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2017/02/24

マイルズによるアクースティック・ジャズの極北

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マイルズ・デイヴィスが、ハービー・ハンコック+ロン・カーター+トニー・ウィリアムズという最強リズム・セクションにくわえ、この三人を初起用した1963年には既に注目していたサックス奏者ウェイン・ショーターをようやく正規メンバーに迎えて初めてスタジオ録音したのが、1965年1月の20〜22日。この三日間で録音された七曲が『E.S.P.』になった。

レギュラー・コンボでのスタジオ新作録音は、それがなんと四年ぶり。ようやくこのセカンド・クインテットの活動が本格化する…、はずだったのだが、そうはならなかった。理由はボスであるマイルズの健康状態の悪化。股関節痛で手術を受け人工関節につけかえたりなどして、入退院を繰返すことになってしまったため、1965年は年頭に『E.S.P.』一枚分を録音しただけで、一年間実質的にマイルズ・バンドは解散状態だった。

サイド・メンの四人は若く健康に問題もなく、音楽意欲にも満ち溢れていたので、この状況はなんとも歯がゆいものだったはず。それでこの1965年に、ウェイン、ハービー、ロン、トニーの四人が、他のジャズ・メンと様々なかたちでブルー・ノート・レーベルで展開・録音したものが、いわゆる新主流派と呼ばれるものになったのだ。

つまり1965年にマイルズの健康状態が悪化しなかったら、ブルー・ノートのあの一連の新主流派ジャズは誕生しなかったかもしれないんだよね。病床にあったボスのマイルズもああいった録音のことは知っていたんじゃないかなあ。一部、聴いてもいたはずだ。聴いて、俺も早く戻りたい、この四人をフル活用したいぞと思っていたに違いない。

マイルズの復帰が実現したのが1965年の11月中旬あたりだったらしい。ジャズ・クラブなどでのライヴ活動がその頃再開されたらしいのだが、65年11月のライヴ録音は、公式でもブートレグでも存在しない。65年末の復帰後初録音が12月22日と23日、シカゴのプラグド・ニッケルでやったライヴだ。しかしこれがなぜだか当時はお蔵入り。

1975年の来日時に受けたインタヴューでも、「65年にシカゴでやった凄いのがあるんだよ、全部お蔵入りしたままなんだ、ティオ(・マセロ)に聞いてくれ、彼が全部知っているから」とマイルズは発言している。そんなプラグド・ニッケルのライヴ音源がこの世で初めてリリースされたのは1976年。しかもそれはまず日本でだけだった。二枚バラ売りの LPレコードで『アット・プラグド・ニッケル、シカゴ』の Vol.1(写真左)と Vol.2(写真右)。

僕がジャズ・ファンになったのは1979年なので、その CBS ソニーによる76年のレコード発売はリアルタイムでは知らない。しかしマイルズ狂になってすぐにレコード・ショップ店頭でこの二枚を見つけ、その近未来的(?)ジャケット・デザインに強く惹かれて即買い。でも中身がマイルズの言う「シカゴでやった凄いやつ」だとは露知らず。ところであのジャケット・デザインは二枚とも IC チップだよね。79年か80年頃の僕は、雑誌などで写真を見たことがあるだけだったが、IC チップだろうなと分っていた。

LP 二枚のプラグド・ニッケル・ライヴ。しかしこれがなかなか CD リイシューされなかった。僕の記憶ではまず最初に出たのが日本のソニーによる『ザ・コンプリート・ライヴ・アット・プラグド・ニッケル 1965』で、1992年の発売。CD で六枚組。これぞ長年待ち望んでいたもので、僕も喜んで即買いし聴きまくっていたら、三年後の95年にアメリカのレガシーが同じタイトルのボックスをリリースし、しかもそれは CD 七枚組(Discogs の「八枚組」との記載は間違い) だったのだ。

あれれっ?と思って調べてみると、日本盤ボックスの六枚組には短めに編集されているトラックが複数あって、米レガシー盤ボックスは、それを全て演奏時の元通りのコンプリート状態に戻したので七枚組になっていると判明。じゃあそっちも買わなくちゃと、お財布事情的には涙しながら僕も買った。というわけでマイルズのプラグド・ニッケル完全盤ボックス、僕の手許には六枚組日本盤と七枚組米盤の両方がつい昨年まであったのだ。

真の意味でのコンプリート盤であるレガシー盤七枚組の方だけでいいなと思っていたら、昨2016年、このライヴの完全盤ボックスが中古でも高値で入手が難しいと嘆くジャズ・ファンの方が Twitter 上にいらっしゃったので、じゃあ本当は不完全だけど、日本盤六枚組の方でよければさしあげますよと僕は言った。

