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2017/02/26

失われた世界〜ジャズ・クラリネット

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音楽でも古いものは新しいもののなかに流れ込んでいるんだから、そんなのは新しいもので聴けばいいんだという方もいらっしゃるようだ。この考えが大きな間違いであることを僕は心の底から確信している。新しいものになかに流れ込まず、失われたままになっているものが実にたくさんあって、そういうものは古い録音でしか絶対に聴けない。

ジャズの世界の楽器で言えば、それは例えばクラリネットだ。ジャズ誕生期から1940年代のビ・バップ勃興までは実に頻用された花形楽器の一つだったクラリネット。それがモダン・ジャズ以後は壊滅状態に近い。何人かモダン・ジャズ・クラリネット奏者がいるにはいるが、まあ例外だろう。

ジャズは管楽器音楽だけど、トランペット、トロンボーン、サックスの三管は、ジャズ初期からビ・バップ、フリー・ジャズ、クロス・オーヴァー・ジャンルを経てのち、21世紀の現在でもよく使われる。クラリネットもビ・バップまでは同じだった。いや、リード楽器のなかでは最も重宝される楽器だったと言ってもいい。ある意味サックスよりも重視された。

なんたってニュー・オーリンズ(・スタイルの)・ジャズにサックスはないが、クラリネットはあるもんね。このスタイルのジャズでは、トランペット(コルネット)+トロンボーン+クラリネットの三管編成が最も一般的。これにサックスが入るようになったのは、おそらくビッグ・バンドでやるようになって以後じゃないかなあ。

ジャズのビッグ・バンド第一号は1923年のフレッチャー・ヘンダスン楽団なので、サックスの頻用はこれ以後だ。しかしやはりクラリネット奏者がしっかりいて、ソロも吹く。コンボ編成でも、ほぼ同じ時期のシカゴで、ニュー・オーリンズからやってきたジャズ・メンをお手本にしてやりはじめたディキシー・ランド・ジャズではサックスが入りはじめるが、やはりクラリネット奏者もいる。

ジャズがアメリカ大衆音楽界で最も人気があったのが1930年代後半のスウィング黄金時代だけど、あの頃の最大のスーパー・スターはベニー・グッドマンだ。BG はクラリネット奏者じゃないか。ということは、アメリカでジャズが最ももてはやされた時代の象徴的楽器はクラリネットだったと断言してもいいくらいだ。

そこまで人気があったクラリネットなのに、ビ・バップ以後のモダン・ジャズでは吹く人がガタ減りで、というかほぼゼロに近く、しかしこれは分らないでもない。あの木管楽器の音色はまろやかで丸く柔らかく、シャープさや激しさに欠ける。だからモダン・ジャズのハードさや苛烈さのなかに混じるとついていけないんだよね。これは一部の例外的モダン・ジャズ・クラリネット奏者を聴いても、やはり同じだと実感する。

だから仕方がないんだよね。モダン・ジャズにクラリネットを求めるのは大間違いだ。これはある種の「情緒」「フィーリング」が失われたという意味でもある。失われたまま戻ってこない、取り返せない不可逆変化なので、そんなクラリネットで表現されるフィーリングは、1930年代末までの古い録音で聴く以外ない。録音が戦後でも古いスタイルのジャズでなら聴けるものだけど、やはりなにか少し違うんだ。時代のスポットライトはもはや浴びていないので、輝きが弱い。僕は好きだけど。

そういうわけだから、今日もやはり古い戦前古典ジャズの話になる。この世界には大勢の素晴らしいクラリネット奏者がいる。最大の人気者だったのが上でも書いたベニー・グッドマンで、今ではバカにしかされていないように思うけれど、なかにはかなりチャーミングなソロもあるんだよね。特にビリー・ホリデイの1930年代録音に参加したものなどはいい。

じゃあその話からしようかな。ビリー・ホリデイの戦前コロンビア系録音は CD10枚組で集大成されていて、誰でも簡単に買って聴くことができるのは嬉しい。ありがたいことだが、しかしジャズ・ファンでも案外これを聴いていないみたいだ。そんな嘆きを重ねるのはよしておこう。ベニー・グッドマンのソロがいいという話をしたい。

ベニー・グッドマンがビリー・ホリデイの、というよりも実質的にははテディ・ウィルスンがリーダーのブランズウィック・セッションに参加したのは、ジョン・ハモンドの事実上の命令によるもの。なんたってハモンドは BG の恩人だから断りようがない。1935年7月2日に初参加し、歌手にビリー・ホリデイを起用して四曲録音しているのが、『レイディ・デイ:ザ・コンプリート・ビリー・ホリデイ・オン・コロンビア(1933-1944)』10枚組の冒頭を飾っている。

