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2017/10/27

マイルズの三管時代

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プレスティジ・レーベル時代、1956年12月8日のライヴ公演を最後に、マイルズ・デイヴィスはファースト・クインテットを解散。レギュラー・バンドを再結成したのがコロンビア・レーベル移籍後、57年12月のことで(録音開始は翌58年初頭から)、しかしメンツは全員同じだったから、じゃああの解散とはなんだったのか?よく分らない。しかし唯一違っているのが、四人全員同じメンバーを呼び戻したときに、もう一人、アルト・サックスのジュリアン・キャノンボール・アダリーを加えてセクステット編成にしたことだ。

ちなみに1956年末のあれを、オリジナル・クインテットの「崩壊」と呼んで、その原因はメンバーの相次ぐ退団だとする人もいるのだが、これはやや疑わしいように思う。例えば、サイド・メンが自己のバンドを率いたいとか、あるいはその他の理由で辞めたとしたのなら、57年末にマイルズがそのまま全員もとどおり呼び戻せただろうか?

1957年末の再結成以後、ピアノがレッド・ガーランドからビル・エヴァンズに(1958年3月)、そしてウィントン・ケリーになったり(1959年1月)、ベースのポール・チェインバーズはそのままだけど、ドラムスがフィリー・ジョー・ジョーンズからジミー・コブに交代したり(1958年5月)しているが、メンツも同じのホーン三人編成は1959年4月のスタジオ録音まで続いた。

ってことは、マイルズがプレスティジからコロンビアに移籍して新バンドを持ったそもそもの最初からこうだったと二つのことが推測できる。一つ、オリジナル・クインテットはかなり気に入っていたので、実はそれをまったく一人も代えたくなくて、実際そのようにした。一つ、それにもう一人加えてセクステットにしたのは、マイルズ本人というよりも会社コロンビア側の要請だった。

コロンビア側の要請でこうなったというのは、確証がないのだが、間違いないと思う。というのは、以前も書いたようにマイルズがコロンビアに正式移籍してのちも、プレスティジは録りだめしてあった曲群をアルバムに仕立て小出しにして一年に一枚づつアルバムを、さも新作であるかのような顔をしてリリースし、最後の『スティーミン』が発売されたのは1961年の5月だったもんね。それらほぼぜんぶがファースト・クインテット編成での作品。

ってことはコロンビアとしては、まったく同一メンバーによるマイルズのアルバムを出したんじゃ、一般の買い手のみなさんが「さて?どっちが新しいんだろう?」「マイルズの新作はどっち?」と混同したり悩んだり分らなかったり、要するに自社盤の売れ行きに影響すると考えたに違いない。唯一の例外が1955年と56年に秘密録音してあった『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』を57年5月に発売したこと。がしかしこの『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』、マイルズをコロンビアに引き抜いた張本人であるジョージ・アヴァキャンの回想によれば、それは売れに売れたらしい。五回プレスして五回とも完売だったそうだ。

だからちょっと違うのかもしれないし、どうしてアルトのキャノンボールを加える必要があったのか、やはり不可解な面もあるが、それでも同時期リリースのプレスティジ盤とまったく同一編成ではまずいという判断もあったはずだ。コロンビアとしては「こちらの我がコロンビア盤こそ新しいマイルズです、新作なんです」とアピールして、買い手の購買欲を刺激する必要があったと思うんだよね。それなのに肝心のボスはファースト・クインテットとまったく同じバンドでやろうとしたもんだからあわてて会社が「ちょっと、マイルズ、それじゃあすこしまずいんだ、せめてもう一人加えてくれないか?」と言ったんじゃないかと、僕は想像している。

