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2018年2月

2018/02/28

プリンスの温故知新ファンク

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プリンスの2004年作『ミュージコロジー』。この人の21世紀の作品としてはベストなんじゃないかと以前記事にした『3121』(2006)と並ぶ傑作だと僕は思う。あっ、昨日書いた『ザ・レインボウ・チルドレン』も素晴らしいアルバムだよねえ。な〜んだ、1980年代こそがピークだみたいに言われるプリンスだけど、新世紀にもいいものがけっこうあるじゃん。

しかしそれら、どれも Spotify などネット公式音源がない。この三つだけじゃなくて、どうも1990年代半ば以後のものが見つかりにくいのは、あるいはワーナーみたいなメジャー・レーベルからのリリースじゃないと配信されにくいってこと?そうじゃないよなあ、インディ作品だって Spotify にはたくさんあるし、プリンスの『ミュージコロジー』は米コロンビア/ソニーというメジャーもメジャー、最大手から配給されたものだ。

21世紀に入ったころになると、プリンスはどこの会社と契約しようが自分のやりたいことをそのまま作品として発表できるようになっていたはずだから、『ミュージコロジー』みたいな、言いかたがあれかもしれないがコンサヴァティヴ・ファンクみたいな音楽をやったのも、別にコロンビアから出すことにしたからっていうのは関係ないはずだ。

そう、『ミュージコロジー』は保守的というかオールド・スクールなファンク路線を歩んでいる。1990年代までは時代を追いかけるようにしてハウス、ヒップ・ホップなどの新潮流を取りこむことで、かえって逆にちょっと古っぽいぞ、プリンス、みたいな印象を与えてしまっていたけれど、21世紀になって開き直ってというか、自分は保守本流でいいんだ、これが僕の信じる音楽だからと宣言したみたいな『ミュージコロジー』は、僕みたいな趣味嗜好の人間には嬉しい。

1曲目のアルバム・タイトル・ナンバーなんか、ストレートなジェイムズ・ブラウン・トリビュートだもんね。もっと前から JB 流儀のファンク・チューンは散見したけれど、ここまではっきりとしたオマージュはなかったはず。ヴォーカル・スタイルまで JB を意識しているようなものじゃないか。楽器演奏なんかは完全にJBズのマナーだ。

シングル・トーンでのエレキ・ギター・リフの反復もそうだけど、ハモンド・オルガン(そのものじゃなくて、それを模したシンセサイザーかも)みたいな音がビヒャ〜っと鳴って、ドラミングもそうなら、ホーン・セクションの入りかたにしても、すべて JB ファンクを露骨に意識している。

がしかし驚くのは、附属ブックレットを見ると、この曲「ミュージコロジー」、すべてのヴォーカルとすべての楽器がプリンス一人によるものだとクレジットされていることだ。ええっ〜?、たしかにホーン・セクションのサウンドが聴こえたはずなんだけど、プリンスって管楽器もできたんだっけ?と思ってもう一回しっかり聴きかえすと、どうやらシンセサイザー・ホーンなのかもしれないなあ。

ってことは、この曲は一人多重録音で実現されているということになる。どこからどう聴いたって大所帯のファンク・パーティによる生グルーヴにしか聴こえないんだもんなあ。かつて1960年代後半〜70年代の大編成ファンク・バンドが生演奏で出していたあの濃密な黒いノリを、たった一人での密室作業で完成させてしまうあたりは、やはりプリンスという天才音楽家だけが成し遂げられるわざだ。

この一曲目「ミュージコロジー」にアルバムのすべてが詰まっている。日本語にすれば「音楽学」となるこの曲題にしても、過去に学び、それを現在に活かし、そのまま次世代に伝えていきたいという、21世紀におけるこのスーパー・スターの立ち位置、アティチュード、教壇での振る舞いを示したものだというか、僕がちゃんと教えるからあとはみんな頼むぞみたいな宣言だよなあ。

そんなオールド・スクール・ファンクのダイレクトな継承伝達者という、このアルバムでの基本姿勢は、2曲目以後もどんどん続く。2「イルージョン、コーマ、ピンプ&サーカムスタンス」、4「ライフ・オ・ザ・パーティ」、ちょっと爽やか系だけど7「ワット・ドゥー・ U ・ワント・ミー・2・ドゥー?」、また9「イフ・アイ・ワズ・ザ・マン・イン・ユア・ライフ」、歌詞は深刻な社会派ソングだけど11「ディア・ミスター・マン」など、すべてほぼ同系統のコンサヴァ・ファンク・チューンだ。

そういった路線で行って、というか回帰して、それでアルバム『ミュージコロジー』はかなりのヒットになったみたいだから、ファンクの保守本流が21世紀初頭において妙に時代とシンクロしたってことなのかもしれない。またアルバム全体がジャジーでもあって、でもお得意になっていたラテン・テイストが聴きとれないのが個人的にさびしいけれど、2010年代ならもっとウケた可能性だってある。

3曲目「ミリオン・デイズ」みたいな深い失意の歌、5「コール・マイ・ネーム」、10「オン・ザ・カウチ」みたいな絶品ファルセットで歌い上げる甘さ爆発のスウィート・ソウル・バラードなんかもあって、これらはファンがプリンスに求める最大のものだろう。期待にこたえてくれているサーヴィス精神は、それまでのプリンスには薄かったものだ。それでもたとえば「オン・ザ・カウチ」ではずっとハモンド・オルガンが鳴りっぱなしだけどね。かな〜りオールド・スクールなソウル・バラード。僕は大好き。

異色なのは6曲目「シナモン・ガール」かな。軽いポップな曲調のロックンロール・チューンだけど、9.11(2001年)と、その後のアメリカの状況を歌い込んだ内容の社会派ソング。ちょっと聴いた感じ、そんな深刻さが聴きとれないような親しみやすさだけどね。9.11以後、アメリカ音楽がガラリと変貌してしまったのも事実だ。

僕にとってのアルバム『ミュージコロジー』は、ラスト12曲目に置かれた「リフレクションズ」があるので、これで完璧な締めくくりとなる。歌詞も曲もアレンジも、すべてがとてもやわらかい内容のミディアム・テンポ・バラードで、ここでもプリンスはお得意のファルセットでそっとやさしく歌う。以前書いた『クリスタル・ボール』ラストの「グッバイ」と完璧に同系の曲。だからこれが流れてくると、あぁ蛍の光なんだなとわかるものの離れられず、やっぱり繰り返し聴いてしまう。

2018/02/27

カーティス・メイフィールド化したオーガニック・プリンス

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プリンスの2001年リリース作品『ザ・レインボウ・チルドレン』について、なにが言えるだろう?この音楽家がここまで殊勝になったことはなかった。スピリチュアルの一言だ。まず、あんなに乱発していたダーティ・ワードがまったくいっさい出てこない(本当にアルバム全体でただの一度もない)。さらに歌詞の中身も宗教的かつ社会派で、神の前にひざまずいて敬虔に祈りを捧げているようなものが大半を占める。

あのプリンスがこんなふうになるなんて、だれが想像できただろう?しかし、音楽は音楽。毎度毎度の繰り返しだが、歌詞の言葉の意味内容に寄りかかりすぎず、曲調や、歌いかたや声のトーンや、楽器の音色や演奏スタイルや、全体のサウンドやリズムなどのほうにより大きな注意を払いながら聴いていきたい。

そうなるとプリンスのアルバム『ザ・レインボウ・チルドレン』は、まずジャジー。っていうかジャズそのものだと言いたくなるほどのものがある。1990年代半ばごろから(かな?)回帰色を濃くしていたジェイムズ・ブラウン・マナーのファンクもしっかりあるが、それをしつこすぎない程度にまでアク抜きし、さらに21世紀のネオ・ソウルふう、すなわちオーガニック・サウンドにやわらかくつつんでいる。

これで『ザ・レインボウ・チルドレン』の音楽性はぜんぶ言ってしまった気分だが、もう少しだけ書きくわえておこう。このころ、かつてスライ&ザ・ファミリー・ストーンで一斉を風靡したラリー・グレアムの手ほどきでエホバの証人へ入信し宗教色を強めていたことがアルバムにストレートに反映されているのだが、必ずしもそれを意識しなくても問題なく楽しめる音楽作品だ。キリスト教徒ではない僕だってそうなんだから。

まずアルバムの出だしで鳴って、そのほかいたるところで男声の低音ヴォイスが流れる。それがメッセージ伝達役みたいなものなのかもしれない。たぶんプリンス本人がしゃべってヴォコーダーかピッチシフターを使って変調してあるのかなと思う(映画『スター・ウォーズ』で聴けるダース・ヴェイダーの声はヴォコーダー)んだけど。21世紀の作品だから、テープ回転速度を落としてというやりかたじゃないと思う。

しかし僕はそんな男声低音にさほど強いメッセージ性は感じとらない。むしろ、以前も『1999』のときに書いたけれど、P ファンクなんかがよくやっていたのと同じように、そんな低音モノローグで音楽本編の導入部としたりするやりかたと似たようなものだと考えている。言葉の意味を真剣に考えすぎず、あの重たく低い男声が『ザ・レインボウ・チルドレン』全体を彩っていることで、このアルバムで聴けるプリンスの音楽が色彩感を増しているんだと思っている。

そんな低音男声に導かれた1曲目「レインボウ・チルドレン」の本編はメインストリームなストレート・ジャズだ。4/4拍子のフラットなリズムを刻み、楽器の音色もナチュラルでアクースティック…、っていうのは不正確だからオーガニックと言いなおす。ドラムスの音はジョン・ブラックウェルの生演奏で、管楽器とヴォーカル・コーラスはもちろん生演唱だよね。

そう、つまりオーガニック・サウンドなんだよね、このアルバムは。2001年だから、まだ音楽の形容詞として “オーガニック” という言葉は使われていなかったと思うけれど、プリンスの『ザ・レインボウ・チルドレン』は間違いなくそんな時代の音楽を先取りしていた。アメリカのネオ・ソウルや、世界にあるアフロ・クレオール・ミュージックなどなどで聴けるそんなようなものを。

『ザ・レインボウ・チルドレン』全体を通し、このオーガニックな質感のサウンドでやるジャズ〜ネオ・ソウル〜ファンクというポリシーが貫かれている。しかも楽器演奏はジョン・ブラックウェルのドラムスと管楽器(隊)を除き、やっぱりプリンスの一人多重録音であるにもかかわらず、インプロヴァイズド・ミュージックみたいなバンドの生演奏ふうのスポンティニアスさが強く感じられる。これは重要なことだろう。

たとえば、このアルバム収録曲の多くは、2002年のライヴ・アルバム『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』でも披露されている。それらと『ザ・レインボウ・チルドレン』収録のスタジオ・オリジナルを聴き比べると、バンドの生演奏的な質感にほぼ違いがない。これも驚くべきことだ。

1曲目「レインボウ・チルドレン」、2「ミューズ・2・ザ・ファラオ」、7「メロウ」、8「1+1+1 Is 3」、12「ファミリー・ネーム」、13「ジ・エヴァーラスティング・ナウ」がそうなんだけど、後ろ三曲のファンク・チューンのオリジナル・ヴァージョンでも、生演奏っぽいグルーヴ感がある。つまり、スタジオでいじりすぎていない(かのような)オーガニックなサウンドの質感。

プリンスがオーガニックなサウンドへと転向(?)したのは、それが人間の生々しい、しかしやわらかい暖かさを感じさせるものだからなんじゃないかという気がする。あまり感情的に露骨になりすぎず、かといってドライすぎる感じでもなく、ナチュラルなフィーリングをそのままパッケージングしたい、ソフトな感情をそのままストレートに表現したい、そんな気持ちがあったのかもしれない。

その根底には宗教体験から来るスピリチュアルなものはあるんだろうが、『ザ・レインボウ・チルドレン』の音楽の中身は、そんなに強くスピリチュアルな感じでもない。少なくともジャズ関連でスピリチュアル(・ジャズ)と言われるときのような、あの1960年代ジョン・コルトレイン発祥のあんな感じではないし、クラブ・ミュージックふうな部分も薄い。

そんな激しさは『ザ・レインボウ・チルドレン』にはなく、もっとしっとりと落ち着いた感じで、各種楽器の音色もプリンスのヴォーカル・スタイルも柔和でおだやかなテイストで貫かれている。だからその底には精神的充足感があったんだろうと推測できるんだけど、その結果、こんなにもやわらかい、それでいて近づきがたいような孤高の気高さも感じるような音楽ができあがったんだから、やっぱり凄いよなあ、プリンス。

そんなわけで、メッセージ性もカーティス・メイフィールド的だけど、ヴォーカルやサウンドやリズムのテイストもカーティス・メイフィールド的なプリンスの『ザ・レインボウ・チルドレン』ということなのだった。こりゃ素晴らしい傑作だね。

2018/02/26

我ロックす、ゆえに我あり 〜 プリンス『ケイオス・アンド・ディスオーダー』

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売れなかったというか、発売事情からして売れちゃったらそっちのほうがまずいプリンスのワーナー最終作『ケイオス・アンド・ディスオーダー』(1996)。これぞまさしくプリンス側のイタチの最後っ屁、契約消化のためにチャチャっとテキトーに仕上げたようなアルバムで、それもあってか、音楽専門家のみなさんは(たぶん)だれひとりとしてこのアルバムを評価していない。僕たち素人リスナーのあいだでだって、否定的な意見が支配的。

ですけれども、そのようなみなさんは『ケイオス・アンド・ディスオーダー』の中身の音楽をちゃんとお聴きなのだろうか?と僕はちょっといぶかってしまう。これは傑作なんだよね。うんまあもちろん、プリンスほどの音楽家には、もっとしっかり創り込んだ超ハイ・クオリティな作品がいくつもありますから、それらに比すならば傑作との言葉は撤回しなくちゃ。だけど、イイ。かなりイイぞ。佳作、良作、あ、いや…、やっぱり傑作なんじゃないの?『ケイオス・アンド・ディスオーダー』?

少なくとも僕はいくつもの点でかなり好き。これは(ちょっとだけファンクに寄った)ハード・ロック・アルバムなんだもんね。ちょうどジミ・ヘンドリクスの音楽にとてもよく似ている。ブルーズ・ベースのアメリカン・ハード・ロックで、ファンク・テイスト(とゴスペル風味も足して)を取り込みつつ、ストレートにロックするプリンス。それが『ケイオス・アンド・ディスオーダー』。

しかもラフでスカスカなんだよね、このプリンスのアルバムは。粗雑で乱暴。一説によればたった二日間で録音されたものだそうで、もしそれが本当だとすれば、テキトー感じゃなくて、二日でこのクオリティか!と目を丸くして驚くしかないんじゃないの?ラフなタッチは英ローリング・ストーンズの音楽にも似ている。

音楽ってさ、丁寧に創りこめばこむほどいい作品ができるとは限らないんじゃないの?たった二日間のスタジオ・ジャムみたいなものでやけっぱちにデッチあげたような音楽にライヴ感が宿り、CD で聴いても音楽家の呼吸が感じられ、思わずのけぞってしまうほどの迫力を生むっていうことだってあるよ。

いまさら繰り返すまでもなくプリンスはスタジオで念入りに創りこむタイプの音楽家だけど、彼の演奏歌唱能力と、この当時(って何年ごろの録音か判然としないが)のバンドの実力のほどを思い知る『ケイオス・アンド・ディスオーダー』。たぶんこのアルバム収録曲は一発録りに近いものだったはず。粗雑さが大きな魅力になることだってあるんだ。ロック・ミュージックって、そんなもんじゃないか。

だからこのアルバムにある7曲目「アイ・ロック・ゼアフォー・アイ・アム」。この曲題がアルバム『ケイオス・アンド・ディスオーダー』の中身を最も的確に表現する言葉になっている。ところでこの7曲目、ロージー・ゲインズらしき女声が聴こえるよねえ。ってことは1992年以前の録音なの?あるいはこのセッション用に呼び戻した?この7曲目は、しかしふつうのロックじゃない面もある。ラガマフィンがとりいれられているからだ。だれがしゃべっているんだろう?サウンドやビート感もロック然とはしていない。

ジミヘン的ストレート・ロックといえるのは、1曲目「ケイオス・アンド・ディスオーダー」、2「アイ・ライク・イット・ゼア」、ロッカバラードな3「ディナー・ウィズ・ドロレス」(名曲!)、4「ザ・セイム・ディセンバー」(は一筋縄ではいかないが)、5「ライト・ザ・ロング」、ブルーズ・ロックな7「ザナリー」、王道アメリカン・ロッカバラードな8「イントゥ・ザ・ライト」。

ちょっと毛色の違うものとしておもしろいのは9曲目「ディグ U ベター・デッド」。メカニカルな小品ファンク・チューンで、ワン・コード、ワン・リフの反復でできあがっている。クールなリズムをバックに無限ループで続くグルーヴのさざ波が気持ちいい。ここでもロージー・ゲインズらしき女声が聴こえるなあ。この9曲目あたりがコアなプリンス・ファンの求めるところなんだろうね。

でもこういうのはアルバム『ケイオス・アンド・ディスオーダー』では例外で、上記のようなストレートなジミヘン的ギター・ロックが多い。勢いだけで一気に聴かせるライヴなノリといい、疾走感といい、ラフ・スケッチだけでテキトーに仕上げたからこそ生まれるザラついた質感の味わいといい、プリンスの弾くエレキ・ギターのカッコよさといい、僕みたいにレッド・ツェッペリンで洋楽に目覚めたようなリスナーには極上の逸品なんだよ。

1〜3曲目あたりまではアルバムとしての流れも、実はかなりよく練りこまれていて、最高なんだよね。1「ケイオス・アンド・ディスオーダー」、2「アイ・ライク・イット・ゼア」とストレートなハード・ロックが来て、プリンスは短いながらもジミヘンばりにエレキ・ギターを弾く。特に「アイ・ライク・イット・ゼア」が僕は大好き。ハード・ロックのファンなら、これ嫌いなひとはいないはず。

1曲目「ケイオス・アンド・ディスオーダー」も2「アイ・ライク・イット・ゼア」も、バンドの演奏がパッと止まるリズム・ブレイクのところにプリンスのセクシーなヴォーカルが飛び込むなど、創りもちゃんとしている。それになんたってこの1、2のこのノリだよね。ラフに疾走するようなこのグルーヴが気持ちいい。

1曲目「ケイオス・アンド・ディスオーダー」のエンディング部では、これまたロージー・ゲインズらしき声のシャウトが聴こえる。シャウトといえば2「アイ・ライク・イット・ゼア」の終盤でプリンスが金切り声でスクリームするのだが、ヘヴィ・メタル・バンドのヴォーカリストみたいだよなあ。

その2曲目「アイ・ライク・イット・ゼア」は、いかにもなベタなハード・ロック・チューンなのだが、この曲でもリズム・ブレイクの入る瞬間瞬間にプリンスが「♪あい・らいく・いっと・ぜあ♫」と歌うというかしゃべるのが最高の快感だ。エンディング部での銅鑼はどういうことなんだろう?

流れがいいというのは、それらに続く3曲目「ディナー・ウィズ・ドロレス」が緩急の緩になっていて、おだやかで、ちょっとフォーキーな面もあるロッカバラードでいいね。曲のメロディのいびつさにはジョニ・ミッチェルからの影響がうかがえるのもおもしろい。間奏のギター・ソロはややハード。

適当にまとめちゃったんだろうなとの声もある4曲目「ザ・セイム・ディセンバー」は、実は相当におもしろい。爽やか系アメリカン・ロックンロールとしてポップにはじまったなと思って聴いていると、二分すぎから8ビート・シャッフルのブルーズになって、おっ!と思うと、最後の30秒ほどはゴスペル・ジャンプになる。

一曲まるごとストレートな定型ブルーズの6曲目「ザナリー」はあるし、キラー・チューンである7「アイ・ロック・ゼアフォー・アイ・アム」なんかも含め、もっとちゃんと仕分けしてワーナーがちゃんと売ってみればけっこうヒットしただろうという曲がたくさんあるよ。アルバムとしての流れも練られているしね。まあ売らなかったわけだけど。

プリンス本人としてはワーナーに儲けさせたくないとの一心でこうなっているんだろうアルバム『ケイオス・アンド・ディスオーダー』。ブックレットには「生きて夜明けで会おう」などと書かれていたりするのだが、なかなかどうして、これはブライトな傑作だと僕は信じている。ピュアなハード・ロック・リスナー向けだけどね。

2018/02/25

なかなかいいぞ、プリンスの『ラヴ・シンボル』

プリンス本人はずいぶんと意気込んで制作にあたったらしい1992年リリースの『ラヴ・シンボル』(と呼ぶんだよね、ふつう?)。意気込みのわりには大した出来じゃないよなあ。だいたい音楽だってなんだって、送り手が力を入れすぎると失敗し、評価が得られないばあいも多いというのが実情みたいだ。ビビりながらおそるおそるやったもののほうが警戒心が働いて、その結果、客観性みたいなものにつながるってことかなあ?

プリンスの『ラヴ・シンボル』のばあいも、まあホント全体的にはどうってことないアルバムかもしれないが、なかにはかなりおもしろく楽しめる楽曲が散りばめられている。それらはオール・タイム・ベストにだって選びたいほどすぐれたもので、やはり天才は天才の作品を産む(ことが多い)。

『ラヴ・シンボル』のなかにあって、たいへんすぐれていると思う個人的フェイヴァリットは、2曲目「セクシー M.F.」、9「スウィート・ベイビー」、11「ダム U」、14「7」、15「アンド・ガッド・クリエイティッド・ウーマン」の五つ。特に「セクシー M.F.」と「7」は文句なしに素晴らしい。

2曲目「セクシー M.F.」はあんな歌詞なのでそのままでは公共放送で流せないが、カッコイイ JB スタイルのファンク・チューンだ。終始エレキ・ギターのワン・ノート・カッティングが鳴っているのが気持ちいい。あのカッティング・サウンドだけでごはんおかわりできる僕だけど、リズム・セクションにくわえ、すぐに分厚いホーン・セクションのリフ、オルガンなどが流入。ちょ〜キモチエエ〜!ホーンがお決まりのフックを演奏するあいだだけ、ギター・カッティングが止む。

たぶんエリック・リーズだよね、(フルートではなく)バリトン・サックスでリフを吹き、ソロはオルガンに続き、プリンス自身がクリーン・トーンのエレキ・ギターで弾く。それが終わると、放送禁止用語を乱発しながら「ケツを振れ、ケツを振れ」の連続。分厚いホーン陣。その後、これもエリック・リーズだろう、テナー・サックスのソロになって、そのまま終了。いやあ、ナスティでグルーヴィで、いいなあ、これ。

9曲目の「スウィート・ベイビー」と11「ダム U」はほぼ同系のフォーキー・バラード。どっちもかなりジャジーで、プリンスはファルセットできれいに歌い、演奏も軽い味でポップ。こういう路線が、1978年のデビュー作『フォー・ユー』のなかにすでにあったのだと、僕はついこないだようやく気づいたばかり。すなわち「クレイジー・ユー」。
その後もメチャメチャ数の多いプリンスのファルセット・バラード。どんどんセクシーさと粘度を増していやらしくなっていったのかと思うと、ある時期以後サッパリした感じに変貌したというか、デビュー期のようなアッサリ感を取り戻したみたいになっている。『ラヴ・シンボル』の「スウィート・ベイビー」も「ダム U」もふつうに綺麗なだけで、いいよなあ。僕は前者のほうが好きだけど、後者は名曲だ。

あっ、そうだ、初期の感じに戻っているといえば、16曲目「3・チェインズ・オ・ゴールド」もそう。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」みたいに曲想がコロコロ変わる曲だけど、基本、シンセサイザー&エレキ・ギターのサウンドで組み立てたポップ・チューン。途中、クラシック音楽みたいになったりもする。

また4曲目「モーニング・ペイパー」は爽やかなアメリカン・ギター・ロックみたいなもので、「3・チェインズ・オ・ゴールド」同様、どうってことない音楽だとは思うんだけど、アクが抜けて、プリンスの音楽としてはいいのやらよくないのやら、でも聴きやすい。ギター・ソロもなかなかいい。

その前の3曲目「ラヴ・2・ザ・9ズ」はカーティス・メイフィールドのパターンを使った軽いソウル・ポップみたいなもんかな。これも爽やか路線で、こざっぱりと洗練されている。アクなんかどこにもぜんぜんないなあと思っていると、二分目あたりでパッとチェンジしてネチこいハード路線に変貌。そこでしゃべっている女声はマイテかなあ。トニー・T のラップとのかけあいで。

ラップ/ヒップ・ホップみたいなもので、アルバム『ラヴ・シンボル』のなかではいちばん出来がいいのが、上でも触れた14曲目の「7」。これこそこのアルバムのハイライトに違いない。ビートの創りかたと感触はデジタルで、その上にプリンスの一人多重録音ヴォーカルが乗り、アクースティック・ギターとエレキ・シタールが彩りを添えるのがかなり楽しい。

しかも「7」では、ブルーズ・マン、ロウエル・フルスンの「トランプ」をサンプリングして使ってあるじゃないか。ヒップ・ホップのサンプルとしては定番ネタではあるだけに、プリンスも時代に対応しようと苦心していたんだなとうかがえて、ちょっと微笑ましい気分。サウンドもノリも爽やかな曲だし、エレキ・シタールの音が効果的で、僕は大好き。このアルバムからのシングル・ナンバーとしてはいちばんのヒットになったらしいのもうなずける。いやあ〜、カッコイイですね。

その次の15曲目「アンド・ガッド・クリエイティッド・ウーマン」はラテン香味をふりまくファンク・テイストな曲で、ほとんどのプリンス・ファンは見向きもしないのかもだけど、いいと思うよ、僕は。以前から繰り返すように、ラテン・タッチなジャズ・ファンクみたいなものが、ある時期以後のプリンスに増えていくようになって、その結果、『ザ・レインボウ・チルドレン』とか『3121』みたいな21世紀の傑作につながったと思うから。

2018/02/24

フェイルーズとジアードのアラブ&ジャズ・フュージョン(3)

フェイルーズの2000年作品『Kifak Inta』もジアード・ラハバーニのプロデュース。それにしても、先週も書いたことだけど、ジアードがプロデュースするようになったあたりからのフェイルーズ作品にはとても強い哀感が漂っていて、アラビア語の歌詞内容がわからないのであれだけど、歌声とサウンドを聴くと、なんだか <別れ> ばかり扱っているような気がするんだけど、僕の勘違いかなあ?

それも、芸能表現としての別れというだけでなく、故国レバノンとベイルートと夫(アッシとは1979年に離婚しているが)を失ったというフェイルーズの実人生とピッタリはりついているかのような音楽に聴こえなくもない。前から繰り返しているが、音楽でもなんでも、虚構という客観性のフィルターを通さないと、真のリアリティは獲得できないんじゃないかというのが僕の考えかたなんだけど。

じゃあフェイルーズの『Kifak Inta』はプライヴェイトすぎて客観性がなく、リアリティのないつまらない音楽なのか?というと、正反対の聴きごたえのあるちゃんとした作品に仕上がっているのが不思議だ。才人ジアードのアレンジ、プロデュース・ワークが見事なのと、やはりフェイルーズ自身、自己を見つめ歌唱に昇華できる存在だから、っていういまさら繰り返す必要などない結論に達する。

アルバム『Kifak Inta』の全11曲は、あるいはひょっとしたら大部分がライヴ収録かもしれない。附属ブックレットになにも記載がないのだが、たとえば4曲目の「Ya Laili Laili Laili」は観客のざわめきや拍手が聴こえるので間違いない。しかしそうじゃないほかの曲も、音の質感、空気感にライヴっぽいものが漂っているように聴こえる。

またインストルメンタル・ナンバーも四曲あり(3「Mukadimah '87」、4「Ya Laili Laili Laili」、5「Iaada」、6「Prova (Kifak Inta)」)、それら、なかにはフェイルーズの声が入っていたりするものもあるけれどそれはスキャットで、大部分がジアードの書くオーケストラ・スコアの見事さを味わうべきようなものだ。

フェイルーズの歌抜きの管弦楽サウンドが四曲あるせいで、ジアードのペンの特徴がよくわかり、それでかえってフェイルーズのヴォーカル伴奏をどう組み立てているのかはっきりして、だからそれら四曲だっておもしろいんだよね。西洋クラシック音楽+ジャズ+軽いボサ・ノーヴァ・タッチが三大要素になっている。管弦楽を中心としながらも、リズム・セクションはモダン・ジャズふうのピアノ・トリオ(たぶんジアード自身がピアノを弾いている)。ドラム・セットだってふつうに使われている。

しかし主役女性歌手のヴォーカル・ナンバーだと、『Kifak Inta』のばあい、むしろアラブ伝統色のほうを僕は強く感じるんだよね。たとえば1曲目の「Oghniat Al Wadaa」。ジアードの書いたメロディだが、どう聴いても20世紀前半ごろのアラブ古典歌曲だ。

しかも「Oghniat Al Wadaa」では、(ラハバーニ兄弟の書いたものに酷似する)ゴージャスな楽器伴奏が入るのみならず、混声のバック・コーラスも大々的にフィーチャーされていて、1960年代にフェイルーズがよくやったオペレッタ(音楽劇)の一幕で用いられていたかのような音楽だ。だから、つまり、ライヴ録音かも?

