴォーカル・ナンバー。二枚目がエジプト古典音楽篇で全編インストルメンタル演奏。それも四曲すべて、それぞれ一つの楽器の独奏だ。

楽器独奏が四つ並ぶ二枚目も面白い。四つといっても、うち二つがカーヌーン独奏(ホッサーム・アブドル・ラフマン)だから、楽器は三種類。ほかの二つはナーイ(ネイ)とウードの独奏だ。まあはっきり言ってしまうと、この二枚目はアラブ音楽探究派以外にはあまり面白く聴こえないだろうと思う。僕は面白く聴けるが、一個の楽器独奏で、しかも延々と一個のタクシームが続くマカームで、実に淡々としていて、地味なんてもんじゃないほど地味だ。アラブ音階を学ぶには好適だが、ふつうはそんなものちょっとねえ。

それでも二枚目三曲目の「マカーム・クルド(ウード独奏)」は、単純に聴いて楽しむ演奏としても素晴らしい。ウード奏者サイード・フセインの素晴らしい技巧が最高に発揮されていて、めくるめくキラメキがあり、実に細かい高速のフレーズを正確きわまりない指さばきで弾きこなす。特に後半部での盛り上がりかたには、聴いている僕まで興奮してくるほどすごいものがある。20分以上もあるが、まったく飽きず最後まで聴ける。

がしかし、これを除く二枚目のほかの三曲は、特にアラブ音楽を追求するわけではないふつうのリスナーのみなさんには退屈に響くかもしれない。一個の楽器独奏だからかもしれないが、なぜだか音量も小さい。一枚目を聴くのにちょうどいいヴォリューム位置で二枚目に入ると、つまみを廻す(or スライダーを動かす)ことをしないといけないのだ。 だからこれ以上話はせず、ほぼすべてが歌入りである一枚目の話だけをしたい。

『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目は、すべてエジプト国立アラブ音楽アンサンブルによる演唱となっているが、だれがどの楽器と歌をやっているとの記載もないし、そもそもなんの楽器奏者と歌手がどれだけ使われているかもまったく記載なし。だが、聴いた感じ、けっこうな大編成のようだ。とにかくヴォーカル・パートは、一人の歌手の単独歌唱が出る部分も少しあるが、基本的に大人数コーラスだ。ホント書いておいてほしかったが、とにかく10人未満程度の人数には聴こえない。相当なマス・クワイアだ。

伴奏の楽器編成も、まあホント分らないのだが、こっちはさほどの大編成でもないように聴こえる。上で書いた二枚目で、それぞれ単独で演奏するカーヌーン、ナーイ、ウード(がそれぞれ複数台かもしれない)、それにくわえ複数の打楽器が参加している。さらにヴァイオリンなど西洋弦楽器も聴こえる。これは当然だ。エジプトにも、おそらく英国の植民地だった時代からなのか、西洋クラシック音楽の様々な要素が取り込まれた。種々の洋楽器も積極的に活用しながら、基本の土台はアラブ古典音楽に置きながら、その延長線上に近代アラブ歌謡が誕生した。

そんな近代アラブ歌謡の旗手が、以前僕も触れたエジプトのサイード・ダルウィーシュで、またその後1930年代頭ごろ?、同国で体系化されたアラブ音楽を背負って立ち時代を代表し頂点に立った稀代の天才女性歌手がウム・クルスームだ。ダルウィーシュ、ウム、そしてまた、例えばムハンマド・アブドゥル・ワッハーブや、またフェイルーズなどのスターたちが輩出し、アラブ近代歌謡は花盛りとなった。

エジプト国立アラブ音楽アンサンブルが演唱する『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目には、上の段落で書いたすべての音楽家の曲が登場する。書いたように一曲目が露払い的なインストルメンタル・ナンバーだが、二曲目「ムニャティー・アッズ・イスティバーリー(待ちきれない)」、三曲目「オグニヤト・アッ・シャイターン(魔王の歌)」、八曲目「ヤー・バフガト・ッ・ローホ(有頂天)」がサイード・ダルウィーシュの作品、四曲目「サカナ・エッ・レイル(夜のしじま)」がフェイルーズのレパートリー、五曲目「マダーム・トゥヘッブ(愛しているなら)」、七曲目「ハカーブル・ボクラ(あした会います)」がウム・クルスームのレパートリー、九曲目「ハムサ・ハーエラ(絶えざるささやき)」、十一曲目「ガザル・バナート(恋のからかい)」がムハンマド・アブドゥル・ワッハーブの作品。

