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2018/01/20

まだ希望はある 〜 フェイルーズとジアードのアラブ&ジャズ・フュージョン(1)

(1)とか銘打っていますが、かりに書けたとしても(3)か(4)までだと思います。

それから、昨2017年リリース作で大きな話題を呼び評価も高い、同じレバノンの大後輩ヒバ・タワジの『ヒバ・タワジ 30』。あのサウンドや歌いかたやたたずまいは、今日も書く予定の1980年代半ば〜2010年ごろまでのフェイルーズ・サウンド、すなわちジアード・ラハバーニがプロデュースのものにも大きく影響され、それを継承せんとしているんじゃないかという気がします。
さて

フェイルーズの2010年作『望み』(Eh Fi Amal)。当時75歳だったこの女性歌手に、まだ衰えは聴けなかった。昨2017年の『Bebalee』では思い切り ”終焉” を感じるようなできばえだったが、あれはあれで一つの覚悟でありメッセージだった。メッセージの正体がなんなのかわかるには、もう少し時間が必要かもしれないが。

それに比べて前作『望み』でのフェイルーズは、まだ現役感バリバリなんだよね。75歳でのレコーディングとは思えないほど声に艶と色気があり、むろん若いころのようなヴェルヴェットの張りは弱くなってはいるが、それでもまだまだ官能的で素晴らしい。2017年の『Bebalee』を傑作と呼ぶわけにはいかないが(でも僕は好きだ)、七年前の『望み』はフェイルーズ最後の傑作だとして間違いないと思う。

アルバムの楽曲創り、アレンジとプロデュースは1979年以後多くのばあいいっしょにやってきている息子のジアード・ラハバーニ。ジャズのフィールドで活動してきていた人だけど、そんなジアードのキャリアやセンスや手法は、1987年リリースの名作『愛しきベイルート』にも持ち込まれ発揮されている。ジアードの父兄弟が成し遂げていたアラブ古典と西洋音楽やその他ジャズやラテンなどとの融合一体化路線が、録音は83年だった『愛しきベイルート』で一気に完成し華やかに花開いたような感じだったのはみなさんご存知のとおり。

それ以後フェイルーズはジアードと組むことがあって、そんななかでは、たとえば1991年の『Kifak Inta』とか、21世紀リリースの作品なら2002年の『Wara Kif』などといった一級の作品がいくつかある。『望み』は『Wara Kif』以来八年ぶりの新作で、僕のなかでは、つまり個人的趣味嗜好だけを言えば、フェイルーズ+ジアード作品群のなかではいちばんグッとくるものだ。傑作ヴォーカル・アルバムだと言いたい。

といってもアルバム『望み』にはフェイルーズのヴォーカルなしのインストルメンタル・トラックが二つある。8曲目「バクルの大地」(Dyar Bekr)とラスト12曲目「ザッターの丘」(Tal El Zaatar)で、ジャズ・ファンにしてインストルメンタルものにまだまだ愛着がある僕からしたら、この二つだって大好きなんだよね。ライヴ録音らしい12曲目のほうは、アラブ&欧米合体のモダン・ポップスみたいな趣で、こういったゴージャス・サウンドはラハバーニ兄弟以来の流れだけど、イイネ。素晴らしい。二分半すぎからドラム・セットが入ってビートが効きはじめ、かなりジャジーになって、しかもボサ・ノーヴァ・テイストも濃くある。

このアラブ+ジャズ+欧米管弦楽+ボサ・ノーヴァという四要素が、アルバム『望み』で聴けるサウンドの正体に違いないと思う。いかにもジアードのプロデュースというものだ。同じインストルメンタル・ナンバーでも8曲目のほうはもっとアラブ民謡寄りのもので、これもジアードが書いた曲かなあ?ちょっと違うような気がしないでもないが、アレンジは間違いなくジアードがやっているとわかるジャジーな演奏。ピアノ・ソロの内容なんかモダン・ジャズだもんね。曲全体もスリリングにスピーディで、アラブ伝統弦楽器をフィーチャーしつつ、西洋のシンフォニック・サウンドを混ぜている。

これの次の9曲目「シャラビーヤの少女」(El Bent El Shalabiah)は、少し驚きのレパートリー。60年ほど前の1951年にフェイルーズ自身もとりあげて歌った古い伝承曲で、その51年ヴァージョンは、日本では『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』で聴くことができる。またこの曲は2013年暮れリリースだったドルサフ・ハムダーニの『バルバラ・フェイルーズ』でもとりあげられている。僕は傑作だったと信じている在フランスのチュニジア出身女性歌手の作品で、フェイルーズのレパートリーなら得意な女性歌手だ。