さらに「Oghniat Al Wadaa」は最終盤でリズムがちょろっとボサ・ノーヴァに変貌する。そこまで特にそんな感じはなく、アラビアン・オペレッタの一部で歌っているような古典歌謡(&現代的オーケストラ伴奏)みたいだったのが、ほんの一瞬だけラテン音楽っぽくなるんだよね。う〜んと、二分半過ぎの後半からはちょっとそれらしくちょっとだけリズムの色合いが変化しているかもしれないが、かすかなものだ。

この1曲目も、荘厳な感じの2曲目「Fikon Tinsoo」もそうだけど、主役フェイルーズの声は立派な張りと強さがあって、しかも軽くやわらかく(うんまあ、ちょっと重くなりかけてはいるけれど)、ラテンやジャズやボサ・ノーヴァなども活用したサウンドの上でふわりと舞って、見事。しかも堂々たる風格や気品を強く感じる歌声で、文句なしに素晴らしい。

インストルメンタル・パートは飛ばして7曲目「Kifak Inta」。アクースティック・ピアノ+エレベ+ドラム・セットを中心とするモダン・ジャズふうな伴奏で歌うフェイルーズ。このジアードの書いた曲にはアラブ色はほぼゼロじゃないかと思う。ローカルなものではなく、世界で通用するユニヴァーサルなポップ・ナンバーになっている。これがアルバム題にもなっているわけだけど、この「Kifak Inta」に暗さや影は感じない。むしろ喜びや輝き、軽みが聴きとれる。

8曲目「Dhia 'Anou」は完璧なボサ・ノーヴァ楽曲で、先週書いた「カーニヴァルの朝」(ルイス・ボンファ)にとてもよく似た雰囲気。だけど、アラブの弦楽器は使われているし、大編成の管弦楽と、やはりここでも混声のマス・クワイアが聴こえ、ひょっとしたらこれもライヴの音楽劇の一部だったかもしれない。

モダン・ジャズのエレキ・ギタリストが弾いているみたいな9曲目「Fi Shi Am 'Bisser」の冒頭部だけど、すぐにリュートが出てきてそれにからみ、エレベ奏者も参加したこのトリオ編成でフェイルーズが歌っている。これにも強いアラブ・ローカル色はなく、アンビエント・ミュージックみたい。

これも完璧なボサ・ノーヴァ楽曲である10曲目「Indi Thika Feek」。この曲でジアードが用意した伴奏陣はリズム・セクションとストリングスだけで、ホーンもヴォーカル・コーラスもなし。軽いサウンドで、ボサ・ノーヴァのソフト・タッチをうまく表現している。アントニオ・カルロス・ジョビンのペンみたいなアレンジも素晴らしいが、フロントで歌うフェイルーズも一歩も引けを取らないやわらかさ。言うことないね。

いかにもアラブ古典伝統曲そのままみたいにはじまるアルバム・ラスト11曲目の「Mush Kissa Hai」。これもやっぱりライヴ収録だったんじゃないかなあ?わかりませんが、なんとなくそんなふうに聴こえる…、気がする。男声コーラス隊とのコール&レスポンスみたいなやりとりで盛り上がり、ゴージャスな管弦サウンドはなし。フェイルーズのヴォーカルもいちばん強靭なこの11曲目が、アルバム『Kifak Inta』のハイライトに違いない。

2018/02/23

マイルズのアフター・アワーズ

2015年9月に僕が YouTube にアップロードしたマイルズ・デイヴィスのストレート・ブルーズ演奏「スター・ピープル」。この音楽の評判がかなりいいみたいだ。
再生回数も、本当はいちばん多かったのがプリンスの「テ・アモ・コラソン」(『3121』)だったんだけど、それは YouTube Sheriff と名乗る者の手によって、事前予告なしの問答無用で強制削除されてしまった。それを除くと、マイルズの「スター・ピープル」がいちばん再生回数が多く、しかもコメントだって多く付いている。

それらのコメントはこの音楽「スター・ピープル」を絶賛するものばかり。なかにはどう考えてもあまりに過大な褒めかただろうと思えるものが複数あるが、まあそれでもかなりいいブルーズ演奏だという評判なのは間違いない。しかし、僕としては納得いかない点も二つある。

一つ。この「スター・ピープル」は1981年復帰後のマイルズによる初のブルーズ、というだけでなく1968年電化後のマイルズ・ミュージック全体のなかでもほぼ初の12小節定型ブルーズの公式リリースで、だから1983年の発表当時はかなり大きな話題になっていた。つまり有名な一曲なんだ。それなのに、2015年に僕がアップロードするまでネットに存在しなかったのが不思議。

もう一つのほうがもっとわからない。それはこの「スター・ピープル」を僕はそんなに高くは買っていないんだ。2015年9月に YouTube に上げたのは、そのとき書いていた文章を進める上でどうしても音源を引用する必要が生じて、論考上不可避だったから自分で上げた(探してもなかったので)だけのことで、これは素晴らしい音楽だからみなさんぜひ聴いてみて、という気持ちでアップしたんじゃない。

だからそれにここまで絶賛のコメント(”immenso....incomparabile! il mio pezzo preferito,18 minuti di goduria!” / “This is one AWESOME piece !!!!” / “t’s crazy! Uawwww!” などなど)がどんどん付くのが不思議なような申し訳ないような…、なんといったらいいのか、ちょっと微妙な気分なんだよね。

2018年現在でも反応が続くので、なにかあるんだろうなあと思って、それでマイルズの「スター・ピープル」をちょっと真剣に聴きかえし、この12小節定型のストレート・ブルーズになにがあるのか?ちょっと考えておきたい。僕のばあい、むかしからそうだけど、だれかが真剣に褒めるものにはきっとなにかある、僕自身はピンと来ない、あるいは嫌いだとかいうものでも、一度ジックリ取り組んでみたほうがいいという考えの持ち主で、実際、いままでもそうやって発見した楽しみがたくさんあるから。

さてしかし、マイルズの定型ブルーズというと、もちろんチャーリー・パーカー・コンボ時代からたくさんあって、独立後もかなり数が多いけれど、よくよく振りかえってみると、スロー・ブルーズが一曲もない。ないんだ。どれもぜんぶ中庸テンポ以上のスウィンガーで、そんな速度でやるときこそ、ブルーズの美味しさがいちばん表現しやすいんだとマイルズも考えていたんだろう。僕の考えも同じ。

例外的に、1955年以前のプレスティジに二曲、スロー・ブルーズがある(「ブルー・ヘイズ」「グリーン・ヘイズ」)けれど、出来がイマイチ。僕は好きなんだけど、はっきり言って一般的にはだれにも相手にされず、話題にのぼったことなんかまったくのゼロ。僕が過去に書いたのが世界で唯一の例外に違いない。よほどのマイルズ好き兼ブルーズ好きじゃないと、存在に気づきすらもしてもらえていないはず。

ジャズ・メンがやるブルーズにだってスロー・ブルーズは多い。ただたんにマイルズになかったというだけだ。アンタ、書いたように二曲あるじゃないかと言うなかれ。マイルズが公式録音したブルーズの数の多さたるや!そこから計算すると、二曲というのはほぼ0%に近い。だからマイルズにスロー・ブルーズはなかったと言ってさしつかえないんだ。

ところが「スター・ピーピル」。これが収録されたコロンビア盤アルバム『スター・ピープル』は1983年の発売だけど、録音は1982年9月1日。同じ82年のライヴではそれ以前からストレートな定型のスロー・ブルーズをやっていて、そのころはまだ曲題もなく、ただふつうにやっていただけだった。メンバーは81年の来日公演をこなしたのと同じカム・バック・バンド。

同年九月にスタジオ入りして公式録音し、その後も1991年に亡くなるまでライヴ・ステージではただの一度もスローな定型ブルーズを欠かさなかった。まったく例外なく演奏していたんだよね。だから82年にそれをはじめてライヴでやろうとマイルズが考えたのには、きっとなにかきっかけがあったんじゃないかと思う。

あるいは、別になんのきっかけもなく、ブルーズなんだから、ただなんとなくやってみただけだったかもしれない。アルバム『スター・ピープル』発売時には、どの国のジャズ・ジャーナリストもあの実に久々なストレート・ブルーズ演奏に驚いて、みんなインタヴューでこのことを熱心に尋ねていたけれど、本人の反応は薄く、あなたがたはいったいなにを言っているんですか?僕はただたんにブルーズをやっただけですよ?などと返していたよなあ。

アルバム『スター・ピープル』に収録された曲「スター・ピープル」は、演奏本番時は少し前からのライヴ・ステージそのままにふつうにブルーズを演奏しただけかもしれないが、発売に向けては、かなり手の込んだ加工処理が施されているのは、この完成品しかお聴きでなくともおわかりのはず。

まず本編のブルーズ部分とはなんの関係もないシンセサイザー演奏(はマイルズ本人による)&ギターでイントロができている。それが33秒間続き、また中間部でインタールードのようにふたたびシンセ&ギター演奏が挿入されているのが 12:38 〜 13:19。この分厚いシンセ・サウンドとエレキ・ギターとのデュオ演奏は、本編のブルーズ演奏とは関係なく別個に録音されていたものだ。

それをイントロとインタールードに使うというアイデアがマイルズ本人によるものなのか、プロデューサーのテオ・マセロによるものか、はたまたこの1983年ごろにも再接近していたギル・エヴァンズによるものか、僕には判断できない。ギルは、少なくともアルバム『スター・ピープル』ラストの「スター・オン・シスリー」でアレンジを提供したことが判明している。

あのシンセサイザー(&ギター)演奏は録音年月日もわかっていない。だけど、マイルズがあんな感じのファットなサウンドのシンセ演奏を1983年に入ったころからライヴ・ステージで聴かせていたとはわかっているし、同83年4月(何日かは判明しない)のアルバム発売の前には違いないんだから、まあだいたいそのへんなんだろう。

そのイントロとインタールードでのファットなシンセサイザーとギター(マイク・スターン)によるデュオ演奏部分のフィーリングが、まさにスター・ピープルという雰囲気で、まるでよく晴れた真夜中に夜空を見上げ星を眺めるかのごときムードが横溢しているよね。ブルーズ演奏部分はよく聴くとそうでもないけれど、あのイントロに続きトランペット・ソロが聴こえだしたあたりでは星空のブルーズみたいに響くから不思議だ。

あのシンセサイザー&ギター演奏挿入後のことに違いないと思うんだけど、たぶんプロデューサーのテオ・マセロもそんな雰囲気を大切にしたい、ブルーズ演奏部分でも保ちたいと考えて、あんなやや派手目なエコー処理やサウンド加工を指示したんだろう。その結果、アル・フォスターの叩く音が妙にロー・ファイなグシャっとつぶれた音に変化していて、マイルズ本人には評判がよくなくて、結果的にテオと縁を切るきっかけになってしまったけれど。

ああいったものは僕もむかしは嫌いな音響だった。でも最近はなかなかうまい効果を出しているじゃないかと聴こえるようになっている。ジャズの世界はクラシック音楽同様ハイ・ファイ録音、ハイ・ファイ再生こそ命みたいな面が強いけれど、ある種のロックその他で聴ける、わざとロー・ファイに音をつぶして独特の効果を生み出す手法は、一時期のロス・ロボスなんかに僕もハマって、納得できるようになっている。

そんな独自音響が生み出す星空の下でのブルーズみたいな雰囲気は、マイルズがそれまでやったことの(ほぼ)ないスロー・テンポ演奏によっても醸し出されている。言ってみれば、ちょっとした「アフター・アワーズ」(エイヴリー・パリッシュ)っぽい。三連のタメの効いた6/8拍子という点でも共通している。

だからマイルズの「スター・ピープル」はジャズ・サイドというよりも、ブルーズやリズム&ブルーズの側に寄って存在しているんだよね。ちょうどエイヴリー・パリッシュが書いて在籍中のアースキン・ホーキンズ楽団で演奏した「アフター・アワーズ」がジャンプ・ミュージックの聖典で、ジャズ界のみならず、のちのブラック・ミュージック界にも多大な影響をもたらしたように、マイルズのこれもそんな具合に聴かれたらいいなあ。

演奏「スター・ピープル」では、マイルズの次にソロをたくさんとっているのがエレキ・ギターのマイク・スターンだ。この曲でのマイクの演奏はかなりいい。たぶんマイルズ・バンドでマイクが残した最高傑作演奏がこれじゃないかと僕は思う。褒めない人は褒めない人だが、僕はそう考えているんだよね。

マイルズも当時、このマイク・スターンのギター・ソロを激賞していて、B.B. キングになぞらえるという過大な褒めかたをやってしまっていたが、自身のバンド・マンだったからという贔屓目を抜きにして考えても、この「スター・ピープル」でのマイクのブルーズ・ギターは素晴らしいんじゃないかなあ。

ギタリストのマイク・スターン。あんなに大活躍して、僕も福岡(1981)、大阪(1983)と二回生演奏を聴いたけれど、最近はかなり大変な状況にあるようだ。2016年の夏に大怪我をして両肩を負傷。特に右腕が深刻で、神経がぜんぶ死んでしまったそう。ふつうにギターを弾くことができなくなっている。

それでマイク・スターンは、小さなピックを握ることもできなくなった右手の指に糊とテープでピックを貼り付けて、それで弦をはじいて演奏しているんだそうだ。どんなものも、だれも、僕から音楽を、ギターを、奪うことなどできないんだと言って、にこやかに。

2018/02/22

新時代プリンスの夜明け 〜 『バットマン』

ジャック・ニコルスンのものすごく奇怪な容姿だけがいまでも強く脳裏に刻まれているアメリカ映画『バットマン』(1989)。映画館で封切り上映を観たんだけど、音楽をプリンスがやっているということは、たぶんまったく気がついていなかった(^_^;)。まあこんなもんです、僕は。

その映画のサウンドトラック盤としてプリンスのアルバム『バットマン』がリリースされたということにも、僕はぜんぜん気がついていなくって(^_^;;)、いつごろ知ったんだっけなあ?CD があるということを知ったのが亡くなる前であることはたしかだ。でもなんだかこれは余興というか箸休め的な一枚なんだろう?と聴きもしないのに勝手に判断して買わず。買ったのは、こないだも書いたが2016年4月21日に亡くなったあとだったのです(^_^;;;)。こんなことばっかりだ。

だからかなり最近ちゃんと聴いてみたプリンスの音楽アルバム『バットマン』。そうしたらこりゃカッコいいファンク・ミュージックじゃんねえ。いままで聴きもしないで勝手に遠ざけていてごめんなさい。反省しています、マジで。ふだんから「音楽は聴いてみなくちゃわからない」と口すっぱく繰り返している僕だけど、自分自身に向けなきゃいけない言葉だった。

音楽アルバム『バットマン』のリリースは1989年6月なので、リアルタイム・リリースでは『ラヴセクシー』の次になる。これもこないだ書いたが、あの『ラヴセクシー』は、いまではプリンスの音楽生涯のピークだったんじゃないかとすら僕も考えているけれど、当時のリアルタイムで持った感想としては、イケ好かない仕様だなあって。そんなこともあって次作になる『バットマン』に注意が行っていなかったのかもしれない。

さらに音楽アルバム『バットマン』はいちおう映画のサントラだけど、映画で使われたそのままではなく、そこからインスパイアされたオリジナル・スコアみたいな中身らしい。う〜ん、そうだったのか…。んでもって聴いてみたら、こりゃ万人向けのわかりやすく楽しいポップ・ファンクみたいなもんで、あたりまえに大ヒットしたらしい。

だいたい前作の『ラヴセクシー』があまり売れずプリンスも落ち込んでいたらしいが、そんなこといったってあんなジャケット・デザインでもって本人はいける、売れると判断したんだろうか?とにかくその少し前から少しずつ売り上げが縮小傾向気味だったらしいので、『バットマン』の大ヒットで一躍復活みたいな部分もあったらしい。

『バットマン』みたいな明快なポップ・ミュージックで、しかもトラックだってぜんぶちゃんと切れているし、ジャケットはあの当時日本でも街中でどんどん見かけた例のあのバットマン・ロゴだしっていう、そんな音楽アルバムをプリンスが創った背景にはそんなこともあったようだ。

そうはいってもジックリ音楽に耳を傾けると、いかにもヒットするようなわかりやすさではあるものの、『バットマン』でのプリンスは、実はサウンド的にしたたかな攻めに入っている。よく聴くと、それまでのプリンスの音楽にあった従来路線は少なくて、1990年代以後にプリンスが強く傾いたハード・ボイルドなゴスペル・ファンク(はまあオールド・スクールなんだけど)へすでにしっかり向いている。

『バットマン』の次が、以前書いた『グラフィティ・ブリッジ』になるわけで、あれをゴスペル・ファンクと呼んだ僕だけど、その後の作品でプリンスがこの路線を強化していって、それプラス、ジャジー&ラテンな方向性もあわせ、新時代のプリンス・ミュージックが形成される。その端緒が1989年のこの『バットマン』だったよなあ。これの前が、だから頂点としての『ラヴセクシー』だったと。そう考えるとわかりやすい。

一曲目「ザ・フューチャー」でフィーチャー(ややこしい)されているコーラス隊は、なんとあのサウンズ・オヴ・ブラックネスらしい。ついさっきはじめて知ったんだけど、道理でねえ。サウンズ・オヴ・ブラックネスの CD アルバムは僕も少し好きで聴くんだよね。でもサウンズ・オヴ・ブラックネスのマス・クワイアはプリンスの「ザ・フューチャー」ではそんなに目立っているというほどでもないなあ。

「ザ・フューチャー」ではゴスペルふうなマス・クワイアじゃなくて、それからクレア・フィッシャーのアレンジしたオーケストラ・サウンドもあまり目立っていないのでそれでもなく、たぶんコンピューター・サウンドじゃないかと思うドラムスのずんずん来るビート感と、引っ掻くように弦をはじくエレキ・ギターのカッティングが実にシャープでカッコイイ。ヴォーカルのほうはなんだかアカ抜けしたようなというか、毒を抜かれたような聴きやすさ。

二曲目「エレクトリック・チェア」。これだよ、これこれ。これが新時代のプリンス・ファンクだ。重たく引きずるようなビート感、エレキ・ギター&エレベのファンク・リフ、ど派手なサウンド。ザラザラした感触がいいよね。ギター・ソロも聴けて、サウンド的にもいままでの路線から抜け出して刷新されている。ヴォーカルはかなりおとなしいが、それでもプリンスとしては、って意味だ。

この新時代の派手派手ゴージャス・ファンク路線の、『バットマン』における集大成がアルバム・ラストの「バットダンス」だ。映画で使われた(?、記憶がありませんから)ジャック・ニコルスンの高笑い声で入り、その後粘度の高いファンクネスで攻める。エレキ・ギターの音色創りからしてそれまでとは違っているもんね。ギターとエフェクターはなにを使っているんだろうなあ?

「バットダンス」では、中盤三分目ごろにパッとパターンが一変して、ミドル・テンポのディープなノリになる。そこからのエレキ・ギター・カッティングが気持ちいいのなんのって。まあ1960年代後半からある典型的なファンク・ギター・カッティングではあるんだけれど、この弾きかたには1989年という時代のレレヴァンスをも感じる。しかもコンテンポラリーにポップでわかりやすく聴きやすい。やはり天才だったとしか言いようがない。

アルバム『バットマン』では、たとえば四曲目の「パーティーマン」や五曲目の「ヴィキ・ウェイティング」もコンテンポラリーでかっこいいファンク・ミュージックだ。賑やかで楽しい前者のビート感には軽めのややラテンなノリがある。また、後者のこの大きくゆったりうねるグルーヴも最高だ。特に転調する部分で鳥肌が立つ。カッチョエエ〜。アクースティック・ギターも地味だが効果的に使われている。

このあと1990年代以後は、プリンスの音楽はこんな「エレクトリック・チェア」や「ヴィキ・ウェイティング」みたいなサウンド、音色に塗り替えられていくので、と言ってもその後のプリンスのほうを僕は先に聴いていたけれど、そう考えると『バットマン』もおもしろいよねえ。しかもこっちは大ヒットしたポップさがあるしね。

シーナ・イーストンとデュオで歌う「ジ・アームズ・オヴ・オリオン」は、ひねりはないもののストレートに綺麗だし、ポップ・バラードとしてふつうに聴きやすく楽しめたり、八曲目「スキャンダラス」はお得意のエロティック・ソングでファルセットでいやらしく歌っている…はず…、と思うと、あんがいそんないやらしさがない。歌詞内容はたしかにそのままなんだけど、歌声にはなんだか爽快感すら漂っていて美しく、荘厳でもあって、スキャンダラスな感じなんてない。あのどすけべ粘着プリンスはどこ行った?

2018/02/21

立ち去りがたく 〜 プリンス『クリスタル・ボール』

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プリンスの『クリスタル・ボール』(1998年3月リリース)。僕が持っているのは、通常の流通品である CD 四枚組だ。すなわち本体三枚+『ザ・トゥルース』付き。この附属のアクースティック・サイドはまたちょっと毛色の異なるものなので今日は話題から外しておこう。『クリスタル・ボール』本編三枚で、個人的なお気に入りの曲についてだけ書いておく。いっぱいあるけどね。

どれが個人的愛聴曲なのか、まず最初に一覧にしておこう。(自分自身の)整理のために。括弧内は推定録音年。

一枚目
1「クリスタル・ボール」(1986)
5「ラヴ・サイン」(1994)
6「ハイド・ザ・ボーン」(1993)
7「2モロウ」(1995)
8「ソー・ダーク」(1994)

二枚目
5「クルーシャル」(1986)
7「セクシャル・スイサイド」(1985)
8「クローリン・ベイコン・スキン」(1983)
9「グッド・ラヴ」(1986)
10「ストレイズ・オヴ・ザ・ワールド」(1993)

三枚目
3「プーン・プーン」(1996)
4「シー・ゲイヴ・ハー・エンジェルズ」(1996)
6「ザ・ライド」(1995)
10「グッバイ」(1995)

一枚目の、というか三枚組最大の目玉がオープニングの曲「クリスタル・ボール」であるのは間違いない。僕も大好き。いかにもあのころ、つまりリアルタイム・リリースでは『パレード』『サイン・オ・ザ・タイムズ』になったものと同じ傾向のファンキー・ナンバーだ。

ベース・ドラムのベタ打ち+パーカッション(どっちもたぶんコンピューター・サウンド)というプリンス一人の多重録音に、あのカミーユ声でヴォーカルが登場し、クレア・フィッシャーの編曲指揮によるストリング・アンサンブルが入ってくるが、その後どんどんビートが強くなる。エレキ・ギターのかっこいいソロもある。

しかもなんだかドラマティックな展開があって、曲も10分超えの大作。後半部のビートはかなりファンキーで強靭だ。さながらシアトリカル・ファンク by カミーユといった趣で、イイネこれ。そういえばかミーユって、だいたいがシアトリカルなミュージカル・キャラクターなのだった。曲「クリスタル・ボール」一つだけで十分お腹いっぱいになりそうなくらい。

がしかし『クリスタル・ボール』にある長尺ナンバーというなら、僕のばあい、二枚目8曲目の「クローリン・ベイコン・スキン」のほうが好き。「クリスタル・ボール」よりさらに長い15分37秒。ドラムスとエレベとヴォーカルしかなく、プリンスはエレベとヴォーカル担当。ドラム・セットを叩いているのがモーリス・デイ。だからもとはザ・タイムのためのものだったのかもしれない。

「クローリン・ベイコン・スキン」はただのルーズなジャムで、ひたすらダラダラやっているだけなんだけど、ファンク・ミュージックはこういうのが気持ちいいんだよね。なんの盛り上がりも起承転結もしまりもなく、ワン・グルーヴで延々継続しているスカスカのビートを聴いているだけでイイ。ビート・リスナーの僕は満足だ。

やっぱりこの1980年代半ばの『パレード』『サイン・オ・ザ・タイム』のあたりからはファンカーへと完全脱皮していたプリンス。だからたとえば一枚目6曲目の「ハイド・ザ・ボーン」のエレキ・ギターのカッティングなんか、超快感だ。ドラムスの音はかなり加工されてひしゃげているけれど、それがバンバン!と鳴るたびにいい気分。いやあ、しかしこのキレキレのギター・カッティング!最高だ。

たぶんアルバム『クリスタル・ボール』全体のなかで僕がいちばん好きなのが「ハイド・ザ・ボーン」なんだけど、これ、たったの5分程度しかない。どっちかというとこれを15分続けてほしかった。っていうか LP 片面相当の25分くらい聴いていたい。ドント・ストップ・ザ・グルーヴ!

「ハイド・ザ・ボーン」の次に好きなのが三枚目6曲目の「ザ・ライド」。これは以前プリンスのストレート・ブルーズ楽曲にかんする記事で書いたので、詳しいことはそちらをお読みいただきたい。もうほんと、こういったエレキ・ギターを中心とするバンド編成での泥臭いモダン・ブルーズってサイコーですよね。たまりません。プリンスのこういったのはジミ・ヘンドリクスから来ているのかな?ドント・ストップ・ザ・ブルーズ!

