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2017/02/22

熱帯に咲く妖しい花〜ベニー・モウピンのバス・クラリネット

Head_hunters_album










かなり季節外れだし、既に一度軽く触れているような気もするけれど、ちょっと思い出したのでしっかり書いておく。ベニー・モウピンのバス・クラリネット吹奏最高傑作は、ハービー・ハンコックの1973年のアルバム『ヘッド・ハンターズ』ラストの「ヴェイン・メルター」だ。

バス・クラリネットという楽器。エリック・ドルフィーが頻用するようになる以前は、ジャズ界では滅多に使われない管楽器だった。僕が知るのは、デューク・エリントン楽団のハリー・カーニーだけ。カーニーは1930年代からバリトン・サックス+通常のクラリネット以外に、持替えでバス・クラリネットも使っているが、ドルフィー以前にはかなり珍しい例だ。管楽器が花形のジャズ界だけど、カーニーの他にバスクラを吹く人がいたのかなあ?

もちろんドルフィーが(どうしてなのか知らないが)バス・クラリネットとフルートを多用するようになって以後は、どっちもマルチ・リード奏者の必須楽器みたいになっている。ジョン・コルトレーンがソプラノ・サックスを同様の必須リード楽器にしたのとちょっと似ているように見える。1960年代後半以後はアルトやテナーのサックス奏者で、ソプラノとバス・クラリネットとフルートをやらないリード奏者はいないんじゃないかと思うほどだよね。

こういうことは1960年代以後初めて一般化したかのような現象ではない。戦前の古典ジャズ界では、リード楽器の持ち替えはわりと当たり前みたいなことだった。1920〜30年代のジャズ系ビッグ・バンドに在籍するリード奏者は、大抵全員通常のサックスの他にクラリネットもやるのが一般的。なお、各種サックスと各種クラリネットは運指が異なるんだそうだ。

ベニー・モウピンのデビューが何年なのか正確なことは調べてみないと言えないが、おそらくは1960年代半ばだ。初録音がアンドリュー・ヒルの『ワン・フォー・ワン』に含まれている1965年録音の数曲で、そこではテナー・サックスとフルート。しかしヒルのこのアルバムは未発表曲集として1975年に初めてリリースされたものだ。

だからリアルタイムでのベニー・モウピン初登場は、ジミー・オウウェンズ&ケニー・バロン・クインテットの1967年リリース作『ユー・ハッド・ベター・リスン』になる。がしかしここでもやはりモウピンはテナー・サックスとフルートのみ。その後いろんな人のレコーディングに参加しているが、バス・クラリネットは吹いていない。

じゃあどれがベニー・モウピンのバス・クラリネット初録音かというと、やはりマイルズ・デイヴィスの1969年8月録音作『ビッチズ・ブルー』になる。僕の知る限りではこれが最も早く、これ以前にモウピンのバス・クラリネット録音はないはずだから、これはボスであるマイルズの指示だったのだろうか?

マイルズの『ビッチズ・ブルー』におけるサウンド・テクスチャーとカラーリング、そしてそれのために本来はテナー・サックス&フルート奏者のベニー・モウピンにバス・クラリネットを吹かせた結果どうなっているか?あるいはそもそもマイルズはどこでモウピンを知ったのか?あるいはバス・クラリネットなんて、どこで聴いて面白いから使ってみようと思ったのか?というような話は機会を改めたい。

とにかく僕の耳にはイマイチに聴こえる『ビッチズ・ブルー』でのバス・クラリネット吹奏だけど、このアルバムでベニー・モウピンはこの楽器だというイメージが強くなったのは間違いない。この二枚組 LP が翌1970年3月に発売された直後から、いろんなミュージシャンのいろんな作品でモウピンはバス・クラリネットを多用するようになっている。あの『ビッチズ・ブルー』で聴けるあのサウンドをくれ、と要求されるようになっていたのは疑えない。

