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2017/07/25

ヒップ・ホップが打ち砕いてくれた近代西洋のオリジナリティ信仰

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(いま耳が聴こえにくいので音楽の細かいことが分らないシリーズ 3)

アクースティクであれエレクトリック/エレクトロニックであれ、人力演奏の方がいまでもやっぱり断然好きである僕。そうではあるけれど、近代音楽史、というかあるいはひょっとしたら人類近代史における大転換/大逆転についてはとりあげて、高く評価しておかないとダメだよね。それは(主にヒップ・ホップ・ミュージックとその手法の普及以後に拡散した)サンプリングその他のことだ。

サンプリング(とレコード・スクラッチもあわせて)の手法は、個性・オリジナリティこそが音楽にとって最も重要なものであるという考えを、まあそれは幻想かも?と僕は思うんだけど、木っ端微塵に打ち砕いた。サンプリングを死体処理だとか破壊行為だとか言う方々もいるけれど、僕はそうは思わない。正反対に面白いことをやりはじめてくれたと評価している。一度「死んだ」ものに息を吹き込んで蘇らせてくれているとも思うので、死体処理・破壊行為どころか、むしろその逆じゃないか。

その人にしかない(悪く言えば押し付けがましい)独自個性とかオリジナリティとかいう考え方、それこそが音楽表現において最も重要なもので、それがない音楽作品なんてなんの値打ちもないのだとする考え方 〜 これは僕も前々から繰返しているが、近代西洋の考え方なんだよね。こと西洋に話を限定しても、このオリジナリティ第一優先主義の歴史は浅いし、また20世紀後半以後は既にこの歴史は終っているように見える(ポスト・モダニズム)。

西洋に限定しなければ、この独自個性第一優先の考え方が支配している場所や歴史の方が少ないんじゃないかなあ。あたかもそれが支配している(いた)かのように見えるのは、近代西洋のそんな考え方が最も分りやすい、というかはっきり言ってしまうが、最も音楽業界の経済流通がしやすい、もっと端的に言うと「お金儲けしやすい」システムに直結するからだ。

このことは20世紀以後なら世界最大の音楽マーケットであるアメリカ合衆国の事情をちょっと考えれば誰だって分る。おそらく19世紀末〜20世紀初頭のティン・パン・アリーの時代に、そんなジャンジャンお金儲けできる音楽産業システムが成立した。曲や歌詞を書く人が「独自考案した」新曲の譜面は「オリジナリティ」の発揮であって、そのソングライター個人の才能にだけ由来するものだから法的独占「権利」を主張できるのであって、それを別の人が使用するなら「金銭」が当然のごとく発生する 〜 このシステムでアメリカ音楽産業は2017年までずっと変わらず動いてきている。

もちろんアメリカにだって、そんな個性=権利=金銭という考え方とは無縁に存在していた音楽世界もいろいろある。一つだけ例をあげれば、南部の黒人コミュニティ内におけるカントリー・ブルーズの世界にはこんな考え方はない。このことはいままで散々繰返しているので今日は詳述しない。「曲」(とかいうもの)も(主にギターの)演奏パターンも、すべてが社会の共有財産で、それを誰か個人のブルーズ・マンが受け継いでそのまま表現しているだけだ。そこに個性なんかない。だから権利も金銭も(ほぼ)発生しない。

それがあたかも発生しているかのように見えるのは、アメリカのレコード会社がこの世界に入り込んで録音し、レコード商品として売るようになったからだ。レコードにはふつう曲名・作者名・演唱者名がレーベル面に記載される。それが権利と金銭の発生する「オリジン」であるとみなされることになるわけだけど、それが「自分のもの」ではないと分っている当の南部黒人ブルーズ・メンはどうだっただろうなあ。

アメリカ音楽業界はこの著作権の世界に一世紀半以上しがみついてきた。これこそが業界秩序で、これがなかったらなに一つできない、というかまたまたはっきり言うが、商売にならない。お金が入ってこないのだ。そういうシステムになってしまった。最初のころは白人支配だったアメリカ音楽業界も、最近は上層部にだってアフリカ系はじめいろんな人たちがいるはず。それでもまったく同じ著作権ビジネスをやってきているじゃないか。

