2018/10/16

Thanks for sharing! Sometimes i LOVE the internet!

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と、言われることが、最近、増えてきた。ちょっと前、そうだなあ、数年前まではあまりなかったことだ。主に自分で YouTube にアップロードしている音源へのコメントとして付くのだが、Spotify での自作プレイリストについても言われることがある。っていうか、Spotify など(音楽その他の)ストリーミング・サーヴィスが普及一般化したので、みなさんの音楽聴きの意識も変化してきたということじゃないかと思うんだ。それで YouTube ファイルにつくコメント内容も傾向が変わってきたのかなと。

この点、同じくインターネットを利用するものだけどダウンロード・サーヴィスは性格が異なっている。以前も書いたけれど、手元に物体があるかなしかだけで、LP や CD などフィジカル商品を買うのとダウンロード購入は、同じことだ。そのひと個人だけもので、他人は関係ない。一人で所有するということだから。どっかのサーヴァーに音楽を置いて、必要なときにそれをみんなが参照しにいくというのが YouTube や Spotify(その他)のストリーミング聴取で、個人所有じゃなくて公共共有。かなり違った考えかたじゃないかな。

ネットでそうやって音楽を聴くためにサーヴィス内を検索したりして、あるいはどなたかの紹介で、見つけるようになって、個の手もとにそれを収録したものが(フィジカルでもデジタル・ファイルでも)存在しなくとも、アクセスすれば聴けるという、そういった考えかたは、まさに2010年代型インターネット時代の音楽享受のかたちじゃないかな。ネット活動そのものも、かつてのようなダウンロード型は激減し、アクセス型になったよね、ほぼ100%近く。

(ネットにつながった)スマホでもパソコンでも一個あれば、あとはヘッドフォンでもスピーカーでも出力装置さえあれば、たったそれだけで音楽を手軽に楽しむことができる。自分で所有していなくてもいいんだ。まあぶっちゃけますが、ぼくはいまだなんだかんだで CD 買う人間だから、ネット聴きがメインにはなっていないんですけれども、いまのところはさ。そんなぼくでも、CD はそれでしか入手できない音楽を聴くためにだけ買うというようなことに、今後、なるかもしれない。あるいはネットで聴けてもなおどうしてもこれは所有したいというものだけに限定するとか。

一言にすれば、音楽好きのみんなで共有する、シェアするという楽しみ、幸福感が出てきつつあるということじゃないだろうか。名前も顔もどんな人かもわからなくていい、ただ、この音楽家が、アルバムが、曲が、好きだという、その一点だけでつながっていくことができる。笑われるかもしれないが、それが同好の友人となって、どんどん増えていき、体験が、人生が充実していく。すくなくともぼくはそんなふうにちょっぴりだけなりつつある。

そうだからこそ、反面、せめてときどきは路面店に足を運び、商品のフィジカル・リアリティを目にし手にとって、現実の友人と顔を合わせ言葉を交わし 〜〜 っていうようなことを求めるようになっているのかもしれないよね。どんなお店の商品もネット経由でオーダーし仕入れているとは思うんだけどさ。多くのみなさんがふだんはデジタル・ファイルの世界に住んでいるから、ときどきは現実の物体や人間に触れ合いたいとかさ、そういったことがあるのかも。

ぼくのばあいはその点、徹頭徹尾、ヴァーチャルな世界で生きているのだと言えるかも。書いたようになんだかんだで CD を買っているから、それを売る商売が消滅するまでは買い続けると思うから、ここだけ現実物体での充足感があるってことかなあ。でも、そうやって CD で聴いた音楽がよかったなと感じて(Spotify でも YouTube でも)ネットでシェアして、結果、サンキューとか言われると、楽しさや充実感倍増だよ。

モノを手元に置いておかないと気が済まない、音楽を買った、聴いたという気になれない、というのは、ぼくもいまだそう。だけど、そんな時代は急速に去り行きつつあるというのが現実だ。一ヶ所に置かれたファイル(群)に、ネット経由でみんながアクセスして聴く、シェアするというのが、ごく一般的なふつうの音楽の聴きかたになってきている、あるいはもうそうなったという、これが2018年秋にわかった真実だ。

YouTube や Spotify のできる前は、物体をコピーして、あるいは買い増して、配りまくってい人間の独り言でした。

2018/10/15

あらさがしをするな 〜 エリック・クラプトン篇(其の二)

1990年代のエリック・クラプトンについてこんな記事題ばかりつけていると、アンタ本当はあらしか見つけていないんでしょ?!とか思われるかもしれないが、本意ではない。失恋歌ばかりの1994年のブルーズ・カヴァー・アルバム『フロム・ザ・クレイドル』にもいい部分があるから、そんなところを見て書いておきたい。こんなやつ、こんなもの、としか自のことでも他のことでも思わないようになったらオシマイだ。

具体的な内容に入る前に、『フロム・ザ・クレイドル』最大の功績かもしれないと思うことを。それはこのアルバム、この音楽家と限った話じゃなくて、この世代の英国(ブルーズ・)ロッカーのかなり多くに言えることだけど、きっかけにして、ブルーズなどアメリカ黒人音楽の世界へ分け入る道案内になってくれたかもしれないということだ。

『フロム・ザ・クレイドル』では、それまでクラプトンがあまりやらなかった、というか正式アルバムには収録しなかったブルーズ・ソングをとりあげているから(15「ドリフティン(・ブルーズ)」が『E.C. ワズ・ヒア』にあったのが唯一の例外か)、ますますオリジナル・ヴァージョンのブルーズを聴いてみようと、ロック・ファン、クラプトン・ファンに思わせてくれたかも。

こういったことは、原作者をほぼ100%近くクレジットしなかったジミー・ペイジ&ロバート・プラント(レッド・ツッェペリン)を除き、英国ロッカーたちに感謝しないといけないとぼくだったら思う。ブルーズ・ロック勢を手引きにしてアメリカ黒人ブルーズに入り、実際、プロのブルーズ演奏家にまでなったひとだっている。亡くなったハーピストの妹尾隆一郎さんだってそうだった。

クラプトンの『フロム・ザ・クレイドル』。よくないなあと感じている部分からまず先に書いておくと、ガナり節ヴォーカルだ。特にひどいのが1曲目「ブルーズ・ビフォー・サンライズ」(リロイ・カー)と10曲目「イット・ハーツ・ミー・トゥー」(タンパ・レッド)の、二曲のエルモア・ジェイムズをカヴァーしたもの。リキみすぎだろう。なんでこんなにガナりたてるのか?もっとナチュラルにすっと歌えばいいじゃないか。まあしかしそういうのも「表現しなくっちゃ!」という強い気持ちの素直な表れだと、好意的に解釈したい。

そしてこの二曲も、エルモアをそのままコピーしただけとはいえ、ギターでのスライド・プレイはかなりいいよね。ギター演奏はアルバム『フロム・ザ・クレイドル』全般にわたって上出来だと思う。ほぼエレキに専念しているから、アクースティック・ギターを弾くのは三曲だけ。7「ハウ・ロング・ブルーズ」(リロイ・カー)、11「マザーレス・チャイルド」(バーベキュー・ボブ)、15「ドリフティン」(ジョニー・ムーア)。これら三曲がまたいいよね。

ある意味、エレキでぐいぐい弾くものよりも、リラックスしたフィーリングのあるそれら三曲のほうがいいかも。エレキだと、ヴォーカルほどでないにしてもやっぱりギター演奏にリキみが聴けるばあいもある。アクギだとそれがスッと抜けているからね。特に7「ハウ・ロング・ブルーズ」がかなりおもしろいよ。なぜならここでのクラプトンはジャグ・バンド・ミュージックに解釈しているからだ。

リロイ・カーの「ハウ・ロング・ブルーズ」が、どれほど多くカヴァーされてどれほど多様なヴァリエイションとなって姿かたちを変えているかは、ぼくが説明する必要などない。だからクラプトンがこんなフィーリングで料理したって驚くことはない。リロイの原曲はピアノとギターでやる洗練された北部のシティ・ブルーズだった。クラプトン・ヴァージョンの肝はハーモニカをくわえたこと。それでグッと身近で下世話な米南部ふうのテイストが出ている。前作『アンプラグド』でも、ジャグ・バンド・スタイルでやる「サン・フランシスコ・ベイ・ブルーズ」がよかったじゃないか。

そのハーピストはジェリー・ポートノイ。マディ・ウォーターズのバンドで吹いたひとだよね。ジェリーのハーモニカは、エレキ・ブルーズも含め、アルバム『フロム・ザ・クレイドル』全般にわたって最高なのだ。この作品でのソロでも歌をラップするオブリガートでも、いちばん聴けると思うのがジェリーのハーモニカじゃないかな。どの曲が、と指摘する必要はない。ぜんぶ、いい。

エレキ・ギターを弾きながら、基本、1950〜60年代のシカゴ・ブルーズを土台にしたようなことをやっているものだと、歌でガナらずギターでもスムースにやって弾きすぎない曲なら好きだ。たとえば2「サード・ディグリー」(エディ・ボイド)、同じくエディ・ボイドの5「ファイヴ・ロング・イヤーズ」(イントロ弾きはじめがカッコいい、ちょっと派手すぎかもだけど)、おなじみの3「リコンシダー・ベイビー」(ロウエル・フルスン)、オリジナルどおりブギ・ウギでやる6「アイム・トア・ダウン」(フレディ・キング)など、好き。ほかにもいいのがある。

そしてなんたって、当時からいまでも、クラプトンの『フロム・ザ・クレイドル』でいちばんいいと感じているのが、上で書いたジャグ・バンドふうに楽しい「ハウ・ロング・ブルーズ」を除けば、13曲目「サムデイ・アフター・ア・ワイル」なんだよね。これはオリジナルであるフレディ・キングの1962年フェデラル録音とはすこし違っている。

フレディ・キングがナチュラルに弾き歌うのに比べたら、クラプトンはやっぱり格好つけすぎみたいな部分があるけれども、でもそんなところも含めて、この、ずっと12小節音楽をやってきた音楽家の一途な思いが伝わってくるようなこの「サムデイ・アフター・ア・ワイル」のことがぼくは心から好きだ。しかも、気持ちが入っているなとわかるにしてはガナっていないし、ギターもひたすらエモーショナルなだけ。歌もギターもすばらしいぞ、これ。ホーン・セクションのリフも効果的。バンド全員で颯爽と上昇するのが大好きだ。

2018/10/14

ナット・キング・コール、トリオ時代の歌とピアノ

現在(でも売っているかどうか、実は知らないが)一枚の CD アルバムになっているナット・キング・コールの『ヴォーカル・クラシックス&インストルメンタル・クラシックス』。ご存知ないかたでもタイトルだけで御察しのとおり 2in1 盤で、LP レコードではヴォーカルものとインストルメンタルものがバラ売りの二枚で発売されていた。大学生のころからかなりの愛聴盤だ。そりゃあもうナット・キング・コールとフランク・シナトラとサム・クックなどの男性歌手が好きなのだ。画像左の緑色のが『インストルメンタル・クラシックス』。

レコード二枚をそのままくっつけただけだから 2in1嫌いのみなさん(ぼくもそう)にはイマイチかもしれないが、でも考えてみればこの時期(1940〜47)キャピトルに録音していたナット・キング・コールの音楽は、一枚片面一曲単位の SP で発売されていたんだし、これはヴォーカル作品、これはピアノ演奏だけと、ことさら区別して考えていたわけじゃない。LP レコードにする際に会社が分けただけのことだから、あまり堅苦しく考えなくていいんじゃないかな。

CD『ヴォーカル・クラシックス&インストルメンタル・クラシックス』では、12曲目の「トゥー・マーヴェラス・フォー・ワーズ」までがヴォーカルもの、13曲目の「ザ・マン・アイ・ラヴ」以後がインストルメンタルもので、どっちもぜんぶ、基本、ピアノ・トリオ(ちょっとだけのラテン・パーカッション参加あり)。この当時はピアノ+ギター+ベースの編成が標準的だった。

前半部、ナットの歌が入るものはもちろんいい。なめらかでヴェルベットのような声。それで歌詞を大切に扱いつつ、しかし同時にフレイジングでおふざけっぽい遊びも入れているよね。それを端的に言えばジャイヴ風味ということになる。キャピトル時代の前のデッカ録音ではそれがもっと顕著で辛口だけど、甘さが混じるようになったキャピトル時代初期のこういったトリオものでの歌いまわしは、ジャイヴ味を残しつつ円熟味が出て、まろやかになって、いいねえ。とろけそう。

実際、ナットはキャピトル時代のトリオ活動あたりから人気が出て、アメリカ中でモテモテだったのだ。そりゃこんな声と歌いかたでラヴ・ソングをやられたら、女性も男性もコロッとイかれててしまうよなあ。このへんのセクシーさもサム・クックは受け継いだけれど、ナットの持つ、甘さとないまぜのクールなジャイヴ味は、あまり真似されていないよねえ。ナット自身、オーケストラ伴奏で歌うようになってからは辛味が消えた。この時期のトリオ録音でだけ聴けるワン・アンド・オンリーなミックスだった。

大学生のころはこれを真似してソラでそっくりに歌えた「スウィート・ロレイン」でもそんなところが聴けるし、有名になった「イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン」にも同様の陰影がある。「フォー・オール・ウィー・ノウ」みたいなひたすらスウィートなだけのバラードも悪くないし、しかし恋愛対象を称える「エンブレイサブル・ユー」などでは、途中ちょっとリズムを変化させて辛味ニュアンスを付け、甘いだけのものにはしていない工夫も聴きどころ。こういったリズムの変化、チェンジ・オヴ・ペースは、ヴォーカルものでもインストルメンタルものでも、このアルバムで同じようにたくさんある。

こういったチェンジ・オヴ・ペースは、聴けば、あらかじめアレンジされていたものだとわかる。アレンジはたいていがピアノとギター(ほぼすべてオスカー・ムーア)とのユニゾン・デュオで表現されている。そのあいだベース(ほぼジョニー・ミラー)は定常ビートを刻みながら支えるといった仕組みになっているよね。ピアノとギターでこういうフレーズを合わせようというのは、たぶんナットの発案だったんだろうなあ。

ヴォーカルのうまさについては世にたくさんの褒め言葉や賞賛者がいるナットなので、アルバム後半のインストルメンタルものを中心に、ピアノ・スタイルのことにも触れておこう。ナットは、大ヒットを出しスター歌手となってからのある時期以後はスタンド・マイクで歌うようになり、まれな例外機会を除きピアノをあまり弾かなくなった。ただしかしそうなってからでも、しかもドラマーも参加するようになってからでも、名義が<ナット・キング・コール・トリオ>だったことからも、察せられるものがあるはず。

アルバム『ヴォーカル・クラシックス&インストルメンタル・クラシックス』前半部のヴォーカルもののなかでナットのピアノの味がいちばんよくわかるのは、9曲目の「イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン」(これもリズム・アレンジに要注目)かな。ここでもピアノとギターのユニゾンで変形テーマを弾いているが、歌が終わってギター・ソロも終わってのピアノ・ソロ部で、右手シングル・トーンでアール・ハインズ直系の弾きかたを聴かせるが、ナットの持ち味はアタック音が強烈で歯切れがいいってことなんだよね。緩さがまったくない。

ここはヴォーカルと対比させたらおもしろい。発声と歌いまわしはあんなに甘いナットなのに、ピアノのキーを叩くのとフレイジングには辛さ、厳しさ、そしてスムースさよりも、強すぎる?と思うほどの一音一音のアタックでぶつ切りにしてぶつけてくるような味がきわだっている。歌とピアノで好コントラストになって、トリオでの演唱全体に幅と奥行きを持たせているなあと思う。

アルバム13曲目以後のインストルメンタルものになると、甘いヴォーカルがないせいか、ナットはたぶんそこに気を配り、さほどの強さ、厳しさをピアノ・サウンドで表現していない。かえってスムースさを前面に出したような弾きかたになっているよね。でもちょっとだけだ。ナットのピアノ・スタイル本来の味である、右手単音弾きでの歯切れいい強靭さは、やはり全体を通し言えること。

同時期のジャズ・ピアニストで、同じくアール・ハインズ直系のひと(って、まあ全員そうなんだが)で比較するとなれば、たとえばテディ・ウィルスン。テディも名手だが、かなり洗練されていて、ややフェミニンな優しい味もある。比してナットのピアノは男性的に力強く、しかも(ヴォーカルの味とは反対に)黒人音楽家らしいファンキーさすら感じられる、というのがぼくの見方。さらにスピーディで爽快。

インストルメンタルものには、ゲストでボンゴ奏者が参加するラテン・タッチな曲が三つある。18「バップ・キック」、22「ルンバ・アズール」(かの有名曲ではない、ナット自作)、24「ラフ!クール・クラウン」。この1940年代後半に、ジャズのピアノ・トリオ演奏にボンゴだけ入ってラテン調エキゾティズムを出すのは、あまりなかったかこともしれない。

しかしナットが直接関係していたわけじゃなくても、まったく同時期にチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらビ・バッパーたちは、どんどん積極的にジャズとキューバ音楽の接合に取り組んでいたじゃないか。同じジャズ界のなかで同じ時代を生きて、ナットがちっとも意識しなかったとは思わない。無縁ではありえなかったはずだ。ジャズのなかには誕生期からラテンがあるんだし。

そんな部分も、戦後になってオーケストラ伴奏でラテン・ソングを、それもスペイン語のままで歌うようになるナット・キング・コールの姿を、ある意味、予見していたと考えていいかも。関係ないのかも。

ギターのオスカー・ムーアがぼくも本当に好きで、マジでうまいなあと思うんだけど、今日は話題をナットの歌とピアノに限定したので、割愛するしかなかった。また別の機会に。

2018/10/13

ジョガドール、ベンジョール 〜『アフリカ・ブラジル』

(『ラティーナ』誌2018年10月号に掲載された今福龍太さんの文章に触発されて書きました)

ことブラジルにおいてはサッカー(フチボル)は音楽だ。一体化していて関係は深い。1916年作曲とされるピシンギーニャの「1対0」が最有名なフチボル賛歌だと、ぼく(だけ?)は思っているが、ジョルジ・ベン(ジョール)にしても同じこと。ベンジョールとサッカーは切り離せないんだ。1976年の傑作『アフリカ・ブラジル』もまさにそう。

ベンジョールのこのサンバ・ファンク名盤においては、音楽の律動はまさにサッカーの律動そのものだ、とサッカー好きの音楽好きが聴いたら間違いなくわかると思うんだよね。アルバムに三曲のサッカー・ソング(1「アフリカの槍先〜ウンババラウマ」、4「わが子たち、わが宝」、9「ガヴィアの背番号10」)があることを指してだけ言っているのではない。音楽のグルーヴが、アルバム全体で、サッカーのそれと同質だという意味なんだ。

だからぼくの言うベンジョールの音楽『アフリカ・ブラジル』はサッカーだというのは、歌詞内容のことじゃない。サッカーがこのアルバムの<テーマ>だとかいうんじゃないんだ。この音楽のリズム、あるいはグルーヴが、まさしくサッカーそのものだということなんだよね。どの曲が?とかいう問いは成立しない。音楽アルバム全体を貫く根幹のグルーヴのありようが、ピッチ上で展開されるサッカーの躍動感と同じなのだ。

ぼくの持つこの感覚を(通常の)言葉で的確に表現するのはむずかしい。サッカーの試合が行われるスタジアムでの生観戦で、あるいはテレビやラジオやネットでのサッカー中継放送で、ばあいによってはハイライトだけを抜き出して編集したダイジェストみたいなものでもいい、とにかくサッカーの試合の様子を観(聴き)ながら、あるいはかつてサッカー選手経験のあるかたがたなら、ベンジョールの『アフリカ・ブラジル』を聴いて、このフィーリングに共感いただけるかもしれない。

後方の守備陣でゆっくりボールをまわしているときのリズムは、この『アフリカ・ブラジル』にはあまりない(つまり、すこしはあるんだけど)。中盤から前線で、ミッドフィルダーやアタッカーが相互にからみあいながら攻撃に転じてギアを上げゴールを狙う動きに出たときのチームの動物的感覚が、このベンジョールのアルバム『アフリカ・ブラジル』の音楽だ。グルーヴの種類が酷似している。

サッカーのピッチ上での選手の動き、ステップの踏みかた、走りかた、ボールをまわしパスを出したりドリブルで突進したりする、そして最終的にシュートを放つ、そんな一連の律動は、音楽アルバム『アフリカ・ブラジル』におけるリズム感覚 〜 特に打楽器群の織りなすグルーヴ +エレキ・ギターの特にカッティング・ビート、いや要はリズムを形成しているものすべて 〜 と完璧に同質ものじゃないか。

それでもやはり特にこの曲が、ということはあるので選り出すと、あんがい1「ポンタ・ジ・ランサ・アフリカーノ(ウンババラウマ)」、4「メウス・フィーリョス、メウ・テソウロ」はそんなにサッカー感が強くない。9「カミーザ・10・ダ・ガーヴィア」は、やはりフラメンゴ時代のジーコのあのゆるやかで華麗な動きをよく表現できているなと感じる。

しかしもっともっとサッカーの、特にオフェンスの躍動感と同じグルーヴだなと感じるものがいくつもある。ぼくの印象では、たとえば2曲目「エルメス・トリズメジスト・エスクレヴェウ」は、アタッカーにボールがわたる前の攻撃的中盤の選手がボールを持っているときのリズムだし、ブラジルというよりカリブ音楽みたいな3「オ・フィロゾフォ」や5「オ・プレベウ」もそう。

6曲目「タジ・マハール」、8「ア・イストリア・ジ・ジョルジ」、そしてなにより最高の歓喜を、それはサッカーでシュートがゴールに突き刺さりスタジアムが沸くときのそれと同じ大きな歓喜を、招くようなフィニッシュである10「カヴァレイロ・ド・カヴォーロ・イマクラード」と11「アフリカ・ブラジル(ズンビ)」が、最高のサッカー賛歌だ、というよりサッカーそのものだ。いやあ、しかしそれにしてもこの10、11曲目の激しい躍動感はすごい。ここまでサッカーの動きとよろこびを表現する音楽って、なかなかないんじゃないかなあ。

2018/10/12

マイルズB面名盤のA面三つ

以前、マイルズ・デイヴィスのプレスティジ時代にある B 面名盤三枚のことを書いた。これら三つ、ある意味、B 面のほうがおもしろく出来もいいという見方ができる面があると思うんだ。
それでも、リリース順に『コレクターズ・アイテムズ』(1956.12)、『ウォーキン』(1957.6)、『バグズ・グルーヴ』(1957.12)のそれぞれ A 面のなかにだってなかなかいいものがあるので、というかふつう A 面が話題になるものだからその話を今日はしたい。まず、なかなかいいどころか大傑作に違いないのが『ウォーキン』A 面の二曲。どっちも12小節定型ブルーズだ。

これら二曲「ウォーキン」「ブルー・ン・ブギ」(後者はディジー・ガレスピー作)については、以前一度詳しく書いた。ここにぼくの意見は載せておいた。これ以上の感想はいまのところない。一点だけ、ホレス・シルヴァーの重要性を、この記事の時点でもまだ見くびっていたと気づきはじめている。各ホーン奏者のソロ背後で弾くピアノ・フレーズのリズムの跳ねかたを聴いてほしい。
三枚の A 面は、録音順だと『コレクターズ・アイテムズ』のものが1953年1月30日といちばん早く、二番目が『ウォーキン』A 面の1954年4月29日録音、三番目が『バグズ・グルーヴ』A 面の1954年12月24日。前者ふたつのセッション・デイトにはそれら収録曲しか録音されていないが、最後者の日付には「ベムシャ・スウィング」「スウィング・スプリング」「ザ・マン・アイ・ラヴ」も収録されていると、ご存知のとおり。

最も話題性が高いのが「バグズ・グルーヴ」の2テイクなのでその話からしよう。説明不要、ミルト・ジャクスン作の超有名スタンダード・ジャズ・ブルーズだけど、このマイルズ・ヴァージョンって、あぁ、正直に言ってしまいますけれど、楽しいのだろうか?ブルーズがあんなにうまいミルトが参加している自身のオリジナル・ブルーズなのに、ぼくにはイマイチ。おもしろくないような…。

そう感じる理由も自分なりにはハッキリしている。セロニアス・モンクがピアノを弾いているからだ。嫌いじゃないんだけど、ぼくがブルーズに求めるものをモンクは表現しない。一言にすれば湿り気。言い換えればブルージーさ。むろん、乾いて硬質なジャズ・ブルーズを好ましく思うときだって、そういう演奏だって、あるんだよ。チック・コリアの「マトリクス」とかさ。

しかし時代と、その日のモンク以外の演奏メンツの資質を考えあわせると、どうもこのピアノ・スタイルだけが浮いているような気がして、しかもマイルズの背後では指示により一音も出さないし、う〜ん…。だからミルト・ジャクスンのソロのあいだはまだそんなに悪くないように聴こえなくもないが、ピアノ・ソロ部は…、う〜ん、まぁちょっとその〜〜。「バグズ・グルーヴ」という曲だって、ほかの演奏機会、たとえばミルトみずから参加の MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)ヴァージョンなどでもいい内容に聴こえるので、曲のせいじゃないんだなあ。

ただ、たぶんセロニアス・モンクのおかげでこんなフィーリングになっていると思うここのこのブルーズ演奏「バグズ・グルーヴ」だけど、録音した1954年よりもっと先、ちょうど1960年前後あたりになってからは、たとえばエリック・ドルフィーらが似たような演奏をやりはじめたように思う。はたまた、2010年代的なジャズ・ブルーズ演奏に聴こえなくもない。そう考えると、空恐ろしくなるモンクの先見性なのだけど。

同じヴァイブラフォン奏者が同じような時期に同じトランペッターのレコーディング・セッションに参加してのブルーズ演奏というと、いつもいつもこれの話ばかりで恐縮ですけれど「ドクター・ジャックル」(『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』、1955年8月5日録音)。これは文句なしにサイコーだよ。これをお聴きいただければ、「バグズ・グルーヴ」についてのここまでの発言は理解していただけるかも。
そんなわけでアルバム『バグズ・グルーヴ』にかんしては B 面しか聴かないのだ。残るは『コレクターズ・アイテムズ』A 面。はっきり言ってこれも B 面しか聴くことはないんだけどね、ふだんは。A 面は B 面となんの関係もない。ただ一点、どっちにもソニー・ロリンズが参加しているということを除いては。

『コレクターズ・アイテムズ』A 面最大の話題は、かつてのボス、チャーリー・パーカーの、それもテナー・サックスでの参加だね。だからソニー・ロリンズとのツイン・テナーで三管編成のコンボ。バードが参加しているせいか、あるいは録音時期のせいか、まだビ・バップの香りが残っているのを感じ、ハード・バップとの端境期みたいな演奏に仕上がっているよね。

でもかつてのパーカー・コンボ時代との最大の違いは、トランペッターの大成長だ。も〜うまったく違う。4トラックともオープン・ホーンで吹いているが、音色に艶が出はじめているし、歯切れも粒立ちもよく、フレイジングも立派だ。しかもマイルズ独自の味である水平的メロディ重視の展開(=アンチ・ビ・バップ的)も成熟に近づきつつある、ように聴こえる。

そういうのが約一年後の『ウォーキン』A 面録音セッションで(ほぼ)完成を見たと考えていいんじゃないかな。かつての(というか、マイルズのなかでは終生そうだった)師匠チャーリー・パーカーの、へなへなに衰えていた時期とはいえ参加を得て、ぼくの成長を聴いてくださいというような気持ちがあったような、そんな演奏だよね。音だけ聴いてそういった気持ちだったと判断できるように思う。

2テナー体制の二名。1953年のパーカーとロリンズはかなり似ているので、音だけ聴いて判別するのはやや困難。だけどやはり聴き分けポイントがある。「ザ・サーペンツ・トゥース」2テイクでは、連続して出てくるテナー・サックス・ソロの先発がロリンズ。「コンパルジョン」ではパーカーが先発。「ラウンド・ミッドナイト」では、ラスト合奏部分を除き、パーカーだけ。

さてさてところで、チャーリー・パーカーがアルトじゃなくテナー・サックスを吹いた正式録音機会は生涯で二回しかない。そのうち一回がこれ。もう一回は自分のバンドでの1947年8月14日のサヴォイ録音で、4曲12テイク残っている。そのサヴォイ・セッションも、レコードの名義はマイルズ・デイヴィス・オール・スターズだった。

2018/10/11

ビートルズのつくりかた 〜 BBC ライヴ

1994年に CD 二枚組でリリースされたビートルズの『ライヴ・アット・ザ BBC』。2013年に Vol. 2 がやはり二枚組で発売されているが、今日は1994年盤だけを話題にする。ぼくにとってのこのアルバムのおもしろみは、既発曲のラジオ・ライヴではなくて、四人の雑談、司会者との会話(どっちもジョークがちりばめられていて楽しい)などが聴けるのと、それ以上に、ビートルズ・ヴァージョンは初お目見えだった米リズム&ブルーズ/ロックンロール・ソングがどんどん聴けるところ。附属解説を読むと、レコード・デビュー前にバンドのレギュラー・レパートリーだったものも多いらしい。コンテンポラリー・ヒットもある。

まず先に、一曲だけ収録されているレノン - マッカートニーのオリジナル楽曲だけど未発表だったものでここではじめて世に出たものがあるのでそれから。ディスク1の7曲目「アイル・ビー・オン・マイ・ウェイ」。1963年4月4日録音、同年6月24日放送。ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタズに提供されたもの。これのビートルズ・ヴァージョンは、まあでもどうってことないかなと思う。

ビートルズによるものは初リリースだったカヴァー・ソングをぜんぶ抜き出して、録音、放送年月日と合わせ、アルバムでの登場順に、以下、一覧にしておく。

I Got A Woman (Ray Charles) rec. 1963.7.16, trans. 1963.8.13
Too Much Monkey Business (Chuck Berry) rec. 1963.9.3, trans. 1963.9.10
Keep Your Hands Off My Baby (Goffin-King) rec. 1963.1.22, trans 1963.1.26
Young Blood (Leiber-Stoller-Pomus) rec. 1963.6.1, trans. 1963.6.11
A Shot Of Rhythm And Blues (Terry Thompson) rec. 1963.8.1, trans. 1963.8.27
Sure To Fall (In Love With You) (Perkins-Claunch-Cantell) rec. 1963.6.1, trans. 1963.6.18
Some Other Guy (Leiber-Stoller-Barrett) rec. 1963.7.2, trans. 1963.7.16
That's All Right, Mama (Arthur Crudup)
Carol (Chuck Berry)
Soldier Of Love (Cason-Moon)
Clarabella (Frank Pingatore)
I'm Gonna Sit Right Down And Cry (Over You) (Thomas-Biggs) rec. 1963.7.16, trans. 1963.8.6
Crying, Waiting, Hoping (Buddy Holly)
To Know Her Is To Love Her (Phil Spector)
The Honeymoon Song (Theodorakis-Sansom)
Johnny B. Goode (Chuck Berry) rec. 1964.1.7, trans. 1964.2.15
Memphis, Tennessee (Chuck Berry) rec. 1963.7.10, trans. 1963.7.30
Lucille (Collins-Penniman) rec. 1963.9.7, trans. 1963.10.5
Sweet Little Sixteen (Chuck Berry) rec. 1963.7.10, trans. 1963.7.23
Lonesome Tears In My Eyes (J and D Burnette-Burison-Mortimer)
Nothin' Shakin' (Fontaine-Calacrai-Lampert-Gluck)
The Hippy Hippy Shake (Chan Romeo) rec. 1963.7.10, trans. 1963.7.30
Glad All Over (Bernnett-Tepper-Schroeder) rec. 1963.7.16, trans. 1963.8.20
I Just Don't Understand (Wilkin-Westberry) rec. 1963.7.16, trans. 1963.8.20
So How Come (No One Loves Me) (Felice and Boudleaux Bryant) rec. 1963.7.10, trans. 1963.7.23
I Forgot To Remember To Forget (Kesler-Feathers) rec. 1964.5.1, trans. 1964.5.18
I Got To Find My Baby (Chuck Berry) rec. 1963.6.1, trans. 1963.6.11
Ooh! My Soul (Richard Penniman) rec. 1963.8.1, trans. 1963.8.27
Don't Ever Change (Goffin-King)
Honey Don't (Carl Perkins) rec. 1963.8.1, trans. 1963.9.3

ビートルズのばあい、黒人リズム&ブルーズをそのまま下敷きにしてあることも多いけれど、白人ロッカーによるカヴァーがあるものはそれを参照しているのが、当然のような気もするけれどおもしろい事実だ。たとえば「アイ・ガット・ア・ウーマン」。レイ・チャールズのオリジナルではなく、間違いなくエルヴィス・プレスリー・ヴァージョンに沿って展開している。

この世代の UK ロッカーたちには、そういうケースがかなりあったんじゃないかと、そのほかのバンドや歌手、ミュージシャンたちの例を見てもよくわかる。ローリング・ストーンズみたいに黒人ブルーズやリズム&ブルーズ楽曲をそのまま真似て、というのは、どっちかというと少数派だったかも。

アーサー・クルダップの「ザッツ・オール・ライト、ママ」についてもまったく同じことが言える。そのほか多くがそうなので、みなさんご検証いただきたい。レコード・デビュー前から1964年ごろまでのビートルズが、どこからどう学んで、なにをとりあげどうやって、それをお手本に自分たちのオリジナル曲もどうやって創っていくようになったか、よくわかる。初期の自作曲も『ライヴ・アット・ザ・BBC』に多いので、比べたら楽しい。

こないだデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』に聴けるラテン・シンコペイションのことを書いた。BBC ライヴにおける初お披露目だったものでも、同様のリズム・スタイルが聴けるばあいがわりとある。ジャズやブルーズやロックなどをそのまま聴くだけでは気が済まず、特にカリブ中南米要素を探しもとめる癖のあるぼくは(まるでフレモー&アソシエみたい)、ビートルズの BBC ライヴでもそのあたりにニンマリする。

随所にそういったものがあるけれど、なかもで顕著だなと思うのが、リトル・エヴァの歌った「キープ・ユア・ハンズ・オフ・ベイビー」、アーサー・アレクサンダー(ジョンのお気に入りだったようだ)の「ソルジャー・オヴ・ラヴ」、ジョディマーズ「クララベラ」、エルヴィスの「アイム・ゴナ・シット・ライト・ダウン・アンド・クライ」、バディ・ホリーの「クライイング、ウェイティング、ホーピング」。

それから、マリーノ・マリーミの「ザ・ハニムーン・ソング」、チャック・ベリーの「メンフィス、テネシー」、リトル・リチャードの「ルーシール」、ジョニー・バーネットの「ロンサム・ティアーズ・イン・ユア・アイズ」(最高だ!)、チャン・ロメーロの「ザ・ヒピー・ヒピー・シェイク」、リトル・リチャードの「ウー、マイ・ソウル」とか、そのくらいかな。

もちろんビートルズならでは、という独自解釈を施した結果なのではなく、カヴァーした先のヴァージョンが元からそうなっているだけではあるけれど、そんなところも、しばらくが経過してオリジナル楽曲にしみこんでいくことになっているので、いわば彼ら四人が教科書を見ながら学習している記録として、のちの全盛期へつながるものを聴きとれば、楽しさ倍増。

カントリー・テイストな曲だってあるし、さらにまた、ジョンのややザラついた濁り成分を持つ声質に比し、ポールの、ロック・シャウターとして迫力があって、かつ、なめらかなバラディアーとしてもうまいという部分の好対照も、どんどん続けて飛び出してくる『ライヴ・アット・ザ・BBC』の聴きどころかも。

2018/10/10

リー・モーガンに聴くブリティッシュ・インヴェイジョン #BlueNoteBoogaloo

くどくてごめんなさい、大好物なんで。これまた #BlueNoteBoogaloo のひとつ、リー・モーガンの『ザ・ランプローラー』(1965年録音、66年発売)。それにしてもこのレーベル公式プレイリストには本当にいろいろ教えていただいて、それは数の問題だけではなく、とても大切なことを学んだ。それでいくつも CD 買ったよ。買わなくても Spotify で聴けるものばかりだけど、そこは、ほら、やっぱりね、そうなんだよ、ぼくも。でもさ、音源がちゃんとあって、データ類もネットにぜんぶきちんと載っているものばかりなんだなあ…、マジでそろそろ考えないと…(なにを?)。

まず最初に書いておくが 'The Rumproller' はアンドルー・ヒルの曲だけど、この曲以外でこんな英単語をぼくは見たことがない。ヒルの造語かなあ?rump と roll でくっつけて…?、ってことはこりゃまたスケベな意味のニュアンスがあるのかなあ。わからない。どなたかちゃんとおわかりのかた、教えてください。どうでもいいようなことかもしれませんが。

んでもって、リー・モーガンのアルバム『ザ・ランプローラー』も、これまたドラムスがビリー・ヒギンズなんだよ。う〜ん、多いぞ。というかぜんぶを調べるのが面倒だからやっていないけれど、レーベル公式プレイリスト『ブルー・ノート・ブーガルー』の曲は、ぜんぶビリー・ヒギンズが叩いているかもしれない。ブルー・ノートじゃなくても、たとえばエディ・ハリスの『ジ・イン・サウンド』もヒギンズだったし、ほかにもいっぱいありそう。ってことはやっぱり裏テーマはヒギンズなのか?

