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2017/02/03

マイルス73年ファンクの軽やかさ

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「マイルスのベルリンものにハズレなし」というのは、マイルス・デイヴィス・マニアのあいだでは昔から言われてきていること。公式ライヴ盤は1964年のもの(『マイルス・イン・ベルリン』)しかないけれど、その後69年、73年と全てブートレグながら名演揃い。マイルスの75年の一時隠遁前までのベルリンもので僕が知っているのは、以上三つだけ。

1981年復帰後のものを入れたらもっとたくさんになるけれど、それらはいま聴き返すと内容的にイマイチな感じが、僕みたいな人間ですらするので、勘定に入れないでおこう。「マイルスのベルリンもの」、これすなわち1964年、69年、73年で、ある意味全てだ。

公式ライヴ盤が1964年のしかないと書いたけれど、それは二年前までの話。2017年現在では73年のベルリン公演も公式化しているので、誰でも楽に買って聴くことができる。それは2015年リリースの四枚組『アット・ニューポート 1955-1975: ザ・ブートレグ・シリーズ Vol. 4』の三枚目に収録されている11月1日公演。ブート時代は『コンプリート・ベルリン 1973』というものがあった。あらゆる意味で完璧に同じ。だって「公式ライヴ録音のマスターテープから」と裏ジャケットに書いてある。

1973年のマイルス・ライヴ公式収録盤はもう一つあって、それは7月8日のモントルー公演だ。ってことは言うまでもなく『ザ・コンプリート・マイルス・デイヴィス・アット・モントルー 1973-1991』に収録されているもので、ディスク1とディスク2に分割収録されている。

1973年のマイルス・ライヴにかんしては、公式収録は2017年現在でも以上二つだけ。ブートレグでなら6月19日の東京は新宿厚生年金会館におけるライヴが、公式盤を含めても内容的には一番優れているんだけど、まあブートの話をあまり詳しく書いてもなあ。一応僕は自分でそれを YouTube にアップロードしておいたので、是非お聴きいただきたい。
さて二つしかないとはいえ、やはり公式盤で1973年のマイルス・ライヴのことを書いておきたいが、録音順では7月8日のモントルー公演の方が先だ。この時がマイルスのモントルー・ジャズ・フェスティヴァル初お目見えだった。73年というと、要は公式盤『ダーク・メイガス』バンドだっていうことになる。

サックスとフルートがデイヴ・リーブマンになり、ギターがレジー・ルーカスにくわえピート・コージーが参加してツイン・ギター体制になる(前年まではレジー一人)。それ以外のベース(マイケル・ヘンダスン)、ドラムス(アル・フォスター)、パーカッション(エムトゥーメ)は変わりなし。

この編成は1975年夏の一時隠遁まで、サックス奏者の交代はあるものの、全く変化なし。1973年の前72年のマイルス・ライヴ・バンドのことを考えると、鍵盤奏者(セドリック・ロースン)、エレクトリック・シタール奏者(ハリル・バラクリシュナ)、タブラ奏者(バダル・ロイ)が、全てのライヴでレギュラー参加。バンドのサウンドはかなり印象が異なっている。

だから結果的に1975年の大阪公演『アガルタ』『パンゲア』という最高の果実、あの時点までのアメリカ汎ブラック・ミュージック的な大傑作に繋がったマイルス・バンドの、その発端が73年バンドだったということになるんだよね。なんだかこう書くと、73年バンドはあくまで75年バンドへの足がかりみたいな言い方に聞こえるかもしれないが、そういう意味でもない。

僕はある意味1975年のマイルス・ファンクよりも、73年マイルス・ファンクの方が好きだという部分が少しある。音楽的充実度、成果の出来具合という点ではやはり75年だが、73年バンドのライヴには、翌74年から75年にかけてかなりヘヴィーで暗く、ある意味病的とも言える雰囲気がないんだよね。

