2019/03/25

これまた2010年代のアマジーグ・フォロワーだ 〜 フリークレイン

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これはフリークレインっていうほうがバンド名で、『ノマド』は作品名か。な〜んも知りませんがゆえ、いまようやく把握いたしましたこの2017年のアルジェリア盤 CD。しか〜し、中身の音楽はそんなに知らないものじゃないぞ。端的に言えば、これまた21世紀に蘇りし1998年のグナーワ・ディフュジオンというか現代版アマジーグ・カテブにほかならない。人気だなあ、アマジーグ。


昨年もこのブログで書いた、なんだっけなアルジェリア出身のバンドが、もろグナーワ・ディフュジオンだったけれど、っていうかこのバンドはアマジーグのワン・マン体制なのでアマジーグの影響ということか、どうもこの2010年代に入ってそれが若い世代のアルジェリアのバンドに顕著に出てきているような気がする。シーンを把握するのが苦手な性格なのでわかりませんが、なにかこう、現代版アマジーグとでもいうような傾向が見えるような見えないような…。


2010年代のアマジーグがいまのアルジェリアのバンドに見えるというのは、このフリークレインの『ノマド』にしてもそうなんだけど、ライ(はアマジーグにはないのだが)と、それからシャアビを根底に置きながら、音楽の方法論としてはレゲエやロックやラガマフィンなどをまとうという、そういったサウンド・メイクのありように最も顕著にあることなのだ。アマジーグ・フォロワーのぜんぶのバンドがこの方向性を取っている。


フリークレインのばあいは、それプラス、リード・ヴォーカリストの歌いかたにもアマジーグ唱法の直接の痕跡がはっきりと聴ける。声の出しかた、張りかた、ワン・フレーズの終わりで「アァ〜〜」と声をサステインさせるときのその声のトーンなんかもそっくりじゃないかな。ちょっと揺らぎながら哀しみを込めて、しかし強く訴えかけるように濃いヴォイスで伸ばすところ。同じだ。


『ノマド』にはレゲエもはっきりと(直接的、間接的に)聴けるし、またそれ以外の曲の多くはビートがロックのそれだなと聴こえたり、しかしグナーワ・ディフジオンと違ってストレートなシャアビなんかは聴けない。徹底的にポップ・ビートの衣をまとわせているのが今様なのかな。エレキ・ギターの単音弾きはここでもやっぱりカルロス・サンタナっぽい。って、サンタナの影響拡散力もこれまたすごいものがあるなあ。


だいたいフリークレインの『ノマド』には「Amazighia」なんて曲題のものがあるくらいで、その1曲目なんか聴いたら、な〜んだグナーワ・ディフュジオンのコピー・バンドじゃん、って感じちゃうくらいクリソツなんだけど、2曲目以後ラストまではそれなりのこのバンドらしい個性もうかがえて、微笑むところ。なかなか完成度も高いし、楽しめる一枚です。

2019/03/24

超爽快なバンドリン・ジャズ 〜 カラピッショ・ランジェル

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この作品、bunboni さんに教えていただきました。感謝します。
https://bunboni58.blog.so-net.ne.jp/2019-01-19


いやあ、カッコイイなあこのブラジリアン・ジャズ。そう、ジャズに違いない作品だ。主役は(ジャズというよりショーロで頻用される)バンドリンだけど、こういったジャズこそ、現在進行形のもののなかでは、いまのぼくにとって理想形のひとつ。も〜う、カッコイイのひとことに尽きるほど爽快にカッコイイぞ。まるでイケメンが颯爽と疾走するかのごとき風景を感じるサウンドだ。おかしいですか、この表現?


このアルバムでの主役バンドリン奏者はカラピッショ・ランジェル(Carrapicho Rangel)。アルバム名は『Na Estrada Da Luz』(2018)で、編成はバンドリン、ピアノ、ベース、ドラムスのカルテット。まず、いちばんグッと来るのがアルバム・ラスト8曲目の「Brisa」(作はパウロ・アルメイダ)。こ〜れが!もう!特にリズムのキメが爽快のひとことに尽きる!カッコイイなんてもんじゃない。ピアノ+ベース+ドラムスの三人がビシバシ決めまくるんだけど、いやあ、すんごくいいぞ!


曲「Brisa」では出だしからそのキメが入るので、みなさんすぐにおわかりいただけるはず。キメが演奏されたまま、そのまま上にカラピッショのバンドリンが乗っていく。それもうまくて舌を巻くような技巧だけど、決してメカニカルに無機的ではない。ぬくもり、あたたかさ、リリカルさを感じられる弾きかたなのがいいね。しょんべんチビリそうなほど超絶クールなキメの上をバンドリンが走るさまは爽快。快感だね。キメたまま曲じたいが終わる。いやあ〜、たまりませんね。


「Brisa」の前の7曲目「Partindo Pro Alto」だって同様のカッコいいキメが(ここではピアノとドラムスのデュオで)ビシバシ入るし、だいたいこのカラピッショのアルバム『Na Estrada Da Luz』は全体的にとてもよくアレンジされ練りこまれている。合奏パートが多く、その合間を縫うように入るソロは必要最小限で曲全体を壊さないように、というのが考え抜かれているんだよね。


それでここまでカタルシスがあって、しかもアルバム全体がたったの37分間で、しかもそれで食い足りない感じなんて全然なくって大満足っていう、こうなるとアメリカ合衆国の1960年代ジャズなんて、いったいなんだったんでしょうか?と言いたくなってしまうが、音楽の種類が違うんだから比較は無意味ですね。いまの即興系なんかも、ちょっとその…(モゴモゴ)。


カラピッショの『Na Estrada Da Luz』。ここまで乾いてクールなキメというかアレンジをやりまくるのに、ぬくもった情感があって、それはあたかもショラール感覚と言ってもいいようなものなんだけど、それは主役がバンドリンを弾いているせいなのか、あるいはそういった持ち味の音楽家でそういった音楽なのか。ちょっと2010年代後半の新世代ブラジリアン・ジャズって、おそろしいほど上質だ。

2019/03/23

渋谷で5時

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1991年に渋谷にメイン・キャンパスがある大学に就職したけれど、その前は東急東横線の都立大学へ通っていたから結局やっぱり渋谷駅がターミナル。そんなわけで1984年の上京時から2011年に愛媛に帰ってくるまで、ずっと渋谷がぼくのホーム・グラウンドだった。レコードや CD も、渋谷でいちばんたくさん買った。だから渋谷にあったレコード、CD ショップには、ほぼ入りびたり状態だったなあ。


いまでこそワールド・ミュージック・ショップ、エル・スールでめっちゃたくさん買っているが、このお店はぼくの東京時代、宮益坂にあった。現在は公園通りの NHK ホールへと向かう道中にある。しかし東京時代にそんなにたくさん通ったわけじゃなかった。ぼくが上京したころ、まだなかったように思うんだけど、間違っていたらゴメンナサイ。


タワー・レコード渋谷店も1984年にあったかどうか、記憶が定かでない。あったかなと思うんだけど、ぼくが憶えているのは宇田川町のジーンズ・ショップの二階にあったタワレコ渋谷店。80年代なかごろ?か後半からか?そこに通いはじめ、輸入盤のレコードや CD を、それこそ山のように買いまくった。都立大学から渋谷まで帰ってきて買って、自宅へ向かう山手線に乗る前に荷物を抱えて、という感じだったなあ。


アナログ→ CD の移行もタワレコ渋谷店で体験した。以前も書いたが、ぼくがはじめて買った CD はマイルズ・デイヴィスの『オーラ』で、当時これが CD しか店頭に並ばなかったためだ。まずそのソフトを買って、すぐにプレイヤーを買った。マイルズの『オーラ』CD をタワレコ渋谷店で買ったんだよね。でも当初、レコードはないのか?!と店内をさがしまわり、店員さんにも聞いたんだよ。


渋谷にメイン・キャンパスがある大学に就職してからは、サムズが最頻店となった。大きな歩道橋を渡った渋谷警察署の裏のビル二階にあった時代の話だ。渋谷駅を降りて大学まで歩いていくちょうどその道中にあったのでそれで発見し、通うようになった。ここはアメリカ黒人音楽の専門店。そりゃあも〜う、買ったなあ、サムズで。現在持っている CD の総量でいえば、サムズで買ったものがかなりの割合を占めるはず。


サムズには毎日(のように、ではなく文字どおり毎日)行っていた。小さなお店だし、そんなに行っていたらもちろん顔と名前を憶えられてしまう。好きな黒人音楽の趣味も把握されてしまい、ある時期以後は店内で物色しているとお店のかたから「戸嶋さん、こんなの出ましたけど、どうですか?」などとオススメされることも増えたのだった。その多くがブルーズ。1990年代はブルーズ・ブームだったしね。いやあ、サムズではとにかく買った。移転してからは行きにくくなってしまい残念。いまはもうない。


それからいままでもぼくの文章でしばしば名前を出しているが、渋谷東急プラザ(も、いまはもうないんだっけ?)内にある新星堂でもたくさん買ったなあ。ここでは CD しか買わなかった。仕事のとき、ぼくは常に早めに渋谷駅に到着してしまう習慣があったので、まだ大学まで歩いていく時間じゃないなと思ったとき、井の頭線のホームから近いので東急プラザによく立ち寄ってブラブラしていたんだ。紀伊国屋書店も入っていたので、そこもよくぶらついていたよ。


ディスクユニオン各店だって渋谷にもあるし、HMV も Wave もあったし、なんというか渋谷は(いまはどうだか知らないが)レコード、CD ショップがひしめく激戦区みたいな印象が1980年代後半〜90年代いっぱい、つまり20世紀末にはあったと記憶しているんだけど、違うかなあ。もうホント、時間がいくらあっても足りないんだよね、そんなに音楽ショップがあったら、その街をぶらつくのにさ。半日くらいはあっという間に過ぎてしまう。


そんな街だからなのか関係ないのか、1995年に参加してサーヴィス終了まで夢中でやっていたパソコン通信 Nifty-Serve の音楽部屋のオフ会は、どれも必ず渋谷で行われていた。レコード/CD ショップがたくさんあるのでみんなでグルグルまわり、食事をするお店にも困らないし、最後は老舗ロック喫茶の BYG(道玄坂)でゆっくりしながら、その日の収穫物をみんなが報告し、あとは雑談。楽しかったなあ。

2019/03/22

UK ブルーズ・ロック 9

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ブルーズはアメリカ産のものなのに、ブルーズ・ロックとなると、むろんアメリカ人もやっているけれど、断然ブリティッシュ勢、それも1960年代発信のものがおもしろいし、すぐれているように見えるし、熱心でもあって、成果を残しているよね。ポール・バタフィールド、オールマン・ブラザーズなどアメリカにもいるが、イギリスだと、たとえばローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ジェフ・ベック、エリック・クラプトン、ヴァン・モリスン、などなど、嗚呼、瞬時にどんどん名前があがるじゃないか。いくらでもいる。やっぱりね、そうだよ。


そんなわけで、今日は個人的にお気に入りの UK ブルーズ・ロックのアルバム九枚を並べておくことにする。ベストテンじゃなく九枚なのは、ひとえに上掲画像のようにタイルしたかったから。それだけ。以下、2019年3月時点での個人的好み順に一位から並べておいた。上掲正方形画像も同じ順で左上から貼ってある。


1. Fleetwood Mac / Fleetwood Mac (1968)
2. The Rolling Stones / Exile On Main Street (1972)
3. Led Zeppelin / Led Zeppelin (1969)
4. Jeff Beck / Truth (1968)
5. Free / Free (1969)
6. Cream / Wheels of Fire (1968)
7. John Mayall & The Bluesbreakers With Eric Clapton (1966)
8. Them / The Angry Young Them (1965)
9. The Animals / The Animals (1964)


フリートウッド・マックは、例のアルバム以後大人気になったけれど、ブルーズ・ロック観点からはもちろんピーター・グリーン時代だ。同様にゼムもやっぱりヴァン・モリスン時代がいいってことになるよね。アニマルズも似たような傾向があると思うので、これら三者、そういった時期のそういったアルバムでいちばん好きなものを選んでおいた。


エリック・クラプトン関連が二作となったのはあれだけど、でも当然という気もする。1960年代の英国で、ブルーズ・ベースの(ロックのような)音楽をやっていたなかで、いちばん輝いていたのはやはりクラプトンに違いないから。クリームにかんしてはもっと違うアルバムがよかったような気がしないでもないが、『ウィールズ・オヴ・ファイア』がぼくは好き。それだけ。ジョン・メイオール関連はもちろんこれだ。ひょっとしてブルーズをやるクラプトンの生涯ナンバー・ワン?


レッド・ツェッペリンとジェフ・ベック・グループのブルーズ・ロックはファーストと『トゥルース』で決まりだと、たぶんみなさんも思うんじゃないかな。フリーについてのぼくの選出はイマイチかも。でもこれも(ジャケット含め)好みの問題だから、しょ〜がないよ。


ローリング・ストーンズのブルーズ・ロックというと1960年代ものをみなさんあげるんじゃないかと思う。異論はないんだけど、個人的見解としては、1972年の『エクサイル・オン・メイン・ストリート』こそ、最高に消化・昇華されたブルーズ・ロック、でもない、もはやこれはブルーズそのものの味わいだと言いたくなるほど。それほどぼくは好きだし高く評価している。UK ロック勢が生み出したさまざまな作品のなかで、いや、別のいろんな意味でも、ロック界最高傑作じゃないかな。

2019/03/21

大編成オーケストラの時代

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クラシック音楽の大規模管弦楽とか、ジャズのビッグ・バンドとかは、なんたって生演奏現場の隅々にまで音を届けなくちゃいけないからあんな大人数編成になっていたというのが、誕生当時のまずもって最大の理由。少人数編成での生音では大きな会場の隅々にまで音楽が行き渡らない。電気拡散技術、すなわち PA(Public Address)なんかまだなかった時代の話。


ってことは、PA なしでも、聴衆規模が小さい時代やばあいには、あんな大編成は不要だと考えることも可能。実際、クラシック音楽のシンフォニーなんかでも、モーツァルトが生きていた時代あたりだと、聴衆のいる場所がまださほどの大きさじゃなくて、だからいわゆる古楽っていうんですか、楽器もあの時代のものを再現したものを用い、演奏するオーケストラの規模も抑えてわりと小さめの編成で再現した交響曲のレコードなんかがあるよね。大学生のころ、そんなモーツァルトのエインシャント・シンフォニーが新鮮でときどき聴いていた。


裏返せば、聴衆規模の、すなわちコンサート・ホールの大規模化は、19世紀の一般市民社会の誕生と軌を一にしていた。19世紀には、ほかにもオリンピックの復活現代化や、万国博覧会、百科事典、デパートメント・ストアの誕生など、似たようなことだったかなと思える事象が発生している。網羅的に大規模化し、それが一般大衆に行き渡ることを最大の目的とするといったことがらがね。


ジャズのビッグ・バンドも、こっちはまずもってアメリカ国内でダンスの伴奏をするのが第一目的で、誕生が、クラシック音楽でいう大編成シンフォニーの時代よりすこしあとだったのでとうぜん会場規模は大きい。もちろんニュー・オーリンズで誕生したころのジャズはそんなことなかったのだけど、シカゴ、ニュー・ヨーク、カンザス・シティなどのダンス・ホール、ボール・ルームなどでやるようになってからはビッグ・バンドじゃないと音量不足だったことは明白だ。


ダンスの伴奏音楽としてのジャズ音楽が会場で踊る客みんなに聴こえないといけないわけだから、コンボ編成ジャズ・バンドの、まあドラムスやピアノなんかはもとから音がデカいのでそのままでいいが、管楽器は同じものの人員を三人とか四人とかに増幅し、音量増大を図ったんだね。むろん、クラシックの管楽、すなわちブラス・バンドや、ひいてはマーチやポルカのバンドなども参照したに違いない。


古典的クラシック音楽(ミョ〜な言いかただけど)のコンサートではあくまでアクースティック・サウンドを届けることになっているのでいまでもそうだけど、ポピュラー音楽ではある時期以後マイクで拾った音を電気で拡大して大きなスピーカーで鳴らし、それでパブリック・アドレス目的は果たされることとなった。だから少人数編成だろうが、アクースティック・ギター弾き語りだろうが、そのまま野球場でもライヴ・コンサートを開催できる。


で、実際そういうことになっているけれども、ポップスやジャズやラテン音楽などのビッグ・バンドはやっぱり途絶えない。音量増幅というだけなら意味はなくなったわけだからそこじゃなく、なにか大規模編成、特に大人数管楽器同時演奏になんらかの魅力があって、それはコンボ演奏では実現できないものだからみんな聴くということになっているんだよね、きっと。


純音楽的内容から離れるような離れないようなわからないが、ビッグ・バンドは一種の祝祭、ハレの空間&時間&サウンドであるということもあるんじゃないかと思う。いまぼくは、たとえば渋さ知らズのような集団を念頭に置いているのだが、生でもなんどか観聴きしたこのビッグ・バンドは、CD で聴いてもわかる非日常性を実現している。コンボ編成ではちょっと実現不可能なような、まあ有り体に言えばニギヤカシだよね。それが(音だけ CD で聴いても)チョ〜楽しい。


そのほか、ビッグ・バンドだと、複数管楽器のトゥッティがもたらす分厚いハーモニーやユニゾンが、ある種のウネリを生んでいると言える。一糸乱れずクラシック音楽みたいに整然と演奏されるのとは若干異なる重なり合いが濁りみとなり、聴き手に快楽をもたらす、そんなことがあるんじゃないかな。


ここ10年くらいかな、大規模なジャズ・バンドが復権しつつあって、それにはラージ・アンサンブルというニュー・タームが使われているが、ビッグ・バンドと言わないのにはなにか明白な理由があるに違いない。いまでも銘柄として現役活動している古典的名門ビッグ・バンドと区別したいというだけじゃない、なにか音楽的な違いがさ、あるんだろうね。評価と人気が高いらしいマリア・シュナイダーとか挾間美帆なんかも不精してまだちっとも聴いていないが、もちろんきっとそのうち聴きますよ。渋さ知らズみたいなのが好きなぼくだけどね( ͡° ͜ʖ ͡°)。

2019/03/20

マイルズの電化トランペット時代はマチスモ志向

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それから今日書きたいテーマ向きの端的ないい写真が見つからなかった。ずいぶん前、紙媒体の雑誌かなにかで、マイルズ・デイヴィスの持つトランペットからケーブルが出ているのを直接とらえた写真をいくつか見ていた記憶があるんだけど、画像検索しても出てこない。


現在までに公式発売されている全音源でたどるかぎり、マイルズがはじめて電気トランペットを吹いたのは、1970年6月3日録音の「リトル・ハイ・ピープル」でのこと。現在ふたつのテイクが公式発売されているが、テイク7、テイク8との表記なので、アーリー・テイクがあるんじゃなかろうか。どんな様子だったのか、知りたいもんだ。ともあれ「リトル・ハイ・ピープル」は『ザ・コンプリート・ジャック・ジョンスン・セッションズ』(2003)で聴ける。それまで完全未発表だった。


マイルズに電気トランペットを提案したのはチック・コリアだったとのことなんだけど、実際、「リトル・ハイ・ピープル」のセッションに参加している。がしかしアイデアはもっと前にチックが持ちかけていたものなんだろう。それでおもしろいとボスも思ったのか思わなかったのか、しかしその後すぐには電気トランペットを吹かなかった。


本格的に電気トランペットを吹くようになったのは、公式発売音源だと1970年12月のセラー・ドア・ライヴから。その後翌71年もライヴで吹き続け、この年はスタジオ入りがなぜだかまったくないのだが、72年にスタジオ・セッションを再開したらもう全面的に電気トランペットしか吹かないという具合になって、そのまま75年夏の引退まで続け、81年に復帰したらやめていた。


だからほんの五年間だけのマイルズの電気トランペット時代だけど、その前後と比較して、やはりトランペットの音もトータルでの音楽性も、かなり異なっていたように思うんだよね。ひとことにすれば、マチスモ・ファンク時代。リズムが強靭になり、サウンドも激しく電気増幅されてハードになり、だから最大の上物である自身のトランペットの音も強化すべしと考えたかもしれないよね。


以前から書くように、ジャズ・トランペットにはそもそもマチスモ的なイメージがつきまとう。それを変えたのがほかならぬマイルズだった。音量も音色も小さくか細く、まるで女性的(女性のみなさん、ごめんなさい)。およそ猛々しくないやさしくソフトなサウンドでしか吹けないのがマイルズで、かのチャーリー・パーカーだってそんなマイルズの特徴がちょうど自分のアルト・サウンドといいコントラストになると踏んでバンド・レギュラーに起用したのだろう。


自身のバンドを結成してからも、マイルズはただでさえ音量の小さいソフト・サウンドである自身のトランペットに、さらに弱音器まで付けてもう一段小さく細くしてしまうというやりかたでトレード・マークとしたくらいなのだ。そんなハーマン・ミュートでのプレイで必要最小限の音数しか使わず、繊細にていねいに、薄〜っいガラス製品を扱うがごとき演奏で評判をとり、人気も定着した。
http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-0e78.html


1970年暮れから五年間の電気トランペット時代は、そういった方向性とはまるで真逆だよね。猛々しく荒々しい音色だし、しかもその時代、マイルズはかなり音数多めに吹きまくっている。女性的な繊細さとはほど遠いマチスモ・イメージがあって、しかも1981年にカム・バックして以後は、またふたたび従来のソフト路線に回帰したかのようだったので、70〜75年のあいだだけの特異現象だったかもしれないんだなあ。


マイルズの電気トランペット時代は、ジャズ・トランペットというものの本来的特色を再獲得し回帰しただけだったと言うこともできようが、マイルズの音楽キャリア全体を見ればちょっとそれも違うような気がする。あの1970年代のロック/ファンク時代に合うように自身の楽器の音もチューンナップしていたと、それも一時的なものだったと見るのがふさわしいんじゃないだろうか。


あんなハードな電化ファンクへと変貌していたマイルズ・ミュージックだから、自身のか弱いトランペットの音(しかこのひとは生では出せない)ではそぐわない、バンド・サウンドのなかに埋もれて消えてしまう、なんとかしなくちゃ!と考えて採用したのが、トランペットにピックアップ・マイクをつけ、ケーブルでアンプに接続し電気増幅するという手段だったんだろう。必然的に音色も、吹奏全体も、バンド・サウンドも、デリケートさよりワイルドさのほうが勝るようになる。


1970年代マイルズのファンク志向と一体化していた電気トランペットの吹奏は、このひとにしては珍しいマチスモ志向だったのだと見ることができるかも。


2019/03/19

トランプ時代のアメリカ音楽 〜 メイヴィスの『ライヴ・イン・ロンドン』

ロンドンのユニオン・チャペルで2018年7月に録音されたメイヴィス・ステイプルズの『ライヴ・イン・ロンドン』(2019)は、完璧にオールド・ファッションドな音楽だ。1曲目「ラヴ・アンド・トラスト」出だしのブルージーなエレキ・ギターを聴いただけで、まるで50年くらい時代をさかのぼったような気分になる。メイヴィスは80歳ほどなわけだし、ちょうどいちばん元気があったころのそんな音楽をいまに再現していると言えるかも。

元気があったころと書いたけれど、でも『ライヴ・イン・ロンドン』でのメイヴィスも相当元気だよ。そして、実際、いま2018〜19年も、ちょうど50年前くらいと似たような時代状況になってきているのじゃないだろうか。メイヴィスの音楽が、変わっていないのに老いず衰えず(と聴こえる)訴求力を放っているようなのは、きっとそのせいに違いないと思える。おそらくこの歌手はこのことに自覚的だ。だからこんなライヴ・アルバムをリリースしたのだろう。

とりあげているレパートリーも、トラックリストで曲名をざっと一瞥しただけで想像できそうな、まったくそのとおりの内容の歌が続いている。いま、2018/19年ごろに、アメリカ(だけでなく世界)で失われようとしているかのように見えるものを取り戻さんとでもいうべきメッセージというかアピールだよね。しかも、社会的、政治的であると同時にきわめてパーソナルな日常の現実にも密着している。

そんな内容を綴るメイヴィスの歌声に変わらぬ力強さがあって、失礼ながらとうていこの年齢の歌手とは思えぬ張りと艶を感じる。いま2019年にこの年齢の歌手のなかでは、世界で最もしっかり歌える存在じゃないだろうか。まぁあれだ、愛と信頼とか、あなたは決してひとりじゃないのよとか、そんな内容はちょっといまのぼくは信じられない気分もあるんだけど、メイヴィスにこうやって歌われると違ったフィーリングにもなってこようというもの。

しかも『ライヴ・イン・ロンドン』は伴奏がシンプルだ。ギター&ベース&ドラムスの三人だけでオーヴァー・ダブもなし。あと、バック・コーラスが二名いて、本当にたったこれだけ。この、いわばスカスカに空間のあいたサウンドが、かえって主役歌手のヴォーカルの存在感、ナマナマしさをきわだたせる結果となっているから大成功だ。飾り付けない音楽で、メイヴィスが歌い伝えたい内容がダイレクトに響いてくる。そんな気がする。

昨2018年にはライ・クーダーの『ザ・プローディガル・サン』があったけれど、メイヴィスの『ライヴ・イン・ロンドン』といい、いまのこの時代の、しかもアメリカ合衆国人じゃないと産み出しえない音楽作品じゃないかと思うんだよね。

2019/03/18

三天皇といっしょにツェッペリンのフィルム・コンサート(夢)

(BGM はこれで)

この夢を見てから時間が経過しているので内容を忘れている部分もあり、すこしあやふやだけど、憶えていることと、それからしょせんは夢なんだからもう一回想像力を働かせて盛ってふくらませて、記しておこう。今朝の夢のなかでぼくは、昭和、平成、次代の三天皇の居並ぶ同席で、クラスメイトといっしょに、レッド・ツェッペリンのライヴを収録したフィルム・コンサートを見た。

