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2017/03/08

プリンスの『パレード』はスライへのオマージュだ

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特に21世紀に入って以後は、伝統的なファンク路線への転向というか回帰、ファンクのダイレクトな継承者という姿勢を強めていたプリンス。そんな彼の屈指のファンク・アルバムが、まだ21世紀に入る前の1994年に発売された『ザ・ブラック・アルバム』と、2002年発売のライヴ・アルバム『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』の三枚目『ジ・アフターショウ』。

しかしそんなプリンスのファンク路線第一作は、もっとずっと早い1986年の『パレード』に他ならない。これは間違いないと確信して、僕たちブラック・ミュージック・ファンは長年愛聴してきているのだが、大きな驚きだったのが、プリンスが亡くなってまず最初に『ミュージック・マガジン』が組んだプリンス追悼特集(2016年6月号)。これの『パレード』の項で、高橋修編集長が「全作品の中で最もファンク度が低い」と書いていたことだ。

あれを読んで、エエェ〜ッ?!とひっくり返った人は多いはず。こんな人が編集長なんだから、そりゃ『ミュージック・マガジン』も面白くなくなるわけだよね、とある意味納得し、しかしある意味これではイカンだろうと腹が立ったわけだ。少なくとも僕はね。高橋編集長の真意がいまだに理解できない。

と思っていたら、その後同誌が増刊号で八月に発売した『プリンス〜星になった王子様』で、アルバム解説を一人で全部書いた小出斉さんが、高橋修編集長の名前を出して、やはり僕と同趣旨のことをお書きだったのだ。といっても同じ雑誌の増刊号だし、大人である小出さんは「ふむふむ、そういう聞き方もあるのね。生まれも育ちも聞き方も、みんな違って当たり前」とかなり柔らかい物言いで、しかしはっきりと批判していたので、僕なんかはそりゃそうだよね、当たり前じゃ、編集長、読んだか?!と嬉しかった。

『パレード』の、小出さんは「この1〜3曲目にファンクを感じるか、どうかが分かれ目かもしれないですね」と書いているけれど、確かにそこと、5〜6曲目、そして(アナログ盤では)B 面トップの「マウンテンズ」と三曲目の「KISS」。これらがプリンスの生涯初のファンク・ミュージック宣言だったんじゃないかなあ。

特に CD だと八曲目になる「マウンテンズ」がカッコイイよねえ。これがファンクじゃなかったら、なにがファンクになるっていうんだよ? しかもこの曲はかなり伝統的ファンク・マナーに則ったものだ。はっきり言えばスライ&ザ・ファミリー・ストーンの「スタンド!」(1969)からそのまま持ってきている。ダイレクトなオマージュだと言ってしまいたいくらい。

プリンスの熱心なファンのみなさんのなかには、あるいはひょっとしてスライの「スタンド!」をご存知ない方がちょっとだけいるかもしれないので、プリンスの方は例によって紹介できないが(そろそろなんとかしてほしい、遺族の方々とワーナーさん)、スライの「スタンド!」だけ、音源を貼り付けておこう。
これをお聴きになって、直後にプリンスの「マウンテンズ」をもう一回聴き直してほしい。どうです?僕がダイレクトなオマージュだと言っている意味がお分りいただけるはずだ。もちろん違いもたくさんあるが、曲構成の根本が同じだ。リズムのタイトな感じ、ドラムスの使い方、ホーン・セクションの入れるリフのフレイジングや曲のなかのどこでどう入れるかなどなど、よく似ているなあ。

そしてここが一番モロそのまんまじゃないかと思うのが、曲終盤でパッとキーとリズムが変わってディープになる部分だ。スライの「スタンド!」だと 2:16、プリンスの「マウンテンズ」だと 3:41。そこで瞬時に転調し、リズムもヘヴィーでディープなファンク展開を見せる。スライの「スタンド!」はあれがなかったらイマイチなんだけど、プリンスの「マウンテンズ」では、やっぱりそれを思い出しちゃうんだな。

次作である1987年の二枚組『サイン・オ・ザ・タイムズ』でもそんなファンク路線が聴ける。鮮明なのが一枚目 A 面(CD だと四曲目まで)。この A 面は完全なるファンク・サイドで、だからアナログ・レコード時代の僕は 一枚目 A 面ばかりなんどもなんどもリピート再生していて、他の三面はあまり熱心に聴いていなかったなあ。

一曲目の「サイン・オ・ザ・タイムズ」も超クールでカッコよく、二曲目の「プレイ・イン・ザ・サンシャイン」は曲題通り陽光の下賑やかに騒ぐようなパーティ・ファンク。そして三曲目の「ハウスクエイク」と四曲目の「ザ・バラッド・オヴ・ドロシー・パーカー」は、これまたスライ直系。それも1971年の『暴動』からの影響が露骨だ。

といっても三曲目の「ハウスクエイク」はジェイムズ・ブラウン流儀かなと聴こえる部分もあって、特にエレキ・ギターのカッティングとホーン・リフの使い方が JB 的じゃないかと思えたりもするので面白い。「ドロシー・パーカー」の方はどこからどう聴いてもスライ『暴動』の「ファミリー・アフェア」そのまんまだと全員分る。

それはそうと「ハウスクエイク」で聴けるピッチの高い中性的な声。プリンス本人が歌い、録音後にテープの回転速度を上げてあんな感じにしていると思うんだけど、あれはカミール(とみんな書くけれど Camille はカミーユじゃないの?)というオルター・エゴで、この名前でソロ・アルバムが計画されていたらしいことを、かなりあとになって知った。アルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』のなかでは、他にもこの声が聴けるものがあるよね。

