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2018/01/17

ネズミだけが僕の仲良し 〜 モータウン時代のマイケル(2)

マイケル・ジャクスンのモータウン時代二作目のソロ・アルバム『ベン』。一作目『ガット・トゥ・ビー・ゼア』と同じ1972年のリリースで、そのリリースの間合いは七ヶ月。しかも同じ「イン・アワ・スモール・ウェイ」がどっちにも収録されていて、それはどう聴いても再録音とかじゃなく同じテイクの使いまわし(『ベン』ヴァージョンには冒頭にカウントする声が入っているという違いだけ)。

ってことは、『ガット・トゥ・ビー・ゼア』収録曲も『ベン』収録曲も、録音はほぼ同時期だった可能性があるよね。モータウンでのソロのマイケルの初リリース作品は、シングル盤「ガット・トゥ・ビー・ゼア/マリア」で、アルバムに先立つ1971年10月の発売だった。つまりそれ以前に少なくともこの二曲は完成していたわけだし、二曲しか録音していなかったかどうか、ちょっと僕には判断できない。

昨日も書いたが、そもそもマイケルのソロ・デビューは、ジャクスン5在籍時に、たぶん会社側というか、まあベリー・ゴーディのお遊びというか、ちょっとした試みとして、つまりジャクスン5がどんどん売れるので、その主たるリード・ヴォーカリストに一人でやらせてみたらどうか?っていうだけのものだったんじゃないかと思うんだよね。

だからソロ・デビュー曲の「ガット・トゥ・ビー・ゼア」と B 面の「マリア」の二曲しか録音しなかった可能性もあるかもしれないと僕は想像している。一般の音楽家だったらあまりそんなことはないのかもしれないが、マイケルもアイドルだったんだし、アイドル歌手のばあい国と時代を問わず、シングル盤だけをリリースして、そのシングル発売に向けては、それ用のレコーディングしかしないケースもあるんじゃないかなあ?いや、わかりませんが。

僕の言いたいことは、アルバムの発売年月日ならはっきりとわかっている『ガット・トゥ・ビー・ゼア』と『ベン』の、それぞれの収録曲の録音時期が明確じゃないってことなんだよね。僕の持つ CD 三枚組の Hip-O 盤『ハロー・ワールド:ザ・モータウン・ソロ・コレクション』のブックレットにも、この二作についてはその記載がまったくない。つまりモータウンが記録に残していなかったんだろう。

だからほぼ根拠のない憶測だけど、いちばん上の段落で示唆したように、アルバム『ベン』の収録曲も、アルバム『ガット・トゥ・ビー・ゼア』収録曲とほぼ同時期にできあがっていた可能性があるように思うんだよね。しかしアルバムになったものを聴き比べると、この二枚にはハッキリした違いもあるように思うから、選曲しアルバムに仕立てあげた際にはモータウンになんらかの意図、すなわちマイケルをこんなイメージで売りたいという目論見みたいなものがあっただろうと思う。

その違いを簡単に言うと、一作目『ガット・トゥ・ビー・ゼア』にはハードさがほぼなくて、可愛くプリティにチャーミングな、いわばメロウ・マイケルを前面に押し出していたように思うんだけど、二作目『ベン』での主役は、元気はつらつで少しファンキーに躍動するエナジェティック・マイケルみたいに聴こえるんだよね。こういった制作販売意図が会社モータウンにあったんだろうという僕の推測は、アルバムのできあがりだけを聴くなら、間違いない。

それでもアルバム一曲目の「ベン」は、やっぱり可愛くしっとりした、ちょぴりヨーロッパふうの哀愁もあるバラード・ソングだけどね。ホント〜に、このころのこんなマイケルのこんな声でこんな歌を聴くのは、いまでも素晴らしい体験だ。文句なしに降参するしかない。曲単位でマイケルの全生涯ベスト・ワン・ソングを選ぶべと言われたら、僕なら昨日書いた「ガット・トゥ・ビー・ゼア」か、あるいは「ベン」を選ぶ。

