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2017/01/24

もしも雪が黄色ければ…

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聴いていて楽しいことこの上ないのは間違いないけれど、ブルーノ・ブルムは2016年にもなってこんなアンソロジーを編むってのは、いったいなにがやりたかったのだろう?ほぼ100%知っているものばかり並んでいるっていう僕の方が異常なのか?あるいは、やっぱりジャズのなかのジャイヴやジャンプがまだまだ認知度が低いように見えるので、いまごろになっても熱心に書いている僕の心境と同じってことなんだろうか?

ラテン趣味のアメリカ音楽ファンにとっては、特にどうってことなかった『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』三枚組と『ジャマイカ・ジャズ 1931-1962』三枚組。特にラテン音楽好きじゃなくたって、北米合衆国のジャズだけ、あるいはリズム&ブルーズだけ、あるいはロックだけしか聴かないファンだって、それらのなかにキューバンやカリビアンやラテンが強くあるという事実には気が付いているはずだ。

だからブルーノ・ブルムの意図が、僕には分らないんだけど、でもまだブックレットとかは読んでなくて音しか聴いていないので、ひょっとしたら僕が全く気付いていない深遠なる意図があるのかもしれないなあ。なにかそんな新鮮な驚きがブックレットの英文解説に載っている可能性は否定しない。まあしかし音楽だからなあ。肝心の並べた音源そのもので興味を持たせられなかったら、いくら刺激的で立派な「言葉」を並べてみてもなあ…。

あっ、そういえば今思い出したけれど、『レコード・コレクターズ』誌で、『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』はどなただったか本当に忘れてしまった方が、『ジャマイカ・ジャズ 1931-1962』の方は萩原和也さんがレヴューを書いていらした。萩原さんの方はともかく、前者のお名前を忘れてしまったレヴュワーの方は、新鮮な驚きだったようなことをお書きだったように記憶しているが、僕はそれを読んでエエ〜ッ!?ってなったんだよね。

確かジャズ専門のライターの方だったように思うんだけど、ジャズの専門家って、今でもジャズしか聴いていないの?そんな人、もう絶滅したんじゃないかとだいぶ前から僕は思っているんだけど、まだもしそうだったら、あの『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』は確かに新鮮味満載だとなるね。

う〜ん、でも『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』の一枚目一曲目はデューク・エリントン楽団だよ。チャーリー・パーカーなんかも複数曲入っているんだよ。前者の「コンガ・ブラヴァ」とか、後者のオリジナルであるアルバム『フィエスタ』とか、僕は大学生の頃から大ファンなんだけどね。

僕だけじゃない、日本人のなかにそういう人は多いはず。それもジャズ・ファンというより一般の音楽好き、歌謡曲、流行歌好きのあいだにね。なんたって第二次大戦後しばらくのあいだは、日本でもキューバ〜ラテン音楽は大変な人気があって、日本の歌謡曲にもそんなキューバ〜ラテン風味なものがたくさんあったじゃないか。

僕はそういうのを意識しながらは聴いておらず、ただなんとなく面白いなと感じて(いたのは間違いない、なんたって僕のハジレコは山本リンダの「どうにもとまらない」で、真似して小学校の教室で歌い踊ってたもんね)いただけで、強く意識するようになったのは、熱心にジャズのレコードを買い集めるようになって数年後。

でも子供の時分からテレビの歌番組などでバンバン流れていたかから、僕のなかにも沁み込んでいたんじゃないかなあ、歌謡曲にあるキューバ〜ラテンな感覚が。熱心なジャズ・ファンになって、あっ、これはなんだか懐かしいぞというようなフィーリングだったのも、ある意味納得だ。

いやまあホント、随所で絶賛のブルーノ・ブルム編纂盤だから、僕が気が付かないなにかがあるか、あるいはジャズを中心に聴くリスナーはいまだにラテン・テイストを、なにかこう異物、違和感、妙チクリンな珍しいものだと思っているかのどちらかだ。ブルーノ・ブルムもおそらく僕みたいな人間じゃなく、ジャズのなかにあるラテン要素を排除しようとする、そんな不可能事に果敢に挑んでいるリスナー向けに編んだんだろう。

