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2017/10/10

木綿のハンカチーフ三枚

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日本のポップ・ソング史上最高の名曲だと思うことがある「木綿のハンカチーフ」。松本隆が詞を、筒美京平が曲を、萩田光雄がアレンジを書いて、1975年に太田裕美が歌い大ヒットした。オリジナルであるアルバム『心が風邪をひいた日』(12月5日発売)ヴァージョンと、45回転のシングル盤(12月21日発売)とは、アレンジその他少し内容が違っていて、シングルのほうは再録音したものらしいが、録音し直したことはこのあいだ初めて知った。以下の YouTube 音源はシングル・ヴァージョン。その後のライヴでの披露なども、僕の知る限りほぼぜんぶ、ストリングスで入ってくるこのシングル・ヴァージョンのアレンジに沿っている。
ところで太田裕美と「木綿のハンカチーフ」というと、僕にとっては中学時代の親友クリタセイジのことが忘れられない。僕がこの曲をリアルタイムで憶えているのはクリタ(と呼んでいたから、「さん」「くん」を付ける気になれない)のおかげなんだよね。クリタは熱烈な太田裕美ファンで、だから「木綿のハンカチーフ」もドーナツ盤を買って愛聴していた。クリタんちに遊びに行くと(実に頻繁に行っていた)、必ずそのレコードをかけて「どやっ?!戸嶋?ええやろ〜!なっ!!」と強調していたもんね。

まあそんなことはいい。1975年以後、もちろん太田裕美自身も現在まで繰返し歌っているが(しかしこの女性はどうしていまだに歌声も容姿も変わっていないんだろうなあ、魔女だとしか思えない)、その他文字どおり無数のカヴァー・ヴァージョンがある「木綿のハンカチーフ」。僕が現在手許に CD で持っているのは三種類だけ。太田のアルバム『心が風邪をひいた日』、原田知世の2016年のアルバム『恋愛小説 2 - 若葉のころ』、岩佐美咲の2017年8月のシングル盤「鯖街道」特別記念盤(初回生産限定盤)の三つ。

みなさんご存知のとおり「木綿のハンカチーフ」は、都会に出た男の心が、田舎に残る女から離れるようになり、次第に女のことを忘れていき、とうとう「帰れない」と告げて、女のほうは「涙拭く木綿のハンカチーフくさだい」と言う、完璧なる失恋歌だ。上記三つのヴァージョンのなかで、このフラれた女の心情を哀切感漂う感じで直接的にいちばんよく表現できているのは、原田知世ヴァージョンじゃないかなあ。フラれる前までの、この女性の心のありようもよく出ているように感じる(かもしれない?)。

太田裕美のオリジナル・シングル・ヴァージョンはご紹介したが、原田知世のと岩佐美咲のはご紹介できないだろう。僕がアップロードしたとて、上がったと同時に再生不可になるに決まっている(いままでそういうことがなんどかあった)。だから残念なんだけど、原田知世の「木綿のハンカチーフ」は、伴奏楽器がぜんぶアクースティックなもので、ドラムスはほんの軽く小さな音。プロデュースとアレンジもやっている伊藤ゴローがクラシック・ギターを弾き、その他ピアノ、ウッド・ベースと、あと、ソプラノ・サックスが非常に効果的に使われている。この原田ヴァージョンでの伴奏の肝は、ある意味、ソプラノ・サックスのサウンドじゃないかあ。都会的でジャジー。

それから原田知世の「木綿のハンカチーフ」では、これは伊藤ゴローの指示に違いないが、テンポがかなり緩い、というかほぼ止まっているかのような進み方。ビートはまったく効いておらず、フワ〜ッとアンビエントふうに漂うかのようなサウンドなんだよね。伊藤ゴローが原田をプロデュースするとそうなっているばあいがしばしばあるよね。好きか嫌いかは人それぞれだが、アンビエント・サウンドは原田の声質にとてもよく似合っていると、伊藤&原田の相乗効果で魅力倍増になっていると、僕は感じている(このコンビはそういうものばかりではないので、念のため)。