真相はやはり分り切らないが、いずれにしてもオリジナル・クインテットにアルトのキャノンボールを加えた六人編成のマイルズ・レギュラー・バンドが発足し、それはそもそもコロンビアでのスモール・コンボによる録音開始から、最初から、このセクステット編成だったんだよね。初録音は1958年2月4日(がアルバム『マイルストーンズ』の半分になる)。その後、上述のとおりポール・チェインバーズを除くリズムの面々は交代するものの、マイルズ+コルトレイン+キャノンボールの三管編成はそのまま59年4月22日録音(はアルバム『カインド・オヴ・ブルー』の一部となる)まで続く。

この三管編成での公式アルバムはぜんぶで五枚。スタジオ作が『マイルストーンズ』『1958 マイルズ』『カインド・オヴ・ブルー』。ライヴ作が『アット・ニューポート 1958』『ジャズ・アット・ザ・プラザ』。しかしご存知の通り、キャノンボールが吹かない曲が複数あり、またレッド・ガーランド・トリオでの録音も一曲あったりで、三管の全員が吹いているものだけにすると、別テイクもあわせてぜんぶで29曲。この数が多いのか少ないのか分らないが、とにかく僕はかなり好きなサウンドだ。

だいたい僕は分厚いホーン・アンサンブルのサウンドが好きなんだ。ビッグ・バンドこそいちばん好物だしね。だけどマイルズ・デイヴィスのばあい、ギル・エヴァンスとのコラボ作を除くとたいていはクインテット編成で、ときたまカルテットだったり。クインテットでもホーンはマイルズ一人だったりすることもあって。やや人数多めの管楽器編成というと、初リーダー作になった『クールの誕生』か、プレスティジ盤『ウォーキン』の A 面か、そうじゃなければ1958/59年のセクステットくらいなんだよね。1969年夏録音の『ビッチズ・ブルー』とその直後あたりも三管だけど、あのあたりの管楽器サウンドはぜんぜん分厚くない。分厚いのはリズムと、それから鍵盤楽器三台の多層サウンドだ。

しかしながら1949/50年録音の『クールの誕生』は九人編成(だから管楽器は六本)とかなり人数多めだけど、マイルズのレギュラー・バンドじゃないし、そもそもあのアンサンブルは<分厚い>と言えるのだろうか?そんなに多くが重なりあって吹かないアレンジだし、アンサンブルのなかでどんどん管楽器を抜いていったりしているしなあ。僕の耳には1958/59年のマイルズ+コルトレイン+キャノンボールの三管時代のほうがヴェルヴェット・サウンドに聴こえるんだよね。

だが、この1958/59年の三管時代も、ホーン・サウンドが分厚い時間は実は短い。まずマイルズという人はテーマ吹奏をアンサンブルでやりたがらない。多くのばあい、自分のトランペットだけでテーマを演奏して、その後三管が次々とソロを吹くだけで、三管アンサンブルのパートはかなり短いんだよね。なんらかのちょっとしたリフみたいなものを、例えばピアノ・ソロの背後で入れたりなどするだけ。もちろん例外的にというべきか、三管アンサンブルでテーマを演奏しているものだって複数あるが、数は少ない。

このあたりはまた別の探求テーマだろうと思う。マイルズのあの「僕はほかの管楽器奏者とからみあいたくありません、それは嫌なんです、だからテーマは自分一人で吹かせてください」みたいな志向(嗜好)はどういうことだったのか?ハード・バップ・ミュージックだとたいてい二管アンサンブルとかでテーマをやるのに、あの孤立志向はなんだったんだろう?ほかにはあまり類例がないなあとか、あるいはまた一時期、ウェイン・ショーターとは、むしろ積極的にからんでいて、どんどん二管アンサンブルで演奏するばかりか、トランペットとテナー・サックスの音色がかなり近づいていたように聴こえていたりしたのはなんだったんだろう?とか興味深そうな部分があるから、機会を改めたい。まだぜんぜんなにも考えていないけれど。

