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2017/07/14

コルトレーンがマイルズにもたらしたもの(1)〜 アクースティック・マイルズから『キリマンジャロの娘』へ

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最近、マイルズ・デイヴィスの電化ジャズ路線に聴けるカリブ〜ラテン〜アフリカ要素について、いろいろと聴きなおしながら考えなおしている。具体的には1968年のアルバム『キリマンジャロの娘』の存在感が、僕のなかでどんどん大きくなってきていて、ここへ至るまでにマイルズがどういう経緯・足跡を辿ったのか?ということをじっくり考えなおしているのだ。1969〜71年あたりのマイルズ・ミュージックの激変と、その後1972〜75年のハードなファンク期については、書くことが少し減りつつあるように個人的には感じている(それくらい書いてきたつもりだ)。

しかし1968年の『キリマンジャロの娘』がどんどん大きく見えてきて、僕のなかで重要度も増してきているというのは、なにも69年以後のマイルズについて書くことが少ないからということが原因なわけではない。聴けば聴くほど『キリマンジャロの娘』がどんどん面白くなっているだけだ。いろんな意味でね。このクウェラ・マイルズとも言うべきアルバムについては、以前一度だけ単独記事にもしたが、改めてもう一回じっくり取り組んで書きなおしてみようという腹づもり。

そんな(カリブを経由した)アフリカン・マイルズ・アルバム『キリマンジャロの娘』に至る道程については、先週もちょっとだけ触れた。このとき、機会を改めて本格的に書いてみるかもしれないと言ったけれども(http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/post-1021.html)、それが今日の文章だということでもない。別のきっかけと目的で、マイルズのあるライヴ・ボックスを聴きなおしていて、ハッ、これは!と気がついたので、記しておくべきだろうと考えた次第。

聴きなおしていたのはソニー/レガシーが2011年にリリースした CD 三枚+DVD 一枚の『ライヴ・イン・ユーロップ 1967:ザ・ブートレグ・シリーズ Vol.1』だ。このタイトルでお分りのように、同じソニー所属であるボブ・ディランの一連の「ブートレグ・シリーズ」の真似をしたタイトルで、同じ副題でマイルズのこの手の未発表曲集を、現在、第五巻まで発売している、その一番最初だったもの。1967年秋冬のマイルズ・バンド欧州公演の収録盤。

この1967年10/11月の欧州公演を聴きなおそうと思ったのは、ジョン・コルトレーンの死が、かつてのボスであるマイルズの音楽にどういう影響を及ぼしたのか考えなおしてみたかったから。本当にそれだけだった。コルトレーンの死は67年7月17日。1959年ごろからは、当時のボスであるマイルズにとってすらコルトレーンは大きな存在になっていて、60年春頃のトレーンのバンド脱退時には、マイルズは行かないでくれぇ〜と泣いてトレーンの膝にすがりついたそうだ。泣いてすがったはもちろんウソだが、それくらい辞めないでという気持が強かったのは正真正銘ホントのことなんだよね。

独立後のジョン・コルトレーンの快進撃を今日繰返す必要はない。かつてのボスもそんなトレーンの大活躍を頼もしく思う、なんて軽いもんじゃなく、音楽的にもかなり大きく強いものをマイルズだってトレーンからもらっていた。もちろんマイルズだけじゃない、1960年代のジャズ界全体にかなりの影響力をトレーンは発揮したから、67年7月の死はシーン全体に大きすぎる衝撃だったし、かつてのサイド・マンにして弟子格でもあったトレーンの死が持つ意味は、マイルズにだって相当に大きかったはず。

1960年代半ば以後のジョン・コルトレーン・ミュージックは、主に和声面での拡大化とリズム面での革新によって、めぐりめぐって70年代マイルズの電化ファンク路線に繋がっているというのが僕の見方なんだけど、最初に書いたように70年代マイルズの話は今日はしない。この<60年代コルトレーンから70年代マイルズへ>という流れの話は、70年代マイルズ・ファンクに関連して僕がまだ突き詰めて考えていない一つで、しかも大きなテーマでややこしそうなので、やっぱりまだまだずいぶん先だな。

まあそんなことでマイルズ1967年10/11月の欧州公演盤『ライヴ・イン・ユーロップ 1967』の(DVD を除く)CD 三枚を聴いていた。すると、ジョン・コルトレーンの死からわずか数ヶ月後云々という意味合いよりも、なんだかこりゃ翌68年6月と9月に録音する『キリマンジャロの娘』を、特にリズム面で予告しているんじゃないかと聴こえてきたのだった。それでようやく最初の方で書いた類の話をしよう(でもこの事実は、やはりコルトレーンからの影響であるような気もするが、今日はそれは展げない、別の機会に)。

『ライヴ・イン・ユーロップ 1967』のバンドは、言うまでもなくマイルズ以下、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズのニュー・クインテット。この五人編成バンドは一人のメンバー・チェンジもなく四年近くも続いた。これはマイルズの場合これだけなんだよね。ファースト・クインテットは一年と少しだったし、それ以外のマイルズ・レギュラー・バンドなんか一年も続いていない。メンバー・チェンジなしではほんの数ヶ月程度がほとんどなんだよね。だからボスもこの1964年秋からのニュー・バンドを気に入っていたんだろう。

