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2017/01/06

ハービー、左手を使うな〜『マイルス・スマイルズ』の形成

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咋2016年、とうとう恐れていた事態が到来してしまった。コロンビア/レガシーがマイルス・デイヴィスのスタジオ録音セッション・リールを発売してしまったのだ。それが CD 三枚組の『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』。ご存知ない方も、このアルバム・タイトルだけで中身はおおよそ察しがつくだろう。

そう、『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』の三分の二は、1966年10月24/25日録音で、「フリーダム・ジャズ・ダンス」を含むアルバム『マイルス・スマイルズ』のレコーディング・セッションの模様なのだ。セッション・リールとはいっても、<全部>ではないだろう。全部入れたらこんなもんじゃない。もっともっと長大なサイズになってしまうはず。

『マイルス・スマイルズ』は全六曲だが、『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』にマスター・テイク演奏前のセッション・リールが収録されているのは、登場順に「フリーダム・ジャズ・ダンス」「サークル」「ドロレス」「フットプリンツ」「ジンジャーブレッド・ボーイ」。「オービッツ」はマスター・テイクしか収録されていない。がしかしこれも一回テイクだけで完成したとは到底考えられない。

またセッション・リールが収録されているものでも、「ドロレス」「フットプリンツ」はどっちも約五分、「ジンジャーブレッド・ボーイ」は約三分と、これだけしかセッションしなかったとは思えないね。それ以外の「フリーダム・ジャズ・ダンス」はセッション・リールだけで23分以上、「サークル」も全部あわせて21分以上あるので、そこそこは聴けるようになった。

「ドロレス」「フットプリンツ」「ジンジャーブレッド・ボーイ」もそれくらいの尺のセッション・リールがあるんじゃないかと僕は思う。マスター・テイクしか収録されていない「オービッツ」もそうだろうし、またまあまあ長めに収録されている「フリーダム・ジャズ・ダンス」「サークル」の二つも、あるいはもっとあったのかもしれない。いや、きっとあるはず。

それでもレガシー(コロンビア)がマイルスのスタジオ録音セッション・リールを発売するなんてことは、今までただの一度もなかったから、これは画期的なことだ。「ブートレグ・シリーズ」の名を冠して今まで出ているマイルスの発掘ものは、四つとも全部ライヴ録音集だった。スタジオ未発表集、しかも完成品でなくセッション・リールがリリースされたのは、もちろん初の事態(がしかしコロンビアには完成品で出せるものが残っているはずだけどね)。

言うまでもなく僕(やマイルス・マニア)は大歓迎。テオ・マセロによれば、1960年代後半頃からはマイルスのスタジオ・セッションの「全て」をテープ収録したという話だから、それを信用するならば、テオがてがけたラスト作である1983年の『スター・ピープル』あたりまで、メチャメチャな量のテープがいまだに倉庫にあるはずなんだよね。

前々から僕はそれを全部公式に出してくれと言い続けてはきたものの、それも半分本心、半分冗談みたいなもんだったのだ。というか、そんなもの、まさか公式リリースできるわけないだろうとたかをくくった上での発言だったのだ。それをほんの一部だけであるとはいえ、本当にリリースしちゃうとはなあ。

『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』の三分の二は『マイルス・スマイルズ』のメイキングだと書いたけれど、CD 二枚目の最後と三枚目は違うものだ。そこには「ネフェルティティ」「フォール」(『ネフェルティティ』)のセッション・リール、三枚目には「ウォーター・ベイビーズ」(『ウォーター・ベイビーズ』)のセッション・リール、「マスクァレロ」(『ソーサラー』)の別テイク、「カントリー・サン」(『マイルス・イン・ザ・スカイ』)のリズム・セクション・リハーサル、そしてこれは全くの未知のものだったが、「ブルーズ・イン・F」と「プレイ・ユア・エイト」がある。

最初、このボックスが自宅に届いて開梱しジャケット裏を見た時、僕は「ブルーズ・イン・F」の曲名表記ににわかに色めきだって、だって僕は大のブルーズ好き人間で、しかしこの1960年代後半のマイルス・スタジオ録音にブルーズ・ナンバーは皆無と言って差し支えない状態なので、曲名だけで「ブルーズ・イン・F」に飛びついて、いの一番に聴いたのだった。

そうするとこのボックス三枚目にある「ブルーズ・イン・F」は、約七分間、ただ単にマイルスがちょろちょろっとピアノを弾くでもなく触りながら喋っているだけという、非常にダラダラしたトラックで、なんじゃこりゃ?となってしまったんだなあ。ピアノを(弾くのではなく)触っている部分だって、ブルーズだかなんなんだか判断しにくいようなフィーリングで、ちっとも面白くない。