リー・モーガンのアルバム『ザ・ランプローラー』でブルー・ノート・ブーガルー的と言えるのは1曲目「ザ・ランプローラー」、3曲目「エクリプソ」(あれっ、トミー・フラナガンの1970年代作品に同題があったなあ)、4曲目「エッダ」と、この三つかな。5曲目「ザ・レイディ」なんか、ハーマン・ミュートを付けて吹くモーガンのバラード吹奏がきれいでいいけれども、今日の話題からは外れる。

もう一個よけいなことを。2曲目「デザート・ムーンライト」は作者がリー・モーガンにクレジットされているが、みなさんおわかりのとおり日本の童謡「月の沙漠」だ。これってトラディショナルとか PD とかじゃなくて特定の個人作者がいるんだけど、いいのか、モーガン?日本と縁深いジャズ・マンだから、どこかで聴き憶えたんだろうなあ。

話題にしたい三曲。これらのうち、「エクリプソ」はボサ・ノーヴァ調と言えるよね。だからビリー・ヒギンズのドラミングがぴったり似合っている。でも淡々とした曲調じゃなくて、どっちかというと爆発的に激しくハード。ソロはリー・モーガンのより、こういうのをいくつもやってきたテナー・サックスのジョー・ヘンダスンのほうがいいように思う。マッコイ・タイナーとハービー・ハンコックを折衷したようなピアノのロニー・マシューズが弾く新感覚も好き。

「エッダ」はウェイン・ショーター作。いかにもこのころのウェインが書きそうな曲で、サビ部分でだけ4/4拍子のストレート・ジャズになるけれど、それ以外の部分ではラテン調の8ビートで楽しい。まあでも和音構成やリズム・スタイルもあわせ、当時のいわゆる新主流派ジャズに分類できそうな典型だ。

で、新主流派ってなんだったのか?ということを、今年五月からずっと話題にしてきている<ブルー・ノート・ブーガルー>も混ぜて、というかたぶんそれら不可分一体だったから、アルバムの最重要曲である1曲目「ザ・ランプローラー」も含め、ちょっと考えてみたいんだけどね、今日というよりそのうちジックリと。さっきパッと思いついたことは、いわゆるブリティッシュ・インヴェイジョンを当時活躍中の米ジャズ・メンなりに消化した結果がそれらだったんじゃないかということ。

もちろんそれらジャズ曲の録音時期と英国ロック勢のアメリカでの大流行時期とその両方を見ると、前者のほうがちょっとだけ早い。ハービーの「ウォーターメロン・マン」が1962年、モーガンの「ザ・サイドワインダー」が63年の録音だけど、ビートルズの北米上陸は1964年だったよね。同年一月にシングル「抱きしめたい」(I Want to Hold Your Hand)が出現、爆発してからじゃないかな。

だからそれ以後のジャズ・メンの録音にロック・ビートの影響が出るようになって、今日とりあげているリー・モーガンの『ザ・ランプローラー』もその地平線上にあるのは間違いないように、最近ぼくは考えるようになっている。アメリカのジャズ、それも新主流派やブーガルー・ジャズのなかにビートルズがイコンとなったロック・ビートがあった、それが1964年以後のファンキー・ジャズ、ソウル・ジャズ、ジャズ・ファンクを産んだトリガーだった、とは、いままで読んだことがないけれど、どうやら間違いなさそうな気がする。

しかしその約二年ほど前からのジャズ・ブーガルーのなかにある、あんなポップでファンキーでノリのいい8ビート演奏は、たぶん1960年代ロックンロール・クレイズの先取り、あるいは同時期の共振だったのかもしれないよな。ビートルズやローリング・ストーンズ、キンクスなどなど英国でのロック爆発の大元の源流と、米国のブーガルー・ジャズのルーツは、重なっているじゃないか。そう考えれば自然だ。

UK ロック勢は、もちろんアメリカの黒人ブルーズやリズム&ブルーズや白人ロックンロールを範として学び、というか初期はもろコピーして、そのまんまやっていた。彼らのお手本となった北米大陸産のそんな音楽にカリビアン〜ラテンなビートが抜きがたく流入しているとは常識的だ。その根源は西アフリカにあり?だから、アメリ合衆国に上陸した英ロッカーたちは、侵略というより、ある意味<帰国>だった。本人たちは理解していたんじゃないか(と当時からの各種発言でわかる)。

となると、ハービーやモーガンやらがはじめて、その後ひとつの流れになって、今年五月にレーベルが公式プレイリストまで作成し公開した『ブルー・ノート・ブーガルー』とブリティッシュ・インヴェイジョンとの関係、同一性も見えてくるはず。それらジャズでもロックでも、カリビアン/ラテン・ビートなグルーヴ・オリエンティッド・ブルーズだってこと。

グルーヴ・オリエンティッドなラテン・ブルーズが、ジャズへ行けばこうなって、ロックへ行けばああなったということだったんじゃないだろうか?同じ1960年代に、もとをたどれば同じ故郷からやってきたと言えるものを変化させ、一を足し二を引いて我がものとし、自分たちの衣装を着せて表現した。それがブルー・ノート・ブーガルー(や新主流派)であり、ブリティッシュ・ロック。

2018/10/09

ある秋の夜、プリンスの「グッバイ」が終わったら鈴虫の音が聴こえてきて、最高だった

という体験を、今年、実はなんどもしている。一度目がすばらしすぎたので忘れられず、夜がふけて鈴虫の音が聴こえだすとアルバム『クリスタル・ボール』三枚組(やほかのなんらかのプレイリストみたいなものでもおーけー、ラストにあれば)を聴いてしまう。この曲と体験にグッバイできない。

(アルバム or プレイリストの)ラストだから音が消えると同時に鈴虫の鳴き声が…と言っても、「グッバイ」がよすぎるので、いっときになんども反復再生しているんだよね。たぶんだけど、いまの気持ちではプリンスのありとあらゆる全楽曲中、この「グッバイ」がいちばん好き。美しい。あまりにも美しすぎる。プリンスのファルセット・ヴォーカルは、ときどきキモいと言われることがあるけれど、そんなことないよ。特にこの「グッバイ」では、まさに美じゃないか。

美しいというのはこの曲「グッバイ」の歌メロディと歌詞がそうだから。歌詞のどこがどう、なんて詳しいことは書けないが、それを表現するメロディはどこをとっても全体がきれい。こんなにきれいなバラード(トーチ・ソング?)は、滅多に聴けるもんじゃない。すくなくともぼくの聴いている範囲の全アメリカン・バラード中、というとウソみたいだから全プリンス楽曲中と言いなおすけれど、最もきれい。と断言したい。

その美しさには、出だしからため息しかでないが、特にコーラス部はなんど聴いても涙が出る。"For that matter, whatever to make you reconsider / Is there truth when you make love to a lie?" 部分で、メロディがなんども折り重なってぐいぐい上昇していくところ。なんてすばらしいんだ。毎コーラスでこれが反復される(同メロを持つアウトロ部では違う歌詞)。

そして、ここは毎コーラスもアウトロ部も同じ歌詞の "Excuse me, but is this really goodbye?" で、ボロ泣き。ここから取った '(Excuse Me Is This) Goodbye' がこの曲のオリジナル・タイトルだったらしい。曲の最初から最後までずっと指を鳴らす音がきわめて効果的に使われているのもイイ。スウィート・ソウル系の音楽ではわりとよくある。プリンスだってほかにも使ってある曲があるね。

出だしはベース・ドラム音の反復だけで入ってくる。最近はそれが聴こえはじめただけで胸いっぱいになってしまうんだけど、そのベース・ドラムはコンピューターを使って出しているデジタル・サウンド。そのほかこの曲「グッバイ」のベーシック・トラックの大半はコンピューターで創っているはず。それらはおおよそ1991年ごろにミネソタのペイズリー・パーク・スタジオで録音済みだったようだ(Prince Vault の情報)。いわゆる『(ラヴ・シンボル)』アルバム向けの初回セッションでのことだったそう。

ヴォーカルをいつ重ねたのかは判然としないが、コーラス・ハーモニーはもちろんぜんぶがプリンスひとりでの多重録音。そのコーラス・ワークには1950年代のドゥー・ワップ・シンギングの痕跡があるよね。そういえば、曲「グッバイ」の、甘くつらく切なく哀しい曲調もドゥー・ワップ・ソングに多いもので、1990年代におけるプリンスのそんな reminiscent。

オーケストレイションはいつものようにクレア・フィシャーが手がけている(とライナーノーツに書いてある)。といっても生演奏のストリングス(ホーンズはないはず)だけじゃない。シンセサイザー・サウンドも混ぜてある。そのフワ〜っとしたヴェールのようなサウンドをクレアが書いたんだね。混デジタルだってオーケストラ・アレンジと言えるけれど、それが録音されたのは1994年12月と、これまた Prince Vault による。

それで当初プリンスは、『イマンシペイション』にこの '(Excuse Me Is This) Goodbye' を収録する予定だったらしいが、あの三枚組収録曲は、ほかにもたくさんなんども差し替えがあったように「グッバイ」もとりやめとなり、代わりに「ザ・ホーリー・リヴァー」が入ったようだ。聴き比べたら、どうしたって「グッバイ」のほうがいいけれど、結果的にはちょっぴりひそやかに、未発表集アルバム『クリスタル・ボール』のクローザーとして、そっと「グッバイ」が置かれたので、結果オーライかな。

同じく三枚組の『イマンシペイション』にも、こんな感じのトロトロ大甘ソウル・ナンバーみたいなのがいくつかあるよね。オリジナルもカヴァー・ソングもどっちにも。しかもつらく苦しいハート・ブレイキングな曲も、これまたどっちにもある。「グッバイ」がどっちの傾向なのか、いまのぼくにはちょっと判断がつかないが、とにかく、美しい。あまりにもきれい。ここまで美しい歌は、ない。最高に大好き。とにかくいまは、これがぜんぶの音楽のなかで、いちばん。

2018/10/08

世に言う名盤ニガテ盤 10

(キング・クリムズンとハレドは配信されていないようです)

世間的に名盤とされていてなんどもトライしてるのだが個人的にピンとこないアルバム。みなさん、おありのはず。それを書くのは、生涯にわたっての愛聴盤十選を書くよりも、自分の個性や趣味や考えかたがクッキリ出るんじゃないかという気がする。十作どころじゃない、かなりたくさんあるけれど、とりあえずいますぐパッと思いつくのだけ、リリース年順に並べた。

ソニー・クラーク『ソニー・クラーク・トリオ』(ブルー・ノート)(1958)
エリック・ドルフィー『アウト・トゥ・ランチ』(1964)
オーティス・レディング『オーティス・ブルー』(1965)
ザ・バンド『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』(1968)
キング・クリムズン『イン・ザ・コート・オヴ・ザ・クリムズン・キング』(1969)
サイモン&ガーファンクル『ブリッジ・オーヴァー・トラブルド・ウォーター』(1970)
ジョン・レノン『イマジン』(1971)
ボブ・マーリー『キャッチ・ア・ファイア』(1973)
フェラ・クティ『ゾンビ』(1976)
ハレド『クッシェ』(1988)

説明なしでも、ふだんのぼくの文章を読んでくださっているかたがたならこのまま理解していただけそうなものと、やはり付言しておいたほうがいいのかなと思うものとが混じっているように思う。いずれににしても、ぜんぶについてちょちょっとメモしておこう。

『ソニー・クラーク・トリオ』。ぼくがこのジャズ音楽家のことを好きなのは、いままでも書いてきているがコンポーザー、アレンジャー、バンド・リーダーとしてであって、この点ではちょっぴりホレス・シルヴァーにも相通ずるものがあるとすら高く評価している。いっぽうでいちピアニストとしてはイマイチに感じているんだよね。だから、作編曲能力を存分に活かせる複数ホーン奏者参加の編成じゃないピアノ・トリオ作品では、自作曲で構成されたタイム盤が好き。

エリック・ドルフィーのことは大好きだ。ぜんぜん苦手じゃない。だがしかしこのブルー・ノート盤だけ、35年以上前からなんど聴いてもおもしろみがわからない。どうしてだろう?自分でもこの己がフィーリングを理解できない。乾いて硬質な感触なのがダメなのかなあ?いやあ、わかりません、マジで。チャールズ・ミンガスとやったのなんか、最高に好物なのに、これだけ真反対の印象。ドルフィーのリーダー作だって、ほかは愛聴盤なのになあ。

オーティス・レディングは、ぼくにサザン・ソウル苦手意識を植え付けた歌手。それもビートルズやローリング・ストーンズの曲をやっているのを聴いて、生理的に受け入れられないと感じてしまったが、しかしその大学生のころから「ドック・オヴ・ザ・ベイ」とかには好印象だった。そのほかの(ロック・ナンバーではない)ものだって好きなんだけど、最初に持ってしまった苦手意識がなかなか完全には払拭しきれていない。アルバムはぜんぶ持っていて聴いている。『オーティス・ブルー』だって二枚組のデラックス・エディションを聴いているけれどね。

ザ・バンドの『ビッグ・ピンク』は、しかし近年ぐんぐん好印象へと急変化しつつあるので、今日ここに選んだのはちょっとおかしいけれど、長年どうもちょっと…、だった。二作目も苦手で、ザ・バンドでいいなと思っていた(いる)のは、長年、『カフーツ』とライヴ盤の『ロック・オヴ・エイジズ』だった。あ、やっぱり趣味がモロに出ちゃってる…。

どうにもダメなキング・クリムズンはおいといて、サイモン&ガーファンクルとジョン・レノン。二名ともソングライターとしてはかなり好きな部類に入るんだけど…。S&Gではアートが歌っていることも多いよね。う〜ん…。ジョンだってビートルズのころには、特に1967年前後に書いて歌ったものは、超絶的に好きだけどね。「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」「アイ・アム・ザ・ウォルラス」とか、全ポップ史でも比肩しうるものがないかも?と思うほど、好き。

ボブ・マーリーとフェラ・クティは、はっきり言っちゃいますが、レゲエとアフロビート、のルーツ的なそれっていうかジャンル本来の部分としてっていうか、かなり苦手、全体的に。だから選ぶのはどのアルバムでもよかった。要はぜんぶ嫌いだからどれでも一枚なんでもいい。でもレゲエとアフロビートが嫌いなのは、たぶん音楽そのもののことじゃないね。まとわりつく言説がだ〜っいきらいなだけだ。ちょうど1960年代末〜70年代前半ごろのジャズ喫茶でアルバート・アイラーやジョン・コルトレインについてやかましかったのに嫌悪感があるのと同質のものだ、ぼくのなかでは。いわゆる砂漠のブルーズのことを大好きなのは、そういった言葉が出はじめる前に知ったから。

ハレドの『クッシェ』になぜかなじめなかったぼく。個人的マグレブ音楽体験は、前から繰り返すように1998年の ONB(オルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス)のデビュー・ライヴ・アルバムではじまったけれど、それ以前に一枚だけ持っていて聴いていたのがハレドの『クッシェ』だ。そのくらい超有名盤だったもんねえ。これにはまっていたら、ライやその他マグレブ音楽への接しかたが、またすこし違ったものになっていたかも。でも、ハレドのことはその後大好きになって、現在まで来ている。

2018/10/07

ロックにおけるラテン・シンコペイション(1)〜 ビートルズのデビュー・アルバム篇

アメリカ(産、由来の)音楽のどこにでもあるラテン・ビートなアクセント。ロックにもあるからビートルズにだってある。そのデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』(1963)は、レコードでは片面七曲づつだった。アメリカン・ソングのカヴァー六曲、オリジナル八曲で構成されている。そのなかで、特にラテンっぽいシンコペイションが聴けるなと、個人的に感じすぎかもしれないが、列挙すると以下のとおり。カヴァー・ソングはオリジナル歌手名も付記。

3「アナ」(アーサー・アレクサンダー)
5「ボーイズ」(シレルズ)
6「アスク・ミー・ワイ」
7「プリーズ・プリーズ・ミー」
9「P.S. アイ・ラヴ・ユー」
10「ベイビー・イッツ・ユー」(シレルズ)
11「ドゥー・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ザ・シークレット」
14「トゥイスト・アンド・シャウト」(トップ・ノーツ)

これらのなかで、というだけでなくアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』のなかでいちばんの好物なのが、勢いのいい元気なロックンロールである幕開けの「アイ・ソー・ハー・スタンティング・ゼア」を除くと、3「アナ」(アンナ)と10「ベイビー・イッツ・ユー」。

「アナ」と「ベイビー・イッツ・ユー」で聴けるリズム・パターンは同じだ。この、ちょっともたついているかのようでもあるけれど、ひっかかって跳ねているようなビートの感触が好きなのだ。主にドラマーがスネアとベース・ドラムでそれを表現している。ベースやリズム・ギターもそれに協調。

「アナ」がアーサー・アレクサンダーの、「ベイビー・イッツ・ユー」がシレルズの、どっちもコンテンポラリーなポップ・ヒットだけど、両者ともアメリカン・ブラック・ミュージックの歌手たちだ。1960年代初期のアメリカ大衆音楽というと、リズム&ブルーズの流行からロックが誕生し、その最初の大隆盛期を終えて落ち着いて、黒人音楽界だとモータウンなどまた違ったポップさを持つ音楽が生まれはじめていたころだ。

その時期には、黒人白人問わず、ポピュラー・ミュージックにおけるラテン・ビートの痕跡は、ばあいによっては抜きがたいどころかますます強調されるようになっていたのかもしれない。プロフェッサー・ロングヘアなどニュー・オーリンズ(出身)の音楽家もリズム&ブルーズ界で活躍していた時期だ。はたまた、ラテン・アクセントが表面上は薄められていたばあいもあったのかもしれないなあ。

「ベイビー・イッツ・ユー」の作曲者はバート・バカラック。ティン・パン・アリーの流れを汲むブリル・ビルディングのソングライターだ。あっ、『プリーズ・プリーズ・ミー』にはジェリー・ゴフィン&キャロル・キングのコンビもいるなあ。4曲目「チェインズ」。これは特にラテン・ビートとは関係なさそうだけど。

ともかく、1950年代半ば〜後半のロックンロール・クレイズが冷めてこそのブリル・ビルディング産音楽の流行だったのだ。しかし、ロックのなかにあるラテン・アクセント(はもともとリズム&ブルーズの、さらにさかのぼってジャンプ・ミュージックの、さらに言えば古典ジャズのなかにあるカリブ要素の継承だ)は、表面上はやわらかくまろやかに薄められたとはいえ、ポップ・ソングを書く職業ソングライターたちのペンのなかにだって、やはり忍び込んでいたのだ。

レコード・デビューの直前直後あたりのビートルズには、アメリカン・ソングのカヴァーが多いよね。四人もそんな曲群のなかに混じっているラテン・シンコペイションを、意識してかせずか、もちろん嗅ぎとっていたはずだろう。それはちょうどリヴァプールという、奴隷貿易で栄えた港町の歴史を、あたかも DNA 的に背負い込んでいたかのようじゃないか。

5「ボーイズ」もシレルズの曲だけど、これ、リズム・パターンが曲「ルシール」なんかでも典型的に用いられている例のやつだよね。ブルーズ〜ロックンロールで聴けるごくごくあたりまえなものだけど、そんなビートの跳ねかた aka シンコペイションをビートルズもそのまま表現している。

6「アスク・ミー・ワイ」もラテン・ビートが確実にある。リズム・ギターがシングル・ノートで弾くのとそれに合わせたベースの合奏リフが跳ねている。ストップ・タイムをうまく使っているのと軌を一にしているじゃないか。

7「プリーズ・プリーズ・ミー」にも、かなり薄いけれど、特に「カモン、カモン!」と反復する部分などにラテンなビートの跳ねかたの痕跡があるし、9「P.S. アイ・ラヴ・ユー」は、次のアルバムにあるラテンなポップ・カヴァー「ティル・ゼワ・ワズ・ユー」の予兆のように聴こえるリズムだ。特に和音で弾くリズム・ギター。

ジョージの「ドゥー・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ザ・シークレット」とか、ただ砂糖をまぶしただけの取るに足らないラヴ・ソングだと思われていそうだけど、主旋律が出てからの毎Aメロ終わりで「say the words you long to hear」と歌うところの「ヒア」部分で、リズムをまくしたてるように重ねるあたり、ラテン・シンコペイションを、ぼくだったら薄くだけど感じる。

アルバム中最も有名な歌になって、ビートルズの書いたオリジナル・ソングだとすら思われているらしいラスト14曲目「トゥイスト・アンド・シャウト」は、そもそもトップ・ノーツのオリジナルからしてほんのり薄いラテン・テイストがあったじゃないか。ってか、ツイストというダンスにラテンなノリがあるよね。ビートルズが直接下敷きにしたアイズリー・ブラザーズのヴァージョンともなれば、まごうかたなきラテン R&B だ。

2018/10/06

ボサ・ノーヴァまで射程に入れる職業作曲家ノエール・ローザの時代の転換

オフィス・サンビーニャ盤のノエール・ローザ二枚。先週の『ヴィラの詩人』同様、上のリンクは今2018年に再発された商品だけど、記事本文は、ずっと聴いてきて手もとにある1999年盤に沿って書く。つい二、三日前に2018年盤二枚も届いたんだけど、やはり違いが大きく、まだ聴き込んでいないのでなにも言えない。収録曲や曲順なども違いますが、適宜読み替えてご容赦ください。

『ヴィラの詩人』と同じ1999年にその続編のような感じでリリースされた『ノエール・ローザの時代』(No Tempo De Noel Rosa)には、ノエールの自作自演もあるけれど、基本、職業作曲家として他の本格歌手に提供し歌われたものを収録し、ノエールのソングライターとしてのスケールの大きさ、重要性を示そうというのが眼目のアルバムだろう。

1932年ごろまでは自作自演録音の多かったノエールだけど、33〜34年あたりからそれが減ってほかの歌手に曲を提供する機会がグッと増えたのは、それだけプロ・ソングライターとしてアクティヴになってきていたという証拠だ。『ノエール・ローザの時代』でいちばんたくさん歌っているのはマリオ・レイス、いちばん多く伴奏を務めているのはピシンギーニャの楽団。実際、アルバム11曲目、マリオ・レイス「サンバが終わった時」(Quando O Samba Acabou、1933)らへんから、楽曲の出来がグンとよくなる。その後1935年ごろには女性歌手向けにも曲を書きはじめる。

このことと関係あるのかないのか、先週の自作自演集のときにも書いたんだけど、ノエール自身が歌うものでも、1935年ごろから伴奏が小規模になってショーロ・バンドがやるようになり、楽曲のスタイルもサンバ・ショーロみたいなショーロっぽいサンバが多くなる。それまでは(ノエールと関係なくとも)ピシンギーニャ楽団など(一般には1932年ごろから)大編成オーケストラがサンバの伴奏をすることが多かったんだけど、ベネジート・ラセルダのコンボなどが多く伴奏するようになる。このあたりはどういうことなのか、時代がモダンで軽めのフットワークを求めていたってことかなあ?

ただ、ノエールのソングライティングは、サンバ本格時代の前の、なんというかボヘミアン資質の弾き語りみたいなもの、甘めのラヴ・ソングやサンバ哲学などを織り込んだダンサブルなカーニヴァル(っぽい)・サンバ、そののちの小粋なサロンふうサンバ・ショーロと、三つの時代それぞれにフィットできる幅と柔軟性と深さを持っていたということは、間違いなく言えること。

さらに、アルバム・ラスト24曲目のアラシ・ジ・アルメイダが歌う「三つの笛」(Tres Apitos)はノエール死後の戦後録音(生前の未発表曲、1940年代末ごろ?録音)だけど、サンバ・カンソーンはもちろん、アントニオ・カルロス・ジョビンのボサ・ノーヴァまで射程に入っているかのような曲だもんなあ。いやあ、いまさらですが、ノエール・ローザ、すごい。

マリオ・レイスやピシンギーニャや、アラシ・ジ・アルメイダやベネジート・ラセルダがかかわっていないものも含め、アルバム『ノエール・ローザの時代』では、6曲目「さようなら」(Adeus、1932年)、9「また明日」(Ate Amanha、1932)、10「黄色いリボン」(Fita Amarela、1932年) あたりから俄然グンと曲がよくなっている。ポップでダンサブルなサンバで、しかもすわって聴いているだけで楽しい。10曲目はマリオ・レイスとフランシスコ・アルヴィスの二大スター共演。

11曲目、マリオ・レイスの「サンバが終わった頃」(Quando O Samba Acabou、1933年)となると、たぶんだれが聴いても傑作だと感じることができるであろうような強い魅力を放っている。10「黄色いリボン」からそうだけど、現代感覚もあって、しかもメロディアスで抒情的で、ノエールの弾き語りでしばしば聴けたような凝ったひねりはなく、とても魅力がわかりやすい。大傑作である12「祈りとしてのサンバ」(Feitio De Oracao、1933年)もそうだ。

先週も書いたが、音楽を含むすぐれた作品はときどきメタ・フィクショナルな特性を帯びるという35年来のぼくの持論が、これら二曲にもあてはまるのはうれしい。アルミランチの歌う13曲目、マリオ・レイスの14曲目「哲学」(Filosofia、1933年)を経て、15曲目「ヴィラの魅惑」(Feitico Da Vila、1934年)がこれまた名曲で、エリゼッチ・カルドーゾも歌った。ダンス感覚を持ちつつも野卑でなく、裏ごししたなめらかな歌謡性をあわせ持っているのがイイ。

1936年のカーニヴァルで大ヒットしたというアラシ・ジ・アルメイダの17曲目「不幸な噂」(Palpite Infeliz、1935年)を最後に、大編成オーケストラが伴奏のダンス・サンバに取って代わって、上で触れたショーロふうのサンバであるショーロ・サンバ楽曲が並んでいる。ぼくの個人的嗜好だけからしたら、先週の『ヴィラの詩人』のときもそうだったんだけど、こういうサロン・ミュージックっぽいこじゃれたこじんまり(ショーロっぽい)サンバが大好物なのだ。

19曲目のノエール自身の歌うラスト・レコーディングはそうじゃないが、20曲目以後たくさん並ぶアラシ・ジ・アルメイダの歌うものは完璧なる室内楽としての小粋なサンバ・ショーロ。伴奏も、サウンドを聴けばベネジート・ラセルダのコンボだとわかる。楽しくて、大好きだぁ〜。しかも(アラシではない23曲目も含め)、その歌謡性には夜の音楽のヴェールが降りていて、サンバ・カンソーンの時代を準備している雰囲気があるんだよね。

そして、上でも触れたアルバム・ラストの24曲目、アラシの歌う「三つの笛」のこのモダンなフィーリング、新傾向は、もはやボサ・ノーヴァを予告していると言ってもさほど大げさじゃない。たんに録音が新しいから解釈も時代に即している、グッとテンポを落とし落ち着いている、ストリングスとギター(ジョゼー・メネージス)+ピアノ(ラダメス・ニャターリ)が伴奏だしというだけでなく、ノエール・ローザのソングライティングが、もとからそんな懐の深さ、現代性を備え持っていたからだと考えたい。

2018/10/05

知られざるカリビアン・マイルズ

マイルズ・デイヴィスのカリブ〜ラテン・ミュージック志向が鮮明になってくるのは1970年代からということになっていて(それも実はさほど言われないのだから、一度じっくり腰を据えて取り組まないといけないかも)、それ以前の、特にアクースティック・ジャズをやっていた、かの黄金のクインテット時代やその直後あたりの録音にあるカリビアン(&ラテン〜アフリカン)・マイルズのことにはほぼどなたも言及なさらない。しかし、たしかにそんな音楽要素があるんだ。

そして五人だけじゃなく、ギタリストをくわえたり鍵盤奏者を複数にして人員を拡充したり、ハービー・ハンコックに電気鍵盤楽器を弾かせたり、メンバーを変更したりするようになるその移行期が、マイルズ・ミュージック変遷のありようを考える際、本当はあんがい最も重要なことになる。しかもそこにかなり鮮明なカリビアン・マイルズがあるんだよ。二曲ね。でも、ここ、強調してある文章はいまだ一個も見たことないから、今日ぼくが書く。

音源が長年お蔵入りしていたせいで見過ごされてきただけじゃないかな。

二曲とは「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」のこと。前者は1967年12月、後者は68年1月の録音。この二つは、その前と後ろのマイルズ・ミュージックをつなぎ、電化&ファンク化していく音楽性の変化をスムースにつなぐ役目をする、かなりな重要曲で、しかもそれらじたいが聴いて楽しいのに、1981年までリリースされなかった。聴けば、当時発表のアルバムのどれにも入りそうにないユニークさだから、理解できないわけでもないのだが。

「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」の二曲が日の目を見たのは、1981年のボス本格復帰直前の2月にリリースされた未発表作品集『ディレクションズ』でのこと。LP 二枚組だった。ところで今日の話題から外れるので展げないが、このレコードは、マイルズの音楽史において最大の意味を持っていたとさえいえる重要曲「ディレクションズ」の初お目見えでもあったんだよねえ。う〜ん…。

曲「ディレクションズ」とアルバム『ディレクションズ』のことはまたじっくり再考してみるとして…、といってもいままで散々書いてはきているがまとめていないので、一つの文章に整理するだけでも意味はありそうだからそのうちやるとして、今日は1981年発売のその未発表集アルバムが初出だった「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」の話。

この二曲は、ハービー・ハンコックがボスの指示で電気鍵盤楽器を弾いた最も早い時期のセッションで誕生したもの。さらにどっちにもエレキ・ギター奏者が参加(前者1967年にはジョー・ベック、後者68年にはバッキー・ピザレリ)。この二点以外はかの黄金のクインテットと同じ編成と楽器だが、曲創りの根幹が変化していることがかなり大切なことだ。

以前もベース・ヴァンプという言葉を使ったことがあるが、ちょうどこの1967年末あたりからマイルズは、曲の主旋律のカウンターポイントみたいなものとして、あるいは曲中ずっと、あらかじめ作曲しておいたベース・ラインを置くようになり、しかもそのラインをウッド・ベースとギターと電気鍵盤楽器で重ねるように同時演奏させていたりもする。その背後のトニー・ウィリアムズはスネアのリム・ショットとシンバルを中心に8/8拍子を刻む。「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」の両方にあてはまることだ。

インプロヴィゼイションはトーナル・センターというかピヴォットのようなものだけを意識して展開されているが、じゃあ抽象化へ向かっているかというとその逆で、ポップな明快さを獲得しつつある。カリブ〜ラテン風味なリズム&ブルーズ/ソウル/ファンク・ミュージックへ接近しているよね。特にリズムがファンキーでタイトな8ビートのせいで、1967/68年当時の時代の音になりつつあると思うけれど、この二曲「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」は発売されなかったから、当時のレコード・オーディエンスの耳に届いていないし、ライヴでもやらなかった。

しかも発表されたのが1981年2月だったもんで、そのころのマイルズは1970年代のあんな音楽を演奏・披露済みの音楽家だったわけだから、「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」みたいなものはもはや時代にアピールする力をかなり弱めていたんだと思うんだよね。リアルタイムで発売しにくかった曲調だとはいえ、たとえば『マイルズ・イン・ザ・スカイ』『キリマンジャロの娘』、そしてなんたってマイルズの全カタログ中最重要と断言してもいい『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチズ・ブルー』で用いられる根幹の手法が、1967/68年のこの二曲にはあって、しかもその初の二例なんだけどね。

さらにさ、二曲とも濃厚なカリビアン・スパイスがまぶしてあるよね。カリブ〜中南米を経由してアフリカ大陸まで俯瞰できそうな音楽じゃないか。あくまで醒めたクールネスがあるのがいかにもマイルズらしいところで、そこはラテン音楽っぽくないかもだけど、アフリカ音楽にはそういうクールなの、たくさんある。それ以上に、「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」の二曲は、なんたって楽しい。文句なしにおもしろい。ぼく的には三点 〜 カリビアン要素、重ねてあるベース・ヴァンプの反復、8ビート・リズムがね。

こんなにカリブ音楽の香りが直截的にするのはこれ以前も以後もマイルズのなかにあまりないが、リズム・スタイル、複数楽器で重ねたベース・ヴァンプを曲構造の土台に置いてすべてを構成すること、和声的にはトーナル・センター・システムを使いほぼフリー、そしてこれらを採用してなおかつボスの強い主導下で曲創りと演奏が展開したこと 〜〜 これらはその後のマイルズ・ミュージックの根本手法となって揺るがないようになった。初採用が「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」の二曲だったんだよ。

それより前の録音品でその兆候を、と探すと、『ソーサラー』にある「マスクァレロ」「プリンス・オヴ・ダークネス」、『ネフェルティティ』の「ライオット」が、変形された8ビート・ラテンのリズムを持っていたなあということになる。曲創りと演奏の手法はまだまだ従来的だけど、三人のリズム隊が演奏するパターンには新潮流が見える。トニーのことが強調されがちだけど、ハービーの叩くブロック・コード・リフにも注目したい。ちょっぴり「ウォーターメロン・マン」(やリー・モーガンの「ザ・サイドワインダー」)的ブーガルー・ピアノ・リフのニュアンスがあるからだ。 #BlueNoteBoogaloo

「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」以後となると、音楽創りがほぼそれら二曲と同様のマナーにのっとったものになっていくので数が多すぎるのだが、無名曲のなかから同様に創造された典型的カリブ〜ラテン(〜アフリカ)路線なマイルズ・チューンだけちょちょっと拾って並べておいた。プレイリスト最後の「スパニッシュ・キー」は有名だが、その前の四曲、特に「スプラッシュ」「スプラッシュダウン」(1968年暮れ録音)は、これまたお蔵入り音源だったので、どなたも言及しない。

だけどかなりおもしろいよね。曲題からしても同趣向のものだったとわかるけれど、ちょうどこう、言えるかどうかわからないが、マイルズがモータウン・ソング的なポップネスを獲得しつつあるといった趣じゃないだろうか。フェンダー・ローズ奏者が二名いて、左がチック、右がハービー。ハービーの弾くのがファンキーでソウルフルでいいなあ。リズムも明快。ボスもポップなラインを吹いている。

「スプラッシュ」も「スプラッシュダウン」も(「キリマンジャロの娘」も「フルロン・ブラン」も、さらに言えば、もうすこしだけあとの「ディレクションズ」「イッツ・アバウト・ザット・タイム」なんかも)、曲の組み立ては「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」で初トライした手法でやっているんだよね。

2018/10/04

やってくれ、バニー!

