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2017/12/10

メンドくせえやつら(っていう僕がいちばんメンドくさい)

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戦前の古いものはダメ、ビッグ・バンドものはダメ、ウィズ・ストリングスものはダメ、ヴォーカルものはダメ、甘いものもダメなら、ラテンやファンクやロックなどほかの音楽と合体してもやはりダメ。ジャズ・ファンでこんなことを言う連中こそ、音楽愛好世界では最もメンドくさいやつらだ。近づきたくないのだが、そうもいかない。書いたようなものには理解を示さないとしても、それ以外のことではかなり面白いし信用できるし貴重な情報源だし。

だからケース・バイ・ケースでというか是々非々でというか、これらの人たちはこうこうこうなのだと決めつけず、仲間だ味方だ/敵だみたいな党派的な発想を持たず、個々の発言に一つ一つ個別に対応していけばいいと思う。だけど、やっぱりジャズ愛好の世界はチョ〜メンドくせえ。ほかのいろんな音楽リスナーのみなさんを見ていると、ここまで偏狭なオヤジ連中が跋扈する世界はジャズ・ファン界だけだ。しょうがないよなあ。

今日書きたいと思っていることは、以前も二度ほど書いたことの繰返しだ。

一度は「ジャズ進化幻想」の回で書き、
もう一度は「ジャズ・ファンは内ゲバも外ゲバもやめろ」の題で書いた。
また同じことを言わなくちゃいけないのだが、しつこく繰返し書き続けるしかないんだよね。上の二つの記事で僕の考えはだいたい全部書いたので、今日は手短にやろう。

ジャズ・ファンの大半は戦前の古い録音を聴くのを「お勉強」だとしか思っておらず、そうではなく面白いから聴くというかたでも、ほぼ100%近くが「現代性」を獲得できているかどうかという視点でしかものを言わない。いまの時代、21世紀の新しい音楽の潮流にどうつながっているか、こうこうこんな具合につながっている、新しい章への流れがある、だから古いものもこういう具合に聴くと面白いとか、そんなことしか言っていない。あくまで「現代」の真っ只中に身を置いて古い音楽も語っている。

がしかし、この視点「しかない」っていうのは僕に言わせればちょっとどうかと思うんだ。ひょっとしてあるいは僕だけの考えかたかもしれないが、録音もスタイルも古い戦前のジャズに「現代性」なんか、これっぽっちも求めていないんだよね。それがないと面白く聴こえないってことだろ〜?みんな〜?そうじゃないと21世紀に聴く価値はゼロだとか、思ってない?絶対にそう思っているよね。

そうじゃあないんだ。古かろうが新しかろうが、音楽はそれじたいに意味があってそれじたいが自立して美しく輝いているのであって、だからそれは不変・普遍性ってことだけど、それは新しさとかいうものとはちょっと違う。現代への連続とかいうことでもない。時代をいくら重ねても美しさが変化しないという意味ではたしかにコンテンポラリーな意味を持つものだろうけれど、たとえば1917年のジャズの史上初録音を、その時代に寄り添わず、あくまで2017年の「いま」にどうつながっているか、100年の連続性とはなにか?という視点でしか語らないのは、僕に言わせればヘンなんだよね。

そう、いま書いたように、僕は古い音楽のその録音当時の時代にピッタリそのまま寄り添いたいんだ。できうれば仮想的にメンタル面だけでもタイムスリップせんばかりの気分で、古い音楽も聴いている。21世紀の音楽は、いま僕も生きている時代だから特にその必要がないだけだ。たとえばルイ・アームストロングが活躍した1920年代の米シカゴのウェスト・サイドを、気分的になんとなく、リアルタイムで歩いて呼吸している雰囲気に、内心、ひたって、たとえば「ポテト・ヘッド・ブルーズ」(1927)だって僕は聴くんだぞ。

だから古い録音のジャズを聴くさいの僕には、現代性、現代的視点なんてまったく必要ない。そんなもの、これぽっちもいらない。ただただそのレコード(の音源をCD リイシューしたもの)で流れてくる音の、ただその音だけの、つまりスピーカーが起こす空気の振動に身をゆだね、それを1920年代の蓄音機で当時のリスナーが聴いていたであろうと想像する気分で、その時代の空気にそのまま寄り添って、僕はその音楽美を味わいたい。現代性とか、おかしなこと、言わないでよ。

みなさんここまでお読みになってすでにお分りのように、今日の僕のこの文章は、今2017年がジャズ録音開始以後ぴったり100周年にあたるので、年末に向けてそれ関係の文章がちょっと出てきているそれらを読んで、こりゃアカン!と思ったところから来ている。唯一、あの時代の空気感、あるいは皮膚感覚に寄り添わんとする気持を示していたのは、『ERIS』20号の瀬川昌久さんだけだった。ほかに一個も見当たらないのは世代のせいなのか?瀬川さんらの世代は、失礼ながら、ご存命でご活躍中のかたが少ない。あるいは若輩55歳にしてこんなことを言う僕の時代感覚が狂っているだけなのか?

