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2017/06/04

ポップなエリントン 〜 『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』

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計1時間10分なので CD 一枚に全部入る長さであるにもかかわらず、どうしてだか二枚組になっているデューク・エリントン楽団の『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』。アメリカの Stardust Records という僕は全く知らないところから2001年にリリースされたもの。僕が持っているのは、それを同じ年に日本クラウンが発売したものだ。以前も一度だけマイルズ・デイヴィス関係で触れたけれど、どうも日本クラウンのリリースって、ちょっと妙な感じのものがあるよね。

しかしエリントン楽団の『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』の中身は決して妙なものなんかじゃない。オフィシャル・リリースなのかブートレグなのか、そのあたりは曖昧なものだけど(まあたぶんちょっとブートくさい)、1938年の数ヶ月間ニュー・ヨークにあるコットン・クラブにエリントン楽団が出演した様子をラジオで放送したものがソースになっているもの。38年のエリントン楽団のライヴ演奏って貴重だからね。

しかも1938年というと、スタジオ録音ならエリントン楽団は主にコロンビア系レーベル(ブランズウィックなど)に吹き込んでいた時期。以前から執拗すぎるほど繰り返しているからまたかよ…、と思われるだろうが(でもマジで怒っているんだからね)本家筋の米コロンビアは、この時期のエリントン楽団スタジオ録音を自社でオフィシャルにはきちんと復刻していない。リイシュー専門レーベルのモザイクが発売したボックス・セットしかないのだ。あとはコロンビアも申し訳程度のベスト盤は出している。

そんなわけで、1938年のエリントン楽団の姿を知りたい、それもライヴ演奏で手っ取り早く知りたいという向きには『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』は好適な二枚組かもしれない。価格も安い。ライヴ出演時の演奏で、というのはちょっと面白いのだ。なぜかというとライヴ・ステージ(でもないが、コットン・クラブは)でなら楽団の代表的レパートリーがまあまあまとめて聴けるからだ…のはず…、と僕は思って買った(のとエリントン関係の CD 音源は全部ほしいのとで)のだが、実は1938年時点での代表作が揃っているわけじゃないんだよね。この点でなら二年後40年のライヴ録音『アット・ファーゴ 1940』の方をオススメしておきたい。
『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』の方は、むしろあまりエリントン楽団がやらないレパートリー、というかたぶん普段からやってはいたんだろうが、なかなかライヴ盤などには収録されていないものがたくさんあるという点にこそ意味や魅力を見出すべきものだろう。この二枚組に収録されているエリントンの自作で同楽団の代表作と言えるものは、全22曲中、一枚目一曲目の「エコーズ・オヴ・ハーレム」と11曲目の「ロッキン・イン・リズム」だけ。ほかは自作曲でも有名ではなく、またその数じたい少なく、ほかのライヴ盤などにも入っていないものばかり。だからこそ面白いんだよね。

もう一つ、重要なことを書いておかないといけない。エリントン楽団のコットン・クラブ定期出演は1929年から31年まで(何月ということなどの詳細は不明)。この29年の定期出演契約を結んだときのエピソードには興味深いものがいくつかあるのだが、今日は省略する。詳しくはなにかの紙に印刷されたもの(は日本語のものもある)や電子データ(はだいたい英語)の文献ですぐ読めるので、是非参照していただきたい。

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(2017年6月12日補記)

エリントン楽団のコットン・クラブ定期出演は、1927年12月4日から1931年6月30日まで、との記載が見つかって、どうやらその通りのようですので、そう訂正します。
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だから1938年というと、エリントン楽団はもうコットン・クラブに定期出演はしていなかった時期だ。コットン・クラブはマンハッタン北部ハーレムにあって、金持ち白人向けの娯楽を提供するナイト・クラブだったのだが、これが1936年にハーレムからダウンタウンに移動し(ブロードウェイあたり?)、それまで定期出演していたキャブ・キャロウェイ楽団の後釜としてクラブに請われて、エリントン楽団は37年3月に出演。次いで翌38年3月から6月にも出演し、38年のときは11回がラジオ中継された。だからそれをソースに『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』が発売されているってわけ。