これまたエピック・イン・ジャズのシリーズ(は全六枚)から一枚、『テイク・イット、バニー!』のことを書こう。バニー・ベリガンが自身のオーケストラを結成する(のがいつか、はっきりしないが、1937年の前半ということになっている)直前の1935〜37年1月にかけてコロンビア系レーベルに録音したなかから12曲を厳選したアンソロジー。これのオープナーが、かの「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」だ。

といってもバニー自身によるくだんの名演ではない。くだんの名高いのはヴィクター録音(1937年8月7日)で、自己の楽団を率いてのもの。『テイク・イット・バニー』に収録されているのはその前年の録音(36年4月13日)なのだ。でもかなりいいぞ。言うなればファースト・ヴァージョンみたいなものかな。「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」という曲がぼくは大好きなのだ。好きな女性に思いのたけを伝えても相手にされないままの男の話。やるせない感じのバニーのプレイが実にいい。どっちのヴァージョンともトランペット&歌もバニー自身。

ところでエピック盤アルバム『テイク・イット、バニー!』にはいただけないところがあって、それは5曲目からアルバム・ラストまでの計八曲は、オリジナルの SP 盤にあるチック・ブーロックのヴォーカルを削除してあること。いまではもとどおりのものが聴ける CD アルバムがあるけれどね。 LP レコードに再録する際に、ヒット・ポップ歌手だから…、というのと、バニー・ベリガンらの楽器演奏をフィーチャーして、歌はバニー本人の「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」だけにしたいという、たぶんこの三点が理由でのデリートだったんじゃないかと推測する。残念だ。

『テイク・イット、バニー!』でもわかるバニー・ベリガンのトランペット演奏の特色とは、丸くまろやかな音色で華麗に吹く、しかも豊かな歌心があってリズム感も抜群、といったところかな。ちょうどルイ・アームストロングとビックス・バイダーバックの双方をお手本として学び、足して二で割って折衷したような感じだ。いやあ、理想的ですね。1942年に33歳の若さで死んじゃったのが悔しい。アルコール依存が最大の原因だったが、リー・ワイリーとの破局も大きなショックだったようだ。

ともあれバニー・ベリガンは、1930年代後半スウィング・ジャズ黄金時代の、まさにミスター・トランペットみたいな存在だったんだよ。エピック盤『テイク・イット、バニー!』収録曲のなかで、1曲目の「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」を除くと、いちばん好みなのは5〜7曲目の1936年2月24日セッションのもの。八人編成のバンド。

その次が、1、8、9曲目の1936年4月13日セッションで、これはエディ・コンドン、アーティ・ショウ、ジャック・ティーガーデンを含む九人編成。ふつうはここが聴くひとみんなにとってのクライマックスだろう。異議はないし、ぼくも好きなオール・スター・バンドだ。『テイク・イット、バニー!』は、基本、一個のセッションでの録音は連続収録されているが、1「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」だけ外してトップに持ってきているってわけ。

だからやっぱりそのハート・ブレイキングな失恋歌のヴォーカルとトランペットに注目してほしいってことなんだね。ヴィクター盤があんな有名になったもんだから、 LP 化する際にもやはりこれを目玉に、という会社コロンビア側の目論見をはっきりと感じる。そんで、ここではっきり言いますが、個人的にはこの「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」、ぼくはあまりにも高名なヴィクター録音より、このヴォキャリオン録音のほうが好きなのだ。甘みより苦みがまさっているせいかなあ。

1936年ヴォキャリオン・ヴァージョンの「アイ・キャント・ゲット・スターティッド」では、歌と次のテナー・サックス・ソロが終わってのトランペット・ソロ・パートに特に注目したい。ストップ・タイムを繰り返しながらグイグイと音域を上げていくように反復しながら吹くこのスタイルこそ、ルイ・アームストロング直系なのだ。特に1920年代後半〜30年代前半ごろのサッチモのオーケー録音をバニーは間違いなく強く意識し範としている。そういえば前半部の歌のなかにも、サッチモ・スタイルでスキャットが織り交ぜられているじゃないか。ふつうに歌ってのフレーズ終わりでダバダバとやるっていうやつ。

そんなバニーのトランペットは、発音がハキハキしてい歯切れよく明瞭で、いわば滑舌のいいおしゃべりを聴いているようで、気持ちいいんだよね。2曲目以後もそれはまったく同じ。ものによってはスウィングというよりシカゴ派のディキシーランド・ジャズに近い演奏もある(2、3)。しかし4曲目は3曲目と同じ日(1937.1.22) のセッションなのに完全なスウィング・スタイルなのもおもしろい。4はコール・ポーターの有名曲「レッツ・ドゥー・イット」だ。トランペット・ソロの内容もいい。
5曲目以後は、書いたようにヴォーカル削除ヴァージョンで、しかしネットで音源を探すと、チック・ブーロックの歌がある SP オリジナルどおりのものと、それを抜いた『テイク・イット、バニー!』ヴァージョンとの両方がアップされているみたいだから、どんな感じか、一個だけちょっとご紹介しておこう。たとえばアルバム5曲目の「イッツ・ビン・ソー・ロング」。この曲でのクラリネット(ジョー・マーサラ)のサウンドとフレイジングも、ぼくは本当に大好きなんですよ、こういうの。わかっていただけますかね?

6曲目の「アイド・ラザー・リード・ア・バンド」以後も、すっかりスウィング黄金時代の<あの>サウンドができあがっていて、いかにも自分でバンドを率いるべきだというバニーの気持ちはよくわかる。ちょうどバニーもかつて在籍したベニー・グッドマン楽団やグレン・ミラー楽団(『テイク・イット、バニー!』2曲目はグレン・ミラーのバンド)みたいな、あんな感じをコンボ化したものだ。

ただ、BG 楽団黄金時代にも GM 楽団最盛期にも、こんなバニー・ベリガンみたいに吹ける輝かしいサウンドを持つトランペッターはいなかった。ザ・ブライテスト・オヴ・ブライト・トランペッターズ、それが1930年代後半のバニー・ベリガンだったんだよね。

2018/10/03

アラブのプリンス 〜 あのころのロック

1) Around The World In A Day(Around The World In A Day)
2) The Cross(Sign O' The Times)
3) 4 The Tears In Your Eyes(The Hits/The B-Sides)
4) Thunder(Diamonds And Pearls)
5) 7([Love Symbol])
6) Rave Un2 The Joy Fantastic(Rave Un2 The Joy Fantastic)
7) The Greatest Romance Ever Sold(Rave Un2 The Joy Fantastic)
8) Glam Slam(Lovesexy)
9) Anna Stesia(Lovesexy)
10) Lovesexy(Lovesexy)
11) Positivity(Lovesexy)

今日こそはいまいちど言わせてほしい。プリンスの『ラヴセクシー』、一曲づつトラックが切れたのを発売してほしいぞ。ワーナーがそれを持っているのは、何種類かのベスト盤に単独で収録されているのが数曲あることからわかっている。こだわりにこだわった本人も、そろそろ許してくれるんじゃないだろうか。『ラヴセクシー』のトラックを切ってほしいというのは、個人的には自分で勝手にオーディオ・エディターを使ってやっているから困らないのだが、ネットでシェアするのが目的のプレイリストにできないじゃないか。

それなもんだから、今日のこのプレイリスト、『ラヴセクシー』からは一曲単位で抜き出せないのでしかたなくアルバムをそのまま丸ごと置くしかなかった。このアルバムにアラブ/インドなプリンスがいちばんたくさん入っているから、もしお時間とお気持ちのあるかたは、ちょっと覗いてみてください。ほかのものは一曲単位でピック・アップして並べた。

この Spotify プレイリストでは、だから1時間17分と表示されるけれど『ラヴセクシー』が丸ごとぜんぶ入っているからで、曲を切っているから抜き出せる自前の iTunes では計56分程度。アラブ〜インド音楽ふうなプリンス楽曲を探して抜き出して、聴いて楽しいような曲順で並べたもの。旋律展開がアラブふうというものだけでなく、シタールやタブラなどインド楽器を使ってあるだけのふつうのロック/ポップス・ナンバーも選んでおいた。

それはある意味、1978年レコード・デビューのプリンスがやる<あのころの>ロック/ポップスという意味合いも持っている。説明不要だが、1960年代後半〜70年代初期のロック(など)・ミュージックのなかには、アラブ/インド要素、特にタブラとシタールを混ぜ込むのがごくごくあたりまえなことだった。どんなアルバムにも最低一曲はあったというような感じだよね。

世代的に見て、プリンスもちょうどそのあたりのロック/ポップス/ジャズなどのレコードに親しんで思春期を過ごし、それが音楽家としての自己を形成する際の大きな素地となっていたに違いない。メインストリームなアメリカ大衆音楽のなかからはその後消えてしまったが、プリンスの音楽のなかには溶け込んでいて、ときおりひょっこり顔を出しているってわけ。

今日のこのプレイリスト、探し漏れはもちろんあるだろう。自分でもすでにいくつか気づいているが、もうこれで充分だ。あるいはこの曲を入れるのはちょっと…、というセレクションだってあるかも。そこはぼくなりのアラブ/インドなプリンスというプライヴェイトな楽しみなので、みなさんにご納得いただける客観性はもとから目指していない。

1曲目「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」が無国籍なエキゾティック・プリンスだっていうのは、しかしある程度多くのかたにアピールできるわかりやすさじゃないかな。言い換えればサイケデリック・ミュージックということで、アルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』が精神旅行をテーマとしていたのを象徴している。

2「ザ・クロス」はキリスト教への言及。曲もゴスペルっぽいニュアンスがある。そしてイエス・キリストは、いまでいう中近東地域の人間だ。キリスト教というとヨーロッパ(と、その諸国が植民地支配した地域)のイメージがあるかもしれないが、もとからユダヤ/アラブ世界と密接なつながりがある。プリンスはそこを踏まえて曲創りをしたかのようだよね。そんな一曲。

3曲目「4 ザ・ティアーズ・イン・イン・ユア・アイズ」も似たような曲想だからいいとして、4「サンダー」、5「7」あたりは、ちょっと個人的妄想が過ぎるかもしれない。たしかにシタールなど入っているが、まあふつうのアメリカ音楽だよなあ。でも使用楽器のもたらす響きのおかげで、やや国外に出ているようなニュアンスも付いていると勝手に思っている。

ぼくはまだそんなに熱心には聴きこんでいないアルバム『レイヴ・アン2・ザ・ジョイ・ファンタスティック』から持ってきた6、7曲目には間違いないアラブ音楽香味がある。隠し味的に中近東要素が忍び込んでいるのは間違いないと思うんだよね。特に恋愛名曲「ザ・グレイテスト・ロマンス・エヴァー・ソールド」のほう。もちろん音楽家本人はしっかり計量して加えている。

その次の8〜11曲目『ラヴセクシー』からのセレクションが、今日のハイライトのつもり。以前も書いたが、アラブのミューズを呼び寄せまじわりたいというのがテーマのようになっているアルバムで(というのがぼくの見方)、それがプリンスの持つファンクネス、ポップさ、ロッカー要素などとあわさって渾然一体となっている大傑作だ。

選んだ四曲のなかでも、宗教儀式みたいな「アナ・ステシア」はことさらアラブのミューズ(との音楽家の関係)ということをはっきりと表現したものだし、またアルバムのラスト・ナンバーだから今日のプレイリストのクロージングでもある「ポジティヴィティ」なんか、なんだこりゃ〜、すごいなあ、まるで完璧なアラブ・ポップスじゃないか。クネクネうねりまくる旋律が幻惑的で、すばらしく妖しい魅力を放っている。

2018/10/02

思うようにはならないものだ

という意味の原題(You Can't Always Get What You Want)を持つローリング・ストーンズの「無情の世界」(これも気に入らない邦題だけど、原題が長いのでやむなく使う)。ビートルズ「ヘイ・ジュード」への返歌なのかも。シングル発売されたりアルバム『レット・イット・ブリード』に収録されているオリジナルはそうじゃないが、ライヴでは常にギター・ソロのショウケースとなってきた。それが本当に大好きだ。だから、オリジナルのスタジオ録音ヴァージョンは、個人的にイマイチ。ギター・ソロを聴きたい。というかいつもそれしか聴いていない。

ほかにも持っていて漏れがあるんだけど、ぼくの持つストーンズの「無情の世界」を、スタジオ・オリジナルを含め録音順に並べたプレイリストが以下。収録アルバムと収録年月、場所を書いておく。長年、この曲のストーンズ公式ライヴ・ヴァージョンは、『ラヴ・ユー・ライヴ』のものしかなかったはずだけど(その次が『フラッシュポイント』のかな)、いまでは充実してきている。Spotify で見つけられないものは、YouTube リンクを書いておいた。

1) Let It Bleed(1968,10)
2) Ladies & Gentlemen(1972.6, Texas, USA)
3) The Brussels Affair(1973.10, Europe)
4) L.A. Friday(1975.7. Ca. USA)
5) Love You Live(1976.6, Paris, France)
6) Hampton Coliseum, Live, 1981(1981.12, Virginia, USA)
7) Live At Leeds Roundhay Park 1982(1982.7, Leeds, UK)
8) Flashpoint (1989.11, Florida, USA)

書いたようにスタジオ・オリジナルをあまり聴かないのでライヴ・ヴァージョンに話をしぼると、ソロを弾くミック・テイラー時代、ロニー・ウッズ時代と、ほぼいつもずっと演奏され続けてきている。ストーンズではロニー時代がいちばん長いということに結局なったので、その数はかなり多い。公式発売ヴァージョンと限定しなければ、無数にあるはずだ。

ロニーがソロを弾くストーンズ公式の「無情の世界」は、ぼくもさらにたくさん持っていて、上のプレイリストにぜんぶは選ばなかった。数が多いのと、同じような時期のライヴ収録だと内容もかなり似通っていて差がないんだ。ぜんぶは必要ない。それでも1975年のと76年のは両方入れた。そうするべきだと思ったから。

じゃあロニー時代の「無情の世界」(のギター・ソロの話しかしないが)のことから書こうかな。やはり1975年、76年のものが頭抜けてすばらしい。76年のパリ・ライヴから短く編集されて『ラヴ・ユー・ライヴ』に収録されているものが、ロニーといわずミック・テイラーといわず、最もおなじみのものだ。かなりいいよね。『ラヴ・ユー・ライヴ』の「無情の世界」におけるロニーのソロがいいというのは、定評みたいになっている。

『L.A.フライデイ』(は、ストーンズ公式ダウンロード音源しかぼくは持っていない)になっている1975年のツアーのときも『ラヴ・ユー・ライヴ』と同じくキーボードでビリー・プレストンが参加していて、「無情の世界」でもシンセサイザーでビヒャ〜とまるでストリングス・セクションに似せたような幕をたてこめるのがいい雰囲気。スタジオ・オリジナルの(特に少年合唱隊の)雰囲気をちょっぴり再現している。フレンチ・ホルン(アル・クーパー)のサウンドは、現在までライヴによって似せたりまったくなかったり。

1975、76年のツアーというと、ロニーはまだバンドに参加して日が浅かった(というか75年のときはまだ正規メンバーじゃなかったんだっけ?)せいか、認めてもらおうとしてのことかどうなのか、どんな曲でもかなり気持ちを入れてがんばってソロを弾いている。相当弾きまくっているというに近い。その代表作が「無情の世界」だ。

1975年のでも76年のでも(これ、ソロ内容はやはりほぼ同じだなあ)、ソロの途中で短く細かいフレーズを反復しながらグイグイ盛り上げるあたりの構成は、立派なブラック・ミュージック・マナーだ。<ちゃんとした>ソロ展開を、という一部のリスナーさんたちは、こういうの軽蔑なさいますが、「アフター・アワーズ」や「フライング・ホーム」など1940年代のジャンプ・ミュージック以来の伝統であります。一般大衆の気持ちの盛り上がりをバカにしないでください。

そんな立派なソロを聴かせてくれていたロニーなんだけど、「無情の世界」でのソロも、1981年や82年のツアーから以後は、ペース・ダウンしてしまう。はっきり言いますが、おもしろみが消えた。バンドの定常番頭となれて安心してしまったということなのか?あるいは別な理由なのか(腕が落ちたとは思わない)、曲じたいはいつどこで演奏しても差が生まれえないものだからソロで聴かせてきたんだと思うのに、これじゃあなぁ〜。あぁだらしない。あのころのロニー、カム・バック!

1975、76年ツアー時の「無情の世界」におけるソロがあんなに美味しい感じになっているのは、その時点で公式には未発売でも、バンドで正式録音したライヴ・テープ、すなわちミック・テイラーが弾きまくる1972、73年ツアーのテープを、ロニーも聴かせてもらっていたからなんじゃないかとぼくは推測している。そうか、ここまでやるんだ、こうじゃないとストーンズでソロを弾いたということにはならないんだと、そう思って気持ちを引き締めたんじゃないかなあ。

ロニーがそうまで思うほどすごいミック・テイラーがソロを弾く「無情の世界」。1972年ライヴの『レイディーズ・アンド・ジェントルメン』、73年の『ザ・ブリュッセル・アフェア』と、公式発売は二種類だけど、どっちも最高だよ。ぼくとしては73年ヴァージョンに軍配をあげたい。好きで好きでたまらないんだ。あのミック・テイラーのソロがさ。音色も、よりまろかやでコクがある。フレジング展開は、やはり72年も73年も似てはいるが。

「無情の世界」という曲は、歌詞内容や曲題に反するかのように、曲想は爽やかで荘厳で気高い雰囲気を強く漂わせているものだけど、バンド全員の演唱もそうならギター・ソロ内容だってそれを具現化している。ロニー・ヴァージョンも出来のいいものはそうだけど、ミック・テイラーのソロのほうがそんな調子をより鮮明に表現できている。

特に『ザ・ブリュッセル・アフェア』(も、ストーンズ公式配信のものでしか聴いていない)での「無情の世界」におけるソロには舌を巻くしかない。録音状態がいいのでギターの音色もよくわかる。ミック・ジャガーが歌い終えるやいなやワン・ノート二音で入ってすぐに細かいフレイジングで展開する出だしで、もう心奪われてしまう。その後も鳥肌もののソロ展開。

個人的に残念なのは、ソロ後半からテナー・サックス(トレヴァー・ローレンス)に交代してしまうこと。10年近く?前、公式サイトから『ザ・ブリュッセル・アフェア』をダウンロードして最初に聴いていて、「無情の世界」のギター・ソロに、なんて立派なんだ!と感激しながら聴き惚れていたらサックス・ソロにスイッチしてしまって、とっても残念な気分だった。

できれば最後までミック・テイラーで行ってほしかったなぁ。

2018/10/01

TOP band of horn funk

アメリカン・ブラック・ミュージックのファンでタワー・オヴ・パワーが嫌いだというひとを想像することができない。いるにはいるんだろうけれども。16ビートの刻みがチョ〜気持ちいいよね。1970年にデビューし、2018年現在でも現役活動中。1999年にライノが編んだ CD 二枚組のワーナー盤アンソロジー『ワット・イズ・ヒップ?:ザ・タワー・オヴ・パワー・アンソロジー』が出て以後は、ふだんはこれで愛聴している。

このアンソロジーは、デビューから1999年の『ソウル・ヴァシネイション:タワー・オヴ・パワー・ライヴ!』までからのピック・アップ・セレクションで、全35曲。これでこのバンドのだいたいの美味しいところはほぼ聴けるんじゃないだろうか。

タワー・オヴ・パワーでも、もちろんふつうに聴いていてのソウルフルなメロウ・バラードやミドル・テンポのだって続けて流れてくればいい緩急になって気分いいんだけど、個人的にこのバンドの持ち味は16ビートのアップ・テンポ・グルーヴァーにあると思っている。だからアンソロジー『ワット・イズ・ヒップ?』からそんなものだけ抜き出すと、といっても数がやはり多いので厳選すると、たとえばこんな感じになる。

・You Got To Funkefize (1972)
・What Is Hip? (1973)
・Soul Vaccination (1973)
・Can't You See (You Doin' Me Wrong) (1974)
・Squib Cakes (1974)
・Oakland Stroke (1974)
・Only So Much Oil In The Ground (1975)
・Just Enough And Too Much (1975)
・Stroke '75 (1975)
・A Little Knowledge (Is A Dangerous Thing) (1991)
・Soul With A Capital "S" (1993)
・Souled Out (1995)
・So I Got To Groove (1997)

このとおりにプレイリストを作成したリンクが上のもの。1975年の次が1991年とあいだが空いているのはみなさんご存知の事情によるもの。90年代以後はすっかり名声を確立し、タワー・オヴ・パワーもリスペクトの対象となり、また1970年代半ば以後ハード・ファンク度を増していたこのバンドは安定感を増した。

上記セレクションから、さらに好物中の大好物と、もう聴いていたらサブイボ立つほどの快感だと身震いするのが、「ワット・イズ・ヒップ?」「ソウル・ヴァシネイション」「スクウィブ・ケイクス」「ソウル・ウィズ・ア・キャピタル "S"」の四曲だ。いやあ、カッコイイですねえ。たまら〜ん。

タワー・オヴ・パワーもまたフュージョン・バンドみたいな側面もあって、どこがかというと、基本、歌手の伴奏バンドなのだ。インストルメンタル・ナンバーもあるけれど、バンド自前の、あるいはほかの、歌手のバックにまわってこそ、そのグルーヴの真価を発揮する。

そんなことが、たとえば悶絶死寸前のノリのよさを持つ「ワット・イズ・ヒップ?」や「ソウル・ウィズ・ア・キャピタル "S"」なんかでも実感していただけると思う。そしてやはりフュージョン・バンド同様に、歌のあいまに入る楽器ソロが長く、聴かせどころでもある。さらに歌と楽器ソロとどっちの背後でも、ホーンとリズム・セクションの演奏が超絶的にすんばらしい。特に短めのフレーズをスタッカート気味に反復するホーンズのカッコよさこそ、やはりタワー・オヴ・パワーならではの持ち味。

上記セレクション唯一のインストルメンタル・ナンバーである「スクウィブ・ケイク」。やはりなんだかんだ言って楽器演奏音楽に違いないジャズ・ミュージックの愛好家だからなのか、この一曲を聴くとても気持ちいいぼく。でもこの曲、(ジャズふうな)楽器ソロと呼べるものが続くものの、やはりその背後での伴奏こそが聴きものだよね。もちろんソロもいいんだけどさ、グルーヴこそが命。タワー・オヴ・パワーのばあいは、それを特にベーシスト、ドラマー、ホーン隊が生み出している。

2018/09/30

ミンガスの教会ふうブルーズ・ストーリーテリング 〜『オー・ヤー』もデューク的

チャールズ・ミンガスのアトランティック盤『オー・ヤー』(1961年録音62年発売)。ふだん聴いているのは1999年リイシューのライノ盤だから、三曲のボーナス・トラック入り。それらも含め、アルバム全体が、これ、好きだぁ〜。ホントいいよね。ブルージーで、ゴスペルふうでもあり、ノヴェルティ・ソングっぽいものがあったり、さらにデューク・エリントン的なクラシカルな作風もある。

しかもそれらぜんぶが、いかにもこれぞアトランティック・ジャズだというお手本のような黒っぽく野太い音楽に融和・昇華している。根本的にはブルーズ・ストーリーテリングをジャズ・アンサンブルの手法で実行したというアルバムが、ミンガスの『オー・ヤー』だと思う。そのまんまなブルーズだってアルバムにいくつもあるし、そうじゃないものも、そのサウンドの湿り気、濁り気は、本質的にブルーズ・ミュージックの持つものだ。

そんな黒人教会ふうブルーズ・エッセンス(おかしな言いかた?)が、デューク・エリントン的なホーン・アンサンブルとなって具現化しているので、ひるがえってデュークの音楽の本質になにがあるのかまで見えてくるという、そんなアルバムなんだよね。いやあ、すごいなあ、ミンガス。本当にすごいのは、そんなアンサンブル・マナーの直接の師匠格、デュークってことか。

ところで『オー・ヤー』にはダグ・ワトキンスが参加していて、ミンガスはベースをいっさい弾かない。担当楽器はピアノとヴォーカル。ふだんからかなりよく歌い、というかしゃべったり叫んだりしていて、さらにピアノの腕も知られているけれど、アルバムまるまる一枚でそれらに専念したというのは『オー・ヤー』が初のはず。

しかもそのミンガスの弾くブルーズ・ピアノがかなりいいよね。曲自体もそうだけど、ピアノ・ソロもしばしばハチロク(6/8拍子)で弾き、シングル・トーンでもブロック・コードでもアーシーで、言いすぎかもしれないがちょっぴりホレス・パーランっぽくも聴こえる。『オー・ヤー』では、弾きながらなにか歌って(しゃべって)いることも多い。

ミンガス以外で目立つのは、やはり左チャンネルの(サックスなど各種の)ローランド・カークだ。ホーン奏者は、テナー・サックスのブッカー・アーヴィンが右チャンネル。さらに、ミンガス・バンドの常連であるジミー・ネッパー(トロンボーン)、ダニー・リッチモンド(ドラムス)もいる。みんないい演奏をしているが、カークが本当に見事だ。彼のドロドロに黒っぽいのが、『オー・ヤー』で聴けるソロのなかではミンガスの音楽性を端的に表現している。

事実上、カークしかソロをとっていないと言ってもさしつかえないほど『オー・ヤー』で吹いているのはカークだ。ある意味主役、と言いたいところだけど、それは違う。ジャズ・ミュージックはアド・リブ・ソロで成り立つ音楽だ、という通りいっぺんのジャズ概念をくつがえしているのが、ミンガスであり、師匠のデューク。

言い換えれば、(デュークもそうだけど)ミンガス・ミュージックのなかでは、すべてが「あらかじめ組み上げられたスポンティニアスさ」のなかに存在している。だから、ソロで組み立てた音楽と言ってもいいのだが、正反対にソロなしの音楽だと言っても同時に正解なのだ。『オー・ヤー』でのカークは自由に演奏しているけれど、同時にミンガスという大きな手のひらのなかで踊っているだけでもある。デュークと楽団員の関係がそうだった。

そんなことを、1961年の一日のセッション記録である全10曲のアトランティック盤『オー・ヤー』でも、またもやあらためて再確認した。

2曲目「デヴル・ウーマン」、4曲目「イクルージアスティックス」、5曲目「神よ、原子爆弾を落とさないで」などの、こういった、なんというか、よどんだ水のようなスロー・ブルーズが、ぼくには本当に最高に心地いい。ボーナス・トラックなら、ラストの「インヴィジブル・レイディ」が最高にすばらしい。これはストレートなデューク・オマージュなんだよね。ジミー・ネッパーの吹くラインと、背後のリズム&サウンドのアンサンブル・アレンジが、本当に美しい。

2018/09/29

自作自演のノエール・ローザ 〜『ヴィラの詩人』

なんでも今年八月、オフィス・サンビーニャ盤のノエール・ローザ二枚がリイシューされたばかりらしい。ぼくはまだ買っていないんだけど(そのうち必ず買う)、中身もかなり刷新したという情報を見る(それは2004年版でのもの?)。せっかく再発されたんだから、ノエールを話題にする格好のタイミングなんじゃないかと思うんだ。ね、いいでしょ。二枚のうち、今日は自作自演集の『ヴィラの詩人』について。もう一枚の『ノエール・ローザの時代』も同じ1999年に最初は発売された。

2018年再発盤はまだ手にしていないので、以下は1999年盤に沿っての話。申し訳ありません。

『ヴィラの詩人』解説文の田中勝則さんによれば、ノエール・ローザは300余曲を書き、そのうち自作自演は計42曲とのこと。そのうち、このオフィス・サンビーニャ盤には23曲が収録されている。順番に聴き進み、最初にオッ、これはいいぞ!ってなるのが、ぼくのばあい、7曲目「女の嘘」(Mentiras De Mulher、1932年)、8曲目「ぼくたちの物」(Coisas Nossas、1932年)あたりかな。

その前、4曲目「愛すべきドモリ」(Gago Apaixonado、1931年)からすでにすこしそうなっているが、7、8曲目あたりからは、基本、ストリート・サンバのノリなのだ。だから好き。リオのカーニヴァルで歌われたかどうか、ぼくにはわからないが(たぶん、レコードだけ?)、聴いた感じ、そうであって不思議じゃないダンサブルなサンバだ。

特に8曲目「ぼくたちの物」がすばらしくイイ。個人的にはこの一曲が、アルバム『ヴィラの詩人』のなかでの最愛好曲。最大の理由はカーニヴァル・サンバっぽく、街角で歌われ踊れそうなストリート感覚をあわせ持ちながら、同時にメタ・ミュージックでもあるからだ。音楽に限らず、すぐれた作品はメタ・フィクショナルな特性を帯びるというのが、30数年ほど前からのぼくの持論。

このアルバムではその後、ダンス・ミュージックとしてのものではなく、聴かせるための歌謡サンバも収録されていて、それらもいいんだけど、ぼくの愛好品であるノエールの自作自演によるダンサブルなストリート・サンバは、たとえば12曲目「踊らない人は」(Quem Nao Danca、1933年)から17曲目「実証主義」(Positivismo、1933年)まで続き、たぶんここがノエールのこの『ヴィラの詩人』のクライマックスかな。いやあ、ホ〜ント楽しいね。

18曲目「居酒屋の会話」(Conversa De Botequim、1935年)から突如ガラリと雰囲気が変貌する。ショーロふうサンバになっているんだよね。あれっ?しかしこの伴奏バンドは、どう聴いてもショーロ・バンドだなあ、さらにこのフルートは?!とか思って、あらためて田中勝則さんの解説文を読みなおすと、どうやらベネジート・ラセルダ楽団に違いないとのこと。

ベネジート・ラセルダのショーロ・コンボがノエールの伴奏を務める自作自演ナンバーが、その後、22曲目「行きたければ行きなよ」(Voce Vai Se Quiser、1936年)まで連続収録されている。ショーロ好きだから、しかもこういった落ち着いた雰囲気のちょっとした室内楽ふうショーロ・カンソーン(or サンバ)が大好きだから、もちろんこの五曲だって、マジ好き。

12〜17曲目のややワイルドなダンス・サンバと、18〜22曲目のしっとりしたサンバ・ショーロと、どっちもすばらしく、どっちも同じくらい好きだ。ノエール・ローザはサンバ黄金時代の1930年代最高のソングライターにして最重要人物の一人だったんだけど、(ギターも弾きつつ)こうやって自分で歌っても見事だったとよくわかる。自作自演でノエールの持ち味がクッキリ聴こえてくるね。

2018/09/28

マイルズのアルバム日本盤の附属解説文を刷新してほしい

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マイルズ・デイヴィスに限ったことじゃなくて、ほかにも同じケースがいくつも見受けられるとのことだけど、ぼくが肌身で痛感しているのはマイルズものだけだからそれに限って書く。マイルズの既発旧作をリイシューする際の日本盤附属ライナーノーツは、そろそろ新しいものにしたらどうだろう?いつまで1990年代後半のリイシューの際に書かれたものを再録するつもり?特にソニーさん?

まあ実は音源だけあればオッケーみたいなことになりつつあって、ネット配信でいいんだというのもそんな考えの反映かもしれず、音だけをフィジカルでもストリーミングでも聴けたら、諸情報や解説はネットで、あるいはなんらかの紙媒体で拾うというのが一般的なやりかたになってきているのかもしれない。だから CD 附属解説文をちゃんとしてほしい…、なんてのはぼくの頭のなかが古くさいのかもしれないが。

それでも音楽 CD を買った際にはじめからデフォルトで付いてくるライナーノーツがちゃんとしていれば、それがいちばん手っ取り早く、手間いらずで、好適なんじゃないかと思うんだよね。ふつう一般の音楽リスナーが音楽フィジカル作品を聴きながら最もアクセスしやすい情報やレヴューがライナーなんだから。

アメリカ本国発売のレガシー盤解説は、そこらへん、実はちゃんとなっているんだよね。特に(コンプリートを冠したり冠しなかったりする)ボックス・セットならそうだ。発売時点での最新書き下ろし解説文が附属しているし、ディスコグラフィカルなデータも判明する限りでの最善を尽くしてある。せめてそれを和訳するだけでもいいんだけど、なぜだかいつまでも古いライナーとデータがくっついてくる。これはなんなのだ?

ボックスものだから新規に充実した解説や分析や判明しているディスコグラフィカルなデータを記載して大部なブックレット様のものを編むことができるのであって、一作一作の個々のアルバムのリイシューでそんなことはできないぞということがあるのかもしれない。さらに音楽のフィジカル作品が売れなくなってきていて産業が不況の真っ只中だから、新たに原稿料が発生するような事態を避けたいという思惑もあるのだろう。

だけどさ、明らかに間違っていると現2018年時点でわかっているパーソネルや録音年月日などのデータ記載くらいは、せめて修正しようよ。音楽内容にかんしての分析・解説は個人個人の受け止めかたによっても異なってくる内容だからむずかしい面があるかもだけど、この点でも、やはり最新の研究成果を踏まえ、変化なき本質はそのままに、時代に即した文章を読みたいよねえ。

抽象論みたいなことだけに終始してもあれなんでちょっと具体例を書いておく。たとえば『ビッチズ・ブルー』。多くの曲でフェンダー・ローズの電気ピアノ奏者が三人同時演奏している。どれがだれ?みたいなことはとてもわかりにくい。というか、ぼくみたいな耳の悪い甘チャン愛好家は、ほぼわからない。だがしかし知りたいんだ。この長年続いた苦悶は、1998年のボックス『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』附属ブックレットを読み、解消した。

それにはチック・コリア、ジョー・ザヴィヌル、ラリー・ヤングの音が、左右中のどのチャンネルなのか、しっかりぜんぶ記載されてあるんだよね。それを踏まえて音楽をなんども聴きかえし、この三人のフェンダー・ローズ演奏のスタイルだってある程度は理解する手助けにもなったかもしれない。ぼくのばあいはね。多くのばあい二名同時演奏のジャック・ディジョネットとレニー・ワイト(or 曲によってはドン・アライアス)のマルチ・ドラムスも、どっちのチャンネルがだれ、というのが判明した。

こういったことは音楽を聴く際の基本情報じゃないだろうか。ボックス・セットに記載があったんだから、その後の単独盤リイシューにフィード・バックさせればいいと思う。ちょうど科学技術の最先端研究が、最終的にぼくたちみんなの一般日常生活で使う電化製品に応用され身近なものとなって便利になるように、音楽、というか今日はマイルズの話だけど、最新の調査結果は、ふだん日常の楽しみで聴く単独盤 CD を買う(マニアじゃない)一般リスナーの便とならなくちゃねえ。

パーソネルや録音年月日などディスコグラフィカルなデータは、マイルズのばあい特に1970年代以後のものがずっと曖昧なまなだった。いまだによくわかっていない点も多い。それでも21世紀に入り10年以上が経過したあたりからは、これがそこそこ正しいデータなんじゃないかと、わりあい明白になってきている。これこそが最もベーシックで重要な情報だよ。なぜ単独盤リイシューに記載しない?