ファンク・ミュージックって、だいたいどんなものでもむさ苦しくて暑苦しい、体臭がプンプン匂ってくるようなものだと思う。典型例がジェイムズ・ブラウンだけど、そうじゃない数少ない例外がシングル盤「サンキュー」までの1960年代後半のスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンと、マイルスの1973年ファンクだ。

スライの話はまた別の機会にするとして、1973年マイルスは、スタジオ録音でも軽やかで爽やかなものが少しある。それでも同年に「カリプソ・フレリモ」(『ゲット・アップ・ウィズ・イット』)みたいな、重たいことこの上ない曲も録音してはいるんだけど、それ以外はわりと真夏に涼しい風が吹き抜けるかのようなフィーリングが聴き取れるんだよね。

1973年マイルスのスタジオ録音については、こりゃまた長くなってしまうのでやめておいてライヴものだけ。7月8日のモントルーでも11月1日のベルリンでも、オープニングは「ターナラウンドフレイズ」。73年ライヴで一曲目がこれじゃなかったことは全くなく、またそれに続いての二曲目が「チューン・イン・5」。このメドレーじゃなかったことも例外がない。

三曲目以後は、録音月日と録音場所によって若干異なっている(がそれらは全部ブート盤だから)。1973年マイルス・ライヴのオープニング二曲「ターナラウンドフレイズ」と「チューン・イン・5」。それらを含め、7月8日のモントルーのも11月1日のベルリンのも、フル・セットが YouTube にあるので、ご紹介しておく。
1974年(『ダーク・メイガス』)とか75年(『アガルタ』『パンゲア』)とは、同じようなファンク・ミュージックであるようで、フィーリングがかなり違っているのが聴き取れるんじゃないかなあ。73年のはどっちもやはり軽やかだよね。爽やかとまですると言いすぎのような気もするけれど、それに近いような感じだ。

ちょっとどうなっているのか分らないぞと思うのは、一曲目「ターナラウンドフレイズ」から二曲目「チューン・イン・5」へのチェンジだ。キーもリズムもパッと変わるので、どなたもどこで二曲目になったなと分っていただけると思うんだけど、その瞬時の変化をボスがどうコントロールしているのか、僕には分らない。

一曲目「ターナラウンドフレイズ」から二曲目「チューン・イン・5」になる瞬間は本当に全く切れ目なく、0.5秒もないような瞬時にチェンジする。しかもリズムなんかも全然違うものなのに、バンド全体が一体となって0.2秒くらいでパッと移行するんだよね。これ、ボスはどう指示してんの?

毎回同じ演奏内容の「ターナラウンドフレイズ」を同じ長さやってからチェンジするのであれば、何度もやれば指示なしでもそういうことが可能だろうが、内容も演奏時間も毎回かなり違うもんなあ。特に長さが違う。モントルーのは16:35 だけど、ベルリンのは10:57だ(東京のブートでは12:44)。 だからステージ上でマイルスが「チューン・イン・5」に行くぞというなんらかの指示を出して二曲目になっているはずなんだけどね。

しかし指示を出して移行するにしては、本当に0.2〜0.5秒ほどで瞬時にパッとチェンジしてしまうので、当時のステージを観たことのない僕には理解不能だ。言葉ではなく(だって電気音の洪水だから生声なんか聞こえっこない)指か手か顎かでボスがなにかやっているんだろう。それにしても不可解だ。

そういえば1975年来日時のインタヴューでマイルスは、「指でバンド・メンに指示を出しているんだが、客席からは分らないだろうな」と発言している。大阪でのステージを生体験した僕の12歳年上のジャズ・ファンの方によれば、マイルスはバンドに指示を出す時には、ステージ上でクルッと廻って客にお尻を向けてしまう。写真なら僕もそんなのをたくさん見る。