二枚目7曲目の「セクシャル・スイサイド」。曲題の意味はサッパリだが、これも疾走感満載のファンク・チューンだ。カッコイイよなあ。ホーン・セクションのリフの入れかたはオールド・スクールなファンク・マナーで、1990年代半ばあたりからプリンスは意識的にそれへ回帰していたように見える。懐古趣味とかいうんじゃないと思うなあ。

三枚目3曲目の「プーン・プーン」。曲題はたぶん女性のあれのことじゃないかと思うんだけど、それを曲のなかで延々と反復するっていう、なんだか、えぇ〜、いいの〜?これ〜(笑)?だから僕は部屋のなかでいつも笑いながら聴いている。それはともかくこの曲もビートがいいと思うんだよね。ビートの根幹はプンプンプンプンって言葉、ずっとそればかりリピートするので創っているわけだけどさ。打楽器の音はここでもコンピューター・サウンドだ。

最初に書いた自選リストにあるもののなかで、ここまで書いた曲以外は綺麗だったり切なかったり哀しかったりするバラード系のものばかり。しかもけっこうジャジーだったりする曲もある。それらがもう本当に素晴らしいと思うんだよね。美しい。

一枚目5曲目の「ラヴ・サイン」(リミックス)はジャジーだ。都会の夜を思わせる雰囲気でイイネこれ。7曲目「2モロウ」もまったく同系のジャズ・バラード。そして続く8「ソー・ダーク」もブラス(金管楽器)の使いかたがジャジーで、美しくて泣ける切ないバラード。こりゃ最高だ。ヴォーカル・コーラスも綺麗。プリンスは終始ファルセットで攻める。三曲とも都会的洗練と夜の雰囲気を非常に強く感じて、大の僕好み。

二枚目5曲目の「クルーシャル」!こ〜れが!すんばらしい。アルバム『クリスタル・ボール』の個人的クライマックスが「ハイド・ザ・ボーン」なら、万人的クライマックスがこの「クルーシャル」だろう。名曲と言うしかない。ポップ・バラードなんだけど、とってもとってもキュートでチャーミングでプリティだ。もともとアルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』に入れる予定だったのを「アドア」に差し替えたらしい。その差し替えは正解だったと思うけれど、「クルーシャル」は「クルーシャル」で十分負けていないキラーだ。

「クルーシャル」って、たぶん愛する女性のことを「あなたは僕にとって非常に大切、かけがえのない存在です」と歌うような意味だろうけれど、歌詞を聴くとたしかにそんなことみたいだが、あわせてこれはラテン語で十字架のことなんだよね。つまり「ザ・クロス」(『サイン・オ・ザ・タイムズ』)。それにも入っていたエレキ・シタールが「クルーシャル」でもとても効果的に使われているのが印象的。甘美でいいね。

しかもリズム・スタイルだって甘い「クルーシャル」後半部ではプリンスのエレキ・ギター・ソロが爆発する。まるで敬愛する女性への憧いが感極まったかのように弾きまくる。サイコーだ。プリンスが全生涯で残したギター・ソロのなかでも一、二を争う出来じゃないかと僕は思うね。しかしそれは弾き切らずフェイド・アウトしてしまう。もっと聴きたかったなあ。せめてあと三分、ほしかった。

多幸感あふれる「グッド・ラヴ」(カミーユ)、クレア・フィッシャーの書いた美しいアレンジも冴える「ストレイズ・オヴ・ザ・ワールド」(ファルセット)もいいんだが、個人的には三枚トータルのオーラスである「グッバイ」。これで降参してしまう。

「グッバイ」。ここでもエレキ・シタールが甘美に使われているが、クレア・フィッシャーの仕事も文句なしの美しさ。そして歌詞がどうのこうの言うんじゃなく、この曲のリズム・スタイルとプリンスの歌うメロディの動き、伴奏のサウンド 〜 それらが僕にはあまりも沁みすぎる。たまらない気分だ。

どんなふうにたまらないかというと、こうだ。たとえば長距離恋愛中で、愛する相手に一年に一度くらいしか会えないときってあるでしょ。そのごくたまの貴重できらめいた楽しい時間も終わってしまい、帰りの新幹線とか飛行機に乗らなくちゃいけないっていうその駅や空港で、二人が本当に離れがたく、一方はゲートに向かうんだが、乗り込むことができず、なんどもなんども振り返り相手を見つめては、またちょっと進んで立ち止まり振り返る 〜 そんなときがあるでしょう。

プリンスの「グッバイ」を聴く体験は、僕にとってはそんな時間なんだ。だから曲が終わりに近づいて、あぁ、もうお別れなんだと思うとたまらない気分になって、終わりたくなくて、いよいよ再生終了となると別れられないから、左向きの矢印ボタンを押して、もう一回聴く。それをなんども僕は繰り返す。いつまでもやっていてもしょうがない。いつかはお別れしなくちゃいけないんだからと思って、つらい気分で聴き終えて、自室の静寂にたたずんでいるんだ。

2018/02/20

不穏な時代の刻印 〜 プリンス『サイン・オ・ザ・タイムズ』

以前から繰り返していて少し前にも書いたが、僕は LP 二枚組『サイン・オ・ザ・タイムズ』でプリンスという音楽家にリアルタイムで惚れた。だからいまでも僕のなかではプリンスといえば『サイン・オ・ザ・タイムズ』の人なんだよね。それなのにアルバム全体のことはまだ一度も話題にしていなかった。だから今日書く。

ところで『サイン・オ・ザ・タイムズ』は LP でも CD でも二枚組だから、雑多でゴッタ煮的なおもちゃ箱的おもしろさがあるとずっと思って聴いていたけれど、こないだから真剣にぜんぶ通して聴きなおしていると、あんがいそうでもないなあ。シンプルだ。だいたいトータル再生時間だって約80分と短かめなんだよね。あと二分ほど刈り込めば CD 一枚におさまってしまう。って、どこも一秒たりとも刈り込めない完璧さだけど。

LP 二枚組だったということもあって、各面ごと計四つ、それぞれテーマみたいなものがあったように思う。一つの考えで一面が統一されていて(という部分もあって)、さらにそれを四つ並べて続けるとトータル・アルバムとしての一貫性というか、あまり好きな言葉じゃないが、コンセプトがはっきりある。と僕は思うので、雑多、バラバラ、統一感がないとの意見には必ずしもくみしなくなっている最近の僕。

その統一感、アルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』のコンセプト?というか一貫性は、生々しい肉体性、それを覆い隠すチープでポップなサウンド創り、さらに最大のものは、刻み込まれた時代の不穏さ 〜 じゃないかなあ。もちろんその反面、底抜けに明るいものやパーティ・ファンクみたいなものだってあるけれど、そういったイノセンスは、いわば料理の辛味を際立たせ深みを出すために入れる砂糖みたいな役目になっている。

全四面、CD でしか『サイン・オ・ザ・タイムズ』をお聴きでないかたも、ちょっとネットで調べればたちどころに判明するのでご覧いただきたい。僕の見るところ、一枚目A面は不穏ファンク、B面がエロ路線(と無垢さ)、二枚目A面がポップさ、B面がゴスペルっていうことになるけれど、どうだろう?

以下は CD 二枚というのもぜんぶ一つにして全16曲のその曲順で書く。1曲目「サイン・オ・ザ・タイムズ」。1987年当時の深刻な社会問題、特にAIDS をあつかった内容だけど、そんな深刻さは歌詞内容もさることながら、このブルージーなサウンドで表現されている。プリンスのヴォーカルとギター(かっちょええ〜!)以外はぜんぶコンピューター・サウンドだけど、チープにポコポコ鳴っているのが、かえってすごく不気味だ。不穏の一言。

曲「サイン・オ・ザ・タイムズ」中盤でエレキ・ギターが聴こえはじめる瞬間のあの鳥肌が立つような感じ。というかいまでも僕のばあい本気でサブイボが出る。身の毛がよだつとはこのことだ。カッコよすぎて。こわすぎて。それにしてもこのビート感と、そしてエレキ・ギターの奏でるこの時代の刻印って、とんでもないブルージーさだよなあ。

同系のものは4曲目「バラッド・オヴ・ドロシー・パーカー」。これなんかスライ&ザ・ファミリー・ストーンの『暴動』(1971)へのストレートなオマージュだもんね。これは全員が言っていることだけど、プリンス・マニアでもスライに興味を向けないかたがたがいるかもしれないから、いま一度繰り返すと『暴動』にある「ファミリー・アフェア」。モロそのまんま直結されている。ちょっと聴いていただきたい。
また3曲目「ハウスクエイク」のほうはジェイムズ・ブラウン流儀のファンク・チューンで、特にエレキ・ギターのカッティングが空間を刻むところとホーン・リフの使いかたなどはソックリだ。しかもこの声はカミーユだよね。アルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』にはいくつもある。そもそも『カミーユ』というオルター・エゴ名義の一枚を企てて録音も進んでいた(終了していた?)。それはご破算にしたので、一部が『サイン・オ・ザ・タイムズ』その他に流用されているんだろう。

カミーユという別人格プロジェクトは、すなわちフィーメイル(を装った)・ファンク・ミュージックみたいなものってことかなあ?それでもって不安さ、不穏さ、あやしさ(怪、妖)を表現したいというものだったかもしれないと、いままでプリンスの各種アルバムに産卵するいくつものカミーユを聴くと僕はそう思う。

たとえば『サイン・オ・ザ・タイムズ』だと、LP での二枚目 A 面にいちばん顕著に出ているカミーユ。10曲目のシーナ・イーストンを迎えてやる「U ガット・ザ・ルック」もふつうのポップなロックなのに、出だしのナレイションはカミーユだ。本編は地声で歌っている。がその後もところどころ頻繁にカミーユが出現する。あのころ、シーナと歌うこの曲のヴィデオを、これは鮮明に記憶しているが MTV で僕も観た。ふつうのお気楽ポップだけどね、やっぱり。

続く11曲目「イフ・アイ・ワズ・ユア・ガールフレンド」。全編カミーユだが、ピッチの高い女声で「もしわたしがあなたのガールフレンドだったなら」と歌っているから女性を演じきっているのかと思いきや “when I was your man” というラインも出る。同じカミーユ声でね。いったいどういうことなんでしょう?12曲目「ストレインジ・リレイションシップ」もカミーユだ。

そうかと思うと13曲目「アイ・クド・ネヴァー・テイク・ザ・プレイス・オヴ・ユア・マン」は、やっぱり基本はポップ・ソングで、それに沿ったサウンド創りをし、プリンスも軽く歌っていて、曲調やサウンドだけなら「リトル・レッド・コーベット」「テイク・ミー・ウィズ U」「ラズベリー・ベレー」みたいなもんだよなと思っていると、中盤でガラガラと一人ファンク・ジャムに突入し、エレキ・ギターを弾きまくる。3:50 過ぎで転調し、パターンがパッと変わって(スライの「スタンド!」っぽい)からもスリリングだ。もっと聴きたかった。

これらで構成される『サイン・オ・ザ・タイムズ』二枚目A面はちょっと暗めの色調で淫靡で独特の雰囲気が漂っていて、ふだんから独特なプリンスという音楽家の作品のなかでも飛び抜けて異質なワン・サイドだ。シーナ・イーストンというポップ・スターが参加しているのに、面を通しての印象はかなり陰で不穏なファンク。カミーユが目立つせいかどうかはよくわからない。

いつものプリンスらしくストレートなエロ路線は欠かせない。いちばん露骨なのが5曲目の「イット」と8曲目の「ホット・シング」。ド直球なセックス・ソングで、サウンドも粘っこいファンク・ミュージック。でもここまでストレートに歌っていれば、かえっていやらしい感じはしないよね。あけすけでもなく、むしろ不安感のほうを僕は強く感じる。

9曲目「フォーエヴァー・イン・マイ・ライフ」。これも不穏な空気をかもしだす、かなりヘンなファンク・チューン。曲のメロディにも展開にもいっさい関係なくエレベがずっとワン・コード、ではなくワン・ノートを弾いて突っ走り、それ以外は、終盤でアクースティック・ギターがちょろっと登場するのを除きドラム・マシンだけ。一人多重録音のヴォーカル・コーラスにはゴスペル風味もある。

ゴスペルといえば、う〜んと、ゴスペルではないのかもしれないが、7曲目「スロー・ラヴ」。甘美なバラードで、しかし主役は必ずしもファルセットを多用してはいない。ジャジーなビック・バンド・ホーン・アンサンブルがキラキラしている。アルバム・ラストに置かれた終生の名曲「アドア」につながる路線のスウィート・ソウルだよね。「アドア」ではファルセット全開だ。

ジャジーなビッグ・バンド・アンサンブルを使って美しく輝き盛り上がるスウィート・ソングは、LP での二枚目 B 面を貫く共通項だ。といっても14曲目の、タイトルだけでゴスペル・ソングだとわかる「ザ・クロス」にはホーンは使われていない。代わりにというんじゃないがエレキ・シタールとタブラが入って、なんだかエキゾティックな響き。アメリカ黒人宗教歌というだけじゃない多国籍サウンドみたいなのもイイ。

その次の1986年パリ・ライヴからの収録である15曲目「イッツ・ゴナ・ビー・ア・ビューティフル・ナイト」と16曲目「アドア」が本当に楽しく美しい。前者は最高の娯楽ファンクで、中間部の女声ラップはシーラ・E によるものだそう。しかもマイルズ・デイヴィス(も当時はワーナー在籍)がここからいただいちゃったのでもわかるように、曲全体がかなりジャジーだ。演奏時間が長めだけど、ファンク・ミュージックですから。ちょっと米米クラブみたいだけどさ。

アルバム・ラストの「アドア」。このロマンティックさ爆発しているスウィート・バラードが、全体に暗く不穏で胸がザワザワするように落ち着かない(つまり、スライの『暴動』とかカーティス・メイフィールドの『ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ』みたいな)アルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』の締めくくりとしてはもってこいの美メロ。素晴らしい。この甘美なキラメキで泣いてしまう。

最後に。6曲目の、いきなり音量レヴェルの高い目覚まし時計の音が聴こえる「スターフィッシュ・アンド・コーヒー」。これこそ純真無垢なポップ・チューンで、ただならぬ雰囲気が全編に漂うアルバム『サイン・オ・ザ・タイムズ』のなかではスペシャルな救いだ。こんなにキラキラとイノセントに輝く曲で幸せな気分にならない人はいないんじゃないかなあ。名曲。

2018/02/19

あぁ、アナ・ステシア、アラブのミューズよ、僕を解き放ってください

プリンスに中近東音楽ふうのものが意外に少ないと以前書いたけれど、『ラヴセクシー』をじっくり聴きかえすと、この一枚のなかになんと四曲もあるじゃないか(^_^;)。要はいままでちゃんと聴いていなかったということだよなあ。以前書いたように、LP だと片面が、CD だともっとひどくなって丸ごとぜんぶがワン・トラックというイケ好かない仕様のため、個人的にどうも聴きにくかった。

昨年だったか一昨年だったかに自分で『ラブセクシー』のトラック分割をやったので、それでグッと聴きやすく認識しやすくなった。個人的にはね。このアルバムのことは、もちろん昨日『ザ・ブラック・アルバム』のことを書いたからその関連で聴きなおし書いている。1980年代のリアルタイムではその発売中止品の代替のように発売されたから。

がしかし『ザ・ブラック・アルバム』がド直球真っ向勝負のストレートでハードなファンク・アルバムで、ある意味 evil な音楽だったのに比べると、『ラヴセクシー』は明るい肯定感に満ち満ちたポップ・アルバムだ。『ザ・ブラック・アルバム』の発売中止を決めた直後の短期間で仕上げたものらしいから、ホントこの当時のプリンスはなんでもできちゃってたよなあ。

まず上でも書いた四つの中近東音楽ふうなものの話からすると、三曲目「グラム・スラム」、(意外にも?)四曲目「アナ・ステシア」、八曲目「アイ・ウィッシュ U ヘヴン」、九曲目「ポジティヴィティ」。しかしこれらほど鮮明でなくとも、そこかしこにそれっぽいスパイスはまぶされている。たとえば五曲目「ダンス・オン」で自身のヴォーカルにからめるギター・オブリガートはアラブ音楽似のスケールを使ってある。六曲目「ラヴセクシー」でも同様。

とこう書いて思いが及んだので付記しておく。プリンスのギター・プレイは本当にとても上手いと僕は思っているのだが(「世界でいちばん上手いギタリストと言われる気分?それはプリンスに聞いてくれ」by エリック・クラプトン)、なかには手持ちのネタが少なくて実はあまり大したことはやっていないという意見をネットで散見する。とんでもない話だ。

プリンスのばあい、ギター・ソロで弾きまくることはたしかに多くないよね。でもここぞという場面では華麗に弾いて決めているじゃないか。それにこの人は、まあすぐれた総合音楽家はデューク・エリントンにしろフランク・ザッパにしろみんなそうだけど、あくまで全体の構成とか作品としての完成度を念頭に置いて(ソロなど)楽器演奏も有機的なパーツとして組み込んでいる。

だから必ずしも(ギター・)ソロでは目立たないだけなんだよね。イントロ部、本編などでのカッティングの絶妙さや、ヴォーカルにからむオブリガートの効果満点さや、そのほかどこでどう弾いたら曲を、つまり歌を際立たせることができるか、微細な部分まで考え抜いた上でシンプルに演奏しているのが、ギターに限らないプリンスの楽器技巧だ。ヴォーカル技巧も同様だけどね。

さて、『ラヴセクシー』にある中近東音楽ふうのもの。三曲目「グラム・スラム」では北アフリカ系の打楽器が使ってあると思うんだけど、これ、なんの音だろうなあ?マグレブ音楽なんかで聴き慣れたものなんだけど、パッと思い出せない。それもアルバムにたくさん参加しているシーラ・E の演奏なんだろうか?そんなパーカッションと(これもシーラ・E の演奏する?)ドラム・セットが、アメリカン・ファンクのようでもありかつ北アフリカのアラブ系音楽のリズムのようにも聴こえるものを叩き出す。

しかも「グラム・スラム」では、まず出だしのエレキ・ギターがハッキリ中近東ふうに弾いてイントロをかたちづくるばかりか、歌本編もそれっぽい旋律の動きをする。それにからむオブリガートのギターもそうだ。しかも後半、シンセサイザーと各種打楽器のからみが露骨にアラビアンで、しかもそれらの楽器が派手に合体しグイグイっと盛り上がる。

この「グラム・スラム」後半部の高揚感の表現法は、アルバム『ラヴセクシー』全編を通し共通の語法ともなっているんだよね。曲「ラヴセクシー」でも、また「アナ・ステシア」でも「ダンス・オン」でも「アイ・ウィッシュ U ヘヴン」でも「ポジティヴィティ」でも同じやりかたをとっている。

明るい歓びや肯定感に満ちたアルバム一曲目「アイ・ノウ」、二曲目「アルファベット・ストリート」でも、いかにも専業ドラマーではないパーカッショニストだという叩きかたのシーラ・E の、とっちらかってはいるが跳ねる軽快なドラミングに乗せ、ホーン群(とシンセサイザー)の合奏で分厚く高揚する。ちょうど流行っていた時期だし、ワシントン D.C. のゴー・ゴーにも似たファンクなリズム・ナンバー。

『ラヴセクシー』で聴ける中近東のアラブ音楽ふうなものの話(を今日はしたいんだから)に戻そう。八曲目「アイ・ウィッシュ U ヘヴン」。曲題もそうだし、歌詞の中身をじっくり聴くと宗教的な内容なのか?と思う。それはこの曲だけでなく、アルバムを貫く一本の芯になっているんだよね。しかし「アイ・ウィッシュ U ヘヴン」のこのリズム・スタイルと、メロディや楽器演奏のもとになっているスケールはアラブのマカームに近い。それを知らなくても、なんだかちょっとエキゾティックな感じだなと感じるはずだ。

アルバム・ラストの「ポジティヴィティ」となると、もうどこからどう聴いても中近東音楽だ。リズムもメロディもなにもかもがアラビアン。アルバム『ラヴセクシー』は、基本、バンド編成で録音したものらしいけれど、この終始ポコポコ聴こえるパーカッシヴな音は打楽器?シンセサイザー?弾きかたを工夫したエレキ・ギターか?僕にはわからない。しかしそれがおもしろい。

女声を中心とするバック・コーラスが「♪ぽじてぃゔぃてぃ〜♫」と、まるで教会内でやっているかのごとく反復合唱しながら、そのあいだ楽器演奏が淡々と盛り上がり、しかも後半、四分半あたりでプリンスのヴォーカルがもう一回出てくると、その歌もギターもその他の楽器もコーラスも、ぜんぶが一斉にアラビアン・ナイトに突入する。それもメロディアスに盛り上がるのではなく、一定パターンを呪文のごとく反復することで高揚している。というかそもそも曲「ポジティヴィティ」のメロ(リズムも)が平坦で、まるでお経。

アラブふうなお経といえば、アルバム『ラヴセクシー』なら四曲目の「アナ・ステシア」で決まりだ。これが最高の一曲。アルバムのクライマックスに違いない。美しい。女性名を使ってあるが、たんなる異性愛、恋愛、肉愛のことではなく、まるで女神のようにたてまつり、僕を解放してくれ、導いてくれと祈りをささげる敬愛の対象としてアナ・ステシアが置かれている。神への愛の告白だよね、この曲は。

それはある意味、音楽愛でもあるんだ。つまり、アナ・ステシアはミューズだってこと。そんな歌詞内容が曲が進むにつれどんどん盛り上がっていき、「♪ラ〜ヴ・イズ・ガッ〜ド、ガッ〜ド・イズ・ラ〜ヴ♫」とバック・コーラスがリピートしながらバンドの演奏もどんどん熱を帯びてくる。この高揚感ったらないね。教会内でのそれにも似ているが、俗世間でのあれのそれにも似ている。

プリンスの弾くエレキ・ギターもそうだけど、「アナ・ステシア」では特に後半部で著しく高揚するあいだ、たとえばシンセサイザーなどがはっきりと中近東音楽に似たフレーズをかたまりで繰り返す。それを聴きながら「あなすてしあ」「あなすてしあ」「愛は神、神は愛」と反復されるのを聴いていると、僕も昂まりながら、これはアラブの音楽女神信仰の歌なんじゃないか、アルバム『ラヴセクシー』全体がそんなようなものじゃないかと思えてくるのだった。

2018/02/18

プリンスのファンク・バイブル

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『ザ・ブラック・アルバム』。Spotify にないのは、やっぱり公式には闇として葬り去りたいっこと?…っていうわけじゃあないよなあ、CD がワーナーからちゃんと公式リリースされたんだから。Spotify にないプリンスのアルバムはこれだけじゃないし、そのうちぜんぶ揃うことを期待したい。プリンス狂のみなさんや僕には関係ない話だが、そうじゃない一般の音楽リスナーのかたがたにちょっと試聴していただければ、こっちの世界に入ってくるきっかけになるかもしれないんだしね。

さて、1984年『パープル・レイン』の大成功をバネにした数年間、というか、新バンド、ニュー・パワー・ジェネレイションにいたる1990年代初頭あたりまでのプリンスは、まさに息をするかのごとく日常的にハイ・レヴェルな音楽をポンポン産み出し続けたこの天才音楽家にとっても特別に多産な時期だった。リアルタイムでの未発表もので、のちに公式リリースされたものも含めれば、かなりの数になるし、まだまだあるんだろう。

1984〜90年ごろまでのプリンスはまさに豊穣の一言。たんにたくさんあるというだけでなく、いろんな種類の音楽を闊達自在に生産し、しかもクオリティだって高いという、本当になんでもできたような時期。この約六年間には、いまだ未発売のものがたくさんあるみたいだ。カミーユ・セッションだってぜんぶはリリースされていないんでしょ?僕が死ぬまでにそれらをぜんぶ聴けるんだろうか?もう若くないから、ちょっと心配になってきている。

『ザ・ブラック・アルバム』にしても、『サイン・オ・ザ・タイムズ』に続くものとして1987年12月7日という具体的な発売日まで決まっていて、しかもそれはたんなる目安ではなく、作品として完成し、マスター・テープが各国に届いていて、プロモーション用のサンプル盤まで作成済みだった。それを直前になってプリンス本人がキャンセルしてしまったらしいね。

その後、ワーナーとの契約履行のために1994年に発売された『ザ・ブラック・アルバム』だが、上記のような事情ゆえ、かなりの数のブートレグ盤が流通していたみたい。僕のばあい、経済的にムリなのでブートはマイルズ・デイヴィスもの(だけで何百枚とある)以外は、基本、買わないことにしている。だから話だけ読んではいたが、ブート盤の『ザ・ブラック・アルバム』は買わなかった。

ワーナーから公式発売されたので聴いた『ザ・ブラック・アルバム』。どうしてこれほどのレヴェルの高い作品を、特にビジネス・トラブルがあったとかではないらしいのに、本人の純音楽的な意向で発売中止にしたのか、はなはだ理解に苦しむ。やっぱり天才の考えることはサッパリわからん。いずれにしても日の目を見て本当によかったと思える。

今日の記事題にもしてあるが、『ザ・ブラック・アルバム』はごりごりハード・ボイルドな豪直球ファンクまっしぐらで、これ、好きな人はメチャメチャ好きだと思う。僕もそう。アルバム中、四曲目の「ウェン・2・R ・イン・ラヴ」だけが甘美なバラードで、これは『ラヴセクシー』に流用された。このワン・トラックを除く七つが、とんでもないごりごりファンクなんだよね。

プリンスのファンク・ミュージックは、じっくり観察しなおすとわりと最初のころからその萌芽があるけれど、ストレートに出てくるようになるのは、やっぱり1986年の『パレード』あたりからじゃないかなあ。続く87年の『サイン・オ・ザ・タイムズ』にも多く、だからそれに続き『ザ・ブラック・アルバム』を録音となったのだろうか?ここまでゴリゴリになるのにはなにかほかの理由があったのか?僕にはわからないというか、どうでもいい。結果、発売された CD を聴いて多幸感にひたるだけだ。

僕の趣味嗜好だと、『ザ・ブラック・アルバム』でも特に七曲目「2・ニグズ・ユナイティッド・4・ウェスト・コンプトン」と、ラスト八曲目「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」が最高だ。どうしてかって、どっちもジャズ・ファンクっぽいからだ。特に後者で聴こえるホーンの使いかたはハード・バップ的。さらに前者はインストルメンタル・ジャムだ。

ところで rock and a hard place という慣用表現があって、英国のローリング・ストーンズがこの表現をそのまま曲名にしていることでも有名かもしれない(1989年『スティール・ウィールズ』)。進退極まる、絶体絶命っていう意味なんだけど、プリンスの「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」で、この慣用句を思い浮かべるのは僕だけ?関係ないのかもしれない。

じゃあその「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」のほうから話をしよう。カミーユ声だから、たぶんそのセッションで生まれたワン・トラックなんだろう。グッと腰を落としたミドル・テンポのファンクで、腰が動く。ハード・バッピシュなホーン群は冒頭からどんどん入る。トランペッターはミュート器を使っているよね。

プリンス、というかカミーユは歌うというよりしゃべるような感じで、ギターがどうたらと言ってすぐにブルージーなロック・ギター・ソロになる。シンプルな弾きかたで特に難しいことはやっていないのかもだけど、この「ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス」中間部でギター・ソロが出てくる瞬間が、僕にとってはサイコーの快感だ。背筋がゾクゾクする。その後も最後のほうまでソロは弾きっぱなし。いいなあ、これ。

七曲目の「2・ニグズ・ユナイティッド・4・ウェスト・コンプトン」は、0:35 でこの曲題を複数の男声が叫ぶところまでは人声のざわめきみたいなものが入って漂っているが、それ以後はひたすら一直線にハードなジャズ・ファンク路線を突っ走る。ジャズふうにスウィンギーなフィーリングもあるけれど、もっとこう、ゴリゴリだよなあ。いわゆるふつうのジャズ・メンのやるファンクにここまでの硬質さはない。どファンカーじゃないとできないような演奏だ。いいなあ、これも。

これら、しかもプリンスの一人多重録音かもしれないから(管楽器はほかのメンバーが演奏しているはず)ビックリ仰天するしかない。まったくのバンド的なグルーヴしか聴こえないんだもんね。『ザ・ブラック・アルバム』でも三曲目「デッド・オン・イット」から六曲目「スーパーファンキーキャリフラジャイセクシー」まではプリンスひとりでの多重録音に違いないらしい。どうなってんのこの人は?…、っていまさらですが。

『サイン・オ・ザ・タイムズ』ツアーをこなしたのと同じバンド編成で録音したらしい一曲目「ル・グラインド」、二曲目「シンディ・C」は実質的に同じ曲のヴァリエイションみたいなもんで、暴力的にひた走るリズムの強靭さ、コード感は無視(実際、ワン・コード)、反復されるホーン・リフとコーラス隊、そして全体的にコール&リスポンスで構成されているところなどなど、ファンクの王道ど真ん中を疾走している。カッチョエエ〜。ションベンちびりそう。

2018/02/17

フェイルーズとジアードのアラブ&ジャズ・フュージョン(2)

息子ジアード・ラハバーニがプロデュースしたフェイルーズ作品。今日は2002年の『Wala Kif』のことを書こう。しかしこれ、傑作だというひとたちもいるみたいなんだけど、それはちょっとどうかなあ?以前書いた『Eh Fi Amal』のほうが、主役のヴォーカルといいジアードによる伴奏サウンドといい、すぐれているように聴こえるけれど、僕の耳がおかしいのだろうか?

