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2016/11/15

「噂のグループ」スタッフの来日公演盤

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フュージョンなんか・・・と言ってバカにするジャズ・ファンはいまだに結構多いみたい。特に僕と同じかその上の世代にはいるなあ。僕はフュージョン世代ど真ん中(実はちょっぴり後追い)なもんだから、10代後半〜20代前半あたり、すなわち1970年代末〜80年代初期のフュージョンに強い思い入れがある。

その点もっと世代が下の音楽ファンであれば、フュージョン・ブームが終焉したあとに聴きはじめたはずだから、同時代的な共感も反発もあまりなく、ニュートラルにこの音楽に接して、フェアな音楽的評価を下してくれているんじゃないかなあ。例えば柳樂光隆君とかの30代後半以下ならば。

柳樂君の名前を出したのには理由があって、彼はしばしば「フュージョンがダサいというのはもう時代遅れの発想だよね」と、はっきりフュージョンの名前を出して発言しているからだ。一連のあの JTNC 系のものなどについてはちょっとどうかと思う僕だけど、フュージョン関連のこういうのはいいぞ。

もっとどんどん言ってくれ。柳樂君やその他の方々みたいに強い影響力を持つようになっているライターさんたちが「フュージョンはいいんだ、もっと聴こうよ」と繰返し発言してくれたら僕は嬉しい。そんでもってその結果フュージョンの、その肝心の音楽的中身について正当な批評が出てきてほしいのだ。

フュージョンの最盛期はやはり1970年代半ば〜末頃、あるいは80年代前半までだったと思うのだが、あの時代に最も人気があったフュージョン・バンドがご存知スタッフ。僕も当時から現在に至るまで大好きで、心身ともに疲れていてヘヴィーな音楽は敬遠したいという気分の時は今でもよく聴くんだなあ。

スタッフのアルバムは全てCDリイシューされている。このバンドのリーダー名義のものは全部で七枚しかない。といってもそのうち一枚はリチャード・ティーが1993年に亡くなったあと追悼の意味で94年に出た『メイド・イン・アメリカ:ア・リメンブランス・オヴ・リチャード・ティー』だ。

さらにレコーディングされたのは現役活動中の1976年だけど、リリースは日本で2007年、世界で2008年になった『ライヴ・アット・モントルー 1976』(CD版とDVD版)があるので、結局リアルタイム・リリースされたスタッフのアルバムは全部で結局五枚だけしかないんだなあ。

あんなに人気があったのに当時は五枚だけだったってのはちょぴり意外だな。そのうち二枚がライヴ・アルバムだから、オリジナル・スタジオ・アルバムなんか三枚ぽっちだ。もっとあるような気が当時はしていた。だがそれは人気があったがゆえの勘違いか、歌手のサポートをしたものも多かったせいか。

スタッフのアルバムたった五枚のうち、僕が一番好きなのが1978年11月20日、東京郵便貯金会館でのライヴ収録盤『ライヴ・スタッフ』。やっぱり僕はライヴ盤好き人間。スタッフ現役当時はもう一枚1980年の『ライヴ・イン・ニュー・ヨーク』があるが、こっちははっきり言ってイマイチだ。

『ライヴ・イン・ニュー・ヨーク』は、スタッフの連中の本拠地だったミケルズでのライヴ収録なんだけど、フェイド・アウトするトラックが多く、満足感があまりない。本拠地でのライヴ演奏だということもあるし、スタッフの六人が全員揃っているライヴ盤もこれ一枚だけなんだけどね。

そう、『ライヴ・スタッフ』(や活動停止後にリリースされた『ライヴ・アット・モントルー 1976』)では、ツイン・ドラムスの一人クリス・パーカーが参加していない。理由は僕は知らない。だけどできあがったこれら二枚のライヴ盤を聴けば、中身は『ライヴ・イン・ニュー・ヨーク』より上じゃないかなあ。

活動停止後の2007年リリースの『ライヴ・アット・モントルー 1976』は「伝説の」とか「噂の」とか言われていたらしい(がリアルタイムでの僕の実感はゼロ)パフォーマンスで、ライヴを収録した1976年7月2日は、スタジオ収録のファースト・アルバム『スタッフ』リリースよりも早かった。

