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2018/01/23

よく知っているが初体験の、この快感!〜 細野晴臣

細野晴臣の昨2017年の新作『Vu Jà Dé』。超快感だ。これは1940年代のサウンドだね。間違いない。一枚目のアメリカン・ソング・カヴァー集に、その時代の同国でできた、あるいは録音されたレパートリーが多いというだけじゃない。録音とミックスがそうなのだ。それはオリジナル・ソング集の二枚目もそうで、細野自身が1940年代の SP 録音のサウンドにこだわって、マイクロフォンを含む録音機材の選定も、録音も、ミックスもやっているみたい。

たぶん、その時代の SP 音源(のリイシュー盤など)で聴ける音楽が、細野晴臣自身、いい感じに聴こえる、特にヴォーカルがポンッと前に出ていて音楽の主役で、背後の各楽器のバランスもよく、また中音域がふくよかで全体に暖かみがあると当然知っているから、自分でも同じように仕上げたいという目論見があったんじゃないかと思う。

もちろん録音はほとんどがここ二、三年の最新録音なので、音質じたいは極上だ。1940年代アメリカの SP を模したようなやりかたで、しかも極上の音質なんだから、これ以上の音響快感がありますかって〜の。もうそれを耳に入れているだけで気持ちよくて、ひたすら身を任せていたい気分。そんでもって、実際、僕はそうやって時を過ごしていることが、まず最初 Spotify で聴いていたころから多かった。

しかし細野晴臣の『Vu Jà Dé』が快感なのは、音質がそういうふうに仕上がっているというだけでなく、曲の演唱スタイルや、一枚目ならレパートリーも、そんな時代のもの、すなわち1940〜50年代アメリカ音楽を再現したようなものであることにも大きな原因がある。だから、僕のばあいは、やっぱりカヴァー集の一枚目「Eight Beat Combo」のほうがおもしろい。

したがって僕と似通った趣味の、すなわち1940〜50年代の、基本、ジャズでありながら、ちょっぴりラテンもあるブギ・ウギや8ビート・シャッフルや、ややジャンピーだったりするものや、あるいはプリ・ロカビリーみたいなものが大好きだという人であれば、『Vu Jà Dé』の一枚目に間違いなく最高の快感を感じていただけるはず。二枚目も同じスタイルの自作曲音楽なんだけど、僕のばあい、カヴァー集のディスク1がサイコーなんだ。

『Vu Jà Dé』の附属ブックレットには、一枚目も二枚目も、全曲、細野晴臣自身の書いた紹介文が記載されてあるので、一曲ごとの演奏パーソネルとあわせ読み、さらにブックレット末尾には録音についての言葉も見開きであるので、いろいろわかっておもしろい。すると、一枚目のカヴァー・ソング集のばあい、この曲に細野がいつ出会ったとか、どんな歌だと考えて録音に臨んだかなど知れて、曲を聴く楽しみが、僕のばあいは増した。

一曲目の「Tutti Frutti」は、ロックンローラー、リトル・リチャードがあんなに鮮烈なヴァージョンをやっちゃたのでそのイメージが強烈で、またそのヴァージョンをカヴァーしたエルヴィス・プレスリーのものなど、多くのみなさんもそういったものでご存知のばあいが多いと思うんだけど、オリジナルは1938年のスリム&スラム(スリム・ゲイラード&スラム・スチュワート)だよね。
ただし、細野晴臣はこのスリム&スラム・ヴァージョンじゃなくて、同じ年にレオ・ワトスンが歌ったジーン・クルーパのバンドのヴァージョンで知ったらしい。しかしながら、細野『Vu Jà Dé』ヴァージョンの「Tutti Frutti」は、それでもやっぱりスリム&スラム・ヴァージョンに近いと僕は思うんだけどね。サウンドが。なお、スリム・ゲイラードもオーケストラ編成で再録音はしている。下はレオ・ワトスン・ヴァージョン。
とにかく「トゥティ・フルティ」は、ジャイヴィなオリジナルから、リトル・リチャードやエルヴィスのロックンロール・ヴァージョンまでぜんぶ僕は大好きだ。果物の歌なんだけど、ナンセンス・シラブルの連発がいかにもスリム・ゲイラードっぽく、ロックもそんな音楽だってわかるよねえ。ビートルズもカヴァーしたリトル・リチャードの「ロング・トール・サリー」(これ大好き!)って、そういう流れで誕生したんだと思う。

細野晴臣『Vu Jà Dé』の二曲目「Ain't Nobody Here But Us Chickens」は完璧なブギ・ウギ・コンボ録音。この二枚組アルバムの音楽的性格をとてもよく表現しているものなんじゃないかなあ。ピアニストが典型的なブギ・ウギ・リフを弾いて軽快なジャンプ・ミュージックに仕上がっているけれど、この曲の初録音は1946年のルイ・ジョーダンだもんね。ルイのそっちのほうがあまり跳ねずスムースに流れている。
四曲目の「Angel On My Shoulder」はシェルビー・フリントの1960年の曲。このアルバムのカヴァー・ソングのなかではいちばん最近のもの。細野晴臣はどこにもその旨書いていないが、これはそのちょっと前の1950年代のルイジアナ・スワンプ・ポップなんだよね。リズム&ブルーズというべきか、要するにファッツ・ドミノのスタイルそのまんまなんだよね。ダダダ、ダダダっていう三連パターンの反復。間違いなく細野は意識してファッツを真似している。だってさ、シェルビー・フリントのヴァージョンってこれだからね。
ちょっとした変わり種は、一枚目ラスト八曲目「El Negro Zumbon (Anna)」だ。これはバイオン(ブラジル音楽)なんだよね。『アンナ』という1951年の伊仏合作映画のことは、記載されている細野晴臣の言葉ではじめて知った僕。アルバム『Vu Jà Dé』一枚目は、基本、ブギ・ウギ・シャッフルやプリ・ロカビリーや、それに類するもので通しているから、ラテンというかバイオンで締めくくるのは、意外なようでいて、しかし的を射たおもしろい選曲だ。

アルバム二枚目のことはまた別の機会に話をしたいと思う。我慢できないものだけちょっと触っておくと、六曲目「Neko Boogie」(Vu Jà Dé ver.)。これは完璧に一枚目と同じ趣向の音楽で、バンドのサウンドも細野晴臣の歌いかたも一枚目と同じで、僕はこれが二枚目のなかではいちばん好き。Spotify のにはないみたい。

しかもネコってあるから〜、え〜、と思ったら、この「Neko Boogie」は、しょこたんこと中川翔子が歌うために書かれたもので、しょこたんが歌ったのがオリジナルだそうだ。猫好きで、やはり猫狂人間のしょこたんファンの僕なのに、ぜんぜん気がついていなかった。ブックレットにはしょこたんと細野晴臣とのツー・ショット写真も掲載されていて、それもいい雰囲気なんだよね。

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