そんなテンポがほぼないような浮遊感のあるサウンドで原田知世が歌う「木綿のハンカチーフ」は、だから原田のヴォーカル表現もかなりリリカルだ。正直に書いてしまうが、情緒的な方向へ流れすぎているかもしれないと感じることも、七回聴いて一回くらいある。ちょっとなんというか、歌詞の中身と歌い方の距離が、やや近すぎるんじゃないかという気がたまにするんだよね。思い切り泣きたい気分のときはぴったりフィットする原田の「木綿のハンカチーフ」だが、これはちょっと…、と思う気分のときもあるんだよね。

松本隆が書いた「木綿のハンカチーフ」の歌詞は、音を聴かずにそれだけ文字で読むとかなどすれば、かなり湿っているフィーリングの重たい内容だ。ご存知のように、それまでの日本のポップ・ソングでは前例のない、男女の会話形式で進む歌詞だが、しかし田舎に残る女が歌う部分は、なんだか田舎でただひたすら耐え忍んで待つような女という、1975年でもややアナクロニズムを感じる人がいたかもしれないようなもので、これはひょっとして松本の女性観みたいなものが反映されていたんだろうか?

それが太田裕美ヴァージョンの「木綿のハンカチーフ」でアナクロニズムに堕していないのは、ひとえにあの爽やかなメロディとアレンジ、特にリズムの快活なフィーリングと、わりとアッサリ男を見放しているかのような太田のあのサッパリした歌い方ゆえなんだよね。伊藤ゴローがプロデュースした原田知世ヴァージョンがアナクロだと言っているのではぜんぜんない。そもそも原田ヴァージョンで歌われる女の姿と表情は、田舎で耐えて待っているようなものではなく、かなり都会的に洗練された女性像(sophisticated lady)になっている。サウンドと歌手の声質のおかげだろう。だが、ややしっとりしすぎ…かも?

いちばん上でご紹介した太田裕美オリジナルの「木綿のハンカチーフ」を、ひょっとしてご存知ない方はぜひ聴いていただきたい。ノリのいい快活なリズムにはラテン・テイストすら感じられ、まあそれは以前から僕もリピートしているように日本の歌謡曲ではラテン・アクセントを効かせるのが常套手段だからどうってことないものだけど、シンコペイトして軽快に跳ねているような感じのこれ、大きなロスト・ラヴの歌なんだもんね。ちょっとそんな内容にそぐわないかのようなリズムとサウンドで、爽やかでもあって、陽気さすら感じる。特に太田の歌い方に、なんというか、客観性がある。

「木綿のハンカチーフ」を歌う太田裕美の客観性とは、歌詞内容と適度な距離感があるってことなんだよね。ベタッと失恋内容にひっつきすぎていない。それがいいんだ。まるでそんな男なんか私もう知らないわよ、バイバ〜イって笑って突き放しているかのようなフィーリングでのヴォーカル表現で、ぜんぜん「涙拭く木綿のハンカチーフ」なんか必要なさそうだよね。ノリよくグルーヴィに太田は歌っている。

そんなサウンド(含むリズム)と歌い方だからこそ、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」は、日本のみんなに共感してもらえたんだと僕は思うんだ。それだからこそ大ヒットして、太田の歌手人生を代表する名曲たりえたんじゃないかなあ。松本隆の書いたあの歌詞内容を、そのまま未練ったらしいフィーリングでベタッと歌ったら、ここまでみんなが知っているスタンダード・チューンにはなっていないはず。僕はそう思うんだけどね。

だから、男になったり女になったりするあの歌詞を書いた松本隆の名人芸には心の底から感服するけれど、曲とアレンジを書いた筒美京平と萩田光雄の手際も見事だった。そしてなによりもそんなサウンド志向をしっかり汲みとって、あのアッサリした歌い方でヴォーカル・ラインに客観性を持たせることに大成功した歌手、太田裕美はやっぱりすごかった。僕はいま、アルバム・ヴァージョンしか持っていないが、それを何回でも反復再生したい。