ってことは、あの日のモントルーの聴衆は、スタッフというバンドの存在は知っていたんだろうが(だって活動はしていたから)、恒常的に活動する独立的専業バンドという認識はまだなかったはずだ。それであの素晴らしいパフォーマンスを繰拡げたので、伝説や噂になったんだろうなあ。

そんな伝説は日本にも入ってきていたようだ。というのはファースト・アルバム『スタッフ』日本盤レコードの小倉エージさんによるライナーノーツには、「噂のグループ、スタッフのアルバムが発売されることになった」と書いてあった(のがそのままリイシューCDにも載っている)。

そんでもって小倉エージさんはそのライナーノーツ(がそのままコピーされたもの)のなかで、その1976年モントルー・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴを収録した映像が日本でも放送されたんだと書いていた。スタッフというこんな凄いバンドの凄いパフォーマンスがあるんだと、その時日本の音楽ファンも知ったんだろうね。

そんな伝説のライヴであるCDとDVDの『ライヴ・アット・モントルー 1976』のリリースが2007年になったというのは、どういうわけだったんだろう?あんな素晴らしいパフォーマンスが、しかも記録され日本のテレビでも流れたというのにオカシイね。まあスタッフに限らずそんなのがいっぱいあるけどさ。

2007年になって初めて聴いた『ライヴ・アット・モントルー 1976』には、だから僕は思い入れは薄い。スタッフはやっぱり少し遅れつつリアルタイムで聴いていた記憶があるからさ。そんでもってリアルタイム・リリースのライヴ盤二枚のうち、『ライヴ・イン・ニュー・ヨーク』はイマイチだと上で書いた。

そんなわけでライヴ盤好きの僕が、しかもライヴでこそ本領を発揮したであろうスタッフのそんなアルバムでは、唯一1978年の日本公演盤『ライヴ・スタッフ』のみが愛聴盤だったのだ。今は『ライヴ・アット・モントルー 1976』もあるし、音楽的充実度は後者の方が上だろうとは思うんだけどね。

1978年日本公演盤の『ライヴ・スタッフ』。一曲目が「フッツ」。スタジオ一作目『スタッフ』のオープニング・ナンバーだから、みんな知っているお馴染の一曲。コーネル・デュプリーの乾いたギター・サウンド(テレキャスター?)とエリック・ゲイルのフルアコ・ギターの湿ったサウンドの絡みがいい。

「フッツ」ではリチャード・ティーはアクースティック・ピアノを弾いている。ドラマーがスティーヴ・ガッド一人なわけだけど、クリス・パーカーなしで全然不足なく充分グルーヴィーだ。こういう音楽で叩かせた時のガッドは本当にいいドラマー。ブルーズとかロックとかではどうにもちょっとねえ。

だからある時期以後のエリック・クラプトンのアルバムやライヴ・ツアーでスティーヴ・ガッドが起用されているのは、僕には全く理解できない。全くグルーヴしていないじゃないか。これはガッドがダメなドラマーなわけじゃない。フィットしない音楽に起用するボスが分ってないだけなんだ。

クラプトンの話はさておいて、『ライヴ・スタッフ』2トラック目はジュニア・ウォーカーの曲三つのメドレー。ジュニア・ウォーカーは「ショットガン」の大ヒットでみなさんご存知の、モータウンで活躍したリズム&ブルーズ〜ソウル〜ファンク・ミュージックのサックス奏者兼ヴォーカリト。

そんなジュニア・ウォーカーの三曲メドレーではベースのゴードン・エドワーズがヴォーカルを担当。味があると言えなくもないが、はっきり言ってヘタクソだ(笑)。聴きものはヴォーカルではなく、スティーヴ・ガッドのドラムス・ソロだね。彼の定番みたいなソロ廻しで、当時よくコピーされていた。

それにしてもサックス奏者の曲をカヴァーしているわけだけど、スタッフにはなぜだかサックス奏者がいないよなあ。あんなテイストの音楽、つまりジャズ系というより、むしろもっと黒いもの、リズム&ブルーズとかソウルとかファンク由来のインストルメンタル・バンドでサックスなしは少ないんじゃないかなあ。

