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2016/11/11

マイルスのブルー・ノート盤を推薦する

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推薦盤としてあがることは滅多に(全然?)ないマイルス・デイヴィスのブルー・ノート録音盤。といってもキャノンボール・アダリー名義の1958年『サムシン・エルス』のことではない。あれもブルー・ノート盤だけど、推薦されまくっているじゃないか。僕が言っているのは52〜54年の録音集だ。

マイルスの1952〜54年のブルー・ノート録音は、アナログ盤レコードでもCDでももちろん全曲がリリースされている。それらは別テイクも含めると全部で26トラックで計一時間半ほど。ってことは12インチLPでもCDでも二枚になるという長さで、実際そういう形でリリースされてきている。

現行CDではバラ売り二枚(どうして二枚組にしないんだ?)のそれらのブルー・ノート録音集。アナログ盤でも二枚バラ売りだった。しかしかながらそれらは元々は10インチLP三枚で発売されたものだった。最初に52年録音の六曲が同年に『ヤング・マン・ウィズ・ア・ホーン』としてリリース。

次いで1953年録音の六曲がやはり同年に『マイルス・デイヴィス・ヴォリューム 2』としてリリースされ、最後に54年録音のやはり六曲がやはり同年に『マイルス・デイヴィス・ヴォリューム 3』としてリリースされた。一枚ずつ録音年ごとにまとめて発売されたわけだから、分りやすいように思う。

それら三枚の10インチLP音源が、それらには未収録だった別テイクとともにブルー・ノートから12インチLPで初めてリリースされたのが1956年のこと。したがってこの時に初めて1952〜54年のマイルスによるブルー・ノート録音全トラックがバラ売り二枚でリリースされたということになる。

しかしながら僕も買って聴いていたそのバラ売り二枚の『マイルス・デイヴィス・ヴォリューム 1』と『同 2』は、10インチLPでは一枚ずつ録音年で分けていたのが、なんだかごた混ぜな曲順になって収録されているんだよね。僕は10インチ時代のことを長らく知らず、こんなもんだと思っていた。

そして1988年に初CDリイシューされる際にも、その12インチLPの録音年ごた混ぜ状態をそのままの曲順で収録しているのだった。これは2016年現在に至るまで同じだ。録音年だけでなく、録音したバンドのメンバー編成も一年ごとにかなり違っているもんなあ。ややこしいんだ。

トリヴィアかもしれないが、1988年の初CDリイシューの際のジャケット・デザインは12インチLPのものをそのまま使っている。しかし2001年にCDで再リイシューされたものはそれとはジャケットが違うのだ。というのは56年の12インチLPのジャケットはその際に考案された新ジャケットだった。以下、左が『1』、右が『2』。

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2001年に再びリイシューされた二枚のCDは10インチLPのオリジナル・ジャケットを使っているんだよね。じゃあそっちの方が元通りになったんだからいいんじゃないかと思うのは早とちり。書いているように10インチLPでは三枚、リイシューCDでは二枚。だから10インチLPのジャケット一枚は消滅したことになる。

消滅したのは1952年盤の『ヤング・マン・ウィズ・ア・ホーン』のジャケット(上掲左)。しかも53年の10インチ盤の『マイルス・デイヴィス・ヴォリューム 2』(上掲中)のジャケットが2001年CDの『マイルス・デイヴィス・ヴォリューム 1』になり、54年の『3』(上掲右)のがCDの『2』になるという不可解さ。

だから単に1952年盤のジャケット一枚が消えただけじゃなく、10インチ盤『Vol 2』が2001年盤CD『Vol. 3』のジャケットになり、10インチ盤『Vol. 3』のが2001年盤CD『Vol. 1』のジャケットになっちゃっているわけで、こりゃもうどうなってんの?

そして僕は1988年リリースのCDと2001年リリースのCDの両方を持っている。なぜだか曲順までもがちょっとだけ違っているという、それも不可解だけど、中身の音楽は完全に同一。だから単に10インチLP盤の<オリジナル>・ジャケットを見たいという理由だけで買ったのだ。

しかし曲順をちょっと変えたってのはどうしてなのか全然理解できない。変えた結果聴きやすくなっているのかというとそんなことはないからだ。1988年リイシューのCDは12インチLP二枚を曲順もそのままに再現したもの。ところが2001年のは同じ曲の別テイクが離れた位置にあったりする。

まあ同じ曲の別テイクなんてのは続けて聴かなくてもいいのであって、だからマスター・テイクだけ先に全部まとめて収録し、その後に別テイクだけまとめて並べてくれればそれが理想だと僕は思う。1956年の12インチLPと88年のCDはそうなっておらず、同じ曲のマスター・テイクと別テイクが連続していたのだった。

じゃあ2001年リリースのCD二枚は上で書いた理想なフォーマットに並べ直しているのかというとそうでもないから不可解だと言うんだよね。マスター・テイクが続くかと思った途中に突然一曲だけの別テイクを入れ、その後またマスター・テイクを並べ、再び途中に別テイクをねじ込んでいたりする。

こりゃいったいなんなんだ?10インチLP盤のオリジナル・ジャケット現物を見たことのない、僕を含むファン向けにそれを見せてくれたという以外に再リイシューした意味はゼロじゃないかなあ。ルディ・ヴァン・ゲルダーが再リマスターして音質がほんのちょっと良くなっているということになってはいるけれど。

これは2001年盤のリイシュー・プロデューサーとして名前が記載されてあるマイケル・カスクーナさんに事情を聞いてみたい気分だ。どうせ曲順を変更するのであれば、前述の通りマスター・テイクだけまず先に全部並べておいて、それが終った後に別テイクを並べるようにすればよかったんじゃないか?