音楽的分析や解説だって、書き手によって内容が異なり、読み手によって受け止めかたも違ってくるものだけど、それでもわかりにくかったことがわかってきつつあるんだ。『カインド・オヴ・ブルー』『ソーサラー』『キリマンジャロの娘』『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチズ・ブルー』『オン・ザ・コーナー』『ゲット・アップ・ウィズ・イット』などの諸重要作のライナーノーツに書かれていないことが多すぎる。

それらは、上でも触れたがレガシー盤のボックス・セット・シリーズに附属しているボブ・ベルデンさんやそのほかのかたがたがお書きになった分析文が、フィジカル音源商品に附属するかたちのものとしては、いちばんすぐれている。『ザ・コンプリート・スタジオ・レコーディングズ・オヴ・ザ・マイルズ・デイヴィス・クインテット 1965-68』(1998)や『ザ・コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッションズ』(2001)に附属するベルデンさんの音楽分析なんか、すっごくおもしろく楽しくためになるんだけどねえ。

一連の Miles boogaloo だとか、「スタッフ」(『マイルズ・イン・ザ・スカイ』)が boogaloo tango だとか、「フルロン・ブラン」(『キリマンジャロの娘』)がジェイムズ・ブラウンの「コールド・スウェット」のパターンだとか、ジョー・ザヴィヌルの書いた「ディレクションズ」のキーが E でここがこうなっているという関連構造のことだとか、ぼくはそれらボックス附属解説文のボブ・ベルデンさんにかなり教えていただいている。

マイルズの新リリース商品は必ず日本盤も出るので、それらボックス附属の充実解説文も和訳されて付いてきているものと信じたい。買っておらず見てもいないが、きっとそうに違いない。それはふつうのことだけど、しかしあんな大きなサイズのボックス・セットが、それも10個以上もあるんだから、やっぱマニアじゃないとなかなかふつうは買えないよ。

だから、ふだん聴きの一枚ものとか二枚組の単独リイシュー盤に、重要な部分だけ抜粋でいいから、附属させてほしいんだよね。『ソーサラー』『ネフェルティティ』にあるラテンなポリリズム・アレンジのもののこと、それが「スタッフ」「フルロン・ブラン」に結びつき、最終的に1969〜75年のマイルズ・ファンクに結実しただとか、『オン・ザ・コーナー』『ゲット・アップ・ウィズ・イット』なんかは、そもそもパーソネルや録音年月日のデータ記載があやふやなまま。

このままじゃあイカンでしょ、ソニーさん。

2018/09/27

チック&ゲイリーのデュオ、チューリッヒ・ライヴ完全版

チック・コリアとゲイリー・バートンの『イン・コンサート、チューリッヒ、オクトーバー 28、1979』(ECM、1980)。二枚組 LP で全10曲なのに、1984年に初 CD リイシューされて以後、どんな単独リイシュー CD も、一枚におさめるため8曲にしてある。配信もそう。カットされたのは LP 二枚目 A 面だった「アイム・ユア・パル - ハロー・ボリナス」と「ラヴ・キャスル」。

この二曲はデュオ演奏ではなく、それぞれゲイリーとチックのソロ・パフォーマンスだからオミット理由になったのだろう。それらも含めこのチューリッヒ・ライヴのフル・コンサートが CD 復刻されたのは、2009年の四枚組『クリスタル・サイレンス:ジ ECM レコーディングズ 1972-79』でのこと。いまでもこれしかない。残念。ECM はどうしてオリジナルの LP 二枚組をそのままちゃんと再発しないのか?納得できない。以前も書いた。

『クリスタル・サイレンス:ジ ECM レコーディングズ 1972-79』でのチューリッヒ・ライヴ分は、だから当然二枚に分かれているが、それは二枚組だったレコードをそのまま再現したもの。フィジカルにこだわりを持つかたでコンプリート集四枚組はいらないというならばレコードを探していただくしかないが、ネット配信で OK というみなさん向けにぼくがちょちょっとやっておいたのがいちばん上でリンクを貼ったプレイリスト。お時間のあるときによろしかったら、どうぞ。

このチューリッヒ・ライヴ、オープニングの「セニョール・マウス」があまりにもすばらしすぎる、壮絶美だというのは以前から繰り返しているし、ついこないだも書いたばかり。この一曲はどっちかというと<動>のチック&ゲイリーだけど、アルバム全体ではどっちかというと<静>の音楽だよね。これ以前に二枚あるこのデュオの作品と同傾向。

正確に言えば、一聴<静>に思える音楽のなかにもダイナミズムがあって、劇的かつ緊密に動くふたりのやりとりがある。さらに、特別スパニッシュ・スケールを使っているわけではない曲の演奏のなかにでも、ことにチックのピアノ・フレーズのなかにスパニッシュ・タッチが散見される。このピアニストのばあいは珍しいことじゃない。

そんなところ、単独盤 CD や配信にはいまだ収録されないゲイリーの「アイム・ユア・パル - ハロー・ボリナス」とチックの「ラヴ・キャスル」のそれぞれのソロ・パフォーマンスにだって聴きとることができるはず。ソロなのに、まるでだれかと対話しているかのよう。自己との対話ということでもなく、自のなかにある他、異と向き合って音を交わしているかのようじゃないだろうか。特にチックの「ラヴ・キャスル」がさ。

「ラヴ・キャスル」では、ピアノの発音でもチックは遊んでいる。部分的に、これは弦を直接指ではじいているのか?あるいは打鍵を工夫しているのか?ピアノのことをなにも知らないぼくにはわからないが、ちょっとギターみたいなおもしろい音色を出しているよね。その部分ではフレイジングも楽しい。

リターン・トゥ・フォーエヴァーでもやった超有名曲「クリスタル・サイレンス」は、このデュオでの初演スタジオ録音ヴァージョンに比べグッと長尺になりカラフルな展開を見せるのが聴きどころ。タイトルどおり、静寂の氷結みたいなのが持ち味の曲想だけど、このチューリッヒ・ライヴでは途中ドラマティックに開いたりするのがいいね。

ところでところで、チックが「クリスタル・サイレンス」みたいな曲を書き、その曲題に「サイレンス」という言葉を使ったりしたのは、やはりマイルズ・デイヴィス・バンド時代の1969年2月のジョー・ザヴィヌル・ナンバー録音がきっかけだったりしたんだよねえ。うん、初期リターン・トゥ・フォーエヴァーへの強い影響は、むかしから知られている。

ゲイリー・バートンが参加していることで、そんなお馴染みの常識にも違った表情がにじんで、また一層美しくなっているんじゃないか、しかもそれが一回性のライヴ演奏という高い緊張感のもと繰り広げられたことで、輝度を増しているんじゃないか、と聴こえる。そう、このチューリッヒ・ライヴはくつろげる音楽じゃない。リスナーも気を抜けない、緊密でテンションの高い音楽だ。

それでも2曲目「バド・パウエル」、4曲目「トゥウィーク」なんかはまだリラクシングな部類に入るんだろう。前者ジャズ・ピアノ・ジャイアントへのオマージュのほうでは、ゲイリーのソロの途中でチックが左手でラニング・ベースを弾くのも楽しい。ところでラテン(傾向のある)・ジャズ・ピアニストの多くがバドのことを言うよね。「ウン・ポコ・ロコ」があるおかげかなあ?

レコードでの二枚目 A 面がソロ・パフォーマンス二曲で占められていたが、B 面に来るとやはりデュオ演奏での緊密美が表現される。レパートリーはいずれもよく知られたもの。個人的にこのチューリッヒ・ライヴは、「セニョール・マウス」と「クリスタル・サイレンス」があるためか一枚目ばかり繰り返し聴いていた記憶があるんだけど…、と思っても二枚目だってわりかし憶えているから、やっぱちゃんと聴いていたんだなあ。特にソロ演奏二曲の A 面をさ〜。

だからさぁ、ECM さん、その二曲もマジですごくいいんだし、どうか単独盤でもフル・コンサートを二枚組 CD で再発してくんないかなぁ〜。高度な緊張感がこんなにもすばらしく美結晶化した音楽って、なっかなかないと思うんですよぉ。完全盤で復刻する意味と価値のあるコンサートだ。ぜひお願いします!

2018/09/26

ディレイニー&ボニーの『モーテル・ショット』

ディレイニー&ボニー・アンド・フレンズの『モーテル・ショット』(アトコ、1971年初頭)。どう聴いてもゴスペル・アルバムだとしか思えない。たんにゴスペル調とかいうんじゃない。ゴスペルそのものの音楽フィールがあるよね。とりあげられている曲のなかには、ふつう一般の意味でゴスペルや賛美歌じゃないオリジナル曲やカントリーやブルーグラス・ソング、有名ブルーズ、リズム&ブルーズ曲、フォーク・ソングもあるけれど、『モーテル・ショット』ではゴスペル・ミュージックと化している。

最大の理由はリオン・ラッセルの弾くピアノ・スタイルにあるのかもなあ。ってか、このピアノはリオンだよね?このアルバムも詳細なクレジットがぼくにはわからないので自信がないが、『モーテル・ショット』一枚を貫く芯のように一貫した弾きかたのアクースティック・ピアノが聴けるので、同一人物には違いない。ディレイニー&ボニーのフレンズでこういったゴスペル・タッチを弾く最右翼はリオンだ。

ほかはアクースティック・ギターと(アルバム中唯一の電気アンプリファイド楽器である)ベース、それからタンバリンを中心とする打楽器。あとはヴォーカル・コーラスだけだ。あ、いや、エレキ・ギター(のスライド・プレイその他)は聴こえるなあ。デュエインなんだっけ?でもデュエインじゃないなと思えるパートもある。デイヴ・メイスンだったりエリック・クラプトンだったりするの?

まあでも『モーテル・ショット』での中心は楽器じゃない。リオン・ラッセルのピアノは重要な役割をはたしているが、目立つのはそれだけで、あくまでポリフォニックな人声と、それでもってグイグイ進むリズムの推進力こそがこのアルバムの核。それがゴスペル・フィールだなとぼくは思うわけ。こう、なんというか、人間の肉体のあたたかみを感じさせ、きみとぼくとわたしたちはつながっているんだよ、さぁいっしょに歩んでいこうよ、という前向きの人生肯定感がこのアルバムの底流にある。

ゴスペル・ミュージックとか、その舞台である教会そのほかや、あるいは宗教一般って、つまるところ、人間が人生を前向きに楽しく充実したものにできるように、幸福な歩みをとれるように、そういう手助けをするものとしてこの世に存在するものだと思う。信仰するひとを縛りつけるものじゃない。解き放つものだよね。そんな解放感や肯定感がゴスペル・ミュージックの意味だ。

この点においても、ディレイニー&ボニーの『モーテル・ショット』はまさしくゴスペル・アルバムだと聴こえる。もちろんそんな意味付けがなくとも、このアルバムのサウンドやリズムに漂う純音楽的要素がアメリカ黒人ゴスペルだし、楽曲レパートリーだってそういった伝承ゴスペルが中核を形成して、アルバムのトータル・カラーを支配している。

1曲目「ウェア・ザ・ソウル・ネヴァー・ダイズ」の圧倒的恍惚感、ヴォーカル・コーラスの教会録音的な奥行きのある響きとひろがり、伴奏はブロック・コードでぐいぐい叩かれるピアノだけ、それでずんずん進むヴィーエクルは、ボニーが主唱の2曲目「ウィル・ザ・サークル・ビー・アンブロークン」でも変わらず。リオンがリードでボニーがサイドにまわる3曲目「ロック・オヴ・エイジズ」でも同様。カントリーやブルーグラス系の音楽家が多く歌うものだけど、ここではどう聴いても黒人教会でやるようなリリカル・ソングふうのものにしか聴こえない。

5曲目「フェイディド・ラヴ」。曲じたいはふつうのトーチ・ソングなのかもしれないが、レイ・チャールズ・スタイルで弾くリオンのピアノに引っ張られ、失恋を踏まえてしっかり前へ人生を歩んでいこうという力強さがディレイニーのヴォーカルをも支配しているよね。これは、いい。

6曲目「トーキング・アバウト・ジーザス」はもちろんストレート・ゴスペル。だけど伝承曲ではなくディレイニーの書いたオリジナルだ。伝承ゴスペルや賛美歌である1曲目、2曲目となんらの差異も聴きとれないことに着目したい。つまりディレイニー&ボニーの音楽とは、そういったレヴェルにあった。自作も他作も伝承曲も、アメリカの古い黒人音楽の持つコクとまろやかさと、そして高揚感を表現することができていた。いやあ、それにしてもこの6曲目はなかなかすごいね。

その後、ブルーズ・ソングもリズム&ブルーズ・ヒットも、カントリー・ソングふう自作も、ヒルビリー・フォークみたいなレパートリーも、どれも一貫するまろやかさとしなやかさがあって、しかもアメリカにおける黒人/白人音楽のギャップなども微塵も感じさせない融和感で、見事な味わいを聴かせてくれる。

うんホントいいアルバムだよなあ、ディレイニー&ボニー&フレンズの『モーテル・ショット』。聴くと元気が出てくる。生きる希望が見えてくるかのようだ。

2018/09/25

ザ・ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ Vol. 2

括弧内は録音年。

1) I Feel Like Going Home (1948)
2) Mannish Boy (1955)
3) Sugar Sweet (1955)
4) Forty Days And Forty Nights (1956)
5) Trouble No More (1955)
6) Don't Go No Further (1956)
7) You're Gonna Miss Me (1948)
8) Rollin' and Tumblin' Part 1 (1950)
9) Rollin' and Tumblin' Part 2
10) Appealing Blues (a.k.a. Hello Little Girl) (1950)
11) She's Alright (1953)
12) Baby Please Don't Go (1953)
13) Blow Wind Blow (1953)
14) She's Nineteen Years Old (1958)
15) I Feel So Good (1960)
16) Got My Mojo Working, Part 2 (1969)
17) Can't Get No Grindin' (What's The Matter With The Meal) (1972)

1996年の MCA 盤 CD『ザ・ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ Vol. 2』。もちろんそんなアルバムは本国のチェス盤にはない。神をもおそれぬこのアルバム題、小出斉さん編纂の日本独自盤で、言うまでもなく問答無用の史上最強必殺名盤『ザ・ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ』(Chess LP 1427、1958年) のその名前にあやかるというだいそれた真似をした一枚。褒め言葉のつもり。中身が充実しているし、貴重な一枚で、これでしか事実上聴きにくいというものがあったりする。『ザ・ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ』と『同 Vol. 2』と二枚さえあれば、それだけでマディの1950年代の重要録音はすべてわかる。

さらに『Vol. 2』は、1950年代が終わって以後1970年代までのマディのセレクション的意味合いもちょっぴりある。1940年代末〜50年代のチェス(系)・レーベルのシングル曲から『ザ・ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ』には収録されなかった重要曲を選び、二枚あわせればマディが最も重要な意味を発していた1950年代のヒットはぜんぶ聴ける上、その後の1970年代まで聴けるんだから、文句なしだ。

シカゴに出てきてチェス(系)・レーベルからレコードを出しはじめたころのマディは、シンプルな編成で、南部感覚横溢のド郷愁路線、つまりはデルタ・スタイル・ブルーズをエレキ・ギターでやっていたようなものだと思うんだけど、その後電化バンド編成でぐいぐいノルものをやるようになってからは、そんなノスタルジーを捨て、オレはこんなに(セクシャルな意味で)スゴイ男なんだぜ!と、まるでイツモツを見せびらかすようなマチスモ・ブルーズ・マンへと変貌した。

このへんのことはチェス盤『ザ・ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ』でもわかるけれど、小出さんの『Vol. 2』ならもっとクッキリわかるのだ。しかも小出さんの編纂ぶりというか曲の並べかたが、間違いなく意図してわざとやっていると思うんだけど、弾き語りに近い郷愁電化デルタ・ブルーズみたいなのと、オトコ自慢のモダンなバンド編成のシカゴ・ブルーズが唐突に混ざって出てくるので、かなりおもしろい。

しかし唐突といってもデタラメに並べてあるのではない。チェス・レーベルにおけるマディのブルーズがどんなものだったのか、パッと一瞬でわかりやすいようにしっかり考えられた曲順に思える。いまさらですが、さすがはわれらがブルーズ師匠、小出斉さん!といっても、エレキでやる弾き語りに近い郷愁デルタ・ブルーズみたいなのは、1曲目「アイ・フィール・ライク・ゴーイン・ホーム」、7「ユア・ゴナ・ミス・ミー」の二曲だけなんだけど。

その7曲目「ユア・ゴナ・ミス・ミー」に続き、8、9とパート1&2が連続収録(これはレアな事例で、だからこの一枚は貴重)されているチェス録音の「ローリン・アンド・タンブリン」があるのはすばらしい。この曲はデルタ(というかミシシッピ)・ブルーズ・スタンダードなんだけど、ご存知のとおり、事実上マディ主導で録音したパークウェイ盤のシングル盤がヒットしていた。
チェスと契約のあるマディの名前を前に出すわけにはいかなかったこのパークウェイ盤がウケたので、それより先に同じものを録音してあったチェスもあわててレコードを発売。しかし当時のマディがナイト・クラブなどに出演していたレギュラー・バンドによるブルーズは、パークウェイ録音のほうが再現している。チェス録音のほうはビッグ・クロウフォードのコントラバス伴奏のみ。

それでもしかし、同じくデルタ時代のレパートリーを焼き直したものだとはいえ、「アイ・フィール・ライク・ゴーイン・ホーム」「ユア・ゴナ・ミス・ミー」なんかと比較すれば、ノリがグンと違ってきているのがわかるよね。たったのスラップ・ベース一本が伴奏で、パークウェイ・レーベル・ヴァージョンにおよばないとはいえ、それでもバンド編成のシカゴ・ブルーズへ向かう道程が見えている。

そんなチェス録音の「ローリン・アンド・タンブリン」の2パートを、アルバム『ザ・ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ Vol. 2』のおヘソみたいな位置に置き、その前に1曲目、7曲目とデルタ・スタイルの電化弾き語りブルーズ・ノスタルジーを入れ、そして続く10曲目「アピーリング・ブルーズ」が完全脱皮直前のマディの、初期シカゴ・ブルーズみたいであるという、それら以外は完璧にモダンなノリを持つ完熟期マディの重要シカゴ・ブルーズで攻め、最後に1960年代末から70年代の録音を持ってきているという 〜〜 こんな小出さんの編纂意図や、こう聴いてほしいという気持ちみたいなものがハッキリ伝わってくるようだ。

いやあ、それにしても『ザ・ベスト・オブ・マディ・ウォーターズ Vol. 2』の、たとえば3曲目「シュガー・スウィート」なんかは、まさにお手本、モダンなシカゴ・ブルーズの、いや、すべてのバンド・ブルーズの、最良の教科書のようで、マディのヴォーカルの勢いと迫力、バンドの推進力と強いビート感などなど、すばらしいとしか言いようがない。

またその3曲目の前の2「マニッシュ・ボーイ」から〜6「ドント・ゴー・ノー・ファーザー」の五曲連続の流れは、なんど聴いてもいつ聴いても、ため息がでる完璧さ。どこをどう取っても文句なしに傑作だと言える。こういうのが1950年代のシカゴ・ブルーズのまさに代表作だと、『ベスト・オヴ・マディ・ウォーターズ』のなかの数曲とあわせ胸を張って、ブルーズ・ファンだけでなく音楽好きのみなさんに推薦したい。

3「シュガー・スウィート」、5「トラブル・ノー・モア」、16「ガット・マイ・モージョー・ワーキング、パート2」あたりのノリのいいグルーヴィなやつなら、特別マディ・ファンだとかブルーズ好きだとかアメリカ黒人音楽愛好家とかじゃない、一般の音楽リスナーにだってアピールできそうな気がするんだけど。

2018/09/24

ストーンズのブルーズ10

クラシック・ロック愛を掲げる音楽サイト『ラウダー』の、おととい8月28日付の下掲記事。ローリング・ストーンズのブルーズ・ソング10曲を選ぶというもの。
これを真似てぼくもちょっとやってみた。ただしカヴァーは外しストーンズ・オリジナルにこだわって、しかし必ずしも12小節3コード云々のレギュラー・フォーマットには拘泥せず、ブルーズ・フィールのあるもの、曲の本質としてブルーズであるものという大きなくくりで10曲選んでみた。プレイリストにおける10曲の並びはリリース順とは限らず、続けて聴いて楽しいか、という審美性に配慮したつもり。

5、6以外はオリジナル・ヴァージョン。

1 Honky Tonk Women
2 If You Can't Rock Me
3 Get Off Of My Cloud
4 No Expectations
5 The Spider And The Fly ("Stripped")
6 Midnight Rambler ("Get Yer Ya-Ya's Out!")
7 I Got the Blues
8 Tumbling Dice
9 Melody
10 Shattered

「ホンキー・トンク・ウィミン」がブルーズであるのはいいとして、次の「イフ・ユー・キャント・ロック・ミー」「ゲット・オフ・オヴ・マイ・クラウド」あたりがブルーズ・セレクションに出てくるのに違和感があるかたがいらっしゃるかも。

個人的には「サティスファクション」も入れたかったし、その関連で「ストレイ・キャット・ブルーズ」(『ベガーズ・バンケット』)だって選びたかった。ここはたんに10個という制限を設けたから泣く泣く外しただけ。ロックンロール=ブルーズだということ、たとえそれが変形されて見えにくくなっていても本質にあるんだということだと思っている。

その点でおもしろいのが4「ノー・エクスペクテイションズ」。『ラウダー』の言いかたを借りれば、まるでロバート・ジョンスンとハンク・ウィリアムズが曲創りセッションでコラボしたかのような(これまたトレイン・ピース)、そんなブルーズ+カントリー・ミュージックの両要素が半々に溶け合った一曲だ。見事。ブライアン・ジョーンズ最期の華となったスライド・プレイも美しい。

5「蜘蛛とハエ」は、1995年『ストリップト』ヴァージョンのほうが好きだし、出来もいいんじゃないかと思っている。オリジナルにあった米南部ふうカントリー・ブルーズ・テイストを増幅し、イナタいフィーリングを強調。ミックのハーモニカは、しかし戦後のシカゴ・スタイルだ。っていうか、このヴァージョンは全体的にダウン・ホーム感のあるシカゴ・ブルーズなのかな。

6「ミッドナイト・ランブラー」は『ラウダー』が一位に選んでいるし、ぼくもこれがストーンズのやったオリジナル・ブルーズ最高傑作と思う。ハイド・パーク・コンサートのヴァージョンはたしかにシニスターでデンジャラスだけど、LP や CD で長年入手しやすかった同じ1969年のパフォーマンス『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!』のものをぼくは選んだ。これに強い親しみがある。

7「アイ・ガット・ザ・ブルーズ」でちょっぴり泣きのサザン・ソウルふうにもりあげて、8「タンブリング・ダイス」でしっとりまろやかに。「ダイス」のほうは、これまたブルーズじゃないぞと言われそうだけど、まあいいじゃないの。ぼくの勝手な言い分だ…、ってだけじゃないかもよ〜。ストーンズのこういったコクのある味わいは米黒人ブルーズと同質のもので、それよりほかに見つからない。

9「メロディ」(『ブラック・アンド・ブルー』)が、ちょうど第二次大戦前のジャズ・ブルーズの趣だというのはわかりすいことだけど、10「シャタード」は UK パンク勢への古参ロック・バンドからの回答なんだから…と、これまた言われそう。でもぼくはワン(ツーだけどね)・コード・ブルーズみたいなもんだと思っていつも聴いているよ。サビのような部分でだけコードが開く。最後のシンバル残響音がしめくくりにピッタリ。

2018/09/23

声と身体が乖離する音楽性の楽しみかた 〜 21世紀型腹話術

(この朝日新聞デジタルの記事を下敷きにして書きました)

というようなものが出現しているように思うんだよね。ひょっとしたら確立されつつあるのかもしれない。2010年代か、あるいはもうすこし前からね。だから、これは音楽のありよう、楽しみかたの存立の根本が変容しつつあるということなのかもしれない。ライヴ・コンサートでも、カラオケ伴奏や口パクがあたりまえの前提として受け入れられて、楽しまれているのだろうから。

口パク(リップ・シンク)は、まずもって大きなタブーだった。ことにライヴ会場でそうなのは絶対に許されないことだった。テレビの音楽番組などではずいぶん前から、これはそうなんじゃないかという憶測というより確信に近いものがあったけれど、それにしたって口パク OK を大前提にして出演していたわけじゃない、バレではいけないものだった。伴奏もバンドの生演奏があたりまえで、コンサートではいまだやはりそうかもしれないが、テレビの歌番組でもむかしは生演奏だったんだよ。

こういうことは、すなわち「音楽とはなにか」「音楽を受け入れる、楽しむとはなにか」というテーゼは、音楽とは《いまここで》歌われ演奏されているという、ヴァーチャルではないリアリティにこそ存立の根幹があるということを踏まえている。いや、あった、と過去形でいまや言うべきなのかもしれない。コンサートやラジオやテレビ出演などはもちろんそうだった。レコードや CD などの金太郎飴複製商品も、あくまで疑似的現場体験(のようなもの)だったよね。聴きながら、歌手や演奏者がいま目の前でやってくれているというヴァーチャルな快感にひたるというものだったんじゃないかな。

ぼくは世代も考えかたも古いから、それからもう一点、音(声)と身体が分かちがたく一体化せざるをえない(古いタイプの)ジャズ・ミュージックこそが好きだから、やっぱりいまでも自室で録音音楽を聴く体験とは、やはりこういった(ヴァーチャルでも)リアリティを楽しんでいるんだと思っている部分がかなり大きい。生演唱のライヴ・コンサートも、やはり少なくとも歌だけは生声が聴きたい、たとえ伴奏がカラオケでもいいから、せめてそこだけは…、と思っていることを否定しない

ところが、日本だけでなく世界で、アイドルや人気歌手のライヴ・コンサートでは、たぶんだけど、この伴奏と声という二大要素ともヴァーチャルになってきているみたいなんだよね。上掲の朝日新聞デジタルの記事で、Perfume のライヴはステージングとダンスこそが売りもので、歌は口パク、だからおそらく伴奏も録音済みのものを使っているに違いないと知った。会場に足を運ぶ(ドームだと数万人規模にもなるという)ファンのみなさんも委細承知の上で、Perfume のそんなパフォーマンスを楽しんでいらっしゃると。

ぼくの大好きな岩佐美咲のことを書くけれど、美咲のコンサートにおいて、主役は生声で歌っている。しかしファースト・コンサートはバンドの生演奏だったけれど、ほかはアクースティック・ギター弾き語りコンサート(や、それ以外でもそのパート)を除き、その後すべてカラオケ伴奏だ。パッケージ商品化された作品や、今年二月に恵比寿で生体験した際も、すでに CD 化されている曲はそれと変わらない伴奏だった。

この件にかんしては、以前の記事で美咲について書いたものにネガティヴなコメントが付いたことがある。そのかたは美咲のファースト・コンサートに足を運ばれ、セカンド・コンサートにも行かれたようだけど、二回目はカラオケだったからガッカリした、もう二度と美咲のライヴには行かないとコメントくださった。その際、「戸嶋さんは耳の肥えていらっしゃる音楽ファンだとお見受けしますが…」(それなのに、なぜ…?)とも付言なさってあったのだ。

しかしですね、そんなみなさんもほかのいろんな歌手の CD 商品などはお聴きになるわけでしょう。それら、いまどき歌手とバック・バンドの一斉同時演唱で一発録りなんてやっているケースはほぼゼロ%に近い。生演奏命みたいなジャズでだって、わりと古くから同様の手法をとっている。マイルズ・デイヴィスも1972年の「レッド・チャイナ・ブルーズ」からそうなったし、1986年のワーナー移籍後は、すべての録音作品が、バック・トラックだけ先に完成させておいて(カラオケ)、それを聴きながら主役がトランペットを吹き重ねる(歌)というやりかたになった。

ましてや(アイドルを含む)ポップス・シーンなどでは、まず間違いなく100%カラオケ・トラックだけ先に完成させている。アイドル歌手ではないポップス界でもそうだろう。こんなことは、上で2006年ごろからのライヴ・ステージでの Perfume の例をあげたけれど、ライヴ・コンサートで伴奏も歌もヴァーチャル、となるずっと前からレコード録音ではあたりまえのやりかたになっていたじゃないか。

そうだからこそ、せめてコンサート現場では生(演唱)を…、となるのかもしれないし、実際、21世紀に入るごろまではライヴ・パフォーマンスが主流だったかもしれない。それがどうやら最近変わりつつある、ファンの楽しみかたも変容しつつある、となると、音楽とはその場でリアルに発せられる(身体と一体化している)音声にこそ価値や存在意義がある、という根底が崩れつつあるのかもしれないよね。

もはや、そういったことは音楽の楽しみの中核ではなくなりつつある、音楽体験のなにに価値を見出すかが変容しつつあるということを示唆しているのかもしれない。むしろ、メディアに媒介され変換されたコミュニケーションこそ、リアリティを持つものとなりつつあるのではないか。

メディアに媒介された声や音は、「声と身体」との自然主義的なつながりを混乱させ、その混乱が逆に快楽を生むというようなことがあるかもしれないよね。混乱させられた眩暈の快感とでもいったようなことがあるのかも。そんなことないのかもしれないし、そうなってきているような気もするし、ぼくはいまだよくわからない。がしかし、音楽産業と受け手の双方でなにかが変わりつつある、と感じている。

2018/09/22

ニジェールの河内音頭か浪曲か 〜 タル・ナシオナル

このニジェールのバンド、タル・ナシオナルの2018年作『タンタバラ』というアルバム、今年春前に bunboni さんの以下の記事で教えていただいてすぐ CD で買いました。ロックには聴こえませんけれど、いい作品。
最近、盆踊りだとかお祭りビートだとか河内音頭だとか阿波踊りだとか(は言ってないのか)、そんなことばかりいろんな音楽をつかまえては書いているような気がするぼくだけど、でもタル・ナシオナルのこの新作はマジで日本のお囃子だ。河内音頭かな、いちばん近いのは。でも浪曲っぽくもある。

なんたってすっごい迫力とナマナマしさじゃないか。だから、ばあいによってはかなりヤカマシイというか、ウルサイのだよねえ〜。つまり、気分によってはさ。音楽ってだいたいどんなもんでも興味ないひとにはヤカマシイものだけど、タル・ナシオナルの『タンタバラ』はどう聴いたって河内音頭なんだから、そりゃあウルサイよ(笑)。

みなさんがタル・ナシオナルのこのアルバムに好意的なのも、まさにこれが河内音頭だからに違いない。まずアルバム1曲目「Tantabara」を聴けば、リズムが出る前にそれを実感できる。だれが歌っているのか、アルバム一曲ごとに違う声が聴こえるが、この1曲目イントロで、語りに続きコブシをまわすヴォーカリストと、その背後での打楽器の使いかたを聴いてほしい。河内音頭だとぼくが言うのはまっとうだとご納得いただけるはず。

そうはいっても、リズムが出てからはハチロク(6/8拍子)になるので、そこからは河内音頭や浪曲からやや遠ざかる。けれど、2曲目以後も含め、入れ替わり立ち替わりリード・ヴォーカルをとる全員のコブシまわしの流儀、エレキ・ギターの細かいリフ弾きの反復、バンドのつんのめるような迫力と高揚感など、河内のダンス・ミュージックに相通ずる要素は濃いよなあ。

それから『タンタバラ』で聴けるドラムスの音、特にスネアのそれは、ややイジってあるようだ。ハイ・ファイなサウンドには聴こえない。でも bunboni さんのおっしゃるように故意にロー・ファイを狙った意図的ミキシングでもない。たぶんこれは一発録りのライヴ感を重視したということなんだろうね。一発録音かどうかはわからないというか、違うんだろうけれど、そういった生、ライヴ感のエネルギーを活かそうとしたと、そういうことじゃないだろうか。

ドラムスだけでなく、エレキ・ギターの音も、歌手の声も、2018年作にしてはハイ・ファイな録音&ミキシングからちょぴり遠い『タンタバラ』だけど、直前で書いたように、ライヴ感、ナマナマしさを、というのはつまり、どうやらタル・ナシオナルは現場で本領を発揮するライヴ・バンドなんだそうだから、そんなサウンドをなんとか CD(や配信や)などの商品に詰めようとした結果なのかもしれない。

そんなライヴな現場感重視のレコーディング・プロダクションも、河内音頭に似ている。

2018/09/21

マイルズの7インチ

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いつごろからか CD でもネット配信でも聴けるようになったマイルズ・デイヴィスの7インチ・シングル盤音源。といっても1981年復帰後のもののことじゃなくて、1970年代にリリースされたものの話だ。ぜんぶで六枚九曲。どうして12曲じゃないのかというと、六枚のうち二枚の両面は同じもののパート1、パート2だから。

リリース順に整理すると、以下のとおり。

「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン/スパニッシュ・キー」1970
「グレイト・エクスペクテイションズ/リトル・ブルー・フロッグ」1970(モノラル)
「モレスター、パート1/パート2」1972/9/29
「ヴォート・フォー・マイルズ、パート1/パート2」1973/3/16
「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」1973/11/2
「レッド・チャイナ・ブルーズ/マイーシャ」1975/4/1

これらのうち、「モレスター、パート1/パート2」、「ヴォート・フォー・マイルズ、パート1/パート2」、「レッド・チャイナ・ブルーズ/マイーシャ」は、いまだ公式 CD(配信でも)リイシューがない。しかし「レッド・チャイナ・ブルーズ」だけは、アルバム『ゲット・アップ・ウィズ・イット』収録のものが約四分程度なので、ほぼ変わらない内容だったかもと推測できる。それ以外はとにかく公式リイシューがないので、聴いて判断していただけない。

「モレスター」というのは聞き慣れない曲名かもしれないが、これはアルバム『オン・ザ・コーナー』A 面ラストの「ブラック・サテン」だ。ブートレグでなら聴けるので、このことを知っている。そのほか、聴いていないものもあるけれど、アルバム収録のものと同題だから、まあだいたいこんな感じかなと内容を推測できるかもしれない。

上記六枚のうち、公式 CD リイシューが早かったのは「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」で、2007年の『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』六枚目の最後に収録されている。この7インチ・シングル一枚の両面二曲こそ、ぼくはマイルズの生涯ベスト・ソングふたつだと信じていて、実際、カッコイイよなあ。ファンクだけど暑苦しくなく、軽やかで爽やかな風がサ〜ッと吹き抜けるかのよう。上のプレイリストで聴いていただけたらと思います。

「モレスター、パート1/パート2」「ヴォート・フォー・マイルズ、パート1/パート2」「レッド・チャイナ・ブルーズ/マイーシャ」は公式リイシューがないので、今日はそんな詳しく書かないことにする。ブートで聴ける「モレスター」(aka「ブラック・サテン」)はなかなかいい。なぜなら『オン・ザ・コーナー』収録の「ブラック・サテン」は、イントロとアウトロ以外、どこを切り取っても同じっていう反復だけで成り立っている金太郎飴だから、7インチ用の約三分程度に短縮しても魅力があまり減らない。

裏返せば、ほかのものはアルバム収録の(展開のある)長尺曲をばっさりとカットしてあるわけで、リイシューがあるから聴いて確認できる「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン/スパニッシュ・キー」「グレイト・エクスペクテイションズ/リトル・ブルー・フロッグ」(これら四つは2015年発売の『ビッチズ・ブルー:40th アニヴァーサリー・デラックス・エディション』四枚組収録)にしたって、アルバム・ヴァージョンと比較したら魅力が落ちてしまう。

例外が上で書いた傑作「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」で、はっきりしている理由が二つ。一つは7インチ・シングルとして美味しいようにテオ・マセロの編集の手が込んでいて丁寧だ。もう一つはこの2トラックのソース音源もわりと長い(七分以上)のだが、それは当時リアルタイムで発表されなかった。『オン・ザ・コーナー』ボックスが出たときが正真正銘初リリースだったんだよ。
そんなこともあってか、「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」の編集に際しては、テオがかなりちゃんとした仕事をやっていると、お聴きになればわかっていただけるはず。比べて「マイルズ・ランズ・ザ・ヴードゥー・ダウン/スパニッシュ・キー」「グレイト・エクスペクテイションズ/リトル・ブルー・フロッグ」は、たんに頭の部分から約三分だけを持ってきたのみなど、イージーだよね。

それら安易な編集だとぼくは感じるシングル四曲のオリジナル・アルバム・ヴァージョンは、すべて『ザ・コンプリート・ビッチズ・ブルー・セッションズ』で聴けるので、もしご興味のあるかたはご確認いただきたい。
そんなわけでぼくの見解では、マイルズの1970年代もの7インチでかなり聴けると思うのは、「ビッグ・ファン/ホーリー・ウード」だけ。上で触れた「モレスター、パート1/パート2」はいまだ公式リイシューがないが、これも悪くないので、出せるなら出してほしい。ほかは、まあちょっと…、どうでしょう?