どれも美しくて言葉がないのだが、いちばん僕が感じることは、アラブ(系)の音楽ではだいたいいつもそうなんだけど、旋律美なんだよね。華麗で繊細で眩惑的な美しいメロディを歌手や楽器奏者がやっているのを聴くだけで、僕は快感なんだよね。エキゾティックな感触を抱いているだけだろう?ブルー・ノート・スケールを聴いてもそんな感想は浮かんでこないだろう?と言われそうだが、僕にとってはどっちも同種の興奮、同種の快感だ。

『エジプトの古典音楽と近代歌謡』一枚目では、特にコーラスで歌う女性たちの声と歌い方が素晴らしい。それが男性ヴォーカルと入り混じったりする瞬間のスリルとか、前奏や間奏などあいまあいまに楽器だけの演奏パートがはさんであって(これはアラブ音楽だと現代大衆歌謡でも同じ)、それが終ると再び歌いはじめる瞬間に、背筋がゾクゾクするほど気持イイ。

こんなスリルや快感は、フェイルーズその他たくさんいる現代アラブ歌謡歌手で味わえるのは言うまでもないが、例えば ONB(オルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス)や、シャアビをやるときのグナーワ・ディフュジオンや、やはりシャアビふうにシャンソンを料理するときの HK など、こっちもたくさんいるモダンなミクスチャー・バンドにもしっかりと受け継がれていて、同種のものを味わうことができるんだよね。

私見ではたぶんウム・クルスームあたりで完成され築かれた現代アラブ歌謡の壮大な音楽遺産。いまなお、そんな遺産がエジプトはじめアラブ各国で愛されているようだし、現代的なミクスチャー・ポップ・ミュージックもそれなくしては成り立たなかった。がしかしウムでもフェイルーズでも、本格的にちょっと聴いてみようというのが気後れするような部分があるのかもしれないし、そもそもアラブの古典音楽と近代歌謡の関係と成立、そしてちょっとどんなものなのか、その世界を覗いてみたいだけっていう人も多いかもしれないよね。

イスラム教徒が多い中東アラブ圏については、アメリカなんかでもなんたって例の9.11以来、ひどい偏見と差別にさらされるようになっているし、フランスやヨーロッパ各国では、それと関係あるのかないのか、以前から北アフリカ地域やトルコなどから来ている人たちが、やはり差別的な扱いを受けたり、またここ日本でも近年、某「イスラム国」のせいかどうか、中東アラブ圏に対し風当たりが強くなっている。

そんなときは、中東アラブ圏のイスラム教徒たちってこんなにも美しく素晴らしい音楽をやるんだぜと、少なくとも僕はそれを聴いて、心の安寧を保ち気持を落ち着けることにしている。特にここ数年ね。みなさんもどうですか?さしたる理由なくなんらかの反感を抱く前に、なんらかの文化に触れて少しでも理解しようと、ちょっとアラブ音楽でも聴いてみませんか?エジプトはアラブ音楽のメッカだったから、キング盤『エジプトの古典音楽と近代歌謡』なんか、格好の二枚組だと思いますよ。

2017/09/22

マイルズ『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』

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五週連続のマイルズ・デイヴィス、”アナザー”・シリーズ。マイルズが完全にトチ狂っていた1969〜75年で繰り広げてまいりましたが、本日とうとう最終回とあいなりました。さぞや名残惜しかろう…、なんていうような部分はおそらくみなさんにはぜんぜんなく、あぁ、ようやく終ってくれるのか、清々するぞというのが正直なところであろうと推察いたします。

がしか〜し、たった五回のシリーズであります。これが終っても、僕のマイルズ探求は命ある限り続くはずなので、また来週からも毎金曜日、マイルズ関連を書いてはアップしていくつもり。お目障りな方はどうぞ無視してほしい。興味のある記事だけ読んでいただければ、それで僕は十分幸せ。

