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2017/03/06

既にいち演歌歌手の枠を飛び越えている岩佐美咲

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岩佐美咲について、僕がどうして三日も続けて書いているのかというと、滅多に出現しない才能だし、現時点で既にこんなにチャーミングな日本人歌手はなかなかいないだろうし、どうもここのところ岩佐美咲しか聴いていないんじゃないかと思うほど聴いているので、なんとかこの僕の気持をみなさんに伝えたいということと、そして書かないと、自分のなかでどうにも収拾がつかないところまで来てしまっているからでもある。

さて岩佐美咲は、昨日も書いたように AKB48メンバー(は既に卒業しているが)初の演歌歌手という売り出し方なんだけど、でも本当に彼女は演歌歌手なんだろうか?という疑問が、今日も DVD『岩佐美咲ファーストコンサート〜無人駅から新たなる出発の刻』を観聴きしていて、やっぱり湧いてくる。

『岩佐美咲ファーストコンサート〜無人駅から新たなる出発の刻』DVD は、2016年1月30日という、主役の誕生日に浅草公会堂で行われた自身初のソロ・コンサートの模様を収録したもの。全部で21曲あるのだが、そのうち半分程度はいわゆる演歌じゃないもんね。そして演歌も演歌じゃないものもだいたい全部出来が良い。

だから昨日も書いたしその前から繰返しているように、演歌とそうじゃない歌謡曲は「同じもの」なんだよね。これはレッキとした事実だ。しかし普通の歌手(演歌歌手だろうとそうじゃなかろうと)では、この事実を歌そのものでなかなか表現できないというのもまた事実。実現できている極めて稀な一例が岩佐美咲なのだ。

どうしてかというと、演歌歌手じゃないポップ歌手が演歌を歌う時には、声の張りや伸び、歌い方の節廻しなどなど、要するに実力が少し足りない場合があるかもしれない。逆に演歌歌手が演歌ではないポップ・ソングを歌う時は、いつも表現して身に付けているコブシやヴィブラートが抜けず、軽快なノリを出しにくい場合があるんじゃないかなあ。だからどっちも同じように歌って同じように魅力的に聴かせるのは、実は相当難しい。

岩佐美咲の場合、発声もスムースで自然にスッと声を出して、コブシを廻さず、ヴィブラートをかけず、ストレートな歌唱法でもって、あらゆる歌を全て同じその歌い方で歌っている。しかし声の強さと張りと伸びはしっかりしている。岩佐のあの声と歌い方は、最初から持っている資質なんじゃないかと思うけれど、さらに努力してそれを一層しっかり身に付けて磨きをかけて、それでいろんな演歌や演歌じゃないポップ・ソングを歌って、しかも成功している。

だから岩佐美咲はビリー・ホリデイにもちょっと似ているんだよね。レイディ・デイもコブシなし、ヴィブラートなしのストレート歌唱法で、たくさんのポップ・ソングをチャーミングに歌った。こう書くと、ジャズ・ファンのみなさんには怒られそうだけど、僕はみなさんよりビリー・ホリデイをよっぽどたくさん聴いている自信がある。

そんな歌い方がどんな歌にも実にピッタリ似合っているように思うんだよね。DVD『岩佐美咲ファーストコンサート〜無人駅から新たなる出発の刻』は、まず彼女のオリジナル楽曲からはじまり、それが二曲続く。和装で登場した一曲目の「初酒」では、初のソロ・コンサートの幕開けだからやはり緊張しているなと見て取れる部分がある(だってちょっと泣いているもんね)が、二曲目の「鞆の浦慕情」では既にそれもほぼなくなっている。

その二曲に続き、当時まだ所属していた AKB48のレパートリーの演歌ヴァージョンをメドレーで歌う(「レット・イット・ゴー〜ありのままで」は違うが、メドレーに含まれている)。そのメドレーでの AKB ソングの変貌具合も面白いが、しかしそれらでは演歌仕立てでやらなくちゃという意識がやや強すぎるかもしれない。

しかし熱心な音楽マニアの一部が、あんなもの…、などと悪口を言う AKB48というアイドル・ポップ・グループでの活動が、岩佐美咲の歌の実力、というか魅力を向上させたのは間違いないと僕は思う。元々岩佐は祖父母の影響だったらしいが演歌好きで、演歌歌手になりたいという希望があったらしいのだが、AKB48メンバーになってアイドル・ポップをたくさん歌ったことにより、一部の演歌歌手にありがちな濃厚すぎるしつこさがなくなったんじゃないかな。