しかしいずれにしても1970〜75年のマイルズの音楽を、プロデューサーやコロンビアも腐心して、なんとかポップ(ロック)・マーケットに売り込もうと目論んでいたっていうことは証明できる事実だ。45回転の7インチ・シングルとは、基本、ラジオ放送やジューク・ボックスや、購買力の弱い若年層向けのものだからね。それを70年代にはマイルズだってリリースしていたんだ。

マイルズのばあい、1969年ごろからのスタジオ・セッションで録音されたものはどれも一曲の演奏時間が長すぎて、本人がいくらあんなふうに発言しても、そのままでは一般のロック/ポップ・リスナー層にはアピールしにくかったはず。45回転の7インチにしようという提案は、たぶんコロンビアのクライヴ・デイヴィスから持ちかけたことだったんじゃないかとぼくは見ている。クライヴは、マイルズ・バンドの(東西)フィルモア出演を実現させた人物だ。

2018/09/20

ブルーズがブルージーになったのは大恐慌のせい?〜 ブラインド・ウィリー・マクテル

(このプレイリストは、以下で話題にする CD アルバムの内容と似たようなもんです)

SoulJam 盤2017年のブラインド・ウィリー・マクテル『ダーク・ナイト・ブルーズ:1927-1940 レコーディングズ』。CD 二枚組で全51曲。現在ではこのアンソロジーがこの音楽家入門にはいちばんいいかも。入門者だけでなくファンでもふだん聴きにはこれで充分じゃないだろうか。この時期のブラインド・ウィリーは JSP の四枚組ボックス(2003)も持っているが、ソウルジャム盤に付け加える必要はあまりないし、リマスターされて音質も向上している。フィジカルでなら、っていう話だが。

ところでブラインド・ウィリー・マクテルが、最近のある時期以後リヴァイヴァルした(でしょ?)のは、ボブ・ディランのおかげだよね。1993年の『奇妙な世界に』(World Gone Wrong)とかあのへんから、ディランだけでなくアメリカの多くの音楽家のなかで再評価の動きが高まった。そのずっと前からタージ・マハールや、それを下敷きにしてオールマン・ブラザーズ・バンドが「ステイツボロ・ブルーズ」をやったりしたが、1990年代以後のディランらのとりあげかたは、ちょっと意味合いが違うように思う。

ディランはそのもっと前からブラインド・ウィリー・マクテルのことを語っていて、関連曲だって1960年代からありはする。オリジナル楽曲での直截の言及だって遅くとも1980年代にはできていたけれど、おおやけになるのは1990年代に入ってから。あのへんから、なんというかこう、アメリカーナ的なもの&その根源や周辺の検証が進んでいくようになっている。ディランなんかはそんなムーヴメントを牽引するひとりかもしれない。

そのすこしあとのちょうど21世紀に入ったころから、ブルーズに、世間一般で言う典型的ブルーズ臭さが薄くなりかけていると感じているんだけど、同じ時期にブラインド・ウィリー・マクテルのような人物が再評価されているのが偶然だとは思えない。アメリカ(産)大衆音楽史でブルーズが典型的にあんなに<臭く>なったのは、1960年代のリヴァイヴァル以後か、1950年代のシカゴ・ブルーズからか、はたまたあるいは、もっと前の1930年代あたりから以後かもしれない。

ジョージア・ブルーズ・マン、ブラインド・ウィリー・マクテルのばあいレコーディング・デビューは1927年10月18日だけど、そのすこし前の20年代半ばにはすでにギターとヴォーカルの腕前が完成していたようだ。ソウルジャム盤『ダーク・ナイト・ブルーズ』は、そのデビュー・レコードからはじまっている。しかしこのアルバム題から、似たようなタイトルの、たとえばブラインド・ウィリー・ジョンスンの「ダーク・ワズ・ザ・ナイト、コールド・ワズ・ザ・グラウンド」みたいなドロドロのエグい世界を想像したら大外れ。

ブラインド・ウィリー・マクテルのブルーズは、暗かったり重かったり苦しみの(直截の)表現だったりなんてことはほぼない。レパートリーだってブルーズもあるが、伝承曲もバラッドもラグタイムもポップ・ソングもヴォードヴィルもヒルビリーも宗教歌もある。そんなところを上のプレイリストでも聴きとっていただけるはず。黒人/白人という区分でぼくたち素人が抱くかもしれない音楽性の差だって、ないんだ。

それらの多くがカラリと明るく、ライトでポップだ。なかにはモーン調というか、たとえば「ママ、'テイント・ロング・フォ’・デイ」「ロー・ライダー・ブルーズ」とか、あるいはルース・ウィリスといっしょにやった「ペインフル・ブルーズ」とか、ルビー・グレイズとやった「ロンサム・デイ」とかはブルージーと言えるかも。ここまで録音は1932年以前で、CD では一枚目の話。

CD『ダーク・ナイト・ブルーズ』だと二枚目になる1933年以後録音になると、ブルージーなモーン調が増えているという事実が興味深い。さらに共演者が定期的に入るようになり、それはだいたいセカンド・ギターのカーリー・ウィーヴァー。当時の妻ケイト・マクテルがサイド・ヴォーカルで参加しているものもある。「デス・ルーム・ブルーズ」「ダイイング・ギャンブラー」「イースト・セントルイス・ブルーズ」「コールド・ウィンター・デイ」「クーリング・ボード・ブルーズ」「ダイイング・クラプシューターズ・ブルーズ」など、ブルージーでメランコリックなものがいくつもある。

ブルージーといっても戦後のシカゴ・ブルーズみたいなものとはすこし違うのだけど、あきらかに1933年録音以後のブラインド・ウィリー・マクテルの音楽は、それ以前に比べたらやや落ち込んでいて暗く沈んで憂鬱そうに嘆いているかのように聴こえる。明るいダンシングなラグライムや陽気なポップさは失っていないものの、やや調子が変化しているよね。

ブラインド・ウィリー・マクテルのこの変化の原因に、1929年以後の、かの大恐慌があったのは間違いないように考えるのが妥当な判断だと思うんだよね。あそこからアメリカ社会が経済的に本格復帰したのは、第二次世界大戦に参戦してようやくというところだった。ダウ平均株価が1929年10月の水準に戻ったのなんて、1954年のこと。

そんな1929〜1941年のあいだに、アメリカ音楽のありようが大きく変化したと思うんだよね。ロック台頭につながるリズム&ブルーズの母胎だったジャンプ・ミュージック、の源流たる黒人スウィング・ジャズ・ビッグ・バンドなど、このあいだに誕生している。この問題は大きなテーマなので、ぼくひとりで考えて書ける日が来るとは思えず、今日のところはおいておく。

ブラインド・ウィリー・マクテルのばあい、CD『ダーク・ナイト・ブルーズ』二枚目になると、キリスト教信仰のことを歌ったものがグッと増えているという事実もある。一枚目には「ロード・ハヴ・マーシー・イフ・ユー・プリーズ」一曲しかなかったのに、二枚目には「ロード・センド・ミー・アン・エンジェル」「エイント・イット・グランド・トゥ・ビー・ア・クリスチャン」「アイ・ガット・レリジョン、ソー・アイム・グラッド」「ガッド・ドント・ライク・イット」「アイ・ガット・トゥ・クロス・ザ・リヴァー・ジョーダン」(ヨルダン)と、こんなにあるもんね。ちょっぴりそんなことが織り込んである曲だったらもっとある。

べつにブラインド・ウィリー・マクテルに限った話じゃなくて、大恐慌前〜中〜後のアメリカを生きた音楽家に共通して言えることなのかもしれない。こんなようなことは、たとえばかの9.11(2001年)以後のアメリカ音楽はそれ以前と決して同じではなくなったとか、例のハリケーン・カトリーナ(2005年)以後もまたそうだとか、そのあたりはリアルタイムで知っている最近のことだけど、1929年以後の大恐慌がアメリカ音楽にどれだけの激変をもたらしたのかは、時代も音楽の種類も録音も、遠く古いせいか、あんがいふだん意識にないばあいがあるかもしれない、ぼくはね。

ボブ・ディランがブラインド・ウィリー・マクテルをおおやけに本格的にとりあげ再評価した1990年代以後表面化したことと、アメリカーナの動きと、このふたつを踏まえた上でこの古いブルーズ・マンの音楽について書こうかなという心づもりではじめて途中まで進んだが、論の筋道が変わっちゃったなあ。まあいいや。このまま手直ししないでアップしようっと。

2018/09/19

チック・コリアのスパニッシュ 〜 個人的履歴書

どうして好きなのか自分でもわからないジャズ・メンのやるスパニッシュ・スケール・ナンバー。イタリア系とスペイン系のあいだに生まれたチック・コリアのばあい、デビュー期にウィリー・ボボやモンゴ・サンタマリアと仕事をしていたのでスパニッシュ・ナンバーがあるのかも。ぼくがはじめて聴いたのは「ラ・フィエスタ」でも「スペイン」でもなく、「セニョール・マウス」だ。それもスタジオ録音オリジナル(『クリスタル・サイレンス』)じゃなくて、1979年のチューリッヒ・ライヴのもの。

その「セニョール・マウス」は本当にすばらしい。こっちを先に聴いたのは、間違いなくこれがリアルタイムでの最新盤として大評判だったからで、『スイングジャーナル』誌の、え〜っとなんだっけ、金賞?だったか年間大賞?だっけか、そんな名前のトップの名誉を、たしかギル・エヴァンズの『ライヴ・アット・ザ・パブリック・シアター』と分けあった。だから、それら二枚組と一枚は発売年(1980年だったかな)に買って聴いた。

そのチック・コリア&ゲイリー・バートン『イン・コンサート、チューリッヒ、オクトーバー、28、1979』がすごくよかったんだ(ギルのも最高)。アルバム全体もいいが、ぼくのばあい、オープニングの「セニョール・マウス」でぶっ飛んでしまって、なにこれ!?!こんなすごいピアノとヴァイブラフォンのデュオ演奏があるの!?と、ブッタマゲちゃった。ゲイリー・バートンのことは、たぶんこのときはじめて知った。

あまりの感動の大きさにひたりきるあまり、このデュオには ECM レーベルに過去作があるのだと知りもせず、そんなことを調べるなどもまったく頭に浮かばず、ただただチューリッヒ・ライヴの「セニョール・マウス」を聴き狂うばかりだった大学生のころ。チックのマイルズ・デイヴィス・バンドでの活躍は聴いていたが、リターン・トゥ・フォーエヴァーとかのことは、意外かもしれないが CD リイシューがあるまで耳にしていない。ジャズ喫茶でもぼくは出会わなかった。

ってなわけで、マイルズ・バンドじゃない、チックのリーダー(シップ)作品は、わりと長いあいだ、ゲイリー・バートンとのチューリッヒ・ライヴしか知らなかったんだよなあ。あぁ、恥ずかしい。でも正直に告白することにしたのだ。ぼくはこんなもんです。いやあ、でもねえ、あのチューリッヒ・ライヴ冒頭の「セニョール・マウス」は、マジでそれくらいの、もうこのピアニストの音楽なら人生でこれだけでいい!って思えるほどの最高度の充実演奏だよ。ぼくだけ?

しかしながら「スペイン」という曲の知名度がかなり高かったがゆえ、そんな曲があるらしいぞという、目で見る知識だけ持っていた。そんなチックの「スペイン」をぼくがはじめて耳にしたのが1991年のマウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァルでのゴンサロ・ルバルカバとのピアノ・デュオ演奏↓
これもすごいねえ。冒頭のチックとゴンサロの会話でおわかりのように、これは当夜のこのデュオの余興というかアンコール的なものだった。「"スペイン"?」と言い出したのはゴンサロのほうだよね。自身、キューバのピアニストだからちょっとこれを、というのとチックの超有名代表曲だから、というこのふたつが理由だったのかな?事前に予定していなかったものみたいだよね。

これの前を含むこのデュオのフル・コンサートも YouTube に上がっているので、もし気が向いたらご覧ください。ゴンサロは最初からドラム・スティックを持ち出してピアノのところまで来て脇に置いている。「スペイン」最終盤でこんなふうにスティックを使うだなんて、あるいは想定していたのかなあ?ともかく、これですばらしい曲だと知ったものの、リターン・トゥ・フォーエヴァーの第二作『ライト・アズ・ア・フェザー』CD を買ってオリジナル・ヴァージョンを聴いたらツマンナイの!ってガッカリしちゃった。

「セニョール・マウス」にしろ「スペイン」にしろ、ぼくにとっては最初の出会いの感動が大きすぎた。あまりにもすばらしかった。だからふりかえってスタジオ録音のオリジナルも聴こうと、年月が経過することがあってもそうなるのは自然なことだ思うけれど、結果、残念に思えてしまうのもやむをえないことだったのか?

そんなわけでチックのスパニッシュ・ナンバーのうち「セニョール・マウス」「スペイン」は、(ぼくにとっては)決定的ライヴ・ヴァージョンが最初にできちゃって、その後2018年現在でもこれがまったく変わっていないんだよね。ゲイリー・バートンとのチューリッヒ・ライヴを聴き、ゴンサロ・ルバルカバとやったマウント・フジ・ライヴの、当時(たしか日テレで)テレビ地上波放送されたのを VHS に録画したのを観聴きし、近年は YouTube にあるから音源だけダウンロードして iTunes に取り込んでいる。

そんなぼくにとって、スタジオ録音(オリジナル)で聴くチックのスパニッシュ・ナンバーは「ラ・フィエスタ」しかないということになってしまうが、それで充分だ。その前に、今日のプレイリスト冒頭にも入れた『ナウ・ヒー・シングズ、ナウ・ヒー・ソブズ』一曲目「ステップスーワット・ワズ」後半部分もあるけれど(これがチック初のスパニッシュ?)、まぁ半分だしね。

半分といえば、その後のチックが一曲フルのスパニッシュ・ナンバーを書いて演奏するようになってからでも、「ラ・フィエスタ」とか「スペイン」とかは、サビなどでストレート・ジャズ・パートも持っているのだった。そこでは4/4拍子になって、キーもスパニッシュじゃなくなるねえ。「セニョール・マウス」もそうだなあ。う〜ん…。これはチックのスパニッシュ楽曲の特色なの?

まあいい。「ラ・フィエスタ」のことは、以前、スタン・ゲッツの話をしたときに書いたつもり。録音はリターン・トゥ・フォーエヴァーでやったものがほんの一ヶ月だけ先(ってことはほぼ同時)で、レコード発売も数ヶ月先だけど、どう聴いてもゲッツの『キャプテン・マーヴェル』ヴァージョンのほうがいいよなあ。ぼくにはそう聴こえる。
ただし、アルバム『リターン・トゥ・フォーエヴァー』で聴く「ラ・フィエスタ」は、フローラ・プリムの歌う「サムタイム・アゴー」とメドレー状態になっているのはポイント高し。レコードでは B 面がこのメドレーのワン・トラックだけだったらしいが、CD(かネット配信)でしか聴いていないので。

で、CD(かネット配信)なら、「サムタイム・アゴー〜ラ・フィエスタ」は、やはりフローラ・プリムの歌う「ワット・ゲーム・シャル・ウィー・プレイ」と連続して流れてくる。ほら〜、レコードもいいけれど、CD やネット配信で聴くメリットだってあるじゃないか。この2トラックでひとつの流れになるもんね。いい感じだ。

三作目以後のリターン・トゥ・フォーエヴァーはちゃんと聴いているわけじゃないので、なにも言えません。

2018/09/18

原田知世、2007年の音楽と私

2004年の伊藤ゴローとの出会いによってシンガーとして蘇った原田知世。二名のタッグによるフル・アルバム第一作『music & me』(2007)は、しかしまだそれまでの知世ミュージックからいくつかを引き継いでいるし、曲によってゴローは参加していない。鈴木慶一が手がけているものだって一つある。

しかし全体的にはやはり伊藤ゴローのカラーというか、それまでテクノ・ポップみたいだったりエスノ・ロックみたいだったりした知世の音楽が、どっちかというとアクースティックな響きが中心のオーガニック・テクスチャーなものへと変貌しているよね。まだ過渡期の印象もあるけれど、間違いない変化を感じとれる。

たとえば高橋幸宏が手がけている4曲目「Are You There?」。これはバート・バカラック・ナンバー(歌ったのはディオンヌ・ワーウィック)だけど、この知世のヴァージョンではやはりほぼ全面的にコンピューターを使ったデジタル・サウンドが使われていて、アレンジもプログラミングも幸宏がやっている。

しかしかつてのようなテクノ・ポップ路線から離れつつあるように聴こえるんだよね。もちろん幸宏の手腕がそれだけすぐれているから、デジタル・サウンドに有機的な肉体性を宿らせることに成功しているから、なんだけど、もともとのバカラックのペンの抜きん出た資質とあわせ、知世の成熟したやわらかい声が、それこそが、この「(私じゃない)ほかの女の子といたの?」っていう曲にナマの息吹を吹き込んでいる。フリューゲル・ホーンも効果的だ。

それなもんだから、「Are You There?」に続けて5曲目にビートルズの「I Will」が来ても、なんらの違和感もないんだ。ポールのこじんまりしたアクースティック・ギター弾き語りだったビートルズのオリジナル(『ザ・ワイト・アルバム』)をなぞるかのように、知世の「I Will」も、伊藤ゴローの弾くギターとパーカッショニストだけという地味で落ち着いた演唱。これはしかしかなりビートルズ・ヴァージョンに近く、ゴロー&知世のタッグならでは、という独創性は薄いかも。

でも言いたいのはこういうことだ。知世の「I Wil」はまさしくオーガニック・ポップなんだけど(あっ、そういえばビートルズの『ザ・ワイト・アルバム』も1968年のオーガニック・サウンド・アルバムだねえ、いま気がついた)、表面的にはテクノ的なサウンド・メイクをしてある4曲目「Are You There?」と連続して流れがいいってこと。有機質感のサウンドが芯を貫いているなと感じるっていうことだ。

この視点でいけば、アルバム中唯一鈴木慶一が参加している7曲目「菩提樹の家」は、メロディ・ラインの特色なんかはいかにも慶一節だなと感じるんだけど、音創りは変化してきている。かつて『GARDEN』『Egg Shell』をやったときのような勢いのいいロック・テイストは消え、しっとり落ち着いたやわらかいポップス路線に転向したような雰囲気に仕立ててあるよね。アクースティック・ピアノやフルートも効果的。

そんな21世紀的なオーガニック・ポップス路線を、知世の『music & me』でいちばん象徴しているなと感じるのが、続く8曲目「シンシア」と、アルバム・ラストの必殺「時をかける少女」新ヴァージョンだ。このふたつは本当にすばらしい。伊藤ゴローの力を借りて、あ、いや、逆か、伊藤ゴローが自らの音世界を具現化するための最好適なベスト・シンガーとして原田知世を選び、二名コンビで新しい高みにあるような音楽を表現できているじゃないか。

「シンシア」も「時をかける少女」もボサ・ノーヴァにアレンジしてあって、伊藤ゴローの弾くナイロン弦ギターを中心に少人数のアクースティック楽器しか用いられておらず(ベースもコントラバス)、ふわりと暖かい空気のように漂うアンビエントふうな音像に乗って、知世のややハスキーになりつつある、声量の小さい、決して張らないヴォーカルが、やさしみを増している。

だいたいにおいてブラック・ミュージック(的なもの含む)の愛好家であるぼくで、ファンキーで強靭なガツンと来るリズムとサウンドが好きで、ヴォーカルなんかも、たとえばジェイムズ・ブラウン(アメリカ)や サリフ・ケイタ(マリ)やヌスラット・ファテ・アリ・ハーン(パキスタン)みたいな、あんな声の出しかたが好きなんだけど、いつもいつもそういうものばかりじゃない。

端的に言えば "TPO” ということだけど、あ、いや、ぼくも歳とったということか、気分や時間帯や季節や年齢などの変化によって聴きたいものの傾向と種類が大きく変貌することもある。最近の個人的メンタルに、こんな<伊藤ゴロー&原田知世>コンビの音楽が真に沁みるなぁ〜って、本心からそう思う。

どんな音楽を聴きたいか、実際どんなのを聴いているかは、やっぱりそのときさまざまなんだけど、 ま、いま当面は知世ちゃんで。

2018/09/17

原田知世の、なんて楽しくなんて美しい世界

鈴木慶一がプロデュースした原田知世のアルバムが、いつの間にか Spotify で聴けるようになっているじゃないか。昨晩(2018.9.6)深夜11時半過ぎまでウッカリ気づかずにきたぼくががおろかだった。だから、昨年12月の記事で書くことを諦めた知世マイ・ベスト・セレクションを、そのまま Spotify のプレイリストとして作成することができたのでやっておいたのが上のリンク。昨年12月の記事とはこれ↓
おっと、こっちこそしっかりアルバム音源のリンクを書いておこう。鈴木慶一プロデュースの知世ちゃん二作、『GARDEN』と『Egg Shell』。伊藤ゴローがプロデュースしたものは前からぜんぶある。

・原田知世と鈴木慶一の世界(1)〜『GARDEN』
・ムーンライダーズな原田知世 〜 原田知世と鈴木慶一の世界(2)
これら二作、それぞれ昨年10月と12月にこのブログで文章を書いたものだけど、そのリンクは恥ずかしいから書きません。CD でお持ちでないかたも、この Spotify にあるやつで<知世+慶一>の音楽を聴いていただければそれで充分幸せです。どうか、よろしくお願いします。

鈴木慶一プロデュース作も Spotify で聴けるようになったのでシェアできる知世マイ・ベストのプレイリストは以下。もし興味をお持ちになって CD でも買ってみたいとおっしゃるかたでもいらっしゃればと思い、収録アルバム名を付記しておく。

1) September(恋愛小説2 - 若葉のころ)
2) 月が横切る十三夜(Egg Shell)
3) さよならを言いに(GARDEN)
4) 中庭で(GARDEN)
5) 夢迷賦(GARDEN)
6) UMA(Egg Shell)
7) キャンディ(恋愛小説2 - 若葉のころ)
8) 年下の男の子(恋愛小説2 - 若葉のころ)
9) SWEET MEMORIES(恋愛小説2 - 若葉のころ)
10) ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ(音楽と私)
11) うたかたの恋(音楽と私)
12) 天国にいちばん近い島(音楽と私)
13) くちなしの丘(音楽と私)
14) ときめきのアクシデント(音楽と私)
15) 時をかける少女(music & me)

ぼくがこういったプレイリストをつくるばあいのくくりは、多くのばあい CD-R に焼く際一枚におさまるか、ということだ。この知世マイ・ベストも1時間10分だから可能。もちろんその限りではない二時間超のセレクションもあったりするが(たとえば「プリンス 30」)、レコード片面とか CD 一枚という尺は、やはり意味のある時間の長さだったという気がする。

1「September」の歌詞内容はつらく苦しい失恋だけど、アレンジとプロデュースの伊藤ゴローは楽しく快活なジャンプ・ナンバー、言ってみればファンク・ミュージックっぽいグルーヴァーに仕立ててあるのがとてもいいよね。沁み込みすぎない中庸の、楽しくやわらかい、そしてなにより爽やかな情緒を持たせることに成功している。

同じグルーヴァーでも、2「月が横切る十三夜」、6「UMA」などと聴き比べれば、伊藤ゴローと鈴木慶一との持ち味の違いが鮮明になってくる。ロック・ファンなら鈴木慶一の手がけた曲のほうに共感度が高いかも。しかしそうでなくとも、「月が横切る十三夜」のこのノリなんかは文句なしに最高じゃないか。知世のヴォーカル資質とも合致していて、も〜う、たまら〜ん!

2〜6曲目の鈴木慶一&知世作品群には、エスノ・ポップ/ロックという趣を持たせるという意図もぼくにはある。ムーンライダーズ的でもある。3「さよならを言いに」では沖縄音階を使いつつダブ(ジャマイカのレゲエから発展したひとつ)ふうな音処理を施してあるという絶妙な逸品。4「中庭で」は無国籍アンビエント。5「夢迷賦」は中国音階だけど、人声やパーカッション(デジタル・サウンド?)の使いかたはホルガー・シューカイっぽい?

7曲目以後の伊藤ゴロー・プロデュース楽曲については昨年あれほど書いたので、繰り返さない。7〜9がカヴァー・ソングで、10以後は知世自身の過去レパートリーに新しい衣をまとわせて歌いなおした再演。すべてがとても美しい。ゴローのサウンド・メイクが絶品だけど、知世の声と歌いまわしがやはり大きな落ち着きと豊かな表情を獲得している。ゴローもそんな歌手としての知世を最大限に活かすべくペンをふるっている。あるいはゴローの表現したい世界に知世の声がよく似合っているというべきか。

なかでも特に9「SWEET MEMORIES」(松田聖子)。ここでもソプラノ・サックスが聴こえるのが伊藤ゴロー・アレンジの目立った特色だと思うんだけど、それ以外にはほぼ弦ハープ一台だけ。それに乗って知世がこの、失った恋を想う哀しく切ない歌を、しっとりと綴るのがたまらない美しさ。歌詞は松本隆。

10曲目以後のオリジナル楽曲再演篇でもきれいな知世だけど、ことに坪口昌恭のピアノ伴奏だけで歌う12「天国にいちばん近い島」なんか、絶品美。泣きそうになっちゃうよ。坪口はどうしてこんな和音を弾けるんだろう?これは坪口のスタイル?伊藤ゴローの指示?どっちにしても、愛を美しく語るこの知世のヴォーカルでトロトロに蕩けてしまう。

セレクション・ラストの15「時をかける少女」。2007年のアルバム『music & me』のラストに収録のヴァージョンで、それは昨2017年8月リリースのベスト盤『私の音楽 2007-2016』のトップをも飾っていた。知世最大のヒット曲で知名度があまりにも高いが、昨年に縁あってはじめてちゃんと聴いてみた知世の音楽のうち、まず最初「September」でガンと感動し、このボサ・ノーヴァな「時をかける少女」で完璧に骨抜きにされてしまった。

あぁ、なんて美しい世界、このまま溶けてしまいたい。

2018/09/16

ドナルド・バードのスロー・ドラーグ

1967年録音68年発売のドナルド・バードのブルー・ノート作品『スロー・ドラーグ』。もちろん #BlueNoteBoogaloo のひとつで、これまたドラムスがビリー・ヒギンズ。ルー・ドナルドスンの『アリゲイター・ブーガルー』の年でもあって、だからさ、あのへんのみんながさ、この1960年代後半〜末ごろに同じファンキーなラテン・ジャズ路線を歩んでいたと思うんだよね。個人的大好物だから、書き続けている。

ドナルド・バードのアルバム『スロー・ドラーグ』は、もうなんたってオープナーの「スロー・ドラーグ」で決まりだ。2曲目以後もかなり聴けるものがいくつかあるが、1曲目の牽引力があまりにも大きい。ところで slow drag は音楽用語で、スコット・ジョップリンなんかも使っているもの。ゆっくりしたテンポで重たく引きずるような(ダンス用であることも多い)粘っこい曲調を指すのがスロー・ドラーグ。

ブルー・ノート(じゃなくても)・ブーガルー・ジャズ全般に言えることだけど、さほど速すぎないテンポでタメを効かせ、じんわりと炎を燃やし徐々に昂まっていくような、そんな作風のジャズ楽曲・演奏が、こういった傾向の作品には多いと思うんだよね。「スロー・ドラーグ」もまた同じ。

曲「スロー・ドラーグ」では、シダー・ウォルトンの、強烈なゴスペル感を持つ重たいリフからはじまる。ピアニストは、曲全体を通し、ほぼずっとこのヘヴィ・リフを弾き続けている。毎コーラス終わりのコード・チェンジ部分でだけ、その変形みたいなものになるけれど、こういったブーガルー・リフをピアノが弾くのを曲の土台とするのは、ハービー・ハンコック「ウォーターメロン・マン」(1962)、リー・モーガン「ザ・サイドワインダー」(1963)からずっと変わらぬ創りだ。

曲「スロー・ドラーグ」の目立ったユニークさは、ヴォーカルが聴こえること。メイン・テーマ演奏前のイントロ部ですでにしゃべっているのがビリー・ヒギンズ。それが実にいいフィーリングをかもしだしているよねえ。大好きだ。これ、1967年5月12日録音なんだけど、この当時、こんなファンキー・ヴォーカルが聴けるジャズって、あったっけ、なかったよね。

ビリー・ヒギンズのヴォーカルは、トランペット、アルト・サックス(ソニー・レッド)と続くソロのあとすぐまた入ってきて、今度は本格的にしゃべっている。そこはいちおうはピアノ・ソロ部なんだけど、これはもはやヴォーカルをフィーチャーしたパートとでも言うべき。独り言というかツイートみたいなもんだけど、リラックスもしていて、「スロー・ドラーグ」という曲想によく似合っているしゃべりだ。

それが終わるとそのままメイン・テーマ最終演奏になるんだよね。ストレートに音を出さずベンドを多用するドナルド・バードのトランペット・ソロ、ソニー・レッドのアルト・サックス・ソロも、きわだって見事。前者のノート・ベンドはハーフ・ヴァルヴを多用しているのかな(あるいはリップ・スラー?)ブルージーさや重たいファンキーさを出し、後者も(いつでもそうだが)独自の発音でフレジングも強く、フリーキーな感触すらあるトーンがカッコよく、五人一体となって、曲「スロー・ドラーグ」は真っ黒けだ。

いやあ、1967年録音で、こんなにもカッコいいブーガルー・ジャズがあったんだろうか、なかったよね。曲もドナルド・バードが書いたものだけど、「スロー・ドラーグ」、最高だ。ぼくのばあい、このトランペット奏者にファンキー路線の作品があると承知はしていたつもりだったけれど、まったく不明だったと告白しないといけない。今年五月のレーベル公式プレイリスト #BlueNoteBoogaloo で教えていただいたのだ。「スロー・ドラーグ」には、はっきり言ってひっくり返るほどビックリしましたね、あまりにカッコイイんで。
ドナルド・バードのアルバム『スロー・ドラーグ』。ほかの収録曲もちょっとだけ走り書きしておこう。ラストの6曲目「マイ・アイディール」は、アルバム唯一のポップ・スタンダード。これと2曲目「シークレット・ラヴ」、5曲目「ザ・ローナー」は、新主流派寄りのトーナリティとリズムだけど、まあふつうのメインストリーム・ジャズかなと思う。

3曲目「ブックズ・ボッサ」、4曲目「ジェリー・ロール」は、ブルー・ノート・ブーガルー的と呼んでいいような要素がちょっぴりあるのかもしれない。前者は曲題どおりボサ・ノーヴァ調で、このアルバムでベースを弾くウォルター・ブッカーの作品。ビリー・ヒギンズのドラミングがやはりうまいのと、シダーのピアノ・リフがいい。異様なソニー・レッドのソロも聴きものかな。

そんなソニー・レッドをフィーチャーしたのが、4曲目「ジェリー・ロール」。ピアノ・リフや、ソロ背後で入るホーン・リフを聴いてほしい。笑っちゃうほど「ザ・サイドワインダー」でのバリー・ハリスのパターンにウリ二つじゃないか。曲題ほどは猥雑感と粘っこさのないあっさりジャズ・ロックだけど、これはひょっとしてリー・モーガンの『ザ・サイドワインダー』に参加していたビリー・ヒギンズが主導権を握っていたかもしれないね。ドラミングといい、曲全体のリズム・パターンを主導している印象がある。

2018/09/15

ローザ・エスケナージ

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わりと好きな女性レンベーティコ歌手、ローザ・エスケナージ。

持っているのはぜんぶで20曲。ローザの歌にかんしては、トルコのカラン・レーベルがリリースした『レンベーティカ』(Rembetika Aşk Gurbet Hapis ve Tekke Şarkıları、2007)と、イギリスの JSP(なぜここが?) リリースの『レンベーティカ』(2006)、『レンベーティカ 2』(2008)、『レンベーティカ 8』(2012)収録のものを持っているだけ。JSP は同シリーズをもっとたくさんリリースしていてぜんぶ買ったけれど、ローザが入っているのはこれだけじゃないかな。

それらからローザ・エスケナージの歌だけを選び出して、iTunes でひとつのプレイリストにまとめてあるのだった。CD-R にも焼いているし、iPhone にだって入っているのでどこででも聴ける。ローザのことは、たぶんぼくが聴いた範囲のレンベーティコ歌手のなかではいちばん好き。性別・年代問わず、大好き。

上記 CD アルバム収録曲は、レコード(録音?発売?)年の記載がないものもあるので、たんに収録アルバムごとにずらっと並べたぼくのローザ・エスケナージ・プレイリスト全20曲が以下のとおり。年の記載があるものは右に書いておいた。Rozika 名になっているのも同じひと。注意しないといけないのは iTunes に取り込む際、演者名欄が "Various" になってしまうものが数曲あった。

1. I Dzerkeza (The Circassian Girl)
2. Gazeli Sabach, Sti Mavri Yi Chrosto Kormi (I Owe My Body To The Black Earth)
3. Mas Kynigoun Ton Argile
4. Ime Prezakias
5. Merakli Rast Manes (1932)
6. Binda Yiala (1932)
7. Voliotissa (1934)
8. Mes' Tou Zambikou Ton Teke (1932)
9. Aravi Sabach, Dounia Pos Me Katindeses (1933)
10. Yiannoula (1934)
11. Yiannousena (1934)
12. Pali Mou Kanis to Vari (1936)
13. Hijaz Gazel, Polles Fores Ki I Kardhia (c. 1950s)
14. Gazel Nihavent (1936)
15. Hariklaki (1932)
16. Arapi Gazel Uşak (1934)
17. To Kanarini / Kanarya (1934)
18. Kadifes /Kadife (1930)
19. Çakıcis / Çakıcı (1954, Intanbul)
20. Min Orkizese Vre Pseftra / Yemin Etme Yalancı Kadın (1936)

1〜4 from "Rembetika" (JSP)
5〜7 from "Rembetika 2" (JSP)
8〜13 from "Rembetika 8" (JSP)
14〜20 from "Rembetika Aşk Gurbet Hapis ve Tekke Şarkıları" (Kalan)

ローザ・エスケナージは1883〜90年ごろのコンスタンティノープル(イスタンブル)生まれ。ユダヤ人の、いわゆるセファルディの娘で、第一言語はトルコ語だけど、多言語話者。かなり若いころにギリシア(テッサロニキ、その後アテネ)に移住。1929年ごろからレコード録音を開始したらしく、その後1970年代まで活動したとのこと(レコーディングは1960年代末あたりまで?)。亡くなったのは1980年12月2日。ってことは、上のセレクションはほぼ第二次世界大戦前の古いものばかりってことか。そういったアルバムしか持っていないんだから当然だ。

ローザ・エスケナージはスミルナ派レンベーティカの大きな存在らしく、しかしスミルナ派とピレウス派の味わいはたしかに違っているな、やっぱりスミルナ(イズミル)派のほうがいっそう魅力的だなとは聴けばわかることだけど、ローザがレンベーティカ史においてどんな存在なのかは、不勉強なのでよくわからない。

ただただローザ・エスケナージの歌が(同時に楽器をやっているばあいもある)、というか声が、魅惑的だなあと、そこにとても強い引力を感じ、ほかのレンベーティコ歌手ではやっていない単独プレイリストを数年前から作成して楽しんでいるっていうわけ。どのへんにそんなに強く惹かれるのか、自分でもロジカルにはちゃんと説明できない。

ローザ・エスケナージの声に漂っている強いメランコリー、ってことなのかなあ。なにか大切なものを喪失した、あるいはもとから一度も得られたことのない、そんな人間の持つ感情、自分は永遠にだれにも理解などされない、満たされることなどないのだという、そんなフィーリングを心情の根底に持つ人間だけが表現できる、ある種の憂い 〜〜 みたいなことなのかどうなのか、わからないが、ローザの声のトーンにはそんなものがあるような気がするような。

ローザの歌にぼくが強い共感をおぼえるのはこういったことなんだろうか?

