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2018/01/31

渡辺貞夫ポップ・フュージョン再評価(3)

昨日だったか一昨日だったか、CD では初めて買って聴いた渡辺貞夫さんのポップ・フュージョン作品四枚のうち、1979年の『モーニング・アイランド』だけはイマイチかも?と書いたんだけど、とんでもない話だった。繰り返し聴くうち、かなりいいぞ間違いないと確信できるようになった。

どうしてイマイチに感じたかっていうと、それはたぶんカリブ中南米やアフリカ音楽の要素が、直接的には薄くなっているからだ。1970年代前半のはっきりしたアフリカン・ジャズ・フュージョン(のなかに鮮明な60年代フリー・ジャズの残滓がある)をやっていた貞夫さんって、昨年末ごろからまたふたたびすごいすごいと、あらためて感嘆の声をあげるようになっている僕なので、77年『マイ・ディア・ライフ』、78年『カリフォルニア・シャワー』まではそれがわりと聴きとれて、やっぱりいいじゃ〜んと感じたんだった。

『モーニング・アイランド』からは、いくつかの点で大きな違いが出てきている。まず録音場所がそれまでの西海岸ロス・アンジェルスから東海岸ニュー・ヨークに移り、レコーディングには前作までのデイヴ・グルーシン一人だけを連れていき、残りの面々は東海岸のフュージョン人材を起用している。

だから、たとえばドラマーがスティーヴ・ガッドになっているし、またゲスト参加で二曲、エリック・ゲイルがギターを弾く。これだけでも推測できることだけど、貞夫さんの1979年『モーニング・アイランド』の中身は、要するにスタッフがやっていたようなフュージョンなんだよね。つまりインストルメンタル R&B 〜ソウルみたいな音楽としてのフュージョン。

そんなスタッフみたいな音楽にカリブやブラジルやアフリカがないのか?と問われればもちろんあるけれど、それでもやっぱり直接的には弱くなっているよね。しかし正直に告白すると、大学生のころに二枚だけレコードを自分で買って聴いていた『カリフォルニア・シャワー』と『モーニング・アイランド』では、僕はどっちかというと後者の方が好きで、繰り返し聴く頻度もより高かった。

この話はすぐにノスタルジーにつながって、いまでもはっきり憶えているいろんな思い出がどんどん蘇ってきてちょっとメンドくさいので、今日はやめておく。僕は、しかしその後、ラテン音楽やアフリカ音楽方向に傾いて、しかしそれでもアメリカン・ブラック・ミュージックがいちばん好きであり続けているけれど、ちょっとだけ嗜好が変化したまま現在まで来ているんだよね。

だから『モーニング・アイランド』を久々に聴いて、最初、イマイチかも?って感じたんだろうね。しかしちゃんと聴くと、これはかなりファンキーで愉快な音楽だ。そして、書いてきているようなラテン/アフロ・ミュージック要素が、もはやそれとはわからないほどまでに溶け込んでいるのも聴きとれるようになってきた。

音楽的な要素の大半はファンキーなインストルメンタル・ソウルみたいなアルバム『モーニング・アイランド』。たとえばエリック・ゲイルがゲストでギターを弾く二曲目「ダウン・イースト」、五曲目「ホーム・ミーティング」なんかは、どう聴いてもアメリカン・ブラック・ミュージックだよね。インストルメンタル・ソウルだ。カッコイイじゃん。

しかしエリック・ゲイルが参加していないほかの曲、一例をあげれば四つ目の「ウィ・アー・ザ・ワン」なんかも完璧に同趣向のファンキー・ミュージックなんだよね。前作に引き続きデイヴ・グルーシンのアレンジと指揮による、やや大がかりなホーン隊とストリングス隊が参加しているので、できあがりの肌触りは聴きやすいポップ・ミュージックだが、リズムは強靭で粘っこくファンキー。こういうのを叩くときのスティーヴ・ガッドはマジでうまいよねえ。スタッフでの仕事と同じ。

「ウィ・アー・ザ・ワン」にギター・ソロはないが、七曲目「サンバ・ド・マルコス」出だしのテンポ・ルパート部分でのギター・サウンドがいい。まるで黒っぽくブルージーでありかつ都会的洗練で弾くエイモス・ギャレットみたいだから、僕はついこないだまでエリック・ゲイルに違いないと思っていたんだけど、ちゃんとクレジットを見たら違った。ジェフ・ミロノフなんだよね。

