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2016/12/30

マイルスの「タイム・アフター・タイム」

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シンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」をマイルス・デイヴィスが初録音したのは、公式記録で辿る限り、1984年1月26日、ニュー・ヨークのレコード・プラントというスタジオにて。それが翌85年リリースのコロンビア最終作『ユア・アンダー・アレスト』に収録・発売された。

シンディ・ローパーのオリジナル「タイム・アフター・タイム」が、最初まずアルバム『シーズ・ソー・アンユージュアル』(当時は『N.Y.ダンステリア』)に収録されてリリースされたのは前年1983年10月。これがラジオなどでもバンバン流れたので、マイルスもそれを耳にしたんだろうね。シンディの「タイム・アフター・タイム」はシングル・カットもされているが、それのリリースは翌1984年1月27日と、マイルスがスタジオ録音するよりあとだ。

ところで「タイム・アフター・タイム」という完璧に同一曲名の異曲がたくさんあって、僕は四つ(古いジャズ・スタンダード、シンディ・ローパー、ELO、オジー・オズボーン) しか知らないんだけど、調べてみたら全部で十個近くもあるみたい。僕は1946年にサラ・ヴォーン、次いでフランク・シナトラが歌ったオールド・スタンダードしか知らない時期が長かった。

マイルスだってそんな時代の人間であって、だから当然そのサミー・カーン&ジュール・スタインが書いた「タイム・アフター・タイム」を知らないなんてことはありえない。でもそれを1980年代にやるわけないよなあ、どうなってんの?と思ってたらシンディ・ローパーのやつだったという。

マイルスの1985年のアルバム『ユア・アンダー・アレスト』に収録された「タイム・アフター・タイム」は、しかし短縮版であって、オリジナル・テープからもっと長めに収録したヴァージョンが、当時12インチ・シングルでリリースされていたのは、たぶんもうみんな忘れている。

その12インチ・シングル・ヴァージョンは2016年現在でも、たった一枚の例外を除き CD リイシューもされていないからだ。その例外が日本のソニーが1993年にリリースした『THIS IS MILES! Vol.2 Electric Side』というもので、タイトルでお分りのように、マイルスの死後にリリースされたコロンビア時代の電化マイルスのベスト盤。

「エレクトリック・サイド」ということは、間違いなく「アクースティック・サイド」もあったはずだが、僕は持っていない。たぶん買ってないんだなあ。どうしてかというとアクースティック時代のマイルスのそれは、全部持っている曲しか入っていなかったはずだからだ。

つまり『THIS IS MILES! Vol.2 Electric Side』には、初 CD 化音源や、あるいはちょっと特別なヴァージョンなどが数トラックあったんだよね。最たるものが前述の通り「タイム・アフター・タイム」の12インチ・シングル・ヴァージョンだけど、他にも「イン・ア・サイレント・ウェイ」単独で抜き出したものと、『ライヴ・イーヴル』ワン・トラック目「シヴァッド」の(元は「ディレクションズ」だった)3:31 までを抜き出したものが収録されていたのだ。

これらのうち、「イッツ・アバウト・ザット・タイム」と繋がっていない「イン・ア・サイレント・ウェイ」単独ヴァージョンは、今では2001年リリースの『ザ・コンプリート・イン・ア・サイレント・ウェイ・セッションズ』に収録されたので、もはや用なしだ。

そして『ライヴ・イーヴル』の「シヴァッド」は、元々のライヴ演奏時には「ディレクションズ」だったのと「ホンキー・トンク」だったのを、テオ・マセロが編集でそれぞれ短くした上でくっつけたものだけど、はっきり言って「ホンキー・トンク」部分はかったるく、それに対し「ディレクションズ」部分の 3:30 くらいまでがえらくカッコイイので、そこだけくれよとファンは昔から思っていというのが事実。