上で書いたセレクション・プレイリストで聴けるローザの歌はどれもすばらしく美しいが、個人的な実感としては特に、たとえば2「Gazeli Sabach, Sti Mavri Yi Chrosto Kormi」(記載がないが、これもたぶん1930年代ごろだろう?)、16「Arapi Gazel Uşak」、20「Min Orkizese Vre Pseftra / Yemin Etme Yalancı Kadın」などは絶品中の絶品だ。

端的に言えば、これぞスミルナ派レンベーティカの真髄だと言えるチャームなんだけど、少人数編成の伝統的な伴奏をともなって、ローザが強い色気を薫らせながら強い声でフレーズをまわし、クラシカル・ヴォイスで典雅な気品をも香らせ、精神的に定まらない放浪の哀しさ、さびしさ、あこがれを美しく表現している。伴奏陣との掛け合いのタイミングも絶妙だ。

決してどこにも所属しない、なんの仲間にも入れてもらえようがない、入るつもりもない、どこともだれともつながりがない、帰るところがないが行く宛もない 〜〜 簡単に言ってだれも愛さずだれにも愛されない "exile" の悲嘆を、ローザ・エスケナージの声質に聴きとることができるように思う。

そんなローザのことが大好きなんだ。

2018/09/14

オールド・ワイン、ニュー・ボトル、になりかけ? 〜『マイルズ・イン・ベルリン』

マイルズ・デイヴィスの『マイルズ・イン・ベルリン』。このジャケットをご覧いただきたい。右上に「ステレオ」って堂々と書いてあるよね。ものによってはこれがない(日本盤はむかしもいまもない。ドイツ盤も?)。そりゃそうだよ、ウソだもん。中身はリアル・ステレオじゃない。「ステレオ」と銘打ったものは擬似ステレオっていうやつ。現場ラジオ局のスタッフが録音したオリジナル・テープは、モノラルのものしかない。

『マイルズ・イン・ベルリン』は1964年9月25日の西ベルリンでのライヴ収録で、まずドイツ CBS から1965年2月1日に発売されたレコードが初版。それをもとに日本でも1968年にレコード発売された。母国アメリカで発売されたのがいつのことか、調べてもわからなかった。データを自力で発見できなかったけれど、どなたかご存知のかたがいらっしゃると思いますので、教えてください。さらにどの段階で疑似ステレオで発売され(アメリカでだけ?最初から?)、いつごろのリイシュー CD からちゃんとモノラルに修正されたか(ドイツと日本ではずっとモノ盤だけのような?)も、きちんとしたデータを見つけられなかった。どうかお願いします。

ぼくの記憶が間違っていなければ、35年以上前の大学生のころに買ったレコードは疑似ステレオだったように思う。21世紀に入りしばらくしてからのぼくがふだん聴く日本ソニー発売の CD はリアル・モノラル。しかも一曲、レコードにはなかったボーナス・トラックがあって、旧 B 面の「ソー・ワット」と「ウォーキン」のあいだに「ステラ・バイ・スターライト」が入っている。これで当夜のフル・コンサートをそのままの曲順で再現だと、データ的な資料でわかっている。

ここまでは瑣末な周辺情報だった。みなさんご存知のとおり『マイルズ・イン・ベルリン』は、ウェイン・ショーターがバンドのレギュラー・メンバーとなってはじめての演奏記録だ。公式でもブートレグでもそう。ベルリンの前が、サム・リヴァーズ参加の『マイルズ・イン・トーキョー』で、このあいだには非公式音源も存在しない。

ウェインが参加してバンド・サウンドにどういった変化があるか?がやはり最大の着目点になると思うんだけど、実際、変わりはじめているよね。特にリズム面。ボスのマイルズの演奏スタイルに大きな違いは聴きとれないが、サックス・ソロ、ハービー・ハンコックのピアノ・ソロ、それら二者の背後でのリズム・セクションの動きに、柔軟性、躍動感、そして崩壊一歩寸前に達さんとする抽象化の動きまで読みとれる。しかもそれがリリシズムと一体化しているケースだってある(「枯葉」)。

マイルズの音楽はずっと生涯にわたりそうだったけれど、リズム面での革新に大きな意味を持たせているばあいが多い。『マイルズ・イン・ベルリン』で聴けるウェイン効果もやはり同じくリズム面での刷新が大きいと思う。(現行)アルバムの全五曲中、それが最もわかりやすいのが「枯葉」と「ウォーキン」じゃないかな。実際、この二曲がこのライヴ盤のハイライトだ。

「枯葉」では、絶妙きわまりないリリカルさを発揮するマイルズのソロがやはりいちばんいいんだけど、みんな、その次、二番手のウェインのソロをあまりにも軽視しすぎだ(特に某ナカヤマさん)。テナー・サックスで吹くフレイジングの表情にリズミカルな変化をつけ(発音の質、音量も多彩だが)、細かくクネクネとうねったり、大きな同一フレーズをシンプルにリピートしたりなどしながら、リズムの三人を刺激している。実際、ピアニスト、ベーシスト、ドラマーは、マイルズのバックでの淡々とした伴奏では聴けない変幻するカラフルな表情を見せているよね。

三番手ハービー・のピアノ・ソロ(四番手ロン・カーターのベース・ソロはなんでもない)だって、ウェインがつけたリズムの陰影をそのまま引き継いでいるじゃないか。かなり刺激されているとわかる。テナー・サックス・ソロの最終盤でウェインが同一フレーズを反復し、その背後でリズム三人がブロック・リフを合奏して、四人でグイグイ盛り上がるところは最高なんだけど(某ナカヤマさん、聞いてますか?)、そのままサックス・ソロが終わるので、次のハービーのソロへの大きなお膳立てにもなっているんだよね。

こういったことがさらに顕著になっていてわかりやすいのが「ウォーキン」。この演奏で、新クインテットの新化学反応を最も強く感じることができる。やはり三番手ウェイン、四番手ハービーのソロが聴きもの。ウェインはかなりな程度まで抽象化を推し進めているよね。ことにテンポの扱いが柔軟というか、種々の変化をつけて、あわせてフレイジングも変えている。ってか、こんなフレーズを吹きたいからこんなふうに自在にテンポ・チェンジするってことか。もはやソロ全体の均衡や統一性を欠く一歩手前まで来ている。

背後の三人、特にハービーがあまりにも強くそんなウェインのソロ内でのテンポ・チェンジに影響を受けたバッキングをしているでしょ。ウェインがソロの最後で、曲「マイルストーンズ」のテーマ・リフを引用して終わると、次の四番手ハービーのソロは、途中からガクンとテンポ・ダウンし、スロー・ブルーズになってしまう。しまう、というのは悪い意味じゃなく、とても美味しい。エイヴリー・パリッシュの「アフター・アワーズ」みたいで、とてもいいよね。

そこだけじゃなく、一個のピアノ・ソロのなかでこんなにどんどんテンポを多彩にチェンジさせながら弾くハービーは、この「ウォーキン」でしか聴けないんじゃないかと思う。ベーシストとドラマーもすべての局面で即応しているしね。ピアノ・ソロの最後にはもとどおりの急速調になって、テーマ合奏に戻る。

『マイルズ・イン・ベルリン』の全六曲は、他作スタンダードもマイルズ自作も、すべて古いもの。『E.S.P.』を録音するまでは新レパートリーがないんだから当然だけど、それにしても古酒だ。しかし1963年以来マイルズが繰り返してきたライヴ・ツアーのその記録されているもののなかでも、ベルリン・ライヴは新めの容器に入っている、やりかたが斬新だという感があって、やはりな、さすがはウェイン、そしてそれを見抜き招いたマイルズだけあるな、と感心する。

2018/09/13

ジェリー・ロール・モートンの晩年録音が枯れてて渋くて、実にいい

(Spotify にあるこれは今日話題にするアルバムではありませんが、本文で触れる曲がすべて収録されています)

1941年7月10日に50歳で亡くなったジェリー・ロール・モートン。晩年にはなにもなくなってだれもおらず、異常とも言いたいほどハイ・レヴェルなジャズ音楽家としての実力に反比例するがごとく(自分の性格のせいとはいえ)実人生は幸せじゃなかったみたいだ。っていうかまぁプロ音楽家の「実人生」とは音楽サイドにだけあるのかもしれないから、その点ではモートンの生涯も最高に充実していて、幸せだったということになるのかな。そうだったと、せめて信じたい。

そんなモートン晩年のジェネラル原盤集『ラスト・セッションズ:ザ・コンプリート・ジェネラル・レコーディングズ』。全25曲のうち13曲目までがソロ・ピアノ(と曲によっては自身の歌も)。その後がバンド編成での録音(で、やはりだいたい歌う)。どれもニュー・ヨーク・シティでのセッションで、1939年と40年。これに収録のもので、モートンの録音音楽家としての生涯は終わった。

モートンの『ラスト・セッションズ』は、ジャケットをごらんになっておわかりのようにコモドア盤のデザインだ。この CD アルバムに収録されれている SP 音源のうちの一部がコモドア・レーベルから12インチ LP となって発売されたことがあるからだろう。CD は1997年の GRP 盤で、そのほかもコモドア・ヴォールトはここがリイシューしている。

アルバム前半部のソロ・ピアノと後半部のバンド演奏とではかなり印象が違っている。バンド演奏ものでも、モートン自身がヴォーカルをたくさんの曲でとっていて、その渋くてしんみりした味はとてもいいのだけれど、演奏じたいはにぎやかだったりするものがある。孤独感、寂寥感がちょっぴり薄れているっていうか、少なくともセッション時の演奏仲間はいるわけだから。

だから、今日はモートンのアルバム『ラスト・セッションズ』14曲目以後のバンド編成録音については触れないつもり。すこしだけ書いておくと、編成が六人か七人で、バンドの名義もホット・シックスとかホット・セヴンとか、演奏内容からしても、たぶんルイ・アームストロングの1920年代後半オーケー録音を意識したのかなと思えるフシがある。ピアノの弾きかただって、モートンのほうが先輩だけど、アール・ハインズ・スタイルが聴ける。

そんなアール・ハインズ化したモートンのピアノがイントロを弾く17曲目「ビッグ・リップ・ブルーズ」は、ひょっとしたら「ベイズン・ストリート・ブルーズ」を下敷きにしたかもしれない。そんなふうにぼくには聴こえる。22曲目「ダーティ、ダーティ、ダーティ」はモートンお得意の Spanish tinge、すなわちアバネーラ調で、なおかつ曲題はあの言葉遊びに言及したのかもなあ。24曲目「ママズ・ガット・ア・ベイビー」も、モートン主導でダーティ・ダズンふうなヴォーカル掛け合いが聴ける。

アルバム前半のソロ・ピアノ(での弾き語り含む)13曲。1〜8が1939年12月14日録音、9〜12が1939/12/16、13が1939/12/28。6曲目がおなじみ「キング・ポーター・ストンプ」で、この曲のことが本当に大好きなぼくは、同じモートンの同じソロ・ピアノ演奏ヴァージョンなら、1923年のジュネット録音に比しシャープさが薄れややだらしなくなっているこの1939年ヴァージョンだって、好きだ。このメロディがね、本当に楽しい。23年ヴァージョンにはないブギ・ウギなニュアンスだってあるしね。
これの前の3曲目「ザ・クレイヴ」もラテンでいい。これも Spanish tinge。アバネーラふうに左手が跳ねるやつ。1920年代のソロ・ピアノ録音からたくさんあるとみなさんご存知のとおり。ニュー・オーリンズの、ジャズだけでない音楽家には抜きがたいラテン〜カリビアン・テイストで、それがアメリカ大衆音楽の根幹にあるのだとぼくも認識している。モートンのばあい、ラテン・タッチはエレガントで泥臭くなく野趣はない。
しかしこの1939年のモートンのソロ・ピアノ録音群で本当にいいなあと沁みるのは、7曲目以後のヴォーカル入りナンバーだ。それら7〜13の全七曲では、10曲目の「ザ・ネイキッド・ダンス」以外すべてでモートンが歌っている。その声がね、実にいいよ。21世紀の医療と平均寿命からしたらまだかなり若いと言える年齢だけど、見事に枯れきっている。渋くて、味わい深い。本職じゃないはずなのに、ヴォーカルのほうがいいよ。ピアノよりも。

7曲目「ワイニン・ボーイ・ブルーズ」も沁みるけれど、なかでもかなりな有名曲になった9「バディ・ボールデン・ブルーズ(アイ・ソート・アイ・ハード・バディ・ボールデン・セイ)」が、も〜う最高だ。えもいわれぬよい香り。枯れていて、まさしく老境。ひとりでピアノで弾き語りながら、実際ひとりぼっちになっていたモートンが、若いころの故郷ニュー・オーリンズでのジャズ・メンのことをしんみりとふりかえっている。こんなノスタルジーがいつもそばにあればいい。

2018/09/12

プリンスの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』がマジでいいぞ

どこからどう聴いても楽しいプリンスの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』(1996)。しかし、このワーナー最終作、あまりにも評価が低い。不当に低すぎるだろう。最大の理由はリリース事情と次作の充実度にあると思う。ワーナーとの契約消化のためにだけ制作・発売されたアルバムで、ワーナーとしてもプリンス本人としても気持ちがなく捨て鉢で、双方ともプロモーションらしきものをほぼやらなかった。両者の関係はすでに終わっていた。次作『イマンシペイション』はくびきを解かれた音楽家の幸福感に満ちている三枚組で、たしかに大充実のメガ傑作だ。

そんなわけで『ケイオス・アンド・ディスオーダー』は、プリンス好きですらあまり聴かない。ましてや一般の音楽リスナーだったら見向きもしない一枚じゃないかな。小出斉さんのような専門家でも(「プリンス唯一の汚点」と)おおやけに低評価の烙印を押していらっしゃるほどで、う〜ん、まあたしかにそうかもしれませんが〜、ぼくは大好きなんだよね、このイタチの最後っ屁みたいな、たった39分ほどのアルバムを、イタチの最後っ屁的リリース事情(そんなもん、いまや関係ないんだから)は無視して、純に音だけ聴けばさ。みんな〜、そうしてる?

『ケイオス・アンド・ディスオーダー』は、特にストレート・ロックが、それもクラシカルな、つまり古いロックがお好きな音楽好きのみなさんだったら好物に違いない、聴きやすいものだと思うんだよね。ブルーズ・ベースで、ラフでルーズで、ノリは軽快で爽やかな雰囲気すらある。ちょうど目覚めのときに聴くモーニング・ロックとでもいうような雰囲気のサウンドじゃないかなあ。歌詞がエクスプリシットだったりするものもあるけれど、この程度だったら清涼。

そう、プリンスの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』は、1970年代初期っぽい香りのするアメリカン・ロック・アルバムなんですな。&ギター・ロック。ラガマフィンみたいなものが聴こえたりもするが、そんな時間でもその土台になっているサウンドはクラシカル・ロックだ。エレキ・ギターの音色選択と使い分け、フレイジングだって、プリンスはそこをかなり意識してそうだよ。ぼくにはそう聴こえる。

そしてちょっぴりシティ・ポップっぽい(曲もある)よね。10「ディグ・ユー・ベター・デッド」だけがちょっぴりデジタル・ビートっぽいかもなと思うだけで、それを除けば、ヤな言いかたすれば古き良き時代のロック・サウンドを蘇らせている。それだからプリンス・ファンや若い音楽リスナーや、音楽の新しさに価値を見いだす専門家のみなさんに評判が悪いのかもしれない。そんな気がする。でも1990年代はそんなクラシカル・ロックの復古ブームみたいでもあったと記憶しているんだけどねえ。

ぼくみたいに50台半ばより上の世代で、ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンや、あれっ?どっちも英国勢だぞ、じゃあアメリカン・ロックならたとえばオールマン・ブラザーズ・バンドとか、あそこらへんにシンパシーと思い入れが強いような音楽好き、ロック・ミュージック・リスナーにとって、プリンスの全カタログ中最も近づきやすいのがこの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』なんじゃないだろうか。

つまりまあ、そのあたりの音楽をプリンスに求めないひとのほうが多いってことなんだろうね。虚心坦懐に音だけを聴けば、『ケイオス・アンド・ディスオーダー』は親しみやすく、わかりやすく、ノリよく軽快なギター・ロックで、しかもなんだかアマチュア・ロック・バンドっぽさがある…、というと怒られるに違いないこの演奏力の高さなんだけど、プリンスのバンドだからね。いつも丁寧緻密に創り込むスタジオ作業で有名なんだから、そこからしたら相当ラフで、いい意味でテキトーだ。

ロック・ミュージックのばあい、これも嫌いな言葉だがファイト一発みたいな勢いまかせのユースネス、荒っぽさ、乱雑さ、パパッとテキトーにバンドで音出ししてみました、みたいな部分が大きな魅力につながるばあいだってあるじゃない。プリンスの『ケイオス・アンド・ディスオーダー』のチャームとは、そんなロックの持つ原初音楽衝動みたいなものを、それも高い演奏力でこなした上で、リビドーをそのまま実現したというところにある。

このアルバムを聴いていてのぼくの感じるこの爽快な気持ちよさは、たぶんそういったものだと思うんだよね。ルーツ・ロック的な側面がむき出しになっているのもぼく好み。つまり、ブルーズやリズム&ブルーズ、ゴスペル要素がくっきりとわかりやすく、それもそのままストレートに表出されているのがイイ。

1曲目「ケイオス・アンド・ディスオーダー」のラフな疾走感、同様に気持ちいい2曲目「アイ・ライク・イット・ゼア」(大好き!)と5曲目「ライト・オア・ロング」、3曲目は「ディナー・ウィズ・ドロレス」との題だけどまるで朝食の雰囲気だし、ブルーズ・ロックな6曲目「ザナリー」、アメリカン・ロックンロールから、中盤ブルーズに転化し、ゴスペル・ジャンプで終わる4曲目「ザ・セイム・ディセンバー」も快感だ。

7曲目「我ロックす故に我あり」というアンセムみたいな一曲は、しかしラガマフィンなのもおもしろい。8「イントゥ・ザ・ライト」と9「アイ・ウィル」はメドレー状態になっているが、泣きのロッカバラード。前者ではテナー・サックス・ソロが間奏をとり、その後ミューティッド・トランペットとギターのユニゾン・リフが入る。ありきたりでクサイかもしれないが、それはアルバム『ケイオス・アンド・ディスオーダー』一枚全体に言えること。

そんなクサさを、陳腐でツマラナイから唾棄すべきものだとか、凡庸だからとプリンスみたいな類稀な天才音楽家のカタログから消し去りたいとか、そんな考えを抱くのは自由ですけれど、言わせていただきますが、一般庶民の日頃のふつうの音楽の楽しみをご存知ないんだなと思います。

2018/09/11

スパニッシュ・ゴスペルなキース・ジャレット、とてもいいね

ソロ・ピアノ活動のぜんぶや、1980年代からのスタンダーズ・トリオのかなり多くやなんかは、ぼくからしたらとりえのない音楽に聴こえるキース・ジャレットだけど、それでもソロ・リーダー作品のなかに傑作と呼べるものがある。

もっとも、極私的な見解において、キース・ジャレットのいちばんいい演奏は、1970年初夏ごろ〜1971年いっぱいのマイルス・デイヴィス・バンド在籍時代にある。フェンダー・ローズやオルガンを気がフレたように弾きまくるサウンドには惚れぼれするよ。マイルズ・バンド時代の前のチャールズ・ロイド・カルテット時代が二番目かな、ぼく的にはね。ふつうは逆だろうけれども。

チャールズ・ロイド・カルテット〜マイルズ・バンド時代のキース・ジャレットの鍵盤演奏の特色は、ゴスペル・アーシーな部分があったということで、これがぼくにとってのジャレットのいちばん美味しいところ。その後独立してソロ活動をはじめてからはほぼ消えてしまったが、しかし今日書くアルバムのように、そのほかでも、ひょっこりと顔を出すことがあって、そういうものは実にいいんだよね。

つまりそんなひとつ、1974年録音75年発売のインパルス盤『生と死の幻想』。原題は『Death and the Flower』で、ふだんは邦題をあまり使わないぼくでも、これはそのまま使いたい。キース・ジャレット&チャーリー・ヘイデン&ポール・モチアンのトリオに、サックスのデューイ・レッドマンをくわえたレギュラー・カルテット、+さらにパーカッション(ギレルミ・フランコ)が参加している。このアルバムがキース・ジャレットの生涯最高傑作だろうとぼくは考えている。

といってもアルバム全体で見れば、A 面のアルバム・タイトル・ナンバーがメッチャいいぞと思っているだけで、というかこれはもはや奇跡としか言いようがないすばらしさなんだけど、B 面の二曲はイマイチ。それでも(全体の)3曲目「グレイト・バード」は、ややラテン・タッチなリズムに乗せてコレクティヴ・インプロヴィゼイションが進行するというもので、さほど悪くもないが、その前の「祈り」はどこがいいのやら。

「グレイト・バード」が悪くないというのは、おもしろくない「祈り」がある同じ B 面のなかで比較すれば、という話であって、A 面の「生と死の幻想」とは比較できない。それほど、曲「生と死の幻想」は、たとえようもなく美しい。高揚感があって、その盛り上がりかたは黒人ゴスペル・ミュージックの持つそれと同質で、さらに旋律展開がややスパニッシュ・タッチじゃないか。

こう書けば、もう十分言い尽くしたような気がするけれども。曲「生と死の幻想」でゴスペル的に高揚するのは、おしりの約三分間。チャーリー・ヘイデンのベース・ソロのあと、17:23 から最終テーマをデューイ・レッドマンが吹いて(ジャレットの書いたこのテーマ・メロディがこりゃまた格別にはかない美しさで、しかもスパニッシュ・ニュアンスがある)、それが終わりかけのタイミングで(19:18 あたりから)ジャレットがかなりリズミカルなブロック・コード・リフを連打するようになると、打楽器奏者二名も連動し、バンドが跳ねはじめる。

そこからデューイをフロントに出しつつ五人全員で一体となって、ゴスペル・アーシーな盛り上がりを見せているじゃないか。演奏終了まで続くこの約三分間はマジ最高だ。特にジャレットのピアノ伴奏やソロや、その背後でのギレルミ・フランコの出す打楽器サウンドなど、も〜う文句なしにすんばらしい。

こんなキース・ジャレットはほかでは聴けない…、と思うなかれ。チャールズ・ロイドやマイルズ・デイヴィスのバンドでならたくさん聴ける。曲「生と死の幻想」はそのテーマ・メロディの動きが絶妙に切なく美しく高揚するものなんだけど、まず演奏開始後はなかなかそれが出てこない。ジャレットやそのほかほぼ全員が参加している打楽器アンサンブル・パートに続き、チャーリー・ヘイデンのソロになり、次いでボスのピアノが出てくる。

ピアノの音が聴こえはじめると突然、といった感じで雰囲気が変化する。そこまでは乾いた硬質なサウンドだったのが、突如湿ってリリカルになる。もちろんキース・ジャレットはリリカルさ、というか情緒過剰なところが(悪くもある)持ち味なんだけど、この部分だけでなくこの曲全体を通しては、ちょうどいい具合にスパニッシュ・ゴスペルみたいな曲想を盛り上げているじゃないか。ピッタリだ。

そしてデューイ・レッドマンが吹くメイン・テーマが、7:58 でようやく出現。そこからは、おしり三分間のゴスペル高揚も含め、ぼくにとっては気持ちいい時間が過ぎていくんだよね。だから正直に言うと、この曲「生と死の幻想」は、メイン・テーマが出てくるまでの約八分間が不要。ぼく的にはね。

キース・ジャレットのこんな持ち味と表現は、なんども言うが極私的には、それこそがこの人のいちばん美味しい、気持ちいいところなんだよね。チャールズ・ロイド・カルテット時代のそんなジャレットはみなさんよくご存知だと思うので、マイルズ・バンド時代の典型例と、ぼくは評価しないスタンダーズ・トリオでも稀に出現した典型例をご紹介しておく。

スタンダーズ「ガッド・ブレス・ザ・チャイルド」https://open.spotify.com/track/5Y6FKf0AXa77tYxIGNYOvR?si=7dkHSrokRSyI9DzqnuoRyg

2018/09/10

ビートルズも示すソウルとカントリーの近さ

いあや、1曲目「ドライヴ・マイ・カー」がカッコイイったらありゃしない。なんだこれ、なんでこんなにカッコイイんだ?ビートルズでも『ラバー・ソウル』みたいなアルバムになると、ぼくがなにか新鮮なことを言えるなんて可能性はないから、いま聴いての個人的好みと感想だけ記しておこう。どの曲をだれが書き、メイン・ヴォーカルはだれ、楽器ソロをとるのはだれ、みたいな各種情報を記しておく必要はまったくない音楽家だ。

まあそんで、幕開けの「ドライヴ・マイ・カー」一発のカッコよさで決まりっていうのがぼくにとっての『ラバー・ソウル』なんだけど、この曲はちょっと黒っぽいフィーリングというかアメリカ黒人音楽に相通ずるノリがあるように思うよね。この「ドライヴ・マイ・カー」だけじゃなく、『ラバー・ソウル』のなかにはいくつもある。

たとえば、5曲目「シンク・フォー・ユアセルフ」、6「ザ・ワード」、12「ウェイト」などには、わりと典型的なブラック・フィールがあるように聴こえるよね。米リズム&ブルーズ/ソウル・ミュージックみたいに響くんじゃないかと思うんだ。3「ユー・ウォント・シー・ミー」もここに入れていい?ちょっと違う?

ところでさ、「シンク・フォー・ユアセルフ」では、一曲全編をクラヴィネット・サウンドがおおっている。なんてことはもちろんなくて(まだこの楽器は誕生していない)エレキ・ギターなんだけど、かなり深めにエフェクトを効かせ、やっぱりまるでスティーヴィ・ワンダーを聴いているかのような気分になるよ、ぼくは。この粘っこい音色とノリがさ。大好き。

だからビートルズ『ラバー・ソウル』5曲目「シンク・フォー・ユアセルフ」で、実質的なクラヴィネット・サウンド誕生と言いたい。もっとあとになると、彼ら四人はビリー・プレストンと正式共演することになるね。そんなことの先取りが、ここにすでにあった、んだとぼくは最近考えている。6「ザ・ワード」で聴こえるオルガンも黒っぽくファンキーだ。

かつてデビュー前後あたりの時期のビートルズには、アメリカ産黒人ブルーズやリズム&ブルーズ・ソングのカヴァーがたくさんあった。あのころはストレート・カヴァーだったけれど、『ラバー・ソウル』のころになるとみずからの音楽のなかに完全に渾然と融和しているのは、こういった数曲を聴けばわかることだよね。理解と表現が深くなっている。オリジナル・ソングのなかに(そうとわからないほどにまで)溶け込んでいる。

この点で興味深いのが、『ラバー・ソウル』には米カントリー・ミュージック・テイストな曲も数個あることだ。具体的には8曲目「ワット・ゴーズ・オン」、10曲目「アイム・ルッキング・スルー・ユー」、14曲目「ラン・フォー・ユア・ライフ」あたりかがそうかな。一見、ソウル・ミュージック風味とは無関係そうに思えるかもしれないけれど。

実際のところ、アメリカ(の南部)におけるヒルビリー・ミュージックは、以前からぼくも書いているが白人版ブルーズとして誕生し、実際そのころには曲のレパートリーだって黒人白人で共有していたし、そういうのが後のカントリー・ミュージックへと発展した。1950年代末ごろからのソウル勃興(は、べつにリズム&ブルーズの呼び名のままでも中身はいっしょだが)は、黒人ブルーズもさることながら、カントリー・ミュージックからの流れも大きい。実際、南部のスタジオで録音されたサザン・ソウルの伴奏者は白人が多かったし、曲のレパートリーだって、ね。

ビートルズの『ラバー・ソウル』だと、黒っぽいリズム&ブルーズ曲と白っぽいカントリー曲が、まだそこまで一体化はしてなくて、それぞれ別個に並んでいるだけかもしれないが、だからこそ「生の」音楽のありようを垣間見るようで、なかなかおもしろいんじゃないかと思う。曲によっては、二者が溶けかけてポップに昇華されつつあると判断してもいいかも?と思える瞬間もある。「ノーウィジアン・ウッド」「ノーウェア・マン」「イフ・アイ・ニーディッド・サムワン」とかさ。

個人的には「ミシェル」「ガール」「イン・マイ・ライフ」といった、センチメンタルで切な系バラードがかなりの好物なんだけど、このへんにかんして言えることはなんにもないはず。一般的な人気では「イン・マイ・ライフ」だけど(離婚した妻が大好きだった、だからよく弾き語った)、ぼく的には「ミシェル」だなあ、特に。だれもいない部屋でこれをいちばんよく弾いた。

2018/09/09

岩佐美咲ベスト・セレクション by としま updated 2018.9

上のこの岩佐美咲マイ・ベストが2017年の8月作成か。その時点までに発売されている美咲の CD 収録曲を使ってつくったのだが、その後またどんどんシングルが発売されているので、使用可能な曲が増えた。なかにはかなりすごいものがあるんだよね。いや、どれもいつも、美咲はぜんぶいいんだけど、傑出しているときはハンパじゃないすばらしさを聴かせる歌手なんだよね。

だから美咲マイ・ベストも一年に一回程度、ヴァージョン・アップしないといけない。そんなわけで今日書いてみることにした。自分の iTunes 内には、こないだ八月八日発売のシングル「佐渡の鬼太鼓」特別盤三枚を聴いてすぐにつくってあった。なんども楽しんで、これで OK と自分なりゴー・サインを出したのだ。えっ?こないだヴァーチャルなセカンド・アルバムっていうのを書いたばかりじゃないかって?そ〜なんです、ぼくは美咲にゾッコンなんです、こんなもんです。だからいやなかたは無視してください。

以下、その岩佐美咲ベスト・セレクション ver.2 (2018.8)の曲目一覧。どのアルバムやシングルに収録されているか、というのは、今日は省略する。

1. 無人駅
2. もしも私が空に住んでいたら
3. 鞆の浦慕情
4. 初酒
5. ごめんね東京
6. 鯖街道
7. 佐渡の鬼太鼓
8. 北の螢
9. なみだの桟橋
10. 石狩挽歌
11. 風の盆恋歌
12. 旅愁
13. つぐない
14. 空港
15. 手紙
16. ブルーライト・ヨコハマ
17. 20歳のめぐり逢い
18. 涙そうそう(アコースティック・バージョン)
19. なごり雪(アコースティック・バージョン)
20. 糸(ライヴ)

やはりオリジナル楽曲は最初にぜんぶ並べておかないと。その後8曲目から下のカヴァー・ソング・コーナーを、セレクション ver.1とはかなり変えた(つもり)。8「北の螢」〜11「風の盆恋歌」は、ど演歌パートみたいなものとして選曲した。最新曲「佐渡の鬼太鼓」の路線にあわせたつもり。特に「風の盆恋歌」が、いままでなんどもなんども書いてきているが、ヤバすぎる。こんなドロドロした情念演歌を、こんな可愛いキュートな声質でサラッと、しかし同時に濃いめの情緒も、しかしあっさりと漂わせながら、歌いこなすなんて…。

13「つぐない」、14「空港」とテレサ・テン・パート以後からラストまでがライト・ポップス路線で、そのブリッジ役として12に「旅愁」(西崎みどり)を置いた。8月11日付の記事では「手紙」と「風の盆恋歌」にフォーカスしたので触れなかったが、「旅愁」も見事なできばえなのだ。まぁ曲そのものとアレンジがいいってことなんだけど、それを最大限に表現できるのが美咲の資質だ。

「旅愁」という曲は、ちょうど濃厚演歌とライト・ポップスの中間的な色合いのものだと思うんだよね。テレサ・テンのレパートリーもそんなフィーリングだけど、まあだから今日のセレクション12〜14でちょうどいい感じに聴こえるんじゃない?続く由紀さおりとかいしだあゆみとか、フォーク・ミュージック的なものなどへの橋渡しとしても。そしてもちろん、それらはそれらじたいがすばらしい。

「旅愁」「空港」「手紙」の美咲ヴァージョンは今年になって発売されたものだけど、それに混ぜて「つぐない」「ブルーライト・ヨコハマ」(『リクエスト・カバーズ』、2013)を置いてもそんなに遜色ないんだということも発見した。うんまあ正直に言っちゃえば、やっぱり美咲はかなり成長して大人になってきているんだけど、資質の芯の部分は変化していないんだと思う。それが深化しているってこと。

