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2017/01/15

ホレス・パーランほどアーシーなジャズ・ピアニストっているのか?

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単に数字をあしらっただけのジャケット・デザインなのに、どうしてこんなにカッコよくてインパクトのあるものになるんだろう?ホレス・パーランの『アス・スリー』。ファンキーでアーシーな弾き方をするモダン・ジャズ・ピアニストのなかでは、僕が最も好きな人だ。

アメリカ黒人キリスト教会のゴスペル・ソングがルーツになっているアーシーな感覚をモダン・ジャズに活かしたものを、一般にファンキー・ジャズというが、世間一般的には間違いなくボビー・ティモンズの書いたアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの「モーニン」で認識されているはず。

「Moanin’」という曲名自体が教会音楽風であることをはっきりと示しているし、 あれを書いたボビー・ティモンズもそんなアーシーな弾き方をするピアニストの代表格。しかしここで僕はまたいつもの調子でいつもと同じことを言うけれど、そんなゴスペル風ジャズをもっと濃厚にした1960年代後半からのものを、みなさんどうして聴かないんだ?

アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズに代表される1950年代末〜60年代初頭のファンキー・ジャズはあんなに人気があるのに、本質的にはそれと変わるところがなく、さらにファンキー・ジャズのその魅力の源泉をさらに煮詰めて凝縮したようなものは、どうしてあんなに人気がないんだろう?

こりゃ絶対オカシイよなあ。例のあのレア・グルーヴ・ムーヴメントで再発掘されなかったら、1960年代後半からのソウル・ジャズ〜ジャズ・ファンク(or ロック)は、いまだに埋もれたままのものがあったかもしれないよ。しかもあのレア・グルーヴは基本的にはクラブで踊れるものという選定基準だからなあ。

一時期以後のキャノンボール・アダリーのバンドなんて、時々「オーヴァー・ファンク」だなんて言われて、完全無視に近いような有様だった。あるいはいまだにそうかもしれない。キャノンボール・バンドの一部のアルバムはなかなか CD リイシューされなかったし、今でも誰一人として話題にしないからだ。

キャノンボールはそういった資質の持主だからこそ、例えばマイルス・デイヴィスの1958年『マイスルトーンズ』、59年『カインド・オヴ・ブルー』でも、特にブルーズ・ナンバーでああいった吹き方ができたんだと僕は思っているんだけどね。あれら二作をピュア・ジャズ・ファンは崇め奉るじゃないか。

そんないつものような話はこのあたりまでにして、そんな人たちと同じ資質を持つピアニスト、ホレス・パーラン。この人はおそらくチャールズ・ミンガスのバンドに在籍したことで注目されたんじゃないかなあ。参加アルバムは1959年の二枚『ブルーズ&ルーツ』(アトランティク)、『ミンガス・アー・アム』(コロンビア)。

実はもう一枚1957年作があるんだけど、それではホレス・パーランは全面参加ではない。一部で弾いているだけで、しかもアルバム全体にキリスト教会的なアーシーなゴスペル風味は薄い。だからそんな黒人音楽のルーツ的鮮明さが如実に表現されている『ブルーズ&ルーツ』『ミンガス・アー・アム』二枚で充分だ。

それらで真っ黒けなピアノを弾くホレス・パーランも注目されるようになって、翌1960年からブルー・ノートにリーダー作を録音するようになる。『アス・スリー』はその二作目にして、間違いなく最高傑作だ。アルバム・タイトルで分るようにピアノ・トリオ編成。ついでといってはなんだけど、1990年代に活躍したヒップホップ・ジャズの英国ユニット Us3はここから名前をもらっている。

バド・パウエル以後一般化したピアノ+ベース+ドラムスのトリオ・アルバムは、モダン・ジャズにはとんでもなく多い。一番人気があるのはビル・エヴァンスのトリオだろうなあ。今の僕は滅多に聴かないピアニストだ。同じ頃の人なら、レイ・ブライアントやウィントン・ケリーなどの方が絶対好き。

