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2017/11/21

たたかいに負けた僕たち 〜 徴兵忌避者のペシミズムと、ビートルズちっくなメタ・ミュージック



昨日もチラッと触れたビリー・ジョエルのアルバム『ザ・ナイロン・カーテン』。1982年録音、発売で、これは売れなかったらしい。そりゃそうなんだよね。これはかなりシリアスな社会派作品だから。前作の1980年『グラス・ハウジズ』までずっとポップでキャッチーで都会的に洗練されたラヴ・ソング・ポップスの人だったビリー・ジョエルが、突如として大真面目にアメリカ社会の病理みたいなものと向き合ったから、そりゃ売れるわけないもんなあ。

1982年というと、僕はまだまだビリー・ジョエルを熱心にリアルタイムで追っかけていた時期で、だから僕だって面食らったんだよね。アルバム『ザ・ナイロン・カーテン』のオープニングは、ブルー・カラー(肉体労働者)の難渋を歌った「アレンタウン」で、さらに、A 面ラストに置いたこのアルバム最大の話題曲がヴェトナム戦争を歌った「グッドナイト・サイゴン」だもんね。僕なんかも「素顔のままで」(Just The Way You Are)とか「ニュー・ヨークの想い」(New York State of Mind)とかがいちばん好きだったので、それらの社会派ソングは、う〜〜ん、こりゃちょっと…、どう受け止めたらいいんだろう?って。

しかも僕は日本の大学生だったから、アメリカ国内の労働問題にしろアメリカ側から見たヴェトナム戦争にしろ、関心はあっても、身近に実感できるという環境にいなかった。でも(労働、貧困問題もさることながら)ヴェトナム戦争のほうは、音楽界にもそれをとりあげた作品が以前からあったし、僕にとっては高校三年のときに映画館で封切り上映を観たフランシス・コッポラ映画『地獄の黙示録』が、それを考えるきっかけにはなっていた。

ところでまた脱線だけど、あの映画『地獄の黙示録』は、のちのちの僕の人生を考えたら、かなり大きな爪痕を残してくれたんだよね。映画を観終わったその足でレコード・ショップに立ち寄って(ということが実に多かった)買ったそのサウンドトラック盤レコードで、ローリング・ストーンズ(「サティスファクション」)もドアーズ(「ジ・エンド」)も、初めて自宅で聴いたんだったもんなあ。またリヒャルト・ワーグナーもそうだった。ジャズ・ミュージックのことはすでに好きだった。

また映画『地獄の黙示録』の筋書きは、ポーランド生まれで、外国語はフランス語のほうが得意なのに英語で書いた小説家ジョゼフ・コンラッドの小説『闇の奥』(Heart of Darkness)を下敷きにしていると、のちに知った。ああいった、川をさかのぼりながら、なにかの深奥を追求するように行動し、最終的になにかを見つけてしまう、しかも全体的にミステリ小説仕立てであるという、そんな(映画であれ小説であれ)筋立てに僕が生まれてはじめて触れたのが『地獄の黙示録』だった。

その後大学の英文科に進み、僕はジョゼフ・コンラッドや、そしてコンラッドからの影響も濃いアメリカ深南部の作家ウィリアム・フォークナーを勉強するようになった。僕は卒業論文も修士論文もフォークナーの『アブサロム、アブサロム!』(書題は旧約聖書への言及)で書いたのだが、この長編小説はフォークナー版『闇の奥』なんだよね。

就職してからは、英語作家ならウラジーミル・ナボコフ(は英語作家とも言いにくいのだが)などで論文を書くことが多かったけれど、僕の心のなかでいちばんの専門領域だと思っていたのがウィリアム・フォークナーだった。アメリカ深南部の作家らしく、シリアスな人種問題や、だから黒人英語や、さらにブラック・ミュージック、特にブルーズがときたま出てくる。