ブックレット記載の英文によれば、この「ブルーズ・イン・F」は1967年頃(circa となっているからね)、ニュー・ヨークはマンハッタンにあるマイルスの自宅での収録。聴いた感じ、ウェイン・ショーターがやってきた時にマイルスがピアノを弾き、いや触りながらウェインにいろいろと指導しているようだ。一瞬「ベースのエディ」という言葉が聴こえるが、エディ・ゴメスのことだろう。1960年代後半のライヴで、時たまロン・カーターが不可能な際に代役を務めた一人(ポール・チェンバースがやったことすらある)だ。

「プレイ・ユア・エイト」は、たった六秒のマイルスのモノローグで、聴く意味はない。そんなわけなので、『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』のメインはあくまで『マイルス・スマイルズ』(とその他ちょっと)のメイキング・セッション模様。それだけ抜き出しても、三枚全部で計約三時間のうち二時間以上にもなるもんね。

じゃあ残り一時間はなにかというと、セッション・リールやリハーサルや別テイクが収録されている曲の既発マスター・テイクだ。それは昔からみんな持っているわけだから必要ないだろう、そうじゃない部分だけを発売してくれよと、最初は僕も思ったのだが、案外そうとも言い切れない部分がある。

どういうことかというと、それは『マイルス・スマイルズ』のメイキング部分についてだけだが、セッション・リールとマスター・テイクが連続して収録されているそれらは、一応便宜上トラックが切ってはあるものの、聴いてみたら全く切れ目のない一続きの演奏なんだよね。

すなわち、マスター・テイク(に結果的になったもの)の演奏に入る前にいろいろと試行錯誤してセッションしているそのままの流れで、(結果的に)マスター・テイクになった本演奏がはじまっていて、マイルスとバンド・メンバーのなかでは、「さあ、リハーサル・セッションはここまで、これから本演奏に行くよ」みたいな様子は微塵もない。つまりもはやリハーサルも本番もない、準備テイクも本テイクもないという状態になっていた。

だからセッション・リールと(便宜上トラックが切れている)マスター・テイクが連続収録されているのは、実はこれ、一繋がりの動きだったのでそうなっているだけなんだよね。マイルスのスタジオ録音でこんな感じになったのはいつ頃からなんだろう?僕がちょっとだけブートで聴いているものでは、そんな様子はこの1966年以前にはないんだなあ。

『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』にあるセッション・リールのなかでは、トップに収録されている「フリーダム・ジャズ・ダンス」のセッション・リールが一番長く23分以上。だからボックス・アルバムのタイトルにしていることもあって、やはりこれが目玉なんだろう。

当ブログで僕は以前、1966〜68年のこのいわゆる黄金のクインテットによるスタジオ録音曲では、「フリーダム・ジャズ・ダンス」が案外一番面白いんじゃないかと書いたことがある。昨2016年7月29日付になっている。『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』ボックスの発売は10月だった。
それでちょっと笑い話なんだけど、このボックス・セットが昨年10月に出て日本でも買えるようになったので、その直後から現在でも「フリーダム・ジャズ・ダンス」という検索文字列で、上記2016/7/29付の僕の記事に辿り着いている方が大勢いたのだ。いやあ、期待を裏切って申し訳ない。でも今日書いているからさ。

さて、『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』にあるセッション・リールの約半分程度はスタジオ内での会話だ。一番たくさん聴こえるのは当然マイルスの声だが、その次に多いのが意外にテオ・マセロ(マイルスの発音は「ティオ」)の声だ。どう聴いてもコンソール内から喋っているようには聴こえないので、演奏ルーム内にいたんだなあ。そんな写真を見ることもある。

それ以外のバンドのサイド・メンの声は、実はあまりたくさん聴こえない。喋っていなかったとも考えにくいので、発売時に編集してカットしたのかもしれないが、そうだとしたら理由がよく分らない。それでもハービー・ハンコックとトニー・ウィリアムズの声はまあまあ収録されている。

そんな会話やボスの指示の声を聴くと、いろいろと面白いことが分る。特に僕にとって一番面白かったのは「ジンジャーブレッド・ボーイ」のセッション・リールだ。どこがかと言うと、いったん演奏がはじまってそれが止まると、マイルスはハービーに対し「ハービー、左手で和音を弾くな、右手だけにしろ」(Herbie, don't play chords on your left hand,  just your right hand)と言っているのだ。

