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2017/12/22

シンプルで分りやすいマイルズ入門のワン・ホーン・カルテット盤

これまたマイルズ・デイヴィスのプレスティジ盤で、『マイルズ・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクスン』同様、内容は上等であるにもかかわらずまったく顧みられることのない一枚『ザ・ミュージング・オヴ・マイルズ』。日本のいまのこの時期、どんどん寒くなっている季節にもピッタリ来るし、なかなかのオススメ盤なんだよね。たったの35分しかないけれど、アナログ・レコードってこんなもんだったじゃないか。

ボーナス・トラックなどないので CD でもたった35分の『ザ・ミュージング・オヴ・マイルズ』は、最初から12インチ LP で発売されたもの。1956年のリリースで、これがマイルズ初の12インチ LP となった。これ以前のものは、まず最初キャピトルに録音したものが、オリジナルはぜんぶ SP 盤で、それが10インチの LP に、その後12インチにまとめられた。プレスティジやブルー・ノートへの録音も、ずっとすべてオリジナルは10インチ。僕は12インチの印象しかないんだけど。マイルズの10インチ盤って、熱心に探せばいまでも入手できるんだろうか。できるのかもなあ。でも僕にその気はない。

とにかく1955年6月7日録音で翌56年発売のプレスティジ盤『ザ・ミュージング・オヴ・マイルズ』が、この音楽家の人生初の12インチ LP だった。そしてそれ以上に中身がいい。マイルズ以外にはピアノ・トリオだけのワン・ホーン・カルテットというシンプルな編成で、アルバム丸ごと一枚ぜんぶがこの編成だというのは、マイルズの全作品中これだけなんだよね。

その伴奏のピアノ・トリオが、レッド・ガーランド、オスカー・ペティフォード、フィリー・ジョー・ジョーンズで、もしベースがポール・チェインバーズだったら、そのままファースト・レギュラー・クインテットのリズム・セクションになっていたところ。ジョン・コルトレインをくわえたこのレギュラー・バンドがいつ発足したのか、正確なことは僕には分らない。記録に残っている限りでは、その五人で1955年10月18日に NBC テレビの番組収録をやっている。

そのへんのいきさつについては、マイルズ初のコロンビア盤『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』とその表題曲をやった1955年7月17日のニュー・ポート・ライヴをからめて、一度まとめてみようと思っている。なんにせよ55年の10月あたりに、あのファースト・レギュラー・クインテットが誕生していたのは間違いないんだろう。

そのクインテット結成前に、同じレッド・ガーランドとフィリー・ジョー・ジョーンズを迎えて録音された『ザ・ミュージング・オヴ・マイルズ』。1955年6月7日というたったワン・デイトでアルバム収録の全六曲を収録し、しかもこの日、ニュー・ジャージーはハッケンサックのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオではそれらしか録音していない。ってことは、この当時のマイルズ・スタジオ録音の慣例に反し、最初からアルバムとしての企画、準備があったということかもなあ。それにしては貧相な顔で写っているけれどね。

『ザ・ミュージング・オヴ・マイルズ』はマイルズのワン・ホーン・カルテットなので、当然ボスのトランペットがいちばんたくさん吹いていて管楽器がそれだけだから、嫌でもこの人の楽器に集中して聴くことになる。すると、あんがいいいんだよなあ(って、失礼でしょうか?)。以前、僕はマイルズが自分のトランペット表現スタイルを確立したのは1956年と書いたことがあったけれど、う〜ん、ちょっと考えを改めなくちゃいけないね。そういえばどこかで油井正一さんが、それは1954年だと書いていたよなあ。どこだっけ?マジで忘れた。

アルバム中三曲目の「アイ・ディドゥント」だけがマイルズのオリジナル曲で、あと、五曲目(A 面二曲目)「チュニジアの夜」はスタンダード化しているが、これまたジャズ・オリジナル(ディジー・ガレスピー作)だ。アルバム・ラストの「グリーン・ヘイズ」は作曲者がマイルズとなっているが、テーマなんかないふつうの12小節定型ブルーズだ。いちおう版権登録しなくちゃいけないだけのことであって、レッド・ガーランドが即興で弾き出している。

これら三つがアルバムの半分で、残り半分がポップ・チューン。つまり歌詞のあるヒット・ソングで、それらのうち二曲をハーマン・ミュートをつけて吹くっていうマイルズお馴染のスタイルがもうすでに完成している。どうして一曲目マット・デニスの「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?」でだけオープン・ホーンなんだろう?これもかなりチャーミングでポップだから、やっぱりミューティッドなほうがよかったんじゃないかなあ?