もちろん『Wala Kif』だって立派な作品ではある。全体的に落ち着いているというか、やや暗めの色調で、(悪く言えば)ちょっと停滞気味のよどんだ感じに聴こえなくもないが、それにはやっぱり原因があるんだろう。その原因を探ろうとしてもよくわからないが、フェイルーズのそんな停滞気分は、激情と裏腹になっているものでもあるんだろう。

アルバム『Wala Kif』は2002年リリースだけど、録音がいつごろだったのか、判然としない。附属ブックレットのどこにも録音年の記載がないしなあ。ジアードがプロデュースした作品はそういうばあいが多く、だから『Wala Kif』だってひょっとしたら20世紀中に録音は終わっていた可能性もある。

いつごろからか、フェイルーズは笑顔を見せなくなっているらしいのだが、実際の顔の表情は写真などでしか見たことがないから、いまいちピンとこない。僕が知るフェイルーズの <笑顔が消えた> とは、もちろん歌のなかにそれが聴きとれないという意味だ。どうも故国レバノンの情勢不安定化が最大の原因らしいのだが、夫アッシ・ラハバーニを1986年に失ったことも大きなことだったはずだ。

そのあたり、たぶん1990年代ごろからのフェイルーズの歌声には笑みがなく、深く濃い陰影が刻まれている。2002年の『Wala Kif』もまたそんな作品の一つじゃないかと思うんだよね。なかには快活なリズムをともなってスウィングするヴォーカルを聴かせる曲もあるけれど、数は少ない。失った(故国、夫)愛を想って落ち込んでいるような調子が色濃く表現されているよね。

決して明るくはないそんなところが、かえってアルバム『Wala Kif』の輝きになっているんだと僕は聴いている。快活な調子を持つものといえば、四曲目の「Tinzakar Ma Tinaad」、八曲目「La Wallah」だけじゃないかなあ。九曲目「Inshallah Ma Bu Shi」もにぎやかだけど、これは快活さよりも荘厳さを感じる出来だ。

しかもその九曲目「Inshallah Ma Bu Shi」は、聴いた感じ、1950年代末〜60年代のフェイルーズがどんどん音楽劇、つまりミュージカルに出演して、ラハバーニ兄弟のアレンジとプロデュースでドラマティックな(西洋音楽ふうな管弦楽サウンドの付いた)アラブ現代歌謡を歌っていたころの、そんなころの音楽にかなり近い。

この九曲目だけが、アルバム『Wala Kif』では異彩を放つもので、群を抜いて素晴らしい出来で、このワン・トラックだけはぜんぜん停滞もしておらず、そればかりか正反対に君臨する現役の女王としてまばゆい光を放っているような躍動感がある。僕にとってはこの九曲目「Inshallah Ma Bu Shi」が、アルバム『Wala Kif』では最高の一曲だ。

このワン・トラックだけ、聴いた感じ、なんだか音の質感も異なっているし、ほかの曲とは音楽的内容も大きく違い、しかも次のアルバム・ラスト10トラック目は、7トラック目「枯葉」の別テイクで、オマケみたいなものでしかない。ってことは、九曲目の「Inshallah Ma Bu Shi」が、実質、アルバム・ラストに置いたハイライトなんだよね。ジアードのそんな強いプロデュース意図を感じる。

いったい、この九曲目だけどうしてこんなに違っているんだろう?と思ってブックレットをよく読みなおすと、アルバム中これだけがライヴ録音なんだね。Beltel Din Theatre との記載があるが、どこなんだろう?パフォーマンス年の記載も、例によって、ない。だが、素晴らしいことは事実だよね。この一曲「Inshallah Ma Bu Shi」は抜群の見事さだ。録音年がわからないが、フェイルーズ2002年リリースの新作品としては奇跡のような逸品。

実質的にアルバム・ラストのこれを踏まえると、トップに戻って一曲目「Sabah Wu Masa」は、まるでアメリカ人男性歌手フランク・シナトラのアルバムでネルスン・リドルがアレンジを書いたストリングスを聴いているような、そんな響きの弦楽ではじまり、その後もずっとそうだけど、軽いボサ・ノーヴァ風味に、躍動感とまでは言えなくても、やわらかい軽みを聴きとることはできる。この一曲目はちょっとだけアントニオ・カルロス・ジョビンの曲「ウェイヴ」に似た雰囲気もあるよね。

この、シナトラ&ネルスン・リドル・アレンジ+ボサ・ノーヴァ風味、というのが、フェイルーズのアルバム『Wala Kif』の中身の(大部分の)正体なんじゃないかと思う。もちろん主役歌手の持ち味、ヴォーカル・スタイルは、シナトラとフェイルーズではまったく異なっているのでそこを言っているのではなくて、アレンジがですね、似ているよねえ、ジアードと(シナトラ作品で聴ける)ネルスン・リドルとで。

アルバム二曲目「Shu B-Khaf」は、お馴染みルイス・ボンファの「カーニヴァルの朝」(『黒いオルフェ』)だ。しかし、このフェイルーズ・ヴァージョンの「カーニヴァルの朝」の暗さはどうだろう?もちろんもとからシンミリした曲なんだけど、主役女性歌手のヴォーカルも、伴奏の弦楽や、パラパラ入るトランペットなど管楽器の音も、お祭り騒ぎのあと一夜明けての…、というにしてはシンミリしすぎている。暗く落ち込んでいる。

アルバムにあるもう一個の超有名スタンダード「枯葉」。「Bizakker Bil Kharif (Les Feuilles Mortes)」として、7トラック目と10トラック目に置かれている。7トラック目でのフェイルーズは、シャンソン歌手のようにヴァース部分からぜんぶ歌っているが、これも秋になって葉が落ちて、(人間的恋愛だけでなく)愛するものを失った想い、人生の秋情を強く持つというようなもの。フランス語原詞ヴァース部分の歌詞にはそれだけじゃない深みがあるのだが、アラビア語の歌詞がどうなっているのかわからないから、これ以上は言えない。

アメリカ人歌手が歌った「枯葉」のなかでは、ナット・キング・コールのヴァージョンのほうが有名だけど、たしかフランク・シナトラも歌っていたよねえ。しかしながら英語詞ではヴァース部分がばっさりぜんぶカットされ、リフレイン部分でも、たんなるいち恋愛のこととしてしか “枯葉” を扱っていないのは、ちょっと残念だ。

だからフェイルーズ・ヴァージョンをプロデュースしたジアードも、サウンドというか伴奏のオーケストラ・アレンジはジャジーな雰囲気を強く出しながら自らピアノも弾いているが、歌詞を含め全体的な方向性はフランスのシャンソン歌手のやるものを参考にしたんじゃないかと思う。ウッド・ベースが刻む4/4拍子や、またドラミングや、間奏でのサックスとトロンボーンのソロは、やっぱりかなりジャジーだけど、フェイルーズのヴォーカルは、たんなる人間的な失愛、秋情を歌っているだけじゃないと思う(って、アラビア語がわからないのだが)。

上のほうでも書いたが、アルバム『Wala Kif』全体に強く漂っている停滞感というか、落ち込みかた、まるで黄昏どき、終末期に気持ちが暗くよどんでいるようなフィーリング、人生の秋、枯葉、哀感 〜〜 そういった色調を、僕はこのアルバム全体を通しかなり強く感じる。2002年リリースの作品だから、歌手本人も息子プロデューサーも、そういう方向へ傾いたってことだったのだろうか?

2018/02/16

マイルズとコロンビアの謎契約

ジョン・コルトレインやレッド・ガーランドらを擁したマイルズ・デイヴィスのオリジナル・クインテット。この五人のレギュラー・バンドでやったアルバムというと、プレスティジには何枚もあるけれど、コロンビアにはたったの一枚しかない。1957年発売の『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』だけ。

しかし肝心なことは、このマイルズのファースト・クインテットは、そもそもコロンビアに録音するために結成されたバンドだったんだよ。プレスティジ向けのものじゃなかったんだよね。結成日時の正確なことはわかるわけもないが、各種情報を突き合わせると1955年の秋ごろだったんだろう。少なくとも10月18日のライヴ出演の記録が残っている。これが記録上の最初だ。

後述するが、コロンビアは1955年のマイルズとの秘密契約にあたり、レギュラー・バンドを持つようにとアドヴァイス。マイルズはそれにしたがってクインテットを結成しようとした。それであのリズム・セクションの三人にくわえ、サックスは、最初、ソニー・ロリンズに声をかけたが断られ、それでジョン・コルトレインになったわけなんだよね。

したがってその後このマイルズ・クインテットは、まず最初、コロンビアに録音したんだよね。それが1955年10月26日の5曲9テイク。そのうち、いまだにリリースされていない「ビリー・ボーイ」は、1958年の再演(『マイルストーンズ』収録)から察するに、やはり同様にレッド・ガーランドをフィーチャーするトリオ録音だったかもしれない。これ以外なら、いまではすべてが公式リリースされている。

その次がプレスティジ録音になって、同1955年11月16日の六曲。アルバム『マイルズ』となって、レーベルに関係なくリアルタイムで発売されたマイルズ・クインテットの初商品となった。その後、マイルズ・クインテットはプレスティジ、コロンビアの双方に同時進行的に録音を継続。この事実は、あんがい指摘する人が少ないので、いま一度再確認しておきたい。1957年のコロンビア公式移籍前から、マイルズはどんどんこのメジャー・レーベルに録音していたんだよね。

プレスティジには内緒だったんだとマイルズ自身も語ってはいるが、どうだかね。弱小インディペンデント会社のプレスティジとしても、まったく気付きすらもしていなかったとは考えにくいんだけどね。会社の規模がぜんぜん違うんだから、当然マイルズと録音メンバーに支払う報酬の額だってケタ違い。抵抗するだけムダだと諦めていただけなんじゃないかなあ、プレスティジは。

だから契約は契約としてマイルズに履行してもらって録音を得て、その間(秘密裡に?)コロンビアに録音していても、まるで伴侶の不倫を知りながら見て見ぬふりをして日常を送るカップルのごとく、プレスティジはジッと黙っていただけなんじゃないかな。契約(婚姻)関係が終わったら、その後のマイルズのことはコロンビアに任せ、その大資本でどんどん宣伝されて上昇する知名度を利用させてもらって、録りだめた曲群をアルバム化してリリースすれば売れる、こっちもそれでオーケーだってことだったんじゃないかな。

そんなわけで、上で触れたマイルズ初のコロンビア盤レコード『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』の中身全六曲は、マイルズがプレスティジと契約していた時期に録音された。いちばん有名なアルバム・タイトル・ナンバーは、1956年9月10日録音。同年10月にマイルズはいけしゃーしゃーと同じ曲をまったく同一アレンジでプレスティジに録音。さすがのプレスティジもそれは1959年までリリースしなかった(『アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』)。

そりゃそうだろう、コロンビアにマイルズ・クインテットが録音し、1957年にアルバム『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』の一曲目となって発売されたそのヴァージョンは当時から評価が高く、特に出だしからハーマン・ミュートを付けて吹くマイルズのデリケイトな表現が話題になって、この人のイメージを決定づけて、マイルズ・デイヴィスとはどんなジャズ・トランペッターなのかというのを象徴する代名詞となったものだから。

プレスティジにだって同様の繊細でフェミニンなハーマン・ミュート表現(ことにバラード)で立派なものをたくさん残しているマイルズだけど、コロンビアの「ラウンド・ミッドナイト」こそが代名詞になったのはあたりまえだ。もちろん資本力が違うから世間への普及度が違うという面もあるんだけど、それ以上に、プレスティジにマイルズが録音したそれらは、コロンビア移籍後に発売されたわけだから。

そんなわけでマイルズといえばハーマン・ミュートできわめて繊細なプレイを聴かせるトランペッターというステレオタイプ・イメージは、コロンビア盤『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』の一曲目でこそ決定づけられたものにほかならない。そのヴァージョンの音楽性について、いまさら僕が重ねる言葉はほぼないだろう。

問題は、その〜、その「ラウンド・ミッドナイト」は、1955年7月17日のニュー・ポート・ジャズ・フェスティヴァルでマイルズが吹いたこの曲の演奏を現場で聴いたコロンビアのジョージ・アヴァキャンがそれに感銘を受けて(?)専属契約をマイルズにオファーしたと世間で言われているこの話の、どこまでが本当で、どこまでが、良く言えば伝説、悪く言えばウソ話なのかということだ。

上で Spotify のリンクを貼ったので、1955年7月17日、ニュー・ポートでのマイルズによる「ラウンド・ミッドナイト」をまだご存知ないかたはお聴きいただきたい。このアルバムには、当日三曲やったなかからそれ一曲しか収録されていないし、また同じライヴの「ラウンド・ミッドナイト」は、いろんなほかのアルバムにも収録はされているのだが、スタジオ・ヴァージョンと比較するなら、この『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』のレガシー・エディション(2005)がいちばん容易だと判断した。

1955年7月17日、ニュー・ポートでのマイルズは、まずハーマン・ミュートをぜんぜん使っていない。伴奏のピアノは作曲者セロニアス・モンク自身で、ベースがパーシー・ヒース、ドラムスがコニー・ケイ。この日の三曲のうち、ほかの二曲ではズート・シムズのテナー・サックス、ジェリー・マリガンのバリトン・サックスも入るけれど、「ラウンド・ミッドナイト」はワン・ホーン・カルテットで演奏している。

しかもなんだかダラダラと締まりのない演奏ぶりで、スタジオ録音ヴァージョンに強く漂っている緊張感が、ない。こんな程度の演奏をコロンビアのジョージ・アヴァキャンが聴いて、それで専属契約を申し出るとは到底思えないから、やはりかの伝説は、やはりかなりな程度まで作り話だったに違いない。そう踏んで間違いないと僕は思う。

そして話を作ったのがコロンビアのジョージ・アヴァキャンだったというのは言うまでもないことだ。どうしてそんな話を作って伝説化したのか?も、わりと理解がたやすいように思う。マイルズ初のコロンビア盤レコードの一曲目に「ラウンド・ミッドナイト」を置き、アルバム題も『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』にして、それで行くと決めたわけだから、売り出し文句にくっつく経緯というか、まあ伝説みたいなものが必要だったのかもしれないよね。マイルズの同社でのファースト・アルバムだったんだから。

ジョージ・アヴァキャンが考えたマイルズ売り出し文句(キャッチ・コピー)が「卵の殻の上を歩く男」というもので、まさにあの「ラウンド・ミッドナイト」におけるマイルズのハーマン・ミューティッド・ソロをうまく形容している。つまり、アヴァキャン(コロンビア)としては、「ラウンド・ミッドナイト」をこそアピールしたかった。

だから、さしづめコロンビアはこう言いたかったんだろう 〜〜

我が社がこのニュー・スターを見初めたのは1955年のニュー・ポート・ジャズ・フェスにおいてでございます。そのときマイルズはモンクの「ラウンド・ミッドナイト」をこんなふうにハーマン・ミュートを付けて吹きまして(そう、そう喧伝されていて、いまだにそれがこびりついているのだが、ぜんぜんミューティッドじゃない!)、こんなような繊細なバラード演奏を聴かせたのでございます。我が社発売のマイルズのレコード『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』の一曲目がまさにそんな演奏なのであります。

〜〜 というような感じで宣伝したんじゃないかなあ。実際には1955年7月17日に三曲やったニュー・ポートでのマイルズはどの曲でもハーマン・ミュートは使っていないし、そうでなくたってまったく違った様子のだらしない演奏なもんだから、 VOA(ヴォイス・オヴ・アメリカ)が録音した当日のテープを、コロンビアはなっかなか発売しなかったんだぞ。

ブートレグでなら聴けたんだけど、それも CD 時代になってからだ。コロンビアが公式に1955年7月17日のマイルズ「ラウンド・ミッドナイト」を発売したのは、なんと2004年のことだったんだよね。一度リリースして話がウソだったと白日のもとにさらされて伝説が崩壊したら、あとは堤防が決壊したかのごとくコロンビア(レガシー)は何種類ものアルバムに収録し発売している。

マイルズは1991年に亡くなったけれど、しかしそれでもコロンビアがそれを公式発売できたのは2004年だったんだよね。1955年のニュー・ポートでの「ラウンド・ミッドナイト」といえば、マイルズとコロンビアのそもそもの馴れ初めだから、時間が必要だったんだろうね。しかもさらに、この<馴れ初め>だったというのも、たぶんウソ。

だってさ、聴いたでしょ、あのだらしない「ラウンド・ミッドナイト」を。あれを聴いてコロンビアみたいなメジャー・レーベルが専属契約しようと判断できるとは思えないんだけどね。いったいコロンビアのジョージ・アヴァキャンはマイルズのどこに可能性を感じたのだろう?チャーリー・パーカーのバンド・レギュラーだったあたり?1948年の例の九重奏団によるロイヤル・ルースト出演とその後のSP盤?

この点にかんしては僕はいまだによくわからない。1955年以前のプレスティジ盤レコードにもチャーミングな演奏をするマイルズが複数あるから、そのあたりからジョージ・アヴァキャンは、こいつは将来大きく羽ばたくぞ = コロンビアにお金をもたらすぞと判断したのかなあ?あるいは55年7月17日のニュー・ポートでのあんな「ラウンド・ミッドナイト」にも、プロの目利きは才能を感じるものなんだろうか?

2018/02/15

僕のプリンス歴

Prince

以前ちょろっと予告したが、今日は個人的プリンス履歴を書いておきたい。なんだかそんな気分なんだ。ここのところ、プリンスをどんどん聴きなおしどんどん書いているでしょ。そうするとつぎつぎ思い出すことがあって、懐かしく感じたり悔しかったりおもしろかったりで、一度整理してまとめておこうと思ったんだよね。黄昏どきが近づいているからといって、懐古モードに入っているんじゃない。

僕が生まれてはじめて聴いたプリンスは、1984年のメガ・ヒット作『パープル・レイン』のアナログ・レコード。リアルタイムで発売されてまもなく買って聴いた…、というと不正確で、買ってきたのは弟だ。前からなんども言及しているが、僕は長男で、弟が二人いて、そのうち下の弟が大のロック好き。アマチュア・ギタリストでもあって、彼の高校〜大学時代にバンドを組んでやっていた。

この下の弟とはいろんな思い出があって、自宅の部屋で二人でギター弾きながら僕が歌って、日本語のではなく英語ロックの曲をやってよく遊んだ。いちばんたくさんやったのがレッド・ツェッペリンだけど、たんに僕がツェッペリン好きで、弟と遊ぶようになる前に僕も高校のスクール・バンドでコピーして歌っていたからというのもある。がしかしそれとは関係なく、弟は弟でツェッペリン好きだったのだ。

弟がギター・ロックに夢中になったころには、僕はすでにジャズ狂へとシフトしていたのだが、もちろん好きなロックは聴いていた。でもジャズ以外のレコードをあまり買わなくなっていたので、この下の弟がどんどん買ってくるようになったロック(ギターものばかり)のレコードを僕はよく借りて聴いていた。借りなくても同じ部屋で並んで座りいっしょに聴いたりなどもした。

この五歳下の弟が『パープル・レイン』のレコードを買ってくるまで、ひょっとしたら僕はプリンスを知らなかったかもな。そのちょっと前あたりから MTV なんかに露出があったはずだと思うんだけど、う〜ん、後年になって観なおしたけれど、リアルタイムでの自覚がないんだよね。マイケル・ジャクスンやマドンナの MV ははっきり憶えているのにヘンだなあ。でも憶えていないというのが事実だ。

弟の買ってきたレコード『パープル・レイン』を、なんの気なしにちょっとひとりで聴いてみた僕。そのときは B 面ラストのアルバム・タイトル曲が本当にいいなあと感じたものの、それ以外の曲はさほど印象に残らなかった。いまでは A 面の「テイク・ミー・ウィズ・U」「コンピューター・ブルー」こそが大好きな僕だけどね。たしかその日本盤レコードは、いまは亡き今野雄二さんが解説文を書いていらしたような、まことにおぼろげな頼りにならない記憶がある(間違っているかも)。

『パープル・レイン』。当時はタイトル曲のほかはあまりハマらず、だからそれ以前のアルバムをディグしようという気にもならなかったので、プリンスのことはそのまま放ったらかし。弟が次の『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』を買ってきたかどうかは憶えていない。なぜかって、その1985年には僕はすでに東京にいたから。

しっかし不思議なことに、その次の1986年『パレード』は弟の買ってきたアナログ・レコードで聴いたというのが間違いない記憶なんだよね。そんでもって、プリンスという人は映画もやっているんだ、『パレード』も、そしてそもそも『パープル・レイン』だって、本人主演の映画のサウンドトラック盤だというのを、『パレード』のときに僕ははじめて知ったのだ。

だからそれで、映画『パープル・レイン』『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』をちょっと観たんだけど…、まあ省略するしかない。でもアナログ・レコードで聴く音楽作品『パレード』が僕にとっては素晴らしかった。素直に告白すると、スライ&ザ・ファミリー・ストーンを僕が聴いたのは、プリンスの『パレード』を聴いたあとだったんだ。

1985年だと、僕は東京都立大学の大学院修士課程二年目だけど、あのころはお金もなかったし、住んでいた寮の施設や居心地もイマイチだったので、夏や冬や春のまとまったお休み期間中には、松山の実家によく帰省していた。だからレコード『パレード』を弟のレコードで聴いたというのも、帰省期間中のことだったかもしれない。あるいは、時効だから書くが、弟のレコードを何枚か無断で東京へと運んでいた。借りパクというか、いや、借りもせずにそのまま黙って、つまり盗んで、東京行きの段ボールに入れていた。

どうでもいい話で音楽とは関係ないのだが、思い出したのでついでに書く。よく帰省していた僕がちっとも帰らなくなったのは、博士課程一年のときに出会った女性との結婚を親に猛反対され、それもただたんに東京の女性だからというなんの根拠もない理不尽な理由によって、どんな女性だか会ってもいなければ知りもしないのに、両親とも激昂して反対するので、じゃあ僕はもう帰らない、東京で自分の好きなことをして好きな女性といっしょになると決心したんだった。結果、僕は東京で職を得て、その女性と結婚した。

プリンスにはなんの関係もない話だった。帰省時に(か、あるいはパクっての東京で)弟のレコードで聴いた1986年の『パレード』が本当によかったので、その次の二枚組『サイン・オ・ザ・タイムズ』は自分で買った。しかしこれも僕はまだアナログ・レコードだ。この二枚組で完全にプリンスにやられてしまった。もう、惚れちゃったね。だから僕にとってのプリンスは『サイン・オ・ザ・タイムズ』みたいな音楽の人なんだ。

1988年の『ラヴセクシー』まではアナログ・レコードを買った僕。このナルシズム全開のジャケット・デザインのレコードは、まだ宇田川町にあった時期のタワー・レコード渋谷店で買ったという間違いない記憶がある。それを見つけた棚やレジの様子まで憶えているんだけど、実を言うと、この『ラヴセクシー』が当時の僕にはイマイチだった。

いまでは最高に好きな『ラヴセクシー』だけど、どうして当時おもしろくないと感じたんだろうなあ?いま聴きかえすと、自分で自分の気持ちを思い出すことすらできない。ジャケット・デザインのせいではないと思う。僕だって似たようなナルシストなんだから。あるいは同族嫌悪?いやあ、違うと思うなあ。レコードでも片面ずつひとつながりのワン・トラックになっていたからじゃないかと思う。

CD だとぜんぶがまるごとワン・トラックの『ラヴセクシー』。僕は自分のためにオーディオ・エディター Audacity を使って勝手にトラックを切ってあるのを持っているので不自由しないが、ぜんぶがワン・トラックだなんて、嫌われるだけじゃないの?プリンス?たぶん、音楽家としては、つまみ食い、飛ばし聴きされたくないってことだろうけれどさ。

このあたり、プリンスの考えかたって、僕から見たらちょっとおかしいなと感じる部分もある。たんに音楽ビジネスとして、おかしい。死んでしばらく経ってようやく最近公式に可能となったけれど、ついこないだまで、CD で聴ける音源がインターネットに存在しなかった。つまみ食いされたくないからワン・トラックだというんだって、それじゃあそもそもつまんですらもらえないと思う。CD が売れなかったら困るのでネットで聴けるようにしないって、それじゃあそもそも購買意欲すらわかない。逆効果だ。

そんなこともあるし、いや完璧にそのせいで聴きにくかっただけの『ラヴセクシー』でイヤなやつだとプリンスのことを感じるようになって、その後は商品を買わなくなった(ほら〜、逆効果じゃんね)。僕は1992年の『ラヴ・シンボル・アルバム』まではずっと買わずにシカトを決め込んでいた。

1993年のベスト盤を除くと、久々に買ったのが1994年の『カム』。ここからは CD で買うようになっている。これは渋谷東急プラザ内の新星堂で見て、モノクロのジャケット・デザインが気に入ったからレジに持っていっただけなんだけど、帰って聴いたら中身も僕好みのジャズ・ファンク(あのころ、アシッド・ジャズだとか、呼ばれていたよね)で、これは気に入った。昨日書いた。

けれどもあのころから僕がプリンスを買うのは飛ばし飛ばしになってしまっていたのは、どうしてだったんだろう?記憶では『カム』の次に1996年の CD 三枚組『イマンシペイション』を買い、たいへん気に入ったにもかかわらず次の『クリスタル・ボール』は買わず。次に買ったのが2001年の『ザ・レインボウ・チルドレン』と2002年のライヴ・アルバム『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』三枚組。

その後、2006年の『3121』を発売と同時に買った。以上ここまでが、弟のレコードで『パープル・レイン』を聴いて以後、プリンスのオリジナル・アルバムをリアルタイムで(買って)聴いた <ぜんぶ> なんだ。記憶ではね。でも2016年4月21日に亡くなったときに CD ラックを確認すると、どうしてだか2003年の『N.E.W.S.』、2004年の『ミュージコロジー』、2007年の『プラネット・アース』があった。これもなぜだかわからない。

でもホント、ここまで書いたもの以外は、ぜんぶプリンスが亡くなった2016年4月21日以後に買って聴いたんだ。ワァ〜、ごめんなさい、こんな僕を許してください。ここまで書いたものはアナログ時代の作品の CD リイシューも、出たらすぐに買ったんだけど、それら以外は買ってからまだ二年も経っていない。

実はトータル作品数はさほど多くもないプリンスだから、これでもなんとか間に合った。フィジカルだと中古価格が高騰しているものもあって、最たるものが『クリスタル・ボール』と『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』。後者は発売時に正規価格で買った僕だけど、前者はちょっとしんどかった。高額だからビビって相談して、最初、あるプリンス・マニアの女性からファイルだけをコピーしてもらってネット経由でいただいていましたが、中身が素晴らしかったので自分の財布で買いましたから〜。

それら廃盤商品も含め、プリンスみたいな音楽家の作品は、すべていつでも、正規価格で買えるようにしておいてほしんだけどね。あれだけフィジカルにこだわった音楽家なのに、アウト・オヴ・プリント状態のままっていうのは、やっぱりちょっとマズイんじゃないの〜?