スタッフにサックス奏者も専業歌手もいなかったのは、おそらくこのバンドはこのバンドだけの演奏を聴かせるというよりも、他の音楽家のサポート・バンドだというのが本質だったからかもしれないなあ。そんなアルバムの方がスタッフの連中の演奏も活きるし、フロントで歌う(演奏する)人も活きた。

『ライヴ・スタッフ』3トラック目は「ニード・サムバディ」。セカンド・アルバム『モア・スタッフ』収録曲で、ここで歌うのはやはりヘタクソなリチャード・ティー。ヴォーカルを聴くものじゃなくて、歌いながらティーが弾くフェンダー・ローズの柔らかい響きと、エリック・ゲイルのギターがいい。

『ライヴ・スタッフ』4トラック目は、スタッフのライヴでは定番であるスティーヴィー・ワンダー・ナンバー。ここでやっているのは「サインド、シールド、デリヴァード、アイム・ユアーズ」。スティーヴィーのオリジナルよりもグッとテンポ・アップして、疾走するようなフィーリングでの演奏だね。

「サインド、シールド、デリヴァード、アイム・ユアーズ」では、リチャード・ティーは再びアクースティック・ピアノをグルーヴィーに弾き、コーネル・デュプリーとエリック・ゲイル二人のギター・サウンドの絡みも最高だ。最初はゲイルがカッティング、デュプリーがシングル・トーンでメロディを弾く。

途中からは右チャンネルのエリック・ゲイルも単音ソロを弾く。その後リチャード・ティーのピアノ・ソロ、スティーヴ・ガッドのドラムス・ソロを挟んで、メドレー形式で「スタッフのテーマ」になだれ込む。その部分ではエリック・ゲイルがソロを弾くまくり、ティーとガッドの有名な掛合いになる。

『ライヴ・スタッフ』五曲目の「ラヴ・オヴ・マイン」(がメイン・アクトのラスト・ナンバーだったようだ)は割愛して、おそらくアンコールだったんだろうアルバム・ラストの「ディキシー」。ファースト・アルバム『スタッフ』でもラストを締めくくっていたトラディショナル・ゴスペル・バラード。美しいよなあ。

アルバム・ラストの「ディキシー」では、リチャード・ティーにしか出せなかったあのフェンダー・ローズの柔和なサウンドに乗せて、エリック・ゲイル(が先に出る)とコーネル・デュプリーが泣きのギター・ソロを聴かせてくれる。スタジオ・オリジナル・ヴァージョンとほぼ全く同様の展開だ。

違うのは『スタッフ』ラストの「ディキシー」は、キャロル・キング・ナンバー「アップ・オン・ザ・ルーフ」とのメドレーとクレジットされていたのに対し、『ライヴ・スタッフ』では「ディキシー」しか書かれていなこと。それでもやっぱり後者も「アップ・オン・ザ・ルーフ」とのメドレーになっている。

どうしてクレジットしなかったんだろうなあ。それにしても「ディキシー(〜アップ・オン・ザ・ルーフ)」などを聴いていると、エリック・ゲイルといいコーネル・デュプリーといい本当に上手いギタリストだなと実感する。決して音数は多くなく、高速フレーズを華麗に弾きまくったりはしない人たちだけど。ギターが上手いっていうのはこういう人たちのことであって、上で名前を出した英国人なんか・・・。

さて『ライヴ・スタッフ』には、書いてきたような具合でモータウンの音楽家のカヴァーや、(同じモータウンの)スティーヴィー・ワンダーのカヴァーや、伝承ゴスペルや、リズム&ブルーズ・グループのために書いたキャロル・キングのカヴァーがあったりして、オリジナル曲も黒いフィーリングがあるよね。

そう見るとスタッフというバンドの音楽的な本質が見えてくるんじゃないだろうか。現役当時のスタッフは、主にジャズ・ジャーナリズムがとりあげることが多かったけれど、このバンドの本質はジャズ系フュージョンというより、リズム&ブルーズ〜ソウル系インストルメンタル音楽の人たちだったんだよね。

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