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2017/06/06

クーティ・ウィリアムズ楽団のジャンプ録音

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「クーティ ジャンプ」で Google 検索すると、僕が書いた2015/09/29付のこのブログ記事(http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-86c2.html)しか出ないのだが、英語で検索すれば少しは出てくるはずと思ってやってみたら、今度はこのトランペッター関連の文章が全く出てこないぞ。う〜ん、どうなってんのこりゃ?クーティ・ウィリアムズ楽団のあの1940年代後半録音って、そんなに無視されたままなの?イカンなあ。

というわけで今日はそのあたりをちょっと書いてみようと思う。つまりジャンプ・ブルーズ(=ジャズだが)やリズム&ブルーズをやっていた時期のクーティ・ウィリアムズ楽団の音楽の話を。実はこのへん、なかでも1947〜49年に11トラック(一個は同じ曲のパート1とパート2)あるマーキュリー・レーベル録音は、熱心なブラック・ミュージック愛好家のなかでは、以前から愛聴されていた。本格的なきっかけは、1995年リリースの例のラジオ型のボックス『ブルーズ、ブギ、&バップ:ザ・1940s ・マーキュリー・セッションズ』CD七枚組だろう。これの六枚目にクーティ楽団のマーキュリー録音全11トラックが収録されている。

その後、僕は仏クラシックス・レーベルが年代順にリイシューしたクーティ・ウィリアムズ楽団の1940年代後半録音二枚を買って、現在までの最高の大好物。二枚に分れていて『1945 - 1946』『1946 - 1949』。40年代前半の同楽団録音が、やはりクラシックスからリリースされているのだが、僕は持っていない。手遅れだったのだ。また50年代に入ってからの同楽団は、さらにディープなリズム&ブルーズをやっていたらしいが、それはどこがリイシューしているんだろう?見つけられないから、ひょっとしていまだに未復刻…、なんてことはないよねえ?

クラシックスがリイシューしたクーティ・ウィリアムズ楽団の『1945 - 1946』『1946 - 1949』二枚で、計44曲、2時間11分。一度に全部をとりあげるのは僕には不可能なので、収録順=録音順にかいつまんで書いていこう。まず『1945 - 1946』の方で最初にオッ!これは!と思うのが三曲目の「ジュース・ヘッド・ボーイ」だ。1945年5月29日キャピトル録音。ボスのトランペット・グロウルもいいが、それ以上にフル・バンドでのこのノリ、特にリズムのディープさを聴いてほしい。これはもう確かにいわゆる「ジャズ」とは呼べないかも。でもジャズ・ファンのみなさんにも聴いてほしい。なぜならば、ジャズから流れ出てきたものに間違いないからだ。
フル・バンドでのジャンプ・サウンドがよく分るのが、『1945 - 1946』六曲目の「ハウス・オヴ・ジョイ」。やはり1945年のキャピトル録音。45年当時なら最も激しくジャンプしまくっていたものの一つじゃないかなあ。こりゃまあ確かにねえ、純粋芸術志向のジャズ専門家が眉をひそめるのは理解できないでもない。
『1945 - 1946』14曲目の「スティンジー・ブルーズ」。1946年1月29日のキャピトル録音で、前述の「ジュース・ヘッド・ボーイ」と同系統の深いノリを持つスロー・ジャンプ(or リズム&ブルーズ)。いいなあ、これ。最高じゃないか。普通のジャズ・ファンのみなさんも楽しんで聴いてくれたら、僕は最高に嬉しい。
『1945 - 1946』には、デューク・エリントン楽団時代のレパートリーが一曲だけある。16曲目の「エコーズ・オヴ・ハーレム」。エリントン楽団は1936年にクーティ・ウィリアムズをフィーチャーするものとしてこれを書き、同年2月27日に ABC レーベルにこれを録音。ABC はコロンビア系なので、モザイクがコンプリート・リイシューした CD11枚組で聴ける。こういう普通の(でもない?)ムーディなジャズ・ナンバーだ。
これをクーティ・ウィリアムズは自楽団で1946年1月29日にキャピトルに録音。基本的にはエリントン・アレンジに沿いながら、しかしフィーリングの猥雑さをグッと増し、ジャイヴィなヴォーカル・コーラスも背後で入れたりもしながら再演した。自身のワー・ワー・ミュート・トランペットでのグロウル具合も、エリントン楽団でのものより、一層激しい。
二枚目『1946 - 1949』の方がもっと楽しいので、こっちの話もしなきゃね。二曲目のスロー R&B ナンバー「エイント・ガット・ノー・ブルーズ・トゥデイ」。歌っているのはトランペット・セクションの一員ボブ・メリル。オブリガートは当然ボス、クーティ・ウィリアムズだろうね。ちなみにクーティ自ら歌うものが一曲だけあって、『1945 - 1946』のラストに収録されている。甘い感じでなかなか悪くないんだよ。
『1946 - 1949』では、3曲目の「ブリング・エム・ダウン・フロント」(1946/9/11、キャピトル)とか、18曲目の「レット・エム・ロール」(49/3/2、マーキュリー)とか、20曲目の「マーセナリー・パパ」(49/9/20、マーキュリー)とか、21曲目の「ドゥーイン・ザ・ゲイター・テイル」(同)とか、このあたりは、もうロックンロール誕生だと呼びたいほどだ。念押しするが、もともとピュア・ジャズの世界のトランペッターなんですけどね、クーティ・ウィリアムズは。
僕にしては短めの文章が仕上がったけれども、ウィンストン・チャーチルがいみじくも言ったこの言葉→「演説は女性のスカートの丈と同じで、興味を惹きつけるだけの短さも必要だ」〜 この名言で計れば、僕の普段の記事は完全に失格。長すぎて興味を持っていただけないだろう。今日の文章はそれを反省したわけではなく、またみなさんからすれば、そんな短めでもないような気もする。

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コメント

ゾワ〜ってくるサックス群のアレンジにプランジャーミュートでかぶってくるアドリブ♫ たまらないね。ふつーにジャズが好きな僕は、こういうバンド音楽を聴くたびに触発されるよ。
こういうズッシリしていながら軽やかなわっかりやすい演奏は最近はどこに行ったら聴けるのかなぁ。(群馬県の公務員バンドにはなかなかマネできないだろうねぇ。)言わずもがなだけどこの音楽が好きだ。思い出させてくれて、ありがとんちん!

名前がないけれど、ひでぷ〜だよね。僕をとんちんと呼ぶのはひでぷ〜だけだから。

こういう音楽はジャズのなかからは完全に消え失せたね。ジャズ・フィールドだけでその原因を探ると、すなわちビ・バップが勃興してそれに塗り替えられてしまったから。

だけどもっと大きな理由があって、それはアメリカ大衆音楽全体で見ると、こういう音楽はそのまま全部ロックになったってことなんだよね。ロック勃興の約10年前あたりに賑わったもので、その後ロックを生み、完全にロックが世界の覇権を握ったので消えたっていう、ダンス・ミュージックとしてのジャズだったんだ。

ジャンプ・ミュージックをやっていた1940年代頃のライオネル・ハンプトン楽団が、ハーレムのアポロ・シアターに出演した時は、黒人観客の全員がまるで気が狂ったように熱狂してなにかを叫びながら椅子から立ち上がり踊り出したそうだよ。

ぼくですー(^^)
ライオネル・ハンプトンもカルトだなぁ。

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