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2016/05/23

テックス・メックスなボブ・ディラン

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『アイム・ナット・ゼア』というボブ・ディランの音楽と人生に触発された伝記映画(らしい)のサウンドトラック盤CD二枚組がなかなか面白い。映画自体もサウンドトラック盤も2007年にリリースされているが、トッド・ヘインズ監督による映画の方は僕は観ていない。日本でも公開されたようだけど。

サントラ盤『アイム・ナット・ゼア』をどうして買ったのかというと、これに入っているアントニー&ザ・ジョンスンズによる「天国の扉」が、まるで聴いているこっちまで天国に行きそうになってしまうような出来だと聞いたからだった。
いやあなんとも美しすぎるよねえ。僕はこんな感じの「天国の扉」は聴いたことがない。様々なカヴァー・ヴァージョンのなかではエリック・クラプトンのも有名で、僕もいいと思うんだけど、このアントニー&ザ・ジョンスンズのを聴いたら、これが一番いいんじゃないかと思うようになった。

アントニー&ザ・ジョンスンズは、僕の場合恥ずかしながらこれで初めて知った名前だった。完全に惚れちゃったので、2009年リリースの『ザ・クライング・ライト』も買って聴いたら、これも美しすぎて。舞踏家、大野一雄の写真を使ったアルバム・ジャケットも大変に魅力的だった。

しかしながら『アイム・ナット・ゼア』というCD二枚組サントラ盤で僕が感心したのは、これで初めて名前を知ったアントニー&ザ・ジョンスンズだけではない。というかそれよりもむしろアルバムにたくさん入っているテックス・メックス風にアレンジしたナンバーだった。数えてみたら全部で六曲ある。

その六曲とは「ゴーイン・ダウン・トゥ・アカプルコ」「ダーク・アイズ」「珈琲をもう一杯」「ビリー・1」「セニョール(テイルズ・オヴ・ヤンキー・パワー」「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」だ。これらのうちボブ・ディランのオリジナル・ヴァージョンが濃厚にラテン風なのは一つもないよねえ。

殆ど顧みられることのない『ストリート・リーガル』の収録曲である「セニョール」はもちろんスペイン語の曲名なんだけど、そのディラン・ヴァージョンに僕はラテン風味を殆ど感じない。オリジナルがYouTubeにないので、代りにこれを。
しかしこれが『アイム・ナット・ゼア』収録のウィリー・ネルスン&キャレキシコによるヴァージョンになると、突然テックス・メックス風なフィーリングに仕上っているもんねえ。入っているトランペットなんかまるでマリアッチみたいじゃないか。
この「セニョール」にはトランペッターが二人クレジットされている。中盤でスペイン語によるヴォーカルだって入るし、ベースはアップライト・ベースで、ドラマーはブラシを使い、歌いながらアクースティック・ギターを弾くウィリー・ネルスン以外にも、ナイロン弦ギターやハーモニカも入る。

マリアッチみたいなトランペットといえば、「珈琲をもう一杯」もそう。これはロジャー・マッギンとこれまたキャレキシコ。トランペッターは一人しかクレジットされていないんだけど、アンサンブルみたいに聞える部分があるし、歌に絡みソロも取る。ディラン・ヴァージョンでのヴァイオリンに相当するものだ。
これにはキューバのソンで使われる弦楽器トレスだって入っているし、アコーディオンとストリングスも入って、『欲望』収録のディラン・ヴァージョンのエキゾチックなフィーリングをラテン風味に置換えたような感じだなあ。

「珈琲をもう一杯」というディランの曲が僕は昔から大好きで、『欲望』収録のオリジナルで惚れて、2002年リリースの『ライヴ 1975:ザ・ローリング・サンダー・レヴュー』収録のライヴ・ヴァージョンも大好き。どっちもヴァイオリンはスカーレット・リヴェラ。中近東風かなあ。

それがテックス・メックスというかラテン風味になっているもんねえ。これもそうだし、その他全部で六曲あるテックス・メックス風アレンジのディラン・ナンバーのうち五曲にキャレキシコが関わっている。大変に遅ればせながらキャレキシコも『アイム・ナット・ゼア』で知ったバンドだったのだ。

調べてみたらキャレキシコは1996年から活動していて、ファースト・アルバム『スポーク』が97年に出ているし、その後も2015年の新作までスタジオ・アルバムが全九作、ライヴ・アルバムだって七枚もある。僕は全く気付いていなかった。アリゾナに拠点を置くテックス・メックス・バンドだ。

