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2016/12/28

哀切ラヴ・ソングで表現する女性の肯定感

Unknown










「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」という曲がある。バディ・ジョンスンが1945年に書いたブルーズ・バラードだから決して新しいものではない。直後にまず最初は妹のエラ・ジョンスンが兄バディの楽団の伴奏で歌ったものだけど、一般的には1963年のレニー・ウェルチ・ヴァージョンでよく知られているだろう。
しかし僕はこのバラードをヴォーカル・ヴァージョンで知ったのではない。ジャズ・トランぺッター、リー・モーガンが1958年のアルバム『キャンディ』のなかでやっていたので知った曲だった。もちろんインストルメンタル演奏なので、どんな内容の歌なのかは分らないが、美しいメロディだなと思ったわけだった。
その後 CD 時代になって、ダイナ・ワシントンでヴォーカル・ヴァージョンを知った「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」。ダイナはこの切なく哀しいラヴ・ソングをマーキュリー・レーベルに二回録音している。一回目は1947年にピアノとベースだけ(最初ちょっとチェレスタが入る)の伴奏で。二回目は1961年にクインシー・ジョーンズ編曲・指揮のオーケストラ伴奏で。

一度目の1947年ヴァージョンはシングル盤で発売されたので、当然二種類の録音集に入っている。マーキュリー録音完全ボックス・シリーズの第一巻。そしてキーノート、デッカ、マーキュリーの全シングル集四枚組『ザ・ファビュラス・ミス・D』。

二度目の1961年ヴァージョンは、CD ではマーキュリー録音完全ボックス・シリーズの七巻目にしか収録されていないはずだ。聴き返してみると、どうも最初の録音であるピアノとベースの伴奏だけで歌う1947年ヴァージョンの方が切々と胸に沁みるようなヴォーカル表現のような気がするなあ。
この「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」をこの人以上に感動的に、というかドラマティックにやった歌手はいないんじゃないかと思うのがローラ・リーだ。知名度の高い人じゃないよね。でも熱心なソウル・ファン、特にホット・ワックス/インヴィクタス系のものがお好きな方であればご存知だろう。

僕はそんな熱心なソウル・ファンではないし、ホット・ワックス/インヴィクタスについてもあまり知らないのに、どうしてだかローラ・リーのアルバムを持っている。もっともそれはオリジナル・アルバムではなく、1997年リリースの CD 二枚組ベスト盤『ラヴズ・ライツ&ロングズ:ザ・ベスト・オヴ・ローラ・リー』。Deepbeats Records というところが出している。

ベスト盤とはいえ、この女性ソウル歌手の代表作はほぼ全て揃う約1時間51分。僕にはこれで充分だ。しかし全く名前も知らない(今でもほとんど知っているとは言えない)人なのに、どうしてこのベスト盤を買ったんだろう?まあそういうのいっぱいあるけどね。いつどこでどういう理由で買ったのか、サッパリ分らない謎盤がたくさんあるだろう、みなさんも。

あれじゃないか、ローラ・リーは1967年にチェス・レーベルと契約して、この会社が彼女をマスル・ショールズのフェイム・スタジオへ向かわせて、そこで録音したものがあるから、フェイムになんだか特別な思い入れがあるらしいお前はそれで興味を持ったんだろ?と思われるかもしれないが、それは違うんだよね。

だいたいローラ・リーにそんなキャリアがあったなんてこと自体、かなり最近、調べてみて初めて知ったことだからなあ。だから CD 二枚組ベスト盤を買った時点では何者なのかま〜ったく知らなかったはずで、だからどうして買ったのやら分らないわけだ。

ローラ・リーのアルバムは全部で四枚しかない(その他、一時引退後の最近、ゴスペル・アルバムを出しているようだが)。そのうちの一枚がキャデット盤(チェス系)なので、ホット・ワックス/インヴィクタスからは三枚だけ。二枚組ベスト盤『ラヴズ・ライツ&ロングズ:ザ・ベスト・オヴ・ローラ・リー』はそこから満遍なく選ばれている。