ホレス・パーランのスタイルもレイ・ブライアントやウィントン・ケリーと共通しているというか、この二人の影響が間違いなくある。しかし最大の違いはホレス・パーランは右手でシングル・トーンを弾くということが非常に少ない。ひょっとしてあるいは滅多にないと言えるかもしれない。

もっぱらブロック・コード弾きでグイグイ押しまくるスタイルの人なのだ。そのブロック・コードの和音構成とリズム・タッチのドライヴ感が、僕なんかはもうタマランとなってしまうくらいに真っ黒けで、黒人教会音楽やそれを土台にして成り立っているアメリカ黒人音楽好きには最高の嗜好品なのだ。

ちょっとその一例をご紹介しておこう。アルバム『アス・スリー』の一曲目のタイトル曲…、と思ったら YouTube にない!見てみたら、アルバムの収録曲は全て上がっているのに、曲「アス・スリー」とその他一曲だけが権利上の問題で日本では再生できないとの表示が出る。じゃあ僕が自分であげてもダメなんだ、きっと。残念極まりない。

あんなに真っ黒けでカッコいいモダン・ジャズのピアノ・トリオ曲って他にないのに。チェッ、しょうがねえなあ。代わりに、ベースとドラムスは別の人だけど、1997年の再演ヴァージョンは再生できるので、そちらをご紹介しておこう。日本のテイチク盤収録のもの。
どう聴いたって1960年のブルー・ノートへの初演とは比較にもならないが、再生できないんだからしょうがないだろう。上掲テイチク盤のでもなんとなくの雰囲気は少し分っていただけるかもしれない。充分黒くてカッコイイじゃないかと感じたそこのあなた、1960年ブルー・ノート盤のは、これの何百倍も凄いのだよ。

1960年ブルー・ノート・ヴァージョンの「アス・スリー」ではベースのジョージ・タッカーの野太いベースの音も素晴らしいし、ワイア・ブラシだけで猛烈にドライヴするアル・ヘアウッドのドラミングもいい。特にタッカーのごっついベース音と弾き方はこの演奏の屋台骨だ。

それに乗ってホレス・パーランがブロック・コード・オンリーで押しまくるアーシーさといったら、こんなにも美味いモダン・ジャズ・ピアノは滅多に聴けるもんじゃないねと思ってしまう。これを書いたパーラン自身、キリスト教会の黒人ゴスペルを想定して書いたんだと語っている。

しかもあれれっ?この「アス・スリー」という曲だけをリピート再生しているんだが、これ、ひょっとしてコードが全く変わっていないかもしれないぞ。ちょっともう一回それを確認しようと頭からじっくり再生し直してみたが、やはりこの曲、ワン・コード・チューンだ。F マイナー一発。

1960年録音だし、ワン・コードだし、じゃああれか、いわゆるモーダルな演奏法によるジャズなのかというと、そうじゃないように聴こえるよなあ。マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンやその他いわゆるあのへんのモーダル・ジャズ連中のはもっと抽象的だ。

それに比べてホレス・パーランの「アス・スリー」には抽象的なところなど微塵もない、極めて明快な音楽で、要するにこれはワン・コード・ブルーズみたいなもんなんだろうなあ。しかもワン・コード・ブルーズにありがちなドロドロした雰囲気(は大好きだが)ではなく、グイグイ快活に疾走する真っ黒さ。

12小節で(基本)3コードのブルーズはアルバム『アス・スリー』のなかに二曲ある。四曲目の「ウェイディン」と六曲目の「ウォーキン」。後者の方はスタンダード化している有名曲だけど、前者はホレス・パーランのオリジナル曲。しかもどっちもやっぱり教会風にアーシー。

自身のオリジナル・ブルーズがアーシーに仕上がっているのはこのピアニストの資質を考えたら当たり前で、演奏を聴いても極めてナチュラルなフィーリングだ。またしてもジョージ・タッカーのベース音が野太くグルーヴする。
だが「ウォーキン」(これも権利上の問題があるらしく YouTube 音源は日本で再生不可)の方は、テーマ・メロディにアーシーさがないし、ブルージーなフィーリングすら薄いようなブルーズなんだけど、そんなテーマを弾いている最中ですらホレス・パーランは真っ黒けな弾き方をする。

