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2017/08/21

真夏に熱湯グナーワ・ファンク 〜 ハッサン・ハクムーン

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なんて骨太なグルーヴなんだろう。ここまで贅肉を削ぎ落とし、まぶしく黒光りする剥き出しの筋肉質ボディをこれでもかと見せつけてくれる音楽もなかなかないはず。モロッコはマラケシュ生まれで、ある時期以後は米ニュー・ヨークに拠点を置いて活動するマアレム(グナーワ・マスター)、ハッサン・ハクムーンの2014年作『ユニティ』のことだ。

北アフリカ地域のアラブ圏は必ずしもいわゆる「アフリカ」には含まれない場合があるにもかかわらず、『ポップ・アフリカ 800』(アルテスパブリッシング)での荻原和也さんはこのハッサンの『ユニティ』をとりあげて「モダン・グナーワの最高傑作」と評し、「本書にグナーワの項を新設したのは、実はこの名作誕生ゆえ」(p. 39)とまでお書きになっている。

ハッサンの『ユニティ』。バンドはミニマム編成で、ハッサン自身のヴォーカル&ゲンブリ(この人の場合、いつも「シンティール」表記だが)&カルカベ以外には、基本、ドラマーだけ。ギタリストが参加している場合も多いが全部ではない。ほぼこの三名だけで演奏を進めている。その他、バック・コーラス、サバールやカルカベを含む打楽器類、キーボード、ウード、ハーモニウムなどがクレジットされてはいるが、コーラス隊はよく聴こえるものの、それ以外はどこで演奏しているのか注意深く耳を傾けないと分らない程度、というか、三人以外の楽器ではサバールとカルカベのほか、あまりよく分らない。

だから『ポップ・アフリカ 800』で萩原さんがお書きのように、ヴォーカル兼ゲンブリ+ドラムス+ギターの三人編成だと言っても差し支えないように僕も思う。この最小限編成であるがゆえ、ハッサンのヴォーカルの生々しい華や、ゲンブリがブンブン出す野太すぎるグルーヴ感などがあらわになっていて、こういうもののほうがグナーワ・ミュージックとしては僕も好みだなあ。

しかしハッサンの『ユニティ』を、じゃあ伝統的マナーでやったグナーワなのか?と勘違いしてはならない。21世紀の音楽としての非常に強いコンテンポラリーな訴求力を兼ね備えたモダン・グナーワ、言ってみればグナーワ・ファンクに仕上がっているんだよね。ミニマム編成でグナーワのブラック・アフリカ・ルーツを掘り下げて、それを露骨に剥き出しに表現したからこそ、かえって現代性を獲得できているんじゃないかと僕は思うんだよね。

もちろんドラム・セットやギター(その他)は伝統グナーワにはない楽器。以前、『グナーワ・ホーム・ソングズ』というアルバムについて書いた際にも触れたけれど(http://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-383f.html)、そういう世界では、基本、ゲンブリ一台だけでの弾き語りで儀式が進むらしい。だからハッサンの『ユニティ』だって現代的なポップさを、少なくとも楽器編成面だけでも、持っていると言えるかも。

『ユニティ』に入っているドラム・セットが表現するリズムは、間違いなくアフロ・アメリカン・ミュージックのファンク・マナーであるように僕には聴こえる。全曲でドラマーがそんな叩き方をしているので、だからエレベがゲンブリになっているだけで、このグナーワ・アルバムはアメリカ黒人音楽ファンにだって聴きやすいものなんじゃないかなあ。その上、僕の耳にはエレベよりもゲンブリの重低音のほうが、より肉太な、そしてより生の、身体性を感じられるサウンドに聴こえるよ。

ヴォーカルのほうは、ハッサンの場合以前からそうだけど、ほかのマアレムにはない華と艶があって、ダミ声であるがゆえに輝かしくパワーがあって、さらにしかも柔軟なコブシ廻し。ここはほかの人には真似できないところだなあ。でもなんだか余計なサウンド追加やエフェクトで、いままでは(ライヴ音源集『スピリット』などを除き)それが大きく前面にポンと出ていない場合もあった。

ところが2014年作『ユニティ』では、文字どおり全面的にハッサンの極上ヴォーカル&ゲンブリにフォーカスされていて、演唱自体もそうだし、録音もミックスもそうなっているのが百点満点だ。かなり面白いと以前書いたハッサンの前作であるライヴ集『スピリット』でも、いろんな楽器が使ってあったからさあ。書いてあるが、このライヴ・アルバムでも僕が一番気に入っているのは、ラストに収録のハッサン一人での弾き語りだもんね。
ハッサンのいまのところの最新作2014年の『ユニティ』では、この自分一人のヴォーカル&ゲンブリ弾き語り路線を拡大し、ブラック・アフリカ・ルーツであるグナーワの、特にその音楽の、アフリカネスを掘り下げ見つめ直し、その本質的な姿をそのままハッキリ表現してくれている。あくまで助力でドラムスやギターなどが入っているだけで、アルバム『ユニティ』の根幹はあくまでハッサン一人で出す筋肉質グルーヴの黒光りだ。

だから上で書いた、ドラマーの叩き方がアメリカン・ファンク・ミュージックのそれに近いというのも、グナーワ・ミュージックが本来内在しているビート感にそういうたぐいのものがあって、それを取り出して、あえてドラム・セットで表現させているということじゃないかなあ。そのグルーヴが21世紀的同時代性を獲得できているのは、もともとトラディショナル・グナーワがそういうものでもある証拠なのかも。というか人類が代々受け継いでいる民族共同体内部の伝承音楽って、そうなっている場合が多いのかもしれないよね。現代に誕生したものだけどアメリカ黒人ブルーズだって古くならないじゃんねえ。

グナーワ(・ミュージック)の、サハラ以南にあるブラック・アフリカネスを再奪取し、ミニマム編成でそんな音楽の本質を生で剥き出しにし、結果的にコンテンポラリーなものに仕上がって、クラブなんかで流しても違和感なく踊れそうなポップでダンサブルなフィーリングもあるっていう、そんなハッサンの『ユニティ』。とんでもない大傑作じゃないかな。真夏に聴くと、まるで熱帯夜に約70分間熱湯シャワーを浴び続けるみたいなものだけどねっ。

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