1988年リリースの マイルスの CD 四枚組ベスト盤『ザ・コロンビア・イヤーズ 1955-1985』に、そういう短縮版の「シヴァッド」が収録されていたらしいのだが、どうしてだか僕はそれを買わなかったんだなあ。短縮版「シヴァッド」以外は全て既存曲と同一の四枚組だったからなのかもしれない。あと、僕は電化時代の方が好きなのに、それの量が少なかった。無理もないんだよね、「一曲」が長尺なので、ベスト盤収録などはやや難しい。

だから1993年の『THIS IS MILES! Vol.2 Electric Side』に、『ザ・コロンビア・イヤーズ 1955-1985』収録のと同じ「シヴァッド」短縮版を収録してくれたのは嬉しかったのだが、ちょっと残念なのは、元音源である1970年12月19日のセラー・ドア・ライヴ音源そのものがまだ全く未発表のままだったので、間違いなく『ライヴ・イーヴル』から編集したであろう痕跡が聴き取れることだった。

『THIS IS MILES! Vol.2 Electric Side』の「シヴァッド」は、末尾にほんのちょっとだけ「ホンキー・トンク」部分へ入る部分の頭がフェイド・アウトしながら入っちゃっているのだ。これだけが僕は1993年のリリース当時からまあまあ不満で、だから2005年に『ザ・セラー・ドア・セッションズ 1970』がリリースされたのから自分で編集して、完璧な「シヴァッド」冒頭部を作って楽しんでいるんだよね。だ〜ってカッコイイんだもん。

ってことはだ、『THIS IS MILES! Vol.2 Electric Side』が現在でも存在価値がある唯一の理由が、「タイム・アフター・タイム」の12インチ・シングル・ヴァージョンが収録されている CD はこれしかないという、それだけだ。だけといっても、僕みたいなマイルス狂には実に大きな理由。

アルバム『ユア・アンダー・アレスト』収録の「タイム・アフター・タイム」は 3:39。一方『THIS IS MILES! Vol.2 Electric Side』にも収録されている12インチ・シングル・ヴァージョンの方は 5:34。ポップ・ミュージックの世界ではこの約二分の差はかなりデカい。

その約二分のあいだ、特に目立つのがダリル・ジョーンズのベースとジョン・スコフィールドのギター。特にダリルのベースは、『ユア・アンダー・アレスト』にも収録されている部分では実に堅実というか、言い方を換えれば地味なのだが、そのあとの二分間ではやや派手目に跳ねているんだよね。
そんでもってその前からそんな雰囲気がはっきり出ているジョン・スコフィールドのギターが刻むレゲエ風のビート。それがより強調されている。つまりダリルの跳ねるベース・ラインとあわせ、その約二分間での「タイム・アフター・タイム」はカリブ音楽風なニュアンスがはっきり出ている。

『ユア・アンダー・アレスト』に収録されているものでは、「タイム・アフター・タイム」にカリブ音楽風ニュアンスを聴き取ることは難しいんじゃないかなあ。いやまあ確かにスコフィールドがレゲエ風に刻んではいるけどさあ、でもそれだけだし、かなり控え目だし、レゲエやカリブ音楽に通じていて、なおかつ耳のいいリスナーじゃないと無理かもしれない。だから僕は気付かなかった。

ところが『THIS IS MILES! Vol.2 Electric Side』収録の12インチ・シングル・ヴァージョンでなら、間違いなく誰でも、この「タイム・アフター・タイム」はちょっと違うぞ!ってなるはずだ。ひょっとして単なる美メロのバラードとしてアルバム収録したかったがために、そんな部分をカットしたんだろうか?

