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2016/02/07

ラジオ番組『渡辺貞夫 マイ・ディア・ライフ』

Guest09







大学生の頃に一番たくさんライヴ・コンサートに行っていたミュージシャンは、渡辺貞夫さんなのだ。一番たくさんと言っても、毎年一回松山に来るので、計四回だけど、それでもかなり多いと思う。他の人は大抵一回か、多くても二回程度だったもん。貞夫さんは毎年全国ツアーをやっていた。

肝心のレコード・アルバムに関しては、実は当時から殆ど買っていない。持っていたのは、一番有名な『カリフォルニア・シャワー』とその次作の『モーニング・アイランド』だけで、それ以後のものは全く買っておらず、それ以前のものをほんの三枚程度持っていただけ。今はCDでは一枚も持っていない。

だが大学生当時、毎週土曜日深夜12時からFM東京系で流していた『渡辺貞夫 マイ・ディア・ライフ』という一時間番組があって(以前もサンタナ関連で書いたけれど)、司会が小林克也、スポンサーが資生堂ブラバスの一ブランド提供だった。この番組で貞夫さんの演奏を実にたくさん聴いたのだ。

このFMラジオ番組は、メインはあくまで渡辺貞夫さんで、流すのは大抵当時の貞夫さんのグループのライヴ・ツアーの録音とか、あるいは企画物のスタジオ・セッションとか、以前書いたようにサンタナとか他のミュージシャンのライヴに貞夫さんが参加した様子とか、そういうものが中心だった。

ただごくたまに、渡辺貞夫さんが全く参加していない、他のジャズマンのライヴ録音が流れることもあって、エアチェックしたテープをデジタル化してCDRに焼いて今でもよく聴くものの一つに、ピアニスト山下洋輔の企画物ライヴがある。何年のものか忘れたんだけど、渡辺香津美や坂田明が参加している。

一曲目が山下洋輔のピアノ・ソロで「仙波山」。二曲目がテナー・サックスの松本英彦をフィーチャーし、ドラムスが村上ポンタ秀一で、エリントン・ナンバーの「コットン・テイル」。三曲目が渡辺香津美の曲で、彼や山下や坂田がソロを取る「師走はさすがに忙しい」。ラストが山下と香津美のデュオで「つるかめヒナタンゴ」。

このうち、三曲目の渡辺香津美の曲「師走はさすがに忙しい」での坂田のソロがとんでもなくぶっ飛んでいて素晴しかった。この曲もドラムスは村上ポンタ秀一で、演奏が終って山下洋輔が「坂田明!」と称賛の叫び声を挙げると、ポンタがスティックを鳴らして呼応している。何度聴いても目玉が飛出る。

「師走はさすがに忙しい」は、この時まだレコーディングされていない渡辺香津美のオリジナルで、確か翌年だったかに、彼のリーダー・アルバムで、同じアルトのデイヴィッド・サンボーンをフィーチャーして録音している。それをラジオで聴いたんだけど、これはもう坂田明の方が断然凄すぎたのでねえ。

そういうものがたまに流れはしたものの、それらは例外的で、『渡辺貞夫 マイ・ディア・ライフ』はあくまで貞夫さんの演奏が中心。非常に多くの(レコードなどにはならない)ライヴ音源が放送されたので、必ずエアチェックした。その中でこれはと思うめぼしいものはデジタル化して、今でも聴いている。

それらはどれも録音年月日と録音場所が書いていないので、今では検索してもどうにも分らないのが残念だ。パーソネルに関しては、だいたいいつも貞夫さんがで全員紹介する様子が入っているので、分るんだけど。いつもアメリカの、それも大抵西海岸のフュージョン系ミュージシャン。

松山に来た時のライヴを観に行った時も、いつもそうだった。もちろん西海岸系の人しか使わなかったわけではない。1981年のコンサートでは、ベースがトム・バーニーだった。メンバー紹介で貞夫さんが言うには、実は別のベーシストを予定していたんだけど、急遽別の人のバンドに参加することになったのでと。

誰のバンドに参加するどのベーシストなのか、貞夫さんは明言しなかったけど、しばらく経って、それはマイルス・デイヴィスのカム・バック・バンドに参加することになったマーカス・ミラーだと判明したのだった。そして彼の代役で来たトム・バーニーも1983年にマイルス・バンドに参加する。

つまり渡辺貞夫さんは、先物買いというか先見の明というか、鼻の利く人だった。マイルスのカム・バック・バンドで一躍有名になったマーカス・ミラーも、それ以前は実力はあるが、知る人ぞ知るという感じのベーシストでしかなかったもん。代役のトム・バーニーだって、1981年には名前すら知らなかった。

トム・バーニーも1983年に大阪で聴いたマイルス・バンドのライヴで生を観たし、またその後、以前も書いたスティーリー・ダンの再結成ライヴ・アルバム95年の『アライヴ・イン・アメリカ』でも弾いているよね。

