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2018/01/18

変化の兆しと、あの時代 〜 モータウン時代のマイケル(3)

一昨日、昨日と(もっとずっと前にも一度)書いてきているマイケル・ジャクスンの CD 三枚組『ハロー・ワールド:ザ・モータウン・ソロ・コレクション』。これでジャクスン5ものを除き、ソロでのモータウン・マイケルがぜんぶ聴けるのだが、なかなかそんな三枚組だなんて…、とおっしゃるみなさん、上の Spotify リンクを踏んでください。同じものです。残さずぜんぶあるコンプリート集です。

まあこうやって CD などフィジカルがどんどん売れなくなっていく、というかすでにもうそうなっているのかもしれないが、金銭的あるいは精神的な余裕がないなど、そのほかいろんな理由で物体を買うことがままならないとか、気がまわらないとか向かないとか面倒くさいとかいうかたがた向けに、買って持っていて中身が素晴らしいと知っている僕が、こうやって紹介することくらい、ちょっとでいいから認めてほしい。認めないなら CD 買って。

まあそんなことで上の Spotify リンクでぜんぶ聴けるわけだけど、アルバム単位でいうと、一昨日の『ガット・トゥ・ビー・ゼア』、昨日の『ベン』に続くマイケルのソロ作品は、モータウン在籍時にはあと二枚だけ。1973年4月発売の『ミュージック&ミー』、75年1月リリースの『フォーエヴァー、マイケル』。同75年8月のエピック移籍後にも、ビッグ・バン的宇宙規模の爆発的スーパー・スターになっていったマイケル人気にあやかって、モータウンは三枚のアルバムをリリースしている。

リリース順に言うと、1981年5月の『ワン・デイ・イン・ユア・ライフ』。これはレーベルのいかんにかかわらず1980年代初マイケルだったのだが、しかしただのコンピレイションだから、今回は話題から外している。未発表曲で構成された”オリジナル”・アルバムは二枚。84年5月リリースの『フェアウェル・マイ・サマー・ラヴ』、86年2月リリースの『ルッキング・バック・トゥ・イエスタデイ』。

モータウンへの録音でも、1980年代にリリースされたものは、エピック移籍後のマイケルの姿、売れに売れまくっている音楽性に合わせるかのように、70年代前半に録音されているにもかかわらず、懇切丁寧な、いわばお化粧が施されている。つまりリミックスし、もともと入っていた楽器の音を一部抜き、新たに別の楽器を足したりなどして、時代のサウンドにフィットするようにモータウンも苦心して発売していた。

というようなことが、上の Spotify リンクだと 3 の16〜24曲目になる『フェアウェル・マイ・サマー・ラヴ』、3 の1〜12曲目になる『ルッキング・バック・トゥ・イエスタデイ』で聴きとっていただけるかもしれない。しかもそれらの収録曲録音時期は、明確ではないが1973/4年ごろらしいので、マイケルの声も変化している。変声期を経て、声に落ち着きが出ているよね。10代半ばごろの、でもやはりまだ若いけれど、それでも深みと翳りが少しあるように僕は思う。

いやいやもちろん、マイケルのヴォーカルに聴きとれる翳りとか不安感とかある種の妖しい雰囲気は、13歳ごろのあのピチピチした輝きのなかにこそあるのであって、あんなキラキラしたハイ・トーンのなかにこそ、どうしようもない救えない孤独感とか寂寥感を僕も感じる。そこが神秘的魅力なんだよね。だからちょっと言いかたを換えないといけないが、変声期を経たマイケルの声のトーンには、う〜んと、揺らぎみたいなものがあるね。良くも悪しくも。

これはモータウン在籍時リリースの『ミュージック&ミー』『フォーエヴァー、マイケル』からしてそうなんだけど、声が変わりつつあったことだから、そのせいで不安定な揺らぎが聴きとれるということもある。たぶんマイケル自身も、そしてもちろん会社モータウンとしてももちろん、この声の変化をどう扱うかという悩みがあったはずだ。

