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2016/11/17

ソウルフルなボブ・ディラン

Howmanyroadsblackame









1960年代に登場した白人(シンガー・)ソングライターのなかで、ボブ・ディランはその書いた曲が最も多く黒人歌手にカヴァーされている一人かもしれない。といってもバート・バカラックやキャロル・キングなどのことは今日は考慮に入れない。なぜならば彼らは最初から黒人歌手のために曲を提供したから場合も多いからだ。

ディランはそうじゃない。彼の場合は全ての曲がまず最初は自らが歌うために書く人だ。というかおそらくそのためだけにしか曲を書かないという人だろう。一部例外を除くビートルズと少し似ている。両者とも1960年代にデビューし、ビートルズ・ソングもまた多くの黒人歌手たちにカヴァーされている。

そんなディランやビートルズの曲をアメリカ黒人歌手がカヴァーしているものは相当に数が多いので、全貌を把握することは僕には不可能。だからとりあえずのとっかかりとして英エイス・レーベルのリリースした「ブラック・アメリカが歌う」というシリーズで聴いて楽しんでいる。

ディランの方は『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』。ビートルズの方は『カム・トゥゲザー:ブラック・アメリカ・シングズ・レノン&マッカートニー』『レット・イット・ビー:ブラック・アメリカ・シングズ・レノン、マッカートニー・アンド・ハリスン』の二枚。

どっちの話を先にしてもいいけれど、今日は今年話題の人物であるボブ・ディランのカヴァー集についてだけ書くことにしよう。エイスが『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』をリリースしたのは2010年のこと。しかし僕がこれに気が付いて買ったのは今年2016年だ。

『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』は全20曲。しかしそれは収録されているディラン・ナンバーのオリジナル・リリース年順には並んでいないし、また収録の黒人歌手によるカヴァー・ヴァージョンのリリース年順でもない。通して聴いて楽しめるように並べてあるのかなあ。

またこのエイス盤CD附属ブックレットにある曲目解説も収録曲順にではなく、また収録されているカヴァー・ヴァージョンがリリースされた順にも書かれていない。ディランがそのオリジナル曲を発表した順に並び替えて曲を紹介・解説しているんだなあ。ちょっと分りにくいが、あるいはディランには馴染が薄いという黒人音楽リスナー向けなのかもしれない。

収録のカヴァー・ヴァージョンのリリース年はブックレット冒頭の曲目一覧のところに書いてあるのですぐ分る。このエイス盤『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』の収録20曲について全部書いている余裕はないので、以下特に気に入ったものについてだけかいつまんで。

全20曲のうち僕が特に気に入っているというか美しいなあと思うのは、九曲目のネヴィル・ブラザーズによる「ウィズ・ガッド・オン・アワ・サイド」と14曲目のブッカー・T・ジョーンズによる「天国の扉」(ナッキン・オン・ヘヴンズ・ドア)だ。この二曲はどっちも黒人ゴスペル・ソング風に仕上がっている。

「ウィズ・ガッド・オン・アワ・サイド」のディラン・オリジナルは1964年作『時代は変わる』収録。つまりいわゆるフォーク時代(という言い方が僕は嫌いだし、ディランの本質も表していないと思うのだが便宜上こう書いておく)におけるトピカル・ソングの一つだ。はっきり言うと反戦歌。

それをネヴィル・ブラザーズは1990年のアルバム『イエロー・ムーン』のなかでやっていて、歌うのはエアロン(アーロン)・ネヴィル。反戦を歌うトピカル・ソングとしてエアロンも歌っている。さらに歌詞のなかの重要な部分を大胆に書きかえているんだなあ。
ディラン・オリジナルでは「第二次大戦」云々ではじまる連を、エアロンは「ヴェトナム戦争」云々にして歌いはじめ、その連は全面的に歌詞が異っている。ディランのは1964年の歌だったのが、ネヴィル・ブラザーズのは1990年のだから、その時点における解釈変更、フィーリングの変化だなあ。

もっと重要なのは上掲音源をお聴きになれば分るように、ネヴィル・ブラザーズのライヴでは定番の「アメイジング・グレイス」と全く同じサウンドと歌い方だってことだ。エアロンのあの声とフレイジングは「ウィズ・ガッド・オン・アワ・サイド」でも同じだし、伴奏も教会オルガン風シンセサイザーが中心。

それで荘厳な雰囲気を醸し出していて、それに乗ってエアロンが反戦を切々と歌う。サウンドとメロディ・ラインがかなり美しく響くので、歌詞内容は突き刺さるようなトピカル・ソングであることを、聴いているあいだは思わず忘れてしまい、エアロンのあのヴェルヴェット・ヴォイスに聴き惚れてしまう。

ディランとは無関係なんかじゃなく実に深い関係があるんだけど、サム・クック・オリジナルである「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」も、ネヴィル・ブラザーズの『イエロー・ムーン』にはあるよね。それもエアロンが歌っている。サムのあれはディランに触発されて書いた曲だというのは有名だ。