『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』を聴くと、曲演奏前に頻繁にアナウンサーが演目を紹介するしゃべりが入るので、生中継ではなく録音放送だったんだろう。生放送で、こんな演奏直前に演目をそこそこ詳しく紹介するのは不可能だ。あるいは本日の演目はこれこれですと事前に実況アナウンサーに渡してあったりしたのだろうか?う〜ん、分らなくなってきたが、まあでも聴いて楽しいには違いないので、ま、いっか。

収録の全22曲中、エリントンの自作は上述の二曲だけというに等しいので、エリントン・コンポジションの素晴らしさは味わえない。それでも、ほかの既存曲・有名曲をエリントン流儀でアレンジしてあって、やはりアンサンブルのサウンドもサイド・メンのソロも、エリントン・カラーで染まっている。さらに、ここがかなり重要なんじゃないかと思うのだが、自作ではない多くのポップ・ソングをとりあげているので、『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』全体がかなり親しみやすい分りやすさ、ポップさをも兼ね備えているってことだ。

ふつうエリントン楽団でボスの自作曲をやるときは、西洋クラシック音楽愛好家にもファンが多いので分るように、やや高尚芸術臭い感じがどうしても拭えないんじゃないかなあ。エリントン愛好家は、たいていの場合、ここで二分化していて、クラシック音楽寄りのアート・ミュージックとして聴くか、あるいはブルーズ・ベースの下世話で猥雑な芸能ポップ・エンターテイメントとして聴くか 〜 このどっちかなんだよね。エリントン楽団に間違いなくあるそれら両面を、そのまま両面とも受け入れて愛するというリスナーは、案外多くない。そしてジャズ・ファンの多くもエリントンを芸術家として捉え、一方そうじゃないポップ・エンターテイメントとして捉えるリスナーは、そこに目をつぶる。本当にどっちかだけだ。はぁ〜…。

今日話題にしている『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』は、二枚組のほとんどの部分でポップなエンターテイナーとしてのエリントン楽団の姿を収録してあって、たぶんこれはそこを狙ったに違いない。だってさ、1938年のコットン・クラブ出演で、こんなにも自作曲が少ない、というかほとんどないようなステージを繰り広げていたのだとは考えられない音楽家だからだ。自作の有名代表作もたくさん演奏したはずだ。演奏はしたがラジオで放送されなかったか、あるいは放送はされたが、CD 収録の際にオミットしたかのどっちかに違いない。ある種の意図をもって。

『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』では当時の専属歌手アイヴィ・アンダスンがたくさん歌っているのもいい。例えば一枚目七曲目の「オン・ザ・サニー・サイド・オヴ・ザ・ストリート」。1938年4月24日の放送からとなっているので、フィーチャーされているアルト・サックス奏者のジョニー・ホッジズは、例のライオネル・ハンプトンのヴィクター・セッションで録音済み(37年4月26日)。それで歌うのは当然ハンプだった。

『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』では、その「オン・ザ・サニー・サイド・オヴ・ザ・ストリートでアイヴィ・アンダスンが歌うのがいいんだよね。歌手としての力量を、ライオネル・ハンプトンとアイヴィ・アンダスンで比較できないなんて言うまでもない。アイヴィがポップに歌ったあと、(たぶんローレンス・ブラウンではなく)トリッキー・サム・ナントンのトロンボーン・ソロも出る。

アイヴィ・アンダスンが歌うものでは、ほかに一枚目三曲目の「イフ・ドリームズ・カム・トゥルー」。この曲はエドガー・サンプスンがベニー・グッドマン楽団のために書いたもので、しかしグッドマン楽団では歌なしのインストルメンタル演奏だった。それを1938年3月24日放送のエリントン楽団ではアイヴィが色っぽく歌うのがいい。「もしも夢が叶うなら、私はあなたと一緒にいたいのよ」と。いいねいいね。

