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2017/09/21

濃密にセクシーなザッパのクラシカル・ピース

Frank_zappa_yellow_shark







フランク・ザッパ生前のラスト・リリース作品である1993年『ザ・イエロー・シャーク』。いままで一度軽く触れただけで書いてこなかったのは、完全に守備範囲外のもの(西洋クラシック音楽)だからなんだけど、不案内な守備範囲外のものは書かないなんて言っていると、僕のばあいマイルズ・デイヴィスについてしか書けなくなってしまう(え?そうしろって?)。

それにまた、これは不案内で慣れない分野だけどちょっとトライだけしてみようと思い書いてみて、しかしこんなものでいいのか?とまったく自信なく心配気におそるおそる公開したものが、あんがい共感を呼んだりした(例えばマクピーク・ファミリーの記事など)経験もあるので、クラシック音楽だからかなり心配ではあるけれど、ザッパの『ザ・イエロー・シャーク』について書いておこう。だって、これ、僕、大好きなんだ。

クラシック音楽だと繰返してはいるが、ザッパのクラシカルな管弦楽作品のばあい、そればかりだとは言い切れない面もある。確かにイーゴリ・ストラヴィンスキー(特に「春の祭典」)やエドガー・ヴァレーズなどからの影響が濃いものの、それはアメリカン・ブラック・ミュージック要素と完全分離しているのではなく、いろんな作品のなかに渾然一体となって溶け込んでいて、その様子はロック(など大衆音楽)作品とクラシック音楽作品の両方で聴くことができる。

ザッパのいわゆるシリアス・ミュージック路線の作品のなかでは『ザ・イエロー・シャーク』が最高傑作に違いない。最大の理由はアンサンブル・モデルンの演奏能力だ。ザッパの書く難度の高い譜面を作者の満足のいくように演奏しこなすことは、だれにとってもなかなか大変なことらしく、実際、アンサンブル・モデルンと出会う前のオーケストラ作品には、ザッパ本人は満足していなかったらしい。そんなせいもあって譜面をそのまま自動演奏できるシンクラヴィアを使うようになったのかもしれないよなあ。

こんなことを踏まえると、『ザ・イエロー・シャーク』で聴ける、ドイツの室内楽集団アンサンブル・モデルンの演奏能力は驚異的だ。どれほど驚異的かはアルバム・ラストに収録されている一曲「G・スポット・トルネード」を聴くだけでも分る。まさかこれを人力演奏で聴く日が来ようとは、ザッパ本人だって想像していなかったかもしれない。1986年の『ジャズ・フロム・ヘル』収録のものが初演だが、それはやはりシンクラヴィアを使ったものだった。

ザッパ本人は、『ザ・イエロー・シャーク』になったライヴ・コンサート(三回かな?)について、「100%ではなかった」と言ったらしいのだが、それでもここまで完璧に近い、というか僕の耳にはまったく完璧な演奏を、ザッパの難譜面でやりこなしているわけだから、アンサンブル・モデルンの演奏能力には脱帽するしかない。そしてそんな高度な能力を持つ演奏集団のおかげで、フランク・ザッパという人物のコンポーザーとしてのスケールの大きさが自ずと立ち上がり、この生前ラスト作品以前に61枚あるどのアルバムよりも、曲を書く人物としての存在感が際立って素晴らしく輝いている。

『ザ・イエロー・シャーク』収録の18曲(1トラック目はスポークン・イントロダクション)には、上記「G・スポット・トルネード」以外にも過去曲がたくさん含まれている。3、4トラック目の『アンクル・ミート』からのメドレー、7トラック目の「ザ・ガール・イン・ザ・マグネシウム・ドレス」は『パーフェクト・ストレンジャー』から、8トラック目の「ビ・バップ・タンゴ」はお馴染『ロキシー&エルスウェア』の収録曲、16トラック目の「パウンド・フォー・ア・ブラウン」は『アンクル・ミート』収録が初演で、その他『ザッパ・イン・ニュー・ヨーク』など。17トラック目の「エクササイズ #4」も『アンクル・ミート』から。

これら以外は書き下ろしの新曲なんだろう。ビックリするのは、例えば『アンクル・ミート』は、ルイ・ルイ」とかもやっている1969年のアルバムであって、ロック・バンドであるマザーズの作品なんだよね。いやあ『ザ・イエロー・シャーク』にさすがに「ルイ・ルイ」はないでしょっ?!って言われそうだけど、あんがいあるかもしれないぞ。「ビ・バップ・タンゴ」だってそんなものだしなあ。人力演奏不可能だった「G・スポット・トルネード」含め、それらぜんぶポップなコマーシャル・チューンだ。