『ユア・アンダー・アレスト』のプロデューサーはもうテオ・マセロではない。テオは1983年の『スター・ピープル』がマイルスの新作をてがけた最後になっている。次の84年『デコイ』はマイルス自身のプロデュース、85年『ユア・アンダー・アレスト』はマイルスとロバート・アーヴィング III(当時のバンドのレギュラー・シンセサイザー奏者)との共同プロデュース名義。

さてご存知の通り、1984年のある時期以後はライヴでのマイルスの定番必須レパートリーになった「タイム・アフター・タイム」。とにかくなにかの企画物ライヴ・イヴェントなど特別な理由がないごく普通のライヴでなら、この曲をやらないなんてことは考えられなかった。ひょっとしたら死ぬまで全く一度もなかったかもしれない。

だから録音されているものだけでもメチャクチャな数があるマイルスのライヴでの「タイム・アフター・タイム」。数が多すぎて手に負えないので、公式盤収録のものだけに限っても全部で10個あるもんなあ。もっともそのうち9個は、例の20枚組『ザ・コンプリート・マイルス・デイヴィス・アット・モントルー  1973-1991』にあるものだ。

20枚組のライヴ・ボックスなんて、しかも一枚ごとだいたいどれも似たような内容だし、よっぽどマイルスが好き、それも1981年復帰後のマイルスにも思い入れがあるというファンしか買っていないだろう。僕はそういうファンなので。このモントルー・ボックス、三枚目以後は1984〜91年のモントルーでのマイルスの全てを収録してある。

つまり1984、85、86、88、89、90、91年(最後の91年のレギュラー・バンド分は、モントルーではなくニースでのライヴだが)のマイルスの演奏全てをね。収録されていない87年は、マイルスが毎年七月のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルに出演していないだけ。

そしてその1984〜91年の七年全てで「タイム・アフター・タイム」を演奏している。あれっ?計算が合わないよ、 さっきモントルー・ボックスでの「タイム・アフター・タイム」は全部で九個って言ったじゃないかと思われるかもしれないよね。84年と85年には昼公演と夜公演の一日二回やっているんだよね。だから七年で計九個。

モントルー・ボックスにある計九個の「タイム・アフター・タイム」は、大筋ではだいたいどれも似たような感じの演奏ではある。そんでもってマイルスのトランペットはしばしば音を外す。なんらかの効果を狙う意図があって故意にやっているんじゃないことは、素人の僕でも分る。もう吹けなかったんだよね。

1981年の復帰後も、スタジオでなら用意周到にやって何度もやり直したりできるのでそういうのは聴けないし、ライヴ・アルバムでもマイルスの生前に出たものは、丁寧に編集や修正が施されていて分らないのだが、81年復帰後の来日公演全てに、しかも上京後は東京公演分全てに足を運んだ僕は、現場でしばしば音を外すマイルスを聴いた。

1991年のマイルス死後は、おそらくレコード会社側も遠慮しなくてもいいと判断するようになったのか、81年復帰後のライヴ音源も、編集や修正なしでリリースするようになったものがあるんだよね。2002年にまずワーナー・スイスからリリースされた(のを僕は所持)20枚組のモントルー・ボックスなんかはそれが非常によく分る。

まず1984年7月8日のモントルー。この日の昼夜二回公演での「タイム・アフター・タイム」が、公式でもブートでも、マイルスがライヴでやったヴァージョンが録音されている最初のものだ。しかしその二つはどっちも10分超えと演奏時間がかなり長く、さらになんだかダラダラしていてバンドの演奏にも締りがない。

翌1985年7月14日の昼夜二回公演から、マイルスがライヴでやる「タイム・アフター・タイム」はよくなってくる。バンドの演奏もしっかりアレンジされていてタイトだし、元のシンディ・ローパーの曲にあるポップで切ないフィーリング(が84年ライヴでは出せていない)をよく表現していて、いい感じだ。しかしボスの吹きミスはやはり多い。

1985年の「タイム・アフター・タイム」で個人的に忘れられないのは、同月に来日し7月28日に東京のよみうりランドでやった演奏。これは僕も現場で聴いた。FM 東京が生中継したのだが、そうすると知ってはいたものの、生で観聴きしたくて、録音は諦めたのだ。

