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2018/01/10

夢で教わった「ドゥードゥリン」




これも見た夢の話だが、今朝とか昨晩のとかではなく、十日か二週間ほど前だ。おもしろかったから、その朝、ちょっと一言メモしておいたんだよね。「ドゥードゥリン、ヒップ・ホップ」と。これだけでぜんぶ思いだせるほど鮮明な記憶がいまでもある。その朝、ベッドのなかで眠りながら僕は、夢でだれかがヒップ・ホップ・ジャズに仕立てたホレス・シルヴァーの曲「ドゥードゥリン」をやっているのを聴いた。

記憶に間違いがなければ、その夢での僕はニュー・ヨークにいた。そしてたしか時は夕方。日が暮れかけて仄暗くなってきてやや黄色に街も染まってきたころに、僕はどこかの野外でだれかがやるヒップ・ホップ仕立ての「ドゥードゥリン」にあわせて踊っていた。しかし野外であるにもかかわらずレコードを廻すターンテーブルの姿があったのを憶えている。DJ がスクラッチ・プレイしながら、べつのだれかがラップを披露していた。

その「ドゥードゥリン」、リズムの感じは間違いなく今様のヒップ・ホップ・ジャズのノリで、記憶ではたしかふつうのいわゆる歌はなく、しかし管楽器とかピアノとかのソロもなかったように思う。ただビートを創って、その上でラッパーがなにかしゃべりまくっていたのだった。それでも「ドゥードゥリン」だと判断できたんだから、ホレス・シルヴァーの書いたあの印象的にユーモラスな、つまりファンキーなテーマは、その夢でも聴いたんだろうな。

つまり、僕の知る限りまだこの世に存在しないけれど、ホレスのあの曲「ドゥードゥリン」は、もとからそんなような深さ、奥行き、広さ、大きさを持つものなんじゃないかなあ。2010年代のヒップ・ホップ・ジャズにもなりうるような懐の深さを、ホレスによるオリジナル・レコーディングの1954年の時点ですでに持っていたんだよ。なんてことも夢のなかでそれを聴くまで、僕はちっともわかっていなかったけれど。

朝起きて、こんなことを考えて、ちょっとイイかもしれないぞとメモしておいたんだけど、しかし正直に言うと夢を見ている最中や目覚めた直後の僕は、あの曲がなんだったのか、すぐには思い出せなかったんだよね。な〜んかむかしからよく知っているお馴染みのものだけけど、なんだっけなあ〜?と、しばらくもどかしかった。でもなにか現実の音楽を鳴らすとたちまち霧散しそうなので、なにも聴かずに、その<幻の>曲を脳内再生しつつウ〜ンウ〜ンとうなって、それであっ!ホレスの「ドゥードゥリン」じゃん!とようやく気がついた。そんなこと、よくあるんだよね、僕は。夢で聴いた曲をなかなか思い出せないってことが。

気がついて、上で書いたようなメモをしたってわけ。それでその日の朝はやらなくちゃいけないことがたくさんあって、のんびりプレイリストでも作って各種の「ドゥードゥリン」を聴きかえすことがかなわかったので、そのメモだけ残して、プレイリストは夕方に作成して聴いてみたんだんだよね。しかし僕の iTunes ライブラリ内を検索しても、「ドゥードゥリン」は三つしか出てこなかった。

三つとは、ブルー・ノート盤ホレスの1954年オリジナル。アトランティック録音レイ・チャールズの1956年ヴァージョン。ヴァーヴ盤ディジー・ガレスピーの1957年ニューポート・ライヴ・ヴァージョン。編成はホレスのが二管のクインテット、レイのが四管+ピアノ・トリオ編成、ディジーのはビッグ・バンド。アレンジャーはホレスのはホレス自身、レイのはクインシー・ジョーンズ、ディジーのはアーニー・ウィルキンス。

いちばん上でご紹介した自作プレイリストには、最後にもう一個、ヴォーカリーズものを入れておいた。最初にやったのはランバート、ヘンドリクス&ロスだけど、チョイスしたマンハッタン・トランスファーのヴァージョン(2004年『ヴァイブレイト』収録)のほうが面白いんじゃないかなあ。ホレスの書いた「ドゥードゥリン」本来の滑稽味が少しは出ているんじゃないかと思う。マンハッタン・トランスファーって、そんな第二次大戦前のアメリカン・コーラス・グループが持っていたユーモラスなセンス、言い換えればジャイヴィな要素があるよね。と僕は思うんだけど。

でもやっぱり歌入りヴァージョンではなかなかこの「ドゥードゥリン」の持ち味をフルに発揮するのは難しいのかもしれない。’Doodlin’’ という言葉の意味が歌詞付きヴァージョンだと鮮明にわかるんじゃないかという意味もあって入れておいたんだよね。あと、やっぱり楽器演奏ばかりじゃなくって、歌声が聴こえたほうが楽しいんじゃないかな?そうでもない?

