« 黄昏どきに聴くニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」がいい | トップページ | ネズミだけが僕の仲良し 〜 モータウン時代のマイケル(2) »

2018/01/16

きみに会いにいかなくちゃ 〜 モータウン時代のマイケル(1)

アフリカ系アメリカ人、すなわちアメリカ黒人のなかで世界で最も有名な存在は、間違いなくマイケル・ジャクスンだ。あ、いや、バラク・オバーマかな?でも音楽家に限定すれば、MJ こそ最有名人だとだれも疑わないはずだ。疑う人は、アメリカ音楽のことをちゃんと把握できていない。

もちろんマイケルがそれほどまで大きな存在になったのは、1975年の(ジャクスン5での)エピック移籍後のことで、ソロとしてクインシー・ジョーンズと組んでのアルバム『オフ・ザ・ウォール』『スリラー』をリリースしてからのことだ。エピック移籍後のソロのマイケルがものすごいパフォーマーだったということを、僕だって微塵も疑っていない。本当に素晴らしかったと心の底から信じて賞賛している。

だがしかし、一人のシンガーとしては、モータウン時代のマイケルのほうがより一層チャーミングに聴こえる、少なくとも僕はそう感じるというのも事実。モータウン時代のジャクスン5がコンプリート集みたいなかたちでまとめられているかどうかわからないので、僕は CD 三枚組全50曲のアンソロジーでもっぱら愛聴している。それの三枚目にソロのマイケルも16曲収録されていて、実を言うと、それでソロでのマイケルの歌も代表的なものはだいたい揃ってしまうのだが。
 
ですがね、モータウン時代のマイケルのソロ歌唱はぜんぶで71曲あって、それらにヒジョ〜に強い愛着を感じる僕は、モータウン音源のリイシューを手がける Hip-O が2009年にリリースした CD 三枚組『ハロー・ワールド:ザ・モータウン・ソロ・コレクション』も買ったのだった。これは一生の宝物。アルバムやシングルのリリースでいえば1972年から86年だが、75年のエピック移籍後のリリースも録音はもちろんそれ以前。ブックレット記載では73年録音のものがラストとなっているが、ネットで調査すると74年録音もあるらしい。

モータウン在籍時にマイケルがソロでリリースしたアルバムはぜんぶで四枚。『ガット・トゥ・ビー・ゼア』(1972/1)、『ベン』(72/8)、『ミュージック&ミー』(1973/4)、『フォーエヴァー、マイケル』(75/1)。

ジャクスン5がエピックに移籍したのは75年の8月だったので、1月リリースのアルバムではすでにもうこの事実がわかっていて、モータウンもこんなアルバム題にしたということかもしれない。モータウン時代のマイケルのソロ録音からは、エピック移籍後も二枚、『フェアウェル・マイ・サマー・ラヴ』(84/5)、『ルッキング・バック・トゥ・イエスタデイ』(86/2)がリリースされている。

それら録音時期だったら1971〜74年となるマイケルは13〜16歳。コドモの歌なんか…、とお考えのみなさんにはこの際ハッキリと言わせていただきますが、歌というものの、歌手というものの、ありようをご理解いただけていないのだと僕は思う。



71〜74年、13〜16歳のマイケルのヴォーカルは、たしかにジュヴナイル・ヴォイスだけど、全然コドモじみていないし、もちろん幼稚だなんていう世界からはおよそほど遠い魅力がある。チャーミングの一言に尽きるのだ。この時期のマイケル以上にチャーミングなボーイ・シンガーがこの世にいるだろうか?きっと、いない。

さて、今日は一枚目の『ガット・トゥ・ビー・ゼア』のことだけをとりあげるのだが、このファースト・ソロ・アルバムには確固たる一つの傾向がある。一言で指摘すれば1970年発売のジャクスン5でのシングル・ナンバー「アイル・ビー・ゼア」の世界を拡大し、ソロ・アルバム一枚にわたりその世界を展開したってことだ。言い換えれば、君のいるところに行かなくちゃ、困っていたり悩んでいるんなら、呼んでよね、そっちに行くからっていうもの。それと裏腹な失恋を歌ったものもある。

どの曲がそうだなんて指摘する必要もないはずだ。もしまだお聴きになったことのないかたは、いちばん上でリンクを貼った Spotify のアルバムでちょっと覗いてみてほしい。曲題だけでもだいたいわかるはずだ。このころのマイケルとは縁遠いみなさんだってお馴染みの有名曲カヴァーだってなかにはある。

一曲目「エイント・ノー・サンシャイン」(ビル・ウィザーズ)、十曲目「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」(キャロル・キング)の二つはあまりにも有名だが、それ以外にも八曲目「マリア」はジミー・ラフィンが歌い(マイケルと同時進行だっけ?)、九曲目「ラヴ・イズ・ヒア・アンド・ナウ・ユア・ゴーン」はシュープリームズが歌ったもので、アメリカ黒人音楽ファンなら知っている。