だから、やっぱり夢だよねえ。いまの皇太子が平成の次の天皇になるその元号は決まっていないし、昭和天皇はこの世にいない。それに天皇家がレッド・ツェッペリンのような音楽を聴くかどうかもわからない。マスコミ報道などではクラシック音楽の楽器演奏をおやりのかたもいらっしゃると見るけれど、だからハード・ロックの、それも生演奏ライヴじゃなくてフィルム・コンサートなんかにいらっしゃるとは思えない。

まあでも英国王室で、ずっと以前、どなただったかがアメリカのジャズに夢中で…、云々みたいな話を読んだこともあるし、世界の王族・皇族がたのなかで、ポピュラー・ミュージックに興味を示されるばあいがあってもそんなに不思議じゃない気がするよね。それでも、日本の三天皇がレッド・ツェッペリンとはなあ。

ぼくがツェッペリンの大ファンであることは前からご存知のとおり。それから第二次世界大戦後の皇室に対し好意を抱いていることもたしかだ。特に平成天皇以後かな、共感するようになったのは。このツェッペリン好き&皇室好きのダブルであいまって、夢のなかでそんなことになったんだろうか。う〜ん、わからない。とにかくそのときは高校のクラスでフィルム・コンサートを見るという会で、それに三天皇が同席された。

あらんことか、ぼくはそのコンサート終了後、平成天皇とことばも交わしたのだった。その内容はぜんぶ忘れたが、たぶんツェッペリンの音楽についてどうお聴きになりましたか?みたいなことをしゃべったんだという気がする。日常のご公務にかんしてもなにか話したかもしれない。う〜ん、忘れちゃった。

それでそのツェッペリンのフィルム・コンサートは、(愛媛県松山市の)高校のクラスで見るものだったにもかかわらず、サハラかどこか、とにかく砂漠のなかに会場が設営されてあって、スクリーンがあって、席は急ごしらえのパイプ椅子を並べただけだった。不思議なことに、コンサート終了後に平成天皇とことばを交わした際、はしごのようなものを降りてきつつだったように憶えているので、ってことは会場は階上だった?う〜ん、わからない。とにかくふつうにしゃべっただけでなく、はしごか階段を下りてきながら会話した。

フィルム・コンサートで観たツェッペリンのライヴじたいは、たぶん例の『永遠の詩』(The Song Remains The Same) ではなかった。あれは実際に映画として上演されたもので、ぼくも松山市の映画館で観た、高三のときに。まさにフィルム・コンサート然としていたが、あの映画にはマディスン・スクウェア・ガーデンでのライヴ演奏シーンだけでなく、さまざまにフィクショナルなシーンが挿入されているので、ライヴ体験というのともちょっと違う面がある。

その意味では、21世紀になってから公式発売された『DVD』(か『VHS』)はコンサートの模様だけを収録したものだから、あれをスクリーンに投影すればツェッペリンのフィルム・コンサートみたいな感じにはなるなあ。いちばん上でリンクを貼った CD 三枚組ライヴ・アルバム『ハウ・ザ・ウェスト・ワズ・ウォン』は、『DVD』と同時期に姉妹商品のようにして発売されたものだった。

いまでも鮮明に憶えているのは、その三天皇同席のフィルム・コンサートでは、ラスト・ナンバーが「ロックンロール」だった。これは間違いない。だってね、曲の最終盤のストップ・タイムを使ったア・カペラ部 "lonely, lonely, lonely, lonley time!" を、うれしくなったぼくは同時に叫ぶように歌ったんだもん。でもって、そこの lonely と time のあいだの間合いは、四枚目のスタジオ・アルバムにあるオリジナル・ヴァージョンと同じで、間合いをかなり空けることもある各種ライヴ・ヴァージョンのものではなかった。

2019/03/17

シームレス連続再生のために

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音楽狂いで、片時も音楽から離れられないというみなさん、どうなさっているでしょうか?ぼくを含むそういった音楽キチガイのばあい、音楽再生装置をどこにでも持ち歩く以外ないと思うんですけど、なかなかたいへんなばあいもありますよねえ。しかも音質だってあまり犠牲にしたくない。どうすれば、どこへ行っても変わらず音楽を聴き続けられるか、悩むところであります。

寝ているあいだと仕事のあいだを除けば、ぼくもず〜〜〜〜っと音楽を聴いているという人間だから、それなりに工夫をしないといけません。カセットテープを聴くウォークマンを大学生時分に買って以来、いろいろと音楽の携帯を試してきたんですけど、シームレス連続再生という観点もあわせ考えると、最近、ひとつの結論にたどりつきつつあるのかもしれないです。

それは Spotify(でなくともいいんですけど)でストリーミング再生し、しかも出力は Bluetooth 機器を用いるという方法です。この Bluetooth 機器を用いるという点が肝心で、ぼくは現在のところその手の音楽出力装置を(常用しているものだけだと)三種類使い分けています。それをいちばん上の写真で示しました。二個までがスピーカーで、残り一個がイヤフォンです。ときどき使うといった程度なら、これら以外にもう三個、Bluetoothスピーカーやヘッドフォンも持っています。

どうして Bluetooth 機器であることが肝心かと言いますと、これがまさにシームレス連続再生を可能とするものだからです。たとえばですよ、長時間の(フィジカルだとボックス・セットに相当する)一個の音楽作品を、ずっと自室のスピーカーの前にすわって聴くのはなかなかたいへんです。事実上、不可能じゃないでしょうか。五時間とか八時間とか、ばあいによっては半日とかも再生時間がかかる音楽作品は、その長さのあいだに出かけたり、いろいろとするじゃないですか。

そんなとき、Bluetooth 機器で鳴らしていれば、たとえばスピーカーで聴いていて、別な Bluetooth スピーカーやヘッドフォンやイヤフォンの電源を入れるとですね、自動的にそっちへスウィッチしてくれ、そっちから音楽が流れてくるんですよ。オートで切り替わるんです。タイム・ギャップもありません。音楽がシームレスに流れつながります。これはぼくも最初、知らなかった仕様で、最近はたいへんありがたく活用しています。

音楽を聴いていて、途中で席を立ちたいとなったとき、というかそうならないなんてことはありませんよね、人間ですからトイレに行ったり、キッチンに立ったり、お仕事やお買いもので外出したり、などなど、さまざまな必要に迫られます。ふつうの(音楽狂ではない)人間なら、音楽を聴くのはそこでストップ、となるのでしょうね。ところがぼくはそれがイヤなんです。ず〜〜〜っと聴き続けていたいんです。有り体にいって、ぼくにとっての音楽とは空気、酸素だから、呼吸を止めるわけにはいかないんです。

だから、どこででも音楽をシームレス連続再生したいんです。上記のようなケースにくわえ、最近ぼくは毎夜のお風呂前に30分間のウォーキングを欠かさなくなりました。毎晩八時半ごろから歩くんですが、もちろんそれまで部屋でずっと音楽を聴いています。その聴いている音楽を途切れさせず、そのままウォーキングの BGM として持ち歩きたいんです。というか、現実にそうしています。シームレス連続再生で、途切れず、聴きながらそのまま外出し、そのまま聴き続け、帰宅したら、部屋の Bluetooth スピーカーの電源を入れたら、またそっちにシームレスに音楽再生が移動します。

ウォーキングから帰ったらすぐにお風呂に入りますので、今度は防水ポータブルの Bluetooth ミニ・スピーカーを使いますが、それの電源を入れたら、また自動的にそっちに再生が移動し、またシームレスでそのまま連続再生。お風呂で聴いて、出てからだを拭いて、部屋のスピーカーでまたそのまま連続再生…、てな具合で、部屋に座っていても立って移動しても、どこへ外出しようとも、ぼくのばあい、音楽を途切れずそのままシームレスで連続再生し聴いています。

だから、途中でなにかしてもしなくても、部屋にいても外出しても、長時間の(ボックス・セット相当の、あるいはどんどんたくさんのアルバムやプレイリストの)音楽をそのまま連続再生し続けて、最初から最後まで八時間でも十時間でも、聴けています。どんな長さの音楽でも次々とスウィッチしながら、どんどん聴くっていう具合です。

音楽狂で、いつでもどこででも音楽と肌身離れずくっついていたいというぼくみたいな人間にとっては、ホントこれ以外の方法はないと思うんですね。どこへ行くにも音楽をシームレス連続再生できるので、日常生活のどんなことも一層楽しくなりました。いつでもどこででも、音楽といっしょ。これが理想です。実現している理想です、ぼくのばあい。

なお、Bluetooth 出力装置さえ使えば、べつに Spotify(とかその他ストリーミング・サーヴィス)である必要はありません。スピーカーなりイヤフォンなりヘッドフォンをパソコンとペアリングすればいいだけですから、音楽ファイルがパソコン内にあれば、同じシームレス連続再生が実現できます。しかしですね、外出時に本体からあまり離れると Bluetooth の電波が入らなくなります。だから、現実的にはスマートフォンを持ち歩きながらストリーミング・サーヴィスを使いながらでやる以外ないと思うんですね。

どうです、音楽好きのみなさん?

2019/03/16

ドゥドゥ・タッサの『エル・ハジャール』で『ラテン・プレイボーイズ』を思い起こした

昨日、イスラエルのアラブ・ロッカー、ドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティスの『エル・ハジャール』のことを書いたけど、これをまず一回目に聴いたとき最初に思ったのは、まるで『ラテン・プレイボーイズ』みたいだなということだった。アメリカ西海岸のチカーノ・ロック・バンド、ロス・ロボスの別働隊であるラテン・プレイボーイズの1994年第一作だ。実態はデイヴィッド・イダルゴ、ルイ・ペレス&ミッチェル・フルーム、チャド・ブレイクの四人。

『ラテン・プレイボーイズ』がどんなふうに創られた音楽なのかはさておいて、『エル・ハジャール』がそれに似ていると感じたのは、おおざっぱな聴感上の類似だけのことで、たとえばドラムス・サウンドとエレキ・ギター、エレベの音が、ミキシングを経てこんな感じに大きく聴こえて、なんだか強調されているなと思うっていう、そんなところが共通しているなと思っただけ。

『ラテン・プレイボーイズ』だと、たとえば1曲目の「Viva La Raza」なんかでも、イントロを経て本編に入ると、突然ドラム・セットとエレキ・ギターの音がかなり大きく強調されている。ドゥドゥ・タッサらの『エル・ハジャール』でも、たとえばナスリーン・カドリが歌う2曲目で、ヴォーカルに続き大きくそれらが聴こえるし、ドゥドゥみずから歌う3曲目なんかでもそうだ。このズンズン来るドラムスの音、それがいいなとぼくだったら思う。それは『ラテン・プレイボーイズ』でも同じだ。

「Viva La Raza」は、なんだか曲調もアラブ音楽ふうだと感じないでもないような…、そんな気がしないでもないような…、どうですか?そういえば、同じアルバムの5曲目「Manifold De Amour」ではコントラバスが使ってあるけれど、この曲もなんだか哀感調がアラブ歌謡ふう…、じゃなくてラテン音楽の切なさなんだけど、でもなんだかちょっとこれ、相通ずるものがありそうな…、そうでもないですか?

サウンドの全体的な触感も、ロー・ファイな技術を駆使した『ラテン・プレイボーイズ』と、特別そんなことはしていないだろう『エル・ハジャール』では似ていないはずなのに、なんだか共通する印象を持ってしまうのはぼくだけだろうか?ん〜、うまく言えないんだけど、どっちも音がザラついている。そんな触感がある。しかも隙間がよく空いている。そしてかなりナマナマしい肉体性を感じる。

ま、ドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティスの『エル・ハジャール』で『ラテン・プレイボーイズ』を連想するのはぼくだけかもしれないけどね。音楽創りの姿勢や手法なんかは、まるで正反対のように思うし。

2019/03/15

こんなアラビック・ロックを待っていた! 〜 ドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティス

な〜んだこりゃ〜あ!最高におもしろいじゃないか!今日はまだ2月25日だけど、2019年新作篇ベストテン第一位はこれで決まりだな。と断言したいほどすばらしい音楽作品であるドゥドゥ・タッサ&ザ・クウェイティスの2019年作『エル・ハジャール』。最高だよ。ドゥドゥ・タッサがだれなのかちっとも知りもせず、エル・スールのホーム・ページで見かけたときなんらかの勘が働いたんだよなあ。我ながら見事だったと、いま聴き書きながらひとりごちている。

いや、ひとりごちなんてもったいない、イスラエルのドゥドゥ・タッサのこの『エル・ハジャール』は多くのかたにおもしろがっていただける内容をもったすぐれた音楽作品なのだ。イスラエルと読んで、ある種のステレオタイプが耳に浮かぶかたは、考えをあらためたほうがいいかも。これはアラブ音楽なのだ。厳密にはユダヤ人のやるイラク音楽で、それを現代ロックふうに再解釈したものなんだよね。

どうしてそんなことになっているのか、すこし説明しておいたほうがいいのだろうか。1930〜40年代のイラクで絶大なる人気を誇ったアラビア音楽のバンドがあった。名をサレハ&ダウド・アル・クウェイティ・ブラザーズという。サレハとダウドは兄弟で、ユダヤ人。ご存知のとおりユダヤとアラブは密接な関係にあって、音楽をはじめ文化的には不可分一体の関係だった。かつてのイラクでユダヤ人アラビア音楽家が活躍したのもむべなるかな。

イスラエル建国後の中東戦争を経て、イラクでもユダヤ人は迫害されるようになったので、サレハとダウドのクウェイティ・ブラザーズも家族とともにイスラエルに移住。のちの1977年にドゥドゥ・タッサが生まれることになるが、ダウドが直系の祖父なのだ。サレハが大叔父ということになる。先祖の偉大な音楽家の血脈を受け継ぐドゥドゥ・タッサは、ふだんイスラエルのロッカーとして音楽生活を送っているが、クウェイティ・ブラザーズの音楽を現代的に解釈・再現しようとしてやっているのがザ・クウェイティスなんだよね。

2019年作『エル・ハジャール』も、音楽的には完璧にアラブ音楽。収録の10曲すべてサレハ・アル・クウェイティの書いたもので、それをドゥドゥがピックアップして、現代ロック的な楽器編成と演奏で解釈しなおして、バンドで演奏し、みずから、またゲスト・シンガーを迎えて歌っている。コンピューターを用いたプログラミングも多用されているようだ。

アラブ音楽だけれども、曲そのものはクラシカルであるとはいえ、そこは現代ロックのフィルターを通してのものだから、アラブの芳香はやや弱くなっているかもしれない(と、数々のアラブ古典歌謡と比較してそう感じる)。しかし、たとえば打ち込みのドラムス・サウンドの強調や、エレベやエレキ・ギターの多用で、かえって哀感が色濃くにじみ出ているばあいもあるなと、アルバム『エル・ハジャール』を聴くとぼくだったら感じる。

特にゲストの女性歌手二名がそれぞれ歌う2曲目「トリ・ヤ・レイライ」(ナスリーン・カドリ)、4曲目「ヒルワ・ムラット・エル・ラヤリ」(レヘラ)には、抗うことなど不可能な強い艶と色香が漂っていて、まるで魔力のように聴き手を惹きつけてやまない。いやあ、すばらしい。女性歌手の声がいいっていうことなんだけど、ドゥドゥらによるバック・トラックも見事だと思うよ。

それら以外では多くの曲でドゥドゥみずからが歌っているが、立派なアラブの発声とコブシまわしじゃないかな。さらに、ここはたぶん多くのアラブ歌謡ファンと意見が異なるところなんだろうと思うんだけど、(打ち込みによる)ドラムス・サウンドの強さなどもいい効果になっているなと感じている。ヒップ・ホップ感覚の、特異なアラブ・ロックともいうべき容貌と化しているようじゃないか。大好きだ。特にたとえば3曲目「モシャブからやってきた娘」。

一般的には、たぶん7曲目「愛している」がハイライトということになるかもしれない。ここでフィーチャーされているヴォーカルは、なんとダウド・アル・クウェイティ。そう、ドゥドゥの祖父の声だ。古い、たぶんダウドのイラク時代に録音されたものを使っているんじゃないかな。それにくわえ、楽器伴奏を孫のドゥドゥらがやって最新のバック・トラックを創り、足して合体させたんだと思う。さすがに異様な妖気が漂っている。

2019/03/14

エンリッキのアゼヴェード再読に聴くショーロのアフロ性

これも2019年1月27日に渋谷エル・スール店内で見つけて買った一枚。エンリッキ・カゼスの『レレンド・ヴァルジール・アゼヴェード』(RGE、1998)。もちろんヴァルジール・アゼヴェードの現代的再解釈を試みたアルバムで、エンリッキだからあたりまえ〜と言うのはあれだけど、やはりいつもながらレベルの高いショーロ作品となっている。

このエンリッキの『レレンド・ヴァルジール・アゼヴェード』のテーマは、ずばりショーロのアフロ・ラテン特性を表現することにある。特にリズム面でその方向性がはっきりと出ているように思う。だから、しっとりゆるやかな(バラードふうの)楽曲である2「Pedacinho Do Cêu」、8「Mágoas De Cavaquinho」、9「Você, Carinho E Amor」などは、いかにもショラール(泣き)系ショーロで大好きなんだけれども、今日の話題からは外れる。またアルバム・ラスト14曲目のカヴァキーニョ独奏「Minhas Mãos, Meu Cavaquinho」はこの上ない美しさでため息が出るけれど、泣く泣く話題の外に置く。

アルバムがヴァルジール・アゼヴェード作品集ということで彼の曲をやっているわけだから、1「Delicado」、12「Brasileirinho」といった超有名曲もある。しかし今回このアルバムではちょっとふだんと違ったアプローチでエンリッキは取り組んでいて、それはたとえば「ブラジレイリーニョ」だけ聴いてもわかる。というかこの曲こそエンリッキ自身なんどもなんども録音しているから、この『アゼヴェード再読』ヴァージョンの特別さがよくわかると思うんだ。

なにがスペシャルなのか、ひとことにすれば、ベト大活躍のパーカッシヴな「ブラジレイリーニョ」になっていて、しかもリズムにシンコペイションが効いていて、ヒョコヒョコっと跳ねているということなんだ。ベトが活躍しパーカッション類のシンコペイッティド・サウンドが強調され、ユーモラスに跳ねているという、この一点こそ、このアルバム全体を貫く音楽性の肝だ。ヤなことばで使いたくないが、アルバム・コンセプトはそこにある。

このことを踏まえれば、上記曲以外、このアルバム収録曲は、どれもすべてリズムのアフロ・ラテン/アフロ・ブラジリアン性に重きをおいた演奏になっているとわかるはず。ゆるやかでおやだかにスムースにスーッとリズムが進むものがほぼないんだよね。どの曲も跳ねている。ひっかかりながらユーモラスに(リズムが)上下する。意図してエンリッキはあえてそうアレンジしたに違いない。そのため、ベトの打楽器演奏に重心を持ってきている。

それでもって、ショーロが本来、発生的には持っていたストリート・ミュージックとしてのアフロ・リズム特性をあばきだし、そのための媒介としてヴァルジール・アゼヴェード作品を用い、ある時期以後この音楽がまとったエレガントでクラシカルななめらかさは消した。なんというか、このアルバムの音楽はガチャガチャしているんだよね。いやいや、そんなふうには聴こえないよ、と思われるかもしれないが、これがぼくなりのエンリッキ『レレンド・ヴァルジール・アゼヴェード』の解釈だ。

2019/03/13

自然と密着したスコットランドのトラッド・カルテットがいい 〜 ファラ

このアルバム、bunboni さん経由で山岸伸一さんに教えていただきました。
ファラの『タイムズ・フロム・タイムズ・フォール』(2018)。トラッドというか、ぜんぶ自作曲なんだけど。ほ〜んとカッコいいジャケット・デザインだよねえ。見た瞬間に、こりゃいいんじゃないかと思ったらビンゴ。鮮烈な印象を残すあざやかな音楽で感心しちゃった。ファラはスコットランドの四人組。三人までがフィドルで、ほか一名がピアノだけど曲によってはフィドルという、なかなか変わった編成。しかし奇をてらったふうはなく、あくまで素直にストレートに、ケルト・トラッドふうのメンバー自作曲を演奏していて、好感度大。

コンボ編成だけど同じ楽器を多数起用して音を重ねるといえば、ジャズのマイルズ・デイヴィスが1968年暮れから70年まで、鍵盤楽器奏者を二名か三名同時起用していた。ファラの多重フィドルも複層的に重なり合い、クラシック音楽みたいに整然と合奏するだけでなく、微妙にズレているのはあえて意図してやって、サウンドにふくらみを持たせようという試みだとわかる。

たしかにケルト系のトラッドらしく猛烈にドライヴする曲もすばらしいんだけど、しかもそれが多重フィドル演奏で実現しているわけだからユニークな個性といえるけれど、この手のドライヴ感はこういった種類の音楽、のことにフィドル演奏ではあたりまえなものだから、そんなに独自だという印象を持たなかった。いや、めくるめく展開はたしかに見事。

それより個人的に印象に残ったのは静かでゆったりした(バラードっぽい)曲の数々。3曲目「アト・ジ・エブ」(からそのまま続けて4曲目に入る)とか、ヴォーカル・ナンバーである5曲目「ソング(ラヴ・ギャザーズ・オール)」とか、7「フランシス・デイ」、8「シー・イット・オール」、そしてなによりアルバム・ラスト12曲目の「マックスウェルズ・ライト」。

それらゆったり静謐ナンバーのほうに、むしろドラマを感じるのだった。美しい自然の風景を眺めているかのような、そんな気分で、内心落ち着くことができて、心象も暖かく豊かになっていくような、そんな心持ちがするよ。自然と密着したケルト系トラッドの世界を、自作曲で見事に実現しているなあ。ファラって、ただカッコイイだけじゃない懐の深さを感じる四人組だ。

2019/03/12

ババ・コマンダント二作目が心地いい

一作目がかなりおもしろかったブルキナ・ファソのババ・コマンダント&ザ・マンディンゴ・バンドだから、二作目リリースを知って飛びついて買ったんだけど、その『Sira Ba Kele』(2018)はこりゃまただいぶ感じが変わったよねえ。サイケデリックだった面影は消えて、サウンドも整理され、グッと聴きやすくなって、いいのやらイマイチなのやらわからないが、でもぼくはけっこう好き。それに二作目は一聴目の第一印象がかなりよかった。これも聴きやすさのおかげってこと?

変化を強く実感するのは2曲目「Siraba Kele」だろうか。サウンドの中心になっているのはバラフォンと司令官の弾くンゴニで、エレキ・ギターも聴こえるものの質感はアクースティック。ナチュラルっていうかオーガニックなテイストで、それはアルバム全体をとおしてそうなのだ。オーガニックですよ、ババ・コマンダントがさ。あ、いや、こういう言いかたはよくないな。いいほうへ変化したと。

2曲目もそれ以外も、ンゴニやバラフォン(やエレベなどのこともあり)が弾く同一パターン反復の上に音楽が成り立っていて、まるで西アフリカ音楽のクラシカルな典型に立ち戻ったかのよう。アクースティックなサウンド質感だって伝統的だし、聴きやすく整理されていてあまりゴチャゴチャしていないし、司令官の野卑にしゃべるようなヴォーカルはそのままの迫力で、いいねえ、こりゃ、この二作目。

第一印象がよかったというのは3曲目「Bobira」と4曲目「Siguisso」 、特に4曲目のこと。3曲目ではバラフォンの音が目立っていて、そうだからだと思うんだけど、このアルバムの音楽はさわやかで軽快な味をバンドのサウンド全体にもたらしている。一作目になかったバラフォンをくわえたのは大正解だったと言える。大好きな4曲目では、全速力のリズムの疾走感がいいね。やはりそれをバラフォンが主に表現しているのがポイント高し。それに司令官のンゴニがからみ、エレキ・ギターはあくまでエフェクト程度。ファンクっぽいしね。これもいいなあ。

5曲目「Keleya」のエレベ・パターン延々ループも快感だ。しかもエレキ・ギター・ソロがちょっぴりカルロス・サンタナっぽいし、なかなかおもしろい。あ、サンタナっぽいといえば、この新作ではエレキ・ギターのシングル・ノート弾きがわりとどの曲でもそうなんだよね。これはいったいどうして?なんていう問いも無意味だろうか、ああいったラテンなギター・スタイルは全世界に波及している。

いやあ、ホント聴きやすくノリやすいし、聴いたあとくちもサッパリさわやかだし、ババ・コマンダントの二作目『Sira Ba Kele』、なかなかのオススメ品です。呪術を思わせるようなジャケット・デザインは逆効果かも。体をあまり表現していない。

2019/03/11

ロックからアラブ音楽に入門するならこれ 〜 ヤシーン

ヤシーン&ジ・オリエンタル・グルーヴ(っていかにもインチキくさい名前だが)の2016年盤『メディタレイニアン・クラッシュ』。この音楽家とは初邂逅だったんだけど、五人編成バンドのようで、アルジェリアンはアルジェリアンでも在仏ではなく在西。それもバルセロナに住んでヤシーンは活動しているらしい。音楽もなかなかおもしろいね。やっぱりフェイクっぽいかな?という感じも若干あるけれど、ロック・ミュージシャンがやるアラブ・アプローチと考えればかなりいい出来に入るはず。

『メディタレイニアン・クラッシュ』というアルバム題は社会派かな?と香らせたりするものだけど、アルバムの中身の音楽はそんなことまったく無関係に楽しめるものだ。やっぱりアラブのライ・ロック、シャアビ・ロックとか、そんな趣が濃厚で、ちょうど「カシミール」のレッド・ツェッペリンとかあのへんをもっとグッと本格的にしたみたいなフィーリングかもね。

1曲目「Barcelona Sona」のイントロだけでそんなふうに心をつかまれてしまうもので、歌が出たらもっとクッサ〜い(いい意味で)アリジェリア香が漂っている。この曲だけでなくアルバム全体に、かの ONB(オルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス)っぽいサウンド色があって、そんなところも聴きやすく、ぼく好み。こういったポップなミクスチャー系が苦手な向きには推薦できないが。

だまって聴いていたら4曲目で耳馴染みのあるメロディが。これは「アラウィ」じゃないの。と思ってはじめて曲名を見たら「Turkish-Al-lawi」となっている。でもトルコふうな部分はあまり感じない。それより ONB ヴァージョンの「アラウィ」にとてもよく似ているよね。1990年代末を思い出すかのよう。だからヤシーンのこのアルバムはちょい古いといえば古い。でも、好き。

本格的なウード独奏も入る5曲目などを経て、7曲目でこれまたよ〜く知っている曲となる。「Mare tournaré demà」となっているこれは、たとえばラシッド・タハらもやったかのカビール・ソング「Menfi」だよね。それをヤシーンらは正面切ったアレンジと歌でしっかりやっていて、これはなかなかの聴きものだ。後半は幻惑的な展開となって、テンポがどんどん上がる。アルバム中いちばんいい。

聴きやすいしなかなかおもしろいよ、このヤシーン&ジ・オリエンタル・グルーヴの『メディタレイニアン・クラッシュ』。ツェッペリンその他でロックからアラブ(系や周辺)音楽に近づいてきた入門者にも推薦しやすい内容で、共感していただきやすいサウンドだ。ここをきっかけにライやシャアビの世界へと足を踏み入れていけばいいんだと思うしね。

2019/03/10

アンゴラの歌(と踊り)40年

2016年盤の17曲入り一枚もの CD『40 Anos A Cantar Angola』(Spotify のだと16曲)。よくわかってないんだけど、一種のサンプラー的アンソロジーってことなんだろうか?だいたいぜんぶセンバ?これを買ったエル・スールのホーム・ページにも CD パッケージにも、まったく曲目一覧しか記載がない。あ、いちおう選曲者がペラ紙の内側に書いてあった。Virgílio Correia さん。ぜんぜん知らないや。1975年のアンゴラ独立年に40を足すと2015年となるが、そういう意味なんだろうか?