『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』も、先週同様、2007年リリースの『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』から音源をとってあるが、今週はすべて1973年以後75年までのものだ。このボックスで言えば3〜6枚目。プレイリストは、やはり元の『ゲット・アップ・ウィズ・イット』みたいに CD で二枚組という体裁を、不要とは思いつつ、採用した。

CD1

1, Big Fun / Holly-wuud (take 3)
2. Mtume (take 11)
3. Hip-Skip
4. What They Do
(total 45 min)

CD2

1. Big Fun
2. Holly-wuud
3. Mr. Foster
4. Peace
5. The Hen
6. Minnie
(total 45 min)

以下、録音データ。場所はすべてニュー・ヨーク・シティのコロンビア・スタジオ。

CD1

1. Recorded July 26, 1973

Miles Davis - trumpet, organ
Dave Liebman - soprano sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

2, Recorded October 7, 1974

Miles Davis - trumpet, organ
Sonny Furtune - soprano sax
Reggie Lucas - guitar
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - percussions
Pete Cosey - percussions

3. Recorded November 6, 1974

Miles Davis - trumpet, organ
Sonny Furtune - flute
Reggie Lucas - guitar
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Pete Cosey - drums
Mtume - congas

4. Recorded same date as 3

Miles Davis - organ, trumpet
Sonny Furtune - alto sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar, percussions
Dominique Gaumont - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foister - drums
Mtume - congas, percussions

CD2

1 & 2. Recorded July 26, 1973
Miles Davis - trumpet 
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

3. Recorded September 18, 1973

Miles Davis - organ, trumpet
Dave Liebman - tenor sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

4. Recorded July 26, 1973

Miles Davis - organ
Dave Liebman - flute
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

5. Recorded January 4, 1973

Miles Davis - trumpet, organ
Dave Liebman - soprano sax
Cedric Lawson - organ
Reggie Lucas - guitar
Khalil Balakrishna - sitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas
Badal Roy - tablas

6. Recorded May 5, 1975

Miles Davis - trumpet
Sam Morriosn - tenor sax
Reggie Lucas - guitar
Pete Cosey - guitar
Michael Henderson - bass
Al Foster - drums
Mtume - congas

この『ゲット・アップ・ウィズ・イット』期、というか正確には1973〜75年期のマイルズ・ミュージック。この音楽家の全生涯で僕が最も好きな時代なんだけど、たぶんみなさんはそうでもないんだよなあ。中山康樹さんや僕など熱心なマイルズ・マニアはだいたいここが大好きだし、それを熱心に語りすぎて他人には口うるさいしで、どなたもなにも言わない、言いにくいというような状況になっているのだということに違いない。

でも好きなものは好きなんだからしょうがないよなあ。自分の愛好だけは今後も熱心に語っていく。だがほかの人が口を挟みにくいような状況をつくってきてしまったのは僕たちの責任なので、この状況だけは少し改善しなくちゃね。特に熱心なマイルズ・マニアじゃないみなさんが、マイルズ・ミュージックのなにを聴いてどう考えてどう発言しようとも、少なくとも僕だけは、今後めんどうくさいことを言わないことにすると、ここに宣言する。

