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2018/02/24

フェイルーズとジアードのアラブ&ジャズ・フュージョン(3)

フェイルーズの2000年作品『Kifak Inta』もジアード・ラハバーニのプロデュース。それにしても、先週も書いたことだけど、ジアードがプロデュースするようになったあたりからのフェイルーズ作品にはとても強い哀感が漂っていて、アラビア語の歌詞内容がわからないのであれだけど、歌声とサウンドを聴くと、なんだか <別れ> ばかり扱っているような気がするんだけど、僕の勘違いかなあ?

それも、芸能表現としての別れというだけでなく、故国レバノンとベイルートと夫(アッシとは1979年に離婚しているが)を失ったというフェイルーズの実人生とピッタリはりついているかのような音楽に聴こえなくもない。前から繰り返しているが、音楽でもなんでも、虚構という客観性のフィルターを通さないと、真のリアリティは獲得できないんじゃないかというのが僕の考えかたなんだけど。

じゃあフェイルーズの『Kifak Inta』はプライヴェイトすぎて客観性がなく、リアリティのないつまらない音楽なのか?というと、正反対の聴きごたえのあるちゃんとした作品に仕上がっているのが不思議だ。才人ジアードのアレンジ、プロデュース・ワークが見事なのと、やはりフェイルーズ自身、自己を見つめ歌唱に昇華できる存在だから、っていういまさら繰り返す必要などない結論に達する。

アルバム『Kifak Inta』の全11曲は、あるいはひょっとしたら大部分がライヴ収録かもしれない。附属ブックレットになにも記載がないのだが、たとえば4曲目の「Ya Laili Laili Laili」は観客のざわめきや拍手が聴こえるので間違いない。しかしそうじゃないほかの曲も、音の質感、空気感にライヴっぽいものが漂っているように聴こえる。

またインストルメンタル・ナンバーも四曲あり(3「Mukadimah '87」、4「Ya Laili Laili Laili」、5「Iaada」、6「Prova (Kifak Inta)」)、それら、なかにはフェイルーズの声が入っていたりするものもあるけれどそれはスキャットで、大部分がジアードの書くオーケストラ・スコアの見事さを味わうべきようなものだ。

フェイルーズの歌抜きの管弦楽サウンドが四曲あるせいで、ジアードのペンの特徴がよくわかり、それでかえってフェイルーズのヴォーカル伴奏をどう組み立てているのかはっきりして、だからそれら四曲だっておもしろいんだよね。西洋クラシック音楽+ジャズ+軽いボサ・ノーヴァ・タッチが三大要素になっている。管弦楽を中心としながらも、リズム・セクションはモダン・ジャズふうのピアノ・トリオ(たぶんジアード自身がピアノを弾いている)。ドラム・セットだってふつうに使われている。

しかし主役女性歌手のヴォーカル・ナンバーだと、『Kifak Inta』のばあい、むしろアラブ伝統色のほうを僕は強く感じるんだよね。たとえば1曲目の「Oghniat Al Wadaa」。ジアードの書いたメロディだが、どう聴いても20世紀前半ごろのアラブ古典歌曲だ。

しかも「Oghniat Al Wadaa」では、(ラハバーニ兄弟の書いたものに酷似する)ゴージャスな楽器伴奏が入るのみならず、混声のバック・コーラスも大々的にフィーチャーされていて、1960年代にフェイルーズがよくやったオペレッタ(音楽劇)の一幕で用いられていたかのような音楽だ。だから、つまり、ライヴ録音かも?

さらに「Oghniat Al Wadaa」は最終盤でリズムがちょろっとボサ・ノーヴァに変貌する。そこまで特にそんな感じはなく、アラビアン・オペレッタの一部で歌っているような古典歌謡(&現代的オーケストラ伴奏)みたいだったのが、ほんの一瞬だけラテン音楽っぽくなるんだよね。う〜んと、二分半過ぎの後半からはちょっとそれらしくちょっとだけリズムの色合いが変化しているかもしれないが、かすかなものだ。

この1曲目も、荘厳な感じの2曲目「Fikon Tinsoo」もそうだけど、主役フェイルーズの声は立派な張りと強さがあって、しかも軽くやわらかく(うんまあ、ちょっと重くなりかけてはいるけれど)、ラテンやジャズやボサ・ノーヴァなども活用したサウンドの上でふわりと舞って、見事。しかも堂々たる風格や気品を強く感じる歌声で、文句なしに素晴らしい。

インストルメンタル・パートは飛ばして7曲目「Kifak Inta」。アクースティック・ピアノ+エレベ+ドラム・セットを中心とするモダン・ジャズふうな伴奏で歌うフェイルーズ。このジアードの書いた曲にはアラブ色はほぼゼロじゃないかと思う。ローカルなものではなく、世界で通用するユニヴァーサルなポップ・ナンバーになっている。これがアルバム題にもなっているわけだけど、この「Kifak Inta」に暗さや影は感じない。むしろ喜びや輝き、軽みが聴きとれる。

8曲目「Dhia 'Anou」は完璧なボサ・ノーヴァ楽曲で、先週書いた「カーニヴァルの朝」(ルイス・ボンファ)にとてもよく似た雰囲気。だけど、アラブの弦楽器は使われているし、大編成の管弦楽と、やはりここでも混声のマス・クワイアが聴こえ、ひょっとしたらこれもライヴの音楽劇の一部だったかもしれない。

モダン・ジャズのエレキ・ギタリストが弾いているみたいな9曲目「Fi Shi Am 'Bisser」の冒頭部だけど、すぐにリュートが出てきてそれにからみ、エレベ奏者も参加したこのトリオ編成でフェイルーズが歌っている。これにも強いアラブ・ローカル色はなく、アンビエント・ミュージックみたい。

これも完璧なボサ・ノーヴァ楽曲である10曲目「Indi Thika Feek」。この曲でジアードが用意した伴奏陣はリズム・セクションとストリングスだけで、ホーンもヴォーカル・コーラスもなし。軽いサウンドで、ボサ・ノーヴァのソフト・タッチをうまく表現している。アントニオ・カルロス・ジョビンのペンみたいなアレンジも素晴らしいが、フロントで歌うフェイルーズも一歩も引けを取らないやわらかさ。言うことないね。

いかにもアラブ古典伝統曲そのままみたいにはじまるアルバム・ラスト11曲目の「Mush Kissa Hai」。これもやっぱりライヴ収録だったんじゃないかなあ?わかりませんが、なんとなくそんなふうに聴こえる…、気がする。男声コーラス隊とのコール&レスポンスみたいなやりとりで盛り上がり、ゴージャスな管弦サウンドはなし。フェイルーズのヴォーカルもいちばん強靭なこの11曲目が、アルバム『Kifak Inta』のハイライトに違いない。

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