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2017/03/23

ハウンド・ドッグ・テイラーのブルーズ・ビートは南部由来

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全部集めても五枚しかないハウンド・ドッグ・テイラー。言うまでもなく全てアリゲイター盤だ。なんたってアリゲイターというレーベルは、ハウンド・ドッグ・テイラーを録音したくてブルース・イグロアが興した会社だもんね。1970年頃のハウンド・ドッグ・テイラーのライヴ演奏に感動したイグロアは、当時勤務していたデルマーク・レーベルに彼のレコードを作ることを進言するが却下され、じゃあ自分でやろうと思い独立して、アリゲイターを立ち上げたのだ。

つまりそれくらい、会社を辞めて独立してまでレコードを作りたいと思うくらい、当時のハウンド・ドッグ・テイラーのブルーズは魅力的だったということだよなあ。音楽の独立系レーベルって、どこもだいたい似たような経緯で発足している。この音楽家は素晴らしい!えっ?まだレコード(CD)が一枚もないだって?そりゃイカン、どこか出さないのか?ダメ?じゃあ僕が出すよって、そんな一種の使命感みたいなものに駆られてみんなやっているみたいだ。

最近の日本なら Jazz The New Chapter Records がそう。第一弾としてリリースしたイシス・ヒラルド(カナダで活動するコロンビア生まれの音楽家)の CD『ポエトリー・プロジェクト』 が面白くないのはどうでもいい。 とにかくどこもまだフィジカルでリリースしていないんだから、自分たちでやってやろうという彼らの音楽愛と情熱には素直に敬意を表したい。ちっとも面白くなかったのは、きっと僕の感性がダメなだけなんだろう。

ブルース・イグロアが興したアリゲイターがリリースした第一弾が、したがって当然ハウンド・ドッグ・テイラーで、1971年のアルバム『ハウンド・ドッグ・テイラー・アンド・ザ・ハウスロッカーズ』。デルマークの社員だったイグロアがそこまでして出したかったレコードだから、当然ながらブルーズ・ファンはみんなこのレコードに熱狂した。ブルーズのインディ・レーベル・リリースとしては異例の売り上げだったみたいだから。

…と言ってしまうと、実は少し不正確かもしれない。ハウンド・ドッグ・テイラーは1971年当時56歳。レコード・デビューが遅くなってしまっただけであって、演奏はもっとずっと前からやっていた。それも間違いなくアリゲイター盤で聴けるようなのとほぼ同じスタイルのブルーズをね。だから魅力もずっと前から同じだったんじゃないかなあ。<発見>が遅れただけで。

ハウンド・ドッグ・テイラーは1915年生まれだから、間違いなく戦前からライヴ現場では演奏活動を開始していたはず。たぶん専業のプロ音楽家としてではなかったかもしれない。仕事が終った夜とか週末とかにジューク・ジョイントなどで演奏していたんじゃないかなあ。さらに彼はミシシッピ生まれだ。

シカゴに移住したのが1942年のことらしいので、もう30歳近い。だから既にその頃自分のブルーズ演奏スタイルは確立していたんだろう。ミシシッピのジューク・ジョイントなどでさ。このミシシッピで、というのがこの人のブルーズ・スタイルを理解する上では案外重要なことなんじゃないかと僕は思う。シカゴに出てきてから名が知られはじめた人ではあるけれど。

というのはハウンド・ドッグ・テイラーのバンド、ハウスロッカーズはトリオ編成なんだけど、ベーシストがいない。自らのギター&ヴォーカル、サイド・ギター、ドラムスという編成なのだ。この編成を見て、そして実際の音を CD で聴くと、僕はあれを思い出すんだなあ。そう、ファット・ポッサム・レーベルで聴ける R・L・バーンサイドだ。バーンサイドのレギュラー・バンドも完璧に同じベース・レスのトリオ編成で、ブルーズのスタイルもやや似ている。

R・L・バーンサイドは、ハウンド・ドッグ・テイラーと同じミシシッピ(町は違う)で1926年に生まれている。 彼らのような、深南部のジューク・ジョイントなどで演奏されるブルーズのスタイルで長年演奏し続けていた人たちを、1990年代に、ほぼそのままのかたちでパッケージングしたのがファット・ポッサム・レーベルだ。

僕の場合、 R・L・バーンサイドの方を先に聴いて夢中になっていたので、ハウンド・ドッグ・テイラーの CD を買って聴いたら、こりゃ同じことをやっているじゃないかと思ったんだけど、間違いなくこれはどっちが先かなどという話じゃない。深南部ミシシッピのジューク・ジョイントでは、彼ら二名よりもずっと早くから似たようなブルーズが演奏され、客を踊らせていたに違いない。二名はそれを聴いて身に付けて、後年レコードや CD にして世に出しただけだ。

客を踊らせてと書いたけれど、ハウンド・ドッグ・テイラーも R・L・バーンサイドも、やっているブルーズは激しくダンサブルだと思うんだよね。思うんだよねというか、誰が聴いたってありゃ踊るブルーズだろう。ハウンド・ドッグ・テイラーは1975年に亡くなっているが、R・L・バーンサイドのライヴ現場は生で体験できた僕。日本の会場においてですら、実際に激しく踊る客は複数いたもんね。