サントラ盤『アイム・ナット・ゼア』でキャレキシコがジム・ジェイムズとやる「ゴーイン・ダウン・トゥ・アカプルコ」でだって、トランペットやトロンボーンといった複数の管楽器がラテン風なフィーリングを出している。初出の1975年ボブ・ディラン&ザ・バンドの『地下室』にそんな感じはない。

同じくキャレキシコがアイアン&ワインとやる「ダーク・アイズ」だって、『エンパイア・バーレスク』収録のディラン・オリジナルはアクースティック・ギター弾き語りで、それにハーモニカが入るだけのいつものディラン節なんだけど、『アイム・ナット・ゼア』ではマリンバやボンゴが入っている。

キャレキシコがシャルロット・ゲインズブールのヴォーカルをフィーチャーしてやっている「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」はシャルロットのヴォーカル以外には二人だけで、ギター、ピアノ、オルガン、ドラムスの多重録音。これだけはあまりラテン風味は強くなくて普通のバラードだ。

だから「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」はキャレキシコが関わっているとはいえ、テックス・メックス風味とは言えないだろう。もう一曲「ビリー・1」はお馴染みロス・ロボスによるものだから、当然と言うべきかラテン風味の強い仕上りだ。
「ビリー・1」だって『パット・ギャレット&ビリー・ザ・キッド』収録のディラン・オリジナルにラテン風味は薄くしか感じられないもんね。それが『アイム・ナット・ゼア』でのロス・ロボスはアコーディオンとかバホ・セクストなどを駆使して完全なるテックス・メックスに仕立て上げている。

『アイム・ナット・ゼア』全34曲中たったの六曲だけとはいえ、それらキャレキシコやロス・ロボスが出すテックス・メックス風味は、僕の耳には強く印象に残る。もちろん他にもアクースティック・ギターのカッティングが猛烈な疾走感を出すリッチー・ヘイヴンズの「トゥームストン・ブルーズ」もイイネ。

あるいはオルガンが非常に印象的なスティーヴン・マルクマス&ザ・ミリオン・ダラー・バッシャーズによる「バラード・オヴ・ア・シン・マン」とか、賑やかで楽しくスウィングするキャット・パワーの「スタック・インサイド・オヴ・モバイル・ウィズ・ザ・メンフィス・ブルーズ・アゲイン」なども面白い。

ランブリン・ジャック・エリオットのアクースティック・ギター弾き語りにスティール・ギターが絡む「ジャスト・ライク・ア・トム・サム・ブルーズ」も楽しい。そういういろんな面白いディラン・カヴァーが多い『アイム・ナット・ゼア』だけど、個人的にはラテン風味が興味深いと思うんだよね。

僕がラテン好きということもあるけれど、この2007年の『アイム・ナット・ゼア』まで、僕はそういう感じにアレンジしたディラン・ナンバーって聴いたことがなかったからさあ。僕の音楽体験なんて狭いんだから、きっと他にもっと前からあるんだろう。アメリカにはヒスパニック系も多くて、スペイン語はもはや第二の公用語なんだから。

なおアルバム・タイトルになっている「アイム・ナット・ゼア」はディラン&ザ・バンドの例の地下室セッションからの当時の未発表曲で、このサントラ盤が初出。そのオリジナルとソニック・ユースのカヴァーが入っている。オリジナル・ヴァージョンは2014年の『ベースメント・テープス・コンプリート』にも収録された。

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コメント

アントニー&ザ・ジョンスンズの「天国の扉」、私も大好きです。最近名前を「アノーニ」に変更されて「Hopelessness」というアルバムを出されているんですね。j-waveで流れていて「あ、アントニー&ザ・ジョンスンズ。新譜でたんだ」と思って調べたら名前が違ってました。ちょっと攻撃的に成られましたか。あと、関連記事にかなりの頻度で「彼女」は、と表記されてました。あちら側へ行かれたんですね。「天国の扉」つながりで、グレイトフル・デッドの「 (Wake Up to Find Out: Nassau Coliseum, Uniondale, New York 3/29/90 ; Live)」 のラストに入っているのも好きです。ブランフォード・マルサリスのサックスも良い感じ緩くて心地良いです。

TTさん、アントニーとかグレイトフル・デッドとかは、今ではもうはっきり言ってどうでもいいです。テックス・メックスとかラテン風味とかが面白いというお話です。

全く的外れなコメント、大変失礼いたしました。

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