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2017/04/07

スライ『暴動』の影〜マイルズの『ゲット・アップ・ウィズ・イット』(3)

Getupwithit

Slyfamriot1









三週続けてマイルズ・デイヴィスの『ゲット・アップ・ウィズ・イット』の話題で恐縮だけれど、レコーディング・データ面で分らない(なかった)ことが多いし、一曲目のレクイエム「ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー」が異様だしで、結局こうなってしまった。もういいよ、充分だよと思われる方々は、どうぞ無視して読み飛ばしてほしい。マイルズとこのアルバムが大好きな方にだけ読んでもらったので結構。

『ゲット・アップ・ウィズ・イット』一枚目二曲目のラテン・ファンク・バラード「マイーシャ」。当時のマイルズの恋人名を付けたこの曲は本当にチャーミングで大好きなんだけど、ギターでクレジットされているピート・コージーは参加しているとしても、ギターではなくパーカッションだ。聴こえるギターはコード・カッティングとシングル・トーン弾きの二本。前者がレジー・ルーカスなのは言うまでもないが、後者はどう聴いてもドミニク・ゴーモンのスタイル。それ以外のギターの音は全く聴こえない。
「マイーシャ」ではエムトゥーメももちろんパーカッションだけど、コンガが聴こえるので、それが彼の担当なんだろう。それ以外にクラベス(キューバのソンで使われる拍子木みたいなもの)が冒頭から聴こえ、それはコンガと同時に鳴っているので、それを刻んでいるのがピート・コージーなんじゃないかなあ。あと、マイルズのトランペット・ソロが(多重録音で)出る直前の 2:53 で、なんだか分らない金属音が入る。それもコージーだろう。

マイルズの全録音中、クラベスが聴こえるのはこの「マイーシャ」だけ。しかし典型的なクラーベのパターンは刻んでいない。いや、いちおう3・2クラーベのパターンを土台にしてはいるが、そこから音を抜いて休符にしたり、あるいは音を足したりして、独自のパターンをクラベスで刻んでいる。これが聴こえるせいと、そうでなくともスウィートなラテン風なので、多くのキューバ〜ラテン音楽愛好家のみなさんにも「マイーシャ」は親しみやすいはずだ。

『マイルスを聴け!』のなかで中山康樹さんは、このクラベス(中山さんは拍子木としか書いていないが)はピート・コージーだろうと推測しているまではさすがだが、すぐそのあとに「のん気に拍子木を叩いているが、これがいいアクセントになっている」と書いている。のん気?そうかなあ?中山さんって、ジャズや一部ロックのことはよくご存知だが、その他の音楽のことはちょっとねぇ…。ブルーズやラテン・ミュージックのことを知らないと、ジャズやロックだって理解できないと思うんだけどさ。故人だし、僕も散々お世話になりまくったので、あまり言わないでおこう。

「マイーシャ」で一番いいなと僕が思うのは、「ク〜、泣ける」と中山さんの言うマイルズのトランペット・ソロでは全くない。それは面白くないだろうという僕の見解は中山さんとは正反対。ボスの演奏ならオルガンと、レジー・ルーカスのメジャー・セヴンスを使ったコード・カッティングが美しく楽しいということと、そしてソニー・フォーチュンのフルートがいい。

特にソニー・フォーチュンのフルートが素晴らしいなあ。この人、1975年の来日公演盤『アガルタ』『パンゲア』でも、アルト・サックスの方はダサくて聴きようがないけれど、どっちも二枚目で聴けるフルートはかなりいいもんなあ。かつての僕の友人で、マイルズ・ファンクのサックス奏者は全員ダサいがデイヴ・リーブマンだけはいいという、僕と同意見だった方が、「マイーシャ」のあのフルートはリーブマンだからいいんだと勘違いしていたくらい。その勘違いを(ネット上で)僕が指摘すると、間違えましたがやはり素晴らしいですと認めてくださった。

「マイーシャ」では 9:43 でバンド全体の雰囲気がガラリと変化する。そこまで陽気で楽しい感じだったのが、突如ちょっと影が差したような暗めの曲調にチェンジして、マイルズの弾くオルガンもレジー・ルーカスの弾くギターも和音構成が変わり、ドミニク・ゴーモンが例のビヨ〜ンというやはり少し不安げな、ヨロヨロ揺れるようなソロを弾く。このギタリストはいつもそんな揺れるようなサウンドの持主ではあるけれども。

一曲のなかでのそんな感じの変化は、『ゲット・アップ・ウィズ・イット』二枚目一曲目の「カリプソ・フレリモ」でも聴ける。この曲もカリブ風なラテン・ファンクで、やはり陽気で賑やかな感じではじまって、マイルズの弾くオルガン(トランペットの方はどうもあんまり…)のフレーズもそうだし、リズム・セクションも派手に躍動しているが、10:05 で突然ストップする。
その後数秒間の空白があったのち、10:10 からはマイルズがかなり不穏な雰囲気のダークなオルガンを弾くのだ。リズムも静かになってテンポもかなり落ちてスローになる。そのスロでダークなパートで聴こえるシングル・トーンのエレキ・ギターは間違いなくピート・コージー。スタイルからそう判断できるし、録音時期からしても1973年9月なのでドミニク・ゴーモンではない。

「カリプソ・フレリモ」にある中盤のダークでスローなパートでソロをとるのはデイヴ・リーブマンのフルートとボスの電気トランペットだが、やはり陽気な雰囲気はほぼ全く聴き取れず、なんだか不安げにゆらめきふらついているような演奏内容だ。32分以上もあるという長尺曲全体のなかではいいアクセントになっているが、あのパートだけ聴くのならちょっとつらいと感じてしまうほど、聴いている僕まで不安に苛まれる気分。

