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2016/04/21

もっと聴きたかったラテンなブラウニー

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リズム・セクションの伴奏がしっかりしていないとマトモな演奏ができないという音楽家と、それに頓着せずほぼ無関係にいい演奏ができる音楽家がいる。モダン・ジャズ・トランペッターの世界で言えば、前者の典型がマイルス・デイヴィスで、後者の典型ならクリフォード・ブラウンだろう。

マイルスについてはいつも散々書きまくっているので、今日はクリフォード・ブラウンの話。1973年に初めてLPレコードになったブラウニー最初期と最後期の音源集『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』を聴いていると、書いたようなある種唯我独尊的なことを実感する。

唯我独尊は違うか。ブラウニーの場合そのトランペット・スタイルがあまりに完成されているために、たとえバックのリズム・セクションが上手くなくても関係なく自分の世界を自在に表現することができたと言うべきなんだろう。特に「ジ・エンド」部分すなわち最後期1956年の演奏は凄いよなあ。

『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』に収録されてるブラウニー最後期、1956/6/25、フィラデルフィアでの録音は三曲。いずれもジャズ・ファンなら全員よく知っているスタンダード・ナンバーで「ウォーキン」「チュニジアの夜」「ドナ・リー」。この日付は亡くなるわずか数時間前だ。

ブラウニーが自動車事故でリッチー・パウエルとともにこの世から永遠に姿を消してしまうのが1956/6/26の早朝のことだから、この三曲はまさにその前夜、数時間前だということになる。ただし英語原盤解説にも書いてあるこの録音年月日には異説もあり、一部のディスコグラフィーでは55/5/31となっている。

1955年なのか56年なのか今では正確なことが分らなくなっているので、多くの場合両説が併記されるのが通例。しかし音だけ聴いてブラウニーのトランペット・スタイルの完成度から判断するに、僕の耳には55年の演奏には聞えない。どう聴いてもその完成度は56年のものだ。

ブラウニーの実働期間はわずか四年。その初期から完成されていた人だけど、その四年という短い間にもその完成度の高い演奏スタイルにどんどん磨きがかかり徐々に高められていたことが全録音を録音順にじっくり聴き返すとよく分る。最晩年1956年の演奏はこりゃもうとんでもなく天下一品だった。

だから『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』における後半三曲は、単に死の直前にしかも交通事故死だからなんの前触れもなくごく普通に演奏されたセッションだったという神話的物語性というかロマンティシズムに基づくだけでなく、実際の音を耳で聴いて判断すれば1956年録音なんだよね。

この1956年フィラデルフィアでのライヴ・セッションは、ブラウニー以外のサックス、ピアノ、ベース、ドラムスの全員がローカル・ミュージシャンで、四人のうちピアノのサム・ドッカリーだけは後年アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズに加入し有名になったのでご存知の方も多いはず。

他の三人もそれなりにまあまあ活動してはいた人だけど、ピアノのサム・ドッカリー以外のその三人の腕前はやはり二流半か三流どころなのがその三曲(でしかその三人は僕は聴いたことがないが、サックスのビリー・ルートは確かディジー・ガレスピーのなにかで吹いていたような)を聴くと分る。ピアノのサム・ドッカリーだって僕の耳には一流には聞えないもんなあ。

三曲ともブラウニー以外のサックスとピアノがソロを取るもののやはり聴応えはないし、バックに廻った時の演奏だってそれまでブラウニーのバックでやってきた、例えばアート・ブレイキーとかマックス・ローチとかホレス・シルヴァーとかそういう人達とは全然比較にもならないもん。

そういうこともあって三曲ともメインのソロはやはりブラウニーで、彼一人がテーマを吹きソロだって彼一人の時間が圧倒的に長い。そしてそれら三曲でのブラウニーのソロが超絶品だから、最初に書いたように彼は伴奏者の腕前とは無関係に自在に吹きまくれた人だったと実感するんだよね。

「ウォーキン」でのソロはブラウニーほどのトランペッターにしては大したことはないように僕の耳には聞えるんだけど、それだって1956年のブラウニーにしてはという判断基準であって、一流どころでも他のジャズ・トランペッターなら生涯最高の出来映えだと言いたくなるほどの内容。

それに「ウォーキン」ではテナー・サックスのビリー・ルートがまあまあ長めにソロを取り、しかもそれがつまらない内容だから聴いていてダレちゃうんだよなあ。ブラウニーのソロだけならよかったのにと思ったりするんだけど、フィラデルフィアでセッションが行われた現地ミュージシャンだからそうもいかんよな。

それに比べ残る二曲「チュニジアの夜」と「ドナ・リー」は文句の付けようのない絶品だ。この二曲が『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』LPレコードではB面だったから、昔の僕はB面ばっかり繰返し聴いていた。特に「チュニジアの夜」でのソロなんか聴いていて溜息をつくことしかできない。