話題にしている「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」は、最初のアルバムである1972年リリースのホット・ワックス盤『ウィミンズ・ラヴ・ライツ』に収録されているもので、しかも約八分間もあるという、普通の恋愛ソウル・ナンバーとしては異例の長尺もの。
いや、普通の恋愛ものでもないような歌だ。このローラ・リー・ヴァージョンはかなりの劇的なアレンジと大幅な拡大解釈がされているから分りにくいかもしれないが、上で貼ったダイナ・ワシントン・ヴァージョンならすぐに分るはず。「私の幸せな家庭を、あなたは私に捨てさせたのよね」と歌い出しているだろう。

つまりこれは不倫の歌だ。しかも家庭を捨てて不倫に走って、その結果終生結ばれるのであればまだしも、この主人公は結局その不倫相手の男に捨てられてしまい、というか男が去って(死んで)しまい、しかしそのあとも男のことが忘れられず、いつまでも未練があって、いまだに愛しているのよ、と歌っている。

「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」は「あなたと恋におちてから」その他、ロマンティックな邦題になっていることが多いけれど、それは正確じゃない。”fall for” はちょっとニュアンスが違うんだよね。この表現はいわば「騙される」とか「ひっかかる」とか「おとし入れられる」くらいの意味なのだ。

だからこの曲を歌う女性歌手は、幸せな家庭がありながら別の男に騙されて惚れてしまい後戻りできなくなって、それなのに男の方は死んでしまっていなくなって、それなのに先の見えない真っ暗闇のなかでいまだに忘れられず愛し続けているのよと歌っているという、なんとも哀しすぎる歌なんだよね。

ところが上で紹介したローラ・リーのホット・ワックス録音ヴァージョンをお聴きいただきたい。そんな哀切感が全くといっていいほど感じられない。それどころか正反対に、そんな女性の人生を謳歌して賛美しているかのようなフィーリングでのアレンジと歌い方だよね。

ローラ・リーの「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」は、かなり長めのモノローグではじまっている。歌本編に入ってからも大胆にモノローグをはさむ。こんなのはもちろんオリジナル・ヴァージョンにも、彼女に先行するいろんな歌手のヴァージョンにも存在しない。ローラ・リーのだけなんだよね。

歌に入るまで二分間もあるそのモノローグ。男との最初の出逢いの様子から語りはじめ、その時どれだけ彼が素敵に見えたのか、どれだけ惚れて取り憑かれてしまったのか、そして彼は今去って(死んで)しまったけれども、私の今の気持はどんなものなのか知ってほしいわ、本当に本当にあなたを愛しているこの私のこの気持をと、約二分間も。

それも相手をなくした女が涙でも流しながら切々という感じではなく、カラリと明るい感じ、と言うと少し違うのかもしれないが、かなりポジティヴに、こんな生き方を私は謳歌しているのよとでも言いたげなフィーリングに感じるのは僕だけかなあ?

歌本編に入ってからのローラ・リーの歌い方も、未練が切なく後を引いているような感じではなく、”misery and pain” "never see the lights" などと言っているわりには明るく強く人生を肯定するようなポジティヴな感じで歌っているし、いまだに彼を愛しているのよと、これまた歌の最中にもしばしば挿入されるモノローグも同じような、私はこう生きているのよ!という強い肯定感がある。

さらに伴奏のアレンジの劇的な展開も特筆ものだ。ローラ・リーの歌本編に入った曲全体の 3:12 までは普通のラヴ・バラード風なアレンジだが、3:13 で一瞬、快活で強いリズムになり、そうかと思うとすぐに戻り、その後は 3:12 までと同じ感じの伴奏だけど、そんな快活でないような部分でもかなりポジティヴなフィーリングのリズムとサウンドだよね。

またローラ・リーが歌い終った 6:03 にはかなり激しく演奏が変貌しているよね。そこからラストまでは、バック・コーラスは薄く入るがリード・ヴォーカルなしのほぼインストルメンタルで、このかなりのポジティヴな解釈でやる哀切ラヴ・ソングを、シンフォニックに大展開しているようなものだ。

ローラ・リーが1971年にホット・ワックスに「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」を録音するとなった際、このモノローグを大きく挿入するというアイデアと、ポジティヴなフィーリングでやるという解釈と、さらにかなり劇的なテンポ・チェンジとサウンドの激変を伴うアレンジを考案したのは誰だったんだろうなあ?