聴いていると、たしかにアコーディオン(じゃなかったんだっけ?)が特徴的な、独立後の早い時期のセンバみたいなのが多いし(それがアルバムの主体かな)、そうかと思うと打ち込み主体かと聴こえるモダンなものもちょっとあり、いっぽうぼくでも知っている有名人パウロ・フローレスもいる。以前『メモリアズ・ジ・アフリカ』っていうボックス・セットのことを書いたでしょ。ポルトガル語圏アフリカの音楽アンソロジー。あれにアンゴラ篇があったけど、それの収録曲と似たような感じが『40 アノス・ア・カンタール・アンゴラ』でも出てくる。
『40 アノス・ア・カンタール・アンゴラ』、Spotify で聴ける全16曲アルバムに即して話を進めるけれど、聴いた感じ(ホントなにもわかっちゃいませんから)、1〜5曲目までがモダン・センバみたいに聴こえ、だからパウロ・フローレスを幕開けに置いているのはそういうシーンのトップ・ランナーとして、ということなのかもしれない。しかしぼく的にはここでグッと来るというわけじゃないアルバムだ。

6曲目の Carlos Burity「Monami Ya N'Gienda」がまるでアメリカのコンテンポラリー R&B みたいに聴こえるメロウ・バラードなんだけど、これはセンバじゃないよねえ。ぼくのなかでセンバとは激しく快活で躍動的なダンス・ミュージックのことになっている。それでも、この6曲目は国籍を感じない普遍的なブラック・ミュージックで、これはこれでかなりいい。ジャズ・フュージョンっぽくもある。

それが終わって7曲目から11曲目までの五曲が、ぼくにとっての『40 アノス・ア・カンタール・アンゴラ』のハイライト。いやあ、めっちゃくちゃいいじゃないですか!極上の楽しさだ。この五曲は、録音時期も音楽のスタイルとしても古い典型的なセンバなんだよねえ、たぶんさ。もはや時代遅れのオールド・スクールかもしれないが、2019年に聴いて楽しいったら楽しいな、という間違いない実感がある。ダンス・ミュージックは古くならないんだ。

マジほんとダンサブルで、実際、ぼくはこの五曲のセクションを聴きながら部屋のなかでは踊っているし、気分ウキウキの極上フィーリング。あっ、アコーディオン(?)は、このセクションでは7曲目だけか。ほかはエレキ・ギターが中心で、それにくわえ打楽器群という編成だね、聴いた感じ。くわえてリード・ヴォーカルとコーラス隊とのコール&レスポンス。う〜ん、わかりやすくて、グルーヴが明快で、とてもいい。

この五曲のセクションを聴いてからだが動かないひとは、たぶんアンゴラのセンバには縁がないということになってしまうかもしれない。いやいや、そんなことない、ここを聴いて指先一本動かない人間なんていないよ。このグルーヴには抗えないはず。じゃなかったら、大衆音楽のことをジッと座ってだけ聴くものだと思い込んでいるか、だ。

アルバム『40 アノス・ア・カンタール・アンゴラ』では、12曲目のゆったりナンバーをはさみ、13曲目以後ラストまで、やはり激しいダンス・ビートが並んでいる。冒頭の1〜5曲目もダンサブルなセンバだったし、結局このアルバムは歌というよりダンスなんだよね。アルバム題に 'Cantar' とはあるものの、踊って過ごす40年ってことかな。聴くぼくら日本人をも踊らせる強力なグルーヴがあるね。

2019/03/09

フォーキーなチャブーカ版ボサ・ノーヴァ or フィーリンの誕生?

ペルーのチャブーカ・グランダ。ムシカ・クリオージャの音楽家として知名度があるので、無知なぼくでも知っている。彼女が書いて歌ったものはだいたいぜんぶバルス・ペルアーノだ。昨2018年にエル・スールで買った『未発表音源集』(Lo Nuevo de Chabuca Granda)は、お蔵入りしたままだった1968年の録音集とのことで、いままで聴いていたチャブーカの歌とは若干趣きが異なっているかも。

シンプルなギターとカホンだけの伴奏によるトリオ編成で、チャブーカはきわめてプライヴェイトな装いを見せ、ナチュラルにすーっと歌っている。なめらかっていうか、スムースで、それはあたかもキューバのフィーリンやブラジルのボサ・ノーヴァにも通じるような自然体。それが心地いいんだよね。創り込まれていないラフさっていうか、日常の歌って感じ。実にいい。

実際、『未発表録音集』で聴けるチャブーカの歌は、かなりラフな状況で演唱され録音されていたものなんだろうと想像できる。音響の空気感からも、スタジオかどこかでのライヴ一発録りに違いないと思え、そんな親近感や卑近性が、チャブーカの音楽の持つ優雅さと複雑さ(後者はアフロ系の微妙さか)の絡みをきわだたせることになっている。むきだしのチャブーカっていうか、生のソフトな肉体を感じられるところがいいんだよね。

だれが弾いているのか(クレジットもないから)わからないナイロン弦ギターのフレーズにはジャジーで洒落たタッチも聴きとれて、チャブーカのヴォーカルもリキみがなく、この時期のラテン歌手にしてはありえないほどフリーで自然体で、しかもフォーキー。それらすべての要素があいまって、この音楽をチャブーカ版のフィーリンとかボサ・ノーヴァみたいなものに響かせているよ。なかなかこんなムシカ・クリオージャ、聴いたことないよ。

チャブーカの『未発表録音集』、たしかに作品としての緻密な完成度という観点からは相当もの足りないんだけど、このちょっとしたアマチュア性というか、ラフな日常性(はラテンな音楽性からはやや遠いかもしれないし)が、簡単には生まれえない独特のおしゃれな陰影を歌にもたらして、得がたいライト・タッチなフィーリングを生んでいる。かなりいいと思うなあ。

仲間内だけの親密な集まりで、小さな狭い部屋のなかで、日常的なリラックスした楽しみのためにだけちょちょっと弾き歌う、そんなこじんまりしたパーティのための音楽としてバルス・ペルアーノを再構築したいとう実験的録音だったのかもしれないね。バルス・ペルアーノもまた、かしこまって聴くための音楽と日常的なダンス・ミュージック、この両面を、やはりポピュラー・ミュージックらしくあわせもっていたんだろうと、チャブーカのこの録音集を聴くと実感する。

2019/03/08

(懐かしき)プエルト・リコは歌

2018年の仏ブダ盤『懐かしきプエルトリコ 1940-1960 プレーナ、グアラーチャ、ボレロ、ヒバロ』(Nostálgico Puerto Rico - Plenas, Guarachas, Boleros y Canciónes Jibaras - 1940-1960)。カリブのプエルト・リコが世界の音楽でどれだけ大きな役割を果たしてきたか、キューバ音楽ほどではないにせよ、知っているひとは知っていることだ。1940〜60年と限定し、その時代のプエルト・リコ音楽を収録したのがこのアンソロジー。

このアルバム全体から受ける印象としては、1940〜60年というと、たとえばキューバ音楽などはメカニカルな反復形式を持つダンス・ミュージックが主たるものとなっていたと思うんだけど(その反面、メロウな歌謡音楽であるフィーリンも隆盛だったが)、プエルト・リコではなにしろ<歌>がメイン。これはとても強いイメージとしてこのアンソロジーでも全体を貫いている。

たとえばこのブダ盤でぼくが最も強い印象を受けるのは17曲目の「コンパシオン」なんだけど、なんなんだろうこの哀愁というか、悲哀に富んだコード・ワークとメロディの組み立ては。思わず感極まって涙がこぼれそうになってしまうほどだ。アコーディオンも効果的。ところで 'Compasión' って、英語でいう 'Compassion' と同じような意味なんだろうか?いやあ、この一曲だけなんども聴いてしまう。最高だ。ボレーロかな、これは。しかしおよそダンスには向いていなさそう。

こんな短調の旋律を持つ哀感ラテン・ナンバーはこの『懐かしきプエルトルコ』のなかにほかにもたくさんあって、特に歌われるパートの旋律美がとてもすばらしい。ラファエル・エルナンデス、ペドロ・フローレスというプエルト・リコ二大コンポーザーはここにもいるが、彼ら以外の手になる曲も美しい。そして泣いちゃうそうだ。そんな哀感がとても強い。

そうかと思うと、長調でわりかしダンサブルな快活ナンバーも同じくらい収録されていて、キューバでいうマンボに近いものもあれば、そのなかには20、21曲目の大編成でやるプレーナ(セサール・コンセプシオーン)なんかはとても見事だ。しかも(プエルト・リコ系ニュー・ヨーカーの音楽である)サルサへつながる道程をすでにここに聴きとれる。

それでもメロディがなめらかで流麗なのがプエルト・リコ音楽らしいところか。マイナーなボレーロでもメイジャーなカンシオーンであるヒバロでも快活陽気なプレーナやコンガでも中庸なダンス・ミュージックのグァヒーラ・グァラチャなんかでも、プエルト・リコ音楽として一貫している特徴は、ヴォーカルの即興性と哀感と甘美な歌唱性。

そんなところを持つつつ、中南北米の雑多な音楽を吸収しながら、(マンボのような)ダンス・ビートをも併行して体験していった歌手や演奏家が、やがてサルサのような音楽を産んでいくことになったのだろう。

2019/03/07

その(2):タールとトンバクの完全デュオ即興ライヴ 〜『チャカヴァク』

こういう音楽をぜひ一度生で聴いてみたい『Chakāvak』。これはウードじゃなくタールで、パーカッションはトンバクだけどね。アルバム『チャカヴァク』は、2018年4月15日のオスロでのライヴ録音で、タール(イラン人、写真左)とトンバク(イラン系ノルウェイ人)の完全デュオによるインプロヴィゼイション・ミュージック。オスロでの当夜の前半部を収録したものらしい。

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それで、昨日も書いたことだけど、こういったインストルメンタル・ミュージックのなんとなくの雰囲気がたまらなく大好きなんで、だから部屋のなかで集中せず BGM として流していいなぁ〜って感じているから、タールとトンバクの二名、特にリーダー役(じゃないかと思う)のイラン人タール奏者がだれか?なにをやっているのか?この音楽とはいったいどういうものか?にはイマイチ興味がない。なんとなく雰囲気がいいなあと思って愛聴し、というか流しているだけ。

『チャカヴァク』はいちおう10個にトラックが切れていて曲名もつけられているけれど、聴いた感じ、これは最初から最後まで一個のインプロヴィゼイションなんだろう。うん、間違いない。場所場所でそれぞれの展開があるので、それでトラックを切ってふさわしそうな曲題も考えてつけただけのことだね。即興のモチーフとなるような旋法はもちろんあるんだろう。聴くと明確なトーナリティが感じられる。しかもその和声統一感は、アルバムの最初から最後まで変化しない。

『チャカヴァク』にしかない、たとえば昨日の『ワスラ』などとの最大の違いは、やはり主役たる弦楽器の響きの差がもたらすものだろう。タールって、複弦3コースなんだっけな、音色も音域も、たとえばウードなどとはかなり異なるよね。ウードが低域でうめくものだとすれば、タールは甲高くさえずる、そんな印象がある。そんなタールの、タールにしかない独自のサウンドが、アルバム『チャカヴァク』最大の特長だ。好きだなあ、こういった音。

『チャカヴァク』でのトンバクは目立たず、あくまで脇役脇役と心がけているのが、聴いているとよくわかる。イラン人タール奏者はどうやらベテランのマスターなのかもしれないが(そのへん、本当になにも知りません)、その華麗な技を最大限にまで引き立てるべくトンバク奏者も徹底して伴奏に努めている。結果、大成功しているよね。だから、聴感上は、あるいは音楽の本質として、このアルバム、タール独奏というに近い。

そしてそのタールのこの高音域でひばりがさえずっているような、そんなサウンドが、聴いていて心地いいんだよね。なんらかのラメントみたいなものも含まれているのかな?とか、あるいは6トラック目「スパーク」と題されたパートなどは、たしかに火花散るような迫力もあって、エモーショナルに高揚し、実に心動かされるものだなあとか、アルバム『チャカヴァク』を通してなんども聴いて、随所に聴きどころがあるけれど、全体的にはあくまで一種のムード・ミュージックとして自室のなかで流して、それで心地いい雰囲気をかもしだしてくれる。

2019/03/06

その(1):ウード&パーカッションだけみたいな地味インストがかなり好き 〜『ワスラ』

以前、サビルのことを書いたでしょ。
ああいった地味ぃ〜っなウード(+パーカッション)・インストルメンタルな音楽が、あんがい大好物なんですよ。どこいらへんからこの嗜好が来ているのか、自分でもちょっとわからないが、CD(でも配信でも)を流し聴きしているだけで気分いいもん。しかも緊張感がとれてリラックスできる。だから自室のなかでいい BGM になる。BGM なんていうとバカにするような音楽好きシリアス一直線がいらっしゃるでしょうが、悪いことじゃないんですよ〜、イージー・リスニング側面っていうのはさ〜。

『ワスラ』(Wasla)のばあいは、ウードとレクの二重奏でやるエジプト古典音楽の組曲。本当にこのふたりだけでアルバム全編をやっていて、いっさいの装飾がない。だから、たぶんこれ、聴くひとによってはとてつもなく単調で退屈な音楽に聴こえるに違いない。ところがぼくの耳にはヴァリエイションとニュアンスに富んだ豊穣な音楽に思えるんだ。ホント大好き。

『ワスラ』という、もとの組曲がどんなものだったのか、ぼくはちっとも知らない。フランス語、英語、アラビア語の三ヶ国語で書かれたブックレットを実はまだ一度も読んでいない。だぁ〜ってね、音を鳴らしはじめたら、そのあまりの快感とくつろぎに、ただひたすら身をゆだねたくなって、実際、いままでなんども聴いているが、ただひたすらこの音楽を耳に入れているだけなんだ。これがなんであるか、いまは関係ない。知る気もないし、重要だとも思わない。音楽が、ただ、気持ちいい。それだけ。

『ワスラ』のばあい、今年1月27日に渋谷エル・スールに出かけていって、店内の CD 棚を物色し、このジャケットはいいな、たぶんこれ、ウード・インストルメンタルみたいなやつなんでしょ?どんな感じですか?と原田さんに尋ね、じゃあちょっと…、と聴かせてもらっての、ハイ購入!だったのだ。我ながらまだまだ直感は利くなあとひとりごち。

その際、原田さんに、最近この手のやつではこれがよかったですよ、と指し示していただいたのがサビルだったので〜す。そしてさらにもう一枚、同じ日に同傾向のインストルメンタル・アルバムをお店で見つけて買った。これも自宅で聴いたら極上の一枚だったので、明日、書くことにしよう。

2019/03/05

アルジェリアの砂漠のブルーズに冷と熱が同時に宿る

このシビれるようなエレキ・ギター・リフの弾きかたは砂漠のブルーズだね。アルジェリアのバンド、Afous D'Afous の2015年作『Imzad』のこと。アルジェリアのバンドらしい歌謡性というか、ライに通じるような音楽要素も(主にリード・ヴォーカリストの唱法とシンセサイザーの使いかたに)ある。レゲエもわりと鮮明にあって、またロックっぽい感じもするっていう、だから要はミクスチャー・バンドってことか。

でもこういったマグレブ系ミクスチャー・バンドで砂漠のブルーズが主成分になっているひとたちって、いままでいましたっけ?ぼくは初体験なんだけど。アルジェリアも国土の多くが砂漠だし、南はマリと接しているし、トゥアレグ人はもちろんいるし、だからあの手のギター・ミュージックがあって当然だけど、いままでこんなかたちでは出てこなかった(と思うんだけど?)のが、う〜ん、どっちかというと不思議なのかなあ。

このアルバム『Imzad』は簡易なペラ紙ジャケに曲目以外の情報はほぼ記載なしだから、Afous D'Afous のバンド編成やパーソネルなんかはぜんぜんわからない。ジャケットに七人写っているが、聴いた感じ、ヴォーカル、エレキ・ギター、電子鍵盤、ベース、ドラムス、パーカッション、サックスといった編成かな。コール&レスポンスでバック・コーラスもどんどん入るのはバンド・メンの担当か?砂漠のブルーズにしてはギターが一本だけで、サウンドの彩りはにぎやかでない。

しかしこのだれが弾いているのかわからない(すごく知りたい)エレキ・ギターがビリビリシビれるフレーズを連発。ギター・トーンの創りかたもうまく、細かなフレーズを折り重なるように積んでいくというこのスタイルは、ぼくの個人的体験ではティナリウェンではじめて知ったもので、その系列にあるものなのは間違いない。なめらかでなく、ビリビリと、ひっかかりながら反復されるエレキ・ギター・フレーズ。だから、砂漠のブルーズのギターは、河内音頭のそれにも相通ずる(とぼくは思っているんだけどね)。

ホント、Afous D'Afous の『Imzad』はギターとヴォーカルだけ聴いているだけで気持ちいいんだけど、たとえば四曲目でタブラが使ってあったりもするし、アルバム終盤部でのレゲエ・リズムの活かしかたなんかは汎モダン・アフリカン・ポップス的かな?いや、同じアルジェリア出身のアマジーグ・カテブ(グナーワ・ディフュジオン)のと同じマナーかな?と思えたり。しかしサックスが常時聴こえるのはなかなか珍しいと思えたりもする。

やっぱりこのビリビリとシビれるめくるめくようなエレキ・ギターこそ、Afous D'Afous『Imzad』最大の持ち味にしてアピールに違いない。サハラのトゥアレグ・ギター・バンド・ミュージックの持つクールネスと、ライなどアルジェリア歌謡音楽独自のヒートを同時に感じさせるアルバムで、珍しいかもだけど、中身はなかなか充実していて聴かせる一枚に違いない。かなり好きで、なんども繰り返し聴いている。

2019/03/04

夜明けのサンバ

これも2019年1月27日夕方に渋谷エル・スール店内で発見して買った一枚で、1966年の RGE 原盤、パウリーニョ・ダ・ヴィオーラ&エルトン・メデイロスの『夜明けのサンバ』(Samba Na Madrugada)。お店にあったのは2010年のボンバ盤だったが、中身は1997年の同社盤と差がないようだ。

このパウリーニョ&エルトンの『夜明けのサンバ』を一聴しての最大の印象は、パーカッションがまるでドラム・マシンみたいに響くなということ。ちょうど『暴動』のときのスライ・ストーンが使いこなしたドラム・マシンのサウンドに瓜二つだ。こんなことを言うと、サンバ、スライ双方のファンから総スカンを食らいそうだけど、ぼく的には間違いない実感。

でも『夜明けのサンバ』のほうにはマシンはおろかドラム・セットは使われていない。だいたいサンバってそんなもん使わないよね。じゃあこの音はなにを使って出しているのか?と思っても、CD パッケージ、附属の解説文のどこにも記載がない。なんらかの木製打楽器なんだろうなあ。叩くタイミングが正確だから、ということよりも、音色の類似と、それからやっぱりスライがうまかったんだなあ、ああいった(当時としては)無機的とされたビート・ボックスのサウンドに生々しさを与えていたから、ってことだと思う。だから似て聴こえるのだろう。

アルバム『夜明けのサンバ』では、基本、パウリーニョとエルトンが一曲づつ交互に歌い、ふたつあるメドレーでもやはり交互にやっているようだ。これを録音した1966年当時だと、二者とも新人の部類だったんだっけ?みずみずしくていいなあ。音楽の質も高い。それで、個人的には、パウリーニョの声のほうに共感をおぼえる。

エルトンの声のほうはちょっとザラッとしていてガサついているでしょ。ふだんはそういった濁りみ成分のある声や楽器音のほうが好みだし、サンバ・ヴォーカルとしても向いているかもしれないけれど、線の細いなめらかさを持つパウリーニョのソフト・ヴォイスのほうが、これにかぎってはぼく好み、このアルバム『夜明けのサンバ』にかぎってはね。

やっている中身は、『夜明けのサンバ』、だいたいがエスコーラ系カーニヴァル・サンバみたいだから、特筆すべきものじゃないような気がするんだけど、スライの使うドラム・マシンみたいなパーカッションの打音とパウリーニョの(新人的?)フレッシュ・クルーナー・ヴォイスで、なかなか鮮烈な快感を残す一枚だ。34分間と短いのも聴きやすくナイス。

2019/03/03

ポケット・ピシンギーニャ 〜 エンリッキ・カゼス

2019年1月27日に渋谷エル・スールを訪問した際、ここはブラジルの音楽 CD がかなり充実しているから(たぶん世界のどのエリアよりもブラジルの棚がいちばんデカい)、ぜんぶほじくり返して、いままで見逃していたアルバムを根こそぎ買った。ところでどんなレコード・ショップでもディグしまくると手がベタベタになるのはちょっとあれだなあ。それはいい。エル・スール店舗は宝の山だ。この日は時間があったので、ブラジル棚だけでなく、お店のなかをとにかく隅々までぜんぶひっくり返した。

今日話題にしたいエンリッキ・カゼスとマルセーロ・ゴンサルヴェスの『ピシンギーニャ・ジ・ボルソ』も、そんなふうにして発掘した一枚。完全に買い忘れていた1999年盤で、エンリッキはもちろんカヴァキーニョ。マルセーロが7弦ギターで、この完全デュオでピシンギーニャの楽曲の数々をコンパクトにまとめてみたというもの。アルバム題は『ポケット・ピシンギーニャ』という意味で、そんなようなコンサイス・ショーロみたいなもんかな。

エンリッキにはオルケストラ・ピシンギーニャみたいな仕事もあるわけで、ピシンギーニャのオーケストラ・アレンジを現代に再現しようとすることはやっている。また『エレトロ・ピシンギーニャ』のような現代エレクトロニクスを駆使してピシンギーニャ作品の持つユーモア感覚と楽しさを蘇らせようとしたアルバムだってあるわけで、ピシンギーニャという偉大な作曲家をさまざまな切り口で料理している。

『ポケット・ピシンギーニャ』のばあいはカヴァキーニョとギターの完全デュオのみでやっていて(一曲だけマルセーロのギター独奏あり)、オーケストラかコンジュント用に作編曲したピシンギーニャのコンポジションの解釈としては難航したんじゃないかと思うんだよね。アルバムを聴くとかっちりした譜面もなさそうで、エンリッキとマルセーロが息を合わせる微妙なタイミングがすべてみたいな演奏だしね。

だからエンリッキが案を練ったあと、ふたりでリハーサルを繰り返したと思う。2曲目「Segra ele」、9曲目「Tapa buraco」、13「1対0」のように、急速テンポで二名がぐいぐいスウィングするような曲の数々はもちろんすばらしい。どんだけふたりで練習したかもよくわかるピッタリの呼吸で、まるでサッカーの試合のオフェンスでテンポを上げて軽快にボールまわしをやっているような、そんな複雑にシステマティックな爽快さを感じるね。

個人的に『ポケット・ピシンギーニャ』でさらにもっとグッと来るのは、ミドル・テンポで愉快におもしろ楽しくやっているようなユーモラス・ショーロ(4「Passatempo」、6「Os dois se gostam」、8「Devagar e sempre」、11「Os oito batutas」)、ならびにサウダージ横溢の泣きのバラードふうショーロ(3「Sensivel」、5「Paciente」、7「Ingênuo」:ギター独奏、10「Cochitohando」、12「Gloria」)だね。

特に「センシヴェル」とか「グローリア」なんかで聴けるこのショラール(泣き)感覚の、エンリッキ&マルセーロ二名による表現には、ホント感極まって胸がいっぱいになってしまいそうだ。マジ泣きそう。しかもデュオ技巧としても超一品。からみはたんなるコントラ・ポントというようなものではない。もっと練り込まれた有機的な一体感を示していて、アレンジャーというか演奏の主導権はエンリッキにあっただろうけれど、完全即興と見てもいい次元のスポンティニアスさにまで二名合体で到達している。