またこれも前述の通り、パーソネルも1952、53,54年録音で全部違っているわけだから、やはりこれも整理して録音年順に並べ直してくれていたのであれば大歓迎だったにもかかわらず、そこは以前と同じくゴチャゴチャのままだもんなあ。え〜っと、ここまで文句ばかりたれてきてしまったが。

できうれば今後また再びリイシューすることがあるのなら、ブルー・ノート音源のリイシュー担当者の方には以上のような事情を勘案していただきたい。さてさて肝心の中身の音楽の話をしなくちゃね。最初に書いたようにマイルスによる1952〜54年ブルー・ノート録音が推薦されることは今までまずなかった。

しかし中身はなかなか悪くないんだぞ。僕は上記のような事情があるもんだから iTunes のプレイリストでは1952、53.54年と三つに分けて並べ直したものを作ってある。パーソネルも全部違っているもんね。その三つのプレイリストで聴くとCDで聴くのでは分らないことも分る。

まず1952年録音のトップが「ディア・オールド・ストックホルム」。これはスウェーデンの民謡をスタン・ゲッツがアダプトしたものだけど、マイルスはもう一回1956年にコロンビアにも録音しているね。『ラウンド・ミッドナイト』収録。けれども52年ブルー・ノート録音の方がはるかにいい出来だ。
「ディア・オールド・ストックホルム」という曲の、哀愁のあるノスタルジックなメロディの持味を、テーマ吹奏はもちろんアドリブ・ソロ部分でも存分に活かして表現できているのは1952年ブルー・ノート・ヴァージョンの方だ。56年コロンビア・ヴァージョンの良さはリズム・セクションの動きにある。
https://www.youtube.com/watch?v=ghRQv9ECdRU

またその「ディア・オールド・ストックホルム」でもいいソロを吹くアルト・サックスのジャッキー・マクリーン。プレスティッジ盤『ディグ』になった1951年録音でマイルスはこの若手を初起用して以後数年間はよく使っていた。気に入っていたんだろう。チャーリー・パーカーみたいだからさ。

そのジャッキー・マクリーンがマイルスの録音で吹いた最も優れた内容が上掲1952年の「ディア・オールド・ストックホルム」じゃないかなあ。トロンボーンのJ・J・ジョンスンもいいなあ。僕は三管編成みたいな分厚いサウンドが好きなんだよね。

また同じ1952年録音のスタンダード・バラード「イエスタデイズ」。これを吹くマイルスは間違いなくビリー・ホリデイのコモドア盤を参照、というかそのまま下敷にしている。その女性歌手のヴァージョンは39年録音・発売だ。マイルスのはこれ。
このマイスルが間違いなく下敷にしているビリー・ホリデイのは下。どうだろう、フレイジングや細かな節回しがよく似ているじゃないか。それにマイルスのノン・ヴィブラートでストレートなサウンドはビリー・ホリデイやレスター・ヤング由来なんだもんなあ。
またこれは1952年の10インチLP盤ラストだった「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」(https://www.youtube.com/watch?v=MjCMcdhUWn8)。これはフランク・シナトラの1947年コロンビア録音(https://www.youtube.com/watch?v=WICzHNSiG6o)を下敷にしているのは疑いえないだろう。

この時期のマイルスとシナトラといえば、やはりブルー・ノートの1954年録音「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」(https://www.youtube.com/watch?v=1VRC48dEh_c)。これもシナトラの1947年録音(https://www.youtube.com/watch?v=Y-MeRZ868PE)が下敷になっているもんね。

シナトラやビリー・ホリデイとマイルスの関係は今まで何度も指摘しているけれど、マイルスという音楽家は本当にこういたポップ・ソングが大好きで、歌手が歌うのを聴いて気に入って自分で吹いてみたということが実に多い。そうじゃなかったのは1960〜70年代だけなんだよね。そっちの方が例外なんだよね。

しかも上で音源を貼ったマイルスの1954年ブルー・ノート録音の「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」をお聴きになれば分るように、この年の録音全六曲はワン・ホーン・カルテット編成。52年録音と53年録音は全てトロンボーン奏者とサックス奏者が参加している三管編成なんだよね。

だから聴感上の印象もかなり違うし、音楽的な表現としてもやはりだいぶ違うやり方をマイルスがしているのは、録音年ごとに一つずつプレイリストを聴いていくとよく分っちゃうのだ。だからごた混ぜにせず録音年順に並べてほしい。そううしないと音楽的に分らないことがある。データ的なことじゃなくて。

今日の文章はなんだか前半は文句やグチばっかり並べて、後半の肝心の音楽的中身についてはちょっとしか触れていないからイカンなあと思いながら書き進むと、最後はやっぱりまたレコード会社への苦言で終ってしまうというような感じになってしまった。まあでもホントこの頃のマイルス、ブルー・ノート録音、なかなかいいですぞ。

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