だから客席からは分らないだろうという本人の発言になるけれど、そのインタヴューをとった児山紀芳さんは舞台袖で観ていたそうで、そうするとマイルスが実に細かく、しかも頻繁にバンド・メンに指で指示を出しているのが見えたそうだ。特にドラムスのアル・フォスターに対する注文が多かったみたい。

1975年の来日公演では、1月22日の新宿公演(がこの年の来日公演初回)において、ボスのあまりにうるさい指示にイライラしてキレてしまったアル・フォスターが、演奏の真っ只中でとうとう放棄してステージを降りてしまい、急遽ピート・コージーがドラム・セットを叩きはじめ、そのまま終演する。

その模様は同日公演を収録したブート盤『アナザー・ユニティ』でバッチリ聴ける。このブート盤は、正規化したわけじゃないだろうが、タイトルを変えてアマゾンでもある時期以後売っているようだ。音質的にも公式盤『アガルタ』『パンゲア』以上だし、演奏内容はそれらより少し劣るけれども、興味深いドキュメントなんだよね。

ともかくステージ上でマイルスがどう指示してバンド全体がああまで瞬時に音がチェンジするのか、やっぱり僕には不可解なんだよね。レコードで聴いてその瞬時の激変ぶりに「これは録音後に編集されているに違いない」と思い込んでライヴに足を運ぶと、目の前で同じことが起きるので驚いたというアメリカ人リスナーもいたんだそうだ。

マイルスの1973年ライヴで一番いいのは、上で書いたように軽やかで爽やかなフィーリングがあることだけど、それにくわえサックスがデイヴ・リーブマンであることも大きなメリットだなあ。前任者がゲイリー・バーツで後任者がソニー・フォーチュンだけど、リーブマンが一番いい。というか比較にもならない。

ギターにかんしては、リズム担当のレジー・ルーカスのカッティングも、その前1972年当時よりもはるかに刻み方に切れ味が増していて鋭いし、さらに和音構成や、どこでどういう音で刻みを入れてバンド全体のサウンドを創っていくかという、なんというかオーケストレイションみたいな部分は比較にならないほど向上している。最後の部分については75年がもっとずっと上だけどね。

ギター・ソロ担当のピート・コージーの方は、1975年の『アガルタ』『パンゲア』で聴ける、これ以上は不可能というまで目一杯ファズをかけて弾きまくる、あの歪みまくったグチョグチョ・ギター・ソロを聴き慣れているもんだから、73年ライヴでの線の細いサウンドは僕にはイマイチ。さらに、コージーではなくレジー・ルーカスがソロを弾いているのでは?と思える部分もある。

1973年のモントルーでもベルリンでもギター・ソロの全部ではないんだけど、一部でこのソロはレジー・ルーカスだろうと推測できるものがあるんだよね。もちろん CD パッケージ附属のものにも、ネット上で情報を探しても、どこにもそんな記述は全く存在しない。僕の耳判断だけだ。でも間違いなくレジーが弾くソロだと思える部分が少しあるけどなあ。ピート・コージーのスタイルとの違いは明確だから、聴き分けは難しくない。

肝心のボスの電気トランペットは1973〜75年のあいだでなんの変化もない。いつもいつも書いているので繰返しになっちゃうけれど、マイルスはあくまでリズム・セクションあってこそ活きるトランペッターで、そのソロだけ抜き出して聴くと、だいたいいつもそんなに変化はない。リズム・セクションのファンキーさが増すにつれ、トランペットもいい感じに聴こえてくる。

だから1973年バンドの、リズム・セクションの四人(カッティング・ギター、ベース、ドラムス、パーカッション)は、75年バンドと全く同一メンバーであるにもかかわらず、どうしてだか73年は軽やかなフィーリングがある(ように感じるのは僕だけ?)リズムに乗ると、ボスのトランペットのノリも爽やかに聴こえるから、まあ不思議というか当然というか…。吹いているフレイジングなど全く変わらないのにねえ。これもまた音楽の魔法だ。

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