ともかくそんな具合で、ほかの管楽器奏者と一緒にテーマ合奏するのが好みではなかった(ように思うんだが)マイルズだから、1958/59年の三管時代もホーン・アンサンブルが分厚く聴こえる時間はあまり長くはない。それでもこの音楽家のほかの時代と比較すれば、やはりゴージャスなヴェルベット・サウンドに近いんだだよね。この時代のマイルズ・コンボを「ヘヴィー級の演奏」と呼んだのはジョー・ザヴィヌルだ。まさにそんな感じだよね。

1958/59年の三管編成録音だけを抜き出して録音順に並べたプレイリストを僕は作ってあるのだが、これはかなり簡単なことだった。録音順にするのは、オリジナル・アルバムからやろうとするとやや面倒くさいが、1999年リリースの CD 六枚組『ザ・コンプリート・コロンビア・レコーディングズ 1955-1961』が録音順の曲収録なんだよね。このボックスはコルトレインとマイルズの全共演録音集という意図でのものだが、キャノンボール在籍時代はすべてコルトレインと一緒なので、これだけで録音順にぜんぶが揃うんだよね。

それで抜き出した計3時間48分のプレイリストを聴いていると、やっぱり三人の管楽器奏者が同時に音を出していることはかなり少ないなあ。目立つのは2テイクある「マイルストーンズ」、それから「シッズ・アヘッド」「ドクター・ジャックル」(以上、アルバム『マイルストーンズ』)、フォールス・スタートもある「フレディ・フリーローダー」だけ。全29個のうちたったの5個だけなんだよね。

ほかは、例えばサックス二管でテーマを演奏する、2テイクある「ストレイト、ノー・チェイサー」とか、 マイルズやポール・チェインバーズによるテーマ演奏中で部分的にサックス二管や、あるいは三管のバック・リフが入ったり(「トゥー・ベース・ヒット」「オール・ブルーズ」「ソー・ワット」)、あるいはピアノ・ソロのあいだに三管でやはり部分的にバック・リフを入れたり(「ソー・ワット」)などしているだけだ。ここまで書いてきたもの以外に管楽器の重層サウンドは一切ない。

そうなると、マイルズ三管時代がヴェルヴェット・サウンドだという、僕の持っているこの印象はなんだったんだ?と思ってしまうのだが、う〜ん、どうなんだろう?ザヴィヌルの言う「ヘヴィー級の演奏」というのは、三管の重なり合いというよるも、サックス二管のあの太くて丸い音色が立て続けにソロをとるのが、まるでリング上で図体の大きな二人のボクサーがあいまみえる様子みたいだという意味だったんだろう。

あの時代のマイルズ・コンボが重厚なサウンドだっという僕の持つ印象も、ザヴィヌルの言うような、三管が次々とソロを吹くからそういうイメージになるというだけのものだったかもしれない。でもちょっとそれだけじゃないように聴こえる部分だってあるんだよね。三管が重なって重厚ヴェルヴェット・サウンドに聴こえるいちばんのものは、アルバム『カインド・オヴ・ブルー』、特に一曲目の「ソー・ワット」だ。

ご存知のように、ポール・チェインバーズのベースがテーマ、というよりもただの音列を弾くのが導入部と終結部になっているものだが、その部分で三管が入れるあの「アーメン」。あのアーメンがかなり重たくて広がりがあって、こう、なんというか、「アーメン」だからキリスト教会でのゴスペルのマス・クワイアがそう合唱しているかのように、僕には聴こえるんだなあ。オカシイですか?四番手で非常に短いソロを弾くビル・エヴァンズの伴奏でも、同様のアーメンが入る。

あのアーメンがヴェルベット・サウンドに聴こえると同時に、三人の管楽器奏者が次々とソロを吹く「ソー・ワット」だから、それらがあいまって、僕には1959年スタジオ・オリジナルの「ソー・ワット」は分厚いアンサンブル・サウンドを持つもののように聴こえるんだよね。ライヴでの展開でそうなっているものは一個もないし、また三管レギュラー時代のライヴ盤二枚では「ソー・ワット」はやっていない。どっちも58年のパフォーマンスだから当然だ。