もう一つ。1990年代半ば以後あたりからの作品はそのままでいいと思うんだけど、それ以前の過去の作品はリマスターして出しなおしてほしいんだ。昨2017年に『パープル・レイン』の拡大版が出たでしょ。あれにあるオリジナル・アルバム分もリマスタリングされて音が刷新されていて、前後の作品と続けて聴くと、前後があまりにもショボく聴こえてしかたがないんだよね。音量も小さい。

以上二点、プリンスのアルバムは廃盤にするな、古いものは音をリマスターしてくれっていうのをよろしくお願いします。

2018/02/14

ジャズ・ファンクなプリンスのグラウンド・ビート

Spotify で見ると18禁みたいな歌には EXPLICIT の表示が出るからわかりやすいなあって、以前言ったような言っていないような、どっちだっけ?しかしプリンスのアルバム『カム』は、一曲目の「カム」と四曲目の「ルース!」だけが EXPLICIT 表示で、ほかのものにそれがないっていうのはちょっとヘンだよねえ。アルバムのほぼ全編、露骨にわいせつなのになあ。

しかしそんな18禁音楽みたいなプリンスの『カム』について、どこがそうなのか、これが EXPLICIT でこれがどうして EXPLICIT じゃないのかなんて解説することはできない。エロさは聴けばだいたいみなさんおわかりのはず。英語の聴解云々でそれがわかりにくいとおっしゃる人なんかも本当はいないはずだ。

この『カム』がリリースされた1994年ごろは、プリンスとワーナーがちょうどもめている真っ最中で、それでこんなまるで墓碑みたいなアルバム・ジャケットになったのかなあって思うんだけど、しかし僕たち一般の素人リスナーには、音楽家とレコード会社のいざこざなんざ、なんの関係もない。ただ発売にこぎつけられたものを聴いて、おもしろいかおもしろくないかを判断するだけで、そこに音楽家としての、あるいは会社側の、事情とか倫理みたいなものを持ち込まれてもよくわからないんだよね、僕はね。

プリンスのアルバム『カム』におけるエロさ抜きの純音楽的なおもしろさ(ってなんだろう?)は、僕にとっては一曲目「カム」、二曲目「スペイス」、九曲目「レットイットゴー」、この三つに尽きる。簡単に言えばジャズ・ファンクっぽくて、しかもまるで UK 発のグラウンド・ビートみたいじゃないか。だから僕は1994年にこれを買って(於渋谷東急プラザ内新星堂)最初に聴いたときから、そんな理由で好きだった。

プリンスを中心にお聴きになっているみなさんに <グラウンド・ビート> っていうタームがどれだけ通じるのか推測しにくいんだけど、1980年代末ごろから英国にソウル II ソウルっていうユニットがあって…、って以前からなんどか書いている僕のかつての大好物なので、ひょっしてご存知ないかたは、以下をご一読いただきたい。
この記事で紹介してあるソウル II ソウルの音楽を聴いて、その直後にプリンス『カム』の二曲目「スペイス」を聴いていただきたい。僕の言いたいことはおわかりいただけると思う。とてもとてもよく似ている。発表年は、もちろんソウル II ソウルのほうが先だ。プリンスのアルバム『カム』収録曲の録音年月が、例によって正確には判明しないのだけど、やっぱり影響はあったんじゃないかなあ。

一曲目「カム」もちょっとグラウンド・ビートっぽいよね。しかしソウル II ソウルにはなくプリンスにはっきりしているのは、ホーン・セクションの使いかただ。プリンスの曲「カム」は、だけじゃなくアルバム『カム』全編をとおしそうなんだけど、ホーン・アンサンブル・リフの使いかたがジャジー。しかも JBズみたいなファンキーさ。ねっ、似てるでしょ。

曲「カム」もそうだし、ほかのトラックもそうだけど、コード感がなく、ほぼワン・コードでチェンジせず、ひたすらワン・グルーヴで綴られて、しかもむやみに盛り上がったりせずワンネスの継続、あせらずジワジワゆっくりとした持続こそがファンクの極意だと言わんばかりじゃないか。いや、音楽の話です。

いっさい激しさのない継続性が、プリンス『カム』の最大の特徴なのだ。それでグラウンド・ビートを(おそらくはソウル II ソウルを聴いて拝借して)用い、ホーン・セクションを見事に使ってジャズ・ファンク仕立てにしてあるんだと思うんだけどね。

あとはやっぱり九曲目の「レットイットゴー」。この曲のベース・ラインはスライ&ザ・ファミリー・ストーンの「サンキュー・フォー・トーキン・トゥ・ミー、アフリカ」(『暴動』)に似ているが、しかしフルートなどの木管もうまく使ったプリンスのほうには、スライのそれとはまた違ったクールさがあって、ジャジーで最高だ。しかもキャッチーで耳をひきやすい。

いいね、これら三曲、「カム」「スペイス」「レットイットゴー」。ジャジーなホーン・セクションとグラウンド・ビートふうなビートの効いたファンクネス。ファンク・ミュージックとして聴く際のプリンスの諸作中では、僕はあんがいいちばん好きかもしれないなあ。『ザ・ブラック・アルバム』がいちばん好きだというときの気分とはまたちょっと違うものがあるんだ。

2018/02/13

楽しくポップでサイケなプリンス

プリンスの『パープル・レイン』前後をクルクルまわるシリーズ第二回。今日は次作の1985年『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』をとりあげて、チャチャッと。昨日だって短くすると言いながら、なんだかんだで長くなっちゃったもんね。よりみちに入る(それこそが僕的には楽しいんだけど)からそうなってしまうんだ。今日こそ手短に for you again。

アルバム『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』は、もちろんジュール・ヴェルヌのあの有名小説から、あるいはそれを映画化したものからタイトルをもらっているはずだ。アルバム・ジャケットもカラフルでサイケデリックで楽しそう(?)。でも中身の音楽は必ずしもそうじゃない面だってある。

ところで『八十日間世界一周』ならともかく、たった一日で世界をまわるというんだから、いまはインターネットがあるから簡単にウェブ旅行ができるけれど、1985年だからまだネットは普及していない。したがってつまり妄想の脳内旅行、心的旅行とならざるをえず、ってことはやっぱりサイケデリック・ミュージックだってことになるよなあ。

実際、アルバム・オープナーの曲「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」は、以前ちょっとだけ触れたように中近東ふうだ。ウード(弦楽器)もダルブッカ(打楽器)も聴こえる。プリンスの世界旅行とは中近東旅行の意味だったのだろうか?しかもこの曲、プリンスお得意のベース・レス。ドラム・セットもない。ベース・ドラムみたいな打楽器音がずっと鳴っているが、これはなんの音だろう?ビート感もポップじゃないしロック然ともしておらず、なんだかよくわからない雑種音楽だ。

歌詞の出だしが「オープン・ユア・ハート、オープン・ユア・マインド」ではじまり、その後も似たようなラインが続くから、だからやっぱりサイケデリックな精神解放旅行の意だよなあ。20年くらい遅れてのドラッグ&ヒッピー・カルチャーみたいな感じか。それを1985年にやったから摩訶不思議な感じに聴こえるが、時代が時代なら、中近東ふうであることもその他サウンドやリズム面も含め、そんなに違和感は強くないだろう。

しかし二曲目以後にはそんな不思議で無国籍でサイケデリックな要素は少ない。むしろわかりやすくとっつきやすくポップ。なかでも2「ペイズリー・パーク」、4「ラズベリー・ベレー」、7「ポップ・ライフ」の三曲は、プリンスというこの異形の天才の全音楽生涯で最も聴きやすくわかりやすくピースフルで、とりわけポップ。歌詞もメロディもリズムも、つまりサウンド全体がそうだ。

以前、曲「ラズベリー・ベレー」が僕は大好きだと書いた。その際、「リトル・レッド・コーヴェット」「テイク・ミー・ウィズ・U」と三つ並べたんだけど、うしろの二曲が夜の行為を暗示した成人指定な内容だったのに比べて(それでもやっぱりそれらにだっていやらしさはなく、ポップでキャッチーだけどね)、「ラズベリー・ベレー」は心底明るくキュートだ。

「ポップ・ライフ」も楽しいサウンドだけど、しかしどこか切ない刹那的なはかなさ、それがゆえの美しさがあって、少し泣いちゃうな。ちょっと聴いた感じではそんなところなんて全然ないのになあ。どうしてだろう?たぶん、ポップ・ライフだとか人生がどうしたこうしたとかいう言いかたがイカンのだ。無性にはかない。泣きたい気分。こんなポップ・ソングでさ。音楽っておそろしい。

それらとは真反対のどエロティック・ファンクである五曲目「タンバリン」。これもプリンス一人の多重録音トラックらしいが、エレベとドラムスがぶりぶりの剛球ファンクで、コード感無視で突っ走るビートがカッコイイよね。キリキリ演奏しキリキリ歌い身悶えるプリンス。これこそいつものお馴染みプリンスだ。「ポップ・ライフ」なんかアカンちゅ〜ねん。

八曲目「ザ・ラダー」は、これも父ネルスンが共作者としてクレジットされているが、どう関わっているのだろう?それがなんにせよ、これは救済を求めるゴスペル・ソングだ。曲題と歌詞の「だれもがはしごを求めている」だけでわかるはずだ。しかし言葉の意味はともかく、このサウンドやリズム・フィールやコーラス隊のヴォイスや、むやみにスピリチュアルなサックスのサウンドも含む盛り上がりかたが、いかにもアメリカの黒人キリスト教会ふうじゃないか。

続くアルバム・ラストの十曲目「テンプテイション」は性的誘惑の歌で、出だしのファズの効いたエレキ・ギターのサウンドからしてモロにそれふう。リズム・フィールもコード・ワークも旋律の感じもプリンスの歌いかたも、それらはすべてブルーズだ。12小節3コードの定型ではないけれど、どブルーズだよね、この曲。やっぱりあっち関係の歌は、アメリカのブラック・ミュージックだとブルーズになっちゃうのかなあ。

プリンスみたいな音楽家だと『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』でも、「タンバリン」とか「テンプテイション」みたいな路線がいちばん楽しいと僕は思うんだけど、いっぽうで「ラズベリー・ベレー」や「ポップ・ライフ」みたいな、ちょっと気恥ずかしくもなるほどのキュートなポップ・ソングもあるのがいいよねえ。それでいて救済を求める「ザ・ラダー」に共感したりもして、気持ちがいそがしいアルバムだ。あっ、だから世界旅行なのか?

2018/02/12

屹立する孤高の誇りと自由 〜 プリンス『1999』

そのうち僕のプリンス遍歴を書こうと思っているので、詳しいことはそちらにするけれど、とにかく僕の初プリンスは1984年のアナログ・レコード『パープル・レイン』だった。しかしこの音楽家に本当に惚れたのは87年の二枚組レコード『サイン・オ・ザ・タイムズ』を聴いたときで、その後はどんどん追いかけるようになって、しかしまた中断もあったりして…、亡くなってからはもう…、って、このへんは別途書きますから。

とにかく今日言いたいことは、『パープル・レイン』以前のプリンスを僕はなかなか買わなかった。それらをはじめて聴いたのは1993年のベスト盤『ザ・ヒッツ/B サイズ』に収録されているものを耳にしたときだ。だからほんの少しのヒット曲だけ。しかし、僕はそれでも初期プリンスの CD をなかなか…、って、ホント別の機会に。

だからここにきわめて正直に告白いたしますが、『パープル・レイン』以前のプリンスの計五作を自分の財布で買ったのは、この人の2016年4月21日の没後がはじめてでした。ワァ〜、こんなやつでごめんなさい。でもってちゃんと聴いてみたらかなりいいもんねえ。昨日は1978年のデビュー作『フォー・ユー』のことを書いたけれど、同様に、今日も短めにまとめたい。

大成功作『パープル・レイン』のことについては、もはや僕なんかがなにか書きくわえることなんてぜんぜんないから、その前後をクルクルまわってみようと思っていて、だから今日は一個まえの1982年『1999』について。一個あとの85年『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』のことを明日書けたら書いてみる。

『1999』。全長71分間の CD 一枚だから、当然オリジナルのアナログ盤では二枚組だったはずだ。だが、書いたように、僕は初期プリンスを CD でしか聴いていないので、アナログ・レコードでの何面目の何曲目とかは、調べりゃわかることだけど実感ゼロだから、書いてもウソみたいなもんだ。よしておく。

1982年リリースだからなのか、そうでもないのか、う〜ん、でも『1999』を聴くと、こりゃ間違いなくプリンス本人も意識してテクノ/ニュー・ウェイヴ的なサウンド創りをしているよなあ。このアルバムから、プリンス率いる初のレギュラー・バンド、ザ・リヴォルーションが登場。名義上は1986年の『パレード』までこのバンドが続くことになる。

がしかしもちろんみなさんご存知のとおり、生涯でどんなレギュラー・バンドを率いていた時期でも、ライヴ・コンサートはそれでやるものの、スタジオ録音作品はプリンスひとりだけでの密室多重録音で完成させたか、ほんのちょっとだけほかの人が音を足したとか、そういうのがけっこうあるよね。ライヴの際はそれをバンドで再現できるよう、かなり厳しい訓練を課したらしい。

『1999』だと、表ジャケットにいちおう “and the Revolution” という文字が、それもかな〜り読みとりづらく記されているのだが、アルバムの曲の実際の演唱に参加しているのはごく一部で、全体的にはプリンス一人で仕上げたトラックが多い。クレジットを見ると、ヴォーカルでリサとか JJ(ジル・ジョーンズ)とか、ギター・ソロでデズとかがちょっと参加している程度。あとはウェンディとヴァニティが一曲とか、その程度みたいだなあ、大ザッパに言って。

しかしそれでも『1999』以前の作品群に比すると、グッとバンドっぽいサウンドになっているとは言える。基本、一人多重録音で制作しても、バンドっぽい展開やノリを重視する方向にこのころからのプリンスは向かって、しばらくのあいだ歩んだ。もう一つ、このアルバムがリリースされた1982年というと、ちょうどマイケル・ジャクスンやマドンナなんかが MTV で大ヒットしていた時期で、プリンスもたしか出演していたのを僕もチラ見したようなしなかったような、とてもアヤフヤな記憶がある。

どっちなんだかわからない僕の記憶はともかく、プリンスも MTV に出演したのは間違いないはずだ。あの1980年代にはみんな出ていたんだから。あのころから音楽の売りかたが大きく変化した。だからプリンスとしてもちょっとイメチェンして、(見せかけだけでも)バンドでやってるぜ〜みたいな(MTV 中心の)プロモートをしなくちゃなというのがあったかもしれない。あるいはワーナーがそう圧力をかけたかも。

たとえばアルバム『1999』のなかで僕がいちばん好きな2曲目の「リトル・レッド・コーヴェット」。コルヴェットはアメリカ産自動車の名前で、一般に馬とか車とかは女性の隠喩で、だから要するにつまりそれにかんする歌は性行為のことなんだけど、しかしちょっと聴く感じ、いかにもプリンスのセックス・ソングだといういやらしい粘着性はない。ポップでキャッチーで親しみやすいファンク・チューンだよね。

そして「リトル・レッド・コーヴェット」の曲創りや展開が、いかにもバンドでやってます的なものだと聴こえるんだよね。サイド・ヴォーカルにリサとデズがいて、あのキャッチーな「♪り〜る、れっ、こ〜ゔぇっ♫」のフックをプリンスと合唱し、ギター・ソロをデズが弾くっていう、オ〜〜、バンドっぽい!

アルバム1曲目「1999」は、出だしでヴォコーダーでも使ってあるのか、あるいはテープ回転速度を落として実現しているのか、低音男声で「心配するな…」としゃべりはじめるイントロ部に次いでビートが効きはじめるっていう、これも P ファンク(っていうバンドというか集団があります)っぽいやりかただ。しかもプリンスはなかなか歌わず、まず女声(リサ?)が出て、その後三人の合唱含めマイク・リレーみたいになっているあたりはスライ&ザ・ファミリー・ストーンにも似ている。つまり、どっちもまさしくバンドでやってます的な。

しかもその曲「1999」がニュー・ウェイヴ的なダンス・チューンだよね。エレキ・ギターのくちゅくちゅっていうカッティングはやっぱりプリンス本人だろうけれど、ちょっとしたサイケデリック風味もある。4曲目「レッツ・プリテンド・ウィア・マリード」なんかだって、いかにも1980年代のニュー・ウェイヴふうなサウンドじゃないか。

その後も6曲目「オートマティック」、7「サムシング・イン・ザ・ウォーター」、10「オール・ザ・クリティックス・ラヴ・U ・イン・ニュー・ヨーク」(”U” が初登場)なんかはエレクトロニックなニュー・ウェイヴ・ポップといった趣全開だ。「オートマティック」のビートがモータウン・サウンドふうだとかいうのはちょっとおいておこう。

5曲目「D.M.S.R.」や9「レイディ・キャブ・ドライヴァー」などは、セクシーで肉感的なファンク・ミュージックで、この当時らしくペラペラなシンセサイザー音を中心に組み立てたチープなサウンドだけど、肉感ファンクはこのあとしばらく経ってプリンス・ミュージックで最も美味しい要素になっていくので、その走りみたいなもんかなあ。

アルバムにある二曲のバラード、8「フリー」と11「インターナショナル・ラヴァー」。後者のほうは、前作『コントロヴァーシー』にあった「ドゥー・ミー、ベイビー」系の官能ソングで、曲全体をファルセットで実にネチっこくいやらしい感じで歌う。プリンスの本領発揮みたいなもんで、ご存知のとおり、このあとにもたくさんありすぎるほどあるよね。

しかし僕にとっては8曲目「フリー」の、アクースティック・ピアノのサウンドを活かした、ハートブロークンな孤独をあつかっていながらも、気高い毅然とした誇りと自由を掲げるっていうバラード、こっちのほうがだいぶ好きだなあ。毅然とした気高いスタンド・アローンの誇り。それは歌詞内容というよりもこのサウンドにある。堂々と屹立しているような、そんな曲調と音創りに聴こえないだろうか?

2018/02/11

プリンスのデビュー作で聴けるフォーキー・メロウ

今日こそは短く決めよう for you。

1984年『パープル・レイン』で大成功する前のプリンスの作品だと、その一つ前の82年『1999』がいちばんいいと思っていた僕だけど、78年のデビュー作『フォー・ユー』が最近どんどんよくなってきている。っていうかさぁ、この『フォー・ユー』が初期プリンスではいちばんいいんじゃないの?

という気分なんだけどね、最近。ずっと前から気になるにはなっていた。こうなってみると思い出す、東京時代に二週に一回通っていた代々木の心療内科。待合室で順番を待っているあいだ、最初のころは置いてある雑誌をパラパラめくっていたのだが、そのなかの一女性誌にプリンスの『フォー・ユー』が載っていたのだった。

ずっと初台(京王新線)に行っていたのから事情があって代々木に転院したのは1999年の夏だから、そのしばらくあとのことだろうなあ。プリンスのことはもちろんすでに大好きだったけれど、最初のころの作品をちゃんと聴いていなかった僕。代々木の心療内科の待合にあったなにかの女性誌の音楽コーナーで、どなたかプロ・ライターのかたが『フォー・ユー』がいいぞと書いていたのを読んだけれど、そのときはフ〜ンと思ってそのままだった。

20世紀の終わりか21世紀のはじめごろの話だから、僕がプリンスに求めるのはハードなファンク路線や、メロウだがネチネチなエロ路線とかだったからなあ。でもついこないだからデビュー作『フォー・ユー』が気に入ってしまって、ジックリなんども繰り返し聴くと、それらの萌芽がすでにちゃんとあるじゃないか。気づいていなかった僕がおろかだった。

といっても『フォー・ユー』だとまだまだそんなハードでゴリゴリでもなければ、エロくきわどく迫る下ネタ・ポップもさほどひどくない。僕はそれらがはっきりひどく出ている音楽のほうが好きなんだけどね、基本的には。でも嗜好がちょっと変わりつつあるのかなあ。あるいは歳とって元気がなくなりかけていて、転向し、それでアッサリ路線のほうが落ち着けるという気分になってきているだけなのか。

『フォー・ユー』にある(ちょっとだけ)ハードな路線は、CD だと五曲目の「ジャスト・アズ・ロング・アズ・ウィア・トゥゲザー」と、ラスト九曲目の「アイム・ユアーズ」の二つだけ。どっちも賑やかで、たぶんパーティなんかでかけたら盛り上がりそうなアッパーな曲だよね。前者はディスコっぽいけれど、後者はアメリカン・ハード・ロックだ。

ディスコ(ブギ)は、プリンスのばあい、その後ファンクになって、いっぽうハード・ロック路線もどんどん出てきてグイッと頭をもたげてくるようになる。だからそう考えるとおもしろいのだが、しかしアルバム『フォー・ユー』がいい、マジでいいぞと思うようになっている僕は、そういった部分に共感してのことではない。

もっとソフトで軽い、しかもアクースティックなポップス路線がマジでいい!と心から強くそう思うようになっているんだよね。一曲目の「フォー・ユー」は歌詞だけ取りだすとちょっと恥ずかしいかもしれないようなものだけど、プリンスの一人多重録音でのア・カペラ・コーラスで、しかしゴスペルとかドゥー・ワップとかっていう感じがない。むしろジャジーで、フワッとした響きで、まあでもこれはやっぱりイマイチかも。

実はエロ・ソングだった三曲目「ソフト・アンド・ウェット」も飛ばして、四曲目「クレイジー・ユー」!これが本当にいいよねぇ!アクースティック・ギターの軽いカッティングにやわらかいエレキがからみ、シンセサイザーもエフェクト的に入るけれど、基本、ギターだけの伴奏で、プリンスはファルセットでそっとささやくようにやさしく歌う。

イントロ部でさりげなくエレキ・ギターででオクターヴ奏法をやっていたりして、なにげない感じで弾いてはいるが、やっぱりプリンスらしいギター・テクニックだ。アクースティック・ギターのカッティングには軽いラテン・タッチな、っていうかボサ・ノーヴァふうなリズム感もあって、こ〜りゃイイネ、マジで。この「クレイジー・ユー」がアルバム『フォー・ユー』でいちばんいいんじゃないのかなあ。

あ、いや、待てよ、六曲目の「ベイビー」。これがまたすばらしく綺麗なバラードだ。これも最高じゃないか。ソフトで聴きやすいが、やはりここでもプリンスはファルセットで歌う。美しい弦楽の響きがあるが、当時のプリンスが生演奏の人員を使えるわけがないし、クレジットもされているし、アープ・シンセサイザー・ストリングスなんだろう。その響きが実にイイ。美しい。曲のメロも、一人多重録音のコーラスも、シンセ・ストリングスも綺麗だ。

八曲目「ソー・ブルー」。これも基本、アクースティックなラヴ・バラードだ。のちの『サイン・オ・ザ・タイムズ』などでも顔を出すジョニ・ミッチェルを意識したか、オマージュみたいなもんなのか?そこはよくわからない僕だけど、これも美しいよなあ。ここでもヴォーカルはファルセットだ。エレベも目立つ。傑作だといまでは僕も信じている「クレイジー・ユー」や「ベイビー」と違って、「ソー・ブルー」はあまり言われないのかもしれないが、素晴らしいじゃないか。

プリンスのデビュー作『フォー・ユー』。ワーナーとの契約のことや制作にまつわるいろんなことはいたるところに書いてあるので、そういうのをお読みいただきたい。僕は書いた三曲、4「クレイジー・ユー」、6「ベイビー」、8「ソー・ブルー」が本当に好き。(ちょっぴりフォーキーでもある)アクースティックでやわらかい軽いポップ・バラードがね、綺麗でね、マジでいいよ!

2018/02/10

初期フェイルーズのエキゾティック歌集を聴く

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渋谷エル・スールかオフィス・サンビーニャで『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』(2011)を買うともれなく付いてくる非売品の無料特典 CD-R『初期フェイルーズ・エキゾティック歌集』。これがかなりいいぞ。
ひとによっては、本編の『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』よりも附属品の『初期フェイルーズ・エキゾティック歌集』のほうがいいっていうくらいで、僕もそんな声にちょっとだけなら賛同したいような気分。同時期の録音らしいんだけど、『エキゾティック歌集』のほうは非売品の無料特典ということで、曲名以外の一切のデータが当然ない。

だがまあサウンドを聴けば、録音音質とフェイルーズの声で、だいたい1950年代なんだろうなというのは素人の僕だって推測できる。『初期フェイルーズ・エキゾティック歌集』CD-R のほうは全10曲で、トータル再生時間たったの31分間。短い…。もっともっとほしい…。

日本でもエル・スールかオフィス・サンビーニャで『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』を買ったのではない多くの人たち、またあるいはひょっとして海外のフェイルーズ・ファンがこれを読む可能性があるのか?わからないが、少なくともおひとかた、前からお読みで反応してくださっている(ローマの)フェイルーズ・マニアがいらっしゃることだけはわかっている。そのかたが(機械翻訳だとはいえ)僕のフェイルーズ関連の文章を英語などに訳して拡散してくださっていることも知っている。

だからまあ、先々週のも書くべきだったといまごろ気づいたがもう遅いので、今日のこれはたったの10曲だし、アルバムの曲目を以下に記しておくとしよう。

Fairuz  “Exotic Songs”

1. Hala La Laya
2. Ya Hilou Ya Amar
3. Kaif Halak Ya Jar
4. Ya Mayla
5. Macheyet Habibi
6. Marmar Zamani
7. Azzoroura
8. Alzainu Al-Zainu
9. Ya Ghozayel
10. Ummi

エキゾティックとの形容詞が付いているのは、端的に言えばラテンふうということだと思う。もちろんこれはレバノンやアラブ音楽世界から見ての異国情緒ということであって、僕たち日本人からしたらアラブ音楽もラテン音楽もエキゾティックに響くんだから…、と書いてしまったが、しかしラテン音楽はそうでもないのか。

みなさんご存知のとおり、第二次世界大戦前から日本の音楽のなかにだってラテン、というか正確にはキューバン・ミュージックかな、それがかなり流入していたし、その後現在までも日本のポップ・ソング(呼び名はなんだっていい、歌謡曲でも演歌でも J-POP でも)のなかにだってすっかり根付いている。

ところでフェイルーズとは関係ない話だが、日本でのいわゆる「ラテン音楽」という言葉は、中南米音楽というよりも、そのものずばり、キューバ音楽を指しているばあいがかなりあるように見えるんだけど、僕の思いすごしかなあ?まあちょっとわかりませんが、あるいはそれくらいキューバ音楽が(広義の)ラテン音楽に色濃く強く影響し存在しているということかなあ?