さて『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』になった、マイルズ1973〜75年のスタジオ音源。既発のものは CD2の1「ビッグ・ファン」と2「ハリ・ウード」だけだが、これとて73年に45回転シングル盤の AB 面となって公式発売されただけで、その後はまったく再発されず。どんな LP にも CD にも収録されず、ブートレグでなら聴けたが、公式には2007年の『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』の六枚目ラストに連続収録されたのが初で、いまでもそれが唯一。
こんなのオカシイよなあ。こんなにカッコよくて、しかも軽やかで、爽やかな風がサッと吹き抜けるようなファンク・ミュージックなんて、マイルズといわずだれといわず、ほかになかなかないのになあ。この二曲についての僕の思いは、以前、あらかた書き尽くしたので、こちらをご覧いただきたい。
これら二曲のシングル・チューンこそが、僕にとっては、1973〜75年のマイルズ・スタジオ録音で最高傑作だ。だから上記プレイリストでは、CD1のトップに、それらの元音源である編集前の「「ビッグ・ファン/ハリ・ウード(テイク3)」を置き、CD2のトップに二つのシングル・ヴァージョンを置いた。編集前のテイク3はこれ。
CD1の2「エムトゥーメ(テイク11)」は、オリジナルの別のテイクからもっと長めに編集されたものが、1974年リリースの『ゲット・アップ・ウィズ・イット』二枚目に収録されていた。演奏の基本パターンは同じだが、テイク11のほうがグッと引き締り、実際、演奏時間も短めだし、こっちのほうが出来がいいように僕は思うんだけどね。後半部のマイルズのソロ云々よりも、リズム・セクションの演奏が緻密でイイ。
CD1の3「ヒップ・スキップ」では、なぜだかドラム・セットをピート・コージーが叩いている。それはいいが、冒頭からしばらくのあいだ鳴っているファットな感じのシンセサイザー音みたいなのはなんだろう?マイルズが弾くオルガンの音を歪めてあるのか、あるいはドミニク・ゴーモンがギターに深いエフェクターを効かせているかのどっちかじゃないかと思うんだけど、やはりどうも判然としない。ここでもトランペット演奏云々よりもリズム・セクションだよね、聴くべきは。ソニー・フォーチュンもフルートだからいいと思う。
CD1の4「ワット・ゼイ・ドゥー」は、1975年あたりならライヴ・ステージでよくこういう演奏を繰り広げていたという典型例。スタジオ録音では、しかしこれだけなんだよね。いきなりピート・コージーが弾くブルージーなハード・ロックふうギター・ソロもカッコイイが、リズムのストップ&ゴーもなかなか快感だ。そのストップしているあいだにはエムトゥーメのコンガが気持ちよく入る。まさに『アガルタ』『パンゲア』っぽいじゃないか。この曲ではギターが三本聴こえるが(三本ってのはこの曲だけだと思う)、深めにファズを効かせてソロを弾きまくっているのがコージーだろうと判断した。ボスが後半部でちょろっとトランペットを吹くものの、それ以外はまったくなにも音を出していない。がしかし「演奏に参加していない」とは言えないだろう。
CD2に行って1と2の「ビッグ・ファン」「ハリ・ウード」については上で書いたので割愛。リンク先をご覧あれ。3の「ミスター・フォスター」という曲題はドラマーへの言及だろうが、実際の演奏で目立っているのはデイヴ・リーブマンのテナー・サックス。実際、このマイナー調の曲は1974年からライヴ・ステージで定番曲となり、「フォー・デイヴ」と(ブートでは)題されるようになった。75年になると、ソニー・フォーチュンがフルートで吹くようになる。
CD2の4「ピース」では、マイクル・ヘンダスンのエレベにエフェクターがかかっていてずいぶん歪めた音でリフを弾くが、しかし曲想はまったくゴリゴリ・ファンクではない。どっちかというと静かで美しいナンバー。デイヴ・リーブマンのフルートが聴きもので、これも『アガルタ』『パンゲア』のそれぞれ二枚目っぽいよなあ。
CD2の5「ザ・ヘン」は1973年1月4日録音で、この一曲がシタール奏者とタブラ奏者を起用したラストで、さらに1984年までにボス以外の鍵盤奏者を起用したラスト録音になる。そのせいで、この『”アナザー”・ゲット・アップ・ウィズ・イット』のなかではやや異質なサウンドを持っているが、カッコイイもんなあ。これを選ばないわけにはいかないよ。冒頭のエレキ・ギター、いいよね。後半部のボスのトランペット・ソロは、まあなんというかその〜、あれだ…。
CD2ラストの6「ミニー」という、人気女性歌手ミニー・リパートンに言及した曲題のこれは、以前も触れたがポップでスウィートなラテン・ファンク。1974年の公式盤『ゲット・アップ・ウィズ・イット』一枚目 B 面トップの「マイーシャ」の系列だけど、「ミニー」のほうが聴きやすくてイイネ。こんな甘くてポップなものが、75年のマイルズ・ミュージックのなかにもすでにあったんだよね。トランペット・ソロなしなのもいい。しかもこれ、かなりアレンジされているよなあ。

«濃密にセクシーなザッパのクラシカル・ピース

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