なんの楽器でもすぐに高音部に行っちゃうような人はあまり好きじゃない性分の僕で、それは中音域ばかりで演奏するマイルスみたいな人が一番好きだからかもしれないけれど、やっぱりなにを演奏してもすぐに高音域でやっちゃうような人はなあ。しかしそれでもこの「チュニジアの夜」でのブラウニーは例外。

この「チュニジアの夜」でのブラウニーのソロは、高音を楽々としかも極めて正確な音程で繰返しヒットし、さらにそれは単なる技巧の披露ではなく音楽的に豊かな表現の必要不可欠な一部として機能しているもんねえ。ありとあらゆる「チュニジアの夜」の全ての人のソロのなかで疑いなくナンバー・ワンだ。
同じブラウニーによる「チュニジアの夜」を二年前1954年のバードランドでのアート・ブレイキーのバンドでの演奏(『バードランドの夜 Vol.1』)と比較すれば、その違いというかブラウニーの二年間での進歩ぶりが非常によく分るはず。伴奏は断然アート・ブレイキーのバンドの方がいいのにね。

ってことはやはり書いているようにブラウニーは伴奏者の腕前とは関係なく自分だけで自分の演奏ができる人だったってことだよなあ。もちろん1954年アート・ブレイキーのバンドでの「チュニジアの夜」でだって全然悪くないどころか大変素晴しいものなんだけど、56年のが素晴しすぎるから。

トランペットの音色自体がもう違うもんねえ。聴き慣れない方には同じようにしか聞えないだろうけど1956年の「チュニジアの夜」でのブラウニーの音色はこれ以上なく輝いているものだ。しかもこの時の三曲の録音は私家録音みたいな形でテープに残っていただけだから録音状態は悪いのに。

続くアルバム・ラストの「ドナ・リー」なんか、ご存知の通りテーマを譜面通りに正確に演奏すること自体に苦労する難曲(そんなものをあのマイルスが書いたとはね)で、しかもパーカーによるオリジナルとは違ってアップ・テンポでやっているからますます難しいのを完璧に吹きこなしているもんね。
「ドナ・リー」のテーマをこのテンポでこれだけ完璧に演奏できるジャズマンは、楽器を問わず歴史上ほぼ存在しないはず。ライヴ・ステージでは同様のテンポでいろんなジャズマンが果敢にチャレンジしてはいるものの、だいたい全員見事にコケちゃっているものしか知らないもんね僕は。

と長々と書いてはきたものの、今の僕の耳にもっと面白く聞えるのは「ザ・ビギニング」部分すなわち最初期1952年録音の二曲なんだよね。リズム・アンド・ブルーズ・バンド、クリス・パウエル・アンド・ザ・ファイヴ・ブルー・フレイムズでの演奏で、これが完全なラテン調でかなり面白い。

1952/3/21録音でこの時四曲録音されている。ブラウニーのどのディスコグラフィーでもそれが一番最初に載っているから、間違いなくその四曲がブラウニーの初録音なんだろう。そのクリス・パウエルのバンドでのオーケー録音四曲のうち「ダーン・ザット・ドリーム」「ブルー・ボーイ」は『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』には収録されていない。

「ダーン・ザット・ドリーム」「ブルー・ボーイ」の二曲にはブラウニーのソロがないからだ。クリス・パウエル名義のものとしてはCDでも1949〜52年の録音集の一部として発売されているけれど。ブラウニーのソロが入っている「アイ・カム・フロム・ジャメイカ」「アイダ・レッド」だけが『ザ・ビギニング・アンド・ジ・エンド』に収録されている。

重要なのは、処女録音にしてブラウニーは既に成熟しているいうこと(しかライナーノーツの粟村政昭さんは書いていないけど)よりも、この二曲がリズム・アンド・ブルーズ・バンドのやるラテン・ナンバーだということだ。「アイ・カム・フロム・ジャメイカ」はジャマイカというよりキューバという曲調で、クラベスが3−2クラーベを刻み、それに乗せてブラウニーが見事なソロを吹く。
「アイダ・レッド」もやはりラテンな曲調でコンガの音も目立ち、ブラウニーはハーマン・ミュートを付けてソロを吹いている。二曲ともリード・ヴォーカルはリーダーのクリス・パウエル。こういったブラウニーのラテンなトランペット・ソロはなかなか面白いんじゃないだろうか。こんなブラウニー、他では絶対に聴けないぜ。
専門のライターさん達もファンのみなさんも誰一人としてこれら二曲がラテン調で面白いなんて言っていないし、昔も今も言及されるのは「ジ・エンド」である1956年録音の三曲の方だけなんだけど、今の僕にはそれより「ザ・ビギニング」である52年録音のラテンな二曲の方が楽しい。こういうブラウニーをもっと聴きたかったな!

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