するとその男性ジャズ・ファンの方は「えぇ〜、本当ですか!うれしいです、でもとしまさんに悪いなあ、もらっちゃっていいのかなぁ、どうしよう…」などといつまでも態度を決めず、いくら待ってもはっきりした返事がもらえなかったので、僕は諦めて他の方にお譲りしたのだった。

その態度を決めなかったジャズ・ファンの方はそれが初めてじゃなかった。ビル・エヴァンス・トリオによる例の1961年ヴィレッジ・ヴァンガード・ライヴ完全盤ボックス CD 三枚組にかんしても、これはもう入手できないと嘆くので、じゃあ僕はそれを持っているけれど、もはや死ぬまで聴くことはありえないと思うので(エヴァンスがもはやどうでもいいので)さしあげますと言ったら、やはり態度を決めなかった。

いつまでもウジウジ・グダグダしている態度の人間が、女性だろうと男性だろうとなんだろうと僕は一番大嫌い。ほしい気持があるなら二つ返事で「是非ください」、いらないなら「必要ありません」と即決即断で言ってくれる人が好きなんだよね。煮え切らない態度が相手をイライラさせ違う結果を招くのは、恋愛だけじゃないよね。

そんなわけで、別のある(特別ジャズ・ファンではない)音楽リスナーのところへ行った、僕の持っていた日本盤六枚組のマイルズによるプラグド・ニッケル・ライヴ完全箱。だから現在、僕の手許には米レガシー盤完全箱七枚組と、あとは抜粋的ベスト盤みたいなものが三種類ある。ベスト盤三つのうち二つはほとんど聴いた記憶がない。

一つは1990年にアメリカでリリースされた『クッキン・アット・ザ・プラグド・ニッケル』。これは87年にオランダで CD になっていたものらしいが、その時、僕は気付いていなかった。この一枚ははっきり言ってどうしようもない内容で、テオ・マセロ本人がプロデュースしたとなっているのが信じられないほどだ。僕は買ってから一度も聴いていない可能性がある。

もう一つは1995年に米レガシーが七枚組完全ボックスをリリースしたのと同じ年に、その抜粋的一枚物として出た『ハイライツ・フロム・ザ・プラグド・ニッケル』。これはなかなかよくできた内容だ。重要で優れた演奏はほぼ漏らさず収録され、全部で六曲、計73分以上あって、七枚組完全盤なんてとおっしゃる向きにはオススメできる…、かもしれない、普通の意味では。

しかしここにもっとオススメできるものがあるのだ。マイルズの1965年プラグド・ニッケル・ライヴを、いまや入手が困難な完全箱ではなく抜粋的ベスト盤で入手したい、手っ取り早く、しかし重要で優れた演奏を外さず、この時のライヴの様子を知りたい、そしてさらに僕なんかにとってはこれが一番大きな理由だが、1976年リリースのアナログ二枚で聴いていたその記憶を蘇らせてもう一度味わいたいという、そんななんでもかんでも叶えてくれる夢のようなものがあるんだなあ。

それは日本のソニーが2014年にリリースした CD 二枚組『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』。この二枚組のジャケット・デザインは、アナログ時代二枚のうち Vol.1のものをそのまま採用。封入されている紙を開くと、Vo1.2のジャケットも、そして二枚ともの裏ジャケットも掲載されている。中山康樹さんの書いた解説文が載っているけれど、それはどうでもいいようなものでしかない。だいたいあの程度の字数ではクリティカルなことはなにも書けないだろう。

せっかくのアナログ盤二枚の再発的意味合いの二枚組 CD なのに、どうして中山さんにもっと字数を与えてしっかり書かせてあげなかったんだ?と思わないでもないが、これは仕方がないのだ。2014年の『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』は、<ジャズコレクション1000>という廉価盤シリーズの一環としてリリースされたもので、だからライナーなんかにお金はかけられない。
しかし内容的は『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』、今まで出たマイルズの1965年プラグド・ニッケル・ライヴのベスト盤では最も優れている。上記一枚物『ハイライツ・フロム・ザ・プラグド・ニッケル』が全六曲で約73分だったのに対し、『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』は全十曲で計107分。しかも『ハイライツ・フロム・ザ・プラグド・ニッケル』にある曲は、「マイルストーンズ」一曲を除き全て『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』にもあるのだ。

