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2016/10/14

マイルスによる寛ぎのジャズ・タイム

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意外に思われるかどうか分らないけれど、マイルス・デイヴィスが公式録音したライヴ・アルバムでこの世で最も早くリリースされたものは1961年4月21日と22日にサン・フランシスコのジャズ・クラブ、ブラックホークでやったもの。『イン・パースン』のフライデイとサタデイの二枚なのだ。

フル・タイトルが『イン・パースン、フライデイ・ナイト・アット・ブラックホーク、サン・フランシスコ、vol.1』と『同サタデイ、vol.2』 。そもそも “in person” という表現がライヴ・アルバムであることを示す英語だから、リリース時のアメリカ人にとっても分りやすかったはず。

これはコロンビア側も間違いなく意識して付けたタイトルだ。マイルスのライヴ・アルバムの史上初リリースだったわけだから、それを明快に示すために「イン・パースン」という表現を入れたに違いない。1961年録音のマイルスのライヴ・アルバムというと、カーネギー・ホールでギル・エヴァンス編曲・指揮のオーケストラとやったのもある。

そのギルとやったカーネギー・ライヴはブラックホークでのライヴ録音の一ヶ月後だから録音時期は同時期だけど、あれのリリースは翌1962年。録音されていただけであればもっと前からいくつもある。コロンビア公式だけでも49年にタッド・ダメロンとやったパリ・ライヴ、58年にニューポートのとプラザ・ホテルのがある。

しかしそれらのリリースは1949年のパリ・ライヴが1977年、58年のセロニアス・モンクとA面B面抱合わせてのニューポートのが64年(モンクの方は63年のライヴだ)、同58年のプラザ・ホテルでのも1973年だった。だから全部リアルタイム・リリースではない。

コロンビアではないが、キャピトルが1948年に例の九重奏団でやったロイヤル・ルーストでのライヴをリリースしているが、あれは公式録音と言えるかどうかもやや微妙だし、初めてリリースされたのも1998年だ。放送音源やそれをエア・チェックしたものなども全て61年にはまだ出ていない。

そんな具合だったので、マイルスのライヴ録音がどんどん公式リリースされるようになったのは1960年代半ば以後の話。196/4/21~22のブラックホークでのライヴ録音盤二枚が、マイルスの音楽生涯初のライヴ・アルバムだったということになるんだよね。

これはライヴをしっかりとした音で録音する技術がその頃ようやく整備されてきたというのも大きな理由だったんだろう。マイルス自身の回想によれば、あの1961年のブラックホークでのライヴの時はコロンビアが大がかりなな録音機材をステージ脇に持込んだせいで、気が散ってなかなかやりにくかったらしい。

本当にそんなやりにくかったのかと疑いたくなるような演奏内容だよね、あのブラックホークのライヴ二枚は。以前も書いたけれど、アクースティック・ジャズをやっていた頃のマイルスによるライヴでは、これが僕は案外好きなのだ。案外好きというよりもひょっとしたら一番好きかもしれないなあ。

1960年代のマイルスのライヴ盤では60年代中期のハービー・ハンコック+ロン・カーター+トニー・ウィリアムズの三人がリズム・セクションだったものが本当に激しくて、そうかと思うとバラード表現もいいし、こりゃ凄いバンドだよねとは思うものの、ちょっと緊張感が強すぎる気がするのだ。

だからあれらは一枚か二枚集中して通して聴くとドッと疲れてしまうんだよね、僕の場合は。だから自分の体調を考慮に入れて聴くべきタイミングを見計らわないといけない。だからそういつもいつもは聴きにくい。それらと比べると1961年ブラックホークでのライヴ盤二枚は聴いていて本当にリラックスできて聴き心地がいい。

マイルスという音楽家は、間違いなくリラクシングな音楽性の持主ではなく、ピンと張詰めたテンションの強い緊張感のある音楽をやる人。そしてこの1961年のブラックホークでのライヴ盤が出るまではスタジオ・アルバムしかなかったわけだから、一層そのイメージが強く聴衆に刻まれていたはずだ。

ところがこれがマイルスの真の姿、実物(in person)だというタイトルでリリースされた1961年ブラックホークでのライヴ盤を聴くと雰囲気がかなり違っていて、相当にリラックスできる、なんというかマイルドというか穏健保守派とでもいうか、そんな親しみやすい音楽性なもんだから、当時は意外だったんじゃないかなあ。

これこそがマイルスの「真の姿」だというアルバム・タイトルは、この世に初めてこの音楽家のライヴ盤をリリースするにあたっての売らんがための宣伝文句であって、その後のマイルスによるライヴ盤にはやはり緊張感に満ちたいつもの姿が記録されているものの方が多いというのが事実。

1961年ブラックホークのライヴ盤は、だからマイルスの初リリース・ライヴ・アルバムだからではなく、やはりこのバンドがそういう音楽性の持主だったってことに他ならない。その証拠にこれと同一メンバーで録音された唯一のスタジオ録音作品『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』も同様の音楽性だ。

ところであの1961年の『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』は案外人気があるんだよね。当時既にマイルス・バンドを脱退し成熟して大きな存在になっていたジョン・コルトレーンがゲスト参加で吹いている二曲があるからではない。全体的に非常にリラックスできる親しみやすい音楽だからだ。