リー・モーガンの1970年7月録音の(実質的にはジャズ・ファンクへの予告みたいな)ライヴ・アルバム『ライヴ・アット・ザ・ライトハウス』でも、ベニー・モウピンはテナー・サックス、フルート、バス・クラリネット三本持替え。その他、いろんな(ジャズ系)音楽家のアルバムのほぼ全てでこれら三管を吹くようになった。

だがしかしやはりベニー・モウピンのマルチ・リード奏者としての名を高からしめたのは、ハービー・ハンコックのファンク・アルバムだよなあ。モウピンのハービーとの初共演は1971年の『ムワンディシ』。この時の六人がいわゆる”ムワンディシ・セクステット”となって、同じメンバーでワーナーへもう一枚録音・発売。『ムワンディシ』以前の一枚とあわせ計三枚が、現在では CD 二枚組の『ムワンディシ:ザ・コンプリート・ワーナー・ブロ・レコーディングズ』 となって1994年にリリースされている。

ワーナー時代三作のハービー(1970〜72)の音楽は、完全に1969年のマイルズの二作『イン・ア・サイレント・ウェイ』『ビッチズ・ブルー』の支配下にあって、それらをそっくり真似たようなものがお好きなジャズ・ファンであれば楽しめるだろうが、その後のコロンビア時代のファンク・ハービーを知っている僕としてはやや退屈だ。ポップさが全然ないもんね。シリアスで長尺の即興演奏好きリスナー向けだ。

だから僕もかつてはワーナー時代のハービーも好きだったのだが、今やシリアスなものよりもポップでとっつきやすい音楽の方が好みになってしまった身には、ハービーも1972年の『セクスタント』以後のコロンビア時代の方が好きだ。ただし『セクスタント』というアルバム・タイトルで推察できるように、このコロンビア第一作はまだワーナー時代からのいわゆるムワンディシ・セクステットでの演奏で、パーソネル表記も同じくやはりスワヒリ語。

その次の1973年作『ヘッド・ハンターズ』でガラリと変貌しちゃったんだなあ、ハービー・ファンクは。スワヒリ語表記が消えて、メンツもボスとベニー・モウピン以外は全員違うミュージシャンを起用。前作『セクスタント』まではなんとまだアクースティク・ベースも使っていたのをやめて、エレベのポール・ジャクスン、ドラムスのハーヴィー・メイスン。この二名は、完全にリズム&ブルーズ〜ファンクのビートを弾き出す。

ハービーの鍵盤楽器の弾き方も変化して、クラヴィネットを多用するようになり、クラヴィネットとはそもそもあんな音色の楽器だから独特の粘っこさがあると同時に、スタッカート的にビャ、ビャと細かく歯切れのいいサウンドを出す。スティーヴィー・ワンダーの特色の一つでもある鍵盤楽器だし、あるいはレッド・ツェッペリンの「トランプルド・アンダー・フット」(『フィジカル・グラフィティ』)でジョン・ポール・ジョーンズが弾いたりで、ご存知の方も多いはず。

クラヴィネットだけでなくフェンダー・ローズやシンセサイザーの弾き方も、『ヘッド・ハンターズ』以後のハービーは変化していて、やはりビャ、ビャとスタッカート気味に飛ぶようなサウンドを出している。アクースティックなジャズをやる時は、わりと流れるような綺麗なラインを右手で弾くことも多い人なんだけどね。

つまりリズム隊といいボスの鍵盤楽器といい『ヘッド・ハンターズ』で様変わりして、音楽的にもポップになったハービー・ファンク。そんななかでマルチ・リード奏者のベニー・モウピンだけは以前と変わらず重用されているんだよね。モウピンはそんなハービーのポップ・ファンクのなかでも、やはりジャジーなフィーリングのあるソロを吹く。

