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2016/06/14

最晩年のコロンビア録音もなかなかいいビリー・ホリデイ

Satin

Billie_holiday









ビリー・ホリデイの録音は全部持っているつもりなんだけど、彼女の残した一番いいものは有名で名盤選によくあがるコモドア盤とかじゃなくて、間違いなく戦前のブランズウィックなどコロンビア系録音だよね。1933〜44年までのもの。だけど同じコロンビアへの録音では最晩年1958年の『レディ・イン・サテン』も案外悪くない。

みなさんご存知の通りある時期からのビリー・ホリデイは過度の飲酒・喫煙・麻薬癖で喉が荒れて声が枯れ伸びやかさがなくなってしまい、1930年代〜40年代初頭の録音で聴けた瑞々しい感じは全くなくなっている。だから最晩年のコロンビア録音盤なんか聴けないだろうと思われているかもしれない。

だけれどもある時油井正一さんが書いていて僕も納得したことなんだけど、最晩年1950年代末のビリー・ホリデイは声があまりにも枯果てた挙句にかえって逆に安定しているように聞える部分があって、それで58年の『レディ・イン・サテン』などは案外悪くないと思えてならないんだよね。

『レディ・イン・サテン』がいいと思えるもう二つの要因として、選曲が抜群にいいということと、クラウス・オガーマン編曲によるレイ・エリス・バンドのストリングス入りオーケストラ伴奏であるということがあるはずだ。この二つはコロンビアのプロデュースの勝利だ。

もっともビリー・ホリデイが1957年にコロンビアと(再)契約した際、彼女自身はネルスン・リドルの編曲・指揮によるオーケストラとの共演を希望していたらしく、どうやらそれはフランク・シナトラの一連のキャピトル盤を聴いてそう思ったようだ。彼女もまたシナトラのファンだったらしいから。

そう言われれば『レディ・イン・サテン』収録曲はシナトラにインスパイアされたようなレパートリーが多い。そのあたりも完全に僕好み。なんたって一曲目の「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」はシナトラのオリジナル・コンポジションで、1951年コロンビア録音で知られている曲。

シナトラ・オリジナル・ヴァージョンの「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」はシングル盤で発売されたものでアルバムには未収録だったので、僕はなかなか聴けなかった。21世になってコロンビア時代の完全集が出たので、それでようやく聴けたという次第。

以前書いたようにシナトラの大ファンである僕。これは別にマイルス・デイヴィスがシナトラ好きでシナトラの歌ったバラード曲のその解釈をそのままハーマン・ミュート・トランペットに置換えたような採り上げ方をしていることとは関係ない。単純にシナトラ好きなだけなんだよね。特にコロンビア時代の。

普通シナトラが好きで聴くというファンの多くは1953年のキャピトル移籍後の同社盤や、その後のリプリーズ時代とかを聴いているという人が中心じゃないかなあ。リプリーズ時代はともかくキャピトル時代は僕も大好きで全音源をコンプリートに持っているけれど、その前のコロンビア時代もかなり好きなのだ。

コロンビア時代はシナトラの声が若くてピチピチしているし伴奏のオーケストラ・アレンジもいいし、特に「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イージリー」や「エンブレイサブル・ユー」や「ジーズ・フーリッシュ・シングズ」や「ステラ・バイ・スターライト」や「ローラ」などバラード歌唱が見事だ。

ジャズ的なスリリングなスウィング感にはやや乏しい歌手であるシナトラで、実際ジャズ・ファンからはイマイチな評判だけど、ジャズとかポップスとかそういう枠を超えたところにいる人だと思うんだよね。その表現力は確かにキャピトル時代の方が磨きがかかっているけど、コロンビア時代だってかなりいいよ。

ビリー・ホリデイだってそういうコロンビア時代からシナトラ・ファンだったはず。そうじゃないとコロンビア時代のシングル曲である「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」を自分の『レディ・イン・サテン』で歌おうとは思わないだろう。しかもいきなり一曲目に持ってきているわけだし。

そのコロンビア時代のシナトラのシングル曲その他ラヴ・ソングの数々を、しかもキャピトル時代の、特にアルバム『イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ』でのネルスン・リドルのアレンジで歌いたいと思ったのが、ビリー・ホリデイの『レディ・イン・サテン』制作の発端になっているという話だ。

まあ『レディ・イン・サテン』では「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」も「ユー・ドント・ノウ・ワット・ラヴ・イズ」も「フォー・オール・ウィ・ノウ」(これだけはレイ・エリス・バンドの演奏を聴いて気に入ったらしい)も「コートにすみれを」も、全部重くなりすぎているかもしれないけどさ。

