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2018/01/12

カナ書き談義 2018

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僕の名前「戸嶋 久」も正しく発音していただけないばあいがある。ファースト・ネームは問題なく「ひさし」とだれでも呼んでくれるけれど、ファミリー・ネームのほうは「とじま」「こじま」になることが多いんだよね。そんなこともあってか、僕はネット活動をずいぶん長く「としま」名でやってきた。漢字表記の固有名詞の読みって、地名もそうだけど、なかなかむずかしい場合があるのは事実だけど。

とまあ、ちょっと思うところあって、昨年末ごろからネット活動の文字どおりすべてを実名の漢字「戸嶋 久」表記でやるようになっている僕。そのこととはぜんぜん関係ないことだが、アメリカ人ジャズ・トランペッター兼鍵盤奏者の Miles Davis も日本語のカナ書きの際は問題がある。いまだにかなりある。まあついこないだまで「マイルス」表記だった人間に言えた義理ではありませんが、いちおう考えを改めましたので。

実はこんなことすべて、油井正一さんの『生きているジャズ史』にぜんぶ書いてある。東京創元社刊の『ジャズの歴史』時代からあった。もとの雑誌原稿が何年に執筆されたものかわからないが、少なくともこの本の初版は1957年。しかしそのなかの一章「カナ書き談義」は、1967年の三訂版で書き加えられたものだ。その「カナ書き談義」での油井さんは、一面、外国人名のカナ書きをなるべくちゃんとやれと言いつつ、反面、でもあまりやりすぎても意味がないとも言っている。

やりすぎるのは無意味だとは、つまり発音体系も表記システムもまったく異なる言語をカナ書きするわけだから自ずと限界があって、どう書いたって原音どおりになんかなりゃしないんだ、不可能なんだから、どんなに近づけた忠実なカナ書きでも、そのまま発音したんじゃ母語話者には通じない、だからこだわってやりすぎるのは意味がないと、ハッキリと明言している(立東社文庫版 p. 213)。

しかしそのいっぽうで、原音とあまりに食い違いすぎる表記を放置したままなのはやはり感心しないとも書いているんだよね。ロック・ミュージックの世界でも、お馴染み物議の Duane Allman とか Delaney Bramlett とか The Faces とか、そのほか本当にいっぱいあるけれどね。もちろん英語圏だけでなく、外国人名一般にあてはまることだ。こだわるかたは、音がわかっているからこそ漢字かな交じり文のなかでも原文字表記のまま書いているばあいもある。僕のポリシーなら、それをやるのは、どう読むのか見当もつかない名前その他だけだ。

それはいい。「カナ書き談義」のなかで油井さんは、いろんなアメリカ人ジャズ音楽家名のカナ書きをとりあげて、これはおかしいとか、これはこうあるべきだとか書いてあるなかで Miles Davis のことにも触れているんだよね。主に Davis のほうの表記にかんしていろいろとお書きだ。大学生のころに読んだときは、「デビス」と ”ビ ” にアクセントを置いて発音するジャズ喫茶族がいるということを、僕ははじめて知った(立東社文庫版 p. 215)。

デイビス、デービス、デイヴィスの三種類の表記を油井さんはとりあげて、まあどれでもいいんじゃないかというのが本音みたいなんだよね。しかし油井さんはそのあとでハッキリ書いている。問題はそこではなく Miles のほうだと。アメリカではマイルズと濁るのだとちゃんと書いてあるんだよね。遅く見ても1967年に書いた文章だから、ジャズ関係のライターさんの文章のなかにマイルズ表記なんてまったくなかったんじゃないかなあ。ぜんぶマイルスだったはずだ。

さらにさらに油井さんは、しかしマイルズと濁点を付けるのも実は問題があるのだとも書いているんだよね。それは日本語話者のばあい、濁音があるとそれを意識してしまう傾向があって、だからマイルズ表記だとズがやや強めに発音されるかもしれない、しかし Miles の語尾の s は消え入るように弱くなるもので、スでもズでも似たような聴こえかた程度なのだから、そこに注意が行かないよう配慮してマイルスと清音の表記なんですよとも書いてあるんだ(立東社文庫版 p. 215)。

Miles の語尾の s にはアクセントなどない、語末で消え入るように弱くなってほぼ聴こえず、「マァ〜ルッ」みたいになっているというのは、ずっと以前に僕もそう書いたし、実際にいろんな録音物で聴くと、やっぱりちゃんと語尾まで聴こえにくいばあいが多いんだよね。それで、油井さんの表現をお借りすればズに注意が行ってしまうのを「避け」(p. 215)る目的もあって、マイルス表記で僕もずっと30年以上通してきた。しみついた怠惰な習慣で、というだけの面もあったと認めておきたい。

それを昨年からマイルズに修正したのは、Miles というスペリングからすればマイルズとなるのはわかっていることだから、英語教師としての僕の心のなかで長年この矛盾がどんどん大きくなってきていて、まるで身体をむしばむ癌のごとく痛むので、それを切除したいという一心だったんだよね。だってマイルスでは間違っていると知っているんだもん。もう到底我慢できなかった。ほかのみなさんがマイルスとお書きになるのはなんとも思わないが、僕自身の表記だけは正しくしたいと決めた。日本語で書くマイルズ専門家のなかでは、たぶん僕が史上第一号だ。

それに、最近まであまりちゃんと聴いていなかった、というか意識していなかったんだけど、マイルズの各種ライヴ・アルバムで英語母語話者であろう司会者が、語尾まではっきりと聴こえるように発音して、すると濁音で「マイルズ・デイヴィス」と紹介しているじゃないかという現実の証拠もいくつか確認できるようになっているしね。