さて、僕の持つもう一個の「木綿のハンカチーフ」は岩佐美咲の歌うもの。シングル盤「鯖街道」特別記念盤(初回生産限定盤)収録のこれはライヴ・ヴァージョンで、岩佐自身のアクースティク・ギター弾き語り(に、もう一名のギタリストとヴァイオリン奏者が参加の三名だけ)で、どこにも記載がないが、今年五月のギター弾き語りソロ・ライヴで収録したものらしい。これもご紹介できないのが残念だ。

その岩佐美咲の「木綿のハンカチーフ」は、快活陽気でノリのいいグルーヴ・チューンになっているんだよね。ギターのリズムに合わせて叩く観客の手拍子がかなりはっきり聴こえる。岩佐自身の弾くギター・カッティングもノリノリだが、なんたってヴォーカル表現がハキハキしていて歯切れよく、しかもキュートでチャーミングな発声だ。念のために言っておくが、岩佐はすでに曲と表現に合わせ三種類くらいの声を使い分けられるようになっているんだよね。そっちがふさわしいと判断した曲では、ドスとタメの効いた歌い方だってしている。もはやキャピピャピ、キンキン声のアイドル歌手じゃない。そう聴こえるときは、あえてその選択をした上でそうなっている。一曲のなかで声質を部分的に変えるなども頻繁にやる。

「木綿のハンカチーフ」での岩佐美咲は、アイドル的なキュートで可愛らしい表現をチョイスしている。これが故意の戦略的選択だったことは、同じ日のギター弾き語りライヴで収録された「糸」(中島みゆき)と聴き比べれば、だれだって瞭然とするはずだ。じっくり歌いこんでいる「糸」では落ち着いた大人のフィーリングで、楽しく跳ねているような感じはまったく聴かれない。
岩佐美咲ヴァージョンの「木綿のハンカチーフ」は、太田裕美のオリジナル同様に、失恋のつらさ、痛み、苦しみを<表面的には>まったく感じないような、ジャンプしながら踊っているような、そんなフィーリングでのギター・リズムと歌い方なんだよね。ダンサブルなフィーリングは、オリジナルの太田ヴァージョンにも強くあったじゃないか。太田のも岩佐のもそんな仕上がりになっているからこそ、歌詞で表現される田舎のあんな健気な女性像が、より一層聴き手の気持に染み込んでくる。僕はそう思っているんだけどね。岩佐のあのときのライヴでは「糸」があまりにもすごすぎるから、ほかのものがかすんでしまっていると思うんだけど、ぜんぶ録音したはずのなかから「糸」と「木綿のハンカチーフ」だけ発売したのには、確固たる理由があると思うよ。

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コメント

わさみんは「木綿のハンカチーフ」を時々唄っておられて、
最初の頃とかなり唄い方を変えてきていますね。

色々試した結果、あのアイドルっぽい唄い方が聴き手に
一番いい印象を与えると知ったのでしょうね。

春LOVEライブも参戦させていただきましたが、あの時は
全ての楽曲が本当に素晴らしかったです。
3rdソロコンや先日の印西市のコンサートより良かったです。

私が思うにあのライブでは、座っての弾き語りが「糸」と
「木綿のハンカチーフ」のみでしたので、その2曲が
CD化されたと個人的に思っています。

いずれ、全てを映像化して欲しいです~

あぁ、あの二曲は座ってのパフォーマンスだったんですか。「糸」は音源だけ聴いても確かに座っているようなイメージがありますね。

「木綿のハンカチーフ」のばあいは、太田裕美の1975年オリジナルの完成度が図抜けて素晴らしいので、わさみんでも、まだ現状、太刀打ちできていないと思います。

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