ちょっと待って、『ジャマイカ・ジャズ 1931-1962』はジャズとタイトルにあるけれど、『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』は違うじゃないかと聴いていない方は思うかもしれないが、後者の収録曲も90%はジャズだ。残りはほぼ全てリズム&ブルーズ。ロックと言えるのは、二枚目17曲目のボ・ディドリー「ディアレスト・ダーリン」、三枚目14曲目のやはりディドリー「スパニッシュ・ギター」、そして同15曲目のチャック・ベリー「ハヴァナ・ムーン」、この三つだけじゃないかな、おそらく。

それら二人のうち、ボ・ディドリーなんか3・2クラーベを取り込んで、それがボ・ディドリー・ビートと呼ばれるようになっているくらいの音楽家なもんで、彼に続く米英ロッカーたちもそれをそのまま真似しているんだし、チャック・ベリーの「ハヴァナ・ムーン」は、確かに彼にしては少ないものだけど、元々ルイ・ジョーダンの強烈な影響下でやりはじめた人だ。そのルイ・ジョーダンも『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』に複数曲収録されている。

そういえば「ハヴァナ・ムーン」で思い出したけれど、昨年暮れだっけ?ローリング・ストーンズ初のキューバ公演盤 DVD がリリースされて、そのライヴ・アルバムのタイトルが『ハヴァナ・ムーン』だった。こりゃ絶対チャック・ベリーのそれをやっているんだぞ、なんたってストーンズ最大のお手本の一人なんだからと思ったら、やっていないんだよね。

僕はストーンズの『ハヴァナ・ムーン』DVD(に CD も附属しているようだ) は買っていない。各種情報でチャック・ベリーのそれはやっていないと確認しただけ。ストーンズ専門家の寺田正典さんによれば、公演後にリリースするとなった際に思い付いただけでしょうと(と彼は Twitterで喋っていた)。

まあでもあのストーンズのキューバ公演は、キューバと西側諸国、特にアメリカ合衆国との関係正常化を記念してという意味だったんだろう。ブルーノ・ブルム編纂の『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』と『ジャマイカ・ジャズ 1931-1962』も1962年までなのは、特に前者はキューバ革命完遂前夜までということなんだろうね。しかも関係正常化を祝っての編纂・リリースとか、そんな意味かなあ。

ただただなにも考えず流し聴きしているぶんには、『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』と『ジャマイカ・ジャズ 1931-1962』の計六枚は、すごく楽しくて面白いものではある。ダンサブルだし陽気だし、時に妖しく隠微でセクシーだしで、気分ウキウキ。しかしそれはあくまでノーマルなセックスみたいなもんで、誰もが知っている既成事実を再確認して快感を得ているにすぎない。

いや本当に北米合衆国の大衆音楽、ことにジャズのなかにキューバやカリブやラテンがあるなんていう話は、水は透明だとか雪は白いだとか、そんないまさら改めて誰も指摘なんかしない当たり前の事実だ。フランク・ザッパにあるように、もし雪が黄色かったりしたら、それはアブノーマルな快感だから、そうなったらその時に初めて教えてくれ。興味がある。

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コメント

何だかんだの神田橋。「知らない曲はないよなきっと、ああやっぱり」の繰り返しなんだけど、コノ手のものはついつい買っちゃうんだよねえ。流してるだけで楽しいから。

スチャラカさん、楽しいことこの上ないからそれで文句ないだろうと言われれば、まあその通りではあります。

なるほど、この間のチャチャチャにも通じる話題…で、それがきれいに仕上がるとソツのないこんな演奏にもなるのかな♪
J.J. Johnson Big Band-"My Little Suede Shoes"
https://youtu.be/SSsXhecqlxs
違う?

ひでぷ〜、このJ・J・ジョンスンのはボサ・ノーヴァ風のものじゃないか。ボサ・ノーヴァも、まあラテンだろうけれど、ブラジルはポルトガル語圏だから、<いわゆる通常の意味での>ラテンからは外れる場合もあるなあ。

きれいすぎたか…(-.-;)y-~~~

ひでぷ〜はさ、熱心なパーカー・マニアなんだから、この記事の本文でも書いてあるけれど、『キューバ・イン・アメリカ 1939-1962』にも複数収録されている、パーカーのヴァーヴ盤アルバム『フィエスタ』とかさ、当然聴いているだろ。どうやって入手したのかはじぇ〜んじぇ〜ん知らんけれども(爆笑)。

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