ちょっと違うことも書いておこう。最初に書いたもののうち、多ジャンルとの融合はダメという面と、甘さとストリングスものがダメという面。これは実のところ一体化しているものなんだよね。え〜っと、しかし他ジャンルとの融合はダメだっていうピュアリズムは、そんなかたがたが愛好している<純な単一種の>音楽が、もとから混血種だということに気が付いていないだけだよね。多文化的混交のもとでしかポピュラー・ミュージックは誕生しないんじゃないの?

音楽ピュアリストはどこの国にでも、どんな種類の音楽愛好世界にも存在する。いまの日本で、そして世界的に見ても、「異」「他」をどんどん排除しようという動きが活発化しているように見えているのと、これはまったく無関係なことだろうか?音楽純粋主義者はおおむかしからいるものだから、いまのこの時代の不寛容さとは必ずしも縁はないものかもしれない。でもなんだか、僕はちょっと陰鬱な気分だ。あれもダメ、これもダメってさ。中国人や朝鮮半島人は出ていけ!と声高に叫んだり、嫌悪感を露骨にぶつけて、ちょっとでも反論するとたちまち「反日」かとか、あるいはアンタは中国人かなどと僕もなんどか言われている。このブログのコメント欄でも一度「中国人ですか?」と言われたんだけど(大西小百合議員のときに)、面白いので削除せず、そのままさらしてある。

音楽の大甘さがダメっていうのは、ジャズのウィズ・ストリングスものがダメだということと同じことだよね。中村とうようさんなんか、厳しくハードでシビアな音楽を追求するいっぽうで、キューバのフィーリンみたいなソフトでスウィートな音楽のこともどんどん話題にしていたし、歴史的に見て注目すべき重要な動きだったと強調している。しかしながらそのとうようさんにしてからが、フランク・シナトラを「凡庸な歌手」の一言で切り捨てていたから、う〜ん、こりゃちょっと困っちゃうんだよね。歌をあんなにしっかり表現できる歌手はそうそういないのに。ナット・キング・コールも大甘のポップ歌手になって以後については、とうようさん、なにも言わなかったなあ。

サム・クックなんかをとうようさんはどう聴いてどう評価していたんだろうなあ。ああいったある時期以後のナット・キング・コールをイミテイトしたような、スムースで流麗で甘く、しかし内面の厳しさを兼ね備えていたような歌手たちのことをさ。黒人歌手が、白人の一般聴衆層に受け入れられやすいように砂糖をドバドバッと入れただけだと言うのなら、サッチモことルイ・アームストロングのことだって本当は理解できていないってことになっちゃうぜ。サッチモは、戦後特にポップ・エンターテイナー化したような感じに見えたかもしれないが、彼の拠って立つ屋台骨のアティテュードは、デビュー期から1920年代を経てその後亡くなるまでずっと同じだった。すなわち:

音楽とはポップ・エンターテイメントである。

これに尽きる。

自分の歌や演奏を聴く一人でも多くのお客さんに喜んで楽しんでもらい笑顔で帰宅してほしい、とにかくみんなの喜ぶところが見たい、人を嬉しがらせるのこそが自分が音楽でやるべき使命のすべてだ、そのためだったらステージ上でニコニコ笑い白い歯を見せて顔をクシャクシャにして、大甘な音楽になったり、ロックでもリズム&ブルーズでもソウルでも、なんだってとりいれる。自分が歌い演奏すれば、最終的には結局のところ、サッチモの音楽 = ジャズになるのだから。

これが20世紀アメリカ音楽史上グレイテスト・アイコンだったサッチモの考えかただ。

僕はこのサッチモのこの気分、この考えかたにピッタリはりつきたいんだ。そしてさらに言えば、いまのポール・マッカートニーは、ライヴ・ステージで、まさにこんなふうになってきているように僕には見える。ポールのサッチモ化。素晴らしいことだ。これについての文章は、機会を改めたい。

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