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2017/06/01

ベイシーのブルーズ・ピアノ

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以前の予告通り。1930年代後半のデッカ録音に、カウント・ベイシーが自楽団のオール・アメリカン・リズム・セクション三人だけを従えたカルテット編成でやったピアノ・ブルーズ録音が少しあるんだということを指摘した。その際はベイシー楽団のフル・バンド・スウィングの話に限定したので、それを割愛した。というわけで今日はカルテット編成でやるベイシーのピアノ・ブルーズの話をしたい。

まず、上でも書いたオール・アメリカン・リズム・セクションの三人のメンツ、なんて書いておく必要はないだろう。一つだけ言っておくと、1930年代のフル・バンド録音ではどうにも聴こえにくいフレディ・グリーンのギター・カッティングが、カルテット編成録音だとそこそこ鮮明に聴こえるのはいい。戦後のコンボ編成録音に比べればまだまだだけど、それでも1930年代後半で、しかもギター用に個別のマイクなんか用意されていなかった録音なんだから、これは上出来だ。

1930年代後半のデッカ録音において、カルテット編成でベイシーがブルーズを弾くのは全部で10曲12テイク。一回目が1938年11月9日で、5曲。二回目が翌39年1月26日で、5曲7テイク録音している。もっぱらベイシーによるソロ(でもないのか?)演奏だけど、現代的視点からは、他の三人は伴奏オンリーですか?なとど言われそうな気がちょっとする。僕たちのなかでは常識的なことだけど、1930年代後半でギタリスト、ベーシスト、ドラマーがソロを取ることなんてまあ例外、というかほぼありませんのでご承知おきを(むろん例外はある)。

そうでなくても、この二日間で録音された10曲12テイクでは、ブルーズ・ピアニストとしてのベイシーにフォーカスしようという意図が、録音を聴いていると鮮明に感じられるので、ますますベイシーしかソロ(でもないのか?全面的に弾くわけだから)を弾かないということになっている。フル・バンド録音でもイントロ部や中間部などで上手いピアノを聴かせているベイシーの、その上手さが際立っている。

10曲12テイクのなかには、ブルーズ・ファンなら間違いなく全員知っているという超有名スタンダードも複数ある。1938年11月9日にやった「ハウ・ロング・ブルーズ」「ブギ・ウギ」、39年1月26日にやった「ウェン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン」がおそらく最も知名度が高い。「ブギ・ウギ」は例のブギ・ウギ・ピアニスト、パイントップ・スミスの自作自演曲で、ブギ・ウギ・ピアノの代表作。カヴァーしているピアニストは、ブルーズ界以外にも多い。

「ハウ・ロング・ブルーズ」「ウェン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン」もお馴染(だと僕は信じているが、どうも最近名前を見ない)リロイ・カーの、やはり自作自演曲。この二曲もスタンダード化しているので、カヴァーしている人があまりにも多く、たとえブルーズ界に限定したとて誰が?との指摘など不可能。それほど多い。

いま「ブルーズ界に限定」と書いたが、今日のこの文章は、というかそのずっと前から、僕はビル・カウント・ベイシーやジェイ・フーティ・マクシャンなど、カンザス・シティのピアニストは、どっちかというとジャズというよりブルーズの枠内で認識してきている。正確にはカンザスだと、ピアニストに限らずジャズとブルーズの区別などできない。

そういったカンザスの黒人コニュニティの基盤に根ざしたようなブルーズ・ベースのジャズこそ、カンザス・ミュージックの売り、特徴ではあった。がしかしそれをジャンプ・ミュージックを産む母胎になったからといって、中村とうようさんみたいにあまり言いすぎない方がいいかも?ちょっとこのへん、とうようさんはやりすぎだったかも?だってベイシーにしろマクシャンにしろ、泥臭さは全く聴きとれない。あるのは泥臭さじゃなくて都会的洗練だ。だから(たぶんとうようさんは対極に置いた)ベニー・グッドマン楽団など白人スウィングのフィーリングに近いし、実際様々なセッションでの共演数がメチャメチャ多く、相性も良い。とうようさんにとってジャズにおけるブルーズは「特別」だったかもしれないが、カンザスにおいてはそれは「日常」。

おっと、また話が逸れてしまった。ブルーズ・ピアニストとしてのカウント・ベイシーの弾き方は、ブルーズ曲に限らず、世代的に見ても1910〜20年代のストライド・ピアノが直接の源流になっているように思うのだが、しかし今日話題のカルテット編成録音は1938年が最初だから(フル・バンドでも37年1月が初録音)、もう既に脱却していて、痕跡はほぼ存在しない。ハーレム・スタイルに代わって、アール・ハインズ流の右手単音弾き、そしてブギ・ウギ・スタイルの影響が濃く聴ける。