しかもポケットのピシンギーニャですからね。そのまま携帯してちょっとふらっとでかけられるような、そんな親近なコンパクトさをもまとっている。すばらしいショーロ作品だ。スケールの大きな作曲家だったピシンギーニャだけど、同時にそうした卑近さをも(ショーロ全般もだけど)持ちあわせていたことをエンリッキはしっかりと音にしてくれて思い起こさせてくれている。脱帽。

2019/03/02

ブラジルのギター弾き語り名盤の系譜にまたひとつ加わった 〜 アルフレード・デル・ペーニョ

なんたってこのジャケットがいいよね、『サンバ・ソー』(2018)。渋谷エル・スールに行ったのは1月27日だったので、その直後の入荷ということだったんだね、このブラジル盤。無知にてアルフレード・デル・ペーニョがだれなのか知らなかったけれど、エル・スールのホーム・ページでこのジャケ写を見た瞬間にピンと来て買ったら大正解。やっぱりさ、CD でもジャケ買いって当たるもんなんだよね。

アルフレードの『サンバ・ソー』は、ほぼ全編ひとりでの7弦ギター弾き語り(14曲目で三人のバック・コーラスが入るだけ)。しかもサンバとかボサ・ノーヴァとかなにかにくくれない、ただブラジルの弾き語り音楽とでも言うしかないものなんだ。さらにあったかく、しかし鮮烈で、かつギターもヴォーカルも、特にギターのほうの技巧はかなりすぐれている。しかもそれがそうとは感じないほどオーガニックな肌合いに昇華されている。

アルフレードの『サンバ・ソー』。複雑なリズムを持つ速いテンポの曲と、バラードみたいな中庸〜ゆったりナンバーに大別できる。ぼくがなかでも感心するのは前者でのギター・リズム表現法だ。かなり難度の高い技を繰り出しているんだけど、リズム面でもハーモニー面でもそうで、しかしできあがりは実にサッパリしている。じっくり聴くと目を剥きそうな速弾きパッセージもあってオォ〜って思うけれど、それは演唱のなかに溶け込んでいて、これみよがしに目立たないのが好印象。

実際、このアルバム『サンバ・ソー』でのアルフレードのギター弾き語りは入り組んでいて高難度な複雑さ。それでいてシンプルに、しかもあたたかく聴こえるのは、決してひとりでの弾き語りだから、というだけじゃないはず。ジョアン・ジルベルト以来の伝統なんじゃないかな、こういった有機性は。できあがりにぬくもりがあってさっぱりしてシンプルな味わいに聴こえるっていうのはね。

昨年暮れに、やはりひとりでのギター弾き語り新名盤としてダニーロ・モラエスの『オブラ・フィーリャ』のことを書いたけれど、アルフレード・デル・ペーニョの『サンバ・ソー』は、それとはやや趣の異なる新たな名盤だ。ジャケの面構えがいいなとピンと来て中身を直感したそこのあなた、聴いてみて。マジでいいから!アルバムの曲もぜんぶアルフレードの自作。

2019/03/01

ふだんと違う曲順で聴くのもいい 〜 セレクションの効用

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いつもはオリジナル・アルバムを聴いていても、ときどきベスト盤とかアンソロジーとか選集とか、ネット配信なら公式 or 私的なプレイリストとか、そういったもので聴くのは新鮮な体験だ。お気に入りのオリジナル・アルバムは曲順が自分のなかに焼きつくから、一曲の終わりかけで次の曲の出だしが鳴りはじめるけれど、それでふだんは快感でも、たまに予定調和のつまらなさを感じてしまうときが、ぼくはある。

そんなばあい、セレクションで聴くと、ふだんと違う曲順になるから、この曲の次にアッ!って若干の意外性と驚きがあって、新鮮だ。よく知っている曲の、いままで気づいていなかった要素や魅力に簡単にたどりつける好適な手段なんだよね。ひるがえって、その曲が収録されているオリジナル・アルバムまでも違って見えてくるというもの。新たな姿を現すんだ。どう、おもしろいことじゃないか。ワクワクするね。

それ以上にセレクションで聴く最大の効用は、いままでよさがわからなかったアルバムや曲の魅力に気づける契機になるということだ。ふだんとは異なる曲順(やその他)で流れてくることによる意外性で、オォ〜、こんないい曲だったのか、ちょっとビックリしたぞ、ありがとうとなることが、ぼくはある。みなさんにはないかもしれないが、これがあるからセレクションで聴くことを、定期的に欠かさない。

いままで聴いていなかった曲、アルバム、またオリジナル・アルバムを持っておらず聴いてもいないそんなアルバムの収録曲に触れることができるのもアンソロジーの大きな効用だ。どんなに好きな音楽家でも、どうしてもその気にならず聴いていないアルバムというものが、あると思う(例外はマイルズ・デイヴィスでぜんぶ持って聴いている)。でもあんがいそういった意外なものが自分向きだったりすることがあるんだよ。でも、なにか機会がないと気づけないでしょ。

そんなとき、ベスト盤とかアンソロジーとかプレイリストがいいんだ。好きな曲に混じっていままで耳にしていなかった曲が流れきて、お、けっこういいんだねと気づくチャンスだ。すくなくともぼくはそうやって、聴かず嫌いのままでいた曲のおもしろさを発見し、それが収録されているオリジナル・アルバムを買うっていうことがある。今後も同じだろう。

複数の音楽家や分野をまたいだハイブリッドなセレクションだと、さらに大きな効用があるね。いくら脱ジャンル、越境などと唱えたって、ふつうみんな(含むぼく)、なかなかそれができない。混ぜ返しのガラガラポンが簡単にできて、それで新たな視野や認識を獲得できるのが、そういったプレイリストで聴く大きなメリットじゃないかな。ひとりの歌手、音楽家、ひとつのバンドのセレクションでも、ハイブリッドなセレクションでも、それではじめて魅力に気づいて、好きになり、結果、持っていたり持っていなかったりするオリジナル・アルバムも見直し評価を高めたり、はじめて買ったりする。

こんな楽しさがセレクションにはあるので、それを痛感しているので、もとから拝オリジナル・アルバム的発想のないぼくだけど、むかしから自分でもよくセレクションを作成する。むかしはカセット、MD で。いまは CD-R、あるいは iTunes や Spotify のプレイリストでね。作成過程でたくさんの楽しい発見があって、愛好度が増すんだ。

自作セレクションは、ふだんはひとりの音楽家についてのものだけど、音楽家やジャンルまたぎの混交セレクションだってよく作るんだよ。みんなもやっているようだ。Spotify だと自作プレイリストづくりが実にイージーで、だれでもできるようになったので大勢がやるようになって、たいへん喜ばしいと感じている。たくさんあふれているなかに光るものがいくつもある。

べつに光らなくたって個人的にこういったことをやるのは、これも音楽の楽しみのひとつだから。ただじっと与えられるオリジナル・アルバムを享受するだけじゃ飽き足りないんだ。大げさだろうがみずからプロデュースの領域に踏み込んで、一層大きな楽しみを獲得できれば、それで音楽に対する理解もひろがり深まるように感じる。

そんなわけで、与えられたものでも自作のものでも、セレクション、アンソロジー、ベスト盤、プレイリストで聴く意味、価値っていうのはあるものなんだよね。

2019/02/28

戦時中のレコードだったビリー・ホリデイのコモドア録音集

やっぱりこっちの上掲ジャケットかな。それから、いまでは別テイクも収録したコモドア録音完全集も(フィジカルでも配信でも)あるけれど、今日の話には上のマスター・テイク16曲で充分なはず。

さて、ビリー・ホリデイのコモドア・レーベル録音集(『奇妙な果実』)の1曲目だった表題曲を聴き、むかしはぼくも義憤にかられてタマシイを燃やしたものでありました。ですが、いまや、そんなもんインチキだったと自分でもわかる。ビリーのコモドア録音集を考える際に最も重要になってくるのは、「奇妙な果実」ほか三曲を録った初回のレコーディングが1939年4月だったのを除き、すべて1944年とアメリカの第二次世界大戦参戦中に録音・発売されたレコードだってことだ。

歌詞を思い浮かべることのできる、あるいは聴解力のあるかたは、曲目をざっとごらんになっておわかりのはず。「マイ・オールド・フレイム」「アイ・カヴァー・ザ・ウォーターフロント」「アイル・ビー・シーイング・ユー」「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」「ラヴァー、カム・バック・トゥ・ミー」〜〜 こういった曲たちは、どれも失った愛や、遠く離れた恋人、夫などを想い、待つ、帰ってきてね、という内容ばかりなんだよね。

そういえば思い出すのは、かつて大学生のころに聴いていたビリーのコモドア録音集のレコードは日本盤解説文を油井正一さんがお書きになっていて、B 面トップだった「アイル・ビー・シーイング・ユー」の項で、まるで出征した夫か恋人を待つかのような、どうか無事に帰ってきてねと想い願うような、そんな心境を感じとることができると指摘なさっていたことだ。

歌の解釈はさまざまであって、「アイル・ビー・シーイング・ユー」にしろ、離れている相手に、きっと帰ってきてくださいね、また逢いましょうと願うような内容は普遍的なものだから、いろんな状況に当てはめていかようにも受け取ることが可能だ。このビリーのコモドア録音集だと、そのほか「アイ・カヴァー・ザ・ウォーターフロント」「ラヴァー、カム・バック・トゥ・ミー」など、すべて同様のことが言える。

がしかし、それらが1944年に録音されレコード発売されたものだということを踏まえると、それからこんな内容の歌がコモドア時代のビリーにこれだけ多いという事実もあわせると、やはり油井さんのおっしゃったような、出征兵士の帰りを待つ女、という姿をどうしても連想しちゃうよなあ。実際、コモドアのミルト・ゲイブラーもビリー本人も、機を見たという面が確実にあったと考えるのが妥当だと思う。

ビリーのコモドア録音は、自作の「奇妙な果実」をコロンビアに発売拒否されたのでコモドアに持ち込んだというところからはじまっていて、その点ではたしかにこの人種差別告発歌を重視しないといけないのかもしれないが、このへんのいきさつは以前も詳述したので今日は省略。コモドア盤全体で見れば、愛する相手の帰りを待つというラヴ・ソングのほうが圧倒的に多いし、重要だとも思うんだ。

そういった<また逢いましょう>系のラヴ・ソングでは、コモドアの前のコロンビア系レーベルで聴けたような軽快なスウィング感はなく、そりゃあ曲が曲だから当然かもだけど、じゃあラヴ・バラード的な雰囲気をたたえているかというとそうでもない。ただ、ふわ〜っと漂いながら一ヶ所にジッとたたずんでいるような、言いかたがあれだけど水たまりの水のような、そんな曲調になっているよねえ。エディ・ヘイウッドのピアノとアレンジもそれに拍車をかけている。

そういったある種の(音楽的)停滞感が、ビリーのコモドア録音集をおおっているように思うんだ。個人的にはあまり好きな雰囲気じゃないんだけど、戦時中だったから、と考えれば理解しやすい。というかそう考えないとちょっと把握できにくい音楽像だよねえ。つまり、どんな歌詞を持った曲を選んで歌ったかという面でも、サウンドやリズムなどの構成、曲調設定という面でも、ビリーのこのコモドアでのレコードには戦争が大きな影を落としていた。ここを無視しては理解できない一枚じゃないかな。

2019/02/27

ジャケット 9

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お気に入りの音楽アルバム・ジャケット。たくさんあってキリないんだけど、思いつくところを九枚ちゃちゃっと並べてみた。ある一定傾向が見えるかも?見えないかも?テンじゃなく九枚にしておかないと、画像をタイル状にして正方形に組み合わせられないから。並びに意味はない。中身の音楽は、もちろんいいものばかり。そうじゃなくちゃ選ばない。

上掲画像左上から順に

トミー・フラナガン『オーヴァーシーズ』
ローリング・ストーンズ『エクサイル・オン・メイン・ストリート』
プリンス『パレード』
ティナリウェン『アマサクル』
『イリニウ・ジ・アルメイダ・イ・オ・オフィクレイド、100 アノス・ジポイス』
『ヒバ・タワジ 30』
岩佐美咲『鯖街道』
『ロンギング・フォー・ザ・パスト』
キング・サニー・アデ『シンクロ・システム』

トミー・フラナガンの『オーヴァーシーズ』は、ジャズ好きになってわりと長い時期、そう、いまでもかな、こういったタイポグラフィ・ジャケがかなり好きだったその最初のとっかかりの一枚だった。overseas にひっかけて c の文字をたくさん並べてある。高校生のころに買った。

ストーンズの『メイン・ストリート』。このジャケットには大きな意味があるんだけど、説明するのは面倒だから省略しちゃえ。中身の音楽をとてもよく表現している。プリンスの『パレード』は音楽も最高だけど、ジャケット・デザインも彼のアルバム中いちばんいいかも。ダブル・ジャケットを開くと一枚の写真になる仕様だった。ティナリウェンの『アマサクル』は(いわゆる)砂漠のブルーズにとってブレイクスルーだったね。

ショーロのイリニウ曲集とか、ヒバ・タワジとか、かなり最近の作品だけど、ジャケットも抜群にきれいだよね。リリース当時、ヒバの美貌に見惚れていたぼくだけど、イリニウ曲集のほうが、ジャケも中身も、実はもっと好きだ。写っている管楽器、見慣れないなあ〜って思いません?

美咲の『鯖街道』だけがアルバムじゃなくてシングル CD。いまのシングルは五曲くらい入っているよね。『鯖街道』もそう。そして歌もいいんだが、このジャケットに写るかわいらしさといったらない。伝え聞く話によれば、どうやら美咲本人もお気に入りの一枚なんだそうで、「最高に盛れてる」だとか。いやいや、とんでもない、ふだんからこんな感じの女性です。

東南アジア SP 音源集の『ロンギング・フォー・ザ・パスト』のジャケがなぜだかとてもお気に入りのぼく。レトロな感じがするからかなあ。中身もリリース当時から愛聴しているんで、そのうちこれについても書くつもり。『オピカ・ペンデ』より好きなんだよ、実は。

サニー・アデの『シンクロ・システム』だけ、現在持っていない。そりゃそうだよ、このオリジナル・ジャケでは CD 復刻されていないもん。さらにどのジャケのも廃盤のまま。配信もされていないし、アイランドはこの大音楽家のことをどう思っているのだろう??ぜひオリジナル・ジャケでリイシューしてほしいという願望と要求を込めて、ここに載せたい。

2019/02/26

スリム・ゲイラードのドット録音 1959

スリム・ゲイラード1959年のドット・レーベル録音を網羅的にすべて収録したアルバムが、中村とうようさん編纂の MCA ジェムズ・シリーズの一枚『スリム・ゲイラード 1959』(1998)。1980年代の復活劇があったとはいえ、1960年代以後は引退同然の状態に追い込まれていたスリムだから、ドット録音はかなり重要と言える。ノーマン・グランツ系への録音は1953年が最後だった。

スリムのドット録音は、この CD にあるように全20曲。13曲目まではアメリカでのオリジナル LP『スリム・ゲイラード・ライズ・アゲン!』でリリースされていたものをそのままの順で収録したもの。残り七曲のうち、14〜16曲目は日本盤 LP に収録されたことがある。ほかのものの説明は煩雑なので省略。録音は1〜18曲目が1959年4月15日。ラスト二曲が同年3月2日。大編成のその二曲を除き、すべてベーシスト&ドラマー(両名ともだれなのか不明)とのトリオ。スリムはヴォーカルとギターとピアノ(だけじゃないみたいだが)。

これらのなかには、わりと常識的というかフツーというか抑えたようなジャズ・トリオ演奏もある。スリムがギター or ピアノを弾くインストルメンタル演奏で、たとえば4曲目「スリムズ・シー」、8「トール・アンド・スリム」、17「A列車で行こう」あたり。ギター・トリオ・インストのなかでは、11「ウォーキン・アンド・クッキン・ブルーズ」がかなりすごい。これはふつうじゃない。かなりの実力者だったことがよくわかる名演だ。
 
がしかし、スリムにしかない持ち味といえば、ナンセンスおふざけ路線、ことば遊び、ラテン系要素の活用によるミクスト・ジャイヴみたいな音楽にあるよね。ドット録音集でもやはりそうだ。『スリム・ゲイラード 1959』のなかで拾うと、たとえば1「オー・レイディ・ビー・グッド」、2「ゴースト・オヴ・ア・チャンス」、3「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」など同傾向のリングイスト系、つまり言語学的おふざけが爆発したもので、これら三曲ともジャズ・スタンダードなんだけど、こんなやりかたはスリムにしかできない。

これまた(古いけれど)ジャズ・スタンダードだった9「マイ・ブルー・ヘヴン」と、それから13「ドント・ブレイム・ミー」と15「ザ・ダークタウン・ストラターズ・ボール」となんかも楽しい。リングイストの才気煥発だ。スリム自作の6「チキン・リズム」、ファッツ・ウォーラーの16「手紙を書いて自分に出して妄想に耽ろう」、ナット・キング・コールで有名な14「リトル・ガール」なんかも含め、ここまで書いたものすべて、ナンセンス・シラブルでなはなく意味のある単語を使ってはいるものの、文脈無視で速射砲のように次々とアド・リブで繰り出すさまは、まさしくナンセンスの極致。歌詞はメタメタに切り刻まれ、奔放自在に歌いこなされる。楽しいったらありゃしない。

ドット録音集『スリム・ゲイラード 1959』のなかで格別ぼくの興味を惹くのが、やはりラテン・ジャイヴみたいなやつ。二曲あって、5「3分間のフラメンコ」(One Minute Of Flamenco For Three Minutes)と12「スキヤキ・チャチャ」。どっちもあやしい世界だが、後者は曲題だけでもわかるようにデタラメ日本語をテキトーに乱発しているもの。しかもラテン・リズムが活用されてある。前者はフラメンコふう、闘牛士ふうかと思いきや、やっぱりアヤしくクサいヾ(๑╹◡╹)ノ。

スリムのばあい、つまりはすべてがおふざけなのであって、音楽とはゲージツなのであるからしてマジメでなくてはならないという考えの対極に位置する音楽芸人だ。真面目芸術であったら悪いなんていうことはない。そういう音楽もあればそうでないエンターテイメントもあるというだけの話で、どっちも楽しい。だがしかし、スリムもいちおうはジャズ・フィールドのなかにいるひとだけど、ジャズ音楽はこういったスリムのような方向性はどんどん切り捨て無視して忘れ去る方法へと進んだ。

だから、とうようさんにしろどなたにしろ、いちおうぼくもその末端のつもりだけど、声を大にして「おもしろい!」と叫び続けているわけなんだよね。スリム・ゲイラードは、いわゆるジャイヴ系ミュージシャンのなかでも格別クールでニヒルで特異なはみ出しものだったかもしれないしね。キャブ・キャロウェイやルイ・ジョーダンらの明るいハッピーさがスリムにはないじゃないか。徹底してクールでアナーキーで皮肉っぽいというか、だから虚無や孤独を感じるような音楽芸人でもある。

とうようさんの編んだ『スリム・ゲイラード 1959』では最後の二曲だけ異質で、およそスリムの音楽芸からしてもありえない傾向の録音。それは戦後のフォーク・ソングのパロディなのだ。ピート・シーガーらに代表されるいわゆるフォーク・リヴァイヴァルのさなかにあって、スリムみたいな存在からすれば、それは白人インテリの知的反逆みたいなもので、自分はそこからも疎外・排除されているぞという気持ちがあったかも。公民権運動と関連していたブームだったのにもかかわらずね。

2019/02/25

人生、これカヴァー 〜 ジョアン・ジルベルト

2007年のオフィス・サンビーニャ盤コンピレイション『ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ』。これはサンバ聴き、ボサ・ノーヴァ聴き、ジョアン・ジルベルト愛好家の三者にとってたいへん意義深く貴重なアルバムだ。世界最高のボサ・ノーヴァ歌手ともいうべきジョアン・ジルベルトのレパートリーのなかには、自作曲とか彼のために書かれたオリジナル楽曲がほぼなくて、100%近くカヴァーばかりとはよく知られているところ。

ジョアンが歌うのは、同時代の、たとえばアントニオ・カルロス・ジョビンの書いたものなどもあるけれど、多くがもっと前の1940〜50年代のサンバ・ソングなのだ。キャリア初期からいまでもそう。ジョアンの音楽人生とは、これすなわち、ずっとカヴァー人生。彼ほどの大きな存在にして、これはなかなか珍しい。というか世界でもほかにいないのでは。

そんなジョアンの歌ったサンバ楽曲のオリジナル・ヴァージョンをどんどん並べて紹介してくださっているのが、アルバム『ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ』なんだけど、これに収録されている音源は、ブラジル本国でも多くが未復刻のままらしい。復刻先進国なんですよ、ブラジルは。ってことはこのアルバム、ジョアンを知り、ボサ・ノーヴァの本質を探るとともに、サンバ聴きにとっても有意義なものだっていうことなんだよね。

でもでも、そんな探求側面ではなく、アルバム『ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ』は、なんたって通して聴いて、だらだら流すだけでも、この上なく楽しいんだ。掛け値なしにハッピーなウキウキ気分になれる。これがあるから、なんどでもこのアルバムを聴けるんだよね。結果的に未復刻音源だったものが多いということで貴重な体験にもなってくるというわけ。

そんな楽しみの個人的な部分だけをちょちょっとメモしておこう。このアルバム『ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ』で、最もよく知られている曲は、たぶん1曲目の「ブラジルの水彩画」(Aquarela Do Brasil)と10曲目の「ドラリーシ」(Doralice)だろう。前者はジェフ&マリア・マルダーもやった。後者はジャズ・ファンだって知っている。スタン・ゲッツ参加の例のヴァーヴ盤でもやっているからだ。

アリ・バローゾの書いた「ブラジルの水彩画」のほうはそうでもないんだけど、ドリヴァール・カイーミの書いた「ドラリーシ」をアンジョス・ド・インフェルノ(Anjos Do Inferno)がやっているヴァージョンは、このアルバムで聴いて大好きになった。アンジョスはヴォーカル・コーラス・グループで、軽妙洒脱な味を持っている。

そのほか『ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ』にはヴォーカル・コーラス・グループがかなりたくさん収録されていて、ジョアンはそういったサンバが大好きだったみたい。しかし編纂・解説の田中勝則さんによれば、そのあたりは最も復刻が進んでいない音楽だそうで、そういえばアメリカ合衆国音楽でもジャイヴ・グループとか、ジャイヴでなくともヴォーカル・コーラスは人気ないもんなあ。

あ、そうそう、以前、カルメン・ミランダのレパートリーばかりを歌ったオリジナリウスのことを書いたでしょ。あのバンドはいまの新人に近いキャリアで若者だけど、ヴォーカル・コーラス・グループだよ。しかもサンバばかり歌っているっていう、あれれ、このオルジナリウスの『Notável』って、ちょっぴりジョアンが好きだった世界に近い?
ともあれ、バンドの一員として歌い録音したキャリアごく初期を除けば、ソロ・デビュー後のジョアンはコーラスで歌うってことはなくなった。多くのばあい自分の弾くギターの伴奏でひとりで歌う。しかしそのオリジナル・ヴァージョンがしばしばコーラス・ソングだったのはなかなか興味深い事実だ。バンドでの演奏スタイルや歌手の歌いかたも、ジョアンのなかにどう吸収されたかを考えるとおもしろい。

『ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ』収録曲でも、やはりリズムが典型的なサンバのそれになっているものは、どんな伴奏編成でも単独歌唱でも、ぼくは大好き。2曲目カルメン・ミランダ&ルイス・バルボーザの「バイアーナのお盆には」(No Tabuleiro Da Baiana)、3、シルヴィオ・カルダス「黄金の口を持つモレーナ」(Morena Boca De Ouro)、5と6のオルランド・シルヴァ「はじめての時」(A Primeira Vez)、「十字架のもとで」(Aos Pez Da Cruz)。

ここから10曲目までがドリヴァール・セクションである(これの前はアリ・バローゾがテーマ)7、バンダ・ジ・ルア「わが故郷のサンバ」(Samba Da Minha Terra)、ジェラルド・ペレイラとジャネー・ジ・アルメイダのセクションを経ての、17、オス・カリオーカス「さよならアメリカ」(Adeus America)ではビ・バップ・スキャットまで聴けて興味深い。18、オス・ナモロードス「サンバが欲しい」(Eu Quero Um Samba)もいいリズムだ。ジョアン・ドナートがアコーディオンで弾くサンバ・シンコペイションには、ジョアンのギター・スタイルの源泉を見出せる。

19曲目、ガロートス・ダ・ルア「君が思い出すとき」(Quando Voce Recordar)からサンバ・カンソーンに突入しているみたいな感じだけど、これと20曲目はジョアンの処女録音なんだよね。ボサ・ノーヴァをこここに聴きとることはちょっとむずかしいかもしれない。またジョアンの珍しい自作である23、マイーザ・ガタ・マンサ「あなたは私のあの人と一緒にいた」(Voce Esteve Com O Meu Bem)は、カエターノ・ヴェローゾがとりあげた。この曲、大好きなんだ。たしかにここで聴けるマイーザ・ヴァージョンはイマイチだけどね。

22曲目、ディック・ファーニーの「もう一度」(Outra Vez)なんかも、とてもすぐれたサンバ・カンソーンで、夜の音楽のムード横溢で実にいい。アルバム『ジョアン・ジルベルトが愛したサンバ』の最終盤二曲はジョアンのソロ・デビュー録音で、これもほぼサンバ・カンソーンだけど、歌いかたはオルランド・シルヴァそっくりだ。

2019/02/24

けっこう多彩なスペンサー・ウィギンズの世界

スペンサー・ウィギンズの『フィード・ザ・フレイム:ザ・フェイム・アンド XL レコーディングズ』は、2010年の Kent / Ace 盤 CD アルバム。このサザン・ソウル歌手のポスト・ゴールドワックス・イヤーズ(1969年10月〜73年)集ともいうべき企画で誕生したものだ。これで、この歌手のシングル盤を蒐集しなくていいんだなとなって(ハナからやる気がないのだが)ありがたかったことこの上ない一枚。神様仏様ケント様だ。母国のアメリカ人はなにをやっている?

