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2017/05/30

ブラジリアン冷感フュージョン

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昨年書こう書こうと思いながら機を逸していたルイス・ド・モンチの『フラクタル』。今年もまた少し暑い季節になってきたので、再び引っ張り出していて聴いている。というよりも昨年七月に買って繰返し聴いて以後、いままでもずっと断続的には聴き続けていたのだ。つまりはお気に入りの一枚。

昨年リリースの『フラクタル』はルイス・ド・モンチのデビュー作で、だからまだまだ知名度は高くないはず。僕も全く知らなかった。隠さず言うけれど、昨2016年7月に荻原和也さんがブログ記事にしてくださらなかったら、僕なんかが知ることはありえなかったと思う。萩原さんの記事では「スムースなフュージョン・サウンドが飛び出し」て、「このサウンドのテクスチャーは、ジャズじゃなくて、フュージョンのセンス」で、しかもピシンギーニャやジャコー・ド・バンドリンの名曲もやっているとなっているんだから、僕が食いつかないわけないじゃ〜ん。
『フラクタル』のルイス・ド・モンチは、あのエラルド・ド・モンチの息子さんだそうで、エラルドってエルメート・パスコアールと一緒にやっていたギタリストだからなあ。エルメートが苦手な、というか(一部の作品を除き)エルメート不感症である僕にはここだけが心配だったのだが、そんな心配は無用だと萩原さんがお書きだったので買ったら、まさにストレートに僕好みのブラジリアン・フュージョンで、いいんだなあ、これ。硬派なジャズ・ファンや、最近人気の一定傾向のブラジル音楽好きのみなさんからは、悪口しか言われなさそうな、いわゆる<軟弱フュージョン>。

しかし『フラクタル』には、ちょぴり僕好みじゃない時間もある。父との関係だろう、御大エルメートの曲をエルメート自身が参加してやっている三曲目「カンダンゴ」の冒頭部だけはイマイチだ。この曲ではヴォーカルが入って、それもやはりエルメートの奥さんであるアリーニ・モレーナ。この曲の冒頭部はフワーッと漂う感じの、ミナス派っぽいサウンドで、ここだけがなあ。でもすぐにドラマーがビートを効かせはじめ、心配した感じはあっという間に終るので、この程度なら軽い味付け程度で好感を持って受け入れられるよ。アルバム全編があれだったら NG だが。
それにしても「カンダンゴ」でのエルメートはなにをやっているんだろう?ブックレット記載では Escaleta となっているのだが、これはメロディカのことだよねえ。でもそれっぽいサウンドは僕の耳では聴きとれない…、あ、いや、中間部でちょっとだけメロディカのソロが出てきた。これがエルメートか。まあしかしエルメートってそんな感じが少しあるんじゃないの?いろんなセッションに参加している(となっているもの)でも、やっているんだかやっていないんだか分らないようなものが。

この三曲目「カンダンゴ」以外はストレートなブラジリアン・フュージョンで、少しジャズ・ショーロ。四曲目「ラメント」と八曲目「リオの夜」が超有名ショーロ・スタンダード。ルイス・ド・モンチはこの二曲を、アルバム中の他の曲みたいに少人数コンボ編成ではやっていない。どっちも自身のギターだけをひたすら聴かせるような編成とアレンジでやっている。