繰返し言っておくが、それはテディ・ウィルスン名義のブランズウィック・セッションだ。1930年代後半のテディのブランズウィック録音集については、以前も一度詳しく書いたし、その後も折に触れて書いている。スウィング期最高のコンボ・セッション集の一つだとね。しかしマトモな CD リイシューはいまだなし。

テディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションを、本家筋であるコロンビアがちゃんと CDリイシューしているのは、ビリー・ホリデイ参加分だけをビリー・ホリデイ名義で復刻しているにすぎない。コロンビアさん、これはあまりに冷酷な仕打ちじゃないでしょうか?それとも御社は自らの持つ遺産の価値に盲目なのでしょうか?

聴くことが不可能じゃないからまあいいや。特にビリー・ホリデイ参加分だけは、その気になれば入手はたやすい。テディ・ウィルスン名義のセッションでビリー・ホリデイが歌う1935年7月2日録音の四曲。全てベニー・グッドマンのソロが見事だが、特に絶品なのが「ワット・ア・リトル・ムーンライト・キャン・ドゥー」と「ミス・ブラウン・トゥ・ユー」の二曲。 前者は軽快にスウィングするアップ・テンポ・ナンバー、後者はミドル・テンポのバラード調。
レイディ・デイのヴォーカルのポップでスウィンギーな軽妙さも聴いてほしいのだが、今日の話題はベニー・グッドマンのクラリネットだ。「ワット・ア・リトル・ムーンライト・キャン・ドゥー」では、トップ・バッターで猛烈にスウィンギーなクラリネット・ソロを吹く。ドラムスのコージー・コールのブラシ・ワークも絶品だが、当時これほどスウィングして、しかもその上キュートでチャーミングなクラリネットを吹けるジャズ・マンはそう多くなかった(その後五年ほどで急速にダメになるが)。

また「ミス・ブラウン・トゥ・ユー」冒頭部では、ベニー・グッドマンがまず最初、無伴奏で四小節吹くのだが、その部分はこれ以上ない可愛らしさじゃないだろうか。思い出すのは油井正一さんのエピソード。ご自身が書いていたのだが、油井さんはこの四小節に完全にやられてしまい、買った SP 盤でその四小節部分だけを繰返し再生してはニンマリしていたそうだ。

「ミス・ブラウン・トゥ・ユー」では、四小節の無伴奏ソロのあと、リズム・セクションが入ってきてのクラリネット・ソロが続く。その部分もキュートで素晴らしい。それはそうと、ここでもブラシを使うコージー・コールというドラマーは名手だよなあ。今では誰も名前すら憶えていないんじゃないかと思うけどね。

ついでというわけじゃないが、テディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションの話をしたから、同じセッション集で聴けるもう一人のクラリネット名人について書いておく。バスター・ベイリーだ。バスター・ベイリーは1923年時点で既にフレッチャー・ヘンダスン楽団に在籍し、クラリネット・ソロも吹いている。退団が何年かはっきりしないが、同楽団でのソロは、1929年4月録音の「レイジン・ザ・ルーフ」が最後となっている。

その間、フレッチャー・ヘンダスン楽団でバスター・ベイリーがクラリネット・ソロを吹いたものだけ抜き出すと全部で11曲あって、既に立派にスタイルを確立している。1924年に在籍したルイ・アームストロングとソロで競うというものは「コペンハーゲン」一曲のみだが、コールマン・ホーキンス、ジョー・スミス(コルネット)といった名人たちに一歩も引けを取らない。以下は1928年版「キング・ポーター・ストンプ」。この曲は同楽団でもその後なんども録音しているので、要注意。
そんなバスター・ベイリーもまた、テディ・ウィルスンの1930年代後半のブランズウィック録音に呼ばれた一人だった。オール・スター・セッションだから呼ばれた名人が実に多くて、キリがない話ではある。クラリネット奏者だけに限定しても、バスター・ベイリー、上述のベニー・グッドマン以外にも、ルディ・パウエル、ピー・ウィー・ラッセルなどなど。

テディ・ウィルスンのブランズウィック・セッションにおけるバスター・ベイリーは、1936年と37年に全部で16曲参加している。それらのなかでもバスター・ベイリーのクラリネットがこれ以上なく湿った独特の情緒を表現する最高傑作が、1936年5月14日録音の「ブルーズ・イン・C・シャープ・マイナー」だ。
どうですこれ?このクラリネット・ソロなんて、もうこんな情緒というか世界は、ジャズ界から消えてなくなってしまったよ。チュー・ベリーのテナー・サックス・ソロもいいが、バスター・ベイリーのクラリネット・ソロで聴ける、このなんというか、しゃくりあげながら泣いているような、こんなフィーリングは、絶対に古い録音でしか聴けないものだ。どこが「新しい音楽に流れ込んでいる」もんか。