ってことは、趣味面でも仕事面でも、コッポラ映画『地獄の黙示録』が道をならしてくれていたのかもしれないよなあ。そんなこともこんなことも、わりと最近まで忘れていた。というか自覚していなかった。趣味の音楽愛好は変わっていないけれど、職がかわって、外国小説を読むのもいまや趣味みたいなものになっている。むろん仕事でやっている人も、ああいった世界はみんな趣味の延長でそうなっているわけだけど。

ビリー・ジョエルのアルバム『ザ・ナイロン・カーテン』。このアルバム全体の印象というか、イメージを決定づけている音楽のメンタリティは、今日の記事題にもしているように、<(なにかのたたかいに)負けたぼくたち>ってことじゃないなあ。A 面ラストの「グッドナイト・サイゴン」でヴェトナム戦争に負けたアメリカを歌っているというだけではなくて、全体的にペシミスティックで、敗北感がかなり強く漂っている。敗北感のない曲でも、えらく自省的だ。

「グッドナイト・サイゴン」のことは説明不要だから書かなくてもいいはず。 一曲目「アレンタウン」が、アメリカ工業都市の<敗北>を歌っていることも説明不要だろう。この曲における<負けた僕たち>とは、ある世代以後のアメリカ人、ふつうの一般のブルー・カラー・ワーカーズだ。ビリー・ジョエルはそこに自分の視点を重ね、僕たちの世代はたたかいに負けたんだ、つまりそれはアメリカ社会の敗北ってことなんだと言いたがっているように、僕は聴く。

ただ、そんな深刻な曲でありながら、「アレンタウン」のサウンドとリズムはキャッチーでポップだということは、ちゃんとおさえておかないといけない。そこはやはりポップなソングライターたるビリー・ジョエルの面目躍如だ。だからビルボードのチャートを上昇した。特にサビ部分でズンズンせり上がってきて、曲じたいが盛り上がる旋律になっていくあたり、さすがに素晴らしいソング・ライティング。しかもそのせり上がり部分での歌詞が最も深刻な内容だもんね。

そう考えると、同様に深刻すぎる A 面四曲目の「グッドナイト・サイゴン」は、リズムもほぼバラード調におとなしく、イントロでピアノが入るものの、途中まではアクースティック・ギター一台だけの伴奏で、ビリー・ジョエルが沈鬱な内容を、歌うというより綴る。曲調もかなり暗い。中盤でエレキ・ギターとドラムスとマス・クワイアが入ってくるが、派手な感じはなくその正反対で、心の重さをより強調しているみたいなサウンド。サビ部分では、ベース・ドラムがズンズン反復するその音だけに乗って、曲中でいちばん深刻な部分の歌詞を歌っている。結局そのまま終わってしまうんだ。 う〜ん、こりゃいまではちょっとしんどいかもなあ。

アルバム『ザ・ナイロン・カーテン』のブックレットには、一曲ずつビリー・ジョエル本人が書いた紹介文が掲載されているのだが、「グッドナイト・サイゴン」部分が最も長文。だからこの曲こそ、この音楽家もいちばん力を入れたもので、聴かせたい、受け止めてほしいものなんだろうなあ。その紹介文によれば、1949年生まれのビリー・ジョエルは、ヴェトナム戦争時期の徴兵忌避者だったとのこと。しかも1982年の「グッドナイト・サイゴン」完成までに三年かかっているんだそうだ。1979年って映画『地獄の黙示録』がアメリカで公開された年だよなあ。

あまりにも深刻すぎる曲は、これら「アレンタウン」と「グッドナイト・サイゴン」だけ。でもほかの曲も、ラヴ・ソングのように少し見せかけながら、うん、たしかにラヴ・ソングだけど、かなり内省的。歌詞も曲調も楽しそうなのは、B 面二曲目の「ルーム・オヴ・アワ・オウン」だけで、これはブギ・ウギ調のロックンロール・ナンバーでウキウキする。ギターじゃなく鍵盤楽器メインでそんなリフを演奏しているのがビリー・ジョエルらしい。