「ラメント」(Lamentos) では、ルイス・ド・モンチのアクースティック/エレクトリック両ギター多重録音に、ブラシを使うドラマーだけという編成で、ドラマーは完全なる脇役でいてもいなくても同じような演奏。だからほぼルイス自身のギター(多重録音での)独奏というに近い仕上がり。ピシンギーニャの書いた美しいメロディはやや解体され気味だけど、聴きごたえのある面白い「ラメント」だ。ギター独奏でのフュージョン的なジャズ・ショーロ。
八曲目ジャコー・ド・バンドリンの「リオの夜」(Noites Cariocas)もまた変わっている。ここでのルイス・ド・モンチは、自分を含めギタリストだけ三人という編成でこのショーロ名曲をやっている。ナイロン弦が一本、残り二本がエレキ・ギター(のうち一本がルイス)の模様。ジャコーのオリジナルが持っている軽快な楽しさを残しつつ、ギター・アンサンブルの妙味を聴かせる演奏で、これも好感度の高いジャズ・ショーロ(でありかつフュージョン)。
ここまで書いてきたもの以外は、ゼカ・フレイタスの「アルマ・ブラジレイラ」が一曲目にあるだけで、他はルイス・ド・モンチ自作か、父エラルドの曲。「アルマ・ブラジレイラ」なんかは、普通のショーロ・ナンバーとしてやると、例えばこんな感じの演奏になるものだけど。
これを『フラクタル』一曲目のルイス・ド・モンチは、特にリズムの感じにショーロの香りを残しつつ、かなり爽やかなサウンドに仕立て上げている。こういうのはストレート・ショーロとしてやってくれた方が好きだったりする僕なのだが、いまからの季節にはピッタリな冷感があって、いいよねえ。このドラマー、好きだなあと思ってブックレットを見るとプリニオ・ロメロ(Plinio Romero)って、誰だろう?
父エラルド・ド・モンチの曲では、七曲目の「パブロ」が硬派なジャズ・ファンにもちょっと受けるかもと思える演奏で、リズムの感じもちょっと入り組んで難しそうだし(ドラマーのネネがややこしい叩き方をしている)、しかも哀愁を帯びたメロディで、日本人リスナーにも好まれそう。
でもエラルドの書いたものでは、二曲目の「フランシスコ」。こっちの方が僕好みの、いかにもな超軟弱フュージョン(笑)。これなんか、一部からは絶対に悪口しか言われないだろうようなものだよなあ。ある時期の渡辺貞夫さんとかがこういうなめらかな音楽をよくやっていて、人気はあったけれど、やはり褒められなかった。僕はこういうの、大好きだよ。好きなもの(人)は好きと、はっきり言うことにした。やわらかいなめらかさ、これですよ。
貞夫さんの名前を出したのは、単に僕が貞夫さんのフュージョン・ミュージックが大好きだからというだけではない。アルバム『フラクタル』五曲目のタイトルが「サダオ・サン」なのだ。これはやっぱり貞夫さんのことなんじゃないのかなあ。う〜んと、いや、根拠や確証などはゼロだから、ぜんぜん違うサダオさんかもしれないが、曲「サダオ・サン」にはソプラノ・サックス(は貞夫さんは吹かない、いつもソプラニーノ)奏者が参加していて、やはりジャズ・フュージョンだもんなあ。貞夫さんはいろんなブラジル人音楽家と密な関係があるんだし。冒頭のギター弾き出しも東洋風だし。
六曲目「パテルナル」はこれまたなんでもないブラジリアン・フュージョンだけど、同じくルイス・ド・モンチの自作である九曲目「プロクラ」はかなり面白い。冒頭の環境音みたいなのに続いてまずトランペットが鳴るけれど、それもルイスによる演奏。続いてチコ・セサールのヴォーカルが出る。チコの歌以外、楽器は全部がルイス一人の多重録音で、トランペット、(もちろん)ギター、フレット・レス・ベース、パーカッションなどなど。しかしこれ、三分もなくあっという間に終わってしまうので、さながら爽やかな風がサ〜ッと吹き抜けたかのよう。
アルバム『フラクタル』のクライマックスは、間違いなく11曲目の「カブラ・サファード」だろう。演奏時間も最も長い六分越えだし、参加ミューシャンが最も多い九人。そのうち、ギター(ルイス)とベースとドラムスの三人がリズム・セクションで、残り六人は管楽器やヴァイオリンやヴォーカルなどなど。あるいはなんの楽器だか記載を見ても音を聴いても分らないものが混じっている。スケールの大きな一曲で、ルイス・ド・モンチのコンポーザー、サウンド・プロデューサーとしての才能も感じる佳曲だ。

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