ハウンド・ドッグ・テイラーとか、ファット・ポッサムの R・L・バーンサイドとかのブルーズをお聴きになったことのない方はおそらくいらっしゃらないとは思うけれど、念には念を入れていちおう音源を貼っておこう。前者は1971年の『ハウンド・ドッグ・テイラー・アンド・ザ・ハウスロッカーズ』から。このアルバムにはダンス・ビートが多いので困ってしまうが、ヴォーカルが入る八曲目「アイ・ジャスト・キャント・メイク・イット」をどうぞ。
R・L・バーンサイドの方は、間違いなくこれが一番カッコイイし、強烈にダンサブルな、1997年リリースのファット・ポッサムのベスト盤でしか聴けないヴァージョンの「ジョージア・ウィミン」。キモチエエ〜ッ!
ハウンド・ドッグ・テイラーの方は、インストルメンタル・ブルーズでよければ、もっとカッコよくもっとダンサブルなものが、『ハウンド・ドッグ・テイラー・アンド・ザ・ハウスロッカーズ』にはいくつもある。っていうかインスト・ブルーズの方がいいんだよね、この人は。僕の耳にはそう聴こえる。例えばアルバム・ラストの「55th ・ストリート・ブギ」。
どうしてこんなにカッコイイんだ〜ッ!?しかもこの「55th ・ストリート・ブギ」と、上で貼った R・L・バーンサイドの「ジョージア・ウィミン」を聴き比べると、ある共通性に気づくはず。そう、ドラマーの叩き方がほぼ同じなのだ。特にスネアの使い方はソックリというか完璧に同じだ。

ハウンド・ドッグ・テイラーの方のドラマーはテッド・ハーヴィー。R・L・バーンサイドの方で叩くのは孫のセドリック・バーンサイド。その他 R・L・バーンサイドの各種ファット・ポッサム盤で叩くいろんなドラマーもほぼ同じスタイルのドラミングなんだよね。テッド・ハーヴィーはシカゴの人材なんだろうと思うけれど、似たようなビート感を、 R・L・バーンサイドと同じミシシッピ・ブルーズ・マンであるハウンド・ドッグ・テイラーが要求したんじゃないかな。

だって『ハウンド・ドッグ・テイラー・アンド・ザ・ハウスロッカーズ』収録曲でスロウ・ブルーズではないものは、どれもこれも同じようなビートだもんね。直接的にはブギ・ウギのパターンそのまんまだ。アメリカにおけるブギ・ウギの大流行は1930年代後半〜40年代だから、1915年生まれのハウンド・ドッグ・テイラー(や26年生まれの R・L・バーンサイド)はリアルタイムで直に体験していたんだろう。それを深南部のプリミティヴでワン・グルーヴ的なディープ・ブルーズに持ち込んだんだろう。

ハウンド・ドッグ・テイラーの場合、それを身に付けて、自己流のブルーズ・スタイルを完成させたのが、僕の推測では1942年にシカゴに出てくる前。シカゴ時代に同地で身に付けたものが多いブルーズ・マンであるかのような言われ方が多いけれど、僕はそれはちょっと違う部分もあるんじゃないかと思う。確かにスライド奏法は三連でダダダ、ダダダっていうエルモア・ジェイムズ直系だから戦後に完成させたものだろうけれど、基本のビート感は南部のそれだ。

そう考えないと、ライヴ公演以外ではミシシッピからほぼ一歩も出たことがない R・L・バーンサイドのブルーズとここまでソックリなスタイルのダンス・ビートだというのが理解できない。もちろんバーンサイドが戦後身に付けたものがあるのと同様、ハウンド・ドッグ・テイラーだって戦後のシカゴで初めて知って憶えたものはたくさんある。

ハウンド・ドッグ・テイラーの得意レパートリーの一つ「イット・ハーツ・ミー・トゥー」だって、タンパ・レッドが最初に録音した、戦前から伝わるブルーズ・スタンダードだけど、ハウンド・ドッグ・テイラーはエルモア・ジェイムズの1965年ファイア録音ヴァージョンをそのまま下敷きにしているし、また2004年リリースのライヴ音源集『リリース・ザ・ハウンド』には、レイ・チャールズがオリジナルのラテン・ブルーズ「ワッド・アイ・セイ」だってあるもんね。

またその『リリース・ザ・ハウンド』二曲目のインストルメンタル・ブルーズ「セン・サ・シュン」は、マディ・ウォーターズがライヴで定番ラスト・ナンバーにしていた「ガット・マイ・モージョー・ワーキン」のメロディだ。ハウンド・ドッグ・テイラーのそれは歌がないインスト演奏なので、マディから拝借したメロディなのは間違いない。歌詞の方はかなり古くかあらある伝承ものだからね。

そんな部分もありはするものの、ハウンド・ドッグ・テイラーのあんなブルーズ・スタイルの根幹、特にあのビート感は、南部ミシシッピ時代に身に付けたものじゃないかなあ。人間、大人になってのちにもどんどん習得できる部分とそうじゃない部分があるだろう。ビート感、リズム感は子供時代に染み付いたものがなかなか抜けないと思うよ。

小出斉さんも言っているように、鍵は南部にありだ。

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