セレクション17「20歳のめぐり逢い」〜19「なごり雪(アコースティック・バージョン)」までは、なにがあっても外せない。なにかがヴァージョン・アップしても本質の根っこのところは消えないでしょ。「20歳のめぐり逢い」は、美咲のカヴァー楽曲を聴いていて、2017年2月に最初にオオッ!となったものだし、「涙そうそう(アコースティック・バージョン)」は、これで部屋のなかでボロ泣きしてしまったものだ。それで美咲のことを忘れられなくなっちゃったんだからさ。それら、大感動だった。ぼくにとっては美咲の本質みたいなもの。

それらの本質は、セレクションがヴァージョン・アップしても入ると同時に、今回の新ヴァージョンでのアップデイトの目玉が、ラストの「糸(ライヴ)」だ。どんなヴァージョン・アップにも売りがあるでしょ。今回の美咲新セレクションでは、「風の盆恋歌」「空港」「手紙」などとあわせ、この「糸」(中島みゆき)のライヴ・ヴァージョンをこそ、聴いてほしい。岩佐美咲史上最高屈指のワン・トラックとして、前回のセレクション以後に発売されたもののなかでの最高の宝石だ。

2018/09/08

ストリーミングで聴く『ベスト・オヴ・ヒバ・タワジ』

Spotify で(ほぼ)同じものをつくっておいた↓
ストリーミングで音楽を聴くときのぼくのメインは圧倒的に Spotify。その次が Apple Music で、三番目が Amazon Music Unlimited かな。それに Anghami と AWA をあわせて、これらでぼくの使っているぜんぶ。deezer も覗いてみたことはあるが、いまのところお金は払っていない。そして、アラブ圏の音楽は、やはり Anghami が強いのだ。

だからヒマなときに Anghami も徘徊しているのだが、ついこないだヒバ・タワジのベスト・セレクションみたいな謹製プレイリストを見つけて、悪くないなと思ってときどき流している。そう、こういうのはジックリ対面するように聴き込むとしんどいが、BGM 的に流しておけば快適なのだ。それに、ヒバでしょ、粘って重たい部分もある歌いかたのひとだから、ヒバ好きなぼくでもいつも正対しているわけじゃない。

ネット配信(CD があるものはぜんぶストリーミングで聴けるが、CD が入手困難な?存在しない?ものがネットにある)で聴けるヒバのアルバム・フォーマット作品は、リリース年記載順に以下の五つでぜんぶのようだ。五つとも Anghami と Spotify の双方にある。ぼくは三つまでしかフィジカルで持っていない(ってか、それ以外は CD あるの?)。持っているものは * 印。

『Oussama Rahbani with Hiba Tawaji & Wadih Abi Raad (Live)』(2011)
『Ya Habibi』(2014)*
『La Bidayi W La Nihayi』(2015)
『Live In Byblos』(2016)*
『Hiba Tawaji 30』(2017)*

Anghami 公式『ベスト・オヴ・ヒバ・タワジ』は、基本、ビブロス・ライヴを除く四作品からのチョイスみたいだ。Spotify でほぼ同じものを作成できたが、一つだけ Spotify になかった曲が「Wehyat Elli Rahou」。Anghami のでは2013と記されている。それはどうやらスタジオ録音のようだけど、Spotify にはない。代わりにというか、ビブロス・ライヴで同じ曲をやっているのでそれを入れておいた。

違いはこの一個だけ。だからもし聴いてもいいよと思ってくださるかたは Anghami、Spotify、どっちのプレイリストでもいいんじゃないかと思う。Anghami のがサーヴィス公式のプレイリストなのに対し、Spotify のはそれを見ながらぼくが勝手に真似て自己作成したものだっていう点だけ。

どの曲がどのアルバムに…、なんてことは書く必要がない、というかそんなことを意識しないで楽しむのがいいんだよね、こういうのは。それに長い。二時間以上あるし、だからなんとなく部屋のなかで流して雰囲気をつくって、なにかお料理でもお掃除でも、読書でも仕事でもなんでも、やっていればそれでオーケー。ヒバのような濃いめな持ち味の歌手でも、そうやればあっさりと楽しめる。ヴォリュームはすこし下げて。

個人的に『ヒバ・タワジ 30』に思い入れが強いもんだから、それの収録曲は流れてきた瞬間にアッ!と思うんだよね。でも事実上のデビュー作『ヤ・ハビビ』収録ナンバーでもさほどの大きな違いはなかったと、この混ぜこぜプレイリストを流していて気がついた。それは主にウサマ・ラハバーニの手がけるオーケストレイション・サウンドが一貫しているおかげだ。うんまあやっぱりヒバのヴォーカルは変化して深みを増しているね。

そんなことで、『ヤ・ハビビ』のこともあらためて見直したのだった。いい作品だった。あのころ、2014年か、あまりそんなに強い印象は受けず、なかなかいいポップ良作だよねといった程度の感想だったのだけど(あと、ぼくの大好きなマライア・キャリーのフォロワーだなというのは強く響いた)、いっしょくたに流れてくると、『ヒバ・タワジ 30』で結実する芽をたしかに感じる。間違いない。

この点では、CD があるのかないのかわからないが2011年の『Oussama Rahbani with Hiba Tawaji & Wadih Abi Raad (Live)』収録曲は、まだまだイマイチ。イマニ、イマサンだったりするかも。なかでもアストール・ピアソーラの「リベルタンゴ」をやっているが、出来はどうもちょっと…。ピアソーラ云々ではなく、意気込みが先行してヴォーカル表現がついていっていない。ウサマの選曲だったんだろうけれど。

これもフィジカルをぼくは見つけられない『La Bidayi W La Nihayi』のものとなると、リリースが『ヤ・ハビビ』の翌年との記載だし、だいぶよくなっているよね。このアルバムの CD があるならぜひほしいんだけど、ないのかなあ?ジャケットもいい雰囲気だしと思うんだけど。いいものだから CD でほしいという発想が、もはや時代遅れだろうけれどさ。

『ベスト・オヴ・ヒバ・タワジ』プレイリスト全体では、アラブ古典もいいけれど、印象が強くて耳に残るのは、個人的嗜好品だからということなんだろう、ジャジーな曲や、ラテン・タッチなもの(アフロ・キューバンだったりアバネーラだったりボサ・ノーヴァだったり)だ。アラブ歌謡のなかにジャズやラテン・ミュージック要素が溶け込んでいるのは常識だが、ヒバ&ウサマのタッグは、フェイルーズ&ラハバーニ兄弟のそんな表現よりも、ぼくはいっそう好き。

ヒバのヴォーカル・スタイルの目立った特色も印象に残る。一言にして「重く、濃い(すぎる?)」。だけど、ちょうどこう、そうだなあ、日本の演歌歌手の一部によくあるものじゃないか。似通った歌唱法だよね。ヒバは声の出しかたも強いし、またフレーズ終わりフレーズ終わりで母音をグリグリグリ〜ッと重ねこねくるようにしながら伸ばす。アァアァアァ〜とかイィイィイィイィ〜とかさ。

また良くも悪しくも、ヒバはドラマティックだ。盛り上がりかたが激しい。盛り上がらなくても、声と表現が強い。それらが過ぎるように感じるばあいも、リスナーによってはあるんだろうと納得できる。アラブ古典歌謡の典型の一つだろうとは思うんだけどね。アメリカのジャズ・シンガーのなかにもいるかな。日本の演歌界には、書いたように、たくさんいる。

ヒバの活動のトータル・プロデューサーとなっているウサマ・ラハバーニのアレンジも、そういったヒバの持ち味を生かすべく書かれているし、というか、これはウサマの薫陶よろしきを得てヒバがこうなったということなのか、相互作用で両者ともにこういうふうに歩んできているのか、よくわからないが、21世紀に出現した類稀なる音楽コンビ、傑出した女性ポップ歌手であるには違いない。

2018/09/07

マイルズ『ツツ』の声

1981年復帰後のマイルズ・デイヴィス最高傑作は1986年のワーナー移籍第一作『ツツ』(TUTU) だとずっと思っていて、最近はこれがくつがえって『アマンドラ』になりつつある。それでも長年愛聴してきた『ツツ』だから、いまだに思い入れは強い。リリース時に宇田川町時代の渋谷タワーレコードでアナログ US 盤を買って、そりゃあもう聴いたなあ。当時、なにかのラジオ番組でピーター・バラカンさんも同じように高く評価するという意味のことをおっしゃっていたのがうれしかった。

なんたってまずこのジャケットがいいよね。当時発売のアナログ盤(といっても日本盤のことは知らない)では、裏ジャケもレコードを入れる内袋のデザインも、これの発展形だった。CD でも、ある時期の紙ジャケット盤(は日本盤)ですべて再現されている。それらのアート・ワークは石岡瑛子の手がけたもの。中身の音楽も好きだったが、このジャケットと内袋にやられちゃっていた。評価も高くて、石岡はなにかの賞をもらったんじゃなかったっけ。

左は裏ジャケット、右は内袋(の裏は各種クレジット記載)。

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アルバム『ツツ』収録曲のなかで、その後のマイルズ・ミュージック史上いちばん出世したのが「パーフェクト・ウェイ」。おなじみスクリッティ・ポリッティの曲だけど、ぼくのばあいはこのマイルズ・ヴァージョンで、このバンドの存在じたいはじめて知った。B 面2曲目と位置も微妙だし、出来も、まあこんなもんかなと思っていた感想が、いま聴きかえしても変わらない。

しかしその後のマイルズ・バンドによるライヴ・ツアーで「パーフェクト・ウェイ」は定番レパートリーになり、重要性も意味もポジションも上昇し、1990年からはコンサートのオープニング・ナンバーとして使われるようになった。スクリッティ・ポリッティをマイルズに提案したのは、プロデューサーのトミー・ラプーマ。レコードをもらったなかからマイルズ自身がこの曲を選んだ。

「パーフェクト・ウェイ」は、いっときワーナー移籍第一作のアルバム・タイトルにしたいとマイルズ本人はアイデアを持っていたくらいで、たぶん歌詞とか曲題とかに強く共感したところがあったんじゃないかと思う。『ツツ』収録ヴァージョンはイマイチでも、その後の各種ライヴ・ヴァージョンでは、スピーディになって疾走感も増し、バンドの演奏もグッとよくなっている。

そう、いま書いた二点、プロデューサーがワーナーのトミー・ラプーマだったことと、バンドの演奏も…、云々というこの二つのことは、『ツツ』制作を考える際には、逆の意味で強く作用する。ご存知のとおり、この作品は、当時のツアー・バンドをほぼ起用していない。と同時に、プロデュースしたのは実質的にマーカス・ミラー。繰り返す必要もないが、マーカスほぼひとりがオーヴァー・ダブを繰り返しまくってカラオケ・トラックを作成した。

ワーナーに移籍して以後のマイルズ・ミュージックは、スタジオ作品とライヴ・ワークのバランスというか、スタジオでセッション・メンを起用して完成させた曲を、レギュラー・バンドでのライヴでどうやるか、が一つの課題になっていたように思う。そして、1988年ごろからかな?ライヴでも<スター&その伴奏バンド=カラオケ生演奏>という構図が鮮明になっていた。

このテーマはちょっと別個に独立させて考えてみたいので、今日のところは掘り下げない。マイルズもジャズ界出身の音楽家であったとはいえ、1986年のワーナー移籍のころから一般的なポップ・ミュージック制作の手法を、スタジオでもライヴでもとりはじめるようになったということなんだろうね。ジャズ界では異例でも、ポップス界では当時すでに常識的だった。

アルバム『ツツ』。大学院生のときに買って聴いていたときいちばん好きだったのが1曲目「ツツ」、3曲目「ポーシア」、5曲目「バックヤード・リチュアル」、そしてなんたってアルバム・ラスト8曲目の「フル・ネルソン」だった。こないだから聴きかえしていても、やはりほぼ同じ気持ちになる。

それはそうと、関係あるのかないのかわからないが、その「Full Nelson」。マイルズは1947年に同題の曲を書きチャーリー・パーカー・コンボでレコード録音している。自分のバンドでも1956年に再演したのが『ワーキン』に収録されているよね。そっちはぼくは「フル・ネルスン」と表記することにしている。

『ツツ』の「Full Nelson」は、アルバム題が南アフリカのアパルトヘイト政策に抗議する意味を持っているものなのに呼応して、この8曲目もネルソン・マンデラへの言及題なんだよね。この1986年当時、アメリカの音楽界でもそんな動きが盛り上がりを見せていたよね。マイルズだって『サン・シティ』へのゲスト参加を果たしている。

『ツツ』の「フル・ネルソン」は、まあでもそんなテーマとは関係なく、ファンク・ミュージックとしてぼくは大好き。最初はボスのミューティッド・トランペットとマーカスのソプラノ・サックスとの親密な会話にはじまって、サンプリングされたマイルズの声が入るのがキューとなり、リズムが出る。その軽くて乾いた音色のエレキ・ギター・カッティングも好きだ。

テーマ(?)演奏部もトランペットとソプラノ・サックスの会話で進む。ドラム・マシンを使ったデジタル・ビートも、ここではあんがいイイよね。無機的なようでいて、この曲の持つ軽くて薄い曲想やノリ、フィーリングをうまく表現できていると思う。ボスのトランペット演奏も、この「フル・ネルソン」でのものが、アルバム『ツツ』ぜんぶを通していちばん出来がいい。なんたって元気だ。

終盤部でフィーチャーされフェイド・アウトしていくマイルズのソロがなかなかいいんだけど、そこへ入る瞬間にも、やはりあのしわがれ声のサンプルがキュー的に入る。ソロが出てからもワン・フレーズやったときに入るし、それ以外でもこの「フル・ネルソン」ではマイルズの声が、わりと頻繁に聴こえるよね。そんなところもぼくがこのアルバムを大好きな理由かも。

話がそれるようだけど、マイルズの録音作品って、わりとたくさん彼の声が聴けるように思う。ジャズと言わずなにと言わず、ここまで声(主にスタジオ・セッション中の会話や、曲演奏開始前、終了後などで発する声だけど)がたくさんレコードに収録されている音楽家って、ほかにいないのでは?ヴォーカル作品で歌が聴けるのとは意味が違うよね。

主にテオ・マセロ・プロデュース時代のことだったっけ?とふりかえってみると、そうでもない。プレスティジのアルバムでもマイルズの声は頻繁に聴ける。『ツツ』だと会話とかじゃなくて、なにかの声をサンプリングして使ってあるんだよなあ。遺作となった『ドゥー・バップ』でもイージー・モー・ビーがやはり同様に使っているし。

どうしてこんなに声が聴こえるんだろう、マイルズのレコードは?だってさ、マイルズ自身は、まぁある時期以後、悪く言えば恥も外聞もなくなってライヴ・ステージでもどんどんしゃべるようになりはしたけれど、ずっと長いあいだ、人前ではしゃべりたがらないひとで、シャイな性格というのと、声量も小さいのと、やはり若い時分に喉をつぶしてしまってあんなガラガラな声質になっちゃったのが心の負い目で、バンド・メンでもなに言ってるか聞きとりづらいというほどだったんだからなあ。

それが晩年ではなく、青壮年期からのレコードであんなにどんどん声が聴けるのは、そうか、そんなマイルズだったからこそ逆にというかあえてというか、主に演奏前後に入れられるようになっていたということなんだろうか?マイルズも、気を許した相手にはよくしゃべりよく笑う人だった。でも、『ツツ』でのマーカスや『ドゥー・バップ』でのイージー・モー・ビーは、ある種のリスペクト行為&音楽要素として声を挿入してあるんだよね。

あれっ〜?声の話がメインになっちゃったぞ。音楽の中身の話が少なくなってしまった。一時期いろんな音楽で頻用されていた、あのオーケストラル・ヒットっていうやつ、例のジャン!っていうの、あれをぼくがはじめて体験したのが『ツツ』1曲目のタイトル曲だ。当時はカッコイイなぁ〜って思っていたよ。

スパニッシュ・スケールを使った3曲目「ポーシア」はむかしもいまも好きだけど、その前の2曲目「トマース」(Tomaas)もちょっとそんなスパニッシュ・ニュアンスがあるような気がかすかにしている。5曲目「バックヤード・リチュアル」だけはマーカス主導ではなく、ジョージ・デュークがリーダーシップをとって完成したもの。かなり好きなんだけど、ジョージ・デュークという名前の意味するところ、フランク・ザッパとの関係なんかは、1986年当時のぼくは全然知らず。

2018/09/06

プリンスが(ほぼ)ぜんぶ Spotify で聴けるようになったので(其の二)

Spotify_2018aug18

ずっと前からプリンスについて書いてきているが、特に今年二月から三月にかけて集中的にたくさん書いた。それらのなかには、自分でこれという選曲をしていい感じに聴こえるように並べた一覧を書いたもの、書かなかったもの、両方含め、いままでネットではさほどたくさんのプリンス音源が自由にならなかったので、ポチッとすればそのまま聴けて、読みながら楽しんでいただけるということを諦めたものがある。

昨日書いたように、つい最近 Spotify でプリンスのほぼすべてが聴けるようになったので、あらためてそれらについてプレイリストを作成し、ぼくの文章をお読みになる必要などないけれど、せめてなんとか音源にだけにでも耳を傾けていただけたらと思い、今日、以下に記しておく次第。このブログでの記事登場順に。

(1)プリンスの一番ディープなファンク・アルバム
これはぼくのセレクションではない。三枚組のライヴ・ボックス・セット『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』の三枚目『アフターショウ』について書いたもの。いやあ、これはなかなかすごいことになっていると思うよ。二年以上前に書いた内容にさほど手をくわえる必要を感じな…、あ、いや、うんまあやることあるんだけど、今日はこのまま直さないでおく。
(2)Nothing Compares 2 U, Prince!
『アフターショウ』を除く、『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』本編二枚について書いたもの。記事本文内で特にセレクションは書いていないが、ぜんぶ通して聴くとやや長いし、個人的にはイマイチかな?と感じる部分もあるので(特に終盤のピアノ弾き語りパートに)、やはりピック・アップして並べたものを作成した。オリジナル・アルバムでの登場順にはなっていない。「テイク・ミー・ウィズ U」〜「ラズベリー・ベレー」〜「エヴァーラスティング・ナウ」の三連発で昇天だ。
(3)立ち去りがたく 〜 プリンス『クリスタル・ボール』
本来的には附属品であったアクースティック・サイドの『ザ・トゥルース』を外しても、『クリスタル・ボール』は三枚組。量も多いが質もかなり多彩だ。このアルバム収録曲群を録音した(判然としないが)1980年代後半〜90年代前半は、プリンスの創造意欲と能力が、ふだんからいつも高いのにそれに比しても異常にハイ・レヴェルにあった時期。ロッカーというよりファンカーだったし。宝石も多い。
(4)プリンスのギターがカッコイイやつ
この記事本文でも書いてあるが、今年二月、三月のプリンス集中特集の動機は、彼がギターをカッコよく弾きまくっているのを一堂に集めて浴びるように聴きたいということだった。それでほぼすべてのアルバムを聴きかえしてはピック・アップしていた。だから、これこそが本望だ。

しかし、二曲が Spotify にない。『ザ・ブラック・アルバム』がないので「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」が使えない。ジミ・ヘンドリクス ・トリビュートの企画盤『パワー・オヴ・ソウル』がないので「パープル・ハウス」も使えない。

がまあそれでも、この記事をアップした三月時点と比較したらグンと飛躍的に聴ける曲が増えた。プリンスのギター狂っぷり、すなわちひいては<音楽こそすべて>的アンセム「ギター」も聴けるし、『クリスタル・ボール』もいける。そしてなんといっても、プリンスがカルロス・サンタナになりきって弾きたおす「エヴァーラスティング・ナウ」(『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』)をシェアできるのが、この上ない喜びだ。サイコーなんだぜ。
楽しんでいただけたら、幸せです。

2018/09/05

プリンス 30

プリンスの作品が(ほぼ)ぜんぶ Spotify で聴けるようになりました。

日本時間の昨日2018年8月18日 02:13 に Spofity 公式 Twitter アカウントから発表があった、プリンス作品の大幅追加。それまで Spotify で聴けなかったものが一気に可能となった。これで、ぼくが見た限り、Spotify で聴けないプリンスは『ザ・ブラック・アルバム』『ヒット・ン・ラン・フェイズ・ワン』『ヒット・ン・ラン・フェイズ・トゥー』の三枚だけ。あと、なにかの企画盤に一曲だけ参加とか、そういったものはまだなかったりするが、もうそれだけだ。

ライヴ盤『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』の本編と『アフターショウ』もあるし、音源だけでは流通していなかった、音楽 CD はあのバカでかい写真集の附属品だった『インディゴ・ナイツ』もある。12インチ・ヴァージョンしかなかったようなシングル(たとえば「KISS」の長いやつ)だって聴けるし、そればかりか、NPG ミュージック・クラブ(だっけ?)会員向け限定ネット配信だった作品だって Spotify で聴けるんだもんね〜!うれしい〜。

だから、これでほぼぜんぶ聴けるようになったぞ。これが快哉を叫ばずにいられますかって〜の!最近、こんなにうれしかったことはない。

(ほぼ)ぜんぶのプリンス音源を使えるようになったので、これまでも自分用に iTunes で作成して楽しんでいたプリンスのマイ・ベスト・セレクションを、そのまま Sptofy のプレイリストとして作成することができたのでやっておいたのが、いちばん上のリンク。いやあ、楽しいったらありゃしない。みなさん向けにっていうより、自分用として、いつでもどこででも、iPhone 一台あれば不自由なくぜんぶ聴けるのがあまりにも楽しすぎる。

Spotify のプレイリストとしてプリンスのマイ・ベストを作成するにあたり30曲というくくりを設けて、それでやってみた。それまで自分自身が楽しんでいた iTunes プレイリストは実はもうすこし短かかったのだ。曲の並びは、聴いて楽しい、流れがいい、という審美要素に、ぼくなりに最大限配慮して、自分が本当に大好きなものだけ30、選んでおいた。

必要ないとは思うけれど、以下、曲目と収録アルバム一覧。

1. Jam Of The Year (Emancipation)
2. Little Red Corvette (1999)
3. Take Me With U (Purple Rain)
4. Raspberry Beret (Around The World In A Day)
5. Te Amo Corazón (3121)
6. Sign O The Times (Sign O' The Times)
7. Play In The Sunshine (Sign O' The Times)
8. Housequake (Sign O' The Times)
9. Dorothy Parker (One Nite Alone...Live! - The Aftershow)
10. Guitar (Planet Earth)
11. I Like It There (Chaos And Disorder)
12. Crucial (Crystal Ball)
13. Sexy M.F. ([Love Symbol])
14. Betcha By Golly Wow! (Emancipation)
15. La-La (Means I Love U) (Emancipation)
16. I Can't Make U Love Me (Emancipation)
17. Alphabet Street (One Nite Alone...Live! - The Aftershow)
18. 7 ([Love Symbol])
19. Sweet Baby ([Love Symbol])
20. Mountains (Parade)
21. Kiss (Parade)
22. Peach (xtended Jam) (One Nite Alone...Live! - The Aftershow)
23. The Work Pt.1 (The Rainbow Children)
24. Nothing Compares 2 U (The Hits/The B-Sides)
25. Peach (The Hits/The B-Sides)
26. The Ride (Crystal Ball)
27. Extraordinary (The Vault: Old Friends 4 Sale)
28. Get On The Boat (3121)
29. How Come U Don't Call Me Anymore (The Hits/The B-Sides)
30. Goodbye (Crystal Ball)

オープナーとクローザーはその雰囲気にふさわしいものを、と考慮して置いた。幕開け以後はまずキャッチーなポップ・ヒット・チューン三曲を並べ、次に今回ようやく使えるようになった美メロの哀愁ラテン・バラード「テ・アモ・コラソン」を。

『サイン・オ・ザ・タイムズ』一枚目 A 面は完璧なのでそのまま使い…、と思ったが、「ザ・バラッド・オヴ・ドロシー・パーカー」はライヴ・ヴァージョンに差し替えた。これ、なかなかヤバいよね。『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!:ジ・アフターショウ』からは、「アルファベット・ストリート」も、プレイリスト17曲目に入れた。

10「ギター」〜12「クルーシャル」は、プリンスのギター弾きまくりショウケースみたいな並び。もっといろいろあるけれど、それは明日に乞うご期待。明日にという理由で、本当はこれがプリンスの全音源のなかで、ひょっとしたら一番好きかも?と自分では思う「エヴァーラスティング・ナウ」のサルサ・ファンク・ヴァージョン(『『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』)は、今日、見送ることにした。

シンガー・ソングライターだったプリンスだから、とは思うものの、『イマンシペイション』からのカヴァー・ソング三曲は入れたい。「ベチャ・バイ・ゴーリー・ワウ」(スタイリスティックス)、「ラ・ラ(ミーンズ・アイ・ラヴ U)」(デルフォニクス)、「アイ・キャント・メイク U ラヴ・ミー」(ボニー・レイット)。楽しく、きれいで、そして切ないもんね。

『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!:ジ・アフターショウ』からとった22「ピーチ(エクステンディッド・ジャム)」は、たしかに25「ピーチ」の発展形には違いないとは思うけれど、原曲の痕跡はほぼなし。前者ライヴ・ヴァージョンのサビ(ボスが「ターナラウンド!」と合図する)で、解体された原曲メロが出るだけじゃないかな。オリジナルは12小節の定型ブルーズなんだけど、それもなくなってワン・コード・ファンクになっている。ノリがディープでいいよねえ。

泣きの絶品トーチ・ソング「ナシング・コンペアーズ 2 U」を経て、25「ピーチ」、26「ザ・ライド」と、ストレート・ブルーズ二発を通過。愛する対象を無条件にひたすら称える美メロ・バラード「エクストローディナリー」、ラテンなファンク「ゲット・オン・ザ・ボート」で、終盤ノリよく。

最後に、美しく、切なく哀しい歌をふたつ並べておいた。特に(『クリスタル・ボール』収録曲なせいか)あまり話題になることのない、プレイリスト・オーラスの「グッバイ」。こんなにもきれいでこんなにも切ない歌がこの世にあるのだろうか?と思っちゃうほど、きれいだね。メロディ・ラインがね、本当に泣けるよね。

2018/09/04

「チュニジアの夜」決定版はこれ

アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ。1958年にラインナップを一新、リー・モーガン、ベニー・ゴルスン、ボビー・ティモンズ、ジミー・メリットの編成になった。その後、サックスがハンク・モブリーを経てウェイン・ショーターに交代。そのウェインが1964年に辞めるまでの計五年間が、このバンドの最も充実していた時期だった。その間、カーティス・フラーをくわえての三管時代もあった。

そのなか、ウェイン・ショーター時代では、特に1960年録音61年発売の『ア・ナイト・イン・チュニジア』がかなりいい。その時期のジャズ・メッセンジャーズ最高傑作かもしれない。あまりにも有名すぎるジャズ・スタンダード(ディジー・ガレスピー作)を、ブレイキー自身それまでも無数に演奏してきていたにもかかわらずいま一度正式スタジオ録音しアルバム題にまでしているわけだから、自信のほどがうかがえようというもの。

1989年のリイシュー CD 以来、このアルバム『ア・ナイト・イン・チュニジア』には二曲のボーナス・トラックが入るようになり、Spotify などネット配信でも同じ。しかしそれらもあわせると、このアルバムの意図がわかりにくくなってしまう。なぜなら追加二曲のうちひとつはポップ・スタンダード(「ウェン・ユア・ラヴァー・ハズ・ゴーン」)だから。

アルバム『ア・ナイト・イン・チュニジア』とは、一曲の超有名アフロ・キューバン・ジャズ・スタンダードの、大上段に構えた(やや大げさで?)真っ向勝負な再演を軸に、それ以外は当時のフレッシュなバンド・メンに書かせたオリジナル小品を並べて、全体的に、リーダーであるドラマーのバンド統率能力(ドラミング、リズム・アンサンブルなどとあわせ、曲創りなどでもサイド・メンをうまく活用できること)を示すという、そういったプロダクションなんだよね。

オリジナル小品のなかでは、ウェインの書いた2曲目「シンシアリー・ダイアナ」(レコード A 面はここまで) とリー・モーガンの5「コゾーズ・ワルツ」はどうってことないかなと思う。個人的には、ボビー・ティモンズ作の3「ソー・タイアド」、モーガン作の4「ヤマ」がおもしろい。ところでこの3、4の曲名は逆でもよかったんじゃないの〜?

だってさ、「ソー・タイアド」はこんな曲題だけど気だるいいところのない快活陽気でラテン・タッチな曲。いっぽう「ヤマ」はタイアドなというかレイド・バックの極地みたいなリラクシン・スローなんだよね。大学生のころ、「ヤマ」のこんなくつろぎすぎているような雰囲気が大好きだった。ちょっとしたフランス映画なんかにも似合いそうで、実際、当時のハード・バッパーはフィルム・ノワールの音楽をよくやった。

でもいま聴きかえすと、「ソー・タイアド」のラテン・タッチのほうがおもしろいかも。アフロ・キューバン・リズムは、このアルバムのやはりメイン・テーマなんだよね。ボス、ブレイキーの、あるいはプロデューサーの、そんな意図と指示で、そういった曲がほしいんだとあえてオーダーしてティモンズに書かせた可能性だって考えられる。サビ部では4/4拍子だけどね。さらにドラマーだけでなく、ベーシストもピアニストもラテン・リフを一丸となって演奏しているのがイイ。

そんなわけでアルバム1曲目の「チュニジアの夜」。ここで聴ける1960年8月14日録音ヴァージョンはスペシャルだ。11分以上もあるこの演奏は、テーマ演奏部を除くと、大まかに言って打楽器乱れ打ちパートと、トランペット、サックスそれぞれによるカデンツァ・パートに分けられる。もちろん本編部にも管楽器ソロはあるのだが、ソロ内容という意味ではカデンツァ部をこそが聴きもので、本編中のソロは、その背後でのリズム三人の動きにこそ着目したい。

ボスのブレイキーも、そんな本編アレンジにしたかったから、別個、ショウケースとしてのカデンツァ部を設けたんじゃないかとさえ思う。もちろんこの当時のジャズ・メッセンジャーズの音楽監督はウェイン・ショーターなので、ウェインが曲のそんなアレンジを手がけた可能性はある。しかしそれだってウェインがそうやるだろうという信頼、つまりはボスのリーダーシップ下で、ということになるじゃないか。

このヴァージョンの「チュニジアの夜」では、イントロ部で、もう打楽器火山大爆発。打楽器以外はジミー・メリットのベースだけ。ほかのサイド・メンはみんなパーカッション類を手に、叩き刻んでいる。なかでもだれだかわからないがクラベスで3・2クラーベのパターンをやっているのが目立つ。マラカスも聴こえる。メイン・テーマ演奏を導くものとしてピアノ・リフが出てくると、サイド・メンのパーカッション乱打はいったんおやすみ(ってことは管楽器の二名だけがやっているのか?)。

ホーン二名のソロが終わるとベース・ソロ部。そこはセロニアス・モンクの「エヴィデンス」みたいなアレンジだ。しかしモンクのそれと違っているのは、合奏部リフの入りかたがクラーベ・パターンを援用したものであるところ。それも終わると、パーカッション・オリエンティッドなリズム・オージー・パーティに突入。ここでもベーシスト以外はたぶん全員が打楽器を打ち鳴らしている。いやあ、楽しいですねえ。

演奏終盤の、トランペット、テナー・サックスの順で演奏されるカデンツァ・パートでは、二番手ウェイン・ショーターのそれが、どんちゃん騒ぎの狂熱を冷ますかのようなひんやり爽やか触感のフレイジングで、余熱を残しつつ見事にクール・ダウンしてくれるのもナイス。

2018/09/03

オーガニック・アフロ・ポップの走り?(2)〜 ユッスー篇

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こっちも2002年リリースのユッスー・ンドゥール『ナッシングズ・イン・ヴェイン』。英語のアルバム題は、たぶん『アイズ・オープン』(1992)以来なんだっけ?そっちと同様にこのオーガニック・テクスチャーな2002年盤のほうもワールド・マーケットを意識したということかな。リリースに際しての契約関係のことをぜんぜん知らないが、音楽内容として『アイズ・オープン』に相通ずる部分と、そうでない部分とがある。

簡単に結論から言ってしまうと、ぼくは高く評価している『アイズ・オープン』の音楽の、外へ向いた開放性というか、アフリカに根ざしつつ、というかそれがあるからこそ世界にアピールしているという強いメッセージ性、前向きなサウンドの肯定感は、『ナッシングズ・イン・ヴェイン』の全体をも貫いている。ここは、たぶん、ユッスーという音楽家の一貫して変わらぬ信念なのだろう。

でも、サウンドの質感はもちろんかなり異なっている。『セット』『アイズ・オープン』を代表作とするような、電気・電子楽器をにぎやかで派手に使って声を張る躍動感に満ちたハイ・テンションぶりは、『ナッシングズ・イン・ヴェイン』では影を潜め、代わって落ち着いて耳あたりやわらかめなアクースティック・サウンドが中心になっているよね。

ユッスーの『ナッシングズ・イン・ヴェイン』で目立つ楽器の音は、主にコラだ。それとリティやアクースティック・ギター、くわえてパーカッション群などが中心になってアルバムのサウンドを織っている。バラフォンもけっこう聴こえる。それらとバック・コーラスと主役男性ヴォーカリストの声が自然と混ざり合っている。

でもサリフの『Moffou』で感じる一種の哀感というか、ちょっとこう、諦観?みたいなものなのか?そこまでのものじゃなくても、ちょっぴりロー・ダウンなフィーリングが、ユッスーの『ナッシングズ・イン・ヴェイン』にはない。もっと明るく、やはり跳ねている。これは音楽家としてのキャリアの違いか、スタンスとかアティテュードの違いか、ぼくにはわからない。

サリフの『Moffou』ではいっさい使われていないいわゆるドラム・セットもユッスーの『ナッシングズ・イン・ヴェイン』ではどんどん使われている。さらに二つの曲でコンピューター・プログラミングもクレジットされているし、鍵盤シンセサイザーの音みたいなものだってかなりたくさん聴こえる。

それらもぜんぶひっくるめた上で、それでもなお、ユッスーの『ナッシングズ・イン・ヴェイン』のサウンドはオーガニックだと聴こえるんだよね。石油から精製したような製品ではない、有機的な「ナマの」感触がある。なんだかんだ言ってやっぱりアクースティク楽器演奏が中心になっているし、電気・電子楽器などの音も、人間の息吹を感じるような生命感、肉体感を持っているよね。

アルバム・ラストの曲「アフリカ、ドリーム・アゲン」は、まあいつものユッスー節だなという曲題と内容で、しかもデジタル・サウンド・メイクが中心になっているようだけど、『アイズ・オープン』で聴けた、たとえば「ニュー・アフリカ」「ザ・セイム」などと同主題でありながら、伴奏サウンドもユッスーのヴォーカルも落ち着きと静けさを増し、音楽(家)の成熟を感じる内容だ。心地良い有機質感で聴き手の心にやさしく触れるから、いっそう深い感動を得ることができる。

2018/09/02

オーガニック・アフロ・ポップの走り?(1)〜 サリフ篇

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ソナ・ジョバーテの記事でオーガニック・アフリカン・ポップスと言い、サリフ・ケイタの『Moffou』とユッスー・ンドゥールの『ナッシングズ・イン・ヴェイン』に言及したら、やはり案の定聴きなおしたくなってそうした。ホ〜ントいいよねえ、この二枚。調べたらどっちも2002年のリリース作で、サリフのが三月、ユッスーのが十月に出ている。サリフのほうはこの次の『M'Bemba』のほうがもっといいのかもしれないと、これも聴きなおしてそう感じたが、今日は『Moffou』の話をする。

どっちも2002年に発表されたサリフの『Moffou』とユッスーの『ナッシングズ・イン・ヴェイン』が、はたして21世紀型オーガニック・アフロ・ポップ路線を切り拓いたさきがけだったのかどうかは、ぼくにはわからない。とにかく聴いていて疲れない、緊張感を強いられない、リラックスできて、じっくりゆっくりとその音の世界にひたって快適にときを過ごすことができるということだけは、間違いない実感だ。

サリフの『Moffou』の前作が『Folon: The Past』。ソロ・デビューの『Soro』以来そこまで、ドラム・セットや電気・電子楽器も派手に使ったにぎやかなサウンドで、サリフのヴォーカルの突き刺すような鋭さ・強靭さを際立たせるいうようなプロデュースになっていたよね。そういうのが2002年の『Moffou』できれいに消えた。

一番耳をひくのが、サリフたったひとりでのアクースティック・ギター弾き語りトラックが三つ(2「Iniagige」、5「Souvent」。8「Ana Na Ming」) もあるということだ。このアルバムを手にする二年前にブルーノート東京でサリフのライヴに接していたが、一夜の2セットとも一曲だけサリフひとりでの弾き語りがあって、あのときすこし驚いて、あぁでもこういうのもそりゃあやれるひとだよな、当然か、でもバンドのハード・グルーヴに乗った歌のほうがもっと好きだなと、その日の青山ではそう感じていた。

『Moffou』が出てみると、同様のものが三曲もあるわけで、2000年ブルーノート東京公演のときに新作準備が…云々とかいうことではなくて、サリフも若い時分からアクスースティック・ギター一本抱えてさまよっていたひとなんだそうだし、アンバサデュール時代にバンドのヴォーカリストとして名を成したものの、ふだんからギターを弾いて歌うなんてのはあたりまえの日常なんだろうと、いまでは思う。

素顔とほんのすこしのナチュラル・メイクで、天然コットン100%の薄衣をまとって、ふわりとそこに自然体で座っている 〜 こういった飾りすぎない普段着姿ってことがサリフの『Moffou』の音楽ってことかなあ。それでもやはりハードなグルーヴ・ナンバーで、女声バック・コーラスがにぎやかで、サリフがかつてのようなメタリックな声で咆哮する曲もある。3曲目「Madan」、4「Katolon」がそうだね。

落ち着いているからハードとはいえなくとも、やや派手めのビートが効いたバンド合奏による、6曲目「Moussolou」、7「Baba」、9「Koukou」だって、似たような傾向のグルーヴ・ナンバーと言えるかも。しかしそれら、3、4、6、7、9、そして10曲目でも、さらに1曲目の「Yamore」でも、有機的でアクースティックなサウンド・テクスチャーをこそ聴いてほしい。

響きの中心に複数台のンゴニとアクースティック・ギターがあるんだけど、そういった、良くも悪しくも「人工的」でないサウンド創りが、20世紀と21世紀の変わり目あたりにサリフが強く意識したことだったのかも。そういうのがアフリカ音楽の<本来の>ありようだと言えるのかどうかはぼくにはわからない。というか、たぶん違うんだよね。エレキ・ギターや電気・電子鍵盤楽器やコンピューターの使用は全世界でごく自然なことだ。オーガニック・サウンドがアフリカ的だと言うのは、ヨーロッパ人がアフリカに対し身勝手に抱くイメージにもとづくものかもしれない。

さらに、サリフ(やユッスーや、その後に続いている音楽家たち)のやるオーガニック・サウンドは、単純なルーツ回帰ということでもないような気がする。前からぼくも繰り返しているが、ある時期にエレクトロニクスで表現するしかなかったスタイルの音楽を、21世紀に入ってからは生楽器演奏でやるひとたちが増えてきているじゃないか。新時代の音楽表現だ。

彼らのやるオーガニック・ミュージックは、だからいったん最先端のサウンド・メイク手法を吸収しているからこそ可能となっているものなのだ。サリフやユッスーは1980年代後半から90年代にかけて世界で活躍した時期がピークだったから事情がすこし違うのかもしれないが、『Moffou』なんかを聴いていると、一種の<予見>めいた音楽ではあったのかなあ?とも思う。セザリア・エヴォーラ(カーボ・ヴェルデ)のゲスト参加(1曲目)は、なんでもないことかも。

2018/09/01

こ〜れはいい!爽やかでカァ〜ッコイイぞ、ソナ・ジョバーテ!