しかしそのイントロ・パートがまるでスタッフそっくりじゃんねえと思っていると、すぐに曲題どおりサンバふうなリズム演奏が入ってきてビートが効きはじめる。そこからがデイヴ・グルーシンの書いた曲である「サンバ・ド・マルコス」の聴かせどころ。サンバふうといっても前作の『カリフォルニア・シャワー』までだってそうだったようにソフト・タッチで、本場ブラジルのものには遠いような感じだ。泥臭さがなくてオシャレに洗練されているのは、デイヴ・グルーシンが書いたからというのもあるだろうけれど、貞夫さんの持ち味でもあるはず。

一曲目のアルバム・タイトル・ナンバー。これだってレゲエだけどまったく沈み込まず、いまでは見るのがちょっと気恥ずかしいようなジャケット・デザイン同様、大都会ニュー・ヨークの摩天楼を背景に、どこかのホテルで朝食をとっているときにピッタリ来そうなソフィスティケイティッド・ムード。レゲエだけでなく、ラテン・タッチだったりアフロだったりする要素も、薄くだけど、しっかりある。しかしそれら、もはやそうとはわからない。悪口として向けられることの多いセリフだけど<爽やかフュージョン>だよね。貞夫さんがフルートを吹いているせいもあってさ。

バラードに佳曲が多いのも『モーニング・アイランド』の特長。3曲目「セレナーデ」、6「プチ・ヴァルス・プール・サダオ」、ラストの8「イナー・エンブレイス」。どれも美しい。三つともまさに “ど”フュージョン路線のバラードで、かつて貞夫さんもときどきやっていたなにかの野生のチャントみたいな部分はぜんぜんない。

それら三曲のなかでは、特にデイヴ・グルーシンが書いてどうしてだかフランス語題をつけた「プチ・ヴァルス・プール・サダオ」がいい。リズム・セクションは一切演奏せず、デイヴのアクースティック・ピアノとストリングスの伴奏だけで、貞夫さんがフルートをただひたすら美しく吹く。これはたぶん即興ではなく作曲されたメロディをそのまま吹いているだけだと思うんだけど、綺麗なものは綺麗だ。

昨日だか一昨日だかにも書いたが、1970年代に入ってからのジャズ・シーンは、それまでの(行きすぎた?)アド・リブ真剣勝負一本槍志向から脱却して、よく練られたアレンジを比較的重視するようになっていたと僕は思うんだけど、そのこととリズムのファンキー化が一体化して、ジャズ・ロックやジャズ・ファンクやフュージョンにつながっていたと、僕には見えているんだよね。

だから書いたようにアド・リブなしで譜面どおりの演奏があったり、ソロがあっても必ずしも長く複雑ではなく、ちゃんとしたアレンジの合間合間にうまくはめ込まれるようになっていて、だから曲全体が緊密に構成されたものになっている。こんな事実は1970年代に大活躍したジャズ・ロック/フュージョン界の音楽家(含むマイルズ・デイヴィス)にだいたいあてはまるんだよね。

貞夫さんのポップ・フュージョン作品だと、1979年の『モーニング・アイランド』は、77年『マイ・ディア・ライフ』、78年『カリフォルニア・シャワー』よりも、一層アレンジ/ソロ比におけるアレンジへの傾斜が強くなっている。はめこまれるソロも、曲想や全体の雰囲気にうまく沿うように抑制されて軽く演奏されて、フリー(的)・ジャズのそれみたいにハミ出したりはしない。といってもソロは貞夫さん、デイヴ・グルーシン、ギタリストの三つだけ。

ほかの面々は完璧なる脇役に徹しているけれど、こういうのはヴォーカリストを前面に打ち出したポップ・ソングの世界ではむかしからふつうのことだ。歌手の表現をどれだけうまく際立たせるかだけにこそ腐心して、真剣に、ある意味ソロでのハード・ブロウよりも一生懸命に、演奏する。練り込まれ、ばあいによっては譜面化されているものを。

だからさ、アメリカのバンド、スタッフの本質が歌手のバック・バンドだったというのと似て、貞夫さんのポップ・ミュージックだって似たようなもんだったと思うんだ。ああいった米日のフュージョン・ミュージックって、要はヴォーカルのないポップ・ソングみたいなものだってことだ。いろんなポップ・ソングに親しみ、回帰するようになって、僕は最近ようやくわかってきた。

大学生のころの僕はあんなにもフュージョン好きで、しかも17歳になるまでは日本のポップ・ソング(つまり歌謡曲とか演歌とか)が大好きでどんどん聴いていた僕だけど、な〜んだ、そういうことかっ。

スタッフではときどきメンバーが歌うこともあったように、貞夫さんも、自分では歌わないがプロ歌手を起用するようになっていくんだよね。もうしばらくすると。

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