フェイルーズの『エキゾティック歌集』。やはりラテンなサウンドやリズムであるからしてこのタイトルになっているのは間違いないようだ。しかし、直前で指摘したようなキューバン・ミュージックだけを踏まえたようなセレクションにはなっていない。バイヨン(ブラジル)の楽器やリズムを大きくとりいれた曲だってある。

しかもだいたいどの曲でもパーカッションが賑やかで派手だ。やっぱりラテン・パーカッションを使ってあると聴こえるが、1950年代録音であるならば、あたりまえのことだろうなあ。キューバやラテンの楽器や音楽は世界に広く行き渡っていたはずだし、当時のレバノンで、世界の音楽の最新潮流を逃すまいとしていたラハバーニ兄弟なら、流行しはじめたばかりのバイヨンだって意識しただろう。

『エキゾティック歌集』。ラスト10曲目「Ummi」だけが静かなバラード調で、しかもピアノ一台だけの伴奏で、賑やかさはない。だけどこれもアラブ歌謡ふうではなく、う〜ん、こりゃなんだろう?アラビアン・バラードにも聴こえないが、ラテン・バラードでもないような…。ちょぴりサンバ・カンソーン(ブラジル)みたいな感じもするが、1950年代初期なら、ブラジル本国のサンバ・カンソーンも出現したばかりだもんなあ。

この静かなバラード調の10曲目「Ummi」以外の九曲は、すべてリズムが強く刻み、ビートが効いていて、しかもいかにもラテン音楽ふうにシンコペイトしたりもする。ドラム・セットはラテン音楽にでもまだ存在しない時期だけど、コンガとかボンゴとか、あるいは金属製のものでもくっきり聴こえて楽しい。

しかもキューバン・リズムかなと思って聴いているなかにそのままバイヨンふうなアコーディオンがからんできたり、楽器そのものはアラブのものであるウードが、しかしラテン音楽ふうのリズムでラテンふうなフレーズを刻んだり、それが皮や金属の打楽器とからんで、そこにネイが入ったりなどなど、異国性というよりトランス・ワールドな音楽みたいになっているのが、最高におもしろい。

肝心の主役歌手フェイルーズのヴォーカルには、そんなサウンドを向こうに廻して破綻がまったく聴かれない。それどころか余裕綽々で軽く歌いこなしているもんね。まったく驚異の歌唱柔軟性というしかない。しっかりした強い声なのにシルク・スムースで、そのなかに内なる炎をゆらめかせて、それでいて軽いソフト・タッチでラテン・ソングを見事に歌う。

まるで薄衣のように、絹というか麻というかそんな声と歌いかたで、着る人のボディ・ライン(素材の音楽)のかかたちにフィットして違和感なく、ラテン・タッチで賑やかなビートが快活に跳ねるものなら、そのかたちにヴォーカルの薄衣がぴったりまとう。本当に素晴らしいことだ。

約30年近くあとに息子のジアード・ラハバーニのプロデュースで、アラビアン・ボサ・ノーヴァ、アラブ&ジャズ・フュージョンみたいな曲もふわりとこなす素地が、フェイルーズのこの1950年代にすでにしっかりあったということだなあ。ってことで、来週からはジアード・プロデュース作品群に戻ります。

2018/02/09

ウェイン・ショーターの欲求不満

1976年という一時隠遁期に発売されたマイルズ・デイヴィスの『ウォーター・ベイビーズ』では、話題が A 面(三曲目まで)に集中している。B 面のことなんかだれもな〜んも言わず、たまに言及されるときは開発途上の実験品で面白味に欠けるとか、そんなのばっかりなんだよね。ジャズ・ファン、ジャズ専門家だけじゃなく、マイルズ・マニアでもね。

以前から僕は、アルバム『ウォーター・ベイビーズ』で聴くべきは B 面であって、それはマイルズ・ファンクの予兆、というより、もうすでにカッコイイじゃんと繰り返してきている。見方によっては、(全体の)五曲目「デュアル・ミスター・アンソニー・ティルマン・ウィリアムズ・プロセス」なんか、マイルズの全音楽生涯で最もファンキーなものだったかもしれないんだけどね。
今日は『ウォーター・ベイビーズ』でも A 面の話をしたい。リアルタイムで聴いていたファンのみなさんなら、その三曲「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィート・ピー」は、ウェイン・ショーターの1969年作『スーパー・ノーヴァ』でご存知だったはずだ。三つともウェインのオリジナル・ナンバーで、最後の「スウィー・ピー」(が『スーパー・ノーヴァ』ジャケットでの表記)は、かのビリー・ストレイホーン追悼曲だ。

影のデューク・エリントンだったビリー・ストレイホーンは、1967年5月31日に亡くなっている。曲「スウィート・ピー」のマイルズ・クインテットによる録音は、同年6月23日。この時期はちょうどハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズを擁する、あの通称 “黄金のクインテット” のころ。

マイルズ・クインテットによる「ウォーター・ベイビーズ」の録音は1967年6月7日、「キャプリコーン」は同年同月13日で、ちょうどこの時期はアルバム『ネフェルティティ』になったものの録音が進行中だった。実際、『ウォーター・ベイビーズ』の A 面もアルバム『ネフェルティティ』にとてもよく似ている。

三曲ともウェインの自作だし、1976年になってようやく発売されたものを聴くと、演奏内容だって素晴らしい。アルバム『ネフェルティティ』収録の七月録音分と差し替えてこっちを入れたらもっとアルバムが引き締まってよくなったんじゃないかと思うほどだもんね。好きか嫌いかは別問題として、クォリティが高いのはだれも疑えない。このあたりのマイルズ・ミュージックに若干否定的な僕だって、このことは心から信じている。

だから問題はウェインの気持ちなんだよなあ。(自分も含め)人の心なんてわからない僕だけど、これだけ立派な曲と演奏を当時発売してもらえなかったウェインは、内心おだやかじゃなかったかもしれないと思うことがある。このセカンド・クインテットのスタジオ録音アルバムでは、『マイルズ・スマイルズ』あたりからどんどんウェインのオリジナルが増えていき、なかにはマイルズがなんの楽器も演奏していない曲すら発売された。

『ソーサラー』『ネフェルティティ』と、そんな感じになっていて、ウェインのオリジナル楽曲やテナー・サックス演奏の比率が上がっていたので、プロデューサーのテオ・マセロやコロンビア側としては、このあたり、ちょっと考えたのかもしれないよね。やっぱりマイルズのリーダー作なんだから、そんないつもいつもウェインばかり出てくるのではちょっとどうかと。マイルズ本人がどう考えていたかまでは推測できない。

たぶんそんなことで、三曲「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィート・ピー」という、きわめて美しい曲三つがお蔵入りしたんじゃないかと思うんだよね。ご存知ないかたは、いちばん上の Spotify のプレイリストでちょっと聴いてほしいのだが、なかでも特に「スウィート・ピー」の音美は群を抜いて素晴らしい。1966〜68年にリアルタイムで発売されていたどれより絶品じゃないか。

曲「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」だと、前者が3/4拍子、後者がメインストリームな4/4拍子を基調としながらも、ドラムスのトニーがけっこうおもしろいことをやってくれている。定常ビートを持たない「スウィート・ピー」でもそうなんだけど、トニーはポリリズミックに叩いているよね。トニーはシンバル&ハイハットの金物小僧みたいな面があって、そこにも着目して聴いてほしい。

ここまでの作品が完成していながらも、当時は未発売のままになってしまったことで、曲を書いたウェインとしてはちょっとおもしろくなかったかもしれない。三曲とも1967年6月の録音で、同年12月に『ソーサラー』、翌68年1月に『ネフェルティティ』がリリースされている。その次は7月発売ですでに電化&8ビート化されている『マイルズ・イン・ザ・スカイ』になる。

だから、う〜んと、特に根拠のない憶測なんだけど、1967年のある時期以後、ウェインはマイルズ・バンドでの居心地がイマイチになっていったかも。ボス個人とじゃなくてクインテットのなかで、あるいは会社コロンビアやプロデューサー、テオ・マセロなどとの関係がギクシャクしはじめたかもなあって思うんだ。って、ホント根拠レスな憶測なんだけど、やっぱりそうかも?と思えるフシだってあるよね。

すなわち、上でも書いたようにウェイン自身が、それまでも自己名義の作品を録音、発売していたブルー・ノート・レーベルへ、それら三曲を録音しなおしたことだ。それが1969年の8月29日なんだよね。当時、ウェインはまだマイルズ・バンドの一員。しかもこの69/8/29は、ボスの『ビッチズ・ブルー』を録音した直後というに近い。

そしてほかの曲とあわせ、ウェインのブルー・ノート盤アルバム『スーパー・ノーヴァ』になって発売されたのが同じ1969年(の何月何日かははっきりしない)。参加したボスの『ビッチズ・ブルー』は翌70年4月リリースだった。こりゃ、まるであれじゃん、アテツケみたいに録音、発売しているかのように見えるんだけど、僕の思い過ごしかなあ?

いつごろからかはわからないけれど、ウェインはちょっとした不信感というか、音楽創造意欲が十分に実らないという不満を抱くようになっていたかもしれないと僕は思う。そのあとしばらく経ってから、一時期はマイルズ・バンドでも質量ともにいちばん存在感があったウェインのテナー・サックス演奏の比率が、実際、低下するようになっていき、曲を書くことも少なくなっている。

ウェインのアルバム『スーパー・ノーヴァ』で、当時まだレギュラーとして在籍中のマイルズ・バンドですでに録音済みの三曲を再演したのには、こういった心境があったんじゃないかと思うんだよね。しかし肝心なのは、ウェインもただの再演とはしていないところだ。1969年の夏録音で、当時のボスはファンク・ミュージックに傾いていたけれど、ウェインとしてはまだまだジャズに意欲満々だったという出来栄えになっているよね。

『スーパー・ノーヴァ』収録のウェイン自身がやる「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィー・ピー」には鍵盤奏者がおらず、参加しているチック・コリアもドラム・セットを演奏する(「スウィー・ピー」でだけヴァイブラフォン)。だからジャック・ディジョネットとのツイン・ドラムス体制。ギターがジョン・マクラフリンとソニー・シャーロックとの、これも二名同時演奏。あとはミロスラフ・ヴィトウスのベースとアイアート・モレイラのパーカッション。

この編成でウェインは、ほぼ完全にフリー・ジャズと呼んでもさしつかえないほどの演奏を聴かせる。クールな感じが持ち味の人なんじゃないかと思うのに、「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィー・ピー」、特に「キャプリコーン」はかなりフリーで、しかも熱い。三曲ともウェインしかソロをとっていないが、その内容にかなりの熱量がある。

そんな熱は、ひょっとしたらボスのバンドでの扱われかたに不満があって、それがもともとの原因でそうなったんじゃないかと思える部分がなきにしもあらずじゃないかなあ。たんに1960年代的なフリー・インプロヴィゼイションを、ディケイド末に爆発させて締めくくっておきたかったというだけかもしれないけれども。

したがって「ウォーター・ベイビーズ」「キャプリコーン」「スウィー・ピー」の三つは、<曲> としては、『スーパー・ノーヴァ』のウェイン・ヴァージョンでメタメタに破壊されていて、自らが書いた美しいメロディなのに、それの原型もとどめていない。断片的にちょろっと参照されたり振り返ったりなだけで、演奏全体はほぼフリー・インプロヴィゼイションで構成されている。

あんなに綺麗なメロディなのにもったいないなあとか、大学生のころの僕は感じていて、だからマイルズ・クインテットの『ウォーター・ベイビーズ』ヴァージョンは好きだったけれど、ウェインの『スーパー・ノーヴァ』ヴァージョンだと、コレ、なにやってるんだろう?どこがおもしろいんだろう?とか思っていたんだよね。旋律美がふつうの意味で聴きとりやすい音楽が、僕はやっぱり好きだから。

そこをあえて崩したウェインは、一つ、マイルズ・クインテットでやったのと似たようなことを繰り返しても意味がない、一つ、1967年と69年というジャズを取り巻く状況の変化や時代の要請を聞いた、一つ、メロディがシンプルに美しいものは録音済みなんだから、そのマイルズ・ヴァージョンが発売される日もやがて来るだろうとひそかに期待もした 〜 この三つが理由だったのかなあ?

2018/02/08

2018年2月4日の岩佐美咲に聴いた成長と(演歌の)未来

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写真は、撮影可のラウンド・コーナー(岩佐美咲が客席をまわる)において自分で撮ったものしかないので、それを上 or 左で使ってある。和服姿での美咲も本当に魅力的で、しかも今回のコンサートはディープな演歌路線に傾いたようなニュアンスもあったのでますます着物姿を使いたいが、しかたがない。そのうち Blu-ray や DVD 作品になるかもしれないので、それまで待つしかない。

また、当日の演目(セット・リスト)や、岩佐美咲のしゃべりを含む前後の様子などは、わさ友(と勝手に呼ばせていただいてもいいでしょうか?)であるわいるどさんのブログに「ぜんぶ」掲載されてあるので、ぜひぜひ!そちらをご覧いただきたい。それには曲名だけでなく、初演歌手、初演年、作詞作曲編曲者名もすべてバッチリ記されていて、完璧としか言いようがない。僕がつけくわえることなどゼロですから。

昼公演分
夜公演分
二月四日昼夜の岩佐美咲のどこがどう素晴らしかったのか、僕のばあい美咲でもだれでもなんでも、いつもいつも CD や DVD など記録されたものでなんども反復再生して、微細に観察し聴き込んで確認しながら書いているので、たった一回しか体験できないライヴ・コンサート評を書くのは苦手だ。細かいことは、上でリンクを貼ったわいるどさんのブログでしっかりリポートされているので、そちらをご覧いただきたい。生体験でしかわからなかったこともあるので、僕は僕なりになんとかちょっとやってみよう。

さて、まだ一週間経っていない去る日曜日、2018年2月4日、東京は渋谷にある恵比寿ガーデンホールで行われた岩佐美咲のライヴ・コンサート。題して「岩佐美咲コンサート2018〜演歌で伝える未来のカタチ〜」。午後一時半開始の昼公演と午後六時開始の夜公演の一日二回。これを生体験してきた。はっきりいってものすごかった。音楽コンサートでこんな強い感動をもらったことは、55年の生涯で初だ。大衝撃だった。美咲としてもベスト・コンディションだったのではないだろうか。

昼夜合計で四時間以上、岩佐美咲の歌がヤバすぎた。どうしてこんなにヤバいのか…。素晴らしすぎたのだった。ルックスも綺麗だがヴォーカルがあまりにも美しい。美咲の声のどこにそんなに魅力があって、こんなに激しく感動してしまうのかわからない。僕のばあい、まず初対面だった昼公演のオープニングで美咲の姿が見えて歌いはじめた瞬間に涙腺が爆発的大崩壊を起こし、どんどん涙が溢れ出て止まらないばかりかどんどん激しく泣いて、濃茶色の小さなハンカチしか持っていなかったのでそれで拭くんだが、拭いても拭いてもどうにもならず。

まず二曲やった「鯖街道」と「鞆の浦慕情」で僕はボロ泣きし、その後のしゃべりのあいだも涙が止まらないので、耳は岩佐美咲のしゃべっている内容を聴くが姿を見られず、ただ下を向いて落ちてくる涙をハンカチで拭うばかり。しっかりちゃんと美咲を見つめたかった。歌声がヤバすぎると書いたが、正直に言うと、オープニングで美咲の姿が目に入った瞬間に号泣してしまった僕。会えたというだけで、泣いた。これって、たんにいち歌手として大好きだとかいうレベルじゃないんでは?もっと深いもの、つまり、ある種の人間的恋情みたいなものじゃないんだろうか。

岩佐美咲がしゃべり終えるあたりで僕の号泣も少しおさまったかなとホッとしていると、三曲目「火の国の女」(坂本冬美)と四曲目「風の盆恋歌」(石川さゆり)で、もっと一層激しく完全にダメになってしまった僕。あぁ、も〜う、アカンかった。自室ではなく会場でみんなで並んで聴いているのに、僕はオイオイ泣いて泣いて大声をあげ、肩が震えてどうにもならず。特にダメになったのが「風の盆恋歌」でだった。歌詞がねえ〜、ダメでしょ、こんなの。大号泣!

近くに座っていたかたに終演後お尋ねしたところによれば、「かなり大きな声を上げて泣いてらっしゃったので、たぶん半径1メートル以内にいた人はみんな気づいていたと思います」とのお話。恥ずかしい…。こんな泣き虫の感激屋でごめんなさい。うるさかったでしょう。ご迷惑だったでしょう。でもねえ、和服姿の本当に美しい岩佐美咲のあのルックスでやられ、歌いはじめたらあの素晴らしすぎるヴォーカルでやられ、しかも「風の盆恋歌」みたいなあんな歌(とてもヤバいね、あの歌詞は)をしっとりと歌われたら、僕なんかイチコロですから〜。

とにかく、あの二月四日昼夜の「風の盆恋歌」、ありゃ、すごくいい意味で、ダメだ。聴き手のハートをわしづかみにしてダメにしてしまう。少なくとも僕はそうだった。あの「風の盆恋歌」二回こそが、僕にとっては、あの昼夜計四時間のピーク二回だった。さらにこれも昼夜ともに歌った「空港」(テレサ・テン)「グッド・バイ・マイ・ラブ」(アン・ルイス)が本当によかった。それら大人のしっとり抒情歌謡がものすごく素晴らしかった。聴いていると、曲の世界に自然と吸い込まれてしまうような歌いかたを岩佐美咲はしていたよなあ。これら三曲が二月四日の神3だ。

そう、岩佐美咲はしっとり抒情演歌路線にちょっとシフトしたような部分が、二月四日の昼夜二回公演にはあったと僕は思う。それまでの美咲は、演歌と、そうでない(ライト・)ポップスの二種類をどっちもとりあげて、しかもどっちも同じように歌いこなし、同じようにチャーミングに聴かせ、第二次大戦後の現代日本の大衆歌謡史を、同じ一人の同じ歌いかたのなかで体現してしまうという離れ業を演じ、成功していた。

いわゆる歌謡曲というか、J-POP(に分類されているものも歌ったよ)でも呼び名はなんでもいいが、それらだって二月四日に岩佐美咲は歌った。なにを歌わせてもうまい美咲なんだが、僕の聴くところ、ド演歌と軽歌謡との中間あたりのレパートリーを歌うときが特に万人にアピールしやすいと僕は思う。実際、僕もアクースティック・ギター弾き語りでの「涙そうそう」でノックアウトされちゃったわけだし。

そのほか、ファースト・アルバム『リクエスト・カバーズ』にあった「つぐない」「時の流れに身をまかせ」(テレサ・テン)、「ブルー・ライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ)などなど、2013年リリース作品にしてすでに完成されていた。その後も「20歳のめぐり逢い」(シグナル)やライヴでの「糸」(中島みゆき)、DVD での「ノラ」(門倉有希)など、ホント〜ッに素晴らしい。いまでも輝いている。

二月四日にも、そういった傾向のポップ・ソングを岩佐美咲はたくさん歌った。写真撮影可で観客席をまわるラウンド・コーナーではそれらがチャーミングに聴こえ、また黒の洋装での美咲がキラキラ輝いていて、まぶしい光を放ちつつ歌いながら笑顔で客に接近したりするもんだから、だからオジサン連中はみんなゾッコン参ってしまうんだよなあ。

昼公演のラウンド・コーナーでは、特に「私がオバさんになっても」(森高千里)が素晴らしく、夜公演のそれでは「わたしの彼は左きき」(麻丘めぐみ)「年下の男の子」(キャンディーズ)、そしてたぶん初挑戦だと思うんだけど「冬の稲妻」(アリス)が、僕的には特によかったなあ。

また、個人的な思い入れがあって、昼夜ともラウンド・コーナーの最後にステージに上がってからやったピンク・レディー・ナンバーの「UFO」(昼)と「ペッパー警部」(夜)にマジマジと観入り聴き入った僕。よかったなあ〜。しかも美咲ちゃん、ピンク・レディーばりに激しくダンスしながら歌ってくれたもんね。まぶしかった。55歳の僕の世代だと、ピンク・レディーはリアルタイムのど真ん中ストライクなんだよね。女性も男性もファンだったみなさんは、たぶんいまでも歌って踊れるはず。僕もそう。美咲のあの歌と踊りがチャーミングだった。

また恒例になっているアクースティック・ギター弾き語りコーナーで歌ったのは、もちろんぜんぶポップ・ソング。昼夜合計六曲、なにをやったのかは、上掲わいるどさんのブログ記事をご覧いただきたい。僕としてはリアルタイムでの思い入れのある、昼の「太陽がくれた季節」(青い三角定規)、夜の「心の旅」(チューリップ)で、またしても涙腺がゆるくなりそうだったのは、なんとか辛抱できた。

しかし、もっと素晴らしかったのは、昼の「ちっぽけな愛のうた」(大原櫻子)と夜の「歌舞伎町の女王」(椎名林檎)だ。特に「ちっぽけな愛のうた」は岩佐美咲の資質にまったくピッタリ合致しているかのように僕には聴こえたんだけど、これは僕だけの印象なんだろうか?マジでよかったんだけどね。美咲がイキイキとしていたような記憶がある。今後、こういった路線も少しずつ増やしていったらいいのかもしれない。弾き語りでもそうでなくとも。

弾き語りコーナーでは、昼夜ともギター技巧だってかなり向上していた。ヴォーカル技巧もデビュー六年でかなりすごく深くなっているのだが、ギター・テクニックも急上昇カーヴを描いている。これはいままでの三枚の DVD でも実感していたことだけど、二月四日に聴いたギターはさらに上手くなっていた。昼の「粉雪」と夜の「歌舞伎町の女王」でも強く実感したことだった。

左手の押弦、右手のピッキングともほぼ狂いがない。やや難しいコードも瞬時に移動して正確に押弦し、さらに右手に持ったピックで弦をはじく強弱のニュアンスもしっかり細かく表現できていた。ダウン・ストロークもアップ・ストロークも、それらを交互に混ぜるピッキングも、それから曲によっては一瞬パッと止まってブレイクを入れ、約一秒弱後あたりにピッキングを再開するのもちゃんとしていた。

ここまで書いたようなポップ・ソングというか歌謡曲というか J-POP というか、そんなような曲でも文句なしの岩佐美咲だが、上でも触れたように二月四日の演目は、大人のしっとり抒情歌謡、演歌といった路線にシフトしたように僕には思えたんだよね。コンサートの選曲をだれがしているのかサッパリわからない僕だけど、製作者側のこの意図が鮮明に読みとれたように僕は思う。

上掲わいるどさんのブログで当日の演目を再確認いただきたい。昼夜ともにオープニングから八曲目まではストレートな演歌だ。岩佐美咲のオリジナル楽曲もカヴァー・ソングも両方あるが、演歌でまず八つ揃えて観客を引き込もうという意図があったのは間違いないように僕には思えたんだよね。昼夜とも八曲歌ったら美咲はいったん退場し、着替えてのラウンド・コーナーになり、その後ギター弾き語りコーナーなどもあるわけだから、開演からまず八つ演歌を並べたのは、どうやら演歌コミュニティにアピールしようということだったかもしれない。

岩佐美咲のヴォーカルも、それら八曲では特に力が入っていた。上でさんざん書いたが四曲目の「風の盆恋歌」に最も力点が置かれていて、実際ものすごかったし、聴き手をあんなにも(二段ロケットみたいに再号泣した僕がおかしいのかもしれないが)惹きつけてやまない悪魔のような美咲の魔力も「風の盆恋歌」でこそ、そしてほかの七曲でも、強く発揮されていた。

それら八曲を歌う岩佐美咲のヴォーカル・スタイルも、いままでとは少し変化が聴きとれたように記憶している。いままでは、過去記事でもどんどん書いてきたが、素直でナチュラルにスッと声を出し、声を強く張り過ぎずコブシもまわさずヴィブラートもなしの自然体歌唱法で、濃ゆ〜い演歌もそうやって歌っていた。

そんな、演歌歌手のなかではたぶんだれもあまりやったことのない歌唱法でやる岩佐美咲にこそ演歌の未来があると僕も感じてきた。若い世代、というか一定年齢以下の音楽リスナーのみなさんが演歌の世界に見向きもしないのは、オールド・ファンが愛する声の出しかたや歌いかたが旧態依然となっているだけで、いい曲のそのよさそのものが古くなったわけじゃない。時代遅れなのはああいったヴォーカル・スタイルであって、演歌そのものが時代遅れになったわけじゃない。

岩佐美咲はこのことを、演歌とそうでない一般の歌謡曲には本質的な違いはないんだという歴史的事実の証明とあわせ、いままで実際の歌で示してくれている。それは素晴らしいことだ。二月四日の美咲は、そこから少しだけ変化し、脱皮してというか、大人の歌唱表現を獲得して、まあ本人もコンサートの数日前に23歳の誕生日を迎えたばかりなことだし、濃いめの抒情演歌や歌謡曲を、いままでの美咲にはないちょっと濃いめの歌いかたでこなして、新しい表現を見せていた。

どの曲のどこが具体的にどうなのか、細かなことは一回しか聴いていないので忘れてしまった。だがこの、大人への脱皮と成長を遂げた、しっとりした抒情的な新しい表現法を獲得したというのは、間違いなくそうだったという強い印象があるんだよね。一つ、僕の記憶にしっかり焼き付いている歌唱法の変化がある。曲の最終盤で二段ロケット噴射のように、いったん声を止めてから再開し、グイグイッと声を伸ばすところだ。

ホント、どの曲がそうだったのかは記録された作品で確認しないと忘れちゃったんだけど、間違いなく複数の曲で聴けた二月四日の岩佐美咲の二段ロケット噴射ヴォーカル。曲全体が終わるところで、これはだいたいどの曲でもどんな歌手でも、声にサステインを効かせ持続させて伸ばすと思うんだけど、あの日の美咲はその伸ばしているのをいったん止めて、というかタメて、一秒もないあいだ、0.7秒くらいだけどストップして、こらえて、二段階目を噴射するところで再びグイッとさらに強く声を張って伸ばし、そうやってそのまま歌い終わっていた。

ピッタリ来るふさわしい言葉が見つからないので二段ロケット噴射と表現しているのだが、二月四日の岩佐美咲を生体験なさったみなさんなら、あぁ〜そうだそうだったとご納得いただけるはずだ。この、いったんストップ、タメが入る二段階サステイン歌唱法は、いままでの美咲の歌のなかで僕は聴いたことがない。

そのほか、声の張りかたもいままでよりも強くなっていたし、コブシをまわしていたとまでは言えないけれど、フレイジングのはしばしにややそれにちょっとだけ近いようなものが聴けたように思う。ヴィブラートはやっぱり効かせていなかったはずだけど、声の出しかたに震えや揺れといった感情表現がちょっとだけ混じっていた。

それでも岩佐美咲は岩佐美咲。天性のナチュラル歌唱法が失われたわけではぜんぜんない。そこはしっかり保ったままだった。ナチュラルでスムースに声を出しナイーヴに歌う自然体歌唱法はそのままに、そこにいままでにない感情表現も加わって、ヴォーカル・スタイルに深みが格段に増した。

つまり要するに、二月四日の恵比寿ガーデンホールでの岩佐美咲は大成長を聴かせてくれた。大人に脱皮した美咲が、その深化したヴォーカル表現で観客を虜にしたのが、上でも書いた神3、すなわち「風の盆恋歌」「空港」「グッド・バイ・マイ・ラブ」の三曲だったんだよね。超絶的にすんばらしかった。

ところで「風の盆恋歌」は三木たかしの書いた曲だ。三木たかしはみなさんご存知のとおりテレサ・テンにたくさん曲を提供した。二月四日の昼夜とも歌った「空港」は三木の曲じゃないが、過去に岩佐美咲も歌った「つぐない」「時の流れに身をまかせ」「別れの予感」(最後のは DVD にある)も三木が書いたもので、美咲は、録音作品化されていないイヴェントでならもっと歌っているかもしれない。

二月四日に恵比寿で歌ったアン・ルイスの「グッド・バイ・マイ・ラブ」も、アンのものじゃなく、テレサ・テンがやったカヴァー・ヴァージョンに沿ったような仕上がりだった。岩佐美咲自身、どれを参考にして歌っているのか、僕にわかるわけもないが、あの日の歌を聴くかぎりでは、テレサのものを下敷きにしたか、ちょっとは意識したんじゃないかなあ。

三木たかしの書いた「風の盆恋歌」こそが、岩佐美咲2.4. のクライマックスだったと僕は繰り返しているが、あの日の神3のうち、ほかの二曲もテレサの「空港」、テレサ・ヴァージョンに寄せてきた「グッド・バイ・マイ・ラブ」だったとなると、今後、美咲がどんな方向へ向いて歩んだらいいのか、う〜ん、ちょっとだけ垣間見えたようなそうでもないような…。

来たる2月27日に発売される岩佐美咲の新曲「佐渡の鬼太鼓」も、四日の昼夜ともにアンコールでフル・ヴァージョンが初披露された。これは激情的でドラマティックな演歌で、言ってみればド演歌というものに近い。今後の美咲がどうなるのか、はたしてそういった濃厚で激情的なド演歌路線を歩むのか、「風の盆恋歌」みたいなものとあわせ、そういう方向を向くのか、それとも「空港」「グッド・バイ・マイ・ラブ」「もしも私が空に住んでいたら」みたいなシットリ抒情歌謡曲路線がいいのか、僕にはわからない。

いずれにしても、岩佐美咲の大きな成長がしっかり感じられて、僕はうれしくて、どんな道を歩むことになっても見事に歌いこなし、今後も僕たち美咲ファンや、まだまだそうではない一般の多くの音楽リスナーのみなさんの耳を惹きつけるようになって、ファン層を拡大していくに違いないと確信できた二月四日、恵比寿ガーデンホールだった。

2018/02/07

プリンスのゴスペル・ファンク 〜 『グラフィティ・ブリッジ』

昨日、1990年ごろからかな?しばらくのあいだプリンスが率いていた新バンド、ニュー・パワー・ジェネレイションのことを書いたでしょ。ロージー・ゲインズがいるやつ。あれはずっと前のリヴォルーションのアップデイト版だったってことかなあ?でもリヴォルーション時代でもニュー・パワー・ジェネレイション時代でも、スタジオ録音作はプリンス一人の密室作業で仕上げたものがかなりあるみたいだよね。

それで今日は新バンド、ニュー・パワー・ジェネレイションの初お目見えとなった1990年作『グラフィティ・ブリッジ』のことを書こうと思う。プリンス主演の同名映画云々は一切省略するしかない。サウンドトラック盤とかいう意味づけもぜんぶカットして、たんなるいち音楽作品として聴いていくしかない。だってね、あの映画、まあこの人のは前からそうですが、ツマラ〜ン。

音楽アルバム『グラフィティ・ブリッジ』。重要性が低いとか散漫、冗長だとかいう言葉をネット上でちょっと見るけれども、それはあれじゃないかなあ、プリンス(とそのバンド)だけでやった曲と、そうでないゲストを参加させていやったのが半々くらいの割合で混じっていることと、もう一つ、CD 時代に本格対応ということで約70分とトータル再生時間が長いことと、この二つが原因なんじゃないかと思う。

前々からの繰り返しになるけれど、LP 時代から僕は二枚組偏愛主義者で、だから再生時間が長く、しかもまるでおもちゃ箱をひっくり返したようなヴァラエティに富む色彩の音楽作品が大好き。プリンスの『グラフィティ・ブリッジ』は CD 一枚だけど、約70分だから LP だったら二枚組になる。

自身やバンド・レギュラーだけでなくゲスト参加が大勢いるというのも、しかしじっくり見ていくとそんなには多くもないよね。かつてかかわっていたバンド、ザ・タイム、プリンスも敬愛するであろうジョージ・クリントンとメイヴィス・ステイプルズ(僕の世代と嗜好だと、この二名は知名度超高)、クインシー・ジョーンズも目をつけた当時の超若手シンガー、テヴィン・キャンベルと、だいたいこれだけだもんね。

ザ・タイムとプリンスがかなり深い関係にあるのは書いておく必要がないだろう。ミネアポリス・ファンクみたいなサウンドで、アルバム『グラフィティ・ブリッジ』でも四曲、ザ・タイムがやっている。3曲目「リリース・イット」、9曲目「ラヴ・マシン」、11曲目「シェイク!」、13曲目「レイテスト・ファッション」。なかでは「リリース・イット」があまりにもカッコイイ。こんなカッコいい音楽、やってたっけ、ザ・タイムって?特にドラミングがいいなあ。ファンクそのものだ。

正直言って、個人的にはアルバム『グラフィティ・ブリッジ』一枚ぜんぶを通していちばんグッと来るのが、その「リリース・イット」で、ノリもいいし、どうしてこんなにカッコイイんだぁ〜!って思ってしまってなんども繰り返し再生してしまう。スピーディで斬れ味抜群でホント素晴らしい。

ザ・タイムの「リリース・イット」があまりに快感なもんだから(11曲目の「シェイク!」もいいんだが、9「ラヴ・マシーン」はモーニング娘。のほうがイイよね、違う曲だけど)、これじゃあプリンス本人やバンドがかすむぞと思っていると、やっぱりそんなことはぜんぜんなかった。アルバム・オープナー「キャント・ストップ・ディス・フィーリング・アイ・ガット」は、軽くポップで(ちょっぴりオールディーズな)ロックンロール・ナンバーで、まるでデビュー期のプリンスみたいだが、音の質感はたしかにかなり違う。

2曲目のタイトルが「ニュー・パワー・ジェネレイション」で、CD 附属ブックレットの記載でもレギュラー(になる)バンドの面々の名前がある。僕の大好きなロージー・ゲインズもいるなあ。ヴォーカルとキーボードの両方で貢献しているみたいだ。この曲も完璧なファンク・チューン。出だし、エレキ・ギターでクチュチュ〜ンってやるのが、まごうかたなきプリンス印だ。

そんな典型的プリンス・ファンクの曲題をレギュラー・バンド名にしたわけだから、ニュー・パワー・ジェネレイションとは、1978年レコード・デビューのプリンスが1990年代に入ってファンク宣言をしたってことかなあ?しかもですよ、曲「ニュ・パワー・ジェネレイション」には黒人ゴスペルのニュアンスだってあるんだ。僕はそう感じるんだけど、そうでもない?