『フィード・ザ・フレイム』は、2010年のこの CD リリースまで未発表のままだった音源を多数含んでいるが、ゴールドワックスは自前のレコーディング・スタジオを持たなかったため、ゴールドワックス時代のスペンサーも、ときにはリック・ホールのフェイム・スタジオで録音することがあったそうだ。たぶんそんな縁で、ゴールドワックスがダメになったあとはフェイムでレコーディングしてシングル盤を出したりすることになったのだろう。

スペンサーのフェイムへの録音は1969年10月にはじまって1971年初頭まで。三回のセッションで計10曲を録音した。また XL レーベルはサウンズ・オヴ・メンフィスと同じ会社だ。このケント盤『フィード・ザ・フレイム』の全22曲で、フェイム・レーベルの録音が、未発表ものも含め、1、3、4、7、10、11、15、16、18、21曲目。ほかは、前述のとおり(スタジオはフェイムだが)ゴールドワックスの手になる音源が2、8、13、17、20、22曲目。残りが XL とサウンズ・オヴ・メンフィス録音。

個人的にフェイム時代のスペンサー・ウィギンズというと「アイド・ラザー・ゴー・ブラインド」に決まってしまうというなんとも抜きがたい刷り込み体験があるのだが、『フィード・ザ・フレイム』で聴いても、 一般的にスペンサー・ウィギンズはビートの効いたテンポのいいダンス用のジャンプ・ナンバーか、バラードっぽいミドル・テンポの三連ソウルが多いよね。数の問題だけでなく、実際、得意だったんだろうと思う。

たとえば幕開けの1「アイム・アット・ザ・ブレイキング・ポイント」、2「ウィ・ガッタ・メイク・アップ、ベイビー」、11「ウー・ビ、ウー・ビ・ドゥー」、13「レッツ・トーク・イット・オーヴァー」、14「アイ・キャント・ゲット・イナフ・オヴ・ユー、ベイビー」(ジャクスン5みたい)、17「ラヴ・アタック」(ジェイムズ・カー)なんかはアップ・ビートのダンサーだし、楽しくていいね。聴いてからだを動かせば気分ウキウキ。

三連の、いかにもなサザン・ソウル・ナンバーが5「ユア・マイ・カインド・オヴ・ウーマン」 、8「ラヴ・ワークス・ザット・ウェイ」、9「フィード・ザ・フレイム」(やはり傑作)、20「ウォーター」、22「クライ・トゥ・ミー」あたりかな。7「アイド・ラザー・ゴー・ブラインド」をここに入れていいかも。こういったものでスペンサー・ウィギンズが聴かせるディープな味わいも極上だ。さすがのゴスペルで鍛えた喉だとうならされる。

『フィード・ザ・フレイム』を通して聴いているとオッ!と思うのが、あんがいポップだったりするケースもわりとあるということだ。カントリー・ソングがあるのはサザン・ソウルの世界ではあたりまえだから言わなくていいけれど、ちょっとした軽妙な聴きやすさをまとっているばあいがある。フォーク・ロックっぽさすら感じる。

たとえば、4「ホールディング・オン・トゥ・ア・ダイイング・ラヴ」の出だしのアクースティック・ギターとフルートのからみもいいし、また、6「アイ・キャント・ビー・サティスファイド」は『カフーツ』のころのザ・バンドみたい。 8「ラヴ・ワークス・ザット・ウェイ」もイントロがポップ(だけどすぐディープ・ソウルになる)、10「メイク・ミー・ユアーズ」なんかバート・バカラックがアレンジしたみたいなサウンドだ。

こうして見てみると、典型的な男性サザン・ソウル・シンガーみたいなスペンサー・ウィギンズでも、いや、そうだからこそと言うべきか、多彩な世界を展開していて、濃厚に煮詰めてディープに迫りまくるソウル・ナンバーばかりでもなかったんだなあとわかる。

2019/02/23

いつも周回遅れ

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という思いがぼくをずっともう40年近く駆り立てている。これこそ、音楽にかんするときの最大の原動力なんだよね。ぼくは音楽のなにについても常にすでに遅れている。いつもだれかに教えてもらってばかりだから、一歩も二歩も遅れているというだけじゃない、なにかを知るのが最新流行形じゃなくなってからなのだ。どんな音楽、音楽家についてもずっとそう。いつも常にすでにぜんぶそう。これを巻き返したい、そんな気持ちで熱狂しているんだよね。

たとえば、ぼくの愛好するマイルズ・デイヴィス。出会ったのは1979年だったので、ちょうどかの一時引退期の真っただ中。ってことはリアルタイムでこのひとのニュー・リリースやライヴに接してきたのは1981年の復帰後だ。これがなんとも歯がゆくてしかたがない、という激しい思いでずっとやってきた。

だってさ、やっぱりどう聴いたって1975年までのマイルズ・ミュージックのほうが魅力が強いんだもん。いくらリアルタイム体験のせいで思い入れが強いとはいえ、一歩引いて冷静になって聴いて考えれば、1981年復帰後のマイルズは力が落ちた。トランペット吹奏能力だってバンドの統率能力だってリズムやサウンド・メイクについてだって、甘くゆるくなってしまった。

中山康樹さんはちょうど10歳年上だったんだけど、1973年の来日公演時が生マイルズ初体験だったらしい。なんともうらやましいかぎり。ご本人も、もしかりに73年が初体験じゃなかったらここまでのマイルズ者になっていたかどうか疑わしいとどこかでお書きになっていた。73年の前が64年だから、まさにここしかないっていうベスト・タイミングだよねえ。いいなぁ。ぼくはこんなぐあいに遅れている。巻き返さなくちゃ。

マイルズだけじゃない、好きな音楽家、歌手、みんな、ぼくが知ったのはいちばんいいときじゃない。ジャンルや分野の流行にしたって、終わりかけに or 終わってから知って好きになる。だから時代のなかでスポットライトを浴びて輝いている瞬間を、知らない。そんなにリアルタイム体験を重視しない人間じゃないかアンタは、と言われそうだけど、結果的にそうなっているだけで、そのおかげでふだんはすっかりあきらめ気味で、ヒットチャートなんか横目で見ながらケッとか思うようになっちゃったヒネクレ者なだけだ。ハナからそうありたいわけじゃない。

あるいは将来芽吹くかもしれない才能を、つぼみの時期に見出し拾って、応援し、成長を見守りながら聴き続け、大成を見届けるという体験なんかもぜんぜんない。そんな発掘能力もゼロなんですけれども、たとえば岩佐美咲。まだまだこれからの歌手じゃないかと見られていそうだけど、ぼくが聴きはじめたのは2017年の2月だ。みなさん、その数年前から応援し続けてきていた。そんななかのおひとりが手ほどきしてくださったのだ。

未知の才能を見抜き発掘する才もなければ、時代の流れにリアルタイムで乗る才もないぼく。そんなチャンスがなかったわけじゃないと思うけれど、そもそも向いてないんだね、音楽へのそんな接しかたに。ぼくには無縁な聴きかたなんだろう。できない。どうしたらできるかわからない。するつもりもなくなった。今後のことはわからないけれども。

だから、あれだなあ、半田健人っていうひとがいるでしょ。まだ若いのに(20代だっけ?)日本の古い歌謡曲の世界に精通しているっていう彼。ぼくの音楽狂ぶりは、そんな半田くんのああった姿に通じるものかもしれない。自分は生きていない時代の、過去の、音楽だからこそ夢中になれているっていう、それでディグしまくって詳しくなってしまい、しまいにウンチクを語りはじめるっていう、そんなありよう。

半田くんがどうかは知らないんだけど、ぼくは自分のそんなありようをたいへんもどかしく感じ、なんとか遅れを取り戻したい、巻き返したい、先輩がたに追いつき追い抜きたいという、そんなある種の焦燥感にずっと駆られてやってきている。この焦りは、だからコンテンポラリーな流れをつかもうというほうにはちっとも向かわず、ひたすら古い音楽の同時代性みたいなことばかり考える方向へ行っているんだよね。

2019/02/22

アメリカ南部のブルーズと英国トラッド 〜 レッド・ツェッペリンで

もっともこれはブルーズじゃなくて、ゴスペル・ソングだけどね。でも『プレゼンス』での初演以来、レッド・ツッェペリンはブルーズとして扱ったきたというのが事実。それに実際、第二次世界大戦前のギター・エヴァンジェリストの世界は、弾き語りブルーズと(歌詞内容以外では)差がないんだしね。だから、「ノーバディーズ・フォールト・バット・マイン」もブルーズみたいなもんだろう。

それをジミー・ペイジ&ロバート・プラント名義のアルバム『ノー・クォーター』(1994)では、お聴きのとおり、ブリティッシュ・フォークの趣でやっている。これはこの CD 発売当初、ちょっとした驚きだった。渋い、渋すぎるとみんな言っていたけれど、これがいったいどういった試みなのか、いまだにちゃんと解明してある文章に出会わないから、ぼくが今日ちょっとやってみる。

ハーディ・ガーディのクレッシェンドで入ってくるイントロにドラムスが入り、アクースティック・ギター二本とバンジョーがからむというサウンド構成からして、完璧にトラッド・フォークのそれじゃないかな。ロバート・プラントは年齢のせいもあってかつてのようなハード・シャウトは不可能だが、可能だったとしてもここではそんなシンギングを抑えたはず。実際、ここでも落ち着いた表情を見せている。

こんなサウンド・メイクとシンギングを、さかのぼってレッド・ツェッペリン時代からちょちょっと拾って並べたのが、上のプレイリストだ。初期に集中しているのは当然だけど、意外にも『II』からの曲がない。『III』の B 面はもちろんそのままぜんぶ入れてある。そここそが、こんなトラッド・フォーク・ブルーズみたいな世界の、ツェッペリンにおける、最大の展開だったんだから。

ツェッペリンにおけるトラッド・フォーク路線は、しばしばケルト神秘主義と結合していた。そんな合体と、さらにそこに、このバンドの特色だったメタリックなハード・ロック傾向を加味して昇華したのが、1971年リリースの四作目だね。やはり A 面ラストだった「天国への階段」で完成を見たと考えていいんだろう。ただし、この名曲はトラッド・フォーク・ブルーズといった趣はやや弱くなっていて、その前の「限りなき戦い」のほうに、個人的には大きな魅力を感じる。

ファースト・アルバムにあった「ブラック・マウンテン・サイド」は、もちろんバート・ヤンシュが伝承曲「ブラック・ウォーター・サイド」を弾くそのギター・パターンをそのまま拝借してタブラを足しただけ(で自作とのクレジットだったんだよな〜)のものだけど、ヤンシュはアン・ブリッグズからこの曲を教わったらしい。アン・ブリッグズの世界は『レッド・ツェッペリン III』B 面にもかかわっていそうだね。

『III』B 面に来て、「ギャロウズ・ポール」はやはりトラッド・ナンバーだけど、後半はややロックっぽいハードさもある。プラントもシャウト気味になっているし、そのあたりはややいただけない。最後までじっくり淡々と進んでほしかった。がしかしこの伝承曲(レッドベリーがオリジナルだとか、レッドベリー・ヴァージョンを下敷きにしたとかいう文章も見るが…)をとりあげたということじたいに、ある種の強いアプローチを読み取れる。

「タンジェリン」「ザッツ・ザ・ウェイ」「ブロン・イ・アー・ストンプ」と自作ナンバーが続くけれど、ソング・ライティングにはあきらかなトラッド・フォーク/バラッドからの影響が聴けるよね。アン・ブリッグズの影みたいなことはこんな部分にもある。ツェッペリンがアンのファンだったことは間違いないんだから。ところで、失恋をテーマにした「タンジェリン」って、本当にいい曲ですねえ。

『III』のラスト「ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー」は、最も鮮明にはブッカ・ワイトのやる「シェイク・エム・オン・ダウン」を参照している、というかそのまんま。ブッカはアメリカ南部の弾き語りブルーズ・マン。「ハッツ・オフ」も、基本はブルーズ・ソングなのだ。伴奏はアクースティック・ギターでの(ブルージーでもない)スライド・プレイのみ。

アメリカ南部のブルーズをとりあげて、それを「ギャロウズ・ポール」「タンジェリン」「ザッツ・ザ・ウェイ」「ブロン・イ・アー・ストンプ」に続けて、サウンド・メイクもまるで UK トラッド・フォークみたいにした「ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー」のことは、なんだかみんな嫌いらしいんだけど、考えてみたら1994年の「ノーバディーズ・フォールト・バット・マイン」へ続く道が敷かれていたんだね。

英国の&英国由来の(アメリカにも伝わった)伝承バラッドの世界は、あんがいアメリカ南部産のブルーズの世界と密接な関係がある。かのマディ・ウォーターズのレパートリーのなかにも「ローリン・ストーン」みたいな非黒人ブルーズ的というか、民謡っぽい曲があったりするし、ブルーズ・メン、ウィミンもよくやる「スタッカリー」なんかも伝承の物語歌、つまりバラッドなんだよね。アメリカ南部に伝わったバラッドというかお話は、黒人白人の共有財産だったものも多いし、たいていフォームもリズムも明確でない。

ブラインド・ウィリー・ジョンスンのやった「ノーバディーズ・フォールト・バット・マイン」は、ブルーズではなくゴスペルだけど、彼が録音する前から代々伝わってきていた民謡的な物語歌であったのは疑いえない。主にアメリカ南部で歌い継がれてきていたものをピック・アップしてレコードにしただけだ。

そんなことのルーツに英国産バラッド、つまり UK トラッド・フォークの世界があるのかもしれない。「ノーバディーズ・フォールト・バット・マイン」のジミー・ペイジとロバート・プラントがどこまで意図して掘り下げ読み込んで解釈したのかわからないが、一流音楽家ならではの直感的洞察だってあったと言えるのかもしれないよ。

2019/02/21

マイルズ『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』はアルバム・プロダクションがいい

マイルズ・デイヴィスのオリジナル・クインテット1955年初録音を含むコロンビア盤『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』(1957)を Spotify でさがすと、このレガシー・エディション(2007)しかないようだ。追加分は無視してオリジナルどおりの全六曲で話を進めたい。そうすると、大評判となってマイルズのイメージを決定づけた表題曲だけじゃなく、アルバム全体がかなりよくできているなとわかる。

コロンビアとしても次世代スターとして目をつけプレスティジから引き抜いたマイルズの、レギュラー・コンボでのコロンビア・デビュー作なんだから、スカウトにしてプロデューサーだったジョージ・アヴァキャンだけでなく、みんな気持ちを入れて制作にあたったんだなあと、全体を通して聴くと鮮明なんだよね。

この、アルバムとして全体的によく考え抜かれている、トータル・プロダクションがいいということは、アルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』についてはあまり言われたことがないので、今日ぼくが書いている次第。だいたいさ、ジャズ・ミュージックって演奏家の力量やアド・リブ内容ばかり言われて、トータルなサウンド・メイクとかプロダクションとかは大部分のファンも専門家も無視か軽視してきている。よくない傾向だ。

それでも代名詞的な一曲とコロンビアも考えたセロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」をアルバム・オープナーに持ってきているのは当然だ。その内容について繰り返すことはもはやない。2曲目以後の流れを聴いてほしいんだよね。しかもアナログ・レコード時代の片面三曲づつという構成、曲順だって、ていねいに練りこまれているじゃないか。

2曲目が「アー・ルー・チャ」。テーマ部が二管ユニゾンでもハーモニーでもマイルズの独奏でもなく、ディキシーランド・ジャズふうにホーンの二名がからみあいながら進むという、モダン・ジャズにしては珍しい手法だけど、マイルズはたぶんジェリー・マリガンのコンボを参照したのだろう。チェット・ベイカー参加でマリガンが似たようなアンサンブルを試みていた。マリガンは『クールの誕生』セッション時からのマイルズの盟友じゃないか。こころなしかフィリー・ジョー・ジョーンズのドラミングもにぎやかで楽しい。

フィリー・ジョーのドラミングは、というかリズム・セクションの演奏は、次の3曲目「オール・オヴ・ユー」でも典型的にそうだけど、一番手マイルズの背後では2/4拍子のオン・ビートで演奏、しかもドラマーはブラシでおとなしくやって、二番手ジョン・コルトレインのソロになった途端4/4拍子でにぎやかになるっていう、おなじみのやりかた。ボスの指示なのかバンドでの自然発生的なものなのかはわからないが、まず最初マイルズがオン・ビートで吹き出しているのはたしかだ。

こういったことは、プレスティッジの諸作でもよく聴けるものだけど、録音はこのコロンビア盤のほうが早いんだよね。いつごろこのスタイルをマイルズが、あるいはこのレギュラー・クインテットが、確立したのかは、もっと前の時期の音源からじっくりたどってみないとわからない。音源の絶対数が少ないけれどもね。まぁファースト・クインテット結成前にはあまり聴かれなかったスタイルには違いない。

三番手レッド・ガーランドのソロでの右手シングル・トーンでの玉もいい「オール・オヴ・ユー」で、レコードでは A 面が終わり。ここで盤をひっくり返して B 面の「バイ・バイ・ブラックバード」になるけれど、その出だしのレッドのピアノ・ブロック・コードによるイントロ部がぼくは本当に好きなんだよね。パッと世界が明るくなったみたいで。

A 面はやっぱり「真夜中あたり」が代名詞だから、なんだかんだ言って片面通して夜の雰囲気だけど、B 面に来て夜が明けたかのような、なんだか幕が上がって朝になり光が当たったみたいな、なんだかそんなムードがするなあと、むかしからぼくは感じている。つらいこと、悩みごと、暗い気分はさようならといったような「バイ・バイ・ブラックバード」では、マイルズもいいが、やっぱりレッド・ガーランドのソロ内容がとてもすばらしい水を得た魚。

5曲目、タッド・ダメロンの「タッズ・ディライト」にしたって喜び爆発みたいな明るさで、ここではこの時期に珍しくコルトレインのソロもなかなかいい。たぶんこのアルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』で聴けるトレインのソロのなかではいちばんじゃないかな。また、一曲を通し、フィリー・ジョーがときどきリズムにアクセントを付与しているのもおもしろい。ちょっぴりだけのポリリズム?ただのお遊びだろうけれども。

続くアルバム・ラスト「ディア・オールド・ストックホルム」は、マイルズ自身1952年にジャッキー・マクリーン参加でブルー・ノートに録音している。そっちはひたすらこの曲の哀愁感を強調したような演奏内容だったのに比し、この1956年コロンビア・ヴァージョンではリズム面での探求に重きが置かれ、湿った情緒を消し、乾いて硬質な感じの演奏に仕上げているのが興味深いところ。

こんな六曲を、AB 両面に三曲づつ割りふってこの曲順で並べたジョージ・アヴァキャンのプロデュースぶりは、やはり見事だったというしかない。すばらしい仕事だし、マイルズ・デイヴィスというニュー・スターの実質メイジャー・デビュー盤にふさわしいトータリティを持ったアルバムだ。

2019/02/20

一枚一曲

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一日一善じゃないけれど、音楽アルバム一枚につき一曲でも二曲でもいいものがあれば幸いじゃないだろうか。というのがぼく個人の考え。というより信念なんだけどね。きわめて個人的なものだから、この見解をひとさまにあてはめて考えようとか押しつけようなどとは微塵も思っていない。自分のなかでだけ、これをいろんなアルバムに適用している。

もともといろんなアルバムから一曲単位で抜き出してマイ・フェイヴァリット・コンピレイションを作成する性癖のある人間で、これは高校生のころからずっと変わらずそう。そのまま約40年が経過しているけれど、マイ・ベスト・セレクションを、まず最初カセットテープで(この時代がいちばん長かった)、次いで MD で、それから CD-R で、最近は物体でなく Spotify などのプレイリストとして、もうず〜〜っと作ってきているんだよね。

ってことはだ、商品としてお店で売っている音楽アルバムは、一枚(とか二枚組とか)全体が完璧ですべてがすぐれた曲とか自分好みのものばかり並んでいるなんてことは少ない、まずありえない(からベスト・セレクションを作る)と、直感的に高校生のころから知っていたということにもなるねえ。

ちょうどその高校終わりごろか大学生のころか、どなたかジャズ専門家のかたの文章で、一枚のアルバムにちょっとでもこれはいい!と思えるものを一個でも見つけられればもうけものと思わないといけません、とあったのを読み、うんうんそのとおり!と心からうなずけたのだった。そう、まさにこれこそ<アルバム>というものに対する個人的見方なんだよね。

アルバムを一個のトータリティとしてみなす、たぶんそんな考えが世間で一般的なんじゃないかと思うけど、たかだか1960年代なかごろに実現しはじめた概念だ。レコーディッド・ミュージック全体の歴史からすれば、まぁそれがいつまで続くのか、今後も何千何百年と続くのかわからないが、2019年時点では、かなり歴史の浅い考えかただ。アルバム=トータル・ワークというとらえかたはね。

ぼくはそんなものをぜんぜん信用していない。アルバム album っていうくらいなんだから、それはもともとかき集めたものっていうことだ。それがトータルで見てダメな曲がひとつもないなんてことのほうがまれじゃないかな。逆に言えば、ちょっとくらい石が混じっていたって、そんな程度のことでそのアルバムを評価できないなんて考えはじめたらオカシイ。本末転倒だよね。

それにあれだ、ずっと前に書いたけど、音楽は一曲単位の文化だというのがぼくの強い信念なんで、これは片面一曲単位である SP 時代の音楽にのめり込んできたからという理由もさることながら、最初から LP レコード時代にその形式で用意・発売された音楽作品でも曲ごとに抜き出して聴くっていう、そんな発想がぼくの芯奥にしっかりある。

もうひとつは、LP レコードを買うようになる前の思春期、テレビの歌番組で日本の歌手たちに夢中だった事実も大きいかもしれない。歌番組ではふつう一曲単位で披露されるし、それがきっかけで45回転のドーナツ盤(片面一曲)もわりと買った。モダン・ジャズの LP に没入して人生が激変したけれど、音楽への接しかたの根本は、そのもっと前に土台が築かれていたのだと、最近は思い出すようになっている。

山本リンダ、ジュリー(沢田研二)、山口百恵、キャンディーズ、ピンク・レディー 、その他 〜〜 こういった歌手たちがジャズにハマる前のぼくの耳を奪い、口と身体をも動かして、脳のなかにも沁み(染み)ついていたんだよね。彼らはアルバムも出すけれど付随的で、シングル盤こそが活動のメインだ。あれっ?なんだかサザン・ソウルの世界?

