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2016/11/10

トランス・ジェンダーなR&Bクイーン

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あぁ、ロックンロール勃興前夜の黒人リズム&ブルーズってどうしてこんなにも魅力的に聴こえるんだろう?ホントいいのがたくさんあるよなあ。1940年代のジャンプ・ミュージック、その前のブギ・ウギからの流れを汲み、そのビート感を強めヴォーカルを強力にしたようなものがいっぱいある。

そんななかで今日はビッグ・ママ・ソーントンの話をしたい。大ヒット曲は「ハウンド・ドッグ」一曲のみだけど、ブルーズの女王がベシー・スミスで(といっても彼女の称号はブルーズの「皇后」)、ソウルの女王がアリーサ・フランクリンなら、リズム&ブルーズの女王はビッグ・ママだと僕は言いたい。

「ハウンド・ドッグ」の名前を出したけれど、この曲名はロック・ファンでも全員が知っている。エルヴィス・プレスリーがメジャーの RCA 移籍後の1956年に録音・発売し、メガ・ヒットなんてもんじゃないくらい売れまくったからだ。ビルボードのポップ・チャート一位が11週続いたくらいだ。

もっともエルヴィスの1956年「ハウンド・ドッグ」が同年11月にシングル盤でリリースされた時は、「ドント・ビー・クルール」のB面曲だった。がそれでもそのA面曲とともに大ヒットしたのだった。チャート一位が11週も続くなんてのは、流れの早い現在なら考えられないよなあ。

ビッグ・ママ・ソーントンから離れるかもしれないが、エルヴィスの録音集では、サン・レーベル時代のものに次いで僕がよく聴くのが RCA 移籍直後の1956年の録音集。1996年に(おそらく40周年記念ということで)『エルヴィス 56』という一枚物CDがリリースされているのを愛聴している。

『エルヴィス 56』は日本盤もある。当然コンピレイションだけど、だいたいあの頃のエルヴィスはシングル盤中心の音楽家なんだからオリジナル・アルバム云々にこだわるのはオカシイんだよね。それに1956年のエルヴィスこそキャリアのピークにあったに違いない。その年だけの録音集だからいいんだよね。

エルヴィスの話はおいておいて、とはいかない。「ハウンド・ドッグ」という曲はリズム&ブルーズとロックとの関係を考える際には最重要になってくるものの一つだからだ。さらに言えば上でも書いたようブギ・ウギ〜ジャンプ・ミュージックからの流れと、そしてラテン・テイストとの関係も深い。

そんな最重要曲「ハウンド・ドッグ」の初演歌手ビッグ・ママ・ソーントン。ウィリー・メイ・ソーントンにビッグ・ママという芸名が付いたのは体躯の大きさからじゃないかなあ。なんでも体重は300パウンド(約136キログラム)もあったんだそうだ。写真で見てもそれは分る。

大きな体だけじゃなく、あの堂々たるビッグ・ヴォイスもビッグ・ママという芸名の由来の一つかも。ライヴ・ステージでもマイクロフォンが必要なかったとまで言われた伝説が残っている。この点ではベシー・スミスにちょっと似ているが、ベシーはマイク登場前から活動していたせいもあるんだ。

ところがビッグ・ママ・ソーントンのデビューは1948年のことらしいので、既にマイクロフォンはあった。それでも必要なかったというほどの大声量だったってことだなあ。しかしながらその40年代末期の録音は残っていない。ビッグ・ママは51年にピーコック・レーベルと契約しレコード録音を開始する。

そのピーコック・レーベル時代(1951~57年)こそがビッグ・ママ・ソーントンの最盛期。この時代にピーコック(系)に録音し発売したシングル曲で、彼女はその存在を世間に大きく知らしめることとなったのだ。がしかしその時代のビッグ・ママの録音をコンプリートな形では僕は聴いていない。

いくつか持っているビッグ・ママ・ソーントンの録音集のうち僕がよく聴くのは『ゼイ・コール・ミー・ビッグ・ママ』という Proper 盤CD。全23曲で、ピーコック録音50〜54年まで19曲、52年エイス録音一曲、53年デューク録音一曲、52年と53年バックビート録音一曲ずつ。

