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2016/11/04

こんなアーシーなキース・ジャレット、他じゃあ聴けないぜ

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1970年12月、アメリカの首都ワシントン D.C. にあるライヴ・ハウス、セラー・ドアに出演したマイルス・デイヴィス・バンド。この時16日から19日まで四日間連続で出演しているが、ほぼ全てコロンビアが公式録音している。しかしこの事実はバンド・メンバーですら気付いていなかったようだ。

というのは僕が最初に読んだのはおそらく大学生の頃だったはずだけど、この1970年12月16日にはじまったマイルス・バンドのライヴ・パフォーマンスがあまりにグルーヴィーで壮絶なため、レギュラー・メンバーの一人キース・ジャレットが、録音してくれないかとコロンビアに電話したらしい。

キース・ジャレットは「一刻も早くワシントン D.C. に駆けつけてほしい、そして今展開中のマイルス・バンドのライヴを録音してほしい、それくらい凄いことになっているんだぞ!」と電話で強調したようなんだけけど、当のコロンビアが来て録音したのは最終日19日の2セットだけ。

ということに長年なっていた。そしてその最終日12/19の2セットには飛び入り参加でジョン・マクラフリンがギターを弾いており、キース・ジャレットによればマクラフリンは「お客さん」であって、彼が参加しているために前日までのバンドの演奏とはグルーヴ感が違ってしまったのだということだ。

そのジョン・マクラフリン飛び入り参加の最終日1970/12/19のマイルス・バンドの演奏は、公式録音テープからテオ・マセロが編集して、翌71年11月リリースの『ライヴ・イーヴル』に収録されたので、当時のファンも録音されたのは知っていてリアルタイムで聴いていた。

『ライヴ・イーヴル』については、電化マイルスでは実はこれが一番凄いんだという意見のファンもいるくらいで、それは挿入されている同時期のスタジオ録音のせいではなく(それらの多くがエルメート・パスコアール参加の静謐小品)、間違いなくセラー・ドアで収録したライヴ音源を聴いての意見なんだよね。

特に熱心なマイルス・ファンではない普通のリスナーは『ライヴ・イーヴル』に収録されているそれらで充分なのかもしれない。だが僕みたいなファンにとっては「バンドのグルーヴが違っていた」というそれらの前日までのセラー・ドア・ライヴを聴きたかったなと思っていたのも事実だったんだよね。

でもその言葉を言ったキース・ジャレット本人ですら「早く来て録音してくれ」とコロンビアに頼んだというくらいだったので、まあ1970/12/19以前の16〜18日の録音は残っていなんだろうと僕も思っていて、だからこれだって充分壮絶な『ライヴ・イーヴル』収録ので満足していたのだった。

この録音は残っていないんだ、しょうがないんだ諦めようと長年思っていたっていう、なんというか定説みたいなものが覆されたのが、僕の記憶では21世紀に入って少し経った頃。マイルス・バンドによる1970/12/16〜19日のセラー・ドア・ライヴCD六枚が、ブートレグで突如発売されたのだ。

僕がそれを発見したのは渋谷マザーズ・レコード。東京におけるマイルス(だけじゃない)・ブート販売の聖地みたいな場所だ。CD二枚組が三つというそのセラー・ドア音源を見つけ即買いし、帰って聴いてみたらもっとビックリした。公式録音が流出したものだとしか思えないものだったからだ。

今考えたらあのブート盤 CD 六枚(組ではない) は間違いなく公式録音をコロンビア内部の関係者が横流ししたものだったなあ。ほどなくして2005年にレガシーから六枚組公式盤『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』がリリースされたからで、しかもそれはあらゆる意味でブート盤六枚と寸分違わない内容だったからだ。

収録曲が全てピタリと一致し一秒たりとも違わないばかりか、録音状態やミキシングなどなど音質までもがブート六枚と公式盤六枚組『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』で完璧に同じだった。だからブート盤の方は完全に用無しになったので、聴きたいという友人に譲り渡したのだった。

『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』六枚組はしかし12/16〜19の「全て」を収録したものではない。この四日間でマイルス・バンドは全10セットを演奏している。四日間で10セットということは、一晩で2セット以上演奏した日があったという意味になるが、何日目のことだろう?

そのあたりのデータは調べてみても出てこないのだが、とにかく10セット演奏したのだということが『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』ブックレットにあるボブ・ベルデンの解説文にある。全10セットのうち公式録音されたのが6セット。だから結果CD六枚組になっているわけなんだよね。

『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』六枚のうち、12月16日のものがファースト・セットだけ、17日がセカンド・セットだけ、18日がセカンド・セットとサード・セットだけ。ってことはこの三日間のもので録音されていないものがあるんだろうってことは誰でも容易に想像がつくね。

まあ録音が残っていないということだそうだからそれについてどうこう言っても仕方がない。とにかく『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』六枚組になった1970年12月のマイルス・バンドのライヴ演奏がとんでもないものだというのは変わりない。本当に凄いんだぞ、ファンクなグルーヴがね。

ファンクなグルーヴ感を生み出している最大の要因は、このライヴの約二ヶ月前にレギュラー・メンバーになったばかりのベースのマイケル・ヘンダースン。このファンキーなベーシストがマイルス・バンドの一員になってからの初公式録音が『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』なのだ。