もう一点、同じモータウンのレーベル・メイトだったスティーヴィ・ワンダーやマーヴィン・ゲイといった音楽家たちが、1970年代に入ると大きく変貌していったということに影響されたか、少なくとも意識はしたということもあったはず。もちろんいわゆるニュー・ソウル・ムーヴメントのことで、ニュー・ソウルとは、有り体に言えば、社会派黒人シンガー・ソングライターのことだから、マイケルも、本当だったら自作曲を書きたかったんじゃないかと思うんだよね。

実際にそう試みたという話も読むんだけど、それまでのマイケルのイメージが崩れる、すなわち売り上げに響くかもしれないとしてそれを嫌ったモータウンは、マイケルの自作を許さなかったらしい。そんな音楽家としての、ある種の目覚めとか、自我が確立しつつあったマイケルは、1970年代半ばという時代の変化と、自分自身の喉の変化と、この二つで、やや苦しい時期を送っていたのかもしれないよね。

モータウンでのソロ・アルバムの最初の二枚『ガット・トゥ・ビー・ゼア』『ベン』と比較して、その後の四枚の光はやや鈍いように僕は感じるんだけど、あるいはひょっとして書いたような変化と苦悩に一つの原因があったかもしれないと思う。最初の二枚がまるで完璧な宝石だから、輝きすぎているから、というのもあるんだけどね。

それでも『ミュージック&ミー』以後のもののなかにだって、アルバム単位だとちょっとあれかもだけど、一曲単位で抜き出すと、相当に素晴らしいものがある。括弧内は上記 Spotify アルバムでの場所だが、「ハッピー」(2の4)、「ドギン・アラウンド」(2の6)、「モーニング・グロウ」(2の9)、「ミュージック&ミー」(2の10)は、アルバム『ミュージック&ミー』のなかにある宝石だ。

アルバム『フォーエヴァー、マイケル』からだと、「ワン・デイ・イン・ユア・ライフ」(2の13)、「ジャスト・ア・ビット・オヴ・ユー」(2の16)などは文句なし。ここまで書いた曲、ときにアクースティックでメロウなサウンドに乗せて歌うチャーミングなバラードだったり、ときにとびきりブルージーなブルーズだったり、ときに快活でファンキーなリズムに乗るダンス・チューンだったり。

1975年夏のエピック移籍後に、それ以前に録りだめてあったお蔵入り音源からモータウンがアルバムに仕立てたものだと、ウルトラ・スーパー・スターになったマイケルの音楽性の萌芽みたいなものが聴きとれるのもおもしろい。もちろん上記のとおり大胆なリミックス作業によって、そう聴こえるようにお化粧されていたのではあるけれど。

たとえばスモーキー・ロビンスンの「ユーヴ・リアリー・ガット・ア・ホールド・オン・ミー」(1の22、3の17)や、あるいは「フェアウェル・マイ・サマー・ラヴ」(2の22、3の21)の二つは、当時未発表だったオリジナル・ミックスと、あのころアルバムに収録されて発売されたお化粧済みミックスとの両方が収録されているので、聴き比べるとそのあたりがよくわかっておもしろい。

そうやってメイクで化けたような面がありはするものの、 しかしクレンジングしてもなお1970年代初期に比べるとやはりマイケルは変わりつつあったのだ。たとえばアルバム『フォーエヴァー、マイケル』に収録されてモータウン在籍時に発表されていたものだけど、「ウィア・オールモスト・ゼア」(2の11)。モータウンのホランド兄弟の書いた曲で、グイグイ迫り込み上げてくるようなバック・トラックに乗って、エモーションを大きく解き放つかのような歌いかたのマイケルは、やはりエピック時代を予告しているだろう。

エピックでのビッグ・セラー『スリラー』B 面にあった名バラード「ヒューマン・ネイチャー」(はマイルズ・デイヴィズもカヴァーした)をちょっぴり思わせるようなサウンドや、ディスコ〜ブラック・コンテンポラリーの流れを予告したようなものもあって、ニュー・ソウル的黒人シンガー・ソングライターにはなれなくても、マイケルはマイケルなりに、モータウン在籍時から <時代> をつくりつつあったのだ。

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