このカミーユとかいうのがいったいなんなのか、僕はよく知らない。だいたいプリンスの場合、こういった録音・発売事情が入り組んでいるものが多すぎるだろう。話題にしている『サイン・オ・ザ・タイムズ』だってそうだし、その後の『ザ・ブラック・アルバム』と『ラヴセクシー』との関係とか、『クリスタル・ボール』のこととか、そんなのばっかりだ。しかもそれら全て音楽的には素晴らしいので、どうしてすんなりリリースしなかったのか、僕ら素人には不思議でしかない。

高いレヴェルの音楽作品を創り完成させ、発売のメドが立ちサンプル盤まで作られていたにもかかわらず、会社側の事情などではなく、音楽家本人側の意向で「やっぱ、やーめた!」となってしまうのが、まあ天才の考えることは、やはり僕ら凡人にはサッパリ理解できないんだよね。もう亡くなったんだし、プリンスの全録音を全部一度スッキリ整理してもらえないだろうか?どのアルバムのどの曲が録音が先だとか、分らないものが多すぎだ。

さて最初に名前を出した『ザ・ブラック・アルバム』。発売は1994年になったものの、録音順ならこれが『サイン・オ・ザ・タイムズ』の次に来ると判断していいのかな?とにかく最初に書いたように、この黒一色のジャケットでこのアルバム・タイトルである(のはビートルズを意識した?)この一枚こそが、プリンス屈指のファンク・アルバムで、おそらくこの人によるスタジオ・アルバムではファンク最高傑作だ。

『ラヴセクシー』に流用されたバラード「ウェン・2・R ・イン・ラヴ」を除く全七曲が、全てゴリゴリのハード・ファンクで超強烈。こういう音楽がいいんだよね、僕はね。快感なんだ、このヘヴィーなグルーヴがね。黒人ファンク愛好家であれば、世界中の全員が同じ意見になるはず。パンチが効きすぎていて、部屋のなかで大音量でマトモに向き合うとちょっとしんどい気がしてしまうような僕は、やっぱり甘ちゃんだ。

一曲目「ル・グラインド」(どうして「ザ」じゃないんだ?フランス語というなら「ル・グラン」と表記しなくちゃイカンのだが?)とメドレーで続く二曲目「シンディー・C」の二連発なんか、ここまでゴリゴリ・ハードなファンクをやるのか?このキュートでポップなロッカーみたいな感じだったプリンスが?とビックリしてしまうほど。

「ル・グラインド」(「ル・グラン」?)はワン・コード・リフの反復で突き進み、ホーン・セクションにコーラス隊、暴力的なまでのリズムの爆進、さらにアクースティック・ピアノが「セックス・マシン」風に入るという、完全なるジェイムズ・ブラウン流儀のハード・ファンクだ。

五曲目「ボブ・ジョージ」はブルーズの定型3コードなのだが、やはりリズムはファンクだ。歌詞内容が寸劇的な展開であるのも王道のブラック・ミュージック路線だね。音楽的にはどうということのない普通のファンクである六曲目「スーパーファンキーカリフラギセクシー」の、この言葉遊びな曲題も P ファンク流儀で、黒人音楽の伝統に則っている。

『ザ・ブラック・アルバム』で個人的に一番面白いのが、七曲目の「2・ニグズ・ユナイティッド・4・ウェスト・コンプトン」。どうしてかというと、これはインストルメンタル・ジャズ・ファンクなのだ。ゴリゴリではあるがスウィンギーなフィーリングもあるしね。中間部のエレベ・ソロは、やはりプリンス本人が弾いているのかな?この曲は『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』の三枚目『ジ・アフターショウ』でもやっている。カッコイイんだぞ〜。

ジャズ・ファンクといえば、『ザ・ブラック・アルバム』が公式リリースされた1994年に出た『カム』。なんだか墓碑銘のようなジャケット・デザインが死を告げているみたいだけど、中身の音楽は生(性)の喜びに満ち溢れていて僕は好きなアルバムだ。これもジャズ・ファンクっぽいよね。特に一曲目のアルバム・タイトル曲はそうだ。それ以外の曲も含め『カム』も(ジャズ・)ファンク・アルバムみたいに聴こえる。

最初に書いたように2000年代はファンク回帰色を強めていたプリンスなので、特に2001年の『ザ・レインボウ・チルドレン』以後でファンク要素を探して指摘するのは不可能だと思えるほど多い。ライヴ・アルバムでそんな側面を最も強力に打ち出したのが2002年の『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』の三枚目『ジ・アフターショウ』だけど、スタジオ録音作でも増えてくる。

それらは多いので今日はもう指摘しないが、一番鮮明なのは2004年の『ミュージコロジー』かなあ。サウンド的には王道ブラック・ミュージックの伝統ファンク路線に回帰したように聴こえながらも、歌詞内容などでは21世紀の同時代とシンクロしているようなアルバムで、しかもビルボード・チャート三位と、かなりヒットしたのは喜ばしい限り。

一つ明言しておいた方がいいと思うのは、ライヴ・ステージなどではこの前から共演しているサックス奏者メイシオ・パーカーを、『ミュージコロジー』からはプリンス自らのレギュラー・メンバーとして正式に迎え入れていることだ。メイシオがどういう人物で、彼を正規メンバーにするのにどういう意味があるのか、ファンク愛好家には説明不要だね。オールド・スクール宣言だよ。

さらに『ミュージコロジー』一曲目のアルバム・タイトル・ナンバー。4:24 という長さのこのファンク・チューンでは、最終盤で本演奏が終った後、自身の過去曲「KISS」と「サイン・オ・ザ・タイムズ」のフレーズがほんの一瞬だけサンプリングされて、それもかなり小さい音で挿入されている。

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