そうだったのか。『マイルス・スマイルズ』あたりからハービーが左手でコードを弾くことが減り、続く『ソーサラー』『ネフェルティティ』ではほぼ全く和音を弾いていないと言えるような状態になっているのだという事実は、当ブログで僕も前から指摘している。その結果どんな風に聴こえるかは分っても、どうしてそうなったのか理由がよく分らなかったんだなあ。

つまりはボスの指示だったわけだ。そもそもハービーはそんな和音感というかトーナリティを示さないような演奏を好むピアニストではない。左手でよく和音を押さえる人だ。もっと正確に言えば、モダン・ジャズ・ピアニストにありがちな右手シングル・トーン弾きに熱中するタイプではなく、右手・左手をバランスよく動員してのややオーケストラ的な演奏法を得意とするのがハービーなんだよね。

ところがマイルス・バンドの『マイルス・スマイルズ』の一部から『ソーサラー』『ネフェルティティ』までは、左手でコードを示すことがグッと減ってしまっているから、こりゃオカシイね、どうしてこうなってんの?と前々から感じていたのだった。結果的に調整感が薄く抽象的で、西洋現代音楽風になっているのは聴けば分るのだが、どういう理由でハービーがこうなっていたのか、僕には不可解だった。デビュー当時からファンキーな資質がある人だもん。

僕はそんな西洋白人現代音楽風なマイルス・ミュージックはイマイチ好きじゃない場合が多いのだが、これが他ならぬボスの指示によるものだったと判明したんだなあ。考えてみれば自分のバンドでやる自分の音楽なんだし、同時期のハービー自身のリーダー作ではそんなことにはなっていないんだし、だからボスの指示だっただろうと僕でも分りそうなもんだけど、明確な証拠が聴けたのは格別な気分。

そんな「ジンジャーブレッド・ボーイ」とか、あるいは『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』にセッション・リールが収録されている他のものは、だいたい全部リズム・セクションに対する指示、特にベースのロン・カーターへの言葉が多い。ここをこう弾けと言ってコード名を言ったり、それに従ってロンがしばらく弾いてはまた修正するなど。特に「フリーダム・ジャズ・ダンス」のセッション・リールでそうだ。

またそれ以外でも、マイルスはコード名、というよりもキー名なのかな、F でやれとか B♭ではじめてその後 E ディミニッシュに行けだとか、そんな指示をしている部分が多い。ドラマーのトニー・ウィリアムズにはかなり自由に叩かせている模様で、指示の声は少なく、つまりこの時期のトニーに対するボスの信頼度が分るというか、まあある意味では指示して制御が効くようなドラマーでもないというか。

演奏内容そのものは、実はセッション・リール部分でも、マスター・テイクで聴けるものとのさほど大きな違いは聴き取れないので、書くべきことはほとんどない。最初はちょっとやってみてすぐに止まったりしているけれど、一度完奏、あるいは途中まででもしっかり演奏したら、ほぼ完成形に近いようなものになっている。

それでもリズムの感じが少しずつ変化してはいるものの、それもマイルスの指示ですぐにマスター・テイクに近いテンポとリズム・フィギュアとフィーリングになっているから、やはり改めてこのハービー&ロン&トニーの三人のリズム・セクションの実力の高さを思い知る。

またマイルスとウェイン・ショーターのソロ部分、さらに両名(あるいはマイルス一名)によるテーマ吹奏は、セッション・リールの最初から全くと言っていいほど変化なし。テーマ・メロディはあらかじめ譜面で用意されていたんだろうから、それも納得できるだろうけれど、アド・リブ・ソロ部分だってあまり変わらないもんね。

最後に付記。セッション・リールで聴ける会話は聴き取りにくい場合がある。人によっては収録されている声量が小さいこともあるし、またマイルスはあの例のしわがれ声で、しかもヴォリュームも小さくボソボソッとしか喋らない人物だから、なにを言っているのやら当のバンド・メンバーですら分らない場合があったそうだから、英語ネイティヴではない僕には聴解不能な時がある。

そこで助けられたのがこのサイトだ。ここに『フリーダム・ジャズ・ダンス:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 5』収録のセッション・リールで聴ける全会話を文字起こしして掲載してくれている。こんな面倒臭いことをよくやれたもんだなあ。感謝しかない。本当にありがたかった。
なお、この「Miles Ahead」というサイト、ディスコグラフィカルなデータ記載を含め、僕の知る限りではマイルスに関する各種事実について最も詳しく、しかも正確であろうという記載があるウェブ・サイトだ。今日明かしてしまうが、僕が最も信頼していて、マイルスについて考えたり文章を書いたりする際の最大のネタ元なんだよね。マイルスに興味があって英語を読むのを厭わない方は是非ご覧あれ。

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