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2017/07/02

スウィングするナンセンス 〜 スリム&スラム

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今日話題にしようと思っているスリム&スラム(スリム・ゲイラード&スラム・スチュワート)もまた、一般的にはジャイヴ・ミュージックの人、しかもこの分野の王者とまで言ってもいいくらいの存在だ。特にスリムの方はそう。だがしかしこういったジャイヴやジャンプなどを、中村とうようさんがあれほどまで執拗に「ジャズではない」と繰返したのは、言ってみれば横紙破り的な戦略だったに違いないと僕は考えている。

スリム&スラムだけじゃなく、キャブ・キャロウェイにしてもルイ・ジョーダンにしても、その他とうようさんがたくさん書いたジャイヴ/ジャンプ・ミュージックの人たちは、もちろんジャズ・ミュージシャンだ。がしかし本流から外れた、というか外されたマイノリティだってことだよね。人間社会でも音楽世界でも、マイノリティがマジョリティと同等の扱いを受けるようになるためには、あえてとうようさんみたいなああいった故意の戦略も必要だったんだろう。

こんな面白い音楽がジャズのなかにあるのに、どうしてみんな無視するんだ?どうしてマトモに一人前扱いしないんだ?ああいったジャイヴやジャンプをメインストリームのジャズのなかでなんとか正当に位置付けてほしい、その結果、認知度が上がって、みんながどんどん聴くようになってほしい 〜 こんな一心でとうようさんはあんな横紙破りをやっていたんだろう。それは人間社会でのマイノリティが「毎日生きていくことだけで闘いだ」と言うのと同じ種類の<闘い>だったのかもしれない。障壁を取り払うための。

毎度毎度の繰返しになるが、僕がジャイヴやジャンプを聴きはじめ好きになったのは、中村とうようさんの存在を知る前で、だからこれにかんしてはとうよう信者的な部分が薄い。まったく関係なくレコードを買って聴いて好きだったし、その後とうようさんに出会って以後も、あまり関係なく僕は自分でジャイヴやジャンプをディグして聴き続けてきた。それでもやっぱり日本ではとうようさんが編んだアンソロジーも多いので、かなりお世話になっているのは間違いないが、しかしそれらがジャズの本流から外れたマイノリティだという認識そのものが僕にはないんだよね。ゼロだと言ってもいいくらい。

だから、中村とうようさんのそういった(同じジャズだと分っていながらあえて「違う音楽だ」と書いた)故意の戦略には、僕は共感できない部分もある。そのあたりのとうようさんの功と罪(の方はあるのかどうかよく分らないが)については、一度ちゃんと僕なりに突き詰めて考えてみて書かないといけないと思っている。それにしてもちょっと周囲を見渡せば21世紀のいまでも、ジャイヴやジャンプはジャズの鬼子だという認識、あるいはジャズにそんな子がいるのだという存在そのものに気づいてすらいない場合も多いので、とうようさんの闘いは結局実を結ばなかったのだろうか?熱心なとうようさんファンですらも、あのへんの音楽はいわゆるジャズとは違うんだ、「周辺領域」だと思っている場合があるみたいだしなあ(まあとうようさん自身がそう書いたからだけど)。こういう結果がとうようさんの望んだことだったのか?僕はちょっと違うんじゃないかと思っている。単にノーマライゼイションを言っただけじゃないのかなあ。普通に飛行機に乗りたいだけ、普通にトイレしたいだけ、というのと同じく。

まあいい。このあたりの話はホント相当じっくり考え直してみないとね。今日はスリム&スラムの話だ。このコンビの出会いは1937年のラジオ・ショウにおいてであったらしい。スラム・スチュワートの方はベーシスト兼ハミング・シンガーで、ウッド・ベースを普通にピチカートで弾くだけでなく、弓で弾きながらそのフレーズのオクターヴ上をユニゾンでハミングするのが芸風の人だけど、スリム・ゲイラードの方はどういう人なのか、説明が面倒くさい。多彩・多芸すぎるからだ。

スリム・ゲイラードの担当楽器で最も知られているのはギターだろう。それ以外にピアノ、ヴァイブラフォン、トロンボーン(スライド・トロンボーンの方は、ある意味、一本弦ギターみたいなもんだ)、各種サックス、各種パーカッションをこなす。そしてタップ・ダンスもやり、さらにここまで書いてきた要素以上に最も強烈なのがジャイヴ・シンガー、ヴォーカリストだということだ。いや、シンガーやヴォーカリストというより、リングイスト(言語学者)とでも言うべきか。そしてまた、シュールレアリストでもある。

スリム・ゲイラードは晩年来日もしたが(中村とうようさんが撮影した写真もある)、レコード録音上で辿ると1937〜59年ということになるようだ。59年のドット・レーベル原盤分については、やはりとうようさんが編んだ MCA ジェムズ・シリーズの一枚『スリム・ゲイラード 1959』にまとめられているので、これはまた別の機会に話をしたい。作家ジャック・ケルアックが惹きつけられた(『オン・ザ・ロード』)ように、ビートニクやヒッピー感覚を少し先取りし、フォーク・ソングのパロディをやったりもしていてかなり面白い。そんなスリムが、反体制運動が盛り上がったはずの1960年代に入ると忘れられたのは、結局、60年代のああいったムーヴメントは白人インテリ層の知的な遊びでしかなかったってことなんだろうな。スリムみたいな根っからのアナーキストは、やはりどうやっても社会での居場所がない。

