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2017/12/20

しっとり落ち着いた大人の歌手になった原田知世と、伊藤ゴローの世界(6)

この Spotify にある原田知世の今2017年の新作『音楽と私』。CD に入っているラスト11曲目の「雨のプラネタリウム」だけがグレイ・アウトしていて再生できない。なにか権利関係で問題があるのだろうか?この曲は秋元康作詞、後藤次利作編曲で、1986年6月発売のシングルだったのがオリジナルなんだけど…、う〜ん、残念だ。三拍子でグルグル廻って面白いんだけどなあ。しょうがない。それを聴きたい人は CD を買ってください。

『音楽と私』は、CD 部分(DVD も附属するものを僕は買った)の全11曲が原田知世自身の過去曲の再演で、伊藤ゴローとのコラボレイションで新しく解釈しなおしてアレンジ、プロデュースもやりなおし、知世が歌いなおしたものだというのは、僕も前から書いているので、これ以上書かない。なかには1980年代初期にデビューしたころの曲もあり、というかそういう初期曲のセルフ・カヴァーが『音楽と私』の主眼じゃないかと、僕には見える。

それらのオリジナルと『音楽と私』での新ヴァージョンを聴き比べると、歌手自身が実年齢を重ね経験を積んだことから来ているものなのかどうか分らないが(そんな失礼な推測はできないだろう)、原田知世のかなり大きな成長を「歌のなかに」聴きとることができる。もちろん(最初は2004年の冬のパリでだったという)伊藤ゴローというこの俊英との出会いが、知世をグッと一段高いレベルに押し上げたことは間違いないと思う。

今日は今年の新作『音楽と私』だけに限定して書くのだが、そんな原田知世と伊藤ゴローとの出会いは、この二名のコラボ第一作である2007年の『music & me』からすでに大きな成果をもたらしていたのだった。このアルバムのいちばん最後に、一昨日書いた「時をかける少女」の美しすぎる再演がある。昨日は、これまた天上美である「天国にいちばん近い島」のことを書いた。

その新ヴァージョンの「天国にいちばん近い島」が最新作『音楽と私』のなかにあるわけで、「時をかける少女」の最新版もあると一昨日書いた。またこれも新ヴァージョンが収録されている「うたかたの恋」のこともしばらく前に書いた。だからこれ以下は、それら三日間で書かなかったものについて少しだけ記しておきたい。なかでも僕にとっていいのが4曲目「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」、6曲目「ときめきのアクシデント」、10曲目「くちなしの丘」、11曲目「雨のプラネタリウム」だ。

それら以外は、原田知世自身によるオリジナルとさほど大きな違いが僕には聴きとれないような気がしたんだよね。曲はいいものなんだけど(特に「ロマンス」とか「地下鉄のザジ(Zazie dans le metro)」とか、チャーミングな曲だ)、特に記しておきたい部分は小さい。オリジナルと大きく違い、伊藤ゴローの新アレンジが冴え、原田知世のヴォーカル表現も著しく成長していて美しいと僕が感じたものについてだけ、少しだけ触れておこう。

それは四曲。「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」「ときめきのアクシデント」「くちなしの丘」「雨のプラネタリウム」。これらのなかで僕にとって一番ヤバいのが「ときめきのアクシデント」だ。オリジナルは来生えつこ作詞、来生たかお作曲、星勝アレンジで、1982年10月にシングル発売されたもの。原田知世のデビュー二作目。それはふつうのアイドル・ポップ・チューンで、それだけ聴いている分には、僕はこの曲の魅力に気がつかなかったかもしれない。

『音楽と私』ヴァージョンの「ときめきのアクシデント」は、これまた伊藤ゴローのクラシカル・ギター一本だけの伴奏。つまり2007年版の「時をかける少女」とほぼ同じ。そっちにはいちおうシェイカーの音も入っていたが、こっちはマジでギターだけ。それだけ。伊藤ゴローはやはりボサ・ノーヴァのスタイルで弾いているが、それは「時をかける少女」のように鮮明ではない。

そして伊藤ゴローの完璧に伴奏に徹したギターよりも、っていうかそのおかげでってことか、原田知世の声の、なんといったらいいのか、生々しさ、ブレス(息継ぎ)の音もはっきり聴こえ、それは録音が極上なせいだろうが、そのブレスの瞬間瞬間にフ〜ッと漏れるそれが、はっきり言っちゃうがかなりセクシーだ。まるで自分の耳に息を吹きかけられているような気分になってしまう。昨日書いたように、「天国にいちばん近い島」だともっとそうなんだけどね。ブレスのときに息を吸う音まではっきり聴こえたもんなあ。