ベスト・セレクションに入れたので昨日触れた「ローラ」。A 面二曲目のこれは、しかしこの名前の女性への愛を捧げる内容かと思いきや、それだけじゃないんだ。たしかに愛しているからこそという歌詞内容だけど、ローラは僕にひどい仕打ちをするんだけど、どうしてだろう?とか、そんなラインが多いもんね。ローラは真夜中に電話をかけてくるけれど、どうして?などと言いながら、でも最終行で、そんな彼女の電話を切れるわけないだろう?と歌っているので、ラヴ・ソングには違いない。

ところでその「ローラ」でいいのは、そんな歌詞ではなく、昨日も少し書いたが、そのサウンドだよね。クラシカル・ミュージックふうにはじまり、ストリングスをピチカートで弾くサウンド(は完璧にクラシック音楽のもの)に乗せて、ビリー・ジョエルも典雅なピアノを弾いている。このイントロ部は、同じものがアウトロ部でも使われている。

そんなものにはさまれた中身は、昨日も書いたロー・ファイ的にグシャッとつぶれたドラムス・サウンドと、ファズの効いた派手なエレキ・ギターのサウンドで彩られたポップなロック・ソング。僕はこの「ローラ」で聴けるスネアの音(は加工されてかなり妙だけど)と、間奏のギター・ソロが大好き。

さらに、これが肝心なところだけど、曲「ローラ」はビートルズ・ソングふうだ。一部の、特にジョンの曲にとてもよく似ている。サビでパッとパターンがチェンジするあたりとか、まるで「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」そっくりじゃないか。

「ローラ」だけじゃない。B 面四曲目の「スカンディネイヴィアン・スカイズ」だって、その次のラスト「ウェアズ・ジ・オーケストラ?」だってビートルズ・サウンドだもんね。なかでもジョンやポールがジョージ・マーティンの手を借りて、ホーンズやストリングスを使っているものの一部に酷似している。特にストリングス・アレンジは、ビリー・ジョエル自身、わざと似せているだろう?と思うほどジョージ・マーティンのペンにそっくり。

そんなアルバム・ラストの「ウェアズ・ジ・オーケストラ?」。楽団はどこ?っていうのは、いわばメタ・ミュージックだけど、歌詞だけじゃなく曲の旋律もサウンドも内省的で、音楽の内側を見つめているかのようなものになっている。アルバム・ラストのこの曲の後半部では、アルバム・トップ「アレンタウン」の主旋律を、ビリー・ジョエルがメロディカで演奏しているんだよね。

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コメント

 フォークナーは私も大好きです。67年に冨山房が全集を出し始め、確か2~3年で完結予定が、30年ぐらいかかり、揃えるつもりだったのに結局14/25になってしまった苦い思い出が。67年11月に『尼僧への鎮魂歌』が690円でスタートし、手元にある一番新しい、といっても90年の22回配本は4000円ですからね。
 『アブサロム』と『八月』が一番と思うけど、やっぱり最初に読んだ『サンクチュアリ』が忘れがたい。たしか『勝手にしやがれ』でジーン・セバーグが、J・P・ベルモントにベッドの中で『野生の棕櫚』が好きだか読んでいると言っていたような記憶が。今年はホークス特集で、フォークナーの脚本のものを何本か見た。

 フォークナーがコンラッドに影響を受けてるなんて全く知らなかったので、『闇の奥』と、ビリー・ジョエルはラジオではよく聞いたけどレコードは持ってないので『ザ・ナイロン・カーテン』とベスト盤でも買おうかな。

 

ビリー・ジョエルのベスト盤をCDで買うのだったら、自画自賛になってしまいますが、昨日の記事でリンクを貼った僕の自作Spotifyプレイリストのほうが、ずっと内容がいいと思います。

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