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2017/12/09

二作目で大きくはじけたスアド・マシ

サウンドも歌いかたもかなり違うけれど、特別アラブ歌謡だぁ〜っ!っていうように強くグリグリとコブシを廻さずとも、ごく自然にアラブ香味がじんわりとにじみ出てくるような歌唱、すなわち端正さにおいてだけは、レバノンのフェイルーズに相通ずるものがあるかもしれないアルジェリア(出身)のスアド・マシ。

そんなスアド・マシのデビュー作『Raoui』 については以前書いた。
順番に一作づつとりあげていこうと思うので、今日は二作目2003年作。しかしこれ、アルバム題を書きにくいんだよね。どうしてかって、そのままカタカナ書きすると、日本語を解する女性に向けることのできないものになってしまうから。音楽にもスアドにもぜんぜん関係ない話だが、僕は女性にこう言ったことはいままで一度もない。言ってはいけないというポリティカル・コレクトネスみたいなことでではなく、マジでそんなこと言いたくないんだよね。僕はふくよかな女性のほうが好みだし(痩せている女性はちょっと…)、そうでなくても女性にそんなこと言うなんて…。

いやホントまったく関係ない話だった。スアド・マシのアルバムは、この2003年作から英題が付記されるようになっていて、いままでのところぜんぶそう。アルバム題も曲題もそうなっている。これって、この二作目からワールド・セールスを意識するようになったということなんだろうなあ。ご本人もそうなのか、あるいは会社 Wrasse の方針なのかは分らないのだが。そういえば一作目の『Raoui』でも、歌詞のなかに一部英語がちょこっとだけ出てきてたようなそうでなかったような。どうだっけ?

2003年作品以後は、ひょっとしたら英題が附属するものとそうでないものとで、内容を変えてリリースしているのかもしれない。ワールド向けとアラビア語音楽ファン層向けで販売を分けているかもしれないなあ。それに今日はじめて気が付いたのだ。どうしてかって Spotify で ”Deb” という文字列だけで検索すると、同じ歌手の同じジャケットのものが出てきたが、中身が今日いちばん上でご紹介したものとは違っているんだ。もちろん曲題にも英語が附属しない。以下がそう。
これのことは諦めて、今日のところはいちばん上でリンクを貼った、僕が CD でも持っている英語題附属のものを対象にして話をするしかないのだった。

そんなわけでスアドの二作目2003年作のワールド向けは『デブ(ハート・ブロークン)』が正式題。この「心やぶれて」っていうのは、恋愛関係なのか、あるいはもっと別の社会的な意味合いも含んでのことなのか?附属ブックレットにも、この作品以後は歌詞の英訳が載るようになっているけれど、アラビア語で歌っているのを聴きながら英語を読むと、僕のばあいかなり混乱し、しかしかといって音楽再生をストップして文字だけ読むなんて言語道断だと僕は考えている。歌詞はあくまで音楽と同時に、その刹那刹那に把握できなくちゃ。だから、結局スアドのアルバム『デブ(ハート・ブロークン)』でもなにを歌っているのか、把握できていない。

その上で音だけ聴いて、メロディの動きやアレンジや、サウンドやリズムや、使われている各種楽器がどうだとか、そんなことばかり聴いている僕。でもですね、アルバム『デブ(ハート・ブロークン)』の三曲目のタイトルが 「Ech Edani (I Shouldn't Have Fallen In Love With You)」 になっていて、「あなたと恋に落ちるべきではなかった」って、こりゃちょっと…、う〜ん、つらいなあ…。

それでもその三曲目「Ech Edani (I Shouldn't Have Fallen In Love With You) 」がかなり素晴らしいグルーヴを持っているんだよね。最初、ウードを弾きながら男性が歌っている(と思うんだけどなあ、これ、弾き語りじゃないの?)部分は導入で、その詠唱みたいなのが終わるとアクースティック・ギターとリズムが入ってきて、スアドが歌いはじめる。しかもタブラとハンド・クラップがかなり派手に使われているもんね。素晴らしいリズムだ。

これ、だれかに恋い焦がれる熱情のグルーヴの激しさってことかなあ?歌詞が分らないのでなんとも言えないが、男性歌手もかなり歌っている。というよりこの三曲目では、スアドよりそのだれだか分らない男性歌手がメインだ。タブラ・ソロ、ギター・ソロ、ウード・ソロも短いが入っていていいよなあ。いや、このリズムです。タブラはほかにも使われている曲がアルバムには複数ある。

そんなマグレブ〜アフロ・ポップ・チューンみたいな三曲目が異様に輝いているが、スアドのアルバム『デブ(ハート・ブロークン)』には、ほかにも例えば五曲目「Yawlidi (My Little Boy)」のリズムもハードだし、これはアルジェリアン・ロックといってさしつかえないような出来。アラブ色はほぼないなあ。だからマグレブ〜アラブ音楽好きにしてロック嫌いなリスナーのかたにはオススメできない。

がしかしスアドの『デブ(ハート・ブロークン)』にはフラメンコならあるんだよね。七曲目「Houria (Freedom)」がそう。スパニッシュなフラメンコ・ギタリストも(たぶん)二名参加していて、同時演奏でかなり派手に弾きまくる。曲前半は、スパニッシュ・ギターをかきならすその音に乗ってスアドが歌うのだが、徐々にフラメンコ・スタイルの手拍子が入り、手拍子がずっと入ったまま情熱的なギター・ソロがあり、そのまま曲が終わる。二台(じゃないかなあ?)のフラメンコ・ギターと手拍子とスアドのヴォーカルと、それだけで構成されている。

そんなふうなのは前作の『Raoui』にはなかったから、この二作目でスアドの音楽はかなり幅を広げて色彩豊かになったんだよなあ。実際、世界でけっこう売れて、スアド・マシという歌手がいるぞ、かなりいいぞ、ということが大きく広まったらしい。でもアルバム『デブ(ハート・ブロークン)』でも、基本的には少人数編成での渋い落ち着いたシットリ路線だけどね。少しだけ派手でポップでハードな感じもくわえて、たしかに音楽作品としての魅力は上がっただろう。僕は素直にこれを称賛の気持で言っている。

ただし個人的趣味嗜好だけのことを言えば、一作目『Raoui』の、あのジワジワ〜っとアラブ色がにじみ出てきたり、ばあいによってはごくたまにそれが激しくなったりするという、全体的にはあくまで激渋だった路線のほうが、いまではいいんだよね。もちろんあのままではスターになれなかっただろうけれど。

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