ともかく、アルバムはただの集合体、寄せ集めただけのものにすぎない。そこに(本来的に求めるのはおかしい)完成形みたいなもの、トータルでのなんらかの意味を読み取ろうとするから、ムダなものダメなものが含まれていると一枚としては評価できないなんていうおかしな考えに至るのだ。幸い、ぼくはそんな妙なものに取り憑かれてはいない。

もちろん、偶然に、いや必然でもいいんだけど、結果的にトータルで完璧なアルバムに仕上がっていれば、それは文句なしにすばらしいことなんで、ぼくだってうれしいんだから、そこを否定したい気持ちなんてぜんぜんないよ。それに越したことはない。

2019/02/19

マイクロフォン出現前のアメリカン・ミュージック

アメリカン・ポピュラー・ミュージック録音史におき、1925年ごろの電気マイクロフォンの登場は決定的転換点だった。それまでのアクースティック録音時代のスター歌手のほぼ全員がこれを乗り切れず姿を消した。生き残ったのはアル・ジョルスンとクリフ・エドワーズくらいなもの。そしてそれ以上に、音楽レコードの歴史が1910年代あたりから語りはじめられることが多く、それ以前のことはまるで歴史に存在しなかったかのような扱いになっている。

中村とうようさんのオーディブック『アメリカン・ミュージックの原点』(1994)は、そんな現状の打破を試みたものだ。ぼくはこの1994年盤を知らない。親しんでいるのは、改訂版ともいうべき CD 二枚組ライス盤の同題『アメリカン・ミュージックの原点』(American Music in the Beginning)だ。2005年のものを持っているが、2012年にリイシューもされたようだ。

このアルバム・セットでとうようさんが示そうとしたことは、大きく分けて二点ある。ひとつはマイクロフォンが出現し電気録音が一般化する前の歌手たち 〜 のほぼ全員が忘れられつつあった 〜 の歌とはどんなものだったのかということ。特にビリー・マレイにフォーカスが当たっている。もうひとつは初期のアメリカン・ダンス・ミュージックで、特にワン・ステップ(=ラグ、とその土台たるリールとカリブなど)が重要だということ。この二点がそれぞれ二枚のディスクに割り振られて音源が収録され解説が書かれている。そういうわけで CD1には歌を、CD2には楽器演奏ものを、それぞれ収録してある。

『アメリカン・ミュージックの原点』CD1と CD2は、そんなに密にからんでいるかどうかぼくにはわからないので、今日は別々に切り離して話を進めることにする。CD1のヴォーカル篇。書いたようにとうようさんはビリー・マレイ(その他)に大きな光を当てている。電気マイクの前で歌うようになってから、アメリカ人歌手はそっとささやくような小さくて細い声での歌唱でも通用するようになったが、それ以前は発声のナチュラルなパワフルさが必要だった。

しかしビリー・マレイらは、クラシック声楽のオペラ歌手みたいな歌唱法ではなく、もっと自然かつ素直に声を出して、それでなおかつ声がよく響きわたるような、そんな声の出しかた、歌いかたをした。しかもわざとらしさも体裁も気負いもなく、開放的なヴォーカル表現法をとっていた。こういったことは、二曲収録のビリー・マレイだけでなく、『アメリカン・ミュージックの原点』CD1収録の歌手たちみんなに当てはまることだ。レン・スペンサー、エイダ・ジョーンズ、ハリー・マクドーナ、コリーヌ・モーガン、バート・シェパードなどなど。

なかでもぼくの耳を強く惹くのは、CD1で14曲目、アル・ジョルスン「私の人生をメチャメチャにしたスペイン人」と15曲目、バート・ウィリアムズ「ノーバディ」、17曲目、フランク・ストークス「ノーバディーズ・ビジネス」だ。ジャズ寄りの歌手なら20曲目、クリフ・エドワーズ「魅惑のリズム」なんか、ものすごい。絶賛のことばしか浮かばない。ともかくマイクがないわけで、ヴォーカルの録音も生音をそのまま針に落とすしかないんだから、声の持つナチュラルな魅力がそのまま出る。つまり<つくりもの>ではない 〜 電気マイク出現後のクルーナーたちの歌をつくりものと呼びたいわけじゃないので 〜 ホンモノの存在感がここにある。CD で聴くぼくにも伝わってくる。

ビリー・マレイだけ、収録の二曲をちょっとご紹介しておこう。

「ヤンキー・ドゥードル」https://www.youtube.com/watch?v=6mKZes-hAgE
「はい、バナナは売り切れです」https://www.youtube.com/watch?v=9mkbYaUh8E8

また、ぼくをとらえて離さないバート・ウィリアムズの「ノーバディ」も。これはライ・クーダーがアルバム『ジャズ』のなかでとりあげてカヴァーした。バート・ウィリアムズは黒人ヴォードヴィリアン。深い内省をこめたこのバート独自の歌は、いつ聴いても泣きそうになってしまうもの。
サッチモことルイ・アームストロングよりも先にちゃんとスキャット唱法を録音していたクリフ・エドワーズ「魅惑のリズム」(1924)もご紹介。曲はガーシュウィンが書いたスタンダード・ナンバーだけど、ウクレレを弾きながら歌うステージ芸人的なクリフのこのシンギングも絶賛するしかないものだと思う。特にスキャットが炸裂する後半部は苛烈にすんばらしい。圧倒的。
こんなにおもしろい歌手たちがいっぱいいた電気マイク登場以前のアメリカン・ミュージックのレコード界だけど、ディスク2のダンス・ミュージック篇のことも書いておこう。収録の25曲がほぼすべてインストルメンタル・ミュージックで、わかりやすく初期アメリカン・ダンス・ミュージックのありようが示されている。

とうようさんの論旨は、電気マイク以前のアメリカン・ダンス・ミュージックの最大の流行はワン・ステップで、その土台にアイリッシュ移民が持ち込んだリールのリズムとカリビアン・ビートがあり、それはダンス形式としてはワン・ステップだけど曲としてはラグタイムであると、まあおおざっぱに見てこんな感じにまとめられるかな。

ラグタイムと書くとピアノ音楽と反射的に思ってしまうけれど、そうではない。スコット・ジョプリンらがああいったたくさんの曲を書く前から、ラグは(主にアメリカ南部に)ひろくあって、それは主にバンジョーなどで演奏されていた。それらの根源は民衆の生活のなかにあるフォーク・ラグだったのだ。フォーク・ラグから各々の演奏家がピック・アップし、最終的にはピアノでやるラグタイムとなって流行したが、それとは別にいろんなラグがあった。ブルーズ・シンガーらがよくやったギター・ラグもそのひとつ。

ラグのリズム感の土台に、ってことはビートの効いたダンサブルなアメリカン・ミュージックの根底に、19世紀のアイルランド移民が持ち込んだリールがあるというのがとうようさんの説で、これはぼくもほぼ全面的に同意。これは論理とか頭で考える理屈じゃない、音を聴けば皮膚感覚で納得できるものだ。『アメリカン・ミュージックの原点』CD2だと1〜4曲目にヴェス・L・オスマン「ワラの中の七面鳥メドレー」、ブラックフェイス・エディ・ロス「ロスのリール」、マイクル・コールマン「シャスキーン〜ジャガイモ袋」、ウィル・イーゼル「ウェストコースト・ラグ」が連続収録されている。

このうち、3曲目のマイクル・コールマンはアイリッシュ・フィドラーで、演奏しているのもスライゴー・スタイルのリール。どうです、このスウィング感!アイルランド伝統音楽のリズムなんだけど、そのままアメリカン・ミュージック・ビートの土台になっているのは明白ではないだろうか。19世紀のアメリカにはアイリッシュ移民がとても多かったんだよ。
CD2収録順に、たとえばこのウィル・イーゼルの「ウェストコースト・ラグ」を聴いてみてほしい。これは典型的なピアノ・ラグライムで、しかも自動ピアノのロールの再現とか近年の再録音とかじゃない、1927年の当時のレコードだ。もはやラグタイムの流行は終わっていた時期だけど。
カリビアン〜ラテン・ビートのシンコペイションも、アメリカン・ダンス・ミュージックの大きな屋台骨だ。それはラグタイムが、基本、アメリカ南部の音楽で、近接するカリブ海のリズムと密接な関係を持っていたから。『アメリカン・ミュージックの原点』CD2には、9曲目、スーザ楽団の「ラ・パローマ」や10曲目、ジェリー・ロール・モートンの「ティア・ホァーナ」といったアバネーラや、さらに15曲目、ベニー・モーテン楽団「黒のルンバ」、16曲目、デューク・エリントン楽団「南京豆売り」が収録されている。あんがいなじみが薄いかもしれないスーザの「ラ・パローマ」だけご紹介しておく。
『アメリカン・ミュージックの原点』CD2では、その前後、ブギ・ウギ、ジャグ・バンド、ワルツ、クレツマー、ポルカといった、アメリカン・ダンス・ミュージックの基本となった要素が次々と紹介されながら、オーラスの25曲目にはリングリング・サーカス専属楽団の「サーカス音楽メドレー」(High Ridin' - Jungle Queen - Roses Of Memory - Stop It)が収録されている。これは、マーチ、オリエンタル・トゥー・ステップ、ワルツ、ワン・ステップと、めまぐるしくリズムが変化するメドレーで、19〜20世紀のアメリカ民衆音楽を網羅したような内容。

2019/02/18

岩佐美咲「恋の終わり三軒茶屋」とカップリング四曲を聴く

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去る2019年2月13日に発売された岩佐美咲のニュー・シングル「恋の終わり三軒茶屋」。三種の CD に収録されているものを整理すると、新曲「恋の終わり三軒茶屋」と、カップリングのカヴァー曲が四つ「あなた」「別れの予感」「恋の奴隷」「お久しぶりね」となります。全五曲、ようやくしっかりと CD で聴けましたので、ぼくなりの感想をちょちょっと記しておきます。

オリジナル楽曲「恋の終わり三軒茶屋」は、いわゆる演歌ではありません。いちおうは演歌歌手という看板で活動している美咲ですが、キャリア初期から、わりと軽めの歌謡曲路線や J-POP テイストな感じはありました。主にカヴァー・ソングでのことですが、オリジナル曲でも「もしも私が空に住んでいたら」みたいな名曲がありましたよね。

しかし今回の「恋の終わり三軒茶屋」は、いままでのそれらどの美咲とも違っています。演歌ではなく歌謡曲テイストな楽曲というのは美咲自身も言うとおりで、それだけならいままでにもあったんですが、今回の新傾向はラテン・リズムを活用した跳ねるフィーリングを持っていて、しかもそれが快活陽気な雰囲気ではなく恋の切なさ、哀しみを表現するための媒介となっているということです。

「恋の終わり三軒茶屋」が跳ねる、つまりシンコペイションをともなうラテン・リズムだというのは聴けばわかることなんですが、実はまったく同じリズムを持つものが、いままでの美咲のなかにたったひとつだけありました。2013年のファースト・アルバム『リクエスト・カバーズ』2曲目の「つぐない」です。いうまでもなくテレサ・テンが歌った曲。

「つぐない」でも「恋の終わり三軒茶屋」でも、表現する楽器こそ違え、ひっかくようにしゃくりあげるこのリズム・シンコペイションのパターンは同じです。ぼくの勝手な想像ですが、今回の新曲プロデュースにあたり、過去の美咲を総ざらいした可能性があるかもしれないです。それで「つぐない」のこのパターンはなかなか魅力的だから同じパターンで新曲をやってみようじゃないかと。

お持ちのかたは、ぜひちょっと連続再生してみてください。「恋の終わり三軒茶屋」と『リクエスト・カバーズ』の「つぐない」。ねっ、同じでしょ。しかも「三茶」のほうはちょっぴりタンゴっぽくもありますよね。

あるいは、こういったラテン、というかはっきり言えばキューバ音楽ふうなリズム・ニュアンスを持つ歌謡曲はとっても多く、日本歌謡界の最大潮流といってもさしつかえないほどなんで、だから美咲の新曲がこうなっても特段どうっていうことないとも言えます。まあ実際ホント多いですよね。みなさん意識せずに耳に入れていると思います。

美咲の新楽曲「恋の終わり三軒茶屋」のぼくにとっての最大の魅力はこういった部分なんですね。テレサ・テン路線で、しかもラテン・テイストな、すなわち「つぐない」と同傾向であるっていう、そんなところです。リズムの色彩感がたまらなく大好きです。またさらに、テレサといえば、今回の美咲の新発売曲のなかには「別れの予感」がありますよね。

これはラテン・テイストな曲ではありませんが、別な意味でとても新鮮です。というのはさわやか J-POP みたいだなあとぼくは思うんですよ。テレサの歌だから J-POP じゃなく歌謡曲なんですけど、美咲ヴァージョンのフィーリングはきわめて21世紀的な最新 J-POP ソングにしあがっていると感じています。ちょうどあのあたりの歌手たちの…、あ、いや、具体名をあげることはよしておきますが、シンガー・ソングライター系の J-POP 歌手に近い「別れの予感」と言えます。

「恋の終わり三軒茶屋」と同系の楽曲は、今回、「恋の奴隷」と「お久しぶりね」ですね。二曲ともラテンな跳ねるリズム・シンコペイションを持っていますからね。美咲自身の心性は S じゃないのかと勝手に思っているぼくですが、それで真性ドM 女の告白みたいな「恋の奴隷」を歌うのはなかなかおもしろいですね。いや、リズムのフィーリングがマジでいいんです、この奥村チヨの曲は。

小柳ルミ子(ぼく好み)の「お久しぶりね」では、リズムの跳ねかた、シンコペイションが一層強調されていますね。美咲の今回の新発売五曲のなかでの白眉、出色の一曲がこれではないでしょうか。ホント〜に魅力的。特にサビに入って「もう一度、もう一度」と歌う部分は、現場ではパパンと手拍子できるもので、そのほか手拍子を裏拍で入れたり休符を入れたりしてリズムに陰影を付けられるのが最高に楽しいのです。

残る「あなた」はご存知小坂明子の曲。今回の五曲のなかではいちばん傾向の異なる、熱唱歌い上げ系ですよね。この曲、しかし熱愛カップル向けみたいに思われているような気がしますが、よ〜く歌詞を聴いてください。あなたが「いてほしい」「それがわたしの夢だったのよ」「愛しいあなたはいまどこに?」となっていますよ。つまりそこに至るまでの、ハッピー・ライフを綴ったような部分は、女性主人公の(失われて叶うことのない)妄想なんですなぁ。

2019/02/17

抒情的な、どこまでも抒情的な、レー・クエン 2018

(ぜんぶ聴けます)

ここのところレー・クエン(ヴェトナム人女性歌手)は、ずっとだれかのソング・ブックを歌っている。一枚の新作につき一人といった具合で。いつからそうなったんだっけ?2014年作『Vùng Tóc Nhớ』がヴー・タイン・アン曲集だったあたりから?もう忘れちゃったけど、この路線でほぼずっと来ている。しかもその2014年作を最後に、CD パッケージが豪華なトール・ボックス仕様となった。

2018年新作『Trịnh Công Sơn』ではさらに、前作同様、一曲につき一枚づつ歌詞が印刷された綺麗なポスト・カードのようなものが封入されていて、それにはレーの美しい姿もプリントされたカラフルさで、(CD パッケージ全体も)豪華で贅沢のひとこと。『Trịnh Công Sơn』は12曲だから12枚。なかにはここで歌われている作家の写真を見上げているショットもある。

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2018年新作『Trịnh Công Sơn』で取りあげられた作家はチン・コン・ソン。そのままアルバム題になっている。このこともずっと続いている傾向だ。続いているといえば最大のものは、レーのこのあまりにも濃厚で抒情的な歌い口だ。これこそレーをレーたらしめている最大の特長。このおかげで、悪く言えばどのアルバムも同じ重苦しさに聴こえ、いっぽうファンにとっては変わらぬ情け深い味わいを楽しめて極楽となる。

サイゴンで活動したチン・コン・ソンには反戦歌などプロテスト・ソングみたいなものもあるそうだけど、レーがそういった歌をやるわけないので、2018年作『Trịnh Công Sơn』でとりあげているのは、もちろんラヴ・ソングばかりだろう。ヴェトナム語の歌詞の意味は聴いてもわからないが、そうに違いないというフィーリングは、聴けば全世界が納得する。

2014年作以来ずっと変わらないレーのこの濃厚抒情歌謡路線、ヴェトナムではボレーロと称される種類のもので、必ずしもキューバやスペインのボレーロと関係なさそうだけど、同国の女性歌手がこんな感じのラヴ・ソングを雰囲気を出してやっているのをくくってそんな言いかたになっているのだろう。レーの2018年作『Trịnh Công Sơn』でも同じ。

この重たく湿度の高い空気感、高域よりも中低域で漂ってひきずるようにフレーズをひっぱりまわす歌いかた。レーはなにも変わっていない一貫性で、ぼくみたいなレーのファンはこれが聴けたら大きく安堵のため息をつき、この世界観にどっぷりと身をひたすことができ、快感だ。反面、苦手とするかたがたは苦手だろうなあ、こういったちあきなおみのような濃厚抒情歌謡世界は。

このへんはたんなる好みの問題だから、いい悪いなんてない。ぼくはレーのこのハスキーなアルト・ボイスが低音域中心で重たく湿って漂うように歌いまわすのがたまらない好物なんだ。気持ちいいんだよね。でもこの2018年作、軽いラテン・タッチだってなかにはある。たとえば7曲目「Dấu Chân Địa Đàng」はわりと鮮明なラテン・リズムを使ってある。

それでも軽妙な感じにはつながらず重たいまななのがレーのレーらしさだけど、ぼくは好きだよ、こういった持ち味とフィーリングと表現法。ラテン・リズムはほかにも随所で(隠し味的にでも)活用されていて、はっきり言えばキューバの特にアバネーラと、ブラジルのボサ・ノーヴァのふたつの応用だけど。う〜ん、この二種の全世界的拡散浸透力には驚くねえ。

全体的には、やはりやや大げさな大映の昼ドラのサウンドトラックみたいなレーの2018年作『Trịnh Công Sơn』なんだけど、「サイゴン暮色とでも言いますか、抒情と憂いが混じり合ったようなチン・コン・ソンのスロー・メロに乗せ、ゆったりと弧を描くような歌声を、いつものあの節まわしを、独特なアルト・ヴォイスで聞かせる」(© エル・スール原田さん)ということになるだろうか。クオリティの高さは安定して維持しているしね。

2019/02/16

すばらしく完璧だった岩佐美咲、新曲発売イヴェント、2 days in 東京

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2月13日に発売されたばかりの岩佐美咲の新作 CD 三種類はもちろん(たくさん)買っています。ですが、まだちっとも聴けていません。なぜならば、発売キャンペーンに馳せ参じるべく、2月12日から都内のホテルにいるので、部屋に再生装置を借りてくるか、聴ける場所に CD を持っていくかしないとダメなんです。でも、キャンペーンの現場 BGM で延々ループ再生状態なので、すでにすっかり聴いちゃったような気分なのがいけませんねえ〜。

すでに聴いちゃったようなといえば、でも実際そうなんです。それも美咲のなま歌でね。とくに美咲ファンじゃないかたもお読みになる可能性をふまえ、いちおう書いておきます。美咲のニュー・シングル「恋の終わり三軒茶屋」が、ついこないだ2019年2月13日に発売されました。美咲のためのオリジナル新作曲「恋の終わり三軒茶屋」と、カップリングで四曲「別れの予感」「あなた」「お久しぶりね」「恋の奴隷」が収録されています。

それで発売記念のイヴェントというかキャンペーンがどんどん行われるわけですが、そのうち最初の二日間、四回に参加したというわけです。今回はなにかあるぞと、1月26日のソロ・コンサートで新発売予定の五曲を聴いたときから、なんらかの勘が働いていました。それで急遽参加しなくちゃ!という気持ちになったのです。これに行かずしてどれに行く!?とね。以下は現場におき自分でメモしたセット・リストです。

2月13日
・音のヨーロー堂(浅草)
1. 鯖街道
2. 瀬戸の花嫁
3. お久しぶりね
4. 恋の終わり三軒茶屋

・アキバ・スクエア(秋葉原 UDX)
1. 無人駅
2. 恋するフォーチュンクッキー(演歌 ver)
3. 別れの予感
4. 恋の終わり三軒茶屋

2月14日
・音曲堂(小岩)
1. 鯖街道
2. 東京のバスガール
3. あなた
4. 恋の終わり三軒茶屋

・タワー・レコード浦和店
1. 初酒
2. 虹をわたって
3. お久しぶりね
4. 恋の終わり三軒茶屋

まだ聴けていないんだから新作 CD の話はできません。がしかし、新曲発売にあわせ都内や近郊で行われている岩佐美咲のキャンペーンの初動に駆けつけて、実際に美咲のなま歌で、「恋の奴隷」以外をすべて体験できましたので、その姿を記しておくとします。いやあ、マジほ〜んとすんばらしかったんですよ〜。やはり年に一回の(カウントされる)ソロ・コンサートと、それからこれも年一回の新曲発売記念イベントは、美咲自身の気持ちが乗っていますね。すばらしさがまったく違います。

結論から言って、上記16歌唱はほぼすべて完璧な絶品でした。こないだ1.26のソロ・コンサートのへんから実感していたんですが、美咲は最近グンと大きく成長しました。どこにそれを感じるかというと、なによりもその声の質です。いままではわりとアイドル出身歌手らしい素直なキュートさがメインだったと思うのですが、2.13、2.14に聴いたら、可愛らしさはそのままなんですが、大人らしい落ち着きと色気と艶と張りと伸びがグンと増していました。

しかも、ナチュラルさはまったく失っていないどころか、そんな自然体歌唱法にいっそう磨きがかかったという印象の二日間でした。特にワン・コーラス終わりで声を伸ばしながらスーッとデクレッシェンドしていくあたり、これ以上ない声の美しさでした。過去楽曲で大きな進歩を聴かせ(だから、いままでのヴァージョンでは物足りなく感じてしまうと、ホテルの部屋で聴きながら思っています)、新発売楽曲ではまだ聴いていないので楽しみがふくらみました。いやあ、ここまでの歌手になっているとはねえ。

歌唱技巧という点でも、もはや現在の日本歌手のなかでもトップ・ランクにまで到達しているのは間違いないと、これも二日間で実感しました。まず、計16歌唱、音程を外すということが一瞬たりともありませんでした。ライヴでですよ。ふらつきやあいまいさすらぜんぜんなく、あらゆるすべての瞬間でピッチが正確でした。いくら美咲でもなま現場ではいままで揺らぐこともあったのです。それがきれいに消えていました。

音程がきわめて正確なばかりか、たとえばワン・コーラスの歌い終えで高音部になるとき、あれはファルセットに移行しているときがあると思うんですが、「思うんですが」というのは、一瞬そうとは気づかないんです。これはすごいことですよ。地声とファルセットはふつうの歌手では声の色が異なりますからね。ところがこの二日間の美咲は、ファルセット移行時に声のトーンをほぼ変えずに、きわめてスムースにすっと上昇するのです。最高級の巧さじゃないでしょうか。美咲を聴き慣れていないかたなら、ファルセットだと気づかないと思います。

2.13、2.14では、フレイジングにも特に誇張も強調もなく、抑揚も大きくなく、ふつうに歌メロをナチュラルに歌っていて、だからわざとらしさがぜんぜん感じられず、きわめて素直で自然なフィーリングで美咲は歌っていました。それなのに、客席にいるぼくたち聴き手のメンタルにこれ以上ないしっかりした印象を残すあざやかさだったんです。こんな芸当ができる歌手が、いま現在の日本で、ほかにいるのでしょうか?美咲こそナンバー・ワンじゃないでしょうか?

昨年11月の四国での歌唱イヴェントの記事を書いた際、やはりこういったなま歌現場ではアピールしないといけないから気持ちが入って、フレイジングを工夫してやや大きめに抑揚をとったり表情が豊かになるんですね、という意味のことを書きました。しかしこの二日間、2.13、2.14ではまったく違ったイメージです。現場でのなま歌唱であるにもかかわらずナチュラル・メイクな(あるいはすっぴん?)歌表現で、素材(歌)のよさをそのまま活かすように自然に、ある意味軽くすっと声を出し歌っていましたからね。

そんな軽くすっと出した声に、あんなキラキラした色艶がこもっているのですから、これはもう、岩佐美咲という歌手本来の持ち味がそこまで上昇している、歌手として大きく成長しているというなによりの証拠じゃないでしょうか。ぼくはそう考えています。今2019年に入ったあたりから美咲は変貌しました。成長を遂げました。巧さと表現力に深みをグンと増しました。

観客の反応からもそれはわかりました。たとえば浦和でのイヴェントは、店内の小スペースでのもので、タワレコさんも営業中で関係ないお客さんもたくさんいるということで、いつものようにレスポンスできず、「わさみん」コールはなし、掛け声もほぼなし、拍手も控えめで、というものでしたが、美咲が歌い終えると、オオォ〜という反応が客席に自然に湧き、思わずという感じで自然発生的に拍手が起こっていましたからね。すなわちいつもの<応援>ではなく、歌があまりにもすばらしすぎたため拍手してしまうという感じだったんです。2.14 タワレコ浦和店での美咲は神がかっていましたねえ。

こんな美咲の歌の姿、2.13、2.14と二日間で計四回16歌唱聴けた岩佐美咲こそ、この歌手の真の姿、真のすばらしさなのか、しかもそれが普段着なのと思うと、愛媛に住んでいてなかなか足を運べないぼくはなんだか悔しい思いすらありますが、ここまで見事な美咲を聴いちゃったら、またちょくちょく、は無理にしても可能な範囲で上京せざるをえないでしょうね。やはりホーム・グラウンドでの歌はリラックスした状態で声のよさがすっと出せるんでしょうね。そんな気がしました。

さあ、もうすぐホテルをチェック・アウトしなくてはなりません。自宅に戻って新発売の CD 三枚を聴くのがおおいに楽しみです。特に「恋の奴隷」(奥村チヨ)はなま歌で聴けませんでしたしねヾ(๑╹◡╹)ノ。

2019/02/15

パリのブラウニー(3)〜 歌こそは君

(今日の文章は定説をなぞっただけになりましたので、お読みいただく価値はありません)

『ザ・コンプリート・パリ・セッションズ Vol. 3』の聴きどころは、やはりなんたって大半を占めるワン・ホーン・カルテットもの。それを Spotify でさがすと、これまたマスター・テイクしか見つからなかった。がしかしそれでじゅうぶんかもしれないね。ブラウニーほどの天才でも別テイクでさほどの差は聴けないからだ。じゃあチャーリー・パーカーみたいなのは天才というよりやっぱり分裂症?これは関係ない話だった。

ブラウニー1953年パリ・セッションのハイライトは、おととい書いたようにぼくのなかではビッグ・バンドによる「ブラウン・スキンズ」2テイクスなんだけど、一般的にはこのカルテット演奏六曲こそ白眉だろう。朗々とブラウニーが吹きまくるジャズ・トランペットの醍醐味をこれでもかと満喫できるんだから、ぼくだってこの見方に異論はない。

1曲目「ブルー・アンド・ブラウン」出だしの無伴奏パートから、はやくもこのブリリアントな音色がきわだっているが、その後リズムが入ってきてからでも、あるいはこのパリ・セッションに限った話じゃないけれどいつでもブラウニーのサウンドは、歯切れいい。きわめてよすぎると言いたいくらいなもんで、ちょうど滑舌良好なアナウンサーの実況でも聴いているような快感。ブラウニーのばあい、たぶん、タンギングが見事だからなんだろうなあ。

「ブルー・アンド・ブラック」は自作ナンバーだけど、このワン・ホーン・カルテットのセッションでは、このときの一連のパリ・セッションズの音楽監督だったジジ・グライスがいないためコンポジション/アレンジで頼れず、したがって有名スタンダードを選曲しているのもかえってなじみやすいところ。このへんもカルテット・セッションの人気が高い一因だね。

2曲目「アイ・キャン・ドリーム、キャント・アイ?」も文句なしだが、ぼくが好きなのはその次の「ザ・ソング・イズ・ユー」。これはたんにジェローム・カーンの書いたこの歌のことが大好きだからっていうだけのことかもしれないんだけど。それをブラウニーみたいなトランペット・シンガーがやってくれて、うれしいってだけかもね。でも、すごくいいじゃん、この演奏。まったく一毛の破綻もなし。完璧すぎる。

ファンが多いのは、その次の二曲「カム・レイン・オア・カム・シャイン」「イット・マイト・アズ・ウェル・ビー・スプリング」だよね。たしかにこのふたつも文句のつけどころがない。特にリチャード・ロジャーズの書いた後者かな、あまりにも見事な歌心の権化ぶり。まさに歌こそは君。これはブラウニーのためにあることば。

2019/02/14

パリのブラウニー(2)〜 あんがいビックス的な

(『ザ・コンプリート・パリ・セッションズ Vol. 2』をネットで探すと、マスター・テイクしか見つからないです)