まあその〜、できうることならば、日本のレコード会社のかたがたには、正しく「マイルズ」表記に修正していただきたいと僕は考えている。レコード会社、特にいちばん数の多いソニーさんがマイルズ表記にすれば、世の音楽ジャーナリズムや音楽ライターのみなさんも追随するだろう。これは間違いないと目に見えている。キャピトル、プレスティジ、ブルー・ノート、ワーナーとあって、それぞれ Miles Davis のカナ書き表記は少しづつ揺れているけれど、ファースト・ネームのほうが「マイルズ」になっているのはまだ一社もない。

マイルズ関係のカナ書きではおかしいことがほかにもいっぱいあって、ひどいのがアルバム名や曲名のカナ書きだ。それも固有名詞であるとはいえ、もとは一般の普通名詞から取っているものだから、マイルスか?マイルズか?なんていうレヴェルじゃないよなあ。いちばんひどかったのが、むかしの CBS ソニー盤 LP 題『ライブ・エビル』!

”Live-Evil” のことなんだけど、エビルってなんだよ?!エビルってさ!?全地球がどうひっくりかえっても Evil はエビルになりえない。これがしかしアナログ・レコード時代はずっとこのままだったんだよね。さすがにいまのリイシュー CD ではちょっと修正してあって『ライヴ・イヴル』になっているけれど、まだダメじゃないか。エビル時代を長く体験してきている僕だから我慢できる範囲内かな?と思わないでもないが、一度は修正する機会があったんだから、どうしてそのときに『ライヴ・イーヴル』にできなかったんだ、ソニー?!

“Bitches Brew” もなかなかひどかったよなあ。これもいまではちょっとだけ修正してあって(だからさ、どうせ修正するんなら、どうして一度にちゃんとしないんだ?ソニー?!)、現行の日本盤 CD は『ビッチェズ・ブリュー』になっている。しかしこの「ェ」とか「リュ」ってなんだよ〜!どこからこんなもん、出てくるんだ?さぁ〜っぱりワケわからんじゃないか。

1998年にこのアルバムのボックス・セットが出て、その際『レコード・コレクターズ』誌が特集を組んだ。そのころの編集長は寺田正典さん。さすがは中村とうようさんが創刊した雑誌だけあって、ちゃんと『ビッチズ・ブルー』表記に統一されていた。これはどなたか執筆者の意向がおよんでとかじゃなかったんだよ。編集部の確固たる方針だった。寺田さんはかねてよりローリング・ストーンズ関連のカナ書き表記の問題を指摘なさっていた。チャーリー・ワッツは本当は「ウォッツ」だけど、いまさら直せませんよねえとか、僕にもおっしゃっていたことがある。

だからその『ビッチズ・ブルー』ボックス特集号をきっかけに『レコード・コレクターズ』にしばらく書いていた僕も、なるべく原音どおりにと考えて、いろんな(マイルズ関係ではないものも含む)原稿で実行していたんだけど、ほかのジャーナリズムや日本のレコード会社はやっぱり修正しないもんね。退社して九州にお戻りになって以後、寺田さんは、東京時代にそのへん頑張ってなんとかならないかとやっていましたが、力がおよびませんでした、無駄な努力だったのかもしれませんとおっしゃっていた。

今日僕が書いてきたことは、もちろんマイルズ関係のことだけの問題ではないし、ジャズやロックやなどアメリカ産の英語音楽に限ったことなんかじゃない。すべての外国語のカナ書きについて言えることだ。発音がこうなのだとハッキリわかっているものならば、なるべくそれに即して書きたい。ほかのかたのことはいざ知らず、僕はね。発音がどうだかわからない言葉のばあいは可能な範囲で調査して、そして上でも触れたが漢字かな交じり文のなかに不意に外国語文字が出現するのを日本語使用者しては避けたいので、こうかなと判断できるものは判断したカナ書きにしている。

どうにもこうにも音がわからないばあいは、そのまま書けるばあいはそのまま書くしかないと思ってそうしているのだが、キリル文字やアラビア文字やビルマ文字や、そのほか世界に各種ある、ラテン文字アルファベットではない文字表記は、タイピングするのが僕のばあい容易ではないから、まあなんとなくやりすごしてごまかすしかないと思って、そうしてきている。該当する外国語をちゃんと勉強すれば済む、できるようになる、というような話じゃないような気がする。

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コメント

英語の先生として、また油井正一をアブライマサカズと読まないことを当然知っているとしまさんらしい内容ですね。この件はもっと前に整理されてここに書いていてもよかったんじゃないかなと今さら思ったよ。
それにしてもエラフィットズゲラルドとかゲリームリガンとかシドニーベケットとか、発音を聞かないとわからないよね。(わかるか、これはw)
名前は間違いたくないけど、マイルスはまだマイルズって言いづらいな、僕は。ポール・デスモンドは、とんちんのおかげで、デズモンドって呼んだり書いたりするようになったけどね。

うん、まあでも、ひでぷ〜、これは僕自身のために整理した文章で、ひでぷ〜やほかのみなさんにどう書いてほしいとかっていうことじゃないんだよね。だから、Milesはマイルスのままでみんなはいいと思うんだ。他の人名も。ソニーやその他レコード会社関係や、あるいはみんなの範となるべきライターさんたちには、いろいろと言いたいことがあるってことだけど。

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