アルバム『かインド・オヴ・ブルー』では、ほかの曲でも類似する印象になっているものがある。二曲目「フレディ・フリーローダー」の三管によるテーマ部と、四曲目「オール・ブルーズ」テーマ部で、サックス二管でリフを反復しながらその上でマイルズがハーマン・ミュートを付けてテーマ演奏するあたりだ。まあでもこれら以外にはぜんぜんないんだけれどさ。

でもスタジオ盤だとほかの二枚『マイルストーンズ』『1958 マイルズ』にこんな印象になるサウンドはほぼないにひとしい。特に『1958 マイルズ』のほうにはまったくぜんぜんない。テーマ演奏はぜんぶマイルズ一人でのトランペット演奏で、ソロを順番に吹くだけで、だれかのソロのあいだに複数管楽器アンサンブルで伴奏リフを入れたりすることもない。『マイルストーンズ』だと、曲「マイルストーンズ」と「ストレイト、ノー・チェイサー」のテーマ演奏部で、やや重厚な感じに聴こえなくもないかなという程度だ。

マイルズのレギュラー・バンドでは、管楽器のサウンドは薄いほうが圧倒的にふつうで、これは1955〜91年までほぼ変化なしだ。派手で重厚なビッグ・アンサンブルがあんなに好きだったマイルズなのに、これはちょっと意外だよなあ。クラシック音楽のシンフォニック・オーケストラをたくさん聴いたり、ジャズでもビッグ・バンドが好きなマイルズで、自分のやる音楽でもときどきそんなようになったりもしたが、すべてがそのとき限りのセッションで、レギュラー化したことは一度もない。

だから1958/59年の三管時代の、特に『カインド・オヴ・ブルー』なんかは、この音楽家のなかではかなりの例外なんだよね。あれこそがマイルズの代表的傑作だとされたりするのには、僕はふだん異を唱えたりもするのだが、管楽器のサウンド的重厚さという点では(も)、やっぱり最高の一枚なのかもしれない。(モーダルと言わず)ハード・バップとしては、かなりの例外的作品だけどね。

三管時代のライヴ盤についてもほんの少しだけ触れておこう。1958年9月9日録音の『ジャズ・アット・ザ・プラザ』はまったく面白くないように思う。六人全員同じメンツによる同年7月3日のニュー・ポート・ライヴは興味深いところがある。三管のからみという点でいちばん面白いのが、一曲目の「アー・ルー・チャ」だ。ご存知『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』収録のものがスタジオ・オリジナル。

そのオリジナル・ヴァージョンでお馴染のように「アー・ルー・チャ」のテーマ部は、トランペットとサックスがまるでディキシー・ランド・ジャズのそれみたいに同時並行でバラバラのラインを吹きからみ合うというもので、これははたしてなんだったんだろうなあ?同時期のジェリー・マリガンも、自分のバンドでトランペットのチェット・ベイカーと二人で、同じようなディキシー・ランド・ジャズふうのアンサンブル手法をとっていた。マイルズとマリガンは『クールの誕生』時代からの知己だよね。

このあたりも突き詰めると面白いかもしれないが、今日の話はそれではない。1955年録音のオリジナル「アー・ルー・チャ」では、マイルズとコルトレインの二管で、まるでディキシー・ランド・ジャズみたいな管楽器のからみかたをしているのを、1958年のニュー・ポート・ライヴでは三管でやっているんだよね。二人でやっていたのが三人になって、こりゃ本当にディキシーみたいだ。マイルズもああいった古めのジャズがけっこう好きだったらしい。ふだんからそう発言していた。

1958年ニュー・ポート・ライヴでは、それ以外はふつうにスタジオ・オリジナルと同じような演奏をやっているから、三管サウンドという今日のテーマからすると特筆すべき点はなにもない。ソロをとる管楽器奏者が三人になって、ちょっとゴージャスな雰囲気だなと思うだけで、重なり合いのサウンドが面白いとかってのはないなあ。このころのマイルズは、やっぱりスタジオの音楽家だね。