ところで、ジジ・グライスのやわらかいアルト・サックス・サウンドって、クリフォード・ブラウンのトランペット・サウンドとの相性がとてもいいと思う。ブラウニーらのパリ・セッションのお膳立てをしたのは、ライオネル・ハンプトン楽団の公演で彼の輝かしいトランペット・サウンドに感動したアンリ・ルノーだったとのこと。アンリはセッションにも参加し活躍しているが、ジジをくわえたのは大正解だった。音楽監督役をお願いしたということもあったろうけれど。

そんなことが『Vol. 2』の大半を占めるセクステット録音でもよくわかる。「マイノリティ」でも「サルート・トゥ・ザ・バンド・ボックス」でも、ブラウニー&ジジ・グライスの二管の響きがとてもいい(六人なのはリズム隊が四人なため)。テーマ演奏部のアンサンブルはどうってことない気がするが、ソロ・パートになり、まずジジが出て、二番手でブラウニーが出た瞬間に世界が輝きはじめるのだった。むろん、ジジのソロだっていいよ。

1953年10月の録音だけど、ブラウニーはすでに文句の付けどころがぜんぜんない。完璧に完成されている。唇や舌を使う技巧にしてもそうだし、音色だってブリリアント、そしてフレイジングはどの曲のソロでも歌心満点で、しかも、前日も書いたようによどみない。スラスラと、あまりになめらかすぎると嘆きたくなるほどスムースかつ自然にソロ・フレーズが組み立てられている。しかも微細な部分までデリケートに神経が行き届いている。

ここまでのジャズ・トランペッターが史上ほかにいたのか?と問われれば、たったひとり、1920年代後半のサッチモ(ルイ・アームストロング)がその上を行っていた。こっちのほうはいまやほとんどだれも言わなくなってしまったので、声を大にして再度強調しておきたい。1925〜28年のサッチモを超えうるジャズ・トランペッターなど、出現しえない。

それはいい。パリのブラウニー。『Vol. 2』では、たとえば「マイノリティ」なんかもかなりいいよね。これは曲がいい。というか特にコード進行の流れと、イントロ部のリズムが魅力的。イントロ分でラテン・リズムが使ってあるのは、ブラウニーの初録音、1952年、クリス・パウエル楽団での二曲を思い出すようなところ。でもパリでの「マイノリティ」ではイントロが終わってテーマ演奏部になると4/4拍子になってしまう。

ところがそうなったら今度は中近東音楽ふうなトーナリティを感じるようなコードとメロディ展開で、それはソロ部において必ずしも活用されていないが、なかなかおもしろいんじゃないだろうか。ジジとブラウニーのソロもよく聴かせる見事なものだ。三つのテイクがあるんだけど、全体的にはやっぱりマスター・テイクがいいかなという気がする。ブラウニーのソロだけに絞ればテイク2のほうがいいかも。

「サルート・トゥ・ザ・バンド・ボックス」のテーマ演奏部ではジジのアレンジもかなりいい。ブラウニーのソロにはやはりケチの付けどころもまったくなし。「ストリクトリー・ロマンティック」のようなラヴ・バラードふうのもの、やはり急速調の「ベイビー」なんかでもスーパーだ。また、この二曲ではテーマ演奏部におきブラウニーとジジが、二管アンサンブルではなく、からみあいながら進むあたりのアレンジも楽しい。こういうのを聴くと、最初に書いたようにこの二名の音色はよく混ざり合う相性のよさがあるなあと実感する。

オーケストラでの二曲「クイック・ステップ」「バムズ・ラッシュ」と、ジャム・セッションの「ノー・スタート、ノー、エンド」のことは、具体的には省略するけれど、ここでも聴けるブラウニーのトランペットの味は、ある意味、ビックス・バイダーベック的でもあるなと思うんだよね。音色の面では似ていない(ブラウニーもやはりサッチモ系のマチスモ)が、フレイジングの組み立てや、それからパキパキポキポキっていう、このなんともいえないアタック音、それがビックス(系コルネット奏者)にとてもよく似ている。

つまりは、ブラウニーって、ジャズ・トランペット界の先輩偉人たちのいいとこ取りだったなあって思うんだ。究極の完成形っていうかね。そんなところも、パリ・セッション二枚目でわかる。

2019/02/13

パリのブラウニー(1)〜 茶褐色のテーマ

ライオネル・ハンプトン楽団在籍時のクリフォード・ブラウンらが、1953年秋の欧州ツアーの際にパリで行なったセッションのいきさつなどについてはいくらでも文章があるので、ぼくが繰り返す必要などない。もしご存知ないかたもパパッとネット検索してみてほしい。ぼくが現在持っている CD 三枚(バラ売り、なぜセットにしない?)は、1997/98年リリースの BMG France 盤で "original vogue masters” と銘打ってある。一日一枚づつ取りあげてメモしておこう。

Vo.1 はビッグ・バンド編成のものとセクステットでのものがほぼ半々づつ収録されているが、個人的には前半部を占めるオーケストラ録音のほうが好きだ。っていうか正直に言ってしまえば冒頭の「ブラウン・スキンズ」2テイクスで決まり。ブラウニーのパリ・セッション三枚ぜんぶでこの2トラックスこそが最大の好物で、評価の高いカルテットものよりも断然「ブラウン・スキンズ」なのだ。

どうしてここまで「ブラウン・スキンズ」が好きなのか。いくつか理由があるように思う。まず曲題がいい。本人の苗字と黒人であることのふたつにひっかけたシャレだけど、なんともいえずすばらしい。このタイトルだけで絶対いいぞ!とおおむかし直感して聴いたらビンゴだったよ。それはそうと関係あるのかないのか「ブラウン」って、カリブ海方面の音楽というか曲にわりと頻用されることばだけど、音楽における<ブラウン・テーマ>とか考えてみたらおもしろそうじゃない?だれかやってくんないかなあ。'Brown Skin Girl' とか 'Brown Street' とか、いっぱいあるよ。'Ebony Eyes' も同系かな。

それはいい。ブラウニーの「ブラウン・スキンズ」ふたつ。マスターも別テイクもどっちも出来がいい。前半部がスローに漂うような夜のしじま。ここはまるでグレン・ミラー楽団の一連の「セレナーデ」ものによく似た雰囲気だ。こんなことだれも言わないっていうか、グレン・ミラー楽団とか、マトモなジャズ聴きはまず100%スルーする(と村井康司 @cosey さんがおっしゃっていた)から、ピンと来ていただけないはずだけど、間違いない実感。

この「ブラウン・スキンズ」前半部の<セレナーデ>ふうスローな夜の徘徊部でも、ブラウニーのトランペット・サウンドが輝いている。ブリリアントの一言。まるで暗闇の幕にサッと光が当たるかのよう。しかも中盤でファンファーレみたいなブラス・サウンドが咆哮し、アップ・ビートが効きはじめ急速調になってからは、歌心が全開で、しかも超なめらか。よどみないとは、まさにブラウニーのためにあることば。一音の躊躇もゆるぎもなく、湧き出て止まらない泉の水のごとくブラウニーがソロを吹く。ジジ・グライスのアレンジもいい。それは前半部のセレナーデ・パートでもそうだった。

こんな完璧な「ブラウン・スキンズ」ふたつがアルバム冒頭にあるもんだから、『ザ・コンプリート・パリ・セッションズ Vol. 1』では残りの曲が、実際かすんでしまうね。ブラウニーをフィーチャーしているかどうかだって、「ブラウン・スキンズ」では全面的にだけど、3曲目以後は部分的にだから、そりゃあどうしたって分が悪いよなあ。ぜんぶ無視したい。

がそうもいかないので、いままでみなさんが無視してきているか、ばあいによってはこのパリ・セッションのいきさつに関係して嫌悪なさってきているかもしれないことを、一個だけ付言しておく。それは当時のボスだったライオネル・ハンプトンのその楽団は、1953年のほんのちょっと前まではジャンプ・バンドだったということ。それはリズム&ブルーズにも直結していた音楽だった。

ブラウニーの『ザ・コンプリート・パリ・セッションズ Vol. 1』4、5曲目「キーピング・アップ・ウィズ・ジョンジー」後半部で、リズムがボンボンと大きく跳ねるところをちゃんと聴いてほしい。ぼくに言わせりゃ、その部分こそ、この曲における最大の聴きどころで、前半のブラウニー/アート・ファーマーのかけあい部よりもそこのリズムなんだ。

特にドラマーのアラン・ドーソンが、特にスネアで表現していると思うんだけど、それに合わせるように管楽器隊も粘っこいうねりを聴かせているじゃないか。そこではソロをジジ・グライスそのほかが吹いているが、ジャンピーなアレンジはもちろんジジの手になるものだ。

ボスに隠れてこそこそとホテルを抜け出して、ボスの楽団ではできないことをパリのスタジオでやった、というのが定説のブラウニーのパリ・セッションズだけどもさあ、なかなかどうして、ふだん着ている衣装を脱ごうたってそう簡単にはいかない、なんてものじゃなく、そもそもビ・バップとリズム&ブルーズは同じ母親から産まれた音楽じゃないか。母の名とは、すなわちジャンプ・ミュージック。

たんにブラウニーの見事さに感心していればいい録音集なんだけど、今日後半で書いたことはだれも言っていない重要事項だとぼくは信じている。ジョンジーって、ここに参加しているクインシー・ジョーンズのことなんでしょ〜。

2019/02/12

ジャズ・リスナーたちとヴォーカルもの

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いわゆるジャズ・ファンというと(残念ながら)だいたいモダン・ジャズのファンなので、そこに話を限定すると、ヴォーカルものの聴きかたがすこしおかしいように思うことがある。こんなことは、ぼくが大学生だった30年以上前の、しかも多くのばあい男性ジャズ・ファンに限定されたことで、もうとっくに過去の遺物と化していると信じていたのだが、どうやらそうでもないようなので、ちょこっと短くメモしておきたい。

ジャズ・ファン(=モダン・ジャズ・ファン、と以下では断らない)の大半は、インストルメンタルものとヴォーカルものを分別して考えている。まあだからこれは、ビ・バップ勃興前までの古典ジャズをいかに聴いていないか、知りもしないかという歴然たる証拠だけど、それでジャズ・ファンと名乗っていいのかといぶかったりするぼくだけど、それはおいておこう。

ジャズ演奏家がよくやるスタンダード・ソングの数々。なかにはジャズ・オリジナルもあるにはあって、そういったものはジャズ・メンが最初から演奏用にと書いたものだから、歌うにはややそぐわない面もあるけれど、スタンダード・ソング・ブックの八、九割以上は、もともとポップ・ソングなのだ。すなわち、歌。

だから最初はだれかポップ・シンガーが歌詞のあるそんな歌を歌ったのがオリジナルなんだよね。それはメロディの動きを聴いてもわかることなんじゃないかと思う。いわゆる歌心があるっていうか、有機的な情緒があるメロディ・ラインだよね。楽器演奏のインプロヴィゼイションなんかでも「歌心」ということが言われたりするのは、アド・リブ・ラインがあたかも歌であるように流れているということだ。

アド・リブ演奏のラインが歌のように流れなくなったのは、ぼくの見るところ、ビ・バップ勃興によってだった。スケールを上下したりなどメカニカルなラインを演奏することが多くなった。これはなにも、歌心礼賛だとか、ビ・バップ以後のモダン・ジャズくたばれだとか、そんなことじゃない。特徴をぼくなりに考えて分析しているだけ。

あ、そうそう、ビ・バップ以前の、しかもヴォーカリストであるにもかかわらず、ビリー・ホリデイのヴォーカル・ラインはわりかしメカニカルに動くよね。ビリーも歌ったのはポップ・ソングなんだけど、この歌手のばあい、大胆(すぎる?)に原旋律からフェイクして、フェイクっていうより新メロディをアド・リブで生み出しながら、楽器奏者みたいに「歌って」いる。

このへん、モダン・ジャズのファンにもビリー・ホリデイだけはいまだに大人気であるという、その要因の一端が見えるような気がしてきたなあ。あるいは気のせいかもしれない。当時としては大胆な人種差別告発だった「奇妙な果実」によって、ある種のシンボルとしていまでも敬愛されているというだけのことかもしれないけれども。

ともあれ、歌とは有機的な、意味のある(まあ意味はどこにでもあるが)旋律を持っているもので、ここもモダン・ジャズ以後、歌心をあえて消して機械的にやるようなジャズ・シンガーたちも出てきはしたが、やはりぼくには魅力が薄い。歌は歌であってほしい。なんというか、ぼくの得意文句だけど、湿り気のあるリリカルさが歌にはほしい。

歌とは本来そういったものであって、ジャズのなかだけ、アメリカ音楽のなかだけ、で考えているからだんだんと自家中毒を起こしそうになるけれど、ほかの、世界の、いろんな音楽におけるヴォーカルものを聴いてほしい。アラブ歌謡でもオスマン古典歌謡でも、ラテン・アメリカのラヴ・ソングだって、東南アジアの、たとえばヴェトナムのボレーロ歌手たちだって、乾いて硬質なものはあまりない。湿って抒情的であるばあいが多いじゃないか。

ジャズ・ファンはジャズだけ特異視する傾向があるんだけど、だからそれもよくないと思う。ひろく音楽の世界を見れば、歌と楽器演奏とのバランスがとても大切だとわかるはずだ。どっちかだけにかたよるのはよくないことなんだよねえ。楽器演奏でメカニカルな技術を駆使しつつ歌はしっとりとやる、というのがぼくの理想型。どっちかだけっていうのは、それがいいと思うことがぼくもあるけれど、多くのばあい、おもしろくない。

だから、ジャズ・ファンの歌手に対する見方は、はなはだおかしいと言わざるをえない。その挙句、<歌姫>という表現に無意味に反感を表明したり、要するにとどのつまり、楽器演奏者こそ偉い、歌手なんてのは、まあしょうもないものだ、なんていうゆがんだ思考におちいってしまうのだろう。だから毎年末の『紅白歌合戦』のことなどもハナクソみたいに言うのだろう。

おかしいぞ、間違っているぞ、ジャズ・ファン。いろいろおかしいが、ここがいちばん意味不明だ。

2019/02/11

ルンバへようこそ 〜 パリ篇(2)

この二枚組 CD アルバム『ルンバの神話(パリ篇)』のジャケット写真になっているのがレクオーナ・キューバン・ボーイズ(Orquesta Lecuona Cuban Boys)。といってもヨーロッパ時代の大半はエルネスト・レクオーナと関係なし。その後もずっとそうだった。もちろんエルネストがかかわってキューバで結成されたオーケストラなんだけど、渡欧中の1933年末か34年頭に、このリーダーたるコンポーザー&ピアニストは病気でキューバ本国に帰ってしまった。その後のレクオーナ・キューバン・ボーイズのヨーロッパでの公演、録音活動にエルネストはいない。レパートリーこそ当初はエルネストの書いたものをやっていたようだけど、それもそのうちメンバー作曲のものが中心になる。

そんなわけで『ルンバの神話(パリ篇)』ディスク2収録の音源(1934〜37)にエルネストはぜんぜんいないわけなのだ。ちょっとややこしい。エスネストのいないパリでのレクオーナ・キューバン・ボーイズの統率者はアルマンド・オレフィチェ(ピアノ)。アレンジはオレフィチェかエルネスト・ハルーコ・バスケス(ギター)が書いたようだ。

『ルンバの神話(パリ篇)』ディスク2には、エルネストが書いた最大の名曲「シボネイ」や、また「タブー」「マリア・ラ・オー」「ラ・パローマ」といった超有名曲も収録されている。それら以外のルンバもすばらしいばあいが多い。ソンだってある。だけど、ぼくが最も胸ワクワクさせるのは、派手でにぎやかなコンガ(やそれに類するもの)の数々だ。コンガとはこれも楽曲形式のことで、打楽器のコンガのほうはトゥンバドールと呼ぶ。キューバでのカーニバル・コンガみたいなのが、本当に心から好きなんだ。

『ルンバの神話(パリ篇)』ディスク2では、イタリア出身の美声歌手アルベルト・ラバグリアッティが歌う甘いボレーロみたいなものだって、もちろん聴き惚れる。15曲目「クバカナン」、17「アナカオーナ」(かの有名サルサ・ソングとは異曲)なんか、絶品この上ないよねえ。また、パリにおける黒いヴィーナスだったジョセフィン・ベイカー(米セント・ルイス出身)との共演である18、19曲目なんかも、パリジアン・ルンバのハイライトのひとつだ。ジョセフィンは特に存在感がすごい。

それでもしかしぼくはにぎやかコンガやそれっぽいルンバのことが好きなのだ。しょうがない、好みの問題なんだから。それらで歌ったのはアグスティーン・ブルゲーラ(ドラムスも担当)であったばあいが多い。甘い美声のラバグリアッティとは好対照。またこの二名がともに歌って競っているような曲もゾクゾクするね。まあでも今日のぼくの話題はコンガやにぎやかルンバだ。

4曲目に「コンガをお聞き」(Oye la Conga)がまずあるが、これはおよそコンガらしくない、というかコンガじゃないだろう。これじゃなく7曲目「キューバのルンバ・メドレー」(Rumbas Cubanas)がまず最初に来るにぎやかで派手なルンバ・メドレーだ。これはオレフィチェが古い<偽アフロ音楽>としてのルンバをつなげて、しかも1930年代ふうのモダン・コンテンポラリー・ルンバに仕立て上げたワン・トラック。大好き。
9曲目に「ルンバ・タンバ」(Rumba-Tambah)が来る。こ〜れが最高なんだ。これは昨年書いた高橋忠雄さんの『中南米音楽アルバム(改訂版)』に収録されている。といってもそれは田中勝則さんの追加分だったけどね。ティンパニーか、ドラム・セットでいうフロア・タムみたいな音がずっと鳴ってリズムをつくっているが、レクオーナ・キューバン・ボーイズにはドラマーがいるので、やっぱりタムかな。野性的なブルゲーラがすばらしい。レーベルにはルンバ・ネグラ(黒のルンバ)とあり。
続く10曲目「グァヒーラ」は珍しくソンでこれは飛ばし、11「ハバナのコンガ」(Conga de la Havane)。このリズムの快活さは特筆すべき。打楽器群がにぎやかで楽しいったら楽しいな。これはエルネスト・バスケスの書いた曲みたい。思い切りにぎやかで、いいねえ。打楽器コンガ(トゥンバドール)そのほかが大活躍。コンサート・ステージでキューバのカーニバルを模した見せ物があったんだろう。
パリや、あるいはキューバからしてもエキゾティックというか、まあオリエンタリズムだけど、それでも芸能としては楽しい14曲目「モスレム・ルンバ」を経て、16「豚足とモツ」(Patica y Mondonguito)。これまたブルゲーラの独壇場で、楽しにぎやかなアフロクバニスモの体現。ちょっぴりだけサルサを先取りしたみたいなピアノを弾いているのは、曲も書いたモイセース・シモンスのゲスト参加。曲題はソウル・フードだから、まさに黒人系。
ジョセフィン・ベイカー参加のコンガ、19曲目の「ラ・コンガ・ブリコティ」(La Conga Blicoti)や、老いた母と息子の(港での?)別れを歌った、しかしにぎやかで楽しいコンガである22「ヴィーゴへ行く」(Para Vigo Me Voy)などを経て、プエルト・リコの大作曲家ラファエル・エルナンデスが書いた有名曲、24「カチータ」(Cachita)は、コンガというかにぎやか系ルンバなんだけど、珍しくブルゲーラではなくラバグリアッティが歌っている。

2019/02/10

ルンバへようこそ 〜 パリ篇(1)

1930年代の全世界的なルンバの大ブーム。それの重要拠点だったのがパリとニュー・ヨークで、といってもそもそも「ルンバ」ということばの定義からはじめないと、こりゃまたややこしいのだ。2017年に CD 二枚組で二種類リリースされた田中勝則さんのディスコロヒア盤『ルンバの神話(パリ篇)』『同(ニューヨーク篇)』の計四枚が参考音源。ルンバということばがなにを指すかについても、それらに附属の田中さんの解説文を踏まえ、まず書いておく。

ラテン音楽(だけじゃなくアメリカ合衆国音楽もそうだったのだが)のレコード・レーベルでは、曲のタイトルの横か下に楽曲形式名が記されてある。それがルンバとなっているものが今日の当面の話題なのだが、これはもちろんキューバ音楽の一種。ルンバがなにを指すかがややこしく、しかも時代を経て定義に変遷があったのでめんどくさい。

ぜんぶ書くとたいへんな長さになってしまうので、田中勝則さんの解説文に読める最新学説を踏まえた上で、ざっと「ルンバ」定義の現状だけ整理しておく。このことばの意味の歴史的変遷などについては『ルンバの神話(パリ篇)』附属のブックレットをご覧ください。

1)キューバでソンという音楽が流行する前の1920年代に、すでにルンバという形式名があった
2)そのルンバとは、のちの1940年代に出現し(ストリート・)ルンバとして知られるようになる、タイコだけで歌われる、かのアフリカ黒人系ダンス・ミュージックではない
3)ソンの台頭でいったんは衰退する
4)新しく生まれた音楽ソンの影響を多分に受けつつ、1930年代にリニューアルされた新ルンバが、アメリカ合衆国をはじめ全世界的に大流行する
5)そんなニュー・ルンバは、決してソンを水で薄めたような薄っぺらい音楽ではない
6)つまり、まずルンバあり、あいだにソンをはさみ、新世代ルンバとなり、それが海外で大ヒットした際、同じ「ルンバ」という名称を持った
7)その後、今度は本当にキューバの黒人たちがアフリカ音楽のルーツを直接的に受け継いだようなストリート・ミュージックが誕生し、それも「ルンバ」と呼ばれたが、別な音楽だ

さて、ニュー・ヨークが1930年代ルンバの一大拠点だったのはわかりやすいが、どうしてパリもそうだったのか?しかしこれもあんがいわかりやすい面があると思う。アメリカ合衆国と違ってキューバ人コミュニティなどなかったはずのフランスで、しかもおそらくはスペイン経由でパリに渡ったケースも多かったはずと推察されるけれど、ジャズ受容と評価の歴史をご存知のかたなら、世界で最も早くアメリカ黒人ジャズを評価し庇護したのがパリ人だったことを思い出されるだろう。

つまり、そんな土地だからってこと。有り体に言ってしまえば、ちょっとしたエキゾティズム、アフリカ系の文化などに興味を示し、促進したいと考えるパリジャンの体質みたいなものがあるかもなあと思うんだ。もっとずっと時代が下っての、かのいわゆる<パリ発ワールド・ミュージック>の時代のことも考えあわせれば、そんな資質をパリという大都市が持っているとわかりやすい。

実際、パリでキューバ人音楽家が初録音したのは、ニュー・ヨークよりも早かった。ニュー・ヨークでドン・アスピアス楽団が「南京豆売り」を録音したのが1930年5月だけど、パリでエドゥアルド・カステジャーノスのオーケストラが録音したのは、同30年の1月だったんだよ。そんな1930年がパリとニュー・ヨークを震源地とする世界的ルンバ・ブームの発祥年と見ていいだろう。

ディスコロヒア盤『ルンバの神話(パリ篇)』のディスク2は全面的にレクオーナ・キューバン・ボーイズなので、今日はそれ以前のレコードを紹介したディスク1に話題を絞っている。1曲目はまだそうでもないが、2曲目カスティージャノス楽団「私のタイコ」から俄然グッとわかりやすく明快なキューバン・ルンバになっている。ソンの痕跡も鮮明に聴けるし、エンターテイメント感覚にあふれたポップ・ミュージックとなっているんだよね。

3曲目、同楽団の「ルンバへの招待」(Invitacion A La Rumba、これが CD アルバム題ともなっている)からは、ポップな芸能感覚も強く打ち出すようになり、また曲題そのものだって、パリでルンバ・ブームを盛り上げよう、そのために…、という意識が鮮明に読みとれる。1932年のレコードだから、初録音から二年で、すっかりそんな機運ができあがっていたんだろうね。

6曲目ドン・バレット楽団「ベガン・ビギン」は、文字どおりマルティニーク音楽で、これはフランス人オーディエンスを強く意識したんだろう。ビギンはこのディスクにもうひとつ出てくる。キューバ人でありながらこういった音楽もそつなくこなすあたりに実力の高さがうかがえるよね。出来も明るい音楽で、聴いていてウキウキ楽しい。7曲目同楽団「マルタ」は名曲。

16曲目エリベルト楽団「シーソー」、17曲目オスカル・カジェ楽団「アリ・ババ」(どっちも1933年)あたりからやや雰囲気が変化しつつあるように思う。打楽器群がにぎやかで派手になり、リズムが色彩豊かで快活さを増しているように聴こえる。キューバ本国の政情と関係ありやなしやわからないが、とにかくこの1933年にはヘラルド・マチャード大統領が失脚している。マチャード政権はアフロ系打楽器の使用を禁止していた。

ともあれ1933年の「アリ・ババ」(ヘティ・クース・エンダンで知られるあの曲)らへんから、ぼくもよく知るいわゆるキューバ音楽になっているみたいだ。この曲のばあい後半部にリズム・ブレイクがあって、そこで派手な打楽器乱れ打ちになっているし、も〜う大好きでたまらない。キューバ本国ではまだまだマチャード派が残っていて反対派との衝突が激しかっただろうけれど、ここパリでは関係ない、パ〜ッとやろうぜ!って感じだったのかな。

20曲目からリコ楽団のレコードが続いているが、1910年ハバナ生まれで26年に渡仏しドン・バレット楽団に在籍していたフィリベルト・リコみずからが率いるバンドの成熟が、たぶん、この『ルンバの神話(パリ篇)』一枚目のクライマックスじゃないかな。最終盤のエリセオ・グレネ楽団の二曲とあわせ、パリにおけるルンバの成熟を実感する。特にディスク末尾の「夜のコンガ」(La Comparsa De Los Congos)なんか最高の名曲じゃないかな。ルンバというよりコンガだけど、山本リンダ「どうにもとまらない」がもう見えている…、っていっつもそこか〜い!