当時の貞夫さんの音楽は、完全なるアメリカ西海岸系のフュージョンで、悪口を言う人もたくさんいたし、今では評価する人なんてまずいないだろう。僕は青春時代にライヴでは一番夢中になった人だから、忘れられないし、今でもデジタル化したエアチェック音源を聴き返すと、凄く楽しいと思っちゃうなあ。

当時エアチェックした音源を、その後デジタル化したもので、忘れられず今でもよく聴くものの一つに、これも何年だか分らないんだけど、ブラジルの歌手兼ギタリストのトッキーニョとの共演がある。トッキーニョというミュージシャンは、これで初めて知ったのだった。

共演といっても、それは二週にわたって流れたライヴの後半二週目でのことで、一週目はトッキーニョのバンドだけの演奏だったんだけど、これがまた大変に素晴しく、トッキーニョという人に惚れちゃったんだなあ。ナイロン弦ギターも凄く上手いし、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲なども演奏した。

トッキーニョは歌も歌うけど、歌ははっきり言ってそんなに上手くはない。バックの女性コーラスに助けられているという感じなんだけど、それでもなかなかいい味があって好きなんだなあ。曲名もバンド・メンバーのパーソネルも、一切メモしていなかったのだけが悔まれる。

後半の渡辺貞夫さんとの共演では、ブラジルの曲、特に貞夫さんの得意なボサ・ノーヴァ・ナンバーが多いんだけど、一曲だけ貞夫さんのオリジナル曲をやっていて、曲名はメモしていないけど、聴けば「コール・ミー」だと分る。ここでの貞夫さんのアルトがしっとりと濡れていて、なんとも言えず素晴しい。

この「コール・ミー」という曲、渡辺貞夫さんのどれかのアルバムに入ってはいるんだろうけど、最初に書いたように僕は『カリフォルニア・シャワー』と『モーニング・アイランド』しか彼のフュージョン・アルバムは知らないので分らない。でも件のFM番組で頻繁に聴いたので、判別できる曲だった。

それらたくさん(多分全部ライヴ音源)聴いた「コール・ミー」の中では、そのトッキーニョのバンドとの共演でやったヴァージョンが、最高に素晴しく、断然ナンバー・ワンだね。この二人の共演は、別の日のかもしれないが、後にレコードなのかCDなのか、発売されたらしい。でも「コール・ミー」は入っていないみたいだ。

以前書いたように、サンタナのバンドに飛入りで参加してアルトを吹いた貞夫さんも大変素晴しかったんだけど、これはなぜかデジタル化しておらず、元のテープも見つからないので、物凄く悔しい。当時の『渡辺貞夫 マイ・ディア・ライフ』では、ホントそんな面白いものがたくさん流れたなあ。発売なんか全くされていないんだけど。

渡辺貞夫さん自身のバンドの演奏では、なぜかこれだけ録音年と録音場所が書いてある1984年六本木ピット・インでのライヴが一番いい。これまたロサンジェルスに拠点を置くフュージョン・バンド、イエロー・ジャケッツのメンバーが中心のサイドメンで、特にラッセル・フェランテのシンセサイザーが素晴しい。

この時はラッセル・フェランテの他にドン・グルーシンも鍵盤で参加していて、二人ともソロを取っているんだけど、一番凄いと思うのが「セヴンス・ハイ」後半でのラッセル・フェランテのソロ。竹かなんかでできた楽器を叩くような音で弾いていて、終盤フェンダー・ローズに移行する。鳥肌ものなのだ。

ラッセル・フェランテの鍵盤ソロは、この曲の一番最後に弾いたもので、約五分くらい。彼のソロが終って、貞夫さんが再びテーマを吹いて曲が終ると、思わずドラムスのアレックス・アクーニャがスネアをドンドンと鳴らして称賛しているし、貞夫さんも感極まって叫び声を挙げているくらいなのだ。

なおこの時のギタリストは、イエロー・ジャケッツだから当然ロベン・フォード。ブルーズを弾かせたら旨味を発揮するから大好きなギタリストなんだけど、この1984年の貞夫さんのライヴで初めて知った人だった。そしてこの二年後に、やはりロベンもマイルスのバンドに参加することになる。

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コメント

私も時々ですがこの番組のエアチェックをしていました。なかでも1975.8.16放送分が好きで、デジタル化していまでも時折聞いています。ただ音質が良くないのでCDでも無いかとネットで探して見ましたが、ありませんでした。それがたまたまあなたのサイトを拝見し、放送や保管の状況がよくわかりました。ありがとうございました。ただ、もしかしてその放送の アサ ブランカ、サンタナ、アグレステ といった曲の演奏者などご存知であれば教えて頂ければ幸いです。 

1975年といいますと、ぼくはまだこのラジオ番組を聴いていませんでしたから、詳細はわかりません。たしかネットにこの番組のことをくわしくデータを記したサイトがあったと思いますので、検索してみてください。

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