しかもその原田知世のそんな息遣いまで鮮明に聴きとれる極上録音で聴く「ときめきのアクシデント」のヴォーカルは、ティーンのころのヴァージョンにはない、う〜ん、なんというかつまり、迫力というか、ある種のおそろしさすら僕は感じる。だってね、歌い出しの歌詞が「あなたの心ぜんぶ、覗いてみたい気分」なんだけど、1982年ヴァージョンでは僕は特に感じない、背筋がゾクゾクするようなおそろしさ = セクシーさ、大人の女性の持つ静かで落ち着いた雰囲気での迫力があると思うんだよね。

しかも2コーラス目は「あなたの心ぜんぶ、奪ってみたい気分」と歌い出すんだけど、こんな言葉をこんなハスキー・ウィスパー(に僕には聴こえる、「天国にいちばん近い島」もね)でセクシーにささやかれたら、ふつうの男はおそろしい気分になって背筋が凍るだろう。いま2017年の原田知世のヴォーカルはそこまでの魔力を持っている。もちろんそっと可愛くやさしくささやいているだけなのに、こんな表現ができるなんて。あぁ、僕はどうしたらいいんだろう?

放っておくと、僕のばあい、2007年版の「時をかける少女」と2017年版の「天国にいちばん近い島」「ときめきのアクシデント」の三つばかりリピート再生してしまい、実際、ここのところ毎日そうしているし、聴きながら廃人同然状態になってしまうので、ちょっとはほかの曲の話もしておかないとね。

『音楽と私』のなかの上記四曲では、次に「くちなしの丘」(辻村康文作詞作曲)が素晴らしい。これはオリジナルからして伊藤ゴローのプロデュースでやった『music & me』収録のものだった。それに比べると新ヴァージョンでは楽器数をグッとおさえてある。生楽器は原田知世自身の弾くクラシカル・ギターだけで、それにほんの少し伊藤ゴローのプログラムが入っているだけ。プログラムといってもピアノなどふつうの鍵盤楽器の音に聴こえるんだけど、どうして生楽器演奏にしなかったのかを想像するに、伊藤ゴローは知世だけの弾き語りで録音したかった、彼女をそれに集中させたかったということかなあ?

そのせいで最新ヴァージョンは、2007年ヴァージョンの「くちなしの丘」よりも落ち着きを増し、歌手の声もおだやかで静かなフィーリングだ。さらにここでもちょっぴりセクシーなハスキー・ウィスパー。原田知世の声ってこんなハスキーなんだっけ(ってまあさほどでもありませんが)?まるで一部の女性ジャズ歌手みたいな発声と歌いかただよなあ、『音楽と私』では。いや、『恋愛小説』のころからそうなっていたかなあ?

『音楽と私』のなかでは「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」も松任谷由実の作詞作曲、松任谷正隆のアレンジで、1983年7月にシングル発売されたもの。これなんかオリジナルとはもうぜんぜん違うもんね。曲そのものが変貌しているとまで言いたいくらい。ちゃんと言うと、松任谷由実の書いたこの曲が、同じくユーミンの筆になるものでありかつ伊藤ゴローが蘇らせた「時をかける少女」同様、もとからそうなるべくしてなるような可能性を秘めていた、つまり曲じたいに大きさ、深さがあったということなんだろう。ソングライターとしてのユーミンってすごいんだなあ(っていまごろこんなこと言うの、間違いなく僕だけだ)。

それでもしかし、いくら曲じたいがもとからそんな深くスケールの大きなものだったとしても、原田知世の成長がなかったらそれは出せなかった、表現しえなかったものじゃないかと思うんだよね。その成長をうながしたのが、(多くのばあい)ソプラノ・サックスを印象的に使う伊藤ゴローのプロデュースとアレンジだったと思うんだよね。 原田知世と伊藤ゴローの世界、本当に素晴らしい。そしてものすごく美しい。どれもこれも恋情を歌ったものだから身に沁みすぎて、僕は嬉しかったり切なかったり哀しかったりして、ウットリ聴き惚れながら泣くしかないんだよね。

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