Spotify や iTunes Store や YouTube で探すと、楽器演奏の「ドゥードゥリン」がいろいろと出てきたので、ササっとぜんぶ流し聴きしたけれど、1954年ホレス、56年レイ、57年ディジーの三つにはおよばないように僕には思えたので、プレイリストには一切入れなかった。それら三つで十分このファンキー・ナンバーの持ち味、それも2010年代最新ジャズみたいにもなりうるような先見味も聴きとれるはずだと思う。

ホレスの曲「ドゥードゥリン」は12小節のブルーズ・ナンバー。ただし、ほかのいろんなジャズ・メン or ウィミンがやるブルーズとは違っていて、というのはそれらはだいたいキーとテンポだけ決めて即興で演奏しはじめるか、シンプルな音型パターンを反復するだけというのが多いんだけど、「ドゥードゥリン」は作曲の才に長けたホレスらしいちょっと込み入ったテーマ・メロディを持っているよね。その旋律のヒョコヒョコと上下するところが滑稽味をかもしだしている。しかも1954年ホレスのオリジナルでは、演奏冒頭でテーマを三回演奏。その三回目は違うメロディを用意してある。

その後の各人のソロは、ふつうのジャズ・ファンとは違って僕はそんなに重視していないんだ。一番手で出る作曲者自身のピアノ・ソロは、テーマ旋律の持つユーモラスなファンキーさの延長線上にあるなあと思うだけで、テナー・サックスのハンク・モブリー、トランペットのケニー・ドーラム、ドラムスのアート・ブレイキー三人のソロは、別にどうってことはないような…。ヒップ・ホップ・ジャズに化けうるかも?と思うグルーヴ感も、テーマ演奏部以外では薄い。

うん、そうなんだ、この「ドゥードゥリン」のそんなグルーヴは、あのテーマ・メロディの滑稽なフィーリングによってもたらされているのかもしれないよね。といってもだれがやってもそうなるかというとそうはなっていないから(流し聴きしただけですが)、う〜ん、難しい。それでもやっぱりあのテーマの動きかた、上下にヒョコヒョコ動きながら一定パターンを二回反復し、最後の四小節で落とすというか泣かせるというか、笑わせるというこの展開、流れがグルーヴを産むんだ。

1956年のレイ・チャールズ・ヴァージョンでも、ピアノや管楽器のソロじゃなくてクインシー・ジョーンズの書いたアレンジが面白いと思うんだよね。基本、ホレスのパターンを踏まえつつ、そこから大きく引き伸ばし別の展開を見せている。最初と最後のテーマ演奏部における小節ごとの管楽器の使い分けかたなんか、クインシーの手が込んでいるよなあ。ソロのあいだに入れる伴奏リフも楽しい。ホレスもここまではやらなかった。さすがはクインシーだ。1990年代以後のクインシーの音楽は、あたかも「ドゥードゥリン」のヒップ・ホップ・ヴァージョンでもやっているかのような部分もあるじゃないか。

ディジー・ガレスピーの1957年ニューポート・ライヴでの「ドゥードゥリン」。ディジーはご存知のとおりあんなユーモア感覚の持ち主で、ライヴ・ステージでもそれを発揮していたのが、この「ドゥードゥリン」でも聴ける。特に演奏に入る前のおしゃべりでそうだ。 ここのディジーのライヴ・ヴァージョンでは、ホレス、レイのヴァージョンよりもテンポが落ちて、ゆっくり歩いているようなフィーリング。ファンキーなユーモア感覚はこれくらいのテンポがいちばん出しやすいし、アレンジの勝利だ。楽しい〜。

しかもこのディジーのライヴ・ヴァージョンでは、途中からリズム&ブルーズふうな深いノリになるもんね。ドラマーのチャーリー・パーシップもそんな叩きかたをしているように聴こえる。1957年のパフォーマンスだから、そんなテイストがあってもあたりまえのことだ。ディジーの紹介どおり、バリトン・サックスのピー・ウィー・モーが活躍。ソロでというより、随所随所でブワッと尾篭なサウンドを出しているのがおもしろいよなあ。テナー・サックスでいえばホンキングだ。

あっ、ホンク・テナーと書いたいまこの瞬間に思いがおよんだけれど、このディジーの1957年ライヴの「ドゥードゥリン」には、かなりジャンプ・ブルーズっぽいフィーリングが聴きとれるよね。僕はそう思う。約10年遅れのビッグ・バンド・ジャンプみたいなサウンドで、演奏のディープなノリの深さも素晴らしく黒い。ホーン・アンサンブルの音色にも色気があってイイ。

ってことは、やっぱり「ドゥードゥリン」という曲は、ここから約60年後くらいのジャズの新潮流にもつながっているような気がするよねえ。うん、間違いない。

そんなことを夢が僕に教えてくれた。

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