それらと、最初からクラシカルな室内楽演奏を想定して作曲されたほかの曲群がふつうに並び、なんらの違和感もなくスムースに聴こえるし、ロック・バンド形式でやったような曲でも、まったくのクラシカル・ピースに聴こえるし、その逆にクラシカルな室内楽演奏のはずがポップに響いたりもして、つまりザッパの書くスコアには、もともと最初からそれら両者の区別、境目はないんだよなと『ザ・イエロー・シャーク』では実感できるんだよね。

2、3トラック目の『アンクル・ミート』からのメドレーでは、最初突っかかるようなリズムでブラス群と打楽器がヨタヨタしているなと思っていると、木管群が柔らかくスムースに入ってくる。少ししてトランペット・セクションがキラキラした音でパッと広がる瞬間は快感だ。もっともこのメドレーのアレンジはザッパ本人ではなく、アリ・N ・アスキンみたいだ。

これの次の4トラック目「アウトレイジ・アット・ヴァルデス」は、『ザ・イエロー・シャーク』のなかで僕がいちばん好きな曲。なんでも社会派なモチーフらしいものだけど、僕はたんになんて美しいメロディとアンサンブルなんだと、毎回聴くたびにため息をもらすだけ。この曲、管楽器が出る前に、かなり小さい音でシェイカーが鳴っているのだが、通常の聴きかたではほとんど分らないだろう。そこも好きなんだが、やはりホーンが出てからの、物悲しいようなあまりの美しさに息を飲む。しかもポップだ。

ポップな断片はその後も随所にあって、5トラック目「タイムズ・ビーチ  III」、6トラック目「III リヴァイズド」のなかでも聴ける。前者は1970年の『いたち野郎』(Weasels Ripped My Flesh)収録の「ジ・エリック・ドルフィー・メモリアル・バーベキュー」に相通ずるような部分もあって面白い。「タイムズ・ビーチ  III」のほうは、完全記譜音楽なのにスポンティニアスな即興演奏に聴こえるのが、ザッパがコンポーザーとして秀でている証拠だ。

10トラック目「ナン・オヴ・ジ・アバヴ」〜13トラック目「タイムズ・ビーチ III」で一つ、14「フッド・ギャザリング・イン・ポスト・インダストリアル・アメリカ 1992」 &15「ウェルカム・トゥ・ザ・ユナイティッド・ステイツ」で一つ、16「パウンド・フォー・ア・ブラウン」〜18「ゲット・ワイティ」で一つ、と、これらは三つそれぞれノン・ストップで聴くべき流れ。

アメリカン・ブラス・バンド・ミュージックではじまる15「ウェルカム・トゥ・ザ・ユナイティッド・ステイツ」では、その後、例によって寸劇みたいな展開になって、どんな種類の音楽でもいつものザッパお得意のパターンだが、後半部でキューバン・ミュージックが出てくるのも興味深い。しかもこれはアメリカ入国の税関に掲げてあるあのカードをそのまま歌詞?にしただけのものなんだよね。あれをここまで音楽的にできる人間もいないだろう。

三つ目の16「パウンド・フォー・ア・ブラウン」〜18「ゲット・ワイティ」が、そしてあまりにも美しい。個人的には「アウトレイジ・アット・ヴァルデス」がアルバム中いちばん好きだけど、アルバム『ザ・イエロー・シャーク』のクライマックスはふつうここだろう。素朴で綺麗なフレーズやモチーフが続々と登場し、ハッと心臓が止まりそうになる瞬間だってある。特に18「ゲット・ワイティ」は静謐で美しいことこの上ない作品だ。

18「ゲット・ワイティ」こそが天上のメロディとアンサンブルだから、これの次のアルバム・ラスト「G・スポット・トルネード」は、いわばアンコール的しめくくりのようなもの。『ザ・イエロー・シャーク』全編で言えることだけど、たんに複雑難解な譜面を正確に演奏して、ザッパのコンポーザーとしての物凄さが分るというだけではない。その実、シンプルに美しく、また官能的だ。濃密にセクシーであるというのがザッパ・ミュージック最大の特長で、それがクッキリ表現されているのもまた、アンサンブル・モデルンの演奏力の高さだろう。

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