岩佐美咲は生まれつきというか、最初から演歌っぽいコブシやヴィブラートやガナリをやらない資質の歌手だろうと思うけれど、AKB48のメンバーとして活動しアイドル・ポップをたくさん歌って、持って生まれたそんな資質に磨きがかかった、つまり努力によって身に付けたという部分もある自然体なんだろう。

『岩佐美咲ファーストコンサート〜無人駅から新たなる出発の刻』では、AKB48ソング・メドレーに続き、有名演歌カヴァー・コーナーになり、四曲歌う(が四曲目は、典型的ないわゆる演歌ではないかも)。その部分では、今日も書いた岩佐美咲の自然体歌唱法がフルに発揮されていて、演歌ファンではない音楽リスナーにもたぶん聴きやすく、そしてそれらの曲のオリジナルから知っている演歌ファンには新鮮で、あっ、この曲はそんな風に表現できるんだね、ひょっとして元々そんな持味の曲なのかもしれないね、という感慨をもたらす。

僕は間違いなく後者だ。歌われている四曲のうち、「津軽海峡・冬景色」「天城越え」の石川さゆりは前々から大好きだし、都はるみの「アンコ椿は恋の花」は初演が1964年だからそれは知らないが、小学生の頃からテレビの歌番組ではるみが歌うのをたくさん聴いてきた。僕はこの歌こそがはるみの代表曲だと思うね。あれなんかより絶対こっちだ。

もう一曲は藤圭子の「女のブルース」。1970年だから、初演を憶えているかいないか僕は微妙な世代だが、これもテレビの歌番組でたくさん聴いたお馴染の曲。つまり四曲とも僕はよく知っているものだが、『岩佐美咲ファーストコンサート〜無人駅から新たなる出発の刻』で岩佐が歌うのを聴いたら、こりゃいいと心底思ったね。

特にいいのが都はるみの「アンコ椿は恋の花」と藤圭子の「女のブルース」。前者はメジャー・キーのはじけるような曲調、後者はマイナー・キーでドロドロに暗くひどく落ち込むような曲調だけど、岩佐美咲の歌い方はやはり自然体で、スッとスムースに歌っている。「アンコ椿は恋の花」での都はるみは、お馴染のガナリを聴かせているけれど、岩佐のヴァージョンにそれはなく、すごく可愛らしくキュートな仕上がりになっていて、押し付けがましくなく、こっちの方が聴き手は感情移入しやすいんじゃないかな。

岩佐美咲は、一番の歌詞終盤の「あんこ便りは、あんこ便りは、あぁ片便り」部分の、二回目の「あんこ便りは」の「だよりは」を、すんごくキュートにささやくようにそっと優しく歌うのだ。二番の「あんこ椿は」の「つばきは」部分も全く同じ。一番と二番における同じパートだから、これは用意周到に意識してやっているに違いない。

「アンコ椿は恋の花」では、他の部分も含め全体的に優しいソフトな歌い口で、オリジナルである都はるみのヴァージョンだと、歌詞通り片想いの恋愛の気持を強く押し出し男に迫るような仕上がりになっていたのに対し、岩佐美咲のヴァージョンだと、そんな執念みたいなものは感じない。それに代わって遠くから優しくそっと見守っているようなソフトな仕上がり。聴き手は、少なくとも男は、岩佐ヴァージョンで聴ける女の方が受け入れやすいぞ。

藤圭子の「女のブルース」では岩佐美咲も強く声を張る瞬間もあるが、それは高音部でのことで、高い音を出す時はどうしても声が強くなってしまうので、これは納得できる自然な成り行きだ。中音域では岩佐は声を張りすぎず、やはり自然体のスムースな歌唱法で、このドロドロな曲をサラリとしたあっさりソングに仕立てているのだ。藤圭子ヴァージョンは重すぎる・暗すぎると思っていたファン(僕がそうだ)だって、岩佐ヴァージョンなら聴けるはず。