え〜っと、まだベニー・グッドマンとバスター・ベイリーの話しかしていない。それもテディ・ウィルスンのブランズウィック録音集で聴けるものしかとりあげていない。戦前古典ジャズの世界には本当に多くのクラリネット名人がいて、この二名以外で僕が特に好きな三名は、名前をあげておくだけにしよう。ジミー・ヌーン、ジョニー・ドッズ、バーニー・ビガード。最高の名手たちだ。

この三名のうち、バーニー・ビガードはデューク・エリントン楽団で大活躍したので、今でも人気があるはずだ(が?)。名演がいっぱいあってこれもキリがない。同楽団でバーニー・ビガードが特に輝いていて、それもエリントン・アレンジの素晴らしさとあいまって、最高に聴き応えがあるものの音源を貼るだけにしておこう。1934年1月9日録音の「ストンピー・ジョーンズ」と、1940年3月6日録音の「ジャック・ザ・ベア」。
特に後者「ジャック・ザ・ベア」では、エリントンが書いた音の壁のようにせりあがってくるアンサンブルに、バーニー・ビガードがクラリネット一本で対抗するあたり、アレンジもいいがソロも見事だ。「ストンピー・ジョーンズ」にかんしては、コンボ編成でやった1936年12月19日録音(アルバム『ザ・デュークス・メン』収録)の方がもっといい。あるいはそれはバーニー・ビガードの生涯最高名演かもしれない。
あぁ〜っ、ジミー・ヌーンとジョニー・ドッズのことは一言も書けなかったじゃないかぁ。大好きなのに。二人とも戦前古典ジャズ界のクラリネット奏者のなかでも特にブルージーで、実際楽曲形式もブルーズが多く、ジャズ・ファンよりもむしろブルーズ・ファンのあいだで愛聴されているかもしれないね。

僕がルイ・アームストロングの戦前オーケー録音集では、絶頂期と衆目の見解が完全に一致している1928年よりも、その前の1925〜27年の方がもっとずっと好きなのは、ジョニー・ドッズがいるからだというのも理由の一つなんだよ。もちろんそれだけではない。そんなサッチモの1925〜27年録音については、また別の機会に改めることにしよう。

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コメント

としまさんこんにちは、genです。えーと、またお邪魔します。
吹奏楽でクラリネットをやっていた僕の「Jazzとクラリネットの関係の変化についての考察」(大げさ)
をちょっとコメントさせていただきますね…
まずは…
「クラリネットは難しい」という事が理由にあると思っています。しかも単純に「難しい」なら問題無いのですが、「まともに音を出すまでの時間が他の管楽器よりかなり長い」というのが難しいところだと思います。「ちょっと音楽やってみよう」ってクラリネット練習しても音が出ないならサックスとかフルートのほうが始めやすいのかなと…
あとは「木製なので管理に気を付ける必要がある」というところもあるかも知れないです。プラスチックやメタル製の楽器もあるのですが、音が全然違うので…今風に言うと「イラッとくる」感じがありますね…
まぁ、他にも沢山理由はあるのですが…とりあえずこんな感じで…
あと、逆になんで昔のJazzでクラリネットが重宝されたのかというところについてなのですが…
「音域が広い」
ってところだと思います。
これはクラリネットが「閉管楽器」という独特の構造によるところで…音域が広いと表現力も高いと考えたのかな…?と…
で…突然ですがクラシックのクラリネット協奏曲のオススメを挙げて締めにしようと思いますf(^^;
ズバリ、A.コープランド作曲のクラリネット協奏曲!
この曲はまさにベニー・グッドマンの為に作られたので、普段クラシックを聞かない方々にも面白く感じていただけると思います。


げんさん、クラリネットがそんなに難しいだなんて、ちっとも知らず(サックスとはかなり違うらしいぞという程度の知識)勝手なことを書きまくってスミマセン。ただ、モダン・ジャズでもバス・クラリネットはかなり重宝され頻用されているのは、ご存知の通り。特に1960年代後半以後。それはどう考えたらいいのでしょう?

コープランドの「クラリネット協奏曲」は、いくらクラシック音痴の僕でも知ってます(^^)。

バスクラを使うのはたぶん「バスサックスより入手しやすい(というかバスサックスは受注生産なので…)」からだと思います。(怪しい)
やっぱりコープランドのコンチェルトはご存知でしたか…f(^^;
純粋なクラシックリスナーは逆に聴いた事無い人が多いかもしれません。(怪しい)

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