ビッグ・ママ・ソーントンの1950年代ピーコック録音集は他に何枚もアンソロジーがあるみたいだ。もしコンプリート集でもリリースされているのならば是非ほしいところだ(僕が知らないだけ?)。『ゼイ・コール・ミー・ビッグ・ママ』を聴くと実に面白い発見がいくつもあって楽しいし、本当に興味深いのだ。

最も面白いのが十曲目からの1952年8月13日、ロス・アンジェルス録音の八曲だけど、その前にある九曲目の51年録音の「レット・ユア・ティアーズ・フォール・ベイビー」ではピアノがブギ・ウギのパターンを弾き、ホンク・スタイルのテナー・サックスが出る。つまり伝統的な黒人音楽スタイルだ。

このブギ・ウギのパターンをベースにして1940年代のジャンプ系ホンク・テナーがヴォーカルに絡みソロも取るという1940年代黒人ダンス音楽風なスタイルは、ビッグ・ママ・ソーントンの最盛期1952年録音の八曲でもほぼ完全に表現されていて、50年代のリズム&ブルーズがどういうものかクッキリ分っちゃうね。

『ゼイ・コール・ミー・ビッグ・ママ』十曲目からの1952年8月13日の八曲での代表曲が、12曲目の「ハウンド・ドッグ」であるのは間違いない。この曲は当時まだ19歳だったあのジェリー・リーバー&マイク・ストーラーのソングライター・コンビが書いた曲。彼らの最も初期の作品の一つだよね。

ビッグ・ママ・ソーントンの「ハウンド・ドッグ」の、というか1952年8月13日録音八曲の伴奏は、全て当時のジョニー・オーティスのバンド。といってもクレジットはカンザス・シティ・ベルとなっているが、これはジョニー・オーティスの変名だからね。僕の持つプロパー盤CDでのクレジットでは両方の名前が併記されている。

ビッグ・ママ・ソーントンの「ハウンド・ドッグ」を聴くと、その堂々たる張りのあるビッグ・ヴォイスで粘っこく歌う彼女のヴォーカルの迫力・魅力に圧倒されて、エルヴィス・ヴァージョンなんかどこかへすっ飛んでいってしまうほどだよなあ。
音源貼ったけれど、お聴きになって分るでしょう?このノリが。エルヴィスのヴァージョン貼って紹介する必要はないと思う。リズム&ブルーズを白人が歌えばロックンロールになるとは言うものの、「ハウンド・ドッグ」におけるビッグ・ママとエルヴィスのノリのディープさの違いを聴くと、どうなんだろうなあ。

エルヴィスはビッグ・ママ・ソーントンのオリジナル・ヴァージョンを参考にしてというか下敷きにしてはいない。エルヴィスが下敷きにしたのはおそらくこのフレディ・ベル・アンド・ザ・ベルボーイズのヴァージョンだね。これは1955年発売だから。
どうです?エルヴィスのによく似ているでしょ。こうじゃないと上で音源を貼ったビッグ・ママ・ソーントンのあの粘り気のあるノリがエルヴィス・ヴァージョンのあんなフィーリングになるわけないもんね。ただエルヴィスもビッグ・ママのオリジナルは知っていた。レコードを持っていたそうだからね。

ビッグ・ママ・ソーントンの「ハウンド・ドッグ」はただ粘り気の強い黒人音楽というだけではない。ラテンっぽいアクセントも付いている面白さがあるじゃないか。はっきり言えばハバネーラ風だよなあ。それを主に表現しているのがギターとドラムスだけど、前者がピート・ルイス、後者がジョニー・オーティス本人なんだよね。

これは面白い。ギリシア系のジョニー・オーティスは、アメリカ合衆国において同国の黒人音楽に中南米のラテン風味を持ち込んで合体させたかなり早い一人だ。最初の人物じゃないだろうけれど、少なくともリズム&ブルーズとラテンの合体融合スタイルを確固たる形で確立させ普及させたのは彼の功績だろう。