スローにテンポ・ダウンしてやや暗いまま終る「マイーシャ」と違い、「カリプソ・フレリモ」ではその後 21:40 からピート・コージーだと思われるシングル・トーンの陽気そうなリフに導かれ、再び楽しげなラテン・ファンクが戻ってきて、その賑やかな雰囲気で曲が終るのだが、僕のなかでは中盤のあの暗くて不安なパートが尾を引くんだよね。

というのは、『ゲット・アップ・ウィズ・イット』という二枚組全体を通してもそうだし、リアルタイム・リリースではこの1974年11月リリース作品の次作にあたる日本公演盤『アガルタ』『パンゲア』でも同じことを感じるのだが、一聴派手で賑やかなファンク・ミュージックをやっているそのあいだでも、あの頃のマイルズがよくやっていたストップ&ゴー、あのパッとバンド全体の演奏が止まって空白になった刹那、そこに病的な不安が漂っているじゃないか。

あの暗い不安の幕はいったいなんなんだろう?『アガルタ』『パンゲア』でそうだという話は今日は置いておいて、『ゲット・アップ・ウィズ・イット』に限定するけれど、似たようにダークでダウナーなファンク・ミュージックを探すと、僕の知る限りではスライ&ザ・ファミリー・ストーンの1971年作『暴動』に行き着くのだ。

だいたいマイルズが影響を受けたスライは1970年のシングル盤「サンキュー」までの、すなわち賑やかに騒ぐアッパーなファンクをやっていた時代のスライであって、そういう痕跡は随所に聴き取れるので誰でも分りやすい。だがあの落ち込むように沈鬱な『暴動』から影響を受けたと思しきマイルズ・ファンクがあるのかというと、それはなかなか分りにくいんだよね。71年11月発表のアルバムなので、当然マイルズも即、聴いている。

前から繰返すように1971年のマイルズは全くスタジオ入りせずライヴ活動に明け暮れていた。翌72年の3月になってようやくスタジオ・セッションを再開する。ってことはその頃既にスライの『暴動』は聴いていたはずだ。そのままマイルズのスタジオ録音作品に影響があったようには聴こえないのだが、やはり徐々に、しかし確実に染み込んでいったんだろう。マイルズの音楽的体内を蝕んでいったと言い換えるべきか。

リアルタイム・リリースだけで追うとそのあたりの変化がかなり分りにくい。そりゃそうだろう、リアルタイムでの1970年代マイルズのスタジオ録音作品は、リリース順に『ジャック・ジョンスン』『オン・ザ・コーナー』『ビッグ・ファン』『ゲット・アップ・ウィズ・イット』だけになってしまうからね。

だがしかし1970年代マイルズのスタジオ・セッションでは、当時お蔵入りしたままだった音源がかなりたくさんある。前述の通り1972年にスタジオ入りを再開して75年に一時隠遁するまでのものは、2007年リリースの『ザ・コンプリート・オン・ザ・コーナー・セッションズ』で(完成品なら)だいたい全部聴ける。既発品も未発品も全部録音順に収録したこの六枚組で辿ると、マイルズの気分の変化がちょっとだけ分ってくる。72年末頃からダークでヘヴィーなファンク・チューンが姿を現すようになり、73年後半から74年あたりになるとそういうものが増えているんだよね。それらはほとんど2007年まで公式には未発表だった。

『ア・トリビュート・トゥ・ジャック・ジョンスン』とか『ゲット・アップ・ウィズ・イット』なんていうアルバム・タイトルは、アメリカ国内におけるブラック・パワー、黒人の人権意識高揚を反映したもので、それをさらに盛り立てようという意味だろう。前者は、直接的にはあくまで黒人ボクサー、ジャック・ジョンスンの伝記映画のサウンドトラック盤であるという意味だけど、後者の二枚組はアルバムのなかにそんな曲名のものもないし、だからマイルズかテオ・マセロかあるいはコロンビアの誰かが、かなり意識して考えて付けたアルバム・タイトルだ。

がしかしそんな「(黒人たちよ)立ち上がれ」みたいな意味のアルバム名にしているにもかかわらず、『ゲット・アップ・ウィズ・イット』の音楽的中身は必ずしも高揚感では満たされていないし、黒人同胞への励ましとか応援みたいなものにもなっていない。むしろその反対に人権活動の気分を挫くような、あるいはそんなものムダだとでも言いたげな気分の音楽じゃないかな。僕にはそう聴こえる部分があるんだけど、僕だけかな?

そんなマイルズの音楽的な気分のルーツは、どう考えてもやはりスライの『暴動』だったなあ。1969年まではあんなに楽しげにハシャギ廻っていたようなスライの音楽が、どうしてあんなにダークでヘヴィーでダウナーなものになってしまったのかは説明不要だろう。アメリカ黒人その他マイノリティや、彼らにまつわる文化に関係するあのあたりの時代状況の変化はみなさんご存知のはず。

『暴動』をリリースして以後のスライ&ザ・ファミリー・ストーンはどんどん崩壊していって、スライ自身がソロ活動に入るものの、ファミリー・ストーンというバンドは1975年に完全に解散してしまう。ソロ活動の方もほぼ沈黙したままで、生物的に生きてはいるものの、音楽家としてのスライはもはや存在しないも同然。

奇しくもマイルズが沈黙したのも1975年(の夏)だった。この人の場合、スライと違って数年後に復帰して活躍し話題を振りまいたものの、やはり75年までの輝きはなかった。僕みたいな人間ですらそう思うのだ。となると一時隠遁前のスタジオ・アルバムでは最終作の『ゲット・アップ・ウィズ・イット』に、かなり濃く暗い影が差しているのも当然なんだろうか?

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