その後、AKB 仲間の浦野一美、多田愛佳(HKT48)、菊地あやか、仲川遥香(JKT48)、渡辺麻友からのヴィデオ・メッセージが、この順番で流れるが、多分そのあいだに岩佐美咲は衣装チェンジ・タイム。ヴィデオが流れ終わると洋装で登場し、写真撮影タイムになって、浅草公会堂の三階から一階まで客席をくまなく廻る。そのあいだバンドが演奏するのは「東京ブギウギ」(笠置シヅ子)「恋する夏の日」(天地真理)「東京のバスガール」(コロムビア・ローズ)「ブルー・ライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ)「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)。しかしインストルメンタルではなく、岩佐美咲は客席を廻り写メにおさまりながら、しっかり歌っている。

そのままステージにあがり「赤いスイートピー」(松田聖子)を歌うが、そこはまだ写真撮影タイムだ。それも終わると、ステージ上の岩佐美咲のそばに何気なく、しかし突然に(笑)アクースティック・ギターが運ばれてくる。あっ、わさみん、ひょっとしてそれで「涙そうそう」を弾き語るつもりじゃないんだろうな?それはイカン、オジサン、それ、ボロ泣きしちゃうんだ、ダメだそれ、あっ、やめてくれ、と本心はもちろん逆だが、どうなるの?と見ていたら、やっぱり岩佐がギターを鳴らしながら(白のおにぎり型ピックを使っている)「涙そうそう」を歌いはじめた。ヤバいなぁ。

そのままギター弾き語りで続けて「なごり雪」もやる。ってことは、一昨日書いた2016年11月発売のアルバム『美咲めぐり 〜第1章〜 限定盤 』に「涙そうそう」の、今年一月発売のシングル盤「鯖街道 通常盤」に「なごり雪」の、それぞれどっちも岩佐美咲自身がギターを弾くアクースティック・ヴァージョンが収録されているのは、この2016年1月30日のファースト・ソロ・コンサートで同じものを披露したのがきっかけだったんだろうなあ。終ったあと、岩佐自身は「二度とやりません」などと喋っているが。

そういえば伴奏のアレンジも似ている。CD アルバムとシングルに収録されている「涙そうそう (アコースティック・バージョン)」と「なごり雪 (アコースティック・バージョン)」ではヴァイリンのオブリガートとソロが印象的で実に効果的なのだが、DVD『岩佐美咲ファーストコンサート〜無人駅から新たなる出発の刻』でもそれは全く同じだ。弾き方のスタイルも似ているから、あるいは弾いているヴァイオリニストが同じ人かもしれない。

僕にとってはこの(岩佐美咲自身は「唐突にはじまりました」と言う)アクースティック・パート二曲が、『岩佐美咲ファーストコンサート〜無人駅から新たなる出発の刻』のクライマックスだ。極めて地味でシンプルなサウンドと歌だけど、だからこそかえって逆に曲そのものが最初から持っている魅力が胸に迫ってくる。がしかし、多くの一般の岩佐美咲ファンにとっては、ここじゃないだろう。

アクースティック・パートが終ると、このコンサートの時点で既に AKB48を卒業し、音楽大学である桐朋学園でピアノの勉強中だった松井咲子が登場。松井のピアノ伴奏(中心)で「履物と傘の物語 」と「翼をください」を歌い、次いでフル・バンドの伴奏で、本編ラストのオリジナル楽曲「もしも私が空に住んでいたら」を歌う。アンコール二曲目・三曲目のやはりオリジナル楽曲「ごめんね東京」「無人駅」が、やはりこの DVD のクライマックスなんだろう。

岩佐美咲のオリジナル楽曲は、このコンサートの時点で全部で五曲。オープニングで二曲披露し、エンディングで三曲やっているわけだ。今年一月に発売されたばかりの新曲「鯖街道」もいいが、このコンサートの時点では全五曲あったうち、「ごめんね東京」が楽曲の出来もコンサートでの岩佐の歌も一番いいと僕は思う。「ごめんね東京」は、このコンサートが開催された2016年1月時点での最新曲だった。

あ、いや、このソロ・コンサートではそれの次の「無人駅」も岩佐美咲の歌はかなりいいなあ。この曲は岩佐のデビュー曲で2012年発売。それがここまでいい感じに、それも最新曲の「ごめんね東京」の次に、コンサートのオーラスで歌っても全く聴き劣りしないっていうことは、岩佐の実力が四年間で急上昇していることの証拠だよね。

三日連続の岩佐美咲特集はこれで終りだけど、今後新しいシングルやアルバムや DVD が発売されて、新たに思うことがあれば、書いていくつもり。期待しているよ、わさみん!

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