そんなわけなので、テーマ演奏が終ってソロ部分なると完全なる自分の世界に没入し、これまた黒人教会音楽風なアーシーさ全開のブルーズ・ピアノになっているんだなあ。いろんなジャズ・メンがやる「ウォーキン」だけど、ここまで真っ黒けに仕上がっているのを、僕は聴いたことがない。

さてアルバム『アス・スリー』には「カム・レイン・オア・カム・シャイン」「ザ・レディ・イズ・ア・トランプ」といった有名スタンダードもある。そういえば後者の方は昨年だったか一昨年だったか、トニー・ベネットとのデュオでレディ・ガガも歌っていたよなあ。これ↓
こんな感じのポップ・ソングなのにホレス・パーランと来たら、これまた真っ黒けな黒人教会音楽のようにして弾いちゃっているじゃないか。もろろんほぼ全編ブロック・コード弾き。
「カム・レイン・オア・カム・シャイン」も全く同樣。がしかしもっと興味深い曲が一つある。

アルバム二曲目のバラード「アイ・ウォント・トゥ・ビー・ラヴド」だ。この曲名でピンと来る方も大勢いらっしゃるはず。そう、これはダイナ・ワシントンの歌った曲なのだ。1947年のマーキュリー録音で、だから当然 SP 盤で発売されたもの。
シングル曲でしかもマーキュリーなので、アルバム収録も二種類。発売順だとマーキュリー録音完全集ボックス全七巻の一巻目に収録されたのが1987年発売。『ザ・ファビュラス・ミス D:ザ・キーノート、デッカ&マーキュリー・シングルズ 1943-1953』四枚組の一枚目に収録されたのが2010年発売。

熱心なブラック・ミュージック・ファンのみなさんには『ザ・ファビュラス・ミス D:ザ・キーノート、デッカ&マーキュリー・シングルズ 1943-1953』の方を強く推薦しておく。最高なんだよね。ジャズ/ブルーズ/リズム&ブルーズの三つの中間あたりで歌ったダイナの持味爆発だからだ。

だからそんな時代のダイナの歌をホレス・パーランがとりあげて演奏するのは、ダイナ、パーラン両者の資質を考えたら自然なことだけど、面白いのは普段はあんなに真っ黒けなパーランが、黒い音楽性を持つ歌手がやった曲をやっているにもかかわらず、「アイ・ウォント・トゥ・ビー・ラヴド」でだけはあまり黒くないってことだなあ。

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コメント

ホレス・パーランなんて、シブいとこを突いてくるねぇ。滅多に聴くこともなかったので、このトリオのガッツリしたベースラインとキレイに刻まれるワイヤーブラシに満足。笑
それにしても、後半に貼り付けてあるYoutubeはどれも僕のiPhoneでは聴くことが出来ず残念でした。

ところで、ゴスペルとキャノンボールのことで思い出したことがあるので、書いておくね。
デヴィッド・キャラダインという役者が中国とアメリカのハーフの少林寺のカンフーとしてアメリカ西部で活躍する「燃えよ!カンフー」というテレビドラマが1970年代の後半にオンエアされていて、時代背景としては1900年代初頭なのだけれど、そこにキャノンボール・アダレイが街を渡り歩くアルトサックス奏者としてゲスト出演したのを思い出した。
モダンジャズを吹くのではなく、ソロでゴスペル風な演奏をするのだけど、彼特有の鼻にツンとくる酸っぱい演奏をしていたように記憶してる。彼は器用だと思ったのとカラダがデカイのに驚いたので、記憶に残ってる。
黒い演奏にはヤワな気持ちを引き締めるある種の強さがあっていい♫

ひでぷ〜、ホレス・パーランはそんなに渋くはないと思うね。結構人気者なんじゃないかという気がするんだ。僕の持っている『アス・スリー』も日本盤CDだしね。

キャノンボールがテレビ・ドラマに出演してたなんて話は、いま初めて知ったなあ。まあカラダがデカイのは写真や各種発言で分ってたけど、どんなアルト吹いたんだろう?と不思議には思わないね。キャノンボールはいつもああいった真っ黒けな演奏しかできない、だからこそ持味がいいっていう人だもんね。

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