そんな1959年のドット録音があるものの、スリム・ゲイラードが最も活躍し最も人気だったのが1937〜42年まで。それもスラム・スチュワートとコンビを組んでスリム&スラムとしてレコードを出したりライヴ活動していた時期だよなあ。レコードでいえば、それらはコロンビア系のレーベル原盤なので、中村とうようさんも『ブラック・ミュージックの伝統〜ジャズ、ジャイヴ、ジャンプ編』に収録できなかった。デッカ系だったりすれば、間違いなく選んでいたはず。現にドット録音は一つ収録があるもんね。

1937〜42年のスリム&スラムの録音集を僕は二種類持っている。一つは Definitive Records がスリム・ゲイラード&スラム・スチュワート名義でリリースした CD 三枚組の『コンプリート・コロンビア・マスター・テイクス』。もう一つは Proper がリリースしたスリム・ゲイラード名義の CD 四枚組『ラフィング・イン・リズム』。両者は収録曲がかなりダブっているが、プロパー盤の方には、スラムとコンビを組む前のスリムの初録音二曲と、スリム&スラム以後の1945〜52年録音もある。

がまあしかしやはりスリム&スラム名義での録音が楽しい。いやあ、もう楽しいったらありゃしない。スラムのベース&ハミング・ユニゾン技巧は、芸術ジャズとして聴いても立派なものだが(実際マジメなジャズ・ベーシストのみなさんにも人気がある)、スリムの方は、まず楽器演奏だとマトモなことをやらない。さらに言語学的ヴォーカルではふざけている以外のことはしていない。ナンセンスの極致。だからスリム&スラムの録音集を、まるでスピーカーの前に正座でもするかのようにして<真剣に>聴いちゃイカンよ。すべてはお遊びなんだから。でも遊びは真剣・熱心に追求しないと面白くないし、他人様に披露できる芸にもならない。僕たちリスナーも真剣にふざけた気分で楽しく聴けばいいじゃないか。

スリム&スラム最大のヒットは、コンビ初録音の「ザ・フラット・フット・フルージー」。1938年2月17日に、スリム&スラム二名に、サム・アレンのピアノ、ポンペイ・ガッツ・ドブスンのドラムスをくわえてヴォキャリオンに吹き込んだもので、レコード発売が四月。スリムはヴォーカル、ギター、ヴァイヴラフォンをやり、スラムもユニゾン芸を聴かせる逸品。しかもかなりスウィンギ〜じゃないか。スウィング感だけ取り出せば一級品のスウィング・ジャズ・コンボ録音だけど、なにしろこんな感じだから。
この「ザ・フラット・フット・フルージー」は、実はこの1938/2/17録音に先立って、同年1月19日に録音されている。演奏全体は基本的に2月録音と同じだが、ちょっぴり違う部分もある。ふつうスリム&スラムの「ザ・フラット・フット・フルージー」といえば2月録音のことで、1月録音ヴァージョンは、僕の場合、ディフィニティヴ盤『コンプリート・コロンビア・マスター・テイクス』の三枚目終盤にオマケみたいに入っているのを聴いている。1月録音ヴァージョンはこれ。
どうして一月録音の方をリリースしなかったのか?内容的にはほぼ同じなのに?そのへんはちょっと分らないのだが、ともあれこの「ザ・フラット・フット・フルージー」は人気になって、ミルズ・ブラザーズとの共演でルイ・アームストロングもやったし(サッチモとジャイヴの関係!)、あのベニー・グッドマンですらとりあげたほど。

やはり1938年の同じ日に録音された「チャイナタウン、マイ・チャイナタウン」も、当時レコード発売されたのは2月17日録音だが、これも先んじて1月19日に録音済だった。これもナンセンス・ヴォーカルの炸裂具合が楽しい。ポンペイ・ガッツ・ドブスンのドラミングは胸のすくようなドライヴ感で見事だが、それの上にこんな風にリングイスト二名が絡んでいるので〜。
これら以外にも、例えば1938年6月27日録音の「トゥティ・フルティ」とか、8月17日録音の「ラフィン・イン・リズム」とかはヒットして有名になったものだ。また同年5月3日にはガーシュウィンの書いたスタンダード「オー!レイディ・ビー・グッド」も録音していたりするが、マジメなジャズ・メンの演奏でしか聴いたことがなければ、どうしてここまでオフザケできるのか?いったい彼らはなにをやっているんだ?という強い疑問が浮かぶに違いないぞ。わっはっは。
こういうのはおふざけ音楽なんだから、日本のテレビのお笑い番組や、また寄席なんかにもよく出てくるノヴェルティ音楽芸人(いっぱいいるよね、トニー谷、ザ・ドリフターズ、牧伸二、ぴろき、などなどその他無数にいる)と同じ感覚で楽しめばいいだけのことだ。だけど、最初の方でも書いたけれど、こいいったハミダシ者たち=マイノリティの音楽家は、社会の内側にいて、そのなかからいろんなメイジャーなものをひっくり返してしまうパワーを持っている。少なくとも僕みたいな人間のちっぽけな<常識>みたいなものに疑問符を投げかけてくれて、認識を広げてくれる存在でもあるってことも忘れたくない。

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コメント

ぼくが最初にスラム・スチュワートを聴いたのはこの演奏。ぶっとんだね。
レスター・ヤングも素晴らしいがこのスラムの演奏でベースってこんなんだとびっくりした。真面目な演奏もいいね。ドタバタもいいけどねw
https://youtu.be/PvEnCtQvD4Q

ひでぷ〜、こういう人たちの場合、「ふざけたドタバタ」=「真面目なジャズ演奏」っていう同義になっていると僕は思うね。だから本当はあえて分けなくてもいいんだ。

にゃるほどね。キャブ・キャロウェイのエンタメも、パーカーの「やあ、元気?」みたいな合いの手も、ガレスピーのソッピーナも、スラムのあの鼻にかかったスキャットも全部いっしょだねぇ。
( ´Д`)y━・~~

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