とにかくカッコイイ!この一言で終えてしまいたいほどカッコいいソナ・ジョバーテの2011年作『Fasiya』。今2018年になってようやく買えたが、いまのところ、これがソナの唯一のアルバムとのこと。ロンドン生まれのロンドナーだけど、ガンビア系らしい。グルーヴィでタイトなリズムを持つ音楽アルバムだ。自然と身体がスウィングする心地良いリズム。いやあ、これはすばらしいなあ!

ヴォーカルはもちろんソナ・ジョバーテだが、コラを中心に弦楽器の多くもソナひとりで多重録音。パーカッション類など、ほかにも担当していたりする。全11曲のソングライティングと、全曲とアルバム全体のプロデュースだってソナ自身。アルバム全体でいちばん目立つ楽器はコラの音で、ソナはガンビアのグリオ家系の末裔らしい。このアルバム CD 附属ブックレットの最初のページに祖父、最後に祖母の写真が掲載されている。そして、ソナはコラを弾く西アフリカ系の女性なのだ。

イギリス人がイギリスのレーベルから出した作品ということで、ブックレット記載はすべて英語。そこは助かるけれど、掲載されてある歌詞も英語だ。しかし歌っているのは英語じゃない。それも何語(四種類)から訳したと記載があるが、ぼくは聴いても理解できないので、英訳を眺めボンヤリと大意みたいなものを想像しているだけ。まあでもサウンドとリズムだな、このソナ・ジョバーテの『Fasiya』は。オーガニックなテクスチャーも聴きどころで、そこは、いかにも2010年代のブラック・ミュージックといった趣だ。

しかしこういったオーガニック・アフリカン・ポップは、ずっと前にサリフ・ケイタ(『モフー』、2002)とかユッスー・ンドゥール(『ナッシングズ・イン・ヴェイン』、2002)が先鞭をつけいてたかもなあって思わないでもないんだけど、それでも21世紀型の、なにか違うフィーリングがあるようなないような…、よくわからないんだけど、心地いいことはたしかだ。

ソナの『Fasiya』は、上で書いたように彼女自身がコラで弾き語るのを曲創りの中心に据えている。各種ギターやベースなども弾いているが、あくまで(グリオの末裔らしく?)コラでやるっていうのがソナのありようなんだろう。曲を書くまず最初もコラを弾きながら考えているかもしれないが、あるいはそこはいまの時代の若手らしく、コンピューターなど使っている可能性があるかも?

2010年代型オーガニック・サウンドとは、そういうデジタルなメディアを用いての新発想を手づくりの人力演奏アクースティック楽器で表現するという、そういったダブル・プロセスを経ているところにも特色があると思うんだけど。オーガニックとの言葉でくくられるみんなのことを考えてみて。表層的な音のああいう質感の土台には、デジタル・プログラミング的な音の重ねかたがあるような。

ソナ・ジョバーテの『Fasiya』だって、どこにもコンピューター演奏によるデジタル・サウンドはないけれど、一音一音丁寧に、細部まで厳密・緻密に組み立てられたサウンド・テクスチャーには、かつて20世紀にはあんなデジタル方式な創りかたをしていた音楽を、生演奏する新時代形を読みとることができるかと思う。結果、演奏時にはコラの生演奏を軸にコットン100%みたいなサウンドができあがっている。

個人的に特にすごくお気に入りなのが、ドラマー(ウェズリー・ジョゼフ)の叩きかたも素晴らしいアップ・ビートなハード・グルーヴ・ナンバー。1曲目「Jarabi」、4「Musow」、5「Fatafina」、7「Bannaya」(これはかなりすごい)あたりかな。いやあ、これらは掛け値なしで正真正銘カッコイイ!!ときおり入る間奏コラ・ソロのめくるめくスピーディなカッコよさ!こんなの、聴いたことないぞ。

それらも、ソナはガンビアのグリオ末裔でコラ弾き語りということだからトラディショナルな音楽なのか?と思うと、それをベースに置きつつもモダンなリズム・セクションを縦横に活用しながら、かなりファンキーかつ爽やかに、あるいは言ってしまえばアメリカン・ファンク・ミュージックに通じるものだって感じとれそうなほどグルーヴ重視型でノリ一発の音楽に仕上がっている。しかしヴァイオレンスはない。あくまでデリケートな肌触りがあるのがとてもいい。

それらとすこし違うタイプの曲だって、たぶんソナのアルバム『Fasiya』のものはぜんぶいいんだ。ゆったりめだけどビートの効いている2曲目「Mamamuso」、フルートがいい効果を出すバラード調の3「Saya」、コラなしだけど完全にソナひとりですべての音を組み立てた6「Mamake」での、じっくり聴かせる落ち着きとしっとり感。

リティ(一弦の擦弦リュート)以外はこれまたソナひとりの多重録音である8曲目「Gainaako」では、ソナの一人多重コーラスのポリフォニーも見事。リティも含め楽器の出すリズムは典型的なハチロク(6/8拍子)で、これは10「Mali Ni Ce」、11「Fasiya」でも同じ。アフリカン・ミュージックではありきたりなポリリズムかもしれないが。9「Suma」も、バラフォン奏者以外はぜんぶソナだ。ヴォーカルにも力が入っている。

2018/08/31

マイルズの1956年マラソン・セッション二回を演奏順に聴く

【セッションでの演奏順】

▪︎ 1956/5/11

1 In Your Own Sweet Way (D. Brubeck) 4
2 Diane (E. Rapee-L. Pollack) 5
3 Trane's Blues (M. Davis) 4
4 Something I Dreamed Last Night (J. Yellen-S. Fain-H. Magidson) 5
5 It Could Happen to You (J. Burke-J. Van Heusen) 2
6 Woody 'n' You (D. Gillespie) 2
7 Ahmad's Blues (A. Jamal)  4
8 Surrey with the Fringe on Top (R. Rodgers-O. Hammerstein) 5
9 It Never Entered My Mind (R. Rodgers-L. Hart) 4
10 When I Fall in Love (E. Heyman-V. Young) 5
11 Salt Peanuts (D. Gillespie-K. Clarke) 5
12 Four (M. Davis) 4
13 The Theme (take 1) (M. Davis) 4
14 The Theme (take 2) (M. Davis) 4

▪︎ 1956/10/26

1 If I Were a Bell (F. Loesser) 2
2 Well, You Needn't (T. Monk) 5
3 'Round Midnight (B. Hanighen-C. Williams-T. Monk) 3
4 Half Nelson (M. Davis) 4
5 You're My Everything (false start) (M. Dixon-J. Young-H. Warren) 2
6 You're My Everything (M. Dixon-J. Young-H. Warren) 2
7 I Could Write a Book (R. Rodgers-L. Hart) 2 
8 Oleo (false start) *2
9 Oleo (S. Rollins) 2
10 Airegin (S. Rollins) 1
11 Tune Up (M. Davis) 1
12 When Lights Are Low (B. Carter-C. Williams) 1
13 Blues by Five (false start) (R. Garland) *1
14 Blues by Five (R. Garland) 1
15 My Funny Valentine (R. Rodgers-L. Hart) 1

【レコード発売年月】

"Cookin'" 1957年 (1)
"Relaxin'" 1958年 (2)
"Miles Davis and The Modern Jazz Giants" 1959年5月 (3)
"Workin" 1960年12月 (4)
"Steamin'" 1961年5月 (5)

オリジナル・クインテットを率いるマイルズ・デイヴィスが、1956年5月11日と同年10月26日に、ニュー・ジャジーはハッケンサックにあるルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオで、プレスティジ・レーベルのために行った、いわゆるマラソン・セッション二回。その全曲をスタジオでの演奏順に並べて通して聴いてみた。発見がいくつかあったので、以下にメモしておく。

まず、マラソン・セッションと言うけれども、二回とも、イメージほどに長大な時間をスタジオで費やしたわけじゃない(マラソン完走の世界記録は男女とも二時間を越える)。曲演奏時間じゃない合間の休憩や会話やリハーサルや記録されていない別テイクなども想像し考慮に入れた上で言わないといけないが、発売曲のラニング・タイムだけ見れば、五月セッションが1時間18分、十月セッションが1時間16分だから、どんなもんだったんだろう、二回とも半日スタジオにこもっていたとかいうわけじゃあなさそうだよね。

それからデータ面での瑣末なことを二点、先に書いておく。十月セッションの3曲目に演奏された「ラウンド・ミッドナイト」だけがいわゆる四部作に収録されず、まったく関係のない録音品といっしょくたで『マイルズ・デイヴィス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』にプレスティジが入れたのは、もちろん大手コロンビアを意識してのことだろう。

さらに上記のとおり十月セッションの「オレオ」と「ブルーズ・バイ・ファイヴ」は、それぞれフォールス・スタート(5ヤード罰退なしw)も記録されていたが、オリジナル発売のレコードは本テイクのみの収録だった。CD だってしばらくのあいだはそうだったんだけど、ある時期以後はそれがそれぞれ頭にくっつくようになり、ネット配信音源でもそうなっている。個人的にはいまだに違和感がちょっぴりあるが、じょじょに慣れてもきた。

本論。五月と十月とで、ボスのトランペット演奏にはまったく差がない。すでに完成されている。オープン・ホーンでアップ・テンポ・ブロウするものも、ハーマン・ミュートを付けてまるで玉露のごときリリカルさを見せるバラードやトーチ・ソングも、すべてが完璧だ。レッド・ガーランド+ポール・チェインバーズ+フィリー・ジョー・ジョーンズのリズム・セクションも極上で、ほぼ文句なしだよね。

これらふたつにかんしては五月セッションでも十月セッションでも同じだ。大きな差、というか成長は、やはりジョン・コルトレイン。五ヶ月間で目を見張るような飛躍を見せているじゃないか。スウィング・ナンバーなら、たとえば五月の「ウッディン・ユー」と十月の「オレオ」での、それぞれのテナー・サックス・ソロを比較してみてほしい。それでも、五月なら「フォー」とかではかなり健闘してはいる。

リリカル・バラードでも、五月セッションでトレインが唯一参加させてもらっている「サリー・ウィズ・ザ・フリンジ・オン・トップ」と、十月の、たとえば「ユア・マイ・エヴリシング」とでのテナー・サックス・ソロを聴き比べれば、著しい成長がよくわかる。

十月ともなればさらに、4曲目の「ハーフ・ネルスン」。テナー・サックス・ソロの終盤で一瞬だけ音量が小さくなるというか奥に引っ込むところがあるよね(3:03)。あそこは、自分のソロはそろそろ終わりです、二管リフに入りましょう、さぁ、とボスにうながすべくコルトレインがマイクから離れた瞬間なんだよね。こんな堂々とした余裕は五月音源では聴けない。

ボスもトレインのそんな未熟さと成長を感じていたから、ということなんだろう、五月と十月とでのいちばん大きな差は、前者でトレイン抜きのカルテット演奏が散見するのに比べ、十月にはそれがまったくない。だから大雑把な印象では、五月では<マイルズ・デイヴィス+レッド・ガーランド・トリオ、+α>みたいな趣だったのが、十月にはちゃんとフル・クインテットとして機能しているんだもんね。

同じ事実の指摘だが、バラード、トーチ・ソング、ミディアム・ナンバーは五月に多く、十月には軽快なハード・スウィンガーが目立つ。コルトレインはまだまだだったとはいえ、カルテットとしてはすばらしいものだったから、五月に録音されたバラードなどの抒情味はケチのつけどころがない。でも、ハード・ナンバーでも最後のほうでやった「フォー」なんかは五人一体でいいところまでやっているけれどね。

五月回も十月回も、セッションが進むにつれ最後のほうではどんどん練れてきて、五人の演奏がこなれているというのは同じ。スタジオ・セッションは、ライヴ・ステージとはまた違った緊張を強いられるものだそうで、これはマイルズ本人も晩年までそう発言していた。これら二回のマラソン・セッションでも、演奏順に聴くとそんなことがよくわかる。

十月セッションで後半に録音されたものからの多くが『クッキン』と『リラクシン』になったということは、だからあの二枚のクォリティや評価の高さと、ファンのあいだでの人気の原因を物語るものなのかもしれない。『クッキン』にいたっては、すべての収録曲がここからとられているんだもんね。プレスティジとしてもそれを(マイルズのコロンビア移籍後)ファースト・リリース作品としたのは、むべなるかな。

2018/08/30

在りし日の上海 updated 〜 林寶

といってもそんなアルバムはないし、話題にしたいのは古い録音じゃない。ラテン・ジャジーなモダン・ポップス、林寶(リン・バオ)の『上海歌姬』(ShangHai DIVA)のことだ。そう、あのころの、つまり第二次大戦前の、国際都市だった上海に、こんな音楽があったはず。それをそのままではなく現代化して21世紀録音で現代によみがえらせたのが林寶の『上海歌姬』。完璧ぼく好み。しかしごく最近まで忘れてた(^_^;)。夏休み中(にいま書いている)でヒマだから、部屋のなかの CD カオス山脈をほじくり返すと出てきたってわけ。

しかしこれ、いつどこで買ったのかも忘れちゃったなあ。CD パッケージ裏を見なおすと 2011 と書いてある。そうかあのころか。ちょうど東京を去り愛媛に戻ってきた年だ。エル・スールのサイトで探しても出てこないから…、あっ、ちょっと待って、2011年なら旧サイト時代だから…ということでそっちで探そうとしたら、あれっ?検索機能がなかったんだっけ…(^_^;)…。でもスクロールすればちゃんと出てきたそれには、これまた bunboni さんのブログ記事のリンクが貼ってあった。モ〜ッ、ヤダ(^^)。まぁ見なかったことにしよう。
やっぱり当時のエル・スールで買ったんじゃなかったはずだけど、パッケージがとにかくデカすぎるんだよね、この林寶『上海歌姬』は。記憶では、どなたか Twitter で紹介なさっていたかたがあのころいらして、その推薦を信用してどこかの海外ネット通販サイトで、2012年かな?買ったのだ。円払いじゃなかったはずだけど、米ドルでもなかったような…、う〜ん、もはや忘却の彼方。

中身の音楽も忘却とは忘れ去ることなり(わかるひとだけわかる)という具合だったので、引っぱり出して聴きかえしたのだった。そうしたら、かなりいいぞ、このアルバム!こんな良作、いや、かなりの傑作なんだから当時もいいなと思ったはずだが憶えていないということは、ダメだなあ。CD 一枚なのにパッケージ・サイズのデカさゆえ部屋のなかのボックスものコーナーに置いてあったこの林寶『上海歌姬』。出てきて、本当によかった。いまでは Spotify で聴けますよ。

林寶の『上海歌姬』。ジャケット写真とアルバム・タイトルで察せられるとおり、あの時代の上海で流行していたような、つまりいまから見たらレトロな、ポップスを再現した内容だけど、これまた豪華なブックレットに一曲づつそれぞれ、(中国での)初演歌手の名前と顔写真が小さく掲載されている。以下にそれを整理しておこう。10曲目は1曲目と同じく「天涯歌女」で、リプリーズみたいなもんかな。言葉が違うみたいだけど。周璇の写真も違うものを使ってある。

1「天涯歌女」〜 周璇
2「情人的眼淚」〜潘秀瓊
3「上海歌姬」〜 なし(後述)
4「夜上海+夜來香+ 鳳凰于飛」〜 周璇、李香蘭
5「我要你的愛」〜 葛蘭
6「卡門」〜 葛蘭
7「狂戀」〜 白光
8「得不到的愛情」〜 姚莉
9「明月千里寄相思」〜 呉鶯音

1と10の「天涯歌女」での林寶は、ちょっとしたロリータ声。正直言ってちょっと苦手だ。でも周璇を意識したんだよね。曲はすばらしい。歌いこなしだっていいんだけど…(以下略)。「音樂故事」という言葉が曲名に付記されている10曲目がどういうことかは、上の bunboni さんの文章に書いてあるので、ご一読を。マイルズ・デイヴィスだって模して使った(『リラクシン』)鐘の音でまずはじまって、次いでグレン・ミラー楽団「イン・ザ・ムード」のテーマ・リフを引用してある。

ぼくにとっての林寶『上海歌姬』のツボはしかしここじゃない。3曲目「上海歌姬」から6曲目「上海歌姬」らへんが、も〜う最高なのだ。中国語でやるラテン・ジャジー R&B みたいなのがね。「天涯歌女」に感じとれる若干の中国ローカル色は、ここらへんにはほぼなし。普遍的に世界中どこでも通用するモダン・ポップスだ。

アルバム全体の表向きは、ジャジーでもあった上海レトロ・ポップスのカヴァー集という顔をしているんだけど、この3〜6曲目を聴くと、裏のというか真のテーマはファンキーなラテン歌謡集だということがわかってくる。戦前の上海での中国語歌謡(あのころ、スウィング・ジャズが中心だったと思うんだけど)にラテンふうな21世紀型 R&B スタイルのアレンジを施して現代化したようなポップ・アルバムなんだよね。

3曲目の「上海歌姬」がアルバム・タイトルになっているから、アルバム全体をサンドウィッチしている「天涯歌女」とは違った意味で聴かせどころでありクライマックスなんだよね。この曲はかつての上海には存在しないもの。「上海歌姬」はケニー・G の「Mirame Bailar」が原曲で、それの歌はバルバラ・ムニョス。曲創りに、マライア・キャリーとも仕事をしたあのウォルター・アファナシエフが参加している。
林寶の「上海歌姬」は、これをほぼ忠実にアダプトしてあるよね。もとからフュージョン(スムース・ジャズ?)色のあるラテン R&B ソングだから、この林寶のアルバムのコンセプトがどこにあるか、的確に示していると思う。林寶は上海出身で、この当時も上海で活動しているということで、伴奏陣も現地のミュージシャンを起用しているようだから、「Mirame Bailar」が「上海歌姬」になったんだね、きっと。

同傾向のモダン R&B みたいなのが5曲目「我要你的愛」。英語でもたくさん歌うこれは、しかし古いアメリカン・ジャンプ・チューンだ。林寶の『上海歌姬』ブックレットには、1955年ジョージア・ギブズの名前が記載されてある。女性リズム&ブルーズ歌手だね。でもかなりジャジーというか、ジャンプ・ミュージックというに近い。
林寶の「我要你的愛」は、ここからアダプトした葛蘭ヴァージョンを下敷きにしてあるから、ってことなんだろうけれど、ちょっと一言くらいルイ・ジョーダンの名前を出しておいてくれてもよかったんじゃないかと思う。そう、この「アイ・ウォント・トゥ・ビー・マイ・ベイビー」(ジョン・ヘンドリクス作)は、1953年にルイ・ジョーダンがヒットさせたジャンプ・ブルーズ・ソング。
ラテンなモダン R&B ソングにアレンジしてあるといえば、6曲目「卡門」。これはジョルジュ・ビゼーの「カルメン」なんだけど、ブックレットには<原曲改編>として服部良一の名前がクレジットされてある。葛蘭が歌った際に服部が仕事をしたってことだろうか?そのへんの事情はまったく知らない。

林寶の「卡門」は、まず最初無伴奏のナイロン・ギター独奏ではじまって、そこはフラメンコふうだけど、ヴォーカルが出てきてリズムも入ってくると、ちょっぴりアバネーラっぽくなるのはビゼーのオリジナルどおりだ。そしてしばらくしてマンボになっていくんだよね。マンボといってもヒップ・ホップの影すらある21世紀型のフィーリング。

4トラック目「夜上海+夜來香+鳳凰于飛」。個人的にはこの三曲メドレーが、林寶のアルバム『上海歌姬』でいちばんの好物。2曲目の「夜來香」は日本でもみんな知っている有名曲だよね。その前の「夜上海」は、やはりスウィング・ジャズでやっている。聴きとりやすい変わり目で「夜來香」になった刹那、爽やかな花の香りがフワ〜と漂ってきたかのようで、文句なしに快適な気分。いやあ、いいですねえ。

「夜來香」パートではやはりアバネーラっぽいリズム・アレンジなんだけど、間奏部のエレキ・ギターはジャズ・フュージョンの弾きかたで、ぼくはわりと好き。三つ目の「鳳凰于飛」パートでふたたび4/4拍子のスウィング・ジャズに戻り、いかにもあんな時代の<在りし日の上海>を、しかもアップデートして、聴かせてくれる。

ノルタルジックに…、なんて言葉で簡単に片付けることのできない、21世紀中国語ポップスの傑作じゃないかな。

2018/08/29

岩佐美咲 〜『美咲めぐり ~第2章~』(空想)

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(画像は「第1章」初回盤のジャケット)

いまの岩佐美咲にはアルバムが二枚ある。『リクエスト・カバーズ』(2013)と『美咲めぐり ~第1章~』(2016)。シングル盤はかなりたくさんあるけれど、いままでに四枚ある DVD(か Blu-ray)とあわせ、アルバムに入っていなくても、歌った曲で作品化されているものは多いんだよね。むろん生現場にどんどん出かけているみなさんはもっとたくさんお聴きだけど、なかなかそれが簡単には叶わないぼくだから、 CD か DVD として販売されているもので、いつも楽しんでいる。

シングル・ナンバーは、結局のところ、アルバムにまとめたほうが聴きやすいというのがぼくの考え。なんだかんだ言ってアルバム志向が抜けないんじゃないか(古い?)ということのほかに、やはり美咲の歌を一度にまとめてどんどん聴きたいという、ただたんにそれだけのあたりまえな理由で、iTunes でそんなプレイリストを作成し、ばあいによっては CD-R に焼いたりもし、聴きまくる。全曲集だってあるよ。それは作品発売があれば常にアップデイトされる。

徳間ジャパンからの公式リリース・アルバムは上記のとおりなので、ぼくは勝手に三枚目を考案・作成した。つまり空想の私的な美咲のサード・アルバム。題して『美咲めぐり ~第2章~』。<第1章>には「鯖街道」までのオリジナル楽曲すべてと、ほかは歌い下ろしのカヴァー曲で構成されている。その後、「佐渡の鬼太鼓」が発売され、またカヴァー・ソングもたくさん聴けるようになった。

もっと前のものでも、これはいい!というものでアルバム収録すべきと判断するものは、『美咲めぐり ~第2章~』に入れることにした。有り体に言っちゃって「20歳のめぐり逢い」のことだけど。そんなこんなでぼくが勝手につくった空想アルバム『美咲めぐり ~第2章~』のコンテンツは以下のとおり。審美に配慮し、それなりに曲順は練ったつもり。約47分間。iTunes でプレイリストを作成し、CD-R にも焼いて、ぼくは満喫。もちろんぜんぶシングル盤収録。

1. 佐渡の鬼太鼓
2. 夢芝居(「佐渡の鬼太鼓」)
3. 大阪ラプソディー(「佐渡の鬼太鼓」特別盤B)
4. 下町の太陽(「佐渡の鬼太鼓」初回限定盤)
5. 若狭の宿(「鯖街道」特別記念盤)
6. 空港(「佐渡の鬼太鼓」)
7. 旅愁(「佐渡の鬼太鼓」特別盤A)
8. 手紙(「佐渡の鬼太鼓」特別盤A)
9. 風の盆恋歌(「佐渡の鬼太鼓」特別盤C)
10. 20歳のめぐり逢い(「初酒」生産限定盤)
11. 木綿のハンカチーフ [ライヴ](「鯖街道」特別記念盤 / 初回盤)
12. 糸 [ライヴ](「鯖街道」特別記念盤)

『美咲めぐり ~第1章~』リリース後の新作オリジナル楽曲は「佐渡の鬼太鼓」だから、当然それをアルバム・トップに持ってきて、2曲目以後はカヴァー・ソング。『美咲めぐり ~第1章~』くらいまでと比較すれば、やはりやや傾向が変わってきたかなという印象があるよね。

その変化は、なんといっても「佐渡の鬼太鼓」に典型的にわかりやすく表現されている。ど演歌というに近いパッショネイトな一曲で、この路線でここしばらくのあいだの美咲は活動してきているように思うんだよね。だから CD などでリリースされるカヴァー・ソングも同傾向のものを中心に選曲もしているんだろうし、美咲自身の歌唱法もそういった方向へフォーカスしつつある。

それがなんなのか、今年に入ってぼくもたくさん書いてきたから、今日繰り返す必要はない。手短に言って、大人の女性の持つ情緒、強く激しいパッションを内に秘めているからこそ表面的には落ち着いたシットリ感をあっさりサラリと出せるという、そんな歌手に美咲もなりつつある。大きく深い表現にたどりつきつつあるんだ。

空想アルバム『美咲めぐり ~第2章~』は、9曲目の「風の盆恋歌」まで、この路線で並べた。なかには「大阪ラプソディー」みたいな、すこし傾向が違うのかも?というものがあるが、倍賞千恵子の「下町の太陽」も含め、軽快でポップな衣をまとっていて表面上は演歌っぽくない歌の、その芯になにがあるか、感じとることができるはず。

9曲目の「風の盆恋歌」こそ(カヴァー楽曲のなかでは)こんな最近の美咲の新表現を最もよく体現できている傑作歌唱だとみなさんもぼくも判断しているから、この空想アルバムの本編ラストのクライマックスみたいな位置付けにしてある。10曲目以後は、ちょっとしたアンコールというか、ボーナス・トラックみたいなもんかな。

そのボーナス部では、美咲の得意なライト・ポップスを選んで並べておいた。10曲目の「20歳のめぐり逢い」はすこし前のリリースものだけど、これがやぁ〜っぱりね、いいんだ。すんごく。歌そのものがはじめから哀しく切ないものだから、ってことなんだけど、この美咲の歌いかたでいっそう沁みるんだ。アルバムに収録されていないのが不思議。

空想アルバム『美咲めぐり ~第2章~』のラスト二曲はライヴ音源。どっちも2017年5月7日に新宿明治安田生命ホールで行われた<岩佐美咲 春LOVEライブ>からのもの。絶品すぎる「糸」(中島みゆき)だけでよかったかもしれないが、「木綿のハンカチーフ」をその前に入れたのは、この太田裕美の曲じたいが個人的大好物だから。

そして、いままでの岩佐美咲史上最高傑作である「糸」。これでアルバムを締めくくるしかない。オリジナルもカヴァーも、苦しくつらい別れ歌の多いこの歌手にしてはやや珍しく(?)、出会いと愛と幸福と感謝を扱った曲で、ぼくもこれを聴いて常に癒されている。ギター二本のうち一本は美咲自身。ヴァイオリン伴奏も効果大。声が、やわらかくやさしいが、とても強い。

2018/08/28

特に JJF 的キャッチーなギター・リフのない『ブラック・アンド・ブルー』だけど、最高だ

すごくいいよね、ローリング・ストーンズのこのアルバム『ブラック・アンド・ブルー』(1976年4月発売)。アメリカン・ブラック・ミュージックへの捧げもの的な側面が強いし。レゲエ要素だって濃く、しかもそれがファンクと合体していたりして、だからまあレゲエ・ファンクだとか、あるいは二曲のシティ・バラードのうち一個はニュー・ソウル・バラードでそれもいいし、な〜んだこれ、最高じゃないか。

『ブラック・アンド・ブルー』はロニー・ウッド初参加作品だけど、次代ギタリスト・オーディションのさなかに録音セッションが進行したから複数名が…ってことは、この際、どうでもいい。ギター・ソロらしいソロが少ないということは、この事実が影響しているのかもしれないが、そんなことよりも、ミック・テイラー時代のラストになった前作『イッツ・オンリー・ロックンロール』で退廃と死の香りを漂わせていたようなストーンズだったのがこの再生ぶりはどうだ。

『ブラック・アンド・ブルー』にあるファンクというと、まず1曲目の「ホット・スタッフ」だけど、このジェイムズ・ブラウン流儀のギター・カッティングをキース・リチャーズがやっているなんて(キースだよねこれは?)。途中でキーが変わってサビみたいになるところで、ヴォーカル・コーラスに重なってギター・ソロっぽいものが聴こえる。が、キースはずっと同一のファンク・リフを刻み続けているのがすばらしい。ここまでできるんじゃないか。あっ、その後いちおうのソロがあることはあるなあ。

「ホット・スタッフ」でのヴォーカルは、ミック・ジャガーの単唱パートよりも、「はぁ〜っとすた〜っふ!」と(多重録音)コーラスでリピートしている部分のほうが大きい。しかし単唱パートでは歌わないでしゃべっているかのようで、ジャマイカのレゲエ DJ のトーストみたいにも聴こえる。「ホット・スタッフ」という曲の創りにだってレゲエ・ビートが含まれている。そんなノリが確実にある。

『ブラック・アンド・ブルー』で聴ける似たようなレゲエ・ファンク orファンク・レゲエというと、5曲目の「ヘイ・ネグリータ」。間の多いスカスカなビート感と裏拍を強調したリズム・セクションの演奏がレゲエ由来だけど、ジェイムズ・ブラウンふうなファンク・チューンでもある。ミックはやはり「歌わ」ない。DJ スタイルでしゃべったり叫んだりで、このヴォーカリスト、むかしからそうだったが、こういうジャマイカン・ファンクみたいなものと、生来の相性がいいんだぁ。

3曲目「チェリー・オン・ベイビー」はふうつのレゲエ他作カヴァーなのでおいといて。いかにもオールド・ファッションドなストーンズ流ロックンロール、2「ハンド・オヴ・フェイト」、8「クレイジー・ママ」もストーンズ好きとしては聴き逃せないが、今日は話題の外におく。

ほかは二曲のリリカル・ナンバー、4「メモリー・モーテル」、7「フール・トゥ・クライ」。どっちもアメリカン・ソウルなバラードになっていて、ある時期以後のストーンズでは毎作必ずといっていいほどあるようなあたりまえのものになった。しかしふりかえってみると『ブラック・アンド・ブルー』のこの二曲が、このバンドにおけるそんな本格路線の初だったかも。ジャジーな雰囲気すら持つ都会的なソウル・バラードっていうのはさ。次作『サム・ガールズ』の「ビースト・オヴ・バーデン」なんかがこの系列の大傑作だ。

ジャジーと来れば、もちろんアルバム6曲目の「メロディ」。2018年現在のぼくにとって『ブラック・アンド・ブルー』のなかでいちばんグッと来るのがこれだ。ブルージーでもあって、というかビッグ・バンド・ジャズ・ブルーズ楽曲みたいで、しかも第二次大戦前然とした曲想だって持っている。いいなあ、これ。なんでもないルーズなジャムみたいなものかもしれないが。物憂げで、都会の深夜といった雰囲気横溢だ。ここでのピアノとオルガンもビリー・プレストンなのかな。

«ストーンズの JJF もの

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