それでも FM 放送されたということは、必然的にブートレガーが仕事しやすいわけで(笑)、この1985/7/28のマイルス東京公演も二枚組ブート CD で発売されたのを、僕も後年買って追体験したのだった。85年ヴァージョンではモントルーのよりも、この東京公演の方がいい。

一番いいのはジョン・スコフィールドのギター・ソロだ。非常に短いものだけど非常にスウィートでポップで、普段のスコフィールドからは想像できない演奏。実際、マイルスが亡くなったあとになってようやくスコフィールドも喋ってくれたのだが、ああいう「タイム・アフター・タイム」や「ヒューマン・ネイチャー」などをやるのは本意じゃなかったとのこと。

本当はあんなポップ・ソングじゃなくて、ハードなジャズ・ファンクをやりたかったんだ、でもボスの指示だからしかたなくいやいややっていたんだよねと、スコフィールド自身が告白してくれたのだ。まあ彼のリーダー作など普段のスコフィールドを知っていれば、誰だってうなずける発言だね。それにしては1985年東京での「タイム・アフター・タイム」でのソロは絶品だけど、そこらへんはまあプロの仕事だからさ。

ところで1985年東京ヴァージョンの「タイム・アフター・タイム」では、パーカッション担当のスティーヴ・ソーントンがかなり頻繁にティンバレスでオカズを入れる。同85年のモントルー・ヴァージョンにそれはないし、元々のスタジオ録音ヴァージョン(のパーカションもスティーヴ・ソーントン)でも聴けないんだなあ、あのティンバレスは。

1986年ヴァージョンの「タイム・アフター・タイム」は、公式にはモントルー・ボックスにしか収録されていない(7月17日)。85年ヴァージョンとほとんど変化はないけれど、ギターのサウンドだけが非常に大きく違う。こんな弾き方のギタリストはマイルスの音楽では聴き慣れないなと思ってクレジットを見たら、ロベン・フォードだ。

ロベン・フォードが1986年の一時期マイルス・バンドに在籍していたということは、ファンは当時からその事実だけ知っていたんだけど、音源がなく実態は確かめられなかった 。白人だけどブルーズがかなり上手いギタリストなもんだから、マイルスとやるとどうなるか、前々から興味津々だったんだけどね。

するとマイルスの死後にロベン・フォード在籍時のマイルス・ライヴを収録した数枚のブート盤 CD が出て、それでようやく聴けたのだった。その中の一枚は公式盤のモントルー・ボックスと同じ音源で、だからジョージ・デュークが二曲、デイヴィッド・サンボーンが三曲、ゲスト参加していて、なかなか面白いんだよね。

モントルー・ボックス収録の1988年7月7日収録の「タイム・アフター・タイム」は、前半はただダラダラしているだけなんだけど、後半突如テンポ・アップしてリズミカルになる。そこまではちっとも面白くないし、トランペットの音の外し方があまりにもひどすぎる、聴けないとすら思う瞬間もあるのに、5:30 から変貌するのだ。

5:35 あたりからコンガ(マリリン・マズール)が派手で活発になって、ギター(と音は変わらないリード・ベースのフォーリー)もいい感じのリフを弾く。その約三分間があるからこそ、モントルー・ボックス収録の全九個の「タイム・アフター・タイム」では、1988年ヴァージョンが一番出来がいい。僕が体験した同年八月の人見記念講堂でも同じやり方だった。思い出すなあ。

1989年ヴァージョンの「タイム・アフター・タイム」から、アレンジが変わってくる。この年のものは公式でも二種類あって、録音順に『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』収録の6月5日のシカゴ、モントルー・ボックス収録の7月21日。最終盤でバンドがリフを反復しているんだよね。ケニー・ギャレットのアルト・サックスとアダム・ホルツマン&ケイ赤城のツイン・シンセサイザーが中心のそのリフのおかげでいい雰囲気の演奏になっている。最終盤だけね。意地悪く言えば、ボスのトランペット・ソロだけではもはや聴きにくいので、そういうバック・アンサンブルを考案したのかもしれないね。