しかも『ハイライツ・フロム・ザ・プラグド・ニッケル』での収録曲は、繋がり具合と収録時間を考えてのことなのか、どの曲も最終盤で微妙にフェイド・アウトする。これがちょっとね。それさえなければこっちも推薦対象になりうるのになあ。特に後述する23日の「ソー・ワット」はプラグド・ニッケルのマイルズで一番凄いものなのに、やはり尻尾がなぁ。音がかなり小さくなっていて、これはイカン。

さらに、1976年のアナログ盤二枚のリイシュー的 CD だみたいなことを書いてきているが、ジャケット・デザイン、収録曲、曲順など全てアナログ盤通りでありながら、しかし一部内容が異なっている。アナログ盤ではやや短めに編集されていた曲が、演奏時そのままのコンプリート・ヴァージョンに差し替えられて収録されているんだよね。CD だからこそのメリットだ。

そんなわけで、マイルズの1965年プラグド・ニッケル・ライヴにかんしては、完全箱七枚組を買うのでなければ、日本盤 CD 二枚組の『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』以外に推薦できる選択肢がない。これこそ最高のベスト盤なのだ。僕みたいな人間だって七枚組をそういつもは聴いていない。というかほぼ不可能だ、そんなサイズは。計七時間以上、部屋のなかで流し聞きにする BGM として心地良いような音楽でもないからね。

だから僕だって普段集中して聴くマイルズのプラグド・ニッケルはこの CD 二枚組『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』だけだもんね。さて CD でも二枚であるこのライヴ。一枚目と二枚目とで明快な編集ポリシーの違いがあるようだ。それはアナログ時代から僕も感じていた。

『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』の一枚目はアップ・テンポのハードで壮絶なものが中心であるのに対し、二枚目はゆったりとしたバラード演奏が中心。ってことはつまり、1964年2月12日のニュー・ヨークはリンカーン・センターでのライヴが、『”フォー”&モア』『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』に分割収録されたのと同じ編纂ポリシーだ。

二枚とも素晴らしい『”フォー”&モア』『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』と比べると、『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』では、一枚目が壮絶に素晴らしいのに対し、二枚目のバラード・サイドはイマイチだ。どうもダラダラしていて締まりがない、はやや言いすぎかもしれないが、緊張感やメリハリが薄いように僕は感じる。

それに対し『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』一枚目のアップ・テンポなハード・ナンバーは本当に凄い!これは掛け値なしにそう断言できる。これほど猛烈なドライヴ感があって、しかも崩壊寸前のギリギリの線で踏みとどまっていながらも、しかし一部フリー・ジャズ的アヴァンギャルドさにまで入り込もうとしているアクースティックなマイルズ・ミュージックは他には存在しない(つまりエレクトリックでなら他にいくつもあるという意味ではあるが)。

『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』一枚目収録の五曲のうち、一曲目の「ウォーキン」、二曲目の「アジテイション」、四曲目の「ソー・ワット」がそんなようなものだけど、一番とんでもないのが「ソー・ワット」だ。アナログ盤時代は Vol.1の B 面二曲目だった。それを大学生の時に聴いて、なんじゃこれ!と口あんぐりで絶句した僕。ホント凄いんだよね。
これをお聴きいただければ、僕がなにも説明する必要はないと思う。ボスのトランペット・ソロはやや激しいとはいえ、まだ通常のモーダル・ジャズだ。しかし二番手で出るウェインのテナー・サックス・ソロ、その後半部から爆発しはじめているドラムスのトニーが、三番手で出るハービーのピアノ・ソロを無理矢理制して自分のドラムス・ソロへなだれ込むあたりのスリルと緊張感は満点だ。

トニーはウェインのテナー・サックス・ソロの過激さに刺激されて盛り上がってしまったのが、聴いているとよく分る。ウェインのソロも決してフリーではなくモーダルだけど、アヴァンギャルドな短いパッセージを繰返し畳み込むように何度も吹き重ねることによって、実質的にはフリー・ジャズ一歩手前みたいに聴こえるソロになっている。トニーは自らのリーダー作では『スプリング』みたいなのを録音済だった人物だから、ああなってしまうのは当然なのだ。

音楽生涯を通し、先端的で時代を形作ってきた音楽家であるように考えれられているマイルズだけど、実はかなり保守的だったというのが実態で、特にアクースティックなジャズをやっていた時期で、なおかつライヴ公演時には従来路線を踏襲することがほとんどだった。そんなマイルズの唯一の例外がこのプラグド・ニッケル・ライヴ。これはもはやアクースティック・ジャズの極北だ。『プラグド・ニッケル(Vol.1+Vol.2)』を是非買ってほしい。1500円もしないんだから。

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