ホット・ワックス・レーベルは、ご存知の通りモータウンを去ったホランド〜ドジャー〜ホランドのチームが1968年に、モータウンと同じデトロイトに設立した会社で、ブッダが配給していた。1973年には終ってしまうが、インヴィクタスに移行して、同じ歌手や音楽家を起用して同じ音楽をやったので、ファンはホット・ワックス/インヴィクタスと言う。

ローラ・リーの「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」が収録された1972年リリースのホット・ワックス盤『ウィミンズ・ラヴ・ライツ』のプロデューサーはウィリアム・ウェザースプーンだ。というかこの女性歌手がホット・ワックス/インヴィクタスで歌ったものは、大半がウェザースプーンのプロデュースによるものらしい。

ってことはあの「シンス・アイ・フェル・フォー・ユー」の、肯定的な女性の生き方を強く表現するようなアレンジと歌い方とモノローグも、ウィリアム・ウェザスプーンのアイデアだった可能性はある。僕の持つ CD 二枚組ベスト盤『ラヴズ・ライツ&ロングズ:ザ・ベスト・オヴ・ローラ・リー』附属ブックレットにはそのへんのことが全く書かれていないし、そもそもウィリアム・ウェザスプーンがプロデューサーだったことすら一言も記載がないので、ネットで調べて分ったのだ。

『ラヴズ・ライツ&ロングズ:ザ・ベスト・オヴ・ローラ・リー』を通して聴くと、そんな女性の自由と権利と自立を歌うかのようなものが多く並んでいるのは確かだ。曲名や歌詞がというんじゃなく、歌い廻し、サウンド、リズムが開放的で力強く前向きなんだよね。そしてそれらの録音は、時期的には1960年代後半〜70年代初頭からアメリカ発で大きく広がった例の「ウーマン・リブ」(Women's Liberation)運動とピッタリ重なる。今でいうフェミニズムの走りだ。

しかしながらローラ・リー自身は、自分は基本的にはウーマン・リブとかなんとかに肩入れしているわけじゃないのよと語っていたらしい。ただ単に愛し合う二人が一緒になって自由になるべきだという考えで歌っただけなのよと言っているようだ(と附属ブックレット英文解説にある)。

前から繰返しているけれど、音楽家自身が自己の音楽について解説する発言をそのまま額面通りに受け取っちゃいけない場合がかなりある。ローラ・リーの場合は、歌を聴いたら確かに彼女の言う通りのシンプルな表現で、愛と自由という極めて普遍的なテーマを歌っただけなのかもしれないが。

だけれども、まあ二枚組ベスト盤一つを聴いているだけの僕が言うのも憚られることかもしれないが、並んでいる歌全29曲は、なかにはソウル・スタンダードの「ザッツ・ハウ・ストロング・マイ・ラヴ・イズ」や「ウェン・ア・マン・ラヴズ・ウーマン」とか、あるいはエタ・ジェイムズの「アット・ラスト」もあったりするけれど、多くはやはり肯定感に満ちた女性の生き方を力強く歌い上げるものだというのは、聴いての僕の率直な感想なんだよね。

本当のところ、ウーマン・リブ運動と、ローラ・リーのソウル・ヴォーカルとサウンドとリズムの前向きの肯定感に満ち満ちたフィーリングとの関係は僕には分らないので、あまり深入りするのはやめて、今日はここまでにしておこう。なお、声と歌い方だけ聴くぶんには相当にパンチが効いてているローラ・リーだけど、写真を見ると、想像に反し細身の女性だなあ。

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