バス・クラリネットは、ベニー・モウピンもワーナー時代のムワンディシ・セクステット時代から吹いている。だが、まあちょっと長いんだ、演奏時間が。さらにバスクラ一本だけに特化してフィーチャーしたような曲はほぼなかった。曲の途中でテナー・サックスやフルートにチェンジしている場合が多い。

大々的にベニー・モウピンのバス・クラリネット一本をフィーチャーするようになるのが、コロンビア第一作の1972年『セクスタント』からで、「ヒドゥン・シャドウズ」がそれ。でもやっぱりまだまだ曲想自体がジャジーだ。お聴きになれば分るはずだが、やはりマイルズの『ビッチズ・ブルー』的なバスクラの使い方だ。
ところが、次作1973年の『ヘッド・ハンターズ』B 面ラストの「ヴェイン・メルター」でのベニー・モウピンのバス・クラリネットは、なんだか全然違った吹き方に聴こえる。というか曲の創り自体がガラリと変化している。まずバスドラの音(のはずだが、まるでデジタル・ビートのように聴こえる)による低音連打に続き、エレベ、次いでモウピンのバスクラが同じフレーズをなぞるまでは、やはり『ビッチズ・ブルー』でのアルバム・タイトル曲とやや似た使い方。
だがその後、ハービーのシンセサイザーがビョッと出てきて以後のベニー・モウピンは、バス・クラリネットでもって、まるで快感に身をよじるかのようなフレーズのサウンドを吹きはじめ、その音色も妖しく魅惑的。セクシーだよなあ。ひとしきり吹いたあと、ストリングスのサウンドが華麗に入ってくる。それはシンセサイザーで出しているものだと思うけれど、まるで生の弦楽器隊による演奏みたいに生々しい。

生のバスドラ・サウンドがまるでデジタル・ビートみたいで、シンセ・ストリングス(はまだアナログ時代だが)のサウンドがまるでリアルな生弦楽器セクションみたいだなんてちょっと妙だよなあ。しかし主役はあくまでベニー・モウピンのセクシーなバス・クラリネット。まるで熱帯に咲く花のごとき妖しさじゃないだろうか。

ストリングス・サウンドが突如フワ〜ッと入ってくる瞬間のスリルと快感と、それに乗ってベニー・モウピンが吹くバス・クラリネット・ソロの艶やかさはたまらない。モウピンのバスクラ・ソロが終ると、そのトロピカル・セクシーなムードをそのまま引き継いだようなハービーのフェンダー・ローズ・ソロになる。深いリヴァーヴその他エフェクトがかかっていることもあって、やはり普段より一層エロい感じに聴こえてしまう。

フェンダー・ローズ・パート後半部では、ハービーはシンセサイザーでも同時に音を出している。これは同時演奏なのか多重録音なのか、僕にはちょっと分らない。同時生演奏でも可能なような弾き方に聴こえるけれど、どうなんだろう?その後、もう一度ベニー・モウピンのバス・クラリネットが出てきて、冒頭部と同じ低音でのモチーフを演奏し、最後は出だしと同じバスドラ連打音だけになって、この熱帯の深夜に咲く花「ヴェイン・メルター」は終る。

こんな曲がラストに入った1973年の『ヘッド・ハンターズ』以後も、ベニー・モウピンは長いあいだハービーのバンドで各種リード楽器を担当しているが、ここまでのバス・クラリネット演奏はその後も存在しないし、ボスのハービーも同系統の曲は書けなかった。

ハービーのファンク・バンドのレギュラー・メンバーとしては、1976年の『シークレッツ』までベニー・モウピンは在籍。その後も一曲だけソロを吹くというかたちでなら、1980年の『ミスター・ハンズ』まで関わった。ハービーがその後ビル・ラズウェルとの全面コラボ作を83年と84年に出して大ヒットして以後の、94年作『ディス・イズ・ダ・ドラム』(このアルバム、大好きだ)には、モウピンがちょっとだけ参加してテナー・サックスを吹いている。

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