しかしこの「ベン」っていう曲はネズミの歌なんだ。マイケルは私生活でも、この1972年当時からかな?亡くなるまでずっと動物といっしょに暮らしていたが、曲「ベン」では、歌の主人公が、僕の友人はベンという名のネズミ、君だけだよ、どうか僕と仲良くしてねと語りかける内容なんだよね。同名映画の主題歌だったものだ。

それで音楽アルバム『ベン」のオリジナル・ジャケットは、写真左 or 上のようにネズミがあしらわれていたのだが、わりと早くにネズミ駆除が行われ、すぐに写真右 or 下のようなジャケット・デザインに変更になった。僕は長年そっちのネズミなしのジャケット・デザインしか知らなかったんだよね。 ハリウッド映画『ベン』がどんなもので、シリーズとしての前作『ウィラード』がどんな内容の映画だったのかは、書かないでおこう。

シングル盤で発売されたマイケルの「ベン」は自身初のチャート一位に輝いたので、この曲こそエピック移籍前のマイケルにとってはシグネチャー・ソングみたいなものだったかもしれない。ネズミとの交流云々もさることながら、歌のメロディとアレンジがいいよね。エレベ以外はフル・アクースティクなサウンドで、まずギターのアルペジオに乗って13歳のマイケルがソフトに歌いはじめると、その声のトーンのキラメキに胸が苦しくなるほどだ。もちろんネズミだけが僕の親友だから、ほかにだれもいないから、という歌詞あってこそ、僕の胸は締めつけられるんだけど。

アルバム『ベン』では、しかしこんな感じのセンティメンタルなバラードはこれ一曲だけ。といっても曲「ベン」が輝きすぎているから、もうそれだけで十分だという気分にすらなる僕だけど、気を取り直して二曲目以後に耳を傾けると、上で指摘したようにわりと元気なんだ。哀愁とかメロウネスみたいなものは薄く、ファンキーに躍動しているものが多い。

ミディアム・チューンの二曲目「グレイテスト・ショウ・オン・アース」では、特にリフレイン部分で空を駆け抜けていくかのごとき伸びやかなヴォーカル表現だし(曲の旋律もそうだけど)、四曲目「ウィーヴ・ガット・ア・グッド・シング・ゴーイング」も明るく跳ねていて元気そうだ。続く五曲目「エヴリバディズ・サムバディズ・フール」はライオネル・ハンプトン楽団1950年のヒット曲。これは絶対にベリー・ゴーディのチョイスだよね。モロに趣味が出ているもん。でもスウィート・ソウルふうにアレンジしなおしたのが素晴らしく聴こえる。

六曲目「マイ・ガール」は、「ベン」こそが代表曲だというのとは違った意味で、アルバム『ベン』のトーンを象徴する一曲。もちろん問答無用のテンプテイションズ・ナンバーで、1964年の大ヒット・チューン。モータウンって、自社曲をしばらく経ったのちの自社歌手に歌わせるという傾向というか、これは一種のしきたりみたいなもんなのか、社風なのか、そういう部分があるよね。だからマイケルが「マイ・ガール」を歌うのもまた、モータウンではあたりまえのことだったんだろう。

アルバム『ベン』で聴けるマイケルの「マイ・ガール」は本当に元気で、溌剌としていて、こんな女の子ができたよ、まるでドンヨリしていた日に陽光が差し込んでみたいだよ、うれしい〜!っていう歌詞の中身を、これ以上なく気持ちいいフィーリングで歌ってくれている。テンプテイションズ・ヴァージョンはエレガントだけど、マイケルのはキッズ・ソウルみたい感じのポップさで跳ねている。こういう「マイ・ガール」もいいんじゃない?ガキの歌じゃないかって笑わないで。どんなに歳取っても、だれかを好きになったときって、こんな気分だと思うんだ。

九曲目スティーヴィー・ワンダーの「シュー・ビ・ドゥー・ビ・ドゥー・ダ・デイ」でもやっぱり元気はつらつと躍動し、しかもファンキーだ。サウンドもリズム・アレンジもほぼファンク・チューンというに近い。三曲目「ピープル・メイク・ザ・ワールド・ゴー・ラウンド」は、ほぼ同時期のスタイリスティックスの曲で、これはちょっと社会派ソング。オリジナルに忠実なアレンジだけど、マイケルはじっくりと、しかし題材を素直にストレートに歌っている。

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