あまり関係ない話になるが最後に。1958年ニュー・ポート・ライヴでは1トラック目が MC で、司会のウィリス・コノーヴァーがバンド・メンバーを紹介している。それを聴くと、 Jimmy Cobb はジミー・カブ、Paul Chambers がポール・チェインバーズ、Bill Evans がビル・エヴァンズ、John Coltrane がジョン(or ジャン)・コルトレイン、  Julian Cannonball Adderley がジュリアン・キャノンボール・アダリー、そして Miles Davis がマイルズ・デイヴィスなんだよね。
Miles がマイルスではなくマイルズだっていうのは、綴りからしてそうなるはずと思うものの、実際の音源での証拠をなかなか聴けないんだよね。だから貴重だ。アダレイも前からアダリーにしてある僕だけど、ほかの、例えばジミー・カブとかには、まだ直しにくいなあ。なんだか日本の二輪の乗り物みたいだしな〜。エヴァンズとチェインバーズとコルトレインについては、前から分っていたことでもあるしやりやすいしで、今後はこう書くことにする。

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コメント

 マイルスのプレスティッジ時代のことが書いてあるので、勝手に触発されて60年代初頭の地方におけるプレスティッジ・マイルスの受容について書き留めておきたい(よくは解らないが『死刑台のエレベーター』やコロンビア版は発売されていたのではないか)。

 私が初めてマイルスを聞いたのは61年か62年で(高校1年か2年の時)で先輩が貸してくれた二枚組の限定愛蔵家版『モダン・ジャズ・コレクターズ・アイテム 第二部 マイルス・デヴィスとモダン・ジャズ・ジャイアンツ』だった。
 中味はプレスティッジの『コレクターズ・アイテム』と『モダン・ジャズ・ジャイアンツ』なのだが、当時プレスティッジは直接国内発売ができなかったようで、トップランク・レーベルで日本ビクターから発売されている(レコード番号はRANK-5050~1)で限定5000部となっている。

 愛蔵家版と銘打つだけあって、LPサイズの本のようになっていて、表表紙、裏表紙とも厚紙で、中に8Pほどの写真と解説(油井正一)およびLP収納袋がついているという豪華なものである。トップランク・レーベルでプレスティッジが発売されたのは62年ごろまでと思われる。http://musicsfukuoka.blog43.fc2.com/blog-entry-470.html

 値段はどこにも書いてないが相当高かったのではないかと思う。こんなに詳しく書けるのはいまだに借りっぱなしになっているからだ。申し訳ありません。
 この2枚組で一番しびれたのは「ザ・マン・アイ・ラブ」である。例のマイルスがラッパでモンクに檄を飛ばすやつですね。

 以下余談 
 その後に、ということは62or63だが、こちらは購入して毎日聞いた『モダン・ジャズのすべて』というレコード。これはプレスティッジのモダンジャズのベスト盤で、この時点では日本ビクターがプレスティッジと直接契約して発売している。レコード番号はMJ-7047でカッコつきで(PRES-7001)。
 
 これが素晴らしい内容で、A面が①マイルス、ラウンド・ミッドナイト②MJQ、朝日のように③シルバー、オパス・デ・ファンク④モンク、煙が眼に、B面が①ロリンズ、モリタート②ブラウン、恋人よ我に③ゲッツ、スモールホテル④コルトレーン、ルシアン・ララバイ というもの。

 当時持っていたジャズのレコードは、グレン・ミラー、サッチモ、MJQ、ゲッツとこれぐらいだったが(何しろ当時レコードは目の玉が飛び出るくらい高かった。このベスト盤は1500円で、今の感覚で少なくとも一万五千円ぐらい)、田舎の高校生はこれでジャズがすべてわかった気持ちになっていた(ジャズ以外はプレスリーとプラード)。

エルヴィスとペレス・プラードのほうが、ずっと楽しかったでしょ?僕はいまでもそうです。

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