もう一曲『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』で僕が最高に美しいと感じるのが、14曲目のブッカー・T・ジョーンズによる「天国の扉」(ナッキン・オン・ヘヴンズ・ドア)だ。これはこの曲の数多いカヴァー・ヴァージョンのなかで最も美しいかもしれない。

以前、アントニー・アンド・ザ・ジョンスンズのやる「天国の扉」があまりにも美しく、まるで聴いているこっちまで本当に天国の扉を叩いてしまいそう、すなわち死の香りがして危険ですらある美しさだと書いたけれど、ブッカー・T・ジョーンズのは、個人的にはそれよりさらに上をいく美しさだなあ。
どうですこれ?美しいなんてもんじゃないでしょう?冒頭から鳴っているオルガンはもちろんブッカー・T ・ジョーンズだ。それに控え目かつ効果的に絡むエレキ・ギターは誰だろう?続いてブッカー・T ・ジョーンズのノン・ヴィブラート唱法のヴォーカルが出てくる。
 
黒人歌手は多くの場合使うヴィブラートやメリスマが一切なく、ストレートな発声と歌い方で「天国の扉」を綴るブッカー・T ・ジョーンズのヴォーカルに聴き惚れる。そして歌いはじめる前から歌のあいだ、そして歌が終わっても、一曲のあいだずっとあの印象的なオルガンが鳴り続けているのも効果的に響いている。

個人的にはエイス盤『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』で最も素晴らしいと感じるのが、その14曲目のブッカー・T ・ジョーンズ「天国の扉」だ。これを聴いたら、ここまでの13曲はイントロ、ここからの六曲がアウトロのように思えてきちゃうもんね。それくらいいいじゃないか。

ブッカー・T ・ジョーンズの「天国の扉」を僕は知らなかったので、エイス盤ブックレットを見てみたら1978年のリリースとなっている。それを手掛りに調べてたら、『トライ・アンド・ラヴ・アゲイン』という A&M リリースのアルバムに収録されているみたい。しかしそれはCDでも配信でも入手不可能だ。

う〜ん、こりゃ困った。アナログ盤中古しかないのか・・・。ブッカー・T ・ジョーンズの『トライ・アンド・ラヴ・アゲイン』をどこか早くCDリイシューしてくれ。配信でもいいぞ。こんなにも美しい「天国の扉」を僕は聴いたことがないっていうのに、オリジナル・アルバムの入手が難しいとは・・・。

さてエイス盤『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』には僕の大好きなディラン・オリジナルが二曲ある。12曲目の「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」、19曲目の「トゥナイト・アイル・ビー・ステイイング・ヒア・ウィズ・ユー」だ。どっちも同じような曲だ。

歌詞内容も同じようなシンプルで明快なラヴ・ソングだし、そもそも曲名が似たようなもんじゃないか。しかもこの二曲はどっちもカントリー・バラードだ。どっちのディラン・オリジナルも僕は大の愛聴曲。エイス盤では「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」をビル・ブランドンが歌っている。

そして「トゥナイト・アイル・ビー・ステイイング・ヒア・ウィズ・ユー」を歌うのはエスター・フィリップス。「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」のビル・ブランドンは僕は知らないソウル・マンだった。ディランのこのカントリー・バラードも殆ど(全然?)黒人歌手はやっていないはず。

「トゥナイト・アイル・ビー・ステイイング・ヒア・ウィズ・ユー」を歌うエスター・フィリップスはもちろん超有名人。このディランの書いたチャーミングなカントリー・バラードを、エスターは1969年に他の数曲とともにレコーディングし、同年にシングル盤でリリースしている。しかしアルバムには未収録。

ビル・ブランドンの「アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト」も、エスター・フィリップスの「トゥナイト・アイル・ビー・ステイイング・ヒア・ウィズ・ユー」も、シンプルなラヴ・ソングらしいチャーミングな歌い方を両者ともしている。エスターの方は例のあの声で粘っこい感じにはなっているけれど。

ディランの曲では歌詞の意味の深いものや辛辣なものやトピカル・ソングも好きだけど、こういう二曲のようなカントリー・ソングで、しかも単純明快なラヴ・ソングも同じくらい好きなんだなあ、僕は。それにしてもエイスはビル・ブランドンもエスターもシングル盤しかないものを選ぶとはなあ。

レアなものをチョイスしてくれるよなあ。前述のブッカー・T・ジョーンズの「天国の扉」だって未CD化だし、なんだかこのエイス盤『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』じゃないと聴きにくいものが結構あって、しかもそれがことごとく全て魅力的なんだなあ。

さすがは英国でアメリカ黒人音楽のリイシューを専門に手掛けているだけはあるエイスだ。今日は特に大好きなもの四曲だけしか書いていないけれど、『ハウ・メニー・ローズ:ブラック・アメリカ・シングズ・ボブ・ディラン』にはファンク・チューンもあったりして、なかなか楽しいディラン・ソングブックだよ。

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