『ライヴ・イン・ユーロップ 1967』のどこらへんが翌年録音の『キリマンジャロの娘』を予告しているのかというと、まあもちろん前者の楽器編成はオール・アクースティックで、後者では若干エレクトリック(鍵盤は全部エレピで、ベースが一部エレベ)という大きな違いはあるのだが、前者の67年ライヴでのいくつかの曲では、トニーのドラミングが相当凄いことになっているんだよね。これはもはやカリビアン〜ラテン〜アフリカン・ジャズのリズムなんだなあ。それに触発されて、ベースのロンもピアノのハービーも<ハミ出し>かけている。そのきっかけをウェインのテナー・サックス・ソロがつくったりすることもある。

『ライヴ・イン・ユーロップ 1967』でトニーのそんなドラミングが聴けるものはたくさんある。このライヴ・ボックス CD 三枚の中身は、67年10月28日アントワープ公演九曲(CD1)、同11月2日コペンハーゲン公演五曲(CD2)、同11月6日パリ公演十曲(CD2&3)。そしてどの日でもすべてやっている「アジテイション」「フットプリンツ」「マスクァレロ」の三つのそれぞれ三回、すなわち計六つでのトニーが鬼と化しているんだ。どうしてこんな叩き方ができるのか、素人の僕にはサッパリ理解できないほど凄いぞ。

一番凄いと僕が思うのが11月2日のコペンハーゲン公演でのそれら三曲だ。一番ぶっ飛んでいるものの話からすると、『ライヴ・イン・ユーロップ 1967』CD2の五曲目「マスクァレロ」。この日のライヴはフルで YouTube にアップロードされているのでぜひどうぞ。「マスクァレロ」は 37:12 から。「ラウンド・ミッドナイト」と「ノー・ブルーズ」を除くほかの曲の演奏も面白いが、「マスクァレロ」でトニーが叩き出すリズムを聴いてくれ。
マイルズのソロ前半の背後では普通の8ビート・カリビアン/ラテンだが、その後半部からいきなりなんだ?このリム・ショットとシンバルとハイ・ハットの使い方は?ぶっ飛んでいる。二番手ウェインのソロ背後ではズム・パターンを変えやや落ち着いた、しかしディープなフィーリングのラテン・リズムを叩いている、かと思いきや、やはり後半部ではかなり複雑でやかましく素晴らしい。三番手ハービーのソロ背後ではトニーが叩くのをやめ、ほぼベースとのデュオ演奏になっている。

しかも三人のソロ背後でのリズム・パターンは一様ではない。派手でラテンで賑やかになったり静かになったりを反復して、表情に変化をつけている。この二点:ポリリズミックなカリビアン/ラテン/アフリカン・グルーヴ、動と静との反復 〜 この二点において、完璧に翌1968年の『キリマンジャロの娘』を、特に(CDだと)一曲目「フルロン・ブラン」、四曲目「キリマンジャロの娘」を予告している。アルバム『キリマンジャロの娘』でもドラマーはもちろん全曲トニー。
こんなのは1967/68年当時のエルヴィン・ジョーンズだってあまりやらない。いや、やってはいたが、本当にエルヴィンとトニーの二人だけだっただろう、こんなことができたのは。最近の僕は、マイルズのアルバム『キリマンジャロの娘』をかけて、クウェラ・ジャズである一曲目「フルロン・ブラン」冒頭のトニーのスネアに続きチック・コリアのエレピがリフを弾きはじめ、すぐにトニーがポリリズミックに叩きだすと、もう全身鳥肌が立つほどゾクゾクするよ。

なんの前触れもなく、1968年にいきなりそんな「フルロン・ブルン」みたいなものができあがったはずがないんだから、なんだっただろう?前作の『マイルズ・イン・ザ・スカイ』にこんなのないしなあ、どうなってんの?とか思っていたのだった。直接的には先週書いたように、欧州公演から帰国直後である67年12月と68年1月録音の「ウォーター・オン・ザ・パウンド」「ファン」がきっかけになったのは間違いないと思う。が、その少し前のまだアクースティック・ジャズ時代のライヴ演奏に、はっきりとこの予兆が聴けるじゃないか。う〜ん、今日の今日までこの事実に気がついていなかったマイルズ狂は、きっと僕だけに違いないぞ。そしてこれがジョン・コルトレーンからもらったものであることも。

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コメント

🤔うーん。トニー・ウィリアムがいいね。昔はカオスだと思ってたけど、とんちんの解説付きで聴くと確かにビートが分かる。今日はトレーンの命日で、このような熱狂的な発見を知ることができてとってもうれしいよ。ありがとう。

トニー・ウィリアムじゃなくて、ウィリアムスの間違い…(´・_・`)

トレーンの命日に合わせようと狙ったものじゃなかったんだ…。偶然なんだよね…。

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