そんな「ハウンド・ドッグ」が、エルヴィス・ヴァージョンによってロックンロール革命のシンボルみたいな一曲になったわけだから、ロック・ミュージックにおける粘り気の強いディープなノリとラテン・アクセントの加味は、そもそもの最初から運命付けられていたんだとも言えるんじゃないかなあ。

ビッグ・ママ・ソーントンの「ハウンド・ドッグ」では、彼女の録音にしては珍しくサックスが入らない。ギター・フィーチャーだ。それを弾くピート・ルイスは T・ボーン・ウォーカー的なスタイルのギタリストであることは、上で貼った音源を聴いても分るはず。他の収録曲でもほぼ同様な弾き方だ。

『ゼイ・コール・ミー・ビッグ・ママ』収録の1952年8月13日録音の八曲。上記のように(「ハウンド・ドッグ」を例外として)殆どの曲でブギ・ウギ・ベースのリフをピアノが弾き、その上にホンク・テナーが乗るというようなサウンド創りなんだけど、ギターは T・ボーン・ウォーカー的だもんね。

例えば11曲目の「ウォーキング・ブルーズ」はオーティス・ラッシュの「オール・ユア・ラヴ」をちょっぴり先取りしたようなラテン調のマイナー・ブルーズで、ジョニー・オーティスがそれに乗ってヴァイブラフィンを叩く。T・ボーン・ウォーカー的なピート・ルイスがまるで1950年代末頃からのシカゴ・ブルーズみたい。
14曲目の「ナイトメア」なんか、ピート・ルイスがどれほど T・ボーン・ウォーカー的スタイルのギタリストであるかが一番露骨に出ている。特にソロ部分。https://www.youtube.com/watch?v=ioFmrgYbZi4  こんなのばっかりなんだよね。また曲によってはルイ・ジョーダンそっくりだったりもする。

三曲目の「パートナーシップ・ブルーズ」や21曲目の「イエス・ベイビー」とかは、このままルイ・ジョーダンがやってもぴったり似合いそうなジャンプ・ナンバーだ。そっくりそのまんまだと言っても過言ではない。1950年代のリズム&ブルーズにルイ・ジョーダンが与えた影響の大きさがよく分る。
上で「ハウンド・ドッグ」におけるラテン要素の話をしたけれど、ラテン・アクセントといえば、『ゼイ・コール・ミー・ビッグ・ママ』ラストの「ストップ・ア・ホッピン・オン・ミ」なんか、アクセントというより完全なラテン・ナンバーと言えるんじゃないかなあ。百歩譲ってもラテン調のリズム&ブルーズだ。
さて最重要曲「ハウンド・ドッグ」の「猟犬」という意味の曲名と歌詞のなかに出てくる言葉は、要するに女のケツばかり追っかけているようなヤツという、これまた性的な意味合いで、スケベなことを歌うというブルーズの伝統に沿ったもの。しかしビッグ・ママ・ソーントンの場合は一筋縄ではいかない。

というのは音楽と密接な関係があるから書くのだが、ビッグ・ママ・ソーントンはトランス・ジェンダーな振舞いでもよく知られていたからだ。レズビアンであったのは有名だし、ステージでもしばしば男装で登場し歌った。公然と同性愛者として振舞い、きわどいセクシャルな歌を堂々と歌ったのだった。

ビッグ・ママ・ソーントンが音楽と密接に関連してジェンダーやセクシュアリティでそんな振舞いをしたことは、その後のロック音楽家たちがセクシュアリティをもてあそぶ舞台を用意したのだと言えなくもない。つまりビッグ・ママは伝統的なアメリカ黒人女性像の破壊者という役割を果たしたのかもしれない。

白人男性が支配する領域に女性の、しかもトランス・ジェンダーな女性の声を加えたのであり、ビッグ・ママ・ソーントンの強烈なパーソナリティは、アメリカ黒人女性はこんなような存在であるはずだとする家父長的で白人至上主義的なステレオタイプに反するものだったんだよね。

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