ヒップ・ホップの台頭まではね。

ヒップ・ホップは音楽に限定された用語ではないはずなので、ヒップ・ホップ・ミュージックと言わないといけないが、それが多用するラップ・ヴォーカルは、おそらくジャマイカ由来。ジャマイカでレゲエ・ミュージシャンがつくったダブ(カラオケみたいなもの)に乗せ DJ がしゃべる(トースト)。これはキング・タビーと彼が起用した DJ である U・ロイあたりが最初なのかなあ、まあそのあたりだよね。彼らが既存音源をいじくって「別のなにか」を編み出して、その上におしゃべりを乗せるということをやりはじめ、それがヒップ・ホップ・ミュージックの基本手法のはじまりだ、たぶん。U・ロイは元祖ラッパー。 はっきりしないが1960年代末あたりのこと。けれどジャマイカでも一般化するのはあくまで70年代以後だよね。

キング・タビーだけじゃなく、ジャマイカのレゲエ(系)・ミュージシャンは、アメリカ合衆国の黒人音楽から非常に強い影響を受けている。それは上で書いたようにあくまで秩序を守った業界主導のレコード商品、それを(権利金を払って)流すラジオ放送などによるもの。だが著作権(=オリジナリティ)を水戸黄門の印籠のようにふりかざすアメリカ音楽業界内で誕生した流通商品から影響を受けてやりはじたのだとしても、ダブとトーストの基本手法は、完璧にそんな秩序を破壊する方向へ向かい、アメリカ合衆国に逆輸入されたのだと言える。

ジャマイカにおけるダブと DJ によるトーストの手法。これは、その影響でアメリカ合衆国において1970年代末以後、特に80年代半ばからどんどん大流行しはじめ、いまやこれなしでは誰も音楽作品を創れないかのようになっているサンプリング手法と、それを活かしたヒップ・ホップ・ミュージックの直接かつ最大のルーツだ。ジャマイカ黒人たちのそれはゲリラ的な発想(貧乏人音楽だったから)だったのだが、それがアメリカ合衆国に持ち込まれ、やはりゲットーの貧乏黒人たちの共感を呼び、サンプリング、ラップ、スクラッチなどアナーキーな方向へ突っ走り、どんどん支持を拡大して、その結果、大資本の音楽業界主流にまで食い込んで、いや、食い込んでいるなんてもんじゃなく、いまや完全に逆転支配しているじゃないか。

アナーキーと書いたが、これは誇張とかある種の格好つけとかじゃない。アナログ・レコードの盤面をターンテーブル上でわざとギシギシと、それも手で逆回転させ、針を乗せたままだから引っ掻くような音がするのを商品に入れて、それを「演奏」と等価なものとして扱うスクラッチ。既存の音楽商品から許諾なしに(最近は許諾を得ることも)音の一部分を切り取って、それをそのまんま「自分の」音楽作品のなかに無断借用し、それを流通商品化するサンプリングとブレイクビーツ 〜〜 これらはアメリカ音楽業界を、いや近代西洋以後の人間世界を牛耳ってきた個性とかオリジナリティの考え方を完全否定しているわけだから、近代西洋思想を根底からぶち壊してしまうものでなくてなんだというんだ?アナーキーとはそういう意味。

人間世界、文化全般なんて大きな話は僕には無理なので、ポピュラー・ミュージックの世界にだけ限定して書いたが、特に20世紀以後のアメリカ音楽業界が高度にシステム化した、曲・歌詞を書き歌い演奏する人間が持つ個性、オリジナリティ(らしきもの)で著作権利を担保し、それでこそ金銭が発生するという、これを大前提とした業界経済の全歴史を、ヒップ・ホップは盛大に裏切ってしまった。僕の言う裏切りとかアナーキズムとかは、この場合はもちろん最大級の称揚の言葉だ。

ある種の人たちにとっては、そんなものはやはり単なる音楽の破局・終焉を意味するものかもしれない。しかししつこく繰返すがオリジナリティという考え方は近代西洋だけのものだ。考え方ですらなく、それは一種の信仰。そしてこの信仰の強さが招いた巨大収益システムもまた近代アメリカが組み上げたもの。歴史的・地理的に大きく俯瞰すると、世界の音楽はそんなものでは動いていない。このことをヒップ・ホップ・ミュージックは教えてくれているんじゃない?

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コメント

こんにちは。いつも興味深く読んでます。
耳の調子が悪いとのこと、お察しします。早くよくなることをお祈りしています。
でも、このシリーズも実に興味深い。
岩浪洋三氏とQJの話も面白かったのですが、
この「オリジナリティ信仰」については、深くうなずいてしまいました。

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