曲「ニュー・パワー・ジェネレイション」にゴスペルを感じるのが僕だけだとしても、メイヴィス・ステイプルズが大きくフィーチャーされているもの、たとえばメイヴィス一人で歌う14曲目「メロディ・クール」なんかには、だれだってわかる鮮明なゴスペルふうなアーシーで力強い肯定感があるよね。しかもこの14曲目、リズムは強靭なファンクだから、さながらゴスペル・ファンクみたいなもんじゃないか。

メイヴィスは、16曲目「グラフィティ・ブリッジ」でも(テヴィン・キャンベル&プリンスといっしょに)歌っている。この曲はゴスペルのマス・クワイアがやるバラード調のものに似ていて、歌詞もなんだかメッセージ性が強くて、宗教的というんじゃないが、なんだか強く語りかけているようなものじゃないか。そして歌詞云々もさることながら、これがアルバム・タイトルにもなって、しかも大編成コーラスと派手めなサウンドでグイグイ迫るドラマティックな一曲だということが重要。うん、こりゃたしかにアメリカの黒人キリスト教会でのサーヴィスの盛り上がりかたに似ている。

続くアルバム・ラスト17曲目「ニュー・パワー・ジェネレイション(パートII)」にもメイヴィスがいる。たしかに2トラック目と同じ曲のようだけど、サウンドの仕上がりはかなり違う。いちばん違うのはヴォーカリストがたくさん大々的にフィーチャーされていることだ。メイヴィスだけでなく、テヴィンもいればプリンスやバンドの面々も歌い、さらに T.C. エリスのラップが爆発している。これもゴスペル・ライクなヴォーカルをファンクなリズムに乗せたもの。

こんなゴスペル・ファンクともいうべきトーンが、アルバム『グラフィティ・ブリッジ』を貫く芯のようになっているだろうというのが、この音楽アルバムに対する僕の見方なんだよね。つまり、ちょっと言ってみれば、11年後の『ザ・レインボウ・チルドレン』を先取りしたものだったんじゃないかな。

そうだから、”ど”ブルーズみたいな4曲目「ザ・クエスチョン・オヴ・U」がこんなふうな、まるで B.B. キングがやりそうなゴスペル・ブルーズ仕立てになっているのも納得できるし、また P ファンクの総帥ジョージ・クリントンを迎えての7曲目「ウィ・キャン・ファンク」(これ、もとは「ウィ・キャン・ファック」で、昨年リリースの『パープル・レイン』拡大版二枚目にそれが収録されている)がこんな感じだったり、それと切れ目なくメドレーで来る8曲目「ジョイ・イン・レペティション」が徐々にジワジワと、しかし間違いなくどんどんと熱を帯びて高揚するのも、それらぜんぶ納得なんだよね。

2018/02/06

カッコよくて気持ちいいビート感 〜 プリンス『ダイアモンズ・アンド・パールズ』

プリンスのレギュラー・バンド史上屈指のサブ・シンガーというかコ・リード・シンガーだったと僕は思っている女性ロージー・ゲインズ。ロージーがプリンスの新バンド、ニュー・パワー・ジェネレイションに参加していたのは1990〜92年あたりかなあ?いっしょに歌ったもののなかでいちばんいいのは「ナッシング・コンペアーズ・2・U」だと思う。
これが収録されている唯一の CD アルバムが『ザ・ヒッツ/B ・サイズ』。この1993年リリースのベスト盤で僕ははじめてロージーの声を聴いた。そしてシネイド・オコーナーによるオリジナル・ヴァージョンにどうしてだかイマイチ馴染めなかった僕は、この、失った愛を想って泣く曲がこんなにも素晴らしいんだってこともはじめて知った。

このヴァージョンの「ナッシング・コンペアーズ・2・U」は、僕の知る限り『ザ・ヒッツ/B ・サイズ』にしか収録されていないので、ただのベスト盤(と B 面コレクション)じゃないかと侮れないんだよね。それにしてもこのトーチ・ソング、プリンス本人によるものはあともう一個しかなくて、それもライヴの『ワン・ナイト・アローン...ライヴ!』。これも三枚組だし、廃盤になって以後は中古価格が高騰しているようだ。二つのヴァージョンとも素晴らしいので、もっと買いやすくなればいいのになあ。傑作曲だけにね。

『ザ・ヒッツ/B ・サイズ』を買ったころは、ちょっとだけプリンスから離れていて、レギュラー・バンド、ニュー・パワー・ジェネレイションのことも名前を見ていただけだった。だからロージー・ゲインズのことも知らなくて、上の「ナッシング・コンペアーズ・2・U」演奏終了後にプリンスが名前を呼んで紹介しているでしょ、それで、あぁこの女性シンガーはロージー・ゲインズっていうんだなと知っただけ。でもどんな人だか、バンドのレギュラーだとかも知らなかった。附属ブックレットをちゃんと読むと、1992年1月27日、ペイズリー・パークでのライヴだと書いてあるじゃないか。

そんなロージー・ゲインズ在籍時代のニュー・パワー・ジェネレイションで録音したプリンスのアルバムでは、やっぱり1991年の『ダイアモンズ・アンド・パールズ』がいちばんいいってことになるよね。いや、次作の、このタイトルのやつかな。通称『ラヴ・シンボル・アルバム』。いまではちょっとメンドくさい↓

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でもこのアルバムにロージー・ゲインズはいないから、結局『ダイアモンズ・アンド・パールズ』でしかプリンスとロージーのからみあいを本格的に聴くことはできない。もったいなかったような気がするが、ロージーは歌だけじゃなく鍵盤楽器などマルチな才能の持ち主で、彼女は彼女のソロ・キャリアを優先したかったんだろうね。

日本録音の曲も複数あるらしい『ダイアモンズ・アンド・パールズ』。アルバム三曲目のタイトル・ナンバーが、1982年の『1999』ラストの「インターナショナル・ラヴァー」から来ているものだというのは明白で、みんなが言っているから省略。それよりも曲「ダイアモンズ・アンド・パールズ」のこのメロディがいいよね。美しい。プリンスが書いた美メロ・バラードのなかでも屈指の名曲…、と呼ぶ人もかなりいる…、が、僕はイマイチそうでもない。でも綺麗だっていうことは心から納得している。素晴らしい曲だ。

バラードといえば、このアルバムには、かなり傾向の異なるものが12曲目にあって、「インセイシャブル」。これもむかし馴染みの路線で、どうもプリンスはアルバムに最低でも一曲はこういったファルセットで歌うネットネトの粘着セックス・ソングを入れるという決めごとでもあったのだろうか?絶対一個はあるよね。僕はこっちの「インセイシャブル」のほうが「ダイアモンズ・アンド・パールズ」よりも好きだ。

しかしながら僕にとってのアルバム『ダイアモンズ・アンド・パールズ』の魅力はこういった美メロや粘着セクシーではなくって、ハードにゴリゴリ来たりファンキーだったりスウィンギーだったりジャジーだったりするビート・ナンバーにある。1曲目「サンダー」、2「ダディ・ポップ」、5「ストローリン」、7「ゲッツ・オフ」、9「ジャグヘッド」。そしてなんたって10「マニー・ドント・マター・2ナイト」と11「プッシュ」だ。

こう書くと数も多いから、ファンク〜ハウス〜ヒップ・ホップ系のハードなビート・チューンが、アルバム『ダイアモンズ・アンド・パールズ』の中心なんだろうね、やっぱり。いちばんゴリゴリなのは「ゲッツ・オフ」と「ジャグヘッド」かな。1曲目「サンダー」はハウスっぽいけれど、メロディ・ラインはかの名曲「ウェン・ダヴズ・クライ」にソックリだ。つまり、お経。「サンダー」のほうにはエレキ・シタールも入っている。

エレキ・シタールはプリンスもわりとよく使うもので、ふだんはセクシーなラヴ・バラードのその甘い雰囲気を盛り上げるために入れていることが多いと思うんだけど、この『ダイアモンズ・アンド・パールズ』の「サンダー」ではエキゾティックに聴こえる。ちょっぴり中近東ふうな感じだよね。中近東ふうといえば、エレキ・シタールは入っていないが、ウードやダルブッカのある「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」(同名アルバム、1985)もそんな路線だ。

プリンスがやるアラブ〜インド系の楽曲で一つ文章をまとめられないかと以前から考えていて、ひっくり返して聴きなおしてはそんな曲を一個一個拾っているのだが、あんがい数が少ないんだよね。まだいまのところは四曲しか見つかっていない。だからたぶんこれは書けないかもな。ごめんなさい。『ラヴ・シンボル・アルバム』にもっとあるような気がしていた。

それはいい。アルバム『ダイアモンズ・アンド・パールズ』にあるハードなビート・チューン。2曲目「ダディ・ポップ」はドラミングのこの感じが大の僕好みで、しかもかなりポップな曲でいいなあ。ロージー・ゲインズとデュオでさくさくっと仕上げたようなイッチョ上がりみたいなお手軽なキャッチーさもいい。でもロージーはちょろっとエロいこと言ってるね。

5曲目「ストローリン」は、以前プリンスのジャズ・ナンバー関連の記事で書いたつもり。ゴリゴリにハードな7「ゲッツ・オフ」と9「ジャグヘッド」は、1991年時点でのプリンス流ヒップ・ホップなんだろうね。ちょっと時代の後追いをしていたような感じもあるけれど、それから「ゲッツ・オフ」のほうはまだかなりファンクに寄っているけれど、それでも僕は大好きだなあ。

10曲目「マニー・ドント・マター・2ナイト」と11「プッシュ」が、僕的にはアルバム『ダイアモンズ・アンド・パールズ』でいちばんの聴きもの。だ〜いすき!特に「マニー・ドント・マター・2ナイト」なんだなあ。このミドル・テンポのグルーヴ感やドラミングなど、ホント〜ッに好き!歌詞は一種のメッセージ・ソングだけど、そんなことよりこのビートやノリがいい。特にドラミング。それを聴いているだけでキモチエエ〜。ドラムス・トラックだけ抜き出して聴きたいくらいだ。

11曲目「プッシュ」は、エレキ・ギターのカッティングが気持ちいいジェイムズ・ブラウン系のファンク・チューン。ヒップ・ホップ風味も混ぜてある。これもビートだけ聴いている僕。だ〜ってね、もうそれだけで気持ちいいんだもん。JB ファンクをベースにヒップ・ホップを混ぜ、さらに昨日も書いたラテンなジャズ(・ファンク)のスパイスをまぶせる 〜 こんな曲創りがこのあとどんどん増えていくプリンスなのだった。

2018/02/05

なかなか侮れないプリンスの『ガール 6』

Girl6








昨日書いたプリンスの「シー・スポーク・トゥ・ミー」。フル・ヴァージョンはもちろん『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』(1998)で日の目の見たものだけど、その前に短縮編集されたものが公式発売されていた。96年3月リリースのサウンドトラック盤『ガール 6』。もとの映画は、なんでもテレフォン・セックスを題材にしたコメディだったらしい。プリンスが出演しているわけじゃないので、僕は観たことがない。

しかしサントラ盤 CD『ガール 6』はなかなかおもしろいんだよね。一個の音楽作品としてね。もとの映画が映画だからなのか、あるいはそれとは関係なくいつも下ネタばかりのプリンスだからなのか、そんな音楽家だからエロ・コメディのサントラを任せられたのか、よくわからないが、アルバム『ガール 6』収録の全13曲もセックス関連ばかりだ。

しかしコメディ映画のためのものだったからかなあ、いつものプリンスのような淫靡なネチッこさ、粘着質ないやらしさは薄く、カラッと乾いて笑っているようなフィーリングの曲が多く、たしかにジャケットに例の “Parental Advisory Explicit Lyrics” との表示があるけれど、ちょっと聴いた分にはそんなにスケベな感じじゃないね(と思うのは僕が英語話者じゃないからだろう)。プリンスのばあい、もっともっとひどいのがいっぱいあるから〜。

『ガール 6』をどう聴けばいいかというと、一種のベスト盤としてなかなかいいんじゃないかと思うんだよね。純粋に映画のための曲は、アルバム・ラストの「ガール 6」(ニュー・パワー・ジェネレイション名義)だけで、それ以外はほとんど既発曲の再録だ。録音済みの未発曲だったものは、一曲目の「シー・スポーク・トゥ・ミー」だけだったんじゃないかな。

といっても僕がアルバム『ガール 6』を買ったのは、プリンスが亡くなったあとのことで、この人の音楽はぜんぶ買っておこうと思って買ったんであって、だから聴いたことがぜんぜんないという曲は、「ガール 6」を除きまったくなかった…、というとウソになる。プリンス名義の曲はぜんぶ知っていたが、ニュー・パワー・ジェネレイション名義、ザ・ファミリー名義、ヴァニティ名義のものは初耳だった。

だから気合の入ったプリンス狂だと、それらもぜんぶ知っていた可能性が高いよね。そんなはじめて聴いた曲のなかで、アルバム『ガール 6』でいちばんグッと来る、いまでも聴いたらこりゃいい!ってなるのが、3曲目の「カウント・ザ・デイズ」だ。このサウダージ(哀切感)が素晴らしい。
なんなんだろう?この切なさ爆発しているみたいなアクースティック・バラードは?アクースティックではなくエレキ・ギターが使ってあるが、質感がアクースティックだよなあ。このオフィシャル・ヴィデオを観ていると、この曲はひょっとして社会派ソングなのか?と思ったりするけれど、CD で曲を聴くぶんにはそれはあまり感じない。歌詞ではなくこのサウンド、特にギター・カッティングのフィーリングがいいなあって思うんだ。

CD『ガール 6』をなんど聴いても、ニュー・パワー・ジェネレイション名義のこの3曲目「カウント・ザ・デイズ」が素晴らしく聴こえてしかたがない。やはり同バンド名義の曲「ガール 6」は、いかにもセックス・コメディ映画用だというそれらしい内容だけど、この曲のなかにはプリンスの既発音源がサンプリングされていくつも混じっている。例のカミーユ声もあるし、その他たくさん挿入されているよね。いちおう新曲だっただろうけれど、プリンスとしては、まあワーナー末期だし、しかも音楽家名を例の記号にしていた(ラヴ・シンボル)時期なのに “プリンス” 名を使わざるをえなかったものだし、コラージュしてイッチョ上がりみたいな創りかただったかもしれないなあ。

エロさを無視すると、曲「ガール 6」には軽いラテン・ファンクなノリがあって、そこはなかなかいい。この1990年代末期以後、プリンスにラテン・テイストなジャズ・ファンクみたいなものが増えていったような気がするんだけど、どうだろう?そんな路線は21世紀になってグッと色濃く煮詰められて、たとえば2006年の『3121』みたいな作品に結実していると思うんだけどね。

これまた『ガール 6』で初体験だった5曲目、ザ・ファミリーの「ザ・スクリーム・オヴ・パッション」と、6曲目、ヴァニティの「ナスティ・ガール」。どっちもプリンス庇護下の人たちだ。といってもヴァニティという女性歌手のことはこのサントラ盤ではじめて意識した(はずだが、調べたら前からいろいろと)。曲「ナスティ・ガール」はそのまんまな内容で下ネタ全開だけど、サウンドがいかにも殿下らしい。出だしでエレキ・ギターがキュキュ〜ンと鳴ったりするその入れかた(プリンス印)や、ビートの創りかた、その上にどうヴォーカルを乗せるかなどなど、まるで『サイン・オ・ザ・タイムズ』のころの音楽とソックリ。

さて、ここまで書いてきたもの以外は、ぜんぶが既発曲の再録なんだけど、それらを、『ガール 6』以外では、一枚の CD アルバムで簡便に揃えることができないんだな。しかも2曲目「ピンク・カシミア」(シングル)、4「ガールズ&ボーイズ」(『パレード』)、8〜10「ホット・シング」「アドア」「ザ・クロス」(『サイン・オ・ザ・タイムズ』)、11「ハウ・カム・U ・ドント・コール・ミー・エニイモア」(シングルB面)など、プリンスのオール・タイム・ベストにも入りそうなすぐれた曲が並んでいる。

だから CD『ガール 6』にはベスト盤的意味合いがあるんじゃないかと上で書いたんだ。ただのスケベ映画のサントラ盤じゃないかと侮れないんだよね。あんがいいいぞ、この一枚。特に『サイン・オ・ザ・タイムズ』からの三連発である8〜10曲目の流れなんか、相当に素晴らしい。オリジナルのその二枚組アルバムでは続いているわけじゃないしね。

僕には3曲目の「カウント・ザ・デイズ」が最高に沁みるんだけど、8曲目「ホット・シング」の直球一直線なエロティク&エレクトロニック・ファンクのあとに、9曲目「アドア」のあの美メロが来るあたりもサイコーじゃないか。「アドア」はマジで美しくロマンティックさ爆発のスウィート・ソウルだ。こんなピュアなラヴ・バラードが、ファックした〜いと叫んでいる同じ口から発せられているとは思えないね(笑)。

2018/02/04

これが蔵出し音源だなんて!〜 プリンスの実力

プリンスのばあい、リアルタイムで発売されずお蔵入りしたもののその理由は、湧き出て止まらないという制作スピードが速すぎるのと、レコード会社とのビジネスをめぐる諸事情でそうなっただけで、楽曲の質が低いのどうのこうのという理由ではなかった。いまだ未発売のままの、漏れ聞くところによれば CD 換算で計50枚分ほどもあるという未発音源がどうなのかは知らないが、いままでに公式リリースされている蔵出し音源はぜんぶクオリティが高い。

それにプリンスの音源はほとんどいつ録音したものなのか、はたしてそれが過去の未発音源なのかどうかがわからないケースだってけっこうあるよね。そのあたり、今後研究が進むのだろうか?でもどうも本人が記録していなかったんじゃないかと思えるフシだってあるよなあ。そうでもないのかな?フランク・ザッパ同様録音マニアみたいな面もあったプリンスだから、ザッパと同じくぜんぶ記録してあるのだろうか? ワーナー時代にかんしてはワーナーも記録してあるだろう。

だからどのアルバムのどれがそうだと指摘しにくい部分もあるけれど、これは間違いない蔵出し未発音源集の一つ『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』。ワーナー盤だけど、発売が1999年の8月だから、プリンスはすでにこの会社との契約は終わっていた。リアルタイムでのワーナー・ラスト作が96年7月発売の『ケイオス・アンド・ディスオーダー』(僕はあんがい好き)で、その次の同年11月『イマンシペイション』から EMI の配給になった。

『イマンシペイション』の次には1998年3月に『クリスタル・ボール』が発売されているが、これもワーナー盤『サイン・オ・ザ・タイムズ』(1987年3月発売)とほぼ同時期録音の未発表音源集らしい。『クリスタル・ボール』だってレヴェルの高いアルバムだ。プリンスのソロ名義作品は、リリース順ならその次に『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』が来るんだよね。もう契約は終わっていたのに、どうしてだかここで突如ワーナーがこれをリリースした。

契約終了後の、なんというかワーナーのイタチの残りっ屁か(違う)悔し涙か(これも違いそう)、とにかく売れまくるようになっていたプリンスだったので、会社側としては手放したくなかったはずのプリンスに出て行かれ、悔し紛れにどさくさにリリースしたみたいなものかもしれないなあ、『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』は。

しかしこの『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』だってかなりおもしろい。楽しいんだ。少なくとも僕はかなり好き。大好き。全体的にブルージーでジャジーでスウィンギーだというのが、僕にとってはこのアルバム最大の美点。しかも、短いたった40分間を締めくくるバラードは絶品で、悶絶するほど美しい。

たった一点、音楽の中身そのものには関係ないことだけれど、ワーナーが手抜きしてリリースしたものだから、『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』の詳しいデータがぜんぜん記載されていないのだけが残念。ジャケット代わりのペラッペラの薄い一枚の紙しかなくて、それを開いても、だれがどの曲でどの楽器を演奏しているのかわからないし、録音年月日にしても「1/23/85から6/18/96のあいだ」とだけしか書かれていないんだ。

そんな約10年間の音源集というにしては、アルバム一枚のサウンドに統一感がある。そうなるようにワーナーがチョイスしたということなのか、あるいはプリンスの音楽がそうなのか、はたまた一説によれば『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』は、ワーナー最終作『ケイオス・アンド・ディスオーダー』の次に出すべくプリンスが準備していたとのことだから、すでに完成に近い状態で残っていたからということなのか。

僕の最愛の曲たちから話をすると、三曲目「シー・スポーク・トゥ・ミー」、四曲目「5・ウィミン+」、十曲目「エクストローディナリー」だ。「シー・スポーク・トゥ・ミー」は、中間部以後メインストリームのストレート・ジャズに変貌する。「5・ウィミン+」はブルーズ(B.B. キングふう)。「エクストローディナリー」は、上でも書いたが絶品美のバラード。

しかしこれら三曲は、いままでにも書いてきている。「シー・スポーク・トゥ・ミー」はプリンスのジャズ関連で述べ、「5・ウィミン+」はブルーズ関連で、「エクストローディナリー」はいつだっけ?とにかく過去記事に複数回登場している。”(曲名) black beauty” で Google 検索すればぜんぶ出ます。

だから『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』では最愛のそれら三曲を除くもののことを今日はちょっと書いておきたい。アルバム・オープナーの「ザ・レスト・オヴ・マイ・ライフ」は相当にスウィンギーなアッパー。ピアノ・リフが印象的。テナー・サックスのソロもあり、またホーン・セクションも聴こえるが、それらがジャジーだ。

ホーン・セクションは、別にジャズに限らず米ブラック・ミュージック界であたりまえのものだけど、それらだってもとを正せばジャズ・ビッグ・バンドに由来するんだもんね。プリンスもある時期以後どんどん管楽器のソロやアンサンブルを使っているが、『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』では特に目立って聴こえるようにジャジーだ。

アルバム二曲目「イッツ・アバウト・ザット・ウォーク」も早足で歩くかのようなテンポのスウィンガーで、リズムは8ビート・シャッフルだから、やはりジャズ界にだって戦前から多い。実際、この曲のグルーヴ・タイプやホーン・セクションの使いかたに、ジャズ・ビッグ・バンドのそれを読みとれると僕は思う。

五曲目「ウェン・ザ・ライツ・ゴー・ダウン」は、さながらラテン・ジャズ・ファンク・ジャム。しかし曲全体の質感はかなりヒンヤリと乾いたクールさで、その加減もいい。さらに淫靡な雰囲気もある。それを表現するプリンスのヴォーカル部分は、しかし少ししかなく、楽器演奏パートがメイン(プリンスはギターではなくピアノ)だから、ふつうのポップ・ミュージック・ファンにはウケないだろう。僕は好きだけど。

六曲目「マイ・リトル・ピル」は、マンハッタン・トランスファーの「トワイライト・ゾーン」に少し似ているが、一分間ちょいであっという間に終わってしまい、次の七曲目、ゴスペル・ソウルみたいな「ゼア・イズ・ロンリー」に突入。曲調もタイトルどおり哀しげだが、ギター・ソロのフレイジングからも孤独感がひしひしと伝わってくる。

八曲目「オールド・フレンズ・4・セール」は、旋律の動きやコード・ワークなどが、ジョージ・ガーシュウィンの書いたスタンダード「サマータイム」(『ポーギー・アンド・ベス』)に似ていると思うのは僕だけ?なんでもプリンスは曲「サマータイム」が好きだったらしく、コンサート前のリハーサルだかサウンドチェックだかで演奏している動画を見たことが僕もあるよ。ジャズ音楽家もよくとりあげる曲だ。

九曲目「サラ」は、一曲目「ザ・レスト・オヴ・マイ・ライフ」と同系の快活でスウィンギーなアッパー・ファンク・チューンで楽しい。ここでもギター・ソロがあるのだが、これもそうだしほかの曲でもそうだけど、アルバム『ザ・ヴォールト:オールド・フレンズ・4・セール』でのプリンスは、全体的にクリーン・トーンで通している。ジャズ・ギタリストみた〜い。

それらもいいんだけど、次にラストの十曲目「エクストローディナリー」が来ると、曲の美メロに酔ってしまう。ほんっと〜っに!綺麗!「♪えっ、くすとろ〜でぃっ、なぁりぃ〜♫」と歌うたびに、三連符でストップ・タイムが入るリズム・ブレイクも素晴らしく効果満点。愛する人が近くにいれば、だれだってこう歌いたい。

2018/02/03

不朽の歌曲美たち 〜 初期フェイルーズを聴く(2)

息子ジアード・ラハバーニがプロデュースしたフェイルーズ作品群をテーマにシリーズ化するなどと言いながら、今日もそれじゃないものの話をするがゴメンナサイ。来週もたぶん初期フェイルーズを書こうと思っていて、だから計三回にわたりジアード・プロデュースじゃないものの話題が続いてしまう。わ〜、ゴメンネ〜。でもその次からはジアードがやったものになるはずで、それが三回続くはず。つまり、七週連続フェイルーズだ。これで許してほしい。

初期、つまり1950年代初期から60年代前半あたりまでのフェイルーズを、輸入盤でも日本盤でも、日本にいながらにして入手することは、容易じゃないようでいて、ある程度だったらあんがい容易だったりする面もあったかもしれない。といっても僕はいまやアナログ・レコードを買うつもりはないので CD だが、二枚だけ初期フェイルーズが買えた。どっちも廃盤なので過去形になってしまうのが悔しいが、原盤のリリース年順に1993年のヴォワ・ドゥ・ロリアン盤『Al Aghani Al Khalida(Immortal Songs)』と2011年のエル・スール盤『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』。

エル・スール盤のほうは先週書いた。編纂解説が中村とうようさんなので、調査なさって判明した限りでのデータがブックレットに記載されているので、すんご〜く助かる。いっぽう、僕は日本のライスが2015年にリリースしたのを買ったヴォワ・ドゥ・ロリアン(Voix de l’Orient はレバノンの会社みたい)盤『イモータル・ソングズ』のほうには、それがまったくないのが残念だ。

だから日本盤『イモータル・ソングズ』解説文の伊東潤二さんのおっしゃるのと、あとはサウンドを聴いてたしかに1950〜60年代っぽいなと思っているだけ。どうもそのころにオランダはフィリップスからレコード発売されたものを CD 一枚にまとめたという音源集の模様。僕は伊東さんのようにネット上の各種ディスコグラフィを調査することは、今回はしていない(って、する能力があるのか?僕に?)が、録音状態や、また主役女性歌手の声を聴くと、たしかにそのあたりなんだろうなあ。

『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』と『イモータル・ソングズ』では、三曲がダブっている。前者の11曲目と後者の2曲目「ローラの恋」。前者の12曲目と後者の10曲目「甘美なる緑のレバノン」。前者の14曲目と後者の8曲目「わが子よ、私たちの小屋に」。アルファベット文字表記が両者で若干異なっているのは当然だが、こういったこともこの二枚がほぼ同時期の録音集である一つの証拠だ。

先週も書いたが、1950年代のフェイルーズの声はまことに絶品で、ため息しかでない。シルクのようになめらかであると同時に、内に秘めたる炎、激情をも表現し、この二つが矛盾なく一つのものとして同時共存している。いかなフェイルーズでも、そんな表現を声のトーンに持っていたと言えるのはそんなに長くはない。少なくともジアードが手がけるようになった1970年代末ごろには、少しだけ失われていたかもしれないと思う。

ラハバーニ兄弟のてがけるサウンドも流麗だが、フェイルーズの声と歌いかたが文句なしの超一級品。ときに甘く、甘すぎると感じて敬遠されるかもしれないほどの華やかさで、そうかと思ったらときに厳しく、しかしどんなばあいでもゆらめく炎をスムース・シルクにくるんで爽やかさすら漂わせ、表現する。

先週書いた『アーリー・ピリオド・オヴ・フェイルーズ』にはラテン・タッチもけっこうあった。アラブ歌謡の世界でもふつうのものだけど、しかし『イモータル・ソングズ』のほうにはあんがいそれが少ないように僕は思う。各種パーカッション類はたくさん聴こえるが、鮮明なラテン・リズムとまでは言えないんじゃないかなあ。

だから、『イモータル・ソングズ』のほうは、どっちかというとアラブ古典に沿った歌曲が多いような気がするんだけどね。なかには二曲、サイード・ダルウィーシュのナンバーだってある。14曲目「農夫の歌」(Til’aat Ya Mahla Nurha)と15曲目「訪れ」(Zourouni)がそうだ。

このうち、後者「ズルニ」は、こないだ書いたようにドルサフ・ハムダーニが2014年の『バルバラ・フェイルーズ』でとりあげた。ホント、これ、どなたも特におっしゃらないけれど、傑作アルバムだったと思います。それが言いすぎなら、佳作くらいの表現は許していただけるはずの意欲的充実作だったよねえ。違いますか?