それにしてもアルバム『ガット・トゥ・ビー・ゼア』がビル・ウィザーズの「エイント・ノー・サンシャイン」で幕開けになるっていうのは、これもモータウンのベリー・ゴーディの遊び心だったのだろうか。アルバム・リリース時の1972年には人気絶頂で、ジャクスン5で大活躍し、また一人でのテレビの冠番組もあったりして、そんなマイケルのソロ・デビュー作のトップに、こんなにも渋いトーチ・ソングを置くなんて。

あの時期、ソロでアルバムを出すというのも、最初はマイケル自身というより会社の意向ではじまった企画だったのかもしれないが、歌や芸能の世界ってそんなことが多くても、そこでどれだけ自分の実力を発揮できるかが勝負だ。自らがこれをやりたいと思ってすすんで実行したとしても、それだからそれは音楽家自身の意思だからいいんだとか、逆に会社や事務所が決めたレパートリーは押し付けられたもので、歌手の意思に反し、やりたいものをやらせてもらえなかったなどと考えて否定的にとらえるのは、歌や芸能の世界にウブなんじゃないかと思う。

実際、『ガット・トゥ・ビー・ゼア』で聴けるマイケルのヴォーカルの伸びやかさ、(まだ変声期前だったことも手伝っての)キラキラしたハイ・トーンの宝石のような輝き、パワフルさ、の裏腹のデリケートなガラスのようなもろさと繊細さなどなど、一人のヴォーカリストとしてこんなにキラめいている存在を聴けることは、まずありえない。百歩譲って、滅多にない。

「エイント・ノー・サンシャイン」だけでなく、シュープリームズの「恋ははかなく」もトーチ・ソングで、歌詞内容だけ聴けば、到底13歳の少年なんかに真に迫るようなリアリティをもって歌いこなせないだろうと思われそう。だがもし本気でそんなふうにお考えのみなさんが、あるいはひょっとして1%でもいらっしゃるとすれば、上でも書いたことだが、歌の世界というものを舐めている。

13歳のマイケルが歌う「エイント・ノー・サンシャイン」も「恋ははかなく」も立派な表現力をともなっているじゃないか。その声は大人びているという文章も見つかったのだが、そういったたぐいの意見には僕はくみしないのだ。やっぱり声の質というかトーンはいかにも変声期前という子供っぽいものだと僕は思う。

しかしそんなジュヴナイル・ヴォイスだからこそ、かえって大人の(?)失恋歌をやって、独特の甘い艶やかさみたいなものが出ているんじゃないかと僕には聴こえるんだよね。どんな恋愛にもいつでもともなう危険な香りが漂っているように聴こえる。これがこのころのマイケルに対する僕の見方だ。

さて、そういったものではない、ストレートな求愛歌みたいなもの、すなわち上で指摘したように、ジャクスン5の「アイル・ビー・ゼア」の流れをくむようなものだと、このころのマイケルが持っていたそんなような特質、すなわち可愛らしいが、しかし、いや、そうだからこそ甘く危険でメロウに聴こえるという美点が最大限に発揮されていて、たまらなくチャーミングで絶品だ。

二曲目「アイ・ワナ・ビー・ウェア・ユー・アー」、五曲目「ガット・トゥ・ビー・ゼア」、十曲目「きみの友達」なんかは、この世のあらゆる女性、いや、老若男女みんなが、こう語りかけてほしいと思うくらいのものなんじゃないかなあ。マイケルの声がキラキラ輝いていて、こういう内容をこんな声で歌われたらたまらないでしょう。このころのマイケルにだったら。僕だってこう言われたい。

特に素晴らしいのが「ガット・トゥ・ビー・ゼア」。マイケルが生涯に残した録音で最も美しい曲だといっても過言ではないほどの名曲じゃないかなあ。なにが美しいって、曲のメロディも綺麗だが、マイケルのこの声だ。リード・ヴォーカルをマイケルの一人二重唱にしてあって、それはビートルズもよくやったダブル・トラッキングとかじゃなくて、もう一回再録して重ねたユニゾンだと思う。

その二つのテイクの微妙なズレが生むキラキラとしたガラス細工のような輝きは、まるで天上から舞い降りた天使の歌声といったような美しさに聴こえないだろうか。こんなふうに、ダイアモンドに光を当てたときのようなまぶしく乱反射するような輝けるヴォーカルを、ほかのだれのどの歌で聴けるっていうんだろう?

« 黄昏どきに聴くニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」がいい | トップページ | ネズミだけが僕の仲良し 〜 モータウン時代のマイケル(2) »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: きみに会いにいかなくちゃ 〜 モータウン時代のマイケル(1):

« 黄昏どきに聴くニック・ケイヴの「レット・イット・ビー」がいい | トップページ | ネズミだけが僕の仲良し 〜 モータウン時代のマイケル(2) »

フォト
2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