まず1938年のセッションで最初にやったリロイ・カーの問答無用の有名曲「ハウ・ロング・ブルーズ」。かなり重くズッシリ来るような左手の弾き出しで、直後に右手でかの旋律を弾きはじめる。オール・アメリカン・リズム・セクションが立派な伴奏をしている(フレディ・グリーンのギターが鮮明に聴こえる)ので、当然既にベイシーは、トレード・マークにもなったあの音数の極端に少ないスカスカなラインを弾いて、リズム・セクションの演奏を聴かせるというようなスタイル。
ボスも伴奏も、跳ねるというより引きずるようなヘヴィなリズム感を出しているが、これは1928年録音のリロイ・カー・オリジナルがそうなっているのだ。左手で弾くズンズンというリフは、ベイシーもリロイ・カーの弾き方を真似している。書いたようにベイシーはどっちかというとブルーズ界のピアニストだから、1938年なら(既に故人の)リロイ・カーからもたっぷり影響はこうむっている。いちおう「ハウ・ロング・ブルーズ」のリロイ・カー・オリジナルも貼っておこう。ちょっと聴き比べてほしい。
ベイシーの独創は、こういったかなりブルージーなリロイ・カーの弾き方(と言ってもリロイはソロは弾かない、歌のバックで同時に弾くだけ)から強い影響を受けながら、それを都会的にソフィスティケイトして、(たぶん)当時の白人でも聴きやすいオシャレなジャズ・ブルーズ・ピアノに仕立て上げたことだ。リロイ・カーがそもそも都会的に洗練されたブルーズ・マンだったのを、もっと一層グッとオシャレで聴きやすく、リロイには残っているある種の泥臭さはほぼ完全に消した(だから白人ジャズ・メンとも…)。

同じリロイ・カー・ナンバーである「ウェン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン」(イン・ジ・イヴニング)の、カウント・ベイシー・カルテットによる1939年録音でも全く同様のことが言えるので、これにかんしてはこれ以上なにも言うことはない。リロイのとベイシーのと、音源を貼ってご紹介だけしておこう。リロイ・ヴァージョンにあるブロック・コードでのダダダ・ダダダの三連をベイシーは全く使っていないので、フィーリングがかなり違うよね。

「ウェン・ザ・サン・ゴーズ・ダウン」
パイントップ・スミスが1928年に録音・発売した「ブギ・ウギ」。これも38年にカヴァーしたカウント・ベイシーは泥臭さを完全に抹消して、ブギ・ウギにある身体感覚、すなわち激しくダンサブルなフィーリングをマイルドに緩和しているのが分る。しかしベイシーも左手のパターンは完璧にブギ・ウギ・スタイルだ。

「ブギ・ウギ」
パイントップ・スミス→ https://www.youtube.com/watch?v=fDp9cOLxYv0
フル・バンド録音でも、例えば「ワン・オクロック・ジャンプ」初演のピアノ・イントロ部など、随所にベイシーのブギ・ウギが聴こえるので、ちょっと注意してみてほしい。ベイシーが録音を開始するのはニュー・ヨーク進出後の1937年なので、ブルーズ・ピアノの一形態であるブギ・ウギがあっても全く不思議なことじゃないどころか、ないとオカシイ。

ちょっとだけ他の曲にも言及しておこう。1938年のセッションで「ハウ・ロング・ブルーズ」の次にやった「ザ・ダーティ・ダズンズ」。やはりブギ・ウギ・ピアニストであるスペックルド・レッドで有名な曲だが、ベイシーは歌はやらない人なので、これもインストルメンタル・ブギ・ウギ・ピアノ。左手のパターンはブギ・ウギを土台にしたベイシー・オリジナルで、フル・バンド録音でも同じようなのがいろいろ聴ける。右手で少ない数の音をコン・コンと置くように弾くのも、ベイシー以外のピアニストには真似できないスタイル。だってリズム・セクションがかなり立派でないと成立しないものだから。

「ザ・ダーティ・ダズンズ」
スペックルド・レッド→ https://www.youtube.com/watch?v=FAzUhRRvAgA
ダーティ・ダズンという言葉の意味とか、アメリカ大衆音楽界でどんな重要性を持っているのかとか、ジャズ・メンでもブルーズ・メンでも他の人たちでも、いろいろとこの言葉が入るものがかなりたくさんあって、それらひっくるめてどう考えたらいいかなど、この部分については今日書くことはできない(のはご存知のみなさんなら納得していただけるはず)。

全12トラックあるデッカへのベイシーのブルーズ・ピアノ録音のなかで、ブギ・ウギを土台としながら最も軽快なスウィング感を聴かせるのが、1938年の「ザ・ファイヴズ」と39年の「オー!レッド」。どっちも可憐なチャーミングさ、リリカルさがあるのも聴きものだ。ブルーズ・ナンバーをやりつつ、三人のリズム・セクションとあわせ四人全員が一体となって創り出すノリの洒脱な軽妙さは、ジャズ界でもブルーズ界でも、この当時、彼ら以外表現しえなかったはず。

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