マット・デニスの「ウィル・ユー・スティル・ビー・マイン?」って曲のことを僕がどれだけ好きかっていうのは、歌詞のないインストルメンタル演奏であるマイルズ・ヴァージョンでは伝わりにくいかもしれないので、今日は省略するしかない。でもこのトランペッターはいつも必ず原歌詞を頭のなかで思い浮かべるようにして吹いていた。まるで女性にしゃべりかけるような心持ちで、「(なにがあっても)やっぱり僕といっしょにいてくれる?」(だれが日本語におけるマイルズの一人称を「俺」にしたんだ?)

二曲目の「アイ・シー・ユア・フェイス・ビフォー・ミー」、四曲目(B 面一曲目)の「ア・ギャル・イン・キャリコ」ではハーマン・ミュートをつけて繊細に、か細く、言い換えればやさしくフェミニンな感じでもって(だから「俺」にしないで)トランペットで語りかける。ファースト・レギュラー・クインテットでも、たとえば「ユア・マイ・エヴリシング」(あなたは僕のすべて、『リラクシン』収録)や、その他いろいろあるバラードでは、コルトレインはオミットされてのカルテット編成で録音したばあいが多いから、ってことは全面カルテット編成の『ザ・ミュージング・オヴ・マイルズ』で、すでにそんな方向が見えているんだと捉えることも可能だ。

それから四曲目の「更紗を着た女の子」ってかなりチャーミングでイイ曲だよねえ。これも二曲目「アイ・シー・ユア・フェイス・ビフォー・ミー」同様アーサー・シュウォーツの書いた曲で、そういえばデビュー盤(レーベル名)『ブルー・ムーズ』でもシュウォーツの曲をやっているし、マイルズはこの人の曲が好きだったのかもしれない。「更紗を着た女の子」ではスウィンギーに乗り、しかし可愛くて、かなりイイ。アルバム『ザ・ミュージング・オヴ・マイルズ』のなかで最も魅力があるのがこの曲だろうと僕は思う。

「ア・ギャル・イン・キャリコ」だけでなくアルバム全体にわたってあてはまることだけど、いちばん演奏時間が長いのがやっぱりボスのトランペットだけど、ソロとしてはその次に長い(ってあたりまえですけれども)レッド・ガーランドのピアノがかなり素晴らしい。この1955年6月だとほぼ無名の新人というに近かったピアニストだけど、もうすでに立派なもんじゃないか。プレスティジ・マイルズでは名高い進行形四部作でたくさん聴けるスタイルができあがっている。玉のように転がるシングル・トーンで鈴を鳴らすがごとく弾き、ソロ後半部はブロック・コードで盛り上げるっていう例のやつ。『ザ・ミュージング・オヴ・マイルズ』ですでにやっているよね。

アルバム・ラストのブルーズ「グリーン・ヘイズ」も僕は大好き。なんでもないごくごくふつうのありふれている12小節定型ブルーズで、なんの変哲もない演奏なんだけど、ジャズ・ブルーズ好きならこういうブルージーなの、聴かない人、いないんだよね。なんだかジャズも最近、特に2010年代は新しい扉だかを開いたとかなんとかで、ブルーズ(的なもの)をヤッキになって否定にしにかかっているみたいだけど、なにもそんな、まるで親の仇でも見るように頭から湯気出してムキになることないだろ?

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コメント

くつろげる話題だね。ありがとう。
マイルスの一人称は「俺」が似合ってる気がするけど、リリカルな展開をするマイルスなら断然「ぼく」のほうがいい。

いやあ、やっぱ「僕」にしてくんない?それにこの人、裕福中流のボンボンなんだしさぁ。

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