あの『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』はアルバム・タイトルで損をしているだけじゃないかなあ。そのまま英語で書いたりそれをカタカナ書きするのではちょっと長めだし、かといって邦訳して『いつか王子様が』では、ジャズ・ファンの八割以上を占めるんじゃないかと思う男性リスナーには気恥ずかしい。

それにマイルスを好んで聴く人間は、この人にロッキン・チェアでリラックスしながら聴けるような音楽は求めない人の方が多いんじゃないかなあ。でもねえ、いつもいつもそんなのばっかりではしんどいんじゃないだろうか。時には『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』みたいなのもいいじゃないか。

だから1961年のブラックホークでのライヴ盤二枚も、同一メンバーで音楽性もやはり同じようにさほど緊張感も強くなく、聴いていてリラックスできるものだから、やっぱり案外人気があるんじゃないかと僕は思うんだけど、昔から『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』ほどの話題にはなっていないよなあ。

その理由を推測するにやっぱりあれだ、この二年後に発足する前述のニュー・クインテットによる一連のライヴ・アルバムが人気がものすごく高くて、まあ演奏内容は確かに凄いし、しかも何枚も続けてシリーズみたいにして出ているから、そのせいで1961年のブラックホークのはかすんで見えちゃうんんじゃないかなあ。

これはある意味仕方がないんだろう。でもあの1961年の『フライデイ』と『サタデイ』のブラックホーク・ライヴ二枚、これをコロンビアがマイルスの音楽キャリア史上初のライヴ・アルバムとしてリリースしようと判断できただけはあるという優れた演奏内容だから、オススメの二枚なんだよね。

ところで今日繰返し二枚、二枚と書いているが、この1961年ブラックホーク・ライヴは、2003年にレガシーがCD四枚組ボックスで完全盤としてリリースしている。僕は大学生の頃からこのライヴが大好きで愛聴してきているから、通わず即買いだったけれど、やっぱりそう何度もは聴いていないんだ。

CD四枚組完全集の1961年ブラックホーク・ライヴ。一度か二度しっかりとCDで聴いたのちは、Mac にインポートして、夜になんとなくジャズ・クラブでのライヴ現場の雰囲気を味わいたいというか、自室を環境的にそんな具合にしたいという時に全セットを流し聴きするだけ。四時間ほどあるしね。

CDでちゃんと聴きたいという時は、やはりバラ売り二枚の『フライデイ』と『サタデイ』なのだ。僕が現在持っているのは1997年にSMEがリリースしたもの。しかしこれ以前に持っていた米コロンビア盤は、なぜだかアルバムのジャケット・デザインも曲順すらも異なっているというもので不可解だった。

『フライデイ』の方はやっぱりあの「ウォーキン」ではじまってくれないとね。グルーヴィーでファンキーで、ジャズ・ブルーズとはこうやるもんだというお手本みたいな演奏。マイルス以下全員見事だ。ポール・チェンバースのアルコ弾きだけがちょっとねと思うだけ。
『フライデイ』の方にはアルバム・ラストに「ラヴ、アイヴ・ファウンド・ユー」がある。これはウィントン・ケリーのピアノ独奏。リリカルでいいね。マイルス・バンドのピアニスト前任者であるビル・エヴァンスにも劣らないバラードの弾き方じゃないか。
そもそもウィントン・ケリーは、マイルス・バンドでの先輩である二人、レッド・ガーランドのようにスウィングしブルーズが弾けて、なおかつビル・エヴァンス的なリリカルな弾き方もできるという、その両要素を持っている人材としてマイルスが目を付けて起用されたピアニストだったんだよね。

1958年の『マイルストーンズ』における「ビリー・ボーイ」みたいに、前々からスタジオ録音アルバムでもたまに自分のトランペットを含め管楽器が一切入らないピアノ・トリオでの演奏を一曲入れたりすることがあったマイルスだから、こういったソロ・ピアノ演奏を一つ入れても不思議じゃない。いい演奏だしね。

『サタデイ』の一曲目であるセロニアス・モンクの「ウェル、ユー・ニードゥント」を聴くと、1956年プレスティッジ録音(『スティーミン』収録)と全く同じアレンジだ。ピアノ・ソロが終って最終テーマ吹奏になる前にマイルスとハンク・モブリーがユニゾンでリフを合奏している。アレンジあったんだなあ、やっぱり。

『フライデイ』の最大の聴き物が一曲目の「ウォーキン」なら、『サタデイ』における最大の目玉は三曲目の「ソー・ワット」とラストの「ネオ」。どっちもモーダル・ナンバーだけどハンク・モブリーもウィントン・ケリーもいい演奏だ。特にモブリーがこれほどまでに吹けるサックスだったとは意外だ。失礼しました。
だって書いたようにモーダルな演奏法をしなくちゃいけない二曲だからなあ。マイルスはもう1961年ならお手のものだしウィントン・ケリーも弾きこなすだろうけど、モブリーはいつもはコーダルな演奏法による普通のハード・バッパーだからなあ。サックスがモブリーなのもこのライヴ盤がリラックスできる要因の一つでもある。

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