その他、『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』でアイヴィ・アンダスンが歌うラヴ・ソングはかなり多いので、いちいち全部は指摘できない。一枚目四曲目の「イッツ・ザ・ドリーマー・イン・ミー」、二枚目三曲目の「アット・ユア・ベック・アンド・コール」(情緒たっぷり!)、四曲目の「イフ・ユー・ワー・イン・マイ・プレイス」、五曲目の「オー・ベイブ、メイビー・サムデイ」とか、いいなあ。あ、最後の「オー・ベイブ、メイビー・サムデイ」はエリントンの自作曲じゃないか。見逃していた。「あなたこそ、私がいつも想っている人なんです、きっといつの日か…」って、アイヴィ、いいねいいね。

『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』でアイヴィ・アンダスンが歌うもののうち、ちょっと面白いのが二枚目八曲目の「ユー・ウェント・トゥ・マイ・ヘッド」。これはいろんなジャズ・メンやウィミンがやるかの有名スタンダード曲「ユー・ゴー・トゥ・マイ・ヘッド」のもじりでできた曲だろうなあ。この曲がポップ・ヒットしたのがちょうど1938年だったので、それにひっかけた遊びだ。エリントンの自作なのかそのへんの他作なのかも分らないものだが。

ちょっとだけ楽器演奏のことも書いておこうっと。一枚目一曲目の「エコーズ・オヴ・ハーレム」は、スタジオ・オリジナル通りクーティー・ウィリアムズがワー・ワー・ミュート・トランペットでグロウルするのをフィーチャーした内容の、リズムも含めいかにもなジャングル・サウンド。転調した瞬間にエリントン・カラーのホーン・アンサンブルがブワッと入ってくるのもお馴染。しかしこれはエリントン楽団では物珍しいものじゃない。一枚目ラストの「ロッキン・イン・リズム」同様、特筆すべき出来栄えでもない当たり前のクオリティの高さだ。

それらよりも一枚目二曲目で、セルゲイ・ラフマニノフの「前奏曲嬰ハ短調」(プレリュード・イン・C ・シャープ・マイナー)をジャズ・ナンバーにアレンジしてやっていたりするのはちょっと面白い。ラフマニノフの原曲を知らなければ、これがもともとクラシック楽曲だとは誰も分らないだろうようなスウィンギーな演奏。

二枚目九曲目「ローズ・ルーム」も古いポップ・チューンでスタンダード化しているが、ジャズ界では、当時、ベニー・グッドマン・セクステットのヴァージョンが最も有名だった。僕はああいったグッドマンのクラリネットが結構好きなんだけどね。あの頃だけならば。『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』でのエリントン楽団は、同じクラリネットのバーニー・ビガードをフィーチャーしているので、ボスもやはりグッドマン・セクステットを意識したんじゃないかな。後半部でジョニー・ホッジズのアルト・ソロと同時に奏でられるホーン・アンサンブルになってからは、やはりエリントンにしか書けないアンサンブルの筆だ。

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コメント

今回も興味深く読みました! このコンピレーションについてこんなに丁寧な解説はうれしいです!

この『コットン・クラブ・アンソロジー 1938』が「ポップなエンターテイナー」であるエリントン像を提示する、という指摘、なるほどと思いました。「1938年のコットン・クラブ出演で、こんなにも自作曲が少ない、というかほとんどないようなステージを繰り広げていたのだとは考えられない音楽家」という指摘はまさにその通りですね。言われてみると、この曲目リストはかなり作為的で、としまさんが繰り返されている 「ブラックミュージックとしてのエリントン」そのものが浮かび上がるような編集になってますね。

としまさんも本文で言及されている38年という時期も重要ですよね。本文中のご指摘のほか、わたしはベニー・グッドマンのカーネギー・コンサートがこの年に行われたことや、ストレイホーンとの出会いもこの年だったことを連想しました。翌年のストレイホーンの加入後、一気に洗練されていく直前の記録として聴いても興味深いです。

ところで、コットン・クラブの定期出演契約は1927-1931ではないでしょうか?

satoryuhさん、いつもありがとうございます。

エリントン楽団のコットン・クラブ定期出演は、よくよく調べ直してみると、「December 4, 1927, to June 30, 1931」という記載が見つかりました。1927年までは確かにキング・オリヴァーのバンドが出演している記録があります。

ですから、ご指摘の通り、1927〜31年に訂正します。

こまかい話で失礼しました。

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