公式にはモントルー・ボックス収録のしかない1990年(7月20日)ヴァージョンの「タイム・アフター・タイム」でも最終盤のアレンジも同じだが、違うのはケニー・ギャレットがサックスではなくフルートでリフを演奏しているところ。それ以外は特になにも書くべきことはなし。まあでもあの最終盤のリフは確かにいい感じに盛り上がるものだ。

ニースでのライヴなのに、どうしてだかモントルー・ボックスに収録されている1991年7月17日のライヴ・ヴァージョン「タイム・アフター・タイム」では、1989/90年ヴァージョン最終盤でやっている同じリフを、いきなり出だしからやっている。もっとも演奏しているのはシンセサイザーのデロン・ジョンスン一人だけどね。しかも最終盤でやはり同じリフがもう一回出てきて、それはケニー・ギャレットもフルートで参加し、バック・バンドで反復し盛り上がる。そうしないとボスのトランペットだけだと‥。

よほど魅力的に思えていたんだろうなあ、あのリフがね。それはレコード会社側も同じだったんだろう。その証拠に、まず最初にマイルス晩年のライヴ収録盤が出たのは1996年の『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』だったのだが、それにはあの最終盤のリフで盛り上げる1989年ヴァージョンが収録されたもんね。しかもその「タイム・アフター・タイム」は、『ライヴ・アラウンド・ザ・ワールド』本編のラスト・ナンバーみたいな位置付けで、その次アルバム・ラスト「ハンニバル」はアンコールみたいに、数秒の間があってから出てくる。

聴く側も、僕なんかはやはりあの1989年以後ヴァージョンの「タイム・アフター・タイム」最終盤のリフはチャーミングだと思うね。最後にあれが出てくると否応なしに盛り上がるもんなあ。誰の思い付きだったんだろうなあ。ビートルズの「ヘイ・ジュード」、プリンスの「パープル・レイン」などの後半部にあるリフレインと同じ効果なんだよね。

とまあ長々と書いたけれども、マイルスがやった「タイム・アフター・タイム」のうち、僕が聴いている範囲でのベスト・ヴァージョンは、1987年の来日公演、7月25日に東京読売ランドでやったものだ。完璧だとしか言いようがない。晩年のマイルスにしては珍しく全く吹きミスがなく、しかもバックのシンセサイザー(はロバート・アーヴィング III が主導権を握っているはず)の弾くアレンジされたメロディがたまらなく美しい。

その美しいシンセサイザー・アンサンブルに乗り、マイルスはまずハーマン・ミュートを付け絶妙なフレイジングで吹きはじめ、その後淡々と美しく吹いている。ドラムスのリッキー・ウェルマンも、これ以外ありえないというタイミングと音の大きさでスネアを叩く。この雰囲気はちょっとオカシイね。尋常じゃない。

と思って聴いているとクライマックスが 5:23 にやってくる。マイルスはミュート器を外しオープン・ホーンで高らかに吹き上げるのだ。5:59 までとわずか30秒程度だが、そのオープン・ホーンで吹くパートでのマイルスのサウンドとフレイジングはたまらない。

その前までハーマン・ミュートで切なく、しかし実に淡々と吹いていたもんだから、オープン・ホーンで一音吹いた瞬間のドラマティックな効果の絶大さと言ったらないね。これ以上の劇的な展開はマイルスの全音楽生涯で、僕は知らない。この「タイム・アフター・タイム」に泣かないマイルス・ファンはいないだろう。49:05 から。
これが公式化されればいいのになあ。

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コメント

マイルスのミストーンの理由がわかってらっしゃらないのが、残念です。

あ、教えてください。

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