「シャラビーヤの少女」を、1951年ヴァージョン(『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』)と、2010年ヴァージョン(『望み』)で聴き比べると、ジアードのアレンジは、51年のものを、基本、踏襲しているが、バックの管弦楽アンサンブルやピアノの転がしかたなどで聴けるモダンさは51年のものにはない。しかし主役女性歌手の声や歌いかたに違いがあまり聴きとれないのはすごいことだ。フェイルーズの51年ヴァージョンや、それを下敷きにしたドルサフ・ハムダーニの2013年ヴァージョンがかなり好きな僕だけど、『望み』ヴァージョンだってほぼ劣っていない。

1951年に自ら歌った古いレパートリーをそのままもう一度再演するのは、フェイルーズのある種の自信みたいなものの表現なんじゃないかと僕は思う。若かったころにやったものを75歳でもう一回、しかもアレンジの基本線もほぼ同じで行ってふたたび歌うというのは、私はまだまだ現役第一線なんですよ!むかしと変わっていないんですよ!と、原点に立ち返りつつ、堂々と見せ(聴かせ)つけるようなことなんじゃないかなあ。実際、違いがほぼないんだしね。すごい貫禄と存在感だ。

そんな「シャラビーヤの少女」に続く10曲目「そう、まだ望みはある」(Eh Fi Amal)。アルバム・タイトル・ナンバーだけど、これはワルツ・ナンバーで、フェイルーズ母子は、どうやらたぶんフランスのシャンソンを意識した一曲なんじゃないかと僕は思う。だからまあその〜、個人的にはこういうのはその〜、あんまりちょっと…。これ以上は言わないでおこう。決して曲や歌唱の出来がおもしろくないなんてことはない。フェイルーズの声に色気が漂っているのを、ここでも僕はしっかり聴きとれる。75歳ですから驚異の素晴らしさじゃないだろうか。

その次の11曲目「あなたがたの名前を書く」(Baktob Asamihon)こそが、僕個人の意見を言えば、アルバム『望み』ではいちばんの傑作ナンバーだ。少なくとも僕はこれがいちばん好き。ジアードの曲ではなく、ラハバーニ兄弟の書いたものだけど、『望み』のこれはアラビアン・ボサ・ノーヴァなんだもんね。フェイルーズの声は、おそらく多重録音して重ねてあるのかなあ、ボサ・ノーヴァふうに軽く漂う感じの歌いかたをしつつ、そういう録音や処理をしてあるということかわからないが、1949年レコード・デビューにして、50年代末ごろからアラブ歌謡の女王として君臨してきたフェイルーズがここまでフワッと軽く歌えるのがすごいことだよねえ。ジアードのアレンジもひときわ素晴らしい。

1〜7曲目までについてまだぜんぜん触れていないが、1「そして彼は言った」(Al Ayel)。曲の旋律はアラブ民謡風ながら、アレンジ、特にリズムがラテンふう。だがこういうのはむかしからある。フェイルーズ自身だってラテンとかバイオンとか1950年代から録音している。アラビアン・フォークと(ブラジル含め)ラテンと西洋サウンドとの三位一体は、そのころすでにやっていた。だから『望み』のこれも新機軸とはいえないが、しかし声に余裕と貫禄が増しているのは特筆すべき点だ。

アラビアン・ジャズ・バラードみたいな二曲目「大した話じゃない」(Ossa Zghiri Ktir)、もっとストレートにジャズをやっている三曲目「いつもその言葉が」(Kel Mal Haki)とか、いかなフェイルーズでも歌いこなすのが難しそうな複雑なメロディとコード展開だけど、軽々とクールに舞っているのに目をみはる。

フェイルーズ2010年の『望み』(Eh Fi Amal)。決して masterpiece じゃないという声も聞いたけれども、やはりこれは傑作に違いないと僕は信じている。これは僕自身のジャズやボサ・ノーヴァ寄り嗜好というものを超えているに違いない素晴らしい作品だよ。たぶん、女神の生涯最後の。

最初にも書いたが、こんな路線を昨2017年の『30』でヒバ・タワジは引き継いだと僕は聴いている。『望み』日本盤附属解説文の田中勝則さんは、2010年の文章だから当然だけど、こういうの(たとえばボサ・ノーヴァ)をアラブで歌えるのはフェイルーズだけとお書きだけど、『ヒバ・タワジ 30』で意見を修正なさったかもしれないと思う。

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