2019/02/09

2019年、いまこの時代に、スティーヴィの「風に吹かれて」〜 ディラン30周年コンサートより

ボブ・ディランのレコード・デビュー30周年を記念して1992年10月16日にニュー・ヨークはマディソン・スクウェア・ガーデンで行われたライヴ・コンサートの収録盤『ザ 30th アニヴァーサリー・コンサート・セレブレイション』。Spotify にはこれしかないのでリンクしたが、ぼくの持つ CD ヴァージョンで聴ける肝心要の部分がすっぽりカットされている。それは、おそらくボブ・ディランという音楽家、その歌がどれほどの意味を持つのか、この日の実況録音で最もクッキリと描き出した最重要箇所なのに。

それは4曲目「ブロウイング・イン・ザ・ウィンド」をスティーヴィ・ワンダーが歌いはじめる前のこと。Spotify ヴァージョンではいきなり歌からはじまっているかのように編集されているが、CD で聴ける当日の現場ではそうではなかった。歌の前に約二分間のスピーチがある。それはスティーヴィがピアノを弾きながらそれを BGM にしてみずからしっかり語りかけているものだ。

この YouTube 音源にあるフル・ヴァージョンでお聴きいただければ説明不要だけど、いちおう。スティーヴィは、この歌が長い長い時代をとおし同時代的な強い意義と重要性を放ち続けてきたと言い、1960年代、70年代、80年代、90年代と順に具体例をあげながらわかりやすく説明し強調している。公民権運動、ヴェトナム戦争、ウォーターゲイト事件、南アフリカのアパルトヘイトに対する抗議運動、などなど。

つまり、ボブ・ディランの「ブロウイング・イン・ザ・ウィンド」という曲が、時代と世界を超えた普遍性を持つもので、いまでも重要なのだとスティーヴィはピアノを弾きつつしっかり語ってから、ドラム・ロールが入って、いざ、「♪ハウ・メニー・ロ〜〜ズ♫」と歌いはじめる。だからこそ、その瞬間に鳥肌が立つんだ。中間部のハーモニカ・ソロも絶品。時空を超えた歌であるばかりか、音楽ジャンルをもまたいでいる。

このコンサートは1992年のものだからスティーヴィも90年代にまでしか言及できないが、いま21世紀、特にここ2010年代後半にぼくたちがリアルタイムで実感している人類の危機、人権軽視問題、それに向けてもボブ・ディランのこの「ブロウイング・イン・ザ・ウィンド」はとっても意義深い重要性を放っているように思うんだよね。いままたもう一度、思い出そうじゃないか。

いま、地球上のぼくたちがいったいどういった状況に置かれているのか、考えてみよう。そして、ボブ・ディランのこの歌が2019年にもどれほどの強いレレヴァンスを持っているのか、聴いて、かみしめたい。そんな契機には、このスティーヴィの、演奏前のスピーチ付きのヴァージョン「風に吹かれて」が最好適じゃないかなと思う。

『ザ 30th アニヴァーサリー・コンサート・セレブレイション』全体では、ボブ・ディランのソング・ブックをみんながとりあげたいろんなおもしろく楽しいヴァージョンがあるので、それはそれでまた機会を改めて書いてみたいと思っている。

2019/02/08

あしたはもっとよくなるさ 〜 カーティス・メイフィールド

結果的にカーティス・メイフィールドの遺作となった1996年のワーナー盤『ニュー・ワールド・オーダー』。不思議な肌ざわりのアルバムだ。諦観や絶望があるかと思えば、前向きの肯定感だってしっかりある。それらがないまぜになって、全体的にしっとり落ち着いたムードのアダルト・オリエンティッド・ソウルとでもいうか、そんなような作品だよね。常にワン・セットである死と再生をこれほどリアルに描きこんでいる音楽もなかなかない。そんなことに、1996年時点では、あるいはカーティスが亡くなっても、気づいていなかった。

どうしても歌詞の意味を沁み込ませるように味わいながら聴くということになってしまうカーティスの『ニュー・ワールド・オーダー』だから、あえてそこに拘泥しすぎることなく、サウンドやリズムや曲想、曲調のおもしろさ、魅力などについて私的なことをちょこっとメモしておきたい。そうであるからこそ、このアルバムから死と再生のテーマを汲みとることができるんじゃないかと思うし。

『ニュー・ワールド・オーダー』の全13曲は、基本、版権登録(の年がリーフレットにぜんぶ記載されてあり)されたばかりニュー・ソングだけど、三曲だけ古いレパートリーの再演がある。6「ウィ・ピープル・フー・アー・ダーカー・ザン・ブルー」(1970)、9「イット・ワズ・ラヴ・ザット・ウィ・ニーディッド」(1979)、11「ザ・ガール・アイ・ファインド・ステイズ・オン・マイ・マインド」(1969)。

これらみっつのうち、「ダーカー・ザン・ブルー」と「ガール・アイ・ファインド」はとてもよく知られているものだからオリジナル・ヴァージョンは云々の説明の必要がない。後者はインプレッションズ時代の曲で、歌詞が、うん、言わないと言ったけれども、マジでいいよ〜。沁みる。「ぼくの見つけた新しい女の子、魅力的、でも去っていっちゃうんじゃないかと心配、いままで全員そうだったんだもん、今度こそ…、本当に気になるなあ」って感じ。

それはいい。問題は1979年の版権登録と記載のある9曲目「イット・ワズ・ラヴ・ザット・ウィ・ニーディッド」だ。これはそのころ、カーティスかほかのだれかが録音してましたっけ?ないんじゃないの?すくなくともぼくは知らない。たぶんだけど、そのころ書いてカーティスがひそかに持っていたお蔵入りソングだったんじゃないかと思うんだ。新作アルバムのためにひっぱり出してきたのかもなあ。

その「イット・ワズ・ラヴ・ザット・ウィ・ニーディッド」でもそうだけどザップのロジャーらが参加しているのはこれもいいがそれよりも6曲目「ダーカー・ザン・ブルー」でのロジャーの活躍がめざましい。本当に見事な仕事をしている。「ダーカー・ザン・ブルー」では、カーティスのヴォーカル以外にロジャーしかおらず、すべての楽器をひとりで担当し、トラックをつくりあげている手腕にうなるしかない。

ここでの「ダーカー・ザン・ブルー」は、基本的に1970年のオリジナルに沿ったアレンジなんだけど、だから中間部でパッと雰囲気がチェンジしてにぎやかなパーティーみたいになっている。そのパートでロジャーはカーティスの声を含め、いろんな音や声をサンプリングしてコラージュし、売りであるトーク・ボックスの音も大胆に交えながら、聴きごたえのある中間部を創っているんだよね。すばらしい仕事だ。

それが終わってふたたび後半の落ち着いたパートになっても、実に淡々と心境を綴るカーティスのヴォーカルに、前半部同様トーク・ボックスでロジャーがからんでいる。それが実にいいエフェクトだ。ご存知のとおりの歌詞な曲なんで、ロジャーのあのトーク・ボックス・サウンドがいい陰影となっている。大成功じゃないかな。曲の終幕部でカーティスは「あしたはもっとよくなるさ」と歌って閉めるが、1970年のヴァージョンとはことばの意味が大きく異なっているよね。考え込むのはやめておく。

ぼくにとっての『ニュー・ワールド・オーダー』とは、こんな「ダーカー・ザン・ブルー」と、それから1996年当時はそうでもなかったんだけど「ガール・アイ・ファインド」が、最高に沁みるものだ。この二曲こそ個人的白眉。いやあ、たまりません、こんな二曲。泣いちゃうよ。

しっとり落ち着いたそれらだけじゃなく、快活でジャンピーなトラック、たとえばアリーサ・フランクリン参加の3曲目「バック・トゥ・リヴィング・アゲン」や、また5「ジャスト・ア・リトル・ビット・オヴ・ラヴ」、10「ザ・ガッド・デン・ソング」には、カリブ〜ラテンな空気がはっきりと漂っているのも、とってもいいね。大好きだ。特に3と10でエレキ・ギターがそこはかとなく3・2クラーベのパターンで刻んでいるのが印象に残るし、曲想もカリブふう。

最高に沁みる11曲目「ガール・アイ・ファインド」が終わったら、アルバム『ニュー・ワールド・オーダー』にはダークな幕が降りる。12「レッツ・ナット・フォーゲット」も13「オー・ソー・ビューティフル」も重く暗い。ヘヴィ・シリアス・ソウルとでもいったフィーリング。バック・トラックのサウンド・カラーとリズムがヘヴィでダウナーだと思うんだよね。

つまりさ、1996年の作品だけど、まるで2010年代後半の R&B みたいじゃない。ブルー&ダウナー。むろん、カーティス自身のおかれた状況がそういう音楽を生み出していたわけだけど。ちょっとおそろしい。

2019/02/07

メロディじたいにリズム感覚を内包するアイルランドのリールが好き!〜 ジェリー・オコナー

アイルランドのフィドル弾き、ジェリー・オコナーの2018年新作『ラスト・ナイツ・ジョイ』。こういった伝統的なアイリッシュ・フィドルが好きなんだとは以前から書いているし、一度はそればっかりを中村とうようさんがコンパイルした MCA ジェムズ盤の話もした。
この記事の出だしでも書いてある「アイリッシュ・フィドルを聴く快感。僕にとってのそれは、一言にすれば、猛烈なスウィング感、いや、ドライヴ感だ」ってこと。これはジェリー・オコナーの『ラスト・ナイツ・ジョイ』を聴いても抱く同感なのだ。そしてジャズ・ファンのぼくにとって、アイリッシュ・フィドルのスウィング感とは4/4拍子のリールのそれに魅力があるということになる。

ジェリー・オコナーの『ラスト・ナイツ・ジョイ』にあるリール・メドレーは1、3、8、11曲目の四つ。あ、いや、でもジグとかエアとかも魅力的だよなあ。まあ今日のところはリールに話を限定しておこうっと。それから7曲目はポルカだけど、このズンズンとフラットに進む4/4拍子系のスウィング感はリールのそれと共通するものだ。これら五つ、どれをいつどんどん続けて聴いても気持ちいい。大好き。

ジェリー・オコナーに限った話じゃないがアイリッシュ・フィドルの世界では、伴奏楽器があっても必要最小限で、しかも小さく控えめで地味だし、ばあいによっては独奏のこともあって、つまりあの4ビート・スウィングを生み出しているのはフィドラーひとりの演奏によってなのだ。それ一台で奏でるサウンド、たったそれだけがこの猛烈なドライヴ感を表現しているとは、上でリンクした過去記事でも書いたこと。

細かな音をズンズンと積み重ねるように、しかし歯切れよく演奏して、フレイジングじたいでスウィンギーさを出しているとわかる。右手に持った弓が弦に当たるそのタイミングや強弱、アタックなど、フィドル一台だけ聴けば、思わず踊り出しそうとなるほどのフィーリングがあると、ジェリー・オコナーのこの一枚でも聴いていただければみなさんご納得のはず。

実際、リールでもジグでも、アイルランドのこういった伝統音楽はダンス・ミュージックなのだ。現実にどんな踊りをしているのか知らないぼくだって、部屋のなかで思わずからだが動き、足踏みし肘や腕や手も動かしているんだもんね。ぼくのふだんの交通手段は50cc の原付バイクだから、そんなときにうっかり聴かないようにしないと命があぶない。

ジェリー・オコナーのアルバム『ラスト・ナイツ・ジョイ』ラストのリール・メドレー「オコナー4」。ここではフィドルが二台聴こえるので、クレジットされているドーナル・オコナー(息子さん)との合奏なんだろう。曲の一分過ぎあたりからそのユニゾン・デュオになり、またしばらくしてそこに同姓同名だが別人のジェリー・オコナーのバンジョーが参加、それが抜けてふたたびフィドル二台での合奏になり、そこにアコーディオンもユニゾンで参加して三台のユニゾン合奏になっているが、そのへんからのスリルと快感は、筆舌に尽くしがたい極上さだね。気持ちエエ〜!

2019/02/06

Spotify を活用してストレージ容量を節約だ

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こういったことは、Spotify を本格的に使うようになって約二年、自宅にいても出先でも旅行をしても、結局なにも変わらず同じように音楽が聴けて、しかも CD やインポート/ダウンロードしたファイルで聴くのとなにも違わない、聴きかたも受け止めかたも考えも、結果書く文章も、ぜんぜん変わりない、とわかってきたからなんだよね。だったなら…。

音楽 CD は相変わらずどんどん買うけれど、聴いていいぞと思っても iTunes にインポートしなくなったというのは2019年1月13日付で書いた。でもそれだけじゃあまだまだなんだよね。ぼくが現在メイン・マシンにしている MacBook Pro 内蔵 SSD のキャパシティは1TB。それの空き容量をちょっとでも増やしたい。だから、現在インポート済みのものでも Spotify で聴けるものはデリートしていきたい。だからたとえばマイルズ・デイヴィスなんかはほぼ全面的にぼくの Mac から消える。

これを着々と進めつつあるんだけど、だってさ、持っている CD ぜんぶは内蔵ディスクに入らないわけです。ほんの一部しか入らない。だから厳選して入れてあったけど、それでも1TB なんかでは不足なんだよね。困ってしまって、でもノート型 Mac のばあい(ぼくはノートブックにあらずんばパソコンにあらずとの思想の持ち主です)最大の内蔵ディスク容量のオプションにして買っても、1TB が限界だった。

昨2018年秋に MacBook Pro のニュー・モデルが発売され、最上位機種だと2TB の SSD を選べるようになった。あなうれしやと思ったが、このオプションを選択したばあい、合計金額が40万円を超えてしまうんだよね。40万ですよ。経済的に不可能な数字ではないけれども、やっぱりこれはムリっぽいなあ。

というのもいま使っている MacBook Pro は2014年10月に買ったものでずっと激しく酷使してきたから、そろそろニュー・マシンがほしいわけ。ところが、上段で書いたとおりな事情なもんで、内蔵ディスク2TB のオプションを行使して高額を払うか、そうでなければいままでどおり1TB か、あるいは512GB ならかなり安価。どうしようかなあ〜と考えているところなのだ。

そしてその冬12月末ごろから、以前より書いているが iTunes に CD からインポートするものが激減し、入れるのは Spotify にないものだけとなり、音楽生活が一変したんだよね。これがぼくにとっては大きな契機、転換点になりそうな気が、いま、している。iTunes にインポートするものは Spotify にないものだけとなると、内蔵ディスクの使用済み量は微増しかしないとわかった。

しかしそれでもやはり一定数はインポートする。しかも上で書いたように新しく買う MacBook Pro(Pro でない MacBook でもいいんだけど)の価格が高くなりすぎないようにしたいから、そのためには内蔵ストレージ容量を小さめにおさえるしかないんだよね。となれば、現在のマシンに入っている音楽ファイルのうち、Spotify で聴けるものは削除していけばいい。っていうかそれしかない、ぼくのばあい。

それにね、実際、最近そういったものは、もはや CD か Spotify でしか聴かないようになっているんだしね。マイルズもプリンスもアリーサ・フランクリンも、メディ・ジェルヴィルもパウロ・フローレスも、ニーナ・ヴィルチもアイオナ・ファイフも、可能な範囲におき Spotify で聴いている。むろんぜんぶ CD だって持っているし、それで聴くケースも多々あるが、 iTunesファイルはデリートして、ディスクの空き容量を増やしたい。

そうやって準備して、現行ストレージの使用済み量をミニマムにしておけば、いざ新しいマシンを買う際も、小さめのサイズの内蔵ディスクでいいとなるはず。Spotify で聴けるものを全削除しておけば、まだその作業は50%程度しか進行していないが、ひょっとしたら新購入のマシンでは512GB で充分となるかもしれないね。どれくらいになるのかは、作業が完了しないとわからない。

岩佐美咲をはじめ、Spotify では聴けない、CD で聴くしかないという音楽は、もちろん iTunes にインポートし続けますよ。でも、そうじゃないものはなるたけ Mac に入れないようにしたい。ぼくが音楽を聴くのは、まずもって CD で、だけど、それをどんどんインポートする生活とは、もうそろそろこのへんでおさらばしたい。

ま、なんだかんだいって、内蔵ストレージ容量に限界があるからしかたないというだけの話かもしれないんだけれども。

2019/02/05

カークを聴くべきロイ・ヘインズ・カルテット

ロイ・ヘインズ(なんと93歳現役!)の『アウト・オヴ・ジ・アフタヌーン』(1962、インパルス)は、なんてことない普通のモダン・ジャズ・アルバムだ。ローランド・カークが主役であるにもかかわらず、というか、ここは意外に思われるかもしれないが、きれいなメインストリーム・ジャズ作品。カークって、ただきれいに吹く主流派ですからね。それなのに、音を聴かずゲテモノ扱いしてイメージを定着させたのは、某岩浪洋三の罪だ。

ローランド・カークがあのリード楽器を複数同時にくわえていたり鼻で吹いたりといったああいった容貌とは裏腹に、出てくる音をしっかり聴けば、ふつうにきれいなだけの、だけっていうか、かなりしっかりした守旧派リード奏者なのはあきらかだろう。いまやこの見方が定着しているようで、うれしいかぎり。そんなカークをフィーチャーしたのが、ロイの『アウト・オヴ・ジ・アフタヌーン』なのだ。

実際、このアルバムの1曲目「ムーン・レイ」(アーティ・ショウ)を聴けば、カークが美に徹した演奏をしているとわかる。ひとり同時多重奏もやっているが、そうすれば音にふくらみが生まれ、きれいな旋律がよりいっそうきれいになるという計算のもとでのこと。曲じたいがもとからきれいなんだけど、それを最大限に活かすべく腐心して吹奏している。

それからこのアルバムのピアノがこれまたトミー・フラナガン。特に派手さ、きわだった美しさなどをことさらには表現しないひとだけど、ここでもツボを押さえた着実な演奏ぶりで、伴奏にソロにと活躍。ベースのヘンリー・グライムズは、このアルバムではまだまだどうってことない。リーダーのドラマー、ロイ・ヘインズは、ところどころでビートにアクセントやニュアンスをつけ、ふつうのメインストリーム・ジャズ演奏にアクセント、色彩感、躍動感、遊びをもたらしている。

2曲目が、日本ではアニメ『エヴァンゲリオン』で使われて再ヒットした「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」。ワルツ・タイムにアレンジしてあるが、カークがちょっとだけフリーキー・トーンを発する。ここではややとんがっているのかな。その他、ヘインズのオリジナル楽曲では、カークがすこしアウト気味に吹く場面もあり。それをほかの三人が抑制しているというか、まあカークもそんなにフリーキーな持ち味のひとではないですがゆえ。

それからカークはなにを吹いても音色がいいよね。エモーショナルで色艶があるように、音だけ聴いて感じることができる。ちょっとたまに情緒過多かも?と感じるときすらあるほどで、そんな強めのエモーションが漂っているところもぼく好みなところ。あくまで美しく美しく、もとの曲の味をこわさないようにていねいに演奏するカークだけど、そこに生々しい艶っぽさが混じるのがイイ。

アルバム5曲目「イフ・アイ・シュド・ルーズ・ユー」。だ〜いすきな歌だ。この悲哀に満ちた一曲を、やはりカルテットがふつうにきれいにやっているだけなのが好感の持てるところ。饒舌なカークは、ここでも音数多く吹いていて、まるで一時期のジョン・コルトレインを彷彿とさせるシーツ・オヴ・サウンドみたいにちょっとだけ。ガーシュウィンの「サマータイム」などを引用。

2019/02/04

エンリッキ・カゼスが案内するブラジルのカヴァキーニョの歴史

ぼくの読者さんでショーロやサンバ聴きのかたがたにはまったくもって説明不要の超有名楽器カヴァキーニョ。ところがそこから一歩離れるとまったくもって知られていない超無名のものかもしれないよなあ。やっぱり説明しておいたほうがいいのか。ポルトガルがかつて世界中を船で旅行していた時代に、植民地にした土地土地に(ギターやそれみたいな)弦楽器を持ち込んだのだが、そのうち単弦4コースのものも各地でいろんな名称となって現在まで演奏されている。

ギターみたいなかたちの単弦4コース楽器というと、たぶんハワイのウクレレが最もよく知られているはずだ。日本でもよく親しまれているので、これは正真正銘どなたにとっても説明不要。そのほか、同族楽器にインドネシアのクロンチョンだとか、またあるいはひょっとしてペルーのチャランゴなんかも同起源かもしれない。ポルトガルはブラジルも支配したので、当地で発展した単弦4コース弦楽器があり、それをカヴァキーニョと呼ぶ。ブラジル独自の音楽であるショーロやサンバでは必須。元来はリズム楽器で、ブラジル音楽のスウィングの源であるとまで言いたい。音域はギターのちょうど1オクターヴ上で、キラキラとした輝きを聴かせる。

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ブラジルにおけるカヴァキーニョは、なんたってショーロの世界で大発展を遂げたので、この楽器のことを考える際には、やはりショーロを念頭におくのが好都合。現在のブラジルにおける最高のカヴァキーニョ名人といえばエンリッキ・カゼス(ぼくの三歳上)だから、エンリッキの案内で分け入るのが好適なのだ。ってなわけで、エンリッキみずからプロデュースし演奏もやった CD アルバム『ブラジルのカヴァキーニョの歴史』(Uma Historia do Cavaquinho Brasileiro、2012)の話を今日はする。

兄のベト・カゼスを含む四人編成コンボが基本となって録音されたこのアルバムは、いわく由来があるようで、もとはブラジルの石油会社ペトロブラスが顧客に配布するためにつくった12枚組ボックス・セット『Sons musica brasileira』の「カヴァキーニョ&バンドリン篇」のために録音されていたものらしい。それが市販されないこととなったので、エンリッキが音源の権利を持ち、新録音もくわえてまとめあげたのが『ブラジルのカヴァキーニョの歴史』とのこと。その際には親交のある(オフィス・サンビーニャの)田中勝則さんもアイデアをお出しになったよう。

『ブラジルのカヴァキーニョの歴史』、時系列を飛ばして、1曲目が「ブラジレイリーニョ」であるのはわかりやすい。ヴァルジール・アゼヴェードのこの曲(1949)こそ、カヴァキーニョ奏者にとって最大のシグネチャー・チューンだからだ。これをやったことのないカヴァキーニョ奏者はいないはずで、エンリッキも過去なんども録音している。このアルバムのものはまた気合が入っていて、細かくにぎやかな装飾をくわえながら華麗に弾きまくる。これがウクレレと同系楽器を演奏したものだとは、ご存知ないかたにはにわかに信じていてだけないかも。『カフェ・ブラジル』のも貼っておこう。
このライヴ・ヴァージョンもなかなかすごい。
『ブラジルのカヴァキーニョの歴史』2曲目以後は、だいたい歴史順にカヴァキーニョ演奏の発展やショーロ史のなかでの役割変化、演奏法の変遷などをたどりながらエンリッキが実演してみせるといった具合に進む。ショーロ史そのものを、カヴァキーニョを通して、概観してみたという側面もあって、ある種のコンパクト・ショーロ・ヒストリーとしても楽しめる内容で、すぐれている。

2曲目「高い音色を奏でて!」(Cruzes Minha Prima!)は、19世紀後半のショーロ初期の偉人ジョアキン・カラードの曲で、フルート、ギター、カヴァキーニョという例の三つ揃えでの演奏。カヴァキーニョは脇役のリズム刻みに徹しているのが、ショーロ初期におけるこの楽器の本領だった。それでもこの独特の高音のきらめきは、アンサンブルに混じっても鮮明に聴きとることができる。まさにショーロの(ってことはブラジル音楽の)リズム・スウィングの源泉だった。

そんなリズム伴奏楽器だったカヴァキーニョで最初にソロを弾いたとされているのが、3曲目「田舎娘」(Roceira)のマリオ・アルヴィス。すでに現代ショーロにおけるカヴァキーニョ奏法の原型をここに聴きとることが可能だ。ネルソン・アルヴィスの4曲目「それはありえない!」(Não Pode Ser!)を経て、5曲目「ジンガンド」(Gingando)のカニョート。ベネジート・ラセルダ楽団のカヴァキーニョ奏者で、ここにおいてこそモダンなコンジュント・スタイルにおけるカヴァキーニョ奏法が確立された。「ジンガンド」でのエンリッキは伴奏とソロを多重録音で両方やっているが、伴奏カヴァキーニョのリズムのほうは完璧にカニョートへのオマージュだ。

6曲目「私のカヴァキーニョ」(Meu Cavaquinho)のガロート。このひとはカルメン・ミランダといっしょにアメリカ合衆国にわたり演奏活動をともにしたから、有名人のはず。それに続き、いよいよショーロ・カヴァキーニョ史上最重要人物かもしれないヴァルジル・アゼヴェードの登場となる。7曲目「デリカード」(Delicado)、8「カヴァキーニョと戯れながら」(Brincando Com o Cavaquinho)、9「永遠のメロディ」(Eterna Melodia)と三曲続く。

このへんが、ぼくにとっての『ブラジルのカヴァキーニョの歴史』におけるクライマックス。なかでも、ガロートの「私のカヴァキーニョ」もそうだったが、「永遠のメロディ」とか、あるいはエンリッキの自作曲12「レアル・グランデーザ通り」(Real Grandeza)といった、スロー・テンポでしっとり泣く、まさにこれぞショーロ(泣く)というべきサウダージを聴かせるものが、ぼくは心底ホント〜に!だ〜〜いすき!

こういった音楽を全世界でさがそうとも、ブラジルのショーロ、あるいは室内楽的サンバ・ショーロ(ショーロふうサンバ)しか、ないと思うんだよね。この情緒。ぼくがショーロに惹かれているのもここなんだ。泣きながらしっとりゆっくりと歌っているような、しかしいっぽうでは楽しく二、三人でスウィングしたりするものもあり、かつそういうものには余裕もあり、さらにコミカルなユーモア感覚だって持ちあわせている。ユーモア・センスはスウィング感と一体化しているしね。

そんな音楽は、ショーロしかないと思うよ。

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