ドルサフのことはいい。フェイルーズ本人のやるサイード・ダルウィーシュ・ナンバーは、このアラブ大衆歌謡の生みの親(祖父?)みたいな存在のシンガー・ソングライターのレパートリーを、その本来の持ち味であるシンプルな庶民的親しみやすさ、モダンさをそのまま活かして、スッとナチュラルかつスムースに歌っている。んん〜と、14「農夫の歌」はちょっぴりラテン、というかボレーロっぽいかも。

僕の大好きな15「訪れ」は、アルバム『イモータル・ソングズ』のなかでも特にわかりやすい明快なポップ・ソングで、サイード・ダルウィーシュの先見性を感じるとともに、こんな感じの甘美なストリグス編成でのアレンジを書いたラハバーニ兄弟も見事だが、フェイルーズの甘くていて、しかし決して感傷的ではない厳しさも持つ、そんな声のトーンに参ってしまう。素晴らしいの一言に尽きる。

それらサイード・ダルウィーシュの二曲が特筆すべきものだけど、アルバム『イモータル・ソングズ』でいちばん長尺の10分超えである13曲目「収穫」(Al KItaf)は、この長さといい、楽器伴奏だけでなく男性コーラスなども派手に入るドラマティックな展開といい、これもやはり一種の音楽劇、すなわちミュージカルで使われたものだったのだろうか?だとすると録音は1960年代初期か、50年代だとすれば末だろうなあ。

ラテン色は薄いかも?と書いたが、ダンサブルな音楽というなら『イモータル・ソングズ』にだってある。静かに聴き入るようなものが多いかもしれない、それもアラブ古典伝統に則ったようなものだと書いたが、そうじゃないもの、たとえば民謡的ダンス・ミュージックの5曲目「マルマル・ザマーニ」(Marmar zamani)や、あるいはダブケとはっきり曲名にある6曲目「ダブケ・アルメジ」(Dabkeh almej)などはダンス・ミュージックだ。

ダブケは、アラブ音楽ファンなら知っているものだが、レバノンやパレスティナやそのほか周辺各国で見られる民俗舞踏、すなわちフォーク・ダンスのこと。その伴奏に使う音楽がやはりダブケ。だが(ムハンマド・)アッサーフやヒバ・タワジら若手のやるダブケで聴ける強烈さは、フェイルーズの「ダブケ・アルメジ」には薄いよね。だけど、若手たちのダブケは、ダンス・ビートとして取り出して強調したものかもしれない。フェイルーズの「ダブケ・アルメジ」で聴けるようなナチュラルさが、本来のフォーク・ダンスかも。いや、よく知りませんが。

アルバム11曲目「うるわしの百合たちよ」は、アルファベット表記の原題が「Tango ya zanbak」だけど、アルゼンチンやヨーロッパ大陸のタンゴ・ミュージックとはあまり関係なさそうだ。あ、いや、んん〜、ちょっぴりだけそれっぽいのか?でもかなり弱いよね。ダンスというよりこれもジックリ聴き込む一曲だ。華やかで甘い。本当に百合の花のよう。

続く12曲目「バラの小道」(Daraj el ward)が本当に甘美だ。まさしく薔薇のような声と歌。甘すぎて敬遠されるかも?と上で書いたのはこれだ。僕はこういった甘さが音楽に漂っているのを味わうのが大好き。美しくかぐわしい花のそれが一面にたちこめているようなサウンドと歌で、も〜う、すんばらしい!この声を聴いて!

また古典的、伝統的な美しさがひしひしと伝わってくるようなもの、たとえば1曲目「わたしを思い出して」(Ouzkourini)や7曲目「過去の回想」(Lamlamtou zikra)なんかも僕は大好きだ。曲のメロディや伴奏サウンドはアラブ古典なんだけど、そしてフェイルーズの歌いまわしも伝統的だけど、声の質にポップなモダンさが聴きとれるように思う。

2018/02/02

1970年、ワイト島フェスにおけるマイルズ

1970年8月29日、英国はワイト島でのジ・アイル・オヴ・ワイト・フェスティヴァルのステージに立ったマイルズ・デイヴィス・バンド。総勢七人編成。ワイト島フェスはロック・ミュージックが中心のものだけど、あのころからマイルズは、主催者側から呼ばれてなのかコロンビア側の売り込みだったのか、ロックのステージに立つことがよくあった。

1970年というのが一つのブレイク・スルーの年になっていて、みなさんご存知のように70年には東海岸、西海岸両方のフィルモア・オーディトリアムで演奏している。それも定期出演というほど何度も繰り返し出演しているんだよね。コロンビアはかなりの数(ひょっとしてぜんぶ?)のフィルモア・マイルズを公式録音したらしいという話だが、当時リリースされたのは『アット・フィルモア』だけ。フィルモア・イーストでの70年6月の四日間で録音され、同年10月に二枚組 LP で発売された。

その後、1970年4月10日のフィルモア・ウェスト公演が73年になって、しかも当初は日本でだけ、LP 二枚組で公式リリースされた。現在では70年3月7日のフィルモア・イースト公演も同じく CD 二枚組で公式発売済み。また、上記70年6月17〜20日の四日間のフィルモア・フル・セットが CD 四枚組になって公式リリースされている。つまり、70年のフィルモア・マイルズは、公式盤だと計三種類。

しかしまだまだあるみたいなんだよね。実際、ブートレグならもっとたくさん聴けるし、それらは音質だって公式録音が流出したとしか思えないものだし、コロンビア/レガシーさんには頑張っていただいて、かなり(ぜんぶ?)あるという噂の、録音したフィルモア・マイルズを、すべて発売していただきたい。

フィルモア・オーディトリアムというロックの殿堂みたいな場所で、1970年に、マイルズ・バンドが、ある意味、定期出演していたという事実は、この時代のジャズとロックの関係を考える際にはとても重要なことになってくると僕は思うのだが、もっとちゃんと聴いて(同時代のロックも含め)じっくり考えてみないと、まだまだ書けない。ある夜は、一部がマイルズ・バンド、二部がニール・ヤング&クレイジー・ホースだったりもしたんだよね。

今日は最初に書いたとおり、1970年夏のワイト島フェスでのマイルズ・バンドについてだけとりあげたい。この日のマイルズ・バンドの出演は、そのまえがジョニ・ミッチェル、そのあとがテン・イヤーズ・アフターで、その後、エマースン、レイク&パーマー、ドアーズ、ザ・フー、スライ&ザ・ファミリー・ストーンと続いていた。

マイルズ・バンドの出演時間は約40分ほど。しかしこのフル・ステージがなかなか発売されなかったんだよね。何年ごろだったか、ワイト島フェスの模様を収録したアンソロジーが発売されて、そのなかにこの日のマイルズ・バンドもあったみたいだけれど、テオ・マセロが編集して、半分以下の十数分程度になっていた。

ネットで調べてみたら、まず最初は1971年に LP 三枚組の『ザ・ファースト・グレイト・ロック・フェスティヴァルズ・オヴ・ザ・セヴンティーズ - アイル・オヴ・ワイト/アトランタ・ポップ・フェスティヴァル』というものが出たらしい。CD にもなっているみたいだが、僕は聴いたことがない。マイルズ・バンドの収録時間は、やはり17分程度の模様。

二番目が僕も買った1997年の CD 二枚組『メッセージ・トゥ・ラヴ』。もともとこれは1970年ワイト島フェスのドキュメンタリー映画のサウンドトラック盤として発売されたものだ。その映画は僕はいまだに観ていないが、CD にはマイルズ・バンドが収録されていると聞きつけて、そのときまだ聴いたことがなかったので、速攻で飛びついて買った。しかし『メッセージ・トゥ・ラヴ』二枚目にあるマイルズ・バンド分は、上記よりさらに短い 14:56(こっちは持っているので正確だ)。

三番目がとうとう出たコンプリート・ヴァージョン。しかしそれは音源だけじゃなくライヴ映像付きのもので、約73分間の公式 DVD『マイルズ・エレクトリック:ア・ディファラント・カインド・オヴ・ブルー』という2004年盤。これの11個目のトラックでようやく約40分のワイト島フェスでのフル・コンサートが出てくる。その前のトラックまでは見聴きしてもしなくてもどっちでもいいような内容の退屈な DVD で、73分間のうち半分以上がワイト島フェスでのマイルズ・ライヴなんだから、それを発売するのが目玉だったのだろう。

それがコレ。
カッコイイよねえ。ワイト島フェスのステージでのバンドの面々の演奏模様もばっちりわかる。この1970年ごろのマイルズ・バンドのステージ動画はこれでしか観られないんだよね。だからすごく貴重だ。ご覧になっておわかりのように、70年8月は、まだチック・コリア&キース・ジャレットのツイン鍵盤体制。同様である6月のフィルモアとの唯一の違いは、サックス奏者がスティーヴ・グロスマンからゲイリー・バーツに交代していることだ。

「コール・イット・エニイシング」とあるのは、この一続きの、なんというかいつでもポプリみたいに、この1970年ごろから75年までなっていたマイルズ・バンドの演奏トラックが、長らくそう呼ばれていたからだ。70年8月29日のステージに上がる直前にフェスの関係者から(録画録音するので)「演奏曲名を教えてくださいませんか?」と聞かれたマイルズが「なんとでも呼べばいいじゃん」(Call It Anything)と返事したのからそのまま引っ張ってきている。

しかしですよ、前々から繰り返すように、僕は音源だけでもほしいんですよ。どんな音楽家でも演唱シーンがないとわからないことがあるとはいえ、音だけをじっくり聴き込みたいタイプの僕としては、これ、どうして CD でも発売してくれなかったんだろう?という歯がゆい思いもあったのだ。

CD ではじめて公式リリースされたワイト島マイルズのフル・コンサートは、しかし単独発売盤ではなかった。マイルズのコロンビア録音全集『ザ・コンプリート・コロンビア・アルバム・コレクション』という、当然サイズはバカでかいはずと思っていたら、届いたものはあんがいコンパクトで拍子抜けした2009年の米ソニー盤ボックスのなかに一枚、『アイル・オヴ・ワイト』というタイトルで入っていたんだよね。

計53作品のマイルズのコロンビア全集というにしてはかなり安価だった『ザ・コンプリート・コロンビア・アルバム・コレクション』。99%は所有音源なのにどうして買ったかというと、その『アイル・オヴ・ワイト』が CD でほしかったのと、最後に一枚、未発表音源の DVD がくっついていて、1967年10月と11月の欧州公演があったからだった。あるいはこの二つがなくてもいちおうのコレクションとして買ったかもしれない。

マイルズのワイト島フェスも(DVDの)67年欧州公演も、いまではそれぞれ単独盤で発売されている。欧州公演については、グッと内容を拡充した CD 三枚+DVD 一枚の『ライヴ・イン・ユーロップ 1967』が2011年に発売されたのでそれは買ったが、ワイト島フェスのフル・コンサート分の単独盤を新たには買っていない僕。『ザ・コンプリート・コロンビア・アルバム・コレクション』にある『アイル・オヴ・ワイト』で事足りる。それ以外のものはぜんぜん必要ないもんね。

さて、1970年8月29日のワイト島フェスでの肝心のマイルズ・バンドの音楽内容。でもだいたい6月のフィルモアとあまり変化なしだもんね。そのフィルモアについては、いままでたくさん書いてきた。しかし6月と違って、母国で演奏するデイヴ・ホランドは全面的にエレベに専念。ドラムスのジャック・ディジョネットとの二人で、ファンキーでタイトなリズムを演奏する。

特にデイヴ・ホランドがここまでヒプノティックにファンキーなベース・ラインを、ライヴのマイルズ・バンドで演奏したことはない。スタジオ・セッションでなら、同じ1970年の前半でかなりカッチョイイことをエレベでやっていて、まるでスライのところのラリー・グレアムみたいになってるぞとは、以前しっかり書いたつもり。ライヴ演奏でなら、このワイト島フェスでのエレベがいちばんイイ。
ここまでのエレベ・ラインを、本来はアップライト型のウッド・ベーシストである英国人デイヴ・ホランドが、ライヴでも演奏したという一因には、1970年4月、すでにマイクル・ヘンダスンがレコーディング・セッションに呼ばれて録音もしたということもあったかもしれない。あの「ライト・オフ」(『ジャック・ジョンスン』)でのマイクルのエレベを、たぶんデイヴもテープで聴いた可能性があるよね。それでバンドのレギュラーだったデイヴも、こりゃヤベエ〜、オラもやらないと!ってなった部分があったんじゃないかなあ。

いや、まあそのへん、ほぼ根拠のない憶測、下衆の勘繰りだ。2トラック目の「ビッチズ・ブルー」がかなりブルージーになっているのにも要注意。ブルージーというより、これはほぼブルーズ演奏だ。あの曲「ビッチズ・ブルー」は、約一年前、1969年8月録音のスタジオ・オリジナルからして、抽象化されたブルーズみたいなもんだった。

3トラック目「イッツ・アバウト・ザット・タイム」、5トラック目「スパニッシュ・キー」も、六月ごろまでのライヴで聴けたのとは違うヘヴィさ、ファンキーさを出すように変貌していて、同1970年12月のセラー・ドア・ライヴのヘヴィ・ファンクを予告しているかのようだ。セラー・ドアではエレベがマイクル・ヘンダスンに交代しているのだが、まだデイヴ・ホランドだった八月のワイト島から、マイルズの音楽はそういう方向へと変わりつつあった。

2018/02/01

渡辺貞夫ポップ・フュージョン再評価(4)

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貞夫さんの音楽は、僕のばあいライヴ・ミュージックであってレコーディッド・ミュージックじゃなかった。と言うとおかしいのであって、以前から書くように毎土曜深夜0:00からの FM 番組『マイ・ディア・ライフ』で聴いていたのは録音物だけど、それでどんどん流れた貞夫さんバンドの演奏も、その当時のリアルタイムのライヴ・コンサートがほとんどだった。

それ以上に、四年間の大学生時代に、毎年、松山市民会館大ホールで聴いた貞夫さんバンドのコンサートが楽しかったんだもんね。そんなわけで現場でも FM 番組でも貞夫さんバンドの生演奏にどんどん接していたので、そんなわけでむかしはレコードをあまり買わず、この曲はこういう題のこういった内容のものだとかっていうのも、ほとんど生演奏で憶えた。スタジオ録音のオリジナルをちゃんと聴いたのは、今回がはじめてだったというものが多い。

名曲「オレンジ・エクスプレス」にしてもそう。1981年のアルバム『オレンジ・エクスプレス』に収録されていると当時から知ってはいたが、生演奏(を録音したラジオ放送含む)でどんどん聴けたし、それがチャーミングだったから、レコードを買う必要も感じていなかったというのが正直なところ。このアルバムだけじゃなく、その後の『フィル・アップ・ザ・ナイト』にしても『ランデヴー』にしても同じ(二枚とも Spotify にある)。

しかしながら『オレンジ・エクスプレス』だけは、だいぶ前にリイシュー CD を僕も買ってあって、それがどこに行ったのか部屋のなかで行方不明なんだけど、その買ったとき聴くには聴いたはずだ。それはたしか薄いプラスティック製ケースで、ふつうのちゃんとした幅のあるケースじゃなくて、ちょうど100円ショップなんかでも売っている安価なペラペラのうっす〜いヤツに入っていた。

そんでもってその薄いケース入りの『オレンジ・エクスプレス』は、音質がこりゃまたショボかったんだよね。しかしどうしてこれ一枚だけ僕は買ったんだろう?わからないが、とにかく今回、『マイ・ディア・ライフ』(77)『カリフォルニア・シャワー』(78)『モーニング・アイランド』(79)とあわせ、ぜんぶで四枚、買ったんだよね。四枚ぜんぶをジックリ聴いた。この四つで、いちばん人気があったころの貞夫さんのスタジオ録音作品は揃ったことになるはず。『オレンジ・エクスプレス』のリリースで、たしか貞夫さんはいったん休憩となったはずだ(と記憶しているが)。

以前から CD を買って持っていたとはいえ、『オレンジ・エクスプレス』もちゃんと聴いたといえるのは今回が初なので、いろいろとはじめて気づくことがあった。まずいちばん最初に結論だけ書いておくと、『マイ・ディア・ライフ』以後の貞夫さんのポップ・フュージョン路線では、これが最高傑作だ。一曲単位で考えても「オレンジ・エクスプレス」がいちばんチャーミングで素晴らしい。

さらにこれも結論として最初に置いておくが、アルバム『オレンジ・エクスプレス』では、貞夫さん自身の1970年代前半のアフリカン・ジャズみたいなハード路線と、その後の(言わせておけば “軟弱”)ポップ・フュージョン路線と、その両方が混在していて、しかも融合一体化して高いレベルにある。さらにさらにちょっと聴いた感じ、かなりとっつきやすくわかりやすい明快な音楽で、こんなもん、ちょっとやそっとでできることじゃなかったんだと、いまでは僕も気づくことができるようになった。

アルバム『オレンジ・エクスプレス』の魅力とは、これすなわち四曲の魅力じゃないかと思う。一曲目「オレンジ・エクスプレス」、三曲目「コール・ミー」、五曲目「バガモヨ/ザンジバル」、七曲目「ムバリ・アフリカ」。この四つで決まりだ。曲「バガモヨ/ザンジバル」「ムバリ・アフリカ」の二つはセルフ・カヴァー(?)で、前者は1975年の『スイス・エア』で、後者は1974年の『ムバリ・アフリカ』でやっていた。

『ムバリ・アフリカ』のことは以前僕なりにしっかり書いたつもりなので、ご一読いただきたい。1975年のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルでのライヴ録音である『スイス・エア』のことはまだぜんぜん触れていないが、これもリイシュー CD が問題なく買えたので、いまごろになって夢中で自室で聴いている。
1981年のアルバム『オレンジ・エクスプレス』では、これら、つまり貞夫さん自作の(?)硬派なアフリカン・ジャズ・ナンバーをスタジオ再演しているのだが、『スイス・エア』のそれも『ムバリ・アフリカ』のも、わりとシリアスな熱い演奏だったのを、もう一回やった貞夫さんは解釈しなおして、ポップなフィーリングに仕立てあげているんだよね。

1974年の曲「ムバリ・アフリカ」は上での記事内で音源をご紹介してある。『スイス・エア』はフル・アルバムで YouTube に上がっていた。アルバム・ラストの「パガモヨ」(Pagamoyo 表記なんだけど、「バガモヨ」Bagamoyo のこと)は 41:58 から。貞夫さんはフルートに専念して、まるで瞑想とか祈りを捧げているような演奏だよね。ジョン・コルトレインの『至上の愛』にあるあの有名なリフが一瞬出てくる。
1981年『オレンジ・エクスプレス』の「バガモヨ/ザンジバル」はこれ。やはりフルートではじめる貞夫さんだけど、デイヴ・グルーシンの弾くエレピやシンセサイザーなど各種鍵盤楽器や、ストリングス伴奏も入って、グッと聴きやすい。途中からテンポ・インすると、貞夫さんはソプラニーノに持ち替えてソロを演奏している。その部分でアフリカン・パーカッションも聴こえるよね。だけどリズム・フィールは明快だ。アルト・サックスはまったく聴こない。
「バガモヨ」はメロディが綺麗だなあと思うんだけど、それは『スイス・エア』でも『オレンジ・クレジット』でも伝承曲を貞夫さんがアダプトしたとクレジットされている。1970年代前半に東アフリカをなんども訪れていたし、現地で聴き憶えた民謡みたいなものかなぁと僕は考えていたのを、実はそうじゃないんだと荻原和也さんのブログ記事で教えていただいた。萩原さんの発見でではなく、タンザニアのロック・バンド、サンバーストをリイシューしたストラット盤の解説文の主(DJ)によるものだそう。
そこはやはりちゃんとクレジットしなかった貞夫さんに非があると言わざるをえないところ。ここだけが残念だ。僕はサンバーストのシングル曲「Enzi Za Utumwani」(が貞夫さんの「バガモヨ」だそう)は聴いていないが、しかしそれでも『スイス・エア』であんな感じだったのを、六年後の『オレンジ・エクスプレス』でああやってポップ・フュージョン化した解釈力は素晴らしかったと、僕なら認めたい。サンバーストのがそんな感じのだったらどうしよう…。

もう一個のセルフ・カヴァー「ムバリ・アフリカ」。こっちは1974年のライヴ・ヴァージョンからしてすでにまあまあポップで聴きやすい。だからけっこうハードでゴリゴリ路線のライヴ・アルバム『ムバリ・アフリカ』のなかではちょっと浮いているかなも?と思うほど。しかし1981年『オレンジ・エクスプレス』ヴァージョンではさらに一段と明快化し、鼻歌でも口ずさめそうな親しみやすさ。メロディ・ラインの動きはあくまで東アフリカふうだけど、リズムにはレゲエ・フィールもかすかに聴きとれる。デイヴ・グルーシンのアレンジも際立って冴えている。
レゲエといえば、アルバム・トップの「オレンジ・エクスプレス」は鮮明なレゲエではないにしても、かなりカリブ音楽ふうじゃないか。マルチニークとかドミニカとかトリニダード・トバゴの音楽にも近いフィーリングがあるよね。デイヴ・グルーシンのアレンジしたホーン・アンサンブルがスタッカート気味にリフを入れて、それもすごく楽しいカリビアン・ジャズ・ビッグ・バンドだ。
ジョージ・ベンスンのギター・ソロも内容がいい。後半はオクターヴ奏法(がベンスンも得意)で、しかもそれでわかりやすいキャッチーなラインを弾いている。バンド全体が一体となって演奏するこのリズム!楽しいったらないね。しかも冒頭からの反復リフといいテーマ・メロディといい、とびきりポップでだれにでもわかりやすいもので、愉快な気分にさせてくれる。こういった明快さが大衆音楽の真の素晴らしさだ。

また、この1981年スタジオ・オリジナルの「オレンジ・エクスプレス」ではスティール・パンのサウンドが聴こえるが、それはどうやら本物ではなく、シンセサイザーで出しているものみたいだ。それもまた南洋ふう、カリブ音楽ふうな味付けになっていいよね。しかしここに、本物のスティール・パン奏者が痛快に演奏する「オレンジ・エクスプレス」があるんだよね。
この「オレンジ・エクスプレス」は、僕が以前言及したものだ。スティール・パン奏者アンディ・ナレルのレギュラー・バンド(に野力奏一だけ加えて)を起用しての、1986年12月11日、新宿厚生年金会館でのライヴ収録。くだんのFM 番組『マイ・ディア・ライフ』で流れたもの。すんばらしいなんてもんじゃないね!
しかもしかもですよ、書いた四枚の CD アルバム『マイ・ディア・ライフ』『カリフォルニア・シャワー』『モーニング・アイランド』『オレンジ・エクスプレス』を聴きながら、Spotify を漁っていると、こんなのも出てきた。
どうやら『SELECTED』というベスト盤にあるものみたい。この「カリフォルニア・シャワー」、なんだこれ〜!?このスティール・パン、どう聴いてもアンディ・ナレルじゃないか!同じライヴ・ツアー、しかも同じ1986年12月11日の収録じゃないのかなあ?あのラジオ放送でも、たしか当夜のアンコールとして演奏されたのが流れたという記憶がある。

あわてて CD『SELECTED』を買って、届くなりいきなり破くようにパッケージを開けて、一目散にブックレットのデータ・クレジットを見た僕。あぁ、や〜っぱり!同じ日だ。1986年12月11日の新宿厚生年金会館、アンディ・ナレル・バンドを率いてのライヴからの収録で、録音エンジニアが FM 東京の人になっているじゃん。

ってことはつまりあのFM 番組『渡辺貞夫マイ・ディア・ライフ』で放送されたものは、ちゃんとテープが残っているんでしょ〜。ぜんぶを CD などで発売するのはむずかしいのかもしれないが、だがしかし『SELECTED』にアンディ・ナレルとやる「カリフォルニア・シャワー」が収録され発売されているわけだからさぁ〜。せめてその1986年12月11日分だけでもフル・コンサートを売ってくれないかなあ?お願いします!強く強くお願いします!

あぁ〜、アカン。文章が長くなった。アルバム『オレンジ・エクスプレス』にある珠玉のラヴ・バラード「コール・ミー」は歌なしのサンバ・カンソーンだということをしっかり書いておく余裕がなくなった。音源だけをご紹介しておく。オリジナル・ヴァージョンは YouTube にないみたいだが、これらのライヴ・ヴァージョンも絶品だ。

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