同じコロンビア(系レーベル)時代でもかつて1940年代初頭までの録音で聴ける快活で伸びやかにスウィングする歌声は『レディ・イン・サテン』では全く聴けない。そもそもそういう主旨のアルバムではない。ラヴ・バラード集なんだから。それを考えてもなおやはり重いというか暗いのかもしれないけれどね。

『レディ・イン・サテン』では油井正一さんが指摘していたようにビリー・ホリデイの声はかえって安定していて、これ以前のヴァーヴ時代のような揺らいだ不安定な感じはしなくなっている。それが油井さんの言うように喉が荒れ果てた挙句のことなのかどうなのかは僕にはよく分らないが。

声も安定して出ているし(いやまあ出ていないけれども)、ラヴ・バラードでの表現力にはとんでもない深みと凄みを感じるし、クラウス・オガーマンのオーケストラ・アレンジがなんたって冴え渡っているし、『レディ・イン・サテン』はオリジナル・アルバム単位ではある意味ビリー・ホリデイの最高傑作かも。

世間一般的にどういう評価なのかあまりよく知らないんだけど僕はそう感じる。あくまでLPアルバム単位の時代になってからの作品ではという意味だけどね。ビリー・ホリデイはその歌手人生の大半がSP時代、すなわち一曲単位の時代の歌手だからそっちの方にもっといいものがたくさんある。

SP時代では書いているようにやはり1933〜44年のコロンビア系レーベルへの録音が最高だよね。これはビリー・ホリデイの生涯通してのベスト時代に間違いない。かつて日本ではCBSソニーから『ビリー・ホリデイの肖像』という一枚物LPで出ていたけれど、現在CDでは10枚組全集にまとめられているし、そんな大きなものでなくたって一枚物や二枚組のベスト盤が何種類もあるので、是非聴いてみてほしい。

そのCD10枚組コロンビア系録音全集こそがビリー・ホリデイの珠玉の名唱集であって、なんといってもバック・バンド(という言い方は不正確というか間違いなんだけど)の面々が超一流スウィング系ジャズメンばかりで、猛烈にスウィングして楽しいし、歌手自身の声もキラキラと輝いているもんね。

コロンビア系録音は元はビリー・ホリデイ名義の録音セッションではないものが多いから、彼女の歌はどの曲でも全部ワン・コーラスだけ。これは約三分間というSP時代の時間制約があったという理由だけでなく、多くがテディ・ウィルスン名義やベニー・グッドマン名義などの録音セッションだからだ。

しかも1944年以後のデッカやコモドアやヴァーヴや戦後のコロンビアなどへの録音と違って、戦前のコロンビア系レーベルへのそういう録音セッションはアレンジ料はなしという契約だったので、譜面のない実に簡単な打ち合せだけのヘッド・アレンジによるジャム・セッションみたいな一発勝負ばかり。

だから楽器奏者達によるエンディングなんか殆どの曲でグチャグチャになってしまっていて、これらコロンビア系レーベルへの録音集を僕同様昔から愛するファンでも、エンディングが成功していると言えるものはほんの数曲だけだという意見になる。でもそれを除けば文句なしだ。

ビリー・ホリデイの歌もワン・コーラスだけだけどそれで充分なんだよね。ワン・コーラスで充分ヴォーカル技量、声の伸びやかさ、スウィング感が理解できるし楽しめる。楽器奏者のソロなんかワン・コーラスどころか全て四小節とか八小節とかそんなのばっかりだけど、みんなそれで充分言切っているもんね。

やはりこういう1930年代後半のコロンビア系レーベルへのテディ・ウィルスン名義などの録音セッションは、スウィング期では間違いなく最高の録音集だね。これの多くにビリー・ホリデイが参加して歌っているのはプロデューサー、ジョン・ハモンドの意向だけど見事に大成功だ。

こういう戦前や戦後のコロンビア(系)録音に比べたら、妙に有名で名盤ガイドなどに常に載っているコモドア録音集なんかどこがいいんだか僕には分らない。ビリー・ホリデイといえばこの一曲みたいに言われる「奇妙な果実」だって人種差別問題の深刻さは伝わってくるけれど、音楽作品としてはどうなんだろうなあ?

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大分に住む73歳  油絵をします 見たくて見れなかったシネマ「愛の嵐」をスマホで開いたらなんと凄い歌が流れた ビリーホリデイの「アイム ア フール ツ、、、」  もっと知りたくて貴方のブログに。
ビリーホリデイと言えば「柳は泣いている」  これも昔見たジャンヌモローの映画の中で。若い自分だったがカッコいいなと今にも残ってます しかし又ビリーに会いこの歌を聴くともう絵筆が止まります  深い声から言葉に表せない共有する哀しみを切実に感じます 

特に『レイディ・イン・サテン』のビリーの歌は、哀しみへの共感度が高いですよね。

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