リズム・セクションのうち、ドラムスのジャック・ディジョネットはご存知の通り1969年からレギュラー・メンバーだし、パーカッションのアイアート・モレイラも1970年初頭からレギュラー参加。鍵盤楽器のキース・ジャレットも同70年6月からバンドの一員になっていて、三人とも活躍中だった。

この三人が参加しているマイルス・バンドのライヴ録音は公式でも二種類あるしブートでならたくさんある。しかしそれらと『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』になった1970年12月のライヴ演奏を聴き比べると、バンドのグルーヴのタイトさ、ヘヴィーさがもう全然違うんだよなあ。

普通のジャズ耳なリスナーの方々にとっては、他のメンバーはほぼ同じだけどベースがデイヴ・ホランドである1970年6月のフィルモア・イースト・ライヴや、同年8月の英国ワイト島フェスティヴァルでのライヴ(公式録音はこの二つだけ)の方が好きだろうなあ。僕だってもちろん大好きだけどね。

それらに比べて『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』になった1970年12月のライヴでのグルーヴはどう聴いてもファンク・ミュージックにしか聴こえないから、通常のジャズ・ファンには人気が薄そう。そういうジャズ・ファンはこの六枚組ではおそらくキース・ジャレットを聴いているだろう。

というのは『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』にはキース・ジャレット一人でのピアノ独奏部分がかなりある。全六枚の四日間全てで出てきて、すなわ全部で四つ。全て曲名は当し番号がついているだけの「インプロヴィゼイション」。もちろん全部フェンダー・ローズでの演奏なんだけどね。

しかしいくらフェンダー・ローズでの演奏とはいえ、他のバンド・メンバーは全員休んでいるキース・ジャレットによる鍵盤楽器独奏が五〜六分続き、その内容はこの人がマイルス・バンド脱退と同時期にやりはじめるアクースティック・ピアノ独奏に近いものだから、僕なんかには聴くのがちょっとしんどい。

しかしキース・ジャレット一人だけでのソロ・ピアノ・ライヴと大きく違うのは、まあフェンダー・ローズで、しかもエフェクターで音を歪ませてあって、だからサウンドが大きく違うということもあるけれど、もっと重要なのはフェンダー・ローズ独奏部分から切れ目なくバンド演奏に繋がっているという部分だ。

『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』全部で計四回出てくるキース・ジャレットのフェンダー・ローズ独奏から切れ目なく連続演奏されているのは、四つとも全て「イナモラータ」。この「イナモターラ」の特に冒頭こそが『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』最大の聴き物なんだよね。

「インプロヴィゼイションズ」という名前がついているキース・ジャレットのフェンダー・ローズ独奏と続く「イナモラータ」は、実は曲の切れ目は存在しない。前者の最終盤からジャック・ディジョネットがスネアでロールを入れはじめ、マイケル・ヘンダースンも音を加え少しずつバンドが盛り上がっていく。

そして便宜上トラックが切ってある「イナモラータ」のド頭で、フェンダー・ローズ+エレベ+ドラムスの三人の合奏でドッカ〜ン!!と演奏する大音量のキメになる。するとその大音量合奏のキメに続きマイケル・ヘンダースンがベースでファンキー極まりないリフを弾きはじめ、バンド全体が超ファンキーにグルーヴしはじめる。

このファンキーですんごいかっこいい「インプロヴィゼイション」最終盤〜「イナモラータ」冒頭部の展開は、12/19のものが無編集で「ファンキー・トンク」という曲名になって『ライヴ・イーヴル』に収録されているので、簡単に聴ける。21:28から。
またこれ以外で『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』でファンキーでカッコイイなあといつも思うのが、16日以外の三日間で全て演奏されている「ワット・アイ・セイ」だ。グルーヴィーだよなあ。特にキース・ジャレットの弾くフェンダー・ローズがゴスペル風なアーシーさでたまらんのだよなあ。

「ワット・アイ・セイ」は17〜19日の三つとも同じようにカッコイイが、最終19日の演奏がこれもノーカット・無編集で『ライヴ・イーヴル』に収録されている。キース・ジャレットってこんなファンキーな弾き方ができる人だったんだよね、 この頃は。
お聴きになれば分るようにイントロ部分で弾くキース・ジャレットがあまりにファンキーでアーシーでエモーショナルであるがために、観客(あるいはバンド・メンバー?)から思わず叫び声があがっているもんなあ。僕にとってのキース・ジャレットとは、この1970〜71年のマイルス・バンドでのこんな演奏の人なんだ。

それでも上の方で引用したようにそのキース・ジャレットが、最終日は「部外者」のマクラフリンが参加しているがために前日までのレギュラー・バンドでの演奏とはフィーリングが違っているんだと言った、この発言も前日までの「ワット・アイ・セイ」や「イナモラータ」を聴くと納得できちゃうのも事実だ。

ファンキーでカッコイイって事実は最終19日のと同じだけど、グルーヴ感が微妙に違うんだよね。前18日までの「ディレクションズ」や「ワット・アイ・セイ」や「イナモラータ」は、最終19日(のはかなりの部分『ライヴ・イーヴル』